掌編集 9

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81 名言集

「どこかで読んだような、観たような……」
「こういうの、あったな。ほら、布施明と結婚した……」
「オリヴィア・ハッセー」
「なんとかストーリー」
「あれのオマージュだか、リスペクト作品」
「これは……このタイトル、野暮ったくない?」
「栗田君と芋山さん。ロミオとジュリエットみたいでいいじゃない」

名言
芋山さん編

「ああ、栗田くん、栗田くん。どうしてあなたは栗田君なの?」

「私は芋山の名を捨てましょう」

「私の敵はあなたの名前」

「ああ、なにか別の名前にして」

「バラと呼ばれるあの花は、ほかの名前で呼ぼうとも、甘い香りは変わらない」

「栗田君、その名を捨てて。そんな名前はあなたじゃない」

「名前を捨てて私をとって」

「来て、やさしい夜。来て、すてきな黒い夜、私の栗田君をよこして」

栗田君編

「まことの美を見るのは初めてだ」

「向こうは東、とすれば芋山さんは太陽だ!」

「哲学で芋山さんが作れますか?」

「わが恋人に乾杯!」

「もしも あなたの愛が得られぬなら、いっそ命を終わらせるほうがましだ」

「恋は どんな危険もおかす」


【お題】 栗田君と芋山さん

82 別れたわけ

 仕事から帰り、隣の部屋の前を通る。まだ5時前なのにいい匂いがする。夕飯は肉じゃがか?
 ああ、俺も食べたい。食べたかった。
 妻の手料理というものを。

 四つ年下の女と結婚した。彼女は高校を卒業したばかりだった。
 妊娠させたから責任を取った。まだ子どものような母親だったから、自分も育児休暇を取って協力した。
 育児は大変だから自分が食事の支度をした。
 娘はかわいかった。自分に似て。 

 仕事に戻ったが、妻はなにもできなかった。夜勤から疲れて戻っても菓子パンとカップラーメン。早番の朝は起きてこない。職場で菓子パンを食べた。

 早番の時は自分が作った。料理を教えたが、妻は作る気がない。せめて遅番の時くらい作って欲しいと頼んだが、だめだった。

 何度も喧嘩した。
 妻の家はずっと単身赴任で女ばかりの3人姉妹。義母も料理をしなかったから、そんなものだと思って育ったという。
 
 仕事で疲れ、別れを口にした。
 それでも妻は変わらなかった。
 娘がかわいかったから悩んだ。
 悩んだが別れた。
 妻は娘を連れてサッサと実家に帰った。

 コンビニで買ってきた弁当を温め、洗濯機を回す。
 別れる前と変わらない食生活だな。
 ああ、妻は洗濯だけはやっていたな。

 明日は雨か。
 明日は娘の七五三。7歳のお祝いだ。
 せめて、大きな傘を用意しよう。それくらいしかできることはない。


【お題】 隣の家から漂うおいしそうな匂い

83 その匂いは

 隣の家に不幸があった。奥様が亡くなった。ずっと入院していた。
 ご遺体が戻ったのだろう。
 親戚が出入りしていた。奥様の姉妹だろう。こちらは会釈してきたので、少し話した。通夜は明日。線香くらいと思ったが、やめておいた。
 
 ご主人は忙しいだろう。食事はどうするのだろう? などといらぬ心配をしていたら、いい匂いがしてきた。
 さっきのお姉さんが、ありあわせの材料で作っているのだろう。
 しかし、それは、その匂いは?

 不幸があったのにカレーとは。手っ取り早いが。ちょっと違和感。

 やがて、大声が聞こえた。
「ねえさん、なにやってるんですか?」
「カレーがあったから」
「もう、いいですから、やめてください」

 弔問客はカレーの匂いの中、悲しみに浸っていた。


【お題】 隣の家から漂うおいしそうな匂い

84 隔世

 息子の笑い声が懐かしい。聞いたことがある。 

 息子の顔は私に似ているらしい。お嫁が初めて会ったとき、そう思った、と。
 目とか鼻とかではなく、頬や額……娘たちには言われない。初対面だと感じるらしい。そっくり……と。

 歳を重ねるほどに息子は似てくるのだ。私の父に。ちょっと、いやだな。
 笑い方や話し方が、なぜ似てくるの? 一緒に暮らしていたわけでもないのに。

 父には晩年面倒をかけられたから、思い出したくないの。あんな酔っ払い。
 母に先立たれ、あなたが生まれても悲しみを癒すことはできなかった。酒に逃げ、娘ふたりにどれだけ面倒をかけてくれたことか。

 ひとり暮らしになった父は、朝まで酒を飲み、仕事もなくした。
 酒だけ飲んで栄養失調。
 私は幼い子をおんぶに抱っこで大変だった。
 早く死んでくれ! と何度も思った。
 しぶとかったけどね。

 でも、似ているのは声だけでよかった。
 息子は酒もほどほどだし、家族思い。働き者。

 あら、父もそうだった。母が生きている間は。 
 私もこの頃、封印していた父のことを書いたりしている。キャラクターを登場させたりしている。

 昨日も夢に出てきたのよね。
 また、娘の私に怒られていた。

 父は幸せだった。なにが幸せだったかって……優しい娘がいたことよ。
 
 

85 なにかいる

 ひとり暮らしを始めた長女は、念願の犬を飼いルンルン気分……かわいいオスのトイプードル。

 ところがひと月もしないうちに、引っ越すと言い出した。
「なに言ってんの? 敷金礼金、ペットもだからひと月余分に取られてるのよ」
「だって、だって、なにかいる。夜中にコロンが吠え出すの。なにかに向かって。怖いよ。絶対なにかいる」

 狭いマンションに成人した娘と息子。高校生の娘。ただひとつの個室は長男がずっと占領していた。
 娘たちは電話をするときは外に出る。

 長女はもう、次の引越し先まで探していた。
 冗談じゃないよ。敷金礼金、誰が出したと思ってんの? 

 しかし、娘の決意は堅かった。ひと月で出たら、敷金礼金はどうなるの?

 そうだ、長男に住まわせよう。長男こそ家を出る頃だ。
 母は長男を丸めこみ、追い出した。
 なにかがいるかもしれない物件に。

 息子は仕事が忙しい中、少しずつ荷物を運び、毎晩実家で夕飯を食べ、風呂に入って帰って行った。
 なにかがいても平気らしい。疲れて熟睡。

 だが、やがて、来なくなった。
 母は、息子の借りている部屋を見に行った。ポストはあふれていた。宅配の再配達用紙が何枚も入っていた。
 ベランダにはタオル1枚干してない。

 携帯は鳴っているが出ない。
 なにかあったのでは?

 何度もかけて、ようやく夜遅く連絡がきた。
「釣り竿頼んだけど、仕事が忙しくて帰るの夜中。そっちに届けてもらうからお金立て替えておいて。6万円」

 釣り竿を取りに来た息子は、痩せ細り顔色も悪くなっていたが…… 忙しくて寝不足。

 やがて、彼女ができ、部屋に出入りするようになり、半同棲。
 子どもができて、結婚した。
 めでたしめでたし。

 このお嫁さん、大きな地震でも起きないらしい。今は、海辺の街にいる。息子は釣船のキャプテン。 

86 いい人生だ

「おい、おまえ、6年前のオレよ」
「なんだって? じいさん、変なこと言うなよ」
「ゴルフばかりやってるからこうなったんだ」
「ボケじいさんか。素振りばかりして。なんで打たないんだ? 金がないのか?」
「おい、おまえ、年金いくらもらえるか知ってるのか? 貯金いくらあるのかわかってんのか?」
「家のことは妻任せだ。しっかり者だから、貯金は……しているだろう。こんなに働いてるんだ」
「ばかだな。計算できないのか? マンションのローンに子どもの結婚、次々孫ができて、どれだけかかったか? それに、車何台買い替えた? 見栄っ張りで気前はいいが、女房の気持ち、考えたことあるのか?」
「……」
「今から考えとかなきゃだめだぞ。退職しても、家にいたらうんざりされるぞ」
「オレは辞めたらもう働かないぞー。こんなに働いたんだ。もういいじゃないか」
「ああ、退屈だ。退屈地獄。仕事してたほうがよっぽどマシだった」
「オレはやめたら絵でも描いて、釣りに行って、ゴルフも続けるぞ」
「そう思ってたんだけどな。とんでもない。女房と大喧嘩。40年分の不満ぶちまけて、別居する金もないから、家庭内別居。口も利いてくれない。めしも作ってくれない」
「……」
「子どもたちは怒って孫にも会わせてもらえない。体はボロボロ。薬のせいで痩せていくし、力も出ない。気力もない」
「風呂くらい入れよ、じいさん」
「あんたは、いいもの着てるな」
「妻はセンスがいいからな」
「見捨てられた途端にこのザマだ。おい、日本酒はやめたほうがいいぞ。酒癖悪くなるからな」
「あんた、ほんとにオレの6年後か?」
「ああ、こうならないように、今から考えておくんだな。1番大事にしなきゃならないのは女房だぞ」
「……花でも買っていくか」
「捨てられないように頑張ってくれよ。洗い物くらいするんだ」
「そうだ、一緒にゴルフをやろう。老後同じ趣味があれば大丈夫だ。よし、クラブを買ってやろう。オレのも買い替えよう」

87 ローズマリーの赤ちゃん

『ローズマリーの赤ちゃん』は、アイラ・レヴィンの小説を原作とした、1968年制作のアメリカのホラー映画。

 血や死体といった直接的なスプラッタ描写をほとんど用いず、サスペンスのみで恐怖を生み出していく。
 人間の心理を巧みに演出した恐怖映画。

 徐々に追いつめられていくミア・ファローの演技も見事だ。ストーリーの細部についても物語の序盤から伏線が巧みに張られており、2度3度観ても新たな発見がある作品に仕上がっている。

 また物語の内容に負けず劣らない曰くつきの映画としても知られている。

 本作の撮影はジョン・レノン、オノ・ヨーコ夫妻が住んだことで有名なダコタ・ハウスで行われた。
 つまりこのアパートの前でジョン・レノンはファンによって射殺された。
 
 プロデューサーのウィリアム・キャッスルは、悪魔崇拝者とされる謎の人物から
「苦痛を伴う病気を発症するだろう」
という手紙を受け取った後で腎不全を起こした。

 映画公開から半年後、音楽を担当したクシシュトフ・コメダは、屋外パーティの最中、脚本家だったマレク・フラスコにふざけて突き飛ばされて崖から転落し、脳血腫を起こして昏睡状態となった。
 担ぎ込まれた先の病院はプロデューサーのキャッスルが入院した病院であった。

 コメダは翌1969年4月23日に37歳で死去。結果的にコメダを死に追いやったフラスコは、コメダの死のわずか2か月後に35歳で謎の死を遂げた。

 映画公開から約1年後、ロマン・ポランスキー監督宅がカルト教団に襲われ、監督の妻だった女優のシャロン・テート、ヘア・スタイリストのジェイ・セブリング、監督の親友ヴォイテック・フライコウスキー、その恋人のアビゲイル・フォルジャーが惨殺される「テート・ラビアンカ殺人事件」が起きた。
 亡くなったシャロン・テートも劇中のローズマリー同様、当時妊娠8か月の妊婦だった。

『ローズマリーの赤ちゃん』の恐怖。
 ク、ク、ク。 

88 太ったり痩せたり

「最近どう? 痩せた?」
「……」
「また太ったの?」

 次女が……◯十キロ越え……だそう。
 痩せようと思えば思うほど太っていく。 

 高校時代は自転車で片道1時間通っていた。背はあるし、腰の位置が高かった。皆に羨ましがられたのに。
 卒業してからは、毎年水着を買っていた。ビキニを着て夏を楽しんでいたのに。
 紳士服店に勤めていた時は、客に褒められた。
「あなたがいちばんきれいだね」
と。

 今の旦那と付き合ってから、太り始めた。
 相手は100キロ越えの食べることが大好きな男。 
 2人で食べ歩く。
 スーツは入らなくなる。顎は二重に。

 同棲して、子どもができた。結婚式はあげなかった。
 だって、ウエディングドレスなんか入らない。
 子どもが産まれたら、痩せて、子連れの結婚式を……

 そう言いながら、会うたび太っていく。
 ここまで太るものなのか?
 まだまだ太るものなのか?

 義兄がかつて90キロあったという。
 運動不足に野菜不足。行き着いたのは高血圧、糖尿病、人工透析、心臓病。

 背を考えたら、義兄よりも太っているのではないか?
 太っていても、出歩くのは好きだ。旅行も好きだ。おしゃれもする。ネイルもする。美容院もしょっちゅう行く。友達も多い。

 実家に来るとゴロゴロしている。夫が孫に言った。
「◯◯、カイジュウが起きたか見てこい」
「あれはね、カイジュウじゃないの。◯◯クンのママなの」

 孫がかわいそうだ。今は、まだいいが。
 いずれ、気にするのでは? 言われるのでは? 
 
 どうにかしてあげたいが、勉強と同じ。この娘は勉強もしなかった。いくら親が怒っても、おだてても、やらなかった。

 小麦粉抜いたり、プール行ったり、いろいろやってたようだが、やればやるほど太っていく。

 ︎

 夫が痩せていく。次女が里帰りのとき、最高に太っていた。義兄ほどではないが。こちらも、高血圧、心房細動、尿酸値も高い。塩分制限実施中。
 
 ついに出された薬が、ダイエット薬だそう。
 仕事も週に4日、スーパーの品出し。男だから重い飲料をやらされる。重労働で少し痩せたところに、このダイエット薬。 

 痩せた。身長マイナス100くらいに。8キロも痩せた。
 ズボンがゆるくなり買い替え。

 欲しい。その薬。
 先生に言ったら笑っていただけだとか。
 こっそり飲むのは……やはり怖い。
 でも、調べたらネットで販売していた。危なくないの?

89 お手上げ

【お題】 歌舞伎町、拳で成り上がれ!!

 今回のお題はお手上げです。拳を上げます。難しいお題を出すと殴りますよ。

 いえいえ、拳を握ったのは、緊張したときと怒りを抑えたときだけで、殴ったことはありません。気が弱いので出世しませんでした。

 そうそう、拳といえば、この歌。

〜拳を上げる人々と、手を合わせる人々が、言い争いをしている間に〜
〜ほらごらんなさい。のら犬のかあさんが、かわいい子犬を産みました〜

 これだけでも著作権侵害になるのでしょうか? だったらお許しを!

 今は亡き、河島英五の『てんびんばかり』でした。

 ︎

 もうひとり、私の好きな岡林信康さんは1975年演歌に開眼し、『月の夜汽車』を作詞・作曲した。
 美空ひばりさんの関係者を経て、本人の知るところとなり、レコーディングが実現した。

 岡林さんは初対面でひばりさんに、
「あんた、ヒゲそったら? あんた、ヒゲそったらいい男になるのに」
と言われたという。

 スタジオで出会ったふたりは意気投合し、親交を深めた。

 ふたりは、新宿ゴールデン街(歌舞伎町1丁目)で大勢の仲間と共に酒を酌み交わす等の交流が続いた。
 岡林さんも酒には強かったが、ひばりさんと比べると子どものようだったという。

 ひばりさんは
「流しの歌に合わせてバンバカバンバカ歌った」
ため、岡林さんは、
「止まらなくなって心配した」
 当然の成り行きとして、
「まわりから人が押し寄せてきて通りも人があふれて、最終的にはパトカーが来た」

 岡林さんは、
「僕らパトカーが来る前に脱出した。来てたら僕たち2人、新宿警察署に引っ張られてた」
と、危機一髪の脱出劇を回想。

 また、歌手として
「うまいとかってレベルじゃなくて、みんなが脂汗流して必死になってる歌を、鼻歌のように歌えるんですね」
とひばりさんの偉大さを指摘し、
「悔しい…」
とつぶやいていた。


https://www.daily.co.jp/gossip/2018/09/19/0011653910.shtml?pg=2#google_vignette

90 転がる石

 1998年夕方、急な坂をジョギングしていたら、坂の頂上にピンクのスーツを着た、髪の長い女が後ろ向きに立っていた。

 ああ、待っていたのか、俺を?

 近づくと、突然女の首が180度後ろに倒れ、体は前を向いたまま、俺を目掛けて走ってきた。

 あれは……都市伝説の坂道の女!

 坂の上から、スーツを着た女が何人も追いかけてくる。凄いスピードだ。
 
 だんだんせまってくる。
 俺は恐ろしくなって一目散に逃げた。坂道を転がり落ちた。 
 

 声が聞こえてきた。

「かつて、あんたはいい身なりで、ホームレスに金を投げつけていた。
 言われただろ?
 今に痛い目みるぞ、って」

 振り向くと、スーツ姿の女たちは消えていた。
 俺の住んでいた街も消えていた。
 豪華なマンションも。
 
「良い学校を卒業したんだってね、でもわかっただろ、あんたはおだてられていただけさ。
 路上での生き方なんて誰からも教わらなかったが、あんたは今、その生活に慣れなくちゃいけない」

 そこは、古い町並み。スマホもつながらない。車も走ってない。
 季節も違った。
 寒い。寒い。木枯らしが舞う。

 俺は歩いた。食べ物を求めて。
 道行くものは軽蔑した目で俺を見た。
 かつて俺がそうしたように。小銭を投げつけてきた。見たこともない硬貨だ。

 やがて教会が見えた。
 俺はようやく古びたコートと、粗末な食糧にありつけた。


【お題】セレブ生活に明け暮れた俺が、転生したら超貧乏

掌編集 9

掌編集 9

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-11-17

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  1. 81 名言集
  2. 82 別れたわけ
  3. 83 その匂いは
  4. 84 隔世
  5. 85 なにかいる
  6. 86 いい人生だ
  7. 87 ローズマリーの赤ちゃん
  8. 88 太ったり痩せたり
  9. 89 お手上げ
  10. 90 転がる石