騎士物語 第十二話 ~趣味人~ 第九章 休みの終わり
フィリウスたちと『右腕』たちの戦い、ロイドくんたちの冬休みのその後です。
第九章 休みの終わり
「何故人間の身体はこんなにマナとの相性が悪い!」
「死なせるな! 断じて許されん!」
「せめて――せめて核にできるようなモノがあれば!」
「では、ワタクシの――」
また同じ夢……だと思う。毎度光景が微妙に違う……というか半分以上は真っ黒か真っ白なのだけど、たぶん同じ場面だ。オレの理性が溶けてなくなり、とうとうミラちゃんをおそ……オ、オソッテしまった……あ、あの夜から毎晩見ている……気がする。
声からしてたぶんヨルムさんやミラちゃん、他にもレギオンのメンバーで会った事のある人がそれなりの人数喋っていて、何も見えないオレの周りで慌ただしくしている。
これは夢というよりは記憶なのだろう。恐らく、オレが一番思い出さなければいけないモノだ。
喉まで出かかっているというのはこういう事を言うのだろう。あともう一押し、ほんの少し手を伸ばすだけで届きそうな核心――
「んん……」
柔らかな感触と理性に刺さる甘い声。夢……ああそうだ、オレは寝ていて――
「はぁん……ロイドしゃま……」
「!?!?」
一瞬で睡眠状態から覚醒したオレの目の前にはミラちゃんの顔。鼻と鼻が触れる至近距離――というかミラちゃんはオレに抱きついているのだが何故か何も着ていないオレの身体に広がっている感触的にミラちゃんはオレと同様に裸でオレの手はそんなミラちゃんの後ろというか下の方に伸びていてつまりこの柔らかな感触は――
「びゃ――びゃあああ!?」
慌てて手を離して起き上がったオレはそのせいで布団というかタオルケットというかオレとミラちゃんに被さっていたモノがバサリとずれた事によって丸見えとなったミラちゃんの裸体に追加の叫びをあげて視線をそらす。
な、何かが違うような気がする……あ、あの夜から毎晩……こ、こんな感じではあるんだけど妙にグッタリしているというか……えぇっと何があったんだけか……
そう……オレと……アレコレし、した事によって吸血鬼としてのパワーが最高潮になったミラちゃんがこの国で長らく……たぶん数十――いや、数百年問題となっていた『神獣』の死体……と言えばいいのか、死んでいたはずがスピエルドルフが発展して魔人族がたくさん集まった影響でその死体から放出されてしまっていた膨大なエネルギーを削り切る事に成功した。歴代の王様たちが吸血鬼の爆発的に力が増大する特性でもって代々相殺してきたそれをついにミラちゃんが終わらせたのだ。
これはスピエルドルフにとってはオレの想像以上に嬉しい出来事だったようで、ミラちゃんが偉業を成した事はその日の内に国中に知らされ、翌日には国を挙げてのお祭りとなった。
なんというか、例えはアレだけどたぶん、スピエルドルフを攻めるならこの機を置いて他にないだろうと思えるくらいにレギオンメンバーも含めて全国民が文字通りのお祭り騒ぎで、深夜――ずっと夜だから時間的にという意味だけど、騒ぎ疲れた国民がお酒を片手に眠るとスピエルドルフは完全に沈黙した。
そして次の日も朝から飲めや食えや騒げやで、前の日ほどではないけどお祭りは継続し……夜中を迎えて再度スピエルドルフが沈黙して……今の朝に至る。
偉業を成したのはミラちゃんだけど、ミラちゃんの力を最大限まで引き上げたのはオレ……つ、次の国王様という事でロイド・サードニクスの名前も轟き、さすがロイド様だとあちこちで言われ、お酒は飲めないからとたくさんの料理でもてなされ、かつて体験した事のない大規模なお祭りの熱気にオレも酔ったようになって騒いだような気が……する……いつも冷静にオレを注意するパムでさえ雰囲気にあてられてふらふらしていたから相当のモノだったはずだ。
そのせいかお祭りの二日間の記憶が若干曖昧だ……忘れている事を思い出す為に来たのに新たに何かを忘れるとはひどい有様……い、いや待てよ……と、隣にいるハ、ハダカのミラちゃんといつも以上のグッタリ感を考慮すると……ま、まさかオレはまた何かやらかしたのではなかろうか……!!
「おはようございます、ロイド様。」
そんな一言と共にオレの背中にむぎゅっと抱きつくミラちゃああぁぁ!?
「とうとう自分はやってしまったのではないかという感じですが、ワタクシとしては誠に残念ながら、祭の雰囲気にあてられてふわふわしていた昨晩のロイド様ですら一線は超えて下さりませんでした。」
柔らかな感触が背中に広がってそれどころではないのだが、し、しかしどうやらオレは頑張ったらしい……!
「しかしこうなってくると懸念が現実味を帯びてきました。ロイド様も普通に男性で、ちゃんと欲をお持ちです。事実、顔を真っ赤にしつつもエリルさんらやワタクシを愛してくださっていますし、普段は恥ずかしさが勝ってご自分からはしてくださいませんが、状況が整えば……まぁ、大抵はワタクシや皆さんがそういう状況に引き込むわけですが、そうなりましたらロイド様も存分にその力を発揮してくださいます。」
「にゃ、にゃんの話――ととと、というかミラちゃん、む、胸があああああぁぁ!?」
オレが指摘すると同時に腕に力を入れて更に押し付けてくるミラちゃん!!
「思えば初めから少し疑問だったのです。ロイド様の理性が溶けて初めてその手を――ワタクシがお身体に刻み込んだ吸血鬼の技術を発揮したのはローゼルさんとの一件が最初との事でしたが、恐らく完全に理性が飛んで欲望任せになったのはそれが最初で最後だったでしょう。経験を得たロイド様は以降、理性が風前の灯火となりはしても最後の一線だけは超えてはならないという意思を強くお持ちですから、最初の一回が一番危険だったわけです。」
背後から伸びるミラちゃんの手がオレのお腹やら首やらを撫でていく……!!
「しかしそうなったロイド様でも一線を越えなかった。ロイド様が誘惑に対して一般的な男性よりも耐性といいますか抵抗力があるのは確かですが、それにしても異常です。実のところ、ロイド様がワタクシを愛してくださったあの夜から昨晩まで、サキュバスなどの本職には劣るもののロイド様もご存知の吸血鬼にも備わっている催淫の力を割と本気で使っていたのですよ?」
「べっ!?」
「事実、ロイド様はあの夜から毎晩ワタクシを愛してくださっているでしょう?」
「びゃっ!? こここ、これはてっきりミラちゃんからししし、仕方なく漏れ出る吸血鬼の能力的なアレの影響だとお、思ってたんだけど――」
「ワタクシもここまでする気はありませんでしたが、頑ななロイド様を前にどうにかこうにかと欲が出てしまいまして……」
一体どんな表情で言っているのか、耳元で囁かれるその言葉はトンデモナク……か、甘美というか艶っぽいというか……端的に言えばすごくエッチだ……!
「ですがロイド様はそれをしませんでした。ロイド様にも吸血鬼性があるとはいえ、ワタクシのそれに抗える道理は無いはずなのに、です。こうなってくるとそういう呪いか何かがかかっているのではという疑いが生まれます。」
「の、呪い!?」
「ワタクシからすれば呪いという表現になるだけですが、ワタクシの力を阻むとなると最初に浮かぶのはワタクシたちの記憶を封じてしまった憎き恋愛マスターのそれでしょう。恋愛マスターについて話して下さった時に仰っていたでしょう? ロイド様の運命の相手は十八の春に判明すると。」
恋愛マスターがオレの願い――「家族が欲しい」という願いに答える為にオレにかけた……魔法というか祝福というか、それはオレが運命の相手に出会うというモノ。誰もが持っているけど人生の中で出会えるとは限らない、赤い糸で結ばれた相手をオレのところへ引き寄せる……感じの効果らしく、その副作用で赤い糸の相手が相性百パーセントだとするなら九十や八十になる相手も呼び寄せてしまい……け、結果オレはみんなとあんな感じになっていて……
と、とにかく、それが願いの副作用で、ついでにまだ判明してないのだけど願いを叶えてもらうと必ず生じる代償もあったりして……不明な点も含めてこの先もこの祝福の影響で色んなことが起きると思うけど、一つ、恋愛マスターが確約した事としてオレの運命の相手はオレが十八になった時の春に判明するらしい。
つまり……セイリオスを卒業する頃に……
「ロイド様がラッキースケベ状態と呼んでいました、運命の相手やそれに近い相手との距離を縮めようと働く運命力のようなモノもありましたが、もしかするとそれでも最後の一線だけは運命の相手を最初とする為に十八の春まではロイド様がそういう行為をしてしまわないようにと、力を加えている可能性もあるのです。」
「な、なるほでゃあ!?」
首筋に触れるミラちゃんの唇と舌の感触がつつーと上がって耳に……!!
「全く……ひどいおあずけですね……ロイド様からのを待っていますが、我慢の限界が来ましたらワタクシから――」
バァンッ!!
ミラちゃんの吐息と舌やら指やらの動きで頭の中が真っ白になってきたところで勢いよく部屋のドアが開いた。ビックリしてそっちの方を向いた瞬間、たぶんパンチやキックが全身のあちこちにめり込んで……数分後、オレはミラちゃんの部屋の床に正座していた。
「……」
普段の数倍のムスり顔に加えて背後に怒りの炎が見える気がするエリルは熱さを感じそうな鋭い視線をオレに突き刺している……
「案の定の予想通りではあるが、外の様子が完全に祭りの後の騒ぎ疲れて寝ている状態というのが問題だ。この国がこうなる理由を考えると状況的に色々な想像が働くのだがどうなのだ、ロイドくん。」
頑張って表現するなら満面の笑みが凍りついて顔に張り付いているローゼルさん……
「検問所もそうだったけどお城の中も警備がゆるゆるだったんだよ! 許可証があるだけでここまで素通りなんてロイくんがしちゃ――それで国中お祭りになったんだ!」
ぷくっとほっぺを膨らませてかわいい……じゃなくて涙目で怒っているリリーちゃん……
「あ、あたしたちが……いない間の防衛線だった、い、妹さん……が、変な所で寝てて……い、今は外の廊下に……座らせてるけど……パ、パムさんもああなるなんて……よっぽど、だよね……」
どういうわけか、戦いの時によく使っている、銃弾を細い糸状に変形させたモノを指に巻いたりピンッと張ったりを無表情で繰り返しているティアナ……
「休みの間にこの強くなった武器で色々練習したからねー。ちょっと試してみちゃったりするー?」
ニヤニヤと、けどちょっと怖い笑顔で手をわきわきさせるアンジュ……
スピエルドルフで歴史的な事が起きたのは確かだけどエリルたちが想像しているソレ……で、ではないわけで、こ、ここはちゃんと説明してこの後に待ち受けるフルボッコの威力をなるべく抑えなければ……!
「あ、あのですね、これにはワケが――」
「残念ながら皆さんが想像している事が理由で国中がグッタリしているのではありませんよ。」
ベッドの上でエリルたちに寝間着を着せられたミラちゃんがくすくすと笑う。よ、よかった、ミラちゃんから説明してもらえれば誤解は――
「まぁ、それ以外でしたらここ数日の毎夜毎晩で全てしましたけどね。」
「ミラひゃん!?」
思わず叫んだが――い、いや間違いではないというのが我ながらドスケベロイドくんなわけだけどそそそ、そんなうっとりとした顔で言われると……!
「……へぇ……」
短いながらもものすごい重圧を感じる一言を呟きながらしゃがんでオレの顔を覗くエリルがかなり怖い……!
「ふむ。こういう時は毎度の事ではあるが、今から一部始終を根掘り葉掘りするのでロイドくんは歯を食いしばっておくといいぞ。」
そこからしばらくの間、ミラちゃんが頬を赤らめる度に誰かの攻撃が飛んでくるという時間を過ごし……お祭り疲れで普段以上に寝ていたらしいパムが起きてタコ殴りにされたオレを見て驚き――はせずに「ふんっ」という感じにそっぽを向いた辺りでスピエルドルフの現状も含めた一通りの説明が終わった。
「そうかそうか、ロイドくんが最後の一線を越えないのは恋愛マスターのせいなのだな。カーミラくんの吸血鬼としての能力全開でもダメだったというのだから、別にロイドくんが実は嫌がっているというわけではないのだな。そうかそうか。」
「……今の話で最初に出てくる感想がなんでそこなのよ……『神獣』なんてのが登場したのに……」
「おやおや、エリルくんだって実は心配していたのではないか?」
「し、心配なんてしてないわよ……」
「そ、そうだよ、オレはちゃんとみんなにこうふ……」
嫌がっているかもだなんて思っていたのかとついうっかり……いや、それにしたってかなりヤバイことを口走った気がするが、やっぱりヤバイことだったようでみんなが面食らったように赤くなった……
「変態兄さんはもう黙ってください!」
何でかついでに赤くなりながらオレのほっぺを引っ張るパムは、うっとりしているミラちゃんをビシッと指差す。
「祭の間にいつの間にか新年になってしまいましたが、こうして皆さんが戻った以上、ここ数日のような……ア、アレな事はダメですからね! 冬休みももう終わりなんですから!」
「そうですね……ロイド様も「あの夢」を見るようになったという事は封じられた記憶が紐解かれるのは時間の問題でしょうし、ワタクシはロイド様の寵愛を一身に受けられましたし、百点満点とは行きませんがロイド様がスピエルドルフで休暇を過ごされた目的は及第点というところでしょう。」
あの夢――どう考えてもオレの記憶が関係しているだろう夢については初めて見た時にミラちゃんに話したわけだけど、ミラちゃんはニッコリ笑って「もう少しですね」と言っていた。今の言葉からもあれがかなり重要な出来事というのは確からしい。
「正直なところを言えば先ほど話したロイド様との愛の時間は概要で、更なる詳細を自慢話としたかったのですが、現状でそれをしてしまうと話し終える頃にはロイド様が無残な事になってしまいそうですし、一つ話題をそらすとしましょうか。」
ベッドから立ち上がり、ぐぐっと伸びをしたミラちゃんはボコボコにされたオレにニッコリと笑顔を向けた後にこんな事を言った。
「ずばり、休み明けにセイリオス学院にて学年最後のランク戦を控える皆さんの為、世界の現状について。」
さすがというか、城内で働く人たち――ストカやユーリも含めて全員が眠そうな顔をしている中でもいつも通りの表情で集まったレギオンマスターの三人とみんなとで朝ご飯を食べ、その後学院の教室……ほど広くはないけれど板書ができる場所やテーブルやらが並ぶ、何かしらの作戦会議とかをしそうな部屋にオレたちは集まった。
ちなみにカラードとアレクの強化コンビはスピエルドルフに戻っていない。エリルたちはオレとミラちゃんが……ア、アレコレしているのを止める為に来たわけで、二人はベルナークシリーズの力を得た自分の武器で修行している頃だろう。
「あ、そうでした。ランク戦の話の前にロイド様のご協力のおかげでお願いする事ができた帽子屋のおばあさんの一件からお伝えしてきましょう。フルト?」
『はい。ルベロ・サーベラスに解析を依頼した『魔境』の産物――白い球体ですが、進捗は九割ほどと報告を受けています。完了しましたらロイド様とフィリウスに詳細をまとめた報告書を送らせていただきます。』
「えぇ? あ、いや、そんな凄そうなモノの凄そうな情報をオレに渡さなくても……」
『姫様が仰った通り、彼女の協力を得られたのはロイド様のおかげですし、あれの異常な性質……いえ、性能を考えればフィリウスもスピエルドルフでの保管を願うでしょうからロイド様にお伝えするのは当然です。』
「勿論、『神獣』を終わらせた際に誕生しましたワタクシとロイド様の愛の結晶についても詳細を連絡させていただきますね。」
「ア、アイ……」
ミラちゃんが言っているのは『神獣』に打ち込んだ後も何故か残った赤い剣の事だけど……『魔境』の件はスピエルドルフで保管される以上、じ、次期国王という感じになっているオレに話すのは当たり前ということなのだろうか……うぅ……
『加えてですが、あの場にいた『預言者』がロイド様方とまた話がしたいと言っているとの事で、いつでも遊びに来てくれて構わない――と、彼女から伝言をあずかりました。』
サーベラスさんのところにいた『預言者』とは、つまり神の国アタエルカを構成する十二の地区のそれぞれに一人いる未来予知の力を持った人たちの中で第三地区に所属している『預言者』であるヨナ・タルシュさんの事だ。
サーベラスさんがいるのは第四地区なのだけど、どの地区でも重要人物として扱われる『預言者』という立場のせいでほとんど軟禁状態になっているヨナさんの為にサーベラスさんが本来なら難しいはずの「地区をまたいだ移動」をあっさり可能とするマジックアイテムをあげて、サーベラスさんの所に遊びに来れるようにしているのだ。
ヨナさんが持つ未来予知の力は魔眼によるモノなのらしいのだけど、その力が強力過ぎる影響で常に魔眼の力を抑える目隠しをしていないと周囲が透明に見えてしまうという。
「つまりロイドくんハーレムの一員になり得ると。」
「ひゃーれむ!? い、いやいやあの、そんなに会話もしてないですよ!?」
「何を言う、わたしはロイドくんにひとめぼれしたのだぞ。」
「びゃっ!?」
「ローゼルさんの心配はわかりますが、おばあさんが見せてくれたロイド様の赤い糸はまだ数本ありましたから、極端な話ロイド様が出会う女性全てに恋愛マスターの運命の力によって引き寄せられた可能性がありますからね。全てに警戒するのは大変ですよ。」
「……なんかいつも以上に余裕があるわね、カーミラ……」
「それは勿論、ロイド様に熱く愛していただいたばかりですから――おや、またこの話題に戻ってしまいましたか。せっかく話をそらしたというのに……ふふふ。」
色々なアレコレを思い出しているのか、うっとりするミラちゃん……! そして隣に座っているエリルにほっぺをつねられるオレ……
「ふむ……まぁ、心配しても仕方がないという事で一先ず話をそらされて最初の話に戻るが、カーミラくんからランク戦という言葉が出てくるとは思わなかったな。」
「おや、そうですか? ロイド様を見つける事が出来たキッカケですし、それなりに注意を払っているイベントですよ。」
「……注意って何よ。あんたたちが前回のランク戦を見てたのはロイドを探す為で、こうして見つかった今、何か興味があるわけ?」
「生徒には確かに興味ありませんね。人間の中にもフィリウスさんのようにワタクシたちに匹敵する強さを持つ者が出てくる可能性がありますからそれなりに警戒していますが、さすがに騎士の卵の時点から注意はしません。ワタクシたちが興味あるのは、そんな卵を眺める側です。」
「あー、観客側ってことだねー。セイリオスのランク戦って人気だもんねー。」
セイリオス学院のランク戦。学年ごとに分かれて行われる生徒全員によるトーナメント戦。目的は実力にあった授業をする為に生徒をA、B、Cの三段階に分ける事。分けると言っても均等ではなくて、Aを一番上にしたピラミッドのような人数比で分けられるからAランクになるような生徒はその学年を代表する実力者――という扱いになるらしい……というかそんな感じだった。
年二回行われ、夏休み明けの一回目のランク戦で我ら『ビックリ箱騎士団』は……アレクだけティアナとの試合で負けた事でCランクだけど他の面々はAランクで、同級生の間では一目置かれるというか遠目に見られるというか……いやまぁ、ランクというよりは勲章とか……オレとエリルたちのアレコレのせいな気もするけど……と、とにかく、色んな意味で注目されるメンバーとなった。
そしてこの冬休み明けに待っているランク戦が二回目になるわけだけど、そこにミラちゃんの心配事があるらしい。
「アンジュさんの言う通りですが、学年末に行われる二回目のランク戦の注目度は一回目の比ではありません。何故なら名門セイリオス学院からの卒業を間近に控えている三年生の実力を見ることができる機会ですからね。例年、近く卒業する騎士の卵たちの実力を見る為に名のある騎士団や軍の関係者が一回目の時よりも数多く観戦にやってくるようです。」
「そ、そうか……三年生にとっては卒業後の進路とかにも関わってくる大事なアピールの場になるんだね。」
「そうです。熱心な観戦者は一回目と二回目の差を観察して成長具合も評価していくそうですから、アピールという意味では実のところ一年生の一回目から始まっているとも言えるのですがね。」
「そ、そうなんだ……」
自分が通う学校の事を立場的には外部の人であるミラちゃんから教わるというのは何だか変というか、自分がダメというか……
「しかし先ほども言ったように生徒の強さや成長具合にワタクシたちは興味がなく、注目するのは評価する為にやって来る観戦者たちで、勲章を受ける程の活躍をされたロイド様たちを目当てに来る者も多いというのがまず一つ目にお伝えしたい事です。」
「まぁそれは当然だろう。客観的に考えて、多くの優秀な騎士を輩出しているフェルブランド王国からシリカ勲章を受け、火の国ヴァルカノからも勲章を受けたのが学院の一年生などと、国内国外問わず注目されない方がおかしいというモノだ。しかしわたしたちに限った話ではなく、名門セイリオスの全生徒にあちこちから勧誘が来ては支障も出るという事でそういった声かけは最終学期――冬休み明けの三年生にしか学院側が許可していない。勧誘する側もセイリオスから睨まれたくはないからその辺りのルールには従うはずだ。」
「勧誘はその通りなのですが、ワタクシたちが心配しているのはワタクシたちが原因でロイド様に不快な思いをさせるのではという懸念……ロイド様たちの活躍に対し、十二騎士であるフィリウスさんの弟子なのだからと納得する者がいる一方、魔人族の存在を知っており、フィリウスさんをワタクシたちスピエルドルフとの唯一のパイプとして認識している人間たちからすればロイド様の活躍の背後には魔人族がいるのではないかと疑う者もいるのです。」
「疑うというか正解だけどね……ユーリやストカ、それにミラちゃんがいなかったらオレたち危ない時が結構あったし……」
「当然の事をしているまでです。しかしフィリウスさんが何度も警告しているというのにワタクシたちとの繋がりに価値を見出している者は多く、ランク戦という外部の人間が学院内に入りやすく、実績のあるロイド様に声をかける事自体が不自然ではない現状、面倒な輩が紛れ込む可能性はかなり高いのです。バクさんによる護衛はあくまで戦力としての脅威に対するモノですから、内心の企みまでは……」
オレの護衛という事でラパンの街をその霧の身体で覆っているバク・ピロゥさん。もこもこの綿あめみたいな姿を見たきりだけど……ほ、ほんとにずっと見てくれているんだな……
「そ、そういえば神……の国で、『フランケン』をや、やっつけたのはど、どういう扱いに、なってるのかな……フィリウスさんが連れて、いったけど……な、なんとなく……フィリウスさんは、ロ、ロイドくんの手柄……みたいにし、しそうだけど……」
「ふむ……事実を言えば半分以上はユーリくんの手柄になるのだが、魔人族の関わりを表に出せない事と、フィリウスさんはロイドくんを有名にする事で更なる強敵との戦いを引き寄せようとしている感じだからな……最悪勲章がもう一つ増えかねない……」
フィリウスに修行してもらった身としては頷ける予想というか……あいつ結構スパルタだからな……
「S級犯罪者を倒したっていう実績が追加されたとしても今更状況はそんなに変わんないわよ……そういうのに対してあたしたちにできる事ってあんまりないし、お姉ちゃんに相談してみるわ……」
むすっとした顔……はいつもの事だけど妙に慣れたような顔でそう言ったエリル。確かに政治的? って言えばいいのか、そういう権力とか何やらが絡むモノは「他国の女王」であるミラちゃんは手を出しにくいだろうし、カメリアさんに頼るのが一番いいんだろう。
なんというか……エリルがセイリオス学院に入る時にも色んないざこざがあったんだろうって事はオレにも想像できるから、こういう事は経験があるのかもしれないな……
「ワタクシからもお願いできないか頼むつもりでしたから、有り難いです。彼女に借りを作るのは女王として気が引けますがね。」
「えーっと、これで有名になり過ぎちゃって困るかもーって話は解決ー? さっき女王様「まず一つ」って言ってたし、他にも心配事があるんでしょー?」
「ええ……どちらかと言えばこちらがメイン、ワタクシたちも助力できる件ではありますが危険度が高い問題です。」
そう言いながらミラちゃんがきれいな字でいくつかの単語を板書した。
『紅い蛇』
『世界の悪』に対抗するべく集まったS級犯罪者
オズマンド
アリス
『満開の芸術と愛を右腕に宿した人形が振るう刀』
『罪人』
知っているモノもあればあんまり理解できてない名前もあって……けれど確実に面倒事というか、言い方を変えると「敵」……というのは間違いないだろう。
……しかしなんだ、最後の方のすごく長いのは……
「以前説明させていただきましたが、ロイド様を狙い、今は恋愛マスターを追っている『世界の悪』ことアフューカスは他のS級犯罪者を始末してまわっています。目的はハッキリしないものの、騎士側は悪党同士で潰し合うというのは一般人が巻き込まれない限りは良い事として基本的に静観の構えです。しかし当の悪党たちには一大事――あちらこちらで動きがありますが、一番大きいのはS級犯罪者が集まって出来たチーム。件の『魔境』の封印にヒビを入れた者たちで、現在わかっているメンバーは『ベクター』と『魔王』と呼ばれているS級犯罪者で……この『魔王』にはワタクシたちと少し関わりがあります。」
「? その『魔王』っていう人は魔人族なの?」
「ヨルムの見立てによれば半分魔人族、と言ったところでしょうか。スピエルドルフ建国の際、ワタクシたちヴラディスラウスの一族が王となる事に反対した種族がいくつかおりまして、中には国を出た者たちもいました。彼らがその後どうなったかは把握できていませんが、『魔王』は彼らの内の一つ、とあるミノタウロスの一族と人間の混血なのです。」
「混血……きっと普通の人の何倍も強いんだろうね……」
「十二騎士クラスは別として、人間の騎士がどうこうできるレベルではないでしょう。そんな者が先日『世界の悪』と一戦交えたそうでして、倒す為に動いているのですからそれ自体は良いのですが、ロイド様に興味を抱いているアフューカスにスピエルドルフにおける罪人であるマルフィに加えて半人半魔の『魔王』も接触となると、より一層スピエルドルフ――魔人族が絡む事態が起きる可能性があり、どうしてもロイド様が巻き込まれやすい状況が出来上がりつつあるのです。本当に申し訳ありません。」
「あ、謝らなくて大丈夫だよ。誰が悪いわけでもないんだから……」
「そういうわけには。幸いマルフィの居場所は掴んでいますから、可能な限り問題は排除しておきます。」
排除……排除か。魔人族――スピエルドルフが関係して起きる事は全部ミラちゃんたちが何とかしようとしてくれて、実際出てくる面々はオレにどうこうできる相手じゃないんだけど、アフューカスがオレに興味を持ったのはいつかの会話のせいだから元をたどれば原因はオレ自身で……
人間とは根本的な強さが違う魔人族でも「別として」と語られる十二騎士――この何とも言えないモヤモヤをどうにかしたいと思ったら、オレはそこに至らないといけないんだな。
「次にオズマンド――フェルブランドにて活動を続けていたテロ組織で、ユーリと一緒に皆さんも戦った相手。こちらはあの騒動の後フェルブランドではなく他の国でチラホラと動きが見えるのですが、先日ロイド様にも体験していただいた『神獣』の力絡みでお伝えしておきます。」
オレたち『ビックリ箱騎士団』がシリカ勲章をもらう事になった一件。実のところ彼らが最終的に何を目標としていてあの時どういう理由でそれをしたのか知らないのだが、王族であるエリルを狙ったオズマンドの幹部ラコフとオレたちは一戦交えた。
「『神獣』は遥か昔の世界の支配者。既に絶滅していますが、その亡骸が横たわる場所には力が満ち、人間たちがマナの流れや質が他と異なる場所として認識している土地にはこの『神獣』が関わっています。『魔境』の成り立ちとも切り離せない存在なのですがそれはまた別の機会として、先ほど言ったように剣と魔法の国として有名なフェルブランドの首都もまた『神獣』の死体の上に建てられています。」
ミラちゃんがオレとのここ数日をエリルたちに説明……というかじ、自慢――した時に『神獣』の話もしていて、ラパンの街がそういう存在の上にあるって事は王族であるエリルも知らない事で……本当に限られた人しか知らない事実らしい。
「そして普通は大地に還る事はずが化石として残ってしまった『神獣』の身体が王城の地下に保管……いえ、人間は近づいただけで死にますから誰も近づけないようにしているだけですが存在しておりまして……方法は不明ですが、先の襲撃の際にオズマンドはこの一部を手にしています。」
「えぇっ!?」
「はぁ!?」
ミラちゃんからの情報に思わず声が出たのはオレとパム。これは『神獣』の力を見てきたからこその驚きで、あんなものをテロ組織がゲットしたっていうのか……!
「お二人の反応は当然ですが、流石にあのレベルの力を振るえるわけではありません。一部と言っても手の平サイズ以下のほんの一欠片。しかし強力な力の源である事は確かですから……そうですね、最近ですと神の国の『聖剣』と似たような代物でしょうか。赤子が十二騎士クラスの大魔法を扱えるようになってしまうようなマジックアイテムと考えていただければ。」
「充分一大事ですよ……『神獣』の件は国王やその側近辺りでないと知らない情報という事ですから、当然現場の騎士に「オズマンドが『神獣』の力を手に入れた」などと言えるわけありませんし、そもそも『神獣』の存在すら周知でない……上層部はこの件をどう扱うつもりなのでしょうか……」
国王軍の騎士として険しい表情になるパム。とんでもない力を手に入れてしまったから警戒せよって言う事はできても「それは何ですか」と聞かれると答えられない……詳細を把握できなきゃ騎士たちだって対処に困るだろう。今は他国で活動しているらしいからフェルブランドから他の国に警告したいところだろうけど、全部話す事はできない……やっぱり政治的な事が絡むと面倒になるんだなぁ……フィリウスがガン無視したくなるのもなんとなく理解できる……
「国王軍や国の対応については好きにすれば良いと思いますが、『神獣』の力はワタクシたちにとっても脅威ですからね。追跡の為に人員を派遣しているのですが、これがまぁ驚くほどに見つかりません。『神獣』の力を応用しているのかと思っていましたが、先の神の国の一件の中であまり嬉しくない推測……何と言いますかまたもやですが、スピエルドルフと関わりのある魔人族がバックにいる可能性が出てきたのです。」
「えぇ? オズマンドのメンバーの中に魔人族がいたの?」
「いえ、ある魔人族のグループがオズマンドと協力関係にあるようなのです。神の国の騒動の中、帽子屋のおばあさんは巻き込まれる事なく済んでいたのであの場は一安心という事で……何よりワタクシとロイド様の時間があれ以上奪われるのは嫌だったので、後日フルトが調査の経過を確認する際についでにその時の様子を尋ねてもらったのですが……どうやらあの時、帽子屋のおばあさんと『預言者』のもとにオズマンドが来ていたようなのです。それもトップと思われる者が。」
「えぇ!?」
「目的は帽子屋のおばあさんの研究対象の一つである三人の欲王の一人、睡眠欲の王についての情報だったそうです。おばあさんが知っている事を話す代わりにあの騒動の中での安全を保障する――そういう約束でお茶を飲んだとのことです。」
魔法を越えた力を操る三人の欲王。せ、性欲の王であるらしい恋愛マスターはこと恋愛に関する事なら全知全能という事だったから、睡眠欲の王の力となると……例えば相手を強制的に眠らせるとか、テロ組織にとっては色々な使い道がありそうな能力を持ってそうだ……
「そしてあの場にはハブル・バブルが現れた。直接的な関係を見つけたわけではありませんが、あの場で横槍を入れてきた部外者が二組いたというよりは、アリスの性格からしても「一組」だったと考えるのが妥当です。」
「えぇっと……『神獣』の時に来たチェシャー……っていう人の仲間だっけ。夜の魔法を消そうとしたっていう……」
「そうです。好奇心の塊と言いますか、善悪の区別なく本人が楽しそうだと思った事を周囲への迷惑お構いなしに実行し……質の悪いことに大体の事を成功させてしまう実力を持っている者です。スピエルドルフにいた頃は知恵と知識を持つハブル・バブルと規格外の移動能力を持つグリン・チェシャーと共に騒動を起こしていましたが、ロイド様がおっしゃった夜の魔法を消そうとした事件をキッカケに国外へ。以降行方がわからなくなっていました。」
「国外って事は……追放したの……?」
「確かに重罪でしたから罪を問えばそういう処罰になったかもしれませんが、それよりも前に本人たちが出て行ってしまったのです。夜の魔法にちょっかいを出せればスピエルドルフでやる事はもうなく……『神獣』だけが心残りだけど、と言って。」
「『神獣』……そうか、それで化石の欠片を手にしたオズマンドと一緒にいるかもってなるんだね。」
「はい。さすがのアリスも『神獣』の力にちょっかいを出すには至らず、本人はあの強大な力を使って遊べないかといつも口にしていました。神の国にハブル・バブルが現れ、『神獣』の力を手にしたオズマンドが裏で動いていた――この二つの結びつきはほぼ確実だとワタクシたちは考えています。」
「それはまた嫌な追加情報ですね……強大な力に加えて魔人族の協力者まで……先の戦いでかなりの数の幹部を倒したというのに、より厄介になっているじゃないですか……」
エリルを狙った組織が魔人族を仲間に加えた。オズマンドはフェルブランドっていう大きなモノを相手にしているけど、エリルが絡むとなるとオレ個人にも関わりのある話だ。
「そして……『魔王』の件とアリスが絡む『神獣』の力の件にはスピエルドルフが関係してきますが、こちらの長い名称の件は単純に魔人族に興味を持っているS級犯罪者がいるという報告です。これは組織の名前のようですが、ご存知ですか?」
「ふむ、ブレイブナイト辺りなら知ってるかもしれないが……S級犯罪者のグループなのか?」
「だった、でしょうか。神の国で皆さんも遭遇した『右腕』という者が率いていた集団で、この冬休みの間にフィリウスさん――《オウガスト》とその『ムーンナイツ』とぶつかりました。」
「あ、あの右腕が光ってた人か……過去形って事はフィリウスが倒したの?」
「メンバーであった『右腕』、『好色狂』、『パペッティア』、『無刃』は討伐したようですが、一人『シュナイデン』という二つ名の者は逃亡中です。そしてこの者は魔人族に興味を持っており、先ほどお話したロイド様の活躍にワタクシたちが関わっているという知らなくてもよい事を推測してフィリウスさんにロイド様を渡すようにと言ってきたのです。」
「なによそれ、そいつが一番危ないじゃない……」
「確かに名指しで狙っているという点は危険ですがS級犯罪者という存在が、先の二つは組織的に動いているのに対してこちらは集団が崩壊して個人。目的も明らかである以上対応は最も簡単です。先の二件に関わる力が大き過ぎるのでワタクシたちはそちらに注力したいというのもありますし、フィリウスさんを通して情報は共有するつもりですが基本的には騎士の皆さんに頑張ってもらおうと思っています。」
「そ、そうなんだ……ロ、ロイドくんを狙ってるって、こと……だから一番、力を入れて対応、するのかと……思ったよ……」
「先の二件が無ければそうしたかもしれませんが、既にフィリウスさんが一度交戦した相手ですからね。対策が打ちやすい相手とあれば、ロイド様から成長の機会を奪ってしまうのは望むところではありません。」
「ふむ……過保護なのかスパルタなのか境界がイマイチわからなくなってきたが……ともかく『世界の悪』が絡む陣営に加えてオズマンドが絡む陣営にも魔人族が加わり、個人的に魔人族に興味津々な輩もいて、まとめればスピエルドルフと深い関わりのあるロイドくんがランク戦というイベントをキッカケに色々な面倒事に巻き込まれるかもという、カーミラくんの心配なわけだ。特に『シュナイデン』に関してはピンポイントな件だが……しかし知らないよりはマシだとは思うが、正直出てくる相手がとんでもなさすぎて話を聞いてもわたしたちが警戒したところで、という感じなのが困ったモノだな。」
ミラちゃんの心配事をさらっとまとめて腕組みをするローゼルさん。
「「知らないよりはマシ」という状態が大事なのですよ。警戒の方はワタクシたちが行いますからご心配なく。」
ミラちゃんがニッコリと笑い、レギオンマスターの三人が恭しく頭を下げる。これ以上ないだろう心強い味方に……しかし色々な理由でやっぱり申し訳なく思ってしまうな……
「あれ? もしかして魔人族が絡む話は今ので終わりな感じー? こっちの『罪人』――あたしの国に来た犯罪者は別口なのー?」
アンジュの国、火の国ヴァルカノの建国祭であるワルプルガで暗躍した犯罪組織、『罪人』。色々な犯罪をしている事は明確なのにいざ証拠をそろえようとすると一つも出てこないという完全犯罪集団で、そのメンバーもわかっているのに捕まえる事が出来ないからせめて呼び方でハッキリさせておく――みたいな理由でそう呼ばれているらしい。
「ランク戦で動くかもしれないという点は同じですが、魔人族は無関係の件になります。火の国の一件がありましたのでそれなりに調べたのですが、連中は典型的な金儲け目的の犯罪組織です。最終的には別の何かがあるような気はしますがこちらは「何となく」の域を出ませんしワタクシたちに関わりがない事は断言できるのでそこは騎士の皆さんにお任せするとして、こと今回のランク戦は悪党たちの間でこれまで以上の金額が動くと予想されます。」
「えぇっと……それはやっぱりオレたちの勲章とかのせい……?」
「それもありますが、『世界の悪』が他のS級犯罪者を襲ったり、裏社会で影響力のある地位にいた者が複数いなくなったりと、騎士と悪党の勢力図で考えますと騎士側は将来有望な騎士の卵の活躍があるのに対して悪党側は大荒れ。これ以上騎士側の勢いをつけてはいけないと、近い未来自分たちの脅威となり得る騎士の卵が見られるランク戦にて悪党側が悪だくみをする可能性が非常に高い状況です。」
「む? それはつまり俗に言う新人狩りか?」
不意にローゼルさんがどう考えても物騒な意味だろう単語を口にする。
「うむ、ロイドくんが説明して欲しそうな顔をしているからこの才色兼備な美人妻ローゼルさんが解説するが、騎士の学校を卒業したばかりの新米騎士を狙う行為だ。将来セラームとして活躍したり、十二騎士にまで上り詰めてしまうような者は学生時代からその頭角を現しているとし、そんな騎士が成長し切る前に倒してしまおうというわけだ。」
「それは卑怯というか……んまぁ、悪党らしい行動ですね……」
「誰かが仕切っているわけではなく毎回どこかの誰かが計画してやるという、昔から悪党側の妙な連携で起きる事なのだが有名な騎士学校の卒業生が狙われやすい事は分かり切っているし、そうでなくても多くの軍や騎士団が対策を取っている。確かにカーミラくんの言う通り、現状は悪党側にとってかなりマズい状況で新人狩りが起きる可能性は高いのだろうが今更……」
と、そこまで言ってローゼルさんの表情が険しくなった。
「……つまり、今回はその『罪人』という連中が仕切ると……?」
「恐らく。悪党側の連携とローゼルさんは言いましたが当然タダで動くような悪党はおらず、誰を標的にして誰にやらせるか――そういう仕切りをする者の周りでは相応の額が動きます。悪党側にとって窮地である現状は普段よりも金額が大きくなるでしょうから、そんな儲け話をそれが目的のチームが見逃すわけがない、という事です。」
「でもそうなったとしても標的はロイくんじゃないよね。まだ卒業しないし。」
「……卒業間近で騎士になったら即戦力になりそうな奴って言ったら一番に思い浮かぶのはデルフだけど、あれが新人狩りでやられるところは想像できないわ……」
セイリオス学院前生徒会長、デルフ・ソグディアナイト。『神速』の二つ名を持つ、第三系統の光の魔法の使い手。お祭り好きなデルフさんの……せいというか企みというか、色んなイベントにあれこれ巻き込まれたけどレイテッドさんに会長が代替わりしてからあんまり話してないな。
よく考えたらデルフさんはマルフィを探しているからスピエルドルフと関りがないわけでもないんだよな……
「標的にはならずとも騒動に巻き込まれる事はありますからね。少し気にしておいてもらえば良いかと。」
「ふむ。これで休み明けへの注意喚起は終わりかな。学生の身分では知るはずもない事まであれこれ聞いた気がするから情報の扱いには注意だが……ここからが本題だろう?」
ローゼルさんの表情が更にキリリとする。本題って、こんなとんでもない話以上の何かがまだあるんだっけか……
「ふふふ、どうしても戻ってしまうのですね。では記念すべき初夜、ロイド様との熱い口づけの詳細から――」
「ソッチのハナシ!?」
思わず立ち上がったが、隣に座るエリルにグイッと座らされた。
「こうしてそれぞれの席に座っている位置関係であれば話の進行に合わせてロイド様が無残な姿になっていくのは――少なくとも先ほどよりは程度が下がりましょう。ワタクシも自慢はしたいですからね。エリルさんはどうかお手柔らかに。」
ムスッとした顔のエリルの横目が鋭く突き刺さり、レギオンメンバーが喜びをかみしめるように頷く中、長い……すごく長いハズカシイ時間が始まった……
「武器というのは基本的に消耗品だが、フィリウスのそれがそういう状態になっているのは何だかんだ初めて見る。」
田舎者の青年が恥ずかしさでうつむくと同時に隣に座る恋人にほっぺをつねられている頃、フェルブランド王国国王軍の施設の中にある、常に金属を叩く音が響き、騎士たちの武器を最善の状態へと仕上げてくれる工房の隅っこ、大きなテーブルの上に並んだ金属の塊――いや、破片と言うべきか、バラバラのそれを難しい顔で眺めている筋骨隆々とした男――フィリウスの横で、あまり場にそぐわないどこかの町娘のような格好をしている女――セルヴィアが破片の一つをまじまじと眺めながらそんな事を呟いた。
十二騎士が一角、《オウガスト》のフィリウスと言えば鍛え上げられた筋肉と、その体躯にピッタリのサイズで背負われた大剣が真っ先に挙げられるイメージだろう。しかしそのトレードマークたる大剣は今、真ん中の辺りでぽっきりと折れており、先の方はだいぶ細かく砕けていた。
「フィリウスの一撃必殺のパワーをため込む剣だ、ただ大きいだけのモノではなかったのだろう? 特別な性質が付与されたマジックアイテムだったのか?」
「言うほど愉快な特性があったわけじゃないぞ! 俺様のパワーに耐えられるようにただただ頑丈に作られてたってだけだ! こいつの作者曰く、人智を越えた力でもかからない限りは俺様が爺様になるまで現役で振れるって事だったな!」
「剣の内側からフィリウスの一撃、そして外側から『右腕』の一撃……強大な力が内外から働き、結果人知を超えた力に手がかかってしまったのだな。作った者がいるなら修繕――もしくは新しいモノを頼む事になるのか?」
「新しいのを頼む方だが面倒な奴でな! 依頼を受けてくれるかは俺様じゃなく大将にかかってる!」
「タイショーくん?」
「大将はあいつのお気に入りだからな!」
剣を作るのだから刀鍛冶で、フィリウスの大剣を手掛けたとあれば相当な腕利きなのだろうが、人物像が全く見えてこず首を傾げるセルヴィアを見て「だっはっは!」と笑ったフィリウスは、その後方をノロノロと歩く男に気づいて金属音が響く中でもよく通る声を出しながら手を振った。
「おお、カルサイト! お前に一番合わない空間だな!」
「……バカでかい声で呼ぶな……」
フィリウスと並ぶと小さく見えるが女性としては平均的な身長のセルヴィアよりも低い身体を着古したジャージで覆い、切り揃えられたおかっぱ頭に大きな丸メガネを乗せた男――《オウガスト》の『ムーンナイツ』の一人、カルサイトがこの上ない不機嫌そうな顔でフィリウスに文句を言う。
「……『右腕』が残した「家の鍵」の解析が済んだ……連中が奇跡じみた現象を起こすのに使っていたとかいう代物を取りに行くんだろ……?」
「おう! 性能的に悪党に渡しちゃならん代物トップスリーには入りそうだからな! 早速回収に行くぞ!」
そう言いながらフィリウスがテーブルに広げていた大剣の破片を適当な布袋にザザザと入れ始めると、セルヴィアは手にしていた破片の一つを指差してこんな事を言った。
「フィリウス、これは貰っても大丈夫か?」
「ん? こいつを融かして打ち直すってわけじゃないから別にいいが、どうするんだそんなもん!」
「フィリウスが四六時中身につけていたモノなわけだし、良い記念品だ。」
「そ、そうか! よしカルサイト、方向はどっちだ! 近いのか!」
「……あっちだ……流石に風で飛んでいける距離じゃな――おい……」
方角を指差したカルサイトを軽々と小脇に抱えたフィリウスは工房をそそくさと、しかしドカドカと突き進み、空が見える場所まで来ると風の力で空へと舞い上がった。
「……お前の女に対する態度としてはだいぶ珍しいが……いや、まさかこのまま飛んで行く気か……お前の風でも数時間かかるぞ……」
「だっはっは! 普通に飛べばそうだろうな!」
「……お前まさか――」
カルサイトが何かを言う前に、空を飛んでいたフィリウスの巨体はカルサイトと共に爆風を残してその場から消えた。
そこからだいたい二十分ほど後、富裕層の別荘が並ぶ海辺のリゾート地の隅っこに建っている、周りの家々と同程度に豪華で特に怪しくは見えない家の玄関に髪の毛がオールバックになったフィリウスとカルサイトが立っていた。
「……攻撃用の魔法で移動するな……」
「だっはっは! お前ならそれに耐える魔法を展開できるだろ!」
カルサイトから受け取った鍵で扉を開け、二人は家の中に入る。外観と変わらず何の変哲もない内装で、S級犯罪者の家とは思えないほど「普通」だった。
「まいったな! こりゃ物色から始めないとだぞ!」
目当てのモノがどういうモノなのかわからない以上、この普通さの中に紛れている普通ではないモノを手掛かりに探るしかなく、二人は空き巣のように棚や引き出しをガサゴソと探し始めた。
「……ふむ、これは魔法書か……学者向けとは言え一般家庭の本棚にあってもおかしくはないが……『右腕』が数魔法の使い手だった事を考えるとこれはアン・リーフの物だろうな……」
パラパラと本をめくるカルサイトは、あちこちに加えられた手書きのメモを見ながら呟く。
「……本当に惜しい才能だった……お前が『右腕』を倒したタイミングなのだろうが、無数の魔法を展開している最中に急に電源をオフにしたように倒れたアン・リーフはそのまま霞となった……術者が倒れた事で「奇跡」が切れたのだろうが、仮に『右腕』が死んでも存在し続けてはくれないかと思ったほどだ……」
「だっはっは、たぶんだが存在し続けられたんだと思うぜ! 術者の意識が飛んだくらいでリセットされるなんて不安定さにあいつがあれほどの希望を託すとは思えないからな! 自分が負けたと理解した瞬間、あいつはあいつの意思で偽の妻を消したんだろう! 少なくとも、術者としてそういう権限はあったんだろうな!」
「……それはそれでこちらとしては有り難かったな……正直おれたちでは手に余る強さだった……優秀な風の使い手があれだけいたというのに風の魔法で押されていたのだから……」
「おお、サルビアから聞いたぞ! 風に形を与えてたらしいな!」
「……まさに「魔法」だったな……メルヘンな光景だったが凶悪――ん……?」
アン・リーフの物と思われる魔法書を小脇に抱えながら他の本を眺めていたカルサイトは、ある一冊を取ろうとした時、それが本の形をしたレバーである事に気がついた。
「……ありきたりというかお約束というか……」
その本を倒すとガチャリという音が本棚の裏から聞こえ、棚が扉のように開いた。
「でかした、さすがだな! 秘密の部屋発見――」
目当てのモノに近づいたとフィリウスが大笑いをしようとした瞬間、棚の裏にあった地下へと続く階段から漏れ出る気配に、フィリウスとカルサイトは一歩引いて臨戦態勢をとっていた。
「……何だこれは……地下でSランクの魔法生物でも飼っているのか……」
「あいつ、どんだけヤバいモンを隠し持ってたんだ!」
暗い階段を下り、地下のかなり広い空間に辿り着いた二人は、様々な魔法道具や魔法陣が置かれている――というよりは現在進行で効果を発揮し続けているらしいその部屋の中心にあるモノを見て目を丸くする。
「……これは……これそのものがそうなのか……それとも中身に何か入っているのか……」
「どっちにしろだろ、これは! 考えられる限り一番面倒なタイプじゃねーか!」
大きなため息をついたフィリウスは、それを眺めながらあごに手をあてる。
「場合によっちゃ監獄よりも学院か? 最悪こっちも大将に対応してもらうしかないぞ!」
「……どうなったって?」
この世界のどこかに建っていて、しかし間近に立ってもそれがそこにあるとは誰も気づけないようになっている、桜の国独特のデザインの城の中。畳が敷き詰められた部屋の真ん中でテーブルの上いっぱいに並んだ料理を吸い込むように食べている、牛の角のようなモノを頭部の左右から生やしている男を、料理をお盆にのせて運んでいる割烹着姿の女が呆れた顔で見下ろす。
「良い戦いだった! 更なる魔王力を発現させたワガハイの腕試しにはうってつけの相手だったと言えるだろう! しかしどういうわけか――うむ、美味い! さすが未来の魔王軍料理長! ワガハイとしては残念なことに――む、これは歯に挟まるな!」
「料理は逃げないから説明を優先しろ。対アフューカス最大戦力であるお前の戦績は重要なんだ。」
「もがもが――うむ、戦闘中に偽魔王が言っていたが、三段階ある自分の力の内二段階目まで出していたようだ! それとやり合える奴は久しぶりとか言っていたが、魔王であるワガハイはまだまだ全力ではなかった! 三段階目まで引き出してやろうと思ったのだが、それを今、こんな場所でやるのは勿体ないと言ってな! ワガハイを盛大に殴り飛ばしたのだ! たかがこの程度とすぐに戻ったのだが『マダム』が言っていたように偽魔王の城に戻る事ができなくなった故、こうして戻って来たのだ!」
「殴り飛ばす……話の感じまだまだ余裕だったようだがこうしてバカ食いしている現状、お前自分の身体の状態は理解できているか?」
「当然だ! ワガハイは魔王だからな! 座っているだけでも凄まじい勢いで体内の魔王力が減少していくのを感じる! 何かが目覚める為に大量のエネルギーを消費しているような感覚だ! 食べても食べても空腹感が消えぬ!」
「恐らく、先日の十二騎士と魔人族との戦闘で覚醒したお前の魔人族――魔王としての力はそれで完全開花というわけではなかったのだろう。自分の全力とやり合える可能性を見たアフューカスはお前の中に眠る魔王力の全てを……恐らくお前を殴り飛ばした拳に細工をして引き出させたんだ。」
「偽魔王の力添えで完全体へと至るとは奇妙な展開だがあり得ない事ではない! 全ての物語は勇者を主人公としている故、魔王は最後に登場するまで何をしているか語られぬ事がほとんどだが、玉座に座って昼寝しているだけというはずはない! 勇者が成長する裏で、魔王もまた最後の決戦に向けて成長していても不自然はなく、あの偽魔王はワガハイという魔王にとってそういうキッカケの相手なのだろう! 良きイベントだ!」
「……結果として、お前はアフューカスとある程度やり合えて、今よりも強くなるのだから大収穫と言ったところか。『バーサーカー』が解析している『魔境』の代物もあれば魔王に金棒となるだろう。」
「はっはっは! だがそうすんなりは行かぬだろうな!」
「……何故そう思う。」
「ワガハイの戦いを空の上から眺めている者がいた! あの気配は魔人族だ! 目的は知らぬが一つ二つ、横槍が入ってもおかしくないだろう!」
「魔人族か……『魔境』の封印の時もそうだが、妙に出くわすな……連中と人間の唯一の繋がりである《オウガスト》の弟子が怪しいというところまでは報告を受けているが、一学生が関わったからどうだというのか……連中にとってその学生は特別なのか……」
あごに手をあて、食事を再開する男を横目に割烹着姿の女は考え込む。
「最早ソロ活動を始めた『ベクター』は勘定に入れないとして、必要な力は着々とそろいつつある……アフューカスを殺せる可能性も見えてきたというのに、どうにも何かを根本的に認識違いしているような気がするな……」
「これまた眺めが良くなったでさぁ。食料調達に行ってる間に何が起きたんでさぁ?」
少し前までそこにあったはずの建物が瓦礫と化し、それらを適当に端に寄せて作ったであろう空間の真ん中に置かれたボロボロのソファでぐーぐー寝ている黒いドレスの女――アフューカスの横にぼーっと立っているフードの人物――アルハグーエは、そんな事を言いながらのしのしと歩いてくる太った男――バーナードの質問に「やれやれ」という雰囲気で答える。
『『魔王』がやってきてアフューカスと一戦交えた結果だ。期待を込めて中断したが、その後爆睡するくらいには満足度の高い勝負だったようだ。』
「姉御と互角だったって事っすか。そりゃすごいでさぁ、どんな奴だったんでさぁ?」
「ソノムかし、スピエルドルフで吸血鬼と同等と言われていたミノタウロスの血を受け継いだ人間よ。」
バーナードの質問に答えたのはソファの近くの瓦礫に腰かけている、桜の国の忍者のような格好をして背中から蜘蛛のような脚を四本生やしている者。昆虫のそれと同じような眼が頭部に横二列に並び、口元を長めのマフラーのようなモノで隠している為表情がさっぱりわからないが、その者――マルフィはどこか楽しげだった。
「ホンニんは魔王の力だーって言ってたけど、魔人族としての能力が覚醒し切ったら本気のアフィともやり合えるかもしれないわね。」
「そんなにっすか。惜しいモノを見逃したでさぁ……魔人族との混血なんて、美味しそうな気配がするでさぁ。」
「は!? 何よこれ、どうなってんのよ!」
「聞いた時はまさかと思ったけれど、この建物をこういう風に出来る者はそういないはずでは?」
バーナードのじゅるりという舌なめずりの後、誰もいなかった場所に唐突に現れた男女が目の前の光景にそれぞれの反応をする。
『確かに、かつて『立体図面』が手掛けたこの建物を破壊できる者は限られるが、その内の一人であるアフューカスに暴れられてはな。』
「姉さんが? 満足げな寝顔を見るに相当な相手とやり合ったのだね。」
「お姉様を満足させた!? どこの馬鹿よそいつは!」
ソファに近づき、寝ているアフューカスの顔を愛おしそうに眺める金髪の男――プリオルと、嫉妬のような表情を浮かべてアルハグーエに詰め寄る金髪の女――ポステリオール。
『S級犯罪者の『魔王』、アフューカスを狙う『マダム』の仲間だが……それよりも何故このタイミングで二人がここに?』
「ワレが呼んだ。ここに私物を置いていた者もいるだろうと思ってな。」
ガラガラと瓦礫の山を崩しながら現れたのは老人と中等の学生ほどの少女。厳密には瓦礫を崩したのは少女の方であり、その体格に合わない巨大な機械を左右の手に一つずつ持ち、パリッとした白衣を着ている姿勢のいい老人の、数センチ身体を浮かせて滑るように移動する後ろを歩いている。
『んん? 他の面々の私物が壊れたりしていないか心配するようなタチだったか?』
「この面子だからこそ、その私物の中には解き放たれたら面倒な事になるモノがあるかもしれんだろう? 実際、バーナードの部屋からよくわからん生き物が飛び出していったぞ。」
「あ、ホントでさぁ? 小腹が空いた時用のオヤツだったんすが……」
建物の周囲に広がる森の方を残念そうに眺めるバーナード。
『それで言うとお前の部屋が一番危険な気がするが、面倒な事にはならなそうか?』
「『バーサーカー』のせいで機能を停止させられたコルンの調整をしていた程度で、メインの研究は地下だから問題ない。乱暴に起こされたコルンはいささか不機嫌だがな。」
老人――ケバルライの言葉の通り機嫌の悪そうな寝起き顔の少女――コルンを見て「ふむ」と肩を落としたアルハグーエは、キョロキョロと辺りを見回す。
『ケバルライが呼んだのは双子だけではないのだろう? 会うのは久しぶりになるが……』
「ぎゃあああああ!」
最近顔を見ていない誰かの事を探すアルハグーエの横に、突然叫びながら地面から飛び出してきた者が「ぎゃふっ!」と言いながら顔面着地をした。
「ん? この臭いはツァラトゥストラでさぁ。」
オヤツが無くなったと知り、無性に何かを食べたくなったらしいバーナードは美味しそうな料理の匂いをかいだかのように笑みを浮かべながら闖入者を軽々とつまみ上げる。
「え――わ、うわ、『滅国のドラグーン』っ!?!? や、やめてくれ、食べないでくれ!」
「そうですよ。『ハットボーイ』は恋愛マスターへの道標なのですから。」
闖入者――奇怪な帽子を被った男、ゾステロが出てきた場所から浮き上がるように登場したディーラー服の女――ムリフェンはつままれたゾステロをひょいと取り返す。
『ムリフェン? 今、どうやって出てきたんだ?』
「地脈を通ってきました。神出鬼没な恋愛マスターの移動方法がこれだと判明しましてね。現在この『ハットボーイ』の情報処理能力と私の魔法を合わせて地図を作っているのです。九割ほど完成していますから、彼女を追い詰められるようになるのも時間の問題なのですが……これはどういう状況なのです?」
久しぶりにきたアジトが瓦礫と化しているのを「あらあら」という顔で眺めるムリフェンと、周りにいる面々がS級犯罪者の中でも最凶最悪の面子である事に気づいて震えているゾステロ。
そう、ゾステロの認識通り、死亡したザビクを除いた現在の『紅い蛇』の構成員が勢揃いしたのだ。
『アフューカスが暴れてな。この場所にかかっていた再訪封じの魔法も建物の崩壊に合わせてその内効果が切れる。『マダム』に限らず、各々に自分の命を狙う敵の一人や二人いるだろうから同様のアジトを再建しないと面倒事が増す。何よりそれをアフューカスが鬱陶しいと思ったらお前たち全員殺されかねん。』
「姉御に殺されるなら別に構わないっすが、今みたいに急にオヤツが無くなるのは困るでさぁ……」
「キレタアフィとやり合うのは楽しそうだけどね。イトノ中継地点としてはここみたいな場所が一つあるといいのよね。」
「ワレは殺されたくないし、落ち着いて研究できる場所は必須だ。」
「姉さんはあの暗い部屋とソファがお気に入りのようだったし、そこだけは戻してあげたいね。」
「お姉様に家をプレゼント……あぁ、もしかしてご褒美がもらえたりするかしら……」
「最近戻っていない身ですけど、やっぱり帰る家は欲しいですね。」
理由はそれぞれだがアジトの再建は満場一致となり、アルハグーエはどこから取り出したのか、手帳のようなモノを顔の高さでふわりと浮かせ、手も触れずにパラパラとめくる。
『場所の候補はそれなりにあるが問題は建物だ。『立体図面』の弟子がいるから、まずはそこからか。』
「タシカにまずはそこからでしょうけど、たぶんスピエルドルフが何かしてくると思うからそっちの相手もしないとかもしれないわ。アタシの居場所が捕捉されたっぽいし。」
「はぁ? それじゃあんたのせいじゃない。」
「セイッて、別に悪いことじゃないでしょう? デシサがしも恋愛マスター探しも、ちょっと楽しくなるってだけよ。」
「魔人族が向こうから来るなんて願ってもないでさぁ! いやぁ、余計にお腹が空くでさぁ……」
「ホラ、ウれしそう。」
「ふざけ――」
「まぁまぁ妹、ここで騒ぐと折角気持ちよく寝ている姉さんが起きてしまう。やる事はわかったし、その『立体図面』とやらの話だけ聞いたらお暇しよう。もう少し姉さんの寝顔を見ていきたいところではあるけど。」
「魔人族のサンプルが得られるのは嬉しいが、この建物を作った者の弟子というのも研究者としてはワレもいささか興味があるな。」
「地脈を使った移動の練習になりますし、『ハットボーイ』ならすぐに見つけてくれるでしょう。」
『ふむ、珍しく全員で動けそうだな。では把握している事を共有する。』
世界中の騎士や悪党が恐れるS級犯罪者集団『紅い蛇』は、アジトの再建というどうにも温度の合わない目的の為に一時的に行動を変更する。裏の世界に生きる者たちが戦々恐々としている中、そんな愉快な出来事がこっそりと始まった瞬間だった。
セイリオス学院の冬休み。『奴隷公』テリオンの衝撃から始まって、神の国での騒動に加えて……オレは直接関わっていないけどフィリウスはS級犯罪者たちと戦っていたらしい。騎士的にはたくさんの事件があって、オレ個人としてもミラちゃんと……アレコレあって……スピエルドルフにとっても嬉しい事があったり……とにかく、振り返るととんでもなく濃い休みだった。
エリルたちがスピエルドルフに戻って来て、オレがヤ、ヤラカシタ事をミラちゃんから聞いてオレをボコボコにし、その後もしばらく続いたミラちゃんやみんなとの……オレの理性が試される戦いをアレコレ経て……冬休み最終日である今日、ミラちゃんからねね、熱烈な――お別れをされたオレは、パムと別れた後、みんなとそろってセイリオス学院に帰って来た。
「やれやれ、休みが終わる事にこんなにホッとする日が来るとは思わなかったな。ようやくカーミラくんの襲撃を警戒しなくて済む。」
「何言ってるのローゼルちゃん! あの女王様はいつでもロイくんの部屋に来れちゃうんだから!」
「で、でも女王様……としての、お、お仕事もあるみたいだし、ひ、頻繁には……来れない、はずだよね……」
「どーかなー。今回の休みを経て、我慢も遠慮もしなくなるんじゃないのー?」
「……何にせよ、ロイドが断れば済む話よ……そうよね、ロイド?」
エリルにギロリと睨まれるオレ……何というか、ミラちゃんとの日々が壮絶だった分、こういう状況にすごく日常を感じてしまう……
「そ、その、そっちはあの……頑張りますけど、ランク戦もあるわけだし、オレたちもこう……頑張りましょう!」
「……本当に話題変えるの下手よね、あんた……」
「まぁ、浮気がすぐにわかるから便利と言えば便利だが――む?」
いつもの感じの会話をしながら学院の中を進み、寮……じょ、女子寮が見えてくると、その入口の横で椅子に座って……えぇっと、あれはイーゼルと言うんだっけか、絵を描く時に使う台みたいのにキャンパスを置いてスケッチ? をしている人が目に入った。
身長的に中等……いや、下手すれば初等ぐらいだろうか。最終日とは言えまだ冬休みなのに学院の制服を着ているから辛うじて生徒なのだろうと判断できるくらいに小さな女の子で、綺麗な金髪をポニーテールにしている……んん? 別にそこまで小さくないか……普通くらい……んん? やっぱり小さい……? なんだ、この変な感覚は……
「あれー、先輩だー。」
妙な感覚に目をこすっていると、アンジュがそう言った。
「あ、おかえりアンジュちゃん。」
近くまで行くとピョコンと……いや、普通に……椅子から降りてアンジュとハイタッチをした先輩らしい女の子。
「えぇっと、アンジュの知り合いなの?」
「前に話したでしょー、ほとんど学校にいないあたしのルームメイトー。」
「ああ、優秀だから実戦に出ているっていう……」
「そーそー。どーしたの先輩、任務が一息ついた感じなのー?」
入学してから最初の二週間しかいなかったという話だけど、アンジュの様子から察するに結構仲良しのようだ。
「というよりは強制的に戻された感じだよ。わたしも三年生だから、最後のランク戦には参加しておかないとダメって言われちゃって。それよりもこの子が噂の『コンダクター』で、『ビックリ箱騎士団』?」
声色も仕草も小さな女の子そのものなんだけど変な違和感がある先輩がキラキラとした目でオレたちを見る。
「えぇっと、は、初めましてです。ロイド・サードニクスです。」
「あ、そうだよね、自己紹介しないと。」
そう言うと先輩は、手品のように指の間に鉛筆や絵の具のチューブやらを出してニッコリと笑った。
「わたしはチロル・フォンタナ。趣味は芸術だよ。」
騎士物語 第十二話 ~趣味人~ 第九章 休みの終わり
神の国での遭遇から始まった――というよりは決着に向かい始めたフィリウスと『右腕』ことリグの戦いが終わりました。未だにフルネームが謎のフィリウスの過去が書けて良かったですが、セルヴィアさんとの未来も気になりますね。
アフューカス一味がちょっと寄り道を始めましたが、オズマンドや『罪人』たちはどう動くのか。『右腕』たちが使っていた奇跡を起こす代物の正体も気になりますが、次のお話のメインはランク戦ですからね……どうなることやら。
次回は久しぶりの学院の面々――特に色々と騒動を持ってくるデルフさんに期待です。