騎士物語 第十二話 ~趣味人~ 第三章 夫婦と人形師のリズム

引き続きのS級犯罪者との戦いです。
椅子に座っていた奴も参戦です。

第三章 夫婦と人形師のリズム

 コンビネーション。騎士の世界においては連携攻撃を指す言葉である。巨大な魔法生物や常識を逸脱した魔法を使う犯罪者を前に一対一で挑む理由は無く、大抵の騎士は仲間と共にこのコンビネーションを駆使して敵へと臨む。
 体術でも魔法でも、得意不得意を如何に上手く組み合わせていくかというのを相手に合わせて練っていくわけだが、そういう作戦や戦法よりも前にある条件――共に戦う者たちは互いのリズムを知っておかなければならない。
 普通は音楽関連の言葉であるが、騎士の世界におけるリズムとは一人一人が持つ戦闘のクセのようなモノだ。戦いが始まってから終わるまで全ての動きを予め決めてから行動する事は不可能であり、全ての者はその時々で思考しながら動く。例え同じ流派の体術を学んでいる者同士であろうとそれを使う人間が違う以上、戦闘における考え方の方向性には個性が出る。
 攻撃を先制できるのなら狙う場所はどこか、攻撃を受けた時に考えるのは自身のダメージか相手の隙か、真上からの攻撃に対して回避方向は右か左か――一瞬で判断しなければならない場面の多い戦闘においてその個性は顕著になり、共に戦う者のリズムを把握していればお互いの利点を活かし合い、相手のリズムを見切ったなら欠点を突くことができる。それぞれに自慢の武器や魔法を持つ者たちがそれを相手に当てる為、そして相手の自慢の武器や魔法を避ける為に身につける技術、それがリズムを読む事である。
 当然ながら全く同じリズムを持つ者は存在しない為、敵のリズムに関して言えば同じ相手と戦う場合を除き、リズムを読めるかどうかはその者の経験によるところが大きい。同じリズムは無くとも大まかな傾向として似たリズムを持つ者はいる為、経験豊富な騎士は初見の敵でも過去に戦った敵の中で武器や思考が似ている者を参考に、リズムを読んでいく。
 逆にコンビネーションに不可欠な仲間のリズムを知る事に関しては、その精度をどこまでも高めて行ける。共に鍛錬し、それぞれの成長を互いに見届け、多くの戦いをくぐり抜ける事で双方のリズムを深く理解した者たちのコンビネーションの力は個々で戦う時の数倍に至る。

 戦闘において重要な要素であるリズムに関しての第一人者と言えば――という問いかけに対して騎士が名前を挙げる時、必ず登場する人物が《オウガスト》――フィリウスである。全ての攻撃を回避し続けて必殺の一撃を当てるというスタイルで十二騎士に至ったのは、第八系統の風の魔法が相手の行動を読む事が得意だからというだけではない。それに合わせて編み出された円の動きを主軸とする体術とリズムを読み切るセンス、そこに積み重ねた経験が加わり、フィリウスは世界最強の十二人の一人となったのだ。

 そんなフィリウスは今――彼の人生において恐らくは数十年ぶりに、その身体に相手の攻撃による傷をいくつも作っていた。

 全力を出した『好色狂』はその直後、オリアナが放った『バスター・ゼロ』のような予想外の横槍を警戒してか、フィリウスではなくそれ以外の面々――『ムーンナイツ』に攻撃を仕掛けた。フィリウスが『好色狂』の狙いに気づいて振り返る頃にはオリアナ、サルビア、グラジオ、ドラゴン、ベローズの五人が――それぞれに風の魔法の使い手であり、フィリウスほどではないにせよ不意の攻撃にもしっかり対応できる腕前を持つはずの騎士たちが防御の姿勢もとれずに一人一発ずつの攻撃で戦闘不能となった。かくして、『好色狂』が本気を出してから十秒も経たない内に戦いは十二騎士とS級犯罪者の勝負となっていた。

 フィリウスですら反応できなかったほどに速かったのかというとそうではない。例え第三系統の光の魔法クラスの速度であろうとフィリウスであれば初速が出る前に止められただろう。それが出来なかったのは、フィリウスが『好色狂』のリズムを読み切れなかったからだ。

 十二騎士であるフィリウスに蓄積された数多の戦闘経験――鍛錬の中で手合わせたした仲間の騎士たち、修羅場をくぐり抜けてきたであろう敵軍の大隊、理解できない理由で達人の域に至った悪党連中など、リズムに関してはトップクラスの技術を持つフィリウスが感心するようなコンビネーションの使い手というのは過去にたくさんいたが、それらを児戯に貶めるほどの高みがそこにあった。

 愛し合う夫婦だというのはわかったが、それでも二人は別の人間。考え方以前に体格からして差のある二人のリズムは明確に異なる。それぞれが『ムーンナイツ』たちと戦っているのを観察していたフィリウスの中では、既に二人のリズムの七割方を把握できていた。
 だがどういう事か、二人が共同作業を始めた途端に別のリズムが顔を出す。個々のリズムに変化はないのだが、ふとした瞬間にそれらが消え、まるで二人で一つと言わんばかりに二つのリズムが一つのリズムへと収束する。異なる波形が重なって形を変えたのではなく、元の二人のリズムからはかけ離れた、もはや別人のリズム。相手のリズムを読む事に長けているフィリウスからすれば理解できない上に非常に気持ちの悪い現象なのだが、何故か不思議と不快感の無い――いや、完璧とさえ思う調和をフィリウスは感じていた。

 リズムを掴み、活かす事に長けているからこそ目の前の二人――一組のリズムに対応できない。相対しているのが素人であれば二人の人間のとても息の合った攻撃という程度の認識で終わるだろう。多くの戦闘経験があるからこそ、身体に染みついてしまっている感覚が狂わされ、超速の攻撃というわけでもないのに素人並みの拙い反応にまで技術が落とされる。
 S級犯罪者が相手となれば派遣される騎士には歴戦の猛者が選ばれるものだが、この二人に対して言えば逆効果――強者であればあるほどこの夫婦は厄介な相手となるのだ。

「はっはっは! 《ジャニアリ》の時と同じだな! 突然動きが鈍くなっているぞ!」
「わたしたちの全開の活力に臆しているの? 十二騎士!」

 まるで鏡合わせのように、走り方も軌道も全く異なるのにフィリウスの目の前に来る頃には寸分のズレもなく左右対称の位置から放たれる二人の拳。かと思えば第十一系統の数の魔法で生み出された分身なのかと思うほどに全く同じ動きで繰り出される蹴り。二人の身体が溶けて混ざったのではないかと思うほどにそれぞれの攻撃の後隙に入り込むもう一人の攻撃――時に同時に、時にタイミングをずらしながら、空気の流れからの予測もフィリウスの持つセンスも経験も、全てを駆使しても正解の反撃を導き出せない完璧な動き。元々必殺級の威力の攻撃が更に強く、そして回避不可能な攻撃範囲を手に入れて襲い掛かって来る。
 よけるというよりは全力の逃げ――風の力と自身の身体能力で後退し続けるフィリウスを狙って放たれる攻撃は幸いにもクリーンヒットしていないが、既に周囲の建物を全壊させて見るも無残に地形を変貌させている。
 舞い散る瓦礫、最悪の足場、次第に危ない瞬間が――一撃必殺の攻撃をまともに受けてしまいそうになる場面が増えていくフィリウスは、持てる技術を総動員しながらも困ったような笑みを浮かべていた。

 これは確信。それに対する喜び。コンビネーションという、互いのリズムを合わせて戦うという絆の力における最高傑作――それは共に戦場を駆けた戦友同士でも背中を預けたライバル同士でもない。
 これまでもこの先も、この愛し合う夫婦こそが唯一無二の完成系だ。

「――っ!!」
 直撃――ではないがこれまでで一番の悪い当たり。『好色狂』の拳によって殴り飛ばされたフィリウスだったが、その強靭な筋肉の全力で地面にわだちを作りながらその勢いを殺し切り、直後大量の血を吐きつつもニヤリと笑って見せた。
「ほほう、強化魔法の頂点である《ジャニアリ》ならともかく、風の使い手が私たちの攻撃を耐えるとは。もしや風の魔法にも強化魔法のような技があるのだろうか。」
「純粋に鍛え上げた身体のおかげじゃないかしら。手に伝わって来る感触からはただの力強さだけじゃなくてしなやかさも感じるもの。やっぱりちょっと味わっておくべきだったかしらね。」
 ダンスの途中のように手を合わせて腰を抱く姿勢で猛攻を止めた『好色狂』に、ふらつきながらもまだまだ力強い眼光を向けるフィリウス。
「正直驚いて――いや、感動した! いいものを見せてもらってる! 他人同士の二人はこれほどまでに一つになれるのだと、到達点を見られて俺様は嬉しいぞ! そして俺様じゃあそんな世界最高のコンビネーションをさばき切れない! 避けるのも防ぐのも受け流すのも、俺様自慢の防御行動は全て通用しないと理解した! たぶん今の大将くらいの経験値でちょうどいいぐらいだろうが、大将じゃあ攻撃が横を通っただけで終わりだろう! とにかく強いな、『好色狂』!」
 十二騎士からの惜しみない賞賛に、しかし戦いに関しては完全な素人である『好色狂』は顔を合わせた後「当然だろう?」というように肩をすくめる。
「《ジャニアリ》には方向性は違えど素晴らしい活力があったから私たちと互角なのも頷けるが、既に言ったようにお前からは私たちレベルの活力を感じない。つまらない人生とまでは言わないが、私たちには及ばないようだ。」
「だからわたしたちの方が上というのは当然の事よ。十二騎士らしい高い技術はあるみたいだけど、それで埋められる差には限界があるわ。もしも……そう、《ジャニアリ》がそうだったから一応聞くけれど、何か奥の手が他にあるのなら今が見せ時よ。」
「だっはっは、心配ない! 俺様もそう思ってたところだからな!」
 口元の血を拭いならが、フィリウスは大剣を両手で握り、地面と水平に構えて背中側へと引き絞り……その表情を普段の豪快な笑いが微塵も感じられない険しいモノへと変えた。
「ここからはスタイルを変える。そう、奥の手だ。今から初めて本気を出すって話じゃなく、できればやりたくないがこれが強力なのは事実だからお前らみたいな強敵には使うしかないという事。こうなってくると『ムーンナイツ』を倒してくれてよかった。この先、俺様は衰えてこいつらが次代を担う。未来の十二騎士候補には教えたくない悪い手本だからな。」
 今までとは明らかに異なる気配と圧力。勝ちを確信していた『好色狂』が、信じられないという表情で共に一歩さがる。
「違う……それは違うな、十二騎士。《ジャニアリ》のように方向が違うのではない、種類が全く違う。何がどうなればそのように染まった活力をため込めるのか……」
「何にせよこれは見過ごせないわね、アナタ。こんなモノに負ける事はあってはならないわ。」
「勿論だ。私とオマエの愛はあれを越えなければならない。」
 身体を寄せ合っていた『好色狂』は鏡合わせのように体勢を変え、それぞれ逆の腕をピタリと合わせて指を絡ませ、一つの拳のように打ち出す構えを取る。
「限界まで高まった愛は放たれるモノ――そちらが奥の手ならばこちらは必殺技と言ったところだろう。」
「《ジャニアリ》はこれでも倒せなかったからわたしたちは逃げたのだけど、あなたはどうかしらね、《オウガスト》。」
 合わさってできた拳に光が集まり、エネルギーをためるように輝きを増していく。
 対するフィリウスの方は構えられた大剣、その剣先から数メートルの地面がまるで見えないドリルでも回っているように奇妙に削れていく。そんな跡が直径を増しつつ一つ、二つと増えていく中で、『好色狂』の声が響いた。

「「見よ! これが愛だ!」」

 例えるなら、それは全ての弾が敵へと向かって行く散弾銃。『好色狂』の合わさった拳から放射状に放たれたのちに弧を描いていく無数の光弾は、一体どのようなエネルギーを内包しているのか、周囲の空間を歪ませて風景をパレットの上でごちゃ混ぜにされた絵の具のようにしながら全弾フィリウスへと向かって行く。
 それに対し、フィリウスはぼそりと呟きながら構えた大剣を振るった。

「どっちが正義なのやら。」

 十二騎士とS級犯罪者、桁外れの強さを持つ者たちの全力の一撃がぶつかってから数分後。そこが街の一部だったとは誰にもわからないほどに何もなくなった荒地で、しかしどういうわけか全くの無傷で残っている出店付近の机と椅子が並ぶ場所に、フィリウスは『ムーンナイツ』の面々と互いの手を固く握りあったまま気を失っている『好色狂』を椅子に座らせた。
『淫乱夫婦がいい仕事をしたな。お前の奥の手を引っ張り出してくれた。』
 戦闘が始まった時から全く変わらずにフィリウスたちが注文した料理を食べている『パペッティア』に、フィリウスは大剣を向けた。
「そっち側に被害が出ないようにしてくれた事に礼を言った方がいいのか?」
『あぁ? 食べてるモノがいきなりふっ飛ばないようにしてただけだ、バカが。』
「そうか。それで腹は膨れたか? 次はお前の番だが。」
『おぉう、さすが十二騎士様。連戦でも問題無しってか。』
「休憩をくれるなら休むが、こういうチャンスを逃さない為にそうやって座ってたんだろう。」
『まぁな。』
 人間のように腹をポンポンと叩きながらゆらりと立ち上がった『パペッティア』は、右手を挙げて指を鳴らす――直前まで来たところでピタリと動きを止めた。
「? 別にシャッターチャンスを作る必要はないぞ。」
『ムカツク野郎だ、白々しい。ちゃっかり援軍を呼びやがって。』
「なに?」
 何のことを言っているのかわからず、もしかして残りの『ムーンナイツ』が到着したのかと考えたフィリウスだったが、この惨状へ向かって一人歩いてくる人物の気配に気づき、それがよく知ってはいるが『ムーンナイツ』ではない事を知って――険しくなっていた顔が少しゆるんだ。
「だっはっは、これは確かに援「軍」だな! 一人だが百人力だ!」
『過小評価だろ、一騎当千だあんなの。』
 二人がそろって顔を向けた方向――建物と建物の間からガシャガシャと甲冑の足音をさせながらやってきたのは短い金髪の女。部分的な甲冑で急所を覆っているがそれ以外はほぼ肌が見えているという防御力の低い格好でバスタードソードを手にしたその人物は、二人に気づくとその姿を消し、それとほぼ同じタイミングで消えた『パペッティア』が立っていた場所へ入れ替わるように移動した。
「! ケガをしたのか、フィリウス。」
「だっはっは、大したことは――ないと言いたいがそこそこいいのをもらったな! そっちはどうしてここにいるんだ、セルヴィア!」
 過剰な程に盛られた筋肉に残るあざにペタペタと触れる金髪の女――十二騎士の一角、《ディセンバ》ことセルヴィア・キャストライトは、傷を確認し終えるとフィリウスの胸板をノックするようにトントンと叩いた。するとどこからともなく時計が時を刻むような音がし、フィリウスの傷が完治――いや、傷が無かった状態に戻った。
「王城に巨大なピエロの顔面が出現し、敷地内で白いマネキンと《オウガスト》らが交戦。過去の戦闘記録からピエロは『パペッティア』のモノである可能性が高いとして警戒レベルが引き上げられたが、渦中の《オウガスト》らはどこかへ行ってしまった。あちこちを放浪しながら色々な事を無視する男だが、こんな時に城を離れる騎士ではない。白いマネキンも『パペッティア』の差し金とするならば、《オウガスト》のいる場所こそが最前線――という事で私が来た。」
 椅子の上でぐったりとしている『ムーンナイツ』たちの傷も癒していくセルヴィアに、フィリウスは怪訝な顔をする。
「おいおい、俺様は立場が宙ぶらりんなところがあるがセルヴィアは正式に国王軍所属の十二騎士だろ? 王城の警戒レベルが上がったなら最高戦力がここに来るってのは――そりゃまぁここが最前線ってのは正解だがよく上が許可したな!」
「許可が出なくても私はここに来たが、たまたまとんでもない猛者が王城に来ていて、有り難い事に王城の守りを担ってくれた。上の者も最前線と思われる場所に相応の戦力を送りたいが王城の守りを薄くするのは好ましくないというだけだったからな。彼……彼女なのかもしれないが、渡りに船な事が起きたのだ。」
「セルヴィアレベルの奴がたまたま? そりゃラッキーだな!」
「ふふふ、そういう言い方をするのなら、十二騎士二人分の奴がたまたま、だろうな。」
「?」
 どういう意味かわからずに首を傾げたフィリウスだったが、揃いもそろって悪夢を見たようにガバッと飛び起きた『ムーンナイツ』の面々へと意識が向く。
「!? セルヴィアがなんでここにいるのよん!?」
「相変わらず素晴らしいが……ん? 傷が消えている?」
「うおお生きてる! 僕生きてるぞ! 普通に死んだと思ったぞ!」
「全快……いえ、何か違いますね……奇妙な感覚です……」
「うわ、これあたしにはちょっとキツイわね! 身体の巡りがぐちゃぐちゃだわ!」
 それぞれの反応をした『ムーンナイツ』に、セルヴィアが説明をする。
「死んだと思ったというのはあながち間違っていない。放っていたら死んでいただろうから……フィリウスが少し焦るわけだ。時間を巻き戻して致命的な傷は消したが、知っての通り時間魔法による治癒は記憶を含めた全身巻き戻しを除いて、傷があった場所となかった場所の時間がズレる。それは身体にとって異常な状態であり、ズレによる齟齬を調整する為に身体には独特の負荷が生じてしまう。激痛であったり不快感であったりと個人差があるが、戻した傷が深いほどに負荷は大きくなる。フィリウスくらいの傷ならまだ許容できるが……五人はここから先、安静にしておくことを勧める。」
 セルヴィアが言い終わると同時に、身を乗り出してセルヴィアをジッと見つめていたグラジオがスイッチを切ったかのようにガクンと首を垂れてグーグー寝始めた。
「……グラジオには眠気で来たみたいねん。いいわん、十二騎士が二人もいるならお人形さんなんて余裕でしょん? お言葉に甘えて見学しておくわん。」
 サルビアの言葉にそれぞれが頷き、再度ぐったりと椅子に寄り掛かった『ムーンナイツ』だったがセルヴィアは微妙な顔をした。
「余裕……でもない。あの人形、時間停止を無視したからな。」
 そう言って顔を向けた先では、セルヴィアがフィリウスの近くへ移動すると同時に姿を消した『パペッティア』が別の椅子に座ってフィリウスたちを眺めていた。
『顔を合わせるや否や時間停止で斬りかかるたぁ礼儀がなってないよなぁ、《ディセンバ》? しかも《オウガスト》がバトッてる間に呼んどいた人形を……』
「人形?」
「この場所を目指して街中を進む人形が何体かいたから壊しながら来た。」
『何がながらだ、オレの作品を時間を止めて同時に斬りやがって……!』
 先ほど指を鳴らそうとした『パペッティア』の動きが止まったのはそれかと一人納得してふむふむと頷くフィリウス。
「壊して欲しくないモノを戦場に持ってくるのはどうかと思うが。」
『バカが、作品を倉庫にしまい込む奴がいるか。大体芸術品にはお手を触れないようになんてのは常識だろうが。』
 人形なので夢に出て来そうな満面の笑みを浮かべた顔のままだが、イライラしているのがわかる身振りの後、『パペッティア』はその長い両腕をゆらりと広げた。
「さっきも言ったがフィリウス、こいつは時間の魔法への対策を講じている。種類がわかれば対応もできるだろうが、しばらくは停止、進み、戻しの援護を期待しないでくれ。」
「だっはっは、問題ない! お前単独での強さに期待してるからな!」
 先ほどまでの寒気を覚えるような圧をまとった構えから、いつもの大剣を背中に背負ったままの状態になっているフィリウスを横目に笑みを浮かべたセルヴィアは、不意にハッとした顔になる。
「なんだかんだ二人きりで共同作業というのは初めてでは……」
「そのネタは『好色狂』が使い倒し――」
 ――と、フィリウスが言い終わる前に、『好色狂』との戦闘の影響を受けていなかった側に健在していた建物らが一棟ずつ水平に切断された。
『イチャついてんじゃねぇぞ色ボケが!』

 かくして十二騎士とその『ムーンナイツ』対一組のS級犯罪者の戦いが十二騎士側の勝利で終わったのも束の間、続けて二人の十二騎士と一体のS級犯罪者の戦いが幕を開けた。



「まさかこんな事になるなんてな……最近S級犯罪者があちこちに出過ぎだろう。」
 そうそう起きない十二騎士とS級犯罪者の連戦が始まった頃、フェルブランド王国の首都ラパンにある王城の普段とは異なる緊張した空気が漂う敷地内で、慌ただしく動いている騎士たちを眺めて呟いたのは一人の女。ギザギザ模様の入った中折れ帽子にジャケットを羽織って七分ほどのクロップドパンツにハイヒールというクールな格好をしているその人物は、自分の後ろで何となく縮こまっている面々に顔を向けた。
「そう緊張するなよ、罪人ってわけでもねぇんだから。」
「い、いやいや姉ちゃん、一応俺ら怒られに来たんだろ……」
「それはまーそうだが……ぷ、その頭見てると笑かせに来たようにしか見えねぇな。」
 ボサボサの黒髪を変に整えたせいで普段の彼を知る者が見るとほぼ確実に笑われる状態になっているのは姉ちゃんと呼ばれた女――『豪槍』ことグロリオーサ・テーパーバゲッドの弟であるラクス。その隣には彼のクラスメイトである女生徒たち――元カペラ女学園の生徒会長であるプリムラ、人間にしか見えないがロボットであるアリア、セイリオス学院の元生徒会長もファンクラブに所属しているアイドルであるヒメユリ、田舎者の青年の恋人のように赤髪でツンツンしているリテリア、ラクスの後輩ではあるのだがそれにしても身長の低いユズが並んで立っていた。
「だ、だってお偉いさんからの呼び出しなんだろ? ピシッとしとかねぇと……」
「普段は適当って事か? 校長先生としては聞き捨てならねぇな。」
「そ、そういうわけじゃ……」
「何にせよ、運が悪いんだか良いんだか、変なタイミングで来ちまったな。しかも――」
 そう言いながらグロリオーサが目を向けた先にいるのは小さな女の子。どこにでもありそうな剣をわきに置いて壁際にちょこんと座り込んでボロボロの本を読んでいる。
「――『絶剣』を防衛戦力にされちまうとは。」
 田舎者の青年らが通うセイリオス学院と肩を並べる騎士学校の一つ、カペラ女学園の面々が王城にやってきた――いや、呼び出されたのは先日のS級犯罪者『ベクター』の襲撃によるモノである。


 最強の武器は? という質問に対してほぼ確実に名前があがってくる武器――ベルナークシリーズ。かつてとある小国に所属した騎士団の団長を代々務めていたベルナークという家系が各代で使っていた様々な武器の総称。中でもベルナークの「剣」は現代において剣を自身のメイン武器としている者が多い関係で最も注目されており、ベルナークの一族が歴史から消えて武器が世界中へ散り散りになってから、その行方を多くの騎士が探してきた。
 記録によるとベルナークの「剣」は三本あり、ごく一般的なバスタードソード、桜の国で生まれたとされる剣の形状である刀、二振りで一セットとなっている双剣の三種類が存在している。バスタードソードはフェルブランド王国が所有しており、非常時に取り出しやすい点と倉庫にしまい込むよりもむしろ警備が万全という事で首都ラパンにある国内最大の武器屋に展示されているのだが、残りの二つは長いこと行方がわからなくなっていた。
 双剣については他の二つよりも情報が少なく、外見に関する資料も残っていないので「あるらしい」という程度の認識しかされていない。だから田舎者の青年が魔人族の力を借りて回収したそれを、例え人前で使ったとしてもベルナークシリーズ最大の特徴である高出力形態にさえしなければそうとはバレず、世間的には未だに行方不明である。
 だが刀は違う。もはやただの武器を越えて宝物としての価値すら持つそれをひょんなことから入手したグロリオーサが自分の弟に与え、ラクスが交流祭でその力を発揮した事で界隈では大騒ぎになっていた。
 バスタードソードが個人ではなく国の所有となっている事からもわかる通り、ベルナークシリーズというのはそれ一つが強大な戦力として計算される。特に使い手が少ないような独特な武器ではなく、応用性の高い剣となればその重要度は非常に高い。それを一学生が所持しているという状態についてグロリオーサには大量の非難が集まるも、あれやこれやと理由をつけて没収される事を防いでいたのだが、今回S級犯罪者の『ベクター』によってそれを奪われてしまった。
 これが適当な相手だったらグロリオーサは特に何もしなかっただろうが、S級犯罪者とあっては話が違う。文句を言っていた騎士上層部の者たちに渋々報告した結果、王城への呼び出しを受けたのである。
 状況説明の為に『ベクター』との交戦時にその場にいた面々が招集された結果、巻き込まれただけの『絶剣』まで来る羽目になったのだが、これが王城側にとっては幸運だった。面々が王城へやってきたその時、S級犯罪者の『パペッティア』による襲撃が発生したのだ。
 王城内がバタバタし始め、自分たちはどうしたものかと考えているところにふらりと十二騎士の一角、《ディセンバ》が現れた。どうやって知ったのかわからないが、『絶剣』に会いに来た彼女は一冊の本を交渉の条件として自分がいない間の王城の防衛を『絶剣』にお願いしたいと言ってきた。
 強さに関しては申し分ないが剣術にしか興味のない『絶剣』がたまたま訪れた王城の守りを引き受けるとは誰も思わなかったのだが、《ディセンバ》が持って来た本を見ると二つ返事で了承し、以降壁際でそれを読みふけっている。


「学園長、あの本は……」
 ラクスと違って常日頃からピシッとしているプリムラは普段と変わらない様子でグロリオーサに尋ねる。
「『絶剣』が自分に全く関係ない王城の防衛なんて頼み事を引き受けたんだ、あれは相当レアな剣術の指南書か何かなんだろうな。なんだ、『魔剣』としちゃあ気になるか?」
「それはまぁ……」
 そこそこにという口調で言うものの興味津々な本音が顔に漏れ出ているプリムラを見てにやけたグロリオーサだったが、その隣で難しい顔をしているリテリアに目が留まった。
「どうしたリテリア? 腹でも痛いのか?」
「……心配の仕方が同じなところはさすが姉弟ね、全く。」
 不意に巻き込まれたラクスとグロリオーサが顔を見合わせるのを横目に、リテリアはどこか不安の混じった声で呟く。
「S級犯罪者なんて今のあたしには……ううん、この先だって関わる事のない怪物だと思ってたのよ。騎士になったからって誰も彼もがそんなのと遭遇するわけじゃないじゃない。でもそういう連中がこんなに近くに現れて、戦いまでしちゃって……何なのよ……」
「はっはっ、まーそれが正常な反応だろう。ぶっちゃけ『ベクター』が釣れたのはベルナークっつー規格外のせいで元をたどればあたしが原因だが、それ以外との出会いは異常だよ。でもってこっちの原因は『世界の悪』だろうな。」
「あー、世界最強の悪党? アフューカスだっけか。」
「魔人族ばりにおとぎ話化してきてるが、その認識で正解だ。もっと言えば最強で最凶、何百年も昔からいる悪党の頂点だな。」
「そうよ、そいつも一体何なの? 悪党たちの十二騎士みたいふんぞり返って、何がしたいのよ。」
「何がしたいか……あいつの全盛期というか、一番暴れてた頃は自分こそがナンバーワンの悪党だって叫んでたらしいな。んで実際そうなってからは大人しくなって、時々顔を見せる感じに国を亡ぼしたり何なりして……最近は大人しいを通り越して何もしてなかったんだが、ここに来て下手すると過去最大の波乱を引き起こしてやがる。」
「それが最近S級犯罪者が多い――っていうかよく見かける理由なのか?」
「全ての理由ではないがキッカケではある。何を考えてんのか、部下の『紅い蛇』と一緒に他のS級犯罪者を狩り始め、それに対抗する為にS級がかたまったり、次は自分たちなんじゃってビビッたA級が動き出したり、かと思いきやツァラトゥストラなんつー大昔の兵器を無名の悪党なんかにばら撒いて後押ししてみたり……わけがわかんねぇがおかげで裏の世界は大混乱だ。まぁ、そうやって動き出した悪党をあんまり後先考えずに倒して捕まえてる《オウガスト》も要因っちゃぁそうなんだが。」
「……あたしたちもまたどこかのS級と戦う事になったり……するのかしら……」
 カペラ女学園の校長になる前は『豪槍』の名を轟かせる騎士だったグロリオーサは、戦場でこんな顔をした騎士をそれなりに見たなと思いつつ、それでもそういう時が来る可能性が高い現状を考慮し、出来る事はしておくかと口を開く。
「かもな。だがそうだというならせめて知識をつけとく事だ。『ベクター』とのバトルだって、あいつがどういう魔法を使う奴なのかを知ってればまた状況は違っただろう。折角だから、この王城に攻めてきた『パペッティア』についてしゃべっといてやる。」
 あまり聞きたくはなさそうな顔をしながらも、顔を上げたリテリアに笑みを浮かべながら、グロリオーサは一人の人形師について話し始める。
「本名、カルロ・チリエージャ。人形作りが趣味で、その材料として貴重な芸術品やらマジックアイテムやらを欲しがってその為だけに色々と壊してきた迷惑な奴だ。主な武器は人形っつーか、本人が顔を見せた事は一度もなくてな、どこかにひきこもってる本体が人形を遠隔操作してる。一応メインで操ってる……お気に入りなのか知らんが、ピエロの人形が『パペッティア』として認識されてるな。」
「人形が武器って……ああそうか、マジックアイテムとかで出来てるんだっけか。だからその人形が結構強いと。」
「人形が強いのはそうだが、『パペッティア』のヤバさは一度に操る人形の数だ。記録じゃあ百体近くを同時に操った事もあるらしい。その一体一体がそれぞれに威力も効果も種類も全く異なる武器やらマジックアイテムやらで武装してるのを想像してみろ。てんでバラバラでも操ってる奴は一人だから統率はバッチリな上、人形だからどっかが壊れても痛がらないし死なないし、そもそも人形を壊したところで本体にダメージは一切ない。実質的に、騎士側が『パペッティア』っつー悪党を認識してから今日まで、あいつにかすり傷の一つもつけられてないんだ。」
「は、話だけ聞くと最強だな……でも魔法で遠隔操作って事は、結界みたいので人形の操作を切ったりもできるんじゃないか?」
「おお、賢くなったな弟よ。そう、それが『パペッティア』を相手にした時の唯一の有効打だな。」
「有効打っていうか普通に弱点じゃ……だって本体は倒せなくても撃退する事は簡単にできるんだし……」
「確かに数の暴力は殺せる。だが……さっき言ったお気に入りらしいピエロは例外だ。仕組みはわからないが結界の中でも普通に動くし、強さも別格。他の人形は厄介でもそれなりの猛者なら充分に破壊できるレベルだがこいつは部分的な破壊すら出来た事がないらしい。」
「人形に対するイメージが崩れるな……ロボットかよ。」
「ま、『パペッティア』と十二騎士がやり合ったっていう記録は今んとこないから、最前線にいるらしい《オウガスト》と援護に向かった《ディセンバ》が初めてぶっ壊してくれるかもしれないな。」



「だっはっは! 噂の最強ピエロ人形って事で少しワクワクしてたんだが、武器がお手玉とはな!」
『ジャグリングだ、バカが! それに作品にはコンセプトっつーもんがあるんだよ、素人め! どこの世界に大砲抱えたピエロがいる!』
 お手玉やジャグリングと呼ばれているその攻撃は、しかし子供の遊びや一芸の域を遥かに超えている。田舎者の青年が操る回転剣のように『パペッティア』を中心として周囲を旋回する複数のボールは道化師の手足の動きに合わせて弾丸のように撃ち出され、ある物は起爆し、ある物は球状に周囲を飲み込み、ある物は火柱を立てていた。
『だいたい何がワクワクだ、さっきまで人を睨み殺せそうな顔してた奴がよく言う!』
 パンパンという手拍子と共に空中に出現した巨大なボール――サーカス団が玉乗りに使うような大きさとデザインのそれが地面へ落下し、破裂すると同時に無数の斬撃が放たれ、周囲が細切れになっていった。
「だっはっは、こりゃ面倒な相手だな! あいつ自身の魔法なのか仕込んだマジックアイテムの力なのかまだ見えないが、手数と種類の多さは『イェドの双子』のプリオルを思い出すぞ! あれも大量の魔剣を使ってたからな!」
「剣のコレクターと人形マニア、似た所があるのも頷ける。」
 斬撃の軌道をあっさり見切り、無傷で攻撃を回避した二人の会話を聞いて『パペッティア』が腹立たしそうに腰に手をあてる。
『またあいつか、あんなのと一緒にするな!』
 そしてその手を腰から離すと、まるでそこから生えてきたかのようにカラフルなステッキが出現し、それを左右でクルクル回しながら『パペッティア』が二人の方へ跳躍する。
『クリエイターとコレクターは別だ、バカが!』
 その言葉と共に攻撃力があるとは思えなかったステッキから光の刃が伸びて二人へ振り下ろされる。それらをセルヴィアが受け止めた瞬間にフィリウスが爆風を利用した目にも止まらない速度で『パペッティア』の背後へとまわる。だが背中の大剣に手を伸ばす直前で、『パペッティア』はフィリウスの方を向かずに鋭い後ろ蹴りを繰り出した。
「――っとと! ったく、遠隔操作系はやりにくいな!」
 セルヴィアが光の刃をはねのけ、二人は『パペッティア』から一度距離を取った。
「操作してる本体がこっちの状況をどれくらい認識してんのかがわからんから死角や隙をつくのが面倒で仕方ない!」
「つい最近、似たようなのに遭遇したんじゃなかったか? 『フランケン』の機械人形とやり合ったのだろう?」
「いや、『フランケン』をボコしたのは大将たち――」
『機械人形だぁっ!?』
 会話に割って入った怒声と共にばら撒かれた投げナイフが地面を引き裂きながら飛来してくるのを慌てて回避する二人に、『パペッティア』は信じられないという口調で文句を言う。
『『フランケン』の鉄くずを人形のカテゴリに入れるんじゃねぇよ、無知が! 勝手に動いて勝手に判断して、あまつさえ自律して動くモノは人形とは呼ばねぇんだよ!』
「おいおい、ついこの前自動で動く人形を王城に送り込んできただろ!」
『っ――! あんなのをオレの作品にカウントするな! 仕方なく用意しただけの小道具だ、バカが! 装飾の一つもついてなかっただろうが!』
「ほほう!」
 放り投げられた大量のボールの一つ一つから走る稲妻を避けながら、フィリウスがニヤリと笑みを浮かべる。
「今の言葉から察するに、お前が操る人形はその行動の一から十までをお前自身が制御してるって事だな!? ほんの少しの自動もないと!」
『そう言ってんだろうが!』
「同時に百体近くも操ったっつー話もその全てをお前が制御してたとなると――だっはっは! そんなのお前、生き物の領域を遥かに超えた処理能力だぞ! もしかしてお前の本体は水槽に浮かんでケーブルに繋がってる無数の脳みそか!? 身体が欲しくて人形作ってるのか!」
『んなわけあるか! オレの人形はオレのこの手で作ってんだよ!』
「だっはっは、そうかそうか! しかし『パペッティア』よ、『フランケン』の機械人形と違って全てをお前が操作してるって事は――」
『あれは人形じゃねぇつってんだろうが!』
 怒りに呼応するようにどこからともなく出現した火の輪から放たれる広範囲の熱線にフィリウスの身体が飲み込まれた瞬間――

 ガギンッ!

「――ふぅ、なんて硬い手応えだ。何でできているんだ?」
 金属を金属で無理矢理切断したような音ともにそう呟いたのは、いつの間にか『パペッティア』の背後で剣を振り下ろした後の体勢になっているセルヴィア。『パペッティア』がそちらの方へ顔を向けるのを待たずに、風を利用して熱線を防御したようだが多少は受けてしまったようで、元々ボロボロだった服が燃えカスとなって冗談のような筋肉をまとった上半身をさらしているフィリウスの横へとセルヴィアが戻る。
 同時に、『パペッティア』――が操っているピエロ人形の左肩から先がガシャンと地面に落ちた。
「――お前が感情的になったりすると人形の挙動にもそれが出て、こんな感じに隙を生む! さっきまでのピエロの動きがロボットみたいにずっと変わらないとなると攻め手を工夫する必要があったが、そうじゃないならあれこれ煽って怒らせてこの通りだ!」
 十二騎士が二人がかりでも攻めあぐねていたピエロ人形の予測不能の猛攻。そこに生じた隙――人形師である『パペッティア』本人の手元の乱れにより、ピエロ人形は左腕を失った。
 とはいえ、それでもやはり人形の腕。『パペッティア』本人に影響はない上、この場で即座に修復する可能性はかなり高い。あくまで攻撃方法の一つとして効果のありそうな選択肢を見つけられた程度にしか思っていなかった二人の十二騎士だったが――

『あああああああああああああああああっ!?!?』

 ピエロ人形からは凄まじい絶叫が響き渡った。
『ジ、ジムニアの宝、て、てて天才リクマールがう、生み出した至高の――あ、あのエルニーすら嫉妬したという芸術を……』
 ガックリと膝を折り、転がった左腕にわなわなと右腕を伸ばす『パペッティア』。腕のどの部分がこの人形師の言うそれなのかさっぱりわからない二人の十二騎士は、普通であれば「何を言っているんだ?」と怪訝な顔を見合わせるだろうところを、S級犯罪者との戦闘経験がそれなりにある二人はそれぞれ――険しい顔つきで構え直した。

 こいつの本気はこれからだと。

『また……また一つ、至宝が世界から失われた……無知な連中のバカのせいで……』
「だっはっは、一応言っとくと戦闘に使う道具に組み込む方が悪いだろ!」
『芸術が内包されているとわかった時点で、その道具に素直に殺されるべきなんだよ、バカが……『右腕』からのぶつくさが無くてもお前らを殺さなきゃならんという事がよくわかったよ、ゴミ共が。ちょうど……着いたぞ!』
 そう言った途端ピエロ人形が文字通り糸が切れたようにガシャリと倒れ込み、同時に周囲が一段階暗くなった。
「ん? 影?」
 突然自分たちを覆った影の正体を確認する為に上を向いた二人は、奇妙なそれに首を傾げる。
「あー、なんだりゃ? 十字架か?」
「縦と横の長さが同じだから違うと思うが、そうなるとただのバッテンにしか見えないな。」
 それは無数の歯車が重なり、広がって出来上がった巨大なバツ印。シンプルかつ突拍子もない物体はそれゆえにイマイチ高度と大きさがわからず、結局何なのかわからないそれを眺めていると、そのバッテンの中心から金色の光線――いや、見えるか見えないかという細さであるから「糸」と表現した方がよいだろうそれが伸び、ピエロ人形の身体へとつながった。
『先に言っておくが、さっきまでとこれからでは大きく異なる点が二つある。一つは「糸」――キキもアソビも、今までは遠隔操作の「遠隔」に特化した糸を使っていたが、ここからは「操作」に特化した糸を使う。そしてもう一つは、今から人形とお前たちを直接見ながら操作するという事。』
 息を吹き返したようにゆらりと起き上がったピエロ人形。今までの動きの時点で既に人間の動きと遜色ないスムーズな動作を見せてはいたが、そんな何でもない動作からさっきまでとは比べ物にならない圧を二人の十二騎士は感じ取る。
『そしてこの二点がそろった以上、道具は使わない。人形を操る者の腕とは、いかにその人形を不自然なく動かすかという点であり、マジックアイテムを仕込んだ道具を投げるのはオマケに過ぎないからだ。』
 修復はしないのか、切断された左腕はそのまま空高くへと引っ張り上げられて巨大なバツ印の中へと消えて行き、片腕のピエロ人形だけが残る。
「要するに、ここからは殴る蹴るオンリーって事か! 効果がわからないマジックアイテムよりはマシに思うがな!」
『は、少なくともお前の場合は違うぞ。』
 段違いの気配以外は特に妙な所もなく、普通に拳を構えたピエロ人形の姿が消える。その速度はかなりのものだがこれまでの動きよりは少し速い程度で、フィリウスは繰り出されるだろうパンチをかわして一撃入れようと軽いステップで位置取りを変えたが――
「フィリウス!」
 不意にセルヴィアの叫びが耳に入り、それで何かを悟ったフィリウスは回避ではなく防御の体勢をとり――直後、ピエロ人形の強烈な回し蹴りを受けて十数メートル後方へとふっ飛んだ。
『余計な事をしてんじゃねぇぞ!』
 ぐるりと首を動かしてセルヴィアの方へ跳躍したピエロ人形は空中で再度姿を消し、セルヴィアは一瞬自身の右側へ剣を振ろうとするが直前でハッとし、時間がとんだようなとてつもない動きで動作を変更して背後へと剣を突き出した。
『ち!』
 それは突き出されたピエロ人形の拳に正面からぶつかり、衝撃で両者の距離が離れる。
「……!! なんて恐ろしい……到達点で言えば至高の領域と言っていいのだろう……人形だからこそ可能なのだろうが……この上ない違和感で気持ち悪くなる……!」
『お前の気分なんざ知った事じゃないが、この動きに対応できる奴は後手をとっても時間魔法で強制的に間に合わせられるお前くらいだろうなぁ? 二人がかりでも片方は役立たず――そうだろう、《オウガスト》!』
 蹴り飛ばされた先、ガラガラと瓦礫の中から出てきたフィリウスは口元の血を拭いながらも笑みを浮かべる。
「だっはっは、いやまいった! さっきと真逆だな! 『好色狂』の完全完璧なコンビネーションでリズムを崩してくる動きには感動と一緒に心地良さすら感じたが、お前のは気持ち悪くてしょうがない! 人間は――生き物はそんな動きしないぞ、人形使い!」
『あ? ……ああ、そうか、お前も勘違いしてるバカか。人形を操る技術の頂点はその人形をまるで生きてるように動かす事だと思ってるだろ?』
 不意に身体を揺らし、姿を消したピエロ人形のあとを追い、フィリウスは左の方を向いたがそこにはおらず、セルヴィアが向いた右の方に移動していたピエロ人形にフィリウスは苦笑する。
『そんなわけあるか、生き物を動かしたいなら死体でも使え。人形ってのは作者の空想を形にしたモノだ。どうして既存の型にはまらなきゃならん? 思い描いた動きの再現、理想の具現化、どういうわけかこの世には存在していない自身の夢想を形に出来て初めて人形師と言える。人間の真似事しかできない二流共と一緒にするな、バカが。』
 そう言うとピエロ人形は自身の姿を見せびらかすように片腕を開き、酔いしれるようにゆっくりと回り始める。
『お前ら騎士共が偉そうに高説垂れるリズムなんてのは言ってしまえば泳ぐ時の息継ぎ! 動作と動作の繋がりに生き物が持つ欠陥ゆえに生まれる無駄をドヤ顔で隙だの死角だの言ってるだけ! そんなモノは美しくない、そうだろう!? オレの理想はそれを必要としない動き、それを体現する人形――見ろ、この美しさを! 材料も装飾も完全な上に動きも完璧! これを芸術と呼び、これを人形と言うんだ! 遡れば偉大な先達が――』

 人形に関する演説を始めた『パペッティア』を前に、二人の十二騎士は小声で話す。
「つまり、あの人形にはリズムが存在しない。操っているのはあくまで『パペッティア』という人間だというのにそうなっているのは行動の間に糸が挟まっているからだろうが……とにかく、リズムを読む事に長けている――いや、この場合は長け過ぎているフィリウスとは相性が悪い。」
「さっきから読みを外しまくって自信を無くしそうなくらいだ。その上あいつ、俺様と『好色狂』の戦いをずっと見てたからな、俺様の動きは完全に把握されてると言っていいだろう。」
「人形師ゆえに、実際の人間の動きを見る事も得意というわけか……だが不幸中の幸い、今のあいつは対フィリウス特化の状態。私もリズムを読むクセがついているせいで反応が遅れるが、時間魔法でギリギリ追い付けているのは私の動きを把握できていないからだろう。」
「時間をかけすぎるとセルヴィアの動きも掴まれてこっちが詰むが、もう少しかかるか?」
「そうだな……とりあえずピエロ人形は私が抑える。」
「うし、俺様は上のデカブツだな。」

『――つまりだ、中期の頃から始まった曲線主導の思想は――』
「おい『パペッティア』、演説中悪いんだが一つ聞いておくぞ!」
 語りを中断され、表情があれば心底嫌な顔をしているだろうピエロ人形がフィリウスの方を向く。
「お前の話――ああ、人形の歴史についてじゃないぞ? さっき言ってた事を整理するとなんだが、お前の本体は上のドでかいバツ印の中にいる――そうだな?」
『バツ印じゃねぇ、操作盤だ、無知め! 「着いた」っつったし「直接見る」とも言っただろうが、それ以外になんだ、バカが。』
「いやいや、大事件だぞ? 遂に『パペッティア』の本体――カルロ・チリエージャとご対面なんだぞ!?」
『対面するか、バカが! あといきなりフルネームで呼ぶんじゃねぇよ、気持ち悪い。お前らはオレの遥か下、その地面の上で死ぬんだよ!』
 片腕を広げて演説していたピエロ人形が次の瞬間にはフィリウスの目の前へ移動したが、そこから一瞬遅れて間にセルヴィアが入り、打ち出された拳をガードする。
「悪いが私の相手をしてもらう。」
『は、なるほどなるほど役割分担ってわけか。だが《ディセンバ》が死ぬ前に操作盤を落とせるか、《オウガスト》!』
 フィリウスたちの作戦にすんなり乗った『パペッティア』がそう言うと、上空に浮かぶバツ印――操作盤と呼ばれていた飛行物体から無数の糸が光線のように放たれた。
「うおっ!」
 その細さから非常に視認しにくいのだが、相手が『パペッティア』の操るピエロ人形でなければフィリウスの回避技術は充分に発揮され、雨のように降り注ぐそれらをするするとかわしていった。
 だが操作盤と地面とをつないだ糸は直後しなりを見せ、無数の斬撃と化したそれは周囲の瓦礫を切断しながらフィリウスへと襲い掛かった。
「フィリウス!」
「問題ない! いつもやってる事だ!」
 背中の大剣に手を伸ばした状態で尋常ではない数の斬撃を回避していくフィリウスにホッとしたセルヴィアは、次の瞬間顔面に迫っていた蹴りを時間がとんだような動きで回避し、目にも止まらぬ二連撃を斬り込みながらピエロ人形の背後にまわった。
『ふざけやがって、注意が逸れてる状態でもこっちの動きに間に合うなんざ、デタラメ過ぎるだろうが、時間魔法。』
 攻撃を防いだ右腕をおろしながらセルヴィアの方を向いたピエロ人形は、そのまま糸の攻撃を回避しているフィリウスを指差す。
『だがそれこそ時間の問題。いつもやってるとかほざきやがったが、あの糸を動かしてんのはあいつの動きを完全に把握しているオレ。人形を介さないせいでリズムとかいう無駄は残っちまってるがいつも通りとはいかねぇ。そしてお前の動きも読み切るまで残り三割ってところ――勝ち目はねぇんだよ、十二騎士!』
「……本気の人形操作でそのピエロを動かしている傍らであっちのバツ印の攻撃も操作しているとは器用だな。同時に百体という話も考慮すると、普通の人形使いのように手で操作しているわけではないんだろう?」
 立ち位置を調節するようにピエロ人形を中心にしてゆっくりと周囲を歩き始めるセルヴィアに対し、『パペッティア』はピエロ人形を特に動かす事なく会話する。
『時間稼ぎのおしゃべりか? 別にいいぜ、先に《オウガスト》が細切れだろうからな。』
「生憎、片手間に倒せるフィリウスではない。それで、話に乗るなら是非聞きたいな……人形の操作方法を。」
『は、手で操作なんかするわけない。そもそも手から糸、糸から人形なんて一工程無駄だ。人間には端から糸に使えるモンがついてんだろ。』
「糸……そうか、髪の毛か……」
 その結論に至った時点でセルヴィアには『パペッティア』の魔法がどういうモノなのか把握できたが、『パペッティア』は自ら語り始める。
『勿論そのまま使いはしない。どんだけ長い髪の毛だよって話になるからな。オレは自身の髪を媒介として特別に作った専用の糸とオレの思考をつなぎ、指を動かして糸を動かすんじゃなく、糸そのものを動かして人形を操作してる。』
「……頭から伸びている髪の毛であれば脳内の命令を伝えるというイメージとも合致し、魔法の構築はし易い。そしてお前の頭がどれほどの処理能力を持っているかは知らないが、この仕組みであれば人形一体あたりの関節を人間のそれに合わせて約二百、毛髪量を平均的な十万とすれば、理論上お前は同時に五百体の人形を操れる事になるな。」
『一つの関節に一本の糸とは流石の素人考えだが数自体はまあまあ当たりだな。だが心配するな、お前の相手はこの一体で充分だからな!』
 何の予備動作もなく空気を切るピエロ人形の拳、そこから始まる徒手空拳の連撃――距離を取ろうとするセルヴィアを、それこそリズムを読んでいるかのように移動先を完全に見切った上で追い、攻撃を仕掛けてくる『パペッティア』にセルヴィアは防戦一方になる。

 傍から見れば――いや、騎士の言うリズムというモノを知らない一般人からすれば何という事はない、単に『パペッティア』の方が強いからセルヴィアが押されているだけに見えるだろう。
 だがリズムを理解している者からするとその光景は異常な上に気持ち悪い事この上ない。戦闘技術で言えばセルヴィアの方が圧倒的に勝っているのに反撃できずにいる状況と、頭で考えて動く生き物であれば確実に存在する行動パターンの波、リズムが全く感じられないピエロ人形の動きに、まるでトリックアートか何かを見せられているような感覚になるだろう。
 先の『好色狂』同様、今の『パペッティア』も相手が戦闘経験豊富な猛者であればあるほど優位に戦えるタイプなのだ。その上――

『そもそもリズムとかいう思考パターンによる行動予測でデカいツラしてるお前たちは「動作」の根本を何もわかってない。』

 人間であれば一呼吸入れなければ続かない連続攻撃を、人形故にその必要がない『パペッティア』はわずかな小休止も入れる事なく、あまつさえ講義を挟みながら継続する。

『生き物は関節の構造を超える動きは不可能である事、一つの動作には複数の関節の連動が必要である事、この辺を理解していれば相手がどういう考え方をしようが関係ない。絶対に無い動きを排除し、一瞬ごとの全身の動きを把握すれば連動の先、最終的な行動は見ればわかる。』

 段々と、数秒ごとに、ピエロ人形の挙動がセルヴィアの動きに合わせて洗練されていき、セルヴィアの回避が間に合わず剣や甲冑で攻撃を防ぐ瞬間が増えていく。

『そこに個体差――お前がその身体でこれまでどういう動きをしてきたか、関節はもちろん筋肉や骨に刻まれている「使用感」を読み取ればお前という「人の形」の操り方を手にしたも同然。そう――』

 不意に放たれたピエロ人形のトリッキーな角度からの蹴り。長い脚によるリーチのあるそれを剣で受け流したセルヴィアは大振りな攻撃の直後を攻めのチャンスとして一歩前に――と、恐らく本人はそういうつもりで動いたのだろうが、傍から見ると意味不明な動作――セルヴィアはその後繰り出されたより大振りで隙だらけのピエロ人形のパンチに引き寄せられるように自ら身体を近づけ、それを腹部に受けて殴り飛ばされた。

『――ざっとこんな具合だ。人形に意志が無いように、お前の思考は関係ない。ただその「人の形」に合った糸の動かし方をするだけでお前の身体はオレに操作される。』

 ゴロリと地面に転がるも即座に体勢を整えて立ち上がったセルヴィアは、口元から垂れる血をグイッと拭う。

『は、割といい一発が入ったみたいだな。淫乱夫婦みたいな馬鹿力はないがオレの操作技術と人形を形作る至高の材料とでそこそこ鍛えた奴が強化魔法をかけたくらいの威力はある。一撃必殺にはならないがもう詰みだろ? お前の攻撃は当たらず、こっちの攻撃は確実に当たるんだからな。』

 戦闘技術云々ではない。人を、目の前の敵の身体を人形のそれとして観察し、その動かし方を理解するという形で攻防を掌握する人形師と、その者の操作で歴戦の猛者が対応できない予測不可能な動きを見せる人形。これまでの戦闘記録から数々のマジックアイテムで武装した人形を同時に複数体操るという点がこのS級犯罪者の強さであると思われていたが、ここに来て判明したこの者の真に厄介な能力を理解したセルヴィアは――

「ふふ、なるほどな。」

 やれやれという感じに笑った。

『あぁ……?』
「いや、確かにお前は天才人形師なんだろう。だが今の一撃……お前が私の動きを思った通りに誘導できるという事実をこちらが把握していない状態で放つ事ができたたった一回のチャンスを、例えば拳を剣などの刃物に変えて致命傷を与えなかったのは失敗だったな。それこそお前が何度も言っている言葉だが……」
 完全な防戦一方で、ここぞという瞬間すら敵に誘われた結果でクリーンヒットをもらってしまったセルヴィアなのだが、どこかフィリウスを思わせるようなニヤリ顔でこう続けた。

「――この素人め。」

『……さすが十二騎士、鍛える事しか頭にない連中の頂点に小難しい話は容量オーバーってわけだな……』
「ちゃんと理解しているがその上で、だ。更に言うとお前はその人形の攻撃力を説明してしまった。私の動きを把握できても能力は理解できていない証拠だな。知っているか人形師、世の中には魔法というモノがあるんだぞ。」
『この人形に時間魔法は効かないし、何なら操作盤にも通用しない……仮に《オウガスト》が渾身の一撃を撃てたとしても壊れない自信もある……魔法がある? だからなんだ、それが意味ないって話だろうが、バカめ!』
「ふふふ、フィリウスの一撃をあまり舐めない方がいいし過信は毒だぞ。それに時間魔法の使い方には色々ある。何なら素人にもわかりやすく教えてやろう、この先の流れを。」
『は! ご教授願おうか、十二騎士!』
 跳躍と同時に空中で姿を消したピエロ人形は次の瞬間セルヴィアの真横に出現して右の拳を突き出し――それを寸前で止めた。
「おや、どうした。殴らないのか?」
『なめてんのか? お前の動きは把握したっつっただろう、動かない事はわかってんだよ! 何を狙ってやがる!』
「ここから先、私はまだお前に見せていない……いや、魔法を使った戦闘をそれなりに経験していれば知っていただろう時間魔法の使い方をし、それに焦った隙をついてお前のお気に入りの人形を破壊する。さっき左腕を斬った時に硬さは理解したからな、次はもっと上手く斬れるだろう。」
 無防備に、自分に拳を突き出しているピエロ人形の方へ身体を向けるセルヴィア。
「するとお前は怒り狂い、さっきのフィリウスの言葉通りに手元を狂わせて今フィリウスを攻撃している糸のリズムを乱す。その隙を逃さずフィリウスの一撃がバツ印に放たれ、『パペッティア』ことカルロ・チリエージャは地面へと落下する。まぁ、そちらに隠し玉があれば最後が少し変わるかもしれないが、だいたいこんな感じだ。」
『……』
 突き出していた拳を下ろしたピエロ人形は、しかし距離を取るでもなくそのまま、セルヴィアの剣の間合いであり、自身の四肢の間合いでもあるその場所で目の前の十二騎士を見る。
『……言った通り、馬鹿みたいなパワーはないがそれなりの力はある。そして、「人の形」を壊すのに大層なモンは必要ない。この距離、あっさり殺せるぞ?』
「結構だがもしも殺せなかった場合、この距離、そっちの回避よりも速く人形を壊せるぞ?」

 まるで荒野で向かい合ったガンマンのような静寂の後に繰り広げられた動作は一瞬にして簡潔。ピエロ人形の蹴りがセルヴィアの首へ入り――セルヴィアの剣がピエロ人形を袈裟斬りで真っ二つにした。

『な――』
 ガシャリと転がったピエロ人形に対し、わずかな回避も防御もせずに蹴りを受けたセルヴィアは何事もなかったかのように追撃を加え、残りの四肢と首を切断した。
「お前の言う通り人形に関しては素人だが、これくらいバラバラにすれば動かせないだろう。」
『バ、バカな――確かに手応えがあった! オレの人形は確実にお前の首を――!』
「ああ、そこがポイントだ。時間魔法を使った防御方法として一番有名なのが時間を止める事。自分自身に対してはほんの一瞬しか効果を発揮しないが、もしも私がこれをしていたら……きっとお前は金属の塊でも蹴ったような手応えに防御された事を理解し、私の反撃に即座に対応出来ていただろう。だが手応えは充分、なのに私はケロリとしている――これがお前を動揺させた。それはさっき左腕を落とされた時のように人形を操る手を……ああいや、髪の毛を使っているなら頭か? ともかく人形の操作を乱し、完璧に把握できているはずの私の動きに対応できずにこうなり、ああなった。」
 転がるピエロ人形の首を剣先でちょんと突いて向きを変えたセルヴィア。その先では――

 ドゴォンッ!!

 空中に浮いていたバツ印――操作盤は真下で炸裂した強大なパワーに形を構成していた無数の歯車をばら撒きながら、轟々と崩れて行った。
「フィリウスの一撃は現状、フィリウスとその弟子しか使い手のいない純粋な破壊エネルギー。こと、モノを壊すという点においては恐らく世界最強の力だ。ピエロの動きが乱れたならあっちの糸攻撃も同様、私がさっき言った通りになったな。」
 蹴られた首に手を当てて軽くため息をついたセルヴィアは、巨大な建造物が空中で崩れていくというスペクタクルを眺める。
「天才的な人形師は今までの敵……騎士をその数で圧倒してきたのだろうから、今みたいな一対一は初めてなんじゃないか? 払う注意も向ける意識もその重みが段違いになるから戦闘経験の差が顕著になる。そして私は、一対一であれば十二騎士最強とか言われてる女だ。戦いの素人が相手と土俵を間違えた結果だな。」
『……もう勝ったつもりか……?』
 やれやれと腰に手を当てるセルヴィアに対し、転がるピエロ人形の首が呟く。同時に、ガラガラと落ちてくる操作盤の瓦礫の轟音の中でもよく聞こえる大声がセルヴィアに届いた。
「だっはっは! まさか同じのがあるとはな!」
 上を指差すフィリウスに気づいたセルヴィアは崩壊する操作盤の隙間から見えるその上――空が見えるはずのそこにあるモノを視認して少し驚く。
「もう一つ、か……」
 そこにあったのは崩れていく操作盤と全く同じ形状の飛行物体。二つ目の、バツ印である。
『は……だからお前らは素人なんだ……オレが造った人形をあんな簡単な形状の操作盤一つで動かせるわけない。操作盤は複数――当然だろ……!!』
 不意に宙に浮かぶピエロ人形の首。それと入れ替わるように、フィリウスとセルヴィアを空から降ってきた数体の人形がそれぞれに囲む。
『このピエロはオレのお気に入りだ……最高傑作だ……だがここに至るまでに生まれた、最高には届かずとも傑作には違いない二番手三番手がある……お前の言う、数で圧倒してやるよ、バカ共がっ!!!』
 人型ではないモノ、腕が多いモノ、五メートルほどの巨体のモノ、様々な人形がそれぞれに臨戦態勢に入るが――何故かフィリウスとセルヴィアは肩の力を抜いて立っていた。
「……少し前から私とフィリウスは気づいていて、たぶんお前の天敵になるから私たちはそれまで耐える事にしたんだ。操作盤の上に操作盤? 空気の動きを読むフィリウスが気づいてなかったとでも? のんびりお前の敗因の解説をしたのももう一押しを稼ぐためだ。ほら、見てみろ。」
 セルヴィアが指差した先、周囲に広がる瓦礫の山をピョンと飛び越えて空中に躍り出たのは――

「お二人はその場から動かないようにお願いします。」

 ――一人のメイドだった。
『――!?!?』
 瞬間、二人の十二騎士が立っている辺りを除いた周囲一帯の風景がグニャリと歪み、新たに登場した人形たちから上空の操作盤へ、まるで油の染みた縄に火をつけたかのように、一直線に炎が走り出す。
『なん、だこれは――人形が……オレの糸が!?』
 糸が切れたのか、バタバタと倒れていく人形は次にその表面をドロドロと溶かし、あるいは黒焦げにしていく。その現象は地面や瓦礫にも波及していき、まるで一帯が見えない炎に焼き尽くされていくかのように様変わりしていった。
「そう、結局は糸なんだよな! お前の人形は結界の中とかだと動かなくて、ピエロ人形だけが例外ってのが記録にある事実だが、今日戦ってみて理解した! 動かないのと動くのの差は使ってる糸であり、お前が人形を動かしてる方法はやっぱり糸なんだってな!」
 読み通りという感じの顔で笑うフィリウスに続き、セルヴィアが口を開く。
「勿論魔法によって生み出された特殊な糸だろうから物理的な切断はできず、きっと絡まったりもしないのだろう。ピエロ人形には一層の力を込めて作った糸を使っているからそこらの結界魔法では効果が無く、逆にその糸を使う場合は同時に操れる数が減る……とか、まぁきっとそんな感じなのだろうが問題はそこではなく、注目するべきは結局魔法で動いているという点。私の、単純に考えれば最強の力である時間魔法も魔法であるがゆえに対抗策がそれなりにあるのと同じように、お前の糸にも効果的な攻撃というのがあるわけだ。」
 崩れていく操作盤から降り注ぐ歯車は空中で液状に溶けていき、その更に上に浮いていたもう一つの操作盤もその形状を段々と歪ませていく。
「お前ご自慢の糸をどうにかする条件は三つ! 一本一本ちょん切ってくんじゃ埒が明かねぇから欲しいのは広範囲攻撃! しかも一部が欠けてもすぐに元通りになるだろうから継続的に、途切れることなくダメージを与え続けるタイプ! でもって天才人形師の糸をキッチリ千切れるような威力!」
「S級犯罪者『パペッティア』とその手足たる人形を繋ぐ糸。これをどうにかできればどんな人形が何体控えていようと、リズムが存在しない動きをしようと、こちらの動きを完全把握されようと、関係はない。私とフィリウスの引き出しには今の条件をクリアできる技が無かったから、彼女が近づいて来たと気づいた時点で私たちの行動は時間稼ぎに変わった。」
 辺り一面が文字通り灰燼に帰していく中を悠々と歩いてくるメイド。宙に浮かんでいたピエロ人形の首が、ぷつんと糸が切れて落下しながらその名前を呼んだ。

『《エイプリル》……!!』

 地面につく頃には原型をとどめないほどにドロドロになったピエロ人形の頭がベシャリと落ちるのを横目に、メイド――世界最強の十二人の一人、第四系統の火の魔法の頂点に立つメイド、《エイプリル》ことアイリス・ディモルフォセカがペコリとお辞儀した。
「遅くなってしまい申し訳ありません。」
「だっはっは! ベストタイミングだから問題ない! というか凄いな! この場にフェルブランド王国が誇る実質的な最高戦力がそろい踏みだぞ! よく来てくれたっつーかよく来れたな、本業メイドの《エイプリル》!」
「それは……カメリア様のご命令でして……」
「それはそうだろうな! だがなんでまたカメリア・クォーツが十二騎士出撃の命令を?」
「王城にあの……大きな道化師の顔が出現した際、たまたま所用でカメリア様もいらしていまして、《オウガスト》殿の一戦から《ディセンバ》様の出撃までの一部始終から私にも行くようにと。」
「だっはっは、そいつは見事な判断だったな! ぶっちゃけあの人形使いに特効な《エイプリル》の魔法が無かったらだいぶヤバかったぞ!」
「見事と言いますかその……「妹の未来の旦那様の育ての親のピンチよ!」と……」
「だっはっは! そりゃあたまたま王城にいてくれた事に加えて大将にも感謝しないとだな!」

 ズンッ!!

 大笑いするフィリウスの笑い声に呼応するように、一際大きな瓦礫が地面へと落下した。
「……この見た目、中身は……」
「だろうな!」
「すごいですね……私の熱で溶けなかったのですか……」
 二人が構え直し、一人が目を丸くしたのは巨大な金属の球体。周囲のモノが灰かドロドロの物体になる中で形を保っていたそれは突如歯車が噛み合うような音を放ち、花が開くように展開した。
「やっぱりご対面になったな! カルロ・チリエージャ!」
 操作盤を形作っていた無数の歯車らの中から出てきた、それら以上の頑丈さを持つ物体。当然、その中身はこの場の全てを動かしていた糸を操っていた者――『パペッティア』の本体である。

「ふざけ、やがって……!」

 その第一声に、騎士ではない故にS級犯罪者に詳しいわけではないアイリスを除く二人は今日一番の驚き顔になる。
 高圧的な口調とその声色から誰も疑うことなくそうであろうと思われていた『パペッティア』の本体。同じコレクターである『イェドの双子』のプリオルが比較に出される事が多く、青年、もしくはもっと若い男か、はたまた老人が出てくるのではないかと、多くの騎士が想像していたのと同様のイメージをフィリウスも持っていたのだが……そもそも性別からして予想と違った。

「天才たちの傑作を、唯一無二の至宝をグチャグチャに……わかってんのか、これは世界の損失なんだぞ……!」

 男勝りな女性というのは珍しくないし、何なら見た目は少女だが中身は世界最強の剣士という者もいるわけだから見た目と中身に差があるパターンはそれなりにある。
 だがそれでも、そんな者たちを数多く見てきた十二騎士たちでも驚くほどのギャップ。ピエロ人形から聞こえていた声は加工されたモノだったのか、それとは異なる幼い声のその人物は――まるでお人形さんのような格好をした可愛らしい少女だった。
「……その姿も人形ということではないだろうな……」
「だっはっは! そう言いたくなるのもわかるがこれには違和感が全くない! いや、違和感だらけだが存在自体は正常だ! なかなか可憐な正体じゃないか、『パペッティア』!」
 ふらふらと球体の中から出ていた少女は、目の前に立つ三人の十二騎士に鋭い視線を向ける。
「黙れ醜い肉ダルマ! こうして直接見るとあまりの不安定さに気分が悪くなる……! 造形美ってもんを知らないのか、バカめ!」
「だっはっは、人形を失った人形師のクセに態度が全く変わらないな!」
 その可憐な――いや、見るからにか弱い姿に、しかし油断は一切なく、まだ何か奥の手があるかもしれないと警戒を保ちつつ最後の一撃を加える――命を奪うのか気絶させるのかはわからないがそんな気配を感じた少女は、しかしこちらも一歩も引くことなくゆらりと独特な構えを取る。
「むざむざ捕まれと? 悪いが――」
 少女の人形のように美しい金髪が光を帯びる。髪の毛がこの少女――人形師にとっての糸である事から攻撃が来ると判断した十二騎士たちだったが、するりと伸びた金色の糸は何故か少女の首に巻きついた。
「――カルロ・チリエージャを名乗った時から幕引きは決まってる。」
「!! おま――」
 少女が何をしようとしているのかを察したフィリウスだったのだが、何故か身体をピクリとも動かす事が出来ず、いつの間にか身体のあちこちに巻き付いている金色の糸にギリッと歯ぎしりをしたフィリウスは少女を睨みつける。
「おお、こわい顔だな、《オウガスト》。だがお前が思ってるのとは少し違う展開だ。先に言っておくが――」
 しゅるりと金色の糸が首に食い込み始めると、少女は勝ち誇った笑みを浮かべてこう言った。

「「これ」を破壊できるのは、次の『パペッティア』が操っている時のみだ。」

 音もなく、少女の頭部が首から離れる。だが大量の鮮血が噴き上がる事はなく、二つに分かれた少女の身体は糸がほどけるかのようにふわりと消え――気がつくとそこには一体の人形が倒れていた。
 先ほどドロドロに溶けたモノと比べるとかなり地味な上、材質もただの木だが間違いなく――それは『パペッティア』の一番のお気に入り、ピエロ人形だった。
「な……」
 フィリウス同様に動けなかったセルヴィアは、不意に身体に自由が戻るも、目の前で起きた事に理解が追いつかずに困惑する。
「どういう……ことだ……? 死後自身の身体をマジックアイテムに変貌させる者というのはわずかながらいるし、『パペッティア』が人形になるというのは理解できなくもないが……言葉の意味がわからない。次の『パペッティア』とは一体……? それにカルロ・チリエージャを名乗った時とはどういう……」
 警戒しながら近づくも、それがただの人形とわかったセルヴィアがピエロ人形をガチャリと持ち上げる横で、フィリウスはスッキリしない顔で大きなため息をついた。
「ったく、まるで十二騎士だな。」
「! 何かわかったのかフィリ――」

「ちょっとぉー!」

 セルヴィアの問いかけを遮ったのは瓦礫の山の影からひょっこりと顔を出したサルビア。
「戦いは終わったのよねん!? なんかこっちの二人が起きそうだから何とかして欲しいわん!」
 激戦の中をそそくさと移動していた《オウガスト》の『ムーンナイツ』の面々は、口元をむにゃむにゃさせて今にもあくびをしながら起きそうな『好色狂』の二人を指差す。
「げ、なんつー回復力だ! とりあえず『パペッティア』のバトルは終わりだ! その人形についてはたぶんわかったから後で説明する! 先にあの二人を完全拘束するぞ!」
 ドタバタと、S級犯罪者と二連戦したとは思えない軽い雰囲気で走り出したフィリウスに、セルヴィアはやれやれと肩を落とす。
「一先ず……二つか。」
 この後に控えている残りの敵――『右腕』と関わりのあるS級犯罪者たちの事を考えると気が重いが、一日で二人――一組と一人のS級犯罪者を倒したという快挙に、セルヴィアはググッと伸びをした。

騎士物語 第十二話 ~趣味人~ 第三章 夫婦と人形師のリズム

『好色狂』から『パペッティア』への連戦になりました。
S級犯罪者の皆さんは大体、戦いの前に彼らが如何にしてそういう道に進んだのかを書きますが、『パペッティア』は都合上、次のお話になります。

実のところ、登場させた時点で考えていた『パペッティア』の本体は「可愛い少女」ではありませんでした。ここまで予定外な変化を遂げたのは初めてかもしれませんね。

次は『パペッティア』のお話から始まり、更なる敵――もしくはそろそろ主人公に登場してもらうかもしれません。

騎士物語 第十二話 ~趣味人~ 第三章 夫婦と人形師のリズム

『好色狂』との戦いが佳境を迎え、それを眺めていた『パペッティア』との戦いにも臨むフィリウスたち。 圧倒的な強さを前にしたその時、思いもよらない援軍が来て――

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更新日
登録日
2023-10-25

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