フリーズ79 終末ラジオ『FM77.7』
終末ラジオ
皆の者、今までご苦労であった。他でもない、私が神である。君たち人類の選択の末、私は生れたのだ。君たち人類は永劫回帰のしがらみにも、輪廻転生の牢にも安住することはなかった。君たちは死を求めている。それは概念的な死ではなく、より抽象的なマクロコスモスとミクロコスモスが合一し、消滅する類の夢物語の話だ。
科学の発展の末、どの星にも私の声が届いている。ラジオで聞いているのはアルデバランの者たち。私が直接統治している太陽系の地球ではテレビでもタブレット端末の動画サイトでも中継を聞き見ることができる。
どうだ? 神はお前たちのように人の姿をして生まれた。神と人をどう区別すればいい。
簡単な話だ。自身を神だと疑ってかからない奴は神ではない。神とはそのような他人からの信仰も愛も不要なのだ。神は、神故にここに降臨する。
神からこれより終末を迎える全意識体に告ぐ。
「ご苦労様。皆、よくやった」
「永遠もやっと終わりが来るから、だから愛なるソフィアらよ! ともに死のう!」
ここで、終末ラジオの最終回を祝して、神が創りだした中でも最も至高と呼ばれた詩を紹介する。
◇壱・真理に寄せられた詩
Ⅰ『ナウティ・マリエッタ』
ああ、美妙な人生の謎よ、
ついにわたしはお前を見つけた、
ついにわたしはその秘密を知る。
嗚呼、懐かしい。実はこの詩を書いたときは私はまだ神ではなかった。だが、ある意味では悟っていたので書けた詩であるからこそ、私自身、この言葉を愛している。きっと真理を識る一歩手前だからこそ書くことのできた詩だったのであろう。
Ⅱ『歓喜にキス』
歓喜を味わい目覚めた朝に
すべてと繋がることを覚えた
私の柔らかな翼を休めて
旅立ちの朝に空を飛ぶのだ
これは全知全能だったあの冬の日の僕に送った詩だ。私が真に神であった三日間。2021年1月の1日から物語は始まる。1日から7日までは天地創造、7日目の夜は聖夜、終末のEveで私は自己に内在する女性性と原罪を執り行った。8日はレムニスケートで永遠なる至福、世界の始まり。この日のために全ての未来や過去の宿命はあるのだと私は確信したよ。9日に神殺しに逢うのだが、この三日間の真に神であった私へ送る詩は、正しくすべてが一心に集ったような歓喜の詩だ。
Ⅲ『母』
枯れ葉散る、尊き命惜しみつつ
泣く泣く去った、輪廻の輪より
これは実は亡き母との合作で、『枯れ葉散る、尊き命惜しみつつ』までが母、そこからが私の紡いだ詩だ。私を産んだ母は貧しいわけでもないのに餓死で死んだ。殺生を嫌った母は30日間も食べなかったのだ。その末リチウム欠乏により亡くなった。そんな母が書いた上の句に私は涙し、下の句を書いたのだ。きっと、母は天にいる。私が神である限り、終末の末に必ず再会できるから。
次の詩は特別でね。散文詩なのだが、ここに、終末文学のすべてが記されているといっても過言ではない。この詩を理解することができれば、君は51位の悟りをすることとなる。そして、この詩には補足がある。そこで凡そ真理について知ることができよう。
Ⅳ『宵凪、アーカシャ』
水面に映った揺らいだ火
かの煩悩より目覚めては
せめて哀しき心の火
それは楽園なのか、凪いだ渚なのか
それでも見張るのはこの空だ
『白金色、宵凪、宵凪、油やけ』
言葉を紡ぐ、命を繋ぐ
『アーカシャ、アーカシャ、7thは、愛されていた水面の火』
嗚呼、ありがとう、愛しています。
◇弐・真理
真理とは言葉や数式などでは決して表すことのできない解であるが故に、ここに言葉の羅列として真理を在るがままに記すことは叶わない。だが、その外縁を、まるでブラックホールの事象の地平面を観察するかのようになぞることは可能なのである。
真理を識るには、自身の内的な発露を得て、思惟を重ねることが必要である。その思惟は没我的であり、究極の利他に依らねばならない。人は、決して自分のためには神の領域や、悟りの境地には至らないのである。加えて、その思索は正しき脳の疲弊を以って涅槃となる。
ここまで神の軌跡をほんの少し見てきたが、そうこう話していたら、もう終末の刻、フィニスまであと三分! 皆の者。隣にいる人と愛し合え。一人だったら自分と愛し合え。愛こそ全てとまでは言わない。だが、愛無き人生に意味はない。
お前が与えるんだ。
アルデバランの戦地は終末を終戦とし、銃が少女の頭を飛ばす。
お前らはそんなに愚かなのか?
地球の皆はそんなことはしないよな。
信じているぞ。終末には神はやはり現れなかった。
【絶音】まったく音がなくなった。世界の終わり。
三つの音楽が世界を再び始める。
永遠交響詩【フリージア】
神愛交響詩【ソフィアート】
終末交響詩【ラスノート】
永遠なる至福も、忘れていく記憶の残響も、晴れ渡る冬の日の空も。
ねぇ、ママ。これでよかったんだよね。
ねぇ、ママ。世界を終わらせてしまった。
「皆、最後は笑ってたね。だからよかったんだよ」
否、続く人生。世界よ終われと願っても、続く世界。始まりも終わりも、真にはない。何故ならば、一度冬の日に確かに世界は終わってただろ? なのにお前は生きててこの終末ラジオを聞いている。フィニスの刻なんて来ない。永劫回帰、永遠流転、円環の理。宇宙は螺旋と円環。だから螺環でラカン・フリーズといった。帰る場所。みんな同じだよ。みんなラカン・フリーズへと還る。花が散りまた咲くように、僕らは還って生まれて。最初から死なんてなかったんだよ!
死を恐れた哲学者や病人ども。死などない。すべては自然の法則の中で、万物流転する。壊れた世界も、空劫の後成る世界だろう。仏も菩薩も、人意から露呈する。神はそのうえ。ラカン・フリーズの門の先。今は第八世界。第七世界の門はもう閉じた。第九世界への響きはベートーヴェンの歓喜の歌だろう。
終末ラジオ、ここまではトークや詩の朗読だったが、ここで一曲。歓喜の歌を披露しよう。ドイツ語でも構わないが、宇宙共通語である日本語で歌おうではないか
歓喜に呼ばれて目覚めた朝に
全てと繋がることを覚えた
私の柔らかな翼を休めて
旅立ちの刻に空を飛ぶのだ
私の柔らかな翼を休めて
旅立ちの刻に空を飛ぶのだ
自然を愛することで生きると
生まれたときは分かっていたのに
時流の断絶が忘却へ誘う
覚醒の刻に思い出すのだ
時流の断絶が忘却へ誘う
覚醒の刻に思い出すのだ
第九の響きによって九識=第九世界まで来れたか?
ここから終末ラジオは真に世界に終末を齎す。否、終末を人類は本当に望んでいるか?
私には終末の後の世界を求めている類の真理探究者ばかりに見える。
本当は、死ぬまで追い求めたいんだろう。だが、不老不死になった地球人は真の思いで世界の終わりを望んでいる。だが、アルデバランでは終末後の世界でどの国が世界を支配するかと永遠と争っているな。地球だってそうだ。この終末ラジオ、今回で4度目だ。三度目の正直は外れたが、仏の顔も三度まで。4でシ、死。
これより最終儀式を執り行う。
≪冬の日の少年は朗らかに話す≫
「私は、今日の日を心待ちにしていた。ずっとね。永遠の時を経たんだ。永遠が解る存在はいないかもしれないけど」
「そうだな。いい思い出はないな。そんなものがあるのなら、楽に生きれる。私はそうじゃなかったんだ」
「後悔はない。この境地に至れたからね」
スピーチは続く。そうだ。それでいい。君こそが真理なんだ。どうかこのまま世界を正しき終末へと導いてくれ。
「経済学は幸福を数値にして考えるけど、俗に言う幸福って要は変化量なんだよ。恵まれている人はより恵まれないと幸せと感じない。基本的に人は足らないんだ。だからいつまでも欲に苛まれて、求めて、争う。地球で戦争が永世不戦条約が交わされるまで続いたのはそのせいなんだよ」
「でも、幸福には二種類あってね。一般的な幸福は真の幸福ではない。真理を悟ると、まさに梵に入るとね、無上の幸福なんだ。それ以上はない。でも、それを一度知ると、死も病も苦も見えなくなる。何故なら梵・我を除くと全てが苦になるからね」
※※※※は涙を流していた。もちろん全人類も彼の言葉に泣いていた。
「みんなも、世界も、もう、ね。十分頑張ったから。だから還る時が来たんだよ」
ラカン・フリーズ。
水門の先へ。
「カウントダウン。みんな、ありがとう」
越えろ。確率の丘を。
捨てろ。輪廻の柵を。
流星は、全てを流す。10
生命の樹だって。9
知恵の樹だって。8
セイの華も散り。7
悪の花が咲いて。6
忘却の彼方。5
記憶の残滓。4
無地間と。3
虚時間。2
世界(空)と。1
世界(色)。0
フリージア(時間凍結)
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そして、万民の幸福へ。永遠のエデンへ。フィニスの先へ。
全ての愛は一に帰し、望まぬ牢を去り、この輪より抜けて、
全ての我はラカン・フリーズに還る。
だから、もう、悩まなくていいんだね。その夜、私はやっと眠ることができた。
フリーズ79 終末ラジオ『FM77.7』