掌編集 18

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171 生き延びるために

 雨上がりのウォーキング。
 いつもどおりの川沿いのコース。
 道路を渡ると、そこからは舗装されていない地面。いつもなら柔らかくて歩きやすいのだけど……
 こんなのは初めて。

 どうしよう? 
 この先ずっと続く……
 戻ろうか?
 戻れば8千歩にならないから遠回りしなければ。
 私は気をつけて、⚪︎⚪︎⚪︎を踏まないように歩き続けた。


✳︎

 
 ミミズは土の中に生活する環形動物です。雨が降るとおぼれてしまわないように、半分は土のより深いところに移動し、半分は地上に出て雨に流されて新しい土地に住み着く。という戦略で太古から生き残ったそうです。
 雨の後、コンクリートで干からびているのは後者のほうだと思われます。
 雨のたびに半分が流されてしまうならば、全部地下にもぐってしまえばいいと思うのですが、冠水した状態が長く続くと窒息して全滅するのを防ぐために、地上に出るグループが存在するといわれています。(quoraより)

172 悲しいひとりごと

 夜中目が覚めると、携帯で執筆したり投稿したりしている。
 この間、大変なことに気がついた。なにげなく過去作を見ていたら、
「あれ」
と声が出た。
 独り言。
 連載ものが消えていた。

 なんだかんだたくさん投稿しているので、目当てのものを探すのは大変なのだ。何度も確認したけど、ない。


 執筆はほとんど夜中にしている。ときどき、そのまま眠りに落ちている。
 だから? 削除してしまった? 
 削除するには二段階。
 別のものと間違えて削除してしまったのだろうか?

「ない、ない」
 悲痛な独り言。
「そんなバカな。そんなにバカかも。もう信用しちゃダメ」
 
 もう、夜中に作品見るのはやめよう。
 と思ったけど、目が覚めて続きを打っている。

 20話くらいあったかもしれない。
 投稿するのにどれだけ時間がかかったか?
 調べて読み直して……

 ショックだったけどしかたない。
 それに、ショックだったけど歳を取ると、忘れるのも早いわ。
 嫌なことはさっさと忘れる。
 あ〜あ、コピーしておけばよかった。

 仕事でも、忙しい時、口に出してしまう。それは歳とともに増えていく。
「モクレンさん、ペースト食からソフト食に変更」
「塩分制限は味噌汁半分」
 若い男性の職員には謝っておく。
「口に出さないと、間違えちゃうの」
 
 家では浴槽に湯を入れている時(自動で止まらない)は、廊下の電気もつけておく。
「お風呂、お風呂、お風呂」
と、呪文のようにとなえる。
 それでも忘れたり、栓をするのを忘れていたり。

173 みんないっしょに

 何年か前、住んでいるマンションで男性の孤独死があった。続かなかった愛の終わり。妻と子どもは出て行った。
 隣近所の付き合いがないから、それさえ知らない人もいるだろう。数日臭気がひどかった。
 私はネットで調べた。特殊清掃やひどい遺体の状態。それ以来、死んでも焼いてもらわなきゃ……死んで終わりではない。焼いてもらわなきゃ、と思うようになった。

 お墓……我が家にはまだ墓がない。姉は、両親の墓に入ることができるらしい。義兄も共に。私は無理だろうか? 物理的にも。

 長男が小学校1年のとき、友達ができた。お寺の息子さん。大きなお寺さんの長男。跡取り息子。
 体格が良く勉強もできた。長女は乗馬を習っているという噂。馬も買ってあげたとか。
 なぜうちの息子のような自然児と仲良くなったのか?
 誕生日会に呼んだ。得意の手作りケーキにあとは質素なものだ。彼は、当時我が家にはなかったファミコンをプレゼントに持ってきた。当時もその後もなかったものだが。
 息子が話したのだろう。買ってもらえない、と。 
 もちろん受け取れず、私はお寺までファミコンを返しに行った。出てきたのはおばあちゃんだった。夫婦は留守だった。もらってください、と言うのを断り返してきた。

 お寺の息子とは仲が良かった。どろんこになって遊んできたので、息子の服を貸した。小さすぎたが。
 後日、おかあさんがお礼に来た。洗濯した服と菓子折りを持って。忙しいのだろう。高級車で来てすぐに帰っていった。きれいな黄色のスーツ姿だった。

 彼は中学は私立に行き、付き合いはなくなった。寺の跡を継ぐのだろう。
 その寺からは電話が来たことがある。お墓を買いませんか? と。分厚い資料がポストに入っていたこともある。高額だ。

 施設のスタッフのおかあさんが亡くなった。お墓のことを尋ねると、高くて……後々のことを考えたら……いらない。散骨する、と言う。
 散骨……興味があるので少し聞いた。お骨はすでに粉骨してある。もう、お椀くらいの小さな容器に収まっている。
 海に散骨する。その日の天気でダメになる場合もあるらしいが。

 散骨か? ちょうどいい。息子は船に乗っている。遊漁船。ついでにササっとやってもらおうか? 
 夫は田舎に帰りたがっているから山にしようか? 山は所有所がいるからダメらしい。では川は? よく魚を獲りに行った川? そんな話を夫としていたら、
「ゴミで捨ててもいいよ」

 夫は若い時に指を切った。仕事で指先をほんの数ミリ切り落とした。痛い思いをした。特に不自由はなさそうだが。それでも労災でいくらか金が下りた。
 ある日、銀行から電話がきた。○○万円振り込みました……
 聞いてないんですけど。私に内緒にしておく気か? お金に苦労していた時代。妻に内緒にして夫はいったい何に使うのだろうか? 

 夫はすでに決めていた。田舎の墓をきれいにしようと。すでに両親は亡くなっていた。田舎の墓は広いが墓石は立派ではなかった。
 先祖代々……よくわからない。それを整理してきれいにした。妹たちには内緒だ。上の兄貴がやったということにして……
 妻は口を挟めなかった。
 
 父は母が亡くなった時に墓を買った。私たちの後は、子どもや孫は管理してくれるだろうか? 
 全員まとめて入れるなら、すべて粉骨にして、コンパクトにして仲良く……

174 水切り……なに?

 雨女です。
 昨年の九州旅行は雨。線状降水帯。
 東北の久々の帰郷も墓参りも雨。
 その前の松島も大雨。

 思えば雨の旅行が多かった。
 雨のゴルフが多かった。
 だから、予約するのは3日前。平日だから空いている。

 予報では、晴れ、晴れ、晴れ、天気予報はずっと晴れ。
 晴れが続けば打球は飛ばなくても、跳ねる。転がる。
 方向定まらなくてカート道になんか行けば、弾んで弾んで、ここまで来たのね、と思うくらい転がってくれる。
 
 なのにゴルフ場に着く前に降り出す雨。
 やっぱりね。
 天気予報なんて信じてないからカッパは持ってきてある。

 さて、下手なのに、雨に降られるとどうなるでしょう?

 天に見放されて、やる気なくして、力抜けて、
 スカーン!
 そうだよ。そうやって打つんだ!

 ありえないドライバーショット。
 見た? 見た? あれが実力なのよ。レッスンの通り。
 俄然やる気出して、雨の中を張り切り走る。
 次は力入りすぎて、あ〜あ。

 雨は降ったり止んだり。
 あ〜あ。あ〜あが続く。
 ショートホールは池越え。逃れようがない、目の前の大きな池。吸い込まれるように落ちていく……

 ところが、奇跡の水切りショット。
 水上を跳ねて跳ねて跳ねて、向こうの縁に当たり上に。そこで木に当たってグリーン手前。
 信じられないが本当です。

✳︎

 水切りショットとは、
 ゴルフプレーを行う上で通常では利用しないような曲芸のようなショット。
 ウォーターハザード上で水切りのようにボールが跳ねて対岸まで跳ばすショット。
 ゴルフボール自体の軽さと、素材からくる水への撥水性に加えて回転がかかっているので、水に沈まず、丁度水面を切って飛ぶようにバウンドして、飛んでいくことからその名がついている。

 通常のショットとみなされ、水切りショットはペナルティ対象とはならない。しかし、ボールに非常に高回転をかける必要があるので、打とうと思って簡単に打てるショットではない。

 ゴルフプレーにおける水切りショットは、観客の驚きを誘うスーパーショットで、プロトーナメントでも、エキシビション的に利用される。
 しかし実際には高い技術を要求され、天候でコンディションに左右され失敗し安い。
 即ペナルティとなるリスクショットであるので、基本的には水際に行くようなショットは避けていくことが大事。(jalan.net)

175 しぶとい黒豆

 友人に黒豆をもらった。
 毎年会津の実家から送られてくるのだそうだ。
 食べきれないから、去年のをくれた。
 いや、もっと前のかも。だって……

 レシピを見て、豆を戻した。煮はじめたのは夕飯の後。3時間煮ても寝る前には終わるはず。

 ところが、煮ても煮ても柔らかくならない。
 レシピ通りだ。砂糖はまだ入れてない。
 なぜ? どうして?

 きっと、古い豆なんだ。
 普通、友達には、新しい方を寄こさないか?
 煮ても煮ても柔らかくならない。しぶとい黒豆。

 失敗だ。もう、捨ててしまおうか。
 でも、それももったいないし……

 時間は過ぎる。もう、火にかけたまま風呂に入った。
 出てきて食べてもまだ固い。
 もう付き合っていられない。怒りで眠ることもできない。
 友達にこんな豆、寄こすなんて。
 
 もう、砂糖を入れた。
 砂糖を入れると、柔らかくはならないかも。
 
 もう、ダメなら捨ててやる。

 煮初めて6時間も過ぎたころ、食べてびっくり。柔らかいような、固いような。ねっとりとした感触。

 ああ、黒豆だ。あの歯ごたえ。
 今まで食べた中であれほどおいしかった黒豆はない。
 山ほど煮たけど皆食べた。市販のだと少量でも残るのに。
 
 その後、褒めに褒めたけど、2度と豆をもらうことはなかった。 
 

176 好きだった

 中学1年のときに隣になったIくん。隣の席になったのは出席番号が同じだったから。
 すぐに好きになった。男のくせにおしゃべりで、よく話しかけてきた。
 I君は野球部に入り髪を短くしてきた。恥ずかしそうにしていたが、かわいかった。

 I君はよく休んだ。休むと私は1日がつまらなかった。同じ小学校からきた女子が教えた。
 おとうさんがいない。

 図書館で偶然会ったことがある。私は友人とふたり。I君も知らない男子と一緒だった。
「Iの好きな女」
と、話しているのが聞こえ嬉しかった。

 I君はよく休んだ。誰もなにも聞かない。先生もなにも言わない。私も、なにも聞けなかった。

 I君は消えた。クラスから消えてしまった。I君の存在さえ、覚えていない生徒もいたのではないか?
 覚えているのは私だけ。
 半世紀が過ぎても覚えている。

 I君になにが起きたのか?
 先生はなにも言わなかった。誰も聞かなかった。

 寂しかったが、どうすることもできず、せず3年が過ぎた。その間、好きな子もできた。I君のことは時々思い出した。誰に聞いても覚えていなかった。

 卒業間近、他のクラスに転入生が来た。
 それがI君だった。
 私は廊下でI君を見た。ずっと見ていた。
 I君は私を見て、思い出したのかはわからない。ふたりの距離は縮まらなかった。

 卒業式にI君の名も呼ばれた。私は壇上で証書を受け取るI君を見ていた。
 それが最後だ。
 現実はドラマのようにはいかない。
 卒業アルバムには載っていなかった。
 
 それでも、初恋はI君だった。中学1年の数日間は楽しかった。
 半世紀以上が過ぎ、I君の名前を検索してみた。
 伊藤忠男? 忠夫? どっちだったか?
 どこで、どうしていますか?
 

177 噂話

 30年前、次女が重い心臓病だろうと診断され大学病院で手術することになった。
 
 夫は治療費と葬式の心配をした。子どもの医療費はまだ無料ではなかった時代。
 母はいざとなると強い。マンションを売ればいい。借金は残るだろうが。たくさん残るだろうが。

 ところが、治療費はタダだった。書類をいただき、保健所へ手続きに行った。封はされていなかったので見てしまった。手術代400万円。それが無料に!
 だから、私は健康保険はいくら高くても文句は言えない。

 手術前はICUで昼夜10分の面会しかできなかった。昼の面会の後、夜の10分の面会まで6時間ロビーで待つ。
 そういう親が何人もいた。成功率は調べたら90パーセント。でもこの子にとっては0パーセントかもしれない。

 台の上にカエルの置物があった。大きな緑色をしたやつが。それを何人かが撫でていた。
 撫でると、無事帰れるらしい。
 そういうことは信じるほうではなかったが、藁をもつかむ思い。渾身の想いを込めて毎日撫でた。
 そしてふたりの子どもの待つ我が家へ帰った。往復3時間。毎日。

 夫は酒を飲むと弱気になった。この男はいつでも最悪を考える。
「手術しないでこのまま死なせてやりたい」
 母親は前しか向いていないのに……母は気丈だったが、弱みは髪に出た。まだ30歳過ぎたばかりなのに白髪が。

 手術の日、生後5ヶ月の次女はワゴンのような物に乗せられエレベーターで降りていった。見送りはエレベーターまで。娘はキョロキョロしていた。
 夫と私はずっとロビーで待った。10時間くらいかかったのではないだろうか? 

 手術が成功すると、回復は早かった。術後は何かあればすぐに駆けつけられる近くの旅館に泊まった。
 回復は早かった。体に付いた管がどんどん外されていく。近くの汚い旅館には1泊するだけですんだ。
 
 全国から子どもが集まってくる病院だった。大勢の子どもが手術の順番を待っていた。
 娘は待てない病気だったので手術も早かった。動脈と静脈が逆になっていた。全身に血液がいかない。肺と心臓の往復で肺が3倍くらい肥大していた。

 そんな説明を執刀する外科医から受けた。小さな部屋で。
 日本で⚪︎本の指に入るという心臓外科医と私と夫の3人だけ。

 待てない病気だから手術の順番を待つこともなかった。術後に周りの親たちに聞いた。
 執刀医には説明のときに、お礼を包むらしい。
 順番が回ってこないときは、お金を渡すと早くしてくれるらしい……
 嘘かほんとか、ほんとか嘘か?

 すでに手術を終えたあとで良かった。まさか、お礼の有無で手を抜くわけにもいかないだろう。
 まさか、お礼のない子は雑に切ったり縫ったり、とか?
 すごーくきれいな傷跡の子がいたけど、まさか、ね。

178 チャングムの秘密

『宮廷女官チャングムの誓い』は、前半では料理人だったチャングムが、後半では医女になり、王様の主治医にまで上り詰める、という話。

 医術の腕はまるで華佗の如し。

 実は、後半のチャングムには、華佗が乗り移ったのです。

 華佗は中国三国志の時代に諸国の病人を治癒させた伝説的な名医。麻酔を使った開腹手術や鍼治療など、正史に残る医学知識と技術は、3世紀のものとは思えぬ驚くべきものばかりだ。
 華佗は曹操の命令を聞かず怒りを買い拷問を受け殺された、と思われているが……

 転生は苦手なのだが、雷でも落ちて、とにかく華佗はチャングムに乗り移った。


【お題】 天才医師には秘密がある
 

179 信長には……

 16世紀中期の朝鮮時代。
 王の主治医となり「心医」「天才医師」と呼ばれ敬われた名医ホ・ジュン。
 のちに世界遺産となる『東医宝鑑』を完成させ,東洋医学に大きな影響を与えた名医ホ・ジュンには秘密があった。

 以前にも投稿したのですが……

 ホ・ジュンは実は、織田信長の双子の弟だった。
 当時双子は不吉な存在として忌み嫌われていたため、先に生まれた男の子は名前も付けられず、こっそり葬られることになった。

 不憫に思った家来が自分の子として育てることにした。ちょうど、妻が産んだ子がすぐに死んでしまったので、入れ替えた。

 しかし、すぐにバレた。家来は妻と赤子を連れ逃げた。朝鮮まで逃げた。

 生活は貧しかったが、3人はひっそり暮らした。

 子どもは、ホ・ジュンと名付けられ、やがて類い稀な医術の才能を発揮した。

 困難を乗り越え、科挙に合格し、やがて王の主治医になり、「東医宝鑑」を編纂した。
 
 信長は何万人も虐殺したが、弟は多くの人を救った。


(韓国ドラマの見過ぎでは?)

【東医宝鑑】
 朝鮮,李朝時代の医書。23編25巻。宣祖の命をうけたホ・ジュンが1597年,朝鮮,中国の医書を集めて編纂に着手し,1613年に刊行した。
 内科、外科、流行病、婦人病、小児病、薬方、鍼灸の各編に分かれ,各病下に処方を付す。朝鮮第一の医書として評価が高く,広く流布した。早く中国,日本にも伝わり,江戸幕府の官版をはじめ,それぞれ多くの版を重ねた。

180 営業時間は 

 日中はほとんど連れがいるので集中できない。
 夜7時を過ぎると、連れは翌朝の仕事のために布団に入る。

 私は隣の和室に入り襖を閉める。
 ようやく自由時間。紅茶を飲みながら読んだり書いたり。
 しばし楽しみ、バスタイム。

 そしてまた執筆。
 でも、自分も早起きなのですぐに眠くなる。 
 時々は、夢うつつで削除してしまうことも。

 夜中目覚めると携帯を見る。夜中読んでくださる方がいて、アクセスが。いつもこの方はこの時間。親近感を感じる。
 
 目が覚めて、頭が冴える。
 ひらめいて、できなかった物語が一気に形になる。うん、傑作かも……
 投稿する。

 それから、よそのサイトを見たりして、戻ってくると反応があったり。なかったり。
 
 でも、朝4時になると、さすがに営業は終わり。少し寝ておかないと、短時間パートとはいえ、仕事に差し障る。

 この時間が1番眠れる。目覚ましが鳴る5時半までぐっすり。寝ぼけ眼で携帯を見る。
 早起きの方がリアクションしてくださった。早起きの方も多いですね。



【お題】 朝4時まで営業

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  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-04-21

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Copyrighted
  1. 171 生き延びるために
  2. 172 悲しいひとりごと
  3. 173 みんないっしょに
  4. 174 水切り……なに?
  5. 175 しぶとい黒豆
  6. 176 好きだった
  7. 177 噂話
  8. 178 チャングムの秘密
  9. 179 信長には……
  10. 180 営業時間は