あれやこれや 71〜80

あれやこれや 71〜80

71 放送塔

 ブティックに勤めていた時、放送塔と呼ばれる人がいた。客は狭い地域の人たち。知り合いも多い。常連客の放送塔さんがいると帰ってしまう客がいた。何を言われるかわからないから、と。ご主人は元警察官。褒賞も受けた方だ。地元の大きな家に住んでいる。

 悪口が3度のごはんより好き……アンテナを張り巡らし、自転車で駆け回る。他人の家の事情に詳しい。人の不幸は蜜の味。
 あそこのご主人は自殺した。あそこの息子は、バカでアホで、誰々に男がいる、女がいる……嘘か誠か知らないが、放送塔は野放しにされていた。
 つまらない人生、と思うのだが本人は悪口を言っている時が楽しそうだ。表情も豊かで生き生きしている。何度かトラブルにもなり、絶交されたり、店にも出入り禁止になったりしたが治らなかった。これは、家族もわかっているのだろう。生きがいなのだ。

 話を聞き出すのが上手い。家族のことを聞いてくる。ご自分の旦那様もお子さんも立派な方だ。お子さんは有名企業に勤めている。私も1度ひどい目にあった。子供のことを聞かれた。
「はい、3人ともバカです。勉強しない。赤点ばかり。バイトばかり」
「どこでバイトしているの?」
「はい、地元の回転寿司です」

 そしたら、わざわざ見に行った。どんなバカだか見に行った。そうして私が休みの時に皆に喋った。
「ブッサイクなの」
 不細工? うちの娘たちは確かにバカだけど、美人姉妹と言われることはあっても不細工ではないと思うが……親の欲目か?
 娘に聞いたら同姓がもうひとりいた。娘はそんなばーさんのことなど歯牙にもかけず笑っていた。 
 これは頭にきた。顔には出さないが……いつか店を辞める時には、鬱憤を晴らしてやろう。
 あなたへの悪口がいちばん多かった、と。

 施設にも放送塔がいる。一見柔和で優しそうな感じ。入ってきた職員やパートは最初はホッとする。頭もしっかりしている。すみません、ありがとうを連発する。だから、騙される。
 聞き出すのが上手い。耳は少々遠いが。2ユニットの職員、パートのことは誰よりも詳しい。放送塔だから話してはいけない。職員が腰痛になったことも、熱を出したことも、プライベートなことは話してはいけない。 

 新しいパートのAさんが入った。入った途端、コロナで保育園が休み、ワクチンで副作用が……まともに話したのは昨日が初めてだった。その前に、Aさんが来る前に、放送塔をお風呂に入れた。Aさんは、私が休みの日に足浴をしていた。
 
「上の子が19歳。税理士だか弁護士になるんだって」
「わあ、すごいですね」
「下の子が4歳。保育園」
「……」
「片親だって」
 
 Aさんに、次の方の入浴を見学させた。注意した。プライベートなことは喋らない方がいい、と。なんたって放送塔。皆に喋られるわよ。
「体重以外はいいんです」
 Aさんは喋った。ほとんど初対面の私に。入浴介助を見ながら。洗われている方は耳が遠い。それでもわかる。気分を害しているのがわかる。話題を変えた。お尻、まだ痛いですか? ナースに見てもらいましょうか? 

 Aさんは話題を持っていった。
「痔なんです。ウォシュレットを強くしすぎて……」
だから、そう言うことを喋ってはいけない。
 苦労している。苦労しているのに明るい。明るすぎて、喋り過ぎて不安だ。
 

72 老後の資金

 夫は買い物についてくる。仕事を減らしたので、週に2度はついてくる。朝は、ウォーキングについてくる。歩くのが遅い。私が速くなったのだが。

 食べることが好きだから、スーパーが好きだ。食品を見るのは好きだが、値段は見ない。私が高いと思うものを、夫は安いと言うのだ。フルーツトマトがあればカゴに入れる。いちごより高くても、安いと言う。却下ばかりしていると、しみったれだと喧嘩になるのでなるべく言わない。食べることしか楽しみがないのだ。持病があるのに、食事制限するなら死んだ方がマシ。長生きはしないと思っている。親父の歳を超えたからもういいか、と。
 
 増えた休みを持て余す。さすがに午前中から酒を飲むのには抵抗があるようだ。やることない? と聞いてくる。包丁研ぎ、壊れたものの修理、加湿器の水の補充(人間のためではなく植物のため)等々。
 趣味がない。いっそ、投稿でもすれば? と勧めようか。

 決定的な違いがわかった。冷蔵庫を開けて、ろくなものがないと言う。
「明日は買い物行かないわよ。今日、使い過ぎた」
「金、あんでしょ?」
「年金生活になるんだから……」
「明日、死んじゃったらどうすんの?」
「90まで生きたらどうすんの?」
「年取ったらそんなに食えないよ」

 我が家の家計は私がやりくりをしている。結婚当初から給料袋を寄越し、小遣いを渡す。小遣いはいまだに現金だ。うち、1万円は千円札で渡す。小遣いに不満がなければ平和だ。貯金とは無縁の人だ。結婚前は給料から財形貯蓄が天引きされていた。あとは全部使っていた。時々は私から借りていた。

 60歳で退職金が出たときに(多くはない)1割取った。お疲れ様……どうぞ、大事にお使いください。でも、たぶん残っていないだろう。気前がいいともいう。 

 65歳で給料が半分になった時も小遣いはそのままだった。大喧嘩した。給料が半分になっても、厚生年金も住民税もすぐには減らないのだ。辞めたあとは、健康保険に住民税。半端でない額が出ていく。そういうことを知らない、知りたくないのか?
 私は辞めたあとのために、コツコツ別に貯めていたのだ。それを喧嘩のあとに渡した。お疲れ様。まだ働いてくれるのだものね。

 今さら離婚は考えないが、別居してやろうかと、アパートを検索した。仕事を増やし、年金が入ればやっていけないことはない。2、3日考えてやめた。安いアパートにはウォシュレットが付いてない。だから我慢することにした。

 夫は引き算が苦手なのだ。使っても残っていると思っている。渡した金でゴルフクラブを新調した。私には、一緒にやろうとハーフセットを購入してきた。そして言った。
「もう、金がない」

 ゴルフの前には両替してくれ、と言う。車を運転していく人に渡すのだ。いつでも両替ができると思っている。自分が運転していく時はETCだから、家計費から出てるんですが。あなたが稼いだお金だから、細かいことは言わないけど。

 年金をいくらいただいているかも知らない。まあ、少なめに言ってある。確定申告も私がする。今までは医療費控除が戻ってきたが(内緒だが)、去年度分は払う羽目に。税金もクレジットカードで払えるなんて……知らなかった。

 老後資金がどれだけあるのかも知らない。知らなくて平気なのだ。怖くないのか? 知るのが怖いのか? 妻を信頼しているのだろう。質素だから貯め込んでいると思っている。ありません、と言ったらどうするだろう? あとはあなたの生命保険だけ……

 この間はホームベーカリーを買い替えた。高いほうは5万円弱。パン焼き機に5万円? 迷っていると、高いほう、買っちゃえ……だからね。はい、そうします。パンは、焼くからね。その代わり、食費減らすわよ。わからないように。うまく……

 趣味がないから暇なのだ。暇だからと洗い物をし、洗濯物を畳んだ、風呂まで入れていた。それに、広告を折って、ごみ箱を作るのだ。お駄賃をあげたくなる。

73 依存症

 近くに、古くからある精神科の病院がある。今は、老人施設の看板を大きく掲げ、デイケア、ショートステイの棟もある。
 精神科に多いのがアルコール依存症だ。かの有名な芸能人もこの施設に入るのでは? とネット上で噂が流れた。(薬物依存症の方の時も)
 若い患者さんが多い。病院の周りには支援するアパートがある。

 息子の友達のおとうさんが、アルコール依存症になった。高校時代、共に停学になった友達の両親とは校長室で会った。嘆く私とは対照的に、楽観的で夫婦仲が良かった。
 病院に連れて行こうとしても、日中は飲んでいないから病気を認めない。学生時代、親に迷惑と心配をかけた息子の友人は、4人兄弟だった。家族会議を開いてなんとかしようとしたが、奥さんに暴力を振るうようになり離婚したという。

 その話を豪快な美容師さんにすると……
 精神科の病院の近くで、古くからやっている美容院には、症状が軽くなった患者が来るそうだ。入院している人は腕にバンドをしている。若い男性や、娘に連れられて50代くらいの母親が来たこともある。酒が抜ければまともだ。もうすぐ退院できるんだ、と喜んでいたという。
 戻ってこなければいいが。断酒できなければ全てを失い死に至る。

 リストカットの患者も多い。美容院に来る30歳くらいの女性は肘から下がケロイド状だという。ある時、上腕を切ったのか、服の袖が赤くなっていた。
「なにやってんのよ。こっち切ればいいじゃん」
 新しい、きれいなところを切りたいのだろうか?

 その女性は家族からも見捨てられ、支援を受けてアパートを借りている。仕事はできない。生活保護を受けているのだろう。病院の鉄格子の窓から手を振られたこともあるそうだ。少し良くなると、普通の窓の部屋に移される。

 病院の患者がうちのマンションの外階段から飛び降りたことがある。病棟の部屋の窓から飛び降りたことも。
 患者は回復すると、数人で病院の周りを歩いている。時々、病院の庭で歌っている人がいる。もう慣れた。ああ、また入ったのだな、と思う。

 リストカット常習者の女性は、派手な格好で歩いているが、最近見かけないという。
 また入院したかな?

 ブティックの開店時間、店の前に若い女の子がしゃがみ込んでいた。酔っ払いか? 朝の10時半。声をかけるとフラフラしていたので支えた。腕にたくさんの傷。初めて見た。リストカット……
 立ち上がるとフラフラして歩いて行った。カメラ屋の店主が言った。さっきからフラフラ歩いてる。警察に連絡しようか?
「Cさん、よく触れるわね。気持ち悪い」
店長は辛辣だ。

 どうしているだろうか? 話の女性と重なってしまった。公園側の病棟はリストカットの患者ばかりだそうだ。

74 怒らないで

 今日は暑かった。久しぶりに窓を開けた。階下の部屋も同じだったようだ。久しく聞かなかった声が聞こえてきた。冬の間は互いに窓を閉めていたから、漏れてこなかっただけなのか? 母親が子供を叱る声。たぶん息子を。下の方から聞こえてくる。

 この頃、隣の旦那の声で夜中に目が覚める。ああ、今日は穏やかだった、という日のほうが少ない。日中は娘はいない。いないから、大声をあげてもすぐに収まる。
 夜中だから響く。娘が、何をやってるのよ、と起きてくる。明日早いんだから……放っておけば収まるだろうに、父娘の喧嘩が始まってしまう。もう、隣に聞こえようが、かまわないのだろう。

 うちは年寄り夫婦。フルタイムで働いていたらたまらないだろう。夫は子供の夜泣きさえ、仕事に差し障ると怒った。今は別の部屋で寝ているので滅多に聞こえないらしい。隣とは間取りが違うので、私が寝ている和室のすぐ向こうはリビングのはず。夜中に起きているじいさん。朝も夜もわからなくなってしまったのか? 少し前までは、ベランダから線香の香りが漂ってきた。おりんの鳴らす音が聞こえてきた。洗濯物も旦那さんが干していた。

 もう、ろうそくも火も使えないようにされたのか? キッチンはどうなのだろう? 火でも出されたら……

 施設の人に聞いたら、包括センターに相談しろと言う。でも、デイケアに時々行っているし、この間はケアマネジャーと少し話した。苦情を言うのは気の毒で気が引ける。
 夫の隣で寝れば聞こえないのだろうか? いや、ここでいい。ここのほうがマシ。

 階下から聞こえる怒鳴り声はどうしたものか……なんて、散々怒鳴ってきた私。3人の真面目ではない子を育てたのだ。管理会社から電話が来たこともあった。
「子供を怒るおかあさんの声がうるさい」
子供の声ではなく、私の声がうるさい?

 苦情を入れたのは、隣の子供のいない夫婦か? 入居してすぐに離婚して、新しい奥さんが来た。世間は狭い。幼稚園で、お隣さんを知っている方がいた。
 その奥さんは、となりの精神病院にもよく苦情を入れているらしかった。患者の声がうるさい、と。しかたない。わめき声、歌が聞こえるのは日常茶飯事。その後、子供が産まれたが引っ越していってしまった。
 大声を出さずに育てられただろうか? 子供に怒られてはいないだろうか?

 怒鳴った。叩いた。長男長女は確かに叩いた。頬を一発。幼い時ではない。高校生の時だ。それくらい悪かった。さすがに歯向かってはこなかったが。
 
 暴力はいけない。でも、平手なら……覚えているのかしら? 我が娘と息子は?
 叩かれたことよりも、母を怒らせて心配させたことを覚えているだろうか?

 これが年の離れた次女になると、甘いと言われたが、違うのだ。怒ろうか、どうしようか、間を置けるのだ。どうでもいいというか、ようやく子育てに余裕ができた。上ふたりで期待は捨てたから。

75 原因は?

 夫が、背中が痛くなってからひと月以上経つ。以前にもこの痛みは経験済みだった。間違いないと思った。何度も経験した尿路結石。食生活か、ストレスか? 原因は? 

 過去にひとつだけ思い当たることはある。
 いろいろな健康法に感化される男だ。健康雑誌の卵黄茶というものを信用した。卵黄3つを鍋で煮て、濃い、とてつもなく濃い煎茶を入れ混ぜたものを飲んだ。妻に毎日作らせ、しばらく続けた。そのせいかはわからないが、尿路結石で七転八倒。
 煎茶にはシュウ酸が100グラムに1000ミリグラム……だって。今検索しても、そんな健康法は載っていないけどね。

 その後も尿路結石は3度くらい経験した。しまいには衝撃波術……

 ところが泌尿器科で調べたが石はなく、腎臓癌、前立腺癌を疑われた。
 歳だから、それもしかたない。過去にも肺癌を疑われたことがあった。長女が結婚する前に。
 3回目に紹介されたのが癌研だったので、覚悟した。

 妻は、死なれた後の生活を考え生命保険を確認した。保険会社で働いていたから多額の保険に入っていた。よかったあ。
 
 癌研での長い検査。夫婦で来ているものが多かった。長い時間、妻は廊下の椅子に座り待っていた。

 そして、先生の話。
 違った。肺癌ではなかった。拍子抜け。しかしなぜ、あっちの病院こっちの病院でわからないのか?
 とにかくよかった。帰りに寿司を食べた。大奮発した。

 しかし、よほどのストレスだったのか、体に異変が。背中にブツブツが。片側だけ。夫はもう病院は懲り懲りだったが、かかりつけの医院に引っ張っていった。
 帯状疱疹。初めての症状。妻は以前働いていた店の客から聞いていた。見せられたこともある。帯状疱疹でブティックに来るのか? 

 手当が早かったので飲み薬と塗り薬で済んだ。妻は背中に薬を塗ってあげた。

 もう、親の年齢を超えたから、いつ死んでもいい、なんて言っていたが、相当応えていたのだろう。

 副腎も片方摘出していたのだった。高血圧で、ずっと薬を飲んでいる。大学病院の先生に副腎に腫瘍があって悪さをしていると説明を受け、手術したのだった。あの時も妻は毎日バスと電車を乗り継ぎ見舞いにいった。だが、痛い思いをしたのに高血圧は治らなかった。

 数年後、仕事の区切りがつくと、下がった。やはり原因はストレスだったのか? 

 副腎? 副腎にはドラッグになる物質があるらしい。妻はドラマの見過ぎなのだ。 
『オックスフォードミステリー ルイス警部』でドラッグのために人を殺し副腎を摘出する……というストーリーがあった。
 調べてみると都市伝説がいろいろと。

 1週間後の検査の結果は癌ではなかった。では、腎臓に水疱があるのかも? と、また1週間後、エコーの検査をしたが見当たらず。
 整形に行けども、特に異常は見当たらず。毎日妻に湿布薬を貼らせ、サウナで温めマッサージを受けると少しよくなった。

 しかし、また……だんだん痛みは脇腹に。


 ︎

 夫の背中の痛みが消えた。ここ半年の間に3度痛くなった。2度目の時にはいろいろ調べた。尿路結石、腎臓がん、整形外科、しかしどこにも異常はなかった。3度目になると、心配もしなくなる。ゴルフのせい、と決めこんでいた。

 ここ数日、嘘のように痛みがないそうだ。痛くないことがこんなに幸せだなんて……眠っている時も目が覚めるほど痛かったらしい。
 原因は? もしかしたら? 
 
 会社のソフトが具合悪くて、新しく切り替えがうまくできていない。だからしばらくパソコンをいじっていない、仕事をしていないらしい。今までは、ずっと座りっぱなしだったという。家に持ち帰った時も、座りっぱなし。すごい根の詰めよう。ストレッチをしろといってもできない。まあ、頑張り屋だ。
 しかし、座り過ぎは飲酒や喫煙と同じくらい健康を損なうリスクがあるそうだ。30分に1度は立ち歩き、執筆はほどほどに。

 若い時は現場仕事だった。なんと視力が左右2、0。だからほこりも汚れもよく見えて、部屋が汚いと(こっちは裸眼では0、02だから)よく怒られた。欠けたグラスを気づかず出して、なんの冗談? とか。
 それが今ではかなり落ちた。体重は増えた。20キロ近く。高血圧、心房細動、痩せねばならぬが…… 

 妻も腰を痛めてから整骨院に通っている。よくなったが首凝りがひどいので続けている。首の後ろに大物がいて、それがめまい、頭痛を引き起こしているという。軽い頭痛はよくある。
 以前は80錠入りの薬がすぐになくなった。これが夫にはわからない。二日酔い以外、頭痛になったことがない。頻繁に言うと不機嫌に。だから言わない。原因の大半は、あなたなのに。大体、調子の良い日など、年に何度もない。

 今はだいぶ頭痛は減った。夫も変わったし。今の首凝り、頭痛の原因はわかっている。わかっていてもやめられない。特に悪いのは寝ながらやること。仰向けに寝て抱き枕の上でiPadを打っている。だって、夜中、明け方の方が集中できる。
 これは、悪いとわかっていてもやめられない。

 先日は孫の子守で、娘の家に行った。行くといつも目が痒くなる。鼻がむずむずする。ウォーキングがてらだから、なにか植物があるのかしら? と思っていたが、長丁場で息切れがして胸まで苦しくなった。

 そういえば、20年くらい前から呼吸が苦しくなって、内科、耳鼻科に通った。ひどい時は吸うのと吐くのを意識しないと、意識しても苦しくて……耳鼻科で出された薬は、漢方薬、効能はヒステリー……更年期の症状みたい。

 そのあとは内科で、喘息用の吸入の薬をもらっていた。口から吸入するとすぐに治まる。
 それが、その辛い症状が最近なくなった。薬の世話になっていないと気がついた。理由にも、はたと気がついた。動物アレルギーだったのか? 娘の家では犬を飼っている。以前は自宅でも猫と犬を飼っていた。なぜ気がつかなかったのだろう? 医者も動物のことは聞きもしなかった。年齢からすぐに更年期だと思われたようだ。

76 向き不向き

 先日仕事の職員証の写真を撮った。全員ではない。そういえば去年撮ったのに写真が出来上がってきていない。忘れていたが。
 事務所で聞くと、若い女の事務員が言った。データを消してしまったそうだ。そのため、撮り直しだ。
「詳しいことは○○さんに聞いてください」

 はい、○○さんね、わかりました。
 ○○さんなら納得。40代の男性。6年前に私が入ったときから事務所にいる。仕事はできないようにはみえないが……できない。事務的なことを頼んでも、1度で済んだことがない。退職した者は、健康保険の手続きをしてくれないので困っていた。2度頼んでもやってくれない。新しい職場から催促された……忘れてしまうのだろうか? この男はたぶんコネで入ったのだろう……などと思っていた。
 大体、写真を撮ってから何か月? 大半の者の写真はすでに職員証に貼ってあった。私も忘れていたのだが。

 去年、スタッフルームに掲示がしてあった。うちの施設が……なんとか処分? よくわからないし忘れてしまったが、事務的なことを督促されてもやらずに処分を受けた。百万くらいの罰金だかを取られ、施設長も給料を減らされたくらいの処分。それも、この職員の怠慢のせいだったという。催促されても催促されてもできない。撮った写真のデータを消してしまうのも納得。
 一緒に働いている者は迷惑だろう。態度に出ていた。職員証の写真のために、二度手間だ。女は小さな写真のために髪を染め化粧をして撮るのに。事務員もいくらかでもマシに写るように照明を考えて、何枚も撮ってくれたのに……また消してしまわなければいいが。ありえるかも。
 ○○さんは、どこかの施設長の息子だという。事務は向いていないのだろう。

 以前、入居者のベッドが壊れて取り替えることになったことがある。ベッドを押してきたのは◯○さんだった。手伝ったのは私だ。大丈夫なのか? この男で? と思ってしまった。入居者の部屋は狭い。取り替えるのは大変だろうと、女の私は思った。
 しかし、○○さんは実に手際がよかった。マットをどける。ベッドを外に出す。新しいベッドを中に入れる。マットを戻す。テキパキと指図してあっという間に終わらせて、エレベーターで古いベッドと共に去っていった。無駄がなく実に手際がよかった。見直した。感心した。

 それから以前、薬をしまう扉の鍵穴の中で鍵が折れた。鍵の開け閉めは日に何度もするので金属の鍵も劣化した? 男性スタッフがいくら頑張っても中に残った鍵を出すことはできなかった。これは、業者に来てもらって、鍵穴の交換……女の私は思った。しかし、次に行ったときには直っていた。○○さんが簡単に直したらしい。

 ○○さんはパソコンの不具合も、ある程度は直せる。業者に連絡しなければならないことはなかなか直らない。風呂場の水道の蛇口もテープを巻いたままひと月以上そのままだった。私は催促するのも嫌になるくらい……まさか、部品がなかったとか? 

 事務仕事は向いてないと思う。思うだけだが。

77 お時給

 今月から、勤めている介護の仕事を減らした。週3日の3時間勤務に。体は楽になったはず……しかし家に帰って、洗濯をして早めの昼食が終わるとすごい睡魔が……ソファから動けない。iPadを見ながら、ときには操作しながら眠りに落ちる。打った文章が消えている! 

 疲れる。歳もあるが。
 今の介護施設、何年経っても人手が足りない。相変わらず常勤は超勤。タフな2年目の女性もついに休んだ。ひとり暮らしなのに遅刻も休みもなかったはずだ。契約社員の女性も休んだ。正社員になりたいと頑張っているフィリピンの女性。しわ寄せは出勤している者に。
 はい、超勤よろしく……

 そしてしわ寄せは私にも。当初、10時までの勤務に、入浴介助があるとは思わなかった。木曜日は、朝食時のパートが私ひとりだから、2ユニットの配膳、洗い物、米研ぎ。その間にシーツ交換2床。それから足浴、入浴、浴室掃除、記録。
 
 今日は常勤の女性が朝礼だったから、戻るまで私にリビングの見守りを頼んだ。待っていたら、9時20分ですけど。それから入浴させて掃除して10時までに終わると思うか? 
 ああ、この職員はパートの勤務時間を把握していない。食事形態さえ、パートにお任せで把握していない。ソフト食に変わった人に刻みを出していた。パン粥にしなければならないのに、食パンにジャムを塗って出していた。

 この職員は時間ギリギリに出勤してくる。他の職員の出勤は早い。時間前に来て日誌を読み、iPadを確認し、もう離床させている。そうしなければ終わらないのだろう。この職員は配膳はほとんどパート任せだ。

 9時半出勤の最近入ったパートの女性はシングルマザー。福利厚生のために週3日7時間勤務。自分になにかあったら遺族年金が子供に入るように……私にペラペラ喋る。しかし、保育園児がいる母親はよく休む。予定を組めないほど休む。だから来てくれたら入浴介助を。来てくれたらラッキー。午後の常勤の入浴介助はなくなる。
 ああ、ありがたや……
 この女性は私に愚痴を言う。 ︎ ︎
 職員が口を利いてくれない、と。休みの多いことに腹を立てているのだろう。自分は超勤、腰も痛いし腕も痛い。新人には厳しい方だ。でも面と向かって不満を言えない。
 シングルマザーには生活がかかっているのだ。お金のことより、1年は働かなければ資格が取れないのだとか。居辛くても頑張れ! 

 入浴終えれば週1勤務の中国の男性が来ていた。10時からの8時間勤務。なのに、入浴介助はさせない。乱暴で任せられないからと。1年以上経つのに。資格もあるのに。あなたが3人入れてくれたなら、私の入浴介助はなくなるのに。隣のユニットの配膳も覚えて欲しいのに、
「ボク、できない……」
 それで済んでいるのだ。1年以上。 ︎ ︎職員は言う。
「クソの役にもたたない」と。
 男性は私に言う。
「ボク、あのひとこわい……」

 ここは、やる人がやる職場。やらなくても済む職場。影では文句を言ってるが、本人には言わない。別にいい。私は3時間忙しく働いて、何も考える時間もないほど、トイレ行く暇もないほど働いて帰るほうがいい。

 言いたいけどね。私は資格なしだからあなたたちより時給が安いのよ。ボーナスもないの。勤続年数表彰で金一封が出る頃だけれど、私は除外なのよ。開設当初からいるのだけど、勤務時間が短いから。密度は高いけどね。
 夫に愚痴を言えば、年寄りを働かせてもらってありがたく思え、と。

 男性のリーダーから勤務時間短くなってどうですか? と聞かれた。ねぎらってくれるのかと思ったら、
「お風呂ふたりは無理ですか?」
……本気で言っているのか?
 自分で入れろよ。

 前のリーダーは、10時までで入浴介助があると恐縮していた。掃除は間に合わなければやらなくていいですから、と。そう言われれば、時間が過ぎてもやっていくのだ。
 開設当初はパートは私ひとりだった。何人かいたはずだがすぐにいなくなった。私は最初は周辺業務だったから、常勤がシーツ交換も入浴介助も午前中やっていた。私は見守りを。それも大変だったが。常勤の男性は汗を吹き出し動いていた。
 大勢が辞めていった。どこでどうしているのやら?

78 昇給

 昨日は呆れた。今の施設で働いて6年が過ぎる。毎年1度、湯が出ない日曜日がある。毎年事前に周知徹底され、入浴介助は前日までに終わらせる。そもそも、日曜日は洗濯場も休みなので、入浴しない日なのだ。
 ところが、人手が足りない。日曜日のパートは私だけだ。朝7時から10時までの3時間勤務。2ユニットの配膳片付け、シーツ交換2床。入浴ひとり。気合を入れて出勤しました。
「Cさん、9時からお湯が出なくなるので……」
「じゃあ、入浴は、なしですね」ラッキー!
「9時までに終わらせてください」
「!」
 何時に始めろと? 朝食を食べ終わったばかりの87歳の、血圧がひどく変動する持病のある高齢者。測ったら上が77。2度目はもっと低い。伝えたら、寝かせて足を上げて測れ、と。そのようにすればまあ、正常値になるが。

 ずいぶん前のリーダーは入居者のことを1番に考えていた。スタッフの粗が目に付いて辛かっただろう。神経が参って来れなくなった。今のリーダーはあまり言わない。本人も出勤が遅いし、やることやらないと陰口をたたかれているが、知っているのか知らないのか、いつも明るい。

 2年目の職員が突如ひと月の休暇を取った。頑張っていると思ったのに。若い職員。1年目は許されたことも、2年目となるとしっかりしてもらわなければ困る……みたいなことを言ってしまったと、昨日の職員が話してくれた。プレッシャーかな? 続けられるのだろうか?

 新人がたくさん入り、うちのユニットにも次々研修に来ていたが、いつでもいつでも人手不足。だから、こんな年寄りも働かせていただけるのだが。
 もう少し考えてくれませんか? 週一の男性パートは資格があるのに、乱暴だからと入浴介助も任せられず、暇そうに座ってテレビを見ているそうだ。資格があるので私より時給はいいのに。だったら、シーツ交換10床全部やらせろよ。2時間あればできるだろ? 1年もやらせないで今頃リーダーがついて教えてるようだが。
 できない、と言えば、それで済む優しい職場。

 お嫁が来たときに思い切り愚痴りました。
「おかあさん、上に言って時給あげてもらうべきです。自分ならそうします」
 そして愚痴る。私の息子のこと。息子は数年前に釣り船の助手に転向した。なにより好きなヒラマサ船に乗っている。収入は大幅に減った。お嫁は大変だと思う。無線の資格も取り、ひとりで船を任される日もあるらしい……が、給料は上がらない。子供が増えても上がらない。交渉すればなんとかなるかも……しかし、息子は交渉しない。儲かっているのかいないのか? 
 お嫁には苦労かけます。

79 節制してよ

 夫が3か月に1度血液検査をする。怖いのが心臓の数値。基準値125以下のところ742。前回は明太パークに行き明太子を食べ過ぎた。そのせいならいいのだが数値がぐんと上がり、塩分制限どころか水分制限されると脅かされてきた。そのあとは気をつけるのだが、節制できない。今回の結果はいくらかよくはなったがまだまだだ。
 おまけに今回は尿酸値がオーバー。これは尿路結石や痛風の危険が。尿路結石は何度か経験済み。痛みで、のたうち回った。痛風は? 調べて脅した。骨折以上の痛みだと……
 薬を変えられてきた。ひと月分の大量の薬を箱に入れる。血圧、心臓……鼻炎薬まで。負担額も大きい。もう、健康保険はそんなに引かれていないのに、申し訳ない。
 予防せねば。良いのはコーヒー、牛乳。有酸素運動。
 ウォーキングしろよ。
 悪いのはアルコール、肉、魚……生活を大幅に変えなければならないが。

 田舎の義兄がずっと高血圧、糖尿病だったが人工透析をするようになった。この間は心臓の手術をした。コロナ禍で見舞いにも来てくれるな、と。術後も1日置きの透析。義父は大腸癌で60歳少しで亡くなった。義母は脳血栓で50代で亡くなった。
 なのになぜ節制しない? できない? 

 先日息子が来た。釣り船の助手をしている。趣味が高じて仕事になった。ストレスはあるまいが。慢性の腰痛、首痛……それにめまいがすると。住んでいる地域に耳鼻科はない。混んでいるのを覚悟して診察してきた。自分でネットで調べた通りの良性発作性頭位めまい症でホッとした。まだまだ乳児がいる父親。健康でいてくれなくては困る。

 そうしたら、次女からメールが。
『身内に甲状腺の病気の者がいないか?』
 逆さまつげの治療に眼科に行ったら、甲状腺が腫れていると言われ内科医を紹介された。内科医では血液検査をし、バセドウ病かも? と。

 アガサ・クリスティの『予告殺人』海外ドラマで繰り返し観た。手術の痕をいつも首飾りで隠している。あれが確か甲状腺肥大。まさか娘が似たような病気? まあ、手術して殺人まで犯していたから……

 結果が怖い。主婦は健康診断の機会がない。でも2年前の出産の時には異常はなかったはず。甲状腺の病気は痩せるのでは? 娘は太っている。連れ合いが100キロ超え。外食、食べ歩き大好きで、付き合ってからどんどん体重が増えた。出産後も戻らず、もう慣れたし諦めていた。
 しかし甲状腺の病気を調べたが、当てはまらないと思うのだが。元気で体力はあるし、目も飛び出てはいない……まだ……
 甲状腺の病気はストレス解消や食事、禁煙生活が鍵!
 娘はタバコをやめられない。

 結果待ちだ。それにしても我が家族は病気が多い。手術していないのは私だけだ。穏やかに暮らしたい。節制してほしい。運動してほしい。母はどこも悪くないのだ。しばらく検査はしていないが。

80 またまたゴルフ

 ゴルフのコースの予約をすると天気がおかしくなる。前回は台風の影響が。もう雨女と呼ばれている。

 前回はいつもと違うコース。高速代もそれほどかからないところを選んだ。平日だから安い。
 レッスンで1年半同じクラスなのに、「初めて会いましたね」と私に言った奥様は、「平日でも1万円以上しますね」とコーチと話していた。
「私が行くところは5900円ですよ」
と言えば、少しの間。
「そういうところにも行きますけどね」
 言わなきゃよかった。話していたのは、便器の蓋も自動で開き自動で流れるクラブだ。夫が付き合いで行き感激していた。
 
 老夫婦が行ったのは……ゴルフバッグの上げ下ろしも、クラブの掃除もすべてセルフ。食堂の水もセルフサービスだった。そのかわり安い。もうシニア割引もあるし。でも充分。食事込みで風呂も入れてほぼ1日遊べるのだから。
 いつも行っていたところは男性の年配者が多い。年金超えと言われるホールがある。そこを越えられるうちは年金をもらってはいけない、とか。レディースティーはずっと前なので関係ないが。

 今回のコースは女性が多い。ショートホールが多い。ロングホールは白ティーと190ヤードの差があるところも。それが男と女の体力の差、なのか? いつまでたっても飛ばないからカートにも乗らずひたすら小走り、打ってもそこ! 打ってもそこ! グリーンにたどり着くとくたくたで息も切れる。すごい! こんなに登ってくれば疲れるはず。

 そのコース2回目。いつものように夫は早起き。前日に買ってきてくれたサンドウィッチにポテトスープ、コーヒーまで入れて起こす。
 天気は久々に……雨ではない。かんかん照りではないが暑かった。
 1週間以上前にホットカーペットの角に足の小指をぶつけ痛みが取れない。ウォーキングも1週間以上していないので体力に自信がない。でも、過去に腰痛でも全然痛くなかったことがある。ダメならカートに乗っていればいいか……
 しかし不思議だ、この足で18ホールをやり通した。頑張った。無理をした。またサンダルしか履けない日が続く。まさかヒビでも入っていたりして……

 レッスン通りにできたならスコアはかなりいいはず……しかしゴルフほど、練習通りにいかない、うまくならないスポーツってあるだろうか? 逆にひと月練習しなくてもうまくなっていて、よそでやってた? とコーチに言われたくらい変なスポーツ。

 レッスン通りにやれば全然飛ばず、大振りだと夫にけなされ、おとなしく助言を聞いたら……
 脱力。振り幅をとことん小さくしたら、良くなった。フルスイングより飛んだ。ここ3回ダメだったドライバー、打つのが怖くなったドライバーにようやく手応えが。
 なあんだ、軽く打てばいいんだ……
 平日なのに混んでいて、すぐ前は若いミニスカートの女性ふたり組だった。下手なのにのんびり。なぜ走らない? さっさと打たない? 詰まりに詰まり後続のカートがずらり。
 後続組が見にきた。まだですか? と。
 そして、私が打つ時にはギャラリーが。人に見られて打つのはいやなのだが……最近わかった。写真を撮られたり、見られたりしている方が調子がいいのだ。本日1番の出来。飛んだ。いい方向に。転がれ、転がれ……まあまあ満足して帰ってきたのでした。

あれやこれや 71〜80

あれやこれや 71〜80

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-08-08

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  2. 72 老後の資金
  3. 73 依存症
  4. 74 怒らないで
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  6. 76 向き不向き
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