シ小説『怖くはなかった』

シ小説『怖くはなかった』

一、通りゃんせ

通りゃんせ通りゃんせ。
ああ、いけない。
悪い手だ。

この子の七つのお祝いに、
帰りは怖いんだ。

ここはどこに通ずる細道か。

助けてくれ、手だ。この手だ。

昭和が終わる裏の路地。
夕刻、門。
天神は待たない。

この子が七つになるんだ。
お札を納めなくては。
どうか、通してください。

行きはよいよい。
帰りは怖い。
ああ、こわい。

通りゃんせ通りゃんせ。

二、無能のシ

人を始めて殺した手の感触は、案外緩い。
ニヒリズムの行く末で、立ちすくむ。

遊園地に一人。泣いてる。
彼は、宙づり。鉄の雨が降る。
息もしないガラクタを懸命に育てていた。

ああ、母よ。泣かないでいて。
その扉を閉めないで。
暗がりに置いてかないで。

詩は死はシは。
殴られた頬の痛みが増大するとともに、気温が上がっていく。
最果てには、いつも、この痛みだ。

殻は赤い液体で染められた。
独り少女の影が見えた。

三、楽園

目には冴えわたるほどの色彩が映り込み。
間違えて生まれてきた、
母と父が間違えた、
行いが。

車輪は行く末を見失い
全能は橋の下に落ちる。

このモクレンはいつか枯れたか。
あの桔梗は誰のために咲いていたか。

木漏れ日の午後、庭で。
水をあげていた、母よ。
あの時は笑っていたね。
どんな悲劇も、過去も。

索は罠より還られん。
闇はわたしたちの象徴で。
この世界に耐えられなかった、わたしたちは。
ああ、なんで涙。
白い、ただただ白い空の向こうには。
朱い、朱い光に目を見張り。

祈りでも悲鳴でも嗚咽でもない声を。
全てよ、いまに留まって。
この指先にある楽園でいい。

シ小説『怖くはなかった』