この家には亡霊がいる 18
すでに投稿済みの『再会』は本編を5000字以内に改筆したものです。
再会 1
瑤子の父親が亡くなった。
父は海外出張中で、葬儀には僕が行かざるを得なかった。
かつて瑤子を送った道を、亜紀と彩を乗せて走る。
思い出したくない彼女とのこと。しかし葬式だ。父親が亡くなったのだ。失意にある女を亜紀も責めはしないだろう。
僕も平静を装う。5年も経っていた。
僕たちは目を合わさなかった。5年経っても歳を取らない。薄化粧の喪服の女、恋人らしき男もいない。
帰る間際、瑤子は畑に僕を呼び出した。都会的な女が畑で野菜をもいでいた。
「まだ怒っているの?」
「……」
「結婚するんでしょ? あの男みたいな子と」
「ああ」
「おめでとう」
「……」
「喋っちゃおうかな。エーちゃんと……」
「……喋ってみろよ。父に打ち明けてやる。父の身代わりにされたって。父はどうするだろうな……」
「……もう許してよ」
「そっちから言い出してきた」
「乳癌なの」
「え?」
「癌なの。死ぬのよ。だから許してよ」
「嘘だ」
「英輔さんに会いたかった。最後の望みも叶わなかった。私のお葬式には来てくれるかしら? 泣いてくれるかしら?」
瑤子の目から涙が溢れた。
「本当なのか?」
「……」
「本当なんだな? 手術は?」
「するわけないでしょ」
「バカッ」
「もう遅いの」
「どのくらいだ?」
「すぐよ」
「……父にそばにいてほしいか?」
「坊やでもいい。そばにいて。手を握っていてほしいわ」
「……」
「……」
「身代わりか? いいのか? 父に話す。望みを叶えてやる」
「やめてよ。嘘よ。冗談よ。まったく、人がいいんだから……」
平気で嘘をつく女か? それとも……
「やめてよ」
胸を直にさわられ瑤子は白状した。
「嘘よ。あんまりつれないからからかったの」
「なんて女だ」
「ごめんね、坊や。哀れな女を許して」
「ホントに嘘なんだな」
「ホントよ。もっと確かめる?」
「なんて女だ。いいかげんに忘れろよ」
「出張から帰ったら、きっとお線香あげに来てくれるわ」
「亜紀と一緒にね。亜紀はなんでもお見通しだ。もう過去にしろ」
瑤子は声を上げて泣いた。父親を亡くしたばかりだ。
憎い女、憎い瑤子を抱きしめた。胸を貸す。声を貸す。
「瑤子、特別サービスだ」
2度とこの声を聞かすまいと思ったが……憎めない女。哀れな女。
「もう俺のことで人生を無駄にするな。俺は、どうしようもない男だ。弱くて情けない……だらしない、無神経で……亜紀がいなけりゃ生きていけない。亜紀が怖くて浮気なんてできないんだ。それに……もう60だよ。もう……勃たない」
瑤子は吹き出し、笑いながら僕の胸を叩いた。
亜紀の乗った電車が雷の影響で止まった。彩の試験勉強をみていた僕は迎えに行った。
亜紀は若い女とふたりで長蛇の列のタクシー乗り場から離れて待っていた。ごった返したタクシー乗り場。こんな状況なのに楽しそうに話している?
相手の女は……見覚えのある女。
亜紀が気づいて車に寄ってきた。女の手を取り。亜紀が後部座席に女を……あの女性を乗せる。その隣に亜紀が座る。
手話で説明する。僕にはわからないが、たぶん、息子なの……
あの人は気がついた。
時計を戻す。何年前だろう? 高校1年の夏休み、母の命日、治の家で酒を飲み……
感のいい亜紀は気付いたようだ。10年も前に僕が亜紀から手話を習ったことを。なにも聞かずに教えてくれと頼んだ。
その原因の人が座っていた。亜紀は運転を変わり僕を文の隣に座らせた。僕は話せない。手帳を出し筆談。
「変わらないね。文さんは。僕は? 成長しただろ?」
「あなたのおかあさんだなんて。うれしいわ」
「元気にしていた?」
「あなたは、幸せそうね」
「君は? 僕は待っていた。君の恋人が殴りにくるのを」
文は覚えていた。
「恋人がいます。結婚するの。あなたを殴りにはいかないわ」
亜紀は雰囲気を察し、文を家に招いた。
夕方の1時間、文は三沢家で過ごした。彼女は驚く。邸の大きさ、庭の広さ、グランドピアノ……
リビングは僕と彩が片付けているからきれいだ。彩が2階から降りてきた。中学3年の彩は背が高く年よりは大人びている。
「兄貴の新しい彼女?」
「友人だ」
彩は会話に加わる。手話部の部長だ。会話に加われないのは僕だけだ。女たちは楽しそうに茶を飲み菓子を食べ笑った。
帰りは僕が送った。亜紀に言われ、彩が付いてきた。
「通訳と見張り」
見張り?
文を家の前で下ろす。彩に通訳させる。
「ウェディングドレス、僕の彼女に作らせようか?」
「本当? また会いたいわ……亜紀さんに」
彩が僕のアドレスを教えた。
帰りの車の中で彩が話す。
「きれいな人ね。兄貴、あの人と結婚すれば? ママも気に入ってる」
「彼女はもうすぐ結婚するんだよ」
「新聞記者。収入どれくらい? 兄貴と結婚すればいずれは社長夫人」
「僕は夏生と結婚する」
「……夏生は変わったよね。和ちゃんと付き合って。夏生は和ちゃんを愛してたの?」
「友人だ」
「そう思いたいんでしょ? 夏生は兄貴が初めてだった?」
「あたりまえ」
「いつ?」
「ノーコメント」
「いいわよね、夏生は。あんな傷があっても、兄貴にも、和ちゃんにも愛されて……」
「あの傷は僕がつけた」
絶句だ。
「僕が夏生の青春を壊した」
「夏生は自分のせいだって……ママも」
「皆で僕を庇った」
「……」
「僕は罰を受けてない」
「……兄貴、辛かっただろうね」
「泣かせるようなこと言うなよ」
「夏生はすごいね。私だったら……家から出ない」
「僕に罪の意識を感じさせないよう明るく振る舞った」
「夏生は、愛してたんだね。小さいときから」
「背丈くらいで暗くなるな」
「それが言いたかったのね? 瑤子さんが、私はモデルになれるって。羨ましがられた。背が高いのが羨ましいって」
「あの人は目立ちたがり屋だからな」
「永久脱毛するからお金貸して」
「なんだって?」
「毛深くていやなの。毎日剃ってる」
「おかあさんに言え」
「あの人はダメ。体毛が濃いのは魅力的だとか……食事や睡眠のせいだとか、話にならない」
「僕は中3のときは背も低く体毛も薄く女……みたいだった」
あの人は……セックスするようになれば濃くなるわ……なんて……
「女装、似合ってたもんね。私なんて、彩ちゃん、髭生えてるって言われたよ」
思わず笑った。
「ごめん、ごめん」
「パンツからはみ出すし……」
「そんなこと、兄貴に言うなよ」
優しい娘だ。深刻な話のあとに自分の悩みを茶化して笑わせようとしている。
「兄貴、兄貴のママは幸せね」
「なんだって?」
「私にだってわかる……忘れられない女。幸せだわ」
「パパの望みはおまえの幸せだけだよ」
「パパにはもっと大事な子がいる気がする」
「なんだって?」
「隠し子でもいるんじゃない?」
「バカ言うな」
「この間の海外出張だって誰と行ったんだか」
「ありえないよ。パパの望みはおまえと僕の幸せだけ……それから……おかあさん……」
「パパには甘えられない。誰かと私を比べてる。不満を言うと怒るもの。どんなに恵まれているかわからないのかって」
まさか、春樹か? 母の残した僕の弟。彩と同じ歳の多感な年頃の前妻の息子。芙美子おばさんとは会っているはずだ。
「変な家族」
「……ああ、変な家族だ。彩……おまえが生まれて、誰が風呂に入れたと思ってる? 毎日僕が風呂に入れて洗ってやった。おむつも変えた。それに」
僕は思い出し笑いをした。思い出す。
「ミルクも飲ませた。おかあさんのいないとき……僕の乳首に吸い付くか、試してみた。おまえは何度も吸いついてきたが、口に含めなかった。これは、おかあさんには内緒だよ」
夜中に携帯が鳴った。夢の中でか? いまだに夢を見る。母が帰ってくる夢を。
命日だ。母は家には入れない。亜紀がいるから。ママはさまよっている。様子の変わった我家で。庭で……
夢ではない。夜中の1時。メールの相手は……
3ヶ月過ぎていた。
『死にたい』
幸せそうだった文からのメール。
『どこにいる?』
文は家の外に泥酔して立っていた。僕を見ると倒れ込んできた。亜紀が起きてきた。間が悪いことに父が出張から帰ってきた。真夜中に自分の車で。
「結婚なんかできないって。できると思っていたのか? って。障害者のくせに……」
夜中のひと騒動。亜紀は自分の知り合いだと父に説明し文を宥めた。
「昔の俺みたいだな。飲んで飲まれて……」
息子に暴力を……それは飲み込んだ。父は疲れていたのだろう。酔った女に対して冷たかった。
「きれいな顔して聴覚障害か、自分を不幸だと思っているのか?」
父は寝室に入ったが僕は戻れなかった。亜紀と文との会話には入れないが……
客間で亜紀は朝まで文についていた。明け方眠りについた文を置いて、僕は仕事に行くしかなかった。
その夜亜紀が言った。
「浮気するんじゃないわよ」
「なにを言い出すんだ?」
「ムラムラしたでしょ?」
「しないよっ!」
「……あなたは弱いものを放っておけないから心配。深入りしないで」
それは……治だ。
お節介な治……近くに住みながら会うことはない。
10年前の夏の日、治がいなかったら僕はどうなっていただろう? いつも自分のことより相手のことを考えるやつだった。どれほどあいつに救われたかわからない。
文と僕のドラマ。第2幕。治ならどうするだろう?
「浮気は頭の中だけで思いきりやりなさい」
「……亜紀もそうしてきたの?」
「そうね。パパとやりながら……失言」
「あなたはパパひとすじだと思っていた」
「パパの頭の中には……」
「亜紀がいる」
「あなたのママは歳を取らない」
僕は話題を変えた。
「パパは怒ってた? きれいな顔して聴覚障害が不幸かって、冷たい男だ」
「そうね。冷たい。冷たいのも……いいのよ」
「パパには……女がいる?」
「プッ」
「隠し子がいる?」
「プッ」
「この頃出張が多すぎる。春樹の面倒を見てる? 自分の子供はおかあさんに任せきりにして」
「……自分で聞きなさい」
質問は打ち切られた。
再会 2
母の命日は、文と圭介さんを思い出す日だった。
恥ずかしい過去、恥ずかしかったが、ふたりに会えたことは幸運だったし感謝している。
亜紀が心配したように文から謝りのメールがきた。
弱いものを放ってはおけない……
僕たちはメールを始めた。彼女は僕にとっては特別な女。
海が見たい……何度も同じメールがきた。
気晴らしにドライブに誘った。波の荒い初秋の海。彼氏と来たのだろうか? もう少し先にはマリーの叔父の経営するホテルがある。いやでも思い出す。彼女と治のことを。マリーはどうしているだろう? どんなに条件のいい男たちと付き合おうと、治と比べてしまうだろう。比べられたら敵わない。
文は波を見ていた。
「寒くなってきた。もう帰ろう」
後ろ姿に話しかけた。文は振り返らない。手話をきちんと習っておけばよかった。肩を叩くと文は振り向いた。
10年前とは逆だ。僕は文の頬の涙を見た。10年前と逆。涙を見られた文は僕を……誘惑した。僕の胸にすがる。腕が抱きしめていた。文はキスを求めてきた。壊れた愛を忘れるため。ダメだ。
「トモダチ」
僕の唇を読んだ文は絶望し……発作的に死のうとした。
走り出した。波に向かって。第3者は現れなかった。治もいない。僕は海に入っていく文を捕まえ、叫びながら抵抗するのを抱きかかえ連れ戻した。コートをかけ車に乗せた。暖房をかける。文はなにも言わず目を閉じている。あの日の僕のように。
「休んでいかない?」
そう聞こえた。シャワーを浴びさせたいよ。風邪をひかないように。僕も浴びたい。
1時間半、飛ばした。家には亜紀がいない。こんなときに……
シャワーを浴びさせる。圭介さんのように一緒に浴びるわけにはいかない。怖いから浴槽の残り湯を抜いた。女のシャワーは長い。
自殺できるものはない……はずだ。
ボディータオルで首を? 心配で覗いた。文は泡だらけの体をシャワーで流すと誘惑してきた。シャワーを止め、抱きついてきた。
僕は彼女の唇から逃げた。乱暴にはできなかった。精神的に不安定な女はなにをするかわからない。Tシャツがまくられ、舌が這う。ハーフパンツの中に文の手が……
「ダメだ」
浮気は頭の中だけ……ダメだ。女を殴ることはできない。手が求めてきた。10年前とは違う。このままでは……治……
おまえならどうする? おまえはマリーに誘惑されたんだろ? 酔って淫らになったマリーに迫られ……
どこでだよ? おまえの家か?
「ダメだ」
ボディータオルで求めてくる文の手を縛った。拒否されたことは屈辱なのだろう。
「死ぬわ。舌を噛みわ」
勘弁してくれ。
もう1枚のタオルでさるぐつわをした。そのとき……最悪だ。ドアが開けられた。
亜紀が見たのは全裸で手首を縛られ、口を塞がれている女とTシャツをまくりハーフパンツを下ろしかけた息子。
「誤解するな」
「出て行きなさい」
亜紀は嘆き、文にバスタオルをかけボディータオルをほどいた。
「逆だ。逆だよ。違うんだ。信じて……」
「私の息子が……私が育ててきたのが、これ?」
「僕はあなたの息子だよ。あなたが育てた息子だ、信じて……」
「なんでわざわざ家で? よそでやればいいのに……」
文が説明する。亜紀との激しい手話。
文は本当のことを話している……ようだ。海で死のうとしたのを助けられて、誘惑した……
亜紀は息子を信じた。少しの間、僕に文を見張らせ、自分の服を取りに行った。すぐに戻ると僕を締め出した。間抜けな僕は文の服を洗濯機にかけた。洗い乾燥する間、亜紀はリビングで文といた。僕は自分の部屋で謹慎させられた。
服が乾いた頃には文は落ち着いたようだ。亜紀が僕に送るよう言いにきた。
「いやだよ。亜紀が送れよ」
「海で死のうとしたって?」
「発作的に。死ぬ気なんてない」
「助けなければよかったのよ。死んだら楽になれた」
「……心にもないことを」
「あなたのママはバカだった」
「ああ、他人の子を助けて、春樹を置いて逝った」
「助けられた子はどうしているかしらね? 憎くない?」
返事を待たずに亜紀は話題を変えた。
「10年前のこと聞いたわ。文の仇を取りに行った……」
全部聞いたのか? ママの命日に僕がしたこと……
「あなた、文と結婚しなさい」
「僕はなにもしていない」
「運命よ」
「まったく、運命が好きな女だな」
「いいから、プロポーズするのよ。見たいの」
「なにを?」
「条件のいい私の息子より、咽頭癌で声帯を取り、文のために別れた、5年後生きてるかもわからない男を選ぶかどうか……」
文は僕に謝り素直に送らせた。途中で病院に寄った。亜紀に知り合いの見舞いを頼まれたからと。
ロビーで文を待たせ、僕は個室をノックし開けた。文を捨てた男がベッドの上から僕を見た。
かつて聴覚障害者の文が働くところを取材にきた。その新聞記者は文に好意を持ち、やがてふたりは付き合うようになった。親にも上司にも反対されたが、男の気持ちは揺らがなかった。しかし声帯を取られ最愛の女を手放すことにした。文のために。苦労させたくない……
男は座って本を読んでいた。ベッドの横には文の写真があった。
僕は部屋を間違えました、と頭を下げ廊下に出た。逆方向から戻りトイレで時間を潰した。
文は何分待つだろう? 30分過ぎると、文は病室の方へ歩き出した。605号室とは言ってある。
見ることはできないが想像できる。文は605号室の患者の名を見て驚く。ありふれた名前だ。同姓同名だろう。文はノックして開ける。僕がそこにるいるはずだ。個室には患者ひとりしかいない。男は文を見て本を落とす。文はすべてを察する。文の愛した男は手話で聞く。僕にはできない手話で。
さらに30分、文はようやく出てきて僕を見た。僕たちは屋上で話した。
「亜紀が君を気に入ってる。三沢家の嫁になるかい?」
文は微笑んだ。
「亜紀さん、大好き」
「僕もだよ」
「ありがとう。戻ります。オサムのところへ」
文は僕を残し去った。見事だった。
オサム? 治と同じ名か? 治のようにいいやつなんだろうな……
治に会いたい……僕は返していない。あいつには助けられるばかりだった。
亜紀は治を褒めていた。香をイジメから救い仲間に入れたのも治だ。亜紀は……香の面倒を見た。香の幸せのために父親に談判に行った。夏生も……亜紀には救われただろう。義理の息子に傷つけられた夏生を亜紀は励ましたに違いない。
いや、なにか見落としている。このところの亜紀の言動、彩の父に対する批判。何か大事なことを見落としている。引っかかる。答えは出ているはずだ。もう25歳になる僕に亜紀は頃合いだと思ったのだ。母が亡くなったのは34の歳。母は海で溺れている子を助けて死んだ。春樹を残し。
なぜ? なぜ他人の子を助けた? 運動は止められていたのに。
目を閉じると景色が浮かぶ。3歳の春樹を抱いた母、海辺にもうひと組の母子。娘だった。春樹と同じ歳。彩と同じ歳。なぜ3歳の子が溺れたのだ? 母親はなにをしていた?
「海で死のうとしたって?」
「発作的に。死ぬ気なんてない」
「助けなければよかったのよ。死んだら楽になれた」
「……心にもないことを」
「あなたのママはバカだった」
「ああ、他人の子を助けて、春樹を置いて逝った」
「助けられた子はどうしているかしらね? 憎くない?」
助けられた子? 別荘のママの部屋から消えた母子の絵。あの部屋に来たのは春樹ではない。助けられた娘だ。なぜ? 度重なる出張。海外出張……誰と行ったんだ? 何度も。
まさか、父は憎んだだろう。ママを死なせた娘だ。ママは助けた。子供は海に流されたのか? それとも心中?
あなたのママは会社の功労者、株主……3分の1は僕に、春樹に、恵まれない子供に……
「パパには甘えられない。誰かと私を比べてる。不満を言うと怒るもの。どんなに恵まれているかわからないのかって」
「きれいな顔して聴覚障害か、自分を不幸だと思っているのか?」
「美少女だな、なにを悩む? 贅沢だ」
冷たい口調だった。
誰なのだ? どういう娘なのだ? ママが助けたのは?
亜紀は知っている。知っているどころではない。パパは面倒を見ているのだ。10年以上……
美登利の部屋、圭の本だと思っていたが、あれは亜紀が与えた本ではなかったのか? 僕と同じように自分の顔と名前を嫌っていた美登利に。あの本を読んだら、写真を見たら感謝するだろう、自分の顔に。
本の話? 父は美登利と本の話をしていた……
この家には亡霊がいる 18