雨の日のまほうつかい

「おばあちゃん、雨すごいね」
真の言葉におばあちゃんは「そうだねぇ」と優しく返した。
「僕、雨嫌だよ!だって友達と外で遊べないもん!」
「そうかい。でもねぇ、雨はねぇ。清廉でいて、人々の御魂を磨く天界からの贈り物なんだよ」
毎年梅雨の時期がやって来ると、真のおばあちゃんは口癖のようにそう言った。真はおばあちゃんに尋ねる。
「おばあちゃん。セイレンってなーに?」
「綺麗な水のように清らかなことさ」
「じゃあじゃあ、ミタマってなーに?」
「魂のことさ。まことにも、おばあちゃんにもある。生命あるものには御魂があるのさ」
「ふーん。じゃあ、テンカイってなーに?」
「それはねぇ、お空のさらに上に広がる世界のことだよ」
「そんなの、本当にあるの?」
真が首を傾げて疑問を口にすると、「あるのさ」と答えてから、遠い目をしておばあちゃんは続ける。
「私が子どもの頃にねぇ。一度だけ天界に行ったことがあるんだ」
「へー! 僕も行ってみたい!」
縁側に座る真は、そう言って足をバタバタさせる。はしゃぐ真を真のおばあちゃんは目を細めながら見る。
「ねぇ。魂ってどこにあるの?」
「それはわからないねぇ。ただ、きっとあるのさ」
「そうなんだ。なら、僕が見つけるよ!」
真は元気よく答えた。その言葉を聞いたおばあちゃんは「うんうん」と頷くも、その後咳き込んでしまう。
「大丈夫?」
咳があまりにも辛そうだったので、真はおばあちゃんにそう尋ねた。
「うん。少し横になっていれば治るから」
「そっかぁ……。おばあちゃん、お大事にね」
しゅんとする真を見て、真のおばあちゃんは優しく微笑む。そして、ゆっくりと手を伸ばし、真の頭を撫でた。
「真は優しいね。でも、気に病まないでちょうだいな。それより、もうすぐ夕飯の時間だからお母さんを手伝ってくれるかい?」
「うん!」
真は大きく返事をして台所へと向かった。

その日の夕食後。お手伝いの食器洗いを終えた真は部屋へと戻り、ベッドの上に寝転ぶ。天井を見つめていると、昼間の出来事を思い出した。
「タマシイかぁ……」
不思議に思った真はスマートフォンを手に取り、検索ウィンドウを開く。そして、『タマシイ』『テンカイ』といった単語を打ち込む。しかし、画面に表示されたのは真の知らない情報ばかりだった。
(なんだか難しいことばっかり書いてあって全然わかんないや)
真はそう思って、スマホを閉じた。結局、魂という漢字があるのを学んだだけだった。そのまま真は目を瞑って空想に浸る。雨の音が外からする。
(でも、雨が魂を磨くんだ……)
雨の音が気持ちよく感じ、そのまま真は眠りについた。

翌朝は月曜日の朝だった。いつも通り学校へ向かう真は、昨日見た夢を思い出していた。真は不思議な世界に迷い込む少年の夢を見たのだ。
「変な夢だったなぁ……」
傘を差して歩く真はぼそりと呟いた。その時、真は後ろから声をかけられた。
「おはよう、まこと!」
振り向くとそこには親友の明がいた。
「あ、おはよう。あきくん」
「今日も元気がないぞ! どうした? 何かあったのか?」
「うーん……。なんかねぇ、変な夢を見たんだよ」
「どんな夢?」
「えっとね。男の子がいて……。それで……」
真は夢の話をしたが、上手く話せなかった。
「なんだろう。わかんないや」
「ふーん。まあいいけどさ」
明はそう言うと、前を向いて歩き出した。
「あ、待ってよ!」
真も慌てて追いかける。二人は一緒に登校し、教室に入った。クラスメイトが挨拶をする中、真は自分の席に着く。するとすぐに担任の先生がやって来た。
「はい、みんな静かに。朝の会を始めますよ」
「きりーつ、礼!」
生徒達はめんどくさそうに立って、礼をする。そして、着席の合図の前に座るものもいた。明もその一人だ。
退屈な授業は雨の日の陰鬱さでよりつまらなく感じる。先生の話を聞きながら、真は机上のペンや消しゴムを指先で突いて動かしていた。
「天界かぁ」
真は絵を書く。傘を持った少年が、雨の中そのまま空へと飛んでいく絵を。でも、直ぐに消しゴムで消して、誰にも見られていないか周りを確認した。
(今日の給食はカレーだ)
真はお腹が空くのを感じて、早く時間が過ぎればいいのにと願うのだった。

「あきくん、じゃあね!」
「おう! じゃあな、まこと!」
真は帰り道の途中で明と別れて一人になる。依然として雨はしとしとと降っていた。先生によるとこれから雨足が強まるという話だ。だから、寄り道はするな、と。そういうわけで、真は明と別れてからは足早に帰っていたはずだった。だけど、気づくと、真は知らない場所にいた。
(ここ、どこだろう?) 
辺りを見回す。雨が強くなっていた。でも、それらの雨は優しい降り方だった。まるで、真を包み込むように、雨は優しく降る。
「あ! お魚さんだ!」
真は雨の中に泳ぐ魚を見つけてはしゃぐ。真は誕生日に魚図鑑をねだるほど、魚好きだった。
(もっとお魚さん出て!)
何故か、そう願うとお魚さんが出てくると思った。そして、真の願った通りにお魚さんたちが水たまりの中から宙へと泳ぎだす。
雨の中、真はレインブーツで水溜りの中をタップダンス。雨も魚さんも、跳ねて踊って、とても楽しそうだ。真はなんだか嬉しくなった。風が吹く。傘が風を受けて、真の体を宙に浮かせた。そして、どんどん高くなっていく。魚さんたちは真の周りをそよそよ泳ぐ。気づくと、真の住む町が黄色いレインブーツよりも小さくなっていた。まるで、真が町を踏んでいるかのようだった。
「あ、雲の中!」
視界は雲で遮られる。空気がひんやりと冷たい。真は、雲ってもふもふしてないんだ、と驚き、お母さんかお父さん、それか先生に後で話そうと決めた。
雲の上に真はたどり着く。もう、雨は降っていない。青く晴れ渡った白い雲の上には町があった。遠くから、美しい音楽が聞こえる。
「ここって、天界なのかな?」
真は興味本位で雲の中を歩いていく。すると、大きな門があって、真はその前まで行く。
「あのー。すみません」
「おや、君は下界の子じゃないか」
門番のおじさんが真の顔をよく見て言う。
「あの、ここって天界ですか?」
「ここ?ここは、そうだねぇ……。天界だよ。だけど、君が来るにはまだ早い。だから、目覚めなくちゃいけないんだよ」
「目覚める?」
そうだ、と門番のおじさんは頷くと、忽ち大きなトラックにその姿を変えていき、そして大音量でクラクションを鳴らした。
「あ!」
一歩後退る。気づくと通学路にあるいつもの交差点だった。危うく轢かれるところだった、と真はドギマギする。
(夢、だったのかな?)
真はそう思って、傘を避けて天を仰ぐ。雨はやはり降る。けれど、その日から真は雨の日が好きになった。だって、お魚さんたちと泳げるから。真は雨の日のまほうつかいなんだ。

雨の日のまほうつかい

雨の日のまほうつかい

小学生の真は雨の日が嫌いだった。でも、そんな真の考えを不思議な体験が変えることになる。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-01-14

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