フリーズ25 散文詩『愛は愛より出でよ』
僕は、結局死にたかったんだと思う。人にやさしくして、見返りを求めてる愛だってそうだ。満たされない愛に、解決しない孤独。だから、僕はあの日、マンションの屋上から飛び降りたんだ。せめて、僕のいない日に、流れるかもわからない涙を想って。
「どうして。どうして死んでしまったの?」
声が鈍く響く。まるで、僕が水中にいて、水面の方から声をかけられているみたいだった。その声は聞き覚えのある声、僕の声だった。
「誰も、僕を必要となんかしていない。明日僕がいなくても、きっと空は晴れてて、母さんだって、父さんだって、妹の香奈だって、友達の塩川も、良哉も、太洋も、きっと悲しまない」
「それで?」
「だから、だから、必要とされない僕は生きてても死んでても変わらない。どうせこんなに悩むのなら、僕は楽になりたかった」
「死んで楽になれたかい?」
「ああ、なれたさ! 僕はもう悩まなくていいんだ」
「そっか。でも、僕には今の君は無理しているように見えるよ」
確かにそうかもしれないな。今の僕はまるで空っぽのがらんどう。空虚さを紛らわせるようにおどけて見せただけだ。
「なら、どうすればよかったんだよ!」
「ねぇ、涼。君のことを一番よく知って、理解してくれる人が世界に一人だけいるんだ。それが誰かわかるかい?」
「運命の人? いるわけないか」
「君だよ。君こそ、君を最もよく知る友。なんでそんな僕を大切にしないの?」
『君はただ、君だけを肯定しさえすればいい』
「運命愛、ニーチェの受け売り?」
「いいや、違うさ。ただ、知ってほしくて。運命の人も、親も、親友も、子どもも、君のことをどこまで行っても完全には理解できない。人は人。でもね、君は君なんだ」
「でも、それって、結局一人なんじゃないの?」
「いいや、君は君という最高の伴侶を持ち、そして、そのうえでさらに多くの人とかかわっていけばいいんだ。苦手な人や嫌いな人がいたら避けていい。だって、君が嫌な人なんだもん。君は、他の誰よりも君のことを大切にしてほしいんだ」
「僕自身を愛すること」
「そうさ! 誰も助けてくれなくても、君さえ君の味方なら、それでいいじゃないか! 人がどんな言葉や態度をとるかは人の裁量なんだ。でも、君が君をどう思い、どんな言葉をかけるか、どう愛するかは君次第だよ」
「そうか……。なんとなく、わかった気がする。ありがとう。でも……」
「君は死んでしまった」
いいや、まだ死んでなんかいない!
僕はマンションの屋上ではっと我に還る。
「生きてる」
夢だったのだろうか。でも、確かに僕は……。
頬を涙が伝うのを感じた。安堵したんだ、生きててよかった。僕には家族も、友もいる。それにいつか愛し合う恋人だってできるだろう。よかった、手放さなくて。よかった、本当に。
「ありがとう」
高らかに、生まれてきた歓びに歓呼する。嗚呼、ありがとう、愛しています。そうか、今日から始まる次の生では、せめて自分のことを愛せる私でありますように。
晴れ渡る冬空に、私は切に願った。
フリーズ25 散文詩『愛は愛より出でよ』