遙かなる旅立ち

これは漫画の筋書きのようなもので、若干、小説風に書いている。
小説としては何か物足りないが、いずれ漫画にするので。
漫画ハックで、そのうちに。

 栗木は夜、道を歩いていた。

 すると、突然、上空に鮮やかな光が過った。
 見上げると、光がまるで栗木を見下ろすように静止している。耳障りな何か金属的なブンブンと唸るような音をさせ、比較的低空の、四階建てのビルの屋上あたりで、じっとそこにとどまっていた。何だろう、栗木は思った。
「え!?UFO!?」
 その光は、まるで栗木を見詰めているようなのだ。光の中で何か、ぼんやりとした形が徐々に浮かび上がってくる。それは、明らかな人の顔で、まるで馴れ馴れしく、栗木を見下ろしたまま、ニコッと笑みを浮かべ、声を発した。
「何処へ行くのん?」
栗木は驚愕とともに全身に怖気が走り、思わず呟いた。
「うわっ、きもっ…」
 そして、一目散に駆け出した。
 残された光の中に浮かび上がった顔は、その笑みがくもり、すぐにもそれは凍てついた眼差しに変わった。
 その凍てついた眼差しは標準を絞るように走り去っていく栗木の後ろ姿を追った、彼が一生懸命に通りを曲がっていくのを糸を引くような粘着さで……。
 ところで栗木はその時気付いていなかった、彼のパーカーにはゴシック体でUFOと、まるでその言葉にまつわる諸々を世界に対して宣言するかのようにプリントされていることに。

 息を切らしながら玄関の扉を閉めた栗木は、寒い時期にも関わらず汗がびっしょりだ。ずっと駆け足で帰ってきたのだ。そして、緊張が一気にほどけて、ふっと笑みをこぼしたのだった。
「何なん、あいつ、めちゃきもかったし…」
 そして、何か汚らしいものを振りほどくように服を脱ぎ捨てながら、そのままユニットバス方式の風呂に入る。簡素な浴槽を跨いで、シャワーの栓をひねると、温かいお湯が蒸気しつつも表面は冷たい皮膚に流れ落ち、何か粘ついた嫌なものを洗い流してくれるかのようだ。良い匂いのシャンプー、甘い感じのお気に入りの石けん、そういったものが彼に安堵を与え、好ましくない経験をガラス容器に密閉して、優雅にも、今となってはを枕詞に鑑賞するような余裕が生まれた。
「ふふふ…、でも本当、きもい顔だったな…」
 しかし、彼自身が今にもガラス容器に密閉されていることには気付いてはいなかった。と言うのも、玄関扉の鍵を閉めたものの三階建てのアパートの三階に住む彼はほとんど窓の鍵は閉めたことがなく、今しもその窓が無造作に開けられ、その傍らの棚に整然と並べられたフィギアやおもちゃの類いが無惨にも踏みしだかれ、大柄な鎧を着た男がベッドを跨ぎ降り、シャワーの音のする方へ真っ直ぐと進んで来ていることを全く知らなかったからだ。
 そして、安堵のうちに謎めいた光の中に浮かぶ場違いなあのきもい顔を思い出し、思いだし笑いをしつつ、風呂場から出てきた栗木はその当のきもい顔とはちあわせするとは思いもよらなかった。
 どうやら自ら発光し絶えず光り輝く鎧を着た男は、凍てついた眼差しを栗木に向け、重々しく呟いた。
「何で、逃げたん?」
 栗木はあまりの驚愕に上半身が浮き上がるのを感じた。自然に口が開いて、そのまま時間が止まったかのようだ。逃げようという言葉以前の衝動が彼をまず叫ばせた。それから動こうという動作。手から腕、そして腰、足と動作を働かせたがひどく緩慢なものに思われた。
「まあ、待てや…」
 すぐにも男に肩を掴まれ、引き寄せられた。この大男は非情に威圧感のある豪勢な鎧を身に纏い、また力強いたくましさがあった。
「自分あれやん、僕の名前書いた服着てたやろ?あれ何なん!?」
 眩しく発光する鎧を来たこの大男は栗木の肩を掴みながら、顔を寄せ、頭を小刻みに動かした、まるで挑発するように。笑みを浮かべているが明らかにこの場合、親密なものではない。
 最初、栗木はこの大男が何を言っているのか分からなかったが、脱ぎ捨てられたパーカーの胸の辺りがこちらを向いて、そこにゴシック体でUFOとプリントされているのが見えて、もしやと思った。
「あのパーカーの字のことですか!?」
「そうやがな、お前!!!」
 顔UFO、それはそれから数秒してから栗木の頭に自然に浮かび上がったこの男に対する侮蔑を込めた名称であるが、彼は栗木の肩を掴みながら大きく揺さぶった。笑みを浮かべた顔から一転して恐ろしい形相へと変わった。
「お前、コラ、誰に断ってあんな服着とんねや!」
 光る謎に満ちた飛行物、未確認飛行物体――UFO――から浮かび上がった顔、その顔と全く同じ顔を持つこの大男は、栗木の顔の間近で、吐息の臭いさえ分かるほどの近い距離で、栗木のうかがい知れない自らの属する世界での高い位置、そこでは如何に自分が恐れられているかを仄めかしつつ、そんな恐れられている自分を怒らせるとどうなるかなどのことを、つまりおよそ怖がらせるための文句を並べ立てた。曰く、
「俺様は中央銀河では『白霜の蒼き狼』と恐れられているんだぞ!俺様にかかればこんなちっぽけな星など米粒みたいなもんやぞ!コラ、お前、俺様はなあ!俺様はなあ!!!」

 ……ああ、何で、この顔UFOは僕にこんな意地悪するの!?……

 栗木は間近で怒声を浴びせられ、肩を思いっきり掴まれ揺さぶられて、悲しみに打ちひしがれた。涙が自然にこぼれ落ちて堪えきれず、水袋に針を刺したように泣き出したのだ。
「ちょ、ちょ、ちゃ、ちゃうやん自分。僕なそんなつもりで、逃げるからやん自分」
 顔UFOは慌てたように、取り繕うとする。栗木の一旦流れ出した悲しみの涙はしばらくとどまることがなかったが、悲鳴のようなものから徐々にしゃくり上げるようなものに変わっていった。
「僕な、君、僕の名前書いた服着てたやん?てっきり僕のこと好きなんかなて思てんで。それやのに、きもっ、て。誰でもそんなん言われたら怒るやろ!?」
「うう……、すいません」
 栗木はある程度の平静を取り戻して顔UFOに同調するように謝った。
「自分、あれやんな、僕のファンやってんやろ?あの服、そういうことやんな?」
「そうです、ファンだったんです!」
 再び、栗木は顔UFOに同調した。どうもこの顔UFOは自意識が高く、こちらがへりくだっておけば、罵声を浴びせられたり、肩を揺さぶられたり、そういうイジメに似た蛮行はされないと判断されてきたのだ。
「ははは、自分なかなかおもろいな、ええやん。名前、なんて言うのん?」
「…ええ?栗木と言います」
「そんなんや。じゃあ、これからクリームって呼ぶから」
 などと、若干、打ち解けたムードになってきた、顔UFO。栗木は裸のまま、豪奢な鎧を身に纏った大男にあたかも抱き寄せられているかのよう。ふふ、などとこの顔UFOは今度は親密さを表したように優しい笑みを浮かべ、栗木の白い肌を触り、時に柔らかくつまんだりして、水のような肌の表面に波紋が起こるのを興味深そうに見詰めていたのだった。
「あれ、クリーム。これ何なん?」
 顔UFOは彼の興味津々な指が栗木の乳首に触れた途端、不思議そうに訊ねた。
「台所の吸盤フックちゃうのん、これ。何でこんなん付けてんの?おしゃれ?」
 栗木は驚きに満ちた表情で顔UFOを見上げたのだった。
「乳首ですよ、これは……」
「ええ!?何て!?ちく……びぃ?」
「ええっ!?」
 栗木はハッと顔UFOの腕から逃れて、振り返って言った。
「まさか、顔UFOさん、ええ!? ひょっとして乳首がないんじゃ……?」
 見る間に顔UFOの顔がくもった。それだけでなく、徐々に蒼白になり、何か記憶をたぐるように口を開けたまま、瞳を左右に動かした。そして愕然とする栗木に向かってこう言ったのだった。
「あるよ、あるに決まってるがな!はははっ!」
 そう言って顔UFOは笑ったが、始終晴れることのない心配事に覆われた陰影がある上に、言葉がまるで水中を浮遊するように軽薄なのを栗木は見逃さない。
「じゃあ、見せてくださいよ」
「…え?」
 途方もない長い時間が流れたかのように、二人は沈黙した。栗木の心音は高鳴った。栗木の口中に唾が溢れ、それをぐっと飲み込むと、震える声で、再度、こう言ったのだ。
「じゃあ、脱いで、見せてくださいよ。顔UFOさん……」
 それから、言葉が彼の口から次々に飛び出てくる。
「その聖闘衣――クロス――みたいなものを脱いで見せてくださいよ!全部!僕が見てあげるよ!乳首だけじゃなくて、あれやあれも全部、僕に見せてくださいよ!一体、どんな豪勢なものが拝めるのでしょうねえ!さあ、脱いじゃってくださいよ!」
「だまれ!!!」
 顔UFOの指先から光がほとばしり、内部に発光するものが指先の表面を透かしている。その指先が栗木の首裏を突いた。すると見る間に栗木の身体が膨張を始め、あるいは溶け出し、溶けながらも膨張し、形態が崩れ不定型な何かへと変じようとしている。
「何をしたんですか顔UFOさん……ぐああああ……」
「お前に大宇宙の神秘パワーを注入した。あと五分もすればお前はこの星とともに膨れ上がりそして大爆発を起こす……」
 そして勿体ぶった風に閉じた手をパッと開いてこう言った。
「ビッグバン」
「ぐああああ……助けて……」
 顔UFOは涼しい顔をしてベッドに腰掛けると、棚から漫画本を手に取ってページをめくり目次をしばらく眺めた後、読み進めだした。
「顔UFOさん、助けて…お願いですから……」
「じゃあ、もうちくびぃの話はせんといてな……」
「はい、しませんから、助けてくださいお願いします!」
 顔UFOは漫画本の今読んでいたページの端を折り曲げると、よっこらせと立ち上がり、再び指先を発光させ、もはや肉の塊の様相を呈した栗木に触れた。すると今度は逆流するようにしぼみ始め、あるいは形を取り始め、不定型な何かであったものから形態が導かれていき、それはようやく栗木へと戻った。
「よかったな自分、裸で。もし服を着てたらそれも融着していたで」
「はあ!?」
 栗木は立ち上がると、平然と再び漫画本を読みふける顔UFOを罵り始めた。怒りにもはや我を忘れていた。
「むちゃくちゃだ、あんたは。ビッグバン!?この星とともに大爆発だって!?地球を滅ぼそうとしたのか!?あんたは……!一体何者だ!一体どんな権利があってそんなことを出来るというんだ!」
「……」
 顔UFOは無言のまま漫画本のページをめくる。
「聞いているのか!顔UFO、いや白霜の蒼き狼とやら!僕は今、全ての地球の生物を代表して聞いているんだ!その漫画本を置け!」
 すると、顔UFOはおもむろに立ち上がる。指を、その指先はさっき発光しそこに大宇宙の神秘パワーが満ち満ちていたが今は人類と同じような、ほとんどうり二つの指先を、しおりのように漫画本に挟んで、もう一方の手で窓の外を指さした。
「ねえ、クリーム……。宇宙はねえ、とっても広い所なんだよ……、本当、まったく気が遠くなりそうなくらいだよ……」
 顔UFOはまるで誰にも享有し得ない追憶に耽るように、遠い目をしながら、こう呟いたのだ。
 人語には表現し得ない究極的な悲しみ、あたかも永遠に隔てられたかのような孤独、さみしさ、そういうものが入り交じった微妙な空気。
 無言の時間が流れた。栗木は自分が海底に沈み、その底暗い深淵で、光の中に浮かび上がったきもい顔を持つ、この顔UFOを見たのである。あるいは初めて感じられたというべきだろう。そう彼は宇宙から来たのだ。何処とも知れない宇宙の彼方から。
「ねえ、クリーム……」
 顔UFOは振り返って言った。その星々の瞬くような瞳の縁から一筋のしずくのようなものが流れたのを栗木は見た。
「ねえ、君も宇宙へ行かないかい?僕たち二人ならきっと、テイクイットイージィ」
 そして、顔UFOは栗木の元へ歩み寄り、抱き寄せると、額に口づけながら、囁いた。
「ねえ、宇宙は最高に面白いよ、君はこれまで誰も見たこともないものを見れるんだよ。さあ、オールオヴァーザワールド、行こうよ宇宙〈そら〉へ」
「嘘だ、宇宙は空気も何もないところじゃないか、僕をだましているんでしょ……」
 そう言うと栗木はするりと顔UFOの腕を振りほどくと、ベッドに横たわった。そして掛け布団を引っかぶって枕に顔を埋めた。
「もうたくさん。帰ってよ。あなたはきっと嘘つきだ……」
「クリーミー……?」
「僕はクリーミーじゃない!」
 栗木はピシャリとこう言うと目を閉じた。すると何処からかこれまで嗅いだことのない甘くてこの上もなく美味しそうな匂いがした。ふと、目を開けると目の前にクッキーのようでありながら、プルルンとグミのようでもある不思議なものがある。それは、栗木の前で誘うように円を描いた後、ひょいっと引っ込んで、その軌跡を追うと、顔UFOの口の中へ。
「ああ……」
 栗木はうめいた。
 顔UFOは鎧の何処から取り出したのかビニール袋のような袋から、もう一つ、その不思議な食べ物を取り出すと、
「トゥルルルーン」
 と、それを示して、パクッと口に放り込む。
 香ばしくて今まで嗅いだこともない美味しそうな匂い。栗木はすぐにもその食べ物に魅了された。
「あの顔UFOさん、その美味しそうなものは一体全体何なんです?とても美味しそうですねえ」
「ああ、これ?」
 顔UFOは何のことか分からない素振りをしつつ、ようやく合点した風にその袋を見遣り、
「これは、マゼラン星雲の中程からちょっと行ったところにある、こびとたちのフルーツパーラーで売ってるお菓子なのねん」
 そう言うと、また袋から一つつまんでパクッと口に放り込んだ。
「ああ……!」
 栗木はうめいた。
「あの顔UFOさんね」
「え、何?」
「それね、あのねえ」
「え、何々?」
「一個ね、くれませんか?」
「え?」
「くれませんか?」
「何て?」
「いや、一個ですね、くれませんか?」
「え?一個?」
 顔UFOはその袋をしげしげと眺めてから、言った。
「いいよ。全部食べなよ」

 その夜、上空に浮遊する謎の発光体を地上の何人かが目撃したものの、その光の中に浮かび上がる二つの顔を目撃できたものはいなかった。相当に上空にあり、すぐにも急上昇し、夜空の奥に消えたからである。ただ、もしその顔を見るならば地表に瞬く文明の光を見下ろす栗木の顔があり、そしてその隣にはしたり顔のUFOであり、人間とうり二つの顔を持つ、栗木が顔UFOと呼ぶ男の顔もあった。
「そのマゼラン星雲までどれぐらいですか?あのデリシャスなものをたくさん買いますよ僕は。ところで今晩中には帰ってこれますよね?明日バイトがあるんで」
 地球が随分小さく見える場所まで来た時、感慨から覚めた栗木は振り返って言った。すると、今までニコニコしていた顔UFOが罠に掛かった獲物を前にしたようにギラついた眼差しを向けた。
「はははっ。お前はもう二度とあそこには帰れねえよ。あいにくだったなあ馬鹿め。俺様は悪いUFOだったのさ。」
「そんなあ…!」
「さあお前をアンドロメダ星雲のカニバリストどものごちそうとして売り飛ばそうか、それとも獅子座流星群艦隊の悪魔艦長に性奴隷として売り飛ばしてやろうか。へへ、諦めな、それがお前の運命だったのさ」
「わーん!!!」
「泣いても叫んでも誰も来ねえよ、ここまで来りゃあ、さすがのサツでもお手上げさ。はははっ!」
「この卑怯者……!!!」
 栗木は思わず手を突き出すと、顔UFOはそれにバランスを崩した。明らかにこれは一人乗りのものなのだろう、重心は栗木にあったので、彼に押された顔UFOはまるで鰻が桶から滑り出るように、なめらかに、ペロンっと宇宙の只中に落ちていった。上なのか下なのか右なのか左なのか、栗木に押された方向に対して忠実に、正確に、宇宙の彼方に向かって顔UFOは驚愕に顔をゆがめながら、無音の中で、遠ざかっていくのだった。

 そして、宇宙の真ん中で、光に包まれながら騙されたことに対する悲しみに涙する栗木であった。
 
 それはある意味では産声であるとも言えよう。
 栗木は光に包まれながら身体に大宇宙の神秘のパワーがみなぎってくるのが感じられた。
 栗木は新たなる存在として、栗木:ノヴァとなったのである……。
 
 
 

遙かなる旅立ち

まあ、以前に描いたことのあるやつなんですけどね、モノがなくなったので筋書きを必要としてのこと。
ページ内のコマやら表情やらセリフやら構図やらをしながら全体はなどとすると、作業が重たくなってくるので。
一般的にはネームなどということをするらしいが、企画会議用の資料みたいなもので、私には必要性がない。

遙かなる旅立ち

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • サスペンス
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-10-27

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著作権法内での利用のみを許可します。

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