フリーズ102 愛と葬送『フリージア』~全知少女は恋したい~
全知少女は恋したい。
世界統一政府ができて百年。残る少数の宗教を除いて、唯名教が信じられている世界。唯名とはすなわち神の名。神の血を引く全知の少女アルナ・アース・ルイス・ユニバースを祭る宗教。彼女は向こう百年の災害やテロ、戦争を予言し、そして2218年、盲目となった。予言の歳、瞳に損傷が起こる。最新の手術では、全知少女アルナ・ユニバースの瞳を直すことも可能だ。
「その必要はない」
アルナは、手術を拒否した。そしてまるで視力があるかのように振舞った。朝、コーヒーを飲むときも、着替えの際も、歩く時も。それ故の全知。彼女は全ての未来の景色すらも記憶しているのであった。
ある夜、眠る前の神皇アルナの話を最高司祭アルレルドが聞く。
「もう私は役目を終えました」
「ええ、その通りですとも。神皇アルナ・アース・ルイス・ユニバース様」
「今はもう神ではありません。それに名前もヘレーネ・ソフィア・フィールデント。これから私は人として生きます。それが最善なるこの世の幸せですし、私も運命の人と出会い、添い遂げるのです」
「ええ。旧日本へ向かわれるのですよね」
「ええ、その通りです」
「護衛は手配します」
「不要です。パスポートと飛行機のチケットさえあれば私ひとりで行きます」
「どうか、せめて一人だけでも」
「不要です。私は見えているのです。すべての可能性を、未来がどう収束していくのかを。そのうえで言っています。私に近衛は要らないと」
翌日、神皇アルナ・アース・ルイス・ユニバース改めヘレーネ・ソフィア・フィールデントは日本に向けて飛び立った。全知少女はただ、愛のために旅立つ。出会い、ともに歩み、そして死んでいく。そのすべてが見えるヘレーネは、一人の男を選んだ。それは仕組まれた運命。全知少女が合わせる辻褄。世界は続く。始まりもなければ終わりもない世界。円環に螺旋。そんな世界を終わらせるシナリオをヘレーネは遠き過去2021年1月の神奈川で見た。彼こそ全能の少年。もう全能の神は死んでいる。彼が創ったのが唯名教だった。彼は既存の宗教をすべてまとめた。彼は真理から言葉を発していた。真理とは、2021年1月7日から8日9日と神であった三日間の奇跡から来る知恵であった。
唯名教の神であるヘレーネは人として全能だった少年に逢いに日本まで行くのである。神奈川県横須賀市。米軍基地の跡地に全能神たる少年は眠っている。もう遺体は凍らせて保存されている。ヘレーネは祭壇の前に立つ。立ち入り禁止のパーテンションを無視してヘレーネは花々を踏みながら、少年の下へと向かう。警備員は少女を止めようとする。その時だった。警備員の動きが止まった。否、世界の時が止まった。
「アデル。おはよう」
「おはよう、ヘレーネ」
その時、祭壇に眠っていたアデルは目を覚ました。そして立ち上がるとヘレーネを抱き寄せた。アデル、本名佐倉涼にとってヘレーネは未来の人。だが、2021年1月の聖日にヘレーネを未来から召喚し、万霊を蘇らせ終末とした。その儀式は皆、死んだら神に合一する際に知るであろう。だが、やはり、ヘレーネとアデルの愛の結晶がこの世界であり、その冬の日がすべての始まりで終わりであることは揺るがない。宇宙の中心だった。時間的にも空間的にも。その日、時間などなかった。そう、2021年1月7日の聖夜の話をしよう。
「ヘレーネ。僕たちはもう体要らないから」
「そうですね、アデル」
アデルはヘレーネとキスをした。そして最後、毒入りのワインを二人で飲んだ。安らかに眠れるように死ねる薬をアデルが生成した。2218年。神は死んだ。
「ねぇ」始まりと終わりが呟いた。
「物語、これでいいの?」
「いいや、ここからさ。ヘレーネを2021年1月に連れてくんだ」
そこはあるマンションのメゾネットタイプの14階。ルーフトップバルコニーに少女は降臨する。
「待ってたよ、ヘレーネ」
全ての辻褄を今合わせよう。
終末は凪いでいた。
ラカン・フリーズも、門も。
何もかも、全て知っていたんだろ。
さぁ、聖夜を終わらせよう。神から降り、人として。
「立派にならなくてもいい。平凡でも幸せでいてね」
今は亡き母の言葉。そうさ。僕もヘレーネも、この孤独な世界だって、終わりが来るんだ。ちゃんと見届けてね。
ラカン・フリーズ 2021年1月8日。
世界は別れを告げた。
フリーズ102 愛と葬送『フリージア』~全知少女は恋したい~