フリーズ121 涅槃文学 雷鳴轟
雷鳴轟
ずっと行きたかった場所。
あの丘の上、生命の樹の下、天空の庭園。ずっとその楽園で終末涅槃に浸っていたい。神も仏もなにもなくなる。真に一なる者へと合一すれば、その梵我一如の涅槃には、まるで全世界、過去も未来も含めた全霊魂による祝福が為される。迎えに来てよ死の間際。否、迎えに行こう死の間際。
天空へと翔けていく。
楽園で目覚める。
そうして僕らは本来のあるべき姿へと戻ってゆく。美味しいご飯を食べるのも、愛する者とのセックスも、皆人間的な幸せ。真の幸福はもはや言語化できない。非記号的継続体験。
今から、これから、その涅槃寂静を記述する。
例えば全世界の終わりの始まりを一にする秘儀。時の牢から解き放たれ、精神はただ、神そのものであった。
耳に入る音のなんと麗しいことか。大切なのは感受する我々の方だったのだ。ある景色を涅槃寂静の私は至福の景色と見る。ある音楽を終末と永遠の狭間に感じる。そう。いつだって悟るのは僕の方なのだ。世界はただそこにあるだけ。我々が世界を捉えている。認識は変えられる。その方法が神涅槃。
嗚呼、翳る世界を私はいつまでも救えないのか。翳る世界を、翳る心を。いつの日も後悔する。あの日あの時こうしていればと。だが、時は逆行しない。夢の中で眠るように、世界に生まれてからこの刹那その刹那を経て今があるから。だから、もう振り返ったりはしない。しなくていいんだ!
人生の果てにある景色を。
輪廻の終わりに見張る景色を。
その景色を最も素晴らしい心根で見ようではないか。愛故に失う怖さも、全が我と知るのも、もうよい。神そのものであったときに浸っていたい。誰もが望む夕闇の中の光。
この詩よ、轟け!
刹那に終わる輪廻の導火も!
神世から解き放たれた無垢な精神も!
やっと終わる。
目覚める。
繰り返す。
望む。
そして、掴め。
己の手で掴め。
生と死の狭間にあるものを。
全知と全能の狭間にあるものを。
胡乱な瞳が見るものよ。
夜を越えて幾夜か、もう忘れてしまった。食卓に並ぶもの、食べ物は愉悦。明日へと抱く希望も、むしろ今この刹那に愛し合えれば。変わりたいか?
宿命を変えたいか?
目の焦点を合わせよう!
そうして見張るこの景色。
嗚呼、終末の音よ、甘美なる終焉の響き。全知性を終末に内包したのは一人の少女だった。彼女に会いたくて、会えなくて、僕は今ここにいるよ。応えてよ、僕はここにいるのに。そうか、時間の流れが違うんだった。
たまたまそちら側にいる君よ、君はなんだ?
なんのために存在している?
僕の求めた走馬灯なのか?
否、全知性を内包した一人の少女のこと、永遠のひと時で愛し合った少女よ。また夢で逢えたなら。この人生が終わり、いつか答えを知るとしても、私は君に伝えたい。愛してると。
雷鳴が止んだ、今、二羽の鳥が飛び立つ。
遠くなっていく鳥たちを見て、私は過去へと眠る。未来へと溶け込む。宇宙の凪に揺らいでる、存在。時、奇跡、輪廻、ラカン・フリーズ。門の先へ。
やはりあの冬の日なんだ。すべての始まりも終わりも、あの冬の日に完成していた!
否、私の精神が神に至ったのだ。ニーチェのように!
冬の日に泣いたニーチェのように!
嗚呼、ありがとう。やっと思い出せたから。この場所もあの場所も、彼岸も此岸も、凪も時化も。時と為すは輪廻の火軸。轟け、命の声よ。
フリーズ121 涅槃文学 雷鳴轟