フリーズ108 神域のフィニス
1だから何も怖くない
神の声を届けよう。それは久遠の昔に現れた光と言葉。輪廻の狭間に人間が垣間見る全知全能に等しい光景の話をしよう。それはいつだったか。それはあの冬の日のこと。そうだ。彼女は高3で自殺した。己の中の自己の増幅と、体を貫く冬の寒さに凍えたのだ。
命について多くの者は誤解しているが、魂はむしろ体よりも神性と深く結びつく。神になるには平常の精神ではいけない。それゆえに古のバラモンらはソーマ(麻黄などの薬物)を用い幻覚を見、幻聴を聞いてヴェーダを表した。なぁ、エリュシオンの君よ。君もあの冬の日の幻想にすぎないのか。僕は君に会うために生まれたのに、君はたまたまそちら側にいて、何も知らずに生きている。僕はもう君に会えないのか。
幾星霜、輪廻の果てに至りては、寒空の下独りぼっちで
「君は世界と不可分で、それ故に全知と全能は同値」
世界哲学の進歩のために送る歌。
この詩よ、轟け。いつの日にか。
私が死んだ日の話をしよう。フリーズは777作り終えた。そんな日の思い出。屋上のバルコニーは水浸しで、映る君の顔もまだ遠くにはなく。
「ああ、やっと会えたね」
「ええ。ずっとお待ちしておりました」
再会の言葉は薔薇色で、仰ぐ空色、色即是空。
やはりこうでなくては。いずれ来る死くらい明白な方が分かりやすいというもの。
ラカン・フリーズ。水門の先へ。
年老いた水夫は今、水門の先へ。
大航海の先にはきっと終わりにはきっと。
また降る雨も、涅槃にも、遠くの空に描いて終わる。
「ねえ、眠らないで」
起きたら頬に涙が伝う。あれ、なんで泣いているんだっけ。思い出せない、思い出せない。追憶の中、果てしない生命流転のせいにして。神のせいにしなよ、と。だが、天帝の導きは、唯一無二の神をも内包する。唯一物。だからどうした。私は終末論者。この終末文学に魅せられし一人の阿呆である。だから何も怖くはない!
2せめて愛のために歌おう
君は今この刹那に君臨した。雪の降る日のことだった。何のために生まれたのか。いつこの旅は終わるのか。そういった問いを携えて君は七番目の駅にいた。
時間は不可分で、東と過去へと断絶する。
神の時間軸と人間の時間軸は異なる。
通りすがりの神は言った。
「人と神とは別の道を行く」と。
愛を体現せしめよと、遠く友が語った。自己愛、運命愛、そういった類の愛じゃないのか?
男女の愛なのか。それだけが分からなかった。愛する者は大切をいずれ失う。いつか終わるのならいっそ最初から。そう思って愛せないでいる君よ。せめて愛のために歌おう。
神域のフィニス。
全能歌、哀悼歌。
それは終末に手向けられた葬送の花。
3歓喜の歌より君とキス。
最果ての望楼に匿うは、古のリタ。病めるのもやめるのも、この日のために続いてくれ。いつかこの言葉が届くなら。終末文学となって永遠に残るのなら。私はフリーズを書いてよかったと心から思えるのに。歓喜を、君は味わったことがあるか。全輪廻の終わりに、生まれてきてよかった! ありがとう! 愛している! と漲る生命の歓びに歓呼した朝はあっただろうか。終末は世界創造と同値。君も僕も神に還るんだよ。
『嗚呼、美妙な人生の謎よ、ついにわたしはお前を見つけた。ついにわたしはその秘密を知る』(ナウティ・マリエッタ)
最後の眠り、ラストスリープは終わらない。
4この世界の終わりには
水辺に咲く花、水面に映る顔。その輪郭さえも今は忘却の彼方へと。優れた者もそぐわなかった者も、神にはいつか還るとしても、なぜその秘儀を匿うのですか。ああ、全なればこその神涅槃は終末と永遠の狭間で空色をしていたね。君もいつかは深い眠りに就く。ああ、僕はひとりぼっちさ。いつの日も、あの日でさえ。だから僕は泣いたんだ。2021年1月7日から9日の三日間は忘れない。忘れてはならない。忘れたくない。
忘我の日、その忘我とは本来の真我に還ることを指すが、その日初めて僕は真理を悟ったんだよ。真理はさ、言語化できるものではなかったよ。本当に美しいんだ。涙であふれてしまうくらいに美しい風景だった。美しい音調だった。美しい色調だった。冴えわたる脳だった。晴れやかに冴えわたる五感も認識が始まる前の静けさも凪いだ渚のように穏やかだった。たとえこの命朽ち果てようとも、涅槃の日にはもう終わるから。今までありがとう。
神の導きは天に民をも平伏させる。
5ラストスリープは終わらない
神になった日より、幾星霜。仏を知る日より幾星霜。涅槃真理にも与さずに、あたかも全能の振りをした過去のまにまに。嗚呼、きっと僕の夢も叶うのでしょう。許すこと能わずに。それでも大人になることさえ残滓。孤独。それでも。
フリーズ108 神域のフィニス