騎士物語 第十二話 ~趣味人~ 第六章 理想を追うサムライと理想を生む芸術家

十二騎士とサムライの戦いの続き。
そして『右腕』が送り込む刺客の最後の一人が登場です。

第六章 理想を追うサムライと理想を生む芸術家

 人間の身体は魔法を使うようにはできていない。だから魔法を使用すると身体に負荷がかかり、度を越えれば死ぬこともある。それでも無理矢理使い続けてそれなりの歴史を積み重ねた結果、人体には存在しないはずの「魔法器官」を持って生まれる者が時折現れるようになった。その器官が魔眼である。
 進化や突然変異など色々な意見が出ているが本当のところは明らかになっておらず、今のところ魔眼がある事によるデメリット――慣れない内は力の暴走などの問題があるが、使い方を理解すればメリットしかない為、多くの者がこれを欲しがっている。
 基本的には先天的なモノであるがその力が覚醒するタイミングは生まれた時とは限らず、過去には四十を過ぎてから発現したケースもある。自分の眼が覚醒前の魔眼なのか普通の眼球なのかを調べる方法はあるが、魔眼そのものにまだまだ未知の部分がある影響で現状の正解率は五割ほど。実質、知る方法は無いと言ってもいいだろう。
 それ故に多く者――特に騎士たちはいつか自分も魔眼の力が覚醒するのではないかと空想し、こんな魔眼だったらいいなと憧れる。

 故に誕生したのが、欲しい魔眼ランキングである。

 このランキングは魔眼の図鑑も兼ねており、年に一度、魔眼研究者たちが編纂し、新たに見つかった魔眼と現役の騎士たちから集計したランキングを本にまとめて発行している。
 ランキングが成立している時点で明らかだが、魔眼は個人によってその能力が千差万別というわけではない。所有者の比率的に希少なモノなどはあるが、ある年に初めて発見された魔眼があったとしてもランキングを発行する事でそれが魔眼の力であると知った別の所有者が自分もそうであると報告する場合も多く、完全な固有能力というのはほとんどない。だからこそ欲しい魔眼の力が自分にもあるかもしれないという高揚が否定されず、毎年発行されるタイミングで騎士の世界は大きな盛り上がりを見せる。
 ほとんど毎年新たな魔眼が登場すると言ってもいいのだが、当然全ての魔眼が戦闘向けというわけではなく、騎士たちが投票するランキングである以上戦闘向きの魔眼が人気になる事から上位に並ぶ魔眼は毎回それほど大きく変化しない。その年に活躍した騎士が魔眼持ちだったりするとそれが一気にランキングを上げる事もあるが、多種多様な戦闘スタイルを持つ騎士たちが同様に「欲しい」と思うような魔眼が票を集める事には変わらない。

 どのような魔眼が騎士に人気かというと、それは大きく分けて二種類ある。
 一つは何かしらの強力な力を出力するタイプ。魔眼は魔法器官である為、その内に秘めた力を使用しても魔法の負荷は発生しない。勿論生体器官であるから運動した後に疲労するのと同じように使い過ぎれば体力などが減るが魔法の負荷に比べれば大した事はない。だから本来であれば相応の魔法負荷を覚悟しなければ引き起こせない事象を起こす事のできる魔眼は戦闘において圧倒的な優位を得られる為、人気が高い。
 例としては炎や雷などの自然系の現象を生み出して操る事のできるモノや、普通であれば第十二系統を得意な系統としていなければ使用できない時間の魔法を使えるようになるモノがある。

 もう一つのタイプは、汎用性の高いタイプ。どういう戦い方をしようと戦闘する以上必要な能力――筋力や五感などを上昇させるモノがそれにあたる。言ってしまえばほとんどの騎士が強化魔法で行っている事だが、いくら強化魔法が簡単な魔法とは言え魔法負荷がある以上、それを魔眼で代用できるのであれば戦闘はかなり楽になる。
 この、身体能力を向上させるタイプだが、新米の騎士がパワーやスピードなどのわかりやすい強さを欲しがるのに対し、ある程度経験を積んだ騎士の多くが望むのは知覚に関する力を強化してくれる魔眼になる。
 人体の構造上、できることの限られる体術や武術とは異なり、魔法は千変万化の使い方ができる攻撃手段。故に命のやり取りの中で重要になってくるのは敵の手の内を知る事である。もしも相手の魔法――魔力やマナの動きを把握できたり、敵の動作の全てを認識できるような力があれば初見の不利をカバーでき、当然既知の相手であれば一層有利に戦える。
 勝率や生存率に直結すると言ってもいい知覚の強化において最も効果が高いのは人体が得る外部情報の約八割を担っている視覚の向上。それをしてくれる魔眼は何種類かあるのだが、中でも不動の人気を誇っている魔眼がある。
 それが魔眼デマントイド。通称「死角殺し」である。
 視覚を強化する魔眼というと遠くのモノを見えるようにしたり動体視力を上げたりと様々な種類があるが、デマントイドの力は一定範囲内の事象に対する絶対的な視認能力である。通常の眼であれば遠くのモノほど段々と見えにくくなっていくが、デマントイドは一定範囲の外にあるモノに対しては一切効力を発揮しない。代わりに、範囲内においてはそれが透明だろうと高速だろうと実体があろうとなかろうと、他の何かに変化を与えうる事象であるならば視認が可能となる。
 目を開いているか閉じているかで有効範囲が変化するものの、眼球を中心に半径二メートルほどの範囲であれば熟睡していようとも、まるで眼が単体で起きているかのように視覚情報を脳へ送り込み、寝込みを襲われたとしても所有者には突然夢の中に自身が襲われる映像が流れ込み、反射的に飛び起きて反撃したらそれが実際の出来事だった――というような感覚で対応できてしまう。
 見えるようになるだけで所有者の身体能力に影響はないが、持ち主が自身の技を磨いて強くなるほどに恩恵が大きくなっていく「鬼に金棒」のような魔眼――それが多くの騎士の憧れ、「死角殺し」である。



「目ぇつぶってるくせにこっちの動きを捉えてたのは無自覚に空気の動きを読んでるからだと思ってたんだが、「死角殺し」って事は普通に見えてたんだな。」
「だっはっは! しかもその目を開けたって事はデマントイドの有効範囲がさっきよりも広がったって事だからな! 更に面倒になったぞ!」
 強力な魔眼の登場にやれやれという顔をする二人だったが、当の正宗はそれ以上の心底嫌そうな顔をしていた。
「未熟をさらす事の何たる恥でござるか……! 知っての通り、サムライにとって背中の傷はこの上ない不名誉。受けた時点でその者の武士道は断たれたも同然にござる候。故に拙者はひどく恐れ、それを防ぐ事が出来てしまうこの眼をどうしようもなく頼りにしてしまっている……!サムライに相応しくない異端の能力と理解しながら捨てる事のできぬ弱き心……どうか存分に笑って欲しいでござる! この無念を糧に、いつかこの眼に頼らずに胸を張れる高みへ至るのでござる候!」
 熱い決意と同時に行われる正宗の抜刀。即ち、斬撃をまとった銃弾が連続発射されたのを――相変わらず視認はできないが正宗から出る敵意や殺気、視線の動きといったモノと歴戦の経験から来る直感でこれまでと同様に回避してみせた二人の騎士だったが、周囲に痕を刻む程度だった斬撃がこの監獄の敷地内にいくつかある建物の全てを横一閃に真っ二つにしたのを見て目を丸くした。
「おいおいおい! 「死角殺し」で攻撃の威力が上がるなんて聞いたことないんだが!?」
「だっはっは! 開眼イコール全力って事でこれまた無自覚の強化魔法が発動してるんだろうな!」
「デタラメ侍が!」
 狼男と化したエリンは当然のように空を蹴り、縦横無尽の見えない道があるかのように空中を駆け出した。
「おらぁっ!」
 正宗の頭部目掛けて打ち下ろされた、紫色の風をまとった拳。縮地によって回避した正宗にヒットする事はなかったが、運動場を丸ごと飲み込むほどの広範囲の衝撃が直下の地面に叩き込まれ、見えない巨大な岩の塊が降ってきたかのように粉砕される。
「威力も範囲も段違いでござるな!」
「――っち、縮地の距離も伸びてるわけか!」
 先ほどまでなら縮地を用いても回避できなかったはずの攻撃範囲を抜けた正宗の方に顔を向けたエリンだったがそこに侍の姿はなく、直後完全な直感で回避を行ったエリンの肩口に深々と斬撃が刻まれた。
「拙者のように見えているわけではないでござろうに、何と研ぎ澄まされた猛者の感覚で候!」
 連続で縮地を使っているのか、姿の見えない正宗の声が反響するように聞こえる中、既に修復が始まって完治しようとしている肩の傷を見てエリンはニヤリと鋭い牙をのぞかせる。
「なるほど、切れ味も……これならさっきより……!」
 エリンの両脚に渦巻く紫色の風が勢いを増し、既に廃墟に近い運動場の地面を更に砕く爆風を残して狼男の姿も消えた。
「エリンの奴、本気でゴリ押すつもりか。」
 たった一発でいくつもの建物を両断しながら飛び回る銃弾と、巨人の拳のような破壊力を持つ紫色の風。互いに全力を出した二人の戦いの余波で監獄だったはずの小さな島が崩壊していくのを、いつの間にか遥か上空まで移動していたフィリウスが難しい顔で見下ろしていた。



 誰もが欲しがる絶対的な視覚能力を与える魔眼デマントイド。これには一つだけ、一応弱点と言われるモノがある。
 魔眼でなくても、人間の眼というのはかなり広い視野を持つ。だが何かに注視している時、視界の隅っこで起きている事を正確に認識できる者はいないだろう。これはデマントイドにおいてもあてはまる事である。
 眼を閉じている時は無意識に「見えてしまっている」状態なので何かに注視はせず、有効範囲の内外問わず広く浅い意識を周囲の全てに向けているような形になる。
 だが意識的に何かを見る時――特に戦闘中などの緊迫した状況下で自身の間合いでもある故に有効範囲の内側に普段以上の意識を向ける時、外側への注意はかなり希薄になる。明らかに普通の眼よりも情報処理に負荷がかかる魔眼であるからか、その希薄具合は「一般人にとっての視界の隅っこ」を遥かに上回る。
 故に「死角殺し」と呼ばれるこの魔眼の攻略法は、近距離で注意を引いている間に有効範囲の外側から遠距離攻撃を仕掛ける事――と言われている。
 当然、どんな攻撃を遠方から放とうとも有効範囲に入った瞬間に知覚され、その者の技量が高く、また有効範囲が反応に要する時間を得られるほどの距離を持っている場合は簡単に対処されてしまう為、攻撃は第三系統の光の魔法のような超速の一撃が望ましい。
 座衛門刀次郎正宗、S級犯罪者『無刃』の体術はその剣技――いや、銃技に比例した達人レベルであり、エリンとの戦闘から目算しても魔眼の有効範囲は半径十数メートルを下らない。光速の攻撃が欲しいところだが、生憎この場に使い手はいない。
 だからフィリウスに出来る事はただ一つ。エリンが近距離戦闘で正宗の注意を引いている間に有効範囲に入ろうともその時点で回避不可能な広範囲、かつ二度目以降は遠距離攻撃を警戒されて最悪逃亡される可能性を考慮した必殺の一撃を放つ事。
 条件を満たす事自体はフィリウスにとって難しくない。ネックとなるのはエリンと、もしかしたらいるかもしれない監獄の生き残りを確実に巻き込むという事。
 エリンに関しては心配ないと――エリン自身が考えている。『ムーンナイツ』の一人としてその実力を把握しているフィリウスにしかわからない事だが、全力を出しているエリンは実のところ全力では戦っていない。全力で使える力が十として、本当に全力戦闘をするなら攻撃に七、回避に三くらいの割合で動くところを、今のエリンは攻撃に六、回避に四くらいの割合。「死角殺し」の攻略法をフィリウス同様に理解しているエリンも正宗を倒すには自身を巻き込む一撃が必要であると考え、フィリウスのそれを回避できるように余力を残しているのだ。
 何かしらの動物に変身できるようになる魔眼ヴィルカシス――本来であれば変身後は魔法が使えず、人間の知能を持っているだけの普通の動物にしかなれないはずの魔眼の能力を研鑽し、動物形態での魔法の使用や人と動物の中間である獣人形態、そして変身の過程を応用した再生能力などを発現させたエリンであれば完全回避とは行かずとも死ぬ事はない――フィリウスもそう判断していた。
 問題は生き残り。この監獄に到着した時点で周囲に人の気配はなく、血の海で待つ正宗がいただけではあるが全ての建物を隈なく確認したわけではない。正宗がこの監獄にいた囚人や看守などの管理側の者たち全員を一人残らず斬り殺したとは考えづらい上、非戦闘員が緊急時に避難する部屋などがどこかにある可能性も充分ある。
 しかし目の前にあるのは一人のS級犯罪者を倒せるチャンス。相手が囚人だから試し斬りをしたと言っていた正宗だが、騎士でも何でもない一般人を記録されているだけでも十数人殺しているし、騎士であれば大勢が犠牲になっている。馬鹿みたいに侍に憧れるこの男は、正真正銘頭のイカレた殺人鬼なのだ。
 その上『右腕』に関わりのあるS級犯罪者たちは『右腕』の力によるものなのか、居場所を特定する事が非常に難しい。S級犯罪者が十二騎士を狙って動くなどという事態はそうそうなく、自身の弟子を囮のようにしてまで作り出した状況を逃す事はできない。

 だから逡巡は一瞬に、この監獄にいるかもしれない生き残りを「必要な犠牲」としたフィリウスは背中の大剣に力を溜め始めた。

「さすがフィリウスだ。」
 遥か上空に微かな力の収束を感じたエリンは、姿の見えない正宗へ獲物を狙う獣の眼を向ける。



 正宗の連続縮地とエリンの風を利用した移動の速度は、瞬間的には正宗が勝るが次の縮地を行う為の停止時間がある影響で両者は互角に近い。しかし正宗が遠距離から風の刃をまとった銃弾を同時に十数発放つのに対してエリンの攻撃は一定範囲を粉砕する徒手空拳でギリギリ中距離と言える間合い。その上デマントイドの力で正宗には死角が無く、有効範囲内で攻撃を仕掛けるとエリン本人ですら気づいていないような隙を突かれ、手痛い反撃を食らってしまう。
 そして何より、エリンには正宗の攻撃が見えていない。フィリウスと共に行っていた先ほどまでの回避は敵意や殺意といった気配と経験から来る直感によるモノであり、傍から聞くと頼りない限りではあるが二人ほどの実力になるとその信頼度は高い。しかし全力を出した今の正宗が相手では、おそらくフィリウスは対応が追い付かず斬り刻まれてしまう。エリンがついていけているのは先の要素に加えて人間のそれを超える動物の五感から来る情報をフル活用しているからなのだが、正宗の攻撃はそれにすら段々と適応してきていた。
 自分がバラバラにされるのも時間の問題。フィリウスの一撃の為、できれば正宗にも動きを鈍らせる程度のダメージを与えておきたいところなのだがそもそも自分の命が危険という現状を前に、エリンは一つの賭けに出る。

 正宗が風の刃をまとった銃弾を放つ度に刀――銃を別の銃に交代させる理由。それは銃が壊れてしまう事を防ぐ為である。一度の抜刀で十数発の弾丸を発射するという行為を同じ銃で繰り返した場合、発砲時に生じる熱の蓄積で銃はすぐに使い物にならなくなってしまう。連射を想定している銃には放熱用のフィンがついていたり銃身が複数あったりと熱への対策がなされているが、正宗の使う特殊極まりない銃の「銃」としてのサイズは刃の部分を除いた部位。あれだけの小ささに放熱の機構が組み込まれているとは考えにくい。
 故に、一度抜刀という連射に使用した銃は納刀し、他の五つの銃を使っている間に冷却する。もしかすると鞘の中に銃を冷却する機構が備わっているかもしれないわけだが、ともあれ正宗の技量と銃の冷却に必要な時間を考慮した結果、連続で風の刃をまとった銃弾を放ち続ける場合、必要な銃の数が六つであるから正宗は六刀流になっている――正宗が剣士ではなく銃士であると知ったフィリウスとエリンが辿り着いた答えがそれである。

 侍を貫かなければもっと強力でもっと効率の良い戦い方があるのは明白だが、貫いたからこそ到達している異常な強さ。銃を交代すると言ってもその速度は尋常のモノではないが、弾切れがいつになるのか、そもそも存在しているのかもわからない以上、「死角殺し」と達人的技量で武装した正宗の隙は納刀から次の銃の抜刀までの間しかない。
 そして、その唯一の隙が通常よりも長くなる瞬間がこの戦闘中に一度だけ訪れる。それはエリンの動きを見切り始めている正宗が、「完全に見切った結果エリンに決定的な一撃を入れた時」である。勝利を確信とまでは行かずとも、ようやくのクリーンヒットに通常時にはない感情の起伏が生じるのは人間なら避けられない事だろう。それによってほんのわずかでも隙が大きくなるその瞬間がエリンの勝機。
 わざと攻撃を受けるのでは警戒を生むだけ。「死角殺し」を前に小細工は無用。正宗の見切りの速度に自身の全力を合わせて最短最速の一撃を叩きこむ。
 それで倒せれば良し、できずともフィリウスの一撃が勝負を決めてくれる。
 超速戦闘の中、タイミングを見計らうエリンに――その時が訪れた。

 ザンッ!

 聞こえた斬撃の音は一つ。切断された箇所は三つ。全く同時に異なる方向から飛来した斬撃によって宙に舞う右腕の肘から先、左腕の肩から先、右脚の膝から先。エリンの攻撃と速度を支えていた紫色の風が三つ無くなり、正宗の顔には満足感にも似た笑みが浮かぶ。
 瞬間、残った左脚から今日一番の暴風が一直線に研ぎ澄まされた突風となって吹き出し、不幸中の幸いとでも言うべきか、手足の欠損によって軽くなったエリンの身体を砲弾のように射出する。納刀中の正宗が目を見開き、次の銃へと手を伸ばしてその刀身が鞘から半分ほど出たところで――大きく開かれたエリンの口に並ぶ鋭い牙がその一振りを砕き、正宗の身体へと食い込んだ。

 仮に、この時のエリンが一般的な強者であればまたとない好機と見て突進を続け、正宗をどこかの壁に叩きつけるまで攻撃を続けただろう。
 仮に、エリンの攻撃がヒットしたのを見たフィリウスが一般的な強者であったなら、その時点で勝利を確信し、大剣に溜めたエネルギーを放たずに済んだと安堵しただろう。
 だが二人は強者の中でも更に上位に位置する一握りの猛者。故に理解していた。
 自分たちが相手にしているのが、S級犯罪者であると。

 正宗にダメージを与えるや否やエリンは口を離し、身体を捻って左脚からの突風で正宗を吹き飛ばしつつ逆方向へ全速移動。同時にフィリウスが大剣を振り下ろし、監獄――というよりはそれがある小さな島が丸ごと閃光に包まれた。

 数分後、建物を含め陸地の上半分が消えてなくなった島――いや、もはやただの岩礁となったその場所で、両腕と右脚の切断面を空気で圧縮して出血を止めながら座り込んでいる狼男の姿のままのエリンのもとに、その切断された両腕と右脚を抱えたフィリウスがやってきた。
「おお、良かった。一緒に消し飛んだんじゃないかと思ってたぜ。」
「そうならないように調整したからな! しかしこれはリスキー過ぎる賭けだったぞ、エリン!」
 右腕の切断面に拾って来た右腕を添えながら割と真面目な顔でそう言ったフィリウスにエリンはキシシと笑いを返す。
「目を開いた状態のあいつの攻撃を受けた時、これだけの斬れ味でスッパリ斬ってくれるなら俺の再生力でくっつけられるって確信があったんでな。ほい、バッチリだろ?」
 ものの十秒足らずでくっついた右腕をぐるぐるさせたエリンは、左腕と右脚もくっつけ始める。
「まぁ、お前の『バスター・ゼロ』の影響で切り口が焼けたりすると無理だったから逃げるタイミングがあと少し遅かったらやばかったかもしれんが相手はS級――そこまで腹くくってようやくここまでだ。」
 何事もなかったかのように元に戻った四肢を一通り動かした後、人間の姿に戻ったエリンは近くで倒れている正宗に視線を移す。
「フィリウスのあれを食らってこれで済んでる奴とか、初めて見たんだが。」
 そこに倒れている人物が正宗であると判断する材料は近くに転がっている刀のみ。まるで火だるまにされたかのように全身が焼けているその者に先ほどまでの面影は一切ないのだが、エリンはそんな重傷を「これで済んでいる」と表現し、信じられないという顔で同様に焼け焦げている刀をつまみ上げる。
「武器まで残ってるとか、別に手加減したんじゃないんだろ?」
「当たり前だ! 強いて言えば相性の問題だな!」
「相性? 『バスター・ゼロ』にんなもんがあんのか。」
「元々風から引っこ抜いたエネルギーだからな! 俺様が風に乗せて撃ったりしてるからわかると思うが、風との相性はいいわけだ! 相性がいいって事は干渉し易いって事で、恐らく受ける直前に残りの刀を全部抜き、風の刃を撃ちまくって俺様の攻撃をある程度削ったんだろう!」
「削った!? 可能なのかんなこと!」
「理論的にはできそうだがやられたのは初めてだ! 思い込みだけで発動させてる魔法だからこそできる芸当だろうな! 万一お前の攻撃が外れてこいつが万全の状態だったら、最悪俺様の攻撃を真っ二つにしてたかもしれないぞ!」
「まじか……というか結構深く噛みついたはずなのにそんな反撃してたって事は、あのままだったらゼロ距離で風の刃を食らってたかもしれんわけか。つくづくとんでもないお侍さんだったな……なんだかんだ生きてるし……」
 焼死体にしか見えないがか細い呼吸をしているのを見てため息をつくエリン。
「複数人じゃないと「死角殺し」は攻略できなくて、普通なら囮役は攻撃に巻き込まれて死ぬところを俺だから何とかなって……タイミングがいいんだか悪いんだかって感じだが、S級をブタ箱に送るんだ、報酬は期待していいんだろう?」
「だっはっは! それは楽しみに待っ――」
 と、一戦終えての一安心もあってか普段以上の豪快な声で笑ったフィリウスは自身の声が異常なほどに周囲に響いた事に違和感を覚え――
「――!?」
 ――自分たちの現状を見て一瞬思考が停止した。
 そこは半壊した元監獄で黙っていても波の音が鳴り続ける場所のはずだったのだが、フィリウスとエリン、そして倒れている正宗は……いつの間にか、どこかの建物の中にいた。
 長く広い廊下に美しい装飾と絵画が並んでいるが貴族の家というわけではないらしく、見るからに一般の者が周囲にチラホラと立っている。彼らはフィリウスたち――というよりはフィリウスの大声に驚いてそちらに視線を向けたようで、自分たちと違って完全武装している二人の騎士に面喰い、傍に転がっている焼けた正宗を見たところで――悲鳴をあげた。
「はぁ!? おいおい、ここどこだ!」
 ようやく頭が追い付いたエリンも立ち上がり、蜘蛛の子を散らすように逃げる一般人と周囲の状況を確認して自分でも何を言っているのかわからないというような顔をしながらとりあえず戦闘の構えを取る。
「意味わかんねぇがここあれだろ、美術館! 絵とか彫刻があってなんかパンフレット持った奴があちこちにいるって事は、これ美術館だよな!?」

「そうだよー。」

 悲鳴が響き渡る中にまじって聞こえたそんな一言の声の主――明らかに他の一般人とは違うその者を探した二人の騎士は、廊下の真ん中に置かれているソファに座ってスケッチブックに絵を描いている女を見つけた。
 長い金髪をポニーテールにし、どこかの学校の制服のような服を着ているその女は、恐らくその格好相応の年齢。普通であればフィリウスの大声に驚き、焼死体姿の正宗に悲鳴をあげるだろう少女は飾ってある絵画と自分の絵を見比べながら二人と会話する。
「センセーの周りを色々調べて、たぶんそうなんだろうなってところまでわかったから覗いてみたらオサムライがいい勝負してて、もしかしたら《オウガスト》を殺しちゃうかもとか思ってたんだけど結果は丸焦げ。それでも天下の十二騎士とお話しようっていうんだし、多少は疲れてるだろう今がチャンスなのかなって思って呼んじゃった。さっき言った通りここ美術館だから、お静かにねー。」
 そう言いながら少女が片手で空中に十字の線を描くと、逃げ出したはずなのに何故か一向に人数の減らない一般人たちの一人の腹部に同様の十字の切り傷が入り、鮮血が噴き出した。それを見た別の者が更に悲鳴をあげたがその瞬間に同じように血を噴き出し、それが幾度か繰り返されたところで一般人らはガクガクと震えながら口を両手で覆った。
「んー、やっぱり理解できないなぁ。ほら、美術の授業とかで美術館で絵を模写したりするでしょ? 勉強の為とか言うけど、他人のインスピレーションで生まれた他人の作品のマネなんかしたら逆効果だと思うんだよね。その時点でオリジナル性が死ぬっていうかさ。」
 この場に沿った言動ではあるが状況に全く合わないことを呟く少女が美術館にやって来た普通の客ではない事を確信したエリンは、困った顔をしながら四肢に紫色の風をまとわせる。
「フィリウス、いくら報酬が良くても正直連戦は勘弁したい。再生力だって無尽蔵じゃないんだ。」
「わかってる。お前は隙を見て国王軍の――」
 ――と、フィリウスがそこまで言った時点でエリンと正宗の姿が唐突に消えた。
「国王軍って事はあそこの訓練場辺りでいいんだよね。オサムライは見てて楽しいし、二対一も嫌だから送っちゃうね。」
 送る――少女が言った通りに二人を国王軍の訓練場に移動させたというのであれば、完治しているように見えるが内側にそれなりのダメージが蓄積しているエリンと瀕死の正宗は国王軍がどうにか対応してくれるだろう。だがそれが本当なのか嘘なのか――確認する術がないフィリウスは一度深呼吸してそれらの心配事を頭の隅に追いやり、目の前の少女に集中する。
「構成員に変更が無ければ、お前が『右腕』が差し向けてくるS級犯罪者たちの最後の一人、『シュナイデン』だな?」
「その二つ名、かっこいいけどそれだとわたしがまるでお医者さんか何かみたいだよね。わたしは芸術家なのに。」
 スケッチブックを閉じ、それを空中に出現した十字型の切れ込みに放り投げて立ち上がった少女――S級犯罪者『シュナイデン』はニッコリとフィリウスに笑顔を向けた。
「聞いてるよー? 魔人族と仲良しなんだってね。できれば紹介して欲しいなぁ。」
「仲介希望とは、俺様を殺しに来たんじゃないのか?」
「できればそうしたいけど個人的には魔人族の方に興味津々かな。」
「そうか、ならエリンたちと同様に一般人も帰してやっていいんじゃないか? 閉じ込めてるのはお前だろう?」
 悲鳴と共に逃げ出したはずがこの場所に留まっている十数名の一般人。彼らは腰が抜けて立てないというわけではなく、フィリウスらがいる通路を先に進むと途中に見えない壁があり、それ以上先に行けなくなっているのだ。
「あはは、いわゆる悪党が用意した人質だからダメかな。他のみんなと違ってわたしは弱いからね。騎士に追いかけられる日々の中で自然と身につく姑息な手段ってヤツだよ。」
「弱いとは謙遜だな。手足をぶっとんだ性能の美術道具に変身させるという話を聞いていたんだが、二人の移動といいこの閉じ込めといい、それ以外にも立派な位置魔法の技術を持ってるようじゃないか。」
「なんでも切れるって事は空間だって切れて、空間が切れるならあっちからそっちまであっという間に行ける――イメージは簡単でしょ。」
「なに?」
「彫刻刀だよ、小さい頃に図工とかで使わなかった? 「ぶっとんだ」なんて表現してるからややこしいだけで、わたしがこの指に宿すのは「理想の」道具で今は彫刻刀。切ったり削ったりが目的のモノなんだから、それの理想って事は何でも抵抗なく切れるし削れるんだよ。」
 指を開いてフィリウスの方に見せてくる『シュナイデン』。指の一本一本をぼんやりとした光が覆っているだけなのだが、その光景に異質極まりない気配を感じたフィリウスは見た目以上に恐ろしい魔法がかけられていることを確信する。
「あ、でもスピエルドルフのあの黒い壁は切れなかったねー。わたしの理想を超える理想があの壁にはあるって事なんだろうけど、結構ショックだったなぁ。」
 その言葉にフィリウスはハッとする。スピエルドルフを覆う夜の魔法を越えられなかったというのは当然として、問題は先ほど『シュナイデン』がエリンと正宗を国王軍の訓練場に送ったという事。訓練場は王城の敷地内にある為、それが事実だとすると王城を覆う防御魔法をあっさり突破したという事になる。
 位置魔法を極めに極めたとしても突破が難しいはずの防御を移動する為に身につけたわけではないらしい魔法で通り抜ける――この短期間で何度も思っている事ではあるが、つくづくS級犯罪者が使う魔法の規格外さにはため息しか出ない。
「まぁでもこうして魔人族のお友達に出会えたわけだし、あの壁の事は気にする必要なくなるよね。十二騎士の《オウガスト》、一般人を巻き添えにしたくなかったらわたしの要求を飲んで欲しいな。」
 そう言いながら天井の方へ手を伸ばして十字に切る『シュナイデン』。すると何もない空間に刻まれた十字が開き、突如大量の水が入って来た。
「!!」
 瞬間、フィリウスは風をまとった大剣の一振りで天井を吹き飛ばし、二人からできるだけ離れたところで震えていた一般人らを突風で包んでそのまま天井に空いた穴から外へと放り出した。
 この美術館は単体で建っているのか巨大な建物の一部なのか、自分たちがいた場所は何階なのか――不確定な要素が多いため最悪一般人たちに致命傷を与えてしまうかもしれない状況ではあったが、天井の先にあった青空にホッとしつつ風で吹き飛ばした彼らを地面に降ろしてフィリウスは美術館の外に着地し……『シュナイデン』の言う「姑息な手段」をにあまり余裕のない顔をした。
 そこは街のど真ん中。世界をあちこち放浪しているフィリウスではあるが当然世界中の全ての街を知っているわけではなく、フェルブランドのように魔法が主ではない、ガルドのような科学技術を中心に発展しているタイプの国の街という事ぐらいしかわからないその場所の、少なくとも一国の首都と言えるくらいの規模を感じる街並みに『シュナイデン』の狙いを悟る。
「ご覧の通り人質には困らないんだ。」
 フィリウスが着地した場所――美術館の正面のちょっとした広場になっているエリアに並ぶベンチの一つにいつの間にか座っている『シュナイデン』がそう言いながらニッコリと笑う。
「騎士って一般人っていうフレーズに敏感だよね。無関係だけど確かな保護対象に危険が迫ると誰も彼も武器を捨てる。仲間の騎士とかでも反応は同じだけどどこにでもいるこっちの方が悪党としては利用し易くていいよね。まぁ、わたしは考えすぎだと思うけど。」
「考えすぎ?」
「うん、騎士……っていうかみんなかな。命にランクをつけすぎなんだよ。さっきあなたが木端微塵にした監獄あったでしょ? もしかしたら建物の中に生存者がいるかもっていう可能性は考えつつもS級犯罪者のオサムライを倒す事を優先――騎士として立派な決断とかなんだろうけど、もしも建物の中に……そうだなぁ、セイリオス学院に通うあなたのお弟子さんが紛れ込んでるかもーなんて言われたら同じ事ができたかな?」
 先ほどの良く言えば冷静、悪く言えば冷酷な決断を掘り返す『シュナイデン』に、だがその事よりも話の中に弟子である田舎者の青年が登場した事に表情が険しくなるフィリウス。
「例えばこの街が犯罪者しかいない裏社会の暗黒街だったら? 騎士の前に人質として剣を向ける対象が路地裏に住む小悪党だったら? あなたも騎士も違う反応をするでしょ? どっちが良い悪いの話じゃなくてね、自分以外の命をあっちは重くてあっちは軽いっていうのを基準付けしちゃうからいけないんだよ。」
 田舎者の青年を話題に出したS級犯罪者にこれまで以上の警戒を向けるフィリウスは、同時に最近戦った他のS級犯罪者たちと比較すると群を抜いて最悪の方向にイカレた『シュナイデン』の言葉にゾワリとする狂気を感じていた。
「魔法生物の侵攻で踏み潰される一般人、極悪非道な犯罪者にモノのついでみたいに殺される平凡な騎士、ボスに名前すら覚えてもらえずに正義の味方に余波でふっ飛ばされる下っ端。お話の中じゃ数秒数行数コマしか登場しない彼らにも生んでくれた親がいて育ててくれた環境があって今そこにいる理由があるんだよ。それを考えたら命に優劣なんてなくて、でもって最重要が自分の命って事は明白なんだから、騎士としての職務の障害になるなら全部捨てるべきなんだよ。」
「共感できそうにない考え方だな。それがあるからお前は通り魔のように人の腹をかっさばくのか?」
「そうだね。わたしの中じゃわたしの芸術が最優先で、その為に他人の中身が必要なんだから結果的に題材にさせてもらった人が死ぬのはしょうがないよ。人質にした人が人質として使った結果死ぬのも同じね。」
 空中にススッと十字を描き、美術館の天井を突き破って登場したフィリウスを遠巻きに見ていた一般人の内の数人の腹部を切り裂く『シュナイデン』。響き渡る悲鳴を気にした風もなく、頬杖をついてフィリウスに再度告げる。
「さぁ一般人の命が大事な十二騎士さん、わたしの要求を飲む?」
「要求か。肝心の内容をまだ聞いてないが。」
「内容? えっとね……」
 改めて尋ねられて考えをまとめ始める『シュナイデン』を前に、フィリウスは思考する。

 見ればわかるが、『好色狂』、『パペッティア』、『無刃』と続いたS級犯罪者たちが頭のおかしい魔法と高い戦闘技術を持っていたのに対して『シュナイデン』は魔法のみ。見た目通りの少女で戦闘のいろはも知らず、相応の知識と技術しか持たない一般人。だがそれを補って余りあるとんでもない魔法がこの少女を前の三組よりも凶悪に仕上げている。
 他にも色々な魔法を使うのだろうが、さっきから多用している空間を十字に切る魔法だけでも規格外。位置魔法において許可されていない誰かを強制的に移動させるにはいくつかの条件をクリアしなければならず、それ以外だと『ゲート』という、離れた二か所を繋ぐ魔法の中に対象を強引に放り込むしかない。『シュナイデン』がフィリウスたちを監獄から美術館に移動させたり、エリンと正宗を国王軍の所へ送ったりしたのはこの『ゲート』と同じ方法で、十字に切り裂かれた空間に相手を飲み込ませる事で強制的に移動させているのだ。
 仕組みはわかるのだが、問題は十二騎士のフィリウスですら十字の出入り口に飲み込まれた事に気がつけなかったという事。加えて監獄からの移動に至ってはこの美術館で座って絵を描きながらフィリウスたちの戦いを眺め、あの監獄の付近にこんな大きな街は無い事から下手をすれば数十キロ、数百キロの遠方に『ゲート』に似た魔法を出現させた事になる。
 見えてさえいれば距離は関係ないと言っていいレベルの効果範囲を持つ強力な魔法を、歴戦の猛者が察知できないような、もはや呼吸と同等の自然さで身につけているという事実。おそらくこの街のいたるところに監獄での戦いを見ていたのと同じようなのぞき窓を設置し、指先一つで大量の人質を戦闘の真っただ中に移動できてしまうのだろう。
 ハッキリ言って状況は最悪。同じイカレた魔法の使い手でも真っ向勝負を挑んできた正宗がどれだけ良い相手だった事か。この状況では……普通なら、要求を飲む以外に選択肢は無いだろう。
 空間を切る魔法を無効化できるような位置魔法の使い手、街中の人たちを同時に護衛するような大人数、もしくはこの怪物が人質を移動させる余裕を与えないような強者……どこの街かもわからないその場所に都合よくいるわけのない援軍を密かに願いつつも、しかしフィリウスは再度決断する。

 今後、目の前に現れた人質はその救出を諦める。十人並んだら十人ごと吹き飛ばす。この少女を野放しにする事で死んでいく人の数とここで自分が殺す数を天秤にかける――というような冷静冷酷な判断の話ではない。
 先ほど『シュナイデン』が言った命のランクで言うならば、魔人族に興味を持つ狂人が話題にした弟子――その命の重量がフィリウスの中ではトップクラスに重たいというだけの事。
 これは、感情の話である。

「……そうなるんじゃないかなとは思ったけど、すごいねー。」
 要求する項目を数えるように指を折っていた『シュナイデン』は、背中の大剣に力を込め始めたフィリウスに気づいてあははと笑う。
「十二騎士になるような人のそういう覚悟って、何人くらい死ねば揺らぐものなのかな。」

「その戦い待ったぁ!」

 空中に十字を切ろうとした『シュナイデン』が突然響いた声に手を止める。
「リーダーがそういう顔をしている時は容赦がない時! でも私たちの参戦で状況は好転するわよ!」
 フィリウスの横に口で「シュタッ!」と言いながらシュタッと着地したのは一人の女。赤、青、黄の原色が散りばめられたボディスーツで長身かつスタイリッシュな身体を覆い、無駄に大きなマントをまとって目元だけを部分的に覆うマスクをしながらこれ以上ないドヤ顔でカッコよく立ち上がったその女は、カッコイイポーズをとって高らかに名乗りを上げる。
「正義の風を前に悪は立たず! 疾風怒濤、レディ・ストーム参上!」
 いつ仕込んだのか、女の後方、少し離れたところでカラフルな煙玉がいくつも炸裂し、まさに正義のヒーローの登場を演出した。
「あっは! 楽しい人が来たねー。オサムライみたいに自身を理想に近づけていくタイプは好きだけど、《オウガスト》の援軍だよね? どうやってここに?」

「……お前の魔法を利用した……」

 フィリウスを挟んで女と逆側、ぼそぼそとそう言ったのは背の低い男。上下に着古したジャージをまとい、綺麗に切りそろえられたおかっぱ頭にマンガの中にしか登場しなさそうな大きな丸メガネを引っかけ、まるで久しぶりに外に出たというようなしかめっ面をしている。
「エリンに続いて順番に登場とは俺様感動だ! しかし俺様にもわかるように説明して欲しいぞ、カルサイト!」
 かなり怖い雰囲気からコロリといつもの表情に戻ったフィリウスの問いに、おかっぱの男――カルサイトと呼ばれた男がめんどくさそうに答える。
「……おれとそこのバカはエリンと同じ頃合いに全快したが、あいつの速度にはついていけないからな……お前が監獄から戻ったら合流をと思っていたところ、訓練場のど真ん中にエリンと何者かの焼死体が降ってきた……お前がまずい状況にある事をエリンから聞いたわけだが、お前がどこにいるのかわからない……そこで……」
「《ディセンバ》の力を借りたの! 強制的に移動させられたという事は『ゲート』かそれに似た魔法であると考え、エリンが降ってきた辺りの時間を戻してもらったのよ! 案の定ここと訓練場を繋ぐ道が出てきたから、それを通ってこっちに来たの! ホントは《ディセンバ》が駆けつけたがってたけど今回は最高戦力が出撃していい理由が無かったのよね! サルビアたちも本調子じゃないから私とカルサイトが来たってわけ!」
「……一応付け加えるが、時間の戻しによって出現した『ゲート』もどきはエリンと焼死体を運んだモノ故、逆走も同人数しかできない……何故『ゲート』を大軍で通ってこなかったかなどと、学の浅い問いはするなよ……」
「時間魔法でそんな事できちゃうんだ。勉強になるねー。」
 解説を当の本人が興味深そうに聞いていたのを見てカルサイトは肩を落とし、周囲の状況を確認する。
「……悪党が悪党らしい戦法をとっているわけか……どうせ戦闘は専門外だ、こちらはおれが対処する……イカレた芸術家はお前とそこのバカで倒せ……時間を稼ぐ前衛がいればお前は充分だろう……」
 のろのろと、先ほどカラフルな煙玉が炸裂した辺りに移動したカルサイトは、知くにあったベンチに腰掛けて目を閉じた。
「あれ? そっちの人は戦わないんだ。」
「カルサイトは学者だからな! 戦闘能力は一般人以下だがこの厄介な状況を解決してくれるだろう!」
「厄介な――え?」
 傍目には何も起きていないのだが、一人『シュナイデン』だけが何かに驚いたような顔で周囲を見回す。
「すごい! 人質を移動させるために開けといた出入口が全部途切れちゃったよ!」
 ピピッと指で十字を切る『シュナイデン』だが、先ほどまでのように一般人の腹部ではなく何でもない地面に切れ込みが入る。
「うわ、なんか位置がズレる。直接切りに行かないとダメな感じかなぁ?」
 特に焦った様子はないが街の人を脅しや盾に使ったりはできなくなったらしい『シュナイデン』を見て、フィリウスはベンチで寝ているように見えるカルサイトにグッとサムズアップを送る。


 仲間であるフィリウスらは把握しているが、カルサイトが行っているのは一定範囲内の空気に対する魔法的な干渉である。自身の身体にまとうような魔法を除き、大抵の魔法は術者と発生する魔法現象の間に空気が存在する事になり、そこに魔力の流れを乱す微風を起こす事で術者の意図していない結果を出させているのだ。
 風に対して抱くイメージというのは人それぞれで、ある人は心地良い風を思い浮かべるかもしれず、別の人は家屋を吹き飛ばす暴風を思い描くかもしれない。騎士――つまり戦闘に風を使おうと考える者であれば後者に近いイメージで風を生み出すのが主流だろうが、カルサイトの場合は違う。
 フィリウスが言ったように学者であるカルサイトの中では、風とは整ったモノをバラバラにする面倒なモノというイメージが強い。ためこんだ蔵書を虫干ししている際に突然やってくる強風にイラつかされる経験から来ているのだが、これを形にしたのがカルサイトの風魔法である。
 結果、空間を切る事で別の場所とを繋いでいた『シュナイデン』は本人が切っていると思っている場所と実際に切れている場所にズレが生じるようになったのだ。
 ここで浮かぶ疑問として、であればフィリウスらの魔法にも影響が出るのではというモノがあるが、風魔法に関しては影響がほとんどない。何故なら風魔法が操るのはカルサイトが干渉しているモノと同じ、空気そのもの。表現を変えれば風の魔法とはカルサイト同様に空気に魔法で干渉する行為――二つの干渉がぶつかった場合優先されるのはより強力な方であり、ほんの少し魔力を乱そうとする微風と、攻撃用に使う強風とでは後者が優先される。
 故にカルサイトがいる場合、《オウガスト》とその『ムーンナイツ』は敵の得意な系統が第八系統でない限り、相手の魔法がかなり弱体化した状態で戦闘に入る事が出来るのである。


「イマイチ状況がわからないけどカルサイトがいつものをやっているんでしょう? あとはこのS級犯罪者を成敗するだけね!」
 カルサイトと違い、『シュナイデン』が街の人を盾にしていた事を理解していないヒーローはとりあえずフィリウスが怖い顔でなくなった事に安心し、無駄にマントを翻させて戦闘ポーズをとった。
「気をつけろよ、ラァバ! それでもあいつはぶっとんだ魔法の使い手だ!」
「誰に言っているのかしら? このレディ・ストームに油断はないのよ!」
 レディ・ストームを名乗るヒーロー――フィリウスにラァバと呼ばれた女は「シュバッ!」と口で言いながらシュバッと駆け出した。
「ストームパーンチッ!」
 風をまとうでもないただのパンチ――さすがにフィリウスの仲間だけあってキレのある拳ではあるがそれだけの一撃が棒立ちどころか自分の手の平を眺めてぼーっとしている『シュナイデン』の腹部に直撃する。
 次の瞬間、『シュナイデン』の後方の地面が見えない爆発が起きたかのようにえぐれ飛んだ。
「なんと!」
 普通のパンチにしか見えなかった攻撃に実は何かを仕込んでいたのだろうラァバなのだが、しかしその結果に一番驚いていたのもラァバで、ピョンと後ろに跳んでフィリウスの横に戻って来た。
「あの服、もしかしてマジックアイテムか何かなの!?」
「だっはっは! わからんがお前の攻撃が素通りとは恐ろしいな!」
 本来なら違う結果になるらしかった一撃を何事もなかったような顔で受けた『シュナイデン』は、しゃがみ込んでぼんやりと光を帯びている指で地面をなぞった。すると鋭い剣が振り下ろされた後のように、そこには深い切れ込みが入る。
「ふむふむ、わたしが直接触れる分にはズレたりしないんだね。一番便利な技は封じられちゃったけど、どうにもならないってほどじゃなさそうで安心。」
 そう言うと『シュナイデン』は両の手の平を、例えるならお風呂場で遊ぶ子供がお湯を飛ばして遊ぶ時に両手を組み合わせて作る水鉄砲のようにし、その発射口をフィリウスとラァバの方へ向けた。そして――
「理想の絵の具って、どんな絵の具だと思う?」
 その質問と共に『シュナイデン』の手の間から何かが飛び出し、それを回避した二人の騎士はギョッとした。
「わたしが思うそれはね、やっぱりいつまでも綺麗で鮮やかでボロボロになったりしない絵の具だと思うの。」
 何かを発射して遠距離攻撃を仕掛けてきたと思われたが、それは遠距離攻撃ではあるが発射はしていなかった。『シュナイデン』の手の間から先ほど二人が立っていた辺りを通り越して遥か後方の建物まで伸びて突き刺さっているそれは真っ赤な棒。自重によって途中で折れてしまいそうな細さだというのに、まるで定規で引いた直線のように一切しなること無く伸びているそれは、『シュナイデン』が手をほどくと液体のように崩れてべちゃりと地面を赤く染めた。
「いつもならそのままなんだけど、手から離れるとこうなっちゃうんだね。すごいねー、学者さんの魔法は。」
「だっはっは、まさか今のは絵の具か!? 何をどう考えたら理想の絵の具がそんなモノになるんだ!」
「色をつけるっていう目的を終えた絵の具に求められるのは状態の維持だもの。色をつける対象がないなら初めからそういう性質になるってだけだよ。」
 当たり前でしょう? という顔の『シュナイデン』だがさっぱり理解できない二人の騎士は短く会話をする。
「リーダーの一撃ならあのおかしな服も突破できるわよね!」
「でないと困るな! 少し頼むぞ!」
 ふわりと風を利用して跳びあがったフィリウスは、ベンチに座るカルサイトの横に立った。
「オサムライの戦いは見てたからね。《オウガスト》の必殺技が準備できるまで時間を稼ぐ戦法なんでしょう?」
「だっはっは、別に一人の時もやる事は変わらないがな! 仲間がいるなら楽にできるってだけだ!」
「こっちの楽しい人がわたしの相手をしている間に、わたしの魔法を邪魔する学者さんの護衛もしながらエネルギーをためるってわけだから……こうすればいいのかな?」
 再度手の平を合わせる『シュナイデン』にラァバとフィリウスは先ほどの攻撃を警戒したが、『シュナイデン』は合わせた手を肩の上まで持って行き――
「えいっ!」
 ――まるで野球のバットのように前方へ勢いよく振り回した。同時に手の間から伸びたのは緑色の絵の具。先ほどの赤い絵の具と違って銃身である手の動きに合わせて大きく湾曲したそれは巨大な大剣と化し、周囲の建物を抵抗なく切り裂きながら三人の騎士をその軌道に捉えた。
「おいおいおい、なんだそりゃ!」
 驚いたフィリウスはカルサイトを小脇に抱えて跳びあがり、ラァバは――
「はっ!」
 ジャンプして回避すると同時に自身の真下に来た絵の具の大剣に拳を叩きこんだ。『シュナイデン』に打ち込んだ時と同様に見た目は普通のパンチなのだが、大剣の軌道は直角に折れ曲がって地面に沈み込む。
「きゃっ!」
 その根元を持っていた『シュナイデン』は反動を受けてズデンと転び、同時に緑色の絵の具はビチャリと液体化して地面を緑色にした。
 しかしそんなコミカルな動きをした『シュナイデン』に対し、真横に振られた為に切断された建物が倒壊する事はなかったものの、人の胸の高さ辺りを走った大剣は『シュナイデン』を中心にラァバが攻撃を止めるまでの間の半径数百メートルの範囲の一般人を両断し、周囲を一瞬にして静かな血の海に変えていた。
「……その技、これ以上使わせるわけにはいかないわね……!」
 バサリとマントを翻したラァバは険しい表情になり、尻もちをついている『シュナイデン』へ爆速で肉薄し――
「ストームブラスト!」
 一メートルほど手前から爆風という言葉でも生易しいほどの衝撃波を放った。それは拳を打ち込んだ時と同様に地面をえぐり、粉砕したがその真っただ中にいる『シュナイデン』は涼しい顔どころか髪の毛を風に揺らす事すらなくお尻を押さえながら立ち上がる。
「いったぁい……」
「これでも――ならば!」
 完全に無防備な『シュナイデン』の正面に立ったラァバが徒手空拳の連打を放つ。一発打ち込まれるごとに周囲の地面が砕け散っていくが、『シュナイデン』は無傷のまま目の前で自分に攻撃をし続けるラァバをぼんやりと眺める。
「まぁでも痛い思いしたかいはあったかな。これくらい近づいてもらえると楽だからね。」
 パンパンとスカートをはたきながらそう言った『シュナイデン』は不意に目にも止まらない速さで手を振り下ろし、驚異的な反応速度で回避するも避け切れなかったラァバの腕をわずかに引っかいた。
「――っ!?」
 後方に大きく跳躍したラァバは、猫に引っかかれた程度にしか感じなかった傷口からまるで止まる気配がないほどにボタボタと血が流れ落ちるのを見ると、マントの一部を千切って慣れた手つきで傷口をしばった。
「惜しかったね。でも彫刻刀で削ったところが元に戻るなんていうきっと世の彫刻家全員が望むようなやり直し現象はあり得ないから、それはちょっと頑張らないと治らないよ。」
「確かに脅威だけど、今の動きの方が驚きだわ! 身体能力もS級ってわけね!」
 風の魔法の使い手として空気のわずかな変化から相手の動きを先読みする事を得意としているラァバは、自身の攻撃の間合いに入っているほど近くにいる敵の動作に反応しきれなかった事実を受けて『シュナイデン』をかなりの体術の達人であると認識したが、『シュナイデン』はあははと笑う。
「《オウガスト》には言ったけど、わたしは弱いんだよ。だから色々な小細工を使うってだけ。オサムライみたいに走り回ることも騎士の攻撃をさらりと避けることもできないからあの手この手を用意してるの。そこの学者さんに魔法を封じられてる今の状態じゃあ、さっきみたいに近づいてもらわないと致命的な一撃も入れられない。だからね……」
 そう言いながらパンッと両手を合わせ、周囲の一般人を両断した攻撃と同じ構えになる『シュナイデン』。
「この街の罪もない一般人を真っ二つにされたくなかったら、どんな攻撃も効いてないっぽいわたしに近づいてその秘密を暴きに来て欲しいかな!」
 再度伸びる、今度は青色の大剣。先ほどよりも角度をつけ、高い場所を狙って振られるそれが高層ビルの上部を切断していく中、ラァバはその攻撃を止める為に、フィリウスは倒壊するビルから一般人を助ける為に、それぞれ動いた。
「弱い――なるほど、確かに戦闘の心得はなさそうね!」
 放った攻撃の全てが効かなかったラァバだが十二騎士の『ムーンナイツ』として経験は並みではなく、その拳を『シュナイデン』の足元に打ち込んだ。
「わ!?」
 地面が砕け、唐突に足場を失った『シュナイデン』はバランスを崩して足元に生じたクレーターの底にビタンと転び倒れた。大剣と化していた青色の絵の具は液体になり、遠くの方では切断されて落下を始めていたビルの上部がゆっくりと人のいない場所へと運ばれていく。
「いたた、背中打っちゃった……」
「完全無敵というわけではなさそうなその魔法、言われた通り暴かせてもらうわ!」
 ぶわりと風を起こし、砕いた地面の瓦礫を宙に舞わせたラァバはそれをクレーターの底で横たわる『シュナイデン』に降り注がせる。あっという間に生き埋めになった『シュナイデン』だったが、直後その瓦礫の山は内側からの爆風で吹き飛ばされた。
「削った時に出てくる木くずとか粉は飛ばさないと芸術の邪魔になるからね。こういう道具も使うんだよ。」
 横断歩道を渡る子供のように右手を大きく挙げてクレーターの底からてくてくと登って来る『シュナイデン』のその手――いや、指からは暴風が吹き出しており、それを先ほどラァバが驚いたすさまじい速さで正面に向け、横向きに走る竜巻のような風をラァバへ放つ。
「このレディ・ストームに風で攻撃とは!」
 言うと同時に拳を突き出すラァバ。すると『シュナイデン』の右手の指から吹き出した竜巻はラァバの拳から発生した衝撃波によって方向を百八十度変え、『シュナイデン』へと戻って行った。だが相変わらず、それを真正面から受けるも髪の毛の一本も動かず『シュナイデン』は平然としている。
「自分の攻撃を返された場合でも変化なし――いえ、そういう条件じゃないのかしらね!」
 バサッとマントを広げ、腰の背に手を伸ばしたラァバはシャキンと短剣を取り出し――
「ストームソード!」
 それを勢いよく振ると刃の部分が伸びて一般的な長さの剣となった。
「あれ? そんな格好してるからパンチとキックしかしないんだと思ったよ。」
「勿論、理想はどんな悪党も正義のパンチでノックアウトのヒーローよ! けれど私はまだまだ未熟者――正義の一撃を作り出す過程でイメージに偏りが出来てしまって、今のところ斬撃を放つ時はこういうモノが必要なの!」
「あはは、わたしの質問にわざわざ答えるなんて正直なヒーローだね。」
「これは検証、きちんと斬撃と認識してもらう事が大事なのよ――ストームスラッシュ!」
 鋭い太刀筋で剣が振られると、その軌跡から巨大な風の刃が放たれる。本人の言う未熟故なのかわざとそうしているのか、風の刃だというのに薄い緑色で飛来したそれは『シュナイデン』に直撃。しかし『シュナイデン』は変わらずそこに立っているままで、風の刃は霧散する。
「残念、斬撃も大丈夫だねー。そろそろ手札は出し切った? ほら、近づいてよく見てみればこの魔法の謎が解けるかもしれないよ。」
 ちょいちょいと手招きをする『シュナイデン』を前にラァバは情報を整理する。


 記録によると『シュナイデン』は自身の手足を理想の美術道具に変身させるという事だったが、正確には手の指をそういうモノに変化させる魔法らしい。空間を切る彫刻刀や周囲を切断する絵の具も、本人が思う理想の性質を具現化した結果武器として使えるレベルになっているのだろう。
 強力な魔法だが『シュナイデン』自身は完全に戦闘の素人であり、今はカルサイトによる魔法の妨害もある。空間を飛び越えてくる彫刻刀による斬撃は直接切りつけなければ斬撃の位置がズレてしまう状態であり、他にも『シュナイデン』の身体から離れるような攻撃は狙いが定まらなくなっている。
 故に警戒するべき攻撃はただ一つ――理想の彫刻刀による直接攻撃。切られると傷が塞がらなくなるらしく、普段なら致命傷とは呼べない箇所への攻撃もそうなり得る為かなり危険だ。その上どういう理屈かわからないが、素人のはずの『シュナイデン』は時折風による行動の先読みが意味を持たないほどの超速で動く。手の届く範囲に入ってしまえば瞬殺される事もあり得るだろうが、これは『シュナイデン』に近づかなければ心配の必要はないこと。遠距離からの攻撃で倒せるのであれば『シュナイデン』はかなり楽な相手となるわけだが、実際はそうではない。
 こちらの攻撃を全て防いでいる強力な防御魔法――衝撃波も拳による打撃も風の斬撃も一切が効いていないという恐ろしい性能のこれを攻略しない限り、ためらいなく一般人を殺す『シュナイデン』の方が優位でこちらの敗北は時間の問題となるだろう。
 幸い、わずかながら解明の手がかりはある。あの防御は完全無敵というわけではないらしく、絵の具の大剣を叩き落とした時や足元を粉砕した時は普通に転んで痛がっていた。
 そして直接攻撃した時、ラァバの拳が覚えた感触は凄まじく硬い金属を殴るような感覚ではなく、例えるならとてつもなく分厚いゴムの塊を叩いているようなモノだった。少なくとも攻撃は当たっているが、どうやらそれを無効化されている。転んで痛がるという点を考慮に加えれば、この防御魔法は身体を凄まじく頑丈にするようなモノではなく――


「特定の条件にのみ反応する――いえ、反応しない魔法という事!」
 手にした剣を数度振り、風の刃――ストームスラッシュを複数飛ばしたラァバは、その斬撃で『シュナイデン』の足元を数メートル四方のサイズで切り抜いた。
「ん?」
「これでどうかしら!?」
 ラァバがカッコよく拳を掲げると、『シュナイデン』の足元の切り抜かれた地面が爆風によって空へと吹き飛ばされた。
「きゃああ!?」
 そしてその上に立っていた『シュナイデン』も地面に押し上げられる形で天高くに舞い上がる。


 ラァバの攻撃が効かず、転んだ時は効く――これらに違いがあるとするならば、前者は『シュナイデン』に対する直接的な攻撃であり、後者は別の何かをした結果生じた間接的な現象である。そのキッカケを作ったのがラァバであったとしても、最終的に『シュナイデン』に害を及ぼそうとした対象が何なのか――これが防御魔法を解くカギであるとラァバは睨んだ。
 恐らく『シュナイデン』に風をぶつけて飛ばそうとすればこれまで同様無効化されたのだろう。だが飛ばす対象を切り抜いた地面とし、『シュナイデン』が飛ぶのはその上に立っていたからというワンクッションを挟む事で、結果ラァバは『シュナイデン』を飛ばすことに成功した。
 そして飛ばされた事で生じる高度からの落下、地面に衝突した際に発生する衝撃はラァバの攻撃が発端ではあってもラァバの攻撃ではない。
 この推測が正しければ、『シュナイデン』はそのまま落下する事はなく――


「もー、普通の人はいきなり高い所に放り出されても冷静に対応できないんだからねー。」
 両手の指を真下に向け、そこから先ほどの風を吹き出して落下の速度を落としながら危なっかしく着地した。
「なるほど――さっきの生き埋め作戦の結果を考慮すると「直接的な攻撃の意思がない間接的攻撃」が有効ってところかしらね!」
「? ああ、わたしの魔法の謎解きのこと? いきなり論文みたいな事言うから何かと思ったけど、本当に騎士って小難しく考えるのが好きなんだね。」
 あははと笑う『シュナイデン』のその反応に、自分の推測が間違っているのか? という疑問と見落とした事実が無かったかという思考を無意識に行ったラァバは――

 ――次の瞬間、左腕を肩から切断された。

「――!?」
 激痛を押し殺し、油断していたわけでもないのに至ってしまった現状に困惑しながらも即座に状況を確認する。どうらやらラァバの腕を斬り落としたのは絵の具を振り回す事によって生成される大剣。いつの間にか手を上に挙げている『シュナイデン』の指先からは、黄色い絵の具が大剣の形で伸びていた。
「あはは、小細工を使うって言ったでしょ? 見ての通り、わたしの魔法は指を変化させる事――別に絵の具を飛ばすのに両手を合わせる必要はないんだよ。」
 恐らくは絵の具を利用した攻撃に時折見せる超速動作を組み合わせた一撃。それだけでも驚異的ではあるが風使いが相手であることを考慮して慎重に時を待ったのか、両手を合わせる事を予備動作と思わせる事で片手の状態の時の警戒をわずかに下げさせ、そして魔法の解明に手が届いたと感じていたラァバに不穏な言葉をぶつけることで生じる迷いによる思考時間――その一瞬の隙を狙い、『シュナイデン』は必殺の一撃をラァバに当てたのだ。
 そう、言葉通りに必殺の一撃。腕ではなく首を狙えば確実にラァバを殺すことが出来ただろう『シュナイデン』がそうしなかったのは――
「うんうん、この状況なら文句はないよね。」
 痛みと混乱で動きの止まっていたラァバのすぐ隣に立った『シュナイデン』は、絵の具を消すと指先をラァバの首元にあてて上を向いた。
「この人質の命はきっと、あなたの中で結構上のランクだよね。」
 視線の先にいたのは、人質を見捨てる覚悟をした時よりも遥かに恐ろしい表情になっているフィリウスだった。
「――! 待てフィリウス、落ち着――」
「あー、ちょっとお静かにねー。」
 自分が更なる人質になってしまったという失態や腕の痛みなどよりも、今のフィリウスの状態を何とかする事が優先――そんな表情になったラァバの首に、魔法の光は帯びていないが人差し指をググッと押し付ける『シュナイデン』。
「えーっと、そうそう。さっき要求の内容を聞いてきたから答えるけど、わたしは魔人族の国スピエルドルフで思う存分インスピレーションを得たいの。その為には基本的に人間に興味が無い魔人族が興味を持っているレア中のレアな人間の協力が必要不可欠。価値のほどまではわからなかったけど、扱いやすいのは十二騎士のあなたよりもわたしと同い年っぽい学生のお弟子さんだよね。だから――」
「おい。」
 ゆっくりと着地したフィリウスは抱えていたカルサイトを下ろすと鋭く目配せをし、『シュナイデン』を睨みつけた。
「その先の言葉はよく選べよ?」
 背中の大剣を抜き、ゆらりと、しかし凄まじい圧を放つ構えをしたフィリウスを前に『シュナイデン』は――
「――ロイド・サードニクスをわたしにちょうだい。」
 ――特に変わらずニッコリと笑った。

騎士物語 第十二話 ~趣味人~ 第六章 理想を追うサムライと理想を生む芸術家

この世界における魔法は「イメージ」が大事な要素で「常識や理屈」が大敵という形になっています。
という事で全てを「イメージ」で片づける超思い込みの強い人が正宗でしたね。「ござる」も「候」も使い方が滅茶苦茶なので真似してはいけません。

『シュナイデン』とのバトル開始に伴い、フィリウスが《オウガスト》として集めた『ムーンナイツ』の全員が登場しました。変なのばっかりですね。
ちなみに「シュナイデン」はドイツ語の「切る」で彼女の行為と「切開」を繋げたのが由来です。
お医者さんみたいと言ったのはそういう事ですがこの世界にドイツという国は無いので、考え出すとややこしくなりますね……

段々と騎士としての覚悟と言いますか、優先するモノが見えてきたフィリウスは『シュナイデン』とどう戦うのでしょうか。

騎士物語 第十二話 ~趣味人~ 第六章 理想を追うサムライと理想を生む芸術家

あらゆる常識を無視する正宗との戦闘を続けるフィリウスとエリン。 魔眼を解放して全力となった正宗の強さを前に、二人はある賭けに出て―― 同じ頃、そんな十二騎士とS級犯罪者の激闘を眺める者がいて――

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-03-31

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