TOKIの世界譚⑥アヤ編
ロストクロッカー
夏が来た。
セミがかしましく鳴いている。
アヤは汗を拭いながら外に洗濯物を干していた。今日は水分がすべて持っていかれそうな暑い日。
「あっつい……」
手で仰ぎながら部屋の中に戻る。冷蔵庫からアイスキャンディを取り出し、水を入れたたらいを縁側に置いたことを思い出して縁側に向かう。靴下を脱いで庭に置いたたらいに足を浸し、アイスキャンディを頬張る。
「まあ、少しはマシかしら……。暑いけれど」
しかし、今まで自分が大量の洗濯物を干す羽目になるとは思えなかった。いままでずっと、ひとりで暮らしていたのだ。
アヤは両親に全く似ておらず、アヤのことで両親は仲が悪くなり、アヤを虐待していた。
アヤは早々に家を出て、ひとり暮らしだった。
それが……
アヤは庭に干した洗濯物を眺める。男物の服、サイズが合わない服まで様々に干してあった。
「……私はひとりじゃなくなった」
……夕飯を考えなくては。
リカはトマト料理……プラズマは菜食料理で栄次は特にない。
なんだか昔にこんなことをしていたような気がした。
ひとり暮らししか経験していないはずなのに、なぜかこの賑やかさを知っている。
旦那がいて、息子が……。
私の人間最後の記憶はなんだ?
「頭が痛い」
アヤは頭を抑えながら食べ終えたアイスキャンディの棒を縁側に置いた。
「アイス、食べすぎたかしら……」
……氷菓子とかどうかな?
甘いお菓子だよ?
誰かの声が遠くでする。
「……こばると……くん」
アヤは小さくつぶやいた。
「こばると君」
アヤの目から涙が溢れた。
……私が……殺した。
自分の息子、海碧丸(かいへきまる)の生まれ変わり……転生した現代神。
黒髪の男の子。
立花家の髪色で目元は私に似ていた。
最初の彼は人間で私の息子だった。彼は立花家を継ぎ、息子二人、娘二人の四人の子宝に恵まれた。
それから……どうなった?
時代を超えて同じ彼に何回も会って……。
彼は海碧丸の海碧をとり、こばるとと名乗っていた。
時神現代神は常に新しい。
現代の思考を持ち合わせ、適応する。
「いや……違う」
アヤはさらに頭を抑えた。
最初の彼は人間だった。
でも次からは「時神」だった。
そこからこばるとはずっと時神だ。
では、自分はなんなのか。
……あなたはバックアップです。
誰かにいわれた。
……あなたの方が現代神にふさわしい。
「……なんなのよ……」
頭が痛い。
トケイの顔が映った。
言い様のない恐怖にアヤは襲われた。
「誰か……助けて……怖い」
「アヤ? どうした? 大丈夫か?」
頭を抑え、震えているアヤに赤髪の青年、プラズマが駆け寄ってきた。
「プラズマ……怖い」
「……え?」
プラズマが眉を寄せていると、栄次とリカもやってきた。
「アヤ、大丈夫? ど、どうしたの?」
「アヤ……様子がおかしい。何があった?」
栄次がアヤに近づいた刹那、栄次、プラズマ、アヤの瞳が黄色に輝き、一斉に同じ言葉を発した。
「エラーが発生しました」
「え、何?」
リカのみ三人の変わりように戸惑っている。
「ちょっと! プラズマさん! アヤ! 栄次さん!」
リカは固まってしまった三人を揺すった。三人はすぐに意識を取り戻したが、何かおかしかった。
「あれはアヤのせいじゃない!」
「ああ……その通りだ」
プラズマと栄次はアヤに寄り添い、アヤを落ち着かせ始めた。
「ちょっと……なんですか?」
リカは困惑した顔で三人をただ見つめていた。
二話
両親に似ていなかったアヤは家庭を壊すことを恐れ、さっさと家を出た。
実はアヤという名前でもなかった。だが、遠い記憶で自分をアヤと呼ぶ優しげな顔の男女がいたことをぼんやりと思い出したため、アヤと名乗ることにしたのである。
「ネギは買った、にんじん買った、チョコとティッシュ……」
アヤは携帯電話のメモ機能を見つつ、買ったものを確認しながら家へと向かっていた。今は格安のアパートを借り、バイトをしながら学校へ通う日々を送っている。
マイバッグが流行り、アヤもマイバッグで買い物をしている。
アパートの部屋は三階。エレベーターはついていない。
重い買い物バック片手に階段をのぼった先で黒い髪の少年が座り込んでいた。
見た感じ子供だったので、アヤは声をかけた。
「大丈夫? どうしたの?」
「あ、大丈夫……だよ。ただちょっと……」
少年は動揺しながら辺りを見回している。
「あの……」
アヤは少年の状態が虐待されていた頃の自分に似ていると感じた。何かに恐怖を抱いている顔。
誰にも頼れないと諦めている顔。
「だ、大丈夫……」
「うちに……あがる?」
アヤはなんとなくそう声をかけた。少年は顔を歪ませ、涙ぐむと「大丈夫」と答えた。
刹那、銀髪の着物の青年が上から急に飛んできた。
「え?」
アヤは驚き、二、三歩さがる。
「また、きたか……」
少年がそうつぶやき、苦しそうに叫ぶ。
「僕を殺しにきたんだろ!」
「まあ、僕はやりたくはないんですがねぇ……。ヒメちゃんが君の人間時代の歴史を消さないといけなくなるのがかわいそうなんで」
銀髪の青年はそんなことを言うと、少年を雷で多数貫いた後、鉄のように固い水の槍でトドメをさした。少年は光りに包まれて消えていった。
「え……」
アヤは呆然と立ち尽くした。
なんか忘れている気がする。
思い出せない。
「時計は売ってるとつい見ちゃうのよね」
アヤはスーパーの帰りに日用品コーナーで長居をしてしまった。
野菜のついでにスイーツまで買った。
「夕飯作る時間が……」
アヤは歩道を足早に歩く。夕方になってきてしまった。
学校の帰りにスーパーはやはり少し遅くなる。
アパートの部屋は三階。
階段を上がり、ドアの鍵を開ける。
誰もいないので「ただいま」は言わず、そのまま靴を脱いで部屋の電気をつけた。
エコバックを置き、中身を取り出そうとして固まる。視界に誰かが映った。
「きゃあっ……」
アヤは悲鳴を上げた。
アヤの目の前に立っていたのは黒髪の少年だった。
「え、あ……こども? なんでうちに……」
「まあ、それはいいんだけど……僕、ちょっと狙われてて……かくまってほしいんだ」
「どういう状態かわからないのだけれど、はやく警察に保護を……」
アヤがそう言った時、ドアのチャイムが鳴った。少年はアヤの手を引くと、なぜか時計に向かって走り出した。
「ちょっ……」
少年が時計に手をかざすと白い光が溢れ、緑色の電子数字が舞い始める。
アヤは眩しくて目を閉じた。
「ふう……」
少年はため息をついた。
アヤは恐る恐る目を開ける。突然に色々起き、頭がついていかない。
「えー……」
アヤは辺りを見回した。
窓から光が差している。
「光が……? 夕方だったはず」
机の上に昨日置いたはずのスーパーの激安商品のチラシが。
今日、買い物してスーパーのリサイクルゴミ箱に捨てたはずだ。
鳴っていたチャイムはもう止まっている。
「どういう……」
「昨日に行ったんだよ」
少年がそんなことを言った。
「昨日?」
アヤはひきつった顔で少年を見る。
「そう、時計を使えば年代に合わせた時期に飛べるんだ。ここに江戸時代の時計があれば、江戸に飛べる」
「……江戸時代……この辺に江戸の時計あるわよ」
「え?」
「私、時計好きなの。近くに時計博物館があって……」
「そうなの? 行ってもいい? 一緒に来てよ!」
少年は目を輝かせてアヤに言った。
「え? ええ……と、私と?」
アヤは少年の強引さがよくわからなかった。それと同時に何かに巻き込まれるのではという気もしてくる。
「うん、アヤと」
「……なんで、私の名前を?」
「あー、えーと、実は遠い親戚なんだ! 調べて会いに来たんだよ。僕は立花こばると、よろしく!」
少年はこばるとと名乗ると不自然なくらい明るく言ってきた。
「時計博物館、行ってみたいな!」
「……えー、信じられないけれど、今は昨日の朝、十時で……これから時計博物館に行くと?」
「そうそう!」
戸惑うアヤを連れ、こばるとはどこか慌てた様子で玄関のドアを開けた。
玄関のドアを開けた先に銀髪の青年が立っていた。
「……っ!」
「時計を使って昨日に移動したのですかね? この辺周辺を徘徊していれば、君の神力はけっこう簡単に見つかります」
アヤが少年を追い、廊下に出てきた。
アヤが廊下に出てきた時には少年は雷に貫かれ、鉄のように固い水の槍で突き刺されていた。
少年は呻くと白い光りに包まれて消えた。
「あまの……みなかぬし……ミナト……どうしたら……」
少年は最後に謎の言葉を残した。
三話
アヤは自分の親戚だという子供を保護した。名前は立花こばるとと言うらしい。
確かに、前々から知っているような気もする。
彼は時計博物館に行きたがっていた。
「じゃあ、変だけど窓から出よう」
「窓? 玄関から出ましょうよ、ここ三階で……」
「大丈夫。この時計を借りていい?」
こばるとと名乗る少年はアヤの目覚まし時計を手に持った。
「え、なんで……」
アヤが疑問に思ったところでドアチャイムが鳴った。
「はーい……」
アヤが返事をして玄関へ行こうとしたのでこばるとは必死に止めた。
「待って! 僕は逃げているんだよ、きっとあのチャイムは僕を捕まえにきたやつらだ! だから窓から……」
「時計博物館に行く前に警察に……」
「ああっ! もう、いちかばちかで!」
こばるとはアヤの手を引き、窓から飛び降りた。手に持った時計を手放してから落ちていく時計に手をかざす。
「明日に」
時計から白い光が溢れ、アヤも包まれた。
「きゃああっ!」
アヤは突然に窓から落ちたため、悲鳴を上げていた。ここは三階だ。死ぬかもしれない。
しかし、アヤは地面に足をつけていた。
恐る恐る目を開ける。
「あ、あれ……?」
「うまくいった。明日に来れた」
地面に落ちて壊れた時計は砂埃がついていた。
「時計は昨日落ちて壊れたことになってるはずで、今日は明日。今から博物館に……」
こばるとは突然にアヤを連れて走り出した。
「ま、待って! なんなの? 待って!」
アヤはよくわからないまま、こばるとに手を引かれ走る。
「時計博物館ってどこ?」
「え、えー、この道を右に……」
スーパーやファミリー層が住むマンションがある小道をこばるとは右に曲がった。
自然と共存している町並みを駆けて、山の近くまで来ると古めかしい看板に「時計の博物館」と書いてあった。目の前に大きめの屋敷があり、たぶんこれが博物館なのだろう。博物館は外装工事をしたらしく、屋敷は当時のものらしいが今時に変わっている。
「ここ?」
こばるとに尋ねられ、アヤは頷いた。
刹那、風が吹き抜け、こばるとが呻いた。
「もう……来たのか」
こばるとは白い光りに包まれて消え、アヤは腰を抜かして悲鳴を上げた。
こばるとが消えた位置に銀髪の着物の青年がせつなそうに立っていた。
なんで彼は誰かに連れ戻されそうになっていると発言しているのに、博物館に行きたがるのだろう。
アヤはこばるとに手を引かれて走っていた。
なんで、こんなに急いでいるんだろうか。博物館前に来て、アヤは疑問に思っていた。
「ねぇ、警察に……」
「ついた! 入場はいくら?」
「え、えーと……」
「もういいや! 江戸の時計はっ……」
こばるとは最後まで言い終わる前に白い光に包まれて消えた。
晴れているのに不自然な稲妻が辺りに落ちている。彼が消えたところには銀髪の着物の青年がなんとも言えない顔で立っていた。
「江戸の時計はどれ?」
こばるとと言う名前の親戚だと名乗る少年と時計博物館に来たアヤは入場料を支払っているところだった。
彼はなぜか誰かに追われていて、博物館の時計が見たいと言う。親御さんから捜索願がでているのだろうか?
家出してきたのだろうか?
なにもわからないまま、アヤは江戸時代の時計がある場所まで案内する。
「えーと……長年紛失したと思われていた時計の一つが見つかったみたいで……子丑寅卯……ってかいてあるのが……」
アヤは説明するがこばるとは聞いておらず、アヤの手を握り、反対の手を時計にかざした。
「江戸に逃げるっ!」
後ろから稲妻が飛んできたが、こばるとに当たることはなく、稲妻を置き去りにするように白い光が二人を包んでいった。
「やりそこねましたね……」
銀髪の青年が頭を抱えながら立っているのが見えた。
四話
同時期、ある宇宙空間にて。
「……時神の歴史改ざん、完了。立花こばるとの消去のため、ロストクロッカーシステム、起動します」
赤髪の羽織袴の少女は隣にいた黒髪の少年に目を向ける。
「すごいね。あの時の世界改変で覚えたやり方なの? 君、世界改変時に神々の記憶を消す役目だったでしょう? ナオさん」
「ミナトさん、その通りです。それの応用です。神々の記憶を消去し、別の歴史を埋め込む技術です」
「立花こばるとはアヤを連れて江戸に行ったみたいだけど?」
黒髪の少年アマノミナカヌシ、ミナトに歴史神ナオは軽く頷いた。
「彼は逃げられない。ロストクロッカーシステムは参(過去)にいる栄次さん、肆(未来)にいる紅雷王さんにも有効で参に逃げようが肆に逃げようが関係なく、あの二柱も許さないでしょう」
「うーん、僕が見る歴史ではロストクロッカーはアヤだと思われていて、タイムクロッカーはこばるとだと思われているという話になっているようだが」
ミナトは心配そうに尋ねてきた。あまりこの件は好きではないと顔が言っている。
「問題はありません。一度のみ転生をしたこばるとさんとは違い、アヤさんは時神のバックアップ。人に近く、時神の意味を持っていないので常に転生し、新しい。現代神は常に変わりゆく現代を生きるべきです。毎回転生していた方が毎回気持ちも新しい。こばるとさんは感じてきた過去も、これからの未来も考え始め、現代神として機能してません。アヤさんがシステム上、現代神になるのが正しい。それは過去神、未来神共にシステム上、『わかっている』はずです」
ナオの言葉にミナトはため息をついた。
「それはあなたがシステムを変えたからだ。僕は様子見を提案したはず。現代神の定義は難しい。そもそも人間は現代をうまく、くくれない。現代がよくわかっていない。僕は曖昧でもよいのではと思う。人間が決められないのに、人間から生まれた神が人間の理を無視してはいけないかと。だからこばるとはハッキリせず、曖昧なんだろう」
「……いや、この際、ハッキリさせるべきだと感じます。未来、過去はハッキリしてますから」
「僕はわからない。それは歴史神の独断ではないか」
ミナトは眉を寄せる。
ナオはミナトの言葉を聞かず、歴史的に現代をハッキリさせるため一生懸命だった。元々、現代神は存在がハッキリしない。
「現代」のくくりがわからないからだ。そのため、現代神という時神はいなかったのではないかと言われていた。
それが、江戸あたりから存在している。立花こばるとは一度の転生のみで現代神の存在を確立させた。バックアップのアヤは常に転生し、現代という『今』を取り入れ続けているようだ。
ナオはそれに目をつけ、未来や過去を考え始めている曖昧なこばるとをこの際、排除し、常に新しい『今』を持つアヤを現代神にするべきだと考えていたのである。
アマノミナカヌシ、ミナトはそれを危険だと感じていたが、観測が主なミナトは見ているしかなかった。
アヤはこの世界の楔(くさび)でもあり、こばるとが一度の転生で現代神を確立したようにアヤも時神の力を持つ「なにか」として神力を安定させるはずだ。
自分の力に気づいた時……バックアップとしての転生は終わり、こばるとが現代神を継続し、アヤは時神神力を持つ別の神へと移行するはず。
「……世界の予想を裏切った先に何があるのだろうか? 今より幸せな未来があるのだろうか? 紅雷王さんには何が見えてるか」
ミナトは弐の世界を眺めつつ、宇宙空間から壱の動きの観察を始めた。
アヤとこばるとの運命が狂い始める……。
※※
アヤはめまいがする中、目を開けた。目の前を青物売りが走り去り、二本差の侍が歩き……頭にはマゲが。
世界は平坦になり、マンションなどの高いビルはない。長屋が沢山あり、前掛けをした子供達が着物を来た女性らと遊んでいた。
「……え……え?」
アヤは目を疑った。
なんだ、ここは?
まるで江戸時代だ。
「江戸に飛べた。これでアイツに襲われなくて済む。それで……」
こばるとの発言にアヤは顔を青くした。
「え……江戸? 江戸時代?」
「あ、うん。江戸時代だね。過去神が近くにいるかも」
「か、かこしん? な、なにそれ……ほ、本当に江戸なの?」
「そう。ここは参(過去)の世界の江戸。通常はいけないさ」
こばるとは先程から宇宙人と会話をしているかのようにアヤにはわからないことを言う。
「どういうこと……なのよ?」
「まあ、色々あるんだよ。せっかく江戸に来たから、色々見てってよ」
わけがわからないままアヤはこばるとの言葉を聞いていたが、ここがどうやら江戸時代であることは理解した。江戸時代なんて学校の教科書のイラストでしか見ていない。少しだけ感動した。
「本当に江戸……」
辺りを見回していると侍にぶつかってしまった。
「……大丈夫か。前を向いて歩け。それがしは武士ではないが……武家ならば大変だぞ」
「ご、ごめんなさい」
侍は鋭い目でアヤを見た。
アヤは首をすくめ、怖い顔の侍を仰ぐ。ずいぶんと若そうな総髪の青年だったが落ち着きを感じた。
「……お前、時神か」
「え?」
青年に言われたアヤは眉を寄せた。
……時神?
アヤはこばるとに目を向けたが、こばるとがいなかった。
「あ、あれ……こばると君……」
「参の世界に現れたか。いよいよ劣化異種だな」
「な、なに?」
青年はそんなことを悲しげな顔で言うと、刀に手をかけた。
「一瞬で終わらせる故、動かないでくれ」
なんだかいけない雰囲気だと感じたアヤは活気溢れる江戸の人々に隠れながら慌てて走った。
「まずい。なんかまずいわ!」
半泣きで走ると小さな川が流れる長屋の端に出た。
「はあはあ……っ!」
息を上げていたらすぐ横から剣先が見え、アヤは慌てて避けた。
「立ち止まってくれ。俺はやりたくない。女だとは思わなかったな。やりにくい」
「な、何よ……なんなのよ……」
アヤは動揺しながら刀を抜いた青年を見上げた。
「時神現代神。人間と時神の力が混ざっているぞ。今なら時を勝手に渡れ、歴史もある程度動かせるだろう。このように」
青年がそう言った刹那、江戸の町が急に火に包まれた。人々の悲鳴が聞こえ、必死の取り壊し作業が行われ始めた。
「襲い来るそれがしや、未来神を殺すつもりか? これは天明の大火だ。この時代でもこの場所でもない。歴史を動かし大火を持ってきたな。人の時間を守るそれがしらが人を殺して良いわけはない。今すぐやめろ。歴史を元に戻せ、今だ」
「な、何言ってるのかわからない……」
アヤは震えながら青年に答えた。本当にわからない。
「ああ……怖いのはよくわかる。現代神はいずれ『終わりが来る』。お前はもう、終わりなのだ」
「わからない!」
「人と時神が混ざるお前の過去は見えぬ。だが、新しい時神となるこばるとに席を譲るのだ。時神現代神は『そういうふうにできている』」
「……私は人間! 何を言ってるのよ!」
アヤはわけがわからなくて叫んだ。
「……よくわからぬ。過去見ができぬ。過去見をしてみる……か?」
「……よくわからないわ!」
青年がそう言い、アヤが頭を抱えた時、こばるとが入ってきた。
「アヤ! 行こう!」
こばるとが紙に書かれた『現代の時計』をかざすとアヤは白い光に包まれて消えた。
青年、白金栄次は刀を鞘にしまい、切なげに空を見上げた。
火事はなくなっていた。まるでなにもなかったかのように人々は歩いている。
「やはりそれがしは刀を向けられぬ。現代神はそういう風に本当にできていたか? 疑問が残る」
栄次は着物を翻すと去って行った。
TOKIの世界譚⑥アヤ編