「すごい」禁止のデスゲーム

「すごい」禁止のデスゲーム

広い会場へ集められた、デスゲーム参加者(ただしVRなので、実際には死なない)。
「すごい」という単語を使わずに会話するのがルールだが、私は対応法を見つけてしまい……。

 「すごい」という単語を使わないで、ゲーム終了まで会話してください。と、主催者は言った。声は合成音声で、黒いシルエットのアバターがディスプレイへ映し出されている。

 部屋は広く、椅子も机もない。参加者はびっしりといる。

「はーい、質問」
 真ん中あたりの一人が、片手と声を上げた。
「もし、『すごい』って言っちゃったらどうなるんですか! あ、言っちゃった! でもまだゲーム開始してないから、ノーカウント……」

 その参加者は爆発した。

「うわっ!」
「ぎゃ! 何か当たった!」
「やっ、なんで、ちょっともう、嫌ぁ〜!」
「うええっ、気色わる!」

 周囲へ四散した肉片がぶつかり、血や体液を浴びた者が叫んだ。

「は、クサッ! 待ってこれ、どうやれば消えるんだ?」
「生温かっ。ヌルヌル!」
「無駄に感覚がリアルでグロい〜」
「うーわ。血の量、多すぎだろ、これはないわ」
 ある者は引きつった笑いを散発して騒ぎ、別の者は茫然と独り言する。

 恐怖感がその程度で済んでいるのは、ここがVR空間で、さっきの参加者も実際には爆散していない、と全員が認識しているからだった。その通り、
「いやマジで? 言ったら爆発っていう、デモンストレーション? す――だいぶショックだったんだけど」
 と喋りながら、壁の一部を唐突に開け、爆発した参加者が戻ってきた。

「ええー、あいつ戻すんならこのぐちゃぐちゃも消してくれよ〜」
「一回ログアウトしなきゃダメ? 消すやり方がわかんない」
 血と臓物まみれの一部参加者はそのまま、爆散して戻った参加者も含め、改めてゲームはスタートしたらしい。

 隣の人がこちらを向く。
「会話しないで沈黙が続いた場合も、ゲームセット、強制退場らしいんで。何か話しましょう」
「あ、そうですね、何を話しましょう。そうだええと、今日はどちらから?」
「あー、東北会場です。あなたは?」
「あ、私は関西会場からで。理論上は、世界中から参加できるんですよね」 

 血塗れの若い衆が一人、振り返って、会話に加わる。
「でもこれ、国内が主っすよね? 賞金も日本円で用意って。要項も日本語で、禁句も日本語。まあそのアレって言っても、実は日本語じゃないかもですけど」
「ああ、でもそうかも、主催の人が話してたのも日本語でしたし。参加者も大体」
 聞こえる範囲の人々は、概ね、達者に日本語を喋っていた。

「す――さまじく、ってほどではないですけど、割と大勢参加してるんですねえ」
 などと話している間に、近場で「すげー」「やべー」、それから「す(たっぷり間を取って)ごい」と口にした参加者が、次々と爆発した。

「す――アレみたいっすね、アレの単なる派生系みたいなのだとアタリ判定、アウトっていう」
「あの。思い切って言うんですが。血のりが飛んだらすみません……『ものごっつ』とか『でえりゃあ』とか『たげ』だと! どうでしょう、大丈夫なんでしょうか!」
「……大丈夫ですね、あなた、まだいらっしゃいますし」
「ならば。素敵! すんばらすぃー! エクセレント! マーヴェラス! ……なるほど。言い換えはOK」
「ははっ、めんどくさいっすねぇ! す――アレのいいところは、使いやすさっていうか、考えなくても言っときゃいい感じに話が繋がるとこっていうか」
 それはその通りかもしれない、と私も思った。

「あ、じゃあ? アレの意味で、『スイカ!』とか『砂場!』とか言ったらどうですか」
「えっそれ、す――『水洗トイレ』アイデアっすね! す――『スカーレット』っす!」
「ですかね」
「なるほど。ゲームっぽくなったというか、結構面白いかもしれないです。す――『素泊まり』ご提案、ありがとうございます」
「となると別に、『す』が付いてなくてもいいのでは……」
 私達のやりとりを耳にした近場の人から、「すごい」の代わりに、任意の無関係な単語を用いる会話が広まり始める。

 しかししばらくして「スルメイカの姿焼きを酢につけたような」と口にしている途中で、私はいきなり現実空間へ戻っていた。ヘッドセットを外し、ぼんやりしていると、聞いた口調の若者が、
「あの、アレらしいっす、語彙を」
 と話しかけてくる。

「あなたも同じ会場でしたか。って、あっ?!」
「あっ!!」
 確か「す」と「ごい」が連続したらアタリ判定だ! 私達は息を呑む。しかし、相手は爆発しなかった。

「あ……? 終わったのか」
「そうだった、セーフ。いや、語彙をね、AIに学習させるためだったんですって」
 若者が言っている。

「アレで表す情感が何なのか、アレに変わる言葉を、みんながどう選んで使うのか見て、学習させたい的な。でもただの言葉遊びゲーム始まっちゃって、これだと欲しいデータ取れないから、参加者を全取っ替えしてやり直すらしいっす」
「へえ、そりゃ……すごい」

 私達はそれぞれ、参加賞の図書カードNEXT五百円分を貰って、家路についた。

(おわり)

「すごい」禁止のデスゲーム

「すごい」禁止のデスゲーム

2,000文字以内の掌編です。 怖くない話です。

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-11-01

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted