騎士物語 第十二話 ~趣味人~ 第四章 魔王の訪問
十二騎士と二人のS級犯罪者との戦いの終わり。
そして復讐と悪党同士のある意味頂上決戦です。
第四章 魔王の訪問
少女はとある国の有力貴族の家に生まれた。何不自由ない恵まれた環境に加え、将来は美人になると周囲の誰もが確信する整った顔立ち。貴族特有の豪華な衣服を合わせて、よく「お人形さんみたい」と称される少女だったが、少女はそう言われる事が嫌いだった。
女の子の遊び道具として、特にねだったわけでもないのだが当然のように部屋に置いてある数体の人形。その筋のコレクターなら喉から手が出るほど欲しがるだろう一品ばかりなのだが、あまりに精巧に作られているからなのか、少女は人形を気味悪がって壁の方へ向けて座らせたりクローゼットの中にしまったりしていた。
とは言え人形が好きではない子供というのはそう珍しくもなく、他に変わったところがあるわけでもない少女は貴族として普通に生きていくはずだった。
転機が訪れたのはある日の夜。その時どうして目が覚めたのか理由はわからないが、ふと真夜中にベッドで起き上がった少女は、部屋の中に誰かが立っている事に気がついた。悲鳴をあげるより前に息をのんだ少女の方へ、壁の方を向いていた人形を手に取り、その髪と服を丁寧に整えて座らせたその者はくるりとその顔を向ける。
暗闇に浮かんだのは深夜に見るには怖すぎる笑顔を浮かべた道化師の顔。細長い手足をカラフルな服で包み込み、二股のジェスターハットをかぶったそれはいつかのサーカスで見たピエロそのもの。大勢の観客の中で見るのと真っ暗な部屋の中で見るのとでは印象が全く異なる恐怖そのもののようなその者を前に、しかし少女は衝撃を受けていた。
これは人形だ。何をもってそう判断したのかわからないがそう確信した少女は、ピエロが自分の方を向いた時の動きに目を見開き、そして自分がどうして人形を気味悪いと思うのかを唐突に理解した。
部屋に置いてある人形は腕のある職人が作り出した一品。その造形美は素晴らしい。だがそれは人形ゆえに動かない。何かの器や見るからに動かない銅像とは違い、少女の部屋の人形は今にも動きそうなほど精巧なのに動かない。そこから来るどうしようもない歯がゆさ――これが少女が感じていた嫌悪感の正体だった。
人形を動かすと言えば操り人形があるが、少女はそれも嫌いだった。気味の悪い人形があまつさえ動くなんて気持ち悪い――そう思っていたのだが実際はそうではなく、単に人形の美しさに合わない操る者の技量の低さに苛立ちを覚えていたのだ。
だがこのピエロはどうか。少女に専門的な知識は皆無だがこの人形を形作るあらゆる要素のなんと美しい事か。そこに違和感の一切ない完璧な動きが加わり、目の前のピエロ人形は完成している。まるで芸術品に心を奪われるように、少女は暗闇に佇むピエロ人形に見惚れていた。
『ほう……』
不意に人形が――口は動いていないがどこか嬉しそうな言葉を漏らしたが、少女の眼差しは逸れることなく注がれる。
『は、価値もわからずに子供の玩具にされるケースもあると思って子供部屋にも来てみたが、ここにきてかつてない掘り出し物――いや、この言い方はレディに対して失礼だったか?』
ガシャリと、膝をついて少女と目線を合わせたピエロ人形はもはや恐怖の欠片もなく自身を見つめる少女に話しかける。
『オレはカルロ・チリエージャ。ゆえあってこの家に侵入し、ここに来るまでにお前の家族と使用人を皆殺しにしてきた。現在、この家で息をしているのはお前だけだ。』
ようやく初等にあがろうかという年齢の少女でもピエロ人形の言った事の意味は理解できた。だがそれに対してこれといった反応は見せず、少女はピエロ人形を見つめたまま話を聞く。
『お前に親戚はいるか? もしいるならお前はそっちに引き取られ、いなければ……まぁどちらにせよ下り坂の人生が始まる事を保証しよう。だがオレは、お前になら別の道を示す事ができる。』
紳士のように、ピエロ人形は少女の小さな手をとった。
『その眼差し、今の話を聞いても曇らない純粋な興味の輝き――オレにとってもお前にとってもこの出会いは運命であり奇跡だろう。お前がどん底へ向かう人生を歩みたいと言うなら止めはしないが、オレのお勧めはこっち――素晴らしき人形の世界へ踏み出さないか?』
ピエロ人形の誘いに対し、少女は微塵のためらいもなくもう一つの手をピエロ人形の手に重ねて力強く頷いた。
ピエロ人形の住処――と言っていいのかどうか、拠点としているらしい空飛ぶ物体の中に連れてこられた少女は、そこから約半年……そう、時間にすればそれほど長い期間なのだがこれまでの人生で一番楽しい時間であると確信する少女にはあっという間の六か月を過ごした。
傍から見れば厳しい修行と勉強の毎日だが、少女からすればその全てが新しく、胸躍るモノ。ピエロ人形から伝えられる人形の歴史、知識、操作技術はみるみるうちに少女の中へと吸い込まれていき、少女の技能は師であるピエロ人形と同等のサイズの人形を美しく動かせるレベルにまで至っていた。
『まさに天賦の才だな。オレの数年をたった数日で身につけやがる。全く、ただの人形嫌いの女の子にならなくてよかったぜ。』
少女の目を見張る成長を毎日喜ぶピエロ人形は、今日は何を教えてくれるのだろうかと少女が目をキラキラさせるそんなある日に、少女をある部屋へと招き入れた。そこには偉大な人形師たちの肖像画や彼らが手掛けた作品が並んでおり、そんなお宝を興奮した表情で眺める少女にピエロ人形はこんな事を言った。
『本当に運が良かった。途切れさせるのはあまりに惜しいと思っていた矢先、偶然お邪魔した家でお前と出会った。そして立派に継承に足る地盤を身につけ素質を示した。これで心残りはないというものだ。』
妙に不穏な事を言うピエロ人形に不安気な顔を向けた少女の頬を、ピエロ人形は愛おしそうになでる。
『どうあっても抗えないモノというのがあってだな、オレの目前にそれはあった。そんな時に次代の担い手に出会ったんだ、オレの役目はそいつを育てる事で、それが済んだら潔く幕引きを迎えるべきだ、そうだろう? 人形は人間に比べれば不変だが、時間経過が生み出す美はきちんと備わっている。人形師がそれを否定するわけにはいかない。』
少女から手を離し、堂々たる立ち姿になったピエロ人形は告げる。
『これよりカルロ・チリエージャはお前の名。騎士連中がつけた『パペッティア』という呼び名もお前の事を指す。これと言ってやるべき事はない。思う存分、素晴らしき人形の世界に沈むといい。』
次の瞬間、少女が出会ってから今まで一度もそうなった事が無かったピエロ人形は、糸が切れたようにガシャリと倒れた。そしてその背後の壁が重々しい歯車の音と共にせり上がり、もう一つの空間が姿を見せる。
そこに並んでいるのは素晴らしいの一言しかない至高の人形たち。そしてそれらに囲まれた大きな一人用のソファに、装飾や素材の点から見るとかなり劣るが、今さっき倒れたピエロ人形と同じモノが座っていた。
そんな光景を前に導かれるようにピエロ人形に触れた少女の頭――いや、全身に流れ込んで来たのは少女の前に一度も姿を現す事が無かったピエロ人形を動かしていた人形使いの全て。この半年で学んできたモノは基礎に過ぎず、今まさに全身を駆け巡る「これ」こそが師――カルロ・チリエージャの技術であり、それを得たこの瞬間、自分が次のカルロ・チリエージャになったのだと感覚が理解する。
そして、それらを伝えた目の前のピエロ人形こそが師の最後の姿であり、今より自分が自分好みに仕上げていくべき最初の作品。
まず材質から見直していきたいが、元々の木製というのも味があって捨てがたい。
師――いや、先代はカラフルに仕上げていたが自分ならもう少しシックに行きたい。
相応しい装飾は何だろうか。前々から興味のあった、あの国の博物館にあるらしいあの遺物は是非身につけさせたい。
巨大な飛行物体――操作盤の動かし方も身につけた少女は早速行動を開始する。先代が作ったらしい、世界中にある「人形の一部にできそうな代物」が一覧となった膨大な目録を眺めながら品定めをし、数日後、少女は初陣へと向かう。
未完成の人形で外に出るわけにはいかない為、仕方なく先代が使っていたピエロ人形に魔法の糸を通し、少女はピエロ人形の視界越しに最初の自己紹介を、内情を知らない騎士たちからすればお馴染みのピエロ人形の挨拶をする。
『オレはカルロ・チリエージャ。『パペッティア』と名乗れば話が早いか?』
「では私たちが戦った『パペッティア』は二代目だったのか。」
「だっはっは、もしかしたら三代目、四代目だったかもしれないな!」
フェルブランド王国の王城。S級犯罪者『パペッティア』の襲撃によって厳戒態勢が敷かれていたが、三人の十二騎士がピエロ人形を手に凱旋した事で警戒は解かれ、普段の雰囲気に戻りつつある中、その十二騎士たちが国王軍の訓練場でそんな事を話していた。
「あのチビ『パペッティア』、『絶剣』みたいな外と内のチグハグ感は全くないってのにあれだけの人形と空飛ぶバッテンに強力な糸の魔法とその操作技術を持ってるってのは、あいつがどんなに天才的だったとしても成長とそれに必要な時間のつじつまが合わん! 恐らく『パペッティア』としての素質みたいなモンを持った奴にそれまでの『パペッティア』が積み重ねてきた全てを継承するような仕組みがあるんだろう!」
「この道化師の人形がそれ、という事ですか……?」
訓練場にゴロリと転がされているピエロ人形の周り、多くの国王軍騎士たちがS級犯罪者の姿を見ようと集まっている中に混じっておそるおそる人形を覗き込む《エイプリル》ことアイリスを見て《オウガスト》ことフィリウスがだっはっはと笑う。
「そんなにビクつかなくても大丈夫だぞ! ここまでそれを背負って来た俺様には何も起きてないだろ!?」
「フィリウスに人形使いの素質はないというだけかもしれないがな。」
何かを調べるようにピエロ人形の腕を持ち上げて眺める《ディセンバ》ことセルヴィアがそう言いながら首を傾げる。
「しかし中身が入れ替わっていたというならあのしゃべり方というか性格というか、少なくともこちらからはそうとわからないくらい違いが無かったという事になる。『パペッティア』の能力と共に初代の人格が宿るのか?」
「さてな! 単にああいう態度を自然としちまうような奴が選ばれやすいだけかもしれないぞ!」
「選ばれる、か……それでこの人形はどうする? うっかり資格のある者が触れてしまうと次の『パペッティア』が生まれてしまうが――」
言いながらゆらりと立ち上がったセルヴィアはその場に集まった国王軍騎士の何人が反応できただろうかという速度でピエロ人形に剣を振り下ろす。だがその剣は木製のはずのピエロ人形に触れると甲高い金属音と共に弾かれてしまった。
「――仕組みは謎だが凄まじい硬度でビクともしない。本人が言っていた通りであれば、次の『パペッティア』が操っている時でなければ破壊できないとの事……扱いに困る人形だ。」
「だっはっは、もはや呪いのアイテムだな! 文句を言われそうだがS級犯罪者そのものとしてアスバゴに管理してもらうしかないだろう!」
「あすばご……?」
「だっはっは、本業メイドの《エイプリル》が知るわきゃないな! S級犯罪者専用の監獄を管理してるイノシシ頭の巨人だ! 何ならちょっくら見に行くか!?」
「い、いえ、私はそろそろカメリア様のお傍に戻りませんと……申し訳ありませんが、後の事はお二人にお任せします。」
強さは確かに十二騎士に相応しいそれだがフィリウスが言うように本業はメイドであるアイリスはその場に集った騎士たちに一礼すると早足で王城の方へと戻っていき、そしてそれと入れ替わるように王城からぞろぞろとやって来たとある一行が――と言うよりは先頭に立つ女が騎士たちをグイグイとかき分けてピエロ人形の前に出た。
「これが『パペッティア』か! 中身のカルロ・チリエージャはどこにいんだ!?」
クールな格好をしている女とその後に続く学生服の若者たち――ベルナークの剣が『ベクター』に奪われた件で王城へ来ていたカペラ女学園の面々の登場にフィリウスはぽんと手を叩く。
「そうか! セルヴィアが俺様のとこに来れたのはお前がいたからか、『絶剣』!」
学生たちの中に紛れる小さな少女を見つけてフィリウスがそう言うと周りの騎士たちが一気にざわめき始めたが、その少女――『絶剣』は特に気にする事もなく前に出てセルヴィアにボロボロの本を渡した。
「いいものを読ませてもらった。」
「こちらこそ、留守の間ありがとうございました。」
「おいおい無視するなよ《オウガスト》! 本体はどんな奴なんだよ!」
「だっはっは、何を隠そうこのピエロ人形が本体だ! カルロ・チリエージャは自身を人形と化して終わった! これを受け継ぐ者が出てきたらそいつが次の『パペッティア』ってわけだ!」
ピエロ人形に関する事柄をざっくり過ぎるほど簡単に説明したフィリウスだったが、それだけで質問した女――カペラ女学園学園長、グロリオーサは「はぁん」とあっさり納得した。
「相変わらずS級のやる事はよくわかんねぇな。」
グロリオーサがピエロ人形を槍でつつく後ろでフィリウスとセルヴィアに「十二騎士が二人もいる……」的な視線を送っている生徒たち――その中でただ一人の男子を見てフィリウスは驚く。
「ここにも大将みたいな奴が!」
「負けちゃったねー、あの三人。」
とある国のとある街にあるトレーニングジム。いい汗をかいていたガッシリとした身体の男や引き締まったラインの女が、ジムに来るならば相応の服装というモノがあり、それゆえに外でならばどうという事はないのだがこの場所では非常に目立つ格好――どこかの学校の制服を着た女を見てギョッとした顔になる。
彼らが驚いたのはその格好ゆえではなく、部屋に入ってきたら真っ先に気づくだろう服装だというのにいつの間にか部屋の中心にあるベンチプレス用の器具の傍に立っている事にであり、そして一番驚きそうなベンチプレスを行っている人物は、しかし表情を変える事無くその女と話し始めた。
「……特にそれを狙って勧誘したわけではないが、『好色狂』と『パペッティア』は数少ない対フィリウス特効の力を持っていたんだぞ? 各個で挑むとまだ勝率はそれほど高くないが、連戦ともなれば話が変わってくる。」
持ち上げていたバーベルを器具に置き、タオルで汗を拭きながらその人物――ジムに通う誰もが憧れを持ちそうなたくましい身体と今は少し乱れているが美しい金髪が目を引く男は独り言のように話を続ける。
「実際、扱う技術と本人の性格上、『パペッティア』が二番手になるのも順番としてはベストだったぞ。『好色狂』との戦闘で連発は難しいアレを使ってくれたし、『パペッティア』でトドメとなる筋書きは出来上がっていたのだ。だが『パペッティア』の動きについていけてしまう《ディセンバ》とピンポイントで人形使い特効の《エイプリル》が参戦するとは予想外だぞ。」
「でもその二人が来ちゃったのってヒキコモリンがお城に行ったからなんでしょ? 余計な事しちゃったねー。」
「その評価は少し酷だぞ。手練れの騎士ばかりの王城から周囲への被害を考慮するだろうフィリウスを引っ張り出す策としては上々だ。しかも《ディセンバ》はその所属的に王国の最高戦力であるし、《エイプリル》に至っては本職はクォーツ家のメイドだぞ? それがそろってフィリウスの援護に出撃するなんて事は運が悪いとしか言いようがない……」
「そーなの? 詳しい事は知らないけど、次はどーするの? トッコーの持ち主はいなくなったわけだけど、わたしやオサムライだと勝率はどんなもんなのー?」
「心配するな、あいつらとそれほど変わらないぞ。『無刃』の手数と攻撃範囲はフィリウスが楽々対応できるレベルではないし、お前はその特殊性で攻めて行けるだろう。」
「ふーん。ダンディはまだ行かないの?」
「……魔法の性質上、我輩は後半の方が強いんだぞ? 知っているだろ。」
「因縁の対決なんだもんねー。主役は最後って感じだ。」
「別に、誰が倒そうと構わないぞ。」
「倒すねー……《オウガスト》をやっつけないとめんどーな事になりそーっていうのはわかるんだけどさ、魔人族との繋がりっていうのは魅力的なんだよね。」
新しいおもちゃを見つけたような顔をしている女を横目に嫌そうな顔になった男はやれやれとため息をつく。
「言っておくが魔人族をどうこうできるとは思わない方がいいぞ。S級犯罪者と呼ばれる我輩らや十二騎士が使うような技と技術を軽々と超えてくる怪物な上に人間にそれほど興味が無い。こっちが考えるような交換条件や脅しは一切意味がないぞ。」
「それはそうなんだろうけど、センセーの動きがなぁんか気になるっていうか、今更興味津々になるとしたら魔人族くらいだよねーって感じ?」
「何の話だ?」
「わたしと似た趣味のお友達の話。ちょっと調べてからにするから、オサムライに先にどーぞって言っといてね。」
そう言うと制服を着た女は楽しそうな足取りでトレーニング器具が並ぶその部屋から出て行った。
「……『パペッティア』もその類だったが、芸術家タイプはよくわからんぞ……」
「む、なんだお主ら。」
強暴な魔法生物が住んでいるからと付近の村の者たちは近づかない森の手前、その森に入ろうと意気揚々と歩いていた者たちの前にそんな彼らよりも大所帯な集団が現れた。
「むむ? 赤い腕章に赤いスカーフに赤いバンダナと、それぞれが身体のどこかに赤いモノを身につけているところから察するに、どこぞの騎士団か何か?」
「さすがです、魔王様。」
森に入ろうとしていた者たち――装飾過多な貴族のような服をまとい、髑髏のヘルメットをかぶって牛のような角を生やしている大男が目の前の集団を分析すると、大男の背後にいた赤、青、黄のローブをそれぞれ羽織った三人の中から青色のローブの者がすすすと前に出た。
「かの六大騎士団が用いている系統統一による件の魔法、その証たる同色の装飾はこの者たちが赤の騎士団『ルベウスコランダム』である証拠でしょう。そしてその場合、先頭に立つ少年があの『灰燼帝』となるかと。」
「ほう……誰だ?」
「ただの騎士団の方が動きやすいからという理由で十二騎士トーナメントには出ていませんが、今の《エイプリル》を倒せる者がいるとしたらこの者だろうと言われています。言うなれば十二騎士レベルの騎士です。」
「ほほう! この魔王の道を塞ぐ者としてそれなりの名声は得ているわけだな! よかろう、要件を聞こうぞ!」
偉そうに腕組みをした大男を見上げ、先頭の少年――『灰燼帝』は何とも言えない顔になる。
「……アイツに少し似た気配に驚いたが……破格に強いって事はわかるし、今のやり取りも含めてお前が『魔王』ヴィランで間違いないな?」
「いかにも、ワガハイが魔王ヴィランである! もしや自ら勇者であると示しに来た勇士か!」
「違う。ついでに言えば別にお前たちを倒しに来たわけでもない。お前らが行こうとしてる場所に俺らを同行させて欲しいだけだ。」
「厳密に言えばワガハイたちが目指しているのは場所ではなく人だがな!」
「『ディザスター』だろう? そいつがいる場所ってのは即ち『紅い蛇』の拠点で、俺らはそこに……その場所にいる可能性が高い奴に用がある。」
「ほう、奇しくも似たような目的だな! ワガハイらもあの老人に用はない! 未来の幹部の得物であるからな! 『世界の悪』とかいう者の下に集った有望な人材を求めての訪問である! お主らが狙っている者をワガハイが気に入る可能性もあり、そうなった場合はお主らの邪魔をする事になるがそれでも良ければ同行を許可しよう!」
「えー、いーのー、魔王様?」
大男――『魔王』ヴィランの背後にいた赤色のローブの者が身体ごと首を傾げるとヴィランは腕組みをしてニヤリと笑う。
「最悪目ぼしい人材無しというパターンもあるだろう! 『マダム』は一人、二人倒せと言っていたし、それをそこの有名らしい騎士がやってくれるというのであれば断る必要もなし! それにワガハイはこの騎士らに少し興味が湧いた!」
「……俺たちに……?」
「先ほど勇士と言ったがじわじわと漏れ出ているこれは確固たる決意と絶対的な敵意! お主ら、復讐しに行くのであろう!?」
ヴィランの言葉に二十名ほどいる赤の騎士団ら全員の眼がギラリと光るが、先頭に立つ『灰燼帝』がそれをおさめる。
「魔王軍の一員としての素質はある! 戦いぶりによっては勧誘もあるだろう!」
「……光栄な事だ。とりあえずさっきの条件で構わないから、同行させてもらうぞ。」
「良かろう! 楽にしてついてくるがいい!」
こうして角の生えた魔王を先頭に三人の魔王軍幹部と一つの騎士団は森の中へと入っていった。整備された道はもちろん獣道すらない中を迷いなく進んでいった一行はわずか数分でその森を抜け、目の前に現れた建造物をそろって見上げた。
「ふむ? 妙な感じだが……魔王軍工作部隊長! これをどう見る!」
ヴィランがそう言うと、黄色のローブの者が一歩前に出る。
「凄いを通り越して気持ち悪いっすね。」
「? 何か変なとこあるー?」
そこにあったのは「城」の一歩手前ほどの大きな屋敷。赤色のローブの者が言ったように特におかしな点はないのだが、この場に集った面々の内数名がこの建物に違和感を覚えており、黄色のローブの者はそれをより深く理解しているようだった。
「なんというか、バランスを無視して丸とか三角の積み木を接着剤でくっつけながら無理矢理積み上げていったような不安定さがあるんすよ。」
「しかし魔法の類は使われていないようだぞ?」
そう言ったのはフードの奥からギラリと一点の光をのぞかせる青色のローブの者。魔法が使われているのかどうか、それが見えているかのように建物を端から端まで眺めて首を傾げる。
「だから気持ち悪いんす。これを建てたのは神とか悪魔とか呼ばれてただろう天才奇才っすよ……」
「素晴らしい! だがデザインが平凡で勿体ないな!」
「どうでもいいがここが目的地でいいんだな?」
ジロリと下から見上げる『灰燼帝』にヴィランは大きく頷く。
「あっという間だったがここで間違いない! 『魔王印』が無ければあの森の中を延々と彷徨っていたのだろうな!」
「……感謝する。」
S級犯罪者に礼を言った『灰燼帝』が建物の側面へと歩き出したのを見てヴィランが笑う。
「おいおい目が良くないようだな! 入口はどう見てもそこだろう!」
「馬鹿正直に玄関から入るやつが――おい……」
振り返った『灰燼帝』が言い終わるより先に建物の入口の扉の前に立ったヴィランは、ドアノブに伸ばした手をふと止める。
「んん? この扉、長い事使われていないようだな。まるで廃墟の入口ぞ。」
「ダレモドアなんか使わないもの。」
扉の向こうからそんな声が聞こえてきたと同時に扉が内側からふっ飛ぶ。それに反応できなかったわけではないが避けるほどでもないと判断したヴィランに直撃した扉は粉々に砕け散った。
「「「魔王様!」」」
「慌てるな、この家流の挨拶やもしれぬだろう?」
臨戦態勢をとった三色ローブの者たちを制し、扉の向こうに立っている者をふんぞり返った腕組みの姿勢で見下ろしながら、ヴィランは名乗りを上げる。
「ユニークな歓迎、楽しませてもらった! ワガハイは魔王、ヴィランである!」
「アハハ、いい性格してるわ。ソレニ本当にあのミノタウロスの血族なのね。」
入口の奥、照明一つない暗がりからぬぅっと出てきたのはどう見ても人ではない者。八つの紅い眼が横二列にならんだ、後頭部が少し長い頭。背中から伸びる四本の蜘蛛のような脚。口元を隠す長いマフラーにかつて桜の国に存在した隠密、忍者の衣装。口調と声色からするとどうやら女性らしいその者の姿に、ヴィランは嬉しそうな顔になる。
「おお! お主、魔人族だな! いい、実にいい姿だ! 魔王軍に加わらないか!? 共に世界を手に入れようぞ!」
「ミリョく的なお誘いね。ショウじきあなたとは色々話してみたいけど……あなたよりもそっちの方がアタシに興味津々みたいよ?」
蜘蛛の女が指差す方を見ると、『灰燼帝』ら赤の騎士団が尋常ではない敵意――殺意を剥き出しにしていた。
「む? なるほど、お主らの狙いはこの者だったか! 先ほどの心配が現実になってしまったな!」
ゆらりと拳を握りしめて振り向こうとしたヴィランの肩を蜘蛛の女がポンポンと叩く。
「ワガマまをいいかしら? コレダけの殺意で来たのだもの、無下にはできないわ。ナカニも楽しい連中がいるし、あなたはそっちを先に見てきたらどうかしら?」
「むう……未来の魔王軍幹部候補がそう言うなら仕方あるまい。まさかと思うがあの殺意に殺されたりはせぬだろうな?」
「アハハ、魔王様の見る目を信じて欲しいわね。」
「はっはっは、これは一本とられたな! では先に中をまわるとしよう! ゆくぞ、魔王軍!」
ズンズンと建物の中へ入って行く魔王とそれに付き従う魔王軍幹部を見送り、蜘蛛の女は赤の騎士団たちの前に立った。
「ソレデ……えっと、赤の騎士団よね? ロクダい騎士団の一つの。イマハ二代目扱いなんだったかしら? ダンチょうとあと何人かは初代からいる顔みたいだけど……っていうかあなた、前会った時から一ミリも身長伸びてないわね。ギュウニゅう飲んでる?」
「……俺らのことを覚えてるんだな……物のついでみてぇに仲間を殺した割には記憶力あるじゃねぇか、マルフィ……!」
「ンー、ソレはちょっとニュアンスが違うわね。」
準備運動なのか、蜘蛛の女――マルフィは背中から生えている脚も含めてググッと伸びをする。
「アナタたちはアタシが旧赤の騎士団のメンバーを二十三人殺したのを恨んでて、仲間の敵討ちの為にアタシを探し続けてそこに立ってる。デモアタシがあなたたちを認識してるのは覚えてるからじゃない、知ってるってだけ。ウラマれてるって事もそうだと知ってるだけよ。」
「……あぁ……?」
何を言っているのかよくわからないマルフィに怒りを募らせる『灰燼帝』だが、マルフィはどう説明したものかと考えるように腕組みをして首を傾げる。
「エェッと……アタシはここにいる二十一人全員の名前、それぞれの家族構成、騎士歴がどれくらいで何が得意かとか、その辺を全部知ってる。ウチ、ロく人が前に戦った時からの生き残りで、そうじゃない面子がどうしてその六人と同等の怒りをアタシに抱いてるのかってのも知ってる。デモコれはあなたたちの恨みを買ってるから調べた事じゃない。ココカら十キロくらい離れたところにある村にいる騎士の将来の夢が《オウガスト》の『ムーンナイツ』って情報と価値は同等。タンジゅんに、アタシは情報収集が趣味みたいなモノだから知ってるだけ。ソノタもろもろの情報とあなたたちの情報は同じ扱いで、そこに特別な感情はないのよ。」
言うなれば、当事者ではない者の視点。誰かが誰かを好きであるとして、好意を抱く者と抱かれる者にとってその「情報」は恋愛という感情が乗るとても重要なモノであるが、双方と関わりのない人物からすればその「情報」はそうであるというだけのモノ。今日の天気が晴れだとか、晩御飯がシチューだとか、そういう日常的な価値の低い「情報」と扱いは同じ。
かつて赤の騎士団の団員の大多数を殺したマルフィに対して凄まじい怒りを抱く『灰燼帝』にとってマルフィ絡みの「情報」は全て重要であり、どんな手を使ってでも手に入れたモノだった。
だが恨まれている側――まさに渦中の者であるにも関わらず、マルフィにとって『灰燼帝』らが自身に向ける怒り――その「情報」には大して価値が無い。こうして赤の騎士団を出迎えたのも、彼らからの怒りを直に受けて少し面白そうだと思ったからであり、今の今まで彼らの事を気にしたことなど微塵もない。
要するに――
「お前にとって俺のかつての仲間たちは――」
「ドウデもいい昔話よ。」
「おお!?」
建物に入って玄関ホールをぐるりと眺めていると外から凄まじい爆発音が響き渡り、魔王軍はビックリしながらも奥へと進んでいく。マルフィが言ったように玄関の扉に関しては誰も使っていないがゆえに廃墟の一部のようになっていただけのようで、屋内は掃除の行き届いた素晴らしい状態だった。
「掃除にマメな住人がいるようだな! 魔王城として見るには綺麗すぎるが――む?」
廊下を真っすぐ進んだ先、恐らくは両開きの扉があったのだろうが扉はなく、ぼんやりとした光が見えるだけの暗い空間が広がっているというホラーな場所に辿り着いた魔王軍は、しかし一切のためらいなくその唯一の光の方へと歩いて行った。
そしてその光源――真っ暗なホールの中心に置かれたソファを照らしている、部屋の広さに全く合っていない照明のもとまでやってきた魔王軍はそこでこの建物の二人目、三人目の住人に遭遇した。
「あ? 誰だお前。」
『ああ、恐らくケバルライが言っていた『魔王』だ。』
一人は胸元や片脚が大胆に露出している黒いドレスを着た状態でソファの上でダラリと寝そべっているのでかなり煽情的な状態になっているのだが、逆さ十字のピアス、逆さ髑髏のネックレス、そして何よりも本人の目つきや雰囲気のせいで欲情するような男はいないだろうと言える、全体的に狂気的な女。
もう一人はソファの傍でドレスの女の付き人のように立ち、かなりの長身をすっぽり覆うローブを羽織った上にフードを目深にかぶっているせいでそれ以上の情報が何もない謎の人物。
魔王軍の面々はその全員が普通の人とは異なる故に独特な感覚を持っているのだが、四人が四人共この二人に対して無意識に強い警戒態勢になり、それを感じた『魔王』ヴィランはニヤリと笑った。
「いかにも、ワガハイは魔王ヴィランである! 直感だが女、お主が『世界の悪』だな!」
「は、魔王様のお出ましか! いかにも、あたいが『世界の悪』、アフューカスだ!」
黒いハイヒールをはいたままソファの上で立ち上がるドレスの女――アフューカスをため息まじりで見上げ、フードの人物はペコリと頭を下げる。
『ようこそ魔王殿――と、その配下だろうか。私はアルハグーエという。』
「あたしは魔王軍魔獣部隊長、オーディショナー!」
「私は魔王軍参謀長、ライター!」
「自分は魔王軍工作部隊長、カーペンター!」
カッコイイポーズと共に自己紹介した三色ローブの幹部たちを見てアフューカスが爆笑する。
「ぶはは、いいじゃねぇか! 悪党は名乗りが大事だからな! おい、今度あいつらにも名乗りのポーズを取らせようぜ!」
『やめておけ……それで魔王殿、こちらの認識ではケバルライに用があるとの事だが?』
「けば? ああ、あの老人か! いや、あれは未来の魔王軍幹部の獲物であるからな! この場に『バーサーカー』がいない以上、ワガハイが手を出す事はない!」
『ほう? では一体何用でここに。』
「人材探しだ! 『世界の悪』などと、まるで魔王のような名乗りを上げる偽魔王であるお主だが、その下に集った者らの中には真の魔王たるワガハイの部下に相応しい者もいるだろう! それを見に来たのだ!」
「だっはっは! あたいが偽魔王か! 確かに騎士からしたら魔王みたいなモンか、ぶははは!」
ツボに入ったらしく、ソファの上で転げまわるアフューカス。
『なるほど。しかし魔王殿は『マダム』に協力しているのだろう? あれの目的は打倒、ここにいる偽魔王だったはずだが。』
「おいやめろ――きひひ、その呼び方――するなバカ、だははは!」
「『マダム』の目的は確かにそうだ! だがワガハイ自身は偽魔王に興味はない! 本物はワガハイ、それは揺るがぬ事実なのだから好きにすればよかろう! ワガハイは未来の魔王軍料理長の願いゆえ手を貸しているに過ぎん! 先の老人と同様、この場に『マダム』がいない以上、ワガハイが偽魔王と戦う理由はないのだ!」
『――だそうだぞ、アフューカス。』
「ひ、ひひひ! それは――もったいねぇな!」
笑い過ぎて涙が出ているアフューカスは、ソファから降りるとヴィランの正面に立って自身の目線よりも高いところにある胸板をペシペシと叩いた。
「一つ聞くが魔王様よ、今は勇者探しをしてるらしいが、それが見つかったらお前は何をするんだ?」
「無論、世界征服に向けて動き出す! 全ての国を滅ぼし、罪のない者たちと挑んでくる猛者らを皆殺しにし、世界をワガハイとワガハイの魔王軍で塗り潰す! そしてどのタイミングでその時が来るかわからぬが、勇者との勝負に我が生涯の全てを賭けるのだ!」
「きひひ、なかなかいいじゃねぇか。死に様まで考えちまってるのはどうかと思うが悪い事でもねぇだろう。悪の華満開だなぁ、おい。『世界の悪』たるあたいからすれば強敵出現ってとこだ、嬉しいねぇ。ついでにもう一つ聞くが、あたいは幹部候補にはなんねぇのか?」
「ふはは、それはお主が一番わかっている事だろう! 確かに偽魔王を配下にという選択もあっただろうがこうして見て理解した! 偽であってもお主はワガハイ同様、上に立つ者――お主がワガハイの下につく事はなく、当然ワガハイがお主の下につく事もあり得ん!」
「気に入ったぁ!」
ペシペシ叩いていたヴィランの胸板を力いっぱいバチンと叩き、アフューカスはくるりと背を向けて腕や脚をググッと伸ばして準備運動を始めた。
「あたいのぬるくなった思想にパンチの効いた一撃を入れる奴が出てきたかと思えばライバルの登場だぁ? いい時代が来たじゃねぇか! 当然ヤレるんだろう? 久しぶりにガッツリ遊べそうだぜ。」
「ふむ? さっきも言ったがワガハイはお主に興味はない。世界征服の中で挑んでくる者の一人にはなろうが、それはその時の戦いであろう。この場で挑まれると少々困る。」
「ツレないこと言うなよ、こちとら全力の出し方を忘れかけるくらいに退屈してんだからよ!」
「ふぅむ、仕方あるまい。『マダム』には悪いが打倒『世界の悪』はここで終いだな。」
「流石魔王様、勝つ気満々だな! でもついこの間十二騎士と魔人族のコンビに負けたんじゃなかったか?」
「はっはっは、痛いところをつくな。しかしあの一戦でワガハイは内に秘めた魔王力を解放する事が出来た。ゆえにあれは勇者との戦いに向けてより完璧な魔王になる為のイベントだったのだと……なるほど、つまりこれもそうなのか。」
豪華なマントと髑髏のヘルメットを脱いで青色のローブの者に渡したヴィランは、その筋骨隆々とした身体に黒いオーラをまとわせる。
「魔王にも歴史あり、その覇道の中には同様の道を歩む敵との一戦もあるだろう! これがそれであり、この戦いがワガハイを更なる高みへと導くのだな! 受けて立とうぞ、偽魔王!」
「そうこなくちゃな!」
『ん? あ、おい、アフューカスこんなところで――』
アルハグーエが言い終わる前に『世界の悪』と『魔王』の拳がぶつかった。その接点を中心に爆速で広がった衝撃波は壁や天井――建物の一部を木端微塵に吹き飛ばし、真っ暗だった部屋に外の光が降り注ぐ。
「マジか、マジなんだな!? いいじゃねぇか魔王様!」
「お主も、偽ながら魔王を名乗るだけはある!」
お互いの拳をぶつけた状態で押し合いながら力を比べる両者。体格で言えばヴィランの方が圧倒しそうなのだが、二人の位置は――拳は全く動かない。
「ひひ、ちょうどいい、外で遊ぼうぜ!」
そう言いながらアフューカスが片脚で地面をダンッと踏むと二人が踏ん張っている地面が光り、直後天まで伸びるエネルギーの柱がそそり立って両者を空中へ吹き飛ばした。恐らく常人であればそのエネルギーを受けた段階で消し飛んでいただろう一撃を全くの無傷で受けた二人は、当然のように空中で跳ねて徒手空拳のラッシュを始めた。
『全く……』
一撃一撃が爆音のように響く恐ろしい戦いを見上げて肩を落としたアルハグーエは、魔王の雄姿を見上げる魔王軍幹部の三人に声をかける。
『うちのアフューカスがすまないな、強引で。あれとやり合える相手はなかなかいない故にどうか許して欲しい。』
「許すも何も、魔王様がその覇道に必要な一戦とされたのだ。私たちはそのお姿をこの目に刻むのみ。」
『そうか。立ちっぱなしもなんだ、お茶でも淹れるからくつろぐと言い。』
「これは丁寧に――っと、いつまでも顔を見せぬでは魔王軍の品位を下げてしまうな。」
青色のローブの者がそう言うと三人の魔王軍幹部はフードをとって顔を見せた。黄色のローブの者――カーペンターの素顔はその体格に合った豪快そうな男の顔だったが、青色のローブの者――ライターは縦に一筋、顔の中心に大きな一つ眼があり、赤色のローブの者――オーディショナーは人体模型のように部分的に筋繊維が剥き出しになっている。
『む、これは失礼した。』
そんな異形にこれといった反応を見せないアルハグーエもそのフードをとり、出てきた素顔を見たライターは軽く笑う。
「似た顔だったとは驚きだ。」
「アラ? ズいぶん派手ねぇ。」
建物からだいぶ離れた森の中――いや、その場所だけはもはや森とは呼べないだろう。野生の生き物ですら道に迷いそうな深い森の中にぽっかりと開けた真っ黒な空間の真ん中に立つマルフィは遠くの方で自身の住まいの一部が吹き飛んだのを見て愉快そうにクスクス笑う。
「アフィが遊んでるみたいだわ。アノミノタウロス、やっぱり相当な強さね。」
そう言い終わると同時にカクンと直角にお辞儀をしたマルフィの頭上を赤い一閃が走った。
「コッチが終わったらアタシも混ぜてもらうかしら。」
その一閃を放った、まるで鍛冶職人が鍛えている最中のように赤々と光る剣を振るう目の前の騎士へ目にも止まらぬ速度で迫ったマルフィの背中の脚だったが、その騎士は即座に離脱して距離を取り、代わりに別方向から今度は赤々と光る槍の一突きがひょいと首を傾げたマルフィの頭の真横を通過する。
「ツヨイは強いけど、こっちと来たらつまらない戦法でくるのだもの。」
槍の持ち主へチラリと顔を向けるマルフィだったがその騎士はもうおらず、また別方向から違う騎士が高速で迫っていた。
「イチゲき離脱は楽よねー。アイテの次の動きと自分の選択肢の駆け引きなんて考えずに空振りでも通り過ぎるだけだもの。シカモ他の誰かが崩した体勢を狙うなんて、騎士にあるまじき卑怯プレイだわ。ワザワざ森の一部を焼け野原にして戦場を作ったと思ったらチキン戦法? ソノキょう化を重ねた魔法とじっくりやり合わせてくれないのかしら。」
上から見れば森の中に空いた巨大な穴にも見えるだろう黒い空間――木も草も全てが焼け焦げて黒い炭と化したその場所で、マルフィは赤の騎士団の猛攻を受けていた。
「ツイサっきまで魔王軍の襲撃の中一コマで死ぬような一般人Cくらいだったのに漫画の主人公みたいに覚醒――一体どれほどの条件をつけたのかしら?」
加速していく攻撃に対してまだまだ余裕のある回避を続けるマルフィは騎士たちの中で一人、焼け野原と森の境目に立っている『灰燼帝』の方を見る。
「イノチをかけた――ってほどじゃないけどかなり厳しめよね? タイシょうをアタシに限定した上で手足なり五感なりを捧げたって感じかしら? イメージが全ての魔法で想像力っていう才能を持たない人種が生み出したパワーアップ方法――一説には結局これもイメージの力で、どこかの誰かが最初に試して上手くいったもんだから「こうすれば威力が上がる」っていう常識が出来上がったから成り立ってるだけで、でも一説には術式に強い方向性を与える事で水の出てるホースの先っぽを指でつまんだみたいにパワーが上がるって言ってる学者もいるわね。」
「ペラペラとよくしゃべる奴だな……」
速度が上がり続け、いよいよ赤の騎士団らがただの赤い閃光と化してマルフィに迫るも、それを自分の方を見ながら踊るように回避していくの見て『灰燼帝』が険しい表情になる。
「アクトうは饒舌なモノよ。アナタもほら、そろそろアタシに対する恨みつらみを吐き出すターンじゃないかしら?」
「……」
さきの『魔王』のようにまるで物語を演じるような口ぶりに苛立ちを浮かべるも、他の騎士たちをチラリと見た『灰燼帝』は短く息をはいて呟き始める。
「……仕事を受け、それなりに骨のある連中とそこそこの戦闘をしてたあの日、そんな戦況を気にも留めずにお前は戦場のど真ん中を歩いて来やがった。」
「アラ、ヒとり語りの始まりね?」
「どう見ても人じゃねぇお前に反応した敵方は何人かをお前に向かわせたが瞬殺。縦横斜め、身体が綺麗に切断されて崩れ落ちたそいつらを見て俺は理解した……危険な奴が紛れ込んできたと。」
「ミチノ真ん中でドンパチしてる方が危険だと思うけど。」
「見た目からして恐らくは高位の魔法生物、もしくは噂に聞く魔人族――そう判断をした俺は騎士団全員でお前を叩く戦法をとった。強力な魔法生物とやり合う時の陣形だ。互いのリズムを合わせた精鋭たちのコンビネーション……相当強いだろうがこれなら被害を抑えつつ一先ず敵の力量も測れる……俺は選択をミスった。」
「コンビネーション? ヘェ、アれそうだったの。」
「A級……仮にS級犯罪者クラスのバケモンだったとしても対応が難しいはずのこっちの攻めを、お前は片っ端から潰していった。ほんの一瞬の攻防――いや、一方的な殺戮で騎士団のメンバーの半数が死んだとき、俺は全員に撤退を指示した。仕事の標的だった敵方は無視してこの場から逃げる――騎士団の中で一番強い俺がしんがりを務めた。」
「アッハ、その頃には敵は全員死んでたと思うけど。」
「だがお前は糸の分身を生み出して先を走る騎士団を襲わせ……逆に俺の足止めを始めやがった……!」
「アンナわかりやすく逃げるんだもの、嗜虐心がくすぐられちゃうわ。」
「危険な奴どうこうじゃねぇ、絶望的な格上だと、たった十数秒の戦闘で理解した俺は全身全霊の一撃を放ち……それでも目くらましにしかならねぇそれに紛れて俺たちは逃げのびた……わずか数人だけの生き残りとしてな……!」
「アア、アれはなかなかの炎だったわね。チョッとビックリしたのを覚えてるわ。」
「あの一戦で理解してる……お前はお前用に戦い方を選ばなきゃいけねぇ怪物だと。」
「? ア、モシかして話が今に戻った感じ?」
「俺の知る限り、お前は文字通りの「最強」だ。肉体と才能、これまでに身につけてきた技術、成長、お前を形作る全てが戦闘に特化してるみてぇな印象だ。一対一で勝てる奴なんざいねぇだろう。」
「ホメテも何も出ないわよ。」
「だからお前とはまともに戦わない。一手二手と攻防を重ねるほどに力量の差で死が近づく。だから一撃離脱――必殺の一撃を当てる為の手順も下準備もガン無視で全力の攻撃を放ち続け、当たるまでそれを繰り返す。」
「タシカに当たったら痛そうだから避けてるけど、いつまでも続くモノじゃないでしょう。」
「普通ならこんなのは馬鹿のすることだ。人数がいたって全力の一撃ってのはそう何度も続けて出せるモノじゃない。だが俺たちなら――赤の騎士団であれば可能……!」
「ソウナの? マァ、ナんだかどんどん加速してるモノね?」
「六大騎士団が基本的に同系統の使い手だけで構成される理由、『ムーンナイツ』のほとんどにリーダーの十二騎士と同じ系統を得意とする奴が選ばれるワケ、遥か昔から「集団の強化」として使われてきた強力な条件付け――前は構築する間もなかったが今は違う。これが赤の騎士団の団名にして最強魔法――」
不意にマルフィを包囲していた連続攻撃が止み、いつの間にか『灰燼帝』のように焼け焦げた空間――マルフィを倒す為に用意されたその場所と森とのはざまに揃い立つ赤の騎士団全員の身体が炎に包まれる。
「――『ルベウスコランダム』だ。」
瞬間、その場所が光に包まれる。先ほどまでのそれとは比べ物にならない速度と熱でマルフィに全力の一撃を入れていく騎士たちの軌跡は赤い閃光となって空間に刻まれ、マルフィを中心とした一定空間が赤い光で埋まっていく。
余裕のあった回避は今は間に合わず、全方位から迫る紅蓮の騎士たちの必殺の一撃をくらい続けるマルフィの身体はみるみるうちに削られていく。無数の切り傷、数多の刺し傷、焦げる皮膚、溶解する身体、炭となって崩れる四肢、原型をとどめない焼死体となっていくマルフィを前に――
「止まれっ!」
自身も炎の騎士となって攻撃していた『灰燼帝』の声が攻撃を中断させた。マルフィを倒せたからではない。最後の一言を聞いてやろうというわけでもない。『灰燼帝』はただの燃えカスとなっているマルフィに――驚愕していた。
それは『灰燼帝』だけの驚きではなく、他の騎士たちもまた理解できないという表情で死に体のマルフィを見ていた。
確かにマルフィは見るも無残な姿となり、生きているとは到底思えない。だが相手は魔人族、その身体の全てが灰燼と化すまで攻撃し続けるつもりだったのだが、マルフィが今の状態になったのは十数秒前の事。そこから今に至るまで赤の騎士団の攻撃は数十回加えられたのだが――マルフィの状態はそこから悪化していないのだ。
攻撃が当たっていないわけではないが手応えがない。そんな異常を感じて攻撃を止めた赤の騎士団に――
「アラ、モう終わり?」
何でもないような口調のマルフィの声が聞こえてきた。目の前の焼死体が実は偽物で本物は別の場所にいたという方がどれほど良かったか、声を発した炭の塊がふわりと浮かび上がったのを見て赤の騎士団らは目を見開く。
「マッチの火と同じよね。サイシょは小さな火でも時間が経てば建物を飲み込み、街を焼き尽くす。サイガいとしての火をイメージの根っこに置いた、時間経過による火力の増大。ジュツしきに組み込む人数が多いほどその上限値を上げる――そんなところかしら。」
辺りに灰となって積もっている「マルフィの身体だったモノ」がふわりと舞い上がり、炭の塊に集まって人型のシルエットを形作っていく。
「デモジっくり時間をかけて修行して強くなるのは正義の味方の特権じゃないのよ? アクトうだってそれなりの時間をもらったらそれなりに強くなるものよ。」
完全に元のシルエットとなったマルフィがほこりをはたくように胸の辺りをポンポンと叩くとその身体を黒くしていた炭がきれいさっぱり剥がれ落ち、火傷の一つはおろか服まで無傷の姿が露わになった。
「時間、だと……何を……何をしやがった……」
信じられないという表情の『灰燼帝』に、マルフィは「何を言っているの?」という風に首を傾げる。
「ヒニタい抗するんだから、耐熱魔法に決まってるじゃない。」
「!? 馬鹿が! 火を発射してんじゃねぇんだぞ! そのイメージを元に戦闘能力を上げる魔法だ!」
「ダカラ火のイメージを使ってるんでしょう? マサカと思うけど耐熱魔法を熱に対抗する魔法とか思ってるの? ダトシたら名前の付け方のミスね。ホノオの使い手集団の赤の騎士団が聞いてあきれる理解の低さだわ。シンプルな魔法にこそ極めるに値する奥行があるのよ。アフィがいい例じゃない。」
「な、何を言って……」
「マァデも学の低さが敗因じゃなわ。チャンと強い魔法だったけど、さっき言った通りアタシに時間を与えてしまった。コノマ法に対抗できる魔法を組み上げるだけの時間を。ヨウスるにあなたたちは、アタシを倒すのに時間をかけすぎたのよ。」
「組み上げる……!? 俺たちの攻撃を受けながら……!?」
「サッキから驚き過ぎよ? マホウを頑張って使えるようになった人間のモノサシで生まれた時から使える魔人族のアタシを測らないで欲しいわ。」
そう言ってマルフィがパチンと指を鳴らすと、その指先とこの場にいる赤の騎士団全員の胸の辺りを繋ぐ糸のようなモノが出現した。
「マホウを組み立てるついでにこういう事もできるのよ?」
「な――がはっ!?」
ほんの少し、マルフィがピンと立てた指を動かすと全員が胸を押さえてガクリと膝をつく。
「ナイゾうに糸を通したわ。エイヤって引っ張ると身体の中がバラバラになる感じ。アナタたちの最強魔法とやらが最大火力になるのがもっと早ければアタシもそれなりに手の内見せて戦ったけど、この程度っていうんじゃこうやってあっさり終わりよ。ウラミを持つのはいいけど、もうちょっと強くなってから来てほ――」
もはや赤の騎士団の面々には興味がなくなり、話ながらその糸を引っ張りそうなほどどうでもよさそうな雰囲気で喋っていたマルフィは、突如天から降り注いだ閃光に全身を飲み込まれた。
――ォオオンッ!
遅れて炸裂する轟音。何が起きたのか判断が遅れた『灰燼帝』だったが、その一撃がマルフィから伸びていた糸を消し炭にしたのと響いた音の聞き覚えから、これが雷だという事を理解した。だがそれを知ると同時に驚愕する。マルフィと自分たちの距離はそれほど離れておらず、雷は『灰燼帝』たちの目と鼻の先に落ちた形になるのだが、周囲の赤の騎士団たちにはほんの少しの風と舞い上がった炭ぐらいしか影響が出ていない。
自然の中ではまずあり得ない一点集中された雷。その性質上、散らばりやすいエネルギーを完全に制御した一撃。数秒先にあった死から自分たちを救ったこれを放った者は途轍もない手練れ――状況を確認する為、またどんな状況にも対応できるよう、二、三人ごとに集まって周囲の森に散った赤の騎士団たちは、空からゆっくりと降りてくる人影を視認した。
『勝手に見つけろとは言ったが、何もこんな大事なタイミングで当たりを引かずともいいだろうに。』
雷が落ちた地点から数メートル離れた場所にふわりと降り立ったその人物に『灰燼帝』は見覚えがあった。仰々しい軍服をまとい、シルエットこそ人型だが人間ではあり得ない頭部――鼻も口も一切ないのっぺらぼうな水の塊。それは夜の国、スピエルドルフ所属の魔人族――フルトブラント・アンダインだった。
『まぁ、考えようによってはナイスタイミングか……捕捉してしまえばそれで終い。愛の力によって強くなっている今の姫様ならば例えマルフィと言えど――』
「なんでてめぇがここにいる!」
ぼんやりと空を見上げてブツブツと呟く――いや、しゃべっているわけではなく、周囲の者たちの頭の中にそんな独り言が聞こえてくるという形なのだが、慣れない声の聞こえ方にイラつきながら『灰燼帝』が声を荒げると、フルトブラントは上を見たまま質問に答えた。
『勝手に見つけて勝手に殺されるだけとは言え、探すという行為に強さは関係ないからな。万が一お前がマルフィを見つけた場合を考慮し、お前を放り投げた時に仕込みをしておいた。それが活きたのはいいが……はぁ、こんな時に……私もお傍に控えたいのだ、早々に終わらせて帰るとする。だからとっとと起きろ、マルフィ。』
「フフフ!」
モクモクと煙のあがる落雷地点からゆらりと、身体のあちこちがすす汚れているマルフィが姿を見せる。
「マサカね! レギオンマスターが釣れるなんて、いい仕事したじゃない赤の騎士団。コノマえ女王とやり合った時よりは色々準備できてるし、いい勝負ができそうね。」
グルグルと二本の腕と背中の四本の脚を回し――
ゾンッ!!
――たと思ったその瞬間、フルトブラントの左右斜めの後方の木々がバラバラに切断される。
「ソウソう、これくらいできる相手じゃないと。」
そう言った直後一瞬でフルトブラントの目の前に移動したマルフィと、それと同等の速度で軍服の袖の中から水で出来た触手を数本伸ばしたフルトブラントの戦闘が始まる。
「てめ――」
もはやマルフィの眼中の外に置かれてしまった『灰燼帝』は反射的に出てきた文句の一言を、ものの数秒しか行われていない二人の魔人族の戦闘を前に飲み込んだ。
マルフィが自分たちよりも遥かに格上というのは理解している。だからこそ数に頼り、赤の騎士団最強の魔法で挑んだ。一瞬ごとに力と速度を増していく騎士たちの波状攻撃――人数によって到達する「最高点」は変化するが、二十人もいればそれは個人でどうこうできるレベルを遥かに超えた連撃になる……だが、それでも倒す事はできなかった。
思い知らされた絶望的なまでの力の差だが……赤の騎士団は誰一人としてその差が正確にはどの程度なのかを理解できていなかった。
彼らからすれば圧倒的強者のマルフィに対し力の出し惜しみなどするわけはなく、持てる力の全てを出している。
だがマルフィからすれば圧倒的弱者の赤の騎士団に対し、本気など出すわけがない。絶望的と感じたその力はマルフィからすれば肩慣らしの準備運動――『ルベウスコランダム』が発動してから耐熱魔法を構築するまでの間は攻撃が通じていたように思われるが、そもそもの話、対処可能と判断したから戯れに攻撃を受けていただけで、それを脅威と感じていたのなら発動した瞬間かそれよりも前に「本気」で赤の騎士団を殺しにかかっていただろう。
要するにマルフィは終始手を抜いていたという事。考えればすぐにわかるこの事実だが、『灰燼帝』はフルトブラントと戦闘を始めたマルフィを見てそれに気がついた。
「ナンカ手つきがやらしいわね。オサワりしようとする変態みたいなんだけど。」
『軽く触れれば追えるようになるからな。私はここでお前とやり合うつもりはないんだよ。』
世間話のような軽いやり取りが聞こえるが目の前の光景は壮絶の一言につきる。マルフィの攻撃は糸による斬撃で、フルトブラントは水の触手による殴打と光線のような電撃。少なくとも両者がどういう攻撃を仕掛けているのかはわかるのだが、威力と技術の桁が違う。
それぞれの攻撃が当たらなかった――いや、相手によってそらされたりかわされたりした場合、その威力は周囲の木々へぶつかるのだが、マルフィの糸は一定範囲内の木々を煮物に入っている根菜ほどの大きさまで細切れにし、なおかつ空気をも切断しているらしく、散らばった木片は真空へ向かう空気の流れに引っ張られて団子状に固まっていく。そんな奇怪なオブジェクトを含め、木々を細切れ以上の状態――微塵に粉砕したり電撃で消し炭にしていくのがフルトブラントの流れ弾。
どちらも騎士――人間の基準で言えばここぞという時に放つ必殺技レベルの強力な一撃なのだが、それを普段使いの小技として応酬される状況。規格外どころではない、最早住む世界が違うと言っていい戦いだった。
「くっそ……」
悔しさよりもフルトブラントが来てくれたおかげでまた団員を失わずに済んだという事に安心している自分に苛立つ『灰燼帝』。勝てる可能性など欠片もないのではないかと思いつつもリベンジの為にマルフィの動きを少しでも見ておかなければと……茫然と眺めるだけの現状に少しでも理由をつけて歯ぎしりをしたその時、マルフィの身体が空中で跳ねた。
「ウウ、ハやい速い。イトヨりもずっと重いそれをアタシの攻撃と同じ速度で振り回すんだもの、流石よね。」
どうやらフルトブラントの触手を受けたらしく、右肩の辺りをポンポンと叩くマルフィ。太い木々を一撃で粉に変える攻撃を受けてもちょっと叩かれた程度の反応しか見せないマルフィに最早驚く気力もない『灰燼帝』だったが、初めてのヒットを出したフルトブラントはその触手をシュルシュルと縮めて袖の中に戻し、服装を直していた。
「エ、ホンとに帰る気?」
『私が早く帰りたいというのもそうだが、今はこれが最適。ヨルムのようなお前への個人的な因縁は私にはないし、ここで私が本気で戦うよりも明らかに勝率の高い方法があるからな。向こうにいるミノタウロスも気になるがお前を捕捉できればとりあえずヨルムに怒られる事はないだろう。そこの人間を殺すでも何でも、あとは好きにするといい。』
「ツレナいわねぇ。ソモソも今の一発でアタシを追えるってどういうこと? ナニカされた気がしないのは流石の魔法研究者って感じ? マァ、ベつにまた来てくれるっていうならいいんだけど……この時期ってスピエルドルフのイベントあったかしら? ソレトもイレギュラーな事態? アタシを放って行くほどって事は……あ、まさかアフィのお気に入りの――ってあら?」
あれこれ推測するマルフィだったが、答えを教える気が全くないフルトブラントはそれらの呟きを完全に無視し、いつの間にか姿を消していた。
「カエッちゃったわ……ひどい不完全燃焼。ヤッパりアフィに仲間に入れてもらってミノタウロスとやるしか……」
目線を建物の方へと向けたマルフィは、完全に興味を無くしていた赤の騎士団――『灰燼帝』を視界に捉えて軽く驚いた。
「マダイたのって感じだけど……へぇ、なかなか根性あるのね。」
悔しさと憤りを混ぜた表情で自分を睨む『灰燼帝』の少年のような身長に合わせるように、一瞬で目の前に移動したマルフィはしゃがみ込み、八つの眼で『灰燼帝』を見つめた。
「カテルわけないって理解してるけど復讐心は辛うじて燃えてるわね? ロクダい騎士団も伊達じゃないってことかしら。」
戦闘においては外見から下に見られがちな『灰燼帝』だが、この少年が六大騎士団の一つ、赤の騎士団『ルベウスコランダム』団長であると知ったならば、こんな子供をあやすような距離感で近づいてくる相手はまずいない。瞬間的な大火力で一秒とかからず消し炭にされるからだ。
だが間合いの内側、その気になればそんな火力を放てる距離にいるマルフィを前に『灰燼帝』は何もできず、ただその赤く光る八つの眼を睨み返すだけだった。
「イイワね……そんな九割方無駄になるだろうヤル気にチャンスをあげるわ。アタシたちと人間の間の壁を越えられるとすれば、人間よりも遥かに上手く魔法を使える魔人族の中でも「天才」と呼ばれる魔法研究者を見つけて教えを乞う事ね。サッキの魔法を強化するでも新しい魔法を覚えるでもいいけど、そいつの魔法はどれもこれもがアタシたちから見ても異常なレベル。タマタまそいつから魔法を教わってS級犯罪者にまでなった奴もいるくらいよ。」
仇からお情けに等しい「強くなる方法」を聞く。これほどの屈辱があるだろうかと拳を握りしめた『灰燼帝』だったが、この油断を突けばいいと、なお力強くマルフィを睨んだ。
「フフフ、そいつの名前……はちょっとアレだから、二つ名を教えるわ。マジン族だって事はバレてないけど人間の間でも犯罪者として指名手配されてるから。ミツケられるかどうかってポイントが一番の難関でしょうけど――アタシとやり合いたいならせめて『傲慢卿』から魔法を教わることね。」
その言葉を最後に、マルフィは轟音が鳴り響く建物の方へと跳躍してその場から去った。
「アラ?」
建物の近くに戻って来たマルフィは、壁と天井が吹き飛んでぽっかりとあいた巨大な穴の下でのんびりとお茶をしている四人を見つけた。
『戻ったか。』
「ナニコれ、どういう状況?」
『アフューカスと魔王殿の戦いを魔王軍幹部の方々と観ている。もう少しテーブルの近くに来た方がいいぞ。アフューカスの魔法から除外されるようにしている範囲は狭い。』
「! アフィったらガチの本気じゃないの。ソレハちょっとアタシも参戦ってわけにはいかなそうね。」
残念そうに肩を落としたマルフィは椅子に座り、アルハグーエがお茶を淹れるのを横目に三色のローブをまとった面々――魔王軍の幹部に目線を送る。
「サッキはよく見てなかったけど、さすが魔王軍ね。ツヨソうな面子が揃ってるじゃない。」
マルフィの言葉にライターが恭しく頭を下げつつ答える。
「魔王軍に所属する身であるからこそ貴女の強さもわかるというモノ。強者からの高い評価は嬉しい限りだ。」
「キョウ者ねぇ……気を悪くしないで欲しいんだけど、そんな凄そうなアタシは魔王の強さを見誤ってたみたいだわ。ショウじき、アフィとあそこまでやり合えるなんてね。」
五人の視線の先で戦う『魔王』ヴィランと『世界の悪』アフューカス。先ほど行われたマルフィとフルトブラントの戦いが高い戦闘技術の競い合いとするなら、こちらは純粋な力比べ。双方の戦闘技術が低いというわけではなく、拮抗するようなハイレベル同士であるからこそ力のぶつけ合いなっているのだが、傍から見れば小細工抜きの喧嘩であった。
「ふははははは!」
「あははははは!」
二人の楽しそうな笑い声が響く中、お互いの拳が届く至近距離で繰り出される徒手空拳。防ぐ、いなす、かわすといった防御の動きを全くせず、殴られながら殴り、蹴られながら蹴る――そんな滅茶苦茶ながらもシンプルな光景なのだが、じっと見ていると一つの違和感に気がつく、
アフューカスの手数と、それがヴィランの身体に打ち込まれた事で生じる衝撃音の回数が合わないのだ。
「ワガハイは魔王、並みの攻撃は意味を持たぬ! だがそっちの魔法もそんなものではなかろう!? そろそろ別の事をしてもいいのだぞ!」
「ひひひ、魔王様のご希望とあらばお断りもできねぇな!」
アフューカスがそう言った瞬間、アフューカスの動き――手足の挙動とは一切連動しない、まるで第三者がどこからか攻撃を割り込ませたかのようなタイミングで二人の間に爆発が起きた。目の前で突然発生した衝撃によって後方にとばされたヴィランは、直後直角に落下してその巨体を地面にめり込ませる。
「こういう事もできるのか!」
周囲の地面に亀裂が入り、陥没していく様子から察するにヴィランには真上からその身体を押し潰そうとする力が発生しているようなのだが、黒いオーラを身にまとったヴィランは何事も無く立ち上がった。
「ぶはは、すげぇなおい! 魔法――いや、その黒いのの特性か? もしくはただの馬鹿力か!?」
「当然、ワガハイの魔王力である! 魔法の系統で言うならば第十三系統の魔王の魔法であろうよ! しかし驚きだ、その力、第一系統の強化の魔法であるな!?」
「おお、よくわかったな! だが何も驚くところはないんだぜ? 強化こそが最強の魔法なんだからな!」
そう言ったアフューカスがパチンと指を鳴らすのと、それに合わせるようにヴィランが黒いオーラをまとった拳を突き出すのは同時で、何かと何かがぶつかった音が爆音として響き渡ったかと思いきやヴィランの背後の森が消し飛んだ。
「やるじゃねぇか! これを防いだヤツは誰以来だったか――十五英傑かあの熊野郎くらいな気がするぜ!」
「はっはっは、過去の何者もワガハイの比較対象には足らぬだろう! ワガハイは魔王なのだから!」
「……理解が追い付かないな……魔王様が言うのだからそうなのだろうが半径数キロを覆っているこの魔法が強化魔法だとは……」
『ほう、そこまでわかるとはいい眼だな。』
ライターの呟きにアルハグーエが感心する。
『本人も言っていたが、最強の魔法とはなんだという問いに対する答えは強化魔法というのがアフューカスの持論だ。最も簡単で、第十二系統の使い手を除き他の何を得意な系統としていようとも強化魔法だけは普通に使えてしまうゆえに軽く見られがちだが、他の系統とは決定的に異なる点が強化魔法にはある。アフューカス曰く、それは対象制限の無さだ。』
「対象? 魔法をかける相手という事か。」
『そうだ。第四系統の火の魔法であればその対象は火や熱、第十一系統の数の魔法であれば数値で表現できる事象。各系統には魔法をかける事のできる対象が決まっており、基本的に別系統の領分には干渉できない。火の魔法で水を操ることはできないというわけだ。』
「なるほど……そう言われると強化魔法は対象の幅が広い気がするな。基本的な使い方である身体能力の強化の他にも別の系統の領分……例えば火を強化して威力を上げたりという使い方をしている者もいるだろう。」
『その通り。有名な魔法使いも得意でない系統は強化魔法で底上げする事で他の系統を使えるようにしていた。強化魔法の応用性の高さは魔法研究者の間では昔からの常識だろう。』
「応用……応用した結果がこの魔法だと……?」
『少し違う。アフューカスの得意な系統が第一系統の強化の魔法というのは察しが付くだろうが、他の系統は欠片も使えない。才能が無いわけではないが本人にその気が無い。』
「強化魔法単体という事か……もしや『概念強化』の領域か?」
『その言葉を知っているなら話は早い。そう、正しくそれだ。本来……いや、多くの者がそういう使い方を一般的と考えているだけに過ぎないが、強化魔法は筋力なり頑丈さなり、強化する対象を指定して使用する。だが現状よりもより良い状態を等しく「強化された状態」と認識するならば、より強い自身をイメージして強化魔法をかける事で身体能力は勿論魔法技術から知能から発想力から、何から何までを強化できるはずであり、それは人体に限らず自然現象にも魔法で生じた現象にも、あらゆる事象に対して有効――これが『概念強化』なわけだが、アフューカスはこれを極めに極めたと考えてもらえると正解に近いだろう。』
「では今展開されているこの魔法は……周囲の空間を強化した、というところか……?」
『ざっくり言うとそうなるな。アフューカスを中心とした半径数キロ……まぁこの範囲は本人のモチベーションで乱高下するのだが、その範囲内ではアフューカスのイメージしたことが全て起こる。先ほどの格闘戦も自身の腕以外に無数の見えない拳を作り出して魔王殿を攻撃していたし、不意に生じた爆発も重力魔法のような押し潰しも全て等しく強化魔法によって生み出された現象だ。』
「滅茶苦茶だな……」
『その上一発一発の威力が並みではない。アフューカスの頭の中にはこの数百年で見てきた数多の猛者たちの技が記憶されていて、それらをそのまま、あるいは威力のみを再現し、オリジナルが一日に数発しか使えない大技だったとしてもこの魔法の中では使い放題となるがゆえ、見えない拳も一発一発がどこかの誰かの必殺技レベルの威力だったわけだ。』
「つまり……今魔王様はかつての英雄たちをまとめて相手にしているような状況なのか……これが『世界の悪』の強さ……」
信じられないという声色でそう呟くライターだったが、アルハグーエとマルフィは互いの顔を見てふふふと笑った。
「……? 何かおかしな事を言ったか……?」
「英雄たちとか、『世界の悪』を自称するアフィが聞いたらキレそうな表現だわって思ったのと、こんなのは序の口だからあれがアフィの全力とは思っちゃダメよ。」
『本気で戦っているのは間違いないが、あれはアフューカスが戦闘態勢になっただけだ。アフューカスを倒そうというのなら他人の力を自分の力として振り回しているだけの……言わば「小悪党」レベルのあれを越え、アフューカス自身のイメージによって生まれる「悪党」レベルの魔法を突破し、過去数えるほどしか使っていない最凶の「大悪党」レベルの必殺技を乗り越えて、ようやく『世界の悪』を討伐できるのだ。』
正直現在展開されている魔法が神の領域と言ってもいい代物だと思っていたが、それよりも上があると知らされてライターは目を丸くした。
「マ、サイきんじゃあこのお手並み拝見状態すらクリアできない奴ばっかりで退屈そうだったから、『魔王』は久しぶりに骨のある相手って事でだいぶ楽しそうね。アフィとガチでやり合える相手なんてアタシか女王様くらいだと思ってたけど、この調子なら『魔王』はアフィの次の段階とも戦えそうね。」
「なるほど、ワレが無視されるわけだ。」
桁違いの力を持つ二人の楽しそうな激闘を眺めながらの会話に不意に加わった声。見ると背中をピンと伸ばし、クリーニングしたてかと思うほどにパリッとした白衣を着た老人がテーブルの方へと近づいていた。
「アッハ、追跡用の魔法を打ち込まれ本人のクセにガン無視されてる奴の登場ね。」
「やかましい。まぁ、『バーサーカー』ならともかく『魔王』のお越しとあっては現状で良かった良かったの結果だが……こうなるとここの仕組みからして『バーサーカー』がやって来るのはまた別の機会という事になるな。」
「アラ、ゴ希望なら招待したっていいのよ?」
「自分から面倒事を呼ぶ趣味はない。」
紳士のような姿勢の良さで椅子に座った老人はぽっかりとあいた天井を見上げる。
「ヒメサマがご機嫌なのはいいが、これはどうするのだ? ここを建てた者はもういないのだろう?」
『確かに『立体図面』は既に死んでいるが、弟子がいたはずだ。どうだ、マルフィ。』
「イルワね。ウデハあるけどS級どころか二つ名の一つもついてないわ。ザビクと同じ、隠れる悪党ね。」
『アフューカスと相談だな。』
そろった面々の素性やしてきた行為を考えれば恐ろしい顔ぶれだが、闘技を観戦しながら世間話をするような光景を見て、その遥か上空にいたフルトブラントは手元に展開していた魔法陣を閉じながら呟く。
『偶然とはいえ、マルフィだけでなく今後ロイド様の未来の障害となりそうな悪党連中を見つけられたのは大きい。『世界の悪』とやらも含め……少し騒がせてもらおうか。』
騎士物語 第十二話 ~趣味人~ 第四章 魔王の訪問
『パペッティア』の話から魔王とアフューカスのお話へ向かい……主人公は出て来ませんでしたね。
ですが長いこと書いていなかったアフューカスの力が一部ですが判明しました。過去の彼女の行為の描写ともズレはないはずですが……しかしこれどうやったら勝てるのでしょうね。
さて、これまで魔人族に皆さんが圧倒的に強いのでその戦いは大体魔人族同士の戦闘になっていましたが、ここでその力の差を埋められるかもしれない人物が登場しました。『傲慢卿』とは何者なのか気になりますが……次はそろそろいい加減主人公が出てくるはずです……