フリーズ49 E.E.(エタニティ・エクスタシー)

フリーズ49 E.E.(エタニティ・エクスタシー)

ミクロコスモスの死ーthe end of life is deathー

 箱を運ぶ。デカイ箱だ。中に何が入ってるのかは知らないが、俺の操縦るフォークリフトから伝わる感触は重い。こんな場所だ。中にはきっとやべぇのが入っているに違いない。この地下労働施設に来てから3年が経った。ここにいる奴らはみんな頭がイカれてやがる。
 罪人から、薬中、アル中、借金まみれ。良き市民から除外された俺らは、精神疾患を演じても、最近の科学技術には嘘をいとも簡単に見破られちまう。
 箱を巨大なエレベーターに積むと、また再び次の箱を運ぶためにハンドルを回してアクセルを踏む。
 昔は海外移住者の引越しの荷物で満ちた、チンケな倉庫で働いていた。あの頃はタバコで満足していたんだ。朝8時から仕事が始まる。午前10時の休憩に、昼休憩、そして16時の休憩は、ずっとヤニを吸っていた。だが、ある時同僚がこんな話を持ちかけたんだ。

「これを吸えば最高に幸せになれるんだ」

 その薬の名は『エタニティ・エクスタシー』といった。エタエクやE2なんて略語で呼ばれてたが、その日から俺の人生は狂っちまったんだ。
 貯金全てをE2に使った。仕事も休んだし、結局借りちゃいけねぇところから金を借りて、返せなくなった。
もう、二度とE2は吸えないだろう。なら生きていても仕方ねぇじゃねえかよ。くそっ。
 腹が立っていた。だから、アクセルを強く踏んでしまった。それに伴ってフォークが箱に刺さった。

「やべ、やっちまったよ」

 箱に穴が空いてしまった。俺はすぐさまフォークリフトから降りて、箱の損傷を見に行った。そう言えばこんなこと初めてだ。周りを見る。監視はいなさそうだった。そうだなぁ。気になってたし、中身を見てみるか。
 俺は興味本位で穴に手を伸ばした。

「ん? なんもない」

 中は空洞だった。中に突っ込んだ手は空を切る。では、あの重量はどこから来ているのだろうか。その時、洞窟の奥の方から声がした。監視か? だが、小さな声でよく聞き取れなかったが、女の声に聞こえた。監視に女はいない。女の声なんて聞くのは何年ぶりだろうか。
 俺は洞窟の奥の方へと向かう。すると、一つの扉があった。機械式の鉄の扉だ。近づいても反応はない。扉の横についているセキュリティロックを解除しないといけないのだろう。聞こえてくる女の声は先程よりも大きい。どうやら、この扉の奥からしているようだ。

「……誰かいるのか?」

返事はない。

「おい!  開けろ!」

やはり返事はなかった。

「おいって言ってんだよ!!」

 力任せにドアノブを引くと、それは開いた。鍵はかかっていなかったのだ。中に入る。そこは広い空間になっていた。

「なんだこれ……」

 よく見ると、そこには人影があった。そこにいたのは、いや拘束されていたのは少女だった。だが、その体は異様だった。四肢はなく、ところどころ流血し、骨も見えている。普通には生きているようには見えなかったが、どうやら息はしているらしい。俺は恐る恐る近づいて見てみる。

「あなた……だれ?」

 少女の声だ。力細く、今にも命の灯火が消えてしまいそうな声だった。

「俺は、この施設で働かされているもんだ」
「そう。なら、一つお願いを聞いて頂戴」
「お願い?」
「ええ。その代わりに、私の身分証明書を渡してあげるから。ないと、ここを出られないんでしょう?」

 女は全てお見通しといったようだった。そう。実際にこの施設から抜けることはできる。逃走経路は既に確保してあるし、いつだって出れたんだ。だが、俺には身分証明書がない。外の世界は身分証明が全てだ。犯罪歴や出自まで、全てを身分証明書で管理されてる。この施設にいるやつらは表向きは死んでいるのだ。だから、ついぞ脱出することができなかったのだが……。

「で、お願いって?」
「致死量のE2を私に打ってほしいの」
「E2!? ここにあるのか?」
「ええ。そこの棚に入っているわ」

 俺は言われたままに棚を探った。あった。大量のE2がガラス管に詰められていた。こんな量見たことない。俺が今までに打った量の倍はある。よだれが口から垂れた。こんなの、たまらない。
 俺はすべてのE2を女の前に持っていった。その醜い姿でも、脳さえあれば同じ快楽なのだからな。

「何本いく?」
「そうね。13本でお願い」

 俺は言われるがまま、青い液体で満たされた管を注射器にセットして、少女の首に注射する。一本、一本、入れていくたびに、少女の瞳はキマってきた。そう。もはやここを見ていないんだ。

「ありがとう。愛しているわ」

 少女は言った。そうかい。少女が死ぬまでは数分だった。そりゃ、一本入れるだけで死ぬ可能性のあるE2だ。13本もいけばそうなるよな。俺は少女の亡骸を弄り、彼女の身分証明書を見つけた。
 これで、俺は外に出れる。だが、目の前には20本以上のE2があった。そうだな。人生とか、外に出ても退屈、苦痛だしな。それに、E2の取締も年々厳しくなっている。こんな量を味わえるのも、この機会が最後だ。なら、一つしかないよな。
 俺は、残ったすべてのE2を腕に注射した。消える消える。理性が消える。楽しい嬉しい悦ばしい。消える消える時間が消える。これが刹那で永遠で。消える消える空間が消える。我も彼もなくなって、全てとつながることを覚えた。終わる終わる命が終わる。

 命は、まるで火のようだった。煩悩の火は、万象の風によって消え、凪いだ水面に映るのは、何も知らない君だった。

 消える終わる無に還る。
 宇宙は無から。
 
 そうか。箱に何も入ってなかったのは、あの中に宇宙があるからだ。これから始まるんだ。宇宙が終わって、また。だから大丈夫。

「ご苦労様でした」

 それが最後に聞いた言葉だった。

ー幸福についての詳察ー

 最近、全て脳なのだと理解してしまいました。というのも、近親の死を間近に見てしまったからです。悟りとか解脱とか涅槃とか、そういった幸福は、脳が傷んで病んで、死に近づいているということだと気づきました。同じことが麻薬でもできるんだろうなぁと思いました。
 全ては脳の幸福物質が作り出す感情なのです。そう考えると、とても人生に重みが感じられなくなりました。
 この小説の「俺」が人生ではなく薬による快楽や幸福を求めたことを、前の私は否定していたと思います。ですが、今の私は善悪とかないと思っているのです。思ってしまっているのです。
 私の叔父がヘビースモーカーです。私はタバコさえ吸ったことはないけれど、今まで彼のことを否定していました。家族もタバコをやめろと彼に言い続けました。今ではその行いがなんと愚かだったのだと思うようになりました。彼は彼なりに考えて、タバコを吸っているということが分からなかったのです。彼には彼の幸せがあったはずでした。

 まとめると、酒とかタバコとか薬物とか、中毒性のあるものは、たしかに健全な社会生活を阻害するものですが、幸せとは何かを考える上で参考になります。

 私は幸福には3種類あると思っています。
一、欲を満たしたときに得られる短期的な幸せ。
二、愛や社会的ステータスなどの長期的な幸福。
三、死や薬物などによる病的な至福。

 他にも分類の仕方はあるかと思いますが、もし真実がこのような幸福であるならば、幸せになることを人生の目標にすることはとても虚しい気がします。

 私は悩みました。

――なんのために生きる?
――人生に意味なんてない。
――生きる意味を求めるなよ。

そして、一つの結論に至りました。
創ろう、と。

フリーズ49 E.E.(エタニティ・エクスタシー)

フリーズ49 E.E.(エタニティ・エクスタシー)

脳さえあれば同じ快楽なのだからな。…………私は悩みました。 ――なんのために生きる? ――人生に意味なんてない。 ――生きる意味を求めるなよ。 そして、一つの結論に至りました。 創ろう、と。

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • 成人向け
  • 強い反社会的表現
更新日
登録日
2022-11-12

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  1. ミクロコスモスの死ーthe end of life is deathー
  2. ー幸福についての詳察ー