失くしたものに会える場所
1,000文字以内の掌編です。
誰もが持っている、思い出したいその場所へ。
そこがどういう空間なのか、はっきりとはしなかった。自分が動き回るのでもなく場所が動いてゆくのでもないが、周りの景色は気付かぬ間に、次々と移り変わっているようでもあった。
「妖精ですよ、木の葉のように見えますけれど」
誰かに言われ、
(そうだ)
と目をやる。
茶色い落ち葉そのものに見えるが、生まれたての赤ん坊ぐらいの大きさはありそうな「妖精」だ。木陰の落ち葉だまりにじっと動かず、座っている背中が見えた。
(よくあるイメージのようではないな)
「妖精」と聞いてすぐ思い浮かべる、トンボや蝶の羽を付けた少女達のミニチュアみたいなものとは似てもいない。普通の落ち葉より大きすぎるだけで、形も色も、捩れて立体的に乾き固まった落ち葉そのものだ。
(でも、これが確かに妖精だ。前にも見たことがある。しょっちゅう見ていたと思う)
庭仕事をしている時など、茶色い地面と枯れた植物、生きている植物との影の間で、その妖精を見ていた。
「それから絵本もありますよ、お好きだったでしょう、この話も」
視界は明るんで、柔らかみのある白のページへ素朴な線が流れる。どこかの民族の刺繍にも似た、抽象化された緑や赤の線画が、青年や草や花や馬を描き出す。白がちの画面で、線の絵は動いて増えるが、色も形もうるさくない。絵は増えたり減ったり、紙の中で動いて物語を続けてゆく。
「そう、好きでした。馬の首が切られてしまった」
指先ほどの大きさの双頭の馬の首が、花や草の生えた明るい地面に落ちて血を流す。主人公の青年と一緒に自分も泣いた。
「ここはどこなのでしょう、なんでもあるみたいだ」
それも、どこかの時点で見失い、いつしか結局そんなものはこの世に「ない」んだ、と思っていたものがある。
「そう、みんな知っていて、みんな持っていたものです。十二の月から貰った季節をめぐる指輪も、編んでもらった時、有頂天になった虹色の、なのに毛糸がチクチクして肌が辛くどうしても着られなかったあのセーターも。失くなってはいなくてここにある」
小さな部屋のようだったが、振り返って見直せば、まだ暗い木陰の落ち葉だまりに妖精が座っていて、外のようでもあった。
「また来られますか」
「ええ来られますよ、忘れなければいいだけです」
目覚めると全ては消えて、涙の残りが顔にくっついている。
(おわり)
失くしたものに会える場所