この家には亡霊がいる 3

この家には亡霊がいる 3

先に投稿した掌編『同志』『かたきうち』と重複します。2作は5000字以内に改稿したものです。

エピソード 1

 三沢とは幼稚園からの付き合いだ。すぐに仲良くなった。あいつは3月生まれだから小さかった。中学まではボクのが背が高かった。ボクたちは虫が好きだった。よく青虫を探して歩いていた。その頃はエーちゃん、治ちゃんて呼んでたよ。
 ボクのかあさんは虫を気味悪がったけどあいつのママは平気だった。カマキリだって手で捕まえた。大きな家の奥さんなのに近くの畑もやって長靴履いて野菜作ってた。
 力持ち。三沢のじいちゃんは大柄なのに、半身不随の重いのをヒョイと移してたよ。車椅子に。
 じいちゃんは最初結婚を反対してたらしいけど、頼りきりだった。あいつのママに。
 ボクらはよく家を行ったり来たりした。あいつのママは泳ぎが得意でプールへ行くとずっと泳いでた。海辺の村の出身らしい。中卒らしいんだ。 
 顔は、あいつを長い髪にして小さくしたらそっくりかも。優雅とか品がいいとかじゃなくて、都会には合わなかった。
 あれ、幸子は東京に空がないってやつ。ホントの空が見たいという……
 智恵子でしょ? 
 ごめん。

 小学校に上がる前にじいちゃんが死んで、その年にあいつんちが持ってたアパートに若い男の音楽の教師が越してきた。ナツオの隣の部屋。おばさんはよく面倒見てた。おかず差し入れたりして。そのうちナツオがピアノを教わり三沢の家でよくそいつは演奏してた。三沢の家にはピアノがあって、あいつのばあちゃんはクラシックが好きだから、よくリクエストしてたよ。なんでも弾けてた。あいつもばあちゃんに習わされていやいや弾いてた。三沢のママは興味なさそうだった。
 ある日そいつの部屋に皆で行くと、腹が痛いってのたうちまわっていた。ナツオのおばさんは留守で三沢がママを呼びにいった。ママはすぐに車で病院まで連れていった。結石とかだった。そのうち三沢のママの妹がそいつと付き合うようになって、ふたりは結婚するのかと思ってた。でもダメみたいになってそいつは引っ越していった。 

 それから1年くらいしてそいつが入院してるって。ナツオがママと見舞いにいってきたって。そいつは癌で余命宣告されてた。
 あいつがそれをママに話したから、ママはなにもかも捨ててそいつのところへいった。何年も生きられない男の元へ。あいつが教えなければママは出ていかなかった。
 パパは息子を責めた。おまえが喋らなければ、って息子を殴った。よくあざ作ってた。見かねたナツオのママがしばらくあいつを引き取った。
 ふたりで留守番してる時、ナツオが食器棚に顔突っ込んで頬に傷が残った。
 パパはしばらくすると近所の獣医と再婚した。よく犬をみてもらってた獣医で三沢はなついてた。きっとあいつのために父親は再婚したんだ。
 三沢、苦手なんだ。あ、だめだ。これは言えないよ、バレたら殺される。
 あいつは、血がダメなんだ。小学生の時は血を見ると震えてた。今は平気なフリをしてるけど。
 あいつ、女だったら毎月失神してるね、あ、ごめん。
 ヴァージンは無理だね、あ、言っちゃった。
 なんでだろう、僕は平気なのに。ナツオがガラスかぶって怪我したとき、あいつは手を血だらけにして破片をどけた。ショックだったんだろう。

エピソード 2

 小学校4年の時、ボクは三沢と同じクラスだった。同じ班に(こう)っていう女の子がいて、香るっていう字。香るなのに動物臭くて虐められてた。
 同じ班で香は宿題やってこないからいつも残り掃除。香は口もきかず前髪がかぶさり上履きも小さくて、あれは育児放棄? 臭い臭いって虐められるのを助けたのはボクだよ。三沢じゃない。ボクたちは香に宿題をやらせようと家に行った。庭の木は手入れされずお化け屋敷みたいだった。香は縁側でハムスターと遊んでいた。それはもう魅力的で三沢も目を輝かせてさわらせてもらった。
 女の子が、ダメ、交尾しちゃう、なんて喋ってんの。
 そこにオヤジさんが帰ってきて、増えたハムスターを怒り処分すると言うと香は抵抗した。私も死ぬからねって。そのハムスターをボクたちはもらってきて育てた。 

 香のかあちゃんも男を作って出ていった。ボクたちは同志が増えたと喜んだ。母親に捨てられた三沢と香。父親に出て行かれたボク。ボクたちは同志連盟を作り、絶対親を許さない、親が死んでも泣かない、墓に唾を吐きかけてやろうって誓った。
 ボクたちは香がいじめられないよう前髪を切ってやった。うまくいかず香は泣き出した。しょうがないから三沢のおかあさんに切ってもらった。新しいおかあさんは世話好きだから、シャワーを浴びさせ服を洗濯しきれいにしてやった。
 父親のところへ行き話していた。忙しいと言う父親に虐待ですよって負けていなかった。おかあさんは香が自分のことは自分でできるよう鍛えた。毎日シャワーを浴びること。歯を磨くこと。髪の結き方。家の掃除、洗濯、簡単な調理。だんだん香はきれいになり香の家もきれいになっていった。
 とうちゃんは長距離の運転から日帰りバスの運転手に変わって、香はひとりで夜を過ごすことはなくなった。ボクたちは香のとうちゃんのバスに乗ったよ。香は嬉しそうだった。とうちゃんはマイクを持って喋り乗客は拍手した。

 中学になると香は同志から抜けた。もう女らしくなって香を好きだという男もいた。三沢もボクとはレベルが違うから、あいつは成績は塾にもいかないのにトップだったから、そんなにくっつくこともなくなった。
 3年の夏休みに三沢を生んだ母親が亡くなった。それが原因だろう。2学期からあいつは変わった。ボクが話しかけても無視した。そのうちあいつは不良グループといるようになった。獣医のおかあさんのところから盗んだモルヒネやってるとか噂になって、ボクはどうにもできないでいると、香がやってきて、連れ戻しにいくわよ。我らが同志をってすごい剣幕で。香は自分ちのでかい犬を連れて不良の溜まり場に乗り込んだ。
 玄関で、
「出てきなさい。三沢君」
て大声で叫んだ。ワルがふたり出てきてボクはひるんだが、香は犬をけしかけてまた叫んだ。
「三沢君、こんな人たちと付き合っちゃダメ」
 あいつはようやく出てきた。
「三沢君、母親が死んだくらいでなにやってるの? 忘れたの? 親なんか乗り越えるんだって。墓に唾吐きかけるって。私はやるわよ。誓ったでしょ」
「静かにしろよ。今、犬が死に行く」
 香の犬を門につないでボクたちは中に入った。部屋の中にバスタオルが敷いてあって、ワルのリーダーが犬をさすりながら泣いていた。皆初めて見た。いや、三沢は祖父母の死に立ち会っていた。元々は三沢のおかあさんが保護した犬で三沢が名前を付けた。シャーロックって。あいつはシャーロック ホームズ好きだったから。シャーロックは小学生の時にリーダーに引き取られていた。 
 シャーロックは苦しそうに見えたがモルヒネ与えられて苦しくはないんだ、と三沢が言った。下顎呼吸って言うんだ。死に向かうとこういう呼吸になる。
 苦しそうだよ。早く楽にしてやりたい。もうひとつモルヒネ飲ませてもいいか? 
 シャーロックはもう飲み込めなかった。集まってた不良たちが犬の死に向き合っていた。1時間も見守ると犬が大きな声で泣き、最期がくるのがわかった。三沢はサッと抱き上げた。その瞬間犬はおしっこもうんちもした。ボクたちは犬をきれいにしてやり箱に入れた。三沢は手を洗い香を見た。香も犬の死に泣いていた。
「香、勇気あるな、同志」

 三沢はもとの優等生に戻り卒業式。あいつは女子にボタンをむしられボロボロだった。そこへ香の登場さ。きれいになった香は三沢の前まで歩いてくると、
「握手してください」
と手を出した。女子が見ている中であいつは香と握手した。
「香、おとうさん、大事にしろよ」
 かっこよかったな。

エピソード 3

 去年の夏、三沢は高い酒を持ってきてボクの家で飲んだ。
 お祝いしようぜ。命日なんだ。あの女の。
 三沢を捨てて出ていった母親の命日。飲めない酒を飲んであいつはペラペラ喋った。
 ママが死んだ。今日死んだ。
 異邦人とかいう本を暗記していた。ボクが飲むのを止めると、おまえは同志だ。おまえは本当にいいやつだ。幸せにな……それから出ていった。そのまま帰したらなにかやらかすんじゃないかと思った。
 あいつは駅に行き電車に乗った。ボクは近くで見ていたよ。あいつのそばにきれいな女がいて、泣いている三沢を見ていた。20歳くらいの会社帰りって感じの。あいつは見られることには慣れているけど、涙を見られて恥ずかしかったのか、じっと見つめ返してナンパしたんだ。目だけでナンパした。三沢は女の肩を抱いて歩いていった。
 夕暮れの海浜公園。ボクはついていった。防波堤にくるとあいつは怒り出した。自分でナンパしておきながら、のこのこついてきた女に怒っていた。
 この顔がそんなに魅力的か? ママそっくりのこの顔が? 
 女の様子は変だった。聞こえてないのだとボクは気がついたけど、あいつは酔っててわからなかった。自分の不幸を全部彼女のせいにして、無視されてると思い肩を揺すった。彼女は怖がり初めて大声を出した。言葉にならない声だった。
 ボクが止める前にあいつは近くにいた数人に取り押さえられた。襲われて悲鳴をあげたと思われたんだろう。彼女があいつを助けようとして、必死で手話を使って。あいつはやっと彼女の障害に気付き土下座した。大袈裟に。そして海に飛び込んだ。

 ママ、あなたの息子は最低の男になりさがった。

 1番慌てたのは彼女だ。男たちに助けを求め三沢に叫んだ。夏の海、泳ぎのうまいあいつは彼女に手を振り潜った。

 バカ、三沢、戻ってこい。 

 ひとりの男が飛び込んだ。暴れるあいつを殴り連れ戻した。梯子を登り終えるまで彼女は心配そうに大声を出していた。
 びしょ濡れのあいつはおとなしくなって、助けてくれた男の車の後ろの座席でボクに寄りかかって静かにしてた。彼女を家まで送り圭介さんていう男の部屋に連れていった。こいつを家に連れて帰ったら大騒ぎになる。
 圭介さんはすごくいい人であいつはおとなしくなっていた。訛りがあって、ママと同じ訛りだって甘えてた。もう、ママ、ママって子供みたいに。
 圭介さんはトイレで吐かせ兄貴みたいに面倒見てくれた。ボクは三沢の家に、うちに泊まるからと電話して、ふたりで圭介さんの部屋に泊まった。あいつは目が覚めると猛烈な頭痛で圭介さんが薬を飲ませた。トイレにも連れていって面倒見てた。 

 よかったな。レイプ魔にならなくて。覚えてるか? 彼女にしたこと?

 圭介さんは落ち着いたあいつとボクを車で送った。次の日、三沢はボクに頭を下げて謝った。
 治がいなかったらどうなっていたかわからない。本当におまえはいいやつだと。おまえには飾らなくてすむ。バカな自分でいられる。
 止めなかったボクが悪いんだって言うと、おまえはいつも自分が悪者になる……
 それからあいつは、きちんとけじめをつけた。
 圭介さんにきちんと礼を言いにいった。菓子折持って。
 圭介さんはきちんとしたあいつを見て驚いて喜んだよ。
 母親なんてものはいてもいなくても厄介なものだな、圭介さんのところは過保護、過干渉らしい。
 彼女の家の場所を聞くと圭介さんはボクたちを信用して教えた。
 ボクたちは彼女の家を探した。彼女の仕事帰りの時間頃、ボクたちは家のそばで待った。あいつは帰れ、って言ったけど心配だった。ほぼあいつの計算通り彼女は歩いてきた。
 三沢は……驚いたよ。三沢は彼女の前に行き、手話で謝ったんだ。たぶん、ごめんなさいって。(あや)っていう名前だった。文は驚いたけどきちんとした三沢を見て顔を赤らめた。近くの公園のベンチで筆談。謝り、許され、あいつは償いたいと。
 文は首を振り、考えて長い文章を書いた。あいつは憤慨し、大きくうなずいた。

 文の休みの日、ボクはまたくっついていった。犯罪者になるからついてくるな、と言われたけど。違う駅で文は待っていた。約束通り来たことに少し驚いていた。文のあとをついて米屋の前に立った。
 文が幼い頃、配達に来ていた米屋のオヤジ、ニコニコして文に菓子をくれた。文は信用してたんだ。ある日、文ひとりだった。

 大きくなったね。文ちゃん、重くなったか抱っこさせてごらん。

 手を広げられて文は不審にも思わなかった。信用してた男は文を抱き上げ股にさわった。母親が帰ってくると何事もないように帰っていった。文は母親に言えなかった。米屋のオヤジが来ると隠れた。

 引越ししても許せない。なにもできなかった自分。きっとあの男はまだ同じようなことをしている。親に話せない子がいるわ。罰を与えて。

 三沢は、行動開始だと深呼吸した。
 おまえは他人のふりをして、おおごとになったら文を連れて離れるんだ。僕はムシャクシャしてたからやった、と言う。太陽が眩しかったから、とでも言うよ。文の名前は出さない。出すなよ。絶対に。

 三沢はつかつかとオヤジにつめより、耳元でなにか言った。罪を確認したんだろう。それから急所を蹴った。ふさわしい罰だ。オヤジはうずくまった。そして米袋を投げつけようとした。けど、文が入ってきちまった。やめさせようとしたんだ。三沢は文の前に立ち塞がって顔が見えないようにした。
「マリー、仇は取ってやったからな」
 三沢は文を連れて出ていった。残されたボクは  
「大丈夫ですか? 警察に電話しますか? 仇ってどういう意味ですか? 女の子になにをしたんです?」
と、とぼけた。オヤジは、なんでもない、大丈夫だって。
 奥からたぶん奥さんが出てきたけど変な雰囲気だった。あれはきっと知ってるね。旦那が悪いことしてるってわかってるね。かわいそうだった。
 とにかく仇打ちは終わり文を送り再び公園で筆談。三沢は交際を申し込んだ。文は
「4つも年上なの。障害者なの」
と断る。
「もう許すから、もう来ないで」
 あいつが諦められないでいると、紙に書いた。
「いつか恋人ができたらあなたを殴りにいってもらうわ」
 三沢はそんな返事がくるとは思ってなかったろう。手話でさよならを言った。文もさよなら、たぶん、忘れないわって言ったんじゃないかな。三沢の初めての失恋。4歳上のきれいなしっかりした女だった。あれ、両思いだったぜ。きっと。

「マリーって、誰?」

この家には亡霊がいる 3

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  • 小説
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登録日
2023-05-26

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