高密度圧縮キーホルダー勇者
勇者一行が魔王を倒す旅へ出て、魔物討伐に明け暮れている間にも、世界は気候危機や人道危機で滅亡しかけていた。
勇者一行を鳴り物入りで魔王討伐へ送り出したスポンサーは例によって国王だったが、実は王も、そのブレイン達も、本気で魔王をどうこうしようという気はなかった。ましてや世界のことなど、「救う」という意味では考えてもいなかった。
「勇者一行はまだ魔王に到達しないようです」
「人気も落ちてきてますよ」
「いつまで税金で支援するんだと批判も出ています」
「そろそろ別な人気取りのイベントをやって、国民の目を逸らした方がいいんじゃないですか。オリンピックとか。万博とか。戦争とか」
巷のニュースを伝える使者や記者やスパイ達は、王やブレイン達にそう報告した。
「使えない勇者一行だったな」
「では路線変更といきましょう」
王やブレインはそのように相談した。
国王や、王のブレインや、それらをパペットのように操る資金の出所たる財界にとって、勇者というのは一個のコンテンツに過ぎなかった。そして「世界」というのも、「金になるか否か」で判断し操作する素材に過ぎなかった。
広告会社が呼ばれた。
「メンバーを一新して、もっと人気が出そうな新・勇者一行を任命し、新たなクエストを開始します」
「その前に、まずは『【悲報】勇者一行終了のお知らせ』を大々的に打ちましょう」
「魔王の第一段階目をここで勇者にぶつけ、華々しい『始まりの終わり』を演出しておきましょう」
広告会社のエージェントはそんなことを王達に伝えた。
「そもそも魔王を出し惜しみ過ぎてるんだ。展開が遅いから、国民の興味もすぐ離れるんじゃないか」
「ご予算の中ではこれでも勉強しておりまして」
「私どもと致しましても、シナリオ制作やクリエイターを外注・下請けにし、人件費を削りに削り、とことん安く買い叩きなんとかやっております」
「もしも魔物の残虐度を上げて血みどろショッキングな演出を加味したいご要望でしたら、もう少し広告料を上乗せして頂く必要が……」
「毎回そんなことを言って、イベント費用は今の時点でも、予算段階から何倍も上振れしているではないか。まあまた、国民の消費税や社会保険料を上げて、そっちから回せば良いか。キックバックは忘れるなよ」
「へっへ、流石は国王様でいらっしゃいます」
彼らにとって「世界」がどうなっても関係なかった。演出的に「救う」と言っておく方が金になるならそうするし、より高く売り飛ばせる場所があれば、きっとそちらへ売り飛ばす。
実体としての「世界」で生活している生命体や、「世界」を構成している有機物無機物の全てが(自分達という個体を含めてさえも)実は、どうでも良かった。
「今度のこともちゃんと、金になるか?」
「それはもう。新・勇者一行はもっと安く雇えて人気もパッと出る、世間知らずでみてくれの良い、若い者にしましょう」
「美少女や美青年、キャラの立つ芸人などが良いでしょう。予備軍を作っておいて、定期的に人気投票をし、結果に応じてメンバー入れ替えをしていくのも良いかと」
「属性別の勇者パーティを複数作って競わせるのもアリかと」
「国民はランキング大好きだからな、そうするか」
「ではそちらのシステム構築も、我々に発注いただきまして」
「ご予算はまず、これぐらいでいかがで」
彼らの考えるのは、突き詰めれば「得か損か」「幾らの利益になるか」だけだった(自分という個体が長い目で見て存続できなくなるのは「損」ではないかと思うのだが、彼らはもはやそういう生物的な測り方をせず、純粋に「金高」だけで比べた)。
「現・勇者一行はなるはやで旧・勇者一行になるよう、魔王側に殲滅要請を出します」
「では拍手で承認を」
どうして元は人間だったはずのものが、具体物から離れもはや抽象概念にも似た金銭の増減や、数字上の「損か得か」しか考えなくなるのか。その謎はこの世界では、まだ解明されていない。
生きるのがしんどいことだからかも知れない。
現実に生きることからは目を逸らし、「儲かった」「金が動いた」というのに明け暮れて命の時間を浪費し切ってしまうことで、まともに生きることと向き合わず、なんとか「楽に」やり過ごそうとしているのかも知れない。
自分もまた死ぬ、有限の存在だということを忘れたいから、全力を傾けて金高が増えた減っただけを見、他のことを考えないようにしているのかも知れない。
王やブレインは、勇者一行の魔王討伐の話題で人々の目を逸らさせ、自分たちの持ち金が増え権力が安定するように立ち回っていることを誤魔化していた。
魔王や魔物もグルで、あちら側の王やブレインや財界に過ぎない。彼らは互いの目から見ても「代わりの効く」存在だ。どちら側であれ、金になるよう立ち回れないパーツは、すぐに他のものと交換される。
「現・勇者一行は、お人好しな民間人から構成されていますが、代わりはいくらでもいます」
「次の勇者達は、ロストした時、もっと悲劇的で『泣ける』ような人物を入れておくと良いですね。家族を支えているとか、貧困や難病などの恵まれない境遇から苦労して育ち、人助けをしたくて勇者に志願したとか」
全体としては広告会社がシナリオを書いて、税金から大量に報酬を貰っていた。
が、現・勇者一行の旅では、思惑通りに人々の注意を引きつけ続けることができなかった。そこで今回、新たに目を引く事件として勇者一行は全滅の流れと決定(もちろん当人達は知らない。悲劇は突然襲いかかることになっていた)。
これが終われば、新しく「真の勇者パーティ」を集結、新たな魔王討伐の旅へ! という流れが始まるはずだった。
さて、国王から依頼を受けた魔王が、勇者達を全滅させに来る。
「なんだって! ここで魔王が出るなんて聞いてねえ!」
「聞いてなくてもそう決まったのだ、お前達はここまでということだ。何も知らずに死んでいけ。さらば勇者」
魔王は特に追加報酬もない仕事を、さっさと終わらせようとした。
ところが実は、王もブレインも魔王も魔物も、勇者達自身でも知らなかったことが一つだけあった。それは勇者一行が心を合わせると、彼らはある地点まで時を巻き戻す魔法が使えることだった。
「消されるなんてとんでもない! もう一回、やり直すぞ!」
「おう!」
どうやってその秘密を知ったのかは分からないが、土壇場のご都合主義展開が作用したのか、勇者達は秘密の力を使う。
心を合わせた仲間全員の魔力・心力・魂の力エトセトラを用い、こちらの世界なら不可能な時間の逆行が行われ、勇者達は記憶を保ったままで、一人も欠けずに元の時点へ戻る。
「待て、気候変動も一緒に巻き戻っているぞ? 世界が戻ったということか?」
「某国と某国の戦争も、まだ起こっていないわ!」
「新型感染症や相次ぐ災害で死んだはずの人達も、生き返っている! 違う、この時点では、まだご存命だったんだ!」
「待ってくれ、これは。魔王を倒すことよりも、オレ達が時間を巻き戻し続ける方が、効果的に世界滅亡までの時間を引き延ばせるんじゃないか?」
「そうか。このまま何食わぬ顔で進んで、また魔王と会った瞬間に、ここへ戻れば……」
自分達が生き延びることで世界滅亡までのカウントダウンを引き延ばせる、と分かった勇者達は、同じ地点からのタイムリープを永遠に繰り返そうと決意した。チートバグを発見して、利用することに決めたとでも言えようか。
自分達が生き延びたいのは勿論、世界を本気で救いたかった彼らは、パラレルに分岐しない、同じ世界のなぞり直しを行うことにする。
ところが。
「あれ、勇者が二人いる?!」
「違う、三人、四人、もっとだ! あっちにもこっちにも!」
「どういうことだ、お前は俺か?! お前も俺か! 俺だらけだ!」
「メンバーが、同じ顔が増えていくわ!」
記憶が保持されたままで過去へ戻った、あの一回目に気が付くべきだった。世界の時間の全てが巻き戻ったのではなくて、自分たちだけは過去の同じ時の中へ、質量保存の法則を魔法でねじ曲げて入り込み、二重に存在し始めたということに。
そこからは、時を戻るその度に、同じ次元へ重なって同じ自分達が増えていく。既に目を瞑っても歩けるほどまで通い慣れた同じ時間、同じ道中のあの空間、この空間は、どんどん勇者一行で埋まって行く。元の道や空間からはみ出しても、ますます彼らは増えて行く。
勇者一行の数と密度は増し、国民の総数を超え、世界の総人口を凌駕する。全ての生物無生物、魔物や魔法生物をも押し潰し、世界は勇者一行で埋め尽くされる。惑星は自壊し、勇者達は高密度に圧縮される。
圧縮され切った勇者一行はキーホルダーサイズの、恐ろしい重力を帯びて光線すら曲げてしまう物質として、宇宙のある部分に引っかかって揺れている。彼らの並び順はクエストで道を辿っていた時の整列順序、そのままだ。
もしもあの日に戻れたら……どうするのが正しかったんだろうか。あの日に戻るぐらいではどうにもならず、損得勘定やチートバグでは世界滅亡に対応できない、と認識するあたりから考えないといけないのかも知れない。
(おわり)
高密度圧縮キーホルダー勇者
2024年8月作。