フリーズ226『習慣が私を守る』

習慣が私を守る 空花凪紗

私は毎朝5時55分に起きる。コップ一杯の水を飲み、コーヒーを淹れて、その間に仕事のメールを確認し、コーヒーを飲みながらメールに返信する。6時30分頃、ランニングに出かける。
音楽プレーヤーを手に家を出る。いつもの再生リストを流し始めて、私は駆け出す。
いつもの朝、いつもの習慣。夕方より朝食前にランニングした方が1.5倍ダイエット効果があるという学説がある。軽く10kmランニングして、家に帰ってシャワーを浴びる。時刻は8時手前。休日の今日は午前中、執筆活動に励む。土日は毎日3時間創作することにしている。一年で土日は104日ある。3時間かける104日かける33年は大体一万時間。
私がこの習慣を始めたのは22歳の時だから、55歳でようやく一万時間になる。一万時間やるとその道の一流になるとか。
午前中、いつもの執筆を終えて、私は昼飯を食べに妻と外に出た。家から歩いて10分ほどの所にある総合施設の中のイタリアンレストランに来て、妻と話す。
「私も毎朝走ることにした。よろしくね」
「なんで急に?」
「ダイエットよ。痩せたいから」
「そう。ならいいけど、朝6時に起きるんだよ?」
「わかってる。そういえばクッピーの体調が良くないみたい」
クッピーとは私たちが飼っているオカメインコの名前だ。性別はメス。クリーム色でほっぺが赤くてかわいいのだ。
「愛理が気にかけてたわよ」
「そうなんだ。それは心配だね」
愛理は私たちの娘で、今はバドミントン部の部活に出ている。朝の9時から昼の13時まで活動があるのだ。オカメインコのことを心配する気持ちは分かる。私も心配になってきた。
家に帰ると、趣味の読書を始める。その前にクッピーの様子を覗きに行く。ぐったりと鳥籠の底の方で震えてるクッピーは辛そうだった。鳥籠の中に手を入れて、クッピーを優しく包むようにするとクッピーは甘えるように手の中に収まった。命が、その灯火が揺らいでいるような気がした。
その夜、オカメインコのクッピーは死んだ。13歳、小鳥にしては長生きだった。
その夜、22時に寝る習慣の私は、だが、眠りにつくことができなかった。亡き小鳥のための詩を書きたかったからだ。たまには習慣を破るのもいい。また、いつものように習慣に戻れるだろうから。
だが、その日私は眠らずに夜を越えた。翌朝、徹夜の疲労の中、私はランニングに行くことができなかった。否、ナチュラル・ハイという類の幸福感に総身が包まれて、まるで全能の力の一部を手にしてしまったかのような歓喜を味わった。
その日から私は眠れなくなった。否、眠らずに幾夜を超えることで、私はある種の、神々の如き霊感を手に入れることができた!
習慣は過去へ、感動は未来へ!
私は自身が神に近づいている錯覚を抱く。否、認識が全てというのなら、他でもない、この全能の霊感を胸に抱く私が神なんだ!

私は家族に神になったと告げた。
クッピーが待ってる、と告げた。
輪廻から解脱できる、と告げた。

運命愛を唄った。
自己愛を抱いた。
神愛を悟った。

私は、神!
否、仏だ!
仏とは神に通じた人の事!
仏という漢字は人偏だから人間に違いない!

神とは全て。全は主なのだ!
嗚呼、なんと美しい! この景色は!
嗚呼、なんと麗しい! この音楽は!

楽園の先に、私は遠くに門を見た。その門の名前がラカン・フリーズの門であると悟る頃には私はもう死んだようなものだった。
「来ないで、ここより先は」
と声が聞こえた。
「体があるうちはこの先には行けないよ。戻って」
「あなたは誰なのですか?」
「門番だよ。数百年に一度くらい、生きたままここに来る魂があってね、その魂を返してやるのが私の役目さ。ほら、帰った、帰った!」
そのまま声に言われるままに私は目覚めた。その時、私は真っ白な、トイレとベッド以外何も無い部屋で目覚めた。
「生きろってことだよな」
門番の言葉が脳裏に霞む。

あの時、私は錯乱状態だった。医師曰く、睡眠不足が祟って、錯乱性躁病という状態だったらしい。精神病院のベッドの上で目覚めると、もう時期退院か、と思案を巡らした。
あの時の感覚がまだ脳裏に残る。あの全知全能は、やはり何物にも代えがたいくらい至福だった。できることならもう一度、だがそれは叶わない。今回の2ヶ月に渡る入院で家族や会社に迷惑をかけた。もうこれ以上社会的な信頼を失いたくはなかった。
退院したのは春先のことだった。桜が舞い散る中、家族に出迎えられて病院を去る。病院で仲良くしてくれた人達が手を振ってくれた。なんとなく寂しかった。
退院後はいつもの習慣に戻す努力をした。毎朝5時55分に起きて、水とコーヒーを飲んで、ランニングに行って、仕事のない土日は3時間創作して、夜の22時には寝る。

いつもの日々、いつもの習慣。きっとこの習慣が私を守る。きっとこれでいい。不眠という欲望やしがらみという荒波から僕を守る防波堤になるだろう。
目標や夢を叶えるためには習慣が大事。
だからこそ、この習慣を貫く。

フリーズ226『習慣が私を守る』

フリーズ226『習慣が私を守る』

習慣と病と 習慣が私を守るから だから習慣を続けるのだ

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-03-27

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