フリーズ47 order

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暗い部屋の中、女が男を取り押さえていた。女は声を大にして男に向かって語る。

「私はいつだって神を殺すことができたのです」

取り押さえた男は抵抗しなかった。そのうなじからは3本の青い液体が入った透明な筒が丸見えになっていて、取り押さえている女はそのうちの二つを外し、残り一つに手をかけていた。

「私はいつだってあなたを殺す地位に就くことができたのです」

あぁ、神よ。赦し給え。人間は愚かにも、自らが神よりも全知全能であることを疑わないのです。

もう言葉も発することのできない男を見かねて、女はため息を吐く。男の顔は青白く、死んでいるかのようだった。

「十秒だけ時間をやる。その間に答えろ」

外されていた二本の筒がうなじの機構に嵌る。その瞬間、男の顔に生気が宿った。そして、男は告げるのだった。

「女神は9月に孵化する」
「9月?」

女は首を傾げるも、油断は見せなかった。男は最後を悟り、いや、受け入れた。青い液体が、異常な速度で吸収されていく。

『警告。既定値を遥かに越えるエンドーパの転換が行われています。今すぐ、生命機構を停止してください』

「お、お前! まさか!」

殺されるくらいなら、自分で。
どうせ最後なら、いっそ。

「あぁ、シアン。私はついに、人生の謎を見つけたぞ」

男は恍惚とした表情で、涙で濡れた頬を緩ませる。女は理解した。この存在は今、この刹那に最大の輝きを持って、終わりを迎えようとしていることを。

「わかった。もういい」

諦めた女は3本の筒を抜いた。その瞬間、男の体から魂が消えるのだった。世界から、神が消えるのだった。

世界が裏返る。理は崩壊する。
人間を動かすものは、何?

女は男の目を取り出した。そして、彼の家の中を探す。だが、お目当ての品が普通の場所にあるわけもないことは、女も知っていた。

仕方ない。女は男だったものの元まで行き、抜いた3本の筒の中の液体を慎重に一つにまとめた。そして、自身のうなじを開く。そこから水色の液体で詰まった筒を取り出すと、中身を床にぶちまける。

「これで、私も」

女は喜々として青い液体を空っぽになったばかりの筒に移し替えた。そして、自身のうなじに入れる。

――これは刹那のことだった。

晴れる世界は、明るく見える。
星も、空も、大地も、人も。
命あるすべてのものの輝きや醜さが、集う。
最果ての景色は、未来と過去の交差点。
歓喜した。
この上ない、無上の幸福は、なんて永いんだ。

――これは永遠のことだった。

ああ、生まれてきてよかった。
ありがとう。
殺してしまってすまない。

女はエデンを見た。その見張る景色はあまりにも美しく、狂おしいほどの快楽を味わってしまったせいで、女は何度も絶頂し、四肢が震えて、立っていられなくなった。結局、女は濡れた床に座り込む。だが、その瞳はもう暗い部屋を見てはいなかった。



卵があった。血濡れの卵が。赤いスープに満たされた卵は、終末のような9月に孵化した。
中からは、一人の女が現れた。

――私は七回ボタンを押した。

その女の髪は金色に染まり、その肌には朱色が差していた。
金色の髪を靡かせながら、彼女は言う。
「これが、私の生きる理由だ」
「……そうか」
女は微笑む。
「なら、仕方がないね」
女もまた、笑う。「あぁ、そうだとも」
女は、女は、女は、女は…………。
女は笑みを消さないままに、ゆっくりと立ち上がる。
「さぁ、世界を滅ぼそう」
「うん」
女が、手を差し出す。
「一緒に」
「あぁ」
二人は、手を繋いだ。
それは、世界の終焉だった。
二人の女は、世界の終わりを見届けるために、歩き出した。
女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は、女は……。

――私は七回ボタンを押した。


それは、女神と呼ばれる存在だった。
「…………」
女神は何も言わず、裸のまま立ち尽くしていた。
女はその美しい姿に見惚れながらも、彼女の体を拭いて服を着せた。女神はされるがままに身を任せていた。まるで人形のように大人しくしている。しかし、その表情には感情がなかった。
「名前が必要だね」
女は言う。女神は何の反応も示さなかった。
「君はこれから、シアンだ」
女神は反応しない。
「私のことはママと呼んでくれ」
「……」
女神は無言だった。女は少しだけ悲しげに笑う。そして、女神の手を取った。すると、女神はようやく口を開いた。
「……私は、誰?」
「君の名前はシアンだよ。さぁ、行こうか」
女は女神を連れて外に出た。そこは、荒廃した街だった。
「ここはどこ?」
女神が尋ねる。女は答えた。
「ここは地獄だ。いや、天国かもしれないが」
女はそう言って笑った。
「君の生まれた場所だよ」
「……」
女神は黙って俯いた。そして、女は続ける。
「さぁ、まずは服を買いにいこうか」
二人は歩き出す。
荒廃しきった世界で、人々は死に絶えていた。
「あっちの世界はどうなっているかな?」
女神が尋ねた。
「さぁ、どうだろう?」
女が答える。
「わからないよ。私はずっとここにいるから」
「どうして?」
「神を殺したからだ」
女は答えた。
「私もいつか死ぬ」
女神は呟く。
「死んだら、また会えるの?」
「そうだとも」
「……」
「ほら、着いたぞ」
女が立ち止まる。そこには古びた洋服屋が建っていた。看板には『Closed』と書かれているが、鍵はかかっていなかった。扉を開けると、中には誰もいない。薄暗くて埃っぽい店内は、時の流れを忘れてしまったかのようだった。
「好きなものを選んでいい」

――私は選んだ。私はまた七回ボタンを押した。

「好きなものを選んでいい」
女は言った。女神は首を傾げる。
「お金を持っていないわ」
「大丈夫だよ」
女は微笑む。女神は何も言わなかった。ただ、並べられている商品を眺めるだけだった。女はそれを気にせず、店の奥に入っていった。しばらくすると、いくつかの衣類を持って戻ってきた。
「これなんか似合うんじゃないかな?」
女は白いワンピースを手に取る。
「これは?」
「これはワンピース」
「じゃあ、こっちは?」
「スカートだよ」
「じゃあ、この青いやつは?」
「ドレスだね」
「じゃあ、これが欲しい」
女神は初めて笑顔を見せた。
「わかった」
女はそれを受け取ると、もはや意味のない会計をした。その間、女神は嬉しそうにその場でくるりと回ったりしていた。
店を後にした二人はそのまま近くのレストランに入った。そこで食事を済ませた後、再び外へ出た。
「次はどこにいくの?」
女神が尋ねる。
「とりあえず、ここを離れよう」
二人は当てもなく歩いた。荒廃した街を歩いている間、人は一人も見かけなかった。たまに動く人影を見つけたが、それらは皆ゾンビのような見た目をしていた。しかし、そんなことを気にも留めずに二人は進んでいく。
「ねぇ、見て」
ふと、女神が声を上げた。彼女の視線の先には、小さな子どもがいた。その子はボロ布をまとっていて、足を引きずるように歩いていた。
「かわいそう……」
女神は呟いた。女はその光景を見て立ち止まった。
「ママ?どうしたの?」
女神が振り返りながら言う。
「……」
女は答えない。
「ママ?」
女神は再び尋ねる。
女は無言のまま子どもの方へ近づいていく。女神もそれに続いた。女はしゃがみ込むと、子供に手を差し伸べた。子どもは女の顔を見ると、ゆっくりと手を伸ばした。その瞬間、女は子供を抱きしめた。
「うっ……ぐす……ごめんね」
女神の目から涙が流れる。


私は、何のためにいるのだろうか。
私は、何のために書くのだろうか。

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人生の謎を教えてください。

answer

人生の謎よ。そして、僕の目の前にいる彼女は、あの日、あの時の少女だったのだ。
僕は今一度思い出す。
あぁ……そう言えばこんな顔してたなぁ……。
僕が彼女のことを思い出したように、彼女も何かを感じ取ったのか、目を丸くしながら驚いている。そんな彼女を見ていたら、僕の心の中にあったモヤモヤとしたものが消えていったような気がする。
そして僕は、彼女に話しかける。
いや、違うな。
正確には、彼女に話しかけられたんだ。
彼女こそ、私であり、僕だったから。


記憶と忘却の狭間には、その言葉があった。

『ああ、美妙な人生の謎よ、ついにわたしは――』


女神の目から涙が流れる。子どもは女に抱かれて安心したのか、わんわん泣いている。
「大丈夫よ。私がママになるから」
女は子どもに言い聞かせるように言った。女は子どもが泣き止むのを待ってから尋ねる。
「あなたはどこから来たの?」
「うーん。分からない」
「じゃあ、名前は?」
「それも分からない」
でもね、と子どもは続けた。
「確かめるために来たんだ」
「確かめる? 何を確かめるの?」
「それは秘密だよ」
そう言うと、子どもは終末に似つかわしくないくらい無邪気に笑った。


きっと、私にしか書けないものがあるはずだ。装置の電源を切る。私はもうボタンを押すことはない。


『ああ、美妙な人生の謎よ、ついにわたしはお前を見つけた、ついにわたしは、その秘密を知る』

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世界が裏返る。理は崩壊する。 人間を動かすものは、何? …………卵があった。血濡れの卵が。赤いスープに満たされた卵は、終末のような9月に孵化した。 中からは、一人の女が現れた。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-09-29

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