ついのすみか Ⅳ
31 お迎えが
ツルマサキさんが亡くなった。84歳女性。施設がオープンした時からいらした方だ。嘔吐を繰り返し救急搬送された。
嘔吐することが多かった。食事はソフト食が半量に、高栄養のドリンク。
息子さんからプリンやヤクルトやリンゴジュースの差し入れがあるが、食べさせるのは怖かった。食事以外はベッド上。臥床、離床はふたり介助。食事は箸で召し上がる。器用だが、空腹は感じないようだった。混ぜて遊んでいた。
毎日面会に来ていた息子さんがいる。コロナ禍で面会は禁止になり、最近はようやく下のロビーで15分間、アクリル板越しに会えただけ。亡くなる1週間前には面会に来ていたが。
4話から抜粋。
ツルマサキさんの息子さんは日に3度いらっしゃる。朝に昼に夕に。仕事の合間に作業着で。嫁や孫を見たことはないが。
この息子は恐れられていた。モンスターだ。クレイマーだ。トイレ介助をじっと見ている。重箱の隅をつつくように文句を言う。ツルマサキさんは入居当時は車椅子から立ち上がり、何度か転倒した。それでもベルトをすると拘束になる。だから立ち上がり転ぶ人は多い。
しかし、いかにモンスターといえども、スタッフは変わる。めまぐるしく変わる。あなたが大声で怒鳴ったリーダーもスタッフも何人辞めていったことか?
「なんでコロコロ変わるんだ?」
それぞれ事情が……あなたも一因かも……だから、この息子さんは、いっときほど文句を言わなくなった。それに今はコロナ禍でユニットには来られない。電話はくるが。忙しい時間に電話がくる。長い。うるさい人だから丁寧に接する。仕事が遅れる。入居者は放っておかれる。
︎ ︎
まさか、ツルマサキさんにお迎えが来るとは思わなかった。女性の中では若いほうだ。ここに勤めてから、80代なんて若いと思うようになってしまった。
嘔吐し救急搬送する時点で息子さんに電話が繋がらなかった。繋がった時点でも面会は禁止。容態が急変し会えたのだろうか? 詳しい話は伝わってこない。
皆びっくりした。皆、心配した。心配したのは息子さんのこと。大丈夫かしらね? 母親思いの息子が……どうにかなっちゃうんじゃない?
あの息子さんのことだ。施設の対応を責めるのでは? 怒鳴り込んで来るのでは? と、心配したのだ。でも、4階までは上がって来られない。施設長はそういうのには慣れているだろうし……などと、冷たい私。
しかし、荷物を取りにきたときには礼を言っていたという。6年間の施設暮らし。コロナ禍の前は、毎日会いに来ていた。下のカフェに連れて行ったり、親孝行な方だった。
そして、1週間も経たないうちに、新しい方が入居していた。全介助の女性。お迎えが来ても感傷に浸るのはいっときだ。
カリンさんは入院したままだ。100歳になるカリンさんは骨折し手術したが、骨が脆くくっつかないらしい。食欲はあるそうだ。
先週は何人かが熱発や嘔吐した。仕事を減らした私は知らなかった。熱を出すと24時間居室対応になる。職員は大変だった。便臭には慣れていても嘔吐の処理は自分まで催してしまいそうになると。それが何人か続いた。着替えにシーツ交換。パートのいない時間はすべてひとりでやらねばならない。
嘔吐の原因は? 症状はうちと隣のユニットだけ。職員が持ち込んだか? 原因がわからない。
もしかしたら、食器かも? ということになり、手で洗ってから食洗機で洗うようになった。2度洗い。
キッチン周りは……掃除がいき届いていない。シンクや水切りカゴ、炊飯器の下。冷蔵庫。食器棚の引き出しにはスプーンがビシッと向きを揃えて並んでいるが、ケースの下にはゴミや髪の毛(!)も。皆、誰かがやると思っている。やれとは言われてないし。
介護職は手一杯。周辺業務さん、気が付かないの? 私も手一杯。予定表には[入浴 ポプラ カイドウ]と10字以内で書いてある。
周辺業務も書けばいいのに。[ ︎ ︎さん、備品補充]と。
今日は食器洗剤を補充しようとしたら(夜のパートが補充すべき)在庫がない。ボードには補充するよう書いてあるのに、なぜ取りに行かない? 面倒くさいよね。倉庫は暑いし。在庫の記帳管理。
掃除機のゴミは捨ててないから目一杯。書けばいいのに。[ ︎ ︎さん、掃除機の掃除]と。
私は両ユニットの配膳、片付け、洗い物、米研ぎ、入浴ふたり。10時には上がって、選挙だからじいさんと待ち合わせ。倉庫に取りに行く時間はない。隣のユニットから少しもらったけど。
私は言ってやりたかった。
「周辺業務の ︎ ︎さんは、なんで取りに行かないんですかね? 時給9円しか違わないんですよ。私の倍の時間いて。なんで補充させておかないの? 床も汚いし。やることはいくらでもあるはず。
遠慮してるの? 若い女性に辞められたら困る、と。私にはお風呂ふたりも入れさせて。感染防止に暑い風呂場で、マスクにゴーグル、長〜いエプロン。ひとり終われば、塩分チャージを舐める。
わかってます? 私の歳? 辞めるわけないと思っているの?」
でも、たかだか週3日の3時間の勤務。文句言って波風立てたくないの。
アズサさんの前髪が、目にかぶさって……あれじゃ前が見えないよ。モクレンさんのTシャツの着せかた、肩が合っていない。前にずれて下着が見えてる。
仕事が速い職員だけど……辞めたリーダーが見たらなんと言うか? 嘆くか?
怖くて言えない。だからストレスが溜まって来られなくなったのか?
もう、働かせていただいている年寄りは何も言いません。
32 皆、愛しい
3時間勤務なのに相変わらず、入浴介助がふたり。
施設は近い。家から5分もかからない。(だから続いている)
10分前にスタッフルームに入って記録を読む。7時から2ユニットの配膳、片付け、洗い物、米研ぎ。
入浴ひとり目は8時半。血圧の低いポプラさんから。
ポプラさんはいつもねぎらいの言葉をくださる。こちらの都合で朝早々に入浴させているのに、何時でも大丈夫だと言ってくださる。パーキンソン病で不安だろうに。
……よかった。何事もなく終わった。6年間、何事もなく済んできたのだ。それが当たり前だと思っている。
次はカイドウさん、血圧は上が159。170以下なら短浴で、とOKが出る。カイドウさんは歩くのが速い。私の手を握りスイスイ歩く。立ったまま服を脱ぐ。靴下も片足立ちで脱ぐ。怖いから座って……
自分で洗う。湯船に入る。肩まで入る。長湯は怖い。
「上がりましょう」と言えば「体、洗うの?」と聞いてくる。すでに体を洗ったことを忘れている。
湯がぬるいと言う。熱いのは怖い。だいたい入浴させるのさえ怖い。入ったら出ようとしない。3度急かせて出ていただいた。
「血圧が高いのでお医者様に短めにって言われてます」
お医者様を出せば納得するのだが、補聴器をはずしているので聞こえない。
なんとか出ていただいたが、脱衣所までの足取りがおぼつかない。
「頭がぼーっとする」
えーっ? 拭きながら様子を見る。血圧を測る。104。入浴の後は下がるだろう。うちのユニットの職員には報告したが、たいした事だとは思っていない。カイドウさんは隣のユニットの方だし。
急いで服を着せた。歩けるというが、一歩が出ない。もう1度職員に声かけしたが、反応はない。この職員は、耳が悪いのか、と思うくらい反応がない。(だから入ってきたパートも、口を利いてくれないと、施設長に言って早々に異動していった)
隣のユニットも職員が足りないので、パートが早番をしているが、いない。見当たらない。
オリーブさんの車椅子を借りて部屋まで戻る。ベッドに横にして、もう1度血圧を測ったら114。ちょうどナースが来たのでその旨伝えた。「あとで診てみます」だって。こっちは、義兄が風呂上がりに倒れたことがあるので怖い。あれは、軽い心筋梗塞だった。
心配で、10時過ぎても帰るに帰れず。ナースに「どうでしたか?」と聞けば、「これからです」と。
そしてカイドウさんの部屋からすぐに出てきて、行ってしまった。パートの私には報告はなしですか?
そして、前述の反応のない職員と話している。このふたりは気が合うようだ。
親しいパートさんにメールして、翌日の様子を教えてくれるようお願いした。結局、何事もなく元気に歩いていたと言うので安心した。
何事もなくてよかったけど……また、カイドウさんを入浴させるのは怖い。
歳だから勤務時間を短縮したのに「風呂ふたりはきつい」と女性職員に愚痴れば「ふーん、そう?」と受け流された。
ばあさんの歳になって、やってみな! すぐだから。ばあさんだって、ついこの間は二十歳だった。
ツルマサキさんが亡くなりすぐにプラタナスさんが入ってきた。早すぎると思ったら階下のユニットからの移動だった。ツルマサキさんは食事は介助なしだったが、プラタナスさんは全介助。楽な方がよかったのに……
しかし、楽な方とは? 介護士にとって楽な方とは? 特養は介護度3からではないと入居できない。介護士にとっては介護度が高いほうが楽な場合がある。
胃瘻で寝たきりのツゲさんより、立ち歩き転んでしまうオリーブさんのが大変だ。なおかつ体格がいいから、支えるのが大変だ。
プラタナスさんはふたりで車椅子に移乗する。私は足の方を持つ。痩せているから軽い。今日初めてじっくり見た。
……
口を開けている。大きく縦に口を開け、舌を出している。長い舌を。
舌を出している。気になって何度も見てしまった。褥瘡があるので、食事は長い時間座らせておけない。
舌を出している人は初めて見た……
調べた。当てはまるかはわからないが。ジスキネジアと言われる症状の一部……
残酷な症状だ。女が、いかに年を取っても、認知症になっても……
前述のカイドウさんは90歳を過ぎているがおしゃれだ。下着も色っぽい。ブラを付ける女性は初めてだ。中に収めるために自分で持ち上げている。ネックレスを入浴時も外さない。そしてスカートを穿いている。
上品だ。子供のことを聞いた。
「息子より、娘のがいいわ。息子はだめ……暴力を振るうの」
長い人生。今はなにを思うのか?
以前、皆を幸せな気分にする方がいた。小柄で目が小さくて、よく叫んでいた。
「かーちゃん、かーちゃん」
「かーちゃん、どこ行ったの?」
「かーちゃん、ごめんなさい」
「かーちゃん、貧乏だっていいじゃないの」
職員の癒しになっていた。異動した職員が、疲れるとわざわざ顔を見に来て、手を握っていた。かわいい人。私も今でも思い出せる。小さな目と表情。声の調子。認知症でも愛しい人がいる。
33 優しいだけでは
アズサさんの髪がきちんと真ん中で分けて留めてあった。モクレンさんの髪もきれいに梳かされ後ろに流れていた。梳かせばみごとな銀髪。
夜勤は誰? もしやショートステイに移動したO君がヘルプで? 彼は事務的なことはよく注意されていたが、入居者さんには優しかった。寒ければカーディガンを羽織らせる。
それさえやらない職員がいるが、注意する上司はいない。私は「寒くないの?」と大声で言ってしまう。「前が見えないじゃない」とか。
O君かと思ったら、隣のリーダーだった。出勤してくるのは遅いが、優しいのだ。仕事は遅いが入居者さんのことを考えている。
思わず褒めた。「モクレンさんの髪、素敵ですね」と。最近、職員が減り、ギスギスしている気がする。パートなんかが口出しできないような……
珍しく入浴介助がなかった。基本、日曜日は予備日だ。シーツ交換もない。しかし1床残っていた。
周辺業務が2ユニットに3人いて、20床のシーツ交換がなぜできない? 周辺業務が週に59時間いて。(計算した)
私は週9時間でシーツ交換4床、入浴4人か5人、足浴3人。
以前、パートが私ひとりのときは10床を全部やったことがある。
隣のユニットの若い女性職員は、シーツ交換10床を1時間半でやり終えた。主任が感心するほど勉強していた。早番が彼女だと楽だった。すでにいないが。主任もすでにいない。育休を取り復帰し辞めていった。話しやすい方だったのに。
医務室に、コデマリさんの偽薬(ラムネ)を入れる袋をもらいに行くよう頼まれた。在庫がない。なぜ、なくなるまで取りに行かない、行かせない? 入浴介助がないから行けるけど、なぜ周辺業務に頼まない?
医務室は苦手だ。滅多に行かないが。ナースが苦手。以前申し送りをしようとして、派遣のナースに怒鳴られた。
「あなた、身体介護できるんですかぁ?」
と。それ以来、余計なことはしない。言わない。その派遣は3か月で来なくなった。古株ふたりはもっと怖い。あとから入った雰囲気のいいナースも染まっていく……
ナースも忙しいのだ。鍵がかかっていた。戻った処置担当のナースに聞けば、しまっている場所がわからない、と恐縮している。仕方なく戻り、見回りにきたナースに聞けば、やはりわからない。
来週の予定を見たら入浴ふたりにシーツ交換1床の日があった。それもひとりは長湯のマンサクさん。
誰がシフトを組んだのか?
「私は超人ではありません」
とリーダーに愚痴りました。5時間勤務のときと、仕事量が変わらないじゃないか。給料が大幅に減り密度が増した。再度言いたい。高齢者なんですよ、ばあさんは。
昭和30年当時は、平均寿命が、男性が63.60歳、女性が67.75歳で、おおむね平均寿命を超えた人が高齢者と呼ばれていた。今では高齢者の定義を70歳以上、75才以上に変えるべきという意見が多い。
まだまだ筋力体力衰えないように努力せねば。
しかし、今日、ツゲさんをふたりで移乗するときに腰が……怪しかった。胃瘻の方がずっしり重いなんて。
腰を痛めたら大損。今年は年始からやらかし、2ヶ月間整骨院通い。労災にはしない。ややこしいのでしない。労災にしている者はいないそうだ。痛みに出費。時給9円しか……
本気で考える。周辺業務に変えようか、と。
ネコヤナギさんが入院していた。数日前、熱発しその後も元気がなかった。尿路感染らしい。入浴は週に2回だから、入らない日は陰部洗浄をする。
ばあさんは、モクレンさんとカリンさんの陰部洗浄はしたことがある。トイレのあと、陰洗ボトルに適温の湯を入れ丁寧に洗う。体格のいいモクレンさんは注意してもトイレの床を濡らしてしまう。おとなしくやらせてくれればいいが、ネコヤナギさんは、「はやくしてくれよ」を連発するから……
わがまま言ってないだろうか? ネコヤナギさんが入院するなんて初めてだ。熱を出したことも2、3度しかない。
「よかったね、バカじゃなくて」
なんて軽口を笑ってくれたのに。
6年の付き合いだから情が湧く。
余談だが、じいさんは、ばあさんが男性を入浴させているとは思っていない。初めの頃に言われた。女性だけにしてもらえ、と。そんなこと言えやしない。最年長の女が、言えやしないよ。
入院していた隣のユニットのリンドウさんが戻ってきた。腸閉塞で手術をした。90歳を過ぎている。心臓も悪く肺に水が溜まる。しっかりした方だが。
45日間入院していた病室は8人部屋。窓側だからよかったけど、ナースが怖かった、ヘルパーさんも怖かった……戻って来られてよかった……
しかし、痩せてはいなかった。心配していたのだ。食の進まない方だったが、食べないと点滴すると脅され必死に食べたそうだ。あちこち痛いと言っても
「おなかが痛くて入院してるんでしょう?」
と、けんもほろろ。
しかし、なぜか、いつも痛いと言っていた足がぜんぜん痛くなかったのだそうだ。悪いこともあればいいこともある。
優しいだけではだめなのだ。
34 すごいことに
ここ1週間、ユニットが大変なことになっていた。出勤したらドアに鍵がかかっていた。解錠して入ったら、中から閉めるよう張り紙が。
同じ階のスタッフに感染者が出た。下の階にも。上の階はようやく解除されたばかり。隣のユニットにもコロナの疑いのあるスタッフが……? 情報は詳しくは知らされない。
そこらじゅうにグローブが置いてある。メガネの上にゴーグルをかけ、消毒薬を入れたウエストポーチを巻き、一工程ごとに消毒。手が荒れて皮がむける。こんなことをしていると、すべてが汚れて見えてくる。
ヒイラギさんが入院していた。スタッフに感染者の疑いがあるので、入居者も健康観察。酸素濃度が低かったそうだ。入院はユニットで4人目。まだ誰も帰ってこない。ヒイラギさんは95歳。
ここ最近はリビングでも食事の時以外はほとんど居眠りをしていた。お風呂の時はスッと立つ。しっかりした方だ。掛け布団をきちんとたたむ。部屋の鍵を閉める。ベッドのコンセントを抜く。ナースコールの線を抜く。いくら言っても張り紙をしても不安なようだ。バッグを食事の時でも膝の上から離さない。中身は古い写真やメモや靴下が片方だけ、とか。ときどきメモや写真を出して見ているが、白内障で片目を失明している。
なんの訴えもなかったから誰も気付かなかった。目やにが多く、眼科医に連れて行った時には遅かった。
バッグは入院の際には持っていっていないが大丈夫だろうか?
日曜日は入浴予定だったが前日に入れてくれたようだ。人数が減ったので余裕が出たらしい。しかしその日は2ユニットの職員、ふたりとも超勤だ。朝から夜までひとりずつしかいない。同じ階のパートも感染予防のため出入り禁止だから、手伝いに来られない。超勤の職員は
「休憩が取れない」
と怒っていた。相変わらず、出勤人数にかたよりがある。
夜勤の女性も朝9時まで超勤だった。朝食の配膳を手伝った時に少し話した。この独身の30代の女性は春に異動になってきたが夜勤が多い気がする。気になって聞いてみた。プライベートなことは、あまり聞かないようにしているのだが。独身とかはコデマリさんからの情報。
「夜勤、希望してるんです。ローンがあるので。きつくて」
30代の職員はマンションを購入済み。家賃くらいのローンだが管理費等がある。それも値上がりした。車は一括で買ったが駐車場代が……
マンションのローンの審査は簡単に通ってしまったという。
「今なら高く売れるかしら?」
給料が上がっていく時代ではない。目いっぱい夜勤をしてもきつい……それがあと何十年? 体力は落ちていく。脂肪は増えていく。結婚は?
50代の独身女性もそうだ。賃貸は高齢になると更新してくれなくなるから、とマンションを買ったそうだ。実家は遠い離島。最近になって母親が認知症になり苦労している。すぐに行ける距離ではない。離島でも、介護施設は数百人待ちだとか。マンションを買ってあるので帰るに帰れない……
うちの施設のそばに施設を立てている。入居希望者はたくさんいれども、働く職員が足りない。2025年問題は間近に迫ってきている。コロナで失業者が多くても介護士のなり手はないのだ。
ユニットのスタッフは風邪だった。施錠は解除された。もうひとつ辛いことがある。省エネのためキッチンのエアコンが切られている。省エネとはいえ……暑くてぶっ倒れたらどうしてくれる? 入居者さんの部屋は涼しい。誰もいなくても切らない。介護する方はますます大変だ。虐げられてるような気になる。
入浴時は感染予防に長いビニールのエプロンをする。ゴーグルは曇る。暑い。知らない間に脱水症状を起こした人がいる。怖いから水筒の茶をしょっちゅう飲む。
その日の入浴はコデマリさんとカイドウさん。このふたりはなんというか、すったもんだがある。コデマリさんはふくよかでカイドウさんは痩せている。コデマリさんは車椅子だが頭はまあ、しっかりしている。カイドウさんは、見た目は品が良く、オシャレで自分で歩く、が認知が……
コデマリさんはずっと前から愚痴をこぼしていた。カイドウさんに「太ってるね」と言われるのだと。カイドウさんに悪気はないのだろう。見てそのままのことを言う。
「太ってるね」
それを会うたび言うそうだ。3度の食事と10時と3時。隣のユニットだから現場を見たことはない。
愚痴るたびに、コデマリさんは
「病気なんだから仕方ないね」
と自分に言い聞かすが血圧は上がる。
8時半から10時までにふたりを入浴させる。入浴させて掃除して洗濯物を片付けて記録をする。いつの間にかそれが当たり前になってしまった。文句を言っても「ふーん」で終わる。まあ、忙しく終わるほうが暇よりいい。こんなばあさんを雇っていただいているのだから。
1番はコデマリさんの予定。カイドウさんは血圧が170近いし、先日は入浴後歩けなくなってナースに診てもらった。
ところがコデマリさんがいらついて血圧が高い。またカイドウさんに「太ってるね」と言われ、一悶着あったらしい。言った方は覚えていない。コデマリさんの血圧は間を置いて測っても下がらない。
もう時間がない。コデマリさんは自分で「大丈夫だよ」と言うが、入れるわけにはいかない。順番を逆にしろと指示され、コデマリさんの部屋に行くと、着替えのバッグを膝の上に乗せ、1番に入る気満々。
ついには怒り出した。
「他の人が測ると低いのに、あなたが測ると高い……」
なにそれ? 私も頭に来て、9時過ぎに来ます、とドアをバタンと閉めてしまった。
カイドウさんはカイドウさんで品が良いが……立ったまま靴下を脱ぐくらい元気だが……自分で体を洗いながら言った。品よく、かわいく。
「便が出ちゃったかも」
……やめてよ。あなた、90歳過ぎててもパットなしでしょ?
椅子を見たらまだ大丈夫だった。トイレに行きましょう、と言えば大丈夫だと。湯船の中でやられたら……10時までには終わらない。
風呂から上がって、体を拭いてる最中にまた催して、急いで隣のトイレに駆け込んだ。バスタオルを巻いただけで。
瞬間、水溶便。危機一髪。
コデマリさんはベッドに横になっていた。再度血圧を測ると上が137。
「だから大丈夫だって言ったでしょ」
いつもは温厚な私がムッとしたのに気付いたのか、それきり文句は言わなかった。コデマリさんは以前若い職員と揉めたことがある。その職員は辞めるの辞めないの、上を巻き込んでの大騒動。一応コデマリさんに謝り、やがて辞めていった。
35 ますます大変
入院していた方がまた亡くなった。老衰ということだ。まだ90歳前。80代で老衰……というのは早いと思うようになってきている。
ネコヤナギさんとマンサクさんは男性で70代だ。70代なんて、青年だよね、と職員と話した。
亡くなった方は、入居して3年くらいか。最初の頃は私が入浴させていた。小柄な方で軽かったから個浴でなんとか介助できた。
「歌手で誰が好き?」
と聞くと、返事が返ってくるのに時間がかかった。
「ル・ミコちゃん」
「そうね、似てるものね」
乾燥肌で、クリームを塗っても塗っても良くならない。私の父親もそうだった。服を脱がせると粉(?)がボロボロ。他の方は、ヒイラギさんもカイドウさんもマンサクさんも、何もつけなくてもスベスベだ。コデマリさんは膝が羨ましいくらいピカピカしている。
顔も白くてきれいだ。日に当たらず紫外線に当たらなければ美肌に?
ルミコちゃんは最初は怖いくらいじっと見つめてくる、目チカラのある方だった。部屋にはお孫さんの結婚式の写真やひ孫さんの写真。服や下着もきれいだった。誕生日にはプレゼントにニットの膝掛け。お喋りをする人形もあった。寂しいからと持ってきたのだろう。シーツ交換をしていると、いきなり喋り出して驚いた。音に反応するのか?
ルミコちゃんの部屋を片付ける。ものが多い方だ。段ボール幾つになるのだろう? ほとんどの家族は処分してくれと言う。服やタオルなど、使えるものは他の入居者さんにいただいたりする。かわいそうなくらい、補充されない方もいるのだ。
残ったものはゴミで出すがひと袋が高い。ついのすみか、にタンスや冷蔵庫を持ち込む方もいる。
うちのユニットはひとり異動していったので、職員がひとり足りないままだ。隣も正社員は4人のところ3人。あとは資格ありの契約社員とパート2人の組み合わせでなんとか回している。ひとりのパートは開始より30分も早くから動いている……サービスで。
うちのユニットの女性職員が来月いっぱいで退職することになった。突然の話……おかあさんが離島にいるが、認知症で面倒みなくてはならなくなったようだ。詳しいことはわからない。買ったマンションは今なら高値で売れるのか?
正社員がふたりになるのは初めてではないか? 補充はあるだろうが、即戦力に来てほしい。新人だと教えるのに時間がかかる。教えて独り立ちできる頃辞められるのはたまらない。
最初の頃は人が足りないと、施設長が夜勤をしていた。ナースが足りない時は、薬の回収に男性の課長が来ていた。施設長は女性だ。洗濯場が休みの時は朝早くから洗濯機を回している。コロナの感染者が出た時は朝から夜遅くまで大変だったらしい。
もう、私も入浴介助がきつい、などと愚痴っている状況ではなくなってきた。
周辺業務の友人からメールが来た。介護施設に入っているおかあさんが具合が悪くなり入院した。おまけに動いてくれていたおにいさんも入院。大手術を2度しなければならない。おにいさんの奥さんはすでに認知症で介護施設(70代で?)
おにいさんに子供はひとり。でも孫が5人いるから動けない。友人のおねえさんふたりは遠いので、動けない……
なんだか、そんな話ばかり。
もう、なにがあっても慌てるな。
でも、仕事も休むだろうな……
どんなにすごい状況になっても慌てない隣のリーダー。相変わらずのご出勤。リーダーが来る頃にはスタッフルームには誰もいない。時間前から動いてる。別に遅刻になるわけではないけれど、3時間勤務のパートの私でさえ、10分前には来ているのに、なにも感じないのか?
リーダーはゆっくりパソコンを見る。配膳はパートにお任せ。私は歳はとっても6年やっているし、たまにはミスもするが誤魔化すのもうまい。
私がトイレも行けず動いていると、リーダーは座ってゆっくり食事介助。慌ててはいけないのだが。ツルマサキさんのあとに入居してきたプラタナスさん。全介助だが穏やかな方だ。移乗も軽いので楽だ。
ほとんど口を開けて舌を出している。食事はソフト食で、飲料はほとんどゼリー状になるまでとろみをつけスプーンで提供する。
ほぼ完食する。食べてくれると楽だ。空腹も感じなくなると食べてくれない。水分は飲ませなければ危険だ。介助に時間がかかる。慌てればむせたり、ナースを呼んで吸引したり大変になる。
プラタナスさんは私が通ると反応する。手を振ると反応する。慣れるとカワイイ。女性職員は、頬を撫ぜて、
「口、閉じなさい。疲れちゃうでしょ」
と言うが、すぐにまた開ける。穏やかな方は優しくされる。
ネコヤナギさんもヒイラギさんもまだ戻らない。ヒイラギさんは心不全だったそうだ。状態は知らされない。
カリンさんは骨折だから、もうすぐ戻るようだ。おそらく2人介助。入院中もよく食べているらしいので大変だろうな。腰を痛めないように鍛えておかなきゃ。
私は軽い足の方を持つ。ベッドから車椅子に2人で移す。それだけなのに、何度か腰を痛めたかも……と思うことがある。年寄りの場合、痛めたその日と翌日はなんともないのだ。だからしばらく不安なのだ。
痛いのはもういやだ。
36 また……
入院していたヒイラギさんが亡くなった。ここ2ヶ月で3人も。4人入院していたが、ふたりは戻らない人に……
ヒイラギさんはお子さんがいない。ご主人を亡くされてから90歳までひとり暮らし。コロナ前も面会の方が来たことはない。姪が服を送ってきたことがある。冷暖房の効いている施設に住むお年寄りに、半袖の薄いTシャツ、1度も着せたことはない。冬用のパンツはサッカー観戦にでも行けそうな、防寒着みたいな分厚いものが数着。1度も穿かせたことはない。景品で貰ったとおぼしきポーチやバッグ類がありったけ。伯母はバッグが好きだから、と。これもほとんど手付かずのまま。
ヒイラギさんは認知症で、いつでも、「今年も終わり……」の頃にいらした。
リンドウさんのように頭がしっかりしている方は、娘にも迷惑をかけないよう遠慮するので、見ていても辛い。服も下着も靴下も劣化していく。痩せてしまったので、パンツがゆるい。ヘアーブラシもない。息子さんなら仕方ないと思うが、もう少しイメージしてくれたらいいのに。
リンドウさんは腸閉塞の手術をして戻ったが、むくみがひどくまた入院した。看護師が怖いと言っていた。
ネコヤナギさんは退院してきた。外から帰ると、3日間は部屋から出られない。久々に会ったネコヤナギさんは頬がこけて、おとなしくなっていた。バカヤロー連発のネコヤナギさんも、提携病院ではわがままを言えなかったようだ。
入院したことのある、しっかりしたポプラさんが教えてくれた。同部屋の人がナースコールを何度も鳴らすと、切られてしまった。それでも叫ぶから、ポプラさんのナースコールで呼んであげると、余計なことをするな、と怒られたそうだ。目をつけられてしまった、と。
おとなしくなったネコヤナギさんがかわいそうで、パートふたりで励ました。
「また、バカヤローって言ってよ」と。
笑った顔は清々しかった。
うちのユニットは職員がふたり足りなくなるので、早々にひとり入ってきた。先日紹介された。背も高く体格も良くスキンヘッドの男性。マスクをしているので年齢不詳。若くはないと思ったら……平成生まれだって。うちの息子よりずっと若い。もう、10年以上のベテランさんだって。今は、入居者が少ないので仕事を覚えるのも速いだろう。
さて、紹介された私は背は低くはなく太ってもいない。髪は染めたばかり、カットもしたばかりだからまあまあ。マスクをしているから年齢不詳? なわけないか?
週に1度来ている中国人の男性が働く施設でクラスターが発生した。濃厚接触者だが、ちゃっかり来てしまうかも、と同じ施設で働いている、うちの職員のおねえさんから注意があったらしい。まさか、そんなことをするだろうか? うちの施設を休んでも特別休暇にはならないだろうから。でも、それはないだろう? 高齢者施設だ。まるきり信用されていないらしい。
私が3時間で配膳、片付け、ふたり入浴させ帰るのと入れ違いにやって来る。「久しぶり」と挨拶はするが、8時間いるならシーツ交換全床やらせろよ、と思ってしまう。
母親の介護のために離島に帰る独身の女性職員は、高校を出てから30年以上こっちで働いている。マンションを売り、引っ越すのも大変だ。なんと、運転免許を持っていないそうだ。故郷に帰り、また介護の仕事をするのに、嘆いていた。
職員がひとり入ってきたが、まだひとり足りない。今は入居者さんも10人のところ7人しかいないから、楽だが。
また、虐待のニュースを読んだ。ショートステイの夜勤。10人を10時間ひとりでみている、と。うちの施設なんか、20人をひとり……救急搬送なんかがあれば、40人弱をひとりでみる。手の空いている職員は手伝いお願いします、なんてアナウンスが流れるそうだが、誰も来やしない、と。
ショートステイは比較的しっかりした方が多い。職員は、体力より精神面で悩むらしい。厄介な方が入所すると、フレックスのパートは付きっきりで、よそのユニットの手伝いには行けなくなる。以前エレベーターを降りて外に出て行ってしまった方がいた。見かけはしっかりして見える。付き添いの方かと思うくらい。
職員は慌てた。コンビニで会話がおかしい、と店員が警察に連絡をしてくれた。それ以来、その方が入所すると、大きな写真が掲示板に貼られ皆で注意をする。だからといって断ることはしないのだろうか? 家族も困るだろうし。ショートステイは利益が多いらしい。しかし職員の異動も多い。なんだかんだ、昨年度も赤字だとか……
やがて厄介な100歳のカリンさんが戻ってくる。もうそんなには動けないだろうが、口が達者だ。亡くなった方の部屋にはどういう方が入るだろう? 楽な方にしてほしい。家族もうるさくない方に。
新しく入ったプラタナスさんは介護度は高いがおとなしい。職員にとって、食事と排泄だけすればいい方は楽なのかも。胃瘻の方は食事介助もないし。3時間勤務の私は顔も見ないで帰ることも多い。
37 愚痴ばかり
新しい入居者さんが決まった。女性でほぼ全介助の方。ファイルが置いてあった。
入居者は圧倒的に女性が多い。比率にすると8対2。女性の方が長生きだが、男性は施設に入るのを嫌がるのだろうか? 妻は夫の介護をして看取ったあと、子供に迷惑をかけないように施設に入る。金銭的な面もあるだろう。姉夫婦は子供がいないのでふたりで施設に入れるよう貯金をしていたが、民間の施設は無理だわ、と言っている。
隣のユニットの女性は旦那さんも入居していたがずっと前に亡くなった。女性は旦那さんと同じユニットを希望しなかった。同じ施設に入居したが階が違うから滅多に会わないで済んだ。まだ奥さんがしっかりした時の決断だ。
先日は入浴介助がふたり。もうふたり入れるのが当たり前になった。最初言われた時は、「自分でやってみろ!」と思ったものだが。それでもふたりの時は条件を出している。時間がかからない方。血圧を何度も測り直さなくて済む方(これは無視されている、というより私が介助できる方はマンサクさん以外は皆、高いか極端に低い)
今日はコデマリさんとマンサクさん。マンサクさんは長湯だから無理だと言ってあるのに……入れたあとは掃除をして(これが、ユニット会議で、毎回床板まではずして掃除することに決まった。こんなこと、以前は年末の大掃除のときしかやっていなかった。週に1度か月1でもいいと思うが融通が効かない。ひとりしか入れなくても、やらなくてもいいとは言われない。それどころか、消毒のスプレーをしていくよう言われた。(スプレーして30分後に流すのだが、30分後にはいないから無視していた)すぐに流していいそうだ。効果があるのかはわからない。
以前のリーダーは、日曜日10時までの勤務に入浴介助がひとり入ると恐縮して、「無理なら掃除はしなくていいですから」と言ってくれたが。
マンサクさんのバイタルを測りにいったら部屋にいない。早く部屋に戻りたがる方が、まだ珍しくリビングにいた。機嫌が悪い。ああ、また〇〇職員。なにかあったな。
また、「もう死にたいよ」が始まった。
「なにもしたくないよ、風呂なんか入りたくないよ。どうせ死ぬんだ……」
私は、8時半からコデマリさんとあなたを入浴させて、掃除して片付けして、記録して10時には帰るのよ。
コデマリさんは情報通だから入浴の時に話してくれた。マンサクさんが薬の時に拒否したら、飲み終えるまでお部屋に帰れません……となったらしい。おだてて、あやして機嫌を取れば、穏やかな方だと思うのだが。まあ、刺激があったほうがいいのかも? 誰も注意しないし。前のリーダーなら注意しただろうが、精神的に参って来なくなってしまった。気を使ってくれる方だったのに。
そういえば5年前、12時まで働いていた時、入浴介助を始めたばかりの頃は、3人入れるとおなかがすいてすいて(朝食は5時半に食べるのだ。ご飯を大盛りで)空腹と暑さでめまいがしそう。男性のリーダーに言いました。
「途中でなにか食べてもいいですか?」
リーダーも驚いただろうが、ダメとは言えなかったのだろう。
「どうぞ、食べてください……」
今思うと恥ずかしい。世間知らずなばあさん。アンパンを食べたりしていた。
でもそのあと入ってきた、フィリピンの方は8時からなのに朝ごはんを食べてこないから、と10分休憩をもらっていた。
あの頃は若いスタッフばかりで、年配のパートは図々しいと思っただろう。
この間、スタッフルームで座って記録していたら、ユニット会議で、記録はリビングで見守りしながらやることになったそうだ。立ちっぱなしでようやく座ったのに……ああ、そうですか。
入浴介助が仕事だから、食事介助はやらなくなった。あれは……座れるから楽だった。むせたりしない人ならば。常勤さんは座ってずーっと食事介助。ばあさんは座ってはだめ? 辞めさせたいのか、と勘ぐってしまう。
お中元にいただいたジュース類が冷蔵庫に入っているが、誰も飲めとは言ってくれないからいただけません。以前のリーダーは気を遣ってくれたなあ。アンパン食べられたくらいだから。
ニュースには、虐待事件のコメントがたくさん載っていた。介護職を辞めたわ、というコメントが多かった。身も心もボロボロになった……
本当に大事な家族なら一緒に住んであげなよ!
長生きすることが幸せではない!
「夜中に40回以上ナースコールを鳴らす95歳の方が亡くなった。介護士泣かせ。夜勤はぐったりしていた。特養に入居して5年、比較的頭はしっかりしていて食欲もあった。金払ってんだから、上に言い付けてやる、とよく言ってた。皆、よく我慢していた。相手する気にもならないが。亡くなってホッとしたね。誰も話題にもしなかった。すぐに忘れ去られた」
ばあさんも初めてコメントしてみた。
38 昨今の状況は 7
昨日は新しく入った、息子より若い男性職員と一緒だわい、なんてワクワク出勤したらお休みだった。奥様がPCR検査を受けたので結果が出るまで休み……結果次第ではもっと休み。
私の娘と孫も熱を出したが、医者に電話しても診てくれない。私は準備万端、検査キットと解熱剤をちゃんと買っておいたので旦那に取りにこさせた。晩御飯のおかずも。
ところが2回検査しても無効で出てしまう…… 唾液が足りないのか、貴重な検査キットなのに。結局陰性だったが。またネットで頼んでおいたが結構高い。
じいさんが同じ職場の家族がコロナにかかったので、検査キットを持って帰ってきた。こちらのは倍以上大きい。性能が違うのか? じいさんも陰性だったが、どこも仕事が滞る。
亡くなったヒイラギさんの部屋に新しい方が入っていた。入居して3日間は居室対応。食事も全介助だから大変だ。職員は全員の食事が終わってから部屋で介助していた。私は入浴介助がふたりなので余裕はない。入浴も予定表ではひとりなのに、その日になると2人に増えているのはなぜだ?
90歳過ぎたカイドウさん。おしゃれな方だ。いつもロングスカート、ブラウス、サマーセーター。ハンガーにブティックのようにセットアップしてある。数十年前のものだろうが高かっただろう。下着もソフトなブラジャーにペチコート。これもちょっと破けてたりするが。
着替えはご自分で用意する。いつも下着だけ。洗濯機では洗えないような服だ。私は知らない。洗濯してるのか? 聞くのが怖い。でも今度聞いてみよう。確か娘さんはニューヨーク。息子さんとは電話で喧嘩をして切られたり、携帯料金を払わなくて止められたりしているらしい。息子にはわからないだろうな。服も下着も洗濯機で洗えるものにしてほしいのだ。
朝食の時、隣のユニットを手伝っていた。コデマリさんが食事中に尿意か便意を催したらしい。この頃は入浴中でもある。浴室の隣がトイレだが、バスタオルを巻いた、あられもない格好で飛び込む。死角で見えないからいいが、カメラは設置してある。
以前、車椅子から突如立ち上がり突進し、トイレの壁に激突し倒れ骨折した方がいた。私は働き始めたばかり。配膳していた。ネコヤナギさんが大声で教えてくれたがどうにもできなかった。職員は離床に行っていた。カメラがしっかり捉えていた。これは……私の責任か?
リビングには催したコデマリさんの他に8人が座っていた。
コデマリ「ちょっと、トイレ行ってきます」
○○職員「そういうことは大声で言わないでください」
コデマリ「は?」
○○「食事中はそういうことは大声で言わないでください。部屋に行くって言えばわかりますから」
コデマリさんは耳も良くはないので、なにを言われたのか意味がわからなかったのではないか?
8人の中でコデマリさんのトイレ発言が聞こえた方には意味がわからない。意味のわかる方は耳が遠いので聞こえていない。○○職員は何事もきちんとしないと気が済まないようで、大事になり怒らせてしまう。
ユニットでは「トイレ」等の言葉を大声で言ってはいけないのだ。最初の頃、私は知らないで、
「カリンさん、おしっこ?」と聞いてしまった。若い職員がすっ飛んで来た。
「今のはいけません」
ずいぶん雰囲気が変わってしまった。
○○さんのような職員は減った。人手不足なのだ。工程は省かれる。SKのドアは開けっ放し。開けたドアに大きな字で「締めましょう」と貼ってあるが無視されている。よく使う場所だからいちいち開け閉めしていられない。
SKとはスロップシンクの略称。キッチンや洗面台では扱いにくい汚れ物を洗ったり流したりする。(TOTOの製品の定番がSKであることに由来している)
汚物を入れておくバケツでさえも蓋を開けっ放しの職員がいる。
クリーンルームの汚物を流さない。こびりついている。
パットの袋が満杯になっても変えない。
そんな時間ないもん。
キッチンのとろみ剤(顆粒)の蓋も開けっ放し。これはシケってしまうのでは? 私は嫌がらせのように閉めてやる。
薬を入れておく棚はいちいち鍵をかけなければならない。職員のピッチにはその鍵がついている。パートの私達は共用の鍵で開けて薬を出す。でもね、これがわかるのだ、ちゃんと閉める職員、閉めない職員。
いちいちやってられません。入居者さんも、もう開けてしまうような歩ける方はいないから。
以前、カリンさんはキッチンに車椅子で入ってきて、炊飯器を触ったりするので危険だった。包丁、ハサミの管理もきちんとしていた。隣のユニットのサカキさんは最初の頃、台所洗剤を部屋に持っていってしまった。しばらく誰も気がつかなかった。口に入れたらどうなっていたか?
洗剤、ハンドソープ、漂白剤の詰め替え用の大きなボトルの置き場所が、いつのまにかスタッフルームの床の上になっている。以前は戸棚の中だったはず。戸棚の前にはものがたくさん積み上げてあって開かない。仕事は楽な方に流れていく。
そういえば、以前、米を研ぐボールが見当たらなくて、誰かが部屋に持っていってしまったのかと探したが見つからなくて、しばらくしてから、開けない冷凍室で見つかった。誰がやったのか? 職員が居室に入ってしまえば防ぎようがない。今は自走できる者は少ないが。
この間の日曜日は入浴介助がなかったので時間が余った。久しぶりに車椅子を洗った。(洗わされた)浴室で丸洗いする。食べ物がこびりついている。恐ろしいくらい、浴室の床に汚いものが……
以前のリーダーは洗う順番を細かく表にして貼っていた。でも、辞めてしまった。気にしないくらいの性格のが仕事は長続きするのだろう。
車椅子を洗うのは、周辺業務の仕事ではないらしい。私より若い、時給9円しか違わないパートは浴室に入ったことがないという。
39 入れ替わり
また特養で虐待があった。また殺人。1週間以上逃走して捕まった。
入居者に「バカ」と言われて殴った。「殴ったことは忘れない」と言われ殺した。
ネコヤナギさんには何度「バカ!」と言われたかわからない。
「バカか? ペーペーか? ダメだなぁ、どうしようもない……」
新人の若い男性は余裕がありそうだ。
「まったく、口が悪いんだから……」と返している。
ネコヤナギさんは本当は優しいのだ。誰かの膝掛けが落ちていれば教えてくれる。不明瞭な言葉で。
カリンさんは彼を自分の旦那様だと思い部屋に入ろうとしてよく怒鳴られた。言い返していた。
「バカって言った方がバカなんだ」
カリンさんは男性の職員が苦手で、慣れるまでは大変だった。スリッパを振り上げられた。それでも皆慣れていった。
夜中に40回もナースコールを鳴らす女性もいた。
虐待事件はこの間あったばかりだ。あの時はYahooに、介護士に同情的なにコメントをしたら、「いいね」を20以上もらった。夜勤の介護士は疲れ切って朝を迎える。仮眠室はあるが、仮眠など取れはしない。
爆発しそうになったら、仮眠室に逃げ込め! 最悪の事態を防ぎ、朝考え直せ! 向いていないならやめた方がいい。殺人者になる前に決断を。
O君は、職員が足りないうちのユニットのヘルプに来る。2日連続の夜勤。バイクで帰る。心配だ。
それにしても、この事件、興味があったのにYahooニュースではあまり取り上げられていなかった。猥褻事件ばかり延々と並んでいる。旭川のいじめで自殺した女子中学生のことは時々載るが……
学校も介護現場もどうなっている? ベビーカーの赤ちゃんが連れ去られそうになったのも、遠くはない場所。
生まれてから事件、事故と隣り合わせ。生き残り、長生きして入居出来たついのすみかで殺されるとは……
うちの施設では年に数回虐待のアンケートを取る。ちょうど先日主任との面談があった。
虐待を見たことがあるか? 敬語を使っているか? 「待って」を連発していないか?
入居者さんがいるから、私たちはお給料をいただけるのだ……
敬語は……使ってません。「待って」は連発しています。
ネコヤナギさんとは、6年以上の付き合い。今日も帰り際に「風邪ひかないでね」と言ってきた。「風邪ひかないように気を付けてくださいね」と言わなければいけないのだが。しかし、見て、聞いていると、若い職員の杓子定規な敬語はどうなのか?
認知の方に、
「待てないんですか? 他の人はどうでもいいんですか? あなたが1番なんですか?」
あくまでも丁寧だが……正気だったら喧嘩になりそう。
ツルマサキさん、ヒイラギさん、ルミ子ちゃん、続けて3人亡くなったが、すぐに続けて3人入居して来た。職員はふたり辞めたがひとり入ってきただけだ。新人だからまだひとりではできない。
カリンさんも戻って来た。カリンさんは大腿骨を骨折して手術し3ヶ月以上入院していた。戻ったらふたり介助。配膳していると呼ばれる。
ひとりが頭の方を、私は足を持つ。これが、たいしたことではないようなのだが、腰を痛める。過去に3度くらいある。また痛めたら、たまらない。年寄りはすぐには痛くはならない。翌々日に痛みがくる。やったことのない人にはわからない。靴下が履けない。くしゃみするのも怖い。トイレは……腰痛はご勘弁。
しかし、カリンさんは自走できなくなった。うちのユニットでは一番大変だったから……助かる。
100歳のカリンさんは3ヶ月入院してもなお重い。食事は自分でできる。完食する。軟飯からお粥に変わっていたが。全介助でなくてよかった。褥瘡がひどい。シーツに滲出液が付く。足元までドローシーツを2枚敷く。それを忘れるから、またシーツとベッドパッドまで交換しなければならない。朝の忙しい時間に……なんて心を失くしている。
壁には賞状が飾ってある。100歳の長寿祝いの賞状。(百歳。何がめでたい)
記念品は切り子のグラス。素敵だけど、落としたら割れる。ポプラさんはテレビを落として壊した。
この間入居してきた方は全介助ということで、大変なのは覚悟していたら、移乗も楽だし、自分で食べるようになった。朝、私が出勤すると、自分で取手のないコップを持って飲んでいる……こぼれるのが3割くらいだが。
すぐになにか話しかけてくる。言葉はよくわからない。ペースト状態の食事からソフト食になった。左手でなんとか食べている。先日はミモザさんのパンを取って口に入れていた!
よかった。思っていたより楽そう……
トイレもひとりで行けそうだとか、職員が言っていた。
「家族がなにもさせないんですよ」
アズサさんは近頃はおとなしい。喚き続けていたのに。この方は薬を処方されているようだ。
40 じーさんばーさんぐーるぐる
仕事に行ってない。二十日も行ってない。腰を痛めた。
今まで体力には自信があった。毎日(ほとんど)1時間歩いていた。介護のためにダンベル体操も。
3キロのダンベルをふたつ、デパートに買いに行ったのはいつだろう? 2キロのダンベルはなぜか家にあったのだが、物足りなくなり、ついでに足につけるおもりも買って、駐車場まで運ぶのが大変だった。
まあ、やったり、やらなかったりだけど。
3キロのダンベルを両手に持ち、腰回しを続けたら、ゴルフのコーチに褒められた。
そういえば以前、ハンドグリッパーを頑張ったら、ピアノの先生に褒められた。
やる気はあるのだが、やりすぎた。
娘の引っ越しの手伝いに、孫の子守り。おんぶに抱っこ。階段の往復。フローリングのワックス剥離で這いつくばり、腕が痛くなるほど拭き掃除。
次の日は、カイドウさんの入浴介助の予定が、具合が悪く、サカキさんに変更。サカキさんは背が低く、浴槽から出すのが大変なのだ。今年の初めにも、それで腰をやられて、もう無理だとリーダーに言ってある。
そのときは大変だったのだ。靴下も履けず、くしゃみをしても痛かった。それでも、ロキソニンを飲み、たいして休まなかった。
今も相変わらず人が足りない。断ればよかったのに、断れず、ズボンをまくり、浴槽に入り小柄なサカキさんを持ち上げた。無理がかかった。コロナ予防の長いビニールのエプロンがうっとうしい。
痛めたかも? なんてことはしょっちゅうだ。大丈夫だったこともしょっちゅうだ。翌日はなんともなく、ゴルフのレッスン。調子良く大量の球を打ってきた。
翌朝起きたらおかしかった。脂汗が出て血圧低下。布団に逆戻り。3日間は左向きにしか寝られない。立っても座っても痛い。なにもできない。
レントゲンを撮っても、言われなければわからないくらいの骨の異常? ついでに撮った五十肩のほうは、実にきれいで問題ないそうだ。
ロキソニンでは効かないので、神経の薬をもらって、3日飲んだらめまいが……怖くてやめても、大波小波のめまいがぐーるぐる。
だから、仕事は休んでいる。1週間、また1週間。そして今月いっぱい。それでも、まだ歩くと痛い。家事は休み休みできるようになったが、復帰できるだろうか?
もう身体介護は辞める。絶対辞める。最低賃金が上がったから、周辺業務との差がたったの8円。それで、こんな痛みは2度とごめん。お産よりはずいぶんマシだろうが、お産なら半日で終わっていた。
こうして、歩けなくなり弱っていく? 一寸先は闇。サプリメントに頼る。イソフラボンに娘にもらったセサミン。ついでにじいさんが飲まなくなったアマニオイルを小さじ1杯。これは効く。なにに効くかというと……
腰痛になり5日間、見事に便秘に。栄養摂れとじいさんに言われたが、買ってきた菓子パンで栄養が摂れるか? なにもせず体重計に乗るのも怖い。調べて、カルシウムにミネラル。作れないから出来合いの惣菜ばかり。それにチーズやもずくや果物も食べる。自分でコーヒーも紅茶も淹れられず、じいさんがインスタントやティーバックで淹れてくれたのは、砂糖たっぷりでおいしかったけど。この際太ってもしょうがない。
スタッフがメールをくれる。トネリコさんが入院した。数日後に亡くなった。
まだ80歳になっていないのではないか? 以前も脳梗塞で入院したが戻ってきた。気難しい、孤高の方だった。マンサクさんにだけは微笑んで、手を振っていた。「トネリコよ」と。それが、微笑ましかった。笑わない人の笑顔は百万ドルの笑顔だった。
マンサクさんはどうしているか? 相変わらずお迎えを待っているのか? まだ若いのに。私のことは忘れたか?
そのあとには、まだ仮名も付けていない方が胃瘻で転院した。舌を出しっぱなしの人だ。この方を車椅子に移乗するときは、私も手伝い、足を持った。細い、軽い方だった。ひとことも言葉を発せず、それでもスタッフには好かれていた。不思議に愛しい人だった。飲み込みが悪くて高カロリーのゼリーに変更になっていた。水分もなかなか摂れなかったのだ。
あとには、もう、新しい方が入ったという。
そして、ネコヤナギさんが入院した。
それに、職員の異動があった。三十代の「私、結婚しません」の女性が別のユニットに異動した。融通が効かなくて、入居者さんとも言い合いになり怒らしてしまう。大雑把な職員が多い中で、きちんとしているから辛かっただろう。
汚れたパットは袋にギッシリ詰めなければならない。処分するのに一袋○○○円かかります、と貼ってあっても皆、守らない。それを、彼女は、詰め直していた。
代わりに入ってきたのは、なんだか前評判では引っ掻き回す人だから気をつけな……
1度も会っていないが。
1カ月も経たないのにずいぶん変わってしまった。そういえば、去年お嫁のお産の手伝いで1カ月休んだときも、ハマナスさんが亡くなった。
あのときは、すんなり仕事に復帰できたが、今回は不安だ。間近に迫った年金生活も不安だ。
なんてところにもうひとつ。じいさんが、鼠径ヘルニアだって。それは、9年前にやっているからわかるのだろう。今度は逆側。出たり引っ込んだり、痛いらしい。
以前手術した病院に、仕事を休んで行ったら超絶混んでいて、受付をしたら鼠径ヘルニアの先生が休みだからと帰ってきた。
近い病院ではない。なぜ確認してから行かないのだ? あとから先生から電話がきて、3日後に診察の予約が取れたが、嵌頓したら救急車を呼べという。
もう、ひとりで救急車で行ってね。入院しても付き添いも見舞いも無理だから。コロナで禁止だろうけど。
ついのすみか Ⅳ