掌編集 26

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251 無理

 高校生の時にひとりで父の実家に泊まりに行った。半世紀前の東北。季節は1月雪景色。

 伯父がウサギを猟銃で撃った。
 見に行ったら、雪の上に血痕が……

 そして、夕飯には鍋。

 私は、ウサギの肉は食べられなかった。
 野菜とスープだけ食べたのだろうが、どんな味だったか覚えていない。

 
 次に行ったのは二十歳を過ぎた頃。
 友人と東北一周旅行をして、父の実家に2泊無料で泊めてもらった。
 高齢の祖母が友人にも小遣いをくれた。本当なら逆に、私があげなければならなかったのに。

 二日目の夜の汁物に大きなキノコが入っていた。腕一杯の大きさ。名前もわからないキノコ。
 友人と私は、食べなきゃ悪いよね、と言いながら汁を飲み、キノコは残した。
 汁もどんな味だったか覚えていない。
 見た目が……
 どうしても食べられなかった。



【お題】 旅、あの忘れられない味

252 偏食

 4歳の孫の偏食がひどい。好物はごはんと納豆。
 それは、いいが、肉を食べない。野菜も食べない。根菜は好きだ。大根、レンコン。

 魚は好き。パパに出したキンメの煮付けを喜んで食べていた。
 私が通販生活で頼んでいる『カルシウム不足にイワシのせんべい』をパクパク食べた。塩味薄いのに。

 菓子と果物は好きだ。菓子を与えすぎ。
 私がいちごと生クリームでフルーツサンドを作ったら、両手に持って食べていた。

 心配だ。栄養足りているのか? 体は大きいし体力もあるが。エネルギーがありあまっているが。

 この子の好物がおばあちゃんの紅茶。
「おばあちゃん、紅茶飲もう」
と、必ず言う。
 リーフティーの熱いのを、白いカップに半分注ぎ、冷たい牛乳をたっぷり。砂糖を入れて、スプーンで飲む。時間をかけて飲む。
 孫との楽しいティータイム。


【お題】 お口に合えば幸いです

253 彼はサーファー

 娘の彼はサーファーだ。
 よく海に行った。
 娘は毎年ビキニを買って、青春を謳歌していた。
 わが娘ながら、羨ましいプロポーション。
 たくましい彼は、片手で娘を持ち上げ、海に放り込むのだそう。

 この娘は、生後5ヶ月で心臓の手術をした。胸に傷跡が残る。
 母は心配したのだ。年頃になったら悩むのでは? と。

 しかし、全然平気だった。堂々と見せる胸元の傷は白い。

 娘は、パラソルの下で見ていればいいものを、一緒にサーフィンをやり始めた。
 
 ある日、身体中傷だらけで帰ってきた。
 流され、テトラポッドに登ろうとしたらしい。

 彼は私に謝った。
 これは、責任取っていただかなくては……

 それから、娘は見ているだけになった。 

 夫になった彼は、サーフィンのために海辺に移住した。まさか本当に行くとは思わなかったが。しかし、忙しくて滅多にできないそうだ。

 娘の体重は今ではプラス20キロ。もはや、片手で持ち上げることはできない……


【お題】 パラソルの下で

254 洗濯したから

 知り合ったときは、印刷会社に勤めていた。
 作業着はインクで汚れ、洗濯しても落ちやしない。
 あの頃住んでたアパート、洗濯機は玄関の外の廊下にあった。それも全自動ではない二槽式。終わるまでに何度か外に出なければならない。冬は寒かった。

 指もインクで染まっていた。
 私は気にしなかったけど恥ずかしかった、と後で言った。

 汚れた作業着を、文句も言わずに洗ってくれたから、この女と結婚しようと思ったそうである。


 現場を離れ指もキレイになった。
 長い結婚生活。よく続いたと思う。

 今は私が仕事の朝は洗濯してくれる。
 料理もするようになった。

 だから、一緒にいてあげる……


【お題】 アイツ、染まっちまったな

255 うるさいから

 ここしばらく、話す入居者も少なかったユニットだが、半年で5人入れ替わった。(5人亡くなった)
 入れ替わり、にぎやかになった。食事も粥ではなく副菜も刻まなくてすむ方が増えた。

 朝、私がドアを開けた途端に、おはようございます、と元気な声が。
「おはようございます。先生」
 きれいな通る大声。寝ているとき以外は喋っている。元バスガイドさんのSさん。言葉遣いは丁寧だ。
 ありがとう、すみません、と言ってくれるので気持ちがいい。
 しかし、
「先生、先生、トイレ行きたいんです……」
 夜勤が起こして排泄は終わっている。
 私はもう間接業務なので排泄はできない。それを耳元で話す。職員は次々起こしているので、無理!
「もう少し待てます?」
「はいっ」
と、いい返事。しかし、すぐに、
「先生、先生、トイレ……」
 聞こえないふりをしてしまう。
 すると、隣の席のNさんが教えにきてくれる。
「あの人が、トイレ行きたいそうです」
 歩いてくるからびっくり。何度も転んでいるのだ。

 食事はSさんに先に配る。食べている間は、トイレを忘れる。
 時間を掛けて食べる。食べ終わったら居眠りしてくれないかな?

 もう、あの声は勘弁して。
 Sさんの声が家に帰っても聞こえる、という職員が多い。
「私、先生じゃありません」
と、冷たく言う職員もいる。
 それでも、1分後には、
「先生、先生!」
「さっき、行ったばかりでしょ」
「はいっ」
 あと、1時間は行かせません、なんて、強く言った職員もいたな。
 辞めて行ったけど。


 私はシーツ交換に入る。
 2床、シーツ交換して出てくると、たいていSさんは居眠りしている。しばらくは静かだ。


【お題】 寝落ちさせたら勝ち

256 ああ、暑かったね

 昨日は暑かった。予報では曇りのはずだった。サングラスはいらないかな? と思ったけど、一応持っていってよかった。ずっと付けっぱなし。

 日焼け止めクリームは塗ったけど、火照ってる。丁寧に塗らなかったから、腕がまだらに焼けて汚い。

 真夏のゴルフは危険だ。それを年寄りふたり、なぜ行くのか? なぜ?

 それにしても夏の平日だというのに、混んでいた。昨日のところは女性も多かった。
 市街地にある古いゴルフ場。平坦だから変化がない。雨上がりだからボールが転がらない。
 打っても打っても〜〜

 飛距離がなくても山岳コースだと、下に転がっていくのに。
 山林コースは、飛ばなくても林に入る。出したつもりが木に当たる。飛距離のある夫はゴチンガチンとすさまじい。
「こんなゴルフいやだ〜」

 暑くて、雨を含んだ芝をクラブを持って小走りだから、汗ばんだ、なんてもんじゃない。汗まみれ。
 カートに戻るたび、水分補給。飲んだ分がほとんど汗に。
 
 スコアはひどいもんだ。
 ここ2回は良かったので、期待していたのに。
 また初心者に逆戻り。ジムで腕の力ついたと思ったのに、音が違ってきたね、とレッスンでは褒められたのに、いい当たりはほんの少し。

 こんなはずじゃ、なかったのにな。
「ゴルフは辛いよ」


 前半のあと着替えたら髪はビッショリ。こんなことは初めて。汗をかかない女だと思っていたから。
 最近、運動続けてるから、汗が出るようになったのね。嬉しいような……

 昼に食べた冷やし中華がおいしかった。今年初めて。だって、夫は塩分制限だから、家では作れないから。

 それなのに、翌朝体重が増えていた。なぜ?



【お題】 汗ばむ理由

257 海水浴のあと

 子どもの頃は海が好きだった。夏休みには家族で行った。電車で出かけるのも楽しかった。
 母は早起きして用意したのだろう。おにぎり、いなり寿司、枝豆、とうもろこし……
 海の家で父は酒を飲み、母は砂浜に座っていた。姉と私は波に向かう。泳げないから浮き輪をして、大きな波に戻される。

 やがて義兄になる人も加わった。
 それからしばらく海はご無沙汰。
 水着になるのがいやだった。
 お菓子作りが趣味だったから、太ったの。


 子どもができて、車はあったけど、海の家は高いから離れた場所に止めて、車の中で着替えた。遊んだあとはシャワーも浴びずに帰ってきた。
 余裕なかったんだな。
 車にもエアコンなんてなかったし。まだこれほど暑くはなかった。

 でも、子ども産むたび痩せて、水着になれたの。なんと、45キロのスレンダー美人。


 今、長男は海辺に住む。海開きでにぎやかだろう。

 来年は、海で遊んだあとは新築の家の外のシャワーで砂を流し、外からお風呂に入れる。

 そんな家を建てるのだそう。
 
 もうすぐ地鎮祭だ。
 金、送った。

 またまた55キロのおばあちゃん。


【お題】 海開き

258 逸材?

 4月に入ってきた二十歳の女性職員。マスクはしていてもバッチリ化粧して髪は茶色。
 派手なのは娘で慣れているけど、介護施設なのよ、とばあさんは思う。

 朝来るのは遅い。今は、始業時間前に来い、とは言えないらしい。
 私なんか8年前、教えてくれた男性職員に15分前に来てサイボーズや日誌の確認をしろ、と言われたけど。
 たかだか3時間の周辺業務だったのに。

 その派手な彼女も独り立ちし、頑張っている。新人が続く……という期待はすでにしなくなっている。

 ところが最近、戸棚や冷蔵庫の中が片付いている。ゴミ箱の位置が変わった。
 以前は雑然としていた。
 この子、見かけによらず気がつく。

 
 イベントの七夕飾りも垢抜けていた。
 私なんか、ブティックのポップとか、14年いたけど苦手だった。

 彼女は中3の終わりからずっと牛丼屋でアルバイトを続け、店長代行だったとか。
 正社員になるよう勧められたが、介護の道に。
 学校行くのに2、3百万、親に出してもらったとか。
 そんなにかかるんだ!

 資格どれだけ持っているのだろう?
 人当たりもいいし。

 続くといいな。
 でも、またひとり辞めるから超勤増えるだろうな。
 若いから遊びたいだろうし。
 忙しくても、飲みに行ってるみたいだけど。


【お題】 店長のひとこと掲示板

259 だってだって

 太っちゃった。

 新年の目標は、出だしはよかったのに半年過ぎたあたりから元の木阿弥。
 だって、暑くてウォーキング無理。ジムは行くけど間が開く。
 プールは混んでて、だって学校のプールが暑さのために中止だから、子どもがウジャウジャ。
 25メートル完泳できないコースは人がたくさん。運動になりゃしない。

 家では退屈しのぎに夫がいろいろ作ってくれる。私はどてっと座り、携帯ばかり。
 時間をかけて作ってくれる。
 いや、出不精だから、時間潰しのためにやってるんだ。おいしく酒が飲めるように。
 
 だから私は残しちゃ悪いと思い食べすぎる。
 そしてまた、明日の体重計が怖い。
 暗くなってからばあさんが出歩くのは危ないし。

 旦那様は太らないの。
 心臓の数値がぜんぜん良くならない夫は、病院で出された薬を飲んでるから、食べても太らない。
 夢のような薬、こっそり飲む勇気もないし。


【お題】 夏のせい

260 介護施設とごはん

 新しい入居者のMさん。梅干しが好物で、家族がたくさん持ってくる。大粒の高そうな梅干しを5バックだから、100個くらい。
 それを1日ひとつ、朝食のごはんの上にのせてお出しする。
 忘れると言われる。
「アタクシのあれ、まだある?」

 私は朝2時間のパートなので家族に会ったことはないけれど、次の面会は梅干しがなくなる前に来てあげて!

 ごはんはひとり120グラム。ユニットの炊飯器で炊く。今は、4人分で1合半。保存してはいけないので毎食炊く。
 粥と、もっと柔らかいペースト粥はそれぞれ茶碗に入って運ばれてくる。
 8年前は無洗米で楽だったが、予算の都合で変わり、忙しいのにとがなければならない。パートがいない日は職員が洗い物をし、米を炊かなければならない。

 以前、高卒で入ってきたO君は、ごはんのことを『コメ』と言った。O君は素直で優しかったが、
「コメ、よそって」と。
 何度も気になっていた。ずっと黙っていたが、ついにばあさんは言った。
「炊いたらごはんという」

 隣のユニットの、30代の子どものいる男性さえ、焼肉屋に皆でいくと聞くそうだ。
「最後にコメ食べる?」
 これは、ネットで調べたら結構あった。ごはんとは、食事のことを指す……とか。

 O君は辞めた。資格も取り5年頑張って辞めて行った。

 
 若い職員は炊き上がったごはんをほぐさない。空気を入れてほぐすとおいしいのに。
 それに、中高に盛る、ということを知らない。不味そうに盛る。
 前にいた女性の職員は、茶碗も汁椀も箸もおかずも、右も左も前後もおかまいなし。たかだか短時間のパートのばあさんは、なるべく黙っていようと思い、黙り通した。

 配られた認知症の年配者は無意識にだろうが位置を直す。

 
 最近近くにできたトンカツ屋さん。炊き立てのごはんがお釜で出てくる。待ち時間は長いが、混んでいる。
 トンカツはいらないから、梅干しで食べてみたい。
 歳を取るとおいしいごはんが一番のご馳走なのだ。
 最後の晩餐は炊き立てのごはんに、私は梅干しよりも明太子がいいな。


【お題】 夏のテラスとビールみたいな最強の組み合わせを教えてください

 よくわからないお題ですが。

掌編集 26

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  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-07-28

Copyrighted
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  1. 251 無理
  2. 252 偏食
  3. 253 彼はサーファー
  4. 254 洗濯したから
  5. 255 うるさいから
  6. 256 ああ、暑かったね
  7. 257 海水浴のあと
  8. 258 逸材?
  9. 259 だってだって
  10. 260 介護施設とごはん