あれやこれや 21〜30

あれやこれや 21〜30

21 海辺のあばらや

 海辺の家に来てもうすぐ3週間が経つ。
 お嫁さんが実家から戻ってきた。産まれて半月の赤ちゃんを連れて。
 私が自分の家に戻る日も近い。
 しかし、夫と離れて3週間。いなくてもぜんぜん平気なんですが……
 夫はさすがに困っているようだ。食べることに。
 野菜炒めと、きんぴらを作ったというメールはあった。
 私が留守にしてすぐに、便が出なくなった、と。
 情けない。息子は料理、洗濯、掃除は母よりこだわる。

 朝夕、海岸に行く。
 歩いて5、6分だ。
 その途中に、あばらやがある。荒れ果てた家、やぶれや、破屋(はおく)
 到底、人は住めないだろうと思うが。時々、老人が家の前に座っている。  
 植木がかなりある。狭い歩道の半分まで伸びている。
 荒れている。自転車のタイヤが放置されている。壊れた傘が投げてある。食べ物のビニール袋が投げ捨てられている。
 その前を通ると……何度も会ったが、昨日は通り過ぎたあとにブツブツ何か言った。聞き取れなかったが怖かった。

 息子より、孫の方が知っていた。
 隣のマンションの前でも座っているらしい。海岸やスーパーでも。孫は、ホームレスという言葉を使った。
 お嫁さんに聞いた。
 あばらやに住んでいるが水道も止められている。隣の人に貰うらしい。
 時々家の前で体を拭いている。ずっと以前からいるようだ。詳しくはわからない。ブツブツ言ってるので怖い。

 今日もいたら観察してしまおう。ひらめかないだろうか?
 この老人の過去を想像する。
 海辺のあばらやに住み着く老人。いや、まだ老人ではないのかも。地元の人ではないのか? 
 想像して創作する。海辺でひらめいた物語。

22 孤独死

 数年前、娘が妊娠中に実家に来た時のことだ。
 初期の妊婦は匂いに敏感だった。洗剤やシャンプーの匂いまで耐えられず変えていた。
 比べて私は鈍感だった。マンションのエントランスの匂いが異様だったのに、すぐそばの畑で撒いた肥料だと思っていた。娘は家に入るなり言った。
「すごいにおいだよ。動物でも死んでるんじゃないの?」
 まさか、ね。エントランスのエレベーター前の部屋はひとり暮らしの男性。長男の小中学校の同級生のおとうさんが、ひとりで住んでいた。

 最初から住んでいた家族ではなかった。リフォームしている時に立ち会っていた男性が、たまたま私と目が合うと嬉しそうに言った。
「娘が住むんです」
 娘のためにリフォーム現場を見に来ていた。私の父と比べてしまい羨ましかった。
 どんな奥さんなのだろう?
 
 5人家族の長男はうちの長男と同じ歳で同じ学校だった。
 やがて、そのエレベーター前の玄関からはしょっちゅう母親の怒鳴り声が。
 凄まじかった。
 子供を怒っていたのだろう。3人いれば抑えられないのはわかる。
 しかし、ヒステリーだ。聞くに耐えない。夫も何度も耳にしたと言う。エレベーターの前の部屋なのだ。
 その奥様はファミレスで働いていた。夜勤の時もあるらしく、朝方すれ違うこともあった。旦那様の顔は見たことがなかった。

 そのうち、奥様と子供3人は出て行った。
 それから10年以上経っていた。さすがに異様なにおいだと思い、管理会社に電話した。担当の方は前年理事をやったばかりなので知っていた。
 実は……苦情があり警察を呼び隣の部屋の庭から入った。
 予想通りだった、とのことだ。
 片付けられたが、元妻や子供たちの姿は見かけなかった。すぐにリフォームされ買い手がつくのか? と思ったら、年配のご夫婦が入居した。


 ブティックの客が1年くらい来店しなかった。頻繁に出すDMは戻ってきてしまう。
 そういえば、歳を取ったら妹さんのところへ行く……互いに独り身、なんて言ってたね、とスタッフ同士で話していた。
 それからまたしばらくして、情報通の客が店に入ってくるなり喋りだした。
「ちょっと、○○さん、死んだんだって」
 ひとり暮らしの団地で亡くなっているのを発見された。数日経っていたと。
 ひどい状態だったろうね……しばらくは店の話題に。長年の客だった。

 今後、増えるだろう。孤独死は。
 先日は職場の施設と団地の間に、消防自動車が止まっていた。
 また、入居者が火災報知器を鳴らしてしまったのかと思ったら違った。
 後日、美容院の女が教えてくれた。

 2、3日、顔が見えないので隣の人が電話した。死んでいるのでは? と。
 窓から入ると誰もいなかった。
 旅行中だった……昔は隣には声をかけて出かけたものだ。
 
 今後増えるだろう。孤独死は。
 調べると怖くなった。死んだ後の変化。死んだら終わりではない。焼いてもらわなきゃ。

23 女友達

 スミレが小学校高学年の時に、同じクラスになったカンナ。
 いろいろ話は聞いていた。父はなく、姓はすでに2度変わっていた。
 日中は母親の彼氏が部屋に来ているので、カンナは千円渡され外に出される。夕方まで帰ってくるな、と。
 雨の日には滑り台の下で雨宿り。そのうち、寂しさからか、仲良くなった女友達とべったり。何人かいたらしい。
 その頃はまだ携帯電話はない。家に何度もかかってくる。親はカンナをよくは思わない。母親は近くの飲み屋のママ。自分たちよりかなり年配だ。

 カンナはひとりの少女を独り占めし、家に上がり込み、親に嫌われ友達を渡り歩いた。
 ついにスミレと親しくなった。カンナは運動神経がいい。スミレは体操教室に通っていた。カンナもあとから入った。あとから入ったのにすぐにスミレを超えた。
 行き帰りは教室の送り迎えのバスで一緒。帰って来てからも電話責め。切れたと思うとまたすぐにかかってきた。
 母はイライラしてスミレを叱った。手紙も毎日もらってくる。小さく折ったものが箱にたくさん。
 家にもよく来た。外で遊んでカカトを切ってきた。スミレの母は応急処置をし、家に帰した。
 おかあさんに、病院に連れて行ってもらった方がいい、と。
 翌日カンナはまた遊びにきた。素足でカカトは切れたまま。病院へは行っていなかった。
 そのあと膿んだので、ようやく連れて行った。
 歯科検診ではスミレは褒められたが、カンナはすでに歯周炎だった。

 スミレは様子がおかしくなっていった。髪型、服装がカンナと同じになる。家庭科で作るものもそっくり同じ。電話責め。出ないと家に来る。
 具合が悪くなる。微熱が出る。学校を休んだ。不登校。
 母は担任に相談に行った。担任の対応が良かったのか、悪かったのか、今度はスミレの悪口を言いだした。
 しかし離れて行った。スミレも弱いだけではなかった。数日休み保健室登校。他の女子と遊ぶようになった。
 女子は言った。私もカンナは嫌い!
 そのことは尾を引いた。スミレは皆とは違う中学へ。陸上部に入り頑張っていた。
 大会でカンナと再会したスミレは、また時々会うようになった。スミレも強くなっていた。

 カンナは17歳でママになった。近くに住んでいた。金髪のロングヘアーでベビーカーを押していた。引っ越しして行き、旦那のために尽くしているようだった。
 スミレが高校を卒業してしばらくした頃、カンナは覚醒剤で捕まった。離婚し子供は祖母が、飲み屋のママが引き取った。
 カンナはその後、また別の男との間に子ができて結婚した。しかし再犯。

 スミレに連絡してきた。スミレは拘置所に何度か面会に行った。 
 やがて遠くの刑務所に。手紙がきた。母はかかわって欲しくはなかったが。
 刑務所を出たあともカンナは地方で暮らした。絶望して首を吊ったこともあるという。首が紫色に……
 そして地元に戻ってきた。スミレは結婚していた。誕生日にはプレゼントが届く。真面目に働いているらしい。

 母親のことは大嫌いらしい。子供を育ててもらったが。カンナに金を無心する。その母親も亡くなった。もうひとりの子は父親が育てている。会わせてはもらえない。
 スミレとは知り合って20年以上が経つ。

24 復活の朝

 フォークの神様と呼ばれ、放送禁止になった部落差別や反体制を歌ってきた岡林信康さんが、70歳を過ぎ、書いた歌。 

✳︎✳︎

人という名の姿が消え 
輝き取り戻す空海(そらうみ)
川の流れよ土よ緑 
ここに蘇る命の群れ
人はもういない地球(ほし)は光る  
○○○ ○○○ ○○○○○

復活の朝 岡林信康
ラストのフレーズは想像できますね。

✳︎✳︎

『人類滅亡』-Life After Peopleというドキュメンタリーを観た。
「ようこそ、地球へ。人口はゼロ」
 各話のあらすじはタイトルから予想できそう。
 
 残された死体 支配からの解放 大都市の危機 金属の末路 様々な脅威 崩壊と埋没 歓楽街の最期 防衛の限界 行き先のない道 死の水 
 神の怒り 有毒な世界 文明の地下青銅 最後の晩餐 荒廃の波 人類のいない祝日 空の支配者 家屋の終焉 地下社会の壊滅 ホワイトハウスの崩壊
 
 一番の疑問は原発はどうなるか?

✳︎✳︎

 基本的には自動停止なり、経年劣化で破壊される。もちろんなかには正常な停止に至らずメルトダウンも起きるだろう。ただ地球規模でみれば人間が集めている核燃料などはごくわずかで、これくらいの核反応は過去の地球では自然界ですら起きていた。

 アフリカ中央には何億年も前にウラン鉱脈が自発的に核反応をしていた時代があったし、そもそも地球大気が今のような組成でなかった時代には、太陽からの放射線は、我々人類が作り出す規模とは比較にならないほど大地に撒き散らしていた。
  自然界のスケールに尺度をあわせるならば人間の核燃料使用等は取るに足らない規模だ。 仮に現存するすべての核燃料や爆弾がメルトダウンあるいは爆発しても、10年20年程度は近隣数十kmを汚染するが、100年200年経てばなんの影響もおよぼさないほどまで地球環境は復元してしまう。 (広島長崎はたった70年で大都市になったし、福島もわずか5年で人々の帰還が始まってるでしょ?)

 これまでに人間は、原爆投下(広島、長崎)や海洋で原爆を爆発させる実験等を繰り返しているし、チェルノブイリで原発事故が起きているが、自然界全体に影響が出ているわけではない。
 仮に、原発が爆発した場合、その周辺の環境は破壊される可能性が高いが、数十年すれば見かけ上は元に戻り、100年、1000年と重ねれば影響はなくなっていると考えていい。
 原発も、金属の劣化によって爆発する可能性はあるが、1万年もすれば僅かしか痕跡は残らないというのは正しいだろう。CO2と水さえあれば植物が育つから、コンクリートの上であってもすぐに木々が覆ってしまうだろう。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12157233077
 
 コンクリートジャングルは本物のジャングルに変わる。ビルや橋は植物に覆われ、数百年のうちに灰色の都会は緑で埋まる。その中で、河川による浸食や落雷、山火事による火災で、人が建てた建造物も崩壊していくだろう。

 そして緑が増えれば、当然ながら昆虫が急速に増加する。人類の消失とともに農薬や化学物質の散布もなくなるので、その増加スピードは爆発的なものになる。この昆虫の増殖から、それをエサにする鳥類や哺乳類も一挙に繁栄していくだろう。特に専門家が予測するのは、「大型生物の復活」だ。

 かつて恐竜以後の地球を支配したマンモスや大型のライオン、トラ、サイは、人類の繁栄とともに姿を消していった。しかし、人がいなくなれば、大型生物が再び地球規模で復活し始める。
 専門家によると、「もし人類が世界中に拡散していなければ、今日のアメリカ中南部はライオンやトラが、地中海地域はゾウが、北欧はサイが覇権を握っていただろう」と指摘する。

 ただし、大型生物が生態系の覇者に返り咲くには、300万〜700万年はかかるそうだ。
 また、一度絶滅したマンモスの復活などは見込めないが、それとは別に恐竜を凌ぐ新種の巨大生物が誕生するかもしれない。

 それでも、人類が残す遺産の中で最も大きな「地球温暖化」の影響は根強いという。

「人類亡き後の気候変動については予測が困難だが、もし工業プラントの爆発や放射能の拡散、製油所の火災などが頻繁に起こるなら、熱を持った莫大な量の二酸化炭素が大気中に放出される」と予測される。

 大気中の二酸化炭素は海が吸収してくれるが、それにより多くの海洋生物が犠牲になるだろう。また、海の吸収量にも限度がある。

 もし海が限界に達し、大量の二酸化炭素が大気中に放置されるなら、温暖化は続き極地の氷冠をさらに融解させ、永久凍土を軟化させることで、さらに多くの二酸化炭素が放たれることになる。

 この悪循環が、人類がいなくても長きにわたって続く……
 しかし、「温暖化の悪循環も永遠には続かない」

 例えば、約2億年前のジュラ紀には、大気中の二酸化炭素量が現在の5倍以上に達し、海洋の酸性度が跳ね上がって、自然は厳しい環境下に置かれた。ところが、その極限状態に適応し進化を遂げた動植物がたくさん現れたのだ。

 つまり、「地球の極端な環境変化にかかわらず、自然には常に生存の道を見つける力がある」

 結局、人類がいなくなっても、地球が負った深い傷は長期にわたって消えない。しかし最後には、豊かな自然とともに息を吹き返し、母なる大地のもとへと帰っていくのだ……
https://nazology.net/archives/67031

 わからないながら、抜き出してみました。
 わからないのは温暖化のあとには氷河期が来るのか?
 

25 女友達2

 中学でスミレと同じクラスになったサツキは、家が近かった。新築の建売だ。姉と弟がいる。
 ふたりは陸上部に入り一緒に通学した。保護者会でスミレの母はサツキの母と顔を合わせた。
 マラソン大会は土手で行われた。見学に行ったふたりの母は共に応援した。サツキは余裕でトップ。スミレはかろうじて3位。ふたりの母は共に帰った。

 3年間、スミレとサツキは友達だった。途中サツキはアパートに越して行った。母親はスーパーで働いた。
 学校に来ていない、と電話がありスミレの母は驚いて探した。ふたりは一緒にサボっていた。

 卒業式の日、サツキはスミレの家に泊まった。皆で遊んだあと、泊まった。親には連絡してあると言う。
 翌日もサツキは泊まりたい……
 帰りたくない、おとうさんが首を絞める……と。
 母はサツキの親に電話した。サツキの父親が出た。すごい剣幕だった。オタクには関係ない……
 母も自分でもびっくりするくら言い返した。帰りたくないって言ってるんですよ。だったら、迎えにきなさいよ。

 父親は迎えにきた。
 怖かったが、スミレの母は必死で抗議した。サツキは未だにスミレにそのことを言うらしい。母は強かった、と。
 結局は何もできずにサツキは帰ったのだが。母はそっと携帯電話を渡した。
 サツキの家に電話すると母親が出て泣いた。
 私がしっかりしないから……
 気が気ではなかったが、サツキはおじいちゃんの家に逃げた……

 その後両親は離婚した。サツキは高校をすぐに辞めひとりで暮らした。バイトを掛け持ちして、疲労で下血したとか。その後は福祉の仕事をしたいからと大検を受け、キャバクラで働いた。
 スミレに彼氏ができると、彼氏の悪口を言った。付き合うのはやめた方がいい、と。スミレが言うことを聞かないと、母に電話してきた。
「スミレさん、彼氏に騙されてます。彼氏のためにキャッシングしてます」
母は本気にした。
「いくら?」
「400万くらい」

 しばらくサツキとの付き合いはなくなった。メールだけは時々していた。サツキは大学に合格し卒業した。就職したのは別の分野だったが。
 スミレは結婚した。サツキも結婚した。スミレが犬を飼うとサツキも飼った。やがてふたりとも子供が産まれた。メールは時々あるようだ。
 

26 女友達3

 ナツはアキと同じマンションに住んでいた。幼い頃から一緒に遊び、幼稚園、小学校、中学校は一緒だった。3人の兄がいるナツは強かった。よく遊びに来た。
「アキちゃんちで遊びたい……」
(いいけどね。たまには、なっちゃんちでも遊んだら?)

 ナツのママは酒が好きだった。理事会の役員になった時も会議に出て来ず、迎えに行くと酔っていた。
 ナツは待望の女の子だ。それなのによく外に出されて泣いていた。
 ナツは強かった。マンションでもナツと他の女の子が、アキと遊びたがり取り合いをした。アキは従順だからよかったのだろう。
 アキがテニススクールに入ると、友達も入った。そこにナツも入ってくると、友達はやめた。
 ナツのママは妹とよく飲み歩いていた。評判が良くなかった。ある日、妹さんが亡くなった。子供が学校から帰ると布団の中で亡くなっていたという。
 親しかった妹を亡くし、ナツのママはがっくりしていた。
 
 ナツはニューヨークに語学留学した。語学のできないアキがひとりで遊びに行った。海外は家族で1度グァムに行っただけだ。母は心配した。母には到底できなかったことだ。羨ましくもあった。
 アキは無事に帰ってきた。ナツの荷物をたくさん持って。持たされて。
 届けるとナツのママは感謝した。

 ナツは結婚した。妊娠した。予定日は年末ギリギリ。
 その前日にナツのママは亡くなった。朝、風呂場で冷たくなっていた。
 里帰り出産で帰っていたナツも、長時間警察にいろいろ聞かれた。
 翌日出産した。産後すぐにナツは母親の通夜に出た。気丈だった。

 ナツはアキが出産した時にも旦那さんと子供と面会に来てくれた。ベビー用品を回してくれた。互いに遊びに行ったり来たりした。
 ナツに第2子ができた。検診で子宮癌が見つかった。初期だ。妊娠しなければわからなかっただろう。その帰りにアキの家に寄り泣いたという。
 

27 わが家

 久しぶりに戻った我が家は天国だ。狭いマンションだが。
 孫は、どうして家を買わないの? 
と無邪気に聞いた。私の眼鏡をいじっていたので、20万円したのよ、と言ったら、
どうしてお金あるのに家買わないの? と。
 あなたのおうちは借家の一軒家だけど無駄に広い。掃除するのは大変なの。
 ママの実家も立派だものね。青森ヒバで建てた家。おばあちゃんは青森ヒバのまな板さえ、買うのを躊躇している。
 眼鏡の値段は本当だけどね。おじいちゃんには言えないけどね。ブティックで働いていた時に、売上のために仕方なく買ったのよ。

 3週間ぶりの我が家はきれいになっていた。私がいない方がきれいなのでは? これなら先に逝っても大丈夫か。
 キッチン、冷蔵庫の中はスッキリ。まあ、料理してないからね。
 ベランダのバラは1輪咲き、諦めていたカトレア3本に蕾がついて膨らんでいた。
 部屋の観葉植物は窓辺に集められ、成長していた。曲がっているのが嫌なのだろう。支柱に白い、目立つ結束バンドで真っ直ぐに止めてあった。
 私は毎日、葉水もやって世話してあげたのに元気なかった……

 洗面所の汚いタオルはなくなり、新品が補充されていた。引き出しを開ければ一目瞭然。でも捨てたのは、染めた髪を拭くためのタオルなのよ。今度は目立たない色にするわね。
 洗面所の下はスッキリ。何を捨てた? それさえ思い出せない。

 掃除、洗濯はひとり暮らしの時にやっていたものね。料理は上手くなっているのでは? と期待したのだけれど。
 あなたの息子はすごかった。魚づくしだけど、刺身にマリネ、焼き物、煮物、汁物、毎日包丁を研いでいた。おかげで母は太って戻った。
 洗濯は、風呂の水ですすぎ1回まで。湿度の高い日はすすぎを3回。細かく指示された。
 ママが赤ちゃんを連れて戻ると、風呂に入れた。慣れたものだ。翌朝、起きると赤ちゃんを抱いていた。小さな爪を器用に切っていた。寝不足のママを眠らせてあげていた。
 私は確か、産後戻ると、朝、味噌汁作れ、と言われたわね。思い出した。いろいろと。
 年月が忘れさせてくれた恨みつらみ。

28 産後の怒り

 長男を出産したあと、田舎の姑が手伝いに来てくれた。 
 その7ヵ月後には脳梗塞で亡くなった。
 田舎の村から外へは、ひとりで電車に乗ることもなかった姑だ。
 上野駅に着いて夫の顔を見るまでは心細かったろう。滞在中もひとりでは外に出なかった。
 穏やかな方だった。会ったのは結婚前の挨拶、結婚式、今回……それだけだった。
 友人が赤ちゃんを見にくると、
「向こうの部屋にいってようか?」
と、遠慮がち。
 義母がありあわせで作ったうどんは、居合わせた私の姉が未だに絶賛する味だった。
 初めて田舎に行った時には大きな寿司の盛り合わせがあった。頼んだか、買いに行ったのか? 歓迎してくれたのだろう。
 しかし、枝豆やとうもろこしの色、小ナスの漬物の色に驚いた。鮮やか! 
 焼いた茄子の皮をむいて、さいただけ……それがとてもおいしかった。あとは山菜の煮物、歯ごたえがあり味付けが絶妙。素朴なものばかりだったが。

 私の父はその頃ひとり暮らしだった。
 姉には子供がいない。
 初めての孫は男の子。父は娘ふたりだったので大喜びだ。大喜びで孫を見た帰りにスナックに寄り飲んだ。
 そして酔っ払って赤信号を渡り車にはねられた。
 夜中に病院から電話がきた。日頃酒にはだらしのない父だった。
 私は怒り心頭。母乳が出なくなるのでは、と思うくらい、はらわたが煮えくり返った。
 義母はどう思っただろう? 産後の忙しい中、夫は父の入院する病院へも行くことに。
 幸いにも2週間、車椅子に乗るだけで快復したが。

 ふたり目の出産のときは義母は亡くなっていたので、義父と義妹が来てくれた。長男の子守に。
 義父は早起きだった。私が起きていくと、もうソファーに座っていた。
 茶を入れないわけにはいかない。義妹は朝が弱かった。夫は私に味噌汁を作れ、と命令した。
 洗濯は自分でした。義妹が起きてくるのを待っているわけにはいかない。たくさんの量だ。おしめは布だった。
 内心は穏やかではない。何しにきたの? 手伝いにきたんじゃないの?
 義父と義妹は長男を遊びに連れていってくれた。布団を干していった。綿の重い布団だ。ありがたい。
 しかし日が暮れても帰ってこない。産後の私が取り込んだ。
 干してくれないほうがよかった……産後の精神状態は違うのだ。
 亡くなった義母も……
 結婚式前日、夫の両親はアパートに泊まった。息子に朝、炊き立てのごはんを食べさせたかったろう。夫から聞いた。
 私は思った。食べきれまい。残ったごはんはそのままか? コンセントは抜いてきたという。
 新婚旅行から帰ったら……炊飯器が怖い。
 
 義父と義妹には交通費と小遣いを渡した。大きな金額だった。帰った後、夫と大喧嘩をした。

 娘も2度の出産のあとは、旦那と大喧嘩をして家から追い出した。旦那は車で寝て、翌日には帰ってきたが。
 ふたり目の出産の後は我が家に来た。女は大変だが、男は嬉しくて酒を飲んだ。夫は喜び娘の旦那に聞いた。
「何が飲みたいか?」
「……僕は、ウイスキーかブランデーですね」
そんなものはない。
 間……わかりましたよ。買いに行けばいいんでしょ。
 酒盛りの間、暑いからとエアコンの温度を下げた。赤ちゃんがいるのに。人が来るたび下げた。夫は暑がりだ。
 生まれたばかりの孫が検診の時、低体温になっていて、体重が増えていなかった。
 娘は早々に自分の家に帰った。
 産後、男はいらないね。実家に帰れば? と。娘は怒っていた。

29 従妹

 母方従妹にひとつ年下のナオミがいた。子供の頃は何度か家に行った。うちとは違い金持ちだった。
 おとうさんは某会社の社長。仕事の関係か、元総理大臣と親交があった。居間には元総理大臣と撮った家族写真が飾ってあった。

 姉の結婚式、私の結婚式もそうだったのだろう。祝電披露に元総理大臣の電報が読み上げられると失笑が。親戚の結婚式すべてそうだったらしい。

 ナオミはひとりっ子で私立の学校に通っていた。父親はPTA会長。庭には池があり、部屋にはピアノ、壁には読めない書体の額が飾ってあった。
 祖母もこの家に住んでいた。本来なら長男の家に住むべきだと、父は酔うと私に言った。
 祖母の思い出は白玉団子。行くといつでもそれが出てきた。白玉団子に砂糖をかけただけだったと思う。いい思い出はそれだけだった。

 父は酔うと祖母のことを、よくは言わなかった。祖母にあげた小遣いが、姉弟の中で1番少ないとか文句を言われたらしい。私も子供心に明らかな差別を感じていた。
 母が急逝した時にはさすがに祖母はがっかりしていた。支えられ線香を上げに来た。
 突然の死の葬儀に不手際はあるだろう。母方の親戚はそれを責めた。
 ねぎらいもなく「気が利かないねえ」と。
 父は酔うと悔しがっていた。
 近くの母方の親戚は葬儀が終わると帰って行った。父の妹は遠い田舎から出てきていたが、しばらく残って世話を焼いてくれた。
 3回忌が終わると母方の親戚との付き合いはほぼ途絶えた。

 そういえば母方のやはり従兄が、飲食店を出したことがあった。母が亡くなって少しの頃だから、父にも連絡が来た。
 駅の近くだから、ふたりで訪ねた。金は伯父が出したらしい。広い店だった。その時の会話だ。
 ひとり娘のナオミは好きな男ができても結婚できないだろうな、婿を取って跡を継ぐ。かわいそうだな……

 その後、祖母が亡くなり父と線香を上げに行った。さすがに行かないわけにはいかない。行きたくはなかったが。
 その時は思った通り恥をかいた。父は不幸の席で酒を飲み、
「ここ、どこだっけ?」
と失態を晒し失笑され呆れられた。
 早々に私は父を引っ張って帰った。

 ナオミがブティックの客であることは知っていた。 
 勤める前に姉が話したことがあった。姉は気に入った服があったので、
「色違いないですか?」
と店長に聞いた。
「○○会社の社長夫人が買いました」
思わず姉は、従妹なんですのよ、と言い驚かれたそうだ。

 私が働き始めてしばらくした頃に、ナオミは来た。20年ぶりに会った従妹は、なんとも庶民的だった。
 予算と相談し慎重に選んでいた。
 店長いわく、気取らない。性格がいい。息子を連れてきたこともある。息子の✳︎✳︎クンは小さい頃から知っている……
 同じ年の息子がいるスタッフにも好かれていた。互いに子供の話をする、と。

 宝飾やバッグのイベントの時も見にきただけだった。プラチナより金のが好き……試してはいたが買わなかった。
「ひと通り持ってるし」
「そうですよね」
 バッグを見ながら話した。店では敬語だ。I様だ。店以外の付き合いはない。
 ここ数年の間に、ナオミの両親は亡くなっていた。私の父のことは聞かれたくはない。思い出せば恥ずかしい。ずいぶん話題になったのだろう。どうしようもない酔っ払いだと笑われただろう。

 従妹の会社は景気が悪くなり合併された。ナオミは家を売り引っ越して行った。DMを出しても、電話をしても、ナオミは来なかった。
 店長に長い手紙が届いた。長い付き合いなのだろう。習字を習っていたナオミの字は達筆だ。ナオミは癌が見つかり闘病中。

 私は客と店員以上の関係にはなれなかった。やがて、関連会社の客から、ナオミが亡くなったことを知らされた。
 雨の中、姉と通夜に行った。親戚はいたのだろうが、もう会ってもわからなかった。

30 登場人物と作者

 作者が男性か女性かわからないことがある。文面でもペンネームでもわからない。
 
 主人公もそうだ。数話、女だと思って読んでいたら体格のよい男だった……?

 別の作者の作品も、物語の後半まで女だと思っていた。女性が出てきてパートナーになる? 同性愛者だったの? いや、男でした。そういえば、病室にいた別の患者は男性だった。読み手が不注意だった? しかし、なぜ女だと決めつけてしまったのだろう?
『私』が男か女か? 早々にわからせておかないのは作者の落ち度か?

 登場人物が『私』の場合、性には何度か騙された。意図的ではないだろう。読み手がバカなのか、作者が悪いのか? 
 勉強になる。シャーロック・ホームズは実は女だった? なんてことも……
 無理だよね。原文ではheになっているから。ワトソンは部屋を借りにきたsecond manだし。

 あるミステリー。絶対映像化できないと思う。作者の仕掛けに最後まで騙された。主人公は若い男性だと思っていたら老人だった。
 久々に感心した。大どんでん返し、見抜けなかったのが主人公の年齢だったとは……

 作者が主人公と重なる……知りもしない作者に思い入れが。
 勝手に想像してしまう。主人公と同じような繊細な男性? と。勝手に想像して……

 若い頃、登場人物に恋をした。痩せるほど恋をした。
 それが名作とかではなく、江戸川乱歩の小説の同性愛者。90年前の小説がなんと、コミカライズ? BLだって? なんという表紙。文章だけでいいのに。
 BLに興味はないのだが……

 同性愛は死刑だった時代。チャイコフスキーは自死させられたか、コレラで死んだか? 
 海外ドラマではおもりをつけて海に沈められた。
『イミテーション・ゲーム』では、ホルモン療法か収監か? 

あれやこれや 21〜30

あれやこれや 21〜30

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-05-16

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 21 海辺のあばらや
  2. 22 孤独死
  3. 23 女友達
  4. 24 復活の朝
  5. 25 女友達2
  6. 26 女友達3
  7. 27 わが家
  8. 28 産後の怒り
  9. 29 従妹
  10. 30 登場人物と作者