掌編集 7
61 またあの駅に
どうしてひとりで知らないところにいるのだろう? 始まりは、毎回その駅なのだ。
たどり着いたであろう駅は名前もわからない。出ていない。
とにかく、帰らなければ……
私は路線図を見ている。
見渡しても、帰る駅は載っていない。
それでも、私は電車に乗った。
そしてどこかのホームに立っていた。乗り換え駅だろう。電車を待っている。
乗り継いで、また乗り継いで、ようやく都会の、私の知っている駅名があった。
これでようやく家に帰れる。
次にはマンションの前にいた。まぎれもなく私の住んでいるマンションだ。
エレベーターに乗った。ボタンを押そうとして怖くなる。
私のマンションに7階はない。5階建てだ。ではここは?
訳がわからないが、4階を押した。ここは私のマンションのはず。こじつけでもいい。無理やりそうしてしまう。
しかし、エレベーターは止まらない。7階でも止まらない……上昇していく。
夢です。
こんな夢を何度か見た。
ああ、またあの夢だな……と夢の中で思っている。
︎
調べてみました。
電車で家に帰れない夢の意味は
「焦りを感じている」
電車で家に帰れない夢は、目標にたどり着けず焦っている心理を意味する。
夢占いでの電車は、自分で行き先を決められない不自由さの象徴でもある。
エレベーターの夢を見る時は、不安や恐れといったネガティブな感情が強く出てしまっているかもしれない。
必要以上に、将来について不安になってしまったり、自分の人生が嫌になってしまうこともあるかもしれない。
しかし、ネガティブな感情が湧き出ている時は、チャンスでもある。
「どうして、自分はこんなに不安になってしまっているのか?」
ということを向き合うきっかけにもなる。
しっかり向き合い、自分で答えを出すことができれば、大きく人生が好転していくはず。
https://jingukan.co.jp/fortune-lab/yumeuranai-elevator/
62 ペンネーム
こちらでは使わなかったが、あるサイトのペンネームは曲からいただいた。
バッハの
『無伴奏ヴァイオリンパルティータ第2番の第5曲 『シャコンヌ』
ヴァイオリン独奏でどこまで音楽を作れるかという限界に挑戦した曲で、難技巧を駆使して、ヴァイオリンソロによって壮大な世界が描かれている。
現代のヴァイオリニストにとっても「レパートリーに欠かせないバッハ作品」
あまりにも、素晴らしい展開と、単純なのに印象に残る旋律を持っているため、この『Chaconne』は、音楽の父、J・S・バッハの代表曲の1つとなっている。
そればかりでなく、本来形式名である『Chaconne』の中でも際立って目立つ作品のため、通常、『Chaconne』といえば、バッハのこの作品を指し、Chaconneの代名詞ともなっている。
携帯電話を初めて持ったときのメールアドレスは決めていた。
しかし、すでにいた。
ペンネームはまだ見たことがないが。
︎
ペンネームは性別年齢不詳にしようと思っていた。
作品を読んでいて、作者が男性か女性かわからないことがある。文面でもペンネームでもわからない。
主人公もそうだ。数話、女だと思って読んでいたら体格のよい男だった……とか。
ある作者の作品も、物語のラストまで女だと思っていた。女性が出てきてパートナーになる?
同性愛者だったの? いや、男でした。
そういえば、病室にいた別の患者は男性だった。
読み手が不注意だった? しかし、なぜ女だと決めつけてしまったのだろう?
自分が女だからそう思ってしまうのか? 『私』が男か女か? 早々にわからせておかないのは作者の落ち度か?
登場人物が『私』の場合、性には何度か騙された。意図的ではないだろう。
ペンネームで勝手に思い込む私がバカなのか、作者が悪いのか? 勉強になる。
シャーロック・ホームズは実は女だった?
なんてことも……無理だよね。原文ではheになっているから。ワトソンは部屋を借りにきたsecond manだし。
あるミステリー。絶対映像化できないと思う。作者の仕掛けに最後まで騙された。主人公は若い男性だと思っていたら老人だった。
久々に感心した。大どんでん返し、見抜けなかったのが主人公の年齢だったとは……
63 褒める
子供の頃は嫌いな子とは距離を置いた。何人かで遊んでいても、嫌いな子が入ってきたらそっと抜ける。
大人になっても、嫌いな人は嫌い。親も先生も近所の人も、いつも笑っている人気のある女も大嫌い。人間嫌い。他人の悪いところばかり見える。
そんな感情を表に出さないようにした。だから友達は少なかった。損だったと思う。
ケチで無愛想。
そんな私が姉の紹介でブティックで働くことになった。
性格を変えてみたかったのもある。
小さなブティック。ほぼ常連さんだけの店。
面接の時に、変わった店だと言われた。きついけど大丈夫? かと。
嫌な客が多かった。暇つぶしに来る小金持ち。ブティックに毎日いらっしゃる。長時間いらっしゃる。
頭の中で嫌いな客のワーストスリーを決めた。両頬を引っ叩いてやりたくなる女、鳥のように首をひねりたくなる女、あとは近づきたくもない女……
嫌い、嫌い、嫌い……でも、顔に出してはいけない。
店長に言われた。かわいがられた方が得でしょ……
店長は私の性格をわかってくれた。いいところもたくさんあるんだから、と。
とりあえず、店長の懐に飛び込んだ。
ずいぶん本を読んだ。
褒めてみる。褒めて、相手の顔が変わっていくのを楽しめ。
14年も働いていると、口が勝手に動く。すらすらと心にもないことを喋っているこの声は誰?
お世辞がベタベタ。
「わたくし、いくつに見えます」
と誰にでも聞く70近い未亡人。若く見えると思っているのだろうな。
「40代に見えますよ」
言葉がバカ丁寧。口紅をルージュ、と言う。
年にしては歯がきれいだった。
子供の頃から小魚を食べていたのかしら?
本気で褒めたら、
「全部かぶせてあるんですのよ。1本◯万円」
喋る喋る。
「ワタクシ、お付き合いしている殿方がいるんですの」
今は老人施設で短時間働いている。
自然に出る。
髪型素敵ですね(羨ましいくらい量が多い)
眉の形がいいですね。(90代の女性がアートメイクをしている)
モテたでしょう?
部屋に閉じこもっている男性には、
「みんな、 ︎さんに会いたがってますよ」
「まだまだ恋ができますよ」
ふたりで爆笑。
1度だけ言われたことがある。80歳を過ぎた認知症のご婦人に。
「おべんちゃら、言ってんじゃねーよ」
ドキッとした。でも、この女性、大好き。
64 結論だけ言え
ブティックで働いていたときのお直し屋さん。
高齢だったが、パンツの裾上げや、ファスナーの付け替え、大胆なリフォームまでやってくれた。腕がいい。値段も安い。
芸能人の服を扱ったことがあるとか。聞き流していたが。
話が長い。
「このパンツの裾上げ、急ぎでできるかしら?」
店長が聞く。
「今日は帰ってから、◯◯様のあれをやって……あの方のはああだから、こうでこうで、そのあと、 ︎ ︎様のあれが、ああしてこうして……」
と延々と続く。
おしゃべりな人だ。
店長も暇な時は喋らせておく。帰ってもひとり。話す相手もいないから、と。それに、店長のお直しはただでやらせている。中元、歳暮も寄越すし。私が入る以前から。
電話も同じ。
「明日まで直しできるかしら?」
できないと買っていただけない。
「今日はこれから、ああしてこうして、ああだからああなって……」
「お客様がお待ちですっ!」
店長がビシッと言うと、
「すぐ伺います」
結論だけ言え!
ところが、旦那様が入院中、病院に行っても話すことがなく、すぐに帰ってきてしまう、とか。
あのおしゃべりな人が?
客にも仲の良いご夫婦は稀だった。ほとんど口を利かない。地位のある旦那さまには若い愛人がいる。だから、自分も負けじと散財する。
そんなふたりの社長夫人がカウンターで話していた。
「うちは、素人に手を付けちゃうのよ」
若いうちは夫婦で頑張ってきた。成功してから夫人は寂しくなるばかり。ひとりで世界遺産の旅とか行く。値段も見ないで買ってくださるが……
「じきに、できなくなるでしょ」
もうひとりの方は、やがて旦那が脳梗塞。
「あんたの下の世話なんかしないよ」
とか言いながら、手元に戻ってきた旦那さまの世話があるからと、店には来なくなった。
65 昔は良かった
すぐ近くの小さな縫製工場で5年くらい働いていた。初めは娘が幼稚園に行っている間だけ。
融通が効いた。ミシンはできないから簡単な作業。糸の始末をして仕上げする。できあがったものを数えて段ボールに詰める。
家から5分の距離。昼は帰る。時給は平均より安かったが。
やがて、景気が悪いのかミシンの女性たちは辞め、ミシンは処分された。残ったのは裁断担当の年配の女性ひとりと、最後に入った仕上げ係の私だけ。
私は裁断に回された。広い反物を伸ばし裁断機で切って重ねる。ボーダー柄は両端からふたりでハサミで切っていく。重ねたものに、社長が型紙を当てカットする。
娘が小学校に入ると、放課後工場に帰って来る……家庭的な雰囲気だった。端っこで宿題をする。ランドセルを置いて遊びに行く……ありがたい職場だ。感謝している。
社長は名ばかりの独身の50くらいの男性。父親が指図していた。父親は地方から出てきて縫製会社に勤め、お嬢様と結婚して婿に入った。
景気がよかった時代があった。ビルが建ちヨーロッパへ研修旅行。
倒産した時、長男の現社長は大学生で、北極に行っていた、という。この地に来て、息子の名で会社を始めた。倉庫のような建物で。
息子が3人いたので会社名は三睦◯○○。3人仲良く……
しかし、残ったのは大学を中退した長男だけだった。
この方は頭はいいのだろうが仕事はできなかった。信じられないようなミスをした。右袖を多く取る。左袖は足りない……
期日に間に合わせ私も残業をして間に合わせた。皆で段ボールに詰め集荷に来てもらい終了……やれやれと思ったら、1箱荷物を乗せ忘れ、車で届ける。
そんなことがしょっちゅうで、父親に怒鳴られていた。
母親は毎日歩いて顔を出しにきたが、苦労をしたことのないお嬢様は、落ちぶれても何もできない。何もしない。
この方は縫製会社のひとり娘で、爺や、ばあやがいたそうな。
家事はできない。料理はご主人や息子がやっていた。滅多に借りないがトイレも、続くキッチンもすさまじかった。
時々、長野に嫁いだ娘さんからりんごが送られてくると、切って出してくれたがネギ臭かった。包丁をしっかり洗わないのだろう。
息子3人は有名な ︎ ︎学園の出身。奥様の指には大きな石の指輪が。
きっと偽物だよ。旦那がとっくに金に変えた……長くからいるパートの女性が教えた。
健康保険だか、年金だかの取り立てがよく来ていたが、いつも払えなかった。
頑張っていたのは高齢の父親だけ。息子は頑張ってもミスばかりで足を引っ張る。そんな時に父親が心臓の手術をすることになった。
お金もないのだろう。3人も息子がいながら誰も頼りにならない。
「負けないぞ」
と、工場でドラマのように大声で自分に気合を入れていた。
どちらの母親だかわからないが、おばあさんが亡くなった時には火葬だけだった。
奥様はやがて認知症になった。何もしないのだから早いのだろう。足だけは丈夫でよく歩いた。歩いてどこまでも行ってしまう。父子は必死で働いているのに何の役にも立たなかったが、大事にされていた。
安い時給、遅配する給料。汚い工場。夏はエアコンもなく扇風機だけ。冬は床がコンクリートだから寒い……そんな愚痴を姉に言っていた。
ある日、姉がよく行くブティックで募集していた。姉は子供がなく正社員で都心まで通っていた。おしゃれで服には金をかけていた。
私はまだきれいなうちにおさがりを貰えたので、服に困ることはなかった。入学式も卒業式も七五三も姉の服を借りた。パールまで。友人にはいいものを着ている、と言われていた。
姉は店長に、私のことを話した。
「センスがなくても大丈夫ですか?」
「欲しいのは事務のできる子。売るのは私(店長)だから」
仕事は週3日。朝10時半から夜7時まで。下の娘は喜んだ。
「おかあさん、きれいな服を着てるならいいよ」
私が辞めた後、工場には新しい人が入った。しかし景気は悪くやがて会社はなくなった。社長は会社勤めをしている、ということだ。
66 突拍子もない
某サイトの先日のお題『マシマシちゃん』
ときどき、突拍子もないお題が出る。絶対書けない、と思うようなもの。
『マシマシちゃん』なんて知らない言葉。
︎
どうしましょ、どうしましょ。
まず、マシマシちゃんの意味がわからない。検索したらラーメン屋のことばかり。増量のことらしい。
増量ちゃんはわたしです。
2年前、某ブログで知り合ったAさん。
アラカンの主婦、ブログ初心者、朝はウォーキング、趣味はゴルフ……等、自分に似ていたので、お邪魔して友達になった。
住んでいる場所は離れている。名もペンネームしか知らない。なのに、だから、なんでも話せた(?)
夫の悪口、子どもの不満、いやなこと、愚痴ったり励ましたり。
会うこともない。どちらかになにかあれば、そこで終わる。そんな関係。それでいいと思っていたのだけれど。
来月、用事でこちらのほうに出てくることになり……
会おうと言うのだ。
さあ、大変。
なんたって、会うことはないと思っていたので、全部マシマシちゃん。
年齢はアラカンよりかなり上。
たくさんマシマシしたのは?
生活レベル。
家は雑誌で見た某建築家に頼んだ、とか。これはお嫁のご両親の家のこと。
薔薇が好きで、季節には近所の人が見に来るとか。これは近所の豪邸の話。実際はベランダに死にそうなのがひと鉢。
料理の腕。お菓子はパティシエになりたかったとか。
ブティックに勤めていたから、センスがいいと思われている。勤めていたのは事実だけれど、今じゃ体重マシマシちゃん。これはかなり少なめに言ってある。
歯もないし、耳も遠い。髪も真っ白。でも、お金もないから自然のまま。これじゃランチなんて無理無理、会話なんてできない。
どうしよう、どうしよう。
誰を死なせよう。
なんて、そこまでひどくはない。嘘は吐いてない……はず。
会いたいような、会いたくないような。
なんかドキドキ。
若いですね、と思われたい。
どうしよう、どうしよう。
67 百歳のカリンさん
カリンさんはもうすぐ100歳。夜眠れないらしい。一睡もしていません、という申し送りが多い。
部屋に行くと、私に訴える。
「泥棒が、みんな持っていっちゃったの」
「猫と、犬と、うさぎと馬まで来て、掛け布団をはがしたの。寒くて寒くて……」
真剣に、私の目を見て涙まで流す。
旦那様とふたり暮らしだった。ノミの夫婦。
施設に働き始めてすぐに、カリンさんが入居してきた。うちのマンションの真下の1階の方だ。マンションでは滅多に顔を合わさなかった。挨拶をする程度だった。
入居してきた時にすでに90歳は過ぎていた。旦那様ひとりでは面倒みきれなくなったのだろう。
でも、この旦那様は毎日面会に来た。
施設は近い。私の足で5分のところ。
旦那様は毎朝、奥様の使わなくなった車椅子を押してやって来る。
来るだけで疲れてしまうのだろう。奥様のベッドで横になる。奥様は施設の車椅子に座り、リビングにいる。すでに、旦那様だとは思っていない。
「かわいそうなおじいさんに、家を貸してるの」
家は4軒あるのだそう。息子は頭が良くて親孝行、だそう。
おしゃべりだ。本当なのかどうなのか?
旦那様は働き者だけど、女好き! とケロッと言った。
ときどきは同じユニットの年下の男性を旦那様だと思い、部屋に入ろうとして怒鳴られる。
「バカやろー」と。
負けてはいない。
「バカって言った方がバカなんだ」
旦那様は自分が先に逝くわけにはいかない、と言ってたが、やがてコロナ禍で面会できなくなった。
会えなくても平気なのか、奥様は?
そのうち、ひとり暮らしの旦那さまの部屋に、ヘルパーさんが通うようになった。なんとそのヘルパーさんが、私が勤めていたブティックのお客様だった。
そうして、旦那様は先に逝った。奥様には面会できないまま。
奥様には知らされない。
奥様は100歳になった。
おめでとう。
お祝いの賞状が部屋に飾ってある。
68 施設のモニターに
介護施設にカメラは何箇所も設置されている。防犯もあるが、事故等が起きた場合確認できるように。
短時間の周辺業務で入ったばかりの頃、私はユニットのキッチンで朝食の副菜を刻んでいた。リビング全体は見渡せない。
介護職員は早番はひとり。10人を次々に起こしてくる。(夜勤が数人すでに起こしている)
入居者の男性が「アブナイヨ!」と叫んだ。
私が見た時には、車椅子の小柄な女性が立って壁に突進していくところだった。歩けない方なのだ。
壁にぶつかってうしろに倒れた。
まるで、中国の歴史ドラマのよう。走って行って壁とか柱に頭をぶつけて死ぬ……まさか、自殺行為じゃあるまいが。
それからが大変。職員が集まる。早番に夜勤に隣のユニットの者も。私は見ているしかなかった。
資格のない私は配膳等の手伝いだけ。
その入居者は足を骨折し、しばらく入院した。
何度もカメラの映像を確認したようだ。私はどのように映っていたのだろうか?
のちに、他の職員が、Yさんのせいじゃないよ、と言ってくれたが……
全然、そんなこと思ってもみなかったけど……
精神薬を変えたらしい。そういえば、朝入って行ったときに、すでにテーブルについていたが、ハイテンションだった。普段は喋らない人なのに。
気がつくべきだった、か。
それからしばらくはカメラを意識した。モニターに各ユニットや廊下が映っている。
︎
先日、朝出勤すると、スタッフルームが騒がしかった。夜勤が早番に話していた。
怖いとか、今夜も夜勤とか、どうしようとか……
お盆だしね……
ちょっと意味不明なので聞いてみた。
人によっては、
「記録に書いてあります」
と、けんもほろろになるから、あまり聞かないのだが。
「出た!」らしい。
ときどき出るのは聞いていた。
霊感の強い夜勤さんは見るらしい。
モニターに白いものが映っていたと言う。
「見る?」
と聞かれて遠慮した。
怖いわけではない。時間がない。
それに、そういうものは信じていない。埃とか光の反射とか、よくわからないが。
でも、施設で亡くなった方なら怖くない。会いたいくらいの方もいる。
多すぎて、忘れられてさまよっているのかも。上述の方も。
しかし、子ども? だって。
同じ階のショートステイの女性3人が、子どもを見たという。ショートステイの方は比較的しっかりしているが。
「子どもが来たわね〜」と。
子どもの幽霊?
この施設は以前は団地だった。そこで、なにかあったのだろうか?
呪怨……や、クロユリ団地……
人間の目とカメラでは感じ取れる光の波長に違いがある。
よく例えに使われるのが赤外線で、最近では赤外線カメラに幽霊が写るという話が、まことしやかに伝えられている。
幽霊が赤外線に近い光を放っているのか、赤外線を反射しているのか?
69 何度生まれ変わっても
『3回目の転生先』というお題で
すみません。私を知りませんか?
あなた、あなた? どこかでお会いしたことありませんか?
私です。私よ……
私たちはずっと愛し合っている……
何度も転生したのですべてを覚えてはいないけど。
覚えているのは、子どもの頃。あなたと私は仲良く遊んでいた。幸せだった。
転生した1番古い時代はローマ。
丘の上でローマが燃えるのをふたりで見た。そして私たちは離れ離れに……あなたの手を離した。私は自分を許せない。
次はしっかり覚えている。忘れられない。あんな地獄。
1942年。私たちは同じ側にはいなかった。
やつらがきて私はあなたをベッドの下に隠した。
が……やつらはあなたを連れ去っていった。
3度目は……何年だったか、9月11日のニューヨーク。私はあなたの写真を撮っていた。笑っているあなたの写真をずっと持っていた。
また、どこかで会えるはず。あなたはきっと私を驚かすはず。
でも、次は離れたくない。
あなたを失いたくない。
離れたくない。もう2度と。
絶対に。
絶対に。
ケイト・ブッシュとエルトン・ジョンの『ウィーラー街に閉じ込められて』
聴き取れるのは、
Rome burning.
we were on different sides.
9.11 in New York,
くらい。和訳も見つかりません。
https://youtu.be/GLAimTCD-Ok?si=7qJHsmIH20T-E2-H
70 孤島の鬼
江戸川乱歩の小説は中学の頃読んだ。文庫本を買い、次から次に。小遣いのほとんどが本代だった。1冊170円くらいだったと思う。取っておけばよかった。
古く黄ばんだ文庫本で、残っているのは詩集だけ。ゲーテとハイネ。たいして読まなかったけど捨てられない。
江戸川乱歩の長編の『孤島の鬼』。
これは、他の探偵小説とはぜんぜん違うと思う。内容は探偵小説。意外な犯人。突拍子もない犯罪。
そこに出てくる医者、諸戸道雄。
同性を愛してしまった青年……
乱歩の小説の中の同性愛者……私は心を鷲掴みにされ、恋焦がれて痩せた。ほんと。
小説の中の男に恋をし、何度も読み返し布団の中で泣いた。
なんだったんだろう? あれは?
探偵小説、江戸川乱歩の突拍子もない物語の中の……主人公の男性を恋する一途な男。
ネットで検索すると同じような方が。
ラストの1行で胸がいっぱい、諸戸はとても魅力的だなぁ、と。
そう、ラストの手紙の一文で泣かされる。
タッチの漫画の中にこの本の背表紙が出てきた。本屋か図書館か忘れたけど、ふたりで同時に取り合う。タッチの作者にも思い入れのある作品だったのか?
検索してみると、表紙が……苦手。
漫画にもなっているようだ。まるで、BL。そんな言葉もなかった時代。
今の、文庫本の表紙は苦手。絵があると想像する邪魔になる。
内容よりも何よりも、なぜあんなにひかれたのだろう?
乱歩の小説の中の同性愛者に。
あれほど読み返した本はない。
掌編集 7