騎士物語 第十二話 ~趣味人~ 第一章 人形師の品評
第十二話の一章です。
ロイドくんには冬休みを楽しんでいただき、師匠であるフィリウスや悪党同士のいざこざがメインとなります。
今話はそれらのプロローグですね。
第一章 人形師の品評
年頃の男子であれば誰もが一度は思う事であろうが、幼い頃、彼は女子にモテたいと思った。そう思ったという事は当時の彼はそうでなかったという事で、周りのモテている男子に注目した結果、彼はモテる男には二種類あるという結論に至った。
一つはいわゆるイケメン。顔の美形度の高さ、スタイルの良さを大前提とし、気遣いのとれる行動や大人びた雰囲気がイケメンと呼ばれる男子たちに共通していた。これらをマネできるのであれば彼もモテる男の仲間入りだったかもしれないが、行動や性格は改善できても身体の構造だけはどうしようもない。第九系統の形状の魔法には『変身』という、姿形を思いのままに変える事のできる魔法があるがこれでイケメンになれるのであれば世の中にイケメンはもっと多いはずで、そうなっていないのは『変身』を維持し続ける事が困難であるからだ。まして得意な系統が第八系統の風と出た彼には更にハードルの高い話だった。
故に彼が目指したモテる男はもう一つの方――強い男だ。人々をその強さでもって救う「騎士」という職業が世界中で一般的になっている事も大きな要因だろうが、外見や性格を二の次に強さ一つで女性たちからの注目を集める騎士たちを見て強くなる事を決意した彼は、騎士学校の門を叩いた。
騎士の強さを構成する要素には戦闘や魔法の技術、強力な能力を持った武器などがあるが、資本となるのはやはり自身の肉体。どういう方向に強くなっていくにしても強靭な身体は必要であるし、何よりムキムキの男というのはそれだけでモテる為、彼は身体を鍛え上げる事に力を入れた。人によっては筋肉がつきにくいなどの体質があるが、彼の場合は鍛えたら鍛えた分だけ身体が仕上がっていき、これこそが自分の進むべき道なのだという確信を得た彼の身体は一層の力とボリュームを増していった。
とはいえ基盤となるモノではあってもそれだけで強さの優劣が決まるわけではない。下手な強化魔法を上回るパワー、それを攻撃力に変える大剣、強風とのコンビネーション――これらを自身の強さの要素として騎士道を歩む彼は学年でも上位に入る実力となっていたが一番ではなく、もう一段階上の強さを得る為にはどうすればよいのか、彼は悩んでいた。
そして、後に彼を最強の十二人の一人にまで至らせる戦闘スタイルを生み出した一言を聞いたのもこの時だった。
「折角のパワー、一撃に集約できれば問答無用で相手を倒せる攻撃になると思うぞ。」
それは学校にあるトレーニング施設で顔を合わせる内に親しくなった彼の友人の言葉。荒々しい猛攻をスタイルとしていた彼が、攻撃の全てをかわしながら力を溜めて渾身の一撃で相手を倒すようになったキッカケ。
つまり彼――フィリウスを十二騎士の《オウガスト》へ導いたのは後の『右腕』ことリグ・アルムと言っても過言ではないのだ。
「十二騎士とS級犯罪者の出会いの場なんて、筋トレジムは恐ろしいところねん。ていうか、あなたと『右腕』に因縁があるって事はだいぶ前に聞いたけどこんなに詳しい話は初めてよねん? 一体なんなのよん、この前みたいに全員集めちゃってん。」
「だっはっは、あれは俺様提案とは言え割と世界の危機をどうにかする任務だったが、今回は俺様の個人的な問題で起きた厄介事だ! 悪いが巻き込まれてもらうぞ、《オウガスト》の『ムーンナイツ』!」
フェルブランド王国の王城内にある国王軍の施設。そこの食堂に「昼飯を一緒に食べるぞ!」と言われて筋骨隆々とした男――十二騎士が一角、《オウガスト》ことフィリウスによって連行された面々は話を聞いてそれぞれに顔色を変えた。
「話の流れからして『右腕』が絡むのよねん? まさかあれが所属してる……えぇっと、ナントカっていう組織とやり合うんじゃないでしょうねん?」
そう言ったのは長い髪からきわどいスリットの入った服まで全身が赤色に染まっているどう見ても騎士には見えない女――サルビア・スプレンデス。骨付き肉の骨にわざとらしく舌をはわせて周囲の男性騎士たちが目のやり場に困っているのを横目に楽しんでいたが、フィリウスの話を聞いて一気にゲンナリする。
「た、確か『満開の芸術と愛を右腕に宿した人形が振るう刀』ですよね……『シュナイデン』や『好色狂』がメンバーで……まとまって動くわけではないようですが共通の目的があるとされているS級犯罪者の集団……」
サルビアの言葉に食後の紅茶でむせながら、緊張した表情になったのはピンク色の長い髪が目立つ女――オリアナ・エーデルワイス。田舎者の青年が学院に入った事で妙な指導欲を持て余したフィリウスによって弟子にされ、なおかつ十二騎士がそれぞれに作る事を許されている部隊『ムーンナイツ』に入れられてしまったオリアナは、会話に当然のように出てくるS級犯罪者たちに身体をこわばらせていた。
「よく覚えていたな、あの謎の名前を。カッコよくこった名前が好まれる騎士の間でもアレをキチンと覚えている者はそう多くはおるまい。」
オリアナを褒めつつもその顔はオリアナを向いておらず、周囲の女性騎士たちをヘルムの十字ののぞき穴から眺めているのは大抵の甲冑に構造的、もしくはデザイン的に存在している鋭利な部分や尖った個所を徹底的に無くした、いわば「丸い鎧」を着て腕組みをしている男――グラジオ・ダークグリーン。がっしりした体格な上に深い緑色の全身甲冑を着て座っている様は食堂では異様な光景なのだが、食事の為に外れるようになっていたらしいヘルムの口元から見える素顔の一部はスラリとした輪郭で、もしかすると中身は相当な美形なのではと思えるのだが、女性騎士たちに向けられるジトッとした視線の気味悪さが勝り、周囲からは女性騎士たちが減っていっていた。
「あー、僕らってついこの間S級犯罪者の『魔王』と戦ったばっかりなんだが……他の四人もまだ万全じゃないのにもう次って……」
口に入れようとしていたご飯をボトリと落としてそう言ったのは、飛行機乗りが使いそうな大きめのゴーグルを首にかけ、これまた飛行機乗りが着そうなジャケットを羽織り、どう考えても食事の邪魔なのだが両腕に巨大な鳥の翼をつけて頭に鳥の頭のような帽子をかぶっている、一言で言うなら「鳥のコスプレをした飛行機乗り」の格好をしている男――ドラゴン・フラバール。オリアナと同様にあっさり登場するS級犯罪者の名前に顔を青くしている。
「だっはっは! まさかというかその通りというか、最悪そうなるな!」
「なんでいきなりそうなるのよん……」
「この前ここに《オクトウバ》が来ただろ? あいつに連れられて神の国のゴタゴタに巻き込まれてきたんだが、そこでバッタリ『右腕』に会ってな!」
「なるほど、そこで喧嘩を売ってきたというわけか。」
「だっはっは! 生憎どっちも売り買いはしてないぞ! その時たまたま俺様と知り合いの魔人族がいてな、『右腕』自慢の魔法をあっさり打ち消しちまったんだ!」
「! み、『右腕』の魔法というと……噂のあの右腕のですか……? す、すごいですね!」
「凄すぎて困るんだな、これが! 俺様に魔人族との繋がりがあるなんてのは魔人族がおとぎ話の存在じゃないってわかってる奴なら誰でも知ってる事だ! だがよりにもよって唯一にして最強の魔法をああもあっさり破られたとあっちゃあいつも真剣に考えちまう! あんな事ができちまう魔人族と仲良しな騎士なんざ始末しねぇとってな!」
「そ、そうか……確か魔人族――というかスピエルドルフの人たちは人間に興味が無いから基本的には無視できるけど、フィリウスにだけは協力するっていう事だと犯罪者連中からしたらたまったもんじゃない……」
「しかも法律的な縛りとか暗黙のルールとかを全部無視しちゃうような騎士だものねん? 魔人族なんていう強力なカードが騎士側にあって、それを使えるのが唯一フィリウスだけって言うなら、それは当然消しにかかるわねん。」
「そういう事だ! 近いうちに何かしらあるだろうから、お前らにも――」
ズンッ!!
言葉を遮る重たい振動。何かが落ちてきた、爆発が起きた、本来ならそんな風に予想するだろう振動だったのだが、食堂にいた騎士たちは全員上を見上げる。
確かに振動はあったが、それは地面を伝わってきたモノではない。真上から、空気を伝わって走って来たモノなのだ。
「……勘弁してよねん……噂をすればってパターンかしらん?」
「だっはっは! そりゃまたタイミングばっちしだな!」
他の騎士たちと共に建物の外に出たフィリウスたちは外で訓練していた騎士たちが見上げる先へ顔を向け、その光景に……驚き以上に理解できないという表情になった。
「お姉さん、お昼からお酒を飲んだつもりはなかったんだけど……あれって幻覚かしらん……」
「だっはっは! この場の全員の反応からしてたぶん見えてるモンは一緒だぞ!」
空中に浮かんでいる――のではなく、王城を守る為に展開されている魔法の壁に遮られてそれ以上進めずにいるそれは巨大なピエロの顔。三日月型の目と口で夢に出て来そうな笑みを浮かべたそれは、真っ赤な鼻を見えない壁に押し付けている。
「あの壁はザビクの一件の後にセルヴィアが時間魔法で更に強化したからな! あんなデカッ鼻じゃあ突破は無理だ!」
「では、あれは陽動だな。」
グラジオの呟きと共にオリアナ以外の面々が同じ方向を向き、オリアナはそちらにあるモノを考えて驚く。
「! まさか正門ですか!? あの――ピエロをおとりにして真正面から!?」
「だっはっは! あの壁を突破する方法があるとすれば作らざるを得ない出入口を通るしかないが、門の前に立ってる騎士は優秀だからな! ザビクが送り込んで来た鎧は呪いでバカみたいに強化された特攻隊みたいな奴だったから後れを取ったが、普通は喧嘩を売っていいレベルじゃない! ああやって目立つモンを使ったって事はそんな優秀な騎士の目を一瞬でもそらせてダッシュで通る為だろう!」
「でも未登録の奴が通ったら空間が拡張されてとんでもない広さになってるここを自力で走る事になるわよねん?」
「しかもセルヴィアが時間間隔を狂わせる魔法を追加したらしいからな! 一メートル進むのに体感十年かかるらしいぞ!」
「えぐ……そんなの突破して城に攻め込める奴がいたら、そんなのは生き物卒業してるだろう……」
「加えて王城にはあの《ディセンバ》が控えて……ん? どうやら狙いはこっちのようだぞ。」
腕組みをしていたグラジオがゆらりと右腕を前に出す。すると何かが何かにぶつかったような音が響き、フィリウスたちの前にこれまた見えない壁に遮られて進めずにいるモノが現れた。
「スピードはなかなか、だがパワーはそこそこだな。」
見えない壁――高密度に圧縮された空気の壁を出しているグラジオが軽く手を振るとそれは後方へ弾き飛ばされ、しかしクルクルとバランスをとって綺麗に着地した。
「なによあれん……シンプルなのが来たわねん。」
シルエットで言えば細身の男性なのだが、服はおろか顔にあるべき目や口などもなく無い上に全身が真っ白で、言うなれば立って歩くマネキン人形であるそれはのっぺらぼうな顔面を……フィリウスたちとは少しずれた方向へ向けた。
『おいおい、十二騎士が何人もいる城のセキュリティも大したことないな!』
どこから声が出ているのかよくわからないが、しゃべりだしたマネキンの方へフィリウスが一歩前に出る。
「だっはっは、たった今侵入を止められた奴のセリフとは思えな――」
『オレが誰かだ? 気にするのはそこじゃないだろう、騎士様よ。』
「? 誰かは気になるがまだ聞いてはいな――」
『は、悪いが名乗る予定はないんでな。目的は一つ、ここにいる《オウガスト》を出してもらおうか。』
その《オウガスト》を前に全くかみ合わない会話をするマネキンに対し、フィリウスたちは顔を見合わせた。
「まぁ……どう見てもどこかから誰かが操るタイプの人形だけど壁の内側に入った以上、遠隔操作はできなくなるものねん。何かの会話を想定した録音ねん。」
「想定ガバガバだけど……」
「ですが目的だけはハッキリしましたね。」
「狙いはフィリウス。これは本当についさっき話していた相手がタイミングばっちしでやってき――」
『ああ、別に言わなくてもいい。ここまで来れば探せるからな。』
流れを無視した一人会話を偉そうに呟いたマネキンは首をぐるりと一回転させると、その顔をフィリウスへと向けた。
『隠れても無駄だぜ、十二騎士?』
「だっはっは! 俺様ようやく見つかったぞ!」
状況さえマッチしていれば強者の余裕を見せる敵なのだが全てが空振りして愉快な一人芝居となってしまったマネキンは、しかし目にも止まらないステップで一瞬にしてフィリウスに肉薄、鋭いハイキックを放った。
「おぉっと!」
だがその一撃はそれを上回る反射速度で動いたフィリウスの片手に難なくいなされ、ついでに勢いを利用されてその白い身体を派手に回転させながらあらぬ方向へふっ飛んだ。
「俺様をご指名って事だが――」
まだ空中に浮かんでいる巨大なピエロの顔をちらりと見たフィリウスは、マネキンに背を向けてポンとサルビアの肩を叩いた。
「――あとは任せたぞ!」
「はぁ!? なんでお姉さんなのよん!」
「お前の魔法が一番都合がいい!」
「意味わかんな――ちょっと、来るわよん!」
フィリウスの背後でゆらりと立ち上がったマネキンを指差すサルビアだが、フィリウスは背を向けたまま。自分にまかされた理由はさっぱりだがどうやらやるしかないとサルビアが手の平に風を起こした、その時――
「スゥパイラルゥゥゥゥッ――」
遠くの方からそんな声が聞こえたかと思いきや、次の瞬間には攻撃の体勢に入っていたマネキンに拳を打ち込んでいる人物がおり――
「――フィィィストォォッ!!」
腕が降り抜かれると同時に拳がめり込んだ場所を中心にマネキンの身体がひしゃげ、螺旋状に渦巻く突風と共に全身が粉々に飛散した。
「どう見ても下っ端の雑魚兵隊、つまりは魔王軍の一般兵! リベンジマッチが早々に来たってわけね!」
その場でシャドーボクシングをしながら嬉しそうにそう言った人物は、サルビアのように国王軍の訓練場という場所には合わない格好をした女。後ろで束ねたドレッドヘアにシャープなサングラス。引き締まった褐色の身体を包むのは陸上競技選手のような服装。外見的にも肉体の仕上がり的にも相当脚が速いだろうと思われるその女は、キョロキョロと周囲を伺う。
「それで幹部は? 『魔王』は!? もったいぶらずに出てきて欲しいわ!」
「だっはっは! 残念ながら今お前が倒したのは『魔王』の手先じゃなくて、たぶん上でこっちを見てるピエロの手下だぞ!」
「へぇ、魔王軍にはピエロもいるの? もしかして新しい幹部? いいわ、あたしがボコしてやるから!」
「おいおい、話をちゃんと聞――」
フィリウスが何かを言う前に、ぐぐっと身を低くしたドレッドヘアの女は全身をバネのようにして跳躍、同時に吹き荒れた突風に乗って巨大なピエロの顔へと飛んで行った。
「相変わらずせっかちねん。折角の手がかりっていうか、敵側の情報を粉砕しちゃうわよん、あれ。」
「ふ、粉砕!? えっと、い、今の方は――いえ、それよりもあのまま突撃しても魔法の壁にぶつかってしまうのでは……」
「だっはっは! まー試した事のある奴なんかほとんどいないだろうが、敵の侵入や攻撃は防ぐが俺様たちからの攻撃は通すっつー都合のいい感じがちゃんと実現されてるから安心だぞ!」
フィリウスの言葉から一拍置いて、空中に浮かんでいた巨大なピエロの顔は先ほどのマネキンと同様にその顔面をバラバラに飛散させた。
「手応えないわ、本当に幹部なの?」
そして再度突風と共に戻って来たドレッドヘアの女は不満げな顔をフィリウスに向ける。
「だっはっは! だから『魔王』は関係ないし幹部と言った覚えもないぞ!」
「え? なによもう、早く言ってよ。」
見るからにガッカリしながらどこから出したのかわからない大きめのタオルで汗を拭きつつ水分補給をする女を指差しながら、フィリウスはオリアナの方を見る。
「こいつがこの前全員集合するはずだったが『魔王軍』のオーディショナーとかいうのに怪物にされて会えなかった『ムーンナイツ』四人の内の一人、ベローズ・ソリダスターだ!」
「? 誰に紹介してるの?」
くいっとサングラスを上げてフィリウスの視線の先、オリアナの方を見たドレッドヘアの女――ベローズは目をぱちくりさせた後パンッと手を叩いた。
「ああ! 新メンバーってこの子なのね! よろしく、あたしベローズよ!」
「は、はい! オリアナ・エーデルワイスと――」
「こいつに『ムーンナイツ』に入れられちゃったけど騎士じゃなくてトレジャーハンターだからいつもはどこかの遺跡にいるわ! でもこの前『魔王』にひどい目にあわされたからリベンジを待ってるの! 特にあの筋肉女よね!」
「え、あ、はい……」
先ほどのマネキンほどではないがかなり話を聞かないベローズにたじたじのオリアナ。
「それで……あれだけ元気に走り回っていたのだから問題ないのだろうが、身体はもう平気なのか? 休養の為に国王軍の施設にいたのだろう?」
いつの間にかベローズの横に移動し、しゃがんでその美しい脚へ視線を送りながらそう言ったグラジオに対し、そんな事には慣れているのか元から気にしないタチなのか、ベローズはぐーっと伸びをしながら答える。
「ぐちゃぐちゃに改造されたんじゃなくて巨大な生き物の核にされたって感じだったから身体の損傷とかはほとんどないのよ! 魂に合わないサイズの身体を動かしたせいで生命力をゴッソリ持ってかれただけだから、食べて寝てればこの通り!」
「だっはっは! そんなんで全快するのはお前だけだ! 力の流れのコントロールが上手いからな!」
「流れ……」
本人が騎士ではないと言ったものの、それにしても普段着には変な格好の人物だが十二騎士の《オウガスト》が『ムーンナイツ』に選んだ逸材なのは間違いない。その実力は今見たばかりであるし、表に見えてこない技術も相応のモノなのだと感じ、オリアナは何かを学び取ろうとするような視線をベローズに向けた。
「で? ベローズがどっちも壊しちゃったけど、いきなりお姉さんにバトンタッチしたのは何でだったのよん。」
「ん? まあカンなんだが、ピエロがおとりで本命がマネキンってするには弱すぎだろ!? あんなので俺様を倒せると思われちゃ心外ってな! たぶんマネキンがおとりでピエロが本命――あれは負け前提で俺様の動きをピエロに観察させる為の捨て駒の可能性が高い! さっき話に出た面子でこういうのを使うのは『パペッティア』だからな、俺様の行動パターンを解析した上で俺様を倒せる人形を送る予定だったんだろ!」
「なるほどん、それで一番攻撃が見えにくいお姉さんってわけねん。」
「え、ていうかそうなると……連中、かなり本気でフィリウスを倒すつもりって事じゃあ……」
ドラゴンの顔が青くなると、フィリウスが大笑いした。
「だっはっは! S級を引っ張り出す為に大将の方をフリーにしてたが、まさか俺様自身がターゲットになるとはな! ま、それはそれで話が簡単でいいがな!」
「私たちはとんだ巻き添えだがな。」
「ツレないな、俺様の『ムーンナイツ』!」
『流石にナメすぎたか。』
田舎者の青年の師匠が豪快に笑っている頃、壁一面に見るからに高価だったり貴重そうだったりする品々が並ぶガラスケースを眺めていた者が不意にそう呟いた。
「今更、遅いん、だよ……後悔したって、もう……」
『馬鹿なのか? お前らに対して言ったんじゃねぇよ。』
異様に長い脚の先で転がっている黒服の男を見下ろすのは満面の笑みを浮かべた白い仮面。白黒のピエロ服とジェスターハットを身につけた道化師はこれまた異様に長い手をガラスケースの両端に伸ばし、手の平をガラス面に添えた。そして一瞬奇妙な音が響いたと思ったら、ガラスが砂利レベルの大きさに砕けてザラザラと崩れた。
『あぁっと……これはレプリカ、これは……ちっ、二次品か。見分けもつかない奴が大事そうに飾るんじゃねぇよ。』
ガラスケースの中にあった品を一つ一つ手に取ってはぶつぶつ言いながら放り投げていくピエロの行動に、足元の黒服がギリリと歯を鳴らす。
「……それは『バンディット』の宝物……あの人の偉大さの記録……! お前みたいな、ふざけた奴が手を出していいモノじゃねぇ……!!」
『宝物だぁ? 価値もわかってねぇみたいだが? まったく、いい品を集めてるって聞いたからわざわざ来たってのに……』
「てめぇは――一体何なんだ、この野郎……!」
『手も足も出ずに転がるだけなくせに威勢はいいんだよなぁ、お前ら下っ端――おお?』
黒服が言うところの宝物を次々と床に捨てていたピエロがある品――何に使うのかさっぱりわからない筒状の何かを持った途端にピタリと動きを止める。
『は、見直したぞ、ゼペットの後期作じゃねぇか。ほとんどがあの国の美術館だからゲットできるのはもう少し後の予定だったが掘り出しモンとはこの事だな。わかるか下っ端、この先端から中央にかけて彫り込まれた芸術が。初期の頃の無駄に力の入った意味不明な緻密さから余裕が出て来て幅の広がったこの感じ、やっぱり時系列で並べるべきだよなぁ、おい。あぁ、意欲が湧いてくる……《オウガスト》なんかさっさと殺してこっちに……いや、やっぱ他の作品も集めてからの方が……こいつは悩みどころだぜ。』
急に声が大きくなって長々としゃべり出したピエロは掘り出し物らしい筒状のそれを胸元にしまい、更なるお宝がないかと物色のペースを上げた。
数分後、もういくつか収穫があったらしいピエロは黒服の脚をつかんでズルズルと引きずりながらその部屋を後にし、別の黒服やコックの格好をした者から綺麗なドレスを着た女性たちまで、おそらくはこの建物内にいた全員が集められている広間にやってきた。
『案内ご苦労。』
引きずっていた黒服を他の者たちがかたまっている場所に放り投げるピエロ。そこには見るからに屈強な者たちもいるのだが、既に戦意を失った顔でピエロと――彼らを取り囲んでいる異様な者たちに恐怖の視線を送っていた。
それはガラの悪い武装集団でも凶悪な怪物たちでもない、ただの人形。劇で使われそうなモノから少女が友達として部屋に住まわせるようなモノまで、到底強そうには見えない人形たちが、しかし人形師も抱える子供もいないのに両脚で立ち、広間に集められた者たちを見つめている。
『あんまり期待はしてねぇんだが、何も知らないで逆に普段使いしてるパターンもあるからな。身につけてるアクセサリーやら何やら、全部外して近くの人形の足元に置け。』
「ふざ、けやがって……あの人の宝物に限らず、金目のモノは全部って事かこのコソ泥が!」
「馬鹿やめろっ!」
引きずられて戻って来た黒服が声を荒げるも、広間にいた他の者たちが真っ青な顔でそれを止める。
「何ビビってんだお前ら、情けねぇぞ! オレらは『バンディット』の――」
「お前は人形のヤバさを見てねぇんだ!」
そう言って広間にいた者が指差した方――天井へと視線を向けた黒服は、その光景の異常さに言葉を失った。
それは人――おそらく人だったモノ。真っ黒に焼け焦げ、辛うじて人のシルエットを保っている十数個のそれらは昆虫の標本のように天井にはり付けにされていた。
『は! あの様って事はこいつに挑んだのか? どうせ見た目で判断したんだろ、マヌケが。』
そう言ってピエロが抱きかかえたのは並び立つ人形たちの中で一番シンプルな見た目をしている小さな子供くらいの大きさの木の人形。のっぺらぼうに長い鼻という絵に描いたような人形だが、その顔がカタリと広間にいた者たちへ向くと多くが短い悲鳴を漏らして後ずさる。
『造形美ってのは複雑さの事じゃないんだよ、素人が。この両腕はコヌクルアの魔術師と言われた男の神業で生まれた芸術……この良さがわからないとはな。おいおい、どうした? 身につけてるモンを人形の足元に置けって言ったろ? 何度も言わすなよ。』
おそるおそる、集められた者たちがアクセサリーや腕時計などを外して人形の足元に置いていくのを眺めていたピエロは――
『は、ようやくのお帰りなさいませだな、ご主人様?』
くるりと後ろを振り返り、そこに憤怒の表情で立っている男を見た。
「何だお前は……? 俺の家で何してる……」
異様に長い手足のせいで余計にそう見えるのだが、全体的に細い身体をしているピエロに対してその男は筋骨隆々。剛腕と呼んで差し支えない筋肉の塊のような両腕に血管を浮き上がらせ、広間に集められた者たちと天井の惨状を見てラフに着ているシャツやズボンを内側から隆起する筋肉で軋ませながら拳に一層の力を込めた。
『そっちの下っ端に言わせるとコソ泥らしいが、ガラクタばっかりのコレクションを前にした日には泥棒だってゲンナリだぞ、節穴の主様よ。』
「どこのどいつだから知らないが……これだけの事をしてすんなり帰れると思うなよ……!!」
『どこのどいつ? 割と目立つ見た目だと思ってるんだが、まー知らなきゃ知らないか。こいつは失礼したな、お前は『バンディット』――でいいんだよな? 本名は知らんがA級犯罪者の。初めまして、その名の通りの偽善者くん。オレはカルロ・チリエージャ。よろしくな。』
「そうかカルロ、ナメた口はそこまで――」
『おいおい、初対面でいきなり名前を呼び捨てか? まずは……そうだな、オレの通り名の『パペッティア』から初めてみて欲しいな。』
「『パペッティア』……!!」
ピエロの通り名を聞いて悲鳴に近い声をあげたのは男――『バンディット』ではなく広間に集められた者の一人。その通り名にピンと来ていない『バンディット』へ、その者は震えながら何者かを伝える。
「た、ただの人形欲しさに有力きき、貴族の家系、を、一晩で三つもほろ、滅ぼして……駆けつけた騎士を……ひゃ、百人規模の騎士団をも、ものの五分で……全滅させたっていう……頭のおかしい人形マニア……ご主人様! そ、そいつは――S級犯罪者ですっ!!」
その場の全員の視線がピエロに集まる中、当の本人はやれやれと肩を落とす。
『誰が人形マニアだ、それじゃあどこかのイカレた双子みたいなコレクターに聞こえるじゃねぇか。オレの人形は全てオレが造ったモノだ。他人の魂が宿った人形になんざ興味はない。あの時はその人形に使われてたドールアイが欲しかっただけだ、バカが。ここに来たのだって今造ってる人形に合う装飾品を――』
「お前の都合なんざ知るか……人形遊びなら家でやればいいものを、調子にのったな……!」
S級犯罪者という肩書が出ても一切ひるむことなく構えをとる『バンディット』をピエロ――『パペッティア』はケタケタと笑う。
『格付けにこだわるわけじゃないが、A級がS級に挑むつもりか?』
「学が無いようだから教えてやる、騎士連中がS級認定するのはA級より強いからじゃない。凶悪さと迷惑さが常軌を逸した狂人だからだ。文字通りの特例、例外、規格外、頭が狂ってるってだけでどいつもこいつも強いわけじゃないんだよ。」
『おおう、なるほど? 法律を無視しつつもか弱い連中を助けてお決まりの「俺たちは家族だ」とか言っちゃうお優しい『バンディット』様は人形遊びが趣味の『パペッティア』くんなんて余裕だってか?』
ケタケタと煽るように身体を揺らす『パペッティア』だったが、瞬間、完全に『バンディット』の反応速度を超えて近づいた『パペッティア』が耳元で呟く。
『おっと、思った以上に弱いんだな。』
相手がその気ならこの瞬間に自分は死んでいた。その確信が爆発寸前だった怒りと共に全力のパンチを――二本の右腕から放つ。空気か破裂するような音が響く一撃だったが、その風圧に押されるようにひらりと離れた『パペッティア』は音もなく着地した。
「ふっ!!」
だがその着地が行われた頃には『バンディット』が爆発的な速度で急接近しており、その勢いのまま今度は二本の左腕を突き出して砲弾のように突進したのだが、風に吹かれる木の葉のようにふわりとかわした『パペッティア』は空中でケタケタ笑う。
『腕を増やすのが特技なのか? なるほどなるほど、多腕っていうのはだいたい神聖の象徴、そこに集まったか弱い連中からしたら助けたお前は神様ってわけだ。だがいくら神でもいきなり敵の大将とやり合えると思うのは頭が高くないか? まずはこの辺からだろう。』
再度『パペッティア』の着地に狙いを定めた『バンディット』だったが、その正面に一体の人形が立ちふさがる。
「!! ふざけてんのか……!」
それは全身に甲冑をまとって巨大な剣を手にした騎士――を模した木の人形。小さな子供が騎士ごっこをする時に使いそうな木製の剣を少しばかり大きくしただけのそれを構える人形を前に、『バンディット』の怒りは更に膨れ上がる。
「剣ってのはこういうのを言うんだぞ!」
まるで手品のように四本の腕それぞれにカットラスを出現させた『バンディット』はその剛腕で四つの刃を振り下ろす。だがそれらは木製の騎士が構えた木の剣に、どう考えても金属音を響かせながらあっさりと弾かれた。
「――!! 木を強化するなんざ、バカみたいな事しやがって!」
木で出来た人形を完全武装の騎士として認識し直した『バンディット』が力強く、かつ美しさを感じる華麗な四刀流で攻撃を仕掛ける。素人目に見ても達人の動きだとわかる『バンディット』の攻めを前に、しかし広間に集められた『バンディット』を信頼しているはずの面々から応援の声などはあがらず、絶望的な顔を向けるのみだった。
「ぐっ!」
そんな不安を通り越した諦めの空気の中、人形だからと言って異常な動きをするわけでもない木製の騎士は純粋な実力差で『バンディット』の身体に赤い線を刻んでいく。
「――! くそ、お前がそこから操ってるってわけか、ピエロ野郎!」
『んん? 離れたところから見てるオレが動かしてるから『バンディット』様の動きがよく見えて一歩有利に攻撃できてる――とか思ったのか? 自分の弱さを他人のせいにしてるとこ悪いが、その騎士は自動人形だ。オレは何もしてないし、そもそもそっちの戦闘に興味はない。』
広間の者たちから集めた装飾品を一つ一つ吟味しながらそう言った『パペッティア』に怒りのこもった視線を送ったその一瞬、木製の騎士の大剣が『バンディット』の片腕――二本の右腕を斬り飛ばした。
「――っああああああ!!」
大量の血を噴き出しながら転がる『バンディット』をちらりと見た『パペッティア』は、木製の騎士を自分の横にこさせた。
『ほほー、さすが『バンディット』様だ。見ろここ、刃こぼれならぬ木こぼれが起きてるぞ。』
木製の剣の一部が欠けているのを指差して笑う『パペッティア』に、『バンディット』は痛みと怒りを噛み殺しながら懇願する。
「ぐ……わかった、お前は――お前の方が強い……宝も、くれてやる……! オレの命もとってもいい! だがこいつらは見逃せ! 殺す理由はないはずだ!」
『古今東西、そう言って見逃してもらった端役がいたか調べて欲しいし命令口調なのもどうかと思うが、別に殺すなんて一言も言ってない。お前の言う狂人集団のS級犯罪者は全員が人殺しが大好きな奴だとでも?』
「そ、そう――」
ここに来て初めて怒り以外の、少しばかりの嬉しさが『バンディット』の顔に出た瞬間、広間に集められた者たちの四分の一ほどの上半身が消滅した。
「きゃああああああああ!」
噴水のような血が部屋を赤く染めて悲鳴がこだまする中、凍り付いた表情の『バンディット』も騒ぐ者たちも見ずに手にした宝石を注意深く見つめる『パペッティア』はぶつぶつと呟く。
『そもそも考え方が間違ってるんだよな。殺すって言葉はだいたい人間の命を奪う時に使うだろう? 森の中に入って足元の草花を踏む時にそれを殺してるなんて認識する奴はいないように、同じ命を奪う行為でも対象によって犯罪たる殺しか家畜の屠殺か害虫の駆除か、色々と違いがある。』
バタバタと倒れる大量の下半身がまた次の瞬間に消失し、広間の者たちは狂乱状態の中、まるで何かを咀嚼するかのようにモゴモゴと口を動かしている派手な色合いの犬の人形を見つけた。
『前に聞かれた事がある、何でお前ら犯罪者はそうも簡単に人を殺すのかと。さっきも言ったがどいつもこいつもが殺人大好きっ子じゃない。要するに、お前たちが罪だなんだと文句を言うアレを人殺しっていう行為だとは思ってないんだよ。もっと言えば、お前らを人とは思ってない。部屋に虫が入ってきたら潰すだろ? 花壇に雑草が生えてきたら引っこ抜くだろ? そんな当然の事にどうしてなんて聞くんじゃねぇよ、バカが。』
残りの面々の半分の上半身が消え、下半身が消え、最後の者たちの声も消え、気づけばたくさんの人形と『バンディット』だけになった広間に、『パペッティア』の呟きだけが聞こえる。
『殺すなんて言ってない。その言葉を使う対象じゃない。今回で言えばオレの人形の食事にするってだけ。全ての人間が殺す殺さないで語るような素晴らしい存在だと考える方がどうかしてる。だからそう、オレが今からするのが殺すって事だ。』
宝石から顔をあげた『パペッティア』のピエロの顔に心底恐怖した『バンディット』の身体が不意に起き上がって、空中で固定される。何が起きたのかと自分の身体を見た『バンディット』は、腰や腕に細い糸が巻き付いている事に気がついた。
『造りが未熟だの頑丈にしないのが悪いだの言いそうだがそういう問題じゃない。今日は二体を壊されて一体に傷をつけられた。オレの人形によくもやってくれたな?』
「な、なんだこの糸は――俺を人形にでもする気か!」
『は? お前ごときがオレの人形のパーツになれるとでも? オレは人形師、糸をはる理由なんざ一つだろうが。』
広間にいた全ての人形が宙吊りの『バンディット』の足元に集まり、見上げる中、突然『バンディット』の残った二本の左腕が自身の頭を左右から挟み込んだ。
「!?」
『腕の数は関係ない、人の形をしているならオレの専門、操るのは簡単だ。』
「何を――がっ――ああああああああああああ!!」
ミシミシと、その剛腕から出力されるパワーに『バンディット』の頭部が変形していく。
『人殺しは別に好きじゃないが恨みのこもった憂さ晴らしくらいはそれなりにする。』
「あああああああああああああっ!!!」
瞬間、部屋に響いていた叫びが途切れるのと同時に最後の血しぶきが噴き上がった。
「くっそ……あのハゲ……」
熱にうなされるというのとは少し違い、まるで死体のような顔色の悪さでとにかく気分悪そうにそう呟いたのは一人の女。普段であればオールバックにしている髪をぐしゃぐしゃにし、ラフなジャージ姿でソファに転がっている。
「どんな感じだ、未来の魔王軍兵器開発部隊長は!」
「毒ですねぇー。量はちょびっとだけどけっこー強めかなー。ほっとけば明日には死んでるレベルだけど、この人自分の魔法でちょっとずつ解毒してってますよー。」
そしてソファの傍に立つ二人――装飾過多な服を着て頭から牛のような角を生やしている大男と、身体のあちこちで筋繊維が剥き出しになっている女がそんな会話をしていると、苦しそうな女が大男に尋ねる。
「おい『魔王』……お前のあの、『魔王印』とかいうの……持続時間はどれくらいだ……」
「はっはっは、ワガハイを誰だと思っている! そんなもの、ワガハイが望む限り永遠よ!」
「そうか……なら少しそのままにしておけ……あのハゲも他の奴も、アタシが……」
そこまで言ってまるで息を引き取るかのように気を失った女を眺め、大男――『魔王』は「ふぅむ」とあごに手をあてる。
「何を考えている?」
小難しい顔で何かを考え始めた『魔王』とそれをワクワクした顔で見上げる女に、部屋の入口から別の女が声をかける。普段なら色の異なる着物を幾重にも重ね着した派手な格好をしているのだが、質素な和服に割烹着をまとって床に広がるほどの黒い髪をくるくるとまとめた状態でおぼんにのせた鍋を運ぶその女を数秒見て、『魔王』は真面目な顔で尋ねる。
「誰だ?」
「お前が未来の魔王軍の料理長にしたがっている女だ。」
「なんだと? 『マダム』か!? 逆の意味で見違えたぞ!」
失礼極まりない事を言って大笑いする『魔王』を横目に、割烹着の女――『マダム』はソファで死んだように寝ている女のところまで移動し、鍋の中身のおかゆのようなモノをぐるぐるとかき混ぜる。
「『魔王印』だったか? それで『ディザスター』の居場所――『紅い蛇』の拠点に行けるようになったお前は、何をしようとしている?」
ドロリとしたそれをおたまにすくい、ソファで寝ている女の口を開けて無理矢理流し込んで口を閉じる。咳き込みながら目を覚ますかと思いきや、ゴクリと喉が動いてソファの女はそれを飲み込んでいく。
「うむ、それなのだが――いや待て。居場所を突き止めた事がお手柄のような雰囲気で話しているが、一度赴いて連中の一人と戦ってきたのではなかったか?」
「あれは一度限りだ。あいつらの拠点は『世界の悪』がその場所に家を建ててからずっとそこにあり続けているが、その場所を知った者がそこに行けるのは一度のみ。二度目は別の情報源からその場所に関する事を知らなければならない。そういう意味の分からない魔法がかかっているんだ、あの場所には。」
一切の抵抗なくおかゆのようなモノを飲み込んでいくソファの女の口へ次々とそれを流し込みながら『マダム』は話を続ける。
「だからお前も、例え『魔王印』がその場所ではなく『ディザスター』を追うモノだったとしてもあの場所に一度でも行ってしまうとその魔法がかかり、『ディザスター』がそこに引きこもる限り場所は知っているはずなのに辿り着けなくなる。」
「ほほう、迷いの森というわけだな? 魔王城にふさわしい魔法だ! あとで作れるか試すとしよう!」
嬉しそうな顔を『魔王』が筋繊維剥き出しの女に向けると、女はこくりと頷いて空間に溶けるようにその場から消えた。
「未来の幹部の獲物を横取りする気は無いが、そういう事であればこの貴重な一回はワガハイ自身の為に使うとしよう! あの老人以外にも仲間はいるのだろう? 幹部候補として一度見ておきたい! ワガハイがここにいるのはその為なのだからな!」
「獲物という意味なら『バーサーカー』の標的は連中全員になるのだが……まぁ、お前は何を言っても止まらんだろうからその貴重な一回をもっと慎重に使えという文句は意味がないんだな?」
鍋の中身を全て食べさせた『マダム』は不機嫌そうではあるが諦めの混じった顔を『魔王』に向ける。
「当然だ! ワガハイは魔王だぞ!」
「それが理由というのは意味が分からんが、ならばせめて一人か二人を始末する……か、部下にするかしてしまえ。そしてもしも、可能であればアフューカスにもダメージを与えてこい。」
「ダメージ? はっはっは、正直その女に興味はないが仮に遭遇して戦う事となった場合はそれで終わり、打倒『世界の悪』で集められたワガハイたちの目的達成となろうぞ!」
「残念だがそれは無い。純粋な強さと暴力で殺せるならこの前やっている。殺す為に必要な条件としてアレを上回る強さが必要なのは確かでお前はその領域に入れると思っているが、完全に殺すには下ごしらえがいるんだ。理屈は小難しいゆえに話すのが面倒だが、ただそういう存在なのだとだけ認識しておけ。」
「城も奇怪なら主も奇妙か! なるほど、偽魔王を名乗るだけはある。だが特殊な何かが必要だとしてもワガハイの魔王力であれば難なく打ち砕ける! どう考えても勇者ではないその者にワガハイが負ける事はあり得ないのだからな!」
自信満々に笑った『魔王』はドカドカと部屋を後にし、残った『マダム』は明らかに顔色が良くなっているソファの女を見下ろしながらため息をつく。
「揺るがない意思、魔王であるという確信がアレの強さの理由だろうな……『世界の悪』と『魔王』の一戦とは、勇者がいるなら目覚めるのが遅すぎる展開だな。」
「そ、そんな事になっていたのか……」
「当たり前だろう。ミラは吸血鬼なんだぞ。」
「レギオンマスター総出だぜ? 見た事ねぇよ、あんなの。」
「これはいけませんね兄さん。今日から自分のところで寝起きしましょう。」
「ふふふ、大丈夫ですよ。我が国にとっては利益に繋がる事ですから。」
スピエルドルフで過ごす冬休み。エリルたちがそれぞれの実家に帰り、オレとパムとミラちゃんはそういえば全然会えていなかったユーリとストカを交えておしゃべりをしていた。
二人はミラちゃんの護衛官で……普通の国とちょっと違うというか逆なのだが、護衛と聞いたら前提として実力のある人がやるモノだが、スピエルドルフでは王が最も信頼する人物――言ってしまえば友達を王の護衛ができるくらいに強くするという方針をとっていて、二人は日々厳しい訓練を受けている。オズマンドやこの前の『フランケン』、そして火の国での騒動と、二人の強さは既に上級騎士――セラームにも匹敵するというか下手すればそれ以上なのだが、それでもこの国ではまだまだ半人前というのだから、やっぱり魔人族は格が違う。
ともかく、そんなわけで毎日修行中の二人だから中々会えないのだと思っていたのだが、どうやら全く別の理由だったらしい。
「とにかく俺らは一晩中樽にエネルギーを詰め込んだり壁を押さえたりでクタクタだったんだぞ! ヨルムさんのしごきで疲れてんのに!」
「レギオンメンバーたちもグッタリしていたからな……きっとスピエルドルフの歴史上、あれほどの人数が戦闘不能にさせられたのは初だろう。」
吸血鬼という種族は愛とか恋というモノを力に変える種族で、だ、だからミラちゃんは……オ、オレとアレコレしていると自然と力が増していくわけで……ととと、特に一緒にね、ネテイル――ときが凄まじいらしく、ここ数日の間、毎夜毎晩対処しないと城が崩壊しかねないほどのエネルギーが放出されていたという……
と、というかつまりミラちゃんが……そそ、そういう状況だという事が周囲に丸わかりというわけで、即ちオレが……あぁ、そう考えるととんでもなく恥ずかしい……!!
「スピエルドルフにおいては王が甘い夜を過ごす際に漏れ出たエネルギーを外部で回収するというのは珍しい事ではありませんし、その為の道具などもあるのです。ちなみにロイド様の愛によって生じたワタクシのそれは過去に記録がない規模という事ですから、ワタクシとロイド様の繋がりが歴代最強という証明になりました。」
そう言ってニッコリと……ミラちゃんの部屋でパムたちが椅子に座ったり壁に寄り掛かったりしている中でベッドに座っているというか座らされたオレの膝の上に頭をのせてオレを見上げているミラちゃんがそれはそれは嬉しそうに笑った。
「そそ、それはヨカッタヨ……で、でもそんなすごいエネルギーを……れ、歴代の王様や女王様たちのもそうだけど、か、回収して何に使うの?」
「それは……ふふふ、そうですね。これは未来の王であるロイド様には以前にも一度お話している事ですし、何かを思い出すキッカケになるかもしれませんね。」
「えぇ?」
「例えるなら人間で言うところの侵攻対策でしょうか。このスピエルドルフにも悩みの種があるのですよ。」
「侵攻? そんな馬鹿な。」
と、驚いた顔で言ったのはパム。
「あれは魔法生物が住処や食料を探して移動した結果目的の場所に人間の村や町があった際に自分たちの力で落とせると判断した時に起こす襲撃です。その判断基準は魔法を扱える存在の数や質――だからこそ常駐している騎士などが少ない地方の村々が被害に遭いやすく、大都市では起きないのです。魔人族は人間は勿論、魔法生物よりも魔法に長けているわけですから、侵攻が起こるはずがありません。第一ここには鉄壁に夜の魔法があるじゃないですか。」
「ふふふ、色々と前提が違うようですね。」
ゴロリとオレの膝の上で顔の向きを変えたミラちゃんの動きにくすぐったさを感じながら、パムと一緒にミラちゃんの話を聞く。
「どの検問所を通ってもこの首都ヴォルデンベルグに移動する事になりますし、外から見た夜の魔法の大きさと実際の国の広さは異なりますから誤解が生じやすいのですが、スピエルドルフもそれなりの国土を持つ国です。野生の魔法生物はいますし、小さな村や町もあります。そして国内に生息している魔法生物の強さは人間が目にするそれらの数倍、状況としては「地方の村々」と変わらない場所もあるのです。ただ、ワタクシが言いたかったのは侵攻ではありません。例えるなら、と言っただけですよ。」
「……確かにいくつかの前提を今ひっくり返されましたけど……ではこの国には侵攻のような……いえ、それ以上の困り事があるのですね?」
「ふふふ、さすがロイド様の、そして未来のワタクシの妹です。鋭いですね。」
「だ、誰が未来の――」
「実はこの国には、今にも死にそうだというのに何百年も死に損なっている『神獣』がいるのです。」
しんじゅう……『神獣』……? なんだかすごそうな名前が出てきたけど知らない単語だな――と思いながらパムを見たけど、パムも初めて聞く言葉だったようでピンと来ていない顔をしていた。
「ふふふ、普通は知るわけもない存在です。人間と同じ理由でこの場所に国を作ったはいいものの、魔人族が集結した事が刺激となってしまい、おそらくは最後の一体がか細く生きてしまっているからこそワタクシも知っているだけですから。」
「えぇっと……名前からすると、なんだか物凄く強い……魔法生物か何かなのかな……?」
「イメージはそれで良いですが、「物凄く強い」の部分はロイド様の想像以上でしょう。ワタクシたち魔人族から見てもその表現では足りないくらいの超越的な存在ですからね。」
「そ、そんなに……!?」
「魔人族や人間がまだいなかった遠い昔にこの世界を支配していた生き物、それが『神獣』です。まぁ、支配と言ってもワタクシたちほどの知能は無かったので食物連鎖の頂点に君臨していたという意味合いですが、その力は天地を変えるほどでまさに神の如き能力を持っていました。」
「ぜ、全然イメージできないや……でもさっき最後の一体って……」
「どれほど超越的であってもやはり生き物、生命には限界があったわけですね。多くの個体が息を引き取り、その身体を自然へと還していきました。世界にはマナの流れが普通と異なる場所があり、その恩恵を目当てに大都市が造られる事が多いですが、あれは『神獣』が息を引き取った場所でして、結果として人間たちはそうとは知らずに国や都市を『神獣』の死骸の上に作っているのです。フェルブランド王国の場合はどういう自然のいたずらか、中でもかなり強い部類の『神獣』の骨が化石として残っている土地の上に城を建てて国を広げていったようですから、魔法に長けた優秀な人間が生まれやすくなっているのかもしれませんね。」
「え――えぇっ!?」
「ちょ、ちょっと待って下さい、何ですかその情報は!」
さらりと明らかになる事実――『神獣』の骨!? その上に王城が!?
「おそらく国王やごく一部の人間は知っている――いえ、代々受け継がれている情報のはずですよ。化石が厳重に管理されていると内部にいるレギオンの者から報告がありましたから。もっとも人間では近づいただけで死にますから遠目に柵を立てたくらいの事でしょうが。」
「ごく一部だけが知っているような国の機密をあっさり調べてそれをあっさり自分たちに話してしまって……どこからつっこめばいいのやら……」
ふらりと頭を抱えるパム……んまぁ、ミラちゃん――というよりはスピエルドルフのみんなって割とこんな感じだからみんなの行動や反応には慣れているけど、まさかそんな存在の……化石? の上にお城が建っていたなんて……
「そしてスピエルドルフも、建国の場所として『神獣』の影響で良い力が満ちているこの場所を選んだわけですが、魔人族が集まった事で死の眠りに入ろうとしていたのか入っていたのかわかりませんが、この土地に横たわる『神獣』を起こしてしまったのです。」
「えぇっと……話を聞く限りはミラちゃんたちでもどうにもならない相手なんじゃ……」
「死にかけだからこそ何とかなっている状況ですね。歴代の王たちは愛の力で爆発的に力を上げる度、『神獣』にそのエネルギーをぶつけてきました。何百年かかるかわかりませんが、その常軌を逸した生命力を削り切る為に。かく言うワタクシもロイド様から愛を受ける度に『神獣』を攻撃していましたが……ふふふ、いつ終わるかわからなかったこの戦いはこの休暇の間に終わるでしょうね。ロイド様の愛によって膨れ上がる力が最高潮を迎えたなら、ワタクシの最大の一撃でおしまいです。」
満面の笑みを下から送って来るミラちゃん……!
「そうか……そういえば……」
「お、おう! どうしたんだユーリ!」
熱い視線に色々我慢できずユーリの呟きに反応すると、ユーリはそんなオレの内心を見透かしたようにニヤリとしながらミラちゃんの部屋の壁に飾られている地図――スピエルドルフの地図を指差した。
「ロイドが初めてこの国に来たあの時、ミラが国を案内すると言って首都以外にもあちこち行ったのを思い出した。どうだロイド、他の街の記憶はあるか? あれはほとんどミラとのデートだったから、関連性から言って忘れているんじゃないか?」
「他の街……」
オレがスピエルドルフで過ごしたはずの一年間を数週間程度しか覚えていないのは、恋愛マスターの力によってその時の……た、たぶん好きな女の子でコイビト的な関係だったミラちゃんの存在を忘れてしまった影響。つまりミラちゃんと関わりの深い物事ほど忘れているわけで……確かに、スピエルドルフにはこの首都以外にも街がある事を知っているし行った事もあるような気がするのだが風景などが全く出てこない。
「良い思いつきですねユーリ! 未来の王としても他の街へ赴く事は大切ですからね! デートです、デート!」
膝の上からガバッと起き上がって抱き着いてくるミラちゃんに押されてベッドの上に転がるオレ……! 柔らかな感触やいい匂いに包まれながらも全力で頭を冷静に……クールにっ!!
「ソソソ、ソウダネ! 行った事のある場所に行くっていうのは刺激が大きそうだし、きっと色々と思い出セルヨ!!」
「お! つまり遊びに行くって事だな! 俺らも行くぜ! ロイドの記憶の為って言えば修行も休みってもんだ!」
「……割と普通にその理由で休みになりそうなのが面白いな……」
「国内を巡るというのは良いと思いますがまずは兄さんから離れて下さい!」
一応この魔人族の国の女王様であり、これまた普通の国とは違ってこの国で一番強いミラちゃんに躊躇なく飛びかかる我が妹……
デ、デート……はともかくとして、記憶を思い出すキッカケとしてはかなり効果が期待できると思うし、が、頑張るぞ……!
「あらあら、夜の国火の国と来て今度は神の国? 波乱万丈な学生生活ね! でもロイドくん争奪戦こそがエリーの戦場よ? だからお姉ちゃんに話していない事を全部話すの! そしたらお姉ちゃんがあの手この手の戦略を伝授するから!」
ロイドをあの変態女王のところに残して帰ってきちゃった実家。色々気がかりだったんだけど戻ると同時にお姉ちゃんに捕まってあれこれ心配するヒマがなくなった。
お姉ちゃんはこのフェルブランド王国にこの人ありって言われるような……やり手? の外交担当。騎士の証で強さの源でもあるイメロ――イメロロギオが採れる唯一の国……じゃない気もするけど、世界中が取引をしたがってるそことあっさり契約を結んで採掘権の三分の一を手に入れたとかなんとか……それがどれくらいすごい事なのかは正直ピンと来ないけど、今やお姉ちゃん――カメリア・クォーツの名前は世界中に轟いてる。
「べ、別にいいわよ……そ、それにお姉ちゃんは忙しいんじゃないの? ここであたしと話してていいの?」
「あらあら、エリーったら私には冬休みなんか入らないで働けって言うのね? ロイドくんとの婚約をより確実強固なモノにしてこいと。」
「そんな事言ってないわよ!」
「うふふ、私にだって休暇はあるってだけよ。そしてどうせなら可愛い妹が帰って来る時にタイミングを合わせるわ。」
「そ……」
正直、この家で普通に話せる相手ってお姉ちゃんか、あたしに戦い方を教えてくれたアイリスぐらいだからいてくれて良かったんだけど――あれ、そういえば……
「アイリスはいないの? 帰って来てから一度も見てないけど。」
「アイリスさん目当てのお客さんとお話し中よ。より正確には《エイプリル》にって感じね。」
この家に仕えてるメイドの一人、アイリス・ディモルフォセカ。代々護衛を兼任する使用人を育ててきた家の出身で、力試しに十二騎士トーナメントに参加したら有名な騎士とか傭兵たちを次々と蹴散らして当時の《エイプリル》にまで勝利して、たぶん史上初、十二騎士になったメイド。
十二騎士は別に騎士でなくてもなれるけど、普通に考えて戦う事を本職にしてる騎士に勝てるわけないから基本的に十二騎士の称号を受けるのは騎士がほとんど。なのにメイドなんかにそれを奪われたって、しばらくは第四系統の使い手の騎士がバカにされて、その影響もあってアイリスへの敵視もすごかったんだけど、その圧倒的な強さを前に認めざるを得なくなって……今となってはメイドがどうこうって言う人はいない。
王族のあたしが騎士になる……こんな事を考えたキッカケの一つは、間違いなくアイリスなのよね。
「《エイプリル》って事は誰かが挑戦しに来たとか? それか……十二騎士に応援要請、みたいなの?」
「後者の方よ。赤の騎士団からのね。」
「赤の騎士団!?」
どこの国にも属さない……いえ、いくつかはどっかの所属だったかしら……とにかく、十二騎士がみんなが憧れる世界最強の十二人なら、こっちはたくさんの騎士がそのメンバーになることを夢見る六つの騎士団。六大騎士団って呼ばれるそれの内の一つが赤の騎士団『ルベウスコランダム』。アンジュの師匠のフェンネルがそこの元メンバーだったらしくて……火の国での騒ぎで戦いを見たけど、引退してあの強さなんだからやっぱり六大騎士団は格が違う。
「六大騎士団が《エイプリル》に協力要請って、なんかただ事じゃなさそう……」
「そうねー、きっとどこかのS級犯罪者とかをやっつけに行くんだろうけど、アイリスさんが出向くことはないわ。あるおうちにお仕えしてるメイドさんに参戦のお願いだなんて、お肉屋さんにお魚を買いに行くようなモノだもの。」
いつもニコニコしてるお姉ちゃんがたまに見せる、たぶん外交官カメリア・クォーツとしての顔でそう呟くお姉ちゃん。きっと赤の騎士団が来た理由とかも全部知ってるんだわ……
「エリーも気をつけるのよ? フィリウスさんの事だから堂々と『ビックリ箱騎士団』の名前を使いそうだし、あの『フランケン』と関わったってなると色々と大変なんだから。いくら可愛い弟子の修行の為とは言え、ちょっと文句を言わないといけないわね。」
「お、お姉ちゃんどこまで知って……その、『フランケン』ってそんなにヤバイ奴だったの……? 人間やめた感じのロボットだったけど……」
「んー、あんまりこーゆー話を妹との楽しいひと時にしたくないんだけど、こればっかりは知っておいた方が良さそうだから仕方なくしぶしぶ嫌々教えるわね?」
本当に嫌そうな顔でお姉ちゃんは説明する……
「『フランケン』は世界で一番強くなる為に身体を機械に改造して色んな兵器を埋め込んでるネジのとんだ技術者なんだけど、研究費用を稼ぐ為に兵器の「失敗作」を売っててね。それが他の悪人からすればそれ一つでのし上がれる「超兵器」だったものだから自然と『フランケン』の作品は一級ブランドとして裏社会で取引されるようになったの。国や街に境界や勢力があって色んな事でにらみ合ってるように裏社会にもたくさんの派閥があって、『フランケン』の兵器をいくつ持ってるかって事がパワーバランスに直結するくらいにあの犯罪者は影響力の大きい存在だったの。しかもその前には『奴隷公』も行方不明になってそれにもフィリウスさんと『ビックリ箱騎士団』の名前がくっついちゃって……正直フィリウスさんが十二騎士じゃなかったらエリーたちは四六時中悪人に狙われちゃうような状況なのよ?」
「そういえば『右腕』とかいうのもそう言ってたわ……裏の世界のバランスがどうとか……」
「『右腕』? あらあら、またまたとんでもない名前が出てきたわね。」
「……もしかしてこいつも裏の世界の大物とかそういうのなの……?」
「一応、『フランケン』や『奴隷公』に比べたら「ただの」S級犯罪者よ。最近は大人しくしてるみたいだけど一昔前、暴れてた頃はどうしようもなかったって話ね。強すぎて。」
「そんなに……?」
「私は魔法に詳しくないから騎士がまとめた内容を知ってるだけだけど『右腕』――本名、リグ・アルムは自身を構成する数値化可能な事象をそれぞれの変換率でエネルギーとし、それを右腕に集約させるっていう魔法を使うらしいわ。」
「……どんな魔法か全然わかんないわ……」
「そうね、例えば体重とかかしら。七十キロならその「七十」っていう値を元にしてエネルギーを生み出すの。年齢でもいいし持ち上げられるダンベルの重さでも髪の毛の本数でも、とにかくリグ・アルムって男のプロフィールをどんなに細かくてどうでもいい項目でもいいからとにかく全部並べた時に数値として表現されるモノは全てエネルギーの元になるのよ。変換率はその数値がどれだけ凄くて価値のある事かっていう基準で決まるみたいで、髪の毛十万本と年齢一歳分じゃ年齢から得られる力の方が大きいらしいわ。」
「そうやって集めたエネルギーが……凄すぎるから強いってこと?」
「そういうこと。一人の人間が持つ無数の要素を集結させているわけだから、そのパワーは尋常じゃないみたいで……そうね、エリーにイメージしやすいモノだと……昔フィリウスさんの渾身の一撃を上回った事があるとか。」
「フィリウスさんを……!?」
全ての攻撃をかわし続けて、ためにためた一撃で全ての敵を倒してきたフィリウスさんのパワーを……!?
「とはいえ弱点……というか欠点もあって、全てを右腕に集める代わりにその魔法を使っている間は他の箇所が信じられないくらいに弱くなって、背中を軽く叩かれるだけで致命傷になるらしいわ。」
「え……? そんなの……」
「そう、もしもリグ・アルムだけだったら「どうしようもない」なんて事にはならなかったでしょうね。でもこいつにはその欠点を補う仲間がいるの。本人が言うには妻らしいから、エリーにとってのロイドくんみたいな色々な意味でのパートナーって事ね。」
「――!! あ、あたしたちは――て、ていうかお姉ちゃん、こんなに犯罪者に詳しかったのね……!」
「詳しくなったのよ。可愛い妹がお姉ちゃんを守るんだって言って騎士になるんだもの。あら、おかえりアイリスさん。」
大きなため息をついたお姉ちゃんは、あたしたちが座ってるテラスのテーブルに新しい紅茶を運んできたアイリスに手を振る。
「ただいま戻りました。」
「やっぱり赤の騎士団からの協力要請だったのかしら? 因縁の相手なのに他から力を借りるって事は、確実に倒すつもりみたいね。」
「要請は要請でしたが先ほど済みました。あちらが持参しましたマジックアイテムに熱の魔法を込めて欲しいというお願いだったので。」
「あら、そんな事……いえ、《エイプリル》の魔法を欲しがったって事はそれなりの使い道なのでしょうね。一人でも多く犯罪者がいなくなれば私も安心できるし、頑張って欲しいわね。」
やっぱりお姉ちゃんは赤の騎士団が何をしようと――いえ、誰に挑もうとしてるのか知ってるのね……お姉ちゃんの情報網がどうなってるのか本当に不思議だけど……とりあえず毎回色んな事に巻き込まれるロイドはスピエルドルフだし、そっちは安心していいわよね……
……どっちかっていうとカーミラが何するかって事が心配だわ……
「さあさあ暗いお話はおしまいよ! 私は結婚式のスピーチもするんだから二人の間に起きた事は全部知っておかないと!」
「お姉ちゃんっ!」
「あれー? センセーってそんなんだったっけ? ちょっと若返った?」
「よくここがわかったな。それと何度も言っているが私は先生ではない。」
「うちの学校の先生に似てるんだよー。こう、雰囲気がね。」
どこかの国のどこかの街。賑やかな大通りに面している大きな服屋の二階。その店のオーナーの部屋らしい場所で鏡を前に服装を整えていた男は、いつの間にか部屋の中に立っている制服姿の女にあまり驚いていない顔を向けた。
「やー、騎士にやられたって聞いた時はショックだったよ? わたし常連さんだったから。奴隷の商売はもうやんないの?」
「偶然とは言え行方不明で最悪死んでいると噂される立場になったから、これを機に細かい雑事を消化している。もっとも、こうして居場所を突き止められてしまうのでは大人しく営業再開するべきかもしれないが。」
「大丈夫だよー、他の人には無理だろうから。あーでも、ついうっかり誰かにしゃべっちゃうかもしれないね?」
「下手な脅しだな。ご注文は?」
「情報っていうか、ただの興味なんだけどね。センセーとわたしって似た趣味してるから気になっちゃって。」
「芸術家になった覚えはないぞ。」
「わたしは作る方でセンセーは探す方ってだけだよ。」
「よくわからないが……まぁいい。何を知りたい。」
「センセーが騎士にやられた理由――ていうかキッカケ?」
両手を背中にまわし、ゆらりゆらりと男の方に近づきながら女は言う。
「『世界の悪』をなんとかしなきゃって言ってA級犯罪者たちが協力して何かしたってのは聞いたけど、どう考えてもセンセーは自分が前線に出るタイプじゃないでしょ? 自慢の戦奴隷を使えばいーはずなのにわざわざ表に出てったのはどーしてなの?」
男の目の前まで来た女が上目遣いに送る視線は、異性間で起こる甘酸っぱいそれではない狂気渦巻く両目で相手の心を覗くかのような恐ろしいモノだった。
「もしかして久しぶりに見つけちゃったんじゃないの? 人間観察が大好きだけど色々と飽きてきてたセンセーの興味をそそる誰かさんをさ。」
「似た趣味……そう思っているならば私がその質問に答えると思うか? 久しぶりに見つけたモノを他人に渡すと?」
鼻と鼻がぶつかりそうな近距離で、しかし互いの黒い狂気が交差するにらみ合いが続く事数秒、女はニッコリと笑って男から離れた。
「とりあえず元気そうで良かったよ。また色々頼むからよろしくね、『奴隷公』さん。」
「格別のお引き立てに感謝だ、『シュナイデン』。」
ピンと伸ばした人差し指で何もない空中に十字の線を描く女。すると空間が切り開かれ、女が手を振りながらその中へ入ると空間が閉じ、部屋の中に静寂が戻った。
「……全く、状況が状況だから我慢しているというのに衝動が湧き上がってしまう。」
大きなため息をしながら胸ポケットに手を伸ばした男は、取り出した写真を見つめて少し眉をひそめる。
「……この逸材、恐らくあの女も気に入るだろう……困ったモノだ……」
騎士物語 第十二話 ~趣味人~ 第一章 人形師の品評
まだ全員登場していなかったフィリウスこと《オウガスト》の『ムーンナイツ』が一人判明しましたね。他の面子もはじけた人たちでしょうから、楽しみです。
人形師の『パペッティア』ですが実はとある設定がありまして、それを書く時が楽しみなのですが今のところそこに至る事がないような気がして困っています(笑)
ひとまず、ずっと前から決まっていてあちこちでそれっぽい事をチラリチラリと見せていた「とある事」を明らかにするのが今回のお話の目標で、それに向かってフィリウスやS級犯罪者たちが暴れ回る予定です。