お気に入りの音楽 6〜10
6 垓下《がいか》の歌 四面楚歌
中国の歴史など詳しくないのに、ドラマを観ていろいろ調べた。
項羽と劉邦 呂后と戚夫人 虞美人……
実はドラマを最後まで観ていないのだ。観始めたのは劉邦の奥さんの方に興味があったから。恐ろしい中国三大悪女のひとり、呂雉、呂后。
日本語吹き替えしかなくて、途中でやめてしまったが、調べると面白い。
まず『四面楚歌』の歌に魅せられてしまった。漢詩など興味はなかったのだが、漢文も苦手だったが、繰り返し聴いている。合わせて歌っている。『垓下の歌』
虞や虞や、若をいかんせん……
「項羽の陣営を幾重にも囲んだ劉邦の軍から夜、楚の歌が聞こえてきます。項羽は敵に投降した楚の兵が多いことを知って驚きました。
項羽のそばには常に最愛の女性、 虞姫と、愛馬の騅がおりました。項羽は詩を詠じます。
力は山を抜き気は世を蓋ふ。
時利あらず騅逝かず。
騅逝かず奈何にすべき
虞や虞や若を奈何せん。
自分には山を動かすような力、世界を覆うような気魄があるが、時運なく、騅も立ちすくんでしまった。騅が走らなければ、どうしたらいいのか。虞や虞や、おまえをどうしたらいいのだろう――。
「美人 之に和す」
「項王(=項羽)、泣数行下る。左右皆泣き、能く仰ぎ視るもの莫し」
項羽は覚悟していました。敗れた自分は散ればいい。だが虞姫はどうなる? 項羽は虞姫ひとりを心から愛していたのだと思います。
(NIKKEI STYLE キャリアより)
個々の戦の能力という意味で、項羽は飛び抜けた存在だった。劉邦は項羽を倒した勝因について、次のように述べた。
「帷幄のなかに謀をめぐらし、千里の外に勝利を決するという点では、わしは張良にかなわない。内政の充実、民生の安定、軍糧の調達、補給路の確保ということでは、わしは蕭何にはかなわない。100万もの大軍を自在に指揮して、勝利をおさめるという点では、わしは韓信にはかなわない。この3人はいずれも傑物といっていい。わしは、その傑物を使こなすことができた。これこそわしが天下を取った理由だ。項羽には、范増という傑物がいたが、かれはこの一人すら使いこなせなかった。これが、わしの餌食になった理由だ」(PRESIDENT Onlineより)
鴻門之会で、項羽側が宴に招いた劉邦を討ち取る絶好のチャンスがあったが、項羽は敢えてそうしなかった。宴の席で討ち取る等、卑怯者の所業であるという項羽の考えは、常に正々堂々と相手にも自分と同じ条件を用意してやった上で倒すという彼独自の美学に基づくものであったが、劉邦を生き長らえさせたことは、後の項羽にとって命取りとなった。 しかし、こうした項羽の生き方は、カッコいい男の生き様として中国民衆の心をとらえて離さず、今日でも項羽のファンは非常に多い。
紀元前202年、項羽を制し天下統一を成し遂げた劉邦は、漢王朝を建国し初代皇帝(高祖)に即位した。
しかし世は真の平和を得たわけではなく、漢の周辺では相変わらず戦が続いていた。
高祖は自らの築いた王朝が無事に皇統に継承されるかを考慮し、反対勢力となり得る可能性のある韓信ら功臣の諸侯王を粛清、「劉氏にあらざる者は王足るべからず」という体制を構築した。2代目恵帝自身は性格が脆弱であったと伝わり、政治の実権を握ったのは生母で高祖の妻呂皇后であった。
呂后は高祖が生前に恵帝に代わって太子に立てようとしていた劉如意 戚夫人の子供を毒殺、更にその母の戚夫人を人間豚と呼ばれるほどの残虐な刑で殺害、恵帝は母の残忍さにショックを受け酒色に溺れ、若くして崩御してしまう。
映画『鴻門の会』のラスト。
「だが知る由もない。我が妻が息子たちを殺したことを。
さらに知る由もない。400年後、我が帝国が地上から消え失せることを」
四面楚歌
https://youtu.be/lF37YlQfgMo
7 武満徹と石川セリ
反戦歌『死んだ男の残したものは』の作曲者は武満徹さん。ずいぶん前に、《世界の武満》の音楽を聴かなきゃ、と思ったけど……馴染めなかった。『死んだ男の……』は頭の中で鳴っています。
✳︎
『死んだ男の残したものは』は、谷川俊太郎の作詞、武満徹の作曲による歌。ベトナム戦争のさなかの1965年、「ベトナムの平和を願う市民の集会」のためにつくられ、友竹正則によって披露された日本の反戦歌の1つである。
谷川に作曲を依頼された武満は1日で曲を完成させた。
倍賞千恵子、沢知恵、鮫島有美子、林美智子、ドミニク・ヴィス、石川セリ、高石友也、小室等、カルメン・マキ、岡村喬生、やもり(森山良子と矢野顕子)、夏木マリ、大竹しのぶ、藤木大地のように、ポピュラーからクラシックの歌手まで広く歌われている。後に、林光がピアノつきの混声合唱曲に編曲。その後、作曲者の武満自身も1984年に無伴奏の合唱曲に編曲した。これら合唱編曲も合唱団のレパートリーとして重要なものとなっている。
6節の有節歌曲である。各節で、死んだ人たちや歴史の「残したもの」が2つずつ列挙されるが、その2つ以外に残したもの、あるいは残っているものは何もない、という内容の歌である。河出書房の『日本の詩人17 谷川俊太郎詩集』(1968年)に収録されている。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/死んだ男の残したものは
作詞:谷川 俊太郎
作曲:武満 徹
死んだ男の残したものは
ひとりの妻とひとりの子ども
✳︎
『翼・武満徹ポップ・ソングス~石川セリ』のライナーには
「以前、偶々、石川セリの昔のアルバムを聴いて、自分が少しずつ、機にふれて書き溜めて来た小さな歌を、彼女にうたってもらって、なにか楽しいアルバムをつくってみたいな、と空想したことがあった。」
とある。
1995年に10年ぶりのアルバムとして現代音楽の作曲家武満徹が、最晩年に手がけたポップソングのCDを発表し、純音楽とは全く異なるもう一つの武満徹の世界を紹介した。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/石川セリ
『三月のうた』は
金八先生第5シリーズで、兼末健次郎が警察に逮捕・連行されていく場面でAmazing Graceの後に流れた曲。
YouTubeでは、珠玉のメロディー、健次郎を思い出す……等コメントがたくさん。
武満徹さん、『燃える秋』も作曲していたんですね。真矢響子さん主演の映画の主題曲。
純音楽よりこちらの印税が一番良かったそう。
高音がきれいな山本潤子さん。『赤い鳥』から『ハイファイセット』そしてソロに。2014年5月から無期限の休養中。
死んだ男の残したものは 高石友也
https://youtu.be/P1tnxd6JMwY
三月の歌 石川セリ
https://youtu.be/6INUgdL0zgA
燃える秋 ハイ・ファイ・セット
https://youtu.be/o_LsAssd0KY
8 ジャクリーヌ・デュ・プレ
なにげなく借りてきたビデオだった。実在したイギリスの女性チェリストの映画。悲劇の天才。天才の悲劇……
ジャクリーヌ・デュプレが弾いたエルガーのチェロ協奏曲は私の中では上位になった。この映画を観なければ知らずにいただろうか? 知ったから余計に切ない。最期のときには第1楽章を掛けてほしいと思う。
*
ヒラリーとジャクリーヌの姉妹は幼少の頃から音楽好きの母によって育てられた。ふたりは揃って音楽コンクールに出場するが、そこで絶賛されたことを機にジャクリーヌはチェリストとしての才能を開花させていく。ヒラリーは自分の才能に見切りをつけ、大学の同級生キーファと結婚し、平凡な家庭夫人となる道を選ぶ。
22歳で天才ピアニストのダニエル・バレンボイムと結婚して、さらに名声を高めたジャクリーヌだが、心身ともに疲れ、平凡な生活を選んだ姉に羨望と嫉妬を抱いた。姉の人生をうらやみ、ついには……
心身の異常は続き、医者から多発性硬化症と診断される。
そんななか、夫ダニエルはパリで別の家庭を持つようになり、ジャクリーヌはひとり自分の世界に閉じこもるように。彼女は闘病生活を続けたが、1987年10月19日に42歳の若さで世を去った。
*
20世紀最高のチェリストと謳われた、ジャクリーヌ・デュ・プレの生涯の映画化。28歳の頂点の時に不治の病に倒れた伝説のチェリスト、ジャクリーヌ。ステージでは決して見せなかった彼女の苦悩や葛藤を、姉妹の確執を軸に、実姉の視点から描いてゆく……
なんて、妹の死後、姉のヒラリーが出した暴露本をもとに作られた作品。姉の嫉妬で書かれていて事実無根、ジャクリーヌ・デュ・プレの名誉を汚したと、クラシック界隈に大バッシングされた。
*
実姉ヒラリーと実弟ピアスの共著「風のジャクリーヌ」が原作だ。映画が公開されたときの反発は大きかった。あまりに内容がスキャンダラスで、ジャクリーヌ・デュ・プレを誹謗中傷していると、著名な音楽家たちが抗議を表明した。映画で描かれたジャクリーヌは姉ヒラリーの嫉妬によって歪曲された像だというのだ。
本作の制作費700万ドルに対し興行収入が491万ドルとズタズタの成績だったのは、ジャクリーヌの元夫ダニエル・バレンボイムからの訴訟を恐れフランスで公開されなかったことにもよる。
スキャンダラスな内容とは、ヒラリーと夫キーファが家庭を営む田園生活にジャクリーヌが闖入、神経が参ってウツ状態だったジャクリーヌが姉に「キーファと寝たい」といい、ヒラリーは仰天するものの結局夫を説得した。
ヒラリーの娘によれば父親とジャクリーヌの関係は1度きりではなく、継続的な関係だったとしている。当事者が黙っていれば絶対おもてに出なかったことだけに、不世出の天才チェリストの恥部を暴いたとして、ヒラリーへの弾劾は強かった。
ジャクリーヌは28歳のころ指先の感覚が薄くなっていることに気づく。多発性硬化症(MS)の発症だった。予想外の速さで症状は悪化し、演奏中チェロの弓を落とすようになり聴覚まで消えていき事実上引退する。
体中に震えがきて食事も喉を通らない。誰も手をつけられない。病気の進行はジャクリーヌの脳幹を侵し人格を破壊し言語能力を奪っていく。字を書くことは困難になり、記憶力が衰え、家族が訪問したことを忘れ、誰も会いに来てくれないと狂気のように怒り狂った。彼女の感情の暴力はいちばん身近にいる家族に向けられた。特に母親に凶器のような残忍な怒りが浴びせられた。MSは筋肉のコントロールに影響し、自分で頭を支えることも言葉を発することもできなくなる。
ヒラリーはそんな妹が不憫でたまらなかった。妹が夫と寝ようとなにをしようと、自然児のようなジャッキーが憎めなかった……
(Web版Womanlifeより抜粋)
エルガーのチェロ協奏曲第一楽章
https://youtu.be/UUgdbqt2ON0
9 4分間のピアニスト シューマンのピアノ協奏曲
まだ、レンタルビデオを利用していた頃、衝撃を受けた『4分間のピアニスト』
ドイツ映画です。
最後の4分間の演奏を観たくて聴きたくて何度か借りてきた。
YouTubeで検索すると、映画の予告も、4分間の演奏もありました。ほんと、便利で嬉しい。
✳︎
『4分間のピアニスト』は、クリス・クラウス監督、モニカ・ブライプトロイ、ハンナー・ヘルツシュプルング主演の2006年のドイツ映画である。
獄中の天才ピアニストと、ピアノ教師の魂のぶつかり合いを描いた映画。ドイツ・アカデミー賞では8部門でノミネートされた。
ピアノ教師のクルーガーは実在する人間である。監督クリス・クラウスが脚本執筆の参考にするため気になる人間についての情報を収集していた際に、刑務所でピアノを教えるクリューガーの写真を見つけ、そこから構想を練ったのだという。
ハンナーは1200人のオーディションから選ばれた。ピアノは触ったことがなかったといい、撮影前6ヶ月で特訓した。
80歳のピアノ教師トラウデ・クリューガーは、女性刑務所内で、殺人罪の判決を受けた21歳のジェニーと出会う。ジェニーは天才ピアニストと騒がれた過去があったが、道を踏み外し、刑務所内でもたびたび暴力を振るう問題児となっていた。しかしジェニーの才能を見たトラウデは、所長に頼み込んでジェニーとの特別レッスンを始めた。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/4分間のピアニスト
✳︎
途中はよく覚えていない、とにかくラストの演奏だけ観たくて、何度もビデオを借りてきた。『4分間のピアニスト』のラスト、実際に演奏しているのは日本人だそうです。
すごいです。ピアノは楽器。鍵盤だけでなく……やってみたい。弾けないけど。
ピアノに対する冒涜だ、という意見も少数。
『4分間のピアニスト』のラスト
https://youtu.be/vegR1EzjLvM
10 メン・コン
ヴァイオリン協奏曲ホ短調 作品64 は、メンデルスゾーンが1844年に作曲したヴァイオリンと管弦楽のための協奏曲である。
明るい華やかさ、幸福感と憂愁の両面を併せもち、穏やかな情緒とバランスのとれた形式、そして何より美しい旋律で、メンデルスゾーンのみならずドイツ・ロマン派音楽を代表する名作であり、本作品は、ベートーヴェンの作品61、ブラームスの作品77と並んで、3大ヴァイオリン協奏曲と称される。
日本の音楽愛好家はこれを短縮した『メン・コン』の愛称で本作品を呼び習わしている。
(Wikipediaより)
『メン・コン』が特別な曲になったのは、20年以上前。何気なく録画したNHKのコンサートに、ディヴィッド・ギャレットのメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲が。
衝撃……演奏も、だけど……かわいい、素敵な美少年。何度も繰り返し観た。『メン・コン』は冒頭部分しか知らなかったけど、3楽章まで頭の中で鳴っていた。
当時はまだパソコンはなかったので調べることはできなかった。が、来日してリサイタルをすることを知った。
行きました。ヴァイオリン・リサイタル。
オペラグラスで覗く。拍手に答えてアンコールを何度も何度も。初々しかった。
その後にCDを買い、並んでサインをしてもらう。
間近で見た彼のなんとかわいくてきれいなこと……
その後、来日するたびにリサイタルに。情報があると飛んで行った。
ある年、楽しみにしていたリサイタルが中止。理由はわからない。
✳︎
デイヴィッド・ギャレットは1980年生まれドイツ出身のヴァイオリニスト。4歳でヴァイオリンを始め、あっという間にコンサートをするほどのレベルになります。
11歳のとき、ドイツ大統領に招待されて演奏した後、「ストラディヴァリウス・サン・ロレンツォ」を提供され、13歳のときにはドイツとオランダでのテレビ出演での演奏などすでに人気を得ました。
https://edyclassic.com/9260/
毎日6ないし7時間は父親が付き添う厳しい指導を受け、親と離れたのはイスラエルの音楽キャンプ参加時だけであったと言うが、17歳のときに両親に内緒でジュリアード音楽学校の試験を受け合格し、ニューヨークへ移る。それまではほぼ個人レッスンか自宅での学習だったため、初めての学校生活となった。父と決別し、モデルのアルバイトで生活費を稼ぐ。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/デイヴィッド・ギャレット
ジュリアードに在学中のニューヨーク時代に、イツァーク・パールマンに入門した最初の学生になるとともに、学費を稼ぐためにモデルとして収入を得た。ファッション誌の記者からは、「クラシック界のベッカム」になぞらえられた。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/デイヴィッド・ギャレット
ヴァイオリンを弾く速さはギネスブックに2度掲載されたほどの実力。ロシアの作曲家リムスキー=コルサコフの「熊蜂の飛行」を1回目は66秒56、2回目は、65秒26で演奏し、ギネスに掲載されました。
https://edyclassic.com/9260/
2013年、映画『パガニーニ 愛と狂気のヴァイオリニスト』の主演・製作総指揮・音楽を担当する。
現在はクラシカル・クロスオーヴァー路線による活動が中心となっており、グランドピアノの伴奏によるヴァイオリン・ソナタの演奏会を行なうかたわら、キーボードやギター、ドラムからなる自前のバンドを率いて編曲ものや自作のアンコール・ピースを演奏・録音している。また、メタリカのアルバムでもヴァイオリンを演奏した。
✳︎
ジーンズでロックを演奏したり、批判もあるようだ。
『僕が子どものときに夢中になっていたのは、イツァーク・パールマンでありアイザック・スターンだった。でも、デイヴィッド・ギャレットも、パールマンの弟子だったけどああいう活動を始めたし、僕やギャレットを聴いた人は、また違うことを始めるわけでしょう。(葉加瀬太郎)
進化していくヴァイオリンの現場をとらえる「葉加瀬アカデミー」
メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲
https://youtu.be/TjXOYbhboxY
お気に入りの音楽 6〜10