狐面の断罪者

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1.事件発生

 コンクリート堤の底を流れているS川も、O駅近くでは再整備され、川辺まで降りられる水遊び公園風の散歩コースが作られている。
「うわ、人、いっぱいやね! 思ったより、どこもかしこも明るいな」
 隣で(みやこ)が、関西なまりの声を上げた。
 
 大学の級友同士の彼女と私で関東見物。大晦日から初詣は、O町の「狐の行列」に参加しようと、楽しみにして来た。
 京が言った通り、もう夜の十一時近いけれども、いよいよの人出、ますますの賑わいだ。駅前から商店街、公園や通りのあちこちに「狐行列」と筆文字で書かれた提灯(ちょうちん)が並び、浮世絵風の絵入り灯籠も飾られ、低くなった水場の公園辺りまで明るい。
「これからがO町名物『狐の行列』だからね! それとお稲荷様への初詣。みんな集まってるんだよ」
「まあ、うちらもそれ目当てで、行列に参加しよ、思て来たんやけどな。それにしても観光の外人さん、多いなあ! 京都より多いんちゃう」
 流石にそれはないんじゃないの、と私は笑った。

 大晦日から元旦にかけての、新しいO町名物として、全国的にも有名になりつつある「狐の行列」は、あと一時間少しすればO稲荷への参詣へと練り歩き始める。
「寒くない?」
「それは大丈夫。足元にもカイロ入れてある。けど、やっぱ着物がさぁ。動きにくいわ。貸衣装屋さんはめっちゃ親切やったけど、帯やら何やら、ほんまに、こんなギュウギュウ締めるもんなんか?」
「京都の人でも、普段は和服、着ないんだね」
「着ない着ない! いや、ええとこのお嬢さんやったら、お茶やお花や踊り習ってはって、着はるかもしれんけどな。うちは成人式もスーツやったし。和装なんて、七五三以来やわ」
 背が高く派手顔の京は、京都人というよりはもっと南国の人の趣がある。着物よりハワイのムームーなどの方が似合いそうだし、本人も「こっちの方が楽や!」と喜びそうだ。
 
「だけど、良く似合ってるよ」
「ありがとう! でも、うちよりくるみっちの方が[[rb:似合 > にお]]てるよ。色白やし小柄やし……もちもちやし、お雛さん顔やし」
「コラやめろー。モチモチとか糸目とか!」
「何や、褒めたんやんか。言うて、こうやって狐メイクしてもろても、くるみはシュッと尖った狐よか、フワッとやらかい猫みたいやけど。うちはなんぼ白塗りしようが、色黒の狸顔やからなー」
 楽しくお喋りしながらの大晦日デート……まるで「リア充カップル」だが、女子同士のお泊まり遊びなだけで、二人の間に友情は大いにあるものの、恋愛感情はない。
 ロマンス、ではなくロマンがあるならば、狐メイクに和装、張子の狐面までバッチリ備えた今夜の二人の出で立ちだろう。
 
「うちら目立ってるかな?」
 周りをそぞろ歩く人達に目を向けつつ、京が訊く。
「行列スタートまで待ってる人、この辺にも結構いるねえ。変な意味では目立ってないよ!」
 私たちは、白塗りの肌に、額からオレンジの筋を引き、頬に黒いヒゲもチョンチョンと描いた「狐メイク」だ。「狐行列」の実行委員会の人達が、希望者に少額の実費でしてくれる。せっかくだから、と並んで待って、やってもらった。和風の芝居の化粧みたいで、普段のメイクとは全然違うが、見慣れると、なかなか可愛らしく思えてくる。
「ヘイ、ラブリー。キツネサン! キモノ、キレイネ! フォト、プリーズ」
 通りかかった海外観光客らしきおばさんグループが、一緒に写真を撮ろう、と手真似混じりに声をかけてきた。
「えー、顔出しNGやねんけどなー。東京観光のおばちゃんらかぁ。ナンパとちゃうし、お面もあるから、ええことにしよ!」
 京は口では渋りつつも、ノリノリの笑顔でおばさん達と肩を組み、写真に収まった。
 
 公園のように広い場所は橋の下から先、狭まって歩道もなくなるようだ。
「戻ろうか」
「せやね」
 頷いた京だが、
「こんな真冬、しかも大晦日やのに、芝刈りしてはるんやろか」
 ふと呟く。
「何?」
 聞き返しかけた時、
「お姉さん達、行列に参加すんの?」
 青年が一人、急に声をかけてきた。
 
 さっき通り過ぎた道端に屯していた、男女取り混ぜて五、六人のグループだ。私達と同年輩の大学生か、少し上だとしても二十代だろう。スマホで音楽を流し、ガヤガヤと騒々しいノリだ。缶のビールやチューハイを持ち、割と酔っ払っているように見える。
「え、まあ。そろそろ集合場所に行こうかなって」
 私が答える横で、京は無言でくるりとあっちを向いた。ヒヤヒヤするぐらい、あからさまな「話しかけんといて」オーラを出している。だが、声をかけて来た青年は気付かないフリで、
「ねー、狐って言えばさあ、知ってる? O町の、新しい伝説。いや日本の新しい都市伝説。『狐面の断罪者』っていう、狐面を被った死神みたいなのが大晦日の夜に出て来て、その一年、不心得だった者を一人選んで殺すっていうやつ」
 と喋り出した。
 
「いやー、知らないっすね」
 変な話が始まった。そう思い、私は無難な程度に愛想よく答えながらも、京と同じ方へじわじわ向きを変える。
「えっ、マジ、知らない? じゃあ聞いてってよ、『狐面の断罪者』の話。O町の名物っていえばやっぱり、有名な推理小説作家のU先生だろ。それとO稲荷。そしたら『狐の行列』の晩に、仮面のダークヒーローが現れるのも必然でしょ」
 そうかな? と部外者でも疑問を覚える話し運びだが、彼はなかなかのハイテンションで続ける。
「特にこう、世の中不安定で正義が何だかみんな確信持てなくて、さらに町おこしとか言っても制限のうるさい和装の行列だけじゃ物足りねぇよな! って現代にはさ。断罪のヒーローがいたらカッコよくない?」
 青年は勝手に寄ってきて、どんどん喋った。
「えー? ミステリはミステリ、狐は狐やろ。妙な話しはるなあ。大体、変装した怪人がよう出てくるんは、乱歩ちゃうん? いくら名物でも、混ぜるな危険、やろ」
 京が小声で毒づく。私はふと(でも、異種コラボはうまくいくこともあるよ。餡パンは美味しいし、小倉トーストも……)などと思い付いたが、そんなこと言っている場合ではない。新手のナンパか知らないが、関わると面倒そうだ。
「へえ、そうなんですねー。初めて聞きました。ではこれで」
 笑顔で会釈し、とっとと歩き出そう! とした時。
 
「ちょっと! 見てよ! マジで?!」
 グループにいた女性が高い声で叫んだ。彼女は私達が引き返してきた橋の側より、さらに向こうへ少しだけ続いているらしい暗がりの遊歩道を、指で突き刺して示す。
「何じゃ、ありゃ?」
 思わず声を出してしまった。
 (かみしも)を着けて提灯を持ち、狐面を着けた、まさに「狐の行列」の世話役達のような姿がボヤッと見えた。けれど、顔にすっぽり被った狐面は、私達や行列参加者が屋台で買い求めたり、あるいは手作りや他所の狐面でもある張子の面とはかなり印象が違う。その狐面は全体が真っ白で、目や髭も塗っていない。形だけは妙にリアルな狐頭の立体で、ポチッと黒く開いた目の穴は非常に小さかった。
「なんや、『十三日の金曜日』の、ジェイソンのマスクみたいな」
 京の驚いたような呟きが聞こえ、しかしそれも、
「出た! マジで出た! 『狐面の断罪者』だ!」
 と、青年の仲間達が口々に叫ぶ声で掻き消される。彼らはワッと立ち上がり、そちらへ身を乗り出した。

2.捜査推理

 裃をつけ、提灯を持ち、狐面としても異質な仮面で顔を隠した人物は、暗がりにぼんやり浮かび上がった。
「都市伝説、出た! 『狐面の断罪者』だよな?!」
「あれ、誰?」
「待って待って。ノボルが買い出し行ってんじゃん。階段降りてきたら、あれと鉢合わせじゃね?」
「うわヤベ。すぐ電話しろ」
「それよかうちらは? 逃げる?!」
 青年達が騒ぐ。
 
 そこへまさに、今、名前が出た「ノボル」と思しき若者が、狐面の怪人物の側へポイと出てきた。
 彼は橋の方から川岸の遊歩道へ、階段を使って降りて来て、狐面の男の手前へ出た形だ。ノボル青年はコンビニのレジ袋を下げ、妙な人物にも気付かず、普通にこちらへ向かいのんびり歩き出そうとしていた。
「ノボルー! 早く!」
 女の子の一人が叫ぶ。
「え、何すかぁ?」
 ノボル青年が遠くでそう叫び返したが、その背後へは速やかに狐面が迫っていた。
 見る間に、狐面の男は長いストールのようなものをパッとノボル青年の頭に被せる。そのまま後ろから引っ張って、顔をすっかり覆ってしまった。布を出す際、狐面の男が手放して投げ捨てた提灯が、地面にぶつかり形を崩す。くぐもった叫びをあげ、ノボル青年は暴れようとしたらしいが、男はすごい怪力なのか、餌食をあっという間に橋の向こうの物陰へ引きずっていってしまった。
 
「え、ちょ、何、マジ?」
「つか、誰よあれ?!」
「いやいや、いやいやいや! 何、ノボル連れてかれてんじゃん、何あれヤベーって」
「えええ、行ったら俺らがヤベーんじゃね? マジ、アイツ何?!」
「行くぞ。こんだけ人数いんのよ。いざとなりゃ、あの狐男ボコしたらいいんよ」
「え、怖い怖い。やめようよ、ねえエリぴ、スマホ出してすぐケーサツ呼べるように」
「ちょ、警察はマズくね?」
「つかそこの、『狐の行列』参加のお姉さん達、今の見ましたよね?」
 急に、最初「狐面の断罪者」の話を始めた青年が私達を振り返った。
 
「まだ行かないで、時間大丈夫ですよね、ちょっとそこ、いてください。エリちゃんらと待っててもらって」
 彼の言葉で、
「え、うちらここにいればいい?」
 女の子達が私達の近くへ来る。
「いざとなっても、このお姉さん達にも証言して貰えば大丈夫だよ。どう見ても、無関係で真面目な観光客だしさ」
 青年が言い、仲間達も「あー」と頷く。
「だな。ソラだと都市伝説とか騒いで、絶対信用されねぇな」
「余計なこと言ってんなよ! じゃねーや。ノボちゃんどうなった、先、それだよ」
 青年達はおっかなびっくり、暗がりへ向かって行きかけた。

 すると橋の下の影を通り、また人影が現れる。あの狐面か、と一瞬、緊張が走るが、
「なんっだ、歩行者」
 中年の男性が、普通のペースでトコトコ歩いてきた。ダウンジャケットで黒っぽい服装、手にはブリーフケースを持っている。
「え、じゃあノボルは?」
 男性はそちらから来た。しかし、慌てる様子もなく、誰かが狐面の怪人に襲われているのを目撃したようには見えない。
 
 青年達がざわめく間に、中年男性の方がこちらを見てハッと妙な顔をし、近付いて来て声をかけた。
「おい、エリちゃんじゃないか? こんな夜中に何してるの?」
「あ、アラキさん?」
 髪の長い女の子の一人が、戸惑った様子で返事した。
「本当だ、よく見たらアラキのおじさん」
「エリぴが車置いてるとこの人だね」
「こんばんは〜お疲れっす!」
 青年達が挨拶する。中年男性は彼らを見回し、
「なんだ、ガレージでよく集まってるエリちゃんの友達か。みんなで初詣に行くのかな」
 と半分納得したような口振りで、しかし多少批判がましく女の子達を見直した。
 
「あんまり遅くに出歩くと、ご家族が心配するぞ」
「えー、今夜は大晦日だし、みんな出歩いてますよー」
 エリと呼ばれた女性が代表して言い返すが、
「いやアラキさん、今そんな場合じゃないんっすよ。向こうから来た時、変な狐面の男に会いませんでした?」
 青年の一人が勢い込んで尋ねた。アラキ氏は面食らった様子で彼を見、
「狐面?」
 と言ってから、今度は私達が頭に付けている張子の面へ目を移した。
「違う違う! こっちの子達は、これから『行列』に行くんだって。大体、変な男が被ってたのは、こういう面じゃなかったよね」
「うん。そいつも『行列』の先導役みたいに、裃付けて、提灯持ってたんすけど。狐面が普通のやつじゃなく、真っ白の変なのなんすよ! そいつに、ノボルが連れて行かれちゃったんです」
「そうそう、今さっき! アラキさんの来た方に逃げたと思うんだけど!」
 青年達が言い、男性はますます戸惑った様子で
「誰も見なかったぞ」
 と言う。

「行ってみよう!」
 青年達が駆け出し、
「うちらも行こう!」
 何と京がそれを追って、慣れない着物でちょこちょこ走りだした。
「ちょっと、待ってよ!」
 エリ達女の子も驚いた声を上げ、結局ついてくる。
「まあ、何もないやろけどな」
 京の小声は私しか聞かなかったが、その通り。橋の下を抜け、向こうの暗がりへ少しばかり伸びてその先は階段で終わっている遊歩道にも、申し訳程度の狭い土手の植え込みにも、辺り一帯、誰もいなくて何もない。
 
「いや、何もないことはないわ。提灯が落ちてる」
 京の声に振り返ると、確かに提灯は狐面の男が投げ出したそのままに、壊れて一部燃えていた。時代劇のドラマなどでよくある、「夜に襲われた通行人」の演出みたいだが、今回、提灯を落としたのは「襲った側の怪人物」の方だ。
「蝋燭使ってたんか。『榎』と『O稲荷狐火』って書いてあるから、行列で貸してもらえる提灯と同じやろな」
 京が勝手に、提灯の残骸をひっくり返して確かめている。
「じゃあ行列の関係者? ってこと?」
 エリが覗き込んで言う。
「和装に狐面は、『狐の行列』のドレスコードやけどな……」
 京は返事とも何ともつかないことを唸った。

「それに、さっきはあった、草刈りの後の芝やら入れる容れ物もなくなってるわ」
 京の言葉で私も顔を上げ、彼女の見ている狭い土手を見上げる。
「ここ、草刈りしたようには見えないね」
「刈る必要もなさそうやん。冬枯れしてるからな。でも、ここにさっきは、大きくて蓋のない、四角いプラバッグみたいなのがあったんや。わかるやろ、草刈りした後、枝やら葉っぱ、片付けるために、分厚いビニールシートに乗せて引っ張ってったりするやんか。ああいう素材で作った、箱みたいなやつ。人間の一人は隠れられそうな大きさやったな」
「え、それって? さっきのと、関係あるってこと?」
 また、エリが後ろから言ってくる。
「さあ、よう知りません」
 京は意外とつれない返事をし、
「まあ、何や分からんし、うちらはもう、『狐の行列』の集合場所へ行こか?」
 と、いきなり言った。
「さっきのおじさんなんか、とっくにおらんようになってるし。うちらもこの辺で」
「おいおいおい」
 私は呆れて止める。
「このまま放っていくの?」
「うちら実際、関係ないもんな」
 
 話が聞こえたのか、
「ええ?! お姉さん達、そりゃないよ」
 最初に私達を呼び止めてきた青年が振り返り、慌てた様子で寄ってきた。
「目撃者が、俺たちの他には君達しかいないんだからさ、あの『狐面の断罪者』の」
「ほんなら、警察に言うんですか? さっきのお話やと、『断罪者』は不心得者のところへ来る、みたいでしたけど。襲われてたノボルさんって人、どんな不心得なことをしはったんかな、とか。警察に言うなら、そこも気になりません?」
 京が尋ねると、彼は少しギクッとなった。
「え、そりゃ、あいつが不心得かどうかはさあ、わかんないけど。そう、ノボルがすぐ帰って来たら別に、だけど」
 言いかけるところへ、階段を上がって橋の上や、その周辺を見に行っていた仲間が駆け下りて来た。
「ダメだ、ノボルも狐男もいねーよ!」
 青年は振り返って、
「狐男じゃなく『狐面の断罪者』な! いやあれ本当に、誰なんだよ?」
 と答え、頭に手をやった。本当に困っているように見える。

「京、ちょっと」
 私は京を手招きし、耳元でひそひそ言った。
「これ、あの人達の自作自演だよね? なんか知らないけど、お騒がせの寸劇みたいなもんだよね。私達は観客役に声かけられたんだと思ってた」
 京は少し顔を離して私を見直してから、私の耳へ口を近づける。
「くるみがそう思うんならそうちゃうか。私は、さっきから見たもののこと言うてるだけやしな。ただ、今のあんたの言葉で思い出したんやけど」
 京は低い声で意味深長に
「この人ら最初から『あれは誰や?』みたいなこと何回も言うてるわ。別々の人が、やけど、合わせたら三回以上かな」
 と付け足した。
「と、なると?」
 私が考え始めると、京は通常の距離に戻り、済ました顔で口を閉じる。
「えー、いや待ってよ。どうしよ? 言う?」
「くるみが言いたいんやったら、言うたらええんちゃう? うちは『狐の行列』に参加できたら、他はどっちゃでもええし」

 私達の相談を横目に、青年達も相談中だった。
「やっぱ『狐の行列』の事務局に頼んでさ。あの狐男がいないか探してもらう?」
「スマホの電源切れてるの、このタイミングでは流石におかしいよ」
「アヤネには連絡した?」
「うん、『中止』って送ったら、『マジでやる気だったの?』って返って来たよ。なんか九時ぐらいにカキウチ達と会って、ずっと駅前で飲んでんだって。半分忘れてたっぽいよ」
「は、何それ、あいつ〜! いい加減なやつ!」
「でも、どうするよ? ノボル、マジでどこ行ったんだ?」
 聞こえる会話に、私は「はあ〜」とため息を吐く。
「やっぱ、そうっぽいなー。言わないとかー。私がかー」
「言いぃや。せやないと、気分良う行列に参加でけへんのやろ。言うてまい。くるみ、ミステリ作家になりたいんやろ」
 京が焚きつけてきた。
「推理小説が書きたいっていうのと、探偵役がやりたいっていうのは、別だと思う! それに名探偵になりたかったらまず、旅行誌の記者を目指す」
「さよか」

 私は青年達が輪になって談議しているところへ近寄り、
「あの〜、すみません」
 と声をかける。
「あのね。違ってたら悪いんですけど。さっきの『狐面の断罪者』って、お兄さん達のお芝居? ですよね?」
「えっ」
「えーと。大晦日にそういう、超自然的な存在が出てくる、みたいな都市伝説を作って。それに合わせて狐面の人や被害者役をお仲間で分担して、私達を目撃者にするため呼び止めたところで演技して、びっくりさせて噂にしようって狙いですよね」
「都市伝説て、今時。SNSでも、騒いでもらうのは難しいネタやんな。さっきの一部始終を動画撮影してたんなら、まだ、ちょっとは拡散してもらえるかもやけど」
 京が後ろで、余計なことを言っている。
「いや、それはさ」
 苦しげな顔で、何とか言い訳を考えている様子の青年を押し除け、エリが前に来た。
「そうだよ、途中まではね」
 彼女がはっきり言い切る。

「え、言っちゃうの? エリぴ」
 グループの仲間の一人が声を上げたが、エリはそちらをちょっと睨み、
「はっきりさせとかないと、余計まずいことになるでしょ」
 と言った。私は引き取り、
「えーと、あれですよね。途中までは自作自演の演出だったんだけど、さっき出てきてノボルさんに襲いかかってた狐面の男は、予定してたキャストじゃないんですよね?」
 と尋ねる。エリさんは「そう」と頷いた。
「本当は『狐面の断罪者』、女の子がやる予定だったんだ。和風コスだけど着物とかでもなく、もっと動きやすい狐の格好で、もうちょっとしたら来るはずで。……って思ってたのは、だけどうちらだけで、彼女、駅前で飲んでるらしいけどね」
 
 京がふと、
「それって、『狐の行列』では参加が認められへん系の、ハロウィン的なコスプレ?」
 と訊き、青年の一人が「そうそう」と返事をしている。
「去年、俺ら和風コスの衣装と独自メイクで参加しようとしてたら、『主旨にそぐわないから』とかってお断りされてさ。悔しかったんで、今年は自分らで伝説作って、行列よりバズってやれ、って思ったんだよね」
「そんなことやろと思った。『狐の行列』は、歌川広重の浮世絵にある言い伝えの狐火行列を再現しよ、って試みなんやから、そらゲームやハロウィンの狐コスみたいなんでは、あかんやろと思うわ」
「えー、お姉さん若いのに保守的だね? だって普通の和装とか地味だし、何よりめんどくさいじゃんよ」
「あの行列に参加したいんやったら、そこでのルールは守らんとあかんと思いますよ。ルールが気に入らんのやったら、実行委員会の人らと話し合えるように、協力者として運営に参加するとか、地道に働きかけるとかせんと」
「それがめんどくさいって言うの。その時にも受付のおばさん達に文句は言ったけど、だからって何も変わらなかったもんな」
「そういうやり方やと、そら変わらんでしょう。まあ本気で行事に関わるのは面倒、っていうのは、うちもかなり共感できるけど。そやからって、勝手に近くで全然違うイメージの仮装したり、相談もなしに別のイベントやりだすのは、妨害になるんちゃう」
 聞こえてくる京の言葉に、「本当だよ!」と賛同したい気持ちはさておき。私の用件も急ぎなので、エリさんを相手に話を戻す。
 
「それで、本当はノボルさんが、こうやって消えちゃう予定でもなかったんですよね」
「まさにそれ。スマホにかけても電源切られてるみたい。目の前で連れ去られたのは本当だし、マジな誘拐かもだよね。どうしたらいいと思う? さっきの狐面の男、まさか作った都市伝説の怪異が出てきたわけないにしても、じゃあ、変質者なのかな。警察呼ぶべき?」
 軽薄な遊び人風の外見を作っている割に、真剣になったエリさんはしっかりした口調だ。
「交番に行くのも手だとは思うんですけど、うーん」
 大晦日の警備に、駅周りから既にお巡りさんや民間の警備スタッフが寒い中、たくさん出動して働いていたのを思い浮かべ、これが茶番だったら煩わせるのは嫌だなあ、とも思う。
「あの狐面が、『狐の行列』の関係者だったのか、行列の受付のところへ一度、確かめに行ってみるのはどうでしょう? この提灯の残骸を持っていって、行事に使うのと同じものか訊いてみます?」
 私は提案した。京がいつの間にか側で聞いていて、「そやな」と同意する。
「もし、関係者やなかったら、たまたまあんな格好してるわけがないもんな。その場合、あの狐面の裃姿は、この人達が作り上げた都市伝説と今夜の寸劇の予定も知ってて、計画に乗っかって飛び入り出演するって決めた結果か」
 京の言葉で、エリさんは顔を硬らせた。
 
「嫌だ、何それ。気味悪い。私達の計画をどうやって知ったわけ?」
「SNSに流してなかったんですか?」
 私の質問に、
「『断罪者』の都市伝説だけなら、作ったソラが熱心に流してたけど。今日の計画の話は、うちらのグループだけで回したよ。先にヤラセだって周りにバレたら、最悪じゃん」
 エリさんの友達の女性が答える。
「それもそうですねー! じゃあやっぱり、あの狐面が『行列』の関係者かどうかを、行列の集合場所へ行って、実行委員会の人に確かめましょうか」
 私が言うとエリさんは頷き、京と私を囲むようにして青年グループはぞろぞろと、『狐の行列』の受付本部がある場所へ移動し始めた。
 
「ノボルを探さなくていいのかよ?」
 歩きながら青年の一人が言ったものの、
「だーからー! どこを探すんだ?」
 別な一人に言われ、黙ってしまう。
「そのヒントも、運営本部で見つかる気はするねんな」
 京の独り言がまた、私にだけ聞こえた。

3.仕掛解説

 O町の狐達が大晦日の夜、榎の大木を目印に集合して装束を整え、数多くの狐火を灯し、O稲荷権現へ参詣した。……と、いう伝説を題材に、歌川広重が浮世絵を描く。のちに榎の大木の場所へ稲荷社が勧請され、「榎稲荷」となった。江戸時代にはあった榎の大木は年月が経って枯れ、社も木のあった場所からは移ったものの、小さな無住の社は大切に維持されてきた。商売繁盛の稲荷として、また戦時中の空襲がここで止まったことから火伏せの神として、さらには名前から、装束や衣装の守神としても信仰を集めたそうだ。
 三十年ほど前、伝説の狐火行列に倣って、社を護る人達が大晦日、「榎稲荷」へ参集し、O稲荷権現へと詣でる。それが今の行事、「狐の行列」のスタートだという。現在は、笛や太鼓に合わせ、和装をした一般参加の人達も、氏子の人達の「本行列」の後へ続いて参加できる。狐火に擬えた提灯を持ち狐の面や化粧で「参集狐」となって行列するのだ。
 このように、本行列と参集行列が音と光も賑やかにOの街を練り歩き、O稲荷まで参詣する「狐の行列」。元旦零時出発で大々的に行われ、大いに観光客を集めている。
「事前の申し込みして参加費用お支払いして、参詣するための和装で狐のメイクかお面のこと、っていうドレスコード守ったら、誰でも参加できるらしいで。なお、子どもさんは、必ず保護者と一緒に参加や」
 京が誰にともなく言った。

 榎稲荷の前では振る舞い酒が出されており、集合の十一時半間近となった今はさらに人が集まっている。
「何を見上げているんだい?」
 いきなり路上で喉をのけ反らせている友人に尋ねると、
「イマジナリー・エノキ。ここに大木があったとして、うちらが狐で集まってるとして」
 と、京は答える。
「元の榎があった場所は、ここじゃないんでしょ?」
「ええねん、イマジナリーやから。そう思うと、今の繁栄してる街の灯も、真っ暗な田んぼや畑に集まってくる狐火が賑やかに思えた頃よりよっぽど盛大になって。稲荷権現のおかげなんかな。喜んではるやろか」
「どうした、急に」
 現地現物主義で合理的な彼女が、ロマンチックに聞こえることを言い出したら要注意だ。何かはぐらかそうとしている。

「もう行列の人らが集まってるみたいやし、うちらもこのまま、普通に並んで参加しよか」
 やはり京は、エリさん達の『狐面の断罪者』を放り出し、当初予定の楽しい初詣行列へ行ってしまいたいようだ。
「あの迷惑連、気まずいんかして向こうで待ってる、言うて、うちらに任せてくれてるし。このままコソッとばっくれて、終わりにしてもええんちゃう」
「エエわけないでしょー!」
 思わず関西弁がうつる。エリさん達は行列参加者でないので遠慮して、沿道で見物しようと並んでいる人達のさらに向こうで待っている。だから、ここからでは確かに見えないが。
「待った待った、待ちなさい。せっかくこれ、拾ってきたんだから!」
 私は狐面の怪人物が放り出していった提灯の、壊れて焼けた残りを大事に拾ってきていたのを持ち出した。
 
「すみませーん」
 忙しそうな運営事務局に、申し訳ないと思いながらも声をかける。
「あのですねぇ、提灯が」
「あら! 壊れてました?!」
「や、じゃなくてですね! これ、向こうのS川の公園に落ちてたんですよ。一応、ここのかな? って思ったから持ってきたんですけど」
「やだ、焼けてるじゃない、酷いねぇ。誰が持ち出したんだろう」
「ほんとですね! 一般参加の方達へ提灯をお渡しするのは、行列のために集まっていただいた後で。まさに今からなんです」
 受付の人達の話を聞いていた京が
「じゃあこの提灯、持ち出せたのは関係者って可能性が高まるのか」
 と独り言した。

「あれじゃねぇのか、いっぺん、倉庫の鍵が壊れたろ。だから不心得な奴でも入って、いたずらしたんじゃねぇか」
 事務局の側にうろうろしていた、一杯機嫌のおじさんがこっちへ寄って来て、大声を上げた。
「それって半年も前ですよ? 鍵もすぐ、新しくしたんですし」
「そうか、そうだったな。アラキさんが合鍵も受け取ってきて、事務局会議の時、道具担当に預けたんだっけ?」
 事務局の人達の会話を聞きながら、
「また出たなー、聞いた名前や、アラキさん」
 京が意外でもなさそうに呟く。

 私は、
「その倉庫って、提灯とかの他にもしまってあるんですよね、多分」
 と、おじさん達に尋ねた。
「そうだよ、ここのお稲荷さんを載せるお神輿だろ。名物のでっかい狐面のハリボテだろ。ほら二つあるの、お嬢さん達も見てきたかい? 鍵をくわえたのと、宝珠をくわえたのがあったろ」
「あれ、目立ちますよね! じゃあ、それが入るぐらいだから、結構大きな倉庫?」
「まあまあ、そうだな」
「人は、隠れられますかねぇ」
「ん? 人が入って、道具の出し入れをするよ。いや、何の話だい?」
「そこやな」
 京が言う。私はさっきよりさらに申し訳ない気持ちで、受付の人達へ愛想笑いしながら、
「あのですねぇ〜。ちょっとそこへ、今、誰か入り込んでる気がするんですけど、見に行くことってできますか」
 と頼んだ。

 様々な道具を持ち出した後の、がらんと感じられる倉庫の床で、ノボル青年はすやすやと眠っていた。
「ノボル! 死んでるの?!」
「あの『狐面の断罪者』にやられたんだ!」
 責任上、同行してもらった彼の友人達は束の間、大騒ぎしたが、
「息、してはりますよ。普通の息、っていうか寝息」
 彼の方へしゃがんでじっくり眺めた京の言葉に、多少、静まった。
「ここにスマホと紙コップが置いてある」
 京が続けるので、私もそこへ行く。
「この人のスマホじゃないですか?」
 拾い上げると、エリさんが受け取った。

 ノボル青年は寝袋に包まれ、非常に平穏な寝顔に見えるが、側で友達が騒いでも起きる様子がない。
「ココアやな」
 京は空のカップをちょっと持ち上げて匂いを嗅ぎ、そんなことを言った。私が青年を眺め、
「ココアに睡眠薬でも入ってたのかな。それで昏睡……いややっぱり、熟睡って感じだなぁ。なんか、気持ちよさそうに寝てますよねー」
 と言ったところ、
「うぅん。普通に寝てるような、大丈夫そうな顔には見えますけど。睡眠薬も、用量用法を間違うと、危険ですよね。念のため救急車だなあ」
 運営事務局の人はそう答え、すぐに救急車を呼ぶ適切な対応に出てくれた。
 
 救急車を待ちながら、蛍光灯は明るいものの扉を開け放った寒い倉庫で、運営事務局の人達とお騒がせ青年グループ、それに私と京が輪を作る。
 事務局の人が、
「そうするとその、『狐面の断罪者』という君らの作り話を、何者かが利用したって言うんだね?」
 とまとめる。
「そうそう。『狐の行列』の本行列に出る人達みたいに裃着けて、提灯持って、でも普通とは違う真っ白い、妙に生々しい狐面を被った男です。そいつがノボルにストールみたいなのを被せて目隠しして、引っ張ってった」
 青年の一人が言うのへ、
「その後すぐ、そっちの方から、あのアラキさんが現れたんやな。そんで、『誰も見なかった』って言わはった」
 京がぼそっと続けた。
「アラキさんって、運営事務局手伝ってくれてる、あのアラキさん?」
 実行委員の一人が尋ねる。
「そうらしいですねぇ。どうやらこの倉庫の合鍵も持っていらっしゃるらしい、『あの』アラキさんです」
 私が言うと、みんな、気付いた顔になった。

「どうでしょう。ここらで推理の素材も出揃ったことですし、読者の皆様も、犯人と方法について考えてご覧になっては?」
 京が急に、ドラマのナレーションみたいな言い方をした。
「読者の皆様?」
「誰?」
 実行委員会の人や青年グループの男女は、揃ってぽかんとする。
「待ちなよ、京! 今時、エラリー・クインみたいな『読者への挑戦』は見ないっていうかもはや伝統芸能の域なの!」
 私は慌てて止めた。
「そうか? まあな、今までの情報やと、犯人と方法は分かっても、『若者に混じって失われた青春を取り返しはっちゃけ気分を味わいたかった孤独なオッサンの内面的動機』までは読者には推理出来へんやろしな。フェア・プレーやないなぁ」
「待ってそれが動機なの?!」
「いや知らん。口から出まかせを適当に言うた」
「適当に言わないでよ!」
「えーと、お姉さん達?」
 最初に声をかけて来たソラ青年が、微妙な半笑いで割り込む。

「あのさあ、あの時、アラキさん、狐面は当たり前に被ってなかったけど、裃でもなかったろ。お面は取ればいいかも知んないけど、和装ってそんな早着替えできるもんなの?」
 青年が言う。京は振り向き、
「確かに和服の着付けは大変やんな。うちらも昼から衣装屋さんで順番待ちして着付けしてもろて、時間かかるわ大汗かくわ。しかもパーツどんだけあんねんて。うちの胴に何本紐が巻かれてることか」
 と、自分の帯を軽く叩きながら答えた。
「ほんと、よく我慢してたよねえ〜! だけど脱ぐのはもっと……」
 私は応じかけ、ちょっと黙った。実行委員の一人が、
「着るより脱ぐ方がもちろん早いでしょうね。男性の衣装の方が、女性より脱ぎやすいとも思います。この行列では防寒のため、セーターやズボンを来た上から和装をすることもお勧めしていますから。要は、ちゃんとした和装に『見えれば』良いんです」
 と言う。
「ですよね。しかも脱いだ後、別にきれいに畳まんでも良かったとしたら、もっと時間短縮になる」
 京の言葉を私は、
「狐面の男が出没した辺りに、草刈りの後の草や葉っぱを入れるような、大きなビニールシート製の箱があったんです。ノボルさんや狐面の男と、一緒に消えてたんですけど」
 と補った。

「それって、ノボルを箱の中に入れて運んだ、ってこと?」
 エリさんが訊いた。
「もし、デコボコのない柔らかい草地がずーっと続いてて、そこをずーっと引きずるんやったら、一人で一人を運ぶのもできるやろけどなぁ」
 京が答える。私は、
「あの場所は、土手といっても植え込みがある程度の狭さで、急傾斜ですよねぇ。上の道路にしても人通りもあるし、引き摺るのには向いてないかと。そもそもあの場所からは、遊歩道から橋の上まで階段を上がらないと逃げられなかったんで、ノボルさんを箱に入れて持ち逃げした、ってことはないです」
 と否定した。続けて、
「でも、置いてあった容れ物は、うずくまれば人が隠れられる大きさだったのは確かですね」
 と言う。
「だからあれはノボルさんを隠したんじゃなく、狐面の男が出てくるまで、待機場所としてそこに隠れてたんだと思います。裃姿でうろうろするのは目立つから。まとめると、狐面の男は普通の服の上に袴と裃を着けて、提灯を持ち、お面を被ってあの箱へ隠れてたんだろうと思います」
「お面は出てくる直前に被るんちゃうか。ずっと着けとったら息苦しいやろ。提灯に火ぃ付けるんも、隠れながらやとやりづらい」
 京の細かい指摘には、
「そこはどっちでもいいだろー?! 全体の流れを言ってるの!」
 と言い返してしまう。

「それで、どうなるんですか、その後? 全体の流れは?」
 聞き入っていた委員の人が促した。
「はい。ソラさん達が騒いだタイミングで、狐男は裃で登場。何も知らない様子で階段から遊歩道へと降りて来たノボルさんを、後ろから襲って橋の陰へ引っ張り込む。私たちの視界から二人は消えますが、代わりにすぐ、アラキさん一人が橋の向こうから普通の足取りで出てこられました」
「黒っぽい服装で、ダウンのジャケット着てたな。ジャケットのブランドは、そこでノボルさんが入って寝てはるダウン入りの寝袋のメーカーと同じ。ちょっと上等な山用品のやつや」
 京の描写に、私は
「ダウンの製品って、圧縮するとすごく小さくできますよね。ほんと、空気で膨らんでるっていうか」
 と説明を加えた。エリさんが納得顔で、
「あー、めっちゃわかる。圧縮袋でペッタンコにできるもん。その分、使う前によく膨らまさないと、あったかくならないんだよね」
 と答えた。

 京が思案顔で
「アラキさんが、着る前にちょっとでも膨らまそ思て、橋の向こうでジャケットふるいまくったとしたら、そっから落ちた証拠の小羽が今も落ちてるかもやな。野生のハトや雀の抜け毛に混じって」
 と、助けになるのかならないのかわからないことを言う。
「えーとだから」
 私は話を戻そうと試みた。
「つまり和装から普通の格好へ戻るための上着は、持っておくにしても隠しておくにしても、そう邪魔にならなかったってことです。逆に、脱いだ裃は、隠れ場所兼荷物運び用に置いてあった、ビニール製の大きな容れ物に放り込むと」
「でも! エリ達が見に行った時、その容れ物? ってかビニールシートでできた箱? もなかったじゃん」
 エリさんが反論する。
「はい。アラキさんが運んだりもしてなかったですよね」
 私は素直に認めた。

 すると京が唐突に、
「うちらの目の前に登場した時のアラキさんは、手には普通の文具屋とかホームセンターで買えるようなブリーフケース。ワンタッチ留め具式、プラ製、キャリングケース型、色は黒で不透明。厚さは三センチちょいってとこやから、ギッチリ入れればA3上質紙が三百枚ぐらい入るはず」
 と、目を閉じて記憶を暗唱し、やたら細かく思い出させる。さらに付け足し、
「書類入れ、で思い出したけど。O町は日本の洋紙発祥の地、ってことで、紙の博物館っていうのもあるな。年末年始は休館中で、今回行けんくて残念や」
「ああ行きたがってたよね、京」
 反射的に答えてから「何で今、言い出した」と思うが、周りも私と同じ気持ちを顔に浮かべていた。京はお構いなしに、
「裃や和服って、折り紙に似てるよな。パタパタっと畳めば、全部平面になるんやろ。洋服は立体やけどさ」
 と言う。実行委員の一人が、
「いくら着物や裃が、畳めばひらべったくなるとは言ってもね。着物は布だから、紙のように薄くはならない……」
 と言いかけた。
 
「紙の着物だったら?!」
 私は勢い込んで答える。
「破って脱ぐなら、もっと簡単だし! あの時、私達の居た場所は、お祭り用の照明も届いて明るかったですけど、橋の向こうは暗がりで。そこへ異様な狐面を被った『和装』の人が出て来て、提灯の灯りにボヤッと浮かび上がる。私達はかなり遠目に見てたんです。あの時、見ていた人、誰も和装の専門家じゃないですよね?」
 青年グループを振り返ると、みんな首を振った。
「うちらも素人ええとこや。ほんまの着物か、それっぽく見えるだけの見せかけか、暗い中で遠くから見て見抜けるホームズはおらん」
 京が自分と私を指して言う。私は、
「アラキさんは、片付けにくい提灯と蝋燭は路上へ放り出し、ノボルさんを襲う演技が済んだら、見せかけの裃と袴を取り外して箱へ投げ込む。もう着ないんだから破って取ってもいいわけです。放り込んだ箱はごついながらもビニール製で、これまたざっくり『畳める』素材です。中身ごとグシャッと畳んだら嵩張るでしょうが、抱えられないほどじゃないです。ノボルさんが抱えて運び、階段を使って橋の上へ逃れる。その間にアラキさんはダウンジャケットを着て、普通の格好で私達の方へ出て来て、『誰も見なかった』と言うんです」
 と話を進めた。
 
「じゃあ、ノボルが共犯ってこと? うちらの共犯じゃなく、アラキさんの?!」
 エリが困惑した顔で、床の熟睡青年を見下ろす。
「私はそう思うんですが。起きたら直接、訊いてみられては? 救急車が来たっぽいですよ」
 救急隊員が寝袋を開き、ノボルさんをストレッチャーに乗せて救急車へ運んだ。エリさんがノボルさんのスマホを預かり、付き添うとのことで同乗していく。
 見送りながら京が、
「お騒がせ、って意味では不心得な人やったな、ノボルさん」
 と言った。
「アルバイト代もらって、仲間から鞍替えしてアラキさんの方に協力したんや。せやけど、『断罪』されるほどではないな」
 彼女の声を聞いたらしい、最初に私達を呼び止めたソラ青年が、
「あー。新しい狐面の都市伝説作って、しかも自分達で出現させる、ってアイデアは良かったと思うんだけどなー」
 と、性懲りもなく言った。

「俺らが段取りしたのに、アラキさんに美味しいとこ持ってかれるとは思わなかったな」
「段取りのほとんどは、アラキさんがしたような? それに、美味しいとこなんですかね、狐面の変なおじさんって」
「でもまだわからないところがあるよ」
 ソラ青年は答える代わりに疑問を浮かべ、私と京を交互に見る。
「あの真っ白い狐のお面はどうしたんだろうな? 君らも頭につけてるけどさ。張子で出来てて、結構しっかりしてるだろ。厚さ三センチの書類バッグ持ってたって、ちょっと押し込めないじゃん。ダウンジャケットの腹にでも入れてたのかな」
 
「それやったら、思い出したことがまだあるねん」
 京は初めと比べれば相当、打ち解けて聞こえる口調で言った。
「むかーし、テレビで見たマジック・ショーでな。タキシード着た手品師が、ポケットから真っ白で可愛いハトを出すんやけど。そのハト、本物やのうて、薄くてやらかいゴム製のおもちゃなん。だからポケットに、ギュッと押し込んどけるわけ」
「なんだそりゃ、チャチいトリックだな!」
 ソラさんは笑ったが、
「せやろか? 確かに本物のハト出す方が上手みたいな気はするけど、ハトの身になったら迷惑かもやで。ハトも羽毛やから、ギュッと圧縮したらコンパクトになるかもやけど。生きたハト閉じ込めとくよか、可愛いおもちゃで代用するのって、だいぶ動物のウェルネス考えてることになるんちゃう。今ならSDGsって言われそうや」
 と、京はゴムのハト支持らしいことを言う。
 
「なるほどゴム製のお面ねー」
 私は京の想像力にちょっと感心した。
「それなら、あれだけ立体的に見えてても、ぐしゃっと潰して平たくできそう。そしたらブリーフケースにでも、ポケットにでも入るね!」
「いや、ゴム製の立体っていうのは、ふとそんなん思い出しただけやからな。なんも証拠はないけどな」
 またもや京は、責任は取ろうとしない言い方をする。
 しかしそこへ、
「証拠なら、ありますよ」
 と、疲れたような声がかかった。
 振り返ると倉庫の陰から、誰あろう『狐面の断罪者』の『容疑者』、アラキさんその人が、ゆっくりと現れた。

4.行列盛況

 私と京、お騒がせ青年のソラさん達と、『狐の行列』実行委員会から来てくれた数人の大人の前へ、
「証拠はこれです」
 現れたアラキさんが、ポケットから白いゴム製の狐面を出した。
「ほんまにゴムやった」
 京が興味津々、覗き込む。
「いやおじさん、どうして!」
 呆気に取られたところから、ソラさんが憤りかける。
「ノボちゃんに何したの、あいつ危なくねぇんだろな?!」
「用量正しく、睡眠薬を飲んでくれただけだよ。騙したりもしていない。私に協力するっていうアルバイトの一環で、やってくれたんだ。あれだけ熟睡していたのは、さあ、疲れてるんじゃないかな」
 答えたアラキさんの方が、疲れて見える。

「えっ、じゃあ全部、本当にアラキさんのいたずらだったんですか?」
 委員の一人が理解できない、という顔で言った。アラキさんは頷くが、青年達が
「全部じゃねーだろ、俺らの伝説に便乗しただろ」
 と騒ぐ。アラキさんはあまりそっちを見ず、
「変な都市伝説なんかで、『狐の行列』にケチがつけられるのは嫌だった。だから私が、彼らのでっち上げた『狐面の断罪者』になろうと思った」
 と言った。京がまた不意に、
「それはそれで不心得な話やで」
 と呟く。
「どゆことよ」
 私が尋ねかかり、
「普通に話して『やめとけ』言わんと、逆に自分が目立とうとして、あれこれ策を巡らしたわけやろ。こじらせおっさんやんか」
 京が囁く。一方、アラキさんは委員の人達へ、
「彼らの仲間の一人に、私の家の一階にある車庫を貸した関係で、彼らはそこでたむろするようになりまして」
 と話していた。

「俺らの仲間って、エリぴのこと? おじさんはエリのパパの職場の知り合いでしょ? だからガレージ代格安で貸してくれた、って聞いたぜ」
 青年が口を挟む。
「それで、本当は二台置けるんだけど、自分は車手放したから、空いてるとこも使ってていいって。お古のソファとか置いてくれてさ。夏は車庫の前のとこでバーベキューしたり。で、一種、俺らの居場所っていうか。コンビニ前やらで溜まるよりか、迷惑じゃないでしょ」
「それは、アラキさんも一緒に?」
 委員の人の質問には、青年達が一様に首を振った。
「え、可哀想」
 私は思わず言ってしまう。ソラ青年が初めて「それもそうか」と気付いた顔で、少しバツが悪そうに、
「なんかキャンプ用のチェアとかテーブルとか色々、貸してくれたりはしたけど。そうだ、それからエリぴの車がいたずらされないように、って車庫へ防犯カメラ付けてくれたり。めちゃ親切だったじゃん」
 と言った。
「ふーん、でもじゃあ、その時、カメラと一緒に集音マイクでも付けたのかなあ?」
 私が言うと、アラキさんはこちらを見直す。

「彼らは夜にしょっちゅう来ては、車を出すでもなく、楽しそうにおしゃべりしてたからね。何を話してるのかなって」
「うわあ。この先あんまり、聞きたくないな。微妙に気色悪い」
 京が急に言うが、袖を引っ張って黙らせた。アラキさんはしみじみ、
「若者のおしゃべりをラジオ代わりに聴きながら、ネットサーフィンするのが私のリラックス時間だった」
 と呟く。聞いた委員の人達は、言葉が出ない様子で唖然としている。
「何、俺ら盗聴されてたってこと?!」
 ソラ青年が声を上げ、
「誰でも聴ける大声で、時には近所迷惑なぐらい騒いでたじゃないか?」
 アラキさんも語調を強めた。
「どっちもどっちや、犬も食わへん」
 京がまた毒づいた。

「今夜、私が何をしたかは、そこの観光客の子達が話していた通りです。紙の和装や芝運びの道具など、使ったものも裏に置いてあります。警察でもなんでも呼んでください。全部、自分で説明しますから」
 アラキさんはしおらしい、というよりもう、すっかりくたびれている様子だ。委員の人達は顔を見合わせた。
「えーと、これは。どうしたら良いんでしょうね」
「警察へ行きます……?」
 困惑した相談が始まりかけるも、
「待って、それよかそろそろ、年越しちゃうん? カウントダウンが済んだら元旦で、『狐の行列』の初詣、出発やろ?」
 京がハッとし、私へ叫んで慌てだした。
「あっ、そうだ」
 委員の一人が腕時計を見る。
 
「戻りましょう。あなた達の参加される『参集行列』は『本行列』の後から進みますので、今から行けば大丈夫、間に合いますよ。一旦ここ、お任せして良いですか」
「ええ?! そんな。じゃあ私の方が戻りますよ?!」
 一瞬、委員さん達の押し付けあいが起こりかけたが、
「あのー、すません。俺らもここで解散! ってしたいとこだけど、ノボちゃんとエリぴのこともあるから、こういうのどうしたらいいのか相談しに、警察行きたいです。委員の人も、すみませんけど」
 と、ソラ青年が一人へ頼んだ。
「お騒がせなことしたのは、アラキさんだけど、俺らもだし。あんま俺ら、悪くねーと思うけど。だからってノボルとエリにだけ押し付けるのもひでぇだろ。でもアラキさんと俺らだけで警察行ったら、なんつーか水掛け論? みたいなのになりそうで」
 意外と殊勝な頼み方に、委員の人も「わかりました」と頷く。
「では、私達はこれで」
 半端な形だと思いながらも、私はその場を後にした。

「あー良かった! トイレ行くにも長蛇の列やしこっちゃ動きにくい着物やし、水分控えて、美味しそうな甘酒も飲まんと待機してさ。寒い中、真夜中まで待って、変な寸劇見せられただけでメインの『狐の行列』へ出られへんかったら、何しに来たかわからへん」
 京はすっかり切り替えた顔だ。嬉しげに整列し、提灯をもらってゆっくり歩き出す。
 榎稲荷から、O商店街通り。歩道にはたくさんの見物人がいて、飾られた提灯が明るい。権現の坂の下で迎えの狐と提灯交換の儀が行われ、M通りから稲荷の石段まで。石段を上がればO稲荷へ初詣だ。
 
「もし、行列に参加できなかったとしても、『狐面の断罪者』には、なれてたんじゃないの。結局、京が一番『断罪』してた気がするもん」
「そんなん、してへんよ。断罪なんておこがましい。推理もくるみっちがしてたやん。うちは見たもの聞いたことを並べてただけや」
 京が平気でそう答える。
「そうかぁ?」
「せやで。パズルと一緒でな。うちはパズルのピース全部揃ったら、眺めて、『あーこんなもんか』ってそこでええねん。いちいち、絵になるように完成まで、嵌めてみたりはしたくない。そしたらパズルやのうて絵柄が主役になって、パズル自体が見えんようになる」
「えー、どうしてかなあ。完成図に興味あるじゃない」
「それは、くるみっちがそこに描かれた絵柄、つまり『人間』に興味あるからや。まあ、小説家になりたいんなら、そうでないとな。一方、うちはパズル自体に興味があるからな。散らばってる細かい手がかりを、手がかりそのものとして見て、拾ってたいんや」
「へー。じゃあその場合、京は何になりたいって言うわけ?」
「考古学者やな」
「なんじゃそりゃ! よくわからんなー! 学者だって、手がかりを元にした解釈まで示してこそ、じゃない?」
「それはそうやけど、ストーリーをあまりに細かく仕上げたら、ホラになってまう恐れもあるからな。みんなで議論して、分かることは分かる、分からんことは分からん、とああやこうや考える余地が要る」
「うーん、半分ぐらいはもっともらしいんだけどなー。残りの半分は、どうも、めんどくさがりな気がするんだよな」
 
 行列の終わりに、石段を上がりながら私はもう一つ思い出す。
「あと一個、気になってるんだけど。ノボルさんは、アラキさんにアルバイト代もらって協力したんだ、って京、言ってたよね」
「……うん」
「どうしてそれ、分かったの? アラキさんが自分で、アルバイトに雇ったとかなんとか言う前だったよ」
 私は白塗り「狐メイク」の京を振り返る。やっぱり彼女の顔は、狐の澄ましたポーカーフェイスよりは、狸のお茶目なニヤケ顔に近い。その顔で今、またニヤリと微笑んだ。
「しゃーない、やっぱり返そうか。実は見つけとったんや。救急隊が寝袋開けはった時にな、『アルバイト代』って書いた、良さげな封筒が落ちたから。あー証拠かなぁ、拾っとこ、って」
「そりゃ返しなさい! 当たり前だ! もう! そんなのネコババして初詣なんて、あんたが不心得者になっちゃうよ!」

 貸し出されていた提灯を返す際、拾った「証拠」も委員の人に預け、ご餞米をいただいて、私達の『狐の行列』は無事終わった。

(おわり)

狐面の断罪者

狐面の断罪者

東京近辺のO町にて。伝承を踏まえて催されている狐面行列へ、はりきって参加しに来た観光客の女子大学生二人が、新たな「都市伝説」の謎に挑む……!? 待って、これ本当に都市伝説かな?

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • ミステリー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-09-16

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 1.事件発生
  2. 2.捜査推理
  3. 3.仕掛解説
  4. 4.行列盛況