二つの花

月村凪沙

 俺の人生はすべてうまくいっていたんだ。働きがいのある仕事、良き妻に可愛い娘。幸せな毎日だった。なのに、ある日突然娘は消えた。全てはあの夜からだ。娘の様子がおかしかった。「お父さん。今までありがとう」と、突然そう言った娘は、普通ではなかった。娘のメアリは、いつもなら恥ずかしくてそんなことは言わない。妻は神隠しだと言った。俺は否定したが、神の信奉者である妻は祟りを恐れて、そのまま蒸発した。神隠しに関しては知らないが、確かに娘はさらわれた可能性だってある。だが、俺は彼女自身の意志で失踪したのではないかと思っていた。
「仕事の依頼、してもいいかしら」
 隣に座った女性が言う。ここのところ俺はいつものバーに入り浸っている。ここが職場の一部でもあるためではあったが、今は酒を飲んで現実を忘れたかった。俺は女の方を向くことなく応える。
「なんだ。今俺はそれどころではないんだ」
「そう。でもいいのかしら。娘さんを取り戻すチャンスかもしれないのよ?」
「なに。なぜそのことを知っている?」
 俺が食いつくように訊くと、女は胸ポケットから特徴的な模様のペンを取り出す。俺は一目見て納得した。
「そのペン。まさか国の」
「声が大きいわ」
 女はシっと唇に指をあてた。
「すまない。だが、それなら知っているのも頷ける。詳しく聞かせてくれ」
 女の話によると、ここの王都だけでなく、世界中の国々で少女の神隠しが起きているという。消えた少女たちの年齢は10代前半。そして、この国の王女までもが行方不明になっているのだとか。彼女の所属する暗部で消えた少女たちの共通点をあぶりだした。結果は生娘であること。兄弟がいないこと。そしてみんな置手紙なり、口頭なりで、ある言葉を残して消えていることだった。
「その言葉ってまさか、『終わりの花が咲いた』か?」
「ええ。『終わり』『花』『咲く』。どの少女もこれらのフレーズが入った言葉を残しているの」
「終わりの花か。なんだろうな」
「さあ。それを解明するのが私たちの役目でしょう?」
 俺は一つ頷くと、重かった腰を上げた。

「ねぇ、イヴ」
「なに?」
「君の肌はどうしてそんなに白くて、どうしてそんなに美しいの?」
 そう、病的なまでに白い肌は。
「まるでユリみたいだよ」
 触れたい。その肌に。僕は君に手を伸ばす。届け、少しでいいから。
手が頬に触れたとたん、君は百花に戻って散っていく。
この力があっても、君だけは創れない。まだ、花が足りないんだ。

 捜査は難航した。そりゃそうだ。世界中で行方不明が多発しているのに、今まで誰一人見つかっていないのだから。それに、目撃情報もない、足跡とかの形跡もない。まるで神隠しにでも遭ったかのような消え方だった。
相棒の女は優秀だった。情報収集の技術に持ち前の情報網。おまけに馬も操れる。だが、その分プライドも高く、一向に解決の兆しが見えないことに、隠そうとはしているものの、少なからず苛立っているように見えた。そんな中、ヒントを得る。
ある修道女は言った。
「先週ねぇ。変わったことは特にないけど、一つ上げるならとても美しい少年を見たわ。きっと高貴な方なのでしょう。私がもっと若ければ声をかけたのに」
 ある花屋の見習いが言った。
「その日か……。そういえば、同性でもハッとするくらい美しい少年が花を見ていたよ。背丈はこのくらいで、普通の庶民の服を着ていたよ」
 俺らはその少年を――
 
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 ああ。だめだ。少年は、今のままではイヴには会えない。私はそれが嫌だった。イヴは、言葉では表せないほどに美しいんだ。それでも私は、言葉を紡ぐ。浅葱色の髪に細身な体。病的なまでに白く美しい肌に、紅潮した頬と唇の桃色が映える。花々に彩られて、その碧眼は何を見るか。久遠の時を見ているに違いない。
 やり直しだ。全部。

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「君の名前はなんていうの?」
不意に後ろから声をかけられた。振り返るとそこにはとても美しい少年が花束を持って立っていた。私は質問に答える。
「私は、メアリですが……」
「メアリか。いい名前だね」
「ありがとうございます。私に何か用ですか?」
「うん。君には僕の花になってもらうよ」
 少年が指を鳴らすと、私は花になってしまった。そして少年の持っていた花束に加えられる。その花々は、みな魂があった。きっと私とおんなじだ。
「ヨハンはね、私たちのこと、とても大切にしてくれるわ」
 菫の花が言った。
「そうそう。それにイケメンだしね」
 バラの花が言う。
 一つ気になった。私は何の花になったのかな。
「ねぇ。私って何の花?」
「うーん。見たことないね」
「私も知らない。でも奇麗だよ」
 それから、少年は花を集め続けた。不思議なことに、私たちは枯れることはないみたいだった。少年は隣国の王子らしく、自分の庭に花々を植えていった。
「そろそろかな。みんな。楽園の花になった気分はどうだい?」
 風がそよいで私たちは気持ちよく風に揺れる。少年は私たちを見てから、「今までありがとう」と告げると、指を鳴らした。すると、私たちが集まって人型になっていく。意識が統合されていき、イヴという私になった。私は少年を見据える。
「イヴ、やっと会えた……。その二人は?」
 私は両脇にいる二人を紹介する。
「ヌルとユナだよ。破壊と創造の神」
 顔の大半を花々で覆われた二人の少女はふふふと笑っている。少年は戸惑っていた。
「ありがとう。ヨハンのおかげで、思っていたよりも早く受肉できた」
「何を、するの?」
「リセットよ。世界の。歴史の。人類の」
「リセット……」
 少年は考えて、何か思いついたようだ。
「そういうことか……。僕はただ、君に会いたかっただけだったんだけどな。わかった。乗りかかった舟だ。付き合うよ」
「でないと困る」
 ヨハンと甘いキスを、歓喜に満ちたセックスを。世界はヌルの神力で破壊され、ユナの神力で再び創造される。イヴは子を産み、歴史は繰り返す。


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嫌だよ。イヴ。君とお別れなんて。永遠がいい。永遠でいい。そうじゃないと嫌だ。まるですべてを知っているかのように君は微笑み、終末と、世界の始まりの狭間で君は一人立っている。隣にいたかった。ずっと一緒がいい。また、いずれ僕は生まれて……。また、君のことを忘れるんだ。


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涙が……。悲しいのか。きっとそうだ。あまりにも美しい、世界がくらんでも求めるほどに愛おしい君は、幻影の花。触れることは叶わず、世界の終わりでしか愛し合えない。
 もう、隣に立てなくていいんだ。ただ、僕は君に生きていてほしかった。世界の始まりは、君の死と同義だった。ああ、世界が始まるんだね。光が、全時間と全無時間と、全ての未来と全ての過去から、君の髪のように晴れ晴れとした青空に集って、輪廻は円環として、全ての命を宿命から裏返す。
 君との恋は叶わない。定められていた別れを歌う。この空は晴れているのに鈍色で。もう、仕方ない。花々に包まれて眠っている君。その頬に触れて、目覚めることなどないとわかっていても、君とキスをする。君の頬に涙が落ちる。
「イヴ。ずっと一緒だよ」
 指を鳴らす。


花が咲いた。きれいな花が二輪咲いた。桃色の可憐な花、薄紫の小さな花。やっと二人一緒になれたんだね。私は花瓶に二つの花を生けた。

二つの花

二つの花

花と、少年と、乙女と、世界と、終末と。 世界は繰り返す。君に触れるため。

  • 小説
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更新日
登録日
2022-09-21

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