(2024年)TOKIの世界譚稲荷神編2『いなり神達の小さな神話二話』

一月

 雪が降り寒い冬。
 静かな高台の稲荷神社は雪の降り積もる音が聞こえそうなほど静か。
 いや、この神社はいつも静かか。
 「ウカちゃーん、寒いね。今年の稲荷ランキングどうするー?」
 神社の扉の前で話しかける青年は気だるそうに伸びをした。
 青年は銀色の髪にナイトキャップを被り、羽織に袴というわけのわからない格好だ。
 「サムイ、ユキ、フッテル」
 神社の中からだらけきった少女の声が聞こえる。
 「……ねぇ、ウカちゃん、日本に初めてきたどっかの原住民みたいな言い方やめてくんない?」
 「サムイ、ユキ、ナンモシタクナイ」
 「うん、僕もなんもしたくないから遊びにきたようなもんだけど……顔くらい出してよ」
 ナイトキャップの変な青年が声をかけるとウカと呼ばれた少女が扉を開け、顔を出した。
 ピエロが被る帽子を被った金髪の着物を着た変な少女だった。
 「あー、ミタマくん。ユキ、フッテル」
 「知ってるよ……。雪の中歩いてきたからさ。で、稲荷ランキングが……」
 「なんだっけ? それ」
 ウカと呼ばれた少女は首を傾げた。
 「いや、いつも頑張ってるアレを忘れたの? たくさんいる地域、地域の稲荷神達が信仰と絆をどんだけためられたかを競うランキングじゃないか。で、ここ百合組地域の稲荷達はすべてが底辺だから作戦会議で上位に食い込もうって感じでさ」
 「あー、昨日話したやつね。ユキ、フッテル」
 ウカは雪が降ってるから今日はやる気がないようだ。
 「うん、まあ、今日はいっか」
 百合組地域、ウカに続き、ミタマも実はやる気のない稲荷神である。
 「私達、どこまでもポンコツな気がする」
 「ん? トンコツ?」
 「ミタマくん、ポンコツだよ。私達は豚さんではなく、どちらかといえばキツネ寄りでさ」
 「ああ、ポンコツ……」
 ミタマは「なるほど」と頷いた後、眉を寄せた。
 「ちょ、それでいいの!? 自分達でポンコツって言ってていいの?」
 「良くないけどー、ユキ、フッテル」
 ウカは降り積もる雪を指差してから畳の部屋の真ん中にあるコタツを指差した。
 「みかんでも」
 「いいねぇ。お鍋にお餅やりたい」
 「じゃあ、百合組皆、呼ぶ?」
 「そうしよう! あ、イナは爆食だから沢山食材いるよねー。リガノに食材持ってきてもらおうか、ミノさんは来るかなあ」
 「くるっしょ、食う寝る好きだし」
 ウカとミタマは勝手に宴会の話を進める。百合組稲荷はお仕事のやる気は壊滅的だが楽しいことへの動きは早い。
 「じゃあ呼ぼう!」
 ミタマは神々のテレパシー電話を使い、この地域の稲荷に電話をかけた。
 「どう? 来そう?」
 「皆、秒で来るっぽい」
 ミタマは苦笑いで答えた。
 こういう時だけ百合組稲荷は団結力が強い。
 
  「きたよー!」
 一番最初に現れたのは元気なチビッ子幼女稲荷、イナだった。巾着を逆さにしたような帽子を被り、羽織に袴だ。
 「ああ、イナ、いらっしゃい」
 ウカがてきとうに神社内の霊的空間に上げる。霊的空間は人間からすると見えない空間だが、神々からすると生活空間が広がっている。ウカの霊的空間は五畳くらいの生活空間だ。
 「て、手伝ってくれると嬉しいのだが」
 イナの後ろから情けない男の声がした。
 「あー、ミタマくーん、リガノきたー」
 ウカが部屋の奥にいるミタマに声をかける。ミタマが顔を出し、キャスケット帽を被る羽織袴の青年が持つ荷物に目を向けた。
 「白菜ある?」
 「もってきた……重い」
 「はいはーい」
 キャスケット帽の青年リガノは楽観的な雰囲気のミタマに野菜の入った段ボールを押し付けた。
 「え、おもっ……」
 「お前に買えといわれたもんを買ってきたんだ。手伝いに来てくれれば良かったのに……」
 「行かなくて良かった……」
 「ミタマ……お前」
 「ごめん、ごめん~。とりあえず、中に」
 「……はあ」
 リガノが部屋に入り、続いて肩から布がないちゃんちゃんこを着た金髪の青年が元気良く現れた。
 頭にキツネ耳がついている。
 彼だけ帽子を被っていない。
 稲荷神の中で帽子が流行っているらしく、皆、個性的な帽子を被るようだが、彼だけは帽子を被らないようだ。
 「腹へった~! 飯食いにきた~!」
 「うちは定食屋じゃないよ!」
 間髪を入れず、神社内からウカの声が響く。
 「まあまあ、穀物の神として、うどん持ってきたぜ!」
 「ナイス! ミノさん! 餅もあるしお腹いっぱいになるね」
 ウカにミノさんと呼ばれたキツネ耳の青年は少し得意気にうどんをかざし、神社内へ入った。
 「てか、皆、集まるのに五分もかかってないじゃないのっ! その力があってなんで最下位なわけよ!」
 「……ねー……」
 ウカが机にみかんを置きながら言い、それぞれ同じ反応をした。
 「そろそろ百合組地区のアマテラス様の子孫の紅雷王様が怒りそう。去年は何も言ってこなかったけど」
 「あの神は時神のトップでもあるから、忙しいんじゃない?」
 ウカにミタマがお鍋を準備しながら楽しそうに答えた。
 「まあ、鍋にしよ、鍋、鍋」
 ウカは色々考えるのが嫌いである。野菜を運ぶリガノがキッチンに入るのを眺めつつ、ウカはコタツで横になる。
 「ウカちゃん、今年はイケイケの年にしようよ!」
 チビッ子稲荷のイナがみかんを食べながらウカに微笑んだ。
 「イケイケ……」
 「ムリムリー、どうせ三日で頑張りはなくなるぜ」
 考えるウカにミノさんがてきとうに返す。
 「今年は頑張るか……」
 野菜を煮るおいしい匂いがしてきた。ウカの頭はすぐにお鍋に向かった。
 「お鍋きたー!」
 イナが喜び、ミタマが食器を持ってくる。
 「おいしそー!」
 土鍋を持ったリガノがやってきて、輝かしい煮えた野菜達をお椀に盛り始めた。ミタマがお米を持ってきて、一同の腹が鳴る。
 「まあ、食べてから考えるか」
 と、結局、考えるのをやめるウカだった。
 『今年も』稲荷ランキングをあげることは難しいかもしれない。

二月

 「鬼はー外ー!」
 よくわからないがウカはてきとうに社の内部で大豆を投げる。
 「ちょ、ウカちゃん? 部屋に豆投げる? 普通外じゃない? 鬼は外って……」
 なんとなく遊びに来たミタマは部屋が豆だらけなウカの社をあきれた目で見つめた。
 「あ、ミタマくんじゃん。寒いから部屋でやってんの。てきとーに。豆は後で回収しておいしいおやつにしてもらうんだからー」
 「……自分でするんじゃなくて、してもらうのね。あれかな、リガノとか?」
 「そそ、そろそろ来るでしょ」
 ウカが豆を集めだし、ミタマがため息をついた頃、リガノが現れた。
 「……何をするべきかわからなかったから……来たぞ」
 「うわあ……ウカちゃんの都合いい時にきた……。それだから使われるんだよ……」
 「……?」
 眉を寄せたリガノにウカが集めた豆を見せ、満面の笑みで言った。
 「これを衣にして揚げ物とか、チョコまぶしてみるとか、なんかおやつ食べたーい」
 「ほら、きたよ」
 ミタマはあきれた顔のまま、ウカの部屋のコタツに入り、みかんをむきはじめる。
 「おやつ……だと! まあ、少し考えてみるか……。我ら稲荷神、邪気祓いに魔目(まめ)を食って大丈夫だったか……」
 「ま、ダメだったらお腹壊すだけよ、心配ないし」
 ウカはミタマの向かいに座り、コタツに入った。
 「軽いなあ」
 「なんかさ、鬼でも出ないかなあ。やっつければ信仰心上がるんじゃね? モモタローみたいにー。あ、陰陽師?」
 「やめてよ、ウカちゃん。太陽神系列の僕達が鬼を出そうなんてさ」
 ミタマはため息をつきつつ、さらにみかんをむきはじめる。
 「こんにちはー! 暇だったから遊びにきたー! まださっむーい!」
 外から元気な少女の声が響いた。
 「あー、イナまできた……」
 「ねー、ねー、なにしてんのー? なんかおやつあるー?」
 イナはウカの社へ自分の家のように入り込み、何やらやっているリガノを覗いていた。
 「はあ、また結局さー」
 「さっみー! コタツ入れて~」
 ウカが話している途中でキツネ耳の赤いちゃんちゃんこの青年がコタツに入り込んできた。
 「全員集合しちゃうわけよ」
 「ミノさんまできちゃって……」
 ミタマがため息をつきながら横になる。
 「はあー、寒いとやる気でないねー」
 「ねー」
 ミタマの一言に稲荷一同は頷いていた。そしてミタマはまた、みかんをむきはじめる。
 「あ、みかんむきすぎたわ。三つも無心でむいてたよ……。食べよ」
 のそのそとみかんを食べ始めたミタマにお怒りな声が響いた。
 「まてまてー! やる気がなさすぎるぞ! お前ら!」
 「えー……誰?」
 ウカの社に入ってきた神を稲荷達は眠そうな目で見上げた。


 「オイコラ! 『えーだれぇ』じゃねー!」
 ウカ達の前には赤い髪の青年が腕を組んで立っていた。上下紺色のスウェットを着ている、頬に赤いペイントをしている男だ。
 「うわっ、やべ、紅雷王(こうらいおう)だ……」
 ミノさんは静かに社から出ようとしたが、赤い髪の青年に止められた。
 「それで、これは、何集まりだァ?」
 「えー、今後の勤務について会議をですね……」
 ミタマが青い顔で青年を見上げる。この青年は湯瀬紅雷王(ゆせ こうらいおう)。プラズマというあだ名で知られる稲荷神の上だ。
 アマテラス大神の力を受け継ぐ太陽神の主、輝照姫大神(こうしょうきおおみかみ)サキとアマテラスの子孫の時神未来神、両方とも稲荷にとっての上司だ。
 稲荷は元々、アマテラス大神に関係があるがアマテラス大神は現在、世界にいない。
 「会議ねぇ……。で? どうやって信仰を集めるんだ? 言ってみろ」
 「えー……ミタマくんが説明しまっす!」
 ウカに全ふりされたミタマは顔色が急に悪くなった。
 「ちょ、ウカちゃん!? え、えー……ああ! 今から会議をやるので、まだ決まってなくて……」
 「もうやる気ないだろ……」
 プラズマがあきれたところでリガノの呑気な声と喜びの声を上げるイナの声が響いた。
 「大豆のお菓子を作ってみたぞ。砕いて衣に……」
 「おいしそう! 早く食べよう! 一個ちょーだい! ……あ」
 「……本当に会議か?」
 プラズマは眉を寄せた。
 「誰だ、鬼みたいな神を連れてきたのは」
 リガノは頭を抱える。
 「リガノくん!」
 ウカが青い顔で叫び、プラズマは静かに拳を震わせた。
 「逃げろー!」
 ミノさんの楽しそうな掛け声で稲荷達は逃げ出した。イナはリガノが持つ大豆のお菓子を横から摘まみながら走った。
 大豆を衣にして作ったコロッケだった。
 「これ、うまー!」
 「イナ! あたしの分もとっておきなさいよ!」
 「コラァ! まてぇ!」
 プラズマの声を残し、稲荷達は逃亡に成功した。
 「……そういやあ、アマテラス様ってどこいったんだろ?」
 「たしかに」
 逃げ切ったウカが何事もなくつぶやき、ミタマは唸った。
 「まずプラズマについて調べる?」
 イナが無邪気な笑顔を向け、コロッケを頬張りながらそんなことを言った。
 「あー、いいかもねー、暇だし」
 「暇なら信仰心集めろって話なんだけどねー、稲荷ランキング上げるんじゃないの? ウカちゃん」
 ミタマが余っているコロッケに手を伸ばし、口に入れる。
 「ま、勝手に上がるでしょ。ミタマくん、あたしの残しといて!」
 ウカもコロッケに手を伸ばす。
 「あ、俺もー!」
 ミノさんも手を伸ばした。
 「ちょ、ちょっと待て! 両手で皿を持っている俺はどうすればっ!」
 リガノはなくなっていくコロッケを涙目で見つめていた。

 もうすぐ春が来る。

三月

 「三月になったねー」
 「ねー」
 イナの社に遊びにきたウカは三月を喜びつつ、雛人形を準備する時神現代神アヤを見つめた。
 アヤは茶色のショートヘアーの少女で未来神プラズマなどと共に時神達全員で生活している。
 その時神ハウスの庭に住み着き始めたのがイナだ。
 「イナの本社、今どこにあるの? そういえば。これ?」
 ウカは庭にある社を指差した。
 「本社は家守龍神(いえのもりりゅうのかみ)の社の端にあるよ! ヤモリ、忙しそうだからさあ、今はこっちで遊んでる!」
 「ふーん。ていうかさ、紅雷王ってああいう扱いなの?」
 ウカが再び時神ハウスの中を指差した。
 「プラズマ、部屋片付けて! いつまでもゴロゴロしない! 布団片付けて!」
 「あ~、アヤ……春眠暁を覚えずって言ってさ……」
 「あなたね、いつまでも暁を覚えないじゃない!」
 「そういや、部屋ってさ、屁屋って言うんだって。すっごいオナラする嫁さんがいてさ、家壊しちゃうから、ひとまを与えてここでしてねって言ったんだと。で、それが部屋に……」
 「いいから布団あげなさい!」
 アヤがプラズマの布団を剥いで片付け始める。プラズマは思い切り畳に鼻をぶつけて転がった。
 「え、時神現代神アヤって怪力?」
 ウカが面倒くさそうにつぶやき、イナが笑った。
 「雛人形飾るんだって」
 「へぇ、いいじゃん。桃の節句だし。あー、桃食べたい」
 「桃は夏だよ! あー、でも食べたくなってきた。もも缶もらってこようかな」
 イナがつぶやき、ウカがあきれる。
 「もらうじゃなくて盗むが正解なんじゃないかって思うんだけど」
 「失礼な! もらってくるだけだよ」
 「よう! ウカとイナ!」
 イナが動こうとした刹那、ミノさんが声をかけてきた。
 「あ、どーも、遊びにきたよ。久々に布団からでたー」
 ウカが手をてきとうに振る。
 「寒いからなあ、まだ」
 「ミノさん、あんた、何いっぱい持ってるの?」
 ウカはミノさんが抱えているものを指差した。
 「ああ、ひなあられ、ひしもち、金平糖に……ちらし寿司だぜぃ!」
 「あんた! さすがに盗みすぎじゃん!」
 「いやあ、堂々と置いてあったからさあ」
 「……ま、まあ、勝手に持っていきなみたいな感じなのかも?」
 「ずらかるぜ!」
 「ずらかるぜぃ!」
 ミノさんが走りだし、イナも続く。
 「ええ……やっぱ盗み? アマテラス様に食べ物を持っていく神なのに、持っていったらダメじゃね?」
 ウカもふたりを追いかけて走って行った。ちなみにプラズマは威厳なく、アヤに頭を下げていた。
 もう少し寝ていたかったようだった。
 
 ミノさん、イナ、ウカは食べ物を持ってウカの神社へ帰っていた。そろそろあたたかくなりそうな気はするが、まだ寒い。
 ウカの神社は階段を登った高台にあった。稲荷の足は軟弱にはできていないため、長い階段でも苦労しない。
 「紅雷王だってあんな感じじゃん」
 ウカは自室のコタツに入り、ひなあられをつまんでいる。
 「じゃあさ、プラズマの観察日記つけない? 楽しそう!」
 イナはそんなことを言いながらちらし寿司を掃除機のようにたいらげた。
 「ああ……俺が持ってきたのに……」
 ミノさんは少し悲しげに菱餅をかじる。
 「紅雷王の観察日記とかウケる。やろ、やろ」
 ウカが笑っているところへ、いつものようにミタマとリガノが現れた。
 「ウカちゃん、稲荷ランキング忘れてるんだけど」
 やる気なさそうなミタマがとりあえずウカに言う。
 「ああ、ミタマくん、紅雷王の日記つけたら信仰心上がりそうじゃね?」
 「なんでさ……」
 「わかんないけどー」
 「これを見ろ。稲荷ランキング月間だ」
 リガノは電子媒体の「天界通信」を開き、皆に転送する。
 神々は電子データでできているためか、情報共有やテレパシーなどで会話も可能だ。
 「わあ、けっこう上がってんじゃね? どれどれ?」
 「なんもやってないし、あがるわけないんだけど」
 ウカにミタマはあきれた声をあげながら沢山の稲荷がいる名簿の一番下を指差す。最下位は百合組地区の稲荷らしい。
 「お! あたし、上じゃん! やった!」
 「……うちら皆同列で、ウカちゃんの名前が一番上なだけだよ、ほら」
 「でも上!」
 「やった! 皆同じ!」
 ウカとイナが同時に叫び、ミノさんに関してはひなあられをつまみ始めてランキングすら見ていない。
 「リガノくん、これなに?」
 「皆、思い思いに自由に生きる。……いや、まるで動物園だな。この世界は大きな檻なのかもしれん」
 リガノの返答にミタマは頭を抱えた。
 「どういう意見なんだ……? それ。ま、いっか」
 「良くはない。今から九十九神化した雛人形を見に行かないか?」
 「やだよ、なにそのイベント……。普通の雛人形がいいんだけど」
 リガノの言葉にミタマはあきれた声をあげた。
 
 紅雷王観察日記。
 今日はなんか時神アヤに怒られていた。普段はやる気がなさそう。どこに太陽っぽさがあるんだろ? あの神はよくわからない。
 太陽神よりもアマテラス様の子孫な感じが強め?
 太陽神サキ様もてきとうだけど、なんか違う気もする。

(2024年)TOKIの世界譚稲荷神編2『いなり神達の小さな神話二話』

(2024年)TOKIの世界譚稲荷神編2『いなり神達の小さな神話二話』

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-02-12

CC BY
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