フリーズ45 死とハデスの狭間で
1宗川麗子の場合
「ねぇ。もし世界が終わるとしたら、何をたべたい?」
交差点の真ん中で、時が止まったかのような錯覚を宗川は抱く。
「え?」
振り返ると、空色のロングコートを着こなす一人の少年がいた。手には林檎を持っている。何故か、いや、必然か、宗川はこの少年に惹かれた。
「君、林檎食べる?美味しいよ」
信号の音。子供の頃に聞いた通りゃんせのメロディーが想起される。確か、行きはよいよい帰りは怖い。何の話なんだろう。それすら忘れて、宗川は少年から林檎を受け取ると、我慢できずにむしゃぶりつく。
「ねぇ。もし世界が終わるとしたら、何をたべたい?」
少年は再度問いかける。
「私は……」
宗川はそう言いかけてはっとした。少年が宗川の頬に手を添えて、顔を近づける。黒の映える前髪の間から除く瞳は美しすぎて、宗川は性を越えて興奮する。いや、歓喜に近かった。もう永遠に咲くような至福。
少年は宗川の唇にその細い指先を触れてから、他の誰にも聞こえない音量で二言三言喋る。それを語る少年の瞳から涙が溢れた。
「そうか……。そうだったんだ」
宗川の表情が愉悦に染まると、宗川も少年の瞳を見つめながら涙を流す。
「ありがとう。本当にありがとう」
「大丈夫だよ。誰もそうなるから。はい。これ使って」
少年が渡したものは拳銃だった。
「主よ、ありがとう」
「どういたしまして」
少年の姿は十字路から消えていた。一人、宗川が拳銃片手に立ち竦む。そして銃口を自身のこめかみに当て……。
2猟奇殺人犯の場合
「神なんていない!あいつは鬼。猟奇殺人鬼だ!」
「いえ。違いますよ。彼こそが真理なんですよ。なんでわからないですかね?」
体中を拘束された男が刑事に詰問されていた。彼は一度その少年Zに会っていた。だが、拳銃でこめかみを撃ってなお生還してしまった。そして、少年の真似事を始める。
「だから殺したのか!15人も!」
「人は死ぬために生まれてきたんですよ。刑事さんもきっと神の言葉を聞けばわかる。僕は神の手伝いをしたかった。そうすればまた会えると思ったんだ!」
「狂ってる……」
「そうかな?」
後方から足音が響く。
「あぁ、神よ。私は!」
男ははっとして歓呼する。
「瀬畑さん。僕は神でも悪魔でもないよ。ただ識っているだけ。それと、もう苦しませるのはやめなよ。苦しむのもやめてほしい。君、罪悪感あるよね?」
「それは……。ですが!」
「お前が少年Zか!」
刑事が銃口を少年に向ける。だが少年は微笑むとその銃口に自身の額を当てるように歩いていった。
「いいよ、撃っても。でも、撃てないよね」
刑事は見てしまった。少年の瞳を。その全てを悟ったような目は、いや、実際にそうなのだと刑事は思い、なんと自らが小さかったかを知る。
「すまない」
「うん。それでいいんだ」
刑事は銃口を自身のこめかみに当てるが、やめてから拘束されている男に向けた。
「自分も同じ苦しみを味わうべきだ」
足を撃ち抜く。足を撃ち抜く。腿を撃ち抜く。腿を撃ち抜く。性器を撃ち抜く。
「はい」
少年は刑事に追加の拳銃を渡す。
腕を撃ち抜く。腕を撃ち抜く。肩を撃ち抜く。肩を撃ち抜く。だが、頭は撃たない。
「これは必要な罰だ。そうしないといつまでも学ばないからね」
すると刑事も自身の頭に涙を流しながら拳銃の銃口を当てる。
「一つ聞きたい。いつからそうなったのですか?」
「それももうすぐ知るときが来るから」
「そうでしたか。ありがとうございました」
銃声が鳴り響く。その日、警察病院にて集団自殺があった。警察は少年Zを捕まえるための特別捜査本部を作る。
3少年Zの場合
少年Zはあるマンションを回っていた。家には包丁があるから、銃を用意せずに済む。結果このマンションはあと一室だけとなった。父親を自殺させ、母親を自殺させ、娘を自殺させる。そして、最後に少年と同世代の息子を殺そうとする。
「君は世界が終わるとしたら、何をたべたい?」
「林檎かな」
少年Zは驚く。今までで初めての展開だった。
「どうして君は泣かないのかい?」
少年はより深く少年と瞳を合わせる。
「そうか。君も……悟っていたんだね」
やっと会えた喜びに、少年Zは歓喜する。
「どうして殺すの?」
少年は怒っても憂いてもいなかった。ただ、純粋に訊こうとしていた。
「君も知ったんでしょう?人は死ぬべきだって」
「うん。人は確かに死ぬべきだ。でも、そのタイミングを勝手に自分で決めるのは良くないよ」
「そうなのかな。わからないよ」
「僕が君を止める」
「邪魔はさせない」
少年Zは少年の首を絞める。少年はそれさえも甘んじて受け入れた。
「ごめんね。すぐに楽になるから」
少年は抵抗はしない。そして、徐々にその体から力が抜けていく。だが、少年Zの後ろに人が立つ。
カチャ。
「うっ、撃って」
少年Zの頭が吹き飛ぶ。その日、少年Zは死んだ。
「大丈夫。僕が別のやり方で、幸せにさせるから」
少年はその日誓った。
4痛ましい鼓動の叫び
少年Zの部屋が押さえられた。
阿佐ヶ谷のボロアパートだった。
実家から届けられたのだろう林檎が床に散乱していた。
『Save me』
白い壁に血で書かれていた。
Fin
フリーズ45 死とハデスの狭間で