騎士物語 第十一話 ~神の国~ 第九章 騒動のおさまりごと

第十一話の九章です。
戦いの決着が前回ならば今回は騒動そのものの決着です。
神の国の面倒な点が際立ちます。

第九章 騒動のおさまりごと

 人知を超えた戦い。少なくともカペラ女学園からやってきた若き騎士の卵たちにはそうとしか思えないハイレベルな勝負が決着した。
「以前とは段違いの強さ。キミの積み上げてきたモノを堪能できてボクは満足だ。これだから再戦は楽しい。」
 言葉通りに満足そうに笑う少女。その首筋には光り輝く剣が触れており、剣の持ち主は少し呼吸を乱しながらそんな少女を見下ろしていた。
「……あなたは『絶剣』……これは間違いありませんが、きっと今のあなたは最も強い『絶剣』ではありません……なるほど、昔あなたが言っていた事の意味をようやく理解できました。」
 光り輝く剣――『聖剣』を少女――『絶剣』から離して緊張の糸が切れたかのように大きく息をはいた勝者――フラールは戦闘の余波で切り刻まれた瓦礫の山にストンと腰を落とす。
「足りないのならもう一度与えてもらえばいい、必要な形は理解できている……要するにあなたはその時その時で習得したい――いえ、極めたい剣術に最も適した身体を使っている。それが元の身体を変形させたモノなのか、魂を移し替えているのかは知りませんが、今のあなたはその少女の身体でなければ極める事のできない剣術を極めたところというわけですね。」
「その通り。対人向けの剣術ではない点が申し訳ないが。」
「それでもこれまであなたが極めてきた剣術はあなたの中に存在している。百パーセントは無理でも多少は使う事ができる……まるで過去のあなたから技を共有されているようですね。」
 自身が発動させている魔法と少し似ている状況をたった一人で成立させている目の前の少女に、フラールはため息をついた。
「あなたはあなたが極めてきた剣術の集合体、身体の状態によって強さに波はあるでしょうが……そろそろ『剣聖』や『剣神』を名乗ってもいいレベルではありませんか?」
「別に『絶剣』を自ら名乗っているわけではないのだが音の響きが気に入っているのでな、まだしばらくボクは『絶剣』でいるとする。」
 ぐるぐると首や腕を回して伸びをした『絶剣』は、周囲をぐるりと見回す。
「どうやらだいぶ落ち着いてきたようだな。これならあとは本職任せで問題あるまい。ボクはボクの興味を優先するとしよう。」
 この場に登場した時に肩に乗せていた剣――フラールとの戦闘で根元から折れているのだが、それを拾い上げた『絶剣』は茫然と二人の戦いを見ていたカペラ女学園の生徒たちの方へ近づく。
「四本まではボクも経験があるが六刀流は初めて見た。ベルナークの高出力形態、そう何度もなれる状態ではないとは思うが、もう一度見せてはくれないだろうか。」
 見た目は完全に少女だが、つい先ほどまで尋常ではない剣術を披露していた人物。どうにも現象と光景のチグハグさに理解が置いてけぼりのラクスだが、素晴らしい一戦を見て思いついたアイデアを形にするべく、大きく深呼吸した。
「あー……そ、その前に一つ、提案――があるんだが……」
「提案? 技術の共有についてであればあれ以上に話せる事はないが、諦めきれないか?」
「ああいや、そっちの話じゃ……俺の六刀流――についてだ。」
「ほう?」
「あん――あなたはそれに興味を持ったと言ってくれたが、正直言って俺のあれは剣術と呼べるようなモノじゃない。あなたが極めてきたちゃんとした剣術と比べたらただ剣を振り回してるだけ……プリムラ――あなたと同じようにたくさんの剣術を身につけた奴といっしょに動きを考えたりもしたが腕が六本なんてのはどの剣術でも前提の外、未だにこれだと思える形は見えてこない。でもここに……今日ここで、あなたという……たぶん世界で一番剣術に詳しい人に会えた。」
 キョトンとしている少女に対し、ラクスは謝罪の勢いで身体を曲げて頭を下げた。

「あなたが興味を持ってくれた六刀流を、あなたの力で完成に導いて欲しい……!」

「ぷはっ!」
 ラクスの提案に誰もが反応できずにいる中、一人フラールだけが笑いをふきだした。
「あはは! これはまたすごい提案ですね、ふふふ! 世界最強の剣士に剣術の指導をお願いしますか! ですが――なるほど、良い提案です。」
 頼んだ相手である『絶剣』の反応を待っていたラクスだったが、何故かフラールが楽し気にその提案を検討する。
「世の中にある無数の剣術から琴線に触れたモノを極めてきたあなたですが、自分で流派を作った事はないのでは? これまでの経験をフル活用して六刀流という難題に挑む、実に有意義ではありませんか?」
「……面白そうだとは思う。確かに剣術を生み出した事はないし六刀流を仕上げるというのは稀有かつ得るモノの多い挑戦だろうな。しかしまだ見ぬ剣術がボクを待っていると思うとやはりそちらの興味の方が勝ってしまうな。」
「興味の矛先だけで決めてしまうのは勿体ないかもしれませんよ? 一つの剣術を形にしようとしたなら、きっと無数の剣術を極めたあなただからこそ細部までこだわった素晴らしいモノを目指すでしょうから、それなりに時間がかかるでしょう。しばらくはカペラ女学園に滞在する事になるかもしれませんね。」
「……? それはそうだろうが――」
「各地を転々とする『絶剣』がとどまる――素晴らしいですね。カペラ女学園とパイプを繋げばわたくしや聖騎士たちはいつでも世界最強の剣士と手合わせができるのですから。」
「?? おい待て、話を聞いて――」
「そしてこの繋がりはラクスさんにも利があります。共有が危ういというのであればその技術をオリジナルの使い手から学んでしまいましょう。定期的に顔を合わせるようになればそちらもはかどるというモノです。」
「へ……? そ、それは……い、いや、どういう……」
「要するに、その提案にわたくしもかませて欲しいという事ですよ。」
 座り込んでいたフラールはすっと立ち上がり、今日一番のニッコリ笑顔で演説する。
「六刀流の完成、魅力はあるが他の剣術を追い求める方が楽しそう――であればわたくしから魅力をもう一つ提供しましょう。カペラ女学園に四六時中滞在とまでは行かずとも、六刀流の完成具合を確認する為に定期的に戻る拠点として扱ってくれるのであれば、そしてその際にわたくしたちと一戦二戦してくれるのなら、わたくしはこの『聖剣』をお貸ししましょう。」
「うぇえっ!?」
 田舎者の青年のようなマヌケな声を上げたラクスに対し、『絶剣』は首を傾げる。
「いや、別にいらないのだが……武器はそれぞれの剣術に適したモノを用意する。」
「武器としてではなくエネルギー源として、ですよ。」
 怪訝な顔をしていた『絶剣』が、フラールのその一言で表情を変えた。
「作り変えるのか乗り換えるのか、何にせよあなたは一つの剣術を極めようとする際には一つの身体を用意します。あなたはあくまで剣士ですし、先ほどの戦闘からも魔法の技術が高いような気配はしませんでしたから、きっとその度に誰かに頼んでいるのでしょう。そして毎回――きっと問題として立ちはだかるモノの中にエネルギーという障害があるはずです。」
 何の話をしているのかチンプンカンプンなラクスをよそに、フラールの話は続く。
「形状の魔法か、わたくしの想像もつかない科学技術か――前者であれば好みの形に身体を変形させたとしてもそれを維持、固定させるには通常の変形魔法とは比較にならない魔力が必要になります。後者であっても、肉体を一つ作るのにどれほどの時間がかかるのか……特定の年齢まで育てるのに時間魔法が使えたらと思った事はありませんか? 『聖剣』が持つ膨大なエネルギーがあればどんな大魔術も使用可能――あなたは待ち時間なく好きな剣術を次々と極めに行けるわけです。どうです? 魅力的でしょう?」
 ラクスが提案した六刀流の完成。これに『絶剣』がのるかどうかは抱いた興味の大きさに依存し、そして本人から他の剣術を極めに行く方が良いと言われてしまった。だがそこにフラールが介入、自身が持つ手札――『聖剣』を利用し、条件を追加しつつ『絶剣』に再提案。自分が予想していた状態とはかなり異なるが得られる結果は同等――と、そんな風に理解したラクスは「ふむ」と考える『絶剣』の様子を伺う。
「なるほど……確かにエネルギーの問題は常についてまわる。ボクが望む結果を形にするには毎回規模の大きな魔法を用意するし、技術も最先端のモノを準備していた。身体を作る報酬をこちらがどれだけ積もうともどうにもならない問題としてあったそれを解消できる……条件は六刀流の完成と聖騎士たちとの模擬戦……前者はともかく後者に関しては全く面白みがない。再戦は期間をあけ、時にボクとの戦いを想定していない成長をしてくれるから素晴らしいのに、定期的というのであればどうしたってボクを意識するだろう……だが身体を用意する時間を短縮できるのは大きい……」
 提案を受けるか受けないか、悩ましいラインにうなる『絶剣』にふとプリムラが手を挙げた。
「あ、あの、新しい身体――を作る方は決まっている、のでしょうか……」
「む? 人体を作り出せる者はそれなりにいるがそれぞれに得手不得手があるからな。毎回最適な人物を探している。幸いその方法はあるのでな。」
「そ、その人探しをしなくてもよくなる――とすれば、どうでしょう?」
「ほう?」
 方法はあってもやはり手間なのか、プリムラの言葉に興味を抱く『絶剣』。
「わたくしたちの学園にはそういう事が得意な先生がいまして、あまりに膨大な魔力を必要とするので数年に一度しかその魔法を使えないのですが……それを『聖剣』で補えるというのでしたら、一度お会いしてみるのは良いかと思うのです。」
「なるほど……その人物がボクの要望に応えられるというのであればこの提案の魅力は跳ね上がる。結局今回の目的は果たせずであるし……いいだろう、一先ず学園とやらに行ってみようではないか。」
「やっ――ありがとうございます……!」
 やれやれと少女の見た目で貫録のあるため息をつく『絶剣』を横目に、そそそっとプリムラに近づいたラクスはこそこそと話しかける。
「おい、その先生ってあいつの事だろ……? 大丈夫なのか?」
「お眼鏡にかなうかはわかりませんが可能性が少しでもあるなら試してみるべきです。あの『絶剣』なんですよ? もしかしたらわたくしも手合わせ願えるかもしれません……!」
 普段の生活の中ではあまり見られないプリムラのワクワクした顔に驚きながらも話が良い方向に進んだ事にホッとしつつ、『絶剣』にお願いしたい事のもう一つを切り出そうと口を開いたラクスは、視界の隅にいつの間にかどこかの祭司のような格好をした人物と筋骨隆々とした男がいる事に気がついた。
「おや、とうとう出会ってしまいましたね。正直聖騎士たちがそろっていない状態で顔を合わせたくはなかったのですが、『絶剣』との素晴らしい一戦を通して『聖剣』の扱い方にも慣れましたから、今なら一対一でもあなたに勝てそうです。なんならお二人同時でも構いませんよ?」
「確かに……尋常ではないな、それは。」
「だっはっは! ハッタリでも自信過剰でも無いところがすごいな! ミニ『絶剣』が負けるのもしょうがないってもんだぜ!」
 話がまとまりを見せ、そろそろ一件落着という雰囲気になってきたその場所に現れたのは世界最強の十二人の内の二人――鋭い視線をフラールに向けている《オクトウバ》と、楽しそうに大笑いしている《オウガスト》だった。



「ロイド様!」
 S級犯罪者『フランケン』との戦いが終わって、そういえば自分が何もしてない事に気づいたあたしはラコフとの戦いの時に寝転がってただけのロイドとたぶん似たような気分になって……何もしてないんじゃなくて何もできなかったんだって事にモヤモヤしてたらカーミラのそんな声が聞こえてきた。
「外傷はないようですがもしや内蔵にダメージを!? 生命力を吸われたりしたのですか!?」
「そ、そんなんじゃないよ、で、電撃で痺れてるだけんんん!?!?」
 でっかいダルマみたいな……ろぼっと? を追って行ったカーミラがそっちの方からスタスタと戻ってきたかと思ったら次の瞬間にはロイドを抱き起してて、ロイドから説明を聞くや否やキスを――って何してんのよ!!
「ん……はぁ……」
 ねっとりとしたキ、キスをし終わったカーミラはうっとりした顔で真っ赤になったロイドのほっぺをさする。
「これで回復したのでは?」
「へ……あ、あれ? ほんとだ、痺れが消えたよ……」
 何事もなかったみたいにあっさり立ち上がるロイド。
「今のロイド様はノクターンモードによって吸血鬼性が高まっていますからね。それによって発現した吸血鬼の治癒能力をワタクシが更に底上げしました。」
「あ、ありがとう……」
 前にもケガを治す為とか言ってロイドに……へ、変な事してたけど、そういうの……本当に必要なのか怪しいもんだわ……この女王ならやりかねないし……
「それでロイド様、勝負はついたご様子ですがあのブリキ人形はどこへ?」
「え、えぇっと……あれだよ。」
 戦いの影響で荒れ放題になった地面にポツンと落ちてる四角い箱。表面に宝石みたいなモノがくっついてるそれを見たカーミラは「なるほど」って何か納得いったような顔をした。
「ロボットの身体の中にあった本体をあの中に閉じ込めたんだ。ミラちゃんも……戻ってきたって事はあのロボットとの決着がついたんだね。」
 ロイドのその言葉にカーミラはふらりと体勢を崩してロイドに倒れこん――だからこいつは!
「ミ、ミラひゃん!?」
「すみませんロイド様。毎夜ロイド様からの愛を受けた身で申し訳ないのですが、破壊には至らず拘束するだけで精いっぱいでした。内部のエネルギー量からしてもうじき動かなくなるでしょうが……あれからこちらの方へ伸びていたパス――電波のようなモノが不意に途切れましたのでロイド様の勝利を確信し、ここへお仕置きを受けに参ったのです。ああ、ロイド様、こんなダメなワタクシをしつけて下さいませ。」
「シツケ!?」
 グイグイくっつくカーミラを引っぺがそうと思ったわたし――たちが一歩前に出たところで、カーミラはふと近くに寝転がってるユーリに気がつく。
「珍しく張り切っていたようですが、太陽の下で無理は禁物ですよ、ユーリ。」
「はは……ちょっと、我慢できない事が、あってな……」
 多少は回復したのか、意識を取り戻したユーリがロイドに抱きついたままついでのように自分を見てるカーミラにやれやれって顔を向けた。
「ちなみにですがロイド様、瀕死のユーリの近くにある「闇」の塊――中身のあれは……」
「……! えぇっと……」
 戦いの最中、ロイドが気絶しても残り続けた「闇」――『フランケン』が身体のパーツとして使ったスパイたちの……バラバラの身体を覆ったモノ。その状態でも中が見えるらしいカーミラはロイドの苦い顔を見て優しく笑う。
「ああ……ロイド様はお優しいのですね。ノクターンモードを加味してもロイド様の吸血鬼性が普段よりも高いと思いましたがあの量の血液では無理もありません。きっとロイド様が抱かれた怒りに呼応し、増大させ、吸血鬼性が跳ね上がったのでしょう……」
「それは……大量の血液を前にロイドくんの吸血鬼の力が反応したという事か……?」
 ローゼルの質問にカーミラは申し訳なさそうな顔になる。
「ええ……そして急激な力の増大は感情を引きずるモノ――ああ、恐らくロイド様にはお心以上の怒りが灯ってしまった事でしょう。申し訳ありません。」
 再度ロイドにべったりくっつくカーミラ……大量の血に反応するなんて、ホントに吸血鬼みたいっていうか……思ってる以上にロイドの吸血鬼性って高いような……
 ……むしろ、高くなってきてる……?
「フィリウスさんたちが頑張ってくれたようで騒動は落ち着きつつあります。元凶だったらしい者もこうして倒したわけですし、ようやく本来の目的に戻れますね。何やら大勢が『聖剣』の下に集結している気配がありますから、一先ずはそこであの聖騎士を探しましょう。」
 聖騎士……そういえば元々の目的はロイドの故郷のパタタ村について知ってるらしい大きな聖騎士に話を聞く事だったわね……
「『聖剣』のところに大勢……? も、もしかして『聖剣』を狙っていた『フランケン』のスパイ――とかロボットとかがまだいたの……!?」
「いえ、集まっているのはあの教皇と魔法的繋がりのある者のようなので聖騎士ですね。持ち主がスイッチを切ったのかどこかへ消えたのか、少し前、レガリアの効果が無くなった途端に集合し始めたようですから、きっとあの聖騎士もいるでしょう。」
 そう言ってカーミラがロイドにニッコリ笑うと、あたしたち――小箱になってる『フランケン』やロイドが「闇」で包んでるのも含めて全員が上から降りてきた空の穴……じゃなくてたぶんカーミラの「闇」に飲み込まれて、気づいたらカペラ女学園の面々とフィリウスさんたちと女教皇と大量の聖騎士たちが並ぶ場所に移動してた。



「おや、また人が増えましたね。」
 ミラちゃんのキ――か、回復のおかげでついさっきまでS級犯罪者と戦っていたとは思えないくらいに元気いっぱいになったオレは、きっと今回の騒動の終幕――ラクスさんたちがレガリアを見つけた事から始まり、教皇様が『聖剣』を手に入れる為に引き起こし、『フランケン』が介入したことで事態が悪化してしまったこの事件の終わりの場面へとやってきた。
 いきなり現れたオレたちに驚きもせずにほほ笑む教皇様――フラール・ヴァンフヴィートと、その後ろにオレたちが話を聞きたいあの大きな聖騎士も含めてズラリと並ぶカッコイイ甲冑の人たち。
 見たところケガとかはしてなさそうで良かった、ラクスさんやポリアンサさんたちカペラ女学園の人たち。
 何かが面白いらしく、ニシシと笑っているフィリウスと……知らない小さな女の子。
 そして今、この中で一番ピリピリしているというか、オレにもプレッシャーが伝わってくるような圧を出している……《オクトウバ》さん。
 ……えぇっと、これは一体どういう……?
「レガリアの効力が消えた途端にこれですからね、やはり魔法による移動は封じて正解だったようです。ちなみにレガリア以外で国中に広がっていた妙な力――怪しげな電波とでも言いましょうか、それも消えていますが似た波長をそちらの小さな箱から微かに感じます。もしやその中に『フランケン』が?」
 ミラちゃん曰く、吸血鬼性を底上げしての回復だったからか、ノクターンモードはもう解除しているのだが微妙に吸血鬼的感覚が残っているオレですら何も感じない『フランケン』の箱を指差してそう言った教皇様。下手すればフィリウス――十二騎士クラスの実力者なんじゃないかと思える教皇様の質問にパムが答える。
「経緯は省きますが、この国の各地区にスパイを送り込んであなたと同様に『聖剣』を狙っていたS級犯罪者『フランケン』――の本体である小さなガラス玉がこの中に入っています。電波を遮断して魔法を封じているのですが、よくわかりましたね。」
「普段であれば気づかないでしょう。ですが今のわたくしは『聖剣』の力で色々なモノが向上していますから。」
「『フランケン』をとっ捕まえたのか! 大手柄だな、妹ちゃん!」
 場の空気を無視した大声でフィリウスがそう言ったのだが……確かにこの前のラコフとの戦いの時と同様、ミラちゃんやユーリという魔人族の手助けを公表できない以上、S級犯罪者『フランケン』を捕まえたのはパム……と、『ビックリ箱騎士団』とかいう事になってしまうのでは……!?
「その件は後で話すとして、とりあえずこの緊迫した状況はどういう事なのですか、ゴリラ。」
「だっはっは! 言うなればよそ者が干渉できない国内の話だな!」
 フィリウスがよくわからない事を言うと、教皇様がふふふと笑った。
「わたくしがこちらの『聖剣』欲しさにレガリアを使用し、他の地区の統率者たちを脅して危険と言われてきた封印を解除、『フランケン』の横槍は関係ないとしても結果として国内を大混乱に陥れました。その罪や責任、『聖剣』の今後についての話という事ですよ。」
 話の内容からして事件の黒幕である教皇様が自分からそんな事を言った。
「しかし悪い事したから逮捕で『聖剣』は没収ってなことにはならないのがこのアタエルカの面倒なところだからな! 立場的に口を出せるのは《オクトウバ》だけだ!」
「えぇ?」
 フィリウスが何を言っているのかさっぱりなオレに、横に立っていたミラちゃんが解説してくれた。
「この国が扱いに困る性質を持っているせいでややこしくなっているのです。少し調査しただけでもその特殊性――いえ、異常性はすぐに見えてきますが、そもそも「アタエルカ」というのは人間の国家間の上位機関である国際連合から便宜的に与えられた名称であり、厳密に言えば「アタエルカ」は国名ではなく十二の街が隣接しているこの場所の、いわばただの地名なのです。どこかの国の国土となる前に様々な派閥の宗教がこの場所を聖域や降臨の地などと呼んで集まってしまったので仕方なく「アタエルカ」という国の所有としているのでしょうね。」
「地名……えぇっと、地名だと……ややこしいの……?」
 我ながら何もわかっていない質問だが、ミラちゃんはニコニコと答えてくれる。
「国ではなくただの地名、即ちアタエルカという国は実のところ存在していないという事ですね。」
「えぇ?」
「そして国が無ければ罪を罪とする法律もありません。この地における最も規模の大きなルールは各地区の中で適用されるそれぞれの宗教を軸とした決まり事でしょうから、そこの人間が行った「各地区の統率者を拉致して脅す」という地区を跨いだ行為に対して作用するルールがないのですよ。」
「地区を跨いだ……え、えぇ……?」
「ちなみにレガリアも『聖剣』もアタエルカの持ち物となっていますがこれも便宜上の話。十二の地区が共通して危険物だと認識し、だからといってどこかの地区の管理下としてしまうとその地区が他よりも一段階上の立場となりかねないのでアタエルカと呼ばれる土地の中でどの地区にも属していない場所、即ち神の光の下に「置いておいた」モノですので具体的な管理者は存在しません。勝手に使おうと引き抜こうと、文句は言えても罰する事の出来る者はいないのです。」
 何やら頭の中の色んな前提がひっくり返るような気がする説明を、オレは頑張って整理する。

 アタエルカは神の光を神聖なモノと捉えて集まった色々な宗教がそれを崇めたりする為に神殿やら教会やらを建てていった結果それぞれが大きな街となった事で出来上がった国で、同じ国の中であっても宗教によって分割された十二の地区にはそれぞれの特徴やルールがあるから外から来た人は何をするにも大変な事になる……という感じのイメージをオレは持っていたわけだけど、これがまず、事実とちょっと違う。
 いつだったかフィリウスが珍しく小難しい事を教えてくれたのだが、「国」というのは最低でも人と土地と政府が必要で、その在り方を他国が認めてくれると「国」を名乗れるのだという。
 これで言うとアタエルカには人と土地はあるけど十二の地区をまとめて管理するような人や組織、ルールが無い。国際連合から言われて仕方なく国王のような立場の代表者を決めているけれどその人に何か権限があるわけではなく、せいぜい十二の地区の宗教的な対立の中でほんの少し優位に立てるくらいのモノ。結局のところアタエルカは個々に自治をしている十二の街が集まっただけの場所……なのだ。
 普通、街が集まっただけで国として数えられる事はないだろう。周辺の国よりも十二の街の方が先に出来上がったとしても街を作った人たちは独立したいわけではないし、いずれはどこかの国の領土となったはずだ。それがそうなっていないのは街が出来上がった理由――世界中で信仰されている色々な宗教が神の光の近くに総本山としてその街を作ったからだ。
 オレは宗教には詳しくないけれど、きっと十二の宗教の中にはどこかの国の国教となっているモノもあるだろうし、かつて宗教戦争を繰り広げた派閥が並んでいるかもしれない。不用意にこの十二の街をどこかの国の所属にしてしまうと混乱を招く……だからアタエルカという各宗教の総本山が集まった特別な国を作った――というか、便宜的にそういう形にした……ということらしい。
 そしてそんな特殊な状況の国……というか場所というか、地区の中ならまだしも地区を跨いで行われた教皇様の行為を罰する事が……普通なら犯罪行為になるそれを罰する決まり事――法律がないのだ。

「お隣さん同士、地区間でそういう時のルールってのを決めて代表者がハンコを押すのが普通なんだが、ここの街は宗教上の敵対関係だからそんな決め事もしてない! あるのはただ一つ、他の地区に道徳的とは言えない何かをした日には「ここの連中はこんな事をするぞ」ってな情報を流されて宗教の評判が落ちちまうっつー、常に相手の粗探しをし合う事で生まれる縛りだけなわけだ!」
「そ、そんな不安定なルールで……で、でもそれじゃあ今回の事で教皇様の……第五地区の評判は……」
「ふふふ、ええ確かに、道を疑う方が出てくるでしょうね。しかし真に強さを求める「戦士」であれば『聖剣』の素晴らしさが理解できるでしょう。一度ふるいにかけ、より洗練された強さが集まるのであればわたくしたちとしてはプラスですよ。」

 例えそれをしてはいけないというルールが無かったとしても、常識的に考えて良くない事をしたら周りからの評判は悪くなる。罰は無いかもしれないけれど信用……みたいなモノを失う事になるだろう。けれど今回の場合、そうして得られるモノの価値が教皇様にとっては失うモノよりも大きいのだ。

「結局わたくしがそれを良しとし、周りも口を出せないわけですからこれでお終いとしたいところなのですが、残念ながらこの場にはただ一人、わたくしを「罰する」事のできる人物がいましてね、今はその者の判断を待っているのですよ。」
 色々と理解が追い付いていなかったオレへの説明の時間を、今何をしているのかという解説で終えた教皇様が視線を向けた先には《オクトウバ》さんがいた。
「十二騎士には様々な特権が与えられていますからね。どんな時でも白を黒にできるわけではありませんが、少なくともこのアタエルカの一つの地区に所属している祭司である彼にはわたくしを裁く力がある――そうですよね?」
 教皇様のその言葉でようやく状況を理解する。たぶん同じ十二騎士であっても部外者であるフィリウスにはその権限がなくて、今回の騒動の終わり方は《オクトウバ》さんの判断で決まる――今はそういう場面なのだ。
「……判断を待つ、か。自慢の聖騎士隊を招集しておいて、場合によっては抵抗する気満々ではないか。」
 抵抗――例えば『聖剣』を没収するという事にでもなったらこの場にいる聖騎士全員が《オクトウバ》さんと戦う準備があるということだろう。フィリウスを始め、今まで見てきた十二騎士の強さというのはオレからすると異次元のレベルだが、ズラリと並ぶ聖騎士一人一人からもかなりのプレッシャーを感じるし、そもそも教皇様の強さも尋常ではない気がする。さっきフィリウスはよそ者が干渉できないと言っていたし、教皇様は《オクトウバ》さんを「ただ一人罰する事のできる人物」と表現したから、たぶん同じ十二騎士であってもフィリウスがその戦いに加わる事はないのだろう。そうなると《オクトウバ》さんの圧勝とはならないかもしれない……
「教皇フラール・ヴァンフヴィート……お前の行った事は強引で犯罪まがいではあるが大半は結果的に問題が無い。危険と言われてきた『聖剣』はこうして制御され、結局は長い杞憂だった。封印の解除の為に行われた他地区へのレガリアを利用した脅しも、そもそも封印が必要なかった事を考慮すればマヌケな話……無理矢理ではあったが昔から存在していたしようもないルールを無くす良い機会となった。また第二地区が口八丁で囲っていた『フランケン』も今回の事をキッカケにああして捕らえる事ができた。私や白の騎士団の自由を奪う為に展開させたレガリアの力によって『フランケン』に起因する混乱は悪化し、建物は損壊して怪我人も出たが……S級犯罪者の捕獲という結果からすれば死者がいないだけでも奇跡だ。」
 教皇様のしたことについて肯定的な結論を述べていく《オクトウバ》さんなのだがその表情は未だ厳しいままで、最後の最後、「だが――」という言葉が出ると同時に口調が強くなった。
「――問題はレガリアだ。あの危険な力がアタエルカから生まれたと公になればここに集った全宗教に悪印象を与えかねないからと全ての地区がその行方を追っていたそれを……お前は誰に渡した……!」
 ……渡した? てっきり色々と解決した――というか終わったから魔法による位置の移動を禁止していた力を教皇様が切ったのだと思っていたけど……この場にないのか……?
「あの独特な気配、各地区で暴れる者たちを制しながら追っていたが突如国内から消えた……お前のいた場所からは離れ、聖騎士の気配もなかった場所にいた何者かが――強大な気配を持つ者が持ち去った……! フラール、お前はレガリアを誰に何の為に渡したのだ!」
「持ち去った……ああ、彼女は無事に国外に出たわけですか。」
 自分に向けられているわけではないのにビリビリくる《オクトウバ》さんの迫力を相変わらずの笑顔で受ける教皇様は、遠くの空を見上げてこんな事を言った。

「危険と判断されてすぐにしまい込まれてしまったレガリアの使用方法と、詳細が失われた『聖剣』の封印、これらをどうにかする為にわたくしは彼女と取引をしました。十二騎士相手であれば……そうですね、『バーサーカー』という呼び方が理解が早いでしょうか。」

 彼女――『バーサーカー』という二つ名があるらしい女性にレガリアを渡したのか……と、オレが特に何も考えずに思っているとフィリウスとパムが目を丸くした。
「『バーサーカー』だぁ!? おいおい、トンデモナイ奴が出てきたな!」
「よりにもよって――S級犯罪者だなんて……!」
 S級犯罪者!? 他人に特定の思考を植え付けるマジックアイテムがそんなヤバイ悪党に!?
「フラール……貴様、自分が何をしたかわかっているのか……」
 わなわなと震える《オクトウバ》さんからにじみ出る怒りを前に、しかし教皇様は笑顔を崩さない。
「ふふふ、その反応はもっともですがね。こちらもあなたの言う「結果的に問題が無い」というパターンなのですよ。」
 そう言ってほほ笑む教皇様は、陽の光とは別にオレたちを明るく照らしている光の柱――神の光を指差した。
「レガリアの使い方を調べる際に彼女が言っていた事ですが、レガリアはアタエルカの外――神の光の影響の外ではただの装飾品だそうです。」
「……なに?」
「S級犯罪者の言う事を信じるのかと言われそうですが、彼女はレガリアだけでなく多くの研究者が答えを出せずにいた神の光についても納得のいく答えを出してくれました。ふふふ、あれほどの頭脳に対して『バーサーカー』という二つ名は改名した方が良いと思いますね。」
 どこからか降り注ぐ光の柱……魔法生物を寄せ付けず、光の近くで魔法を使うと威力や効果が増す。確か前に来た時にフィリウスが言っていた事だが、光の出発点を探そうと空を飛んで調べた人がいたらしいが、一定の高さまで行った段階で強制的に下へ移動させられたとか。そんな長年謎のままだった不思議な光をS級犯罪者が……?
「レガリアはこの国で生まれたマジックアイテム。そのキッカケとなったモノは当然神の光であり、レガリアの「他人の思考に影響を与える」という力は神の光に由来しているはず。ではそもそも神の光とは何か……彼女曰く、あの光は魔法になる直前の魔力――あらゆる魔法へと変換可能な魔力そのものだそうです。」
「魔力だと? 馬鹿な、魔力とは自然界に存在するマナを魔法を使う為の最適な形へと変化させたモノの事だ。魔法発現の為に使われなかった魔力は自然と霧散し、マナに戻る。」
「ええ、ですから降り注ぐ端から霧散しているのだそうです。故にここ一帯のマナ濃度はかなり高いようですよ。」
「それが……魔法の効果が上がる理由だと?」
「それもありますがメインではありません。順番に説明しますよ。」
 オレのような特に何かを信仰しているわけではない人からすると神の光の正体というのはそこまで気にならないのだが、この国の……どこかの地区の祭司らしい《オクトウバ》さんにとっては相当重要な事のようで、さっきまでにじみ出ていた圧が薄くなって教皇様の話を興味深く聞いている。
 ……あ、いや、あれは興味深いというよりは……
「神の光が発見された時、多くの人間がそこに宗教的な意味を重ねました。神が降臨する場所、神からの恵みの光……初めはそれぞれに別々のイメージを抱いていましたが、それらは次第に統合されていきました。神の光が何なのかという点については信仰によって異なりますが、神の光の力――効果についてはある程度の統一性があったわけですね。神聖な土地でも神の力が降り注ぐでも何でも、あのように神々しい光が降り注ぐ場所には安心がある、平和がある――こういうイメージだけは信仰が異なっても一緒だったのです。」
「イメージ……まさかここに集った人間たちのイメージが神の光――魔力に魔法としての方向性を与えたというのか……!?」
「さすが十二騎士、察しが良いですね。そう、具体的な力を持たないただのエネルギーに過ぎなかったあの光の柱は大勢の人間のイメージによって魔法生物を寄せ付けないだとか魔法の威力が上がるだとかの効果を持つ「神の光」という魔法へ変化したのです。」
「――!」
 魔法の発動という現象を見る時、魔力の準備が出来たなら後はイメージするだけ。そのイメージを強くする為に魔法の名前を叫んでみたり、規模の大きな魔法を安定させる為に複雑な術式や呪文を使ったりする場合もある……というかそれが一般的だけど根本的な原理はイメージだけだと授業で教わった。降り注ぐ大量の魔力というのは謎だけど、神の光に起きた現象はとても基本的な魔法のプロセスだったらしい。
「そんな神の光の影響で誕生したマジックアイテムがレガリア。何の変哲もないただのレガリアに力が宿ったのか無から生まれたのかは知りませんが、誕生した瞬間は神の光同様に効果を与えられていない魔力の塊。さながらおとぎ話に出てくる魔法のランプのようにその時点ではあらゆる願いを叶える力があったでしょう。ですが何分レガリア――王位を象徴するモノですからね。そこに与えられたイメージは王のそれだったわけです。独裁の強い絶対的な権力、黒も白に変えてしまうようなねじれ曲がった王のイメージのようですが。」
「……思考の植えつけとはひどい暴君だな……」
「あれが誕生した頃はアタエルカを統一しようと地区間の衝突が激しかったと聞きますから仕方のない流れかもしれませんね。ただ、あれは神の光の強大な力を切り取ってこじんまりさせたようなモノらしく、結局は神の光をエネルギー源としているそうですから国外ではただのレガリアに戻るのだそうです。」
「……故に問題ない、か……」
 この説明をしたらしい『バーサーカー』というS級犯罪者についてオレは何も知らないが、これをそのまま信じるというのは難しいだろう。《オクトウバ》さんも判断に困る――と思ったのだがどうにも……神の光の正体についての話が出た時から見せている少し怖い表情はそれについて考えているわけではないようだった。
「……自分で言っていたように所詮は犯罪者の言葉――この一言で今の仮設は真実だろうが嘘だろうが意味が無くなる。お前が真に言いたいことはそこではないのだろう、フラール。」
「おや、どういう意味でしょうか。」
 言葉とは裏腹にニヤリと何かを企んでいるかのような笑顔を見せる教皇様……えぇっと、今の話の中に別の何かがあったのか……?
「それこそ嘘であっても問題なく、下手をすれば十二の地区の半分はその教義を覆される……これは脅し、そうだろう? 今回の事を見逃せと……!」
「ふふふ、いけませんよ、祭司さん。皆さんに理解できるように言っていただかないと。」
 まるで何かの勝負の勝ちを確信したかのように、笑顔を神の光に向けた教皇様はこう言った。

「神の光はこの場に集った者たちのイメージによってその力を得た。即ち、神を神としたのは――」

 ギィイイイィィィンッ!!

 教皇様の言葉を遮る音。目の前の光景に変化はなく、何が起きているのかオレにはさっぱりわからない。ただ教皇様が微笑みながら上を向き、《オクトウバ》さんが怒りを……いや、例えるなら正義――だろうか、教皇様を決して許さないという意思を放っている。
「それ以上は口にするな、フラール・ヴァンフヴィート。」
 見えない何かが見えない何かにぶつかり続けているような音に、オレは《オクトウバ》さんとこの国で最初に会った時に見た攻撃――フルトさんの水のドームを攻撃し続けた見えない技を思い出す。
 たぶん今、教皇様の真上にもあれと同じ何かが降り注いでいるのだ。それを教皇様も見えない壁か何かで防いでいるからこんなよくわからない光景になっているのだと思うが……どちらにせよ二人共デタラメだ……
「お前は万死の一歩手前まで来ている。今回の件、私は何もしない。犯罪者の解説が虚偽だった場合は自己責任で処理、それで手を打つ。先ほどの言葉は二度と口にするな。」
 何もしない――この場で唯一教皇様を罰する事ができるらしい《オクトウバ》さんがそう言ったという事はこれでようやくの解決……のようなのだが脅しとは一体……さっき教皇様が言おうとした事は《オクトウバ》さんがこんなに怖い顔をしつつも手を引くほどの何かだったのか……?
 神を神としたのは……?
「だっはっは! まーレガリアがガラクタになろうがそのままだろうがもう『バーサーカー』の手に渡っちまったんだろう!? ひどい事にならないように祈りながらいざって時は『聖剣』かついだ教皇様に協力してもらうってことでとりあえずいいだろう!」
 ずっしりと重たい雰囲気を馬鹿みたいな大声で吹き飛ばすフィリウスは、パムが持っていた『フランケン』をつまみ上げる。
「誰が悪いだの責任はどうだのってのはアタエルカの連中にお任せで、あと十二騎士の俺様にできる事と言ったらセルヴィア呼んで街を戻してもらうくらいなんだがそれよりも先にこいつを然るべきところに持って行かなきゃならん! 大将たちやカペラの生徒はどうす――」
 教皇様と《オクトウバ》さんのやり取りの意味合いがよくわからないがこれで今回の騒動は終わったという事のようで、フィリウスがこの後の事を聞こうとしたその時、オレたちはいきなり吹いた突風に飛ばされて立っていた場所から数メートル移動させられて……それと同時に周りが一段階暗くなったように見える黒いドーム状のバリアみたいなモノに覆われた。
 微妙に残っている吸血鬼としての魔法感覚のおかげでわかったのだが、突風を起こしたのはフィリウスでバリアを出したのはミラちゃん。いきなりどうしたのかととりあえずフィリウスの方を見たオレはフィリウスの――結構長い付き合いだが初めて見る……焦った顔に驚いた。

「やれやれ、万能だが強者には気配を察知されて奇襲が出来ないとは皮肉な事だぞ。」

 そして聞こえてきた初めて聞く声。声の主はオレたちが立っていた場所の頭上にふよふよと浮いている光り輝く腕のようで…………腕……?
「何だこれは……!?」
「おやおや、本当に今日は次から次へと怪物レベルの猛者がやってきますね。」
 にらみ合っていた――ああいや、《オクトウバ》さんからの一方通行のにらみだったけど、そんな《オクトウバ》さんが背中に豪華な装飾のされた剣を出現させて身構え、教皇様は嬉しそうに『聖剣』を構えた。
 この場にいる「強い人」たちが一斉に警戒した……あの光る腕はそんなにまずいのか……!

「しかしまたお前か……我輩たちを金銭的に締め上げる作戦だとしたら効果は抜群だぞ、フィリウス。」

 浮いていた腕は浮いているのではなくて……こう、何というか空間に穴をあけて手を伸ばしているような状態だったらしく、すすすと引っ込んだかと思ったら今度は両手でその穴を大きく広げ、腕の主が何もない空間からぴょんと出てきて音もなく着地し、優雅に立ち上がる。
 綺麗に整った短い金髪に立派な髭、フィリウスほどではないががっしりとした体躯、高級そうな茶色いスーツにピカピカの靴……ちょっとした動作からも気品が感じられるまるで貴族のような――いや、紳士という表現がしっくり来る、そんな男に対してフィリウスはだいぶ怖い顔を向けていた。
「今日は色んな奴が登場して腹いっぱいなんだがな。最後の最後で何でお前が出てくるんだ? えぇ、『右腕』?」
 ……? 『右腕』? 確かに未だに光っている腕は右の方だけだが……
「お前がそれを持って行こうとしているからだぞ? あの監獄に放り込まれては裏に生きる大勢が困る。」
「結構な事だ、大いに困ってもらおうか。」
「既に大迷惑、『奴隷公』の一件にもお前が関わっていたと聞く。お前たち騎士は犯罪者と見れば捕まえにかかるが裏の世界のバランスにも注意を払って欲しいところだぞ。」
 紳士のような男――『右腕』……? は額に手をあてて「やれやれ」と首を振る。
「『フランケン』にしてみればただの失敗作だったが、世界最強への過程で生み出されるモノはそのどれもが一級の兵器。欲しがる奴がいるって事を知った『フランケン』は開発費を得る為にある時からその失敗作を売り始めた。それは学も強さもない路地裏の子供が騎士とやり合えるようになってしまうような代物――『フランケン』印の兵器は瞬く間に裏の世界に広がり、今や新作が出る度にオークションが開かれて名の知れた大物が大金で競り落とす。『フランケン』は裏の一大市場の一つを担っている重要な柱なんだぞ。」
「言われなくてもわかってる。だからこそ面倒な横槍が来る前にあそこに放り込まなきゃならんって話だ。お前がもう来ちまったがな。」
「フィリウス、お前は何もわかっていない……『奴隷公』にしてもそうだぞ。この前の一件以降、死んだのか姿を消しただけなのか知らないがテリオンは行方不明。裏の世界の重鎮たちは勿論、表の有力者ですらテリオンが直に調教した奴隷には莫大な金を出す。奴隷商人は大勢いるが『奴隷公』の奴隷は最高級ブランド……お前はこの短い間に巨大な市場を二つも潰したんだぞ。裏の混乱は表に影響しないとでも?」
「そういう議論は俺様にするだけ無駄だって知ってるだろう。」
 手にした『フランケン』をポケットに入れ、フィリウスは背中の大剣に手をかける。
「というかお前、これだけの面子がそろってるところにのこのこ登場した自分の心配をしたらどうなんだ?」
「馬鹿を言うな、十二騎士が二人もいる場所に出ていく奴がいるわけないぞ。」
 そう言いながら自分が出てきた空間の穴を指差した『右腕』の姿がザザッとぶれる。これは映像か何かなのか……
「安全なところに引っ込んだ状態で俺様から『フランケン』を奪還しようと? ちと舐めすぎなんじゃないか?」
「最大限に警戒しているからこその安全策だぞ。お前ならこう言えばわかるだろう、フィリウス。その穴の向こう、我輩の隣には我輩の妻がいる。」
「――!」
 妻……奥さんがいるから何なのかと思ったが、フィリウスは表情を険しくした。
「当然最後に会った時から更に力を上げており、穴越しにもアレが可能だぞ。そこには効かない奴も多そうだが効く奴も確かにいる。無関係な者が死ぬのは嫌――」
 ――と、たぶんその後にも続く言葉があったのだろうけど、『右腕』の脅し文句は急に電波が届かなくなった無線機みたいにブツンと途切れた。

「いい加減にして欲しいですね。」

 光る腕が空間にこじ開けた穴。それを覆った黒い霧が握りつぶすみたいに圧縮し、気づけば『右腕』の姿も穴も消えていた。
「予定に無い騒ぎが終わってようやくロイド様との熱い時間だと言うのに、これ以上の面倒事は結構です。フィリウスさん、どうやらお知り合いだったようですがあれは敵という判断で良いのですよね?」
 黒い霧――「闇」を操って突然やってきた謎の人物をあっさり排除したミラちゃんは面倒そうな顔でそう言った。
「お、おう、バリバリの敵だから問題はない。」
 そんなミラちゃんの行動に臨戦態勢だったフィリウスは珍しくポカンとし、同様の表情を浮かべる《オクトウバ》さんや教皇様たちを無視し、ミラちゃんは一人の聖騎士――大きな聖騎士を指差した。
「さぁ、これで終わりです。話を聞かせてもらいますよ。」



「……?」
 とある屋敷の一室。その部屋の真ん中で茫然としているのはつい先ほどまで田舎者の青年たちの前にその姿――正確には姿の映像を映していた、金色の髭をたくわえた男。会話の最中に突然話していた相手が消えたかのような状況に理解が追いつかず、同様に部屋の中で何が起こったのかわからずにいるローブと三角帽子を身につけた女と顔を合わせて数秒思考を停止させた。
「……どういう事だ……? 繋いだ穴が……いや、我輩の魔法が消された……?」
「こっちの魔法も切られたわ……穴が消えたからじゃなくて穴が消えるのと同時に解除された……嘘よね……?」
「意味が分からんぞ……あの場には誰がいた……? 右腕で繋いだ時、確かに強大な気配がしたがあれは『聖剣』のモノだろう……それに隠れて別の何かがいたのか……? まさかフィリウスの最近の動きと関係が……?」
 ふらふらとよろめいた男は、焦りを浮かべた表情で呟く。
「『フランケン』どころの話ではないのかもしれないぞ……今のは異常――我輩たちは気づかない内に差し迫った状況に追いやられているでのは……!?」



 突然登場した右腕を光らせていた立派な髭のあの人物は『右腕』の二つ名を持つS級犯罪者――と、後でフィリウスが教えてくれた。呼び方からしてフィリウスと知り合い……何度も戦った事がある相手なのかと、その辺を聞きたかったのだが「またあんなのに来られると困るぜ!」と言って《オクトウバ》さんの位置魔法でどこかへと移動してしまった。
 登場した瞬間にあの場にいた強者全員が警戒するような相手だったのだが、その登場時間があまりに短かったせい……というかミラちゃんの力にポカンとする面々をよそに大きな聖騎士にパタタ村についてミラちゃんが尋ねると、急展開にビックリしながらも大きな聖騎士はこう答えた。

「あー……パタタ村か。今日の騒動もあるがそれについて話すには一度頭を整理する必要があるのだ。明日また来て欲しい。」

 頭を整理する必要があるという不思議な理由だったが、確かに落ち着いて話を聞ける状況ではなかったし、オレはゾワリと黒い気配を出しそうだったミラちゃんを説得して明日また尋ねる事とした。
 ラクスさんたちと教皇様のいざこざというか、クラスメイトの一人が教皇様にさらわれた件については……最後まで見届けたわけではないけどちゃんと話していたから大丈夫なのだろう。結局一緒にいた小さな女の子は謎のままだったが……
 スピエルドルフに戻る前に心配だったサーベラスさんとヨナさんの様子を見に行ったが優雅にお茶をしていたようで一安心だった。カップが一つ多かったから護衛の人でもいたのだろう。大きな聖騎士に連れて行かれた聖母様もぐったりしてはいたけどケガとかはないようだった。
 そんなこんなで……アタエルカで起きている騒動そっちのけで大きな聖騎士から話を聞くという勢いだったもののちゃっかり巻き込まれてS級犯罪者とまで戦う羽目になったオレたちはどっと疲れてミラちゃんが用意してくれたそれぞれの部屋に転がった。オレの場合それはミラちゃんの部屋なのだが「ロイド様は先にお休みを。ワタクシは少々雑事を片付けてきますので。」と言ってミラちゃんは部屋から出て行ってしまい……オレは女の子の部屋で一人という妙に緊張する状態でソワソワしていたのだがミラちゃんの言う通りノクターンモードを使ったりしたのでがっつり疲れていて、気づけばベッドの上で眠っていた。

 そして何かの気配に目を開いた時、ぼんやりとした薄明かりの中、横に寝転がってオレをニコニコ顔で見つめているミラちゃんの顔が見えてきた。

「ふぁ……あ、ご、ごめんミラちゃん……何かお仕事、していたんだよね……オレだけ先に……」
「仕事というよりは事後処理です。『フランケン』とやらが作ったあのロボットの技術は危険なのでアタエルカや騎士らが拾う前にスピエルドルフで回収しまして、そういう分野に強い者に解析を頼んできたのです。」
「そうだったんだ……」
 半分寝ぼけた頭でのろのろと思考する。きっとあの丸いロボットの力というのはユーリによって弱体化させられた『フランケン』がそうならなかった場合の強さかそれ以上だったのだと……『フランケン』の言葉通りなら考えられる。
「確かに……魔法と変わらない、すごい技術だったよ……」
「ロイド様にもっと多くの吸血鬼性をお渡しする事が出来ていれば、五感を狂わせたという電波やら音やらも無効化できましたでしょう……すみません。」
「ミラちゃんが謝ることじゃないよ……」
「時にロイド様、ロイド様は今回ノクターンモードをお使いになられましたね? 吸血鬼の力を引き出しますとその後しばらくどうなってしまうか、覚えておいでですか?」
「えぇ……?」
 唐突な問いかけにぼんやりした頭にエンジンがかかり始める。

 ノクターンモードとは……経緯は未だに思い出せていないけれど、ミラちゃんの右眼――吸血鬼にだけ発現する魔眼ユリオプスを得た事でオレの身体に宿った吸血鬼としての力をミラちゃんの血を飲む事で底上げし、身体能力の向上は勿論魔法に対する感覚が鋭くなって普段よりも精密かつ多くの風を操れるようになる。ユリオプスの能力である「魔力の前借り」も使えば風の威力も剣の数も爆発的に増加する。
 それだけでも充分強力だが、一番の武器……というか利点となるのは吸血鬼という種族の能力である「闇」を操れるようになることだ。これはありとあらゆるモノを吸収したり反射したりできる力で、オレの場合はその劣化版という事になるのだがあらゆる魔法を弾く事ができてしまう。その魔法が持っていた威力や衝撃といったモノは弾けないのだが、それでも相当……ズルい力だと思う。
 ともかくそんな感じでとっても強くなれるわけだが、使い終わった後には困った……かなり困った状態になる……
 本来ほんの少ししかないオレの吸血鬼性を爆発させるので、ノクターンモードの後しばらくは吸血鬼性が小さくなる。元々がほんのちょっとだからそれがより小さくなったところで変化と言える変化はほとんどないのだが……これが恋愛マスターによって施された運命の力と重なると大変なことになる。吸血鬼性がある故に普通よりも強めに力を使われた為、ノクターンモードの後は運命の力――運命の相手に出会うという力が過剰に働くようになり、オレは……

「ラ、ラッキースケベ……状態に、なっちゃうね……で、でもこれはミラちゃんには影響しないから……えぇっと、安心してね……」
 口に出すのも恥ずかしい状態だが、幸い恋愛マスターが「人間以外」をその対象から外して力を使ったので魔人族であるミラちゃんには影響しないのだ。
「いえいえ、とても残念ですよ。ワタクシも不意にロイド様に襲われてみたいです。」
 安心どころか不満であると、変わらずの笑顔から出てきた言葉に頭が完全に起きる……!
「オ、オレは色々――困っちゃうよ……」
「ちなみにですがロイド様、ワタクシの先ほどの質問の答えはそこの一歩手前――ロイド様のお体に宿った吸血鬼性がほとんどなくなってしまうという点です。」
「あ、う、うん……」
 てっきりあの状態の話だと思ったけど普通に吸血鬼性の話だった……なんてやらしいんだオレ……!
「普段ロイド様は僅かとは言えその吸血鬼性によって好意を抱く異性をその唇で魅了……キスをしたいと思わせる力が発動していますでしょう?」
「――!! そ、そうだね……」
 エリルに変態能力と言われている変な力……吸血鬼が血を吸う時に相手に自ら血を差し出してもらう為に編み出されていった様々な能力の一つがそういう形で発動してしまったわけなのだが、吸血鬼性の無くなるノクターンモードの後では一時的にこの力も発動しなくなる。
 ……しょ、正直ずっと無くていいのだが……
「ロイド様がそのような能力を持っているのですから、同様の能力がワタクシにもあるというのはご理解いただけますか?」
 同様の能力と聞いてミラちゃんが妖艶に誘惑するようなイメージが思い浮かぶ……だぁあ、オレって奴は……!
「そそ、それは勿論……でもオレと違ってミラちゃんの場合はオンオフを操れるというか、ちゃんと制御できるでしょう……?」
「ええ。ですがワタクシと言えどもその制御が緩む時はあります。例えばこうして、最愛の方と一つのベッドの上で横になっている時などは。」
「ふぇっ!?」
 さっきのイメージが再度脳裏に浮かび、ミラちゃんの口元へと視線が動く。も、もしや気づかない内にミラちゃんにキキキ、キスをせせ、迫っているのか!? 無意識に顔を近づけてしまっているのでは!?!?
「ふふふ、ロイド様が求めるのであればいくらでもというところですが、「同様の能力」というだけでロイド様からのキスを誘う能力というわけではありませんよ。」
「そ、それは良かった……」
「ピンポイントではなく全体的に、ワタクシに魅入られてしまうだけです。」
「それは良くないのでは!?」
 思わず起き上がろうとしたオレだったのだが、ミラちゃんの言葉を聞いた瞬間、頭の中のやらしいイメージが目の前のミラちゃんに重なり、オレの身体はベッドから離れる事を拒否した。
「実はここ三日間のロイド様との夜の間もずっとこういう能力が発動……いえ、漏れ出ていたという表現が正確でしょうね。ロイド様を求めるワタクシの感情に呼応し、抑えきれない力となってロイド様へと伸びていたのです。ですがロイド様はワタクシを襲う事はなく、奥ゆかしく歯がゆくまどろむような温かさで包んでくれました。これはロイド様の吸血鬼性がワタクシの力を阻んでいたからなのです。」
「オ、オレの吸血鬼性がミラちゃんの力を…………力を!? 吸血鬼性で!? い、今なくなっちゃっているモノがミラちゃんの力を阻んで!?」
「ご察しの通り、今のロイド様はワタクシの力に対して無防備という事ですね。きっとその事を自覚した今この瞬間から、ロイド様の頭の中はワタクシにあんなことやこんなことをする計画でいっぱいになっていくでしょう。もしくは少し前から、でしょうか?」
 ミラちゃんの言葉通り、ぼんやりとした灯りの中にうっすらと見えるミラちゃんの黒いネグリジェ姿にオレの頭はあんなことやこんなことの妄想で埋められて……!!
「ワタクシも本意ではないのです。この冬休みの間に少しずつ進んでいくはずのロイド様との愛の時間……最後の日に素敵なひと時が来ると確信はしていたのですが、この三日間で既に我慢の限界なのです。吸血鬼の力で誘惑するなどムードも何もありませんが、溢れ出る感情が止められないのも事実……どうしたものかと悩んでいたところにロイド様の吸血鬼性が一時的に無くなるこの状況――すみませんがどうしようもありません。」
 すぅっと伸びたミラちゃんの手がオレのほほに触れる。瞬間、雷が落ちたみたいな衝撃が身体を走り、ほほの上のミラちゃんの手――というか指の動きに全神経が向く。
「記念すべき最初の触れ合いはもっと……えぇ、美しくとろけるようなモノが良いとは思います。ですが……ですがもう……ワタクシはもう……」
 手を伸ばす程度の距離はあったオレとミラちゃんの間は次の瞬間にゼロとなり、横にいたはずのミラちゃんはオ、オレの上にののの乗っかって両腕を掴んでいて……!?!?
「あぁ……はしたないワタクシを、どうかお許し下さい……」
 流れるように、一切の隙なく、抵抗のしようもない完璧な動作で、オレの口はミラちゃんの唇に塞がれた。
 全身に走る、先ほどとは比べ物にならない衝撃。ミラちゃんとキキ、キス――するのは初めてというわけではないけれど、今までのそれとは完全な別物。普段は抑えている――オレ自身の吸血鬼性である程度緩和されていたらしい吸血鬼の力がフルパワーでオレの頭を真っ白にしていく……!!
「んん……ん……」
 腕をつかんでいた両手がオレの腕の上を滑って指に絡む。ノクターンモードの時に感覚が鋭くなるみたいに、オレの全神経がフル稼働して密着しているミラちゃんの身体――その起伏や柔らかさを手で触れているかのように知覚させる。
 理性的にヤバイ状況というのは何度かあったわけだけど……今回は本当にオシマイになる……かも、しれない……



「まあまあ今夜はここ数日で一番ね! ついに姫様とロイド様が!」
「喜ばしい限りだがこれは困ったな。贅沢な問題ではあるが。」
『代わりになりそうなモノを至急運ばせているが、このまま増大し続けるとなると空へ散らせる事になってしまうな……』
 田舎者の青年が吸血鬼の女王と触れ合い、友人たちが戦いの疲れでぐっすりと眠っている時、彼らが一室を借りているスピエルドルフの王城、デザーク城の外では魔人族たちが走り回っていた。
 その魔人族たちはフェルブランド王国で言うところの国王軍――レギオンと呼ばれる部隊に所属している面々で、実のところ彼らはここ数日の間女王がベッドに入ると同時に城の外に集合してある事を行っていた。
 昨日までは三つあるレギオンの内の一つが対応していたのだが、今日は人手が足りずに全てのレギオンが駆り出され、それらの長であるレギオンマスターを務めている三人は困ったように城を見上げていた。
「歴代の王たちも吸血鬼の特性上、愛する者と過ごす際には膨大な力が周囲に漏れ出ていたと記録にあるが、放っておくと城を崩壊させかねないなどという記述はない。姫様かロイド様か、もしくはお二人の相互作用なのか、これは過去に例のないレベルだぞ。」
 三つのレギオンの一つ、陸のレギオンのマスターである魔人族――二本の脚で立ち上がったトカゲが軍服を着ているような姿の、種族を考慮するならば蛇人間という表現になるだろう人物、ヨルム・オルムは蛇の頭ゆえに「表情」というモノがわからないが、口調からは先ほど口にした「嬉しいのだが対応に困る」というような心境が感じられ、二股にわかれた舌を時折シュルリとのぞかせながらため息をつく。
『魔力でもマナでもない、吸血鬼の純粋な生命エネルギーとでも言うべきか、この容器一つ分で一山は消し飛ばせてしまう。それがこんなに溜まるとは……』
 ヨルムが蛇人間であればこちらは水人間――水の塊が人型となって軍服を着ているような状態の者――海のレギオンのマスターであるフルトブラント・アンダインは大人が一人入れるくらいの大きさの樽のような容器が山のように積まれていくのを眺めている。
「愛よ、愛! アレの討伐すら現実的になるほどの愛の力! スピエルドルフの未来は安泰だわ! あぁ、今頃はどんな状況なのかしらね!」
 蛇人間、水人間と来て次は鳥人間――二人がエネルギーについて考えているのに対し、一人田舎者の青年と女王の進展具合にテンションを上げているのは、外見を表現すると人間の頭部が鳥のそれになって背中から翼を生やしている人物が軍服を着て立っている状態。空のレギオンのマスターであるヒュブリス・グライフはあれこれ想像しながら一人で楽しそうにしていた。
「覗きに行こうなどとするなよ? お前の眼ならばできてしまうが。」
「失礼ね、わたしは亀じゃないわよ。」
『お二人の時間はお二人だけのモノだ。私たちは周りの心配事と面倒事を片付けるのみ……』
「ああ……姫様が言っていた右腕を光らせた人間の件か。」
 それぞれの下についているレギオンの面々が樽のような容器をせっせと運んでいる中、三人は険しい雰囲気になる。
「似ているだけの無関係ならば良いが、『傲慢卿』が絡むとなると厄介だ。」
『今も節操なく頭のおかしい大魔法をばら撒いているらしいからな……人間の悪党に渡っていても不思議はない。』
「それでもそっちはもしかしたらよね? 確実に面倒なのは神の国にいたっていうハブル・バブルじゃない?」
「ハブルがいるという事はアリスがいるからな……アレからするとロイド様は確実に興味の対象、遅かれ早かれ遭遇する事になるだろう。」
『気が重いことだ。ロイド様の学校にラビリスが現れたという話もあるのだろう? ハブルらの仲間なのか別口か、ここに来て我々絡みの問題が急増しているな。』
「護衛に関しては今以上の事をすると目立ってしまうからな。ここは攻めの手を考えなければなるまい。さもなくば姫様がロイド様の通う騎士学校に入学しかねん。」
「それはそれでありだと思うわよ。さっきも言ったけど、アレを滅ぼす……までは行かなくても百年くらい黙らせる事ができたらそういう選択肢も出てくるわ。」
『確かに、一度真面目に考えてみるべきかもしれないな。』
 女王の力によって膨大なエネルギーに覆われてしまっている城から視線を移し、三人は遠くの方に見える一つの山を見つめた。周囲に同程度の山が無い上に絵に描いたような左右対称のシルエットを見せる美しいその山は、しかしどういうわけか時折その形状を歪ませる。
「……何にせよ、まずは今宵、城を守り切ってからだな……」



 滅茶苦茶に木々をなぎ倒して家屋を吹き飛ばす暴風のように熱のこもった感情がうねるその裏側で、記憶のような何かが……映像がオレの中で明滅する。

「滅びよ悪魔! 神の御意思はここにある!」

 真っ白な光の中。強い向かい風へと歩いていくような感覚。
 不意に激痛が肩……右肩に走る。たぶん、右腕が無くなった。

「君は悪い魔法にかかっているのだが少年! 悪魔の側に立つなど、正しい行いではないぞ!」

 更なる激痛が膝……左膝に走る。たぶん、左脚が無くなった。

「おのれ悪魔め! このような少年を惑わすとは!」

 重なる激痛が胸の辺りに走り、息の代わりに血が噴き出す。たぶん、胸に穴が空いた。

「許せ少年! せめて浄化を、清らかなる魂へと戻さん!」

 伸びる左腕。皮が剥がれ、露わになっている筋肉の繊維が前へ手を伸ばすごとに削れ、骨が覗く。

「これほどの意思を――強き魂を悪へ堕としたのか! 万死に値するぞ!」

 感覚はないが何かに触れた音がする。さっきまで視界に映っていたボロボロの左腕がいつの間にか消えているのは、きっと眼が無くなったからだろう。それは確実だと思うのだが何故か視界は真っ白なまま。
 何もかもが不可思議な状況で、だけど「それ」をしなければならないという意思だけが燃えている。
 オレは――



「おはようございます、ロイド様。」
 悪夢……ではなかったと思う。でもあまり思い出したくはないような衝撃があった夢にパチッと目が開き、オレにそう言ったミラちゃんを視界に捉える。
 オレの身体に重なりつつ上体を起こしてオレを見下ろすミラちゃんは一糸まとわぬ姿で美しい胸を揺らし、唇から喉の辺りまでを真っ赤に染めていて……!?!?
「びゃああああああ!?!?」
 オレは色んな意味で絶叫した。

騎士物語 第十一話 ~神の国~ 第九章 騒動のおさまりごと

ラクスくんたちカペラ女学園の面々に『絶剣』が加わり、こちらもこちらで物語が進んでいく気配がしますが主人公チームはロイドくんたちなのでそれを描くのはまた先の事になりそうです。

神の国での騒動ですが、ロイドくんが言うようにきれいさっぱりな解決とはならず、結局教皇様の手の平の上でした。この怪物じみた強さの人は今後も顔を出す気がします。

次は騒動のその後、パタタ村についてなどを話しつつのエピローグですね。
不意に登場した『右腕』とは何者なのでしょうか。

騎士物語 第十一話 ~神の国~ 第九章 騒動のおさまりごと

『フランケン』やフラールとの戦いが終わり、騒動が収束に向かう。 今回の首謀者であり騒ぎが大きくなってしまった原因である教皇フラールに対し、 十二騎士の《オクトウバ》が裁決を下す。 そして全ての終了の中、不意に謎の人物が登場し――

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-03-06

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