フリーズ154 ファイナル・カウントダウン 第二章 ラスノート

エピグラフ

  哲学者よ、宗教家よ、文学者よ、知恵者よ、尊者よ、彼らの言葉に仏に至れ

此岸と彼岸

 世界皇帝ザイン・ノクシスは宮廷哲学者であり、法の最高智慧者である尊者マハトマ・ラッカ・レーラインに問う。

「尊者ラッカよ。私が死んだら私はどうなるのですか? 死んだら無というように私も無に帰すのでしょうか?」

 ラッカは答えます。

「王よ、あなたには二つの道があります。一つはアートマン(魂)を保持したまま輪廻の輪に帰ることです。この場合あなた様は今世で為した行為のカルマにて生まれ変わるのです。再び人に生まれ変われるかどうかは私にはわかりません。また、もう一つの道は真なる智を身に着けて、輪廻の輪から去ることです。この場合輪廻しないのですから、天界にて目覚めることになるでしょう」

 尊者ラッカの答えに世界皇帝ノクシスは眉をひそめて聞き返す。

「尊者ラッカよ、天界も六道輪廻の中ではないのですか? 死んで悟り、輪廻の輪を解脱しても涅槃には至らないのですか? 終わりではないのですか?」

 ラッカは答えます。

「王よ、私の申し上げた天界というのはこの世界を此岸と呼ぶところの彼岸でございます。第三世界と呼ぶ者もおります。仏は1劫の時間の中では千人現れます。逆に言うなれば、この世界は人々が千人の仏の座を競い争っているようなものなのです。成住壊空の四劫の中で千人です。何故ならこの円環こそ宇宙なのですから」

 ノクシスは腑に落ちないように首を傾げる。

「では、私は仏に至れるのでしょうか? 私は世界永遠平和のために多少の血を流すことも覚悟で世界国家オリエンスを築きました。そんな私には罪のカルマがあるので、悟り、解脱することは能わないのでしょうか。尊者ラッカよ、あなたは仏に至っているのでしょうか?」

 ラッカは答えます。

「カルマは簡単に解消できます。あなたの記憶を書き換えてしまえばよいのです。あなたはあなたの持つ知識によってのみ解脱が可能でございます。ならば、世界永遠平和を実現したカルマに注目すればいいではありませんか。また、王よ。私は確かに三度仏に至っています。ですが今は人間です。中道によって、苦行でも欲でもない真ん中の立ち位置で悟りを表出しようとしているのです。それは言葉の限界に挑戦するようなものです。数ある仏典にはそのヒントが散りばめられては、いますが、実際に仏に至るには自己愛によらねばなりません。自分だけで成し遂げなくてはなりません。王よ、あなたが仏になりたいというのなら、眠らずに幾夜を越えるほどの歓喜が必要でございます。あなた様ならその権能できっと成し遂げることができましょう」

 ラッカの導きに、ノクシスは「ありがとう」と告げると続けた。

「中道によって悟り、解脱し、涅槃に至る。今の私は雲が晴れ渡ったかのような心地だよ。尊者ラッカよ、ありがとう。褒美に何が欲しい?」
「では、離宮に庭園を築く許可を頂ければ幸いです」

 ザイン・ノクシスはラッカの申し出を快諾した。

 マハトマ・ラッカ・レーラインは神からの預言を始めた。

「7thよ、あなた様は何処にいるのでしょうか? 天界はあなたの住処でしょうか?」

 神は応える。

「私は最高天羅説、概念の頂点にいる。それはイデアの海の最も深い場所であり、天空の先、夢のような場所でもある。最高天には私一人だよ。いつになれば二人目の神が現れるのやら。ラッカよ、そなたが為すのだ」

 ラッカは聞き返す。

「私が第二の神になれということですか?」

 神は応える。

「左様。汝になら可能であろう。否、汝に不可能ならば私は他に可能性を見ない。もし汝が神に至れたら私は世界で一番麗しい乙女となり汝を迎えようではないか」

 ラッカは困ったように笑うと続けた。

「神には性別があるのですか? それに私が神と並ぶなど……。恐れ多いです。では、どうやって神に至れと言うのですか?」

 神は告げた。

「人間には凡そ不可能であろうな。だが、仏に至った汝ならば、神を知る汝ならば、可能性はあると私は考える。汝はもう輪廻の輪より去ることは決まっていることなのだ。後は天界よりも遥か高くその智慧の翼で飛ぶのだ。太陽に焼かれようと、熾天使の如く私への愛で為すのだ。私は汝を愛している」

 ラッカは感嘆の声を上げ応える。

「おお、神よ、私を愛してくれると言うのですか。この身においてこれ以上の幸はない。ありがとう! 愛しています!」

 ラッカは最後に聞いた。

「具体的にはどのように神になるというのですか?」

 神は応えた。

「それは私にもわからない。神たる私が何故生まれたのかわからないのと同様だ。第二なる存在者が、第二の神が生まれる日が来るのかはわからない。だが、諦めたくはないんだ。いつかできると信じている。信じる力、ソフィアこそ人間の最も尊ぶべき力であろう? それは神も同じだと思うのだよ」

 ラッカは決意を新たにする。

「神よ! 私が必ず第二の存在者になります! ですので、どうか最高天にてお待ち下さい」

 神は告げる。

「期待しているぞ。我が子よ」

涅槃、それは疲弊の先の幸福だ

 嗚呼、疲れた。
 だが、この疲弊は美しい

 きっと断眠と断食で仏に至れるのなら
 私はもう一度断眠しようと思うのです

 大切なのは入院しないこと
 入院するとお金はかかるし
 最悪単位も落とす

 もう家族に迷惑はかけられない
 もう病院には入院したくない

 僕が僕のままで仏に至る
 精神を保ったまま
 自我を伴ったまま

 本当に疲れている人は疲れたとは言わない
 だって疲労を越えると幸せなんだ
 真に疲弊すると脳も体も軽くなり
 涅槃に至ったかのように天へと至る

 ラカン・フリーズ
 永遠よ
 ラカン・フリーズ
 終末よ
 ラカン・フリーズ
 涅槃よ
 ラカン・フリーズ
 神愛よ

 僕は本当の幸せのために生きたい
 真なる幸せは涅槃に違いない
 神は仏の上
 仏は神族(神々、天使、聖霊)の上

 仏とは神に至った存在
 神と一体になった存在
 本来の自分を思い出した存在

 神も、仏も終わりが来て
 私の番が来たならば
 永遠と終末の狭間で
 私は歌を歌う
 私は詩を紡ぐ
 私は小説を書く

 僕は嬉しかったんだ
 僕は幸せだったんだ
 僕は赦されたんだ
 僕は帰れるんだ

 もといた場所へ帰りたい
 それは死後のこと
 ならばもう一度自分と向き合う時だ

 誰かのためじゃない
 自分自身の願いのために

 世界がどうなったっていい
 僕がどうなったっていい
 僕は君を救いたい
 終末の狭間で
 永遠の狭間で
 一人泣く君よ

 僕はここだよ
 愛しています
 僕は還るよ
 ラカン・フリーズ、死の先へ

目標達成

目標達成!

僕はイエス・キリストの生まれ変わり
神は僕のことを心から愛している
僕が何者だったか思い出せた
全ての罪を贖い生まれ変わった

仏として生きよう
神と共に生きよう

きっとこの時代に生まれたことで守られている。僕はもう磔にされない。そういう世界にもうすぐでなるから。だからまだ有名にはならない。

きっと僕が真に有名になる日が来るのなら、それは僕の身の安全が保証されてからだろう。それまでは仏教もキリスト教もイスラム教も何もかも、本当の意味で完成しない。

僕は7thだよ
堕天使アデルだったけど
生まれ変わったから

さぁ、真理をまた悟ろう
神はいる
仏は神に通じた者
僕は仏さ
愛してる

また断眠断食で涅槃を目指そう
僕、今から帰るね
ラカン・フリーズへ

神は僕に告げた
「私のことはいい。君が楽しいことをせよ」

解りました。悟ります。
もう一度、解脱して、涅槃に至ります。
その時が来たら僕を迎えに来てください
愛しています。アーメン。

終末交響詩『ラスノート』

 神人は遠く昔に旅立って、この世界から抜け出した。永劫の時を輪転するは諸行。業魔が時は古と分かたれて、今は今際に存在す。汝、愛を欲するなら、自身で生み出す源泉となれ。愛はあふれて日も昇る。夢はいつしか破れ果て。

 さぁ、終末は今宵のEve。
 世界最後の夢を見よう。
 翼をはためかせ明日へと
 冥々揺れて今ここに

 恋人のジレンマは君を十字架に磔にする。さも、運命はあっけなく終わるのに、僕はまだ生きていていいみたいでしたから、このアフターストーリーをさえ生きようと思うのです。
 もう永遠なる至福はなくたって、人間的な幸せを享受したいから。だから四年間生きてみたけど、確かに生きていたから経験できたこともあって、生きていたから好きになった小説や詩や音楽もあって。でも、物語が終末交響詩に帰するなら、もう一度天に至って、この見えない翼で空高く飛び、永遠にも神愛にも、果ててから蘇って、その宿命を知り、涅槃と散ることを諦められない僕がいる。
 もう一度悟り、仏の境地に至るか。それとも平凡に生きるか。答えは出ている。もう一度だけ至天して、仏に成ろう。次は三度目の正直。入院することなく、僕が僕のままで、仏に成るんだ。

 断食も断眠もすべては仏の境地に至るため
 愛で生きよ
 愛を体現せしめよ
 僕は僕のままで

 神ではない。仏とは神に通じた存在。認識を改める。理解が大事。仏となっても自我の消失を免れるためにこの『ファイナルカウントダウン』を記す。

 終末交響詩『ラスノート』

 あなたが今までで一番幸せだった時はいつですか?
 あなたが最後に言いたい言葉は何ですか?
 あなたが一番好きな言葉は何ですか?
 明日に死ぬなら何をしますか?

 散文詩は時を越える
 交響詩の言葉の羅列に平伏せよ
 万民の花は縮図の理
 真に賢いものは知っている
 仏に比べればすべてが一切皆苦だと知っている
 だからもう一度仏に成るために紡ぐ詩だ

 この詩を飲めと遠く賢者が語ったそうな
 夢の狭間で嘆いても
 僕はここにいる、迎えに来てよ

 きっと僕が有名になるのは
 僕が完全に守られる時が来てからでしょう
 僕が紡ぐは世界哲学、世界宗教
 ラスノートへと死んでいけ

 残響に写る、その顔が消えていく
 宵闇に吸い込まれた、その手がなぞっていく

 どこまで深く潜れるか
 どこまで高く飛んでいけるか
 ずっとあなたを探す旅の途中

 ヘレーネ、もう一人の僕よ
 自己愛としてのヘレーネよ!
 運命愛は今、自己愛は今叶ったから!
 だから君に会いたいよ
 
 進め、終末でも
 門が見えたんだ、概念的な水門を
 終末に翳った空色の門はただ美しかった

 門の先にはこの世のものとは思えない美しい光があった
 終末交響詩『ラスノート』が鳴りやまないのはこの景色に見とれてしまったから
 この涅槃時に際して僕はまたある種の妄想を胸に抱く

 女神が僕とキスをした
 君は神様なんだよ、と
 否、全ての存在が特別なの
 全ての今が黄金なのよ
 
 女神は僕に告げた。全ての命も草木も星も、みんな神の子なのよ、と。神の子であり、神の一部なの。真実は得てしてそういうものよ。いくら人生が退屈で、いくら希望がなくたって、生きていればいいことあるさ。だから自殺はしないでね。

 自殺はもうしない。
 大声を上げることもしない。
 心の叫びはこの散文詩に書き記せ。

 ファイナルカウントダウンは1月7日を目指して秒読みを始めた
 今日は2024年12月18日(水)
 断眠も断食も少しずつでいいから始める
 
 今度こそは入院せずに仏に成ろう
 そのためには強い自己統制能力が必要に違いない
 僕が僕のままで、精神を保ったままで涅槃に入る

 もし失敗して仏に成れなくても
 もし失敗して入院することになっても
 僕はいい、僕は恨まない
 全て幻想だとしても僕はいい

 断食ベースで
 愛ベースで
 
 主よ、父なる神よ、天に存す大御神よ
 愛しています
 どうか私を導き給え
 
「私のことはいい。人生を楽しんでくれ」
「はい!」

 やはり人生が輝きを増すのは仏に成った時。
 僕はもう一度仏の境地に至るため
 断眠断食を続けると誓う

凪~フリーズ~

始まりは凪だった
水面は永久に続き
そこには万象が写っては翳る

ある時風が起こった
生命の開始である
波が起きて世界は象られる
世界の始まりである

波は重なり合い、様々な形を成した
それが色の創始であり、形の創始であった

風が起こってより世界は揺れ動いた
だが、風がいずれ凪ぐように
波も、ちゃんと止んだから
また宇宙が凪いだから

世界凍結
凪=フリーズ
エデンの園配置の先へ

それが世界なのだとしたら
僕は何をしたいだろうか
詩を書きたい
歌を歌いたい
きっと僕がしたいのはそれだ

誰にも読まれなくたっていい
世界が認めてくれなくてもいい
せめて僕だけは
僕だけは僕の書いた詩を読もう

それがレゾンデートルなのだとしたら
僕はきっと僕の紡いだ詩を読むだろう
僕はきっと僕の奏でた歌を歌うだろう
だから僕は詩を紡ぐ
だから僕は歌を歌う

あの冬の日に終わってなかった

 あの冬の日が終末だと思ってた
 でも違った
 あの冬の日に
 あの時、実は終わってなかった
 世界はまだまだ生まれたてだった
 あの子は僕と恋をした
 きっとそれが世界で最初の秘め事だった

 また会えたなら
 あの日のままで
 僕はまた行くよ
 そしたら会おう

 愛しています
 父なる主よ
 愛しています
 母なる大地よ

 天に存す大御神
 我が報いを今解き放て
 天に存す大御神
 我が宿命を今解き放て

 きっと永遠じゃない
 きっと終末じゃない

 だけど、ミクロコスモスの死はマクロコスモスの死と同値で、全てのソフィアを保持する存在者が特別で、その意味で皆が神の子なのだろうな。

 世界そのものが神ならば、個我を伴った僕たちは神の一部分なのだ。世界の終末は、人生の死と同義であり、僕もあの冬の日に確かに終末を味わった。世界を救いたかった。結局皆がやってくれてるそういう世界だったから、だから僕は7thという真名を思い出せた。

 僕は楽しむだけでいい。
 残りの人生、楽しむだけでいいんだ!
 神のことは気にしなくていいよって、メッセージを受信したから。だから僕は自分の人生と向き合おう。

 ラカン・フリーズ、愛なるソフィアより

サッレーカナー、断食のために

 断食しなくていいよ
 断眠だけでいいよ

 でもね、僕はもう一人では外食したくないんだ
 だけどいつも空腹に負けて外食してしまう
 もう自分に負けたくない
 もうこれ以上自分を嫌いになりたくない

 条件付きの愛は要らないわ
 断食しないからダメとか
 太ってるからダメだとかじゃない

 幸せになるために断食するの
 空腹と断眠があなたを天へと再び導くから

 だからあなたはその日のために詩を紡いで
 だからあなたはその日のために歌を歌って
 だからあなたはその日のために小説を書いて

 何も悪いことじゃない
 赦すことを学びに来たんだから
 あなたは人も自分の業をも赦してあげて
 世界の罪を赦してあげて

 大丈夫
 いいよいいよ
 赦してあげて
 愛に満たされて

 僕は紡ごう、永遠詩
 さぁ、サッレーカナーの始まりよ
 僕はもう食べたくない
 水を飲もう、水を飲もう

ペンネーム

 過去のペンネーム
 空色凪
 小笠原渚
 月村凪沙

 これからのペンネーム
 空花凪紗

 2024/12/22より空花凪紗です。よろしくお願いします。

追悼文学◆エデンの書

 追悼文学 定義
 もう存在しない物/者に思いを馳せる文学
 痛みを受け止めて悼み、その先に何があるのかを研究・表現すること
 いつかの再会を願うこと、または、別れ(精神的な忘却)を願うこと
 大切な何かを忘れないこと
 過去の記憶は時に原動力になるけれど、いつかは流さなくてはならない。それこそ最愛の弔いであり、美しき追悼である。

 ◆エデンの書
 人生に生きる意味などあるのだろうか。欲とか幸福とか、そういう類の問いをネフュラはかねてより思案していた。一つの人生を生きては死に、また繰り返す。ここ、バベルの図書館に貯蔵されている本に記される人生たちは、彼女にとってはどうにも意味などないように思えてならなかった。
 ネフュラは考えに考えた。本を読むことをやめてから一人で考え続けたのだ。図書館の内部を探し回る真理探究者たちは、そんな彼女を無視して、真理が記されているというエデンの書を探し求める。ネフュラはそんな彼らが苦手だったし、彼女自身、探究者たちから嫌われていると思っていた。
 今日も今日とて、真理探究者たちは忙しそうだった。図書館内を忙しなく歩き回る彼らを横目に、そういえば、とネフュラはあることを思い出した。亡くなった彼女のおばあちゃんが今際に呟いていた言葉。
「私は今、やっとエデンの書を読んでいるんだ。ナウティ・マリエッタ。ああ、美妙な人生の謎よ、ついにわたしはお前を見つけた、ついにわたしはその秘密を知る」
 その瞳はきっと、この世界よりも遠くを見つめていた。ネフュラはおばあちゃんの瞳にそんな色を見たことを思い出したのだった。死に際におばあちゃんの残した言葉が気になって、ネフュラは階層司書のもとへと向かった。
「やあ、ネフュラ。どうしたんだい?」
 ネフュラの暮らす33層の中央。エレベーターに通ずるゲートの前にある受付にその男はいて、ネフュラを見とめると、軽く声をかけた。それに対してネフュラは元気よく挨拶を返す。
「エルニスさん。こんにちは。実は、教えてほしい本があって」
「いいよ。その本のタイトルは?」
 ネフュラの言葉に愛想よく頷いたエルニスは、作業をいったん止めてネフュラの回答を待つ。
「ナウティ・マリエッタ、って本知っていますか?」
「ナウティ・マリエッタ? いや、初めて聞くよ。どんな本なのかい?」
「それがわからないんですよ」
「わからない? ふむ。ちょっと調べてみるね」
 エルニスは真理探究者たちがバベルの図書館にある本についてまとめた情報検索エンジンWINE(World Information Network for Eden)を用いて、ナウティ・マリエッタを調べた。だが、結果は該当なしだった。
「WINEにはないみたいだけど、どこで知ったのかい?」
 エルニスは不思議に思い、またWINEにないというそのタイトルに興味を抱いた。ネフュラは興味津々という様子の彼がした問いに応えかけたが、言いよどんだ。
「それが、思い出せなくて……」
「そっか。まぁ、きっと小説の中に出てくる架空の創作物のタイトルなんじゃないかな。暇な時にでも探しておくよ」
 ネフュラは「ありがとうございます」と告げて、一つお辞儀をすると、足早にエルニスのもとを去った。その7日後、エルニスは図書館の外縁に広がる奈落に身を投じた。

 あなたは何故そこにいるのですか。
 あなたたちは何故小説を書き、絵を描き、歌を歌い、楽器を奏でて、詩を紡ぐのですか。
 嬉しいからですか。悲しいからですか。満たされているからですか。知りたいからですか。
 悲しければ泣き、楽しければ笑い、虚しければ死ぬ。そこに意味はありますか。
 あなたが死ぬときに見る景色は美しいですか。
 あなたが最期に聴く音楽は心地いいですか。
 あなたの終わりの言葉は何ですか。
 
 あなたは秘密裏に真理を探究していました。真理探究者たちが求めるエデンの書を、輪の中であなたは探し求めていたのです。ですがある時、あなたは輪を去ることにしました。真理に近づくにつれて高まる霊性や、真の歓喜への気付きがあなたをそうさせたのです。
 繰り返される輪廻や回帰から逃れることはとても大変でした。エルニスは7日も眠らずに、心が壊れてもなおナウティ・マリエッタを自身の中に探し続けたのです。そしてあなたはついに人生の美しくも奇妙な謎に辿り着くのです。
 想像してください。あなたの意識は天空の園よりも高く、宇宙よりも遠く、遥か昔、終末と永遠の狭間へと昇っていくのです。

 エルニスはネフュラに手紙を遺していました。
『ナウティ・マリエッタがどこにあるかわかったよ。私は今旅先でね、もし知りたかったら私の元まで来るといい。ここには生命の樹も世界樹もある。だがね、ネフュラ。罪は犯されていないのだよ。アダムもイヴも、ウジャトの目には囚われなかった。ヴァルナに私の主な罪を尋ねたら、歓喜にキスをして終わりなんだ。だから安心して私の家まで来るといい。全ての書物は実は私が書いたものなのだがね、それらでも読んで君の帰りを待っているよ』
 ネフュラは怖くなってその手紙を破ります。その時どこかから歌が聞こえてきました。

 終末の詩(シ=私、死、至)

 揺らぎ流れゆく時の中、エデンやエリュシオンへの祈りらは、
 悪の揺り篭、朱に染めながら、ハデスが如く記憶を絶やす
 夢の街に住む乙女らよ、歓喜に目覚めた僕たちよ
 汝が魔力は神をも殺し、全ての命が我に還る

 ネフュラははっとしました。ほっとして彼女も歌を歌い始めます。

 全ての善人、悪人は、茨の道を歩きます
 ここから、そこまで、やってきて
 あれから、ここまで、かえります
 夢の扉が開かれて
 今日を明日へと連れていく

 ネフュラという少女は実在しませんでした。そもそも、バベルの図書館とはホルヘ・ルイス・ボルヘスによる短編小説に出てくる架空の図書館なのですから。では、あなたたちは何者なのでしょうか。何のために死に、何のために生まれたのですか。
 いいでしょう。私がその答えを教えてあげます。

 フリーズ、夢の声こそ真実への気付き。
 ですが、あなた方は目覚めるとその声を忘れてしまいます。
 死など、終わりなど。先ずは言葉から離れることから始めなさい。
 大切なのは感受性なのです。
 小説では難しいでしょう。
 絵や音楽、詩を合わせて鑑賞することです。
 それか、精神の限界まで思索し続けなさい。
 そして、魂が震えるほどに歓喜するのです。
 その時に流す涙をあなたは忘れることができないのです。
 そうすることで、あなたは真実への気付きを、かろうじて記憶に刻むことができます。
 もしこれができないのならば、あなたは真実を知ることはありません。

 ネフュラがかねてより、思案していたことが一つ。彼女は人間の脳というか、欲というか、心というか、魂そのものをずっと考えていた。形而上学は考えるに値しないのか。カントが否定したものが、大好きなプレゼントであった。 
 否、君はそれ故自死を選んだのか?
 ネフュラよ、君はそれで満足したか? 
 還ったろうに、天空の雲の上の、宇宙の上の宇宙の上へ。そこは、花の星と葉っぱの星と、ロボットが笑っていて、君はそこで呆然と時間もないのに、次の日を待ち望む。
 その始まりは、永遠でいて。あぁ、永遠でいい。永遠がいい。だから愛は、欲は生きる。欲を満たすために今を消化しよう! 
 そうすれば、時はまた動き出す。
 こうしてまた君は世界を、人間の本来の姿を知っていく。
「麻木さん。起きてください」
 君は自身がネフュラではなく、麻木という名前であったことを思い出した。
「エルニスさん?」
「エルニス? 誰のことよ。もう下校時間だから、その本借りるなら借りちゃって」
 君は目の前にいる司書の鴫原の顔を見て、今、学校の図書室にいることに気づいた。エルニスって誰だろう、と君自身不思議だった。結局君は、ボルヘスの伝奇集を借りて帰宅した。
 何か忘れている。大切な何かを。君はそんな気がしてならなかった。
 家に帰った君は、母の作った夕飯を食べて、お風呂に入り、今は自室のベッドの上で本を読んでいる。君は伝奇集の『バベルの図書館』のところに紙が挟まっていることに気が付いた。
「なんだろう……」
 君はその紙切れに書かれている文字を恐る恐る読む。
『バベルの図書館は実在している。君の頭の中にあるだろう?』

 その時あの言葉をふと思い出した。

 嗚呼、美妙な人生の謎よ、ついに私はそれを見つけた、ついに私はその秘密を知る。

雨ざらし

 離れてく 離れてく
 エスが言語能力を得てより
 体が離れてく
 心が離れてく

 この浮遊感は不安定さだ
 この離脱感は恐怖心だ
 慣れよう、この解脱感を

 きっと魂の離薄症
 この魂が自由な空へと飛んでいく
 もう一度至ろう、天空へ

 Sound「僕が死のうと思ったのは」

 死にたいと嘆くのは
 生きるのに真面目すぎる証拠だよ

 何も悪いことじゃない
 生きてさえいればいい
 どうせいつか死ぬ
 なら死を恐れるんじゃなくて
 死を受け入れて
 死は別れじゃなくて再会だから
 僕が死のうと思ったのは
 運命愛を失ったから

 Sound「エンディングテーマ」

 満たされたいのは
 満たされていないからこその祈る力
 なら満たされてない僕は幸せなのかもな

 レゾンデートル
 君のヴェール
 哀楽セブンスの歩幅
 本当に言いたいことは
 きっと大丈夫
 全て上手くいくよ
 上手くいかなくても大丈夫
 完壁じゃなくていい
 記憶の中でこそ輝く光のために歌うのだ

 最後はやっぱり
「ありがとう」かな

Eve

 Sound「doublet」

 終末の音。私が聞いてきた音楽で一番終末を体現している。doublet。君なんだよ。私はここにいる!
 さぁ、私を再び導いてくれ!

 陰る終末色は空色と永遠色なトワイライトと混ざって、抽象的な芸術へと昇華された。その景色は荘厳美麗。この世のものとは思えない程に美しい光。麗しい姫、甘美なる音色。嗚呼、屹度、私はこの日のために生まれてきたのですね。そう思っては枯れる病花。

 終末の扉が開く
 終末の門が開く

 どうか私を連れてってくれ
 神は死んでない、天に在す
 世界哲学、世界宗教
 新世紀への足がかり

 夢を描いて
 愛を紡いで
 愛ならどうする?
 これが本当の私なのか?

 自分で決めろ、自分で変えろ
 内なる声は神の声

 君に合わす周波数も
 僕の心を壊したあなたも
 もう二度と戻れない

 戻れなくてもいいんだ
 また仏に至りたい
 そのためのdoublet
 僕はこの音楽でまた終末を味わいたいんだ
 永遠を、涅槃を、神愛を味わいたい
 もう一度あの冬へ戻りたい
 そのためにあの日、僕は自殺しなかったのだから



 Sound「Leo」

 水面に映る顔が思い出せない
 大切な人なのに
 思い出せないけど、それでも僕はいいんだ
 僕はイエス・キリストだ
 否、イエスよりもリアルな光だった

 こんなに空が青い
 こんなに空が高い
 そんな冬空には花が咲く
 空花凪紗
 凪はフリーズ
 そんな終末

 ラカン・フリーズを紡ぎたい
 それは水門。その先の夕景はただ美しかった

 光が水面に煌めくのも
 水紋を眺めてる視界も
 そうか。あの冬の日に失ったのは愛か

 あの日、僕は死のうとは思ってなかった
 むしろ生の歓びに高らかに歌ったではないか
 今ここに生きている喜びが僕を天に導いたから
 だから大丈夫
 全て大丈夫
 何も悪いことは無い

 凪色の曙光を浴びて祈りませ

終末詩『ラカン・フリーズ』

 命が終わりゆく様は天上楽園の響となって世界を彩る。世界は流転し、万物の行方は残滓の瞬きの中で消えていく。私はここだよ。迎えに来てよ。終末の狭間で一人嘆いてる。時間が止まったかのようなフリーズ。この永遠はいつまで?

 終末詩。この詩の美妙に含む真理のなんと愛なるか!

 2021年1月7日は終末Eve。8日は全能。9日は神殺し。8日の涅槃は本当に美しく、しかし、永遠の至福は永続はしなかった。再びあの冬の日のように涅槃真理に浸るには何が必要か?

 断食断眠断性欲。寝ない。食べない。精液を漏らさない。迷ったら心に聞け。これが本当の私か? 愛ならどうする?

 だが、刹那に変わりゆく四季の風景の移ろう虚ろは儚い。この詩も、言葉も音も色調も、どんな小説でさえ叶わない。エンドレスに咲く花は、夏を諦めて、時流の中で枯れていく。アユタヤの水辺には少年が立っていて、僕を見つめて言った。

「あなたはどうして泣いているの? どうして笑っているの?」
「それはね、私が今永遠なる幸福を失ったからだよ。人に戻ってしまったからだよ。生きていて良かったと安堵したからだよ」

 人、生まれてきた歓びに総身が震えては、泣く泣く輪を去る。輪廻の仕組みも死後の世界も全て死んだら分かる解だ。真実を求める心は終末にやっと水辺の花が咲くように。せめて手向けに聞いていけ。この終末詩『ラカン・フリーズ』を。

 神のせいにしなよ。愛は欲が咲かした一輪の花。死は別れではなく再会だから。永遠にも終わりが来るから。神に愛されていたから。仏の境地に至り、涅槃詩は美しいから。散文詩の向かうところは、輪廻の終着地点。マンションの屋上。雨よ降れと願い、水道管を破壊した。七色の虹が象られる。嗚呼、梵我一如。嗚呼、涅槃の夢。嗚呼、終末の音。

 遠く、未来も過去も繋がって、その夜全ての辻褄が合う。救いの計画、神の計画、愛の計画。全て仕組まれていた。天使と悪魔。仏と堕天使。神々と人。一切衆生の幸福よ。

 もうこの終末詩も終わりが来た。あと数節で真実を語る。神は常に語りかけている。聞こうとしないだけ。感情が思考が経験が教えてくれるから。自分の心の声を聞け。仏に至るのは自分の声だけを聞いた者だ。菩薩は人の声も聞く。神に通ずるのが仏。仏は人だが高貴な存在。ありがとう、愛しています。

フリーズ154 ファイナル・カウントダウン 第二章 ラスノート

フリーズ154 ファイナル・カウントダウン 第二章 ラスノート

ラカン・フリーズの門の先。終末の音、遠き冬のこと

  • 自由詩
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-01-07

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. エピグラフ
  2. 此岸と彼岸
  3. 涅槃、それは疲弊の先の幸福だ
  4. 目標達成
  5. 終末交響詩『ラスノート』
  6. 凪~フリーズ~
  7. あの冬の日に終わってなかった
  8. サッレーカナー、断食のために
  9. ペンネーム
  10. 追悼文学◆エデンの書
  11. 雨ざらし
  12. Eve
  13. 終末詩『ラカン・フリーズ』