落日の再会 3

落日の再会 3

苦難と倹約

 結婚した。同じ課の主任と。実家暮らしの私は金を貯めていた。当時は利息がよかった。社内預金は8パーセント、趣味もなく、旅行も贅沢もしない私の貯金は面白いように貯まっていた。地方から出てきていた夫にはほとんどなかった。ひとり暮らし、スーツも買わなければならない。都会は楽しかっただろう。タバコも吸っていた。飲みにも行っていた。ディスコにも通っていた。気前がよかった。当然金はない。付き合うようになると私から借りた。給料日には返してくれるが。妻になる人は大変だ。
 結婚するつもりはあったのか、なかったのか? 妊娠した。堕してくれとは言わなかった。結婚式、新婚旅行の金は私が出した。地方から出てきた夫の身内のホテル代まで。文句はなかった。

 節約した。私の収入がなくなったのだから。夫は付き合いがあるからと小遣いをたくさんほしがった。付き合いは大切だ。ケチな男は出世しない。大卒の男たちの中で高卒の夫は頑張っていた。東大卒の主任より人望も人気もあった。
 給料もボーナスも多かった。残業代も多い。いい時代だった。夫に不自由な思いはさせなかった。欲しがるだけの小遣いを渡し家計費を節約した。貯金もした。節約は楽しかった。不思議なことに節約するほど食事はバラエティーに富み、健康になった。ノートを作った。食費とメニューを記録する。食材を無駄にしない。乾物類が増えた。頭を使った。当時食パンの端が1袋10円で売っていた。それが息子の大好きなフレンチトーストや揚げパンになる。夫も食費を倹約していることに気づかなかった。うまい、うまいと褒めたし健康のために作るらっきょう漬けやニンニク漬けを喜んでいた。

 出産後体型が変わった。痩せたのだ。体重は50キロを切った。まだ痩せた。2度と戻れなかった46キロを維持した。よく動くからなのか? あれほど悩んだ体型が変わった。脇腹ははみ出ない。たるまない。夏のショートパンツから出た足はもう太くはなかった。ショートパンツでゴミ出しに行った。褒められた。

 節約した。家族旅行は会社の保養施設。夫の実家に帰省する前に流産した。悲しかったが立ち直った。転勤になり2度目の流産をした。辛くて息子の面倒を見にきてくれた母が帰る時に一緒に実家に戻った。それが間違いだったのだ。ほどなく父が急逝し母が鬱になった。夫は単身赴任になった。数年ごとの転勤。私は実家の近くに部屋を借り留守を守った。私の世界は狭くなってしまった。楽しみは息子の成長、夫に送る保存食作り。狭いベランダの園芸……

 単身赴任の夫が……やらかしてくれた。晴天の霹靂。
「ひとりで育てなさいよ。息子には会わせない」
想像した。乳児をかかえた父親。夫には無理だろう。胃がむかつく。痩せた。夢を超えてしまった体重。体型。鏡に映った幽霊のような女……だめだ。このままでは。息子のために、どうすればいい?

 家を買った。小さい庭のある家。頭金は私の貯金から出した。小さくなった私の世界。私は立ち直らなければならない。息子のために。
 

落日の再会 3

落日の再会 3

  • 小説
  • 掌編
  • 青年向け
更新日
登録日
2024-03-04

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