(2024年~)TOKIの世界譚 稲荷神編②『いなり神達の小さな神話』

一月

 雪が降り寒い冬。
 静かな高台の稲荷神社は雪の降り積もる音が聞こえそうなほど静か。
 いや、この神社はいつも静かか。
 「ウカちゃーん、寒いね。今年の稲荷ランキングどうするー?」
 神社の扉の前で話しかける青年は気だるそうに伸びをした。
 青年は銀色の髪にナイトキャップを被り、羽織に袴というわけのわからない格好だ。
 「サムイ、ユキ、フッテル」
 神社の中からだらけきった少女の声が聞こえる。
 「……ねぇ、ウカちゃん、日本に初めてきたどっかの原住民みたいな言い方やめてくんない?」
 「サムイ、ユキ、ナンモシタクナイ」
 「うん、僕もなんもしたくないから遊びにきたようなもんだけど……顔くらい出してよ」
 ナイトキャップの変な青年が声をかけるとウカと呼ばれた少女が扉を開け、顔を出した。
 ピエロが被る帽子を被った金髪の着物を着た変な少女だった。
 「あー、ミタマくん。ユキ、フッテル」
 「知ってるよ……。雪の中歩いてきたからさ。で、稲荷ランキングが……」
 「なんだっけ? それ」
 ウカと呼ばれた少女は首を傾げた。
 「いや、いつも頑張ってるアレを忘れたの? たくさんいる地域、地域の稲荷神達が信仰と絆をどんだけためられたかを競うランキングじゃないか。で、ここ百合組地域の稲荷達はすべてが底辺だから作戦会議で上位に食い込もうって感じでさ」
 「あー、昨日話したやつね。ユキ、フッテル」
 ウカは雪が降ってるから今日はやる気がないようだ。
 「うん、まあ、今日はいっか」
 百合組地域、ウカに続き、ミタマも実はやる気のない稲荷神である。
 「私達、どこまでもポンコツな気がする」
 「ん? トンコツ?」
 「ミタマくん、ポンコツだよ。私達は豚さんではなく、どちらかといえばキツネ寄りでさ」
 「ああ、ポンコツ……」
 ミタマは「なるほど」と頷いた後、眉を寄せた。
 「ちょ、それでいいの!? 自分達でポンコツって言ってていいの?」
 「良くないけどー、ユキ、フッテル」
 ウカは降り積もる雪を指差してから畳の部屋の真ん中にあるコタツを指差した。
 「みかんでも」
 「いいねぇ。お鍋にお餅やりたい」
 「じゃあ、百合組皆、呼ぶ?」
 「そうしよう! あ、イナは爆食だから沢山食材いるよねー。リガノに食材持ってきてもらおうか、ミノさんは来るかなあ」
 「くるっしょ、食う寝る好きだし」
 ウカとミタマは勝手に宴会の話を進める。百合組稲荷はお仕事のやる気は壊滅的だが楽しいことへの動きは早い。
 「じゃあ呼ぼう!」
 ミタマは神々のテレパシー電話を使い、この地域の稲荷に電話をかけた。
 「どう? 来そう?」
 「皆、秒で来るっぽい」
 ミタマは苦笑いで答えた。
 こういう時だけ百合組稲荷は団結力が強い。
 
  「きたよー!」
 一番最初に現れたのは元気なチビッ子幼女稲荷、イナだった。巾着を逆さにしたような帽子を被り、羽織に袴だ。
 「ああ、イナ、いらっしゃい」
 ウカがてきとうに神社内の霊的空間に上げる。霊的空間は人間からすると見えない空間だが、神々からすると生活空間が広がっている。ウカの霊的空間は五畳くらいの生活空間だ。
 「て、手伝ってくれると嬉しいのだが」
 イナの後ろから情けない男の声がした。
 「あー、ミタマくーん、リガノきたー」
 ウカが部屋の奥にいるミタマに声をかける。ミタマが顔を出し、キャスケット帽を被る羽織袴の青年が持つ荷物に目を向けた。
 「白菜ある?」
 「もってきた……重い」
 「はいはーい」
 キャスケット帽の青年リガノは楽観的な雰囲気のミタマに野菜の入った段ボールを押し付けた。
 「え、おもっ……」
 「お前に買えといわれたもんを買ってきたんだ。手伝いに来てくれれば良かったのに……」
 「行かなくて良かった……」
 「ミタマ……お前」
 「ごめん、ごめん~。とりあえず、中に」
 「……はあ」
 リガノが部屋に入り、続いて肩から布がないちゃんちゃんこを着た金髪の青年が元気良く現れた。
 頭にキツネ耳がついている。
 彼だけ帽子を被っていない。
 稲荷神の中で帽子が流行っているらしく、皆、個性的な帽子を被るようだが、彼だけは帽子を被らないようだ。
 「腹へった~! 飯食いにきた~!」
 「うちは定食屋じゃないよ!」
 間髪を入れず、神社内からウカの声が響く。
 「まあまあ、穀物の神として、うどん持ってきたぜ!」
 「ナイス! ミノさん! 餅もあるしお腹いっぱいになるね」
 ウカにミノさんと呼ばれたキツネ耳の青年は少し得意気にうどんをかざし、神社内へ入った。
 「てか、皆、集まるのに五分もかかってないじゃないのっ! その力があってなんで最下位なわけよ!」
 「……ねー……」
 ウカが机にみかんを置きながら言い、それぞれ同じ反応をした。
 「そろそろ百合組地区のアマテラス様の子孫の紅雷王様が怒りそう。去年は何も言ってこなかったけど」
 「あの神は時神のトップでもあるから、忙しいんじゃない?」
 ウカにミタマがお鍋を準備しながら楽しそうに答えた。
 「まあ、鍋にしよ、鍋、鍋」
 ウカは色々考えるのが嫌いである。野菜を運ぶリガノがキッチンに入るのを眺めつつ、ウカはコタツで横になる。
 「ウカちゃん、今年はイケイケの年にしようよ!」
 チビッ子稲荷のイナがみかんを食べながらウカに微笑んだ。
 「イケイケ……」
 「ムリムリー、どうせ三日で頑張りはなくなるぜ」
 考えるウカにミノさんがてきとうに返す。
 「今年は頑張るか……」
 野菜を煮るおいしい匂いがしてきた。ウカの頭はすぐにお鍋に向かった。
 「お鍋きたー!」
 イナが喜び、ミタマが食器を持ってくる。
 「おいしそー!」
 土鍋を持ったリガノがやってきて、輝かしい煮えた野菜達をお椀に盛り始めた。ミタマがお米を持ってきて、一同の腹が鳴る。
 「まあ、食べてから考えるか」
 と、結局、考えるのをやめるウカだった。
 『今年も』稲荷ランキングをあげることは難しいかもしれない。

二月

 「鬼はー外ー!」
 よくわからないがウカはてきとうに社の内部で大豆を投げる。
 「ちょ、ウカちゃん? 部屋に豆投げる? 普通外じゃない? 鬼は外って……」
 なんとなく遊びに来たミタマは部屋が豆だらけなウカの社をあきれた目で見つめた。
 「あ、ミタマくんじゃん。寒いから部屋でやってんの。てきとーに。豆は後で回収しておいしいおやつにしてもらうんだからー」
 「……自分でするんじゃなくて、してもらうのね。あれかな、リガノとか?」
 「そそ、そろそろ来るでしょ」
 ウカが豆を集めだし、ミタマがため息をついた頃、リガノが現れた。
 「……何をするべきかわからなかったから……来たぞ」
 「うわあ……ウカちゃんの都合いい時にきた……。それだから使われるんだよ……」
 「……?」
 眉を寄せたリガノにウカが集めた豆を見せ、満面の笑みで言った。
 「これを衣にして揚げ物とか、チョコまぶしてみるとか、なんかおやつ食べたーい」
 「ほら、きたよ」
 ミタマはあきれた顔のまま、ウカの部屋のコタツに入り、みかんをむきはじめる。
 「おやつ……だと! まあ、少し考えてみるか……。我ら稲荷神、邪気祓いに魔目(まめ)を食って大丈夫だったか……」
 「ま、ダメだったらお腹壊すだけよ、心配ないし」
 ウカはミタマの向かいに座り、コタツに入った。
 「軽いなあ」
 「なんかさ、鬼でも出ないかなあ。やっつければ信仰心上がるんじゃね? モモタローみたいにー。あ、陰陽師?」
 「やめてよ、ウカちゃん。太陽神系列の僕達が鬼を出そうなんてさ」
 ミタマはため息をつきつつ、さらにみかんをむきはじめる。
 「こんにちはー! 暇だったから遊びにきたー! まださっむーい!」
 外から元気な少女の声が響いた。
 「あー、イナまできた……」
 「ねー、ねー、なにしてんのー? なんかおやつあるー?」
 イナはウカの社へ自分の家のように入り込み、何やらやっているリガノを覗いていた。
 「はあ、また結局さー」
 「さっみー! コタツ入れて~」
 ウカが話している途中でキツネ耳の赤いちゃんちゃんこの青年がコタツに入り込んできた。
 「全員集合しちゃうわけよ」
 「ミノさんまできちゃって……」
 ミタマがため息をつきながら横になる。
 「はあー、寒いとやる気でないねー」
 「ねー」
 ミタマの一言に稲荷一同は頷いていた。そしてミタマはまた、みかんをむきはじめる。
 「あ、みかんむきすぎたわ。三つも無心でむいてたよ……。食べよ」
 のそのそとみかんを食べ始めたミタマにお怒りな声が響いた。
 「まてまてー! やる気がなさすぎるぞ! お前ら!」
 「えー……誰?」
 ウカの社に入ってきた神を稲荷達は眠そうな目で見上げた。


 「オイコラ! 『えーだれぇ』じゃねー!」
 ウカ達の前には赤い髪の青年が腕を組んで立っていた。上下紺色のスウェットを着ている、頬に赤いペイントをしている男だ。
 「うわっ、やべ、紅雷王(こうらいおう)だ……」
 ミノさんは静かに社から出ようとしたが、赤い髪の青年に止められた。
 「それで、これは、何集まりだァ?」
 「えー、今後の勤務について会議をですね……」
 ミタマが青い顔で青年を見上げる。この青年は湯瀬紅雷王(ゆせ こうらいおう)。プラズマというあだ名で知られる稲荷神の上だ。
 アマテラス大神の力を受け継ぐ太陽神の主、輝照姫大神(こうしょうきおおみかみ)サキとアマテラスの子孫の時神未来神、両方とも稲荷にとっての上司だ。
 稲荷は元々、アマテラス大神に関係があるがアマテラス大神は現在、世界にいない。
 「会議ねぇ……。で? どうやって信仰を集めるんだ? 言ってみろ」
 「えー……ミタマくんが説明しまっす!」
 ウカに全ふりされたミタマは顔色が急に悪くなった。
 「ちょ、ウカちゃん!? え、えー……ああ! 今から会議をやるので、まだ決まってなくて……」
 「もうやる気ないだろ……」
 プラズマがあきれたところでリガノの呑気な声と喜びの声を上げるイナの声が響いた。
 「大豆のお菓子を作ってみたぞ。砕いて衣に……」
 「おいしそう! 早く食べよう! 一個ちょーだい! ……あ」
 「……本当に会議か?」
 プラズマは眉を寄せた。
 「誰だ、鬼みたいな神を連れてきたのは」
 リガノは頭を抱える。
 「リガノくん!」
 ウカが青い顔で叫び、プラズマは静かに拳を震わせた。
 「逃げろー!」
 ミノさんの楽しそうな掛け声で稲荷達は逃げ出した。イナはリガノが持つ大豆のお菓子を横から摘まみながら走った。
 大豆を衣にして作ったコロッケだった。
 「これ、うまー!」
 「イナ! あたしの分もとっておきなさいよ!」
 「コラァ! まてぇ!」
 プラズマの声を残し、稲荷達は逃亡に成功した。
 「……そういやあ、アマテラス様ってどこいったんだろ?」
 「たしかに」
 逃げ切ったウカが何事もなくつぶやき、ミタマは唸った。
 「まずプラズマについて調べる?」
 イナが無邪気な笑顔を向け、コロッケを頬張りながらそんなことを言った。
 「あー、いいかもねー、暇だし」
 「暇なら信仰心集めろって話なんだけどねー、稲荷ランキング上げるんじゃないの? ウカちゃん」
 ミタマが余っているコロッケに手を伸ばし、口に入れる。
 「ま、勝手に上がるでしょ。ミタマくん、あたしの残しといて!」
 ウカもコロッケに手を伸ばす。
 「あ、俺もー!」
 ミノさんも手を伸ばした。
 「ちょ、ちょっと待て! 両手で皿を持っている俺はどうすればっ!」
 リガノはなくなっていくコロッケを涙目で見つめていた。

 もうすぐ春が来る。

三月

 「三月になったねー」
 「ねー」
 イナの社に遊びにきたウカは三月を喜びつつ、雛人形を準備する時神現代神アヤを見つめた。
 アヤは茶色のショートヘアーの少女で未来神プラズマなどと共に時神達全員で生活している。
 その時神ハウスの庭に住み着き始めたのがイナだ。
 「イナの本社、今どこにあるの? そういえば。これ?」
 ウカは庭にある社を指差した。
 「本社は家守龍神(いえのもりりゅうのかみ)の社の端にあるよ! ヤモリ、忙しそうだからさあ、今はこっちで遊んでる!」
 「ふーん。ていうかさ、紅雷王ってああいう扱いなの?」
 ウカが再び時神ハウスの中を指差した。
 「プラズマ、部屋片付けて! いつまでもゴロゴロしない! 布団片付けて!」
 「あ~、アヤ……春眠暁を覚えずって言ってさ……」
 「あなたね、いつまでも暁を覚えないじゃない!」
 「そういや、部屋ってさ、屁屋って言うんだって。すっごいオナラする嫁さんがいてさ、家壊しちゃうから、ひとまを与えてここでしてねって言ったんだと。で、それが部屋に……」
 「いいから布団あげなさい!」
 アヤがプラズマの布団を剥いで片付け始める。プラズマは思い切り畳に鼻をぶつけて転がった。
 「え、時神現代神アヤって怪力?」
 ウカが面倒くさそうにつぶやき、イナが笑った。
 「雛人形飾るんだって」
 「へぇ、いいじゃん。桃の節句だし。あー、桃食べたい」
 「桃は夏だよ! あー、でも食べたくなってきた。もも缶もらってこようかな」
 イナがつぶやき、ウカがあきれる。
 「もらうじゃなくて盗むが正解なんじゃないかって思うんだけど」
 「失礼な! もらってくるだけだよ」
 「よう! ウカとイナ!」
 イナが動こうとした刹那、ミノさんが声をかけてきた。
 「あ、どーも、遊びにきたよ。久々に布団からでたー」
 ウカが手をてきとうに振る。
 「寒いからなあ、まだ」
 「ミノさん、あんた、何いっぱい持ってるの?」
 ウカはミノさんが抱えているものを指差した。
 「ああ、ひなあられ、ひしもち、金平糖に……ちらし寿司だぜぃ!」
 「あんた! さすがに盗みすぎじゃん!」
 「いやあ、堂々と置いてあったからさあ」
 「……ま、まあ、勝手に持っていきなみたいな感じなのかも?」
 「ずらかるぜ!」
 「ずらかるぜぃ!」
 ミノさんが走りだし、イナも続く。
 「ええ……やっぱ盗み? アマテラス様に食べ物を持っていく神なのに、持っていったらダメじゃね?」
 ウカもふたりを追いかけて走って行った。ちなみにプラズマは威厳なく、アヤに頭を下げていた。
 もう少し寝ていたかったようだった。
 
 ミノさん、イナ、ウカは食べ物を持ってウカの神社へ帰っていた。そろそろあたたかくなりそうな気はするが、まだ寒い。
 ウカの神社は階段を登った高台にあった。稲荷の足は軟弱にはできていないため、長い階段でも苦労しない。
 「紅雷王だってあんな感じじゃん」
 ウカは自室のコタツに入り、ひなあられをつまんでいる。
 「じゃあさ、プラズマの観察日記つけない? 楽しそう!」
 イナはそんなことを言いながらちらし寿司を掃除機のようにたいらげた。
 「ああ……俺が持ってきたのに……」
 ミノさんは少し悲しげに菱餅をかじる。
 「紅雷王の観察日記とかウケる。やろ、やろ」
 ウカが笑っているところへ、いつものようにミタマとリガノが現れた。
 「ウカちゃん、稲荷ランキング忘れてるんだけど」
 やる気なさそうなミタマがとりあえずウカに言う。
 「ああ、ミタマくん、紅雷王の日記つけたら信仰心上がりそうじゃね?」
 「なんでさ……」
 「わかんないけどー」
 「これを見ろ。稲荷ランキング月間だ」
 リガノは電子媒体の「天界通信」を開き、皆に転送する。
 神々は電子データでできているためか、情報共有やテレパシーなどで会話も可能だ。
 「わあ、けっこう上がってんじゃね? どれどれ?」
 「なんもやってないし、あがるわけないんだけど」
 ウカにミタマはあきれた声をあげながら沢山の稲荷がいる名簿の一番下を指差す。最下位は百合組地区の稲荷らしい。
 「お! あたし、上じゃん! やった!」
 「……うちら皆同列で、ウカちゃんの名前が一番上なだけだよ、ほら」
 「でも上!」
 「やった! 皆同じ!」
 ウカとイナが同時に叫び、ミノさんに関してはひなあられをつまみ始めてランキングすら見ていない。
 「リガノくん、これなに?」
 「皆、思い思いに自由に生きる。……いや、まるで動物園だな。この世界は大きな檻なのかもしれん」
 リガノの返答にミタマは頭を抱えた。
 「どういう意見なんだ……? それ。ま、いっか」
 「良くはない。今から九十九神化した雛人形を見に行かないか?」
 「やだよ、なにそのイベント……。普通の雛人形がいいんだけど」
 リガノの言葉にミタマはあきれた声をあげた。
 
 紅雷王観察日記。
 今日はなんか時神アヤに怒られていた。普段はやる気がなさそう。どこに太陽っぽさがあるんだろ? あの神はよくわからない。
 太陽神よりもアマテラス様の子孫な感じが強め?
 太陽神サキ様もてきとうだけど、なんか違う気もする。

四月

 「お花見季節到来!」
 リガノが重箱につめている料理をウカは自室から覗く。
 「うっほっほ~」
 「ウカちゃん、ゴリラみたいになってるよ……」
 「煮しめだよ! ミタマくん! ゴリラにもなるって! おいしそ~」
 呆れるミタマにウカが嬉々とした表情で言った。
 「ウカちゃんは花より団子だよね」
 「と、いうよりか……信仰より飯だな」
 リガノが煮しめを重箱につめ、サトイモの唐揚げを作り始めた。
 「お~う! いい匂い!」
 「おにぎり作らないと……」
 リガノは忙しい。
 「あ、具材、ワカメがいい!」
 「……ウカ、作ってくれないか……」
 「まー……この辺はミタマくんが!」
 「ウカちゃんも手伝う! わかったよね?」
 ミタマに言われ、ウカはしぶしぶ動き出した。
 「てか、ほぼイナの分じゃん」
 「あの子、尋常じゃない食べっぷりだからねー」
 ミタマとウカはおにぎりにとりかかった。
 今日は晴天で桜が美しく見える日だろうということで、近所の河川敷の桜を見に行く予定だ。
 つまり花見をしに行く。
 「はぁい! イナちゃん来たよ!」
 おにぎりを作り始めてすぐにやってきたのはイナだった。
 「あ! おにぎり! いなり寿司は? 持ってくよね?」
 「おにぎりにいなり寿司って米だらけじゃん」
 「お米は別腹ってよく言うでしょ?」
 「聞いたことないんだけど」
 楽しそうなイナにウカはあきれたため息をついた。
 しばらく作業に集中し、すべての料理が詰め終わった。
 「あー、疲れた」
 ウカは大量におにぎりを握ったので手首が疲れたようだ。
 「じゃあ、行く?」
 ミタマが声をかけた刹那、元気な声が響いた。
 「花見すんだって? いくー」
 キツネ耳むき出しの青年、ミノさんであった。
 「タイミングよく来たね……」
 ウカは横目で睨みつつ重箱をリガノに持たせる。
 「重い……」
 「そりゃね」
 ウカは一番軽そうなのを持つと、明るく言った。
 「じゃ、いこっか!」
 全員そろった稲荷さんらは花見に向かった。

 「えー、なんかもう暑くない?」
 桜がきれいな原っぱにシートを敷いて重箱を並べていると汗をかいてきた。
 目の前は川で風は心地よい。
 スズメなどの鳥が桜の花弁を良い感じに散らしている。
 「花鳥風月だね」
 「月ないけどね」
 ミタマの発言にてきとうに答えながらウカは料理をつまんでいく。
 「うっま!」
 「あ! イナも食べるー!」
 「俺も!」
 料理を食べ始めたウカに負けまいとイナもミノさんもがっつき始めた。
 「うめぇ! 来て良かった!」
 「おいなりさーん! おいなりさーん!」
 「……花は見ないのか」
 あきれたリガノは料理をつまみながら桜を眺める。
 今日は平日だが、花見客が多かった。隣の団体花見客を見て、リガノはお茶を吹き出した。
 「ちょっとリガノくん、汚いんだけど」
 ウカがため息混じりにリガノを見るも、リガノはむせながら隣のシートを指差した。
 「えー、なに? ……あ」
 ウカはてきとうに隣を見て固まった。時神達と太陽神サキがお花見をしていた。上司の紅雷王プラズマ、太陽神サキが両方そろっている。
 「やっばっ! 撤収!」
 のんびりしているミタマとイナ、ミノさんに撤収を呼びかけた時プラズマが、来るのを予想していたかのように立ち上がった。
 「やあ、稲荷神、楽しいか? 桜がきれいだもんなあ?」
 「え、あー、そうっすね?」
 青い顔をしている稲荷達に代わり、ウカがてきとうに返す。
 「別に強制はしねぇけども、稲荷ランキングは大丈夫だったのか?」
 「そ~う、そう! 私なんて名前が一番上に……」
 「ウカちゃん、皆一緒だって、ひとりだけ逃げないよ、わかってるよね?」
 ミタマに突っ込まれたウカは唸りつつ苦笑いをプラズマに向けた。
 「まあ、そういうことで……」
 「どういうことだよ?」
 プラズマに尋ねられて冷や汗のまま後退りするウカ。
 それを見たサキがてきとうに答えた。
 「まあまあ、プラズマくん、稲荷ちゃんらは去年、なかなか活躍していたじゃないかい。あたしは見ていたよ。あたし達だって、結局どっちが稲荷ちゃんらを管理するかわかってないし、去年はプラズマくん、放置してたんだからあんまり強く言わなくても」
 「俺は時神の管理で精一杯なの! アマテラス様の子孫だから仕方ないけどな……。稲荷はどうなんだ? 俺達高天原北の頭、北の冷林(れいりん)……安徳帝の管理になるから俺が見るのか? それとも、アマテラス様の力を受け継いだ太陽神の管理なのか?」
 「さあ?」
 「さあって……あんたな……」
 プラズマがあきれ、サキは笑う。
 「まあ、あたしは太陽神をまとめてて、霊的太陽から動かないから、慕われてても何にもできないよ? アマテラス様の子孫のプラズマくんが管理するべきなんじゃないかい?」
 「またそういう……」
 プラズマとサキが話している間に、稲荷達は風呂敷を畳み、シートを回収してさっさと逃げ出した。
 「あー、びっくりした……」
 河川敷とは別の山桜の下に再びシートを広げたウカは大量の冷や汗をぬぐいながらいなり寿司をつまんでいた。
 「びっくりしたね……」
 ミタマもおかずをつまみつつ、おにぎりを食べていた。
 「と、いうか……」
 イナはいなり寿司をウカと奪い合いながらつぶやく。
 「イナ達はさ、誰の下についてるの?」
 「それな」
 ウカはいなり寿司を口に放り込みながら答えた。
 「太陽神サキじゃねぇんだなあ? わかんなくなってきたぜ、俺。あ、まあ、元々知らねぇけど。アハハハ!」
 ミノさんは呑気に笑い、サトイモの唐揚げを食べながらお酒を飲み始める。
 「ミノさん、私にも」
 「えー……はい」
 ウカが猪口を出してきたので、ミノさんは渋々注いだ。
 「ウカちゃん、飲み過ぎないでね、面倒くさいから」
 「そうだ。ウカは飲み過ぎると面倒くさい。花見だから嗜むのはいいが」
 ミタマとリガノがそれぞれウカに言いながら猪口をミノさんに差し出す。
 「おたくら、自分でやれよ……」
 ミノさんは文句を言いながらミタマとリガノにお酒を注いだ。
 「イナも!」
 「あんたは麦茶にしときな。お酒はまだ早い」
 「えー! イナも飲みたいー!」
 騒ぐイナを押さえといて、ウカは猪口の中身を飲み干した。
 「はあ、いいお酒~。桜もきれいで最高の花見。プラズマのことは忘れよ?」
 「忘れるの? まあいいけど」
 「見なかったことにするか」
 ウカにミタマとリガノが賛成した。彼らはだいたいウカに従う。
 「さあ、花見、始めよう!」
 イナが手を上げ、稲荷一同も一斉に手を上げた。
 「そこらに咲く桜もいいものだ」
 「この野桜さ、型にはまらない僕らみたいだよねー、好き」
 「……俺達はハマらないといけないとは思うが……な」
 ミタマにリガノは苦笑いで言った後、桜と青空を見上げた。

 観察日記。
 そういえば、上司だと思ってたんだけど違ったみたい。勝手にサキ様、プラズマくんだと思っていたけど、違うのかな? だったら自由にやりまくるのもいいかもね。
 でもなんだろうな?
 プラズマくんみたいな神には従うべきだよなとは本能的に思う。

五月 端午の節句

 心地よい太陽が少し主張を強め始める五月。ウカは勝手に決めた長期休暇、ゴールデンウィークの予定を立てていた。
 「あ、いいねー、温泉。露天がいいー」
 どこからかもらってきた旅行雑誌を積み上げ、自分が行くならどこかという、別にどこか行くわけではない謎の計画を立てていた。
「ファミリー遊園地……暑そう、パス。森のアクティビティ? わざわざ? ……パス。プール……まだ五月はじめー」
 「……なに、その行く気のない感じ。行かないのに計画立ててるでしょ?」
 横にいたミタマに言われ、ウカは雑誌を放り投げた。
 「えーん、本当は全部イキターイ!」
 「行きたかったんかい……」
 「なんかさ、イベントないわけ? せっかくのゴールデンウィークなのにさ、なんにもやらないでゴロゴロしてるなんてさ」
 「ウカちゃん、そもそも一年中休暇なのに長期休暇も何もないんだけど?」
 ミタマはあきれつつ、机に置いてあった柏餅に手を伸ばした。
 「ねぇ、待って。なんで柏餅が机の上に置いてあるの?」
 ミタマの手に掴まれた柏餅をすばやく見たウカは鋭く尋ねた。
 「あー、これ? リガノくんが買って来たんだよ」
 「え、私も食べる!」
 「どうぞ。ウカちゃん、ちなみに今日は端午の節句なの知らないでしょ?」
 ミタマにつっこまれ、ウカは眉を寄せた。
 「知ってるって。かしわ餅食べて鯉のぼりの日」
 「……男の子の成長を喜んでね……。あ、女の子でもいいらしいよ。菖蒲湯入ってさ……厄除け……」
 「あぁー……菖蒲湯気持ち良さそう。銭湯最高だろうね。菖蒲買ってきてうちでやろうか」
 ウカはかしわ餅を頬張りながら思い付いたことを言った。
 「ウカちゃん、菖蒲買ってこないし、お風呂も沸かさないつもりでしょ。いつも僕らなんだよね。こういうことやるの」
 「あー……まあ、たぶん、こういうのはリガノくんが……」
 ウカが目を泳がせていたらリガノがやってきた。
 「今日は端午の節句だ。気持ちいい菖蒲のお風呂に入って癒しを……」
 最後まで言い終わる前にミタマがため息をついた。
 「なんで、菖蒲を持ってくんの……。ウカちゃん、なんにもやらないじゃない、これじゃあ……」
 「あ、ああ……すまん」
 「お風呂くらい沸かしてもらおうよ……」
 ミタマがリガノに言った時、ウカが追加で言葉を発してきた。
 「あー、ミタマくん、お風呂、沸かしといてー」
 「ウカちゃん! それぐらい自分でやろうね! 風呂のボタン、押すだけだからね? 最新のお風呂なんだから、薪からやるわけじゃないんだから! 押したら沸くから!」
 ミタマに叱られ、肩を落としたウカは渋々お風呂のスイッチを押した。
 
 一方でイナはスキップをしながら五月を満喫していた。花はきれいに咲き、てんとう虫が顔を出す。ウカの神社に行く途中だ。
 横にはミノさんがいた。
 「あー、なんでこんなにあちぃの? まだ五月なんだよなあ?」
 ミノさんがぼやき、イナは蝶々を追い始めた。
 「オーイ」
 ミノさんがため息をついた時、背中を誰かに叩かれた。
 「ん?」
 「ミノさん、相変わらずダラダラしてるね」
 「……えー」
 背中を叩いてきたのは麦わら帽子にピンクのシャツ、オレンジのスカートを履いた地味めの少女だった。
 「ちょっと、名前忘れたの?」
 少女はミノさんを睨み付けた。
 「あー……えーと……あ! 地味子!」
 「地味子じゃなあああい! ヤモリ!」
 ヤモリと名乗った少女は怒りながら、強めにミノさんの背中を叩いた。
 「いってー! ごめんって!」
 「あ、ヤモリ!」
 イナがヤモリの声に反応し、戻ってきた。
 「なんだよ、おたくもウカんとこ行くのか?」
 「あんなやる気ない稲荷の側にいたら腐るよ! 私は一応、真面目な龍神! ちょっと相談にきただけだよ」
 「相談?」
 「うん。実はうちの神社で参拝客がきてね」
 「うわー、参拝客って言葉、ひっさびさに聞いたわ! アッハハハ!」
 「笑い事じゃないっ!」
 ヤモリに怒られ、ミノさんは苦笑いを浮かべた。
 「あの、それで?」
 「それで、参拝理由がね、ママさんでね、『産まれた子供の健康のため、ネットで菖蒲を買いました。間違えて苗の菖蒲を買ってしまい、大きくないので菖蒲湯には使えません。育てることにしました。新しく菖蒲を買ったらそれはニオイショウブではなく、花菖蒲でした……。初節句は菖蒲湯ができないですが、健康と厄よけを祈ってます……』って」
 「んー……なにそれ? ドジだなあ……。ニオイショウブと花菖蒲間違えんなよ。全然違う植物だぞどうしたらいいんだよ?」
 ミノさんは首を傾げた。
 「うち、厄除けじゃないからさー、なんかどっかの神にコンタクトとれない?」
 ヤモリは眉を寄せつつミノさんを見上げた。
 「んん……だって行くのはウカのとこだぜ」
 「だよねぇ……」
 三人はなんとなくウカの神社への階段を登り始めた。
 「初節句なら菖蒲湯やりたいよな?」
 「やりたいでしょうねー」
 神社の階段を登りきった時、赤ちゃんを抱いたどこかの母親が神社内をうろついていた。
 「あ、あの人……」
 「あー、ウカ、風呂沸かしてるぞ! たぶん菖蒲湯だ! イエーイ!」
 「ちょっと待って!」
 ミノさんが喜び、ヤモリは止める。そこへイナが嬉しそうに声を上げた。
 「かしわ餅ありそうなにおい!」
 「イナ、ちょっと黙ってて」
 「なんだよ?」
 ミノさんが聞き返し、ヤモリは説明を始める。
 「あの人なの! うちにきた人!」
 「あー、霊的空間内だから菖蒲の匂いも感じないだろうが、なんかかわいそうだなあー」
 「え? あのひと、菖蒲がほしいの? わかった! イナチャンとつげきぃ!」
 イナが突然走りだし、ヤモリは焦った。
 「待って! 人に突撃は……」
 ヤモリは社に走り去るイナを見て安堵のため息をついた。
 「ああ、神社か、良かった……」
 「人に突撃するわけねーだろ。みえねーんだから」
 ミノさんに言われたヤモリは指を横に振った。
 「いやいやミノさん、イナはやるよ」
 「やんのか、あいつ……」
 ミノさんは神社に消えていったイナを呆然と見つめた。

 「イナちゃんさんじょー!」
 「うわぁっ!」
 扉が開け放たれ、イナが元気よくウカの神社に入ってきた。
 「い、イナ……びっくりしたあ」
 お風呂を沸かしている間に旅行雑誌を見ていたウカは飛びはねて驚いていた。
 「イナちゃん、どうしたの? 今日はいつにも増してみなぎっているじゃん」
 横にいたミタマが苦笑いを浮かべ、寝ていたリガノは飛び起きた。
 「いや、寝てない。これからのために休養を……ってイナか」
 「菖蒲! 菖蒲が必要なの! いますぐ外を歩いている赤ちゃんだっこしてる人に渡して!」
 イナは興奮気味に言うが、ウカは眉を寄せていた。
 「え? どういうこと?」
 「イナちゃん、一応、菖蒲はあるけど、なんで?」
 ミタマに尋ねられ、イナは手短に話した。
 「えーと、ヤモリからその人が菖蒲を欲しがっているから、ウカなら持ってるかなって! 初節句なんだよ!」
 イナは必死に言うがよくわからない。
 「うーん、初節句……それで菖蒲がないのはかわいそうだね。もうそろそろ夕方だし、菖蒲は売り切れてるよ。……はい」
 ウカはよくわからなかったが、こどもの初節句に菖蒲湯ができないのだと判断し、イナに菖蒲を渡した。
 「厄除け! 厄除け! 厄除けだ!」
 ミタマもリガノも早く持っていけとイナを促した。
 イナは笑顔になると菖蒲を抱え、すぐに外に出る。そして、赤ちゃんを抱いている人に突撃した。
 すぐにヤモリに捕まり、イナは頬を膨らませる。
 「待ちなさい。赤ちゃんがいるんだよ? 私が渡すからね。私は人間に見える神様だからねー。菖蒲、ありがとう」
 「赤ちゃん、忘れてたよ」
 ヤモリがイナから菖蒲を受け取り、赤ちゃんを抱えるお母さんに話しかけた。
 ヤモリは多めに買ってしまったからと理由をつけると菖蒲をお母さんに渡した。
 お母さんが喜びの笑顔でヤモリに頭を下げ、赤ちゃんに声をかけていた。
 「あーあ、イナがあげたかったなあ」
 イナは残念そうにヤモリとお母さんを眺めた。
 「おたく、マジで突撃するつもりだったのかよ……。まあ、頑張ったんじゃね? あれ、おたくが引き寄せたのかもしれないぞ? 忘れていたが、おたく、縁結びの神なんだろ?」
 ミノさんに言われ、イナはなるほどと頷いた。
 「縁結びだ! 確かに! 縁結び!」
 イナが騒いでいるとヤモリが戻ってきた。
 「役に立つじゃない。しかもあの菖蒲、様々な稲荷の手に渡ったからきっと効果すごいよ~」
 ヤモリは笑顔で去っていった。
 「もしかして、信仰心増えてたりして!」
 ヤモリがいなくなってからイナはにこやかにミノさんを見上げた。
 「珍しく働いたかもなあ。ウカんとこでかしわ餅食おうぜ~。菖蒲湯はねぇけどな」
 「イエーイ! かしわ餅!」
 ふたりはにこやかに笑いながらウカの社へと向かった。

 ウカの日記。
 今日、菖蒲湯は結局した。
 時神のおうちで菖蒲をわけてもらった。男の子がいるのかと思ったら幼い男の子がいた。
 紅雷王は「彼」、高天原北の主、冷林(れいりん)と黒髪の幼い男の子のため菖蒲湯をしたようだ。
 冷林様は我々の主。
 彼はどうやら「安徳帝」のようだ。黒髪の男の子についてはよくわからない。

六月 梅雨?

 六月。梅雨には入っていないが、暑く雨の多い日が続く。
 「あー、だるっ。何もやる気でなーい」
 「いつもは『いつもやる気ないでしょ』とか突っ込むけどさ、僕もダメだー。しかも、今日はちょっと涼しい」
 ウカとミタマは社内の一室で横になっていた。何もしたくない。
 「六月病が到来か! 検索をしなければ! 乗り越えられん!」
 変な方向にスイッチが入ったリガノはスマートフォンで六月病の検索を始めていた。
 「なんなのー、この状況ー」
 「たぶん、六月病だよ、ウカちゃん……」
 ミタマはため息混じりに外を眺めた。外は良い感じに雨が降っている。
 「アジサイとかキンシバイとかキレイなんじゃない? 今」
 「キンシバイ? なんか禁止されてんの?」
 ウカが湿った旅行雑誌を意味もなくパラパラとめくり、ミタマに尋ねた。
 「黄色い太陽みたいなお花ー。梅雨の太陽って言われてる」
 「あたしみたいじゃん」
 「いや、ウカちゃんはコケでしょ、今。キノコ生えそう」
 「失礼しちゃうねー」
 意味もない会話をしていると、ジメジメに似合わない元気な幼女の声がした。
 「イナチャン! さんじょーう!」
 「あー、イナか」
 ウカは目の前に立つ元気なイナを寝転がりながら見上げた。
 「雨だね! 水たまり、楽しいよ! ヤモリも楽しそうだよ!」
 「ああ、あの地味めの龍神か」
 ウカはつぶやきながら起き上がった。
 「この雨、ヤモリの友達の誰か龍神が持ってきてる?」
 「さあ? 掃晴娘(そうせいじょ)やる? 雨が楽しいのはわかるけど、梅雨じゃないのに続きすぎ……」
 ミタマが苦笑いを浮かべ、ウカは眉を寄せた。
 「なに? そうせいじょって」
 「てるてる坊主のモデル。ホウキで雨雲を払ってくれる美しい女性なんだって。てるてる坊主はいわれがなんか怖いからさ」
 ミタマが説明し、リガノは唸った。
 「そうせいじょとは何をするんだ? てるてる坊主を作った方が良さそうだぞ?」
 「雨雲を払う! アマテラス様に近い僕達がさ、ホウキ持って神社を掃けばもしかしたら晴れるかも」
 ミタマがそんなことを言い、ウカは笑った。
 「龍神と対決するの? 楽しそうじゃん」
 「ホウキで遊ぶっ!」
 イナも叫び、なぜか雨の日に遊ぶことになった。
 変な方面のやる気がある稲荷達である。
 
  雨の中、外に出た稲荷達は冷たい雨に大はしゃぎだった。
 「冷たい! やばっ! 気持ちいい!」
 ウカは先ほどと違い、元気に水溜まりに飛び込んでいた。
 「なにこれ、最高じゃん」
 ミタマが顔に雨を当てながら跳び跳ねる。
 「お、おい……雨足が強くなってきたぞ……。龍神との勝敗はどうなったんだ?」
 リガノが不安そうにウカ達を見た。
 「楽しんでるからうちらの勝ちっしょ?」
 「かちー!」
 ウカとイナは泥だらけで笑った。
 「どんどんふれー!」
 ミタマもおかしくなり、なんだか雨乞いになっていた。
 「俺達は太陽の……」
 リガノが言いかけた時、肩を誰かに叩かれた。
 「いいんじゃね? どうせすぐ暑い夏が来るから」
 「はっ! 紅雷王さまっ!」
 リガノの肩を叩いていたのは傘をさした紅雷王、プラズマだった。
 「雨の日はあまり参拝客がこないだろ。いつでもはしゃいでないで、こういう時にはしゃげよな。近くを通ったんで、様子を見に来たんだよ」
 「そ、そうでしたか! ちなみに何をしに?」
 リガノはおそるおそる尋ねた。
 「あー、湿気取りを買いにいったんだよ……。木造の一軒家って場所によってはカビはえてな……、アヤが発狂したんで、部屋でゲームしてた俺がかりだされたわけ」
 「えー……そうでしたか」
 リガノは彼もいつも暇そうにしている気がすると思ったが、口には出さなかった。
 「しかし、人間の子供もああやって雨の日に外に出たがる。なんでだと思う? うちにいるお子様達もな、なんかずぶ濡れで帰ってくんだよ。傘とかレインコートとか渡してんのにさ」
 「……同じ心理なのかもしれん」
 リガノははしゃぐ三柱を指差し、ため息混じりに答えた。
 「ああ、そういやあ、今、イナがうちの裏の社に居候してんだよな。泥だらけで帰ったら叱られるぞ~」
 プラズマはイナを見て、楽しそうに笑い、去っていった。
 「おとがめなしで良かった……」
 リガノは胸を撫でるとホウキでとりあえず空を掃いておいた。

 日記。
 紅雷王が来たからビビった。
 そういえば、彼も普段何しているかわからん男だった。
 アマテラス様の力で晴れにすることはなかった。もうすぐ晴れるとのこと。未来を見たのかもしれん。彼は時神未来神だからな。

 担当 リガノ

七月 夏祭り!

 梅雨は終った。
 今年は毎日暑い。ウカ達はかき氷を食べたり、水遊びをしながら暑さを忘れようとした。
 ただ、暑すぎて今は皆で近くのスーパーに避難中。
 「あっついじゃないのっ! 外が暑すぎてセミも鳴いてない!」
 ウカがぼやき、ミタマは苦笑いを向ける。
 「今、あっつい風がこっちに吹いてるらしいよ。暑さ対策どうする? もうアイスは食べちゃったしね」
 ミタマがスーパーの冷凍コーナーにあるアイスを眺めつつ、どうするか考えた。
 「あ、みて!」
 ふと、イナが貼ってあったポスターを指差す。
 「なんだ?」
 横にいたリガノが代わりに読んでやる。
 「えー、夏祭りから盆踊り……今日の夕方からだそうだ」
 「夏祭り! このあっついなか!?」
 ウカが驚き、ミタマは眉を寄せた。
 「ゆだりそうだね……」
 「もうこうなったらさ、熱を感じに行く?」
 イナが嬉しそうに聞いてきたので、一同はやけくそで頷いた。
 とりあえず、スーパーから灼熱のお外に出て、夏祭りを開催しているらしい神社に向かう。
 「暑い! 水頭からぶっかけたい!」
 ウカが叫び、ミタマが水筒を渡す。
 「お茶だから、頭からかけないでね」
 「あら、ありがとう……」
 「しかし、本当に暑いな……。祭りの音がしないんだが……」
 暑すぎてセミもないておらず、リガノはまいってしまった。
 元気なのはイナだけだ。
 しばらく歩くと地域密着の神社に出た。逃げ水が見える。
 思考力がないまま神社の階段をのぼっていたら気がついた。
 「ってここ、ミノさんの神社じゃん。本社だよ」
 「ああ、ほんとうだ」
 「おたくら、こんな昼間に何の用だよ? 暑すぎて今日は外にでない方がいいぜ」
 鳥居をくぐるとすぐにミノさんが話しかけてきた。いつもは時神のおうちの裏にある神社にイナと居候しているが、今回は本社にいた。
 「ああ、ミノさん、夏祭りを……」
 「その前に冷たい麦茶ほしい!」
 ミタマの言葉にかぶるようにウカが声をあげた。
 「できれば冷たい氷菓子なんかでも!」
 横でイナも叫んだ。
 「あー……まあいいけど。この社の霊的空間にある」
 「そういえば、今日は夏祭りなのに、全然浴衣の人いないんだけど、どうなってるの?」
 ミタマがミノさんに尋ねた。
 「ああ、夕方からだぜ? こんな昼間からやるかよ……。おまけに今日は特別暑いんだ。キンキンに冷えたフルーツポンチが食べたいぜ……」
 「スイカ食べたい!」
 イナが再び騒ぎ、ミノさんはため息をついた。
 「スイカはうちにない」
 ミノさんの社内でのんびりしていると、外が騒がしくなってきた。
 「そろそろ、始まるか」
 「夏祭り、けっこう繁盛してんじゃん」
 ウカの言葉にミノさんはため息混じりに首を傾げた。
 「繁盛してねぇよ? この祭り、俺の神社でやってねーし」
 「え?」
 「この地域の町内会が神社の駐車場と裏の公園で夏祭りをやってるだけー。こちら側の本社は誰もいねぇだろ……。たまについでの参拝客はくるが……」
 「あ、そういうこと……」
 ウカが納得し、てきとうに返事をしつつ、夏祭りへ歩き出す。
 まだまだ暑いが蝉が鳴き始め、気温がやや下がったのがわかる。
 「うわー! キッチンカーだ! 有名店のかき氷ある!」
 イナが騒ぎだし、リガノは唸った。
 「今年は暑すぎて、食べ物が痛むからキッチンカーなのか? なるほど。焼きとうもろこしと焼きそばまでキッチンカーか」
 「たーべたーい!」
 「……お金の前に僕達は人に見えないでしょ……」
 ミタマが屋台を眺めつつ、そんなことを言っていると、肩が叩かれた。
 「うひゃあ!」
 「そんなに驚くことじゃないんだが……」
 ミタマの肩を叩いたのは浴衣を着たプラズマだった。
 「あー……紅雷王さま~……勤務中でありますっ!」
 「夏祭りで何を勤務すんだよ……。時神みんなで遊びに来たんだ。あんたら、焼きそばとか食べたいだろ? 買ってきたからあげるよ。有名な冷やしうどんのお店までキッチンカーで出ていたぜ」
 プラズマは沢山パックを持っていて、ミタマに全部押し付けると時神達の元へ去っていった。
 「あ、ありがとうございます」
 「あー! いっぱい食べ物! ちょーだいっ!」
 呆然とするミタマの食べ物めがけて跳び跳ねるイナ。
 「まあ、いいか」
 ミタマはイナに食べ物を渡した。
 「あっちに射的とかあるよ! 冷やかしに行こう!」
 「やめた方が……」
 リガノの注意を聞かず、ウカは走り去っていった。
 
  射的をやっていたのはプラズマだった。横には時神現代神アヤがおり、なにやら狙うものを決めている。
 「エリィエイヌのケーキセットよ、プラズマ」
 洋菓子が好きなアヤはプラズマに特賞を狙えと言っていた。
 エリィエイヌとはこの辺で有名なケーキ屋さんであり、神社の駐車場でかき氷を売っていたお店である。特賞はすごく小さな的が狙いにくい上側の端に置かれていた。
 「ケーキセットね、はいはい」
 プラズマは銃を軽く持つとしっかり狙いもせずに小さな的を撃ち抜いた。
 「え、やば……」
 ウカは横で見て驚いた。
 ベルの音がして「おめでとうございます!」と声が上がり、周りもすごく盛り上がっていた。
 「じゃあ、次は……」
 「カエルルルビーのぬいぐるみ!」
 プラズマの横にはイナと同じくらいの小さな少年がいた。
 黒髪で元気そうな少年だ。
 「あれか……」
 プラズマはカエルルルビーというらしいカエルのキャラクターぬいぐるみを見据える。これもまた、撃ちにくそうだ。
 並んでいる子供達が心配そうに見守る。
 「頭のちょい下で落ちるか」
 未来神の特徴である未来見により、落ちる未来を予測したようだ。
 プラズマは軽くまた構えると、簡単に撃ち落とした。
 「ほれ、こばると、とれたぞ」
 「プラズマさん、ありがとう!」
 歓声が上がり、とても盛り上がった。
 「え、すごくない? 銃の扱い、慣れすぎてない?」
 ウカはアヤと手を繋ぐ黒髪の少年と横を歩き去るプラズマを見つつ、呆然と立ち尽くした。

 「ウカちゃーん、次、わなげでも観戦する?」
 いつの間にかミタマが横にきており、苦笑いを向けていた。
 「いや、見るならヨーヨーの方がいいかな……涼しいし」
 「もうちょっと見たら盆踊り始まるかな?」
 ミタマがわなげの方を横目で見ると、イナが一生懸命に子供を応援していた。人にはみえないのだが。
 なんだかんだ時間が過ぎ、なんとなく涼しく感じるようになると、太陽は沈んでいった。
 夜になるとやぐらのちょうちんに明かりが灯り、地域の子供達が和太鼓をはじめた。
 「始まる! ぼん、だんすっ!」
 稲荷達は元気いっぱいに盆踊りの輪に入り込み踊り出した。
 「ヨイヨイヨーイ!」
 「涼しくなってきたから全力だー!」
 楽しそうな稲荷達を眺めつつ、ミノさんは一緒に輪に入っていた時神達も眺める。
 「あっちも元気だな……」
 他の時神であるリカという少女やサムライで過去神の栄次、銀髪の少女ルナ、ルナの姉サヨなど時神総出で来ていた。
 この祭りに何か意味があるのか、それとも……
 「暇なだけか」
 ミノさんはため息をつきつつ、輪に入って一緒に踊り始めた。
 「ああ、楽し」
 稲荷は汗だくで最後まで踊り続けていた。
  

ウカの日記
 紅雷王が連れていた黒髪の男の子はこばるとと言うらしい。
 このあいだ、菖蒲湯をした男の子の一人だ。誰だかわからなかったけど、時神のようだった。
 ちなみに紅雷王は射的が得意。
 あっという間に欲しいものを取っていった。夏祭り楽しかったなあ! あ、もしかすると、ミノさんが太陽神系列の稲荷だから紅雷王が来たのかな?
 いや、暇なだけか。

8月 プールへゴー!

 暑すぎてセミが鳴かない今年の夏はなんだか静かだ。
 「あっつい!」
 ウカは叫びながらアイスを口に入れていた。
 「暑いねー……。ほら、アイスがあっという間に溶ける」
 横にいたミタマもため息混じりに答えた。ここはウカの神社内の霊的空間だ。
 「太陽消してやろうかな!」
 「そんなウキウキで言わないで! 一応上司だから!」
 「太陽、消してやるぞォ!」
 暑すぎておかしくなっているウカは扉を開けて太陽に叫んでいた。
 「な、なぜそんな命知らずな言葉を叫んでいる……。俺はまだ生きていたいのだが……」
 ウカが叫んだ時、リガノが台所からスイカを運んできた。
 「冷やしたスイカだ! 僕、ガッツリ食べるよ!」
 ミタマが一玉丸々いこうとしたのでリガノはため息をついた。
 この暑さで皆、頭がやられている。避暑地を探さねばならない。
 「どこがいいか……」
 「ん? 何が?」
 リガノが考えていると、ウカが聞いてきた。
 「いや、暑すぎるなら涼しい場所に行くべきではと」
 「あー、涼しい場所、近所のスーパー! あそこは涼しい!」
 ウカが手を上げて答えたがリガノは眉を寄せて唸る。
 「いや、なんか……」
 「楽しいとこがいいよね! プール行っちゃう?」
 ミタマの言葉にウカの目が輝く。
 「イエァ! プールへゴー!」
 ウカは素早く準備した。
 「はや……」
 ミタマはあきれた声をもらした。ウカは水着にラップタオルに浮き輪ともうすでに準備完了だった。
 「ま、待って……準備するから……」
 「その能力をなぜ仕事に使えないのか」
 ミタマとリガノが慌てて準備を開始していると、案の定、イナが遊びに来た。
 「やっほー! イナチャンさんじょー! え、何? プール? いくー!」
 「ま、まあ、結局、こうなるよね」
 スイカをとりあえず食べ始めたイナにミタマは頭を抱えた。
 「プールは近くにあるあのデッカイ遊園地に併設されているやつでいい? 私ら、人に見えないから入場券スルーできるわ! ま、普段からこの地域を守っているわけだし、いいよね?」
 興奮気味なウカにミタマが頭を抑えた。
 「言うほど活動してないっていう……。近くの公園の水遊びポイントでいいんじゃない……? まあ、いいけど」
 「波のプールと流れるプールがある!」
 ウカはもうミタマの話は聞いておらず、いつの間にか持っていたパンフレットを見せ始めた。
 「屋台のご飯もレストランもある!」
 イナの目の輝きは食べ物に釘付けだった。
 「……お店は無理かなあ。人間の目に映らないし」
 ミタマが苦笑いを浮かべる。
 「じゃあ、人間に見えるヤモリを……」
 「このためだけにあの龍神さん呼ぶの? やめようよー」
 「まあ、仕方ないか! おやつ持ってこう!」
 スイカを一玉丸々食べてしまったイナはウカの社内の棚から食べられそうなお菓子を探し始めた。
 「なにしにいくのよ、もー」
 ウカは腰に手を当てて呆れた顔をした。
 「また、遊んでるよって思われないかなあ」
 「大丈夫! 夢中で遊んでいたら視線に気づかないから!」
 「それでいいのか大いに不安」
 しっかり準備した稲荷達はプールへと向かった。

 「さてさて、遊園地のプールに来ましたー!」
 ウカが叫び、他の稲荷達も大興奮。イナは走り出して波のプールへ裸で飛び込む。
 「まてまてーい!」
 すぐさまウカがイナを捕まえ、子供用水着を着させた。
 「あっぶない……。裸はダメだよ、さすがに!」
 ミタマが横で顔を赤くして立っており、リガノは顔面蒼白だった。まあ、稲荷は稲荷しか見えてはいないが、用心だ。
 「えー! 水着、いらなーい!」
 「いる! リガノ君とミタマ君が発情したらどうするの!」
 ウカが怒鳴っている横でリガノとミタマはため息をついた。
 「俺は子供の裸では発情しない……」
 「僕もまあ……恥ずかしいけど発情は……。てか、発情って言い方……」
 「波のプール入りたい! はやくー!」
 イナが走って行ったのでウカも追いかける。とにかくプールサイドは日が照っていて暑い。
 「暑いからウカちゃんと一緒に波のプール行こうか」
 「ああ、浮き輪をしっかりしないと波のプールは深さがありそうだ」
 「あれ? リガノ君、もしかして泳げない?」
 ミタマの質問にしっかり浮き輪を装備したリガノが答える。
 「泳げん! 浮き輪は手放さなければ人にみられることもないからずっと身につけるつもりだ」
 「ああ、そう……リガノくん、あっちの幼児用プールで良くない? つかってれば?」
 「俺をバカにしてるのか?」
 「浮き輪に腕輪までつけてて、バカにしてるのかってのは……」
 ミタマはあきれたまま、炎天下のプールサイドを歩く。
 「リガノくん、本当に波のプールで大丈夫なの?」
 「これだけの装備があれば問題ない」
 「あー……そう」
 ミタマは困惑しながらリガノと波のプールへ入った。水は冷たかった。ウカとイナは波を楽しんでいる。
 「ウカちゃん、リガノに無理すんなって言ってよ……」
 「えー? これから激しい波と水かけショー始まるよ?」
 ウカがそう答え、ミタマはため息をついた。
 人に流されたリガノは最先端待機中のウカ達のところへ来てしまい、顔が青い。
 「あ~、リガノ君、大丈夫?」
 ウカが流されて沖に来てしまったリガノに心配そうに尋ねた。
 「む……も、問題はない。うわあ! 足がつかん!」
 リガノは焦っていた。
 「あのね、浮き輪めっちゃつけてるんだから足つかないでしょ……。浮いちゃってるから……。しかもここ、百三十センチだし、リガノくん足つかない?」
 ウカにそう言われ、リガノは顔を真っ赤にして「知っている!」と叫んだ。
 「あ、はじまるぅ!」
 イナがすいすいと泳ぎながらウカ達を見て微笑んだ。
 『はーい! これからジャブジャブパーティ開始だよー!』
 声優かなんかのお姉さんの声が響く。お姉さんの掛け声で波が激しくなり、プール脇のホースから水が吹き出た。歓声が上がる。
 「いえーい! ふっふー!」
 イナが楽しそうに叫んでいる中、ミタマは困惑していた。
 「ちょっ……これ、水圧つよ……!」 
波が押し寄せ、頭からスコールを浴びてもうなんだかわからない。
 「ミタマくん、リガノがなんか、遭難者みたいになってる!」
 ウカがミタマをこちらに呼び寄せ、ひとりで戦うリガノを見せた。
 リガノは「うおおお!」と勇ましく水と戦っている。
 「ああ、マジだ……。マジの遭難者に……」
 ミタマがリガノに近づき、こちらに引き寄せる。
 「はあ、はあ、死ぬかと思った……。うわあ! また雨がっ! 波がっ!」
 「カオス状態なんだけど……」
 ミタマがウカをつつき、戸惑っているリガノを見せる。リガノはまたも流されてスコール中心部へと引き戻されてしまった。
 「もう、なんか……完璧に嵐の中の遭難者……」
 ウカがつぶやき、リガノを連れ戻そうとした時、時神達が楽しそうに叫ぶ声が聞こえた。
 「げっ……時神が来てるってことは……」
 「あー、よう! あんたら、仕事しないと思ったらプールで遊んでるのか。まあ、暑いからな」
 水着を着た赤い髪の青年プラズマがウカを見つけて話しかけてきた。
 「えー……まあ、暑いのでね、あははは……」
 ウカはその場を離れようとイナを探した。
 「ああ、イナはうちの息子と遊んでいるようだな」
 「う、うちの息子!?」
 「ああ、時神全員の息子みたいなもんだ」
 プラズマは大雨を浴びながら波を器用に飛びながら笑う。
 「……イナの横に」
 イナを見つけて名を呼ぼうとしたらイナと同い年くらいの少年がアヤにイタズラをしかけて怒られていた。イナも一緒になっている。
 「……あの子」
 「こばるとって名前なんだ。イナとも仲がいい。今日はイナが縁結びを発動してプールでたまたま出会ったのかな?」
 プラズマは笑みを向け、さらに続けた。
 「リガノくんだっけ? あの稲荷をまず救ってあげなよ……。イナはこっちで面倒見とくからさ」
 「あ、ありがとう……」
 ウカはとりあえず挨拶をし、リガノを助けに向かった。
 「ところで……稲荷ランキングの方はどうだ?」
 「え? あー……う、うまくいってますっ!」
 背中ごしに声をかけられたウカは顔面蒼白で答えた。
 暑い気持ちが吹き飛び、今季最大の冷気が体を包んだ。
 「ああ、そう……」
 プラズマはふくみ笑いでウカを見送った。
 

 日記。
 こわああ! もうこわああ!
 まさかの紅雷王さまと対面!
 イナはあの後、ご飯をごちそうになっていた。少年こばるととも仲良くなり、一緒に争いながらフライドポテトを食べていた。
 こばるとという少年は時神全員で育てている時神とのこと。
 謎だけど、紅雷王とはかぶらない神力を持っている気がする。
 紅雷王は太陽神と関係があるのか、ないのか……。
 元皇族ならあるよね??
 わからなくなってきた。

 と、いうか日差し強すぎてプールの中にいてもめっちゃ日焼けした! 痛い。

9月 残暑がきつい

 九月に入った。まだまだ暑い。
 残暑というか、まだ夏だ。
 「夏だね」
 朝起きて涼しさを感じたかったウカは社の扉を開けて暑さを確認した。暑いことを確認したウカは再び布団の上に横になり、冷風が出る高天原の発明品をつける。
 まあ、扇風機のようなものだ。
 「今年は暑すぎて、さすがにこれ、使わないと……」
 ちなみに買ったばかりだ。
 あと五十年は使う予定。
 高天原北の主、冷林から支給された少額のお金で買ったものだ。
 これが逆に今、彼女を堕落させている。
 「ウカちゃん! ちょっと何してんの! 今日は太陽神サキ様が来る日でしょ!」
 ミタマが慌てて入ってきてウカを起こす。
 「ウカ! 今日は起きんとまずい!」
 リガノもやってきて一緒ウカを起こした。布団の両端をそれぞれ持ち、頷いたふたりは布団を引っ張り、ウカを転がして布団を片付けた。
 「ふぎゃ! 痛いじゃない! なにすんのよー!」
 「今日はサキ様が来るんでしょ! 忘れたの? しっかりしてよ、主様!」
 ミタマに言われ、ウカは首を傾げた。
 「あるじ?」
 「自覚はないのか……。あのな、ウカは百合組地区稲荷の中の主だ」
 リガノに言われ、ウカは飛び起きた。
 「はあ? ええ! いつから決まったの? え? 知らないんだけど!」
 「最初からそうなんだけどね……。使い道がないからこの表現、使ってない……ははは」
 ミタマはウカから目をそらして苦笑いを浮かべた。
 「さあ、何をやっているの! 早くサキ様を迎える準備を!」
 「なんで急に偉そうになるの……」
 「普通でいいんだ、普通で」
 ウカが絵に描いたような王女をやり始めたので、ミタマとリガノはそれぞれツッコミを入れた。
 「イナチャン、サンジョー!」
 「ああ! ややこしいのがきた!」
 いつものようにイナがやってきて、ウカは頭を抱えた。
 「んー? なんかげっそりだねー?」
 「げっそりってか……。これからサキ様が来るらしい」
 「えー! おかしもらおー!」
 イナが喜び始めたので、ウカはさらに頭を抱えた。
 「怒られるかもしれないのにー」
 ウカがつぶやいた刹那、凛々しい女性の声が響いた。
 「やあやあ、元気かい? 皆でここに集まっているなんて思わなかったよ。あたしはミノさんの神社かと。神社として一番大きいのはあそこだろう? 夏祭りもやったじゃないかい」
 「うわあ! もうきた!」
 稲荷達は慌てて布団を台所にぶちこんだ。とりあえず見えないように。
 黒髪ウェーブの若い女性が猫のような愛嬌のある瞳で稲荷達を見ていた。赤い着物を着ていて、太陽の王冠をかぶっている。
 「さ、さ、サキ様! おはようございます!」
 「んー、もう昼だけどねー」
 「もう、昼! 嘘……そんな寝てた? 私……」
 ウカが後ろに待機している稲荷達を見た。稲荷達は皆、深く頷いている。
 「あははは……えーと」
 「まあまあ、固くならなくていいさ。あたしは様子を見に来ただけだからねぇ。参拝客……来てるかい?」
 「あー……いえ、今日はきてません。はい、今日は」
 「……いつも来てないけどねー」
 ウカはミタマを睨み付けるが、ミタマは明後日の方を向いた。
 「お団子とか用意してあるのかい?」
 サキは隅にあったちゃぶ台の上に置いてある月見団子を見つけた。
 「ええ、まあ……中秋の名月ですので……ススキは夕方取りに行こうかなと」
 「いいねぇ!」
 ミタマが答え、サキは笑顔で頷いた。
 「イナチャン、お団子、いっぱい食べる!」
 イナが腰に手を当てて元気よく答える。
 「イナちゃんは安定してるねぇ。イナちゃんは亡くなった子供と地域神が合体した神で、後に稲荷に統合されたから、ウカノミタマ系列かっていうと怪しいけど、まあ、縁結びだし、悲しい気持ちにならなければ大丈夫さ」
 サキはイナの頭を撫でてからお煎餅を何枚か渡した。
 「サキさまー! ありがとー!」
 イナはお煎餅を食べながらサキにお礼を言った。
 「で、あの……この際だからハッキリさせたいんですが」
 会話が切れたところでリガノが口を開いた。
 「なんだい?」
 「私達の直接の上司は誰なのでしょうか? 北の冷林様ですか?」
 「あー、それねぇ」
 サキは眉を寄せながら話し始めた。
 
  「あたしはアマテラス様の力を受け継ぎ、太陽を守っているじゃないかい。で、あんたらはアマテラス様の食べ物係なわけ。一見、あたしの傘下に見えるけれど、あたしはアマテラス様の神力を受け継いだ太陽神なだけ」
 サキは息を吐くと続けた。
 「つまり、『アマテラス様に関係はあるけれど、アマテラス様の関係ではない』わけ。それで、プラズマ君や冷林の話になるわけだけどね、冷林は安徳帝、プラズマ君は紅雷王。両方ともアマテラス様から続く皇族。つまり……アマテラス神力を持ってるわけ」
 サキの言葉にイナ以外の稲荷はふむふむと頷いていた。
 「だから、彼らは純粋なアマテラス神力を持つ神。稲荷は高天原北、冷林軍に所属しているんだ。あたしも見てはいるんだけど、実際に見ているのは冷林。で、この百合組地区にいるのはアマテラス神力を持つ紅雷王、プラズマ君だよ。つまり、直接の君達の上司はプラズマ君だねぇ」
 「なるほどわからん! まあ、上司はプラズマくんってことね」
 ウカは途中でわからなくなってからかなり投げやりになった。
 「そういうことだよ、なんにもわかってなさそうだけどねぇ」
 サキは辺りを見回しながら神力を見ている。仕事量を見られ、ウカ達は冷や汗を拭う。
 「なるほどー。もうちょっと頑張ろーねー! プラズマくんに言っておくからね」
 「こっわ……」
 ミタマがつぶやく。
 サキのチェックはまだ続いた。
 「お? これは!」
 サキが本棚から何やら漫画を引っ張り出してきた。
 「あ! そ、それはっ!」
 ウカが顔を真っ赤にして漫画を取りかえそうと動く。
 「ジャパニーズゴッティのコミカライズ!」
 「ぎゃー! やめてー!」
 ウカが悲鳴を上げ、リガノとミタマは顔色が青くなった。
 漫画の表紙は裸の体つきの良い男が頬を赤らめている謎の表紙だった。
 「タケミカヅチ編! ウカちゃん! ジャパニーズゴッティ好きなのかい?」
 サキはなぜか楽しそうに聞いてきた。同胞を見つけた、そんな顔にも見える。
 「えー……いい体の男は好きですよー」
 ウカは冷静に、悟られないように淡々と好きから気持ちを離す。
 「ここ、いいよねぇ! あたし、ごはん三杯はおかわりしたよ! 縛ったタケミカヅチにマヨネーズかけるシーンはゲームでもスチルが最高で、アニメは作画が神だったよ! で、声優さんが……」
 「あー! わっかるー!」
 サキが話したことにより、ウカの何かが切れた。頬を赤らめて早口に話し出した。
 「あの渋い声で、そ、そこはっ……ってやばくない? 作画もOVAは隠してなくて良かったんだけど、私は地上波の少し影があって隠れてた方が萌えて、そこが好きすぎてコミカライズも買ったら、コミカライズは別方向から描かれてて萌えて、最高でっ! 私もあれをおかずにご飯十杯は食べた!」
 「わっかるー! めっちゃわっかるー! なんか余計来る!」
 ふたりが何やら盛り上がっている中、ミタマとリガノは冷や汗を沢山かき、違う意味で背筋が凍っていた。
 「な、なにあれ……なんかマルキンな話してる?」
 「……女は怖いな」
 「女の子っていうか、あの神らが怖いんだけど」
 ミタマはリガノを連れてゆっくりとその場を離れた。イナはお菓子に夢中だったため、置いておく。
 とりあえず、外に出て、なにやら腐りかけた空気を外へ吐き出しておいた。
 「あそこが……話が合うとは……意外だな」
 「おとがめなしかな! ははは! ……はあ、しかし、ウカちゃんが男の裸だけじゃなく、あんなシチュエーションをおかずにしているなんて知らなかったよ」
 「俺もだ……。ま、まあ詮索はしないでおこう」
 「とかいいながら、『検索』はしようとはしてるよね?」
 ミタマに言われ、リガノは頬を赤らめた。
 「お前も検索するんだろう? 知っているぞ」
 「しない、しない! ……ぜ、絶対にしない……と思う」
 ミタマは目線を横にずらした。
 今日も働かない。

 日記

 乙女ゲーム、ジャパニーズゴッティの話をサキ様としちゃった!
 楽しすぎ! 推しの話ができる幸せー。あと何言われてたか忘れちゃった。
 ま、なんか上司は紅雷王様らしいことはわかったね。 

10月例大祭!

 「例大祭! わっしょいわっしょい!」
 ウカは布団にくるまりながら「わっしょいわっしょい」と騒いでいた。
 寒くて外に出られない。
 急に寒さが増した。本日は秋晴れ。朝から例大祭だとわかっていたウカは布団の中から例大祭を応援していた。
 百合組地区で一番大きい稲荷神社はミノさんの神社でおそらくお神輿はここから始まる。
 「おおーい! 例大祭だぜー!」
 気がつくと外でミノさんが叫んでいた。ウカがのそのそと布団の外に出ると、ミタマとリガノがいなかった。
 「あれ……ミタマくん? リガノくん?」
 ウカが外への扉を開けると、あきれた顔のミタマとリガノ、楽しそうなイナがいた。
 「あら、そこにいたの。あれ? ミノさんは? さっき声がしたのに」
 「ここだ!」
 ミノさんはウカの社の上から落ちてきた。
 「うわあ! 上から落ちてくんな! びっくりしたあ」
 「サプライズだぜ!」
 「変なサプライズやめて」
 「いえーい!」
 「今日は元気じゃない。例大祭だから?」
 ウカは目を細め、尋ねた。
 「んー、いや。あー、まあそれもあるが、今日はアヤちゃんのおうちがお鍋なんだよー! シメにうどんも楽しみだぜー!」
 「はあ?」
 元気な理由は時神さんのおうちの夕飯がお鍋だかららしい。イナとミノさんは時神さんのおうちの庭にある社に勝手に住み着いているので、優しい時神現代神アヤがいつもふたりの分までご飯を用意してくれるようだ。
 「お鍋! いっぱい食べる! 楽しみすぎて子供御輿の『頑張ったねおにぎり』五つ、もらってきちゃった! 食べよー」
 イナはひとりでおにぎり五つを食した。
 「あんたが食べんのかい……。てか、それお神輿引っ張った子供にあげる神社のおにぎりよね? 努力しないやつが五個も食うな!」
 「じゃあ、皆でわっしょいしよ! お菓子もジュースももらえる!」
 「えー……」
 「あれって神はやるものなの?」
 ミタマがあきれた顔のままウカに尋ねた。
 「知らないー」
 「まあ、俺達の神社は小さいし、例大祭はくくられてるから実際はよくわからんと言えばそうだ」
 リガノが深く頷く。
 「行ってみようか?」
 ウカがそう尋ね、稲荷達は頷いた。
 
 「ルートはどこだろ? もう始まってるよね? どこらへんにおみこしいる?」
 ウカ達はとりあえず歩きながらお神輿を探す。近くで掛け声は聞こえるものの、見つからない。
 「なんで声はするのに見つからないんだ」
 リガノがぼやく。
 「あ、イナちゃんの縁結びはつどーう!」
 イナが反応し、楽しそうに走り出した。
 「イナー! ちょっとまてぇー!」
 突然縁結びの力が発動したイナをウカ達が追いかける。いりくんだ道を走ると、声がだんだんと大きくなり民家の影からお神輿が見えた。
 「いた! イナ、すごい!」
 ウカはイナの能力のすごさに目を丸くした。縁結びは人じゃなくても反応するらしい。
 「お神輿に反応したの?」
 ミタマが首を傾げ、イナも首を傾げる。
 「わかんない」
 「だいたい、俺は何にも感じないぜ?」
 ご祭神のミノさんはイナには何も感じていないらしい。
 「たまたまじゃないね」
 「完璧に発動してました!」
 ウカにイナは手を上げて笑った。
 「じゃあ……別の……」
 「おい、あれを見ろ! あの子は」
 リガノがお神輿を担ぐ小さな少年を指差した。
 「わっしょいー! わっしょいー!」
 少年はイナを見つけ、大きく手を振った。
 「あ! こばるとだ! イナもやるー!」
 イナは少年の元へと走っていった。
 「あの子、時神のうちにいる子だよね?」
 ウカが尋ね、ミノさんは頷く。
 「あー、そうだな。時神現代神アヤちゃんの息子なんだとよ」
 「え? みんなで育てている息子くんなんじゃないの?」
 「よくわからねぇけど、血縁はアヤちゃんだと。おかんなアヤちゃんもいいぞぉ!」
 「なんかありそうだね」
 ミタマは頷きながらイナを目で追っていた。このあいだのプールもイナの縁結びが発動したのか彼がいた。
 「ミタマ、気づいているか? 彼からは人間の匂いがする」
 リガノがミタマにこっそり耳打ちをしてきた。ミタマは頷く。
 「うん。人間が混ざってるよね。不思議だなあ。人間の力がイナの縁結びを発動させたか」
 「なぜ、人間の力がある? あの子は時神なはず」
 リガノは眉を寄せ、お神輿を眺めた。
 ふと、こばるとがこちらを向き、笑った。とりあえずリガノとミタマはこばるとに手を振り、どこかにいるであろう上司にサボっていることがばれないよう、わっしょいわっしょいと言い始める。
 「ほらー! 声だせー! しょうねーん!」
 仕事しています雰囲気でミタマが声を張り上げた。
 「これ、俺達は最後まで行くべきなのか?」
 「行こうよ。紅雷王に話がいったら大変だよ? 彼を持ち上げとかないとさ!」
 ウカが問題発言をし、稲荷達は無駄にわっしょいと叫びながら熱血に少年にアピールした。
 「元気だねぇ。真面目に例大祭してるの?」
 「ひゃあ!」
 後ろから声をかけられ、ウカは思わず悲鳴をあげてしまった。
 「そんなにビビらなくても」
 「ひっ! 紅雷王さま!」
 ウカの後ろに立っていたのはプラズマだった。
 「こばるとがいるんだよ、ほら、わっしょいしてるだろ? イナを呼んだみたいだな」
 楽しそうなプラズマの顔を眺めながらウカは尋ねた。
 「あ、あのさ、あのこばるとって子、人間と神、どっちなの?」
 ウカの質問にプラズマは軽く笑った。
 「今は半分。あんたらもあの子と遊んでやってくれ。『世界改変時代』の遺物みたいなものさ、あの子は」
 「世界……改変?」
 「気にならないなら気にしなくていい。あんたらは俺がアマテラス神力を持ってるから俺に従っているだけだ。本物はこの世界にはいないんだ。あっちに……いるらしい」
 「あっちって……」
 「伍(ご)の世界だよ」
 プラズマが遠くを見る目でそう答えた。
 「伍……」
 「あっちは想像物がないんだと。稲荷がどういう扱いになっているのか気にはなるぜ。稲荷は元々、アマテラス様の食事係で……スサノオの娘だ」
 「……スサノオ……」
 ウカは首を傾げた。
 「三貴神……アマテラス、スサノオ、ツクヨミはこの世界には今はいない。いるのは伍の世界だよ。想像物がない世界で存在できるのか、確認する術はない。あんたら稲荷はかなり高いところにいる神。こちらの人間は稲荷をよくわかっている。アマテラス様がお隠れになっているのに。だからまあ、一番デカイ稲荷神社でお神輿が出るわけ」
 プラズマはウカを見て苦笑いを浮かべた。
 「あんたらがわっしょい言っていたのはおもしろかったぜ。こばるとはこれから神になる橘(たちばな)家だからな、アマテラス様に敬意を払ってもらおうかなとやらせたんだよ。まあ、本神はお菓子目当てみたいだがね」
 「へー。なるほどー。……って、うちらを持ち上げるためにあの子がいたの⁉ 私らあんたに怒られないように来たのに!」
 「素直だな……」
 プラズマははにかみながら歩き出した。
 「ねぇ……」
 「もう少しで最後だぜ。稲荷全員お神輿についてきちゃって、おもしろいぞ」
 「あははは……」
 ウカは未だにプラズマによく見られようとわっしょいわっしょいと叫ぶミタマとリガノを見つつ、あきれたため息を吐いた。
 「今日、お鍋だから、あんたらもきたら? 今、他の時神が下準備してる」
 「え、やった! いく!」
 「調子がいいな……本当に」
 ウカはミタマ達にわっしょいではなく、「今日、お鍋を食べさせてもらえること」を大きな声で叫んでいた。
 
 
 日記
 はあ! 楽しかったしおいしかったし! こばると君はなんか人間と神の力半々だって。だからイナの縁結びが発動したのかあ。人間に作用するからね。
 お鍋の出汁、干し椎茸は反則でしょ!
 うますぎー!
 白菜やわらかくて最高だった!
 たぶん、私だけで一玉食べた!

十一月スタンプラリー

 十一月。
 寒い日もあるけれど、日中は暖かい。
 百合組地区稲荷は今日もまったりしている。
 「あー、参拝客来ないじゃん」
 ウカはコタツで横になりながらつぶやいた。
 「そんなコタツでゴロゴロしながら言われても……」
 ミタマはあきれた声をあげながら、ひたすらに栗をむいていた。
 「渋皮までむいてくれ」
 横でリガノも栗をむいている。
 「鬼皮からすごくむきにくいんだけど……。爪に刺さる……」
 「それはそうだ。栗ご飯は作るのが大変なんだ」
 ミタマがぼやき、リガノは淡々とむく。
 「ウカちゃーん! 手伝って!」
 「えー。わかったー。あたし、炊飯担当だったんだけどなー」
 「炊飯なんて今、炊飯器のボタン押すだけじゃん!」
 ミタマに叱られ、ウカは渋々起き上がり、皮をむき始めた。
 「しかし、イナが今日はうちで食べなくて良かった。イナが食べる分の大量の栗をむくことになるところだった」
 「本当に」
 リガノがそう言い、ミタマは冷や汗をかきながら頷いた。
 刹那、扉が乱暴に開けられ、元気な幼女が現れた。
 「イナちゃんさんじょー!」
 「うわああ!」
 一同は驚く。いままでイナのことを話していたからだ。
 「ウカちゃん……ちょっと外に彼女を連れ出しといて。栗ご飯が見つかったら全部食べられちゃうよ! 栗ご飯は手間だからそんなに作れないよ!」
 「わ、わかったわよ……」
 ウカは冷や汗をかきながらとりあえず、イナをすぐに外へ連れ出す。
 「えー? なんかご飯作ってた?」
 「気にしない! えーと……」
 ウカが何かごまかせるものを探していると、子供達が何やら紙を持って歩き回っているのが見えた。ランドセルを背負った子供がすぐ横でも何かをしていた。
 よく見ると百合組地区のスタンプラリーの台が置いてあり、なぜかウカの神社の横にも設置されている。
 「あ! イナ! スタンプラリーやる?」
 「えー? やるー!」
 イナはすぐに食らいついた。
 「じゃあ、この横のを最初に押そう!」
 ウカはスタンプラリー台の下にあった台紙をイナに渡し、スタンプを押させた。中から心配そうに覗くミタマ達にウィンクをしたウカは喜ぶイナを連れて百合組地区のスタンプラリーへと向かった。

 時刻は午後三時あたり。
 百合組地区商店街。
 赤ちゃん用品店の前にお年寄りの方々が集まっていた。
 「あれ何をしているんだろう?」
 イナがつぶやき、ウカが答える。
 「ああ、このお店の二階が年配者限定のフィットネスで終わったのか待ち合わせしているのかだと思うよ。邪魔にならないところにいるから配慮できる方々」
 「でも……」
 イナがお年寄りの一団を指差す。ウカもよく見てみるとお年寄りが固まっている先にスタンプラリー台があった。
 「あー……気づいてなさそう。後回しにする?」
 「うん……」
 イナが頷いた時、元気な少年の声が響いた。
 「邪魔なんだけど!!」
 「ちょ、口悪……」
 ウカが嫌そうな顔をしていると、少年は赤髪の青年に腕を掴まれ、怒られていた。
 「って、あれプラズマとこばると君、アヤもいる!」
 イナが声を上げたのでこばるとがこちらに気がついた。しかし、怒られている時に視線をそらしたらダメと言われているのかとりあえず、怒られている。
 時神達は人間に見えるので、ご年配の女性達は「ごめんね!」とこばるとにあやまっており、アヤが逆にあやまっていた。
 「親って大変だなあー」
 イナがしみじみつぶやき、ウカがため息をついた。
 「ごめんなさい。誰よりも早くスタンプを埋めたかったんだ」
 こばるとは少し落ち込みながら台紙を女性達に見せ、奥を指差した。
 「ああ……本当にごめんなさい。気づいてなかったわぁ」
 年配の女性達はこばるとを優しく撫でると道をあけてくれた。
 「ありがと!」
 こばるとの機嫌はあっという間に直り、台へと走っていった。
 「イナもイナも!」
 イナも走ってこばるとの列に並ぶ。
 そわそわしている。
 「はあー」
 ウカが長いため息をついているところでプラズマが声をかけてきた。
 「あんたらもスタンプラリーか?」
 「え、ま、まあね」
 「どうだ? たまったか? 俺達は買い物のついでで、まわされてる。ほぼ埋まったぜ」
 「あとどこだろ? はじめたばっかりなんだよねー」
 ウカが楽しそうにスタンプを押しているイナを眺めながら尋ねた。
 「あー、道路むかいの和菓子さんとリサイクルショップは?」
 「あ、それまだだわ。てか、集めたらこれ、どうなるんですか? 記念?」
 「記念にもなるが……あんたら、文字読んでないのか? ほら、スタンプ集めたらくじ引きができて、横のケーキ屋さんのケーキが当たるんだよ。だから甘いもの好きのアヤとアイツが頑張ってるわけ」
 「ああー。うちの横にも置いてありましたよ。押しました?」
 「押してないな」
 プラズマがつぶやいた刹那、それを聞いていたこばるとが急に走り出した。
 アヤに腕を掴まれ、急に走るなと怒られている。
 「はあ……」
 「ウカちゃんの神社のとこ、もう押したけど、こばると君が他のところ教えてくれるっていうから、一緒にいく!」
 「ちょ、ちょ、待って!」
 イナがこばるとについていこうとしたのでウカは悲鳴を上げながら止めた。
 頭には栗ご飯。
 そろそろ神社内で良いにおいがするかもしれない。

 「あー……ちょっと待って! えー……」
 ウカはスタンプラリー台に貼ってあったスタンプラリーのポスターをなんとなく見つめた。そこにはスタンプラリーのお店でお買い物をするとお買い物シールがもらえて別のくじ引きも引けると書いてあった。
 「あー、そう! えーとお買い物! 近くのカフェ! スタンプラリーあったよ。イナはまだ押してないからそっちいってお茶でもしてシールもらわない?」
 ウカが冷や汗をかきながらイナを止める。
 「カフェ! パフェ食べたい!」
 「パフェ! ケーキ! クレープ!」
 イナはよくわからないままこばるとと喜んでいた。
 「……あんた、お金払えるのか?」
 プラズマにあきれた顔をされ、ウカは慌てた。ウカの神社は参拝客がおらず、百円すら落ちていない。
 「それはそのぉ……」
 「なんで言ったんだよ……」
 「えーと……」
 ウカが考えていると、横から頬を赤く染めたアヤがプラズマの袖を引っ張っていた。
 「な、なんだよ……。かわいいな……」
 「クレープ……食べたいの。シュガーバターのあったかいクレープ……」
 アヤは甘いものが大好きだ。
 カフェに行きたくなったらしい。
 「ええー……アヤだけならいいけど、稲荷のも払うのー……」
 プラズマは頭を抱えていたが、イナとこばるとが楽しそうにしているので、行くことに決めた。
 「一番でっかいパフェ食べるぞー!」
 「食べるぞー!」
 「はあ……」
 「ごめん。紅雷王様……」
 ウカは苦笑いをしておいた。
 「もう仕方ないな……。オイ! こばると! ウカノミタマだ。どうするんだっけ?」
 プラズマが突然こばるとを呼び止め、ウカの前に出させた。
 「えー、えーと、ぷいぷいぷーん! ウカウカウカカカ!」
 「はあ?」
 こばるとはわからなかったのか、謎のダンスをつけて謎の呪文を発した。
 「こばると、わかんないのにてきとうに言うな……。むしろ、どこから出た。ちゃんとできないならパフェはなしだ」
 プラズマは冷静に厳しい顔でこばるとの肩を掴んだ。
 「わっ、わっ! ごめんなさい! ごめんなさい! わからないです! 何を言えばいいんですか?」
 こばるとは必死にプラズマにすがった。優しそうなプラズマは意外に厳しいのかもしれない。こばるとが急に丁寧語になったのもプラズマの厳しさを表しているのか。
 「ウカノミタマじゃなくてもちゃんと挨拶をしろ」
 「あ……こんちはー!」
 挨拶はしたものの、走り出そうとするこばるとの腕を引き、再びウカの前に出させたプラズマは厳しい顔のまま、やり直しをさせた。
 「こんにちはだ」
 「……こんにちは。ウカさん」
 「あ、うん。こんにちは。こばると君」
 挨拶は相手の神力の理解をするのに一番大事である。管理はプラズマがしっかりやっているようだった。アヤは挨拶をしているこばるとを優しい顔で見つめていた。
 「じゃ、甘いもの食べに行くか。あんたらのも払ってやるよ」
 「やった!」
 喜んだのはこばるとの他、ウカもだった。
 「はやくいこうよー!」
 イナが痺れを切らし飛び跳ねていたので、ウカはスキップしながらそちらへと向かった。

 日記
 パフェうめー!
 最高だった! あの後の栗ご飯も最高だったね! パフェ食べたことはミタマとリガノには内緒にした!
 スタンプラリーも埋められたし、ガラガラもできた! 参加賞だったけど、イナはお菓子ボックスもらってニコニコで帰っていった。
 栗ご飯死守! いえーい!
 紅雷王があのヤンチャ少年を思ったより管理していたことに驚いた。
 私達は稲荷神。百合組地区は稲荷の中でも最低に仕事をしないけど、稲荷なんだよなあ……私達。
 ちゃんとしないとなあ……。
 まあ、明日から。

クリスマスの年神

 「あー……さっぶ」
 ウカがコタツに入りながら横になっている。手には漫画雑誌。横にはみかん。
 時刻は夜の六時過ぎ。
 だいぶん寒い。今日は特に寒く、五度を下回っている。
 「ウカちゃーん、夕飯! 今日はクリスマスイブじゃん、キッシュ、リガノが作ったよ。あと、サラダとミネストローネとケーキ!」
 ミタマが顔を出し、なんだか楽しそうに躍りながらやってきた。
 「わあ! やっとごはん! 楽しみ! 今日はイナが時神さん達とミノさん付きでクリパしてるみたいだから、ぜーんぶ私達の!」
 「イエーイ!」
 「二人で踊るのはいいが、手伝ってくれ……」
 「はーい!」
 ミタマとウカがウキウキで準備していると、神社の扉が突然に開け放たれた。
 「ひぃぃ!」
 驚いたのと寒さで悲鳴をあげるふたり。
 「どーもーっす! 新年明けましておめでとーうっす! 年神の挨拶でーす! 今年もよい一年になりますよーに! って! 部屋が汚いっす!」
 入ってきたのは元気な少女で魔女帽子をかぶった全体的に緑の創作着物を着た年神だった。
 「あー……新年に家々をまわる年神……の、クゥか……」
 「明けましておめでとーうっす! 遅くなりましたっす! じゃ!」
 「ま、待って⁉」
 ウカが止めるとクゥは眉を寄せて立ち止まった。
 「なにっすか? 今日中に全部の家をまわらないといけないっす! きれいなお部屋だとイイコトあるっすよ!」
 「じゃなくて! いま! クリスマス!」
 「え?」
 クゥが驚きの表情を浮かべた。
 「え、じゃなくて、年末なんだけど。あんた、今まで気づかずに朝から家をまわってたわけ?」
 「なんだと! クリスマス!」
 「そうだよ……」
 ミタマもあきれた声を上げた。
 「今来たらクリスマスの食事、おいしくなくなっちゃうじゃんか……。師走だけども。皆急いでいるけども!」
 「あー、はやとちりしたっすねー! 慌てん坊だったっす!」
 「慌てん坊って……サンタの歌じゃあるまいし。一月一日にまた来てよ」
 ミタマがてきとうに手を振った時、クゥが寂しそうにこちらを見てきた。
 「なんか食べるっすか? クリスマスのご飯作ってるっすか?」
 「え、ええ……」
 言葉を濁すミタマにリガノが台所から顔を出し答えた。
 「俺がほぼ作ったぞ」
 「リガノくーん」
 ミタマが首を横に振った。
 「うわあ! 何か違う神がいた! ウカがしゃべっているのかと」
 リガノが台所から居間にご馳走を持って入ってきた。
 「うわあ! ミネストローネだあ! キッシュだあ!」
 「あー、タイミング悪かったか?」
 リガノの言葉にウカとミタマは深く頷いた。
 「えーと、食べる?」
 ウカがとりあえず聞くと、クゥは何度も頷いた。
 「いやー、朝から家をまわって疲れたっすよー!」
 「間違えるにしても早すぎだけどね⁉ てか、あんたもそれぞれの家に沢山いるんじゃないの?」
 ウカは仕方なくクゥをコタツに入れ、温かいお茶を出す。
 「んー、私は時神でもあり、穀物神でもあるっすけど、沢山いるかはわからないっす! 社がないっすから。兼業している神もいるかもっすねぇ」
 「あんた、時神なの? じゃあ、紅雷王に詳しかったりする?」
 ウカはキッシュを切り分けながらクゥに尋ねた。
 「湯瀬紅雷王っすね。てか、ウカノミタマとも親類っすよ、私。一応、親父はスサノオ様っすから!」
 「えー! そうなの? で、紅雷王はアマテラス様の子孫で、アマテラス様はスサノオ様の姉!」
 「そうみたいっすねぇ」
 クゥは手を合わせるとキッシュになにやら赤い粉をかけ始めた。
 「うわっ! カプサイシンすぎるぞ!」
 「なにやってるの! 素材の味が!」
 隣でリガノやミタマが悲鳴をあげている。
 「で? 紅雷王は! ああ! 見てるだけでからいっ! 舌おかしいんじゃないの!」
 「赤いは正義っす! 痺れる辛さがたまらないっす! えー、この真っ赤な感じの男の話っすよね? 彼とは皇族時代に会ったっす! 当時、世界が過去、現代、未来の三つの世界にわかれていて、未来神は未来の世界、肆(よん)にいたけども、私はホウキで飛んで時間を渡れるっすから普通に挨拶しにいったっすねー」
 「えっ! 世界って三つにわかれていたの⁉」
 ウカの驚きにクゥは苦笑いを浮かべた。
 「知らないっすか? こないだまで時神さんは別々の世界にそれぞれいたっすよ。過去は参の世界、現代は壱の世界っす。それがある時神により統合されて、時神さんは壱の世界に全員存在するようになったんす! だから、紅雷王を本来あんたらは知らないはずっすね」
 「なんかとびすぎててわかんないなあ」
 ミタマが頭をかきつつ、キッシュを口に入れる。バターの香りが広がり、顔がほころんだ。
 「じゃあなんで知ってるのよ? あたしら」
 ウカが首をかしげながらミネストローネを飲んだ。トマトの酸味とあたたかみに顔がほころんだ。
 「紅雷王を知っている理由は別の全く同じ外見のあんたらが肆(未来)の世界にもいたってことっす。過去、現代、未来は三直線。同じ時代の未来、過去があるってことっす。つまり、二千年なら未来の二千年、過去の二千年それぞれ同じように別にあるってわけっすね。それが今、全体でひとつの神がいるという風になり、参や肆からでも壱にいるすべての時神の認知ができるようになったわけっすよ。それにより」
 クゥはミネストローネにも真っ赤なパウダーをかけ始めた。
 「別々に存在していたあんたらも同時期の未来と過去の記憶を統合されてここにいるから紅雷王を始めから知ってるわけっすね」
 「クリスマスの日に哲学か……」
 リガノがガーリックトーストも持ってきた。ニンニクの香りが広がる。
 「おいしそうっす!」
 「全部その赤いのをかけないでよね」
 「自分のだけっすよ」
 クゥは笑いながらガーリックトーストにも辛いパウダーをかけた。
 「全部同じ味になっちゃうじゃん……」
 「この辛さの奥から素材の旨味を感じるっすよ!」
 「何かレベルが違うわ」
 ミタマはあきれつつ、ガーリックトーストをかじる。ガーリックの風味が心地よい。
 「うまい! リガノくん、料理上手!」
 「最高! 天才!」
 「まあ、検索すればこのくらい……」
 ミタマとウカにほめられ、照れるリガノ。
 「……一番アマテラス様の食事係をしっかりやりそうっすね、リガノくんは。本来の稲荷っす」
 クゥの発言にウカとミタマは苦笑いを浮かべた。

 「てかさー、あたしらみーんな帽子かぶってるけどさ、あんたも親族だからなの?」
 ウカはクゥの魔女帽子を指差した。
 「まあ、オシャレっすけど」
 「うちもそうだけど、なんで稲荷に帽子が流行ったんだろ?」
 稲荷に帽子は流行っているが、どこから流行ったかは知らないウカはとりあえずクゥに尋ねた。
 「さあ? でも私じゃないっすかね? ちっこい稲荷が私を見てかっこいいって言ったっす! それから稲荷の帽子率が上がったような気がするっすね」
 「ふむ……ちっこい稲荷ってイナじゃないよね?」
 ウカが真っ赤になったガーリックトーストをなんとも言えない顔で眺めつつ聞いた。
 「たぶんそうっすね。イナチャンさんじょー! イナチャンもかぶる! って叫んでたっす」
 「イナかよ……」
 ウカはシャンパンをあけながらつぶやく。
 「まんまと子供の声に僕達は反応しちゃったんだねー」
 ミタマがキッシュを頬張りながら苦笑いを浮かべた。
 「ああ、そうだ。トマトのスパゲティを忘れていた」
 リガノが台所へと走り、運ぶのを忘れていたトマトスパゲティを持ってきた。
 「ナスのトマトスパゲティだ!」
 ウカが嬉しそうに叫び、クゥが目を輝かせる。
 「ピリ辛にするっす!」
 「ピリ辛っていうか、それ、ただの刺激な気がする」
 クゥが真っ赤パウダーをふりかける横でミタマが引き気味につぶやいた。
 「で、稲荷ランキングは上がったっすか? この地域、やばいくらい下っすよね」
 クゥの言葉にウカ達はスパゲティを喉に詰まらせた。
 「い、いやあー、あの……今は稲荷ランキングは見ずに、地元の手助けを……」
 「そしたら稲荷ランキング上がるっすよね?」
 「うぐ……」
 苦し紛れの言い訳にクゥはすぐに突っ込んできた。
 「あ、最近、僕思ってきたんだけど、この辺、願いにくる人少ないんだよね……」
 ミタマが恐る恐る答えたがクゥは首をかしげた。
 「そりゃあ、稲荷に願いにくる方は少なそうっすけど、稲荷ランキングは地域の手助けでも上がるっす」
 「地域の手助けかあ……。この辺、時神さんが住んでるから手助けはある程度あちらがやるんだよなあ……。行事も人に見える時神さんが手伝っているし」
 ウカがつぶやき、クゥは頷く。
 「確かに。地域の手助けは時神がやってるっすねー。まあ、稲荷がやらなきゃランキングはあがらないっすけど、時神が稲荷のためにやっているなら感謝はしておかないとっすよ」
 「ま、まあ……たしかに」
 「ランキングはある程度ひとつ上に近くした方がいいんじゃないっすかね? ここ、ダントツで低すぎるから一部で闇の地域と呼ばれているっす」
 クゥがスパゲティをうまそうに食べているのをウカは蒼白で見つめた。
 「げっ。闇の地域? やばすぎでしょ」
 「まあ、ウカちゃん、この地域の稲荷は誰も勤勉じゃないし、毎日こうじゃない? 無理もないって」
 ミタマが息を吐きながらミネストローネをおいしそうに飲む。
 「そう、そうなんだよねー。なんもない平和な地域だからさ。ただ、行事は参加してる!」
 「まあねー」
 ミタマがてきとうに相づちを打つとウカはクゥを不安げに見つめた。
 「どうしたらいいのぅ!」
 「人助けだよ、人助け! 人を助けるっすよ!」
 「……人助けねぇ……そうだねぇ」
 ウカは納得しつつ、トマトスパゲティを食べた。トマトの酸味と旨味が口に広がる。
 「うますぎ!」
 「ありがとうな。もうちょっと働いてくれ」
 リガノはお礼を言ってから、小さくつぶやいた。
 「あはは……。なんか動くかあ……」
 ウカはため息をつきつつ、おいしいご飯をいただいた。
 「まあ、後、ケーキもあるし、今日は楽しむ感じで!」
 ミタマがそう言い、ウカが手を叩いて喜んだ。
 「そういうとこっすよ……」
 クゥはあきれた声をあげたが、稲荷のクリスマスパーティにちゃっかりと加わっていた。

 日記
 ちょーおいしかった!
 ラストのケーキも堪能!
 なんかクゥがずっといたけど、まあ楽しんだからいいや。
 それよりも闇の地域はショックだった。頑張ろうかな、そろそろ。
 明日から!

(2024年~)TOKIの世界譚 稲荷神編②『いなり神達の小さな神話』

(2024年~)TOKIの世界譚 稲荷神編②『いなり神達の小さな神話』

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-02-12

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  1. 一月
  2. 二月
  3. 三月
  4. 四月
  5. 五月 端午の節句
  6. 六月 梅雨?
  7. 七月 夏祭り!
  8. 8月 プールへゴー!
  9. 9月 残暑がきつい
  10. 10月例大祭!
  11. 十一月スタンプラリー
  12. クリスマスの年神