美しい犠牲
『美しい犠牲』
花のように美しい人。私の周りにはいつだっていた。高嶺の花と呼ばれるその人たちに憧れもした。中学の時は特にそう。いつだって彼女たちは、グループの中心にいた。可愛い、美しい、と男子にもてはやされて、彼女たちは花が咲いたかのように笑っていた。でも、それってさ。顔しか見られてないんじゃないの。高校になってそう思うようになった。
花は美しさの象徴。高嶺の花になんてならなくていい。ならなくてよかったのに。でも、私はいつしか、花になってしまっていた。
高二の体育祭の後夜祭で、告白された。彼曰く、私の優しくて、可愛いところに惹かれたらしい。「私、優しくないけど」そう返した。別に詩人のような愛のポエムが欲しいわけじゃない。私を、花じゃなくて、本当の私の素顔を見て、好きになってほしかった。
結局、それから卒業まで告白することもされることもなかったけど、これでいいんだ。別に、独りでも楽しめるし。ソロ活女子なんて言葉もある時代なんだから。私は私の生きたいように生きよう。嫌なものは嫌と言って、他でもない自分を愛して。だけど、どうしてだろう。とても虚しい今日なんだ。明日は大学の入学式なのに。
リクルートスーツに身を包み、小雨が降る中、私は誰に見送られるでもなく家を出た。電車に乗って二十分。電車の中は、私みたいにスーツ姿の男女が三々五々としていた。雨、止むといいのに。私はそう思いながら、車窓から雨の東京を眺める。
電車が大学の最寄り駅にとまる。キャンパスはオープンキャンパスと受験の時に行っているし、他にも同じ大学の新入生らしきスーツ姿の人もいるので道は間違えることはない。
一歩歩みを進めるにつれて、緊張感が募る。友達出来るかな。それが一番の不安だった。また、私、花になるのかな。「あ!」
躓いて、転んでしまった。慣れない靴のせいだ。雨が顔に当たる。誰も手を差し伸べてくれる人はいない。もう嫌だ。だけど私は立ち上がる。脱げてしまった靴を片足けんけんで取りに行って、道の隅の方で履いた。これが、私の大学生活最悪の始まりだった。
「里香ってかわいいよね」
飲み会で、酔った勢いか知らないが、茶髪メガネが言ってきた。入るサークル間違えたかな。男はこの後二人で抜け出そうと必死にアプローチしてくる。その手にはもう乗らない。
私は決めた。このサークルやめよう。
「えー。であるから、ヴェーダの最初期に当たる――」
私、ここで何を学んでいるんだろう。哲学や宗教学んで何になるんだろう。わからない。わからない。
私は決めた。この大学辞めよう。
しがらみはもういらない。私は私。あなたはあなた。
家の近くの花屋さんで、働くことにした。
好きな時に絵をかいて、好きな時に本を読む。
この生活が好きだった。
私らしくいられる気がした。
だから、美しい犠牲たちよ、ありがとう。
美しい犠牲