DKL's➺D3

DKL's➺D3

---------------------------------------DK-L's
オレはライフィス・リュード・ナーガ、またの名を春日龍斗という。
カタカナの名は前から順に、家族だけ呼べる本名・通称・名字。漢字の名はオレ達が着る「ニホン」の服と同様、両親の趣味だ。
暇さえあれば修行、そして大事な息子を家事にこきつかう鬼両親から逃げ出すため、オレは今いる世界の封印を破らなくてはいけない。
けれど、竜王なんて怪物である両親がかけた封印を解くためには、オレが過去に、竜の墓場という場所でなくした竜珠≒竜が必要らしい。
ついでに昔、暴走して体を封印され、魂が墓場にいるはずの姉貴も連れて帰れと言われ、オレは単身、竜の墓場へ乗り込んでいく……。
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自然の化身をヒトとした「竜」と共に、様々な時と場所を駆け抜けて戦うファンタジー。
DragonシリーズD3前日譚です。D3本編を投稿する場合は本作に追加して更新します。

re-create:2024.8.13

Special Thanks
キャラクター原案
D3:Saki

➺L's.1 オレの両親は「王」だった。

➺L's.1 オレの両親は「王」だった。

 
【Dragonet Kitty & Lifis=Rude-Naga's story】

 ここは、「竜宮」。オレの両親がわけあって封印し、引きこもり続ける何もない島だ。
 オレのクソ親父とお袋は、昔はさぞ名が通ってたらしい。今じゃ見る影もねぇが。
 何しろ「竜宮」には町も村も無いばかりか、人もオレ達と後、数人の知り合いしかいねェ。オレはいい加減、この無味乾燥な生活に嫌気がさしていた。

 しかし、お袋をお袋と呼ぶのも苦情があがる。何故なら。
「アオイ。ライフィス、まーた家出」
「何? ……アイツもこりねー奴だな」
 とにかく、こいつらは若い! オレみてーなガキがいる年の姿じゃねーよ、人間的に。
「どーせまた、海越えられなくて遭難してるさ」
 悔しいが、オレは全く、その言葉通りの状況にいた。
 竜宮の海は、ある一定の領域を超えると突然大嵐になる。それでもオレは、この何もない場所を出たくて、今日も今日とて両親のいる古城を後に、すぐ近くの海岸から旅立ったのだった。

「……リュード。リュード!」
 ……誰だ、オレを呼ぶのは。
 うちの家系は、二つの名を持つことが恒例らしい。リュードというのが、オレのセカンドネームで通称になる。
 家族以外には通称で名乗るのが恒例で、オレをこう呼ぶ奴らは、ここでは二人しかいない。
「オマエ、また勝手に船持ち出して、しかも壊したな。何度言ったらわかんだ、この大陸からは出られないんだよ」
 思い出した。この声は……。
「くォらリュード、きいてんのか?」
「その顔でエラそうにすんな……タイティー」
「あァ?」
 こいつは何故か、オレの親父とそっくりな妙な精霊族だ。ティタニアという奴と、普段はうちの城から少し南西にある森の城に住んでいる。
「ティンクが心配してたから、わざわざきてやったっつーのに」
「ほっとけ……」
 蛇足ながら、ティンクというのはティタニアの愛称だ。タイティーもティンクも妖精という種族で、親父と強い縁があって竜宮に棲むのを許されてる奴ららしい。

「にしても、タイティー……この海には果てがねーの、何でなんだ?」
「そりゃ、この世界にはこの大陸しかないからさ」
 んなバカな。オレは小さい頃だか何だか、色々連れていかれた記憶があるぞ?
「ま、オマエにゃそろそろ話してもいい頃か……この世界のヒミツって奴を」
 そう言うとタイティーは、オレに付いてこい、と手で示して、歩き出していた。

 そもそもの始まりは、何と、約二千年前まで溯る……。
「サギかよ、オイ」
 うちから南西の城の客間で、呆れて席から立ちかけるオレを、タイティーが笑って引き止めてきた。
「オマエは知らないだろーが、この大陸の歴史はややこいんだ。おれも実は、大して知らね」
 なので後は、ティンクが話すということらしい。
「それは、遠~い昔のコト……毎日戦いの修行に明け暮れる、空色の髪の少女がいました」
 めんどいのでここからはナレーション交代。二十年以上前の携帯小説だし、許せ。

 それでは、改めて。
 そう、それは、千年くらい遠い昔のお話です。毎日毎日、修行に明け暮れる少女は、名前をライムといいました。(お袋じゃん……)
 ライムはいつも、友達の妖精とあちらこちらを冒険し、その剣の腕に磨きをかけていました。
 やがては二人の兄弟忍者が弟子入りする程に、ライムは強くなっていたのです。

 あーあ……何か、クドクド話すの疲れたなァ。(はえーよ!)
 こっからは手っ取り早くいくねー。
 つまりはね、ライム少女は実は古代の最強の種族竜族の女王だったのだ!(話飛び過ぎ…)
 ライム少女は弟子忍者二人と旅をする内、竜族生誕の大地竜宮に辿りついたんだけど、その場所は禁断の大地だったのね。
 自分の故郷ともいえるその大地でライム少女は、まぁ一言で言えば、世界を巻き込んだ姉妹ゲンカを繰り広げるの。

 実は、ライム少女の大事な友達だった妖精が、ライム少女の双子の妹の生まれ変わりで、色々あって戦わざるを得なくってサ。
 結局相討ちに近いことになって、ライム少女はそこから一千年の眠りについたというワケ。
「で、結局、その姉妹ゲンカとこの大陸の閉鎖と何の関係が?」
 う~ん。そもそもはね、その姉妹ゲンカの原因が、二千年前の歴史的災禍に溯るの。
 その災禍っていうのが、光と闇の力の属性に分かれた竜族達が引き起こしたものなの。
 ライム少女も双子の妹も、本来の生誕はその災禍の直前。二人は一応、光竜の娘として生まれたんだよね。

 ライム少女は、光竜の王女。ところがその妹は、光と闇を併せ持つ「影」、古くから忌まわしいとされていた力で内乱を起こしちゃってね。
 本人の意志じゃなかったにせよ、そこで竜族が滅びへの道を辿った。
 ライム少女は竜宮が滅びる直前に千年の眠りにつかされて、その後遂にその妹と決着をつけようとして、また千年、眠りについちゃったわけなのだ。

 さて、ここから話はまだまだ続くんだから。(主役オレじゃなくなってるぞ)
 ライム少女がそうして二回目の千年の眠りにつくと共に、この大陸はまた封印されてた。
 封印の主が眠ってるから、竜宮は千年の間、待ったの。主の目覚めを。
「今はお袋の奴、ピンピンしてんのに、この大陸はまだ封印されてるのか?」
 ソレをこれから話すんだってば。
「手短に頼む……」
 だから話すと長くなるって、最初に言ったでしょ!

 えーっとね、今まで話したのがいわゆる一部で、ここからが魔王も登場する二部ってワケ。
「げ……お袋の次はクソ親父かよ?」
 あったり前でしょー。この大陸の秘密を知りたいなら、最後まで付き合うコト!

「で……親父がどうかしたのかよ」
 うーん。魔王はね、初めはライム少女の腹違いの兄だと思われてたのよね。
 ライム少女は以前の眠りから、ひとまず新たな体に生まれ変わって、その両親が色々問題抱えてたの。
「ろくでもないな……」
 まあとにかく、それでもライム――雷夢(らいむ)少女と魔王は、竜の王女に魔族の王な、ちぐはぐカップルだったの。
「そーなのか?」
 そーだよ。だって竜と魔族は敵対してたも同じだもん。
「つまりはロミジュリを素でやってた訳か……パターンな奴ら」
 うーん……というか、ちょっとシリアスさが欠けてた上に、極端だったよ。
「まあ、あんなフザけた奴が魔王だもんな」
 そうなの。
「とにかくお前ら、王だの何だの、肩書きばっかハデにしたがってねえ? タイティーとティンクはまた、妖精王とか言うしな」
 何よ~、事実を言ってるだけなのに。
 それとも何? リュードは自分が、そんな重い血筋の者だと信じたくないの?
「は?」
 だっていずれ、リュードはこの大陸を継がなきゃダメなんだから。責任は重大だよね~。
「大陸を継ぐって……何のこっちゃだよ?」
 言葉の通り。雷夢様達が死んだら、リュードが引き続きこの大陸に封印をかけるの。
「ってことはだ。わざわざこの大陸を出口無しにしたのは、親父達なのか?」
 そう。あの二人がやっと、大陸の半端な覚醒を断ち切ってくれたの。
 この大陸って、今じゃもう幻になってるけど、昔はこの土地を巡る戦争が多発してたの。
 それは何でかとゆーと、雷夢様や魔王を見てもわかるけど、ここで生まれた者は、特に血筋のしっかりした者は物凄く強い力を生まれつき持つから。
 昔の雷夢少女もその妹も、そして魔王も、そんな強過ぎる力に弄ばれながら必死だった。結局、この大陸を封印することでしか、全ては落ち着かなかったの。二人の周囲の争いも、世界を巻き込んだ姉妹ゲンカも。

「わかった。長話はもーいい。今知りたいのは、外の世界に出る方法だっての」
 え? ……そんなの、無いよ♪
 あれ、何処行くの、リュード? 何で怒ってるの? おーい?

「あーあ、リュードの奴……早合点しちまって」
 えーと。最後の私のセリフにリュードがキレて出てっちゃったんで、ティンクちゃんナレーターはここまでみたい。
「ティンクもティンクだぜ。『そんな方法、一つしか無いよ』をハショって、『そんなの無いよ』ですませちまうから」
 ぷーんだ。ニホンゴのアヤってヤツだもん。
「んな言語、おれ達ホントに喋ってんのか……とにかく、意味が変わる省略ってやつぁ困るね」
 そんなコト言って、タイティーだってホントは、リュード困らせて喜んでるくせに~。
「ハッハッハッ。いやァ、これも親心みたいなモノさ」

 ……あ。親心と言えば。
「――! そーだな。もーすぐアレが届くんだよな」
 うん。楽しみ~♪

「ったく……」
 タイティー達をほって出ていった後、オレは自分の城には帰らず、嵐で壊した船を修理するために再び海岸に行った。
「こーなったら意地でも逃げてやる。これ以上あいつらのオモチャになってたまるか」
 あいつら、とゆーのは、親父やお袋のみならずここの住人全てを指す。
 っつーてもタイティー、ティンク以外に、ほとんど住人いねーけどな。
「大体それがそもそも変なんだ。ほんとに稀に押し掛けてくる客とかいるにはいるくせに、出口が無いなんて有り得んのか?」

「……あの……」
 砂浜に座って考えこんでいたオレには、背後の人影に気付く由も無かった。
「あの……リュード、ですよね?」
「――?」
 小さな声に、振り返った瞬間。
 さっきの声の主より後ろにいたもう一人が突然現れ、オレの手をがしっと握りしめた。
「ほーほほほほ! リュード! 久し振りですわね!」
「いっ!?」
 オレはひたすら、唖然状態。
「あ~、大きくなるとやっぱりルシフェルト様にそっくり~♪ ステキ♪」
 何なんだ、こいつは……。
「姉さん……リュード、呆れてますよ。それにリュードは、どちらかというとライム様似じゃないですか?」

 未だにオレの手を強く掴む女は、横の妹らしき奴の一言に急激に怒気に染まった。
「その名は禁句でしてよ、フェネル! このアーニァからルシフェルト様を奪った、にっくきその女の名は!!」
 ってことは、ルシフェルトってのは親父の名らしい?

 かなり混乱中のオレに、フェネルという奴がスミマセン、と軽く会釈した。
 アーニァという奴は、少し落ち着くとやっとオレの手を離した。
「お前ら……何モンだよ?」
「まっ。リュードったら、このアーニァを忘れたっていーますの!?」
 一応記憶を辿ってみたが、こんな金髪女に会った覚えなんぞとんとない。
「何て薄情なんですの! たかだか十四年ぶりだっていーますのに」
「んなの覚えてる訳ねーだろ! オレ今年で十五だぞ」
 大体、たかだか十四年って、感覚おかしーぞ。

「あれ? アーニァにフェネル?」
 げ。この声は……。
「あ。お久し振りです、ライム様」
「何しに来ましたの?」
 二人の後ろには、お袋が珍しく笑って立っていた。いつもこのお袋は無愛想なのだ。
「何しに来たって、こっちのセリフなんだけど。うちのライフィスで遊びにきたワケ?」
 余裕の表情でお袋は二人を見ると、今度はオレの方を向いて二人を指差した。
「あの二人は、アーニァにフェネルっつーて、ティンク達と一緒で妖精。OK? 家出息子君」
「……あっそ」
「あらあら。実は家出中でしたの? リュードってば」
「何かヤなこと、あったんですか?」
 二人が改めてオレに向き直る。アーニァはヤケ笑いで、フェネルはいたって常識的に。
「別に……あんたらには関係ねーし」
「そうそう。二人共、用があってここまで来たんでしょ? ラースで遊んでる場合?」
 とにかくオレはオモチャ扱いかい。アーニァがオレと同様にそっぽをむく。
「フン、ですわ。あなたに忠告されるいわれはありませんことよ」
 とか言いながら、敵愾心満点のアーニァの横で、フェネルが何か取り出していた。

「あー! フェネルそれ、もしかして……」
 ?
「ええ、ライム様。お察しの通り、『妖精の卵』です」
 ……??
「そっか……ついに生まれたのか」
「ええ。今は一応、中で眠らせてますが、可愛い女の子ですよ」
 ついついオレは、尋ねてしまう。
「質問ー……生まれるって、何だよ?」
 だって、卵って?
「ラース、知らないっけ? 妖精は卵で生まれるの」
 ……マジか!?
「ってことは……」
「そう。この卵の中身は紛れもなく、ティタニアとタイティーの娘ですことよ」

 少しの間、絶句していたオレは、
「ほら、ラース。卵の中身一緒に見にいこ」
 と、わくわくしてるお袋にバンバンと肩を叩かれた。しかも痛かった。バカ力め。
「これ、今からティンク様達の所へ届けるんです。良かったらご一緒しましょう」
 いや、オレ今、そこから出てきたばっかりだっつーに。
「ちょっとフェネル。リュードはともかく、どうしてこの女まで誘いますの?」
「あー、失礼ね。あんましそーいうこと言うと、アオイにあんたの悪口言ってやる~」
「……ピキッ」
 な、何か今、神経のキレる音が口から聞こえたぞ!?
「……しょうがないですよね、二人共」
 オレにだけ聞こえるように言うフェネルに、オレは心から頷いていた。

 結局オレは、卵を持ったお袋達にはついていかず、一人で森を歩くことにした。
 この森はうちの城の南東にあり、小さい頃からオレの修行場だ。一度入るとなかなか出られない上、妙な生物も沢山住んでいる。
 特にポピューンというフザけた神獣が、よく「見えて触れる幻」で戦いを挑んできたりする。

 そういう森だから、最初にあいつが現れた時には。てっきりオレは、また妙な幻が出たな……と思った。
「へー……ライフィスってば、随分大きくなったんだねぇ」
 目の前に(あらわ)れたのは、オレ達とは違う仰々しい服装のポニーテール女。しかも髪の色は蒼で違うが、顔がお袋そっくりなのだ。
「ちょっと~。何で黙りこくるワケー?」
 お袋もどき女が、足音も無しに歩みよってくる。やっぱり幻か、と改めてオレは思った。が。
「もー。ライムにアオイの奴、どーいうシツケしたのよー。初めて会うおばに挨拶もしないなんてー」
「……お、ば?」
「何? ひょっとしておばサンの存在も知らないって? ああ……世も末だわ」
 やたらに落胆してみせると、お袋もどき女は背を向けた。
「せ~っかく、タイクツのピークそうなラース君を、連れ出したげようと思ってきたのにー」
「何だって?」
 思わず女の腕を掴もうとすると、女は笑って軽くよけた。
「……あたしが来たこと、二人には言わないでよ」
 そして、またね、と言って消えていった。現れたのも唐突なら、消えていくのもあっという間な女だった。

 そして。妙なお袋もどきの女が去ってから、とりあえず城に帰ったのが間違いだった。
「は~い。ライフィス二十八回目の家出の罰として、一週間家事独占の刑♪」
 コノヤロウ……オレは両腕を握りしめた。
 ここぞとばかりに、お袋が嬉しそーに「罰」を言い渡した。
「オマエも懲りない奴っちゃなー。何回主夫すりゃ気が済むんだ?」
 親父が呆れ顔で呟く。ここでお袋に逆らえばどうなるか、よく知ってのことだ。鬼ババア……。

「……ところでよ。あんた、妹いたんだって?」
 皿洗いしつつ、さり気なく切り出してみると、お袋がハッという顔をした。
「実の母を、あんたとは何!」
 そっちかよ!
「ホント、最近の若者は……で、リンティがどーかしたの?」
 急に本題に帰ってきた。お袋はいつも、話が早過ぎるとこがあるんだよな。
「リンティ?」
「それが名前。私の双子の妹のね」
 知らないで聞いたワケ? と首を傾げた。
「それも知らないって、何処でどんな話聞いてきたの?」
 一応、タイティーとティンクに聞いたことだけ手短に話す。実際に会ったことは伏せておいた。
「へー。『世界を巻き込んだ姉妹ゲンカ』なんて、よく言うわ」
「全くだな……俺も実際のところは言えないってのに」
 両親共が、苦く笑いながら頷き合っていた。この二人には珍しい顔だ。
「で、結局どーいう奴なんだよ?」
 ……と黙った後。珍しく二人で顔を見合わせた。
「今は過去形の奴」
 は? オレはしばし、また唖然とした。

「あのさ。過去形な奴ってことは、つまり死んでんの?」
 ん? と二人は、それぞれ別方向に首を傾げる。
「そーだねェ……」
「死んでると言えば死んでるし、死んでないと言えば死んでないな」
 はぁ? 相変わらずこの二人は、話をはぐらかすのがお手のものだ。
「ま、死んでる死んでないはともかくとしてよ。会えないってことだけは、確かかな。私も、そして向こうも」
 珍しく寂し気にお袋が言う。
 オレはというと、親父はどうなんだ? と、つい頭ん中でツッコんでいた。
 とにかく何やらワケ有りのようだが、はっきり言ってオレが興味あるのはそこじゃねェ。
「これだけ答えてくれよ。結局そいつ、何処に住んでんだよ?」
 つまりは。大事なのは、奴が何処から来たかだ。この狭い大陸にいたとは考えにくい。
 アーニァとかも含め、もしも外の世界から来たとすれば、やっぱり何か出入りの方法、あるはずだろ?

「そーだなァ……俺もよく知らねー。以上」
 役立たずかよ。
 いくら冷静なオレでも、いー加減キレるぞ、ったく。ふう……。

「ねえ、アオイ。昨日のライフィス、何か変じゃなかった?」
「?」
 翌朝のことだ。当然の如く、城にじっとしてないオレを笑って送り出したお袋が、まだ寝ボケ眼の親父にコーヒーを作りつつ、喋っていたらしい。
「ティンク達に話を聞いたとはいえ、何であの子、リンティに特に興味持ったのかしら」
「さァな……」
 お袋程に寝起きの良くない親父は、ぼーっと首を傾げている。
「……アイツなりに、考えあってのコトだろ。いい加減、この狭過ぎる世界にうんざりしてるみたいだしな」
「まぁ……気持ちはわかるけど」
 自分は若い頃は、色んな世界で冒険人生だったらしい両親だし。
「そろそろラースも、あの事件にケリつけさせて、外に出さなきゃダメかな……」

 あ、そーそー。お袋は思い出したように手を打った。
「アオイはもう、ナナハちゃん見た?」
「会った? の間違いだろ。昨日遅くに、タイティーの野郎が見せびらかしに来たっつー……」
 どうやらナナハとは、タイティーとティンクの娘と称する、あの卵の中身らしい。
「タイティー達には初の子供だしね。早速親バカしに来たか」
「おかげでこっちは睡眠不足……」
 不服そうにコーヒーをすする親父に、にっこりお袋が笑いかける。
「いいな、女の子って可愛くて。ねェ、女の子だといいね」
「何が」
「お腹の子供」

 ……ぷしゅーっ。
 唐突な事態に一瞬間を置きつつ、飲みかけのコーヒーを全て吹き出したという親父だった。


「ったく……昨日の奴、何処にいんだよ」
 お袋の爆弾発言に吹っ飛んだ親父を知る訳もなく、オレは一人、森をさまよっていた。
「やっぱし、ただの幻だったってオチか? そういやエラく、影薄い姿してたしな……」
「悪かったわねー。影薄くてー」
 ……。頭上を見上げると、お袋そっくりのあいつがふふん、と笑っていた。
「あんた……相当強いな」
「およ? そう?」
 これでもオレは、ガキの頃から両親にかなり鍛えられている。そのオレに全く気配を感づかせなかったこいつは、今のオレよりは強いってことだ。
「答えろよ。本当は何者だ? あんたは」
「本当は、って……」
 妙な質問ね、と首を傾げた。まあ、おばとは一応名乗ってるしな。
「そォね。改めて自己紹介しとこっか。あたしはナーガ。天使アースフィーユ・ナーガ」
 は?
「ちょっと待てよ。リンティじゃなくて、ナーガ?」
 聞いてた話と違うじゃねーか。
「あ。そっか。そう言えばリンティ・アースフィーユ・ナーガだったっけ」
 だった、とは?
「でもあたしはナーガなの。よろしくね、ライフィス」
 にっこり笑って、それ以上の質問を封じる。こいつもやっぱり、一筋縄じゃいかない奴のようだ。

「さてと。今日はまたどうして、あたしはライフィス君に会いに来たと思う?」
「知るかよ」
「じゃあライフィスはどうして、あたしを捜してたの?」
 こいつ、わかってるくせに。やっぱりどころか、お袋以上に性格悪いぞ。
「聞きたいことがある。この大陸の出口は何処にあるんだ?」
 簡単に答えるとは思わなかったが、この際率直にいくことにする。
「出口?」
「そーだ。最もあんたにとっちゃ、入口だろうけどな」
 これを聞くと、ナーガはふふん、と笑った。奴が外から来たって推測は、どーやら当たりか。
「ライムか誰かに言われなかった? ここは丸ごと封印されてるって」
「ティタニアはそう言ってたな」
「ああ。ティンクね」
 遠いものを見る目で微笑する。この辺りは、表情に柔らかさの少ないお袋とあんまり似てねえ。
「封印されてる場所で、中から外へ出る方法は一つだけ。封印を破るのよ」
「それって……目茶苦茶当たり前じゃねーか」
「うん。そんなモンでしょ?」
「じゃ、どうやって壊せばいいんだ? 封印」

 簡単に言うねェ、とナーガは目を丸くした。
「あのさァ。封印って物は、やっぱりそれなりに理由があって存在するワケ。それをそんなにあっさり、壊していーと思ってるの?」
「てめーだって、壊して入ってきてんだろが」
「ははは。鋭い」
 そーいう問題でもないだろ。
「ま、あたしはほどいても、入ったらすぐに直すから。でも今の君にそれができる?」
「……実力的に、ってことか」
「そォ。それに多分、ほどくことも不可能だし。ライム達も伊達に王じゃないんだからさ~」
「何だよ、それじゃここから出るには、どのくらい強くなればいいんだよ」
「強さって言うより、制御力の問題よ」
 制御力?
「どんなに強い結界でも封印でも、必ずある一点、力をほどける領域がある。言ってみれば、結び目ってとこね」
 つまりはそこを狙えばいいってワケか。
「でもその結び目が何処か見つけるのにも、力の流れを悟れる程の制御力が要る。更に封印は結界と違って固定された輪だから、ほどいた部分は全て逐一直さなきゃいけない」
 結界はある意味、術中は力を放出し続けてるから、壊れてもその場で修復されるらしい。
「今のライフィス君じゃ、まあ無理ね」
 ムカ……。
 とにかく、強くなれってことか。黙り込んだオレを見て、ナーガは意地悪く付け足した。
「それにしても大変ねー。ここ出れる程強くなろうと思ったら、後何十年かかるかな?」
「何……十年!?」
「うん♪ ライム達、今いくつだと思ってるの? もー二百は近いんだから」
 そんな奴らに、少しでも追いつくためには、何十年もかけろと?
「冗談じゃねーよ! んなどーしよーもない事言うためだけに、あんたは来たのかよ?」
「んなワケないでしょ」
「だろ! じゃーいい加減教えろよ! オレに何をさせたいんだ、あんたは」
 それを聞くと、奴はニヤリとした。悔しいが何か、のせられた気分だ。

「どうしても脱出方法知りたいって言うなら、教えないこともないよ。但し! あたしの出す条件、のめばの話だけど」
「ほォー?」
 ところがどっこい。簡単に利用されてやる程、オレは甘くねェ。
「条件なんて出せる立場かよ? あんた昨日言ったよな。自分が来たことは、親父やお袋に黙ってろって」
「……」
「喋られたら困ることでもあんだろ? 黙っててやるから脱出の方法、教えてもらおーか」
 こーしてしっかり、脅す側に回ったオレ。ナーガは心持ち、苦笑した顔付きだ。
「ハハハ。ライフィス君てば、賢い。別に困るってワケじゃないけど、ややこしいだけ」
 は?
「そうだろうな――リンティ」
 !?  今の声!?

 振り返ると、見た目は銀髪チャラ男が立っていた。
「全く。その名で呼ばないでほしいわ、旧魔王さん」
「悪ィ悪ィ。今はナーガだっけな?」
 お、親父……何でここに?
「いよっ。ラース」
「いよっ。じゃねー! 何しに来たんだよ」
 ったく、この年中おチャラケ男め。
「昨日オマエが変だったから、何かあると思ってさ。まさかリンティ本人に会ってるとはな」
 さいですか……何かこの両親、敏感ではあるんだよな。
「で。何のつもりで、わざわざラースに会いに来たんだ? ナーガ」
「何を今更。後始末に決まってるでしょう。それよりあたしが来てること、彼女には……」
「安心しろよ。気付いてないし、言ってねェから」
 そう、とだけ、ナーガは複雑な表情で呟いていた。

「ところで、わかってるでしょ? 今が一体どういう時なのか」
「ああ」
 ??
「今を逃せば多分この先、好機は訪れない。ライフィスも外に出たがってるし、ちょうどいいと思うんだけど?」
「ライムもそう言ってたよ。考えることは同じだよな」
 おい。ヒトを置いて、二人で話、さくさく進めやがってからに。
「まァ、失敗すれば、ライフィス君の命も危ないけど」
 急にこっち見て、んな重大なことさらっと言うな!
「どの道、今のままじゃラースはいずれ死ぬ。自身の力の暴走でな」
「何言い出すんだよ」
「……まあ、とにかく。オマエはここで、ジョシアを助けなきゃいけないんだ」

 ――。
 ジョシア。その名を聞いた時に、オレの脳裏をある記憶がよぎっていった。

 黙り込んだオレに、親父はそれ以上何も言わなかった。
「じゃ、あたしはサポートに廻るから。ライフィス君。外に出たいなら、そこの旧魔王の指示に従って。コレが条件よ」
 言うだけ言うと、ナーガは消える。反論の余地も無かった。
「んじゃ、城に帰るぞ、ラース」
 結局従わなきゃならないのはすげー癪だが、何だか空気が神妙なので、オレは黙って後に続いた。
「なァ。あいつ……ナーガ、お袋に会ってかねーの?」
「死天使だからな。死んで天使になった者は、自身の死を見ている生前の知り合いには会えない。天使は概念の生き物だから、周囲から死者として捉えられると、存在が死者に戻っちまうわけ」
 じゃ、あいつ、やっぱり死んでるのか?
「アンタとは会ってんのに?」
「俺は例外。魂を奪った相手だから、会えるのさ」
 そりゃまた……シビアな過去で。色々あるんだな……。

➺L's.2 姉貴の話ときたか。

 先刻よぎった、大事な記憶。
 オレがまだ、ろくに力も使えなかった小さな頃。色んな所に連れていってもらった遠い昔。
「ラース……何処まで行くつもりなんだ?」
「え? もっとあっちだよ?」
「それはやめておけ。行ってもいいことはありはしない」
 こいつは誰だったっけ? オレの手をひいて歩く、オレより少しだけ背の高い人影。
 ああ、そうか。こいつが、「ジョシア」。
「何だよ。ジョイはいっつもそればっかり。自分は好きな所に好きに行ってるくせに」
「それがどうした。私は私の好きに生きて何が悪い」
「じゃあ何で、オレだって好きな所に行かせてくれないんだよ?」
 人影は呆れたように息をついた。
 もう忘れかけていたほど、遠くなっていた姿の主は。
「お前も、私のように消えてしまいたいのなら、行ってみればいいさ」
「……え?」

 影はそうして、オレの手を離してしまう。
「ま……待てよ! 何処行くんだよ、ジョイ!」
 何も答えず、少しずつ消えていく影。
 どれだけ追いかけようとしても、もう永遠に手の届かない、そんな夢。

 どうして今更、こんな夢を? 確かにこの夢に似たようなことが、昔、あった気がする。
「なあ、父さん、母さん……ジョシアはどうして、ずーっと帰って来ないんだ?」
 ジョシア。愛称がジョイだった、オレの姉貴。
 オレが小さい時に突然行方をくらましたまま、一度も会っていない。
 両親は何も教えてはくれず、オレは苛々を募らせるばかりだった。

 別にだな。自分達にも行方がわからないとか、もしくは死んだのなら、はっきりそう言ってほしかった。
 何も教えてくれず、そして話そうとしない。そんな両親のやり方が、子供心に腹が立った。
 それである日、オレはたった一人で、ジョシアを捜しに出ることにしたんだ。と言ってもジョイが消えて以来、戸締まりの厳重になった城から出ることができず、散々さまよった後、気が付けばあの場所にいた。

「ここ……何処だ?」
 城の中にいたはずだったのに、不意に平原に出ていた。その場所は言ってみれば、妙に薄明るかった。
 暗くはないのだが、決して明るくもない場所。
 とにかく全く知らないその平原で、オレは唖然とした。周囲を森で囲まれた灰色の大地で、ジョイを捜す前に自分が帰れなくなったことが、小さいオレには怖いことだった。

 ……が。
「ねぇ、ライフィス! ライフィスでしょ?」
「え?」
「こっちだよ! あたしの所まで来てよ」
 それまで一度も、きいたことのない声がオレを呼んだ。
 知り合いというものがほとんどなかったオレは、少しだけワクワクしながら声の主を捜した。
 やがて森と森の間の白い地面で、そいつと初めて出会うことになる。

「やっと会えた……会えちゃったんだ……」
「お前、誰だよ?」
 声の主は、オレとあまり背丈の変わらない、白灰の髪の少女だった。
「あたし? あたしは……レイナ! レイナだよ」
 その名前は、どこかで聞いたような気がした。けどこの時には、思い出せなかった。
「とにかくレイナなの。ヨロシクね」
 それからの数日、レイナは毎日のようにやってきては、オレと遊んでいた。一度だけ、レイナの友達とかいう奴が会いに来たこともある。
 オレはその場所からほとんど動かなかった。何でかよくわからないが、そこでは腹も減らず喉も乾かず、することがない時にはひたすら眠かったのだ。

「なあ。レイナはずっと、ここに住んでるのか?」
「え? うーん……どうだろう。……わからないよ」
「?」
 その時のレイナは、泣きそうな笑顔をして言った。
「あたし、自分が誰なのか、よくわからないから」
「何でだよ。レイナはレイナだろ」
「……うん。ラースがそう言ってくれるなら」
 それでもレイナは辛そうだった。まるで、レイナと名乗った自分のことも、本当は何もわかっていないように。

 それにしても、何日も帰らないオレを当然、あんな両親でも心配はする。
 ある日突然に、親父がオレを連れ戻しに現れた。
「間に合って良かった……帰るぞ、ラース」
「え? でも……レイナは?」
 相当焦っていた風の親父は、何も答えなかった。オレを見つけたことに本気で安堵する顔付きだった。
「……ラース? 何処行くの?」
 いつものように現れたレイナが、焦ってオレ達を引き止めていた。
「待って! ラースを連れて行かないで!」
 親父は必死の声に目もくれず、オレを担いでレイナに背を向ける。
「どうして……どうして連れてっちゃうの? あたしは連れてってくれないのに……ラースがいないとあたし、消えちゃうかもしれないの!」
 その声には、嘘の響きはなかったと思う。
 オレは親父に、レイナを連れて行こうと何度も頼んだ。それでも親父はオレだけを連れて、その薄明るい場所を出た。
 あの時のレイナの叫び声は、今でも耳に焼き付いている。
「待って! あたしだけ置いていかないで……お願いー!!」
 聞く方までも悲痛な、涙混じりの懇願。結局何も答えなかった親父が、本気で恨めしかった。
「なァ、親父、何でレイナはダメなんだよ!? オレの友達なのに!!」

 それから城の居住区に戻ったオレは、数日間寝込んだらしい。あのままあの場所にいれば、確かに死んでいたのかもしれない。
 親父の「間に合った」は、そういう意味だったんだと今ではわかる。
 しっかしお袋からは散々叱られるわ、親父からはフォローはないわで、未だにオレには思い出したくない嫌な記憶だ。
 あの後、レイナはどうしたんだろう。オレがいてまずいような所で、あいつは大丈夫なのか?
 あいつが言ってた「消える」って、どういうことなんだろうか。
 そもそもあの場所は何処にあるんだ? こいつらは本当、いっつもそうなんだ。姉貴のことも含めて、大事なことになればなる程、自分達からは決して何も話そうとしない。

「んでよ……アンタの指示に従えって、どーいうことだ?」
 時間は元に戻る。オレは両親に対して、肝心の用件を切り出していた。
「ま、早い話。どうすればラースが外に行ける程、強くなれるかってことよね?」
 ナーガが来たことを知らないお袋には、親父から適当な事情を言ってるらしい。
 何かお袋、親父より敏感だから、気がついてる気がしないでもないんだけど。
「一つだけきくぞ、ラース。オマエは自分が何者なのか、本当にわかってると思うか?」
「……とは?」
「……」
 ついて来い、と親父が言った。オレ達は揃って、城の屋上に出た。

「こんなトコ来て、何すんだよ」
 うちの屋上から見渡す、大陸全体の景色は絶景だ。今は全く関係ないが。
「黙って向こうを見てろ。……ほら、来るぞ」
 は? と、海の見える方向に目をやると。
「なっ……なー!!?」
 その光景はまさに、「海が襲ってきた」としか言いようのないものだった。
 広く横たわっていた青い海は、今やほぼ全て、城に向かって押し寄せる巨大な絨毯。果てしなくぶ厚い、どデカい壁となっていた。
「ウソだろ、まじかよ!? オイちょっと、洒落になんねーぜ!」
 あんなのが直撃すれば、この城はまずもつ訳がない。何たって見えてる範囲の海の水が全てやってきてんだから。
「……!!」
 直撃する寸前の瞬間、不覚にもオレは目をつぶってしまっていた。
「……?」
 激しい轟音。しかし、次に目を開けた時には、巨大な壁は全て海にかえっていた。
「大丈夫よー。この辺一帯、全部障壁張ってたから」
 はぁ……水しぶきすら入ってねえの、何気に、凄いな……。
「驚いた?」
 当たり前だろ!!
「アレってまさか……親父がやったのか?」
「まァな」
「んでもってソレを完全に防いだのが、お袋?」
「そーよ」
 ……茫然。自失とまではいかねェが。
「……本気で、伊達じゃねェんだな。王ってのも」
 二人共、何処と無く苦笑している。正直無理もない、とオレにもわかる。
 いくら何でも、力が大き過ぎる。ちっぽけな体に与えられた存在の重さ。
 お袋達がピンピンしてるところを見ると、さっきのなんて氷山の一角にも思える。もう想像もできない程の力を、こいつらは確実に持っているのだ。

「オレも強くなったら、楽勝で、アレぐらいできんの?」
「そーねェ……まァ無理ね」
 そーかそーか。ってオイ! んなオチありなのか!?
「何でだよ、何でオレには無理なんだ! オレだけ強くなれないなんてアリなのか?」
「強くなれないとは言ってないよ? 素質は当然、私達の子だからあるに決まってるし」
 人が半ば真剣だというに、それを楽しむかのような口調でお袋は続ける。
「でも私とラースじゃ、決定的に違うことが一つあるんだな。それがある限り、アンタは私を越えられない」
 何ィー!?
「俺に勝つのも相当難問だろうな」
「何でか教えてほしい?」
 当たり前だろーが!
「長い話になるかもだけど」
 ふ……こうなったらとことん、付き合うまでよ……。
 せっかく普段、何も言わない奴らが話すことなら、これを逃す手はなかった。

 城に戻ると、開口一番、お袋が言った。
「そもそもの間違いがね。ラースが意外におマヌケさんだったことなのよね」
 いきなりホント、遠慮がねぇよな、この親。
「アンタの問題っていうのは、これから行く場所にあるものを見ればわかる」
 今のオレでは両親を越えられず、この大陸を出ることもできない原因。
「ライフィスをあそこに連れて行くのは初めてだったな。最もそこより深い場所には勝手に迷いこんで、挙句死にかけるんだから、世話が焼けるぜ」
 は? 親父、目がマジなんですけど。
「あの時は本当、どうなることかと思った。タイティーのおかげで助かったけど」
「オレが死にかけたって、何のことだよ?」
 まさかとは思うのだが。さっきからオレ達は城の地下を歩いていて、この先にもしも、レイナと会ったあの場所があるというなら。
「あれ? ラースは覚えてないわけ? あんなにキツく叱ってあげたのに」
 あげたって何だ、あげたって! ったく、このお袋は。
「あん時はオマエもちっこかったしな。ジョシアが丁度、帰ってこれなくなった頃か」
 やっぱり、オレが妙な場所に迷い込んだ時のこと。しかしアレって、そんなにオオゴトだったのかよ?

「……着いた」
 二人がある扉の前で立ち止まった。お袋の声には、滅多に見せない緊張感が漂っていた。
「あーあ。あんまりここには、来たくないんだけどね」
 お袋が扉の紋章に手をかざす。古い大きな扉がゆっくりと開いていく。
「まだアンタには、竜族の名の本当の意味を見せたことはなかったわね。それがアンタが、私以上の潜在能力を持ちながら、私達に勝てない最大の理由」
 そして。開き切った扉の先にあったものは。
「……!!?」
 オレは驚きの余り、しばらく声も出せなかった。両親はそんなオレをそのまま黙って見る。
 ようやくオレは、目の前のものが何なのか、辛うじて口に出すことができた。
「……竜……氷に捕らわれた、竜……」
 そこはまさに、全身を氷で封じられた竜の独壇場だった。
 何処までが氷で、何処からが竜なのか曖昧な、白い竜が大きな空間を占拠していた。
「……竜って、実在するんだな……」
 茫然としてるオレの一言に、たはは、と両親が頭を抱えてみせる。
「仕方ないと言えば仕方ないけど。じゃあアンタ、竜王とか何だと思ってたのよ」
 そんなこと言われても、この秘密主義の両親のせいで、生の竜なんてオレは初めて見たし。
 竜王だの何だのっていうのも、てっきり強さの象徴だと思っていた。つまりオレは、竜本来の姿に初めて触れたのだ。
「そこがアンタの限界なのよ、ラース。竜の血をひくものは、普通、生まれたその時から嫌でも竜と向き合って生きるはずなのに、アンタにはそれがないの」
「普通なら生まれた時から竜と向き合うって、どういうことだよ?」
「竜族っていうのはね、生まれつき自身の内に、竜を飼う種族だと思えばいいわ。本当はその竜は自分そのもので、だから竜族の本来の姿は、竜の力を使ってる時」
 でもオレは、自分の中に竜がいるなんて心当たりがない。だから竜という肩書に、イマイチ実感が無かったのだから。
「それなのよね。生まれた時には、確かにアンタには力が継がれてたのに、今のアンタの中には竜がいない。つまりアンタは、竜族として不完全なわけ」
「言わば、竜のない竜族って言えば、話は通じるか?」
 何ぃー!?

「話をまとめるとね。つまりラースは今のまま、竜のない竜のままなら、私に勝つどころかこの大陸を出ることも叶わない。とりあえずはそういうワケよ」
 氷づけの竜がいる部屋から離れた後で、お袋ははっきりとそう言った。
「ホント、どーして、大事な竜を手放すなんてバカなことをするんだか、ラースってば」
「待てよ。オレはそんなの記憶にねぇし。何でそうなってるのか、いい加減教えろよ」
 すると親父が、あっさりと言う。
「簡単な話さ。どっかで落としてきたんだろーさ」
 落とすようなもんなのかよ竜って!
「ってワケで、ラースは自分の竜を見つけなきゃいけないの。OK?」

 両親はちょっとした昔話をして、オレが竜を失ったのはあの場所、オレがレイナと会った薄明るい地ということを、ようやく明らかにした。
「ホント、びっくりしたんだからね。やっと何とかラースを連れ戻せたと思ったら、ラースの中から力が消えちゃってたんだから」
「どうしたんだって聞いてみれば、レイナの友達が持ってった、としか言わないしな」
 オレは全然覚えてないのだが、小さかったせい、ってことにしておく。
 両親曰く、オレがあの場所でレイナの友達という奴に、竜珠という、竜族には命も同然な珠を渡したらしい。
 確かに、レイナの友達って奴には会った気がする。物心ついたかどうか怪しい頃のオレが、竜珠とやらを渡してしまっていても不思議は……大いにある気がするが、この際、そこで取られてる事実を優先するしかねーんだろな。
「ホント、ラースってば、どマヌケなんだから」
 ガキの頃の記憶があやふやなばっかりに、言い返せないのが悔しい。
 とにかく、竜珠=オレの竜、と考えれば早いらしい。
「じゃあとにかく、そいつを見つけて竜珠を取り戻せばいいんだろ? ならあの場所は何処なのか、まずそれを教えろよな」

 簡単に言うねぇ、と両親が呆れ顔をした。
「あんたね、あの時私達がどれだけ苦労して、あの場所からあんたを助けたと思ってんの? あの場所……『竜の墓場』は、その名の通り死者の世界。生者が普通入れる場所じゃないの」
「竜の……墓場?」
 オレが迷い込んだあの場所が? そんな、墓とかそういう系な?
「あそこは一度入ると、生者の世界への扉が中からは見えなくなる。死者達がそこを通って出てくることのないようにな」
「死への扉なら何処にでもあるんだけどね」
 しかもそれは、霊体専用と実体専用に分かれているとか、訳の分からないことを二人は言う。
「じゃあ親父はどうやって、オレを連れて帰ることができたんだよ?」
「まあ、早い話、外の世界と何かの糸で繋がってれば、それを辿って帰ることができるの。逆に言えばそれが無い限り、決して竜の墓場からは出られない」
 ……糸ォ?
「アオイの場合はね、アオイとタイティーは力が繋がってるから、タイティーに呼んでもらうことで帰り道を見つけられたの」
 曰く、親父とタイティーが同じ顔をしてるのも、その繋がりとやらに理由があるとのことだった。
「でもアオイ達の繋がりはそう強くないから、深部に行けば帰れる保証は全然なかった。リンティと私だったら、どれだけ深入りしても呼び合えたろうけど」
 あ。珍しくお袋がブルー入ってる。
「とにかく、自分と同調できて、外から呼んでくれる人がいないと竜の墓場には入っちゃダメなわけ。その問題を、アンタはどうするつもり?」

 う……。どうにもオレが答に詰まったその時、見知らぬ女が突然部屋に入ってきた。
「趣味が悪いわね、二人共。実の息子をじらすことが、そんなに楽しいの?」
 ……い?
「ちょっと、真夜(まや)さん。向こうでくつろいでてって言ったのに、どうして来るのさ」
「貴方達があんまり人を待たせるからよ。私は貴方達みたいに暇じゃないんだから、早い所、用を済ませて帰りたいの」
 すげ……この茶髪の女、お袋に素でケンカ売ってら。
 真夜というその女は、どうやら、お袋達の古い知り合いらしい。しかしあまり、お袋とはソリが合わない感じだ。
「そもそも、頼まれた用件はもう果たしてるのだから、私が留まる必要はないでしょう?」
 親父曰く、彼女は悪魔で、かつ親父の師匠らしい。
「何よ。私はただラースに、真夜さんに挨拶させたかっただけだし」
「要らぬお世話よ。それじゃもう帰るわ。これで、借りは返したわよ、ブルーライム」
 最後に真夜はふっと笑うと、優雅に立ち去ったのだった。で……何だったんだ、いったい?

「じゃ、行こっか、ラース。彼に会いに」
 何だかよくわからないまま、話は新展開へと向かう。らしい。

 そしてオレは、そいつと出会ったのだった。
「うっわー……凄い凄い。やっぱり、同調できる者同志って、顔とか似るものなのかしら」
 とお袋。
「全くだ……素直じゃなさそうな目付きといい、意地の悪そうな顔つきといい。ここまでライフィスに似た人間が存在するなんて、驚き過ぎる」
 と親父。
「てめェら、人さらってきておいて、その上第一声からディスりにかかってんじゃねェよ!」
 と……見知らぬ男。
「大体ここは何処なんだよ、ってかてめェら何人なんだ? 何でもいいから、俺を元いた所に返せよ!」
 その、オレによく似た、オレより年上と見える男。ソイツはあの真夜に連れてこられたらしい。

「それにしても、良かった。ラースと同調できる奴、真夜さんが見つけてくれて」
「ライフィスの悪魔である側面に目をつけた発想が、功を称したってことだな」
「やっぱり聖魔っていうのは、伊達じゃないよね」
 聖魔とは、悪魔でありながら聖なる翼を持って、様々な世界を渡れる存在。っても、何のことだかオレにわかるはずもない。
 とにかく真夜は色んな世界や、契約だの何だの、魔術というものにも非常に詳しいらしく、その知識を駆使してオレと同調契約ができる人間を探し出したという。
 どんな魔族にも必ず一人以上、そいつと同調できる鏡の人間がいて、それによって魔族と人間はよく契約の儀を交わすらしい。

 そんなこんなで、目の前にいる男こそ、魔族としてのオレと同調できる人間。つまりオレが竜の墓場に入っても、同調によって外からオレを呼ぶことが可能な、今のオレが一番必要としていた相手なのだ。
「それじゃ後は、ラースと二人で喋ってもらった方が、多分早いわね」
「だな。ここまでお膳立てしてやったんだから、後は自分でしっかり交渉するんだぞ」
 ……ま、こればっかりは言う通りにした方がよさそうだ。こいつらがいると、むしろ話をややこしくするだろーし。

 それじゃー頑張ってね、とお袋達が出て行った後、改めてオレは、男の方に向き直った。
「オマエ……名前は?」
「人攫いに名乗る名なんざねェよ」
 男は愛想無く答える。オレよりいくらか、年上に見える。
「てめェの姉貴か兄貴に伝えろよ。俺をさっさと、元いた所に戻せって」
 この男、人間にしては特殊で強い気を持ってる奴だ。それにしても……。
「姉貴と兄貴? アレはオレの、クソ親父とお袋だっつーの」
「……え?」
 ……ま、驚くよな。オレも普通の人間の知識は、一応教えられて育っていて、人間はオレ達より早く老け込むもんだと、神獣ポピューンにも何度も幻ドラマを見せられている。

「ガキ……オマエいったい、何歳なんだ?」
「誰がガキだよ!」
 失礼な奴だな。そう言い返す間もなく、男が続けた。
「ふうん、十五歳か。蛍より更に年下のくせに、ガキじゃないとな」
 ……は?
「ちょっと待て。何でオマエ、オレの歳がわかったんだよ?」
 大体、蛍って誰だっての。男は少し偉そうに笑う。
「外見で判断するのは危険だって、さっきわかったからな」
「どーいうことだ?」
 外見から判断しなかったからって、オレの年を当てられたことへの答にはならない。むしろオレの年齢は、外見そのままだっつーに。
「成る程。オマエ、随分狭い世界で育ってきたガキなんだな。一応常識はあるみたいだが、人付き合いの経験薄いくせ親譲りで遠慮が無い性格してるわ、その上ヒネくれてるわで、この先ろくな性格に育たねェな?」
 な……なー!?
「他はよく視えないな。この今いる場所自体がワケわからんせいか……もしくは俺の能力が鈍ったのか……」
 意味不明なことを言いながら、男が述べ上げた人物像に、オレは咄嗟に声が出なくなってしまった。

「あっはははは! うわぁ、あの子面白いよ、アオイ」
「だな。ライフィスの性格、視抜いたことまではいいとして、イコールそれが自分の性格に近くもあるってことは、全然気付いてないっぽいしな」
 オレには知る由もなかったが、隣室からちゃっかり、両親は聞き耳をたてていたらしい。
「何せ鏡だし、魔族と人間の同調って、性格似た者同志ってことだし」
 親譲りの。って所はしっかり聞き逃してるお袋に、まだしもマトモな親父はしばし白い目。
 しかしコイツらは、ほとんど教育なんてしてない。オレの人間や世界に対する一般知識は、ポピューンの森でポピューンが創った幻の世界で得た物が大半だけどな。
 幻と言っても、ポピューン達の記憶や知識は既存の世界に基づく物だとかで、リアリティーは十分というのが、タイティー達や姉貴から聞いた話だ。
 この両親がオレに対してした教育と言えば、一に修行。二に修行。三、四が家事で五に修行。何だそりゃ、とたまに叫びたくなる。

 話を戻すと、だな。
「何でオマエ、初対面なのにそんなこと言えるんだよ?」
「ん? 否定しない辺りは、自分を知ってるってことか、ガキ」
「……。……何だよ、おっさん」
 あ。男の顔にも青筋ができた。
「生憎オレってば若いからさ、何でおっさんがそこまで他人の事がわかるのかとか、全然わかんないんだよなー。説明してくんないかな、おっさん?」
 面白いから挑発してみたりして。オレもまあ、いい性格してるとは思う。
「……俺は『鷹野(たかの)(かおる)』だ。おっさんって、次言ったら酷い目にあうぞ」
「へ~?」
 馨。それがこの男の名前らしい。にしても、酷い目とは?
 気になるから尚更呼びたくなってくるじゃねーか。

「酷い目ってどんな目なんだ、おっさん」
 ただの人間に何ができるんだ、と、ちょっと好奇心にかられてしまったオレ。
 馨の顔に、青筋が増えた。そして。
「って……なっ!?」
 馨の眼光が一際厳しくなった瞬間、部屋に置かれていた家具が全て、突然オレに向かって来たのだった。
 そのままオレは、椅子やら机やらが作り上げた、閉鎖空間に閉じ込められてしまった。
「何だよソレ!?」
 正直オレは、面食らってしまった。何せ、火やら水やら雷やらが、誰かの思い通りに操られる光景なら嫌程見てきたが、ただの物が勝手に動き回るなんて、初めて出会った状況だったからだ。

「で……出れねー……!」
 オレを閉じ込めた家具達は、どうやってかエラく固定されていて、普通の力じゃびくとも動かなかった。
「当たり前だ。人を何回もおっさん呼ばわりして、簡単に許してやるわけないだろ」
 その上に馨は、更に家具同士の隙間を少なくさせて、オレを圧縮しにかかる。
「俺をすぐに、元の場所へ帰すと約束しないと、このまま潰しちまうぜ?」
「っ……やれるものならやってみろよ!」
「ほー……いい度胸してんな、ガキ」
 むぎゅ。圧縮がどんどんときつくなっていく。
「いいのか? 口封じに本気で潰すぜ。何せてめェは、俺の能力を見ちまったからな」
「能……力?」
 この、机が独りでに動いたり椅子が飛んだりしている状況は、オレの知らない種類の「力」のなせる技らしい。
「何だ、オマエ? まさか、念動力なんつーメジャーどころを知らないってのか?」
 馨はかなり驚いた様子だ。人間にはメジャーなのかよ、それ。
「知らねーよ、悪かったな! オレが知ってるのは――」
 どんどん圧力をかけてくる家具達に対し、一度落ち着いて息を吸ったオレは。
 次の瞬間、気を放出させて、自分を取り囲んでいた物を全て吹き飛ばした。
「なっ……」
 今度は馨が驚く番だった。ざまーみろ、とふんぞり返ってやる。
「何なんだ、今の」
「何って、ただの衝撃波だろ?」
 力を使う者にとっては、基礎中の基礎技だっつー。物を自由に操ったりは到底できねーし。
「衝撃波……漫画みたいな能力だけど、実在したのか」
 は? 何言ってんだよ、コイツ。
「にしても、オマエも能力者だったんだな、ガキ。……名前、何てーんだ?」
 先刻より何故か、馨の雰囲気が和らいでいた。何つか、警戒する必要がなくなった、そんな顔だ。
 そういや人間って種族は、力を持ってる奴の方が珍しいから、力のない一般人との間には警戒心が強いらしいっけ。だから力を持つ者同志では、逆に仲間意識が芽生えやすいとか何とか。
「……オレは、春日(かすが)龍斗(りゅうと)。ガキじゃねェよ」
 漢字の名の馨に合わせて、予備の名で名乗ったオレだったわけだが。
「名前だけは立派だな、ガキ」
 言うと思った。そんな予測が簡単につく、お互いいい性格なわけだった。

「……それで、結局、俺にどうしろと言うんだ?」
 馨は心底、要領を得ない顔をしてきいた。
「オマエ、龍斗はつまり、一般的には悪魔って呼ばれるよくわからん存在で、俺と契約をするために、俺をさらってきただぁ?」
「馨にわかりやすく説明すれば、な」
 オレにも本当はよくわかんねェし。両親からの話だけだし。
「悪魔と人間の契約……何か、ヘタな宗教に捕まった気分だな」
 にしても、と馨は、じろっとこちらを見る。
「呼び捨てにすんじゃねェよ、ガキのくせに」
「じゃ、おっさんって呼んだ方がいいのかよ」
 ……。一応十九歳の、透視と念動という、通称超能力ってモノを持つらしい馨が、ますます不機嫌そうな顔つきになった。

「とにかく、馨はオレと契約をして、呼んだら応えて呼び返してくれるだけでいい。簡単な話だろ?」
 簡単かどうか、実際は知らないが、まあ何とかなるモンなんだろう。しかし馨は不可解な顔のままだ。ま、無理もないが。
 話したって、わかるようなもんでもなし……馨達人間と、オレ達は別の世界に住む別の生き物で、本当は竜族と言うんだとか、でも魔族の血も混じった混血であるんだとか。両親の意志に関わらずこの世界から自力で出られるようになるためには、竜の墓場でオレの竜珠を奪った奴を見つけなきゃいけないんだとか……色々な~。
「オマエな……悪魔と人間の契約っつーと、魂と引き換えに、願いを叶えるのが相場だろうが?」
「そうなのか?」
「別にそうしろとは言わないけどな。俺は魂、渡す気なんざねェし。でもとにかく、そういう契約ってのは、お互いに利益があるモンだろ? 今のよくわからん話の何処に、俺へのメリットがあるってんだ?」
 確かに。馨の言い分は筋が通っているが。
「何だよ、んなケチくさいこと言うなよ、年上のクセにー」
「関係ねーだろ、ソレとコレは」
 拗ねたようなオレに、馨は一瞬笑いを堪えた様子で意地悪く言った。何か微妙に、優位を取られてるようで悔しい。

「ったく、わかったよ! じゃあコレは借りにしておくから、馨に何かあった時は、願いの一つや二つ、いくらでもきいてやるよ!」
 悔しまぎれに、思わず言ってしまってから、少し冷静になった。
「……あくまで、オレにできることなら、だけどさ」
 ふーん? と馨は、早速大言を後悔しつつあるオレを、不敵に笑いながら言った。
「ま、大して期待はしちゃいねェけどな。願いができたらよろしく頼むぜ、龍斗」
 ぐう。何か思いっ切り、馨のペースで話が進んでしまった。ったく、人の足元見やがってからに!
「それじゃ、契約成立、だな」
 ふう。契約の儀式とかの詳しい内容は、面倒だからここでは省略する。オレも本のまま流されるだけだったし。

 とにかく、ようやく馨と同調契約を結んだオレを、両親はいつものようにお茶らけた雰囲気で迎えた。
「それじゃ、私達は、馨君を元の世界に送ってくるけど」
 一旦同調してしまえば、後は何処から呼ぼうと、それが竜の墓場の外からなら良いらしい。
「でもアンタが竜の墓場に入る前に、一つだけ、話しておかなきゃいけないことがある」
「何だよ?」
 お袋の表情が微妙に変わる。コレは珍しく、シリアスな話があるらしい。
「ライフィス。ジョシアのことは、覚えてるよね?」
「……当たり前だろ」
 姉貴の話ときたか。コレは少し、意外だ。今まで両親が、姉貴のことを話した時はなかったしな。

「馨君に会わせる前に、見せた竜のことは覚えてる?」
「そりゃ……」
 あの、氷に閉じ込められた竜のことだ。
「早い話、アレがジョシアよ。自身の力で、封印されてしまったあの竜が」
 ……あぁ?
「あの子は元々、アンタ以上にじっとしてられないタチでね。あちこちを旅しては、そこら中の魔族や千族(せんぞく)にケンカを売ってた。その結果がアレ」
 ……どういうことだ?
「私達にも、詳しいことはわからないけど。とにかくあの子は、何かの時に力を暴走させた結果、ある天使によって封印されたの。それであんな状態というわけよ」
「その天使って……」
「お察しの通り。私の妹、リンティの手でね」

 お袋曰く、姉貴はああして封印されたも、死んではいないらしい。
「ジョシアの一部は、竜の墓場の何処かにいる。丁度アンタの一部も、竜の墓場の何処かにあるように」
「それって、姉貴の竜珠も竜の墓場にあるってことなのか?」
 お袋が呆れた顔をして首を横に振る。
「それはないわ。竜族は竜珠無しでは竜になれないってこと、忘れたの?」
「あ」
「そっか。そういやアンタ、竜珠だけじゃなくて、逆鱗もなくしてるから知らないわけか」
 何やらお袋は一人で納得している。
「コレ、説明するのめんどいな……よし。後は竜の墓場で、本人からきいて」
 って、オイ! いいのかそれで!

「とにかく、姉貴は竜の墓場にいるんだな? ついでに連れて帰ってこい、って話だろ」
「そうそう。飲み込みが早くて助かるわ、流石私の息子」
 何でも今までは、封印された体から離れた心が死の国へ誘われるのを避けるため、竜の墓場に隠していたらしい。しかしそれは、ある意味本末転倒というか、入れば外に出られない「墓場」に隠れさせたのは、正直どうなんだって話でもある。
「私も詳しい事情はよく知らない。リンティが勝手に裏で色々やって、ジョシアを封印して、結果的にこうなったことだから」
「え?」
 何故そうする必要があったのか、お袋すら知らないらしい。まあ考えてみれば、お袋とナーガは会うことができねェんだしな。事情を説明ってのも、無理だったんだろうが。
「じゃあ親父は知ってんじゃねェのか? アイツだけは会えるんだろ?」
「うん。一度説明されたけど、ややこしいから途中で寝ちゃった」
 ……オイ。
「そんな説明、必要ないし。天使の役目がどうとか、連れ戻せる可能性がどうだとか……要はさ。リンティなりにジョシアを助けようとしてくれたことなんて、わかりきってる」
 ……。
「そのせいであのバカ……はあ……。ま、今のライフィスには関係無い話よ」
 半ば怒りも混じった表情で、お袋は言い捨てていた。何かやっぱり、色々複雑っぽいな。

「でもね。墓場にいるジョシアは、アンタが覚えてるジョシアとは別人かもしれない」
「何だって?」
「本来のジョシアは、まだあの竜の中で封印されたままだから。だからあくまで、墓場にはジョシアの心の一部がいるだけ」
 ってことは……。
「ジョシアの暴走は、結局完全には止められなかったの。あの氷の封印を解けば、今でもジョシアは暴走を始める。だからアンタには話さなかった。話せばアンタは、元に戻そうと封印を解くだろうし」
 う。お見通しかよ、コイツ。
「何だよ。要はちょっと、キレてる奴を正気に戻せばいいだけなんだろ。そこまで難しいことなのかよ?」
「難しいに決まってんでしょ。あの子は本来、死ぬ運命だったんだから」
「死ぬ……運命?」
「リンティにはわかるのよ、オマケに天使だし。その運命を(くつがえ)そうとして今に至るわけ。だからジョシアの暴走を止めるには、その運命とも闘わなきゃいけない」
 竜の墓場には、運命としての時間は流れないらしい。だから姉貴はそこに隠されたのだと、改めて言った。
「私達には無理だった。でもアンタなら、ジョシアを助けることができるかもしれない。だから……」
 オレが強くなるのを望んでたのは、オレだけじゃないってことか。
「半年間、しっかり頑張ってきなさいよ、ラース」
 ……って、え? 半年?

「ちょっと待てよ。半年とかって……期限付きかよ?」
 そんなに長くいるのか、ってことにまず驚いている。
「そうよ。だってジョシア、向こうで霊体形成したってきいたもの。体からの呼びかけなしに霊体がこちらに出てくるには、半年後にしか開くことのない、『生への扉』を通らなきゃいけない。何も無しに霊が外に出れるなら、この大陸は死者で一杯になるでしょーが」
 なるほど、そういう制約があるってわけか。
「ま、アンタの竜珠とジョシアと扉への道。この三つを半年でってのは、難しいと思うし」
 そうなのか……いまいちその辺、感覚がわかんねーな。
「私の息子なんだから、見つけなきゃ承知しないし」
 フン……当たり前だよ。何かと敏いお袋に、よく似てる、と何度も言われたオレなのだった。

 そうしてオレが、お袋の案内で竜の墓場に入ろうとしていた頃。
 そういやずっといない親父の奴は、城の外でナーガに会っていたらしい。
「そっか。ライフィス君、ついに、あの場所へ行くんだねぇ」
「まァな。ジョシアを連れて帰ろうと思えば、半年後が一応最後のチャンスだしな」
「最後、ねェ……それはアンタ達次第じゃないの? ライフィス君は知ってるのかなぁ、半年後に扉が開くその理由は」
 意地が悪そうに親父を見るナーガに、親父が顔をしかめつつ何故か照れる。
「ヤな奴だな。そういやリンティはそーやって、よく俺をイビってたよ」
「リンティの名は出さないでほしいな。だって――」
「……」
「だってそんな奴、もういないから」
 ナーガは冷たい、遠い目をして親父を見ていた。そこにはもう、親しさも浮かばないように。

「悪かったな。ジョシアを助けるために、払った代償……本当に、感謝してる」
 天使であるナーガは本来、霊界へ導くはずの魂に干渉してはならない。それが知り合いなら尚更のこと。
 その代償がリンティという名、記憶だったと、後にオレはきくことになる。
「別にいらない、感謝なんて。ソレは昔のあたしが勝手にやったことだもの。今はもう、夢で知ってるだけのことだし」
 フウ、とナーガは、溜め息をついて城の方を見た。
「さァて。ライフィス君は彼女の思い……果たして、遂げることができるのやらね?」
 そしてオレは、再びあの灰色の大地に出会う。
 今度は自分の意志で乗り込んだ、竜の墓場という薄明るい何処かへ。

 ……寒……。大きな細長い扉の向こう、長い暗闇を抜けて辿り着いた場所で、最初にオレがヒト科らしい言葉を発したのはその一言に限る。
 あっれー……ガキん頃に来た時には、こんなに寒かったっけな?
 注意点は、扉くぐる直前にお袋から聞いたっつーに、寒いなんて言ってなかったぞ、あいつ。

 そんな文句をたれながら、とりあえずその灰色の大地を歩き出した時だった。
 何やら、バキ・バリ・ビキキ……と、妙に重くて鈍い音が、何処かから流れついてきた。
「……?」
 何故かとても、神経にひっかかる響き。
 どうせ他に行く当てもなし、音源に向かってみたオレを、ソレは無機質に出迎えていた。

「……なっ……!!?」
 正直。流石のオレも、こんなにいきなり、ハードな場面に出くわすとは思ってもみなかった。
 バキリ・ボキリ・ブチリ・ビチャリ…。
 唖然とするオレの前に、異音を垂れ流す元の光景。墓標らしき物の真下を掘って、獲り出した何かの骨を、ひたすらに咀嚼(そしゃく)する女の姿があった。
「なっ、何やってんだよテメェ……!!」
 考えるより前に体が動いた。長い水色の髪の女に向かって駆け出すオレを、しかし。

「――ダメぇーっ!!」

 ぐいっ、どしゃっ! 誰かが後ろから強引にオレの腕を掴み、オカゲでそいつ共々転ぶ羽目になった。
「ってェな、誰だ!?」
「ったァい、リュードのバカぢからー!」
 えっ? コイツ、オレの名前を!?
「あのね、死にたくなかったら今だけは言うこときいて! とにかくここから離れるの!」
 面食らうオレを、立ち上がらせた声の主。長い裾が揺れる白い武闘服で、オレの手をひいて走り出した。
「何すんだよ、離せよ!」
「大丈夫、十分引き離すから、アザーは追ってこない!」
 ……いや。何か随分、会話に行き違いがあるよーで。
 しかしその、アザーという名前を聞いてすぐに、全身に寒気が走った。

 そう。墓場についたさっきからの寒気の正体は、あの女が漂わせる昏い力に他ならなかった。
 黙り込んだオレに、手をひいていた奴は数キロ走った上で立ち止まった。
「もう大丈夫だよ、リュード」
 そうして、心底嬉しそうな笑顔で、長い桜色の髪の女がそう言っていた。

 何故か、同年代のその女に、懐かしさを感じた。オレがまだ黙ってると、女はアレ? と首を傾げた。
「ちょっとー。何呆けてるのー?」
 もしやコイツは、レイナなのか。オレが前にここに来た時、出会ったはずのあの知らない少女。
「ねェ、リュードってば。ひょっとしてアザーにビックリし過ぎて、声も出ない状態?」
 ……髪の色が違うし、顔を覚えてないのが致命的だが、それ以上に。
「全く、信じられなぁーい。何でこっちに来た途端、一番会っちゃいけないのに出くわすのかな、リュードってば!」
 レイナはもう少し、控え目で少し哀しげな奴だったから、こいつ=レイナは却下、とまず決めた。
 大体レイナはオレのこと、ラースって呼んでたし。まあそんなにいきなり、会うわけもないだろうしさ。

「ねぇ、ほんとにいつまで黙ってるのー? 大丈夫、リュード? そーだよね、やっぱしいきなりアレはショック過ぎるよね、私も最初は……」
 あーもう。ちょっと考え事してたくらいで、いきなりそんな心配顔するなよな。何か微妙に、気恥ずかしいじゃねーか。
「……っていうか。オマエ、誰だよ?」
 ……。てんてんてん、と口に出して言ってもおかしくないくらいに、そいつは灰色の目を丸くしてオレを見ていた。
 そして。
「ウソぉ……もう、更に信じられないったら。リュードってば、何で……」
 ……ん?
「何でリュードってば、知らない相手についてくるかな!」
「って、てめぇが無理矢理引っ張ってきたんだろーが!」
 大体何だよ! その誘拐されかけたガキにかけるような発想の台詞は!
「ふーんだ、屁理屈なんか言っちゃってー。人の気も知らずにほんと……」
 そいつは心なしか、すねたような顔を見せる。
「じゃあ、命の恩人の名前を教えたげるから、忘れないでよ! 私……サキ、よ」
 サキ。それがこいつがオレに名乗った、後にも先にも、忘れようのなくなる名前だった。
「ふーん……サキか。とりあえず、よろしくな」
 やっぱし、レイナじゃないんだよな。別にいいけどさ。

「で、オレの名前は知ってるみたいだから、自己紹介はパスするとして。何で知ってんだよ、後、命の恩人って本気かよ? そもそもオマエ……何で見ず知らずなオレに、関わってくるんだ?」
 そこまでさっきの状態は、本気でやばかったのか。そんなにもやばかったなら、こいつにも危ない状況だったはずだ。なのにどうして、こいつはオレを助けたのか。
「もー、リュード、質問が多いー! どーして私が全部説明しなくちゃいけないのー!?」
 だからそういう問題じゃねーだろが、さっきからこいつはもう!
「質問攻めより、とにかくリュードは、どーしてここに来たの。多分だけど、レイナ達に会いにきたんでしょ!?」
 な……に? 今こいつ、何て言った?
「だから私、わざわざ迎えにきてあげたのに~」
「お前……レイナって奴のこと、知ってるのか?」
「知ってたら、何よ」
 何か微妙に、サキは複雑な顔をしている。それに気付いた直後のことだった。

「……もしもーし。賑やかなとこ悪いんすけど、お二人さーん」
 いつの間にか、オレとサキから三メートルくらいの所に、全く見知らぬ男が立っていた。和風なのか何なのかよくわからない姿に、暗緑の短髪をした男だ。
 サキはうわ、と苦い顔を見せた。
「まさか早速、番人のおでましなんて……リュードってやな意味で破格の待遇よね!」
「そう言われたってさ、おれ達コレが仕事だから、仕方ないんだよー、サキちゃん」
 男はあーあ、という感じで、やる気なさげにオレを見てきた。
「って訳で、ライフィス・リュード・ナーガ。竜の墓場の番人として告げる。今すぐ元の世界に帰るか、ここで死者の仲間入りをするか、どっちかを選べ」
 ……何ぃ!?

 そして、一方。
「あ。ライフィス君、どうやら無事に竜の墓場、着いてるってさ」
「そうか。とりあえず良かった」
 って、え? ナーガと親父の会話シーン、まだ終わってなかったのかよ。
 しかも何で、オレの現状わかってんだよ?

「また何かあれば、教えてくれると少し助かるかな」
「へ~。君もいっぱしの親だったってわけかあ。ライフィス君のこと、心配?」
 絶対ナーガの奴、心底意地悪な顔してきいてるに百円。
「……まアな。アイツ、困ったことに母親そっくりでさ。気が強いのはともかく、自分のことに自覚が無さ過ぎる。わかってないから、まずいんだよ」
 親父はどうしてか、困ったような遠い目で笑っていた。
「……そ。じゃ、彼にはまめにライフィスのこと、報告するように言っとく」
 だから何で、こいつはそう、変に色々なことができちまうんだよ?
「サンキュ。アキラによろしくな」
 っか……アキラって誰なんだよ、フウ……。

➺L's.3 感動の再会に何の不満が。

 何やら外の世界ではまた、オレのあずかりしらぬ思惑が巡っているよーだったが。とにかくオレの今の課題は、目の前の男、自称「竜の墓場の番人」を何とかすることに尽きた。
 奴曰く、ここは生きた体を持つ者には、ある意味過酷な環境らしい。時間が流れないのは、自然な外からの働きかけが無いことと、成長や変化が止まるということ。
 そしてそれらの作用とどう関係があるのか、生きた体は段々と、死者と同じものに変えられていくという、洒落にならない現実があったりするらしい。それで昔にここに来た時、オレは衰弱していったのだと。
「そんな場所に、ライムさんの息子を長居させるわけにはいかねーからな。諦めてさっさと帰ってくれよ~」
「オマエ……お袋のこと、知ってんのか?」
 男はとても懐かしそうな目をして、お袋の名前を口にしていた。
「まあ、長い付き合いだからな」
「へェー……武丸(たけまる)ってリュードのお母さんと知り合いだったんだ~」
 どうやら武丸というのがこの番人の名前らしい。何とまた、時代錯誤なのか何なのかだ。

「生憎だけど、下手したら死人になるから気を付けろって忠告はちゃんと聞いてきたし。だからその対策も、一応はな」
「ほォ~? 参考までに教えてくれよ。その対策ってどんなのなんだ?」
「敵にんなこと、いちいち説明するバカが何処にいるってんだ。ってワケで、てめぇの出る幕じゃねぇから、もー帰ってよし。OK?」
 ヒ、ヒドイ……と武丸の奴は、よよよと泣きマネをしてオレを見た。
「じゃあ仕方ないから、番人として言わせてもらうぜ。ここに生者がやってきて、むやみに死者に干渉されるのは(はなは)だ困る。ってわけで帰んなさい、ライフィス君。いいかな?」
 武丸はお兄さん的口調でそう言い切ると、有無を言わせず、手にした杓杖っぽい物と共に襲いかかってきた。

「ねぇ武丸、リュードのお母さんってどんな人なのー?」
「いっ!?」
 ひょい。何故か目をウキウキとさせたサキが、簡単に武丸とオレの間合いを見切り、あっさり割って入った。
「レイナからちょっとだけ聞き出した話だと、とっても強くて爽快で、ステキなヒトみたいだったから。ねェ、どんなヒトなのか教えて教えてー!」
 誰から何を聞いたんだよ、あいつは。
「あのなサキちゃん、今はそれ所じゃないの! 俺とライフィス、今から戦うの!」
「何よー! ごまかさないでよ!」
 いや……むしろ状況を誤魔化してるのはオマエだ、サキ。そんなつもりはサラサラ無いんだろーけどな。

 しっかし何で、レイナがお袋のことを知ってるんだ? 親父ならまだ、オレが連れ戻される時、会ったと言えないこともないけど。
 っていうか、サキ……何だかんだ言いつつ、あの身のこなしはタダ者じゃない。そして。
「もー、武丸のばかあああ! 何で教えてくれないのー!」
「だーッ! 何でもいいからライフィスと戦わせてくれよー!」
 そんなこと、今関係ないよ! と本気で言ってるその性格も、タダモノじゃない。うん。
「……おもしれェ奴」
 オレは気付かない内に、最初の寒気なんざすっかり忘れてしまっていた。
 と、そこへ。またしても見知らぬ奴が現れていた。

「あのさあ。リュードの母親のことなら、武丸よりリュード本人にきく方が早くないかなぁん」
 ふわり。その鬱金の髪の少年は音もたてずに、この場に降り立っていた。
「あれ。どーしたの、ケイ? わざわざこんなとこまで出向くなんて」
「サキが遅いから、レイナとタオがまた睨み合い始めちゃってサ。様子見」
 ケイと呼ばれた、オレより年下っぽい童顔の少年は、掴み所のない笑顔でオレを見た。
「竜の墓場へようこそん。何も無い所だけど、ゆっくりしていけヨ」
「あ……ああ……」
 あまりにユル~とした声で言ってくるため、とりあえずオレは毒気を抜かれた。サキも何だか、大人しくなったし。

「武丸は、リュードと戦ってみたいだけなんだからサ。戦わせてやればいいじゃん、なぁん?」
 ケイが武丸の方を見てにっこりと言う。武丸は図星をさされたらしく、決まりの悪そうな顔を見せた。
「へー、そうなんだぁ。何で何でー? どうしてリュードと戦いたいのー?」
「……。あー……バレたらまたコレ、ボスに小言だなあ」
 武丸はコホン、と咳払いをする。
「やっぱしさ。おれの永遠の師匠であるライムさんの息子とくれば、手合わせしたくなるのも無理はないだろ?」
 永遠の……師匠?
「てめェ、もしかして……昔のそのまた昔、お袋に弟子入りしてた忍者……ってわけじゃ?」

「驚いたぁ。リュード、意外に勘いいんだなあ?」
 ケイが目を丸くしている。ってことは。
「当たーり~。よくわかったなー、もう千年以上も前のことなのに」
 武丸は何だか嬉しそうだ。その顔はコイツが、悪い奴じゃないことを証明して余りあった。
「……いーぜ。お袋に変わってその挑戦、受けてやる」
「おっ。流石はライムさんの息子!」
 オレは唯一持って入った、自分の双極の長剣を久々に取り出した。普段は小物に変えて持っておけるやつで、親父達からの誕生日プレゼントの一つだ。

 そして。対決模様はめんどくさいから省くことにして、結果だけ言うと。
「はあー……ほぼ、引き分けかあ。これでもおれ、ずーっと現役なんだけどな~」
 というわけだった。
「やっぱし竜がなくてすら、ライムさんの血には勝ち切れないか……ま、おれ達の力もリンティさんに預けたまんまだしな」
「お前……オレの事情、知ってんのかよ?」
 ってか、コイツも竜族だったのか。道理で一応強いわけだ。
「えーっ。リュードって竜がないの!? おかしいよそんなの!」
 サキが心底不可解、という顔でオレを見る。
「だってリュードは竜なんだから、竜ってリュードの事なのに!」
「まあまあ。それじゃあ、武丸はどうなるのさぁ」
 いさめるケイに、サキはあっさりと答える。
「だって、武丸は純粋な竜じゃないんでしょ? じゃあ仕方ないよ」
 ……。そんな簡単な話じゃないと思うが……何だかなあ。

「ま、その辺の事情は、お互いゆっくり話し合ってくれ。おれはもう帰るから」
 武丸はそう言って、あっさり背中を向けた。
「あれれ? 武丸、番人のお仕事はいいの?」
「ボスにはそうだな……ライフィス君強くて逃げられちゃいました、とでも言うし」
 何だそりゃ。強いんなら逃げないだろ、フツー。間違い無くそのボスの怒りは、膨らむ一方だろーな。
「にしても本当、気を付けろよ、ライフィス? この世界では、お前の体は幽鬼状態にある」
「幽……鬼?」
「霊体と実体の中間のことだよ。単純に鬼とも言うな」
 霊ではないが生身でもない存在。それはそう分類されるらしい。
「体が幽鬼状態の時なら、まだ実体に戻ることはできる。でもここに居続けると、それが霊体までシフトしちまうのが問題なんだ。おれや弟はそれで、死人扱いに近いからな」
「へー……武丸と佐助(さすけ)って、そんな裏事情があったんだぁ」
 その相手を知っているのか、サキが感心したような声を出した。
「で。リュードはそれに対して、どんな解決策を持ってきたんサ?」
 興味深々で、ケイが横から尋ねてくる。
「別に、単純なことだろ。要はこの体に、自分は生身なんだって、忘れさせなきゃいい」
 そう言ってオレが取り出した物を見ると、武丸があっと声をあげた。
「それ……忍者流保存食、ケプの実かあ!?」
 話は簡単で。つまり、ここにいる間もちゃんと栄養をとってれば死なずにすむ、それだけだったり。
 流石に半年分の食糧を持ち込むのは困難なため、ギリギリ体がもつ程度の高栄養を、物凄く小さな実に持ったケプをお袋が今まで貯めていたのだ。オレ達竜族は元々、食も細くて大丈夫だし。
「ケプって結構、見付けるの難しいんだけどな……ライムさん頑張ったな~」
「昔、何処ぞのバカ弟子からコツを教えてもらったって。嬉しそうに話してたぜ」
 ポカンとした後。武丸は爽やかな顔で笑うと、去っていった。
 そしてにゅっと、オレの横にケイが楽しげに割り込んできた。
「さて。それじゃリュードを、レイナに会わせよっかぁ?」
 その再会はそうして、間近に迫っていたのだった。

「……ちょっと、待て」
 そうしてひたすら、唖然とするオレ。
「何だ? せっかくの再会に何の不満があるんだ、オマエは」
 サキとケイについてやってきた、レイナがいるはずの場所。そこには女にしては長身で、黒一色のカッターシャツとスラックスの姿が悪人っぽく、何より凄くガラの悪い目と口調で、黒銀のショートカットの女が立っていた。
「って……お前が、レイナなのか……?」
「オレ以外何処にレイナがいるんだ。時差ボケも大概にしておけ、この寝惚助が」

 ……ああ、レイナ。あの、明るくて素直だったあいつが、このワケわからん場所に放置されたばっかりに、こんなにも荒んじまって……。
「何かリュード、ガラにもなく現実逃避気味だナ」
「んなワケねーだろ! っていうか、何やってんだよ――姉貴!!」
 たった数日会っただけの、レイナの姿は正直ほとんど忘れているが。流石のオレも、探し続けた実の姉貴を、見間違えるワケがなかった。

 そう、サキとケイに「レイナ」として引き合わされたコイツは、オレが昔出会ったレイナとは遥かに遠い、まぎれもないジョシアだった。
「何だ。感動の姉弟再会に何の不満があるんだ」
「そーよ~! せっかく会わせてあげたのに、リュードって贅沢!」
 いや……だから、待てって。
「何でコイツがレイナなんだよ!? てめーはオレの姉貴で、何かバカやって暴走した挙げ句、こんな所に閉じ込められたジョシアだろ!?」
 ミシ。何やらオレの、タマシイの叫びに気分を悪くした姉貴の裏拳が入る。
「文句ならオレの主人格に言え。と言っても、あいつは今も氷の中だろうから、まず封印を解いてからの話だけどな」
「主……人格?」
 まるきりわけのわかってないオレに、姉貴が首を傾げる。
「何だ、オマエ、親から何もきいてないのか? まさかオレの名がジョシア・レイナなことも、変だと思ったらきいてないというわけか」
 ……あ゛。
「それはないよナぁ? 竜族は二つの名を持つことくらい、自分もそうなんだから、リュードが忘れるわけがないって」
 道理で……レイナという響きは、何処かできいたことがあったわけだった。

 竜の王族には、生まれつき、二つの心があるらしい。本来の自分である主人格と、その膨大な力を制御するための、力の人格というやつが。
 それがオレ達が、二つの名を持つ本当の理由で、つまり姉貴の場合、主人格が暴走によって封印されたジョシア、力の人格が今目の前にいるレイナというわけらしい。
 簡単な説明を終えると、姉貴が大きく溜め息をついた。
「あのスチャラカ両親……こんなことで本気でラースに、オレを止められると思ってるのか?」
「じゃあお前は、本物のレイナなんだな?」
「変なリュード~。レイナはずっとレイナなのに」
 ボヤくようにサキが言う。
 しっかし、そうなると本当、わかんないことだらけになっちまうな。
 昔に会った、偽レイナ(仮)は、姉貴と同じ名なのは偶然なのかとか。結局何処にいて、誰だったのかとか。
「もー、リュード、つまんないよー! やっとお姉さんに会えたのに、どうして喜ばないのー!?」
 サキがむー、と何故か顔をのぞきこんでくる。
「るせーな。喜ぼうが喜ばまいが、オレの勝手……」
 言い終えない内に、ぽん、と。姉貴の意外に小さい手が、オレの頭に乗せられていた。
「本来のジョシアでなくて悪いけどな。待ってたぜ、懐かしい弟」
 そうして姉貴は、昔とほとんど変わらない、何処か孤高な笑顔を見せた。

 何を言うべきか、突差に言葉が思い付かない。何か、その、いきなりの懐かしい笑顔はやっぱり反則だった。
「……反則だろ」
「――?」
「……だから。こんなにいきなり会うことになるなんて、反則だろ、姉貴 」
「リュード……」
 サキが一瞬、目を潤ませる。あんなに長い間、離れ離れだったのに!
 とかいう、よくある再会ドラマ、じゃなくてだな。
「オレはだな、半年かけてあんたを探せって言われてここに来たのに、こんなにあっさり見付かったら、こっから先の話のネタが無くなるだろ!!」
「バカ言うな、ケータイでいちいち細かく書いてられるか。省ける所はとことん省いとけ」

 そして激怒するサキ。
「あのねェー!! やっと素直に喜んでくれるかと思ったのに、何、変なメタ話とかしてるのよー!」
「ムリムリ~。リュードが素直に、感激の再会なんてする奴には見えないしなぁん。特にこうして、第三者のオレらが見守ってなんかいるとサ」
 そう言うと、ケイが振り返って歩き出した。サキにもちょいちょい、と手招きをする。
「今は二人で話をさせてやろォよ。多分向こうで、すねてるタオも迎えにいかなきゃだしなー」
 ……また新しい名前が出た。いったいここにはいつからどれくらい、こうやって活動してる奴らが、オレが迷い込んだ昔と比べてやたらと増えたんだ?

「あ、そっか……リュードにちゃんと、タオのことも紹介したいしね」
 なるほど、と頷くサキに、でしょ? と笑うケイ。でもこいつらは、そもそもから間違ってる。まず何よりかにより、こいつら自体何者なのか、オレは一言だってきいた覚えがないのに、他の奴の紹介も何もないだろ。
 まあその辺は、多分この場所に来た後の姉貴の知り合いと考えれば、オレの名前を知ってたこととか、一応納得はいくんだけどよ。
「そうそう、アフィちゃんも探して連れてこなきゃ! リュードは多分、レイナとアフィちゃんを探しにきたんだよね?」
 いきなり人の顔をのぞきこんで笑うサキ。っつーか。
「アフィって……誰だよ?」
 そのオレの一言に、サキは「ええええ!?」と、まあ……耳が痛くなるほど大きな声を出した。
「それはヒドいよ、リュード! 仮にも自分の妹を誰だなんて!」
 ……はいィ?
「ちょい待ち、サキ。アフィはまだ、向こうで存在してないんだから、リュードは知らなくて当たり前なんよー」
 苦笑しながらいさめるケイに、サキがキョトン、とする。
「あ……そっか……まだ生まれてないんだから、当たり前よね……やだ、私のばか、早とちり~」
 赤くなるサキ……っていうか、妹……?
「じゃ、後の話はレイナにきいてくれナー。いこ、サキ」
 呆然とするオレを置いて、サキとケイはもう何も言わずに、その場から消えていったのだった。

「あのさ、姉貴……」
「ん?」
「妹って……何事?」
 やっとそう尋ねたオレに、姉貴は、「お前……本当に両親から何もきかされてないんだな……」と、諦めの入った声で呟いていた。
「ラース。オレが外の世界に戻るには、半年後に開く、生への扉を通らなければいけないことは知ってるか?」
 今の姉貴は霊体なため、オレが通ってきた生身用入口は使えない件だ。一応頷く。
「なら何故、その扉が半年後に開くのかは?」
 んなこと知るかよ。もろにそういう顔をするオレに、姉貴は驚くべき事実を語り始めたのだった。
「お袋は現在、妊娠中。その出産予定が半年後なんだ」

 な……何いぃぃ!?
「その時に生まれるのがティア、二つ名はアフィっつー、オレ達の妹だ。生まれるためにはここから魂が出ていく必要かあるから、そうやって新たな竜族が生まれる時だけ、竜の墓場では生への扉が開くようになってる」
 淡々と話す姉貴。つまり……ここには、死んだ奴だけでなく、これから生まれる者も存在するってことなのか?
 だから、まだ生まれてもない妹がここにいて、そいつの魂が生まれるために外に出る時、それに便乗して姉貴も外に出るということなのかよ。
「姉貴はもう、妹には会ってるのか?」
「まあな。ここでの生活長いしな」

 色々と、展開が急過ぎて、不本意ではあったものの。
「ったく……妹かよ。何かてんで、実感わかないっつーの」
 とりあえずオレの目的の一つ、姉貴探しと連れ戻し方法は、大体カタがついたんだろう。
「ところで姉貴。あいつらは何者なんだ?」
「ん? サキとケイか?」
 姉貴はハテ、と首を傾げる。
「知らん。いつからか、どっからかわいて出てきた」
 何だそりゃ!
「オレがここに来た頃はいなかったが……そうだな。妹の存在を知った頃、現れたような気もする」
 ふーん……? どうにも納得しかねていた俺は、まさにこれから、知ることになる。
 ある運命の落とし子達が、それぞれの縁を手繰り寄せて、ここに姿を顕したことを。

 そんなこんなで、どんなこんなで。
 オレが竜の墓場に入ってから、早くも一週間が過ぎ去った現在だった。
「とは言うものの……」
 正直、姉貴に会ってからは何一つ、事態に進展がない。
 いいのかこんな……何か知らねーが、オレの意思とは無関係に繰り広げられてる、何か変にスローな日々は。
「何だ、ラース、不景気な顔して。とりあえず茶でも飲め」
「いらね。味も水気もない茶なんて茶じゃねぇし」
「何をふてくされてる。またタオの奴と、一戦やり合いでもしたか?」
 ぐ……。人の顔を見もせずに、淡々と言う姉貴。そしてオレの頭にはまた一つ、青筋が増える。

「タオの奴は小心なくせして、相当な頑固者だからな。オレは正直、好かないんだ」
「オレだってできるもんなら、関わりたくねーよ。けどな……」
「ティアリスの居場所がわかるのはあいつだけだから、仕方ないけどな」
「わかってんなら煽るなよ! ったく……」
 ティアリス。五ヶ月後に産まれるはずの、オレ達の妹。
 霊体である姉貴が外の世界へ出るためには、そいつが開く生への扉を通らなければいけない。
「それを何で、オレが探してやらなくちゃいけないんだ? 自分のことなんだから自分で探せよ、姉貴」
「言うな。オレとタオの相性は、もう破滅的に悪い、としか言えん」
 ま……それは認めるけどな……。

 オレも正直、サキにタオを紹介された時の第一印象は、かなり悪いとしか口にできない。
 母親にすがるように、サキの服の裾を掴んでいた黒髪黒目のあいつは、オレを一目見るなり言った。まるで呪いの種を見るようなきつい顔で、「災いが始まる……全ての元凶が、ここに現れる……」と。
「毎回毎回、そんな感じで……オレが何か言い返そうもんなら、今度はサキがうるさいからな……」
 そう。タオと関わると大概の場合、オチはサキの「人の妹をいじめないでよー!」の一喝で終わる。
 あれって正直、過保護過ぎないか? と、サキにしがみつくタオを見る度にそう思う。
「質問するだけでも、サキを通さないとろくな返事もしやがらねえし」

 タオ曰く。アフィ@ティアリスには当分会わせられない、オレはこの場所にいるべきではない。そしてオレの探し物は、決して見つかることはない。
 ……訂正。サキを通しても、ろくな返事をしてきてなかったな、あのガキは。
「難儀なことだな。竜珠の在り処がさっぱりわからないというのも」
 姉貴が溜め息をつくように、小さく呟いたその後のことだった。
「ライフィス・リュード!」
 ……。あー……また来たか、面倒くさいのが……。
 この一週間で、すっかり聞き慣れてしまった声の方へ、嫌々ながら顔を向けた。姉貴も、お、という顔をして、オレと同じ方向に顔を向ける。
「よく来たな、ルーナ。まあ座れ、茶でも飲んでけ」
「茶でも、じゃないよレイナ! 今日という今日は、リュードにここから出ていってもらうからね!」

 その青銀の短い髪をした和装の、一見十六歳程に見えるルーナは、きっとしてオレを見る。
「リュードが来てから本当に、あちこちでおかしなことばかり起こる! この竜の墓場の墓守を任された身として、僕はこれ以上、黙ってはいられない!」
「とか何とか言いつつ、もう一週間たってんじゃねぇか。これだけ長くいたら、いい加減見逃してくれたっていいだろ?」
 あのなー! とルーナはわかりやすく、全身で怒りを示す。
「大体、武丸達がしっかりしないから、僕がいつも苦労するんだ! 武丸と佐助二人がかりなら、いくら竜王の直系だからって、ここから追い払うぐらいはできるはずなのに!」
 要するに。武丸の言ってたボスとは、つまりコイツ、ルーナのことだ。
「そうとも限らないぜ? そんなにヤワならオレはとっくに、アンタに捕まってここから追い出されてただろうしな」
「それはリュードが毎回、しつこく逃げ回るから……!」

 しかし、ルーナのその言葉の先は。
 突然噂のあの人物に、身も蓋もない内容に言い換えられた。
「ルーナは強い。本気で相手をしたら、今のリュードは負ける」
「……何だ。いたのか、タオ」
 姉貴が眉をしかめて、ルーナの斜め後方を見た。水色のパーカーを着て、(あか)いリボンをかける尻尾髪スタイルのちびっこタオがいた。
「そんなわかりきったことを、いちいち偉そうに言うな。時間の無駄だ」
 ……って何気に、一番容赦がないのはこの姉だったりする。何つーか、こいつらむかつく。
「そんなこと言われたって、仕方ないよナ~。リュードは竜としては、命が半分ないも同じなんだし、生粋の竜で、しかも今のルーナと比べちゃダメじゃないん?」
 のまーりと、独特の間を持つ口調で、タオの後ろにケイが現れる。コイツら本当、何でこんなにいつも神出鬼没なんだ?
 オレには未だに、コイツらの正体は、何一つ掴めてないのが現状だった。

「……で。リュードは帰ってくれるの、それともくれないの」
 じゃらん、と武丸も持っていた杓杖を突きつけ、ルーナが鋭い目をしてオレを睨む。次々誰かが現れるせいで忘れていたが、そういやコイツを何とかしないと、何気にオレはちょっとピンチ。
 実際、剣技で負ける気はしないんだけどな。悔しいが、力が足りないのは事実だった。
 が、しかし。
「仕方ねーなあ……面倒だから逃げててやったけど、そんなに言うなら、今日は決着つけてやるぜ」
 あれだけ貶されて引き下がるようじゃ、仮にも竜の末裔の名が泣くしな。
「……」
 ケイがあちゃ~と苦笑い、姉貴は好戦的な目で笑う。
 オレには特に成算はない。単に、逃げるのに飽きた、というのが近いかもしれない。

「っ……!!」
 そうしてオレが、墓場の番人のボス、ルーナと剣を交えてから十五分くらいがたっていた。
 コイツ、ルーナは、使える力の大きさは今のオレと大して変わらない。なのに非常に厄介な相手なことが、予測通り明らかになってくる。
「……やっぱり、力がまだ足りていない」
「とゆーより、あれは互角ってゆーんだよ~、タオ」
 苦い顔をするタオに、あはは~、という顔でケイが訂正する。
「剣技は僅かにリュードのが上。でもこの十五分で、ルーナの方が全然疲れてない理由は、タオにもわかるだろん?」
 それは全く、ケイの奴の言う通りだ。それに気が付いてからオレは戦法を変えた。
青炎(せいえん)の月、鬼火の紫竜(しりゅう)ルーナ。その名の由来がこの力かよ、ったく!」
 盛大に、剣技だけで一度相手を跳ね飛ばして、息を整える。
「てめぇ、さっきから何一つ、自身の力は使ってやがらねえな? 全部ヒトの力をはね返すか、もしくは吸収しやがって」
 そう、古来より月は太陽の光を反射し、鬼はヒトの力を奪って生きる。
 オレの剣幕をものともせず、ふん、とルーナはオレを見返す。
「そうでもしなければ、僕みたいな一介の竜が、竜王と戦えるわけもないからね」
「一介の竜? その邪道な力でよく言うぜ」
 竜とは本来、自然界の力を司るもの。対してコイツの「青炎」は、地獄の火という意味合いなのだ。
 つまりコイツは、オレが力を使う程、回復するかその力をはね返してくる。そんな奴に勝つには、コイツが扱い切れる以上の力をぶつけるか、純粋に剣技でおすしかない。力が互角なオレには前者は不可能、また後者も、コイツの「鬼」はその力すら喰ってるように見えた。
 そんな中、唯一オレにとれる戦法は、ぎりぎりで相手の攻撃を凌ぎ、体力を消費する前に打開策を練るか。ひたすら受けにまわって、相手が疲れるのを待つしかないことを、ケイもタオも悟っていたようだった。
 ところで姉貴はと言えば。
 この戦いが始まってからずっと無口に座り込み、オレ達の様子を凝視していた。

 正直、この戦法はかなりまいる。
 何が嫌かって、それはお前、たとえ勝つためとはいえ、受けにまわるなんてオレの趣味じゃねー! という、精神的な負荷が大きい。
「あっはっは~。無理無理~、そんな消極戦法、リュードが耐え切れるわけないじゃん~」
 心底おかしそうにケイが笑い、
「ルーナは持久戦、得意分野……」
 と、残念そうな顔をしてるってことは、何故かオレを応援してるらしい、わけのわからん性格のタオが呟く。
 さてさて、そうしてオレは、誰もが予想していた通りピンチなわけだが……。
 どの道、逃げ続けるわけにはいかない。改めてそう覚悟を決めたオレなのだった。

「あれー? リュードとルーナ、何やってるの?」
 未だに勝負はつかず、睨み合うオレ達の間に、平和な声が割り込んできた。
「あり、今頃来たん、サキ?」
「だって、何だか面白そうな気配がしたんだもん。ねえ、今もしかして、リュードとルーナが真剣勝負で、しかもリュードは不利な感じ?」
 言いながらサキは、不思議な笑顔でオレに近付いてきた。
「駄目だよね、二対一なんてずるいもの。だからリュードは、私が手伝うね?」
 そうしてぽん、と、サキがオレの背中を軽く叩いた。
 その瞬間だった。オレには突然、言い知れぬ程の悪感が走った。
「このくらいでいっか……これできちんと勝負、できるよ、リュード」
 そう言ってサキは笑った。いったい何を言っているのか、さっぱりわからないまま。
「……はあ……?」
 今、オレは何をされたんだろう。全くわからないのに、寒気が全身を駆け抜けていく。
 っても、ひとまずサキにかまってる場合でもない。ルーナと再び打ち合いが始まり、サキもケイ達の方に戻る。

「……流石だな、サキ」
 ずっと黙ってた姉貴が、ぽつりと呟いていた。それもそのはず。
「……!? 何だよ、この力!?」
 誰よりオレが、一番戸惑っていた。相手をしてるルーナも気付いていたが、それ以上にオレ自身がわかっていない。
「くぅ……竜王とまではいかないけれど……!」
 これは、竜珠のある時の竜族の力に近い。ルーナがそう言ってオレをきっと睨んだ。

 ルーナの言う通り、さっきからオレは、ほとんど今までの倍に近い力を出せていた。不思議なのはそれというより、今までのオレにはそんな力、たとえ持ってても「制御」ができなかったはずなのに。
 今のオレは、サキに触れられてから絶え間ない悪感と引き替えに、当たり前のように力を使いこなしている。それが何より、オレ自身を戸惑わせていた。
 ルーナの方は、今くらいの力でも反射できないことはないが、流石に吸収は難しいようで、苦戦を見せ始めている。
「……結局後は、時間と根性勝負か」
 オレ達をずっと見ていた姉貴が、つまらなそうに呟いた。
「やめやめ。疲れるから、今日はもう終わりにするぞ、ルーナ」
 その、突然姉貴が放った言葉も、オレにはわけがわからない内容だった。
「えぇーっ、でもレイナ……!」
「オレが長期戦嫌いなのは、オマエもよく知ってるだろ。まだやりたいなら、後はオマエ一人でやれ」
「さっきならともかく、今のリュードにそれで勝てるわけないだろ! ったくもう!」

 そんなやりとりを眺めながら、はい……? というオレの横に、アワレに思ったらしいケイがやってきていた。
「ルーナ、今では、レイナの竜をやってるんよ。だからさっき、サキが言ったろ? 二対一はずるい、って」
「って……あれ、そういうことだったのかよ?」
「別にルーナは一匹でも戦えるけど、レイナとルーナ、力の相性が滅茶苦茶良くてさぁ。ルーナは前より強くなれたし、意志だけだったレイナは霊体を手に入れることができた。それで今、レイナはあーして、リュードの前にいられるんよ」
 にこにこしながら言うケイに対して、よくわからないが、呆然とせざるを得ないオレ。
「……オレはあくまで、ジョシアの力の人格だからな」
 レイナ曰く、力も霊魂も本体は氷づけにされたままの姉貴は、そうしなければ一つの命として存在できなかったらしい。
 まあそれは、ともかくとしてだ。
「じゃー何で、ルーナと共謀してオレと戦ってんだよ」
「ん? 弟と戦ってみたくて、何か悪いか?」
 あのなー……そりゃ、サキもツッコミを入れてくるよな。

「そっか、レイナ、もう飽きちゃったんだ。仕方ないよね、じゃあリュードも元に戻すから、今度こそサシで戦う? ルーナ」
 言いながら、サキがまたオレに近付いてくる。
「待てよ、お前いったい、オレに何をしたんだよ!?」
 流石にきかずにはいられない程、悪びれてないサキについ不安を感じた。
「あれ? リュード、元に戻りたくないの? ダメだよ、それ続けるとその内、体の方が先に死んじゃうもの」
「!?」
 警戒するオレに全くかまわず、サキはまた、オレの背をぽんと叩く。
 すると、あれ程あった悪感が嘘のように消え、力も元通りになっていたのだった。
「……」
 オレは半ば助けを求めるように、ケイの方を見ていた。

 すっかり説明係になってしまったケイ曰く。
 さっきまでのオレはサキの特殊な力によって、オレの体を生かしてる力まで戦う力にまわし、飛躍的に制御力と潜在力を向上させていたらしい。あくまでオレの存在が耐えられる程度、らしいが。
 その間、体の方はぎりぎりの力しか流れてなかったので、そのSOSが悪感となって表れていたそうな。
「まー、思念体で戦う竜の墓場だからできる荒業だねぇん。外でやろうと思ったら、一瞬の間にしとかないと、体、動かないしな?」
 なので本来、持続的に使うなら、調整しながら戦えるサキ本人にしか適用できないやり方らしい。
 しかし、だ……。
「そんなことができるあいつ……何者なんだよ?」
「リュードの気持ち、ちょっとはわかるぜ。力そのものに干渉できるサキの力は、反則だってオレもよく思うもんな」
 向こうでルーナ達と話すサキを見ながら、相変わらずにこにことしてケイが言った。
「それで結局、ルーナはどうするの? まだ戦うの?」
「そうしたいけど……どーせみんなは、リュードがここにいること、賛成なんでしょ?」
 戦う気をなくしてはいないものの、恨めしそうな顔でルーナが言う。
「……賛成じゃない……でも、いないと駄目……」
 だからあいつ、タオはオレを何だと思ってるんだ?
「そっか。……でもどうやら、そんな話をしてる場合じゃなくなったみたいだよ」

 突然ルーナが厳しい顔付きになった。杓杖を(ひるがえ)すと、明後日の方向を見て叫んだ。
「だから言ったんだ、リュードが来てからここはおかしくなってるって!」
 その視線の先には、一人の女がぽつんと立っていた。水色の長い髪で、体にぴたっとした黒装束を着る無表情の女。その姿を認めた途端、周囲の空気に戦慄が走った。
「そんな……何でアザーが、ここに……」
 タオが蒼白な顔でサキにしがみついた。サキがきっ、と女を見返していた。
「あっちから来るなんて珍しいけど……この場合、ルーナはどうするの?」
「アザーは墓場の秩序を守る、太古の女神の系譜。手出しはできない。でも今まで、意識ある魂に自ら姿を見せることはなかった」
 その後ルーナは、ただ一言、逃げて、と背中で呟いていた。

「前の時も思ったけどな……あいつ、何がそんなにやばいんだよ?」
 新参者のオレとしては、ただひたすら寒気がする以外に、何もわからないままの相手だ。
「アザーは、この墓場に存在する者全ての死神だよ。多分目当てはリュードだし、早く元の世界に還った方がいいんじゃない?」
 しかしルーナの忠告をきくまでもなく、オレ達に襲いかかる影があった。
「あーやば、よけろ、リュード!」
 ケイに言われるまでもなく、その獣の奇襲から、オレはすんでのところで身をかわした。
「何だ……豺狼(さいろう)……ってやつか?」
 その獣は多分、山犬サイズの狼のような姿。奇襲に失敗した黒い獣はアザーの元へ帰り、揃って静かに立っている。オレの姿を、遠くを見るような目で、それでもはっきりオレを見ていた。
「……何だってんだよ」
 何故か妙に、オレは苛ついていた。この場の寒気の渦も、いつしか忘れてしまう程に。
「……え?」
 しかし、そいつらがオレを見ていたのは、そう長い時間ではなかった。
 アザーはすっと片手を上げると、サキ達の方を向いて、不意にそちらを指差していた。
「あ……」
 動揺したのはタオだ。サキの足元に、ぺたんと膝をついた。
「違う……わたしは、あなたと一緒、なんかじゃ……」
 何やら頭を抱えて、呻いている。苦しそうな妹に、サキが声をかけようとした時だった。

「あータオ、ちょっと待ったぁー!」
 ケイの制止も虚しく、タオの周囲から(あか)い光が走った。誰もが数秒の間、目を開けていられなかった。
「……! みんな、気を付けて!」
 ルーナの声にはっと目を開くと。目の前にはまた、えらい光景が広がっていた。
 オレ達は全員、紅の閃光が走った時に、タオの周囲から吹っ飛ばされていた。
「……フェンリル……!!」
 頭を抱えてうずくまったまま、タオが悲鳴をあげるように叫んだ。隣に現れた、巨大な黒い狼が激しく咆哮した。
「って、無茶だろそれはー!」
 そして巨大な狼は、黒い衝撃の波と共に、頭上からアザーと豺狼をまとめて食らいにかかる……。

 それはおそらく、この場の誰もが、予想しない光景だっただろう。
 巨大な狼は、アザーの片手で押し止められていた。見えない壁を手掌から発生させたようなアザーの背に、悪魔のような黒い蝙蝠型の羽が生えていたのだ。
「あれは……まさか……」
 ルーナが驚きの顔で口にしたのは、「復讐神(エリニュエス)」。
 後からきいた話、とにかくその羽は、寄せ集まった力の塊だった。
 そのままアザーは、巨大な狼を弾き飛ばしていた。
「…………」
 その後、もう一度だけオレの方を見て、わずかに両眼をしかめていた。
 そのまま、空中に分解されていくかのように、唐突に場から消え去ったのだった。

 そして、大変なのは、その後からの話。
「も~。アザーには勝てないってわかってるのに、タオったら無茶するから~」
「おまえホントに、危機感あるのかよ、その声!」
 のほほんとしたサキとは裏腹に、オレ達は現在、大ピンチだった。
「あー……やっぱりこれ、見事暴走してるよな~、ははは~」
 標的を失った巨大な狼は、最早見境がない。耐え間ない衝撃波を出しながらオレ達に襲いかかってきていた。
 狼を呼んだはずのタオはうずくまったまま、何も見えていないかのようで、ルーナの杓杖が巨体を押し止めてはいるが、吸収しきれない力の余波がオレ達に叩きつけられていた。

「う~ん、今回はなかなか、収まりそうにないねえ。さすがにそろそろ、止めたげないといけないかなあ?」
 巨大な狼から放たれる力に、既にかなりオレ達が消耗した中、今頃サキはそんなことを呟いていた。
「おまえ、あのデカブツを何とかできるっていうのかよ?」
 巨体というのは、それ自体が武器だ。ちまちま攻撃したところで意味はないから、大きな力をぶつけないといけないだろうが、オレが現在力不足なのは前述の通りだし、ルーナと姉貴もそれはあまり変わらないはず。
 しかし、サキは大きな眼を不意に青く輝かせて、
「うん。だってわたし、タオのお姉ちゃんだから」
 と、明るく笑っていた。これまでは確か、灰色の目に見えていた気がしたのに。

 っーても、サキとケイの二人からも、正直あまり大きな力は感じないんだが……。
 イメージ的には、タイティーやティンクとそう変わらない奴らだ。ただあの二人は、精霊という外部の力があることで、親父やお袋に次ぐ実力者になってる。
 まあ、タオからもそこまで力は感じないのに、暴走することでこれだけ獣を動かせるわけだし、ここにはオレの知らない何かがあるのかもしれない。
「……じゃ、お手並拝見といかせてもらうぜ」
 それを聞くと、サキはにこ、っと嬉しそうに笑った。盾になるために前に出たオレの後ろで、何やら手掌を宙にかざし始めた。
 そして、次の瞬間。信じられないものをオレは見ることになる。

「……な゙ーっっ!!?」
 驚愕に染まった表情のオレと、そんなオレを見て、笑いを堪えるケイと姉貴。
「よぉーっし、巧くできたよ~♪ さー、行っけぇー♪ 猫竜ー!!」
 サキがぶん、と指をタオの方に振ると、宙に出現した白い物体が、巨大な狼の力の波を器用にすり抜けていった。
 そのまま、狼の足元に座り込むタオを、長い体でぐるぐると包んだ。
「さあフェンリル、タオに早く還りなさい! そんなに無駄な力を使っちゃダメなんだから!」
 そして、サキがよび出した力。猫竜と称する、猫の頭に竜の角があり、長~く伸びた胴体に猫の手足と竜の翼と尾を持つ物体は、更に体を伸ばして巨大な狼もぐるんと包み込んだ。

 やがてその「猫竜」に包まれた狼は、正気を取り戻したかのように力の放出を止めた。
 そして少しずつ縮んでいくと、最後には猫竜に吸収されたかのように、長い胴体に包まれた中で姿を消していったのだった。
「は~い、一丁上がりだよ♪ 暴走さえしなければ、フェンリルはいいコなんだからー♪」
 その後、猫竜はライオン程度の大きさと長さになると、二本足で立った。空いた前足で気絶しているタオを抱えて、サキの方まで戻ってきていた。
 ……もうオレは、何というか、アレとしか言えねえ。つっこむべき所が多過ぎて、本気で途方に暮れかけていた。
 気絶してるタオに大事はないことを確かめると、サキが安心したように、ふ~っと息をついた。
「あんまり力使うと、アフィちゃんにも迷惑かかっちゃうしね。もー無理しちゃダメだぞ、タオ!」
 なんて、聞こえてるわけないよね~、と一人突っ込みをいれるサキだったが。今突っ込むべき所はそこじゃない、とオレは流石に口を挟んだ。
「……おい。さっきのあれは、いったい何なんだよ」
「? あれって、何のこと?」
「何のこと、じゃねーよ、どう考えたっておかしいだろ、あれ! 何だよ猫竜って! 有り得ないにも程があるだろ!」
 猫好き竜好きの全員に謝れ! と思わず叫びかけた。それくらいシュールな造形だった、としかオレには言えない。
「何でー? いたら可愛いと思うんだけどな、猫竜ちゃんって」
「だからそんな、おかしな生物はいないっつー!」
 何でも猫つければいいってわけじゃねーぞ、ホント。竜や精霊とかも、力の無い人間からしたら架空の存在ってことは知ってるけどよ。猫竜なんてまず、架空ですらない妄想だろ、完全に。

 だから本当の問題は、そんな「妄想の産物」を、実際によび出してしまえるこいつの力の謎なわけだが……。
 その辺は、こいつにきいても無駄な気がするんで、後でケイにでもきくことにする。
「でも、可愛いのにぃ……」
 サキは大分不満そうに、可愛くて強いのに! と言い直していた。

「にしても、あんな変なもん出せるなら、お前……アザーとかいうあいつにだって、勝てるんじゃねぇの?」
 本当に、あっさりあの巨大狼、何とかしちまったしな、こいつ。
「猫竜ちゃんは変じゃないもん!」
 何故にこうして、すぐに話がそれるんだかな?
 サキはまさに、ぷんぷん、という雰囲気ながら、それでも珍しく答を返してきていた。
「アザーには、勝っても負けても駄目なんだから。リュードも絶対、アザーに会ったら、殺したり殺されたりしちゃ駄目だからね」
「……へ?」
 殺されたら、アザーに取り込まれちゃう。殺したら、その後とり憑かれて乗っとられちゃうよ。サキはそう言った。
 そう言っている時の顔は、真剣そのものだった。
「アザーは神サマだから、殺しても死なないし、どっちにしてもやばいことになるんだよん~」
 にや~、とケイがいつの間にか、オレに背後からとりつくおんぶお化けになっていた。
「神サマ、だとぉ?」
 うさんくさくケイを見るオレに、ケイはにはは、と笑う。
「正確には、神族、な。早い話、精霊や召喚獣より、更に純粋な力の塊みたいなもんさー」
 シンゾク……? そういやルーナの奴も、復讐神とか何とか、言ってたっけな?
「神族ってーのは、きっとこれから、リュードも何処かで関わることになると思うぜ。リュードや親御さんの竜とかも、元をただせば神族とも言えるわけだし」
 それがどんなに重要なことだったのか、オレが知るのは遠い未来。ケイが関わる運命の悪夢の話になる。

 そんな、何だかわからない話をするオレ達を遠巻きに見ながら、ルーナとレイナが溜め息をついていた。
「あるいはリュードの本来の姿なら、アザーにも本当の意味で勝てる可能性がありそうだけど」
「あいつに勝ったところで何になるんだ。あんな墓場の天災みたいな奴相手にするより、さっさと元の世界に帰れっていうのが、オマエの本音だろ?」
 それはそうだけど……と、ルーナが釈然としない顔付きでレイナを見た。
「レイナは実際の所、どう思ってるのさ。このままリュード、ここにいさせていいと本気で思ってる?」
 ルーナの意向に、協力も反対もしない。力は貸してくれる相方の本意は、ルーナも掴みかねているようだった。

 結局その後、ルーナにレイナは答えなかった。また来るからね、とルーナは、捨て台詞を残して帰っていった。
 これはそうして、ルーナが帰りついてからの話。らしい。
「あ~、おっ帰りぃ、ボス~」
「……」
 二人の男が、帰ってきたルーナの方を見向きもせず、コントローラーというらしき物を握って、四角い物に向かって熱中していた。
 テレビとゲーム。そういう風にいうらしいのは、オレも大分後に知る。
「オマエら……ヒトが、嫌がるオマエらの代わりに、必死に仕事してきたっていうのに。その間またゲーム三昧って、どーいうことさ!?」
 あっはっは~と笑う武丸に、その弟らしい佐助はノーコメントを貫く。
「いやー、文明の発達って凄いよな、コレー」
 何処の世界の話だよ! と、今日も墓場のボスの怒声は尽きないそうな……。

➺L's.4 何処から何処までが誰なのか。

「ほら、リュード、こっちだよー! 見て見て、絶対キレイなんだからー!」
 本日も、朝から元気一杯な、真性朝型猫娘がヒトの手を引っ張る。
「っつーか……猫なら夜動けってーの、このお天気女……」
「天気と朝は、関係ない……リュード、まだ頭、寝てる……」
「眠くてもオレ朝弱くねえし。寝坊万歳のくせにどの口が言う、このガキ」
 いつもの応酬なオレとタオに、サキが、もー! とぶんぶん、掴んだ腕を振り回してくる。
「そもそも朝なんてここにないでしょ! 二人共、こんな時だけ気が合うんだから、もう!」
 有無を言わせず、寝惚け顔のオレとタオを、サキは自分のお気に入りの場所へと連れて行くのだった。

 へー……とオレは、連れてこられたその場所を見て、言う。
「……川じゃん」
「うん、川だよ♪」
 いや、だ。
「……ただの川だろ」
「うん♪」
 ただ単に、その辺の森に、いくらでも流れてそうな小川。ほとりの切株に座り、サキがあまりにも幸せそうな顔をしていたせいだろうか。
「お前って、ひょっとして、天然?」
 どうしても言わずにおれないオレは、多分常識ジンだと思う。
「? てんねんって、何?」
「オレもよく知らねーけど、本当にここがその、『絶対とてもキレイな場所』なのかよ? 他とそんなに変わんねーじゃん」
 そうかな? とサキは、座ったまま空を見上げて笑った。

「ここは何処も灰色だって、レイナは言ってた。私はずっとここにいるから、よくわからなかったけど」
 確かにこの竜の墓場は、何というか、何もかもが色褪せてる。でもそれは、外の世界を知ってるオレや姉貴でなければ、わからないことだろうけど。
「でもここに来てわかったんだ。だって、ほら」
 サキの目線が、透明な小川へ移る。
「水って、キレイじゃない? それも流れてる水って、ただ在る泉より鮮やかなんだな、って」
 キレイはどっちもキレイだけど、とサキは笑う。
 透明だから、褪せることのないもの。ここで唯一、灰色でないものに、眩しそうに微笑んでみせた。

「それにここなら、アフィちゃんに会えるかもしれない所だし。張り込み頑張ろーね♪」
 いったい何処でそんな用語を覚えたのか、呆れるくらい楽しそうにサキが微笑む。
「完全にピクニック感覚だよな、てめえ……」
「え、何で? ピクニック楽しいよ?」
 そういうことじゃねー。ってツッコミは、最早オレはしない。サキはこーいう奴なのだ、ひたすら。
「……何でここなら、ティアリスに会えんだ?」
 っつか、タオはオレを妹に会わせたくない雰囲気だったのにな。監視するためについてきたとしか思えねーし、正直全然、会えると思ってないオレ。
「え? だってここ一帯が、アフィちゃんだもの?」
 ……サキはこーいう……奴……?

 そうして、川辺でぼけーっとすること、約三十分後。
 サキが、楽しいね、って笑ったのを境に、オレの記憶は飛んだ。
「も~。リュードもタオも、いつも寝太郎さんなんだから」
 そんな風に言いながら、サキはオレ達を起こそうとはせず、ただちょこん、とオレの隣に座った。オレ達が目覚めるまで、川の流れを飽きることなく見続けていたようだった。
 っつか、初めの三十分の時点で楽しいねって感想、コイツ本当、何なんだろな。本気で全員がぼけっと川を見てただけで、喋りの一つすらない時間だったんだけどな。
 多分こいつには、日々はとにかく、楽しいことばかりらしい。

 しっかし、こんな現実に近い川辺で、うとうと寝入ってしまったせいだろう。
 オレは不意に、有り得ない今の夢を見ていた。

 その夢の中では、この薄明るい大地ではなく、よく見知った城の一室。
 オレが育ったはずの城に、オレ達でない奴らが住んでる光景が広がっていった。
――もう、ラースってば、眠ってばっかりなんだから。レナかケイなら、遊んでくれるかなあ……。
――どうしたの、サクラ?
 そこでのオレは、住人でなく客として眠っている。家族ぐるみで遊びに来た、親戚の子供の一人として。
――あれ? お母さん、起きてていいの?
――あらら。トウカもラースも、お昼寝中? ごめんね、誰に似ちゃったのやら……。
 いつもよく寝る三人が、その場に揃う。一人元気な誰かは、無理に周りを起こさずに笑う。
――いいの! お母さんもラースも、トウカも大好き! 今日はお父さんも一緒に、みんなでお出掛けできるんでしょ、嬉しい♪

 それらは所詮、目覚めれば消える幻。この透明で冷たい川を包む、悲しげな空がくれた一時の夢。
 もう誰もそれを知ることはないだろう、あり得ない世界だった。

 夢のオレが起きる頃に、実際のオレも起きた。サキが帰ろ、と言うくらいには時間がたっていたらしい。
「残念。アフィちゃん、会えなかったね」
「それはいーけど……おまえ、オレ達が起きなきゃ、何時間あそこにいる気だったんだよ?」
 そうして今、帰路についた三人だった。タオはまだ目をごしごしこすっている。
「せっかくだから、レイナとルーナの分も花輪、作ってあげたかったかな。二人共、可愛いよ♪」
「……」
 オレ達が寝てる間に作ったという、白摘草に似た草の輪。それがオレの両手とタオの頭に、知らない間にはまっていた。
「……罰ゲームかよ、オイ」
 これ、多分簡単に取れないように、力で細工してやがるなこいつ。
「えへへ、ちょっとね」
「……ずっと寝てる、リュードが悪い」
 お前もだろうが、とつっこんでいた。昼でも夜でも何も変わらない、薄明るい空の下で。

「……」
 手を繋いで歩く、サキとタオを何となく見ていた。顔は似てないこともないけど、およそ雰囲気は正反対の姉妹。
 無理もないよな。何せ一方は猫竜とかよんで、もう一方は巨大な狼使いと、力からして対極ぽいし。
「なあ。お前らって何処まで、外のことは知ってんだよ?」
「え?」
 ここが色褪せてること。それも知らない奴らが、竜やら猫やら、そんな外の世界の動物を当たり前に知ってることが、ちょっと違和感っつーか。
 タオの狼フェンリルとかは、ティアリスが言った名前を、本好きのケイが狼って教えたのはきいたんだけど。
 姉貴やオレみたく、外から来たわけでもなく、妹みたいにこれから生まれる感じでもないこいつらは、本当に何者なんだろう。

 直接正体をきいても、こいつらはずっと答えていない。サキなんて特に、いつも違う方向に反応が飛んでいくし。
 それはこいつの、無意識の優しさだと、何でか最近わかってきたオレだった。こいつはありのままの天然ではなく、何というか、自然で掴み所がない奴なんだと。
「外のことって……たとえば、どんな?」
 なのに今回は、不思議な笑顔を浮かべたサキが、オレに穏やかに問い返してきた。
「……」
 オレも一瞬、詰まったとはいえ、何でかこう返していた。
「……人間って、知ってる?」

 オレ達はヒトだが、人間ではない。両親からしっかり教えられた、うちで一番大切な事が多分、それだった。
「人間かあ……覚えてる範囲では、会ったことはないけどね。私達と違って、力とかがない人達のことだよね」
 それはそうだけどな。見た目や気配でわかる違いは、正味それくらいだし。
「じゃ、力とやらのあるオレ達は、何者なんだよ?」
 ヒト。それは人型の生き物全般をさす言葉で、人間はその中で最も純粋な人であり、また最も世界から遠い。人である以外何者でもない人間を、親父達はそう言っていた。
「私達に力があるんじゃないよね。力があるから、私達がいる。勿論力も、私達がいないと体現されないんだけど」
 何やらちょっと真面目なサキに、ついでにタオも口を挟んだ。
「力がある世界の、一部分の力。わたし達はただ、それだけだから」
 二人が言うのは、オレも何処かで、遠い日にきいた答と多分同じだった。だからオレは、重ねて尋ねた。
「何でお前ら、んなこと知ってんだよ?」
 そのオレの問いに、
「ふふ~ん。サキやタオが知ってることくらい、私達は知ってるんだから」
 そう、意味深な答をさらりと口にすると、後はもう言わなかった。
 逆にタオが、ひっそりつけ加える。
「……知ってるだけで、見たわけじゃない」
 そしてサキも、改めて言う。
「まあ全部、アフィちゃんが教えてくれたことだけどね」
 人間でないオレ達やこいつら。それを存在させることができる、竜の墓場。
 そこにいるはずの妹というやつが、どうして外を、人間を、ヒトを知っているのか。その意味を知るのはまだ先だった。

「あ~、でも今日も楽しかったな♪ ありがとうね、リュード」
「は? 何で礼なんて言われるんだよ」
「だって、リュードがいてくれるだけで、ここは全然違うんだよ」
 よくわかんねーが、タオもかすかに頷いていた。こいつらがオレを、眩しげな目で見てるのは確かだった。

 どうしてだろう。竜の墓場に入る直前、親父と話したことを、オレは思い出していた。
「オマエが昔迷い込んだ時、墓場に一緒にいた子のこと……だって?」
「あんたは目もくれずにオレを連れ出したけどよ。あいつは何だったのか、わかってのことなのか?」
「いや……?」
 親父はその時、心底不可解な顔付きをしていた。
「俺はオマエ以外、あの時誰も見ていないし……オマエと一緒にいる子供にも、会わなかった」
 驚くことに、あの時親父に見えてたのはオレだけだったと、それでわかった。

「レイナ……本当に、消えちまったのか……」
 何でかそんなことだけ、つい呟いていた。前を行くサキとタオを、小走りで追いかけていった。

 それからある時。ふと気が付いてしまったことに。
 オレが竜の墓場に来てから、実はもう、四カ月がたとうとしていたのだった。
「マジかよ……結構たってんだろーな、とは思ってたけど……まさかここまで……」
 このために外の世界から持ち込んできた、お袋に昔もらったカレンダー機能つき腕時計を眺める。
 唖然としていた。竜の墓場に時間は流れないとはいえ、それはあくまで、中にいるものの状態が自ら根本的には変わらないだけで、こうして外に流れるはずの時間を知ることくらいはできる。
 ちなみにこの四カ月で、オレの目的の進展は、見事と言っていいくらい何もなかった。全く、さっぱり。

 それじゃあその間、オマエ暇な時間何してたんだ。と、誰もがつっこみたくなるところだろーが。
「そっかあ、もう四カ月なんだあ……リュード、ほんとに大丈夫なの? 毎日あんなに、寝てばっかりで」
 早速いらんことを言うバカ女の相手をしたり、ケイから色々話をきいたり。タオとは相変わらず冷戦だったり、しつこいルーナと姉貴と何でかお茶を飲んだり。武丸達と手合わせ、もといゲームをやったり……何ていうか、あれだ。それ以外、本当することないんだっつーの、ここって暇過ぎて。
「だからって一日十二時間は、寝過ぎだと思うけどな」
 何故かそこで、サキがやたらに不満そうなのだった。

「やめとけ、サキ。コイツの過眠癖は叔母譲りで、死ぬまで治りそうにない」
 訳知り顔で言う姉貴に、えー、叔母様ってどんなヒト? そんなのありなの? とサキの注意がそれていった。
「ったく……」
 別にオレだって、本気で何も進展がないまま、手をこまねいていたわけでもない。この四カ月を無事過ごせてるのは、番人達の忠告を守ってるからだった。あれは駄目これはダメ、いていい場所はこの辺りだけとか、特に逆らう理由がない時は素直に従ってたら、武丸から「リュード、本当にライムさんの息子?」と首を傾げられた。何だよお袋のやつ、そんなに跳ねっ返りだったのかよ? と考え込んでたら、佐助から「むしろよく似てるよ」とツッコミが入った。オレも何となく、オレやお袋は見た目よりは、フツーのやつだと思ってんだけど。

 ここ最近わかったこととして、サキやタオが呼び出す力の獣は、オレ達竜族と実はルーツが似ていること。
 自身の気そのものである力の獣は、召喚獣とも似ていて、本当はいつも異界で眠ってる。竜宮はそこと繋がっていて、だから強力な土地だと畏れられていること。その異界を神界と呼び、この墓場はまさに中継地点であるらしいこと。しかし今は竜宮が封印されたため、もうここで新しい力は産まれなくなったことを、ケイからきかされていた。

 あ、後、オレがここにいることの賛成派がケイとサキで、タオやルーナはともかく、姉貴も意外に実は反対派らしい。
 理由は簡単、オレ達の妹が産まれることはもう定まってる以上、オレがいよーがいなかろーが、姉貴は出ようと思えば外に出られる。オレの探し物が見付からないなら、オレがここにいる意味はない、ということらしい。別段姉貴は、反対でも干渉する奴じゃないから、放置しているわけだった。
「にしても、それならバカ両親がわざわざ、連れて帰れって言った意味は?」
 多分姉貴は、何かを隠している気がオレはしている。ちなみにタオとルーナが反対な理由は、わかるようで何もわかんねえ。

 そしてサキとケイが、オレを歓迎してる理由と言えば。はっきり言わないが、多分ここの生活、退屈だろうからっぽい。
 ケイなんかオレに、既に何度も、「リュード、外に帰る時はオレも連れてってなぁん♪」とか言ってくるし。
「しっかし……」
 オレの目的、竜珠の在処については、全く手掛りがないのは相変わらずだけど。
「え~! じゃあその叔母様は、一日二十時間でも平気で寝ちゃうの!?」
 こーして騒いでるサキの力が、オレと竜の関係と同じらしいこと。サキにはそれが猫なんだとか、でもサキの本質は力に直接干渉する「反則」で、だから猫竜とかが創れるんだとか。そんなことばかりがわかった四カ月だった。

 もうこの、あまりの手掛りの無さっぷりに、流石のオレも根をあげそうだった。
「なぁ、姉貴さあ……あんたって昔、友達いたりした?」
 それをきいたのは、本当に偶々(たまたま)、ここに来る前の両親の言葉を思い出したからだ。オレの竜珠や逆鱗は、レイナの友達が持っていった、と昔のオレは言ってたんだと。
 正直この姉貴に、友達とか、いたとは思えねーけど……。
「ああ?」
 何しろ、今の姉貴が「ジョシア」ならともかく、力の人格とかいう「レイナ」な以上、表には出てなかったはずで。オレがここに迷い込んだ時にもいなかったし、オレの言う奴は「偽レイナの友達」と考える方が自然だろう。
「オレに友達いたかって? 変なこときくんだな、オマエ。そんなん、いたに決まってるだろ」
「だよなー、いねーよなー……って!?」
 がばっと振り返るオレの、驚きまくった顔を見て、失礼な奴だなオマエ、と。珍しく姉貴がすねたような顔になった。
「お約束の反応するなよ、芸の無い奴め」
「んなこと言ってる場合じゃねーし! 誰だよそいつは、今何処にいるんだよ!?」
 もしかしたらオレは、ここにきてようやく、一番重要な手掛りが掴めたのかもしれない。
 こっちも珍しく熱くなったオレに、姉貴はまだ不機嫌な顔をしつつ、溜め息をつきながらその名を口にした。

「オレ達が昔、聞いた通称はサクラ。今何処にいるかは、全然知らない」
「……サクラ……?」
 その名前は、オレには聞き覚えがないもの。
 なのに、だからこそ、その記憶は蘇ってくれたのかもしれない。

 あの頃、「レイナの友達」としか名乗らなかった、一度だけ会いにやってきた誰か。
 「レイナを助けるために、アナタの珠を私に貸して」と、そいつは言った。名前も何も知らない、桜色の眼で。

 そうだ、やっと思い出した。あの時、レイナ(偽)は自分は消えちゃうかもしれない、とずっと言ってて。
 「レイナの友達」な誰かは、オレにこっそり頼みにきたんだ。レイナをきちんとカタチにしてあげるために、オレの竜珠が必要だから、って。

「姉貴……今、『オレ達』って言ったよな。『達』ってことは、他は、誰だ?」
 突然蘇った記憶に呆然としながら、オレは、些細な違和感に踏み込まずにはいれなかった。
「オレとジョシア。サクラはオレ達の共通の友達だった……と言うより、サクラはジョシアの影をオレに見てた」
 ……え?
「ジョシアには多分、最初で最後の親友だろうな。ここに引きこもってたジョシアを変えたのは、サクラだったから」
 その言葉の意味を、オレはまだ知らない。ただある一つの言だけ、放置ができなかった。
 ジョシアとレイナ。二人の姉貴。いったいそれは、何処から何処までが誰なのか、その現実を。

「なあ……オレはジョシアに、会ったことはあるのか?」
「……」
 オレの真意を、姉貴はすぐに察したらしい。オレ自身、気付いてしまったことに寒気がしている。
 小さい頃に、オレはずっと、姉貴はジョイだと思ってそう呼んでいた。でも――本当に相手は、ジョシアだったのか? って。
「……オレはあくまで、ジョシアの力の人格……逆鱗に過ぎないんだぜ?」
 淡々と、レイナという名の姉貴がそう言う。その姿はオレの中の姉貴像と、何一つ違和感はない。
 そう。オレが覚えてる姉貴は、ジョシアじゃなくてこいつなんだ。それにオレは気が付いてしまった。
 オレ口調である姉貴に、ここで再会した時から違和感がなかった。それは昔から、こいつはそうだったからだ。
 ジョシアがここで、サクラという友達ができるほど引きこもっていたなら……外の世界でジョシアをやっていたのは、レイナだったはずだということ。

 でも本当のジョシアは、何処かで「私」と、自分を呼んでいた気がする。だからオレは、ジョシアにも絶対会ってるはずだと、何とか気を取り直していた。
「……会ってるよ。オマエとジョシアも、ちゃんと」
 レイナの姉貴はそれだけ言うと、ふい、と何処かに行ってしまった。心なしか、いつになく淋しげに見えた。

 その後、姉貴と入れ替りに、何故かタオが現れていた。
 元々、姉貴と話したのはサキがどっか行ってからだから、サキがいないのに何でこいつが一人でオレの前に?
「……」
 タオはしばらく黙って、オレを見ていた。それから静かに、問いかけていた。
「……リュードは……サクラに会いたい?」
「――何だって?」
 こいつ、まさか……姉貴も知らないサクラの居場所を、知ってるっつーのか?
 妹の居場所がわかるのはこいつだけ、といい、こいつがどういう奴なのかも、未だに何もわかっていない。
「どうせまた、会わせるわけにはいかない、っつーんだろ?」
 図星のように、タオが俯いた。それでどうしてか、オレには何となくわかってしまった。
 こいつがいつも、オレにかみつくような目をするのは、何かの反感からではなかった。オレに伝えたいことがあるのに、言ってはいけない。そんな自分の矛盾に耐えているから、オレに冷たく当たるんじゃないか、と。

 オレとタオが、黙って立っている様子を、遠くから見ている奴がいたこと。オレが気付けるはずはなかった。タオが一度だけ、ちらりとその方向を見ていたことも。
「……ごめんなさい……」
 そうして呟く、小さい背中。そこに更に、一回り小さい影が、どうして? と声をかけた。
「どうして? 貴方は何も、悪くないのに」
 悲しげに笑い、優しく告げる影に、オレ達を見ていた奴が首を振った。
「私は、私の意志で、こちらを選びました。だから……アフィ様……」
 そんな辛そうな姿に、もう一度笑いかけた影は。
 寂しいね、美咲……と言って、あっさり消えていった。

「……」
 何とはなしに、オレはケイの所に訪ねてきていた。
「――ォよ? 珍しいよナ、リュードの方からくるなんてさ?」
 大体毎日、サキとケイがセットで遊びにくるのが墓場の日常だった。
 それから二人は何処に帰っていくのか。居場所がこの図書館――何もないはずの墓場で、死者達の記録を具現化させた唯一の場所と、ケイには教えられることになった。
 今日、オレが来たのは、単純な理由だ。
「って……タオの懐柔方法ー?」
「何かないのかよ? あのだんまりヤロウの、口の割らせ方とか」
 こないだの一件でわかったこと。オレの竜珠を持ってったのは、姉貴の友達、サクラという奴なこと。タオがその居場所を知ってそうなことをケイに話す。
 いつからともなく、オレはこうして、ケイに相談をすることが多くなってきていた。ここで唯一、オレのペースを乱さない相手ってこともある。

「サクラ、かぁ……オレがここに来てからのレイナ、そんな奴に会ってるのは見たことないなぁん。オレより後に紛れ込んだタオは、何処で関われたんだろナ?」
 前に唯一、聞き出したコイツらの事情。コイツらは本来、竜の墓場にいるべき存在ではないらしい。
 竜の墓場とは、その名の通り竜の縄張りであって、猫やら狼やらなこいつらがいるのはおかしい。あまりに竜の数が減ったから、ということらしい。
 竜の墓場という場自体が、現在揺らいでる。それでルーナもしつこく、秩序を乱すな、出ていけ、と煩いわけだ。何でサキ達が紛れ込んだかは、ルーナ達にもわからないようだったけど。

 ケイは自分達を、「竜に関わったから紛れ込んだ、タダの力」と呼ぶ。サキとタオに関しては、ケイですら詳細がわからないそうだった。
「それでも兄弟を名乗るからには、何かしら根拠があんだろ、オマエら。それならタオの扱い方の一つや二つ、知ってたってバチ当たんねーぞ」
「何か焦ってるよなァ、リュード……まあ後一カ月しか無いし、無理ないけどなぁ」
 オレにわかることはもうほとんど教えたけどナ、とケイは、珍しく苦笑いをして言った。
「オレとサキとタオが兄弟っていうのは、紛れ込んだ三人共が、ティアリスに存在を見出されたって縁があるからさ。元々関わりがあった者同士、ってわけじゃないんね?」
 そのケイの言葉は、オレにとっては一応まだ、爆弾発言だった。
「……ティアリスに見出されたって、どーいう意味だ?」
 しかも何気に、ケイは妹のことを「ティアリス」と言った。サキ、タオはアフィと通称で呼ぶ相手なのに、何かが引っかかった。
「オレ達元々、ここの存在じゃないっていうのは前にも言ったっけナ? でもここに、縁があった存在でもあり……」
 曰く。本来なら異質な存在の彼らが消えないように留めているのが、まだ生まれてもいない妹、ティアリスだという。
「タオとサキは多分、似たようなとこから来てんだけどな。オレは正直、何で? ってなった。でもその答を、オレに教えてくれたのがティアリス。ここにいていいオレを知ってたのはあいつ、としか、言いようがないかナ……」

「……」
 オレの中で、この前蘇った記憶と、何かがカチリと噛み合っていた。
「言ってみれば、ティアリスは、オレ達三人がどう生きるのかを知ってる、運命の母親なのサ。ここに紛れ込んだオレ達の理由も、オレ達の今の姿や名前ですらも、あいつが知っててオレ達にくれた命なんよ」
 特にサキ達にとっては。と、ケイが慎重に、言葉を選ぶように言った。

「なあ……オマエは昔、オレがここに迷い込んだ頃には、いなかったんだよな?」
 こくり、とケイは、青白の目でこっちを見たまま頷く。
「……」
 ケイはサキの、弟扱い。タオもケイより後ってことは、この竜の墓場には、サキしかいない期間があったはずだ。
 そして三人が兄弟になったのは、ティアリスが現れてから、ということは。
「……。……オマエやサキ達って、日頃、遊びに来てない時は何やってるんだ?」
「サキは多分、バステトと修行。タオはそれを、見学かお昼寝」
 バステトとはちなみに、サキの力の猫の名前だ。タオの狼がフェンリルで、そいつらの名前もティアリスが告げたもの。
「オレはこうして、本漁りの毎日。墓場の歴史が具現化されてる、この図書館でナ」
 そう。ケイもサキも、活動拠点はこの図書館だ。竜の墓場に唯一存在している、墓石以外の人工の物。
 ルーナやレイナと違って、自分達の家、つか墓石が無いという彼らは、ここにいるしかないってことらしい。
「ここの本って、情報密度濃すぎてほとんど解読できないんだけどサ。まぁ、いい暇潰しにはなるぜ」
 様々な命の記憶という本は、本来他人にわかるものではない。ケイがまた何か本を取り出しながら、ふっと珍しく、真面目な表情で呟いていた。
 こんな暇なことしてる時間あったら、早くあいつん所に帰りたいけど、と。

 その時のケイは、いつものユル~とした笑顔がなかった。口調もまるで違う奴みたいに落ち込んでいた。
「早く帰って、支えてやんなきゃいけないのにな……たとえもうオレ自身として、会うことができなくたって」
「……。前に外に連れてけって言ったのは、よくわかんねーけどそれが理由か?」
 そーだよ。とケイは、いつも通りの顔に戻って苦笑した。
「リュードにはどォも、口が軽くなるなあ。月並みなグチ、言ってごめんナ」
「……別に」
 何も知らないオレは、それだけ返す。そのままその日は、図書館を後にしたのだった。

 外に出ると、すぐ近くにサキの気配があった。こいつらの拠点はここなんだから、当たり前だけど。そもそも隠そうとしていないから、すぐにわかるというのもある。オレは小さい頃から両親の修行で、気配は基本隠せとしつけられたので、新鮮でもある。
 そんなわけで、気配を抑えたオレにサキは気付かず、ぼーっとした目で何をするでもなく、相方のバステトと大きな白い木の下に座り込んでいた。
「……何、呆けてんだか」
 あいつは本当、いつも呆れるくらい明るくて朗らかなくせに、一人の時は何て遠い眼をして空を見るのか。
 さっきのケイの儚い姿もかぶって、何となく声をかけ辛い雰囲気だった。

 というのも、実は。ケイのあの話で、オレがようやく、確信したってこともあるんだけどさ。
 ……サキは本来、笑っているより、俯いてた期間の方が長かったんじゃないのか。
 その長い暗欝を越えてきたから、何でもないことを何でも楽しがって、日々には楽しいことばかり、と言える。自然に明るくいられる、幸薄かりし存在……。
 レイナ。そう名乗った頃には消えそうだったという、桜色の髪を持つ少女が空を見上げていた。

「……ぜってー違う、って。初めはホント、思ったんだけどな……」
 サクラという名前が呼び起こした、オレの記憶。そこには、白い髪の自称レイナと、桜色の眼でレイナの友達と名乗ったサクラ、その二人がいた。
 サキの眼は、青く輝く。でもよく見ると普段は灰色で、長い桜色の髪も、昔の白からどうして変わったのか。それが何を意味するかはわかんねーけど、大事なのは「変わった事実」を知ったことだ。
 今のサキが見せる姿は、ティアリスに出会って見出されたもの。それはつまり、それ以前のサキの姿は違い、タオやケイの姉でもなく、ティアリスに教えられた名前もなく、一人ぼっちだったはずで。要するに昔のあいつは、サキではなかったこと。

 もう、自称レイナだった奴のオレの記憶は、白い髪という単語しかない。サキ自身も、オレをどれだけ覚えてるかも怪しい。
 だってそれなら、リュードって言わずに、ラースってオレを呼べば話は早かったんだっての。あの頃は猫なんて連れてなかったし、弟やら妹やらもいなくて、サキという名前もあいつは持ってなかった。
 きっと、今のサキと昔の自称レイナは、同じでも何かが違う。一人ぼっちだった自称レイナに、今は弟や妹ができて、姉貴とも一緒に過ごせてここにいる。
 だからオレがまた来た日に、サキがすぐに出迎えに来た。推測でしかないことだけど、オレはどこか本能的なところで、それを確信していたのだった。
 何も確証はない、薄い記憶や実感だけの話。何でこんだけ、今は確信したんだと言えば、ぼけっと膝を抱えて座るサキの姿が駄目押しだったかもしれない。

 あっちから何も昔のことを言ってこない以上、オレも自分からつつく気はないけど。竜珠の件も、本物のレイナの友達サクラの仕業で、サキは関係なさそーだしな。
 いつまでも、ポケポケなサキを見ててもきりがないので、そろそろ声をかけることにした。
 本当はもう少し、見てたかった気がしたけど……オレにはあんまり時間がないから、問答無用で。

 開口一番、しゅんとした顔で、サキが言った。
「……悩んでたんだあ、私」
「悩むって、おまえが?」
 ガラじゃねーし、とからかうと、サキは予想通り、そんなことないもん、とぷくっとふくれる。
 しかしそんな明度も束の間、本当にシリアスな顔で、サキは前に立つオレを見上げてきた。
「あのね……一カ月後、リュード、外へ帰ったら……やっぱりもう、ここには来ない……?」
 ……その心許なげな顔は、きっと、あの時の自称レイナのままだった。
「……別に? オレだけなら出入りは自由だし……またいつでも、遊びにくるぜ」
 今度は、置去りにしたりはしない。どうすればいいのか、という新しい目標がオレにはできた。
 しかしサキの悩みは晴れないようだった。その理由をオレは、最後の時に知ることになる。

➺L's.5 悪夢はこれから。

 その真相は、六カ月目のある時。あまりに唐突に訪れてきた。
「わたしと一緒に来て、リュード。このままじゃレイナは、還れないから」
 なんて。本当、お前、誰、ってくらいにまっすぐ、オレを見て言うタオの姿があった。
「あー……ああ?」
 今までのダンマリを考えると、文句が一つや二つじゃ済まねーんだけど。何だかその時のタオには妙な迫力があり、唖然としたオレは頷くことしかできなかった。
 そうしてオレが素直に頷いたのが、意外だったのかほっとしたのか。
「……いきなりでゴメンなさい。今まで何も言えなくて、ゴメンなさい」
 タオは何やら伏し目がちで、辛そうに呟いたのだった。

「生への扉は、もうすぐ開く。それを逃せば、レイナはもう二度と、外の世界には還れなくなる」
 オレと違って生身でなくて、霊体だけの姉貴。オレが入ってきた出入口は使えず、オレ達の妹が生まれる時だけ開く、霊体専用の扉を通るしかないという話なのだが、
「じゃあティアリスは今日、生まれるってことか?」
 オレが一旦、墓場に留まると決めた期限、それがつまりは今日らしい。
「何でいきなり、そんなの教える気になったんだよ、お前」
 うさんくさげにタオを見るオレに、タオは静かに、ゴメンなさい、と再び呟く。
「もうアフィには、誰が会っても大丈夫だから。アフィはもう、アフィであっていい……もう、トウカを、留めなくていいから」
 それを待っていた、と言った。オレにはその言葉の意味が、欠片もわからなかったけども。

「でもレイナは、まだ迷ってて。だからリュードに、レイナは何も教えてこなかった」
「姉貴が……迷ってる?」
 駆け足のタオに合わせながら、姉貴を連れ戻すために、オレがまだ知らない必須事項を説明される。
「レイナからちゃんと、逆鱗をもらって。でないとレイナは、ジョシアの体に本当には還れないから」
 その逆鱗とは、別名ナンタラ((色名))水晶ともいい、オレ達竜の王族は竜珠と共に、大体持って生まれるものらしい。そういやお袋もここに来る前、オレは竜珠も逆鱗もなくした、とか言ってたしな。
 逆鱗の色は力によって変わり、レイナが蒼でオレが青、とタオは言う。オレ達に二つの名前があるのは、この水晶があるから存在するという、力の人格の依り代がそれなのだった。

 道理で、その水晶の無いオレには、ジョシアとレイナみたいな二つの人格が無かったわけだ。しっかし、竜珠の他にも探さなきゃなモンが増えて、内心オレはひたすら頭が痛かった。もっと早く言ってくれよ……。
 そして姉貴の所に辿り着くと、姉貴はオレ達が来た理由を察してるようで、これだからタオは嫌いなんだ、とか何とかぼやいていた。
「この小心頑固のお節介者。オレがここにいようといまいと、お前には何の関係もないだろ」
「……リュードもトウカも、そしてルーナも。レナがここにいること、望んでない……きっと、サクラだって」
 さっきから何だか、微妙にいろんな奴らの名前が違う。タオも混乱しているように見えた。
「お前がサクラの何を知るんだ、タオ。大体それなら、サキはどうなんだ? オレよりまず先に、決めなきゃいけないのはお前とサキだろう」
 姉貴が何を迷ってるかは、正直その時のオレにはわからなかった。しかしすぐに俯いてしまうタオに、このまま任せているわけにもいかない。
「……あのな、姉貴。オレはバカ両親から、あんたを連れ戻せって言われてんだよ。この期に及んでダダこねるなら、力ずくでも連れて還るぜ?」
 姉貴はそれを聞くと、そうか……とだけ、ぽつりと言った。実際、タオがオレに味方をした時点で、抵抗しても無駄ということをわかっていたのだ。

「そうだよ、レイナ。レイナは沢山、待ってるヒトがいるんだから……私やルーナのために、ここに残ったりしないで。ね?」
「こうなったら仕方ないから、僕も覚悟を決めてとことん付き合うよ。それでいいでしょ?」
 唐突に現れたサキとルーナ。何やら、何かが吹っ切れたような顔で笑っている。
「……誰がお前らのためだ、誰が」
 姉貴はバツの悪そうな顔で二人を見る。それに苦笑しながらルーナがオレの方を向いた。
「それじゃ、これをしっかり持って還ってね、リュード」
 と。蒼から紫にグラデーションのかかる、不思議な色の菱形の水晶をオレに手渡してきた。
 それが僕とレイナだよ、と言って。どうやら、姉貴と一緒に外に出るつもりらしい。

「へ~。レイナ、還る気になったんだナー。良かったなぁん、リュード?」
 ここでケイも、ようやく現れてきた。少しだけ哀しそうな顔で、ルーナとサキとタオを順番に見る。
「それじゃ三人も、身の振り方は決めた、ってことでいいん?」
「僕は別に……後は武丸達に、任せてればいいだけだしね」
 言いつつ、全く信頼してない不安顔のルーナだ。
「あはは~。やっぱりルーナ、レイナを外に出してやることにしたんだなぁ。まあその方が、お互いのためだと思うぜ」
 いつまでも番人はつまんないよナ? と肩を叩くケイに、ルーナは溜め息で応えていた。
「大事な役目だったけど……レイナには、生きててほしいからさ」
 そして晴れやかに笑った。ルーナが付き添っていなければ、レイナだけではまだ外で生きられないことをオレは後で知る。

 ありがとう、と。その時確かに、その幼い声は、優しく場に響いていたのだった。
「今のは……?」
 声のした方に振り向くと、いつの間にか、辺りには夕闇が訪れていた。いつも薄明るいだけのはずの竜の墓場に、有り得なかったはずの夜が。
「――! ……お前、が……?」
 黒い闇をひきつれた少女は、悲しげに微笑みながら夜の中心に立っていた。お袋と同じ青の長い髪に、親父と同じ青白の目をして。
「あれまあ、ティアリスのお出ましみたいだナー。予想より何か、随分早いナ……」
 オレもうかうかしてられないなぁ、と。ケイが突然、何かをオレに手渡していた。あの図書館の時のように、差し迫った儚い目色で。

「わりィ、リュード。それ、持って出てほしいんだ。その後は一人で、オレ自身はどうにかするからサ」
 それは青白く、半分濁った水晶だった。見ていたルーナが、突然焦り顔になった。
「そんな……まさか、だからアザーも何度も……ケイ、君はもしかして……!?」
「いーだろ別に、もうルーナは番人じゃなくなるんだし。まあ、黙ってたのは、ごめん」
 ケイはそうしてオレの方を向くと、これで教えられることも最後かな、と笑った。
「後はもうオレ達、ティアリスについてくだけでいいから。リュードはリュードが通ってきた扉を探して、還るだけだ」
 ほんじゃあな、とケイは、全員に向かって笑った。そのまま最初に、ティアリスの周りの闇に消えていった。

「あーあー……もう、ケイったら、せっかち。危ないのはわかってるけど……もう少しゆっくり、お別れしたかったな」
 サキが沈痛な面持ちになって、ケイの消えていった闇を見ていた。その後にひょいっと、レイナがルーナの襟首を掴んだ。
「どうせ行くなら、オレ達もさっさと行くぞ。あまり待たせたら、難産で苦しむのは母親だからな」
 歩き出すレイナに、ちょっと! と抗議するルーナを意に介さずに、姉貴も闇に向かった。
 オレには、じゃ、また後でな、と軽く言った。サキ達の方は振り返ろうとせず、どっちにしても永遠のお別れかもな、とだけ手を振っていった。
「……?」
 その意味を尋ねる間もなく、姉貴達も消えた。タオが隣で、ほっと胸を撫で下ろしていた。

「レイナも行っちゃったね……ね、タオ……」
「……」
 闇の中でティアリスが、今度は二人に笑いかけた。サキが困った顔で笑い返した。
「……ケイの言った通り、リュードはまずとにかく、外の世界に還ってね? じゃないと、外に出てったみんな、依り代が無くて困っちゃうから」
 オレの持ってる、二つの水晶を見ながらサキは言った。今までに見たことのない、悲痛な顔で。
 そして突然、サキがくしゃっと泣き出していた。
「って……!」
 すぐ横にいたオレにしがみつくと、これで良かったんだよね……!? と、激しく泣きじゃくってしまう。
「もう私、みんなには会えなくなったって……いつまでもここにいてもらうなんて、それは駄目だから……!」

 昔、オレを連れていくな、と、親父に泣いたレイナとは違った。
 もうここには、死ぬまで帰って来ないだろう姉貴達を、それでも外に出した。そうして別離に耐えるサキがそこにいた。
「……」
 前に言った、悩んでることって、これだったんだろうか。外に出る最後の機会を不意にして、姉貴達にここに留まってもらうかどうかを。
「……お姉ちゃん……」
 タオが苦しい顔付きで、ティアリスとサキを交互に見ていた。オレにしがみついて泣くサキの、服を掴む手の力を辛そうに強めた。
 オレもどうして、ティアリスがまだここにいるかは気になってたが……その答はこの後すぐに、残酷に訪れることになる。

「お姉ちゃん……わたし達も、もう行かないと……」
 オレにしがみつくサキの背を、タオがくいくい、と引っ張っていた。
 オレは思わず、行くって何処へ? と尋ねていた。
「……」
 タオが辛そうに顔をふせた。一番言いたくなかったのは、このことだと伝えるように。
「……リュードとは、ここでお別れ。わたしもお姉ちゃんも、もう消えるから……きっとずっと、永いお別れ」
 それでもサキの代わりに、はっきりそう告げていた。タオ自身も、とても辛さを堪える黒い目で。
「って、待てよ。消えるって、何だよ?」
「わたし達は、本当なら、ここにいなかったもの。映し出してくれたアフィがいなくなるなら、わたし達はまたあやふやになる。だからそのまま、消えてしまうより……新しいわたし達になって、アフィの見たわたし達になる。そう決めたから……今のわたし達は、もう、消える」
「新しい……自分達……?」

 まるでわからないオレを置いてけぼりに、サキもオレから一歩離れて、タオの手をとって抱きよせた。
「うん。さよならだね、リュード」
 なんて、一方的な決意を涙にたたえて。
「本当に楽しかったの。リュードが来てくれて嬉しかったよ。忘れたくないけど……これしか方法がないから……」
「方法って……何のだよ!?」
 サキとタオの足元に、ティアリスの周囲の闇が伸びてくる。
 前に出ようとしたオレを、けれどサキが引き止めてきた。
「ここにいても、私もタオも、その内消えてしまうだけだから。私達をほんとに知ってる誰かが、もういないから……私達を留める縁は、二度と顕れないから」

 闇の中で、黙って待ち続けるティアリスの前で、サキからいつもの笑顔が消えていった。
「私達ね。本当はリュード達と、近いところに生まれるはずだったんだって」
 タオの手をサキが強く握る。そしてケイの消えた方の闇も見つめる。
「でもその運命は、変わっちゃった。どう変わったのかも、もう私達には思い出せない」
 オレには意味がわからなかった。それでも居場所を失ったこいつらは、本来なら消えるはずだったということ。ここに残り続けていた方が、サキやティアリスの「反則」だったと言わんばかりで。
「だからタオは、運命が変わった時に、一度消えちゃったの。私もそうなるはずだったのに、そんな時に……」
 そんな時に、レイナに会ったんだ、とサキは再び笑った。
「不思議だね。自分が誰かはわからなかったのに、レイナとラースのことは覚えてたんだ」

 「ラース」。その呼び方に、はっと顔を上げるオレを見ないように、サキは話を続けた。
「あははは。レイナとかラースしか、ヒトの名前を知らなかったから、ちょっと借りちゃったりもしたんだぁ、私」
「サキ……てめえ……」
 やっぱりお前が、あの時のレイナ。オレが探しにいった姉貴の、名前を借りた白灰の髪の誰か。
「でもレイナも、私を知らなかったから。私は私も知らない姿で、ラースにどう見えてたかのもわからなくって。今の(サキ)は、アフィちゃんが教えてくれた、夢の自分を借りてるんだ」
「夢の……自分?」
「あの時ラースが来てくれなければ、私、アフィちゃんに会うまでだってもたなかった。ラースに会って、私、思い出せたの。私がここにいるわけだけは」

 ごめんね、ラース。サキは神妙にそう呟くと、オレの方に向かって手を伸ばした。
 真上に向けた手掌の中に、何か小さく光る物を出現させた。
「ずっと、預かってたかったんだけどな。もう会えなくなっちゃうから、返さないと、ね」
 まだくしゃっとした顔で無理に笑って、サキが差し出した物は、青く光る小さな水晶。竜の墓場の中でだから、きちんと水晶の形に見えるという、紛れもないオレの逆鱗だった。
「リュードの青水晶は……お姉ちゃんが、預かってたの」
 だから昔、サキはオレを墓場に呼んでしまえた。涙で話せないサキの代わりに、タオが申し訳なさそうに口にした。

「って――んなこと、どーでもいいんだよ! てめえら、これから何をする気なんだ!?」
 闇が少しずつ、ティアリスと共に薄れつつあった。闇に足を踏み入れていた、サキとタオも包みながら。
 闇の外にいるオレは拒絶されて、近付こうとしても動けなかった。何とか押し入ろうと力を全開にする。
「もう会えないって、何で――何処に行こうってんだよ!?」
 サキが青い水晶を持ったままで、胸元で両手を握り締めた。オレは必死に手を伸ばすのに、足が全然動いてくれない。
 サキさえ手を伸ばしてくれりゃ、きっと届く。なのにサキも、オレを見ようとしない。
「こうするしか、ないんだもの……何処の誰になるかは、わからないけど……アフィちゃんと一緒に、外に生まれに行くって……もう、決めたから……」
 それでも、それは。今にも叫び出しそうなオレから目を背けて、サキはオレの代わりに現実を口にする。
「でも、たとえ、誰かに生まれることができても……今の私もタオも、消えてしまう。生まれる前の記憶は、みんな消えるから……ラースも私に、青水晶を預けてくれたこと、もう忘れちゃってるよね?」
「オレが……自分で預けた?」

 必死に押し入ろうとする闇から、反動のように頭が真っ白になった。危うく意識が落ちかけたオレは、それでも確かに、サキが本当に幸せそうに、オレを見て笑った姿を目の前で見た。
「先に行くけど、何かあったらこれを持って、オレを呼べって。それだけは私、最後まで忘れないの」
 そしてサキはようやく、オレにその手を静かに差し伸ばした。細い手に触れた一瞬、世界が静まって暗転する。
「それじゃ、私達、もう行くね。今まで本当にありがとう、リュード」
 大事そうに、持っていた青水晶だけをオレに握らせると。サキの姿が一気に薄くなっていった。
「まっ――」
 待てよ! と叫んだ瞬間、闇が凝縮した。もうほとんど見えないサキとタオの、足元を底なし沼にする。
「待てよ、元々いない奴が外に出たって、お前ら自身として生まれる保証なんて……わかっててどうして――!」
 ここにいて、オレが会いに来るんじゃ駄目なのか、って。全て今のままで、と力の限り叫ぶ。
「消えるってわかってて、行くって何でだよ! ここにいてくれたら、いつでも会えんのに――消えたりしないくらい会いに行くのに!」
 もう、何を叫んでるかもわからなかった。ただサキが、ふるふると必死に首を振るのが見ていて痛かった。
「リュードはこんな所、ずっといちゃダメ……! だって、生きてるんだもん!」
「くそっ――このばか猫! 見てろよ、何に生まれたって絶対見つけ出してやる!」
 しかし、その思いすら拒絶するかのように、サキは両手で顔を覆った。一瞬だけはとても嬉しそうで、だから、余計に辛そうな顔で。

 サキの隣で、もうほとんど消えかけているタオが、悲しげに続けていた。
「……リュードには、サキを見つけられない」
 オレにはこの先、サキを見つけ出せない。最後までこいつはろくでもないことを言う。
 でも、とまだ何かを言おうとしたタオが、切なげな目でオレを見つめた。そしてサキより一足先に、闇の中に消えていった。
「タオ……!」
 一人残ったサキが、タオとつないでいた自分の手も消えたことに気付いて、諦めて目を閉じていた。
 ずっと後ろにいたティアリスが、二人よりも薄い影で、悲しそうに微笑んで手を差し伸べた。
「……そうだよね、アフィちゃん。私は、タオと一緒に行かないと……でないとサクラは、現れないんだよね」
 おそらくそれが、サキには最後の決定打で。その、オレの竜珠を持つはずの奴の名前を、苦しそうに口にしていた。
「サクラ……!?」
「じゃあ、私、タオを追いかけるから。……ばいばい、リュード」
「……!」
 自ら闇の中へ溶けていくサキは、何だか別人のように色を失っていた。
 その桜色に別れを告げる時間すらなく、ティアリス一人だけを残して、サキも消えた。
 何が何だか、無音の嵐のようなこの顛末に、オレは最後まで立ち尽くすことしかできなかった。

「別に……サヨナラなんて、初めから、言うつもりもねぇし」
 取り残されたオレの声を、どう受け取ったんだろう。最後まで残ったティアリスは、ここで初めて口を開いていた。
 僅かにでも浮かべていた微笑みが嘘のような、悲しげな無表情で。
「……サクラは必ず、アナタの前に現れるから。アナタはその時……どうか、取り戻して」

 お袋と同じ青い髪で、天使のナーガに似たような一つ括りで。二人と同じ青の目で、ティアリスはオレを見ていた。
「サキは……サクラって奴のために、外に行ったのか?」
「……」
「サクラって誰なんだ。それに、『アナタ』って……お前は、オレの妹なんだろ?」
 何だかまるで、タオのような言い方をする相手。その違和感を口にしたオレに、ティアリスはそれ以上何も語らず、闇の中へと消えていった。

 どうやらオレは、そうして一人、置去りにされてしまったようだった。
「ったく……どいつもこいつも、何も協力しやがらねぇし」
 後は、サキ達の言葉を信じるならば、姉貴やケイのために、オレも早く外に出ないといけないんだろう。
「……」
 帰るのはいい。青水晶は戻り、竜珠の手掛りも全くないわけじゃない。
 ただ後、一つだけ。オレはオレの運命と対峙するため、あの場所へ向かわなければいけない。

 今、思い出せるのはそれだけだった。オレにはまだ、やらなければいけないことがあった。
 足が勝手に、今度は動き出すことになった。氷づけとなった姉貴が待つ、この薄明るい大地の入口へと。

「はあ……平和だねぇ……」
「ああ……平和だなァ……」
 やっぱり、ニホンはいいな、と頷き合う妙な男女。
 女は生まれたばかりの赤子を抱いて、白い部屋でベッドに座る。男はベッドの隣で、簡素な椅子に腰かけている。
「ニホンはよっぽどの事がない限り、突然魔族の襲来とか起こらないし。産後くらい平和にしてたいなんて、私も年をとっちゃったかな」
「ウソつけ。別に望みはしなくても、売られた喧嘩なら喜んで買うだろ」
 それでも彼らが、わざわざ異国……つか、世界すら違う所で出産を迎えたのも、一応理由はあったとのこと。

「やっぱり、竜宮で生まれた子が生む子供まで、神界に繋がっちまうみたいだな。この分だと影響がなくなってくれるのは、俺達の孫の代からってわけか……」
「結局こうして、純粋でなくても、新たな巫女がまた生まれたしね。あー、本当この先、気が重いなあ……」
 言ってる内容とは裏腹に、女は優しい微笑みで、生まれたての我が子に頬をよせた。
「……やっぱり女のコ、いい」
「まあ一人目は、女のコっつか、珍獣だったもんな……」
 でもやっぱり女のコ、いいよな、と男も同意したところで。
「……悪かったな、女でなくて」
 俺は最高のタイミングで、そうして場に降り立ってやったのだった。

 白い閃光が、白い部屋一杯に吹き荒れていた。そこまで演出するつもりはなかったのに、乗ってきたこいつが存外に派手好きだったせいなんだろう。
「……お。ついに来たのね、ばか息子君」
「ここまで自力で来れた、ってことは……聞かずもがなだな?」
 そうして両親のいる病院とやらに、俺は到着する。来方を知ってたのは俺じゃなくて、着いたと同時に消えた奴だ。
「ところで……姉貴の奴は、何処にいんだよ?」
 その第一声で、両親が派手にずっこけていた。
「オマエそれ、大事だけど順序が逆だろ!」
「この状況で、新しい妹を丸無視するとは……やるわね、アンタ」
 そらまあ……けど、俺が連れてきた奴を見て、二人も納得したようだった。

「にしても龍斗、アンタ……それ……」
 日本という場所に合わせて、俺を漢字の名前で呼ぶ母親。
「氷竜でここまで来たのか。まさかオマエ、いの一番に、ジョシアを解放するとは思わなかった」
「ああ。残念ながら、自分の竜珠が見つからなかったもんで、代わりにこっちの封印解いてきてやった。だからきくんだけどよ……こいつ、本当にジョシアなのか?」
 病室にいさせるわけにいかないので、すぐに消した白い竜の気配を、両親はまじまじと窺う。この展開は彼らにも予想外のようで、俺も実はよくわかっていない。

 確かにオレは、竜の墓場の入口にいる、氷付けの竜を解放したはずだったんだけど。
 こうして暴走も止まってるのに、白い竜は姉貴の姿には戻らないのだ。

「この氷竜は、ジョシア以外、考えられないけど……これじゃまるで、アンタみたいな飛竜の形態ね」
「完全にオマエの制御下だな。……何があったんだ、龍斗?」
 それは全く、当たり前の質問なんだけどよ。
「わかんねー。解放した後、死に物狂いだったから」
 何だそりゃ! と、またしてもずっこける両親ズだ。
 俺も実際、気付けば何とか氷竜を使ってたから、後は氷竜が「日本」への行き方も知ってて、ここまで連れてきてもらったわけだった。

 お袋の後ろから、数日ぶりの懐かしい声が響いてきていた。
「まあ、あのまま氷づけよりマシだろ。少なくともこれで、龍斗の力にはなる」
 数日前には、竜の墓場で聴いていた声。何故かとても、懐かしい気がした。
「ジョシアにも何か考えがあるんだろ。オレ達元々、仲も良くなかったし、オレはこの姿のままでいい」
 その声はお袋の背後の、ベッドに置いた鞄の中から……って、鞄の中かよ!?

「おー。逆鱗が到着したら、やっと喋れるようになったか。先にレイナだけやってきた日には、どうなることかと正直思ったぜ」
 親父がお袋の鞄から、何か。兎のぬいぐるみにしか見えない物を取り出す。
「しっかし本気で、この姿のままでいいのか、お前。急ごしらえだったから、相当適当な依童(よりわら)なんだが……」
 兎のぬいぐるみに話しかける、傍目には危ない親父の姿。俺は目が点になってしまう。
 ぬいぐるみはフワリ、と宙に浮くと、唖然とする俺の方にやってきて、俺の懐から蒼と紫の混じる水晶を奪った。
「複雑な体の方が、制御に魔力を沢山使うからな。オレ達はこれくらいの方がいい」
 兎は姉貴の声で、そう断言した。確かに墓場で聴いた声で、番人ルーナの気配をぬいぐるみからさせて。

「ま、本人がそう言うなら仕方ないか。じゃあレイナ、しばらくそのままで我慢してね」
 ……って。お袋まで普通に、兎のぬいぐるみと喋り始めた。
「別に、いつまででも。どんな依童だって、どうせ合法なら煙草の味もわかんないんだろ」
 んなことを言いつつ、ぺっと煙草をくわえる兎もどき。まさか本当に、これが姉貴だってーのか……?
「オイオイ。赤ん坊の前で、煙草はつけてくれんな」
 ひょいっと兎もどきは、親父に首根っこを掴まれて煙草を奪われた。
 離せ、この過保護が、とか何とか言いながら、兎もどきは親父と一緒に部屋を出て行ったのだった。そんな二人に、笑いを堪えている母親と、ぽかんとしたままの俺を置いて。

「それにしても……ジョシアの封印、近い内に解くだろうとは思ってたけど……結局、自分の竜珠は見つけられなかったって?」
「うるせぇ、ほっとけ」
「アンタそれで、よくここまで来れたものね。竜宮の封印を制御するのみならず、氷竜に異次元移動までさせちゃうなんて……末恐ろしい奴」
 お袋の口調は、半ば本気で驚いてるらしい。
 俺にも実際、よくわかんないけど……氷竜がやってのけちまうんだから、仕方ないだろ、って感じだ。
「ま、何でもいっか。お帰り、そしてお疲れ、龍斗」
 お袋がぽん、と片手を俺の頭に乗せた。もう片方は、赤ん坊の妹を抱いたままで。
「よくレイナを、連れて帰ってくれた。ありがとう」
 って……お袋が素直に、礼を言った……?
「き、気持ちわりい、あんた、礼なんて言うガラじゃねーだろ。さては子供生まれたショックで体力がゼロなのか?」
 ミシ。そば殻か何かで殺傷力は低いはずの枕も、この怪物の手にかかると、頭蓋骨を砕きかねない凶器へ変貌する。
「親に向かって、あんたとは何よ」
 って、またそっちかよ!
 何かこう、一気に帰ってきた日常に、不意に俺は、息が詰まりそうになっていた。

 龍斗? とお袋が、妹を抱えながら首を傾げる。俺は慌てて、新たに生まれた妹の頬をさわってごまかす。
 まだ名前のない妹は、ぴくりとも表情を変えない。これがあの、闇の中のティアリスになるとは、まだ信じられなかった。

 俺が妹を一通り愛で終わると、お袋が淡々と言った。
「ねえ、龍斗。アンタやっぱり、旅に出るわけ?」
 勘のいいお袋に、俺は当たり前だろ、とだけ返す。物言わぬ妹のほっぺを、ぺにぺにと引っ張ってやった。
 そうでなきゃ何のために、竜の墓場くんだりまで乗り込んだのか。しかもその上、探さなきゃならないものは増えてしまったときた。
「じゃあ、我が家の掟を伝えないとね。守れなければ、アンタは帰れなくなるから」
 曰く。弱いものイジメをしない、勝手に死なない、無駄な力を使わない。そりゃ、あと二つは破れば死んでそうだし、帰れなくなるな、とぼけっと思った。
 ジョシアにも伝えたのにな、と。お袋が少し悲しそうに、遠い目をして言った。
「ふーん。そんな簡単なことばっかで、掟って言うのかよ?」
「本当、簡単なんだけどね。意外にわからないもんなのよね、これが」
 後、妹に顔を見せに、たまには帰ってきなさい、と釘を刺される。
 言われなくても、サキ達の最後の手がかりだろう妹を、放っておく手は俺にもない。

 最も、生まれる前の記憶は、妹にもないとは思う。だから全ては結局、真相は闇の中なんだろーけど。
 いつか必ず、サクラは現れる、と。今はその言葉を頼りに、俺は俺のできることをしていくしかない。
「……――」
 一瞬、妹の顔が、苦しげに歪んだ気がした。
 全ての悪夢は、これからなのだと。優しい日々が終わった俺を、まるで今から知るかのように――


 そんな俺達のことを、こっそり窺う人影がいた。お袋が炭酸が欲しい、というので、人間界の日本自体は来たことのある俺が、病室を出た時にすれ違っていた。
 黒い服と黒い髪に、そして黒い眼の男。売店に行く俺が横を通った瞬間、ソイツは目的を果たしていた。
 その後、俺が見えなくなってから病室の外で、傍目には独り言を呟いていたのを俺は知る由もない。
「……で。これからどうするんだ、(けい)
 男の人影は、俺からまるでスリのように手に入れていた。半分濁って、ルーナを驚かせていた青白い水晶を。
「最早オマエの体は、完全に土に還った。灰すら回収不可能だったが……あくまで小蛇の依り代にすがるか?」
 濁った水晶を見つめて、人影が大きくため息をついた。
「せめて、真夜にだけでも、本当の事を話せば早いだろうに」
 そうして歩き出したが、ふっと立ち止まると、俺の行った方を人影が振り返った。
「そうだな……どうせいつか、会うことになるだろうよ」
 礼ならその時に言え、と。それだけ言って、何の余韻も残さず、黒い男の人影は消えていった。

――龍斗……龍斗……。
 あの時、誰かがずっと、俺を呼び続けてくれた。
 ここに戻れ、と。竜の墓場を後にする時、夢の中のような世界で、いつまでも俺を呼んでくれた声の主は。
「そういや馨……元気してんのかな?」
「――? リュード、どうしたの?」
「……兄さん……?」
 竜宮の森で、散歩の途中で立ち止まった俺を見上げて、二人のちびっこが不思議そうにしていた。
 ナナハとティアリス。両親の縁者な妖精達の娘と、まだまだ小さい俺の妹。
「何でもねーよ。しっかしお前ら……今日は何処まで行くつもりなんだ?」

 冒険好きな二人のおもりで、もう随分、城から離れた場所まで来ていた。
 ナナハとティアリスが顔を見合わせると、それぞれの角度で頷き合った。
「何処までって――何処まででも! せっかくリュードが帰ってるんですもの、ずっとこうしてたいくらい!」
 小綺麗な身なりのナナハは、ちゃらんぽらんなタイティー達とは違って、気は強いけど気遣い屋だ。けれど何でかやたらに俺に懐いてて、帰って顔を見る度この調子だった。
「……」
 対するティアリスは、始終こんな様相だ。誰の前であろうと、硬い顔付きで黙りこくっている。
 墓場の最後で、悲しげでも穏やかだった姿は嘘のようで、どちらかと言えば今の雰囲気はタオに近い気がする。
 両親の前でも、ティアリスは全然笑顔を見せないらしい……いったい何で、そーなったのやら?

「――! リュード、魔物が……!」
 しかもティアリスには、更にタオっぽい所があった。今からすぐわかるけど。
「火葬の陣を! 今日ならルーンを刻む捨て石も持ってる!」
 突然現れた魔物に、ナナハが遠慮なく先制攻撃をかけた。何でかナナハは、精霊族のくせして魔術が得意な、精霊を使わない変わり種なのだ。
「……!」
 ナナハの姿を後ろから見ていたティアリスが、急に怯えるように両手で顔を覆った。
「ナナハ……怖い……!」
「――!」
 いち早く気付いた俺が、ティアリスの周囲から巻き起こった光からナナハをかばった。
 ナナハも慣れたもので、俺の腕の中で首にしがみついて魔法を止める。
「何、またアースフィーユの暴走なの!?」
 ティアリスの長い二つ名を、かまずに早口で言えるのはナナハくらいだろーな……それはともかく、ティアリスが起こした黒い光は、一瞬で魔物を切り尽していく。
 身近な大気に光を走らせ、空間を歪めて敵をねじ切ってしまう力。末恐ろしい力を暴走させる妹に、俺も何度冷や冷やさせられただろうか。

「全く……何回暴走すれば気が済むのかしら、このコったら」
 力の暴走の負荷で、気を失ったティアリスを介抱するナナハは、幼いながらすっかり慣れた様子だった。
「ナナハに鬼の形相でも見えたんだろ。かわいそーに」
「ちょっとリュード、それはどういう意味なのよ」
 大体、ほんとに怖いのはどっちなのよ! と暴走娘に対して、至極マトモなことを言うナナハでもある。
「……」
 まあ、実際、ナナハの偉く強い魔力に、ティアリスが怯えたのも確かなんだろうが……。

 両親曰く、ティアリスには、未来や過去を感じる預言の力があるのだと言う。
 自分で制御できないその力は、知ってしまう未来や過去で感情を揺らがせ、何よりティアリス自身を追い詰めている。そんな話を、俺も痛い程にわかっていた。
 だから両親が、ティアリスの力を記憶ごと封じる、と俺に告げた時には、俺は大して反対もせず、両親の苦い選択を受け入れていた。
「しっかしよ……完全に預言を封じるには、記憶が巻き込まれるってのは、わかるんだけどよ。その後のティアは、どーなるんだ?」
 ティアリスが生まれた時に、俺は両親からきいた話があった。
 何やら、竜族という種には「魔竜の巫女」というものが不定期に生まれるらしい。詳細までは言わなかったが、ティアリスが暴走しがちなのは、その素質のせいもあるんだとか。
 そんな狂気も背負ったあいつは、元々心が危ういはずだ、と俺は両親に教えられた。

 かつて、魔竜の巫女を殺したという親父が、重い顔色で俺に答えていた。
「記憶をなくせば、最悪、心も真っ白に戻るだろうな。それでも今のままよりは、魔竜の発現も抑えられる」
「……」
 はあー……。大袈裟な溜め息をつきたくなって、俺は一人で、城の屋上まで出た。
 ティアリスは日本で生まれ、竜宮で育った。日本は人間の馨が住むのと同じ世界だ。俺も今では、すっかりその人間界に居ついて、ここよりずっと賑やかな都会で楽しく暮らしている。
 けれど、ここと日本では時間の流れが違うせいで、妹は知らない間にどんどん成長していく。小さな体に背負う業が、日増しにわかりやすくなっていく。親父達も多分同じ気持ちで、妹だけはやたらに甘やかして育てている。
 そういう意味では、未だに氷竜の姿から戻らないジョシアや、兎もどきなぬいぐるみで生きるレイナも大概薄幸だけど。何だかんだで、ルーナという竜がついてるおかげで、自由に動けるレイナはそれなりに人生? を嘔歌している。

 そうして、屋上で冷たい夜風にあたっていた俺の所へ。
 何故かとことこ、噂の妹が無表情に近付いてきていた。
「……どーしたんだ、ティア? そんな薄着じゃ冷えるぞ、お前」
「……」
 ぱさ、っと俺のケープを小さな妹にかけてやる。ナナハ曰く、うちの家族は全員ティアリスに甘すぎるらしい。別に批判したいわけではなく、羨ましがる感じで言ってた。
 それはともかく、これから両親に記憶を消されるはずの妹が屋上に来たのは、どうやら俺を探してのことらしかった。
「……兄さんは……どうして、ここにいるの……?」
「――ん?」
 いつもは頑固で無口なのに、今日は珍しく、自分から喋りたい気分らしい。俺は黙って、笑顔で首を傾げる。
「……兄さんは、いつも……ほんとは何処にいるの……?」
「……?」
 それは俺が、城を留守にしがちだから……それだけではないような、真剣な目の妹だった。

「何だよ。俺がいないと、そんなに寂しーのかよ、お前」
「……」
 さっきの言葉の、意図は全然違うっぽいけど、これはこれで、こくりと頷いていた。こーいうところが素直で、ホント、可愛い妹なんだよな。
 今にも記憶を封印されて、自分を失う時が迫るこいつ。それを置いて旅に行くことだけは、さすがに今は胸が痛い。
 っつーて、連れていこうもんなら、両親と戦争が起こるのは間違いないけど……。

「……兄さんは……」
 そんな俺の心中までは、知るわけではないだろうが。
 ティアリスの青い目からは、悲しげな色が(ぬぐ)えなかった。
「……兄さんはどうして……かなしいの?」
「……かなしいって? 俺が?」
「…………」
 そりゃ、お前のこと、不憫とは思ってるけど。ティアリスが言いたいことは、そういうのとは多分違った。

 そして俺は、ティアリスを苦しめる預言の力の、大きな一端に触れることになる。
「……大丈夫だよ」
「……ティア?」
「兄さんには、サキを見つけることはできない……でも、サキが必ず、兄さんを見つけてくれるから……」
 声が出なくなってしまった。今までこいつは、生まれる前の記憶なんて、全く持っていないはずだったのに。

 見上げてくるティアリスの両目が、暗い青に潤んでいた。どうしてか、初めて会った。そんな気がしていた。
「……ながくなるけど、待ってて……絶対、諦めちゃやだよ……」
 今までのティアリスが、墓場を憶えてないのは間違いなかった。それくらいは接していてわかった。
 それならつい今、城の方に振り返ったティアリスは、俺の知らない魔物な気がして。言葉が見つからなかった俺を、ティアリスはそれ以上言わずに後にしたのだった。
「……まいったな。あれが噂の、魔竜の巫女、ってやつか?」
 そりゃ、辛いわけだ、とか何とか。自分でもよくわからないまま、俺は呟いていた。


 そんな妹の予言をきいて、その後、妹自身の望みも俺は託されていた。それからいったい、どれくらいの時間が過ぎたのだろうか。
 珍しく俺は、竜宮でも日本でもなく、タイティー達の故郷の近くを訪れ、あるものと出会ったのだった。

 その隠れ里の近くにいったのは、一応、とある情報筋からのお薦めだったんだが……。
「――バステト! 待って、何処まで行くの!」
 人間でない奴らが隠れ住む、いくつもある山奥の秘境。その一つである、竜族と似た力を持つ種族の集落。そこを訪ねて行こうとした俺の前に、深い森から小さな少女が、普通より大きな白猫の後から飛び出して来た。
「!?」
 突然のことに、驚いたのはお互い様だった。耳と手足だけが黒い白猫を追いかけ、少女は隠れ里から出て来たのだ。
 見知らぬヒトの俺に対して、警戒半分、不思議半分。短い白い髪が揺れて、灰色の目が恐る恐る、俺を見つめた。

 一言も喋らず、少女は俺の様子を窺っていた。俺は俺で、衝撃を消化する時間がいったので、しばらく黙っていた。
 少女の足元にいる猫は、疑いようもなかった。紛れもなくそいつは、サキがバステトと呼んでた力の猫とそっくりだった。
「オマエ……名前は?」
「え!? ……ア……アシュリン……」
 アシュリン。サキとは全く似つかない響き。サキと同じ、白黒の大きな猫を連れているのに。
「……」
 やっぱり、違うんだな……とだけ、俺はその時、呟いてしまったようだった。

「……邪魔したな」
 ぽかん、としたままの少女を後にする。少女は逃げるでもなく、引き止めるでもなく。
「……あのヒト、何だったんだろう? ねぇ……バステト……」
 ただ、不思議そうに俺を見送っていた。俺が何がしか、言いたいことが喉まで出かかってるのに、言わずに抑えたことだけは伝わっているように見えた。

「……ったく。あれじゃ、よくて偽レイナだろ、お前……」
 まあ、あれだよな。
 もしもあの白黒猫が、本当にサキのバステトと同じ力でも、現実なんてこんなもんだろうな、なんて。


 その後はある事情で、しばらく俺は行方不明になる。
 ティアリスは記憶ごと力を封印されて、よく笑うようになったと聞いた。つまりは多分、墓場での姿に近付いている。
 過去や未来は、ほとんどわからなくなった。サキやサクラのことも、何も知らない。手掛りは潰えたと言って良かった。
 後はただ、いつか現れるというサクラを、待つしかない俺だったはずだが……。

 ――助けてくれ、龍斗、と。あの約束の時が、不意に訪れていた。
 その馨の声を境に、俺の意識はしばらく閉じることになる。その約束――契約の元、馨のために生きる俺の始まりとなった。
 こうしてライフィス・リュード・ナーガの物語は、一旦、終りを告げる。


To be continued D3-DKD.

DKL's➺D3

ここまで読んで下さりありがとうございました。
本作DシリーズD3は、DKL'sがCシリーズC1より前、D3がC3の後日譚になります。
DKL'sは未執筆のD3前日譚で、なんと二十年以上前に初めて携帯小説を書いてみた時のものです。あまりに拙く、電子書籍にするからには大幅に直しましたが、基本ラインはポップな昔のままです。
今後D3を執筆できた場合、本作は最古&最新コンビになり、どうなるのかと正直恐ろしくあります。

DKL'sの時点で既に、Cry/シリーズと探偵シリーズの面子が続々登場しました。D3ではCry/シリーズの決着もまとめてつけなければいけず、書き切れる自信が正直ありません。
D1もD2もそのため前日譚のみ常時公開で、本編は不定期公開中です。心が挫けたらノベラボでのみの公開に戻します。現在は本編全て、あくまで雛型とお考えいただけますと幸いです。

DKL's初稿(追える範囲の最古日付):2002.10.11
Dシリーズ初話はこちら→https://slib.net/123525

※常時公開は下記で
ノベラボ▼『竜の仔の夜➺D1』:https://www.novelabo.com/books/6335/chapters
ノベラボ▼『竜の仔の王➺D2』:https://www.novelabo.com/books/6336/chapters
ノベラボ▼『竜殺しの夜➺D3』:https://www.novelabo.com/books/6719/chapters<12/13UP目標>

DKL's➺D3

∴DシリーズD3・不定期公開∴ 人間と化け物が共存し、化け物の数がとても減った時代の「宝界」。封印された竜宮で育った龍斗は、何もない竜宮での生活に嫌気がさしていた。行方不明の姉を探すためにも、竜宮から出る力を欲した龍斗に、「竜王」の両親は―― DシリーズD2より二百年後で単独で読めます。 image song:HILL-幻覚の雪- by pierrot

  • 小説
  • 中編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-09-01

CC BY-ND
原著作者の表示・改変禁止の条件で、作品の利用を許可します。

CC BY-ND
  1. ➺L's.1 オレの両親は「王」だった。
  2. ➺L's.2 姉貴の話ときたか。
  3. ➺L's.3 感動の再会に何の不満が。
  4. ➺L's.4 何処から何処までが誰なのか。
  5. ➺L's.5 悪夢はこれから。