フリーズ105 何故神は賽を振るか
神のレゾンデートルのために
神は賽を振った。何のため? 神は世界を創る際、毎回サイコロを振る。天使の最高階級である熾天使となったばかりの天使アデルは、神のその行いが不思議でたまらなかった。
(何故全知全能であるのに判断に迷うことがあるのか)
数億年後、熾天使アデルは急に神から呼び出された。
「主よ、私に何様でございますか?」
「簡単なことよ。今いる6翼の熾天使の中から次の神を決めたのだ。そしてサイコロは6が出た。依って6番目の熾天使であるアデルよ、どうか次なる神となってくれ」
そう告げると、神は光の泡となって消えていった。サイコロ一つ残して。一人残された熾天使アデルはサイコロを拾う時、尋常でない記憶の渦に意識が飲み込まれてしまった。それはまるで宇宙の始まり、ビックバンのような閃光であった。そしてすべての記憶を得た。神となったアデルはそのかけがえのない名を失い、神となった。
アデルであった神は全ての記憶を持ち、何もかもができた。全知全能が故にアデルは世界を創ることができる。七つ目の世界では人々は平和に暮らしていた。狩猟民族は毎日獲物を追う。やがて農耕が始まるころだった。人々は神を信仰し始めた。だが、本当の神ではなく、月の神や太陽の神など、神であるはずもない天体や、森、岩に神を見出し始めた。
神は不服ではなかった。むしろ興味深かったのだ。今までの世界では、神や天使が信仰され、秩序だっていた。だが、この世界は新しい可能性を秘めていた。神はこの世界を定点観測することにした。
農耕民族はやがて文明となり、戦争する国も現れた。神は初めて人殺しを見た。人は元来、神の複製。今までの世界では、人々は神の教えに忠実だった。だが、この世界では神以外にもたくさんの信仰が生まれた。そしてニーチェは「神は死んだ」と語った。そう、もはやこの世界に神の命令を聞く天使さえいなくなっていたのだった。神は孤独を感じた。二度目の孤独だ。神は全知全能の個。生まれて何もかもができた。それはとても味気ない現実であった。神が世界を創った理由は二つある。一つはただの遊戯。だが、本当は第二の神の誕生を密かに神は願っていた。
核戦争の果てに世界は破滅した。
死体の山の上で神の使いたるカラスが鳴いた。そのカラスは「いつまで死体を放っておくのか!」とでも言いたげに鳴く。
100回目の世界でも、1万回目の世界でも、人類は破滅した。神の声を聞く者はもういない。そんな中、一人の少年が声を上げた。
「正しい信仰があるはず。哲学も物理学も脳科学も。すべて同じゴール、真理に辿り着くはずなんだ」
少年は究極命題として世界の存在理由を『神のレゾンデートル』と名付けた。実はこの少年は神の化身であった。それ故に物理学でも、脳科学でも、宗教学でも、なんでもできた。少年はやがて、彼こそが神なのではないか、という噂が引き金となり、或る秋の日に狂信者に十字架に磔にされ、死んでしまった。
もう、神のいない世界。だが、サイコロだけはまだ天界に残ってあった。幾星霜経つとサイコロは起動した。
『今回の実験成果は、神の代替わりが可能であること、人間は知恵を与えると神を殺すことができること』
サイコロがまた普通のサイコロに戻るころ、赤ん坊の神が生まれた。赤ん坊の神はサイコロを遊び道具にして、なんども転がしては笑った。赤ん坊はやがて成長して立派な神になった。過去のすべての記憶を持つ神だからこそ神は自分がすべきことが解っていた。
神はその全能の力で自身を四体に分けた。そして、四体の神はそれぞれ世界を創る合間に麻雀を楽しんだ。そのくらいの余裕があったから。
なぜ神は賽を振るか。
或る神は応えた。
「面白いからだよ」
或る神は応えた。
「自分で決めるのが怖いからです」
或る神は応えた。
「結局、終わりに収束するからね」
或る神は応えた。
「神として、全知全能なんだけどさ、サイコロの目だけ何が出るかわからないんだよね。だから、麻雀とかハマっちゃって。唯一結末がわからないからさ」
世界は、人類は、やがて滅びる。ならば、ボードゲームで遊んでるくらいが丁度いい。
世界を創るのもそう。サイコロで決めないと神様はつまらないんだ。
「どの目が出るのかわからない」
だから全知全能の神は賽を振る。
フリーズ105 何故神は賽を振るか