フリーズ140 散文詩『薄黒い青・通りゃんせ』

フリーズ140 散文詩『薄黒い青・通りゃんせ』

フリーズ140 散文詩『薄黒い青・通りゃんせ』

 日が暮れ始めた神社の境内には、力なく横たわる子どもたちの死体があった。からすが目を光らせている。獰猛な目だ。私は儀式のために来たのに、先に終わらせていたのか。残念だ。残念だ。命のない空の死体にはもう用はないので、私は踵を返す。鳥居の影が伸びていた。いないのはわかっていても、誰かに見られている気がしてならない。歩く。鳥居はすぐそこだ。
よし、大丈夫だ。いつも何も起こらないではないか。
「通りゃんせ通りゃんせ」
詩が聞こえた。後ろからだ。振り返る。けれど、がらんどうな境内だった。誰もいないではないか。そっと胸をなでおろす。
 空は茜色に紫を混ぜたかのような冥冥。逢魔が時だ。怖い。帰らなければ。鳥居をくぐる。鳥居をくぐる。遠くでからすの鳴く声がした。鎮守の森がざわめき出す。吐き気がした。ここにいてはいけないのに、今すぐ逃げ出さなければいけないのに、肝心の足が震えて動かない。奴が目覚めてしまう。奴が来る。それはいつも突然のことだった。

 永遠に誘われて、この果てにたどり着いた。通りゃんせ、通りゃんせ。ここはどこの細道じゃ。ここは終末の細道じゃ。あの子の七つのお祝いに、もう7thを知っていたのね。薄黒い青が侵食する。海に死んだ人たちを弔う。
 奴が来る。それは物語の終焉だった。死が運ばれてくる。終末に手向けられた祝祭か。だが、黒い肌の奴は私たちを待っている。待ち伏せしている。私たちを地獄よりも悪い場所へと連れ去る気だ。いやだ、僕を置いてかないで。遠いあの夏の冷凍車の凍結を想う。
 死が打ち寄せられる。その残響に全ての恐怖が濃縮されて。永遠を知ったから。その美しさについ、見とれてしまって、気づけば終わっていた。僕を悪魔よりも悪い呪いが枷となって閉じ込める。僕はここだよ、叫び続ける。声が枯れてもここにいるんだ。
 デミウルゴスよ。ベルゼブブよ。私をそんな恐怖で閉じ込めた気になったかもしれないが、本当の幸せとはこのことをいう。終末に凪いだ渚は永遠で、孤独を知って彼女は泣いた。この散文詩の終わりには、悪魔の業、天使の祝福、神の愛、仏の永遠を悟るのでしょう。その様は圧巻で、永遠が終わりゆく様を終末の狭間で私は見ていた。
 薄黒い青。それは恐怖の色調。
 僕はここだよ。忘れないで。
 恐怖を綴る。君は夜中の2時に起きていた。玄関のチャイムが鳴った。覗いても誰もいない。怖くなったあなたは振りかえる。するとそこにはもう一人の自分がいた。君は驚いた。ドッペルゲンガーだとおそれ慄いた。だがそれは君の恐怖が生み出した錯覚だった。瞬きする間には消え去った。
 カゴメカゴメ。夜明け。後ろの少年誰?
 通りゃんせ通りゃんせ。ここはどこの細道じゃ。天神様の細道じゃ。
 暗がり。影。人の死。お祝いにお札を収める。行きはよいよい帰りは怖い。
 全てが終わる。そんな音がした。天神様。僕は過ちを犯してしまった。
 この子の七つのお祝いに。お札を収めに参ります。
 僕は一人でその細道に立っていた。後ろから忍び寄る影がいくつもあった。それに気づいてしまった僕は怖くて死にそうだった。行きはよいよい帰りは怖い。生まれてくるときはよかった。でも死ぬのは怖かった。怖い。いっそのこと生まれてこなければよかったのにと思った。それでも、怖くても、前に進まなくてはいけないから。
 怖くても背中が凍てついても、僕は生きていく。たとえ通りゃんせが終わったとしてもカゴメカゴメが終わったとしても、怖いながらも通りゃんせ、通りゃんせ。
 これは現実? これは幻?
 現実から逃げたい。
 お母さん。僕は死のうとは思っていなかった。ただ、どうしても生きる意味が見つからなかっただけ。もう遅い。人生は終わる。モコモコさんは通りゃんせを歌っては、僕の後をついてきた。永遠に死ぬのならば、それでいいと連綿と紡ぐ歴史が告げるのだ。
 小さな男のシルエットが見える。
 死ぬのが怖い。嗚呼、僕はこんなにも死ぬのが怖いなんて。
 神よ、我を救いたまえ。僕を殺すために悪魔は呼ばれた。
 死期に屍鬼の呪いを解呪する。
 翳り。それは終末のようだった。
 音楽は悲痛な心の叫びを体現する。
 死よ。僕はそれが嫌だった。どうせ無に還るのならば。いっそ。
 そうして悟った光も悟った闇も。涅槃には無に帰すのだから。僕には関係ない。だから君が死んでも僕にはどうでもいいんだ。このベルもいずれ音が凪ぐから。嘆くのは死がいずれ来るからか。御用のないもの通らせない。
 通りゃんせ。通りゃんせ。
 ここはどこの細道じゃ。行きはよいよい帰りは怖い。
 僕はそれでも前に進む。
 家に帰るために。僕の本当の故郷に帰るために。
 目を開けて。空を眺めて。叫べ。
「死なんか怖くない!」
 

フリーズ140 散文詩『薄黒い青・通りゃんせ』

フリーズ140 散文詩『薄黒い青・通りゃんせ』

日が暮れ始めた神社の境内には、力なく横たわる子どもたちの死体があった。からすが目を光らせている。獰猛な目だ。私は儀式のために来たのに、先に終わらせていたのか。残念だ。残念だ。命のない空の死体にはもう用はないので、私は踵を返す。鳥居の影が伸びていた。いないのはわかっていても、誰かに見られている気がしてならない。歩く。鳥居はすぐそこだ。

  • 自由詩
  • 掌編
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-10-14

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