落日の再会

落日の再会

1話ずつ投稿した作品をまとめました。

ダイエット

 痩せたかった。きれいになりたかった。中学に入った頃からずっと思っていた。酷く太っていたわけではない。顔立ちが悪かったわけでもない。
 覚えている。中1の健康診断、140センチ、36キロ。まだ体型に悩みはしなかった。子供だった。水着も平気だった。胸も発達していなかった。生理もまだだった。しかし……言われたのだ。
「足太いんだね……」

 中2のときは149センチ、39キロ。羨ましがられた。なのに、家庭科の被服の時間の採寸、友達の胴回りは58センチだった。60センチ以上あった私は言われた。
「太いんだね」

 当時のアイドルのウエストサイズは皆58センチだった。稀に56センチ。だからこだわった。痩せたかった。58センチになるまで。

 食べ盛りの成長期、朝食を抜き昼食を減らし夜は反動で菓子を食べた。チョコレートを1枚、2枚、3枚。気持ち悪くなるまで食べた。ダイエット、それを始めたらもう地獄のループ。アイスクリームを1度に1リットル……
 中3のときは154センチ、45キロ。まだ羨ましがられた。ようやく生理がきた。しかし体重は変動し、胸よりおなかが成長した。
 足が太かった。下半身が太かった。ダイエットはいつも失敗して余計に太った。ダイエットなどしなければ太らなかったに違いない。

 高校に入ると上級生の男子に卓球部に誘われた。球技は苦手だが……気が弱くて断れなかった。同じD組から4人の女子が入部した。皆かわいい子だった。スタイルもいい。足も細い。A組の千恵子はズバ抜けてかわいい子だった。B組の智恵子も造作はそうでもないが男子に人気があった。性格がかわいいのだろう。太ってはいなかったし。
 週に2度の基礎トレーニング。3キロ走り柔軟体操、腹筋、腕立て伏せ。ハードなトレーニングでも少しも痩せなかった。足はますます太くなる。

 高校を卒業し就職した。都心まで通う。揃えた服はLサイズ。それが許せなかった。Mサイズでなくとも背が低くはないのだから、それなりにオシャレできたはずなのに……Mサイズになるまでオシャレする気はなくなった。
 通勤に1時間以上。バスと電車を乗り継いで。朝食抜きで昼はサラダだけ、とか……1キロ落ちてもすぐに戻る。戻るどころではない。ウエストがきつくなる。スカートが入らなくなり母のを着ていったこともあった。情けない。その頃には誰が見ても下半身デブ。

 本屋で見つけた痩せる本、某研究所。ミス日本を輩出した。読んで実践した。末尾に載っていた研究所を訪れた。費用はかかった。給料ひと月分くらい。貯金だけはあった。ボーナスは良かったし服も買わなかったから。
 週に1度10回通った。結果は……?

夢のサイズ

 痩せた。成功した。痩せた。10キロ痩せた。
 10週頑張った。金をかけた分頑張った。某研究所。体操して風呂に入る。食事は1日1食。食事は昼だけにした。あとはノーカロリーの飲み物だけ。仕事の日はおかずだけの弁当を作った。主食は無し。バランスはいいが体重が落ちていくと、もっと量を減らした。体重は落ちたが夜辛くて眠れなかった。終いには生理も止まった。続けていたら危険だったろう。

 目標は達成した。ウエスト58センチ。夢のサイズだ。裸を鏡で見た。おなかにまだ肉はついているが、うしろ姿はスッキリした。足も細くなった。もっと細くなりたかったが……むずかしい。
 徐々に食事を増やす。朝に夕に体重計に乗る。一喜一憂。一憂一憂一憂……

 服を買った。今まで買わなかった分たくさん買った。散財した。惜しくはなかった。ファッション雑誌を真似して。高い下着も、ブーツも買った。ようやく手にした青春。なにを着ても我ながらカッコ良い。店員に褒められた。

 ダンス教室に通った。入社した年の忘年会。華やかな席で大卒の同期の女が上司に誘われて踊っていた。私も誘われたが断った。踊れません、と。脇腹に手を置かれたくはない。
 ダンスは憧れだった。駅前のダンス教室に通った。個人レッスンは高かった。高かったが楽しかった。毎日のように通った。チケット代は飛んでいく。惜しくはなかった。今まで使わなかったのだから。太っているときは金を使わなかった。
 やがて仲間ができた。何人かで食事に。男も女も。男性は妻帯者もいた。ダンスホールに行った。華やかな場所。誘われて踊る。初心者なのに言われた。
「身が軽いからリードしやすい」
心地よい言葉、身が軽い、軽い……
 上手な男だった。ダンスも口も。ロカさんと呼ばれていた。ロカ?

 帰りが遅くなるとロカさんが送ってくれた。方向が同じ10歳上の男は、小学校も中学校も、高校まで同じだった。
「どこに住んでたの?」
「竹の湯のそばよ」
「銭湯いってたの?」
それは、自宅に風呂がなかったの? という質問だ。
「そうよ。貧乏だったの。悪い?」
酔っていたから言ってしまった。
「団地が当たって越したの」
都営団地。コンプレックス。母は言った。公団に住む者は都営を笑い、建売に住む者は団地を笑う。さらにその上のものは……
 ロカさんはわざわざ電車を降り送ってくれた。15分歩く。酒が入っていた私は甘えた。腕を組んだ。密着してダンスもしたのだ。抵抗はなかった。
 名を聞かれた。嫌いな名前。
頼子(よりこ)。頼朝の頼子。父が付けたの。悪い?」
父は酔うと言った。初恋の女の名だと。誰にでも初恋はあるのか? 私には……恋焦がれた人はいなかった。痩せなければ恋など無縁だと思っていた。
「セイチョウの小説にあったな」
セイチョウ? 読んでいなかった。
「知らないわよ。バカだもの。悪い?」
「そればかりだな」
「悪い? あなたはどうしてロカさんなの?」
わからないのか? とは聞かれなかった。ロカさんは丁寧に説明してくれた。無知の連続。
「知らないわ。聞いたこともない。バカだもの」
「悪い?」
ロカさんが代わりに言った。普段なら決して言わないことを思いきり暴露した。
 ロカさんは本をたくさん読んでいた。詳しい。文学、推理小説、私に合わせて『ぼっこちゃん』まで。

 団地の前で別れる。窓から覗くと手を振り、タクシーを拾い帰って行った。かわいげのない女だと思われたに違いない。さよなら。これっきり……

 しかし、誘われふたりで会うようになった。10歳上だ。ダンス仲間の話では裕福らしい。隣の駅の近くに家がある。親の経営する店は支店がいくつも。ひとり息子。ひとりっ子。楽しい人だった。博学だった。脚本家になりたかったらしい。
 映画に誘われた。観たい映画があった。ロカさんは吹き出した。当時話題になったベルサイユのばらの映画化。吹き出したが付き合ってくれた。主人公が自分の裸を見る場面が恥ずかしかった。男と映画なんて初めてだった。付き合った。付き合ったが恋愛対象ではない。年が離れすぎていた。家が、学歴が、乗っている車が……大学にも車にも無知だったが釣り合いが取れない相手であることはわかっていた。食べているものも着ている服も。青春を謳歌してきた男だった。テニスにスキーにゴルフ、海外旅行。もう身を固めないと……見合いした、と平気で言った。私も平気だ。それより見合いしたホテルは行ったこともない豪華なホテル……

 食事はいつも素敵な店。ワイン、果実酒。ロカさんは少し酔うと言った。
「君、かわいいね」
初めて言われた。トイレに行き鏡を見た。薄化粧の華奢な女が映っていた。
「かわいいね、君」
何度も言われた。誰にでも言うのだろうか? 手に入れるまで。3度に1度は金を出した。私が払った。12時前には送られた。釣り合いの取れない団地の前まで。ロカさんが帰るのはどんな家? 話の中に出てきた……友達と夜中までカラオケができる部屋。母親が料理の腕を振るうキッチン。カウンターに並んでいる何種類ものコーヒー豆。奮発したオーディオセット、何を聴くの? クラシック? ジャズ? モモエ……え? モモエを聴くために買ったの? 
「ファンクラブに入ってるんだ」

「夏になったら海に行こう」
ダメよ。水着にはなれない。痩せてもビキニは着られない。まだおなかは出ている。服を着ればわからないが。胸は小さい。コンプレックスは克服できない。

 リバウンドは早かった。当たり前だ。カロリーオーバー。食通の男と付き合っていたころは食べ過ぎていた。それも夜遅く。誘われた。毎日のように。毎日のように食事し酒を飲んだ。ニットのワンピースがきつくなった。
「太った?」
ロカさんが聞いた。悪気があったわけではないのだろう。少し痩せてるのも少し太っているのも好きだと言われた。
「足、意外に太いんだね」
悪気はない。女に言うことではないが。
 傷ついた。真実を言われてひどくうろたえた。どうしようもなかった。制御できない身体。再びあのダイエットはしたくない。
 次に会ったときに言った。
「少し、距離置かない?」
痩せるまで。元の体型に戻るまで。4キロ痩せるまで。ロカさんは考えていた。理由は聞かなかった。10歳年上の跡取り息子には距離も時間もなかったのだろう。

 すぐに電話がかかってくると思ったが……なかった。都合よかったのだ。釣り合いが取れる相手ではなかったのだから。
 ロカさんがいなくなると私にはなにもなかった。ダンスもやめた。会社の飲み会。飲みすぎて電話した。ロカさんは迎えにきてくれた。しょうがないな、と言いながら。高級車で送られた。それだけだ。
 また飲みすぎた。送ってくれたのは今の夫だ。酔った私は夫の部屋に行き電話した。
「よろしくって言ってよ。頼子をよろしくって……」
夫は呆れただろう。
 翌日電話がかかってきた。落ち着いたかい? 謝る私にロカさんが言った。結婚する。見合いした。私が聞いたのは相手の年齢だけだった。私と同じ歳? 家柄、学歴はしょうがないと思っていた。年齢はショックだった。

 別れた理由。簡単だ。付き合っていると太るから。恋をしていたわけではない。

苦難と倹約

 結婚した。同じ課の主任と。実家暮らしの私は金を貯めていた。当時は利息がよかった。社内預金は8パーセント、趣味もなく、旅行も贅沢もしない私の貯金は面白いように貯まっていた。地方から出てきていた夫にはほとんどなかった。ひとり暮らし、スーツも買わなければならない。都会は楽しかっただろう。タバコも吸っていた。飲みにも行っていた。ディスコにも通っていた。気前がよかった。当然金はない。付き合うようになると私から借りた。給料日には返してくれるが。妻になる人は大変だ。
 結婚するつもりはあったのか、なかったのか? 妊娠した。堕してくれとは言わなかった。結婚式、新婚旅行の金は私が出した。地方から出てきた夫の身内のホテル代まで。文句はなかった。

 節約した。私の収入がなくなったのだから。夫は付き合いがあるからと小遣いをたくさんほしがった。付き合いは大切だ。ケチな男は出世しない。大卒の男たちの中で高卒の夫は頑張っていた。東大卒の主任より人望も人気もあった。
 給料もボーナスも多かった。残業代も多い。いい時代だった。夫に不自由な思いはさせなかった。欲しがるだけの小遣いを渡し家計費を節約した。貯金もした。節約は楽しかった。不思議なことに節約するほど食事はバラエティーに富み、健康になった。ノートを作った。食費とメニューを記録する。食材を無駄にしない。乾物類が増えた。頭を使った。当時食パンの端が1袋10円で売っていた。それが息子の大好きなフレンチトーストや揚げパンになる。夫も食費を倹約していることに気づかなかった。うまい、うまいと褒めたし健康のために作るらっきょう漬けやニンニク漬けを喜んでいた。

 出産後体型が変わった。痩せたのだ。体重は50キロを切った。まだ痩せた。2度と戻れなかった46キロを維持した。よく動くからなのか? あれほど悩んだ体型が変わった。脇腹ははみ出ない。たるまない。夏のショートパンツから出た足はもう太くはなかった。ショートパンツでゴミ出しに行った。褒められた。

 節約した。家族旅行は会社の保養施設。夫の実家に帰省する前に流産した。悲しかったが立ち直った。転勤になり2度目の流産をした。辛くて息子の面倒を見にきてくれた母が帰る時に一緒に実家に戻った。それが間違いだったのだ。ほどなく父が急逝し母が鬱になった。夫は単身赴任になった。数年ごとの転勤。私は実家の近くに部屋を借り留守を守った。私の世界は狭くなってしまった。楽しみは息子の成長、夫に送る保存食作り。狭いベランダの園芸……

 単身赴任の夫が……やらかしてくれた。晴天の霹靂。
「ひとりで育てなさいよ。息子には会わせない」
想像した。乳児をかかえた父親。夫には無理だろう。胃がむかつく。痩せた。夢を超えてしまった体重。体型。鏡に映った幽霊のような女……だめだ。このままでは。息子のために、どうすればいい?

 家を買った。小さい庭のある家。頭金は私の貯金から出した。小さくなった私の世界。私は立ち直らなければならない。息子のために。
 

新しい入居者

 あの子はすぐ保育園に入れた。仕事をさがした。受かったのは介護施設だけだった。資格はないから周辺業務。配ぜん、洗濯、掃除。介護施設のスタッフは過酷だ。手が足りない。慢性的に。
「トイレ行きたいんです、おねえさん……」
何度も哀願され連れていってしまった。資格もないのに。
 介護士になった。食事介助、排泄、風呂の介助。いやではなかった。やがて資格を取り時間を増やす。目標ができた。私にもできる。皆やっていることだ。ひとりで育てる。シングルマザーになる。いずれ、かならず……夫を捨てる日を想像する。
 あの子にかかる金はすべて記録した。夫の小遣いから差し引いた。ミルク代とオムツ代も。家計費からではない。私の心の慰謝料とベビーシッター代として貯金はすべて移した。夫は変わった。少ない小遣いで文句を言わなかった。やがて私は正社員になり夜勤もするようになった。夫は協力した。夫とは最低限の会話しかしない。
 あの子も協力した。よく働く。掃除させればピカピカに。私よりきれいにする。キッチンもトイレも風呂も、窓ガラスも。サッシは歯ブラシと綿棒とようじまで使って完璧だ。小遣いをあげたくなったが我慢した。あの子は家政婦だと思うようにした。褒めもしなかった。私の心は水をかけられ凍りついたままだ。あの子が相手にする母親は氷の壁面。あの子は小さな庭の花がらも摘むからいつもきれいだ。葉水も欠かさずしてくれる。暖かい日差しに氷が溶けそうになる。
 疲れて肩を揉んでいるとあの子が変わって揉んでくれた。小さな手と強すぎない力がちょうどよかった。あの子は私が、もういいわ、と言うまで揉んでくれた。手が痛くなっただろうに。ありがとう、上手だね、褒めてみた。初めてだ。あの子は嬉しそうに笑った。ドキッとした。滅多に笑わないあの子のなんという笑顔。氷が溶けそうになる。
 あの子は肩揉みがうまくなった。褒められたいのか、誰かに聞いたのだろうか? 誰かに試したのだろうか? 心地よくて恐れ入る。ホントに上手だね。私は褒めた。あの子を褒めたのはそれくらいだ。

 息子は私立にあの子は公立に。かかった金は桁が違う。コツコツ貯めた金を息子には使った。太っ腹だ。あの子は金をかけなくても息子より優秀だった。癇に障った。

 就職するとあの子は家に金を入れた。私はなにも言わなかった。あの子が寄越したのは給料の3分の1くらいか。
「ひとり暮らしすれば家賃がかかるからね」
私は冷たくし礼も言わなかった。母の日、誕生日にあの子はプレゼントしてくれた。肩揉み機、テレビショッピングの枕に布団。花……高級煎茶……

 60歳になったときに契約社員に戻った。20年以上勤めている。今では1番の古株だ。
 働いて疲れて、映画を観ることもなかった。還暦の祝いに子供たちが大型テレビを買ってくれた。息子も金を出したのだろうか? まあいい。小遣いはしょっちゅうあげているのだから。好きな映画やドラマを見られるよう、息子に頼まれあの子が手続きしてくれセットしてくれた。息子はいつも口だけだ。あの子は機械にも詳しい。恐れ入る。夫は家の前の公園に孫を遊ばせにいった。孫もそっけない祖母の態度はわかるのだろう。甘えてはこない。私はあの子の義父のことを聞いた。孫が産まれて喜んだのもつかの間、義父は脳梗塞で倒れ、あの子は介護する羽目になった。苦労するために結婚したようなものだ。なのに弱音は吐かない。苦労が顔に出てはいなかった。愛されているのがわかる。
 プレゼント、ありがとうと気持ちを込めないで言った。慣れているのだろう。あの子は義父がデイケアから戻るから、と長居はしなかった。
 観たい映画をいくらでも観られる。誕生日にはあの子からリクライニングチェアが送られてきた。
 穏やかな老後……というにはまだ早いか、来年で65歳だ。仕事ももっと減らそう。夫は気を使っている。趣味を合わせてくる。庭いじり、重い土を買いに行き手伝う。らっきょうを漬けるときは皮を剥いてくれた。息子の好きならっきょう漬けにニンニク漬け、嫁の好きな果実酒。私は切らさず漬ける。あの子にはあげない。あげる必要はない。自分で作っているだろう。私より上手に。ケーキまで焼くのだから。
 ゴルフをやろうと夫は言う。あの子が生まれてから夫は好きなゴルフをやめていた。金がかかるから。好き勝手なことをしておいたのだから当たり前だ。
「球技は苦手なの。飛ばなかった。バレーボールもテニスもソフトボールも体力測定のハンマー投げさえ……」
言ったことのあるセリフだった。誰にだったか? 遠くなった過去に……
 穏やかだ。介護施設で働く女は離婚したものが多い。子供を育てているから必死だ。離婚……選ばなかった、私は。
 

 新しい入居者が決まった。ひとり亡くなっても新たな入居者はすぐ決まる。数えきれない高齢者が順番を待っているのだ。悲しみに浸りはしない。慣れた。ファイルを確認する。明日入居してくるのは……
「きみ、かわいいね……かわいいね、きみ」
偶然なのか縁なのか、声と響きが45年前を思い出させる。ひと冬の……幻の私……

回復

 風呂に入れた。車椅子だが自分で立ち上がる。会話に不自由はない。無口だが。あの頃はかけていなかったメガネをかけていた。髪はごま塩で薄くはない。優しそうだ。脳梗塞に軽い認知症。75歳では早いと思う。
 裸を見た。長く運動していたのだろうか? 75歳の介護を必要とする男の体は崩れていなかった。無駄な肉がついていない。
 自分はどうだろう? また肉が付いてきた。若い頃からどれほど努力しても腰の位置、足の長さは努力のしようがなかった。この人は歳を重ねてもなお……
 
 頭を洗う。背が高い。座高が高い。頭が大きい。
「痒いところ、ないですか?」
「……大丈夫、よ」
優しい答え。顔を洗わせた。素直だ。体は? 
「洗えない、よ」
大きな体を洗う。痛くない? 何を聞いても
「大丈夫、よ」

 娘さんの名を聞いた。ファイルを読んで知っていたが。娘に私の名をつけたりはしなかった。文学的な名前だ。息子の名は教えてくれない。連絡先は娘になっている。ファイルに息子の住所はなかった。
 うしろから支えると、またいで浴槽に入った。ゆっくり浸からせる。
「ぬるくない?」
「大丈夫、よ」
そればかりね。

「……頼朝の頼子ってのがいたな」
「……なに、それ?」
「オヤジさんの初恋の女だ。ハッハッハッ」
初めて笑った。声を出して。
 覚えてくれていたの? 私が話したこと……

 上がる時は少し大変だった。体が大きいから支えるのが大変だ。
「いいよ。倒れても。そのまま……死にたい」
死にたい……無縁の言葉だったろうに。
 体を拭きボディーローションを塗る。広い背中は乾燥してはいない。ふくらはぎにはまだ筋肉が付いていた。
「運動やってたの?」
「……やってないよ」
爪が伸びていた。切りながら言った。
「お昼は手毬寿司ですよ。ひな祭りだから」
「……食べたいものなんかないよ」
「桜が咲いたらお花見に行けますよ」
「花を愛でるっていう気分じゃないよ」
否定的だ。何を聞いても。
 
 娘は父親が大好きなようだ。面会も多い。私は昼で帰るから会ったことはない。孫の中学生の男の子がひとりで来ることもあるようだ。慕われているようだが、息子が来たことはない。
 プライバシーは聞かない。自分も話してこなかった。話さなければそれ以上は聞かれない。

「おかしなやつだよな」
風呂に浸かりながら言った。
「ママについていかなかった」
「……」
「ま、金があったからな」
今は? ないの? こんなところに入れられて……
「全部捨てやがった」
「……」
「……」
「何を捨てられたの?」
「石川達三の本」
「……」
脚本家になりたかった……45年すぎても同じことを言った。

 ロカさんは湯船からなかなか出ない。気持ちよさそうだ。
「ああ、おなかすいちゃった」
浴槽に浸かる男に言った。
「……俗っぽいな」
「え? 俗っぽい? 俗っぽい、か」
何を食べようか? そればかり聞いていたくせに。
 おなかがすく……その感覚を忘れていた時期があった。あれほどダイエットに振り回されていたのに。
 入居者の何人かにその感覚はないのだろう。食事の時間になれば起こして食べさせる。高栄養のゼリー。それだけで生きている。

 次の日、ロカさんの部屋には鍵がかかっていた。明け方救急車で運ばれた。たぶん脳梗塞。戻らないかもしれない。様子はわからない。私は週3日の午前中だけの契約社員。
 胃ろうにするかも……胃ろうは拒否してたんじゃ? 娘さんがね……パパが大好きなのよ。

 戻ってきた。あんなに食べることが好きだった人が10キロ痩せて戻ってきた。高栄養のドリンクとペースト状の食事。口から垂れる。飲み込めずに垂れる。尿が出ず、すぐに病院に戻された。もう戻っては来ないかも……

 やがて戻ってきた。今度は回復した。飲み込めるようになり、食べられるようになった。
 左手でカップを持ち自分で飲む。食べるのも早くなる。回復が早い。
 寝浴だから私の担当ではなくなった。食事のあとはベッドに寝かせる。私の出番はなくなった。見守るだけだ。
 こんな状態でも息子は面会に来ないようだ。誰も余計なことは言わない。聞かない。会いたいだろうか? おそらくは行方不明の息子……借金だろう。父親は返済のために貯蓄も家も手放した。息子はおそらく日本にはいない。
 探してあげようか? 金ならある。惜しくはない。だが、愛したわけではない。私は慈悲深い女ではない。それに……さらにひどい結果を知らされるかもしれない。

 回復はそこまでだった。次に救急車で運ばれたのは連休の間だった。私は夫と出かけていた。

 回復していたのだ。徐々に。
 回復していたのだ。30年経っていた。夫は何事もなかったように接してくる。退職金もすべて寄越した。老後の心配はない。息子に迷惑をかけることはない。

 夫は私の布団から出ていかない。私は追い出す。長年独り寝に慣れきっている。夫の捨て台詞。
「朝、死んでいるかもしれないぞ」
あり得ることだ。お互い様だ。そろそろ同じ部屋にしたほうがいいだろうか。死なれていたら面倒くさい。
 いずれ死んでもらう。私が先に逝くわけにはいかない。息子に迷惑はかけられない。金は充分貯めた。2人で施設に入れるだろう。あの子は父親の面倒を見るだろう。父親が大好きなのだ。
 近頃思う。死なせてやる。私と結婚してよかった、と思わせながら。私と一緒になってよかった……そう思わせながら逝かせてやる。それが私の勝利。

遺品

 戻ってきた。看取りだ。今まで何人も看取ってきた。そういう場所なのだ。大半は病院で亡くなり戻らないから実感はない。部屋は片付けられすぐに次の入居者が入る。看取りで戻ったものは静かに亡くなっていく。初めて看取ったときはショックだった。食べなくなる。食べないのだ。何日も。食べなければ餓死をする。私は調べた。枯れるように死んでいく。当たり前の死だ。理想的な死だ。

 娘が通い詰めた。意識のない父親に話しかける。パパ、パパ、パパ……
 娘が席を外したときに別れの挨拶をした。
「ロカさん、頼朝の頼子よ」
耳元で囁いた。手を握った。変化はない。
 娘はすぐに戻ってきた。互いに会釈した。

 息子は来なかった。連絡も取れなかったのだろう。昼で私は帰った。夜、スタッフからメールがきた。
『徳冨さん、亡くなりました』

 翌日、遺品を整理した。多くはない。箱にたくさんの映画のDVDが入っていた。中に古いビデオテープが。自分でも忘れていた映画だ。初めてふたりで観に行った。ロカさんは観たくはなかっただろう。話題性だけはあったがベルサイユのばらの外国映画。笑いながら付き合ってくれた。観終わったあと、主演女優、きれいだったね、と聞くと
「モモエのほうがいい」
そう言った。モモエのファンクラブに入っていると。
 いつ買ったのだろうか? 別れたあと? ビデオテープだからかなり前だろう。もうビデオデッキなんてないだろう? 
 あなたは私を思い観てくれたの? 
 涙が頬を伝った。涙など忘れていた。大きな悲しみと怒りが涙の出ない女にした。
「欲しいものがあったら貰って。あとは処分してって」
捨てるのにも金がかかるのだ。私はビデオテープを貰うことにした。マジックで落書きしてある。入居してすぐにマジックを借りて書いたらしい。
 入居してすぐ? それは落書きではない。『子』と『へ』は読めた。

 頼子へ
 
 私には読めた。入居してすぐ? あなたにはわかっていたの?

 葬儀は身内だけで行われた。出席はしない。冷たい女なのだ。
 有給休暇を消化した。昔暮らしていた場所を訪れた。借家はなくなり小道は舗装されていた。小学校と中学校は同じような形で残っていた。高校は様変わりしていた。あなたも通った学校、私の10年前にあなたは通っていた。文学少年、スポーツもできたのだろう。人気もあっただろう。青春を謳歌しただろう。なのに、晩年があんなに寂しすぎるなんて……
 駅のそばのあなたの家、聞いていた場所は飲食店のビルになっていた。あなたの家も、もうないのね。おそらくすべて取られた。息子の借金のために。不遇な晩年。妻には出ていかれふたりの子どもを育てた。その手塩にかけた息子は……?

 もう来年の手帳には書き写すまい。繰り越すのはやめよう。遺品になってしまったら辛い。


 怒りを忘れるな
 あの子を愛さないように
 決してあの子を愛さないように

 消そう。マジックで消そう。そして代わりに書こう。

 怒りは忘却の彼方へ
 あの子は私の愛するただひとりの娘

 あの子への遺品は用意してある。きれいな菓子の空き箱に。あの子が家に入れていた生活費、私にくれたお年玉、小遣い……手を付けずに取ってあるのよ。現金でそのまま。積んだところで利息は微々たるものだから。それからあの子を産んだ母親の謄本と死亡診断書。眠っている墓、戒名。私が死んでからでは遅いかしら? あの子に知らせないのは私のエゴ? だって私はあの子の反応が怖かった。
 空き箱の蓋にマジックで書いた。きちんと書けるうちに。

  美月へ
 

息子

 今度の介護施設は家庭的な雰囲気だ。
 ひとりは意識がない。まだ若いが。

 若すぎる。息子と同じ年の男性だ。17歳の夏から眠り続けている。20年以上も。

 自殺に失敗したのだ。首を吊ったのだが、発見されてしまった。まさか、こうなるとは思いもしなかっただろう。

 部屋に入る。
 ベッド周りには家族の写真が飾ってある。父親は……ロカさんだ。眠り続ける男は、徳冨有一……ロカさんの息子。 
 父親は亡くなった。以前働いていた施設で。
 ロカさんは若き日に半年だけ付き合っていた…… あだ名は蘆花(ロカ)

 3か月前、娘がビデオデッキを取り付けてくれた。ようやく観ることができる。ロカさんの遺品に貰ってきた、ふたりで観た思い出の映画。

 テープは……映画ではないようだ。
 
 映ったのは……ロカさん? 若い頃の高校生くらいのあの人? 
 いや、違う。その頃にはビデオはまだなかったはず。それではこの子は? 

「おとうさん、ごめんなさい。おばあちゃんのところへ行きます。
 体育館で記事について責められ逃げ場がなくなった。助けてくれと叫んでも助けてくれるものはいなかった。死ねばみんなが喜んでくれるだろう」

 短い……すぐに終わった。
 なに、これ? これは……遺書? 
 
 コーヒーを淹れてきた美月(みづき)が、ケースを確認した。折った古びたチラシが入っていた。
 
『新聞部の徳冨有一君は学校批判の記事を載せようとしたところ、先生に咎められた……苦にして自殺を図った。命は取り留めたが意識は戻らない。学校側に責任が……』

 ロカさんの息子は父親が危篤の時にも会いに来なかった。
 来られなかったのだ。

 美月が携帯を見せた。この娘は行動が早い。

19××/9/3
自宅で、K高校のY・Tくん(高2・16)が自殺未遂。
6/8 Yくんは、学校批判の新聞記事を掲載しようとして、担任教師や新聞部の先輩に見つかり、集団リンチを受けた。大けがをし、11日間の入院。それ以降、登校していなかった。 学校側は、リンチなどの暴力沙汰を否定。
 

「おにいちゃんと同じ高校よ。1学年下」


 ︎

 
 寛之(ひろゆき)は子供の頃から恵まれていた。家庭にも才能にも。
 だが、ひとりっ子だった。父の跡を継がねばならない。好きな脚本家の道も諦めた。
 好きな女も諦めた。アパートに住む高卒の女。反対されるのはわかっていた。
 見合い結婚した。申し分のない相手だと母は喜んだ。敷地内に家を建て一男一女に恵まれた。しかし、父が亡くなると、妻と母の折り合いが悪くなっていった。
 互いに行き来をしなくなった。自分も同じ敷地内に住みながら、母とは滅多に顔を合わせなくなった。自分が悪かったのだ。母の孤独に気がついてやれなかった。

 冬の朝、母は首を吊って亡くなっていた。息子が見つけた。夢に現れたという。中学1年生の息子は祖母に物置の縄を取ってくるよう頼まれた……

 息子は教師になりたいと言っていた。真面目だった。残酷だった。自分の用意した縄で祖母は首を吊ったのだ。息子は物音に怯え、それでも長男として葬儀の席では気丈にしていた。

 優しかった息子は自分を責めた。かわいがってくれた祖母を自殺に追い込んだことを。妻はいたたまれなくなり出て行った。子供たちはついてはいかなかった。

 息子は高校に進学し新聞部に入っていた。正義感が強かった。
 駐輪場で恐喝されたが、金を出さず殴られた。大柄な先輩が助けてくれた。それからは、その先輩と親しく話すようになった。

 高校2年の6月、息子になにが起きたのか?
 息子は制服のまま帰って来るなり倒れた。全身打撲。息子は大勢に囲まれ、やられた、と話した。駐輪場の恐喝者か? 詳しくは話さない。イジメか? いじめられるような性格ではないと思っていた。友人もいたはずだ。
 学校では思い当たる節がないと言う。

 2学期が始まる明け方、息子は首を吊った。祖母の跡を追うように。同じ場所で。
 発見が早かったが、意識のない容態が続いた。

 見舞いに来た生徒はひとりだけだった。恐喝されていたのを助けてくれた優しい少年だった。続けて見舞いに来てくれ、寛之はつい、愚痴をこぼした。

「学校が原因なんだ」
 つい口を滑らした。進学校の闇。

 友人は息子の自殺未遂の日を忘れないと言ってくれ、言葉通り毎年息子に会いに来てくれた。寛之も待つようになった。

 息子は眠り続けた。

 寛之も年を取った。体に自信もなくなってきた。息子より長生きはできまい。心残りだ。
 会社は同業者に譲り、家も売った。
 
 アパートに移った。銭湯に通った。
「竹の湯に行ってたの?」
 誰だったか? 

 頭が混濁している。息子よ、おまえはどうしている? まだ眠り続けているのか? 
 もういい。とうさんと一緒に、行こう。おばあちゃんのところへ。

 もう1度会いたかった。あの娘とやり直せたら……
 あの娘、ああ、あの少年に、あの青年に似ていたな。


  (了)



 最後までお読みいただきありがとうございます。
 
『落日の再会』は、娘(美月)を主役にした小説、『おまえ』のスピンオフ作品です。

『ついのすみか』は、介護現場のエッセイです。ロカさんのヒントをいただいた男性も出てきます。
 
 

落日の再会

落日の再会

  • 小説
  • 短編
  • 青年向け
更新日
登録日
2024-05-31

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  1. ダイエット
  2. 夢のサイズ
  3. 苦難と倹約
  4. 新しい入居者
  5. 回復
  6. 遺品
  7. 息子