 
あれやこれや 201〜210
201 赤ちゃん 2
娘の家に来ている。ひとりの時に陣痛がきたらかわいそうだから、早く言ってやれ! と夫に言われて。
 私なんて母はいないし、全部ひとりでやったよ。夫は忙しいから当てにはできなかった。
 夜中陣痛が来て、そっと起きてシャワー浴びて支度して、起こすまでぐーぐー寝ていたくせに。
 退院の日もタクシーで帰ってきた。
退院した翌朝、味噌汁作れ、と言われたし。
次女の時なんて、赤ちゃんが黄疸で退院1日遅れたから、私はその間に買い物したり片付けしたり。
今も育休なんて一部の話。年末だから忙しい。生まれる前からすったもんだ。
 早々と私は休暇を取ってるのに逆子は治るし(良かったけど)子宮口は開かないし、計画出産だから安心していたのに、旦那さんのいない日中に陣痛が来たらタクシー呼んで行かなければならない。
 妊婦は助成金が出るみたいだけど、娘は全然調べていない。タクシーで行くことになるとは思っていなかったようだ。
 生まれてからが大変かもしれないのに。
 案外、拍子抜けするくらい大丈夫だったりして……?
 
 
202 赤ちゃん 3
 娘の家に来ている。海まで歩いて14分。
 土曜の昼前、陣痛も来なさそうなので、4歳の孫(男の子)と海まで散歩に行った。
 携帯のナビと孫の道案内で。
 九十九里の海。晩秋なのに人がけっこういた。サーフィンをしている。波は数箇所にあるだけでほとんど穏やか。
 孫は貝を拾い棒を拾い空想豊か。家を出て1時間たった頃帰路に着いた。
 まさか迷うとは思わず、来た道を帰ったつもりが、どうしようもない方向音痴。
 それに、孫がこっちこっち、この道見たことある、と言うので出鱈目に歩き、わからなくて近いはずだがまたまた携帯のナビで。
なんだ、すぐ近くじゃない……
 ところが案内されたのは違う家の前。近辺にも娘の家はない。空き地を行けば行き止まり。
 グルグル周り、余計わからなくなりみっともないけど娘にラインしたが既読にならず。電話しても出やしない。
 まさか陣痛が来て倒れているか? 
と不安になり旦那さんに電話。こちらは仕事上すぐ出てくれた。
 そこの地名はわかりづらいんですよね、近くに何がありますか?
 聞かれたけど、ポツリポツリ家と空き地だけ。 
 さっき自販機でジュースを買った。
う〜ん、どこだんべ?
いいよ、もう少し探してみる。
 なにやってんだ? このばーさん。
と思われたかな?
そこに、娘から電話。
ビデオ通話だから、周り写して。
そんなこと、やったことないし。
前の前。
 え? 画面ピンク色だよ。
 
 前よ、目の前。
ずうっと前方にグレーの上下のでかい女が。
「あれ、オレのママだ」
 なぜか娘の家の番地だと、徒歩8分のさっきの家に連れて行くアプリがあるらしい。
 息子や友人がきた時もそうだった、と。
 徒歩8分も離れているのに番地が1番しか違わないのだ。
調べたらYahooのアプリは正確だった。
これで、荷物や郵便物ちゃんと来るのかしら? タクシーは大丈夫?
それより、このばーさん、大丈夫か?
203 赤ちゃん 4
 娘の家に来て1週間目。
 おとといの朝、破水して入院したがそれきり陣痛が強くならない。
 ふたり目の出産は早いというが。
 お嫁さんの時もそうだった。
 お嫁さんの希望では予定日より早く産まれて、夏休み明けの新学期には赤ちゃんを連れて帰れたら……私の思惑では、コロナのために新学期は遅れるかも……
 希望通りにも思惑通りにもいかなかった。生まれたのは出産予定日を4日も過ぎた8月の終わり。
 新学期、私は孫の世話に行った。小1の子は手がかからなかったが。
 
 さて、いつ生まれるの? 
 まだなの?
 こればかりは、神のみぞ知る。
 
 今日はフーセンを入れるかも、と。お気楽娘からの電話。
 こちらはもう1週間以上仕事を休んでいる。逆子で帝王切開の予定だったから早々と休暇を取った。
 有給休暇はたくさんあるけど、長く離れると不安だ。
 2年前、年金をもらうようになり仕事を減らしたが、夫の退職後の国民健康保険の金額に危機感を感じている。支払いは私の給料より多い。
 退職して2年、蓄えは減って行く。健康保険、住民税、交際費は容赦なく出て行く。冷蔵庫も野菜室が凍るし。テレビも温水器もそろそろ……
だから、来年から仕事を増やそうと思っていたのだ。忙しい夜の配膳の時間も働こうか、と。時間と体力はあり余っているし。
 雇ってくれるかしら?
 こんなばーさんはもう雇えません、とか?
でも、生まれてくる子になにかあれば、上の子の世話をするのは私しかいない。
 娘が心臓の手術の時は父に来てもらっていた。酒好きな父は家にいるだけで何もできないけど。
 いるだけでいいから、と。
 あの頃はスーパーも遅くまではやっていなかった。夫が毎日コンビニで弁当やパンを買ってきた。食費もかなりかかった。金のない時代……
しかし、赤ちゃん、頑張るなあ。
204 赤ちゃん 5
 娘の出産で海辺の町に来ている。町だけど田舎だ。田んぼと空き地とポツリポツリと家。
 免許のない私は保育所まで歩きだ。大人の足で徒歩20分強。4歳の孫は30分かかる。
 退院まで休ませて実家に連れて来ようかと思ったが、お遊戯会が近いので往復歩かせて通っている。
 昨日の帰り道。
 歌を歌いながらのんびり歩いていたら突然。
「⚪︎⚪︎⚪︎がしたくなった!」
「えー?」
「早く行こう」
 速足で歩く。いつもはモタモタ歩く孫が、
「おばあちゃん、オレ、先行く」
と、走り出した。
 車は少ないが危ない。必死で追いかけたが、追いつかない。
「先に行っても鍵開けなきゃ入れないよ」
 孫は一目散。こんな真剣な孫は見たことがない。
 角を曲がって3軒目だが空き地も含む。
 かなりの距離を孫はダッシュ。ばーちゃんは追いつけない。
 
 おまけに鍵穴は錆びているのかすんなり開かないのだ。
 開けると孫は一気に駆け込み、間一髪。
ばーちゃんはくたくただった。
◇
 父が子どもの頃、祖母と畑仕事をしていたときの話。
 祖母が急に走り出したそうだ。
 一目散に。 
 父は上から2番目の子どもだった。7人兄妹だ。
 父も追いつけないくらいの猛ダッシュ。
 家に着くと何人目かの妹が生まれたそうだ。
205 赤ちゃん 6
 破水して入院した翌日、朝から1時間ごとに陣痛を誘発する薬を飲んだ。
 夜中10分間隔になったが、それ以上進まず。
 3日目は羊水が少なく、食塩水を入れる管を入れられた(?)
「赤ちゃんが元気なくなってきたら帝王切開だって……」
 などと心配させて、夕方、上の子のお迎えで保育園近くまで行ったところで、
「戦闘終了」
のメールが来た。
「詳しい事まだ聞けてないけど、とりあえず赤ちゃんの体調は問題ないみたいだよ!」
 
 保育園で孫に話すと、
「やったあ、オレの兄弟!」
とジャンプして喜んだ。
 詳しいことはわからない。 
 産声が上がると、小児科の先生がすぐに入ってきて診てくれたそうだ。
 呼吸は問題ない。
 いちばん気になるのは胆のうのことなのに。
 血管と心臓は手術で良くなるらしいが、胆のう閉鎖とかは大変らしい。
 翌日、
「いま小児科の先生と話して、胆のうはしっかりあって問題ないって。心臓と血管の方はまた別の科が診てくれるって」
 そしてまた1日が過ぎた。今日の報告はなし。先生忙しいのか? 
 赤ちゃんの症状がたいしたことないからなのか?
 心臓の穴は心雑音でわかるはず……
 明日は上の子のお遊戯会。ずっと鼻水と少し咳をしていて心配だった。薬もなくなった。
 保育園では、咳をしている園児が多い。先生も咳をしていた。
 お遊戯会が終わるまで熱を出しませんよう……
 そのあとは、いよいよ赤ちゃんとご対面。
 子どもは面会できないので私だけ。
 大学病院の駐車場から、産科病棟までがややこしい。相変わらず方向音痴だから気をつけねば。
206 赤ちゃん 7
 連続で読んでいただきありがとうございます。
 眠れぬ夜に書き始め投稿してしまいましたが、無事退院して来ました。
当面は問題ないだろうとのこと。
心雑音と血管輪はあるので、生後1カ月で詳しい検査をするのだそう。胆のうはちゃんとありました。とりあえずひと安心。
 心臓の穴は自然にふさがるか、いずれ手術でも今は開胸しないでできるみたいだし。
 血管輪は2、3歳くらいで飲みこみが悪いとなったら……
 どうするの? 手術になるのだろうか?
 循環器の先生からの話は退院の当日娘にだけ。
 娘はわかったのかしら?
 この日も仕事のパパは楽天的。
 さて、家に帰れば、離れている間あんなに心配し、涙が出るほど会いたかった上の子には、夕方には怒っていた。
 4歳児の孫は弟ができて嬉しいやら、いつも通りにバタバタ動けば怒られるやら……
もう、ボクの時代は終わってしまったの?
 ばーちゃんとふたりでいるときは聞きわけがいいし、よく歩くけど、皆でいる時は憎らしくなる。
 よくわからないけどZ世代より後の世代に生まれ、YouTube、ゲームは当たり前。
 そんなにおもしろいのか?
 一生やってろ!
 と、ばーちゃんは思ってしまう。
 当初帝王切開だと言われ、早々に休暇をとってしまったので、来週後半には仕事に復帰したい。
 元の生活に戻りたい。
 木造の一軒家は寒い。寒い。
 離れると我が家の良さがわかります。
207 BもDも
第157話『目には目を』で投稿した事件のうち、ふたりが亡くなっていたことがわかった。
事件の加害者のひとりである準主犯格のBが、3年前に孤独死していたことがYahooニュースで報じられた。
 Bは1989年に東京都足立区綾瀬で起きた女子高生コンクリート詰め殺人事件の準主犯格。
 Bは埼玉県内の霊園でひっそりと眠っている。
『令和4年7月16日享年51歳』
自宅が監禁場所だったC(当時16)は2018年8月に埼玉県川口市で駐車トラブルとなった男性の肩を警棒で殴った上、ナイフで刺したとして殺人未遂の疑いで緊急逮捕された(『週刊新潮』2018年9月6日号)
監視役だったD(当時17)は1996年に出所した。東京都内の1DKのアパートで母親と暮らしていた。Dは職に就かず6畳の部屋にカギをかけて閉じこもっていた。母親は隣の3畳の台所で寝起きをしていて、親子の会話はほとんどなかったという。
母親によるとDは脳がスポンジ状になる病気になってしまったが、治療する費用がなく病気の進行を見守っているしかないと、疲れ切った様子だった。
Dは2021年5月、死亡したという。自宅で呼吸困難に陥り、救急車で運ばれたが、帰らぬ人となった。49歳だった。
 少年院送致となったEとF(ともに当時16)は結婚し家庭を築く。
 監禁場所だったCの自宅に出入りし、Aらに指示され被害者を強姦したEとFは殺害には加わっていない。少年院を退院したあとの2000年に取材したときは、2人とも結婚して子どもが生まれていた。結婚する前に事件のことを妻に説明したという。
Aについては、2013年1月に東京で起きた振り込め詐欺事件で逮捕されたという報道(『週刊文春』2013年5月2日・9日ゴールデンウィーク特大号)がある。
 週刊誌の報道もあわせると、実刑判決を受けた4人のうち3人が再犯し、残りの1人も引きこもり状態になった。裁判で更生を誓い、被害者遺族に償いを科せられても、刑務所から出たら真逆の人生を歩んでいる。
(Yahooニュースから)
◇
当時は事件の記事を読み、気分が悪くなった。
これは忘れられない事件。
◇
『目には目を』から
 史上最悪と言われた少年犯罪も死刑にはならなかった。
 当たり前だ。 少年犯罪で死刑にならないのは、少年法で定められている。
 それに、死刑になる決め手は、計画的犯行であることと、ふたり以上の被害者。
世間がどんなに騒いでも、彼らはこの条件に満たないから、死刑にはならなかった。
 女のアナウンサーは叫んだ。
「許せません。軽すぎます。少女が報われません」
昭和の終わりの、犯罪史上類をみない残虐な少年犯罪があったのは、比較的住んでいるところに近かった。
 知らなければよかった。興味を持たなければよかった。
 怒り心頭……はらわたが煮え繰り返り、脳みそまで沸騰した。
 明け方、目が覚めてしまう。娘を持つ親だから余計に許せない。
 許せない。許さない。
 報復を。どうする? 
 本気で考えた。宝くじで大金が当たったら、殺し屋を雇って同じような目に合わせてやる。
 去勢してやる……  
 週刊誌を買い、本名を控えた。
 新聞にも投書した。採用されなかったが。
 年月が過ぎ、出所した犯人のひとりが再犯事件を起こした。
 主犯格もその後、再犯。
 更生などしない。更生させないのは世間のせいか?
 今でも思う。宝くじが当たったら……
208 会いたい
 中学2年の時に同じクラスになったNさん。背が低く眼鏡をかけていた。きれいとか、かわいい部類ではないだろう。(ごめん)
 でも魅力的な人だった。
 頭が良かった。特に国語と社会、歴史の知識はすごかった。
 それと歌。国語の時間になぜか、歌の話になった。よくは覚えていないが、彼女はペルシャの姫がどうの……と話をし、先生に歌ってみろ、と言われ歌い出した。
 ステンカラージン。
 恥ずかしがりもせず堂々と。コーラス部だった。
 斜め前の席の彼女は、紙に書いた詩を私に見せ暗唱した。
『君死にたもうことなかれ……』
 私も真似をした。
『君よ、知るや南の国……』
 詩や小説の好きなふたりは親しくなった。ユニークな人だった。50年前、私は尾崎紀世彦に夢中だった。彼女は森進一。それがまたおかしかった。
 巨人の柴田が好きだった。姉は堀内が好きだった。私はぜんぜん興味がなかったが。
 彼女とはよく一緒に帰った。図書館に寄る。あの頃は1日2冊しか借りられなかったので週に何度も寄った。
 あとは駅前の本屋。彼女は毎週少年マガジンの『あしたのジョー』と『巨人の星』を立ち読みした。その間私は待っていた。
 同じ方向の電車で帰った。私の降りる駅で彼女も降り、ホームのベンチに座り話した。電車は何台も通り過ぎて行った。
 あれほど語り合った人はいなかった。
 長い休みには彼女の家で勉強した。1駅先の駅から歩いて5分くらいの大きな家。応接セットがあった。強烈な印象だった。いまだに覚えている。飛騨の家具。憧れだった。ずいぶん後に調べてわかった。最近ようやく買った。穂高のロッキングチェア。それを娘達は言った。
「昭和のおばあちゃん」
 Nさんの家は麦茶を沸かしている香りがした。おかあさんの手作りのケーキが出てきた。50年も前だ。菓子作りの本もそれほど出てはいなかった。
 Nさんが手動のコーヒーミルで豆を挽きコーヒーを淹れてくれた。今思うとかなり薄かったのだが、生活レベルの違いを感じた。うちのおやつはふかし芋。蒸し器を開けるとジャガイモまで入っていた。
Nさんとは別の高校だったが時々は会っていた。おとうさんが亡くなると千葉へ引っ越していった。フランスに留学し、戻ると神田の本屋で働いた。本に囲まれていれば幸せだと言う。
 私は就職して、社交ダンスを習い、会社の馬術同好会に入っていた。歴史とフランスの好きな彼女は羨ましがっていた。
 彼女は私の結婚式に、ひとりで歌をプレゼントしてくれた。当時はまだ知られていなかった長渕剛の『乾杯』
 アカペラで長い曲を最後まで。コーラス部にいた彼女は上手だった。歌が大ヒットしたのはあとのことだ。
 
 3人目の子が生まれ、先天性の心臓病でアタフタし、その年は年賀状を出さなかった。
 そうして、いつのまにか連絡は絶えてしまった。
 息子の家に行く途中、Nさんが越して行った地名を通った。会わなくなって40年が経つ。会ってみたいと思う。ネットで検索してもヒットしない。彼女が好きだったのは三銃士のアトス……
 会いたいな、と思う。話したい。私はずいぶん本を読んだ。詩も読んだ。歴史も中国のは詳しいよ。ドラマ観てるから。驚くだろうな。文章を書いてるなんて知ったら。
 その後、娘も千葉に引っ越した。調べたらNさんの家まで車で30分。
 去年、娘の出産でしばらく千葉にいた。6人目の孫が生まれた。気にしていたが6人目の孫は先天性の心臓病だった。
 当時より医療は格段に進み、おなかにいるときからわかっていた。なにより助かるのは子どもの医療費が無料だということ。
合間にNさんの家へ行ってみた。町が市になっていたが番地は変わっていなかった。
 見つけたのはNさんの姓の表札ともうひとつの姓。おとうさんは亡くなっているからおかあさんが生きているのだろうか? 末っ子だったNさんだから100歳は超えているはず。
 それとも??
 Nさんはここに住んでいるのだろうか? 
 夫がインターフォンを鳴らしてみろと言う。
 もし彼女が出てきたら会うのは40年ぶり。
 なんと言えば? 覚えているだろうか?
 しかし、3回押したが出てこなかった。平日の昼間。
 庭で花と野菜を育てている。
 なぜか出てこないことにホッとして帰る。
 年賀状出してみたら? と夫に言われた。
手紙を出してみよう、なんて思いながらそれっきり。
 孫の心臓の穴が自然に塞がり、娘の家に行く時、Nさんの家に寄り道をする。
 私の得意な手作りケーキと、彼女が淹れるコーヒーで語りあおう。
 それから、九十九里の大海原を見に行こう。
 
【お題】 今日はちょっと寄り道したい気分
49話『乾杯』と重複します。
209 赤ちゃん 8
 昨日は孫の2回目の検診。
 1ヶ月検診のときは病院で待ち合わせをした。次女の旦那は相変わらず忙しく休めない。娘は上の子を保育園に送り、1時間の道のりを孫を後部座席のチャイルドシートに乗せて運転してくる。
 私は夫の運転で2時間かかった。渋滞がすごい。初めてじゃないのに道を間違えるし。それでも時間前に娘より先に着いた。
 心電図とレントゲンを撮り診察。
 待合室で待たされた。待たされた。待たされた。
 夫は離れた場所で読書。小さなテーブルがたくさんある。
 
 ようやく診察。私はひたすら待った。エコー検査は長かった。
 結果は私も一緒に聞いた。時間をかけて説明してくれた。だから待ち時間が長いのだ。
 血管輪は問題ない、と。あるのだろうが悪さはしない。
 拍子抜け。ひと月心配して調べたのに。
 心臓の穴は生まれた時よりは塞がってきているが……
 画像ではよくわかる。赤と青の血液が入り混じる。体重はまあまあ増えているからこのまま様子見。次の検診は4週間後。
 常に風邪をひいている状態なので気をつけるように、と。外出好きの娘には辛い。
 会計終わればもう薄暗い。娘はチャイルドシートに孫を乗せて帰った。上の子のお迎えに。
 そして4週間後の2度目の検診。
 次女の旦那が休みを取っていたので、私たちは行かなくていいと思ったが、夫が孫の様子を見たいと言うのでゆっくり行こうと思っていたら……
 娘が前日に熱を出して、乳腺炎みたいだと。コロナもインフルも陰性。寒気がすると。産婦人科は休みだったあ……
 それで、最悪私と娘の旦那で検診行かなきゃ? なんて、頑張って予約時間に行ったら、
 母は強し。
 娘も頑張って来ていた。
 左胸が詰まって辛そう。頭痛がするが母乳だから強い薬は飲めない。
 また待たされて、結果は?
 心臓の穴はいくらかは小さくなってるらしいけど、また4週間後検診。
 しばらくそんな感じ。
 でも、体重は増えているので突然どうにかなることはないらしい。笑うようになったし。
 具合悪いと思うと余計に愛しくなるものだ。
 待合室に陽気な夫婦と2、3歳の女の子がいて、うちの孫を見てかわいいと話していた。
 小さいね。
 ⚪︎⚪︎ちゃんも、あんなだったよ。キャッキャキャッキャ……
 女の子の顔を見たら……目が三角みたいでなんというか……異様……
 自作にも顔の奇形を書いているけれど……
 娘が、
「子どもって、親を選んで生まれてくるね」
みたいなことを言った。
 周りを気にせず、愛情たっぷり注いでる感じ。
 これから女の子も辛い思いをするのだろうな。
 孫が、以前そういう子を見て、
「ママ、あの子変だね」
と言ったことがあるらしい。
 これは難しい。なんと教えればいいのだろう?
 言った孫も生まれつき脇に血腫(?)みたいのがあって毎月レーザー治療に通っていた。なかなか小さくならなかった。握りこぶしくらいの大きさになり手術した。今では跡もわからないが。
 病院について行くと……もっとかわいそうな子がいた。額に……女の子だった。
  
 娘の乳腺炎は、夕方助産師さんに来ていただき、マッサージしてもらうと楽になったようだ。
210 スカトロジー
 スカトロってなに?
 20代か30代、結婚して子どももいたけど無知な私。パソコンはなかった。
 40代、ブティックで一緒に働いていた女性から漂ってきたにおいが、父のにおいに似ていた。
 まさか? 
 介護している父のにおいが鼻についているせいだ。
 帰ってから調べた。パソコンは恥ずかしいことでも調べられる。
 同様の意見はあった。香水なのか? 
 香水には○○○に含まれる成分のスカトールが使用されている。香水には○○○の成分を微量入れるんだ。嘘嘘。
 介護施設に入ったばかりの、専門の学校を出た女性が、においに耐えられず1日で辞めたそうだ。
 隣のユニットの若いお嬢さんは慌てて洗面台に走った。
「アーン、唾が付いた」
 このお嬢さんも辞めていった。
 
 私は最初、周辺業務で入った。朝、7時から10時までの3時間。それを週3日。配膳、片付け、洗濯、掃除、シーツ交換。フロアの見守り。
 朝食のあと、順番に排泄介助をする。早番の職員さんがひとりで10人を。私はその間見守る。なにもできないが。
「おねえさん、うん○」
 男性は叫んだ。私には無理だ。
 職員はひとりの部屋に入ったきりだ。この間も、別の女性に
「おねえさん、オシッコ」
と言われ、伝えにいったが、
「次の次の次です」
と言われ無視した。車椅子の女性をどうすることもできなかった。今回の男性は歩ける。支えれば。
「おねえさん。もっちゃう」
 この方が豹変した。こんなばあさんを手招きした。そばへ行くと卑猥な言葉。手を取り持っていこうとする。若いお嬢さんは、いやだろうな。
 入浴介助していた女性はキッパリ言った。
「そういう仕事ではありません」
 この方には、お嬢さんと親戚が4人でよく面会にいらした。私は茶を出した。言わなくていいことは言わない。知らされたら辛いだろう。長寿は残酷だ。
 クスノキさんがトイレを汚した。杖をついて自分でトイレへ行けるが、90歳を過ぎている。この方は食事を摂らない。食べるのは息子さんが買ってくるコーヒー牛乳と甘い煎餅。食べたい時間に部屋から出てきて杖で床を叩く。
 私はコーヒー牛乳と煎餅を2枚出す。食べると杖をついて部屋に戻りベッドに横になる。朝食のパンはジャムをたくさん塗ると、ほんの少し召しあがるときもあった。おかずと味噌汁は手をつけない。それでいて悪いところはなかった。
 入居者はほとんど便秘だ。2日、3日、4日、はい、薬をなん滴。はい、浣腸……。
 そのときのトイレはホラー映画のようだった。職員はクスノキさんの着替えを。私はトイレ掃除を頼まれた。床と壁の3面に散らばっている……。どうすればこんな惨状になるのだ? ホラー映画のようなトイレの汚れは恐ろしい血ではないが。
 時間をかけて掃除をした。最低賃金より少しばかり高い時給。この労働の対価は?
ヒイラギさんのシーツ交換に入ったとき、においがした。窓を全開して作業したが、数十分後まだ臭気が。ヒイラギさんはタンスの中に使用済みのパットを入れる。探したが見当たらなかった。 私は布の袋を確認した。この方はいつも帰り支度をしている。袋の中には何着かの服、靴下、その下にビニール袋が。開けて、それを広げて私は廊下に走った。マスクをしていたが、なお時間の経ったその臭気はすさまじかった。
 入浴介助のときに、湯船の中で出してしまう方もいる。私は一般浴担当なので滅多にない。1度だけあった。湯船の中で2回、3回。本人は気持ちよさそうだが、その方は浴槽から出るのが大変なのだ。私が湯船の中に片足を入れないと支えられないときも……。
 隣のリフト浴ではよくあることだ。臭気が漂ってくる。そのたびに浴槽を洗い湯を入れ替える。大変だと思う。隣の担当もパート職員。資格はあるが時給はたいして変わらない。
 そんな話をすると娘は怒る。
「おかあさん、その話ばかりだよ」
 この娘は、将来介助してくれるだろうか? 飼っている犬や孫の排泄のあとは神経質なくらいきれいにしているが、果たしてやってくれるだろうか? 
 いや、そうなる前には逝きたいものだ。
(『ついのすみか』から抜粋しました)
【お題】 部室の匂い
早とちりと老眼のせいで『部屋の匂い』と読み間違えてしまいました。
あれやこれや 201〜210
 
