教祖様

同棲

同棲

令和2年

「もう入院するとでけんばい」私、37歳は福岡県にある七里ヶ浜精神病院での半年間の入院生活を経て退院した。迎えに親父が車でやって来た。今回の入院は長かった。半年前の出来事が思考に浮かんできた。電子部品会社への入社初日のハプニングだった。周りは女性ばかりの配属先。不満はないはずだ。昼休みになり、妙な気分になり、夕方、ご無沙汰している。精神病院に行ってみるかと思い始めた。これまでに、22歳で統合失調症を、発病して、3度の激しい陽性症状に襲われて3度。精神病院の独房室にぶちこめられた。入院すると、被害妄想から突然に脱出する。そして、一カ月で退院して。次の日から通院も薬の服用もしない。これがいけないのかは、理解できないが。三度の入院も、精神病だと言う自覚は無いに等しい。無論。仕事は。病気はクローズだ。家に帰ると、翌日には、求人案内を片手に仕事を探す。通勤距離は、1時間かかるが、給料20万と書いてある。私は、早速応募して、即決で決めてきた。入社初日。私は、同期入社でやって来た。荻野真子21歳にビビっときた。しかし、部署が違う。昼休みになると。真子は独身野郎が皆んな。目をつけているのを感じた。この工場の女性人は高齢のおばさんがメインだ。プラスチック容器を作っている。単純作業の黙々、コツコツ作業だ。休み時間になると、おばさん達が。今度入って来た。派遣の娘は、独身だよと煽ってくる。そんな日が、3週間続いた。そして、好奇心旺盛なおばさん達は。私に、今日は、会社終わったら、荻野さんは近くの歯医者に行くよと教えてくれる。私は即、歯医者に出向くと、いきなり受け付けの女性が、今、荻野さん、中にいますよと呟いてくる。妙だな。この女性は今日きたのに、何故、知ってるのか。オバサン達の会話が漏れていたのだろう。天は私を味方にしてくれた。その日、すれ違いで、顔を合わす事はなかった。数日後、仕事が終わり、喫茶店で珈琲を頂いてると、窓越しに、荻野真子の乗った愛車が、スーパーの駐車場に侵入してくるのが見えた。急いで会計を済ませて、真子を捕まえに走った。スーパーの入り口に入った途端。天から声が聞こえてきた。
「真子」
私は咄嗟に座り込み、倒れてしまった。近くにいた。真子の視界にいた。真子は。会社の人だと、直ぐ、そばにやって来た。そして。
「どうしたの」と聞いてきた。私は、天から声が聞こえてきて。救急車を呼んでくれと頼むと、真子は私が連れて行くわ、どこの病院と聞いてきた。咄嗟に七里ヶ浜精神病院と伝える。間を与えずに話したのが、幸いした。じゃ車に乗ってと、真子の助手席に座る。これがふたりの出逢いである。
私は福岡市郊外で実家に住んでいる。真子は、マンションを借りている。家賃五万。真子は、短期大学卒業で就職しなかったらしい。とりあえず、派遣会社で働いてる。真子とは、18歳の年齢差がある。妙に気が合う。試しに。一緒に住む。家賃は全額払うよと言ったら。シェアハウスと、言ってきて、ひとつ返事でいいよとなった。私は。もしや。怪しい女性かもしれない。暫く様子を見る事にした。それに、精神病院に出入りしてるのに、気安い女性である。とにかく、工場に勤めながら同棲が始まった。私はとにかく、いつでも、逃げれる様に鞄ひとつで居候から始めた。一カ月経ち。真子は遊び人所か、真面目な超がつく真面目な女性だった。今時、こんな女性もいるんだ。もちろん、私も。身体を触ったりはしない。大胆なのは、真子の方だ。バスタオル一枚で部屋の中で私の前をウロウロする。私はいつも、視線だけは釘付けだ。それに対して文句は言わない。
私は。職安に行ってきて。自動車工場の求人を持って帰って、真子に相談した。すると、真子もボーナス四カ月に興味を持ったみたいだ。女性も募集している。生産管理と書いてある。真子は一緒に働きたいと言う。私は。精神病院に四度入院してるが、一ヶ月の入院で履歴書には、書く必要がない。健常者と一緒だ。仕事には自信がある。夜勤も二交代もやってきた。それに、障害者手帳も持ってない。ただ、精神の病を背負ってるだけだ。今の世の中。病気をオーブンにして働くなんで、常識外れだ。問題は、真子と住所が一緒だ。とにかく。ふたりの関係は親戚とした。私と真子は。一緒に面接に伺った。工場は、マサキ製作所。車のエンジン部品や外観部品の塗装、組み立てをやってるらしい。某大企業の下請けだ。私は、30代後半だ。一応の年齢制限は、工場は35が暗黙の了解だ。この工場の平均年齢も27である。真子は、チャーミングだし。私の影武者にしようと考える。面接官の意表をつく思案だ。案の定。真子は正社員採用。私は転職歴の多さから。三カ月の試用期間となる。面接をした工場長は、工場の門を広く開けています。でも、中に入ったら、大変ですよと付け加えた。入社までは、あと三日ある。真子が尋ねてきた。
「龍太郎さん。精神科にちゃんと通院してよ。私。調べたら、この病気は再発しかねないから、定期的な服用と通院が必要だと書いてあったわ。じゃないと、マンション出て行ってね」と。真子は私の薬袋を取って。ちゃんと一週間分、私が仕分けしますと。私の薬の服用を管理する約束をした。そして、小指で誓った。すると、真子がまた、質問した。
「暴力とか喚いたりもするのですか」私は。「冗談じゃない。病気はおとなしいものだ。思考の中で妄想するだけ。他人に危害は加えた事はない」と断言した。真子は私の病気を不思議そうに問い詰める。私はなんで真子と一緒に住んでるのかが不思議だ。真子に聞いてみた。
「真子は。お母さんは実の母親だが、お父さんは、3人目で。皆んな病死なんだそうだ」それ以上は聞かないでいた。明日は土曜日。診察の日だ。真子はついてくると言う。仕方なくふたりで精神科に向かった。病院につくと、皆んな。びっくりしてる様だ。何せ、18歳も年齢差のある彼女を連れてきている。主治医は、75歳を超えている。あまり、とやかく、説教もしないでくれた。とかく、皆んなには。彼女ですと伝えた。その夜は、真子の友達と4人で居酒屋だ。真子は、彼氏と紹介した。私は。これは、本音なのだろうか。部屋に帰ってから聞いてみると。意外な答えが返ってきた。
「彼氏でもないのに。一緒に住む分けないでしょ、バカ」私は。こんな出逢いも、あるのかなと妙に納得してしまったのであった。
入社して一カ月。ネットで検索すると、月収16万なんて。安月給の世界。世間ではダメ男のレッテルが貼られている。私は今まで。そうゆう事に無関心であった。都会では格差社会が広がってるが、田舎は、給料水準も半分以下である。工場では三日前から、仕事がないと、一日の大半は敷地内の草むしりをやり始めた。噂によると経営が傾いてるらしい。それに、コロナの影響もある。生産停止もたまにある。女性従業員ものんびりしてる。食堂でぜんざいを作ったらしく、俺達に配ってきた。こりゃ。非正規労働者じゃないが、まだ。試用期間中、正社員じゃない。それに、ボーナス4ヶ月に騙された勘もある。基本給の設定は、5万という安さ。残りの10万は職能給と言う設定だ。大卒と高卒の格差賃金も大きい。来月から、等級制度が導入されて、高卒は一等級。大卒は二等級と言う、階級制度に決定された。そして、トドメの知らせが飛び込んできた。明日の朝。東京の本社から何か話に取締役がやってくるらしい。それは、景気悪化の話題だ。かなり厳しいらしい。夕方、私は課長に呼ばれた。
「済まない。龍太郎君。会社の経営悪化で、正社員に登用の話はなかった事に。今月で解雇を言い渡す」がーん、私は、怒りはしなかった。仕方がない。真子には通告はなかった様だ。部屋に帰ると、真子がビールを買っていた。結婚してもいないのに、なんとも奇妙な日常だ。今日の出来事を真子に告げた。すると、真子が意外な提案を要求してきた。
「龍太郎さん、障害年金制度ってあるの知ってる。申請してみれば、なかなか田舎じゃ、給料も安いし、いつ潰れてもいい会社しかないし」私は考えた。サラリーマンやるには不利だが。フリーランスで働くなら割りのいい話かもしれない。早速、精神科のケースワーカーに相談するも。そう簡単にもらえるものでもないらしい。まずは、仕事には。最低一年半はつけないと言う証明の為に、精神科デイケアで、過ごす事を勧められた。とにかくもう37歳だ。仕事につけても、給料16万の世界。tiktokなどを見ると、底辺の仕事の世界。どうせなら、結婚して生活保護もらったほうが良さそうな世界。真子もまともな働き方をしていない。このふたりに未来は見えないが真実。抜け出すには真子が夜の仕事へ、そして私は、専業主夫。が現実だ。
「龍太郎さんは、才能ってないの。私にはない」私は。過去の病気の話をした。そして、スピリチュアルと言う言葉に触れた事を。半年前に退院した。その時の出来事を語り出すと、真子が気を乗り出してきた。
「幽霊を見たんでしょ。それって才能じゃない」私は。真子をナレーションに動画を作った。真子は、22歳になったばかり、自慢ではないが、百万ボルト、嫌。一億ボルトの雰囲気はある。そして、私は真子をモデルに写真を撮った。インスタグラム、tiktok、YouTube配信に挑む。
私は、とにかく毎日、真子を連れて写真を撮った。私は絵画より勝るのは、女性の顔の芸術だと思う。地球には、男性と女性しかいない。女性は第一に顔だと思う。そして、男性を癒すのはモデルの写真。私は絵画のモデルには興味を持たない。その美しさを表現できるのは、美しかない。自分の文章では、いいねもたかが知れてるが、この真子の芸術はそれなりに、アクセスが増えた。そして、この年齢差18のフィアンセ。スピリチュアルの宣伝効果はこうして出来上がった。真子は。聞いてきた。
「お金にはならないけど、宣伝にはなったね。スピリチュアル業界って面白そうね。年齢差18って、運命の人の基本見たいよ。でも、不倫のいいわけに繋がるから、スピリチュアルを、否定する女性も多いらしいし」ふたりは、2部屋の内の一部屋を、スタジオ風に模様替えを始めた。だいぶ、照明の当てかたも上手くなったようだ。そして、この動画のテーマを思案した。人を見る目は大事だと言う結論。年齢差18の独身者が、身も知らない、相手と同棲生活をする。そう簡単にできることではないが。一昔前の男性や女性には、不可能な事だ。なぜなら、前提に身体の関係と言う意識がある。だから、永遠に、男性と女性の友情は成立するかと言う論争に陥った。セックスをスポーツと捉えるならいい。でも、日本人は、エロと捉える異性が大多数を占める。
「龍太郎さん。霊的能力ないの。その幽霊を見た。話をして」
「数年前。新聞配達をしてた時の話だ。ある病院の坂にやって来た。頂上を見ると、不自然にも横から、人間の乗った。バイクが突然現れた。それも、眩しいライトをめちゃくちゃ照らして、俺は他の販売店だ思った。頂上に来ると、そのバイクが消えた。先は行き止まりで、崖だ」それにしても、あの光景は不自然だった。幻覚にしては。出来すぎている。それも、仕事中の僅かな時間の流れ。それを聞いた。真子は、今、お腹痛いから、手を当ててみて。私は言われた通りに真子のお腹に手を当てた。
「えっ治ったよ。お腹がぐーぐー言ってたのに」私はマジかよと思った。そして、真子は、無造作に、10円玉を宙に投げて。手で掴んでから、私に、表か裏か聞いてきた。私は、表と答えると。なんと表になってる。その時。固定電話の音が鳴り響いた。受話器に向かうと、発信者は、龍太郎と画面に出ている。私のスマホは、テーブルの上にある。誰も手に触れていない。そして、床に、大きな蜘蛛が現れた。ふたりは、30秒間。じっとしている。蜘蛛と睨めっこした。不思議な偶然にふたりはまさか。同時に声を発信した。
「霊的能力」そして。偶然に手のひらを見ると、金色に光ってる。金粉が出ている。本棚に一年前に買って読んだ。一冊の本。ESP科学と言う本。宇宙的パワーが書いてある。六次元パワー。詳しく調べると、ESP科学研究所。石井とある。この創設者は、ある日突然、目を覚ますと、手が勝手に、文字を書き始めたと。その文字は。助け。その人は。不思議な力を感じて。自分の能力で。腹痛とかが。手を当てるだけで治るという現象を目の当たりにして。世界の人々を難病や苦難から救おうと。自分一人で立ち上がったらしい。自分にも。そんな能力が開花したのだろうか。
私は真子の提案で、下益城郡美里町の日本一の石段。3333の階段にやって来た。と言うのも。今朝は、3時33分に目が覚めたのだ。魅力的な数字。ベリー氏によると、3という数字は主要なエンジェルナンバーの1つで、運命や精神的な成長と強い結びつきがあるそう。数字の3を3つ同時に見ることは、大きな意味を持つとのこと。スピリチュアルな人生のスタートを意味するかもしれない」とのこと。真子は、ハーフスリーブシャツにショートパンツ。私は身軽なトレーナー。真子になんで、ここに来たくなったのか尋ねた。「修行」と一言。「さあ登りましょう」私は、百段目で。苦しいと叫ぶが。若い真子は、手を引っ張り、誘導する。2時間かけて登った。
「出逢ってから、もう半年。季節は秋。令和2年もやがて終わる。真子はしきりに動画に写真を撮っている。アピール素材に使うらしい。3時間かけて降りてくると。そして。その足で、阿蘇の白糸の滝に向かった。20mの高さからの水が流れ落ち、夏は避暑に最適で別名「寄姫の滝」とよばれ不思議な伝説がある。
私は、真子の命令で。上半身裸になり、滝に打たれてる。シーンを動画に撮られた。やはり、動画サイトのアピールにするらしい。寒かったけど、何とか耐えた。しかし、暫くして、風邪を引いた。熱が出て動けなくなる。
私の看病をする真子が言うには。私達二人とも、幸せだそうだ。私は真子に甘えてるだけだが。真子は違うと言う。毎日のように、私を見ていて。感じて思う事があるという。それは何か? 私は分からない。
真子は言う。私は今のままで良いと思う。だから無理に変わる必要はない。変わろうとするより。今の自分を認めてあげる事が大切だと思うと。私が風邪を引く前。二人で、阿蘇神社に行った時。おみくじを引いていたら、こんな言葉があった。
『自分の事ばかり考えていてはいけませんよ』
神様がそう言っている気がした。真子は、私の事を考えて、色々としてくれている。だけど、私だって真子の事を考える事が出来るはずだ。そう思って、真子を抱きしめると。彼女は笑顔になった。
今日も私は元気です。真子と一緒なら何も怖くない。

教祖様

教祖様

真子は私を教祖様に仕立て上げる気だ。しかし、動画サイトのアクセスは増えない。最低な二桁。「何でこんなに伸びないんだろ? おかしいよ」
真子も困っているようだ。
「お前が信者を増やさないからだよ!」
私は真子に怒鳴った。すると、彼女はまた私のパソコンの画面を見つめて言った。
「あー、分かった! 信者さんたちに、もっと面白いことすると言っておくね。例えば……」
そう言うと、真子は自分のスマホを手に取った。そして、誰かに電話を掛け始めたのだ。
「もしもし? こんにちは~。ちょっと聞きたいんだけどぉ。『教祖様』っていうのが居たらどう思う?」
いきなりとんでもない質問を始めた真子を、私は唖然と見つめた。彼女の声がスピーカーを通して聞こえてくる。
「えぇっ!? そんなの決まってるじゃん! 超嬉しいよ!! だって、神様みたいなもんじゃない!!」
「へぇ……。じゃあ、その人のことを好きになったりする?」
「当たり前じゃん! むしろ、崇拝するよ!」
「そっかぁ……ありがと。参考になったわ」
真子が会話を終える。一体誰と話したのか分からなかったが、真子の熱の入れようは異常に近い。
まるで、本当に神と話しているような感じだった。
「おい、今の誰と話してたんだよ?」
私が訊ねると、真子は笑顔を浮かべながら答えた。
「芸能界の友達だよ。今度、その子お祈りにくるよ」
「……は?」
「だから、『教祖様』に会いに来るってば」
「いやいや、何考えてんだよ!? 絶対止めろ!!」
「私は真子の一億ボルトの瞳に魅了されてしまう。こうして、私は『教祖様』になってしまったのであった。それはいいが信者が10人前後の世界である。
「芸能界の友達だよ。今度、その子お祈りにくるよ」
「……は?」
「だから、『教祖様』に会いに来るってば」
「いやいや、何考えてんだよ!? 絶対止めろ!!」
「私は真子の一億ボルトの瞳に魅了されてしまう。こうして、私は『教祖様』になってしまったのであった。それはいいが信者が10人前後の世界である。これはこれで寂しい。
私は考えた。どうしたら信者を増やせるのか? そして、思いつく。そうだ、インターネットだ! ネットで宣伝すればいいのだ!! しかし、私にはその知識がない。困ったものだ。でも大丈夫、真子ちゃんなら。スマートフォンがあるじゃない。
早速、スマートフォンからホームページを作ることにした。すると、なんということだろう。スマホから簡単に作れるサイトがあったのだ。そこで作った私のホームページがこれだ。
【この世の真理を教えます】
これではいけないと私は思った。もっとわかりやすくしなくては。そうしてできたのが、こちらです。
【あなたの悩みを解決します】
わかりにくいかもしれない。だけど、これが限界だったんだ。許してくれ。
それからしばらく経ったある日のこと。一人の女の子がやってきた。彼女は言う。
「あのー、ここの相談って、悩み相談ができるんですよね?」
やったぞ。ついに来たか。この時のために、私は日々努力してきたのだ。さあ、どんなお悩みかな?
「はい、できますよ。どんなことでも聞いてください」
「じゃあ……悩みというよりお願いなんですけど」
「はいはい、なんでも言ってください」
「実はわたし、好きな人がいて」
きたきたきたぁああああああああああ!!! 待ってました。こういう展開を待っていましたとも。もう心の準備はできている。どんなお悩みだって受け止めてやるぜ。
「ふむふむ、それで?」「はい、彼はアイドルのマネージャーをしてるんです。それで……」彼女の話をまとめるとこうだ。彼のことが大好きだが、自分は地味な存在なので彼に見向きもされないらしい。だから、自分を変えてみたい。そのための方法を知りたいと言うことなのだ。
なんていじらしく可愛い生き物なんだ。こんな娘がいるとは思わなかった。感動だ。
「う~ん、話はわかったんだけど、具体的なアドバイスはできないなあ」
「えっ、どうしてですか!?」
「君が変われば彼も振り向いてくれるかもしれないけど、結局は君の気持ち次第だし。私が言ったことをやって上手くいくとは限らないよね。それに君は地味なんかじゃないよ。普通にかわいいと思う」
「そんな……。でも、やっぱりあなたに相談したのは間違いだったかもしれません。他の人を当たってみます」
少女が立ち去ろうとするので私は引き止めた。
「ちょっと待ってくれ!」
「はい? まだ何かあるんですか?」
「もちろんだとも。ここで会ったのも何かの縁だ。私にできることがあれば協力するよ」
「本当ですか? ありがとうございます! それじゃあお言葉に甘えて一つだけ質問させてください」
「どんとこい!」
「あなたはどうやって『教祖様』になったんですか?」
「えっ!?」
予想外の質問に私は面食らった。しかし少女の目を見ると、そこには真剣な光が宿っていた。この子は本気で私のことを知りたがっているのだ。ならば答えないわけにはいかないだろう。
「分かった。話そう。私が『教祖様』になるまでの物語」そう言って、この経過を話すと、少女は、とても感動した様子だった。「すてきなお話でした! あなたのお陰で目が覚めた気がします」私は、指導力に長けてるわけでもない、信者が多いわけでもない。大半は、真子のInstagram受けである。何か、目覚めが必要だ。真子に聞いてみた。「何か目覚めたいことないか?」真子は言った。「目覚めるっていうより、もっとすごいことをしたいんだよねー。なんかさぁ、みんなを幸せにしてあげたいんだよね」その瞬間、ひらめいた。そうだ!「いいアイデアがあるぞ!」
「何々!?」
「SNSで世界平和を訴えるんだよ!!」真子は、暫く黙り込んで、行動よ行動力。と言い出した。早速、YouTubeチャンネルを作り、真子自身が世界に向けて発信していくことにした。数週間が経ち。目的は、真子じゃない、龍太郎さんを世に出さなければ。先ずは、真子は龍太郎に街頭演説を進める。私は。選挙でもないのに、街頭演説する意味はあるのか。と思った。すると、真子が、いきなりこんな事を言い出す。「あたし達がやる事はね。ただ、普通に話すんじゃなくて、メッセージを伝えることが大事なの。だから、大勢の中でメッセージを語ろうよ!」そして、数日後に近くの交差点に立った。スピーカー片手に始めた。誰かに訴えてるわけではない。とにかく。「私。教祖様始めました。龍太郎です宜しく」とにかく、教祖様。龍太郎を訴えた。訴えまくった。最初は、全く相手にされなかったが、ある日を境に変化が訪れる。「あれ? あの人どこかで見たような……」それは、真子のブログからであった。真子は、こう言う。「これはチャンスだよ! どんどん広げようよ!」真子は、さらにこう続ける。「あたし達のやってることって、間違ってないと思うんだ。だって、世界中の人が、あたし達と同じ気持ちなんだもん。このまま何もしないなんて勿体無いじゃん!」確かにそうだ。私達は正しい事をしている。この国を変えれるかもしれない。そんな期待を込めて、私たちは路上ライブを始めた。。毎日毎日、歌った。自作曲もアプリを使い自動演奏。すると、少しずつだが、共感してくれる人達が増えてきた。私たちの行動は無駄ではなかった。半年後。ついに総理大臣が変わった。これで日本が変わる。私はそう思った。しかし、世の中は甘くなかった。次の総理もまた、変わらなかった。令和三年八月十日 午前九時五十分
「今度こそ変えてやる」私は、決意を固めていた。その時、「あっ!」思わず声を上げた。なんと、目の前を歩いていた女性が、車に轢かれたのだ。
「危ないっ!」私は女性の元へ駆け寄ろうとした。すると、女性はこちらを向いてニコリと笑った。「大丈夫ですよ。私死んでますから」
「えっ!?」よく見ると女性の体は透けている。
「幽霊……なのか?」「はい」「じゃあ、何故ここにいるんだ?」「分かりません。気付いたらここにいました」「成仏できないのか?」
「いえ。そうではないと思います。ただ、自分が死んだ事に実感がないんです」「そっか……。君はどうしてこの世に未練があるんだ?」「それが分からないんですよ……。気づいたらここにいて、ずっとここにいるんです」「そっか……」私は考えた。この人は本当に死んでいるのだろうか。もし、生きているなら、この人を救ってあげたい。私はそう思い、話しかけた。
「なぁ。君さえ良ければ、私の所へ来ないか?」
「あなたのところですか?」「ああ。ここよりも、もっと良い場所に連れて行ってあげる」「でも、そこがどこだか分からないんですけど……」「それは着けば分かるさ。きっと、楽しいはず」「じゃあ、お言葉に甘えてついて行きます」こうして私は彼女を連れて家に来た。真子が応対に出てきた。俺達は、同棲している。結婚はしていない。教祖さまを目指している。真子は、彼女を家に上げ、リビングへと案内した。彼女は言った。「お邪魔します」私は言った。
「遠慮なく上がってくれ」
「ありがとうございます」
真子は、彼女にお茶を出した。
「どうぞ」いただきます」
一口飲むと、
「おいしいですね」「そう? 良かった」
真子は笑顔で言った。
「自己紹介がまだだったな。俺は龍太郎こっちは真子」
「私は……」
「知ってるよ。佐藤優香さん」「どうして私の事を知ってるの?」「SNSで見てたんだよ」
「そうなんだ」「あなた達のおかげで、世界が変わりつつある。もうすぐ、世界中が幸せになる。そんな気がする」「うん。そうだといいね。でも、まだ足りない。もっと幸せになりたいよ」
真子は、何かを決意したかのように、こう言い出した。「よし。決めた! あたしはもっと頑張るよ!」その時、幽霊の姿が消えた。一期一会の出逢いの意味するものは何だったのか、そして、真子は、世界平和を叶えるため、また動き出した。
平成三年九月二十一日 午後六時四十二分
「ねぇー。今日は何するー?」真子は、いつも通り聞いてきた。「そうだな。たまにはゆっくりするか」
「賛成ー! 最近忙しかったもんねー!」
「そうだな。明日は休みだし、久しぶりにゲームでもしようぜ!」
やがて貯金も底をつきそうだ。真子も私がお金を持ってると思い安心していたが、現実を打ち明けた。真子と出逢って一年。真子は仕事をしながらよくやった。
佐藤優香さんを、SNSで検索すると。小高い山の上にある、正倉院と言うお寺のお嬢様みたいだ。真子は、私に行ってみるとけしかける。幽霊の正体がわかるかもしれぬ。翌日、私はそのお寺に車を走らせた。お寺の門には『真言宗』と書かれてある。駐車場に車を停めて、境内に入ると、奥のほうから住職らしき人が現れた。
「あのう……」
「はい?」
「こちらに、優香さんと言うお嬢様はいらっしゃいますか」
優香は、35歳になるらしい。住職の一人娘だ。二ヶ月前にコロナウイルスに感染して、容態が思わしくないらしい。そこへ。優香がやって来た。3人は同時に声を上げた。優香は夢に出てきた二人だ。そして。二人は。消えた幽霊。住職は。三人の不思議な話を聞いて、一言。
「何かの縁ですか、ここのお寺には、後継者がいません」すると。住職が私の顔を見た。
「失礼ですが。二人の関係は」真子は、ピンと閃いた。結婚を約束した。相手です」住職は、18歳の年齢差に驚く。そして、教祖様の話を伺った。
その日。私は、SNSのサイトで、悟取塾なるものの存在を見つけた。その中にエゴと言うものを解説している。スピリチュアルに興味を持った時に、魂の事が書かれていて。魂の成長にはエゴを手放すと言う事。エゴは太れば太るほど、本質を隠します。すると益々、思考的な答えを求めるようになりますし、エゴが求める刺激とはそういったものです。そこに自覚がないのなら、途中は途中でも停滞に入ります。変化を起こし続けている時こそ輝きが放たれます。私が最も気になるところは、変化し続けているか、変化し続ける在り方をしているかというところで、そこに高い段階も低い段階も関係ないのです。変化を起こし続けていくためには自覚が必要です。思考の中で変化を起こしても、残念ながら、この世の現象の枠の中での話でしかありません。その変化は記憶の中にしかないといっても過言ではありません。なんとなく。理解は出来るが。ちよっと私にはムヅカシイ問題だ。そんな日の、ブログ記事の文章が浮かんだ。地球の人間は、AIを破壊して。戦争や争い事の真っ只中で、地球が滅亡する。そして、アトランティス大陸とかして、滅びる。僅かながら残った人間は、物質しかない、文明で。古代文明を作るしかない。そして、歴史は繰り返されるのかもしれない。今。教祖様の存在は重要なのではないだろうか。私のブログを読んでいた。真子が何か閃いたと考えを述べた。
「周りの人に。教祖様って話をしたら。皆んな、オウム真理教の麻原彰晃を思い浮かべるらしいの。イメージが悪い。この問題を改めないと」と私に提案してきた。街頭演説で。教祖様になりますなどと発言したのは。受け入れられないものが。大半だと言う事実。真子はさらに述べる。
「寅さんよ。渥美清の寅さん」
真子が、提案しますと。私に質問をしてきた。
「スマホで声優募集してるよ。応募して見ない」真子は、私を芸能界に送り込もうとしている。真子には内緒にしていたが、私は、若い頃、テレビカメラマンの助手をやっていたと言う話を始めて語る。
「22歳の時、笑っていいとものカメラADを新宿スタジオアルタでやっていた。僅か半年間勤務。印象に残っているのは、毎日、カメラの色調整の為に、カメラの前に立つのが主な仕事だった。好きな芸能人は小倉優子だ。あの時、放送事故に遭わなければ、今頃は、スタジオアルタのスイッチャーをやってたかもしれない」真子は、じゃ役者目指したら、志村けんも他界したし。真子は私をからかっているのかと思いたくもなる様に。夢の様な話をしてくる。しかし、教祖様と言えば。アイドルの様なものかもしれない。
そう考えると、真子の話にも一理あるような気がする。「うん。でも、うちの教団。変な勧誘とかしないからね」
真子に言われるまでもなく、そんな心配はしていないが。ただ、真子との会話の中で、自分の気持ちが揺れ動いているのを感じる。
教団と言っても、宗教団体ではなくて、あくまで宗教団体風の組織。
信者の数は、現在10人程である。
しかし、教団の収入としては、それ程大きな額ではない。会費千円の一万円だ。これは、教団と言うより趣味だ。教団運営資金は、信者からの寄付で賄っている。信者を増やすしかない。真子は、新聞のチラシを持ってきた。数年前にニートが市議会議員選挙に自費で立候補したらしい。「この人のお兄さん、私のお父さんの秘書をしていたんだ」と真子は言う。その記事の下に小さく写真が載っていた。ただ、選挙演説の写真を見ると、目が死んでいる。これが、本当に当選できるのだろうか? 真子は、その選挙ポスターを指さす。「これ見て。こいつら、この人を馬鹿にしているのよ。こんな顔だから、ニートは立候補できないって」確かにそうだ。選挙ポスターの顔は、無表情で、目が死んだ魚の様に光がない。「何があったか知らないけど。この人は、きっと、自分がニートであることに誇りを持っているんだよ」
いや違うと思うが。ニートであることを自慢するのは、単に恥ずかしいだけだ。「それに、この人、凄く頭いいみたいだよ」
それは嘘だ。この人が頭がいいなら、なぜニートになったのか分からない。真子には悪いが、私は心の中で笑う。
しかし、私が立候補したら、同じく笑い者にされるかもしれない。この男を検索してみると。何と、今年は参議院選挙に宇宙党として出馬するらしい。コメント欄には。宝くじが一千万当たったらしい。私は、こいつは。なにか只者でない気がした。そして、自費出版で本を出している。その表紙には愛妻家のアップ。
そして、その下には。『あなたも私もこの国も地球も幸せになれる』とある。これは一体どういう意味なのか? この国の現状を知っているのだろうか? もし知っているとしたら、こんな呑気なことを書いていて大丈夫なのか? 私はますます興味を持った。翌日、仕事から帰ると、早速ネットで調べてみた。すると、どうやらこの人は。ある宗教団体の幹部らしいことが分かった。そして、その幹部が、最近出した本がベストセラーになっているようだ。
タイトルは。『幸福の秘訣~あなたの人生にも奇跡が起きる!』だった。
私はそれを見て驚いた。題名だけ見ると、いかにも胡散臭い感じだが、内容はそうでもないらしく、その証拠にアマゾンではレビューを見ると好評である。
それによると、この本の著者はある有名な大学教授らしい。そして、彼の研究によると、今の世の中は不幸な人間があまりにも多すぎるというのだ。
確かにそうだと思った。日本だけでなく世界中の国々を見渡しても、幸福そうな人間より不幸そうな人間の方が多いような気がする。しかも、その原因は、お金の問題ではないというのだ。
この人の話だと、人間は生まれた時から既に運勢が決定されているのだという。そして、その運命を変える方法とは、まず自分の魂を知ることから始まる。その方法は、次のように説明されていた。
1 毎日、朝起きた時に、「今日は何をしようかな?」と考える。
2 次に、「自分はどんな人生を歩んできたっけ?」と思い出す。
3 自分が今までやってきたことを思い出して、反省したり後悔したりする。
4 そして、これからの人生でやりたいことは何かを考える。
5 そして、最後に、これからの自分に期待することは何かを考える。
6 それを一日五回繰り返す。
7 これを一週間続けると、不思議なことに、自分の中にあるエネルギーのようなものを感じることができるようになる。
8 そのエネルギーを感じたら、今度はそれを外に出すイメージを持つ。9 それができたら、いよいよ祈りを始める。
10 祈りながら、自分に必要な言葉を思い浮かべる。例えば、『感謝』『希望』『平和』『愛』などなどである。
11 そして、願い事が叶った時の自分を想像しながら祈る。
12 これがポイントです! 13 そして、次の日から、実際に行動を開始するのです。
14
「ああ、神様。ありがとうございます!」と言って、心の底から喜ぶ。
15 そして、また三日ぐらい経ったら同じ事を繰り返す。
16 これを十年間続けた時、あなたは必ず変わることができます。
17 でも、勘違いしないで下さいね。別に宗教に勧誘しているわけではありませんよ。本当に変われるんです。
18 ただし、これを信じない人もいますよね。そういう人のために、この本を書きました。
19 この本は私の体験談であり、私の研究成果でもあるのです。
20 つまり、私の研究の結果、あなたも必ず幸せになれます。
21 だから、皆さん安心してくださいね。
22 そして、この本を読めば、あなたは自分の人生に自信が持てるようになり、きっと幸せになるはずですよ。
23 だって、この本を書いた私が幸せなんだから……。24 皆さんも信じれば絶対になりますよ。本当の幸せ者に……
25 この本を読んで頂いた読者の皆様へ、著者から一言。
26
「人生で大切なものは三つあります。それは『時間』と『勇気』と『笑顔』です」
私は彼の援助を受け立候補する事になった。

しかし、私は彼に一つ条件を出した。それは、彼が書いた本の宣伝文についてだ。彼は、あの本の中で、私達国民一人一人の幸せを願っていると書いている。
しかし、私は彼の本を全く読んでいない。なので、彼の言っていることが正しいかどうか分からない。そこで、本音を聞いてみたいと思ったのだ。
「あのさあ、どうしてあんな本を書いたの? あれじゃ、まるで洗脳じゃない」
「えっ!? そうですか? 僕はただ真実を述べただけですが……」
「いや、だって、あんたの信者はみんな幸福になったんでしょ? それって現実です。幸福の秘訣を実践したら、誰でも幸福になれるんですよ。だったら、あなたも同じでしょう?」
「…………」
「それに、私なんか全然幸福感がないんだけど? それなのに、なんで幸福になれるの?」
「それはですね。まず、あなた自身が自分の魂を知って、それに相応しい生き方をするべきなんです。それで、少しずつ魂のレベルが上がっていくと、自然といいことが起こってくるようになります。これは科学的にも証明されています。
つまり、あなたの魂がレベルアップすれば、それだけいい人生を歩むことができるということです。そして、そのレベルを上げるには、毎日の生活の中で幸福だと感じることが必要になってきます。だから、幸福になるためには、幸福になろうと努力する必要があります。
ところが、ほとんどの人は幸福になることを怠っているのが現状です。そして、幸福にならずに不幸なまま生きている人があまりにも多い。しかし、それではダメです。幸福にならないと。私は、真子と一緒に彼の宣伝カーにのり、幸せを訴えた。路上ライブを始めてから1年目の事だ。

教祖様

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更新日
登録日
2024-04-03

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  1. 同棲
  2. 教祖様