(2024年)TOKIの世界譚 稲荷神編③『いなり神達の小さな神話』

一月

 雪が降り寒い冬。
 静かな高台の稲荷神社は雪の降り積もる音が聞こえそうなほど静か。
 いや、この神社はいつも静かか。
 「ウカちゃーん、寒いね。今年の稲荷ランキングどうするー?」
 神社の扉の前で話しかける青年は気だるそうに伸びをした。
 青年は銀色の髪にナイトキャップを被り、羽織に袴というわけのわからない格好だ。
 「サムイ、ユキ、フッテル」
 神社の中からだらけきった少女の声が聞こえる。
 「……ねぇ、ウカちゃん、日本に初めてきたどっかの原住民みたいな言い方やめてくんない?」
 「サムイ、ユキ、ナンモシタクナイ」
 「うん、僕もなんもしたくないから遊びにきたようなもんだけど……顔くらい出してよ」
 ナイトキャップの変な青年が声をかけるとウカと呼ばれた少女が扉を開け、顔を出した。
 ピエロが被る帽子を被った金髪の着物を着た変な少女だった。
 「あー、ミタマくん。ユキ、フッテル」
 「知ってるよ……。雪の中歩いてきたからさ。で、稲荷ランキングが……」
 「なんだっけ? それ」
 ウカと呼ばれた少女は首を傾げた。
 「いや、いつも頑張ってるアレを忘れたの? たくさんいる地域、地域の稲荷神達が信仰と絆をどんだけためられたかを競うランキングじゃないか。で、ここ百合組地域の稲荷達はすべてが底辺だから作戦会議で上位に食い込もうって感じでさ」
 「あー、昨日話したやつね。ユキ、フッテル」
 ウカは雪が降ってるから今日はやる気がないようだ。
 「うん、まあ、今日はいっか」
 百合組地域、ウカに続き、ミタマも実はやる気のない稲荷神である。
 「私達、どこまでもポンコツな気がする」
 「ん? トンコツ?」
 「ミタマくん、ポンコツだよ。私達は豚さんではなく、どちらかといえばキツネ寄りでさ」
 「ああ、ポンコツ……」
 ミタマは「なるほど」と頷いた後、眉を寄せた。
 「ちょ、それでいいの!? 自分達でポンコツって言ってていいの?」
 「良くないけどー、ユキ、フッテル」
 ウカは降り積もる雪を指差してから畳の部屋の真ん中にあるコタツを指差した。
 「みかんでも」
 「いいねぇ。お鍋にお餅やりたい」
 「じゃあ、百合組皆、呼ぶ?」
 「そうしよう! あ、イナは爆食だから沢山食材いるよねー。リガノに食材持ってきてもらおうか、ミノさんは来るかなあ」
 「くるっしょ、食う寝る好きだし」
 ウカとミタマは勝手に宴会の話を進める。百合組稲荷はお仕事のやる気は壊滅的だが楽しいことへの動きは早い。
 「じゃあ呼ぼう!」
 ミタマは神々のテレパシー電話を使い、この地域の稲荷に電話をかけた。
 「どう? 来そう?」
 「皆、秒で来るっぽい」
 ミタマは苦笑いで答えた。
 こういう時だけ百合組稲荷は団結力が強い。
 
  「きたよー!」
 一番最初に現れたのは元気なチビッ子幼女稲荷、イナだった。巾着を逆さにしたような帽子を被り、羽織に袴だ。
 「ああ、イナ、いらっしゃい」
 ウカがてきとうに神社内の霊的空間に上げる。霊的空間は人間からすると見えない空間だが、神々からすると生活空間が広がっている。ウカの霊的空間は五畳くらいの生活空間だ。
 「て、手伝ってくれると嬉しいのだが」
 イナの後ろから情けない男の声がした。
 「あー、ミタマくーん、リガノきたー」
 ウカが部屋の奥にいるミタマに声をかける。ミタマが顔を出し、キャスケット帽を被る羽織袴の青年が持つ荷物に目を向けた。
 「白菜ある?」
 「もってきた……重い」
 「はいはーい」
 キャスケット帽の青年リガノは楽観的な雰囲気のミタマに野菜の入った段ボールを押し付けた。
 「え、おもっ……」
 「お前に買えといわれたもんを買ってきたんだ。手伝いに来てくれれば良かったのに……」
 「行かなくて良かった……」
 「ミタマ……お前」
 「ごめん、ごめん~。とりあえず、中に」
 「……はあ」
 リガノが部屋に入り、続いて肩から布がないちゃんちゃんこを着た金髪の青年が元気良く現れた。
 頭にキツネ耳がついている。
 彼だけ帽子を被っていない。
 稲荷神の中で帽子が流行っているらしく、皆、個性的な帽子を被るようだが、彼だけは帽子を被らないようだ。
 「腹へった~! 飯食いにきた~!」
 「うちは定食屋じゃないよ!」
 間髪を入れず、神社内からウカの声が響く。
 「まあまあ、穀物の神として、うどん持ってきたぜ!」
 「ナイス! ミノさん! 餅もあるしお腹いっぱいになるね」
 ウカにミノさんと呼ばれたキツネ耳の青年は少し得意気にうどんをかざし、神社内へ入った。
 「てか、皆、集まるのに五分もかかってないじゃないのっ! その力があってなんで最下位なわけよ!」
 「……ねー……」
 ウカが机にみかんを置きながら言い、それぞれ同じ反応をした。
 「そろそろ百合組地区のアマテラス様の子孫の紅雷王様が怒りそう。去年は何も言ってこなかったけど」
 「あの神は時神のトップでもあるから、忙しいんじゃない?」
 ウカにミタマがお鍋を準備しながら楽しそうに答えた。
 「まあ、鍋にしよ、鍋、鍋」
 ウカは色々考えるのが嫌いである。野菜を運ぶリガノがキッチンに入るのを眺めつつ、ウカはコタツで横になる。
 「ウカちゃん、今年はイケイケの年にしようよ!」
 チビッ子稲荷のイナがみかんを食べながらウカに微笑んだ。
 「イケイケ……」
 「ムリムリー、どうせ三日で頑張りはなくなるぜ」
 考えるウカにミノさんがてきとうに返す。
 「今年は頑張るか……」
 野菜を煮るおいしい匂いがしてきた。ウカの頭はすぐにお鍋に向かった。
 「お鍋きたー!」
 イナが喜び、ミタマが食器を持ってくる。
 「おいしそー!」
 土鍋を持ったリガノがやってきて、輝かしい煮えた野菜達をお椀に盛り始めた。ミタマがお米を持ってきて、一同の腹が鳴る。
 「まあ、食べてから考えるか」
 と、結局、考えるのをやめるウカだった。
 『今年も』稲荷ランキングをあげることは難しいかもしれない。

二月

 「鬼はー外ー!」
 よくわからないがウカはてきとうに社の内部で大豆を投げる。
 「ちょ、ウカちゃん? 部屋に豆投げる? 普通外じゃない? 鬼は外って……」
 なんとなく遊びに来たミタマは部屋が豆だらけなウカの社をあきれた目で見つめた。
 「あ、ミタマくんじゃん。寒いから部屋でやってんの。てきとーに。豆は後で回収しておいしいおやつにしてもらうんだからー」
 「……自分でするんじゃなくて、してもらうのね。あれかな、リガノとか?」
 「そそ、そろそろ来るでしょ」
 ウカが豆を集めだし、ミタマがため息をついた頃、リガノが現れた。
 「……何をするべきかわからなかったから……来たぞ」
 「うわあ……ウカちゃんの都合いい時にきた……。それだから使われるんだよ……」
 「……?」
 眉を寄せたリガノにウカが集めた豆を見せ、満面の笑みで言った。
 「これを衣にして揚げ物とか、チョコまぶしてみるとか、なんかおやつ食べたーい」
 「ほら、きたよ」
 ミタマはあきれた顔のまま、ウカの部屋のコタツに入り、みかんをむきはじめる。
 「おやつ……だと! まあ、少し考えてみるか……。我ら稲荷神、邪気祓いに魔目(まめ)を食って大丈夫だったか……」
 「ま、ダメだったらお腹壊すだけよ、心配ないし」
 ウカはミタマの向かいに座り、コタツに入った。
 「軽いなあ」
 「なんかさ、鬼でも出ないかなあ。やっつければ信仰心上がるんじゃね? モモタローみたいにー。あ、陰陽師?」
 「やめてよ、ウカちゃん。太陽神系列の僕達が鬼を出そうなんてさ」
 ミタマはため息をつきつつ、さらにみかんをむきはじめる。
 「こんにちはー! 暇だったから遊びにきたー! まださっむーい!」
 外から元気な少女の声が響いた。
 「あー、イナまできた……」
 「ねー、ねー、なにしてんのー? なんかおやつあるー?」
 イナはウカの社へ自分の家のように入り込み、何やらやっているリガノを覗いていた。
 「はあ、また結局さー」
 「さっみー! コタツ入れて~」
 ウカが話している途中でキツネ耳の赤いちゃんちゃんこの青年がコタツに入り込んできた。
 「全員集合しちゃうわけよ」
 「ミノさんまできちゃって……」
 ミタマがため息をつきながら横になる。
 「はあー、寒いとやる気でないねー」
 「ねー」
 ミタマの一言に稲荷一同は頷いていた。そしてミタマはまた、みかんをむきはじめる。
 「あ、みかんむきすぎたわ。三つも無心でむいてたよ……。食べよ」
 のそのそとみかんを食べ始めたミタマにお怒りな声が響いた。
 「まてまてー! やる気がなさすぎるぞ! お前ら!」
 「えー……誰?」
 ウカの社に入ってきた神を稲荷達は眠そうな目で見上げた。


 「オイコラ! 『えーだれぇ』じゃねー!」
 ウカ達の前には赤い髪の青年が腕を組んで立っていた。上下紺色のスウェットを着ている、頬に赤いペイントをしている男だ。
 「うわっ、やべ、紅雷王(こうらいおう)だ……」
 ミノさんは静かに社から出ようとしたが、赤い髪の青年に止められた。
 「それで、これは、何集まりだァ?」
 「えー、今後の勤務について会議をですね……」
 ミタマが青い顔で青年を見上げる。この青年は湯瀬紅雷王(ゆせ こうらいおう)。プラズマというあだ名で知られる稲荷神の上だ。
 アマテラス大神の力を受け継ぐ太陽神の主、輝照姫大神(こうしょうきおおみかみ)サキとアマテラスの子孫の時神未来神、両方とも稲荷にとっての上司だ。
 稲荷は元々、アマテラス大神に関係があるがアマテラス大神は現在、世界にいない。
 「会議ねぇ……。で? どうやって信仰を集めるんだ? 言ってみろ」
 「えー……ミタマくんが説明しまっす!」
 ウカに全ふりされたミタマは顔色が急に悪くなった。
 「ちょ、ウカちゃん!? え、えー……ああ! 今から会議をやるので、まだ決まってなくて……」
 「もうやる気ないだろ……」
 プラズマがあきれたところでリガノの呑気な声と喜びの声を上げるイナの声が響いた。
 「大豆のお菓子を作ってみたぞ。砕いて衣に……」
 「おいしそう! 早く食べよう! 一個ちょーだい! ……あ」
 「……本当に会議か?」
 プラズマは眉を寄せた。
 「誰だ、鬼みたいな神を連れてきたのは」
 リガノは頭を抱える。
 「リガノくん!」
 ウカが青い顔で叫び、プラズマは静かに拳を震わせた。
 「逃げろー!」
 ミノさんの楽しそうな掛け声で稲荷達は逃げ出した。イナはリガノが持つ大豆のお菓子を横から摘まみながら走った。
 大豆を衣にして作ったコロッケだった。
 「これ、うまー!」
 「イナ! あたしの分もとっておきなさいよ!」
 「コラァ! まてぇ!」
 プラズマの声を残し、稲荷達は逃亡に成功した。
 「……そういやあ、アマテラス様ってどこいったんだろ?」
 「たしかに」
 逃げ切ったウカが何事もなくつぶやき、ミタマは唸った。
 「まずプラズマについて調べる?」
 イナが無邪気な笑顔を向け、コロッケを頬張りながらそんなことを言った。
 「あー、いいかもねー、暇だし」
 「暇なら信仰心集めろって話なんだけどねー、稲荷ランキング上げるんじゃないの? ウカちゃん」
 ミタマが余っているコロッケに手を伸ばし、口に入れる。
 「ま、勝手に上がるでしょ。ミタマくん、あたしの残しといて!」
 ウカもコロッケに手を伸ばす。
 「あ、俺もー!」
 ミノさんも手を伸ばした。
 「ちょ、ちょっと待て! 両手で皿を持っている俺はどうすればっ!」
 リガノはなくなっていくコロッケを涙目で見つめていた。

 もうすぐ春が来る。

三月

 「三月になったねー」
 「ねー」
 イナの社に遊びにきたウカは三月を喜びつつ、雛人形を準備する時神現代神アヤを見つめた。
 アヤは茶色のショートヘアーの少女で未来神プラズマなどと共に時神達全員で生活している。
 その時神ハウスの庭に住み着き始めたのがイナだ。
 「イナの本社、今どこにあるの? そういえば。これ?」
 ウカは庭にある社を指差した。
 「本社は家守龍神(いえのもりりゅうのかみ)の社の端にあるよ! ヤモリ、忙しそうだからさあ、今はこっちで遊んでる!」
 「ふーん。ていうかさ、紅雷王ってああいう扱いなの?」
 ウカが再び時神ハウスの中を指差した。
 「プラズマ、部屋片付けて! いつまでもゴロゴロしない! 布団片付けて!」
 「あ~、アヤ……春眠暁を覚えずって言ってさ……」
 「あなたね、いつまでも暁を覚えないじゃない!」
 「そういや、部屋ってさ、屁屋って言うんだって。すっごいオナラする嫁さんがいてさ、家壊しちゃうから、ひとまを与えてここでしてねって言ったんだと。で、それが部屋に……」
 「いいから布団あげなさい!」
 アヤがプラズマの布団を剥いで片付け始める。プラズマは思い切り畳に鼻をぶつけて転がった。
 「え、時神現代神アヤって怪力?」
 ウカが面倒くさそうにつぶやき、イナが笑った。
 「雛人形飾るんだって」
 「へぇ、いいじゃん。桃の節句だし。あー、桃食べたい」
 「桃は夏だよ! あー、でも食べたくなってきた。もも缶もらってこようかな」
 イナがつぶやき、ウカがあきれる。
 「もらうじゃなくて盗むが正解なんじゃないかって思うんだけど」
 「失礼な! もらってくるだけだよ」
 「よう! ウカとイナ!」
 イナが動こうとした刹那、ミノさんが声をかけてきた。
 「あ、どーも、遊びにきたよ。久々に布団からでたー」
 ウカが手をてきとうに振る。
 「寒いからなあ、まだ」
 「ミノさん、あんた、何いっぱい持ってるの?」
 ウカはミノさんが抱えているものを指差した。
 「ああ、ひなあられ、ひしもち、金平糖に……ちらし寿司だぜぃ!」
 「あんた! さすがに盗みすぎじゃん!」
 「いやあ、堂々と置いてあったからさあ」
 「……ま、まあ、勝手に持っていきなみたいな感じなのかも?」
 「ずらかるぜ!」
 「ずらかるぜぃ!」
 ミノさんが走りだし、イナも続く。
 「ええ……やっぱ盗み? アマテラス様に食べ物を持っていく神なのに、持っていったらダメじゃね?」
 ウカもふたりを追いかけて走って行った。ちなみにプラズマは威厳なく、アヤに頭を下げていた。
 もう少し寝ていたかったようだった。
 
 ミノさん、イナ、ウカは食べ物を持ってウカの神社へ帰っていた。そろそろあたたかくなりそうな気はするが、まだ寒い。
 ウカの神社は階段を登った高台にあった。稲荷の足は軟弱にはできていないため、長い階段でも苦労しない。
 「紅雷王だってあんな感じじゃん」
 ウカは自室のコタツに入り、ひなあられをつまんでいる。
 「じゃあさ、プラズマの観察日記つけない? 楽しそう!」
 イナはそんなことを言いながらちらし寿司を掃除機のようにたいらげた。
 「ああ……俺が持ってきたのに……」
 ミノさんは少し悲しげに菱餅をかじる。
 「紅雷王の観察日記とかウケる。やろ、やろ」
 ウカが笑っているところへ、いつものようにミタマとリガノが現れた。
 「ウカちゃん、稲荷ランキング忘れてるんだけど」
 やる気なさそうなミタマがとりあえずウカに言う。
 「ああ、ミタマくん、紅雷王の日記つけたら信仰心上がりそうじゃね?」
 「なんでさ……」
 「わかんないけどー」
 「これを見ろ。稲荷ランキング月間だ」
 リガノは電子媒体の「天界通信」を開き、皆に転送する。
 神々は電子データでできているためか、情報共有やテレパシーなどで会話も可能だ。
 「わあ、けっこう上がってんじゃね? どれどれ?」
 「なんもやってないし、あがるわけないんだけど」
 ウカにミタマはあきれた声をあげながら沢山の稲荷がいる名簿の一番下を指差す。最下位は百合組地区の稲荷らしい。
 「お! あたし、上じゃん! やった!」
 「……うちら皆同列で、ウカちゃんの名前が一番上なだけだよ、ほら」
 「でも上!」
 「やった! 皆同じ!」
 ウカとイナが同時に叫び、ミノさんに関してはひなあられをつまみ始めてランキングすら見ていない。
 「リガノくん、これなに?」
 「皆、思い思いに自由に生きる。……いや、まるで動物園だな。この世界は大きな檻なのかもしれん」
 リガノの返答にミタマは頭を抱えた。
 「どういう意見なんだ……? それ。ま、いっか」
 「良くはない。今から九十九神化した雛人形を見に行かないか?」
 「やだよ、なにそのイベント……。普通の雛人形がいいんだけど」
 リガノの言葉にミタマはあきれた声をあげた。
 
 紅雷王観察日記。
 今日はなんか時神アヤに怒られていた。普段はやる気がなさそう。どこに太陽っぽさがあるんだろ? あの神はよくわからない。
 太陽神よりもアマテラス様の子孫な感じが強め?
 太陽神サキ様もてきとうだけど、なんか違う気もする。

四月

 「お花見季節到来!」
 リガノが重箱につめている料理をウカは自室から覗く。
 「うっほっほ~」
 「ウカちゃん、ゴリラみたいになってるよ……」
 「煮しめだよ! ミタマくん! ゴリラにもなるって! おいしそ~」
 呆れるミタマにウカが嬉々とした表情で言った。
 「ウカちゃんは花より団子だよね」
 「と、いうよりか……信仰より飯だな」
 リガノが煮しめを重箱につめ、サトイモの唐揚げを作り始めた。
 「お~う! いい匂い!」
 「おにぎり作らないと……」
 リガノは忙しい。
 「あ、具材、ワカメがいい!」
 「……ウカ、作ってくれないか……」
 「まー……この辺はミタマくんが!」
 「ウカちゃんも手伝う! わかったよね?」
 ミタマに言われ、ウカはしぶしぶ動き出した。
 「てか、ほぼイナの分じゃん」
 「あの子、尋常じゃない食べっぷりだからねー」
 ミタマとウカはおにぎりにとりかかった。
 今日は晴天で桜が美しく見える日だろうということで、近所の河川敷の桜を見に行く予定だ。
 つまり花見をしに行く。
 「はぁい! イナちゃん来たよ!」
 おにぎりを作り始めてすぐにやってきたのはイナだった。
 「あ! おにぎり! いなり寿司は? 持ってくよね?」
 「おにぎりにいなり寿司って米だらけじゃん」
 「お米は別腹ってよく言うでしょ?」
 「聞いたことないんだけど」
 楽しそうなイナにウカはあきれたため息をついた。
 しばらく作業に集中し、すべての料理が詰め終わった。
 「あー、疲れた」
 ウカは大量におにぎりを握ったので手首が疲れたようだ。
 「じゃあ、行く?」
 ミタマが声をかけた刹那、元気な声が響いた。
 「花見すんだって? いくー」
 キツネ耳むき出しの青年、ミノさんであった。
 「タイミングよく来たね……」
 ウカは横目で睨みつつ重箱をリガノに持たせる。
 「重い……」
 「そりゃね」
 ウカは一番軽そうなのを持つと、明るく言った。
 「じゃ、いこっか!」
 全員そろった稲荷さんらは花見に向かった。

 「えー、なんかもう暑くない?」
 桜がきれいな原っぱにシートを敷いて重箱を並べていると汗をかいてきた。
 目の前は川で風は心地よい。
 スズメなどの鳥が桜の花弁を良い感じに散らしている。
 「花鳥風月だね」
 「月ないけどね」
 ミタマの発言にてきとうに答えながらウカは料理をつまんでいく。
 「うっま!」
 「あ! イナも食べるー!」
 「俺も!」
 料理を食べ始めたウカに負けまいとイナもミノさんもがっつき始めた。
 「うめぇ! 来て良かった!」
 「おいなりさーん! おいなりさーん!」
 「……花は見ないのか」
 あきれたリガノは料理をつまみながら桜を眺める。
 今日は平日だが、花見客が多かった。隣の団体花見客を見て、リガノはお茶を吹き出した。
 「ちょっとリガノくん、汚いんだけど」
 ウカがため息混じりにリガノを見るも、リガノはむせながら隣のシートを指差した。
 「えー、なに? ……あ」
 ウカはてきとうに隣を見て固まった。時神達と太陽神サキがお花見をしていた。上司の紅雷王プラズマ、太陽神サキが両方そろっている。
 「やっばっ! 撤収!」
 のんびりしているミタマとイナ、ミノさんに撤収を呼びかけた時プラズマが、来るのを予想していたかのように立ち上がった。
 「やあ、稲荷神、楽しいか? 桜がきれいだもんなあ?」
 「え、あー、そうっすね?」
 青い顔をしている稲荷達に代わり、ウカがてきとうに返す。
 「別に強制はしねぇけども、稲荷ランキングは大丈夫だったのか?」
 「そ~う、そう! 私なんて名前が一番上に……」
 「ウカちゃん、皆一緒だって、ひとりだけ逃げないよ、わかってるよね?」
 ミタマに突っ込まれたウカは唸りつつ苦笑いをプラズマに向けた。
 「まあ、そういうことで……」
 「どういうことだよ?」
 プラズマに尋ねられて冷や汗のまま後退りするウカ。
 それを見たサキがてきとうに答えた。
 「まあまあ、プラズマくん、稲荷ちゃんらは去年、なかなか活躍していたじゃないかい。あたしは見ていたよ。あたし達だって、結局どっちが稲荷ちゃんらを管理するかわかってないし、去年はプラズマくん、放置してたんだからあんまり強く言わなくても」
 「俺は時神の管理で精一杯なの! アマテラス様の子孫だから仕方ないけどな……。稲荷はどうなんだ? 俺達高天原北の頭、北の冷林(れいりん)……安徳帝の管理になるから俺が見るのか? それとも、アマテラス様の力を受け継いだ太陽神の管理なのか?」
 「さあ?」
 「さあって……あんたな……」
 プラズマがあきれ、サキは笑う。
 「まあ、あたしは太陽神をまとめてて、霊的太陽から動かないから、慕われてても何にもできないよ? アマテラス様の子孫のプラズマくんが管理するべきなんじゃないかい?」
 「またそういう……」
 プラズマとサキが話している間に、稲荷達は風呂敷を畳み、シートを回収してさっさと逃げ出した。
 「あー、びっくりした……」
 河川敷とは別の山桜の下に再びシートを広げたウカは大量の冷や汗をぬぐいながらいなり寿司をつまんでいた。
 「びっくりしたね……」
 ミタマもおかずをつまみつつ、おにぎりを食べていた。
 「と、いうか……」
 イナはいなり寿司をウカと奪い合いながらつぶやく。
 「イナ達はさ、誰の下についてるの?」
 「それな」
 ウカはいなり寿司を口に放り込みながら答えた。
 「太陽神サキじゃねぇんだなあ? わかんなくなってきたぜ、俺。あ、まあ、元々知らねぇけど。アハハハ!」
 ミノさんは呑気に笑い、サトイモの唐揚げを食べながらお酒を飲み始める。
 「ミノさん、私にも」
 「えー……はい」
 ウカが猪口を出してきたので、ミノさんは渋々注いだ。
 「ウカちゃん、飲み過ぎないでね、面倒くさいから」
 「そうだ。ウカは飲み過ぎると面倒くさい。花見だから嗜むのはいいが」
 ミタマとリガノがそれぞれウカに言いながら猪口をミノさんに差し出す。
 「おたくら、自分でやれよ……」
 ミノさんは文句を言いながらミタマとリガノにお酒を注いだ。
 「イナも!」
 「あんたは麦茶にしときな。お酒はまだ早い」
 「えー! イナも飲みたいー!」
 騒ぐイナを押さえといて、ウカは猪口の中身を飲み干した。
 「はあ、いいお酒~。桜もきれいで最高の花見。プラズマのことは忘れよ?」
 「忘れるの? まあいいけど」
 「見なかったことにするか」
 ウカにミタマとリガノが賛成した。彼らはだいたいウカに従う。
 「さあ、花見、始めよう!」
 イナが手を上げ、稲荷一同も一斉に手を上げた。
 「そこらに咲く桜もいいものだ」
 「この野桜さ、型にはまらない僕らみたいだよねー、好き」
 「……俺達はハマらないといけないとは思うが……な」
 ミタマにリガノは苦笑いで言った後、桜と青空を見上げた。

 観察日記。
 そういえば、上司だと思ってたんだけど違ったみたい。勝手にサキ様、プラズマくんだと思っていたけど、違うのかな? だったら自由にやりまくるのもいいかもね。
 でもなんだろうな?
 プラズマくんみたいな神には従うべきだよなとは本能的に思う。

五月 端午の節句

 心地よい太陽が少し主張を強め始める五月。ウカは勝手に決めた長期休暇、ゴールデンウィークの予定を立てていた。
 「あ、いいねー、温泉。露天がいいー」
 どこからかもらってきた旅行雑誌を積み上げ、自分が行くならどこかという、別にどこか行くわけではない謎の計画を立てていた。
「ファミリー遊園地……暑そう、パス。森のアクティビティ? わざわざ? ……パス。プール……まだ五月はじめー」
 「……なに、その行く気のない感じ。行かないのに計画立ててるでしょ?」
 横にいたミタマに言われ、ウカは雑誌を放り投げた。
 「えーん、本当は全部イキターイ!」
 「行きたかったんかい……」
 「なんかさ、イベントないわけ? せっかくのゴールデンウィークなのにさ、なんにもやらないでゴロゴロしてるなんてさ」
 「ウカちゃん、そもそも一年中休暇なのに長期休暇も何もないんだけど?」
 ミタマはあきれつつ、机に置いてあった柏餅に手を伸ばした。
 「ねぇ、待って。なんで柏餅が机の上に置いてあるの?」
 ミタマの手に掴まれた柏餅をすばやく見たウカは鋭く尋ねた。
 「あー、これ? リガノくんが買って来たんだよ」
 「え、私も食べる!」
 「どうぞ。ウカちゃん、ちなみに今日は端午の節句なの知らないでしょ?」
 ミタマにつっこまれ、ウカは眉を寄せた。
 「知ってるって。かしわ餅食べて鯉のぼりの日」
 「……男の子の成長を喜んでね……。あ、女の子でもいいらしいよ。菖蒲湯入ってさ……厄除け……」
 「あぁー……菖蒲湯気持ち良さそう。銭湯最高だろうね。菖蒲買ってきてうちでやろうか」
 ウカはかしわ餅を頬張りながら思い付いたことを言った。
 「ウカちゃん、菖蒲買ってこないし、お風呂も沸かさないつもりでしょ。いつも僕らなんだよね。こういうことやるの」
 「あー……まあ、たぶん、こういうのはリガノくんが……」
 ウカが目を泳がせていたらリガノがやってきた。
 「今日は端午の節句だ。気持ちいい菖蒲のお風呂に入って癒しを……」
 最後まで言い終わる前にミタマがため息をついた。
 「なんで、菖蒲を持ってくんの……。ウカちゃん、なんにもやらないじゃない、これじゃあ……」
 「あ、ああ……すまん」
 「お風呂くらい沸かしてもらおうよ……」
 ミタマがリガノに言った時、ウカが追加で言葉を発してきた。
 「あー、ミタマくん、お風呂、沸かしといてー」
 「ウカちゃん! それぐらい自分でやろうね! 風呂のボタン、押すだけだからね? 最新のお風呂なんだから、薪からやるわけじゃないんだから! 押したら沸くから!」
 ミタマに叱られ、肩を落としたウカは渋々お風呂のスイッチを押した。
 
 一方でイナはスキップをしながら五月を満喫していた。花はきれいに咲き、てんとう虫が顔を出す。ウカの神社に行く途中だ。
 横にはミノさんがいた。
 「あー、なんでこんなにあちぃの? まだ五月なんだよなあ?」
 ミノさんがぼやき、イナは蝶々を追い始めた。
 「オーイ」
 ミノさんがため息をついた時、背中を誰かに叩かれた。
 「ん?」
 「ミノさん、相変わらずダラダラしてるね」
 「……えー」
 背中を叩いてきたのは麦わら帽子にピンクのシャツ、オレンジのスカートを履いた地味めの少女だった。
 「ちょっと、名前忘れたの?」
 少女はミノさんを睨み付けた。
 「あー……えーと……あ! 地味子!」
 「地味子じゃなあああい! ヤモリ!」
 ヤモリと名乗った少女は怒りながら、強めにミノさんの背中を叩いた。
 「いってー! ごめんって!」
 「あ、ヤモリ!」
 イナがヤモリの声に反応し、戻ってきた。
 「なんだよ、おたくもウカんとこ行くのか?」
 「あんなやる気ない稲荷の側にいたら腐るよ! 私は一応、真面目な龍神! ちょっと相談にきただけだよ」
 「相談?」
 「うん。実はうちの神社で参拝客がきてね」
 「うわー、参拝客って言葉、ひっさびさに聞いたわ! アッハハハ!」
 「笑い事じゃないっ!」
 ヤモリに怒られ、ミノさんは苦笑いを浮かべた。
 「あの、それで?」
 「それで、参拝理由がね、ママさんでね、『産まれた子供の健康のため、ネットで菖蒲を買いました。間違えて苗の菖蒲を買ってしまい、大きくないので菖蒲湯には使えません。育てることにしました。新しく菖蒲を買ったらそれはニオイショウブではなく、花菖蒲でした……。初節句は菖蒲湯ができないですが、健康と厄よけを祈ってます……』って」
 「んー……なにそれ? ドジだなあ……。ニオイショウブと花菖蒲間違えんなよ。全然違う植物だぞどうしたらいいんだよ?」
 ミノさんは首を傾げた。
 「うち、厄除けじゃないからさー、なんかどっかの神にコンタクトとれない?」
 ヤモリは眉を寄せつつミノさんを見上げた。
 「んん……だって行くのはウカのとこだぜ」
 「だよねぇ……」
 三人はなんとなくウカの神社への階段を登り始めた。
 「初節句なら菖蒲湯やりたいよな?」
 「やりたいでしょうねー」
 神社の階段を登りきった時、赤ちゃんを抱いたどこかの母親が神社内をうろついていた。
 「あ、あの人……」
 「あー、ウカ、風呂沸かしてるぞ! たぶん菖蒲湯だ! イエーイ!」
 「ちょっと待って!」
 ミノさんが喜び、ヤモリは止める。そこへイナが嬉しそうに声を上げた。
 「かしわ餅ありそうなにおい!」
 「イナ、ちょっと黙ってて」
 「なんだよ?」
 ミノさんが聞き返し、ヤモリは説明を始める。
 「あの人なの! うちにきた人!」
 「あー、霊的空間内だから菖蒲の匂いも感じないだろうが、なんかかわいそうだなあー」
 「え? あのひと、菖蒲がほしいの? わかった! イナチャンとつげきぃ!」
 イナが突然走りだし、ヤモリは焦った。
 「待って! 人に突撃は……」
 ヤモリは社に走り去るイナを見て安堵のため息をついた。
 「ああ、神社か、良かった……」
 「人に突撃するわけねーだろ。みえねーんだから」
 ミノさんに言われたヤモリは指を横に振った。
 「いやいやミノさん、イナはやるよ」
 「やんのか、あいつ……」
 ミノさんは神社に消えていったイナを呆然と見つめた。

 「イナちゃんさんじょー!」
 「うわぁっ!」
 扉が開け放たれ、イナが元気よくウカの神社に入ってきた。
 「い、イナ……びっくりしたあ」
 お風呂を沸かしている間に旅行雑誌を見ていたウカは飛びはねて驚いていた。
 「イナちゃん、どうしたの? 今日はいつにも増してみなぎっているじゃん」
 横にいたミタマが苦笑いを浮かべ、寝ていたリガノは飛び起きた。
 「いや、寝てない。これからのために休養を……ってイナか」
 「菖蒲! 菖蒲が必要なの! いますぐ外を歩いている赤ちゃんだっこしてる人に渡して!」
 イナは興奮気味に言うが、ウカは眉を寄せていた。
 「え? どういうこと?」
 「イナちゃん、一応、菖蒲はあるけど、なんで?」
 ミタマに尋ねられ、イナは手短に話した。
 「えーと、ヤモリからその人が菖蒲を欲しがっているから、ウカなら持ってるかなって! 初節句なんだよ!」
 イナは必死に言うがよくわからない。
 「うーん、初節句……それで菖蒲がないのはかわいそうだね。もうそろそろ夕方だし、菖蒲は売り切れてるよ。……はい」
 ウカはよくわからなかったが、こどもの初節句に菖蒲湯ができないのだと判断し、イナに菖蒲を渡した。
 「厄除け! 厄除け! 厄除けだ!」
 ミタマもリガノも早く持っていけとイナを促した。
 イナは笑顔になると菖蒲を抱え、すぐに外に出る。そして、赤ちゃんを抱いている人に突撃した。
 すぐにヤモリに捕まり、イナは頬を膨らませる。
 「待ちなさい。赤ちゃんがいるんだよ? 私が渡すからね。私は人間に見える神様だからねー。菖蒲、ありがとう」
 「赤ちゃん、忘れてたよ」
 ヤモリがイナから菖蒲を受け取り、赤ちゃんを抱えるお母さんに話しかけた。
 ヤモリは多めに買ってしまったからと理由をつけると菖蒲をお母さんに渡した。
 お母さんが喜びの笑顔でヤモリに頭を下げ、赤ちゃんに声をかけていた。
 「あーあ、イナがあげたかったなあ」
 イナは残念そうにヤモリとお母さんを眺めた。
 「おたく、マジで突撃するつもりだったのかよ……。まあ、頑張ったんじゃね? あれ、おたくが引き寄せたのかもしれないぞ? 忘れていたが、おたく、縁結びの神なんだろ?」
 ミノさんに言われ、イナはなるほどと頷いた。
 「縁結びだ! 確かに! 縁結び!」
 イナが騒いでいるとヤモリが戻ってきた。
 「役に立つじゃない。しかもあの菖蒲、様々な稲荷の手に渡ったからきっと効果すごいよ~」
 ヤモリは笑顔で去っていった。
 「もしかして、信仰心増えてたりして!」
 ヤモリがいなくなってからイナはにこやかにミノさんを見上げた。
 「珍しく働いたかもなあ。ウカんとこでかしわ餅食おうぜ~。菖蒲湯はねぇけどな」
 「イエーイ! かしわ餅!」
 ふたりはにこやかに笑いながらウカの社へと向かった。

 ウカの日記。
 今日、菖蒲湯は結局した。
 時神のおうちで菖蒲をわけてもらった。男の子がいるのかと思ったら幼い男の子がいた。
 紅雷王は「彼」、高天原北の主、冷林(れいりん)と黒髪の幼い男の子のため菖蒲湯をしたようだ。
 冷林様は我々の主。
 彼はどうやら「安徳帝」のようだ。黒髪の男の子についてはよくわからない。

六月 梅雨?

 六月。梅雨には入っていないが、暑く雨の多い日が続く。
 「あー、だるっ。何もやる気でなーい」
 「いつもは『いつもやる気ないでしょ』とか突っ込むけどさ、僕もダメだー。しかも、今日はちょっと涼しい」
 ウカとミタマは社内の一室で横になっていた。何もしたくない。
 「六月病が到来か! 検索をしなければ! 乗り越えられん!」
 変な方向にスイッチが入ったリガノはスマートフォンで六月病の検索を始めていた。
 「なんなのー、この状況ー」
 「たぶん、六月病だよ、ウカちゃん……」
 ミタマはため息混じりに外を眺めた。外は良い感じに雨が降っている。
 「アジサイとかキンシバイとかキレイなんじゃない? 今」
 「キンシバイ? なんか禁止されてんの?」
 ウカが湿った旅行雑誌を意味もなくパラパラとめくり、ミタマに尋ねた。
 「黄色い太陽みたいなお花ー。梅雨の太陽って言われてる」
 「あたしみたいじゃん」
 「いや、ウカちゃんはコケでしょ、今。キノコ生えそう」
 「失礼しちゃうねー」
 意味もない会話をしていると、ジメジメに似合わない元気な幼女の声がした。
 「イナチャン! さんじょーう!」
 「あー、イナか」
 ウカは目の前に立つ元気なイナを寝転がりながら見上げた。
 「雨だね! 水たまり、楽しいよ! ヤモリも楽しそうだよ!」
 「ああ、あの地味めの龍神か」
 ウカはつぶやきながら起き上がった。
 「この雨、ヤモリの友達の誰か龍神が持ってきてる?」
 「さあ? 掃晴娘(そうせいじょ)やる? 雨が楽しいのはわかるけど、梅雨じゃないのに続きすぎ……」
 ミタマが苦笑いを浮かべ、ウカは眉を寄せた。
 「なに? そうせいじょって」
 「てるてる坊主のモデル。ホウキで雨雲を払ってくれる美しい女性なんだって。てるてる坊主はいわれがなんか怖いからさ」
 ミタマが説明し、リガノは唸った。
 「そうせいじょとは何をするんだ? てるてる坊主を作った方が良さそうだぞ?」
 「雨雲を払う! アマテラス様に近い僕達がさ、ホウキ持って神社を掃けばもしかしたら晴れるかも」
 ミタマがそんなことを言い、ウカは笑った。
 「龍神と対決するの? 楽しそうじゃん」
 「ホウキで遊ぶっ!」
 イナも叫び、なぜか雨の日に遊ぶことになった。
 変な方面のやる気がある稲荷達である。
 
  雨の中、外に出た稲荷達は冷たい雨に大はしゃぎだった。
 「冷たい! やばっ! 気持ちいい!」
 ウカは先ほどと違い、元気に水溜まりに飛び込んでいた。
 「なにこれ、最高じゃん」
 ミタマが顔に雨を当てながら跳び跳ねる。
 「お、おい……雨足が強くなってきたぞ……。龍神との勝敗はどうなったんだ?」
 リガノが不安そうにウカ達を見た。
 「楽しんでるからうちらの勝ちっしょ?」
 「かちー!」
 ウカとイナは泥だらけで笑った。
 「どんどんふれー!」
 ミタマもおかしくなり、なんだか雨乞いになっていた。
 「俺達は太陽の……」
 リガノが言いかけた時、肩を誰かに叩かれた。
 「いいんじゃね? どうせすぐ暑い夏が来るから」
 「はっ! 紅雷王さまっ!」
 リガノの肩を叩いていたのは傘をさした紅雷王、プラズマだった。
 「雨の日はあまり参拝客がこないだろ。いつでもはしゃいでないで、こういう時にはしゃげよな。近くを通ったんで、様子を見に来たんだよ」
 「そ、そうでしたか! ちなみに何をしに?」
 リガノはおそるおそる尋ねた。
 「あー、湿気取りを買いにいったんだよ……。木造の一軒家って場所によってはカビはえてな……、アヤが発狂したんで、部屋でゲームしてた俺がかりだされたわけ」
 「えー……そうでしたか」
 リガノは彼もいつも暇そうにしている気がすると思ったが、口には出さなかった。
 「しかし、人間の子供もああやって雨の日に外に出たがる。なんでだと思う? うちにいるお子様達もな、なんかずぶ濡れで帰ってくんだよ。傘とかレインコートとか渡してんのにさ」
 「……同じ心理なのかもしれん」
 リガノははしゃぐ三柱を指差し、ため息混じりに答えた。
 「ああ、そういやあ、今、イナがうちの裏の社に居候してんだよな。泥だらけで帰ったら叱られるぞ~」
 プラズマはイナを見て、楽しそうに笑い、去っていった。
 「おとがめなしで良かった……」
 リガノは胸を撫でるとホウキでとりあえず空を掃いておいた。

 日記。
 紅雷王が来たからビビった。
 そういえば、彼も普段何しているかわからん男だった。
 アマテラス様の力で晴れにすることはなかった。もうすぐ晴れるとのこと。未来を見たのかもしれん。彼は時神未来神だからな。

 担当 リガノ

七月 夏祭り!

 梅雨は終った。
 今年は毎日暑い。ウカ達はかき氷を食べたり、水遊びをしながら暑さを忘れようとした。
 ただ、暑すぎて今は皆で近くのスーパーに避難中。
 「あっついじゃないのっ! 外が暑すぎてセミも鳴いてない!」
 ウカがぼやき、ミタマは苦笑いを向ける。
 「今、あっつい風がこっちに吹いてるらしいよ。暑さ対策どうする? もうアイスは食べちゃったしね」
 ミタマがスーパーの冷凍コーナーにあるアイスを眺めつつ、どうするか考えた。
 「あ、みて!」
 ふと、イナが貼ってあったポスターを指差す。
 「なんだ?」
 横にいたリガノが代わりに読んでやる。
 「えー、夏祭りから盆踊り……今日の夕方からだそうだ」
 「夏祭り! このあっついなか!?」
 ウカが驚き、ミタマは眉を寄せた。
 「ゆだりそうだね……」
 「もうこうなったらさ、熱を感じに行く?」
 イナが嬉しそうに聞いてきたので、一同はやけくそで頷いた。
 とりあえず、スーパーから灼熱のお外に出て、夏祭りを開催しているらしい神社に向かう。
 「暑い! 水頭からぶっかけたい!」
 ウカが叫び、ミタマが水筒を渡す。
 「お茶だから、頭からかけないでね」
 「あら、ありがとう……」
 「しかし、本当に暑いな……。祭りの音がしないんだが……」
 暑すぎてセミもないておらず、リガノはまいってしまった。
 元気なのはイナだけだ。
 しばらく歩くと地域密着の神社に出た。逃げ水が見える。
 思考力がないまま神社の階段をのぼっていたら気がついた。
 「ってここ、ミノさんの神社じゃん。本社だよ」
 「ああ、ほんとうだ」
 「おたくら、こんな昼間に何の用だよ? 暑すぎて今日は外にでない方がいいぜ」
 鳥居をくぐるとすぐにミノさんが話しかけてきた。いつもは時神のおうちの裏にある神社にイナと居候しているが、今回は本社にいた。
 「ああ、ミノさん、夏祭りを……」
 「その前に冷たい麦茶ほしい!」
 ミタマの言葉にかぶるようにウカが声をあげた。
 「できれば冷たい氷菓子なんかでも!」
 横でイナも叫んだ。
 「あー……まあいいけど。この社の霊的空間にある」
 「そういえば、今日は夏祭りなのに、全然浴衣の人いないんだけど、どうなってるの?」
 ミタマがミノさんに尋ねた。
 「ああ、夕方からだぜ? こんな昼間からやるかよ……。おまけに今日は特別暑いんだ。キンキンに冷えたフルーツポンチが食べたいぜ……」
 「スイカ食べたい!」
 イナが再び騒ぎ、ミノさんはため息をついた。
 「スイカはうちにない」
 ミノさんの社内でのんびりしていると、外が騒がしくなってきた。
 「そろそろ、始まるか」
 「夏祭り、けっこう繁盛してんじゃん」
 ウカの言葉にミノさんはため息混じりに首を傾げた。
 「繁盛してねぇよ? この祭り、俺の神社でやってねーし」
 「え?」
 「この地域の町内会が神社の駐車場と裏の公園で夏祭りをやってるだけー。こちら側の本社は誰もいねぇだろ……。たまについでの参拝客はくるが……」
 「あ、そういうこと……」
 ウカが納得し、てきとうに返事をしつつ、夏祭りへ歩き出す。
 まだまだ暑いが蝉が鳴き始め、気温がやや下がったのがわかる。
 「うわー! キッチンカーだ! 有名店のかき氷ある!」
 イナが騒ぎだし、リガノは唸った。
 「今年は暑すぎて、食べ物が痛むからキッチンカーなのか? なるほど。焼きとうもろこしと焼きそばまでキッチンカーか」
 「たーべたーい!」
 「……お金の前に僕達は人に見えないでしょ……」
 ミタマが屋台を眺めつつ、そんなことを言っていると、肩が叩かれた。
 「うひゃあ!」
 「そんなに驚くことじゃないんだが……」
 ミタマの肩を叩いたのは浴衣を着たプラズマだった。
 「あー……紅雷王さま~……勤務中でありますっ!」
 「夏祭りで何を勤務すんだよ……。時神みんなで遊びに来たんだ。あんたら、焼きそばとか食べたいだろ? 買ってきたからあげるよ。有名な冷やしうどんのお店までキッチンカーで出ていたぜ」
 プラズマは沢山パックを持っていて、ミタマに全部押し付けると時神達の元へ去っていった。
 「あ、ありがとうございます」
 「あー! いっぱい食べ物! ちょーだいっ!」
 呆然とするミタマの食べ物めがけて跳び跳ねるイナ。
 「まあ、いいか」
 ミタマはイナに食べ物を渡した。
 「あっちに射的とかあるよ! 冷やかしに行こう!」
 「やめた方が……」
 リガノの注意を聞かず、ウカは走り去っていった。
 
  射的をやっていたのはプラズマだった。横には時神現代神アヤがおり、なにやら狙うものを決めている。
 「エリィエイヌのケーキセットよ、プラズマ」
 洋菓子が好きなアヤはプラズマに特賞を狙えと言っていた。
 エリィエイヌとはこの辺で有名なケーキ屋さんであり、神社の駐車場でかき氷を売っていたお店である。特賞はすごく小さな的が狙いにくい上側の端に置かれていた。
 「ケーキセットね、はいはい」
 プラズマは銃を軽く持つとしっかり狙いもせずに小さな的を撃ち抜いた。
 「え、やば……」
 ウカは横で見て驚いた。
 ベルの音がして「おめでとうございます!」と声が上がり、周りもすごく盛り上がっていた。
 「じゃあ、次は……」
 「カエルルルビーのぬいぐるみ!」
 プラズマの横にはイナと同じくらいの小さな少年がいた。
 黒髪で元気そうな少年だ。
 「あれか……」
 プラズマはカエルルルビーというらしいカエルのキャラクターぬいぐるみを見据える。これもまた、撃ちにくそうだ。
 並んでいる子供達が心配そうに見守る。
 「頭のちょい下で落ちるか」
 未来神の特徴である未来見により、落ちる未来を予測したようだ。
 プラズマは軽くまた構えると、簡単に撃ち落とした。
 「ほれ、こばると、とれたぞ」
 「プラズマさん、ありがとう!」
 歓声が上がり、とても盛り上がった。
 「え、すごくない? 銃の扱い、慣れすぎてない?」
 ウカはアヤと手を繋ぐ黒髪の少年と横を歩き去るプラズマを見つつ、呆然と立ち尽くした。

 「ウカちゃーん、次、わなげでも観戦する?」
 いつの間にかミタマが横にきており、苦笑いを向けていた。
 「いや、見るならヨーヨーの方がいいかな……涼しいし」
 「もうちょっと見たら盆踊り始まるかな?」
 ミタマがわなげの方を横目で見ると、イナが一生懸命に子供を応援していた。人にはみえないのだが。
 なんだかんだ時間が過ぎ、なんとなく涼しく感じるようになると、太陽は沈んでいった。
 夜になるとやぐらのちょうちんに明かりが灯り、地域の子供達が和太鼓をはじめた。
 「始まる! ぼん、だんすっ!」
 稲荷達は元気いっぱいに盆踊りの輪に入り込み踊り出した。
 「ヨイヨイヨーイ!」
 「涼しくなってきたから全力だー!」
 楽しそうな稲荷達を眺めつつ、ミノさんは一緒に輪に入っていた時神達も眺める。
 「あっちも元気だな……」
 他の時神であるリカという少女やサムライで過去神の栄次、銀髪の少女ルナ、ルナの姉サヨなど時神総出で来ていた。
 この祭りに何か意味があるのか、それとも……
 「暇なだけか」
 ミノさんはため息をつきつつ、輪に入って一緒に踊り始めた。
 「ああ、楽し」
 稲荷は汗だくで最後まで踊り続けていた。
  

ウカの日記
 紅雷王が連れていた黒髪の男の子はこばるとと言うらしい。
 このあいだ、菖蒲湯をした男の子の一人だ。誰だかわからなかったけど、時神のようだった。
 ちなみに紅雷王は射的が得意。
 あっという間に欲しいものを取っていった。夏祭り楽しかったなあ! あ、もしかすると、ミノさんが太陽神系列の稲荷だから紅雷王が来たのかな?
 いや、暇なだけか。

(2024年)TOKIの世界譚 稲荷神編③『いなり神達の小さな神話』

(2024年)TOKIの世界譚 稲荷神編③『いなり神達の小さな神話』

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-02-12

CC BY
原著作者の表示の条件で、作品の改変や二次創作などの自由な利用を許可します。

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  7. 七月 夏祭り!