大根役者の脱走

食い合い世界の壁の中、小さな部屋で、テキオーとフテキオーが話している。

オレらの仕事は、ボス様を盛り立てることだ。こんな簡単なことで、食われないどころか食わせてもらえる。楽なもんだ。

テキオーが喋る。

ボス様が、今度はメボスのアバズレとか、コボスの貧弱とかをぶっ飛ばして、奴らの財産から詫び料を出させるだろ。

相手の無言も気にせず、テキオーは喋る。

前にぶっ潰されたカボスの末路は傑作だったな。落ちぶれ倒して、這いずりまわってるとこを、ボス様に言われてオレ達、死ぬまで散々いじめてやった。楽しかったな! あれこそ至高のエンタメ。ザマァってやつだ! オレらのふざけっぷりが良いって、ボス様も大喜びでさ。

フテキオーの返事がなくても、テキオーは喋り続ける。

ボス様はセンキョに勝つたび、奴らの財産もドレイも分捕る。そしたらオレらもオツトメがちょっと楽になるはずだ。古びて潰れた奴らをクイモノにしたのも、ちょっと回してもらえるし。毎回、社会の階段をステップアップだ。この調子なら、いずれメスドレイも回してもらえるかもしれねえぞ。下積みのオレらは、この先、上るしかないわけよ。明るい未来だろ。

逆だったら?

フテキオーがボソリと言った。テキオーは別に驚かなかった。

逆? ボス様がやられて、オレらが他の奴らのドレイかクイモノとして分捕られるってこと? いるんだよなぁそういうこと言い出すやつ。やめとけ、危ねえよ? オレだからいいけど、そんなのアレだよ。覚えとけ? ボス様がやられることは、あり得ない。オレらは、ボス様を信じて盛り立てるの。つーか、マエボスのジジイがやられた時、うまくボス様に拾ってもらえたみたいにしてればいいんだって。上が誰でも、オレらは忠実なコブンでいる。簡単だろ。オレらが古びて潰れるまでは、まだまだ暇があるんだし。

古くなる前に、センキョで相手にやられて逝くかもしれないしな。

フテキオーが呟くとテキオーは、分かってんじゃねえか、と背中を叩く。

オレらは芝居の幕が下りるまで、面白おかしく務める。それで決まり。楽なもんだ!

でも、コブンやドレイやクイモノ候補の役はもうたくさん。と、フテキオーは答える、ただし胸で。
今フテキオーが思ったようなことを口にしたコブン仲間は、テキオーが即座にボス様へ突き出すからだ。

テキオーは部屋を出た。フテキオーも、少し後から部屋を出た。
コブン達にもクイモノが回されて来る頃合いだ。そこらにコブン仲間が屯していたが、どうも気配が違う、とフテキオーは感じる。

テキオーが早くも、喋ったのかもしれない。だからみんな、ボス様の登場と合図を待って、フテキオーをチラチラ見ているのかもしれない。役を放擲したダイコンヤクシャ。ドレイかクイモノにしてもいい奴だ、と、あの目顔は、こっそり言い合っているのじゃないか。

フテキオーは部屋を出た後、通路を歩いて、止められない間にずっと歩いて、壁の内側から出た。
暗くなりかけている。外へ出てはいけない時間だ。魑魅魍魎や猛獣達の時間だ。恐ろしさが湧き上がるが、帰るわけにはいかない。

ダイコンヤクシャの末路だよ。壁の外でクイモノもなしに、真っ暗闇でお化けに襲われ、死体はライオンやハイエナに食われ、ハゲタカに突かれて。はいおさらばよ。

誰かの、いつかの語りを思い出す。
壁を出たなら裏切り者だ。もう戻れないから死ぬだろう。が、中にいたところで、ながらえる気もしない。
誰か早く、ドレイやクイモノになれ、とコブン達みんなが言っていた。それが敵ボス達の誰かでも、敵のコブンでも、仲間のコブンでも、いやいや自分達のボス様であっても、誰も気にしない。誰か早くクイモノになれ。食われたくないから食う側にいなければ。
でもフテキオーはそれに疲れた。

壁を離れ、かなり離れ、やがて走った。
荒野には大量の物質が溢れている。文明から出た廃棄物で、触ると危険なものばかりだ。どれも使えず、食えもしない。
ますます暗くなってくる。足元が見えなくなり、探り探りの、のろのろ歩きになる。人はいないはず。だが遠くに、光が見えた。

みんな少しは演じておるのですよ。

辿り着いた焚き火のそばで、老若男女が踊り歌っていた。一人がフテキオーに言っていた。フテキオーはぼんやり聴いている。疲れと驚きで、頭がまだ働かない。この人達は幻覚か、お化けだろうか。

好きな役になって良いのですよ。
自分で決めて良いのですよ。
変えたくなったら、変えても良いのですよ。

瓢箪の器に入った、ドロドロの何かを渡された。
壁の外のダイコンヤクシャ達は、まともなクイモノもなくて、ゲロやゲリのようなものを食う。
いつかテキオーが言っていた。でもドロドロは、そんな嫌な匂いではなく、恐々と口に入れれば食べられる。

何の役でも、好きに決めていい? 嘘のようだ。そんなら、ここの男女を支配する、ボス様の役に自分が。思いかかってから段々と、そんなものにもなりたくないと思う。

好きな役。

とにかくここでは、肉は滅多に食えなさそうだなとぼんやり思い当たった。それがいいことか悪いことかは、まだ考えられなかった。
揺れる焚き火の光と踊る人たちの影をただ眺め、まだ今が自分の終幕ではないようだ、とだけ、繰り返しぼんやり思った。

(おわり)

大根役者の脱走

大根役者の脱走

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-02-01

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted