魔法の町とりゅうとひとみ

 そこかしこが電飾で飾り付けられると、それがお祭りの合図だ。
 冬の間、この町はよそとの行き来が困難になる。バスや列車は時間通りに来ることなどないし、雪そりに子供だけで乗るのは禁じられている。
 閉塞感や寂寥感を紛らわせるためか、お祭りは大昔から続いているらしい。しかし、相変わらずどんよりした雲は煤を混ぜたように黒く濁って、僕の気分まで同じ色に染めようとしてくる。
 寮内は心なしか普段より静かだ。ルームメイトも朝食が終わるとすぐにマーケットへ行ってしまった。この町では珍しく、魔法禁止のスポーツ大会があるのだと言っていた。いつも当たり前にあるものが使えない、そこがゲームを盛り上げるのだと。僕を誘ってくれたけれど、委員会の仕事があるからと断った。……本当の理由を察したのか、彼はそっか、と曖昧に笑っていた。
 自分の部屋にいてもやることは特にない。早めに図書室へ行くと灯りはついておらず、どころか暖房器具も全くついていない。僕の担当時間は昼だ……朝当番のやつ、さぼって遊びに行ったな。
 部屋の数か所に設置されたストーブを点けてまわる。地下のボイラー室とつながっている管の元栓をひねると、ほどなくしてカンカンと音が鳴り始める。魔法がない町でも同じようにストーブを使うと読んだことがあった。魔力の代わりに石炭や重元素のガスを使って。いつか、実物を見てみたい。
「―寒いですね」
 息が白くなる温度の、静まり返った部屋で。独り言でも良いから言葉がないと、気持ちの蓋がぱかりと開いてしまいそうだ。
 お祭りに行きたくないわけじゃない。本当は、皆と一緒に楽しみたい。小さい頃は出来ていたことなのに、今ではもう、かなわないことだ。
 悲しい。悔しい。つらい。
「……駄目だ、駄目だ」
 ぬるいストーブの真正面に座り込んで手をかざした。深呼吸をする。右手の甲をじっと見る。皮膚のしわの一本一本を見る。ほどなくして袖口から変化は始まる。一瞬で湖を凍らせる魔法のように、太い根を張った植物が大地を割るように。爬虫類のものに似た鱗に、自分の手が覆われていく。中指の付け根に到達すると、指先までぐるりと尾を巻きつける形でそれらは変化を止めた。
 ヒトの肌とは似ても似つかない色と硬さをもった鱗で全身を覆うこと。これが僕の魔法だ。
 魔力をコントロールすればある程度は抑えられるが、感情の起伏が激しくなると抑えきれなくなることもある。嬉しくても悲しくても、僕は自分の力をコントロールできなくなってしまうのだ。
 寮で共に過ごす皆は気にしないでいてくれる。だけど町の人達はどうだろう。……気味が悪い、きっと悪魔の使いを宿しているのだと、以前投げつけられた言葉はまだ心に突き刺さっている。色々な魔法を持つ人がいるのだ、そんな風に思う人ばかりではないと分かっていても。僕は町に行くのが怖くなっていた。
「……ったけー。ストーブってこうして点けるんだな。ありがとう」
「どういたしまして…………えっ?」
 いつの間にか隣に人がいた。
 コートに手袋、マフラー姿。いつからここにいたのだろう、全身をかたかた震わせている。こちらを向く青ざめた顔は、淡い橙色のレンズの眼鏡をつけている。話したことはないがよく知る顔だ。同級生の中でほぼ常に成績トップ。講師からの信頼はあつく、強い魔法の扱い方にも長けているという彼だ。
「いつからここにいるのですか? 寒かったでしょう」
「朝日より早く。ここ、鍵がかかっていなかったよ。休暇中だから緩みがあるのも仕方がないか。寒いのは……ぎりぎり、我慢できる範囲だ」
「……どうして」
 読みたい本があり、開館まで待ちきれなかったのだろうか。人が少ない時間を選ぼうとしたのだろうか。彼は構内でもかなり目立つ。図書館へ足を運ぶだけでも「見物客」が集まってしまうだろう。
「おそらく君と同じ理由だ。君、ドラゴンの子だろう?」
「……一部の人からはそう呼ばれていますね」
 彼の視線が僕の手に落ちている。ストーブの前から両手を引っ込めて、ジャケットの上着のポケットに隠した。
 僕や彼は、年齢のわりに早く魔力が発現した。そのためどんな魔法が使えるのか注目されることも多い。僕の身体じゅうに広がる鱗のさまから、僕をドラゴンの子と称する人もいた。
 その言葉が祝福なのか呪いなのかよく分からないし、今はまだ、分かりたくない。
「ですがあなたの魔法は、身体変化が主ではないでしょう」
 彼が使うのは、魔力を可視化させる魔法だと聞いた覚えがある。いずれは他者の魔力操作も行えるようになる、強い魔法だと。いつもかけている眼鏡も、魔力の抑制に一役買っているらしかった。
「……祭りに行けない理由はなさそうですが」
 誰かに誘われるのも、誰かが楽しそうに帰って来るのを見るのも嫌だから。好きな本に囲まれて一日を過ごしていようと思うのは僕だけだろうと、思っていたのに。
「そうではなくて。魔法が上手く使えても使えなくても、俺は町が怖いよ。町の皆の目が、怖い」
 彼はコートにうずまり、足先と手先をストーブへより近付ける。辛うじて見えている口元は、先程より血色が良くなっている。
「俺のことを、町の人はあの家の子って見るから」
「…………あ」
 彼は、僕とは違う意味でも目立って―悪目立ちしているのだった。
 彼の実家は、この町の外でも有名な会社を経営している。一方で、彼の年上のきょうだいが町のあちこちで悪い商売をしているというのも、町の人の多くが知る話だった。
 どちらの事実も彼自身にかんするものではないが、彼を値踏みする視線を作り、突き刺す。僕もついさっき、自分の想像で彼を評価した。
 何も返せずにいると「誰かが必ず土産話をしてくれるから、それが楽しみなんだ」と彼は笑った。気を遣わせてしまったのは明らかだ。
「ですが、その……行かなければ体験できないことも沢山あるでしょう」
 小さい頃の記憶を掘り起こす。くじや射的の屋台も、きらびやかな電飾も、ほんの短期間だけ広場に現れる、回転木馬や小さなローラーコースターも、どれも楽しかった。今同じものを前にしたら子供じみていると感じるかもしれない。それでも僕は前のように、またお祭りへ行ってみたい。
「君はどうですか。お祭りでやりたいことはありませんか。言ってみて」
「……不毛なことはしないよ」
 想像すら無駄だと、彼は笑う。「今日はここで過ごすって決めたんだ」
「僕もそのつもりでしたが、……気が変わったんです。夕方になれば当番も交代ですし、少しだけ……のぞきに行こうかと」
 怖い気持ちが消えたのではない。しかしそれより強く、行きたいと思ったのだ。できることなら寂しく笑う彼も、一緒に。
 そんな顔をして、本心を隠せていると思っているのか。彼にぶつけたいその問いは、実のところ、自分へ向けたものだったかもしれない。
 魔力が発現してから外出はしていない。それでも、それだから―この機会を逃してはいけない気がした。
「まだ残っていて、午後から行こうとしている人もいるでしょうし、会場にも知っている子はいるはずですよ」
「あぁ、彼らを誘うのも良いと思う」
「僕は―君を誘っているのですが、ヒース」
 名前を呼ぶと、彼は背筋を伸ばしてコートから顔を引き上げた。レンズの奥の目には、驚きの色が光っている。
「決して無理強いはしません。もし、良ければ……です」
「……」
「君には君の事情もありますし―」
「―店が」
 小さくこちらへ身を乗り出して、彼は呟いた。
「行きたい店があるんだ。チョコレートの専門店。この時期だけ売ってるお菓子があって」
「では、一緒に買いに行きましょう」
「良いのか?」
「良いも悪いもありません。……僕の当番が終わってからになりますが」
「構わないさ。俺も何か読んで待つ」
 立ち上がりヒースへ手を伸ばす。彼はしっかりとこちらの手を握った。
「貸出カウンターの椅子の方が、地べたよりよっぽど座り心地が良いですよ。あまり人も来ないでしょうし、使ってください」
「そうするよ。……フェン、君は? 祭りで何を?」
 名前を知られていたことに、驚きと嬉しさを感じつつ。僕は「そうですね」と目の前の本棚をちらりとながめた。
「本では得られない、楽しさを」
 なにぶん、本の虫なもので。そう付け加えると、橙色に染まった目は細く、三日月の形をとったのだった。

魔法の町とりゅうとひとみ

冬のマーケットってわくわくします。
これの本編はこちら→ https://slib.net/117952

魔法の町とりゅうとひとみ

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-11-19

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