ついのすみか Ⅵ-2

ついのすみか Ⅵ-2

またまた新年度

 4月に大幅に異動があった。前々からユニットの雰囲気が悪く、パートが上に苦情を言った結果らしい。
 ここ何年か、その職員が原因で辞めていくパートや、育てた新人が異動していったりした。
 もう、2時間勤務の私でさえ、その職員の時は気が重かった。話しかけても返事がない。
 耳が遠いの? と思うくらい。
「私、なにかしました?」
と、聞こうと思ったくらい。

 入居者に対しても、虐待防止のアンケートに、見たこと聞いたことがあります、に丸を付けざるを得ない。
 しかし、彼女のほうももうすぐ辞めて行くらしい。介護施設は次々できるし、長くいる職員は少ない。条件の良いところへ移っていく。

 この8年で、エッセイに登場した、トネリコさん、カリンさん、ミモザさん、クスノキさん、ネコヤナギさん、ヒイラギさん、ハマナスさん、ツルマサキさん、ヤドリギさん、ナツメさん、リンドウさん、ホオズキさん、ゲッケイジュさん、カイドウさんにお迎えが来た。仮名を付けていない方にも。
 つい先日は、叫ぶハジカミさんが亡くなった。
 入居当時はずうっと叫び、手をテーブルに叩きつけ、足浴のときには足をタイルに打ち付けていた。
 食べられなくなり看取り状態だった。もう、亡くなっても話題にはならない。以前は葬儀に出る職員もいたが、そういうお知らせもない。
 すでに新しい入居者は決まっている。

 ここしばらく、話す入居者も少なかったユニットだが、3ヶ月で3人入れ替わり、にぎやかになった。食事も粥ではなく副菜も刻まなくてすむ。
 朝、私がドアを開けた途端に、おはようございます、と元気な声が。
「おはようございます。先生」
 きれいな通る大声。寝ているとき以外は喋っている。元バスガイドさん。
「先生、先生、トイレ行きたいんです……」
 行ってきたばかり。
 私はもう間接業務なので排泄はできない。それを耳元で話す。職員は次々起こしているので、無理!
「もう少し待てます?」
「はいっ」
と、いい返事。しかし、すぐに、
「先生、先生、トイレ……」
 聞こえないふりをしてしまう。
 すると、隣の席のシャクヤクさんが、私を探し教えにきてくれる。
「あの人が、トイレ行きたいそうです」
 歩いてくるからびっくり。何度も転んでいるのだ。

 ボタンさんは、かなりしっかりしている。食前薬があるので、自分から職員に催促する。飲んで30分たたないと食事ができない。職員が忘れると、皆が食べている中、お預けを食う。
 ボタンさんは部屋もタンスの中もきれいにしている。髪もきちんと梳かしている。
 
 この方は糖尿病で、痩せているが塩分制限している。
 ご自分でインシュリンを打っている。
 入居の時は驚いた。インシュリンの説明のファイルが置いてあった。

 男性はポプラさんひとりになってしまった。相変わらずストイックだ。毎日廊下で体操している。転んだら、と思うと怖い。
 図書館に本を借りに行く。付き添える職員の余裕はないので、もっと頻繁に行きたいらしいが。
 外出すれば居室対応3日間。話すのは職員とだけ。ほぼひとりの時間。
 だから、出てきてしまう人もいる。
 93歳なのに、親戚の葬式に行ってきたコデマリさん。居眠りが多くなった。元気だけど。相変わらず好奇心旺盛で職員に煙たがられている。
 まだまだコロナは施設では収まっていない。3度かかった職員もいる。
 コデマリさんは情報を知るのが早い。誰に聞くのか、聞き出すのが上手だ。
「あの人、コロナにかかったんですって? まあ、大変ねえ」
 一緒に働いているのに、私はよく移らないものだ。いや、症状が出ないだけですでに罹ったのかも。
 
 暑くなりマスクが辛くなってきた。顔を隠せるのはいけれど。
 若い新人の女性はそれでもきちんとアイメイクをして、きれいだ。来るのは遅いが。時間ギリギリだが、早く来い、とは言ってはいけないらしい。
 夫のバイト先も15分以上前にタイムカードを押してはいけないそうだ。 
 異動になった彼女は早かった。30分前には動いてた。そうしなければ終わらないから、と。

ついのすみか Ⅵ-2

ついのすみか Ⅵ-2

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-05-05

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