騎士物語 第十一話 ~神の国~ 第四章 王権のまどわしごと
第十一話の四章です
教皇の計画に巻き込まれるラクスくんらと、全く別の理由で動き出すロイドくんたち。
そしてレガリアの能力についてのお話です。
第四章 王権のまどわしごと
「キミには才能が足りないようだ。」
どこにでもあるような町のどこにでもありそうな路地裏。なんとなく人通りが少なく、一日中無人という事もままあるその場所で行われた一勝負。どこかの工事現場で拾って来たのか、手にした鉄パイプで肩をトントンと叩いている男と、砕けた剣の前でうなだれる女。勝敗は明白で、男のそんな言葉に女は絶望を含んだ声をもらす。
「才……能……それでは決まっていたと言うのですか……? 生まれたその時から、わたくしがあなたに勝てないという事が……!」
「? 言っている意味がわからないな。少なくとも現状であればそうだが、キミがボクに勝てないというのは確定事項ではないはずだ。」
「……あなたこそ言っている意味がわからない……才能が無いのでしょう……わたくしのそれはあなたには届かないのでしょう……!」
「その通りだが言い間違えがある。無いのではなく、足りないのだ。今のキミでは。」
「何を言って……」
「んん? 生まれつき備わった、天から与えられた力の事を才能と言うのだろう? 何かをする為にそれが足りないというのなら、もう一度与えてもらえばいい。欲しい才能を得る為に必要な形は理解できているのだから容易だろう。」
女は男の言葉が理解できず、男は女が理解できないでいるのを理解できない様子で、しばしの沈黙の後、男は「これなら理解できるだろう」というような顔でこんな事を言った。
「要するに、空を飛びたいと思う者が魚に生まれたんじゃどうしようもないという話だ。」
「……」
アタエルカ第五地区の聖堂。とある騎士学校の生徒らが訪れた時とは違い、ガランとした空間の一番奥の椅子にポツンと座っていた女――教皇フラール・ヴァンフヴィートはゆっくりと瞼を開き、大きく息をはいた。
「お疲れのご様子、一度ベッドに入られては。」
フラールの横に立つ三メートルほどの体躯を持つ聖騎士が、座ったままうたた寝をしていたフラールを覗き込む。
「……懐かしい夢を見ました。今でもあの男の言葉は理解できていませんが、その中の……あの言葉がわたくしをここまで導きました。」
「足りない、ですか。」
「そうです。もう一度与えてもらえばいいというのはわかりませんが、足りていないのなら補えばいい。当然の事ですね。さてと……」
ググッと伸びをしながら立ち上がったフラールは、椅子の周りに散らばった大量の本と資料を見下ろす。
「十二人全員で開けゴマだったならどんなに楽だったでしょうか。各地区の代表が鍵なのは間違いありませんが、まさかこんなに複雑な術式になっていたなんて。」
「レガリアによって全員が頷いたというのに、まさかこのような障害が……調査不足でした。」
「仕方ありません。当の本人たちも知らないモノがほとんどですから。ですがこの難題、わたくしたちだけでは時間がかかり過ぎてしまいます。確かあの魔人族――ルベロ・サーベラスは研究者でしたね。逃した魚は大きかったかもしれません。」
「その件は……」
「ああ、いいのですよ。あの状況ではどうしようもありません。スピエルドルフとやり合うのはずっと先、なんなら最後の障害と言ってもいいかもしれない強敵ですから。しかし、こうなってしまうともう一度彼女を頼るしかありません。」
「あの者ですか……犯罪者にしてはキッチリとしていて信頼のおける者でしたが、前回はともかく、今回も協力するとは……」
「多少勿体なくはありますが必須ではありませんし、差し上げると言えば大丈夫でしょう。」
「! よろしいのですか……?」
驚きを隠せない口調で聖騎士が尋ねると、フラールは頬杖をつきながら聖騎士を見上げる。
「わたくしたちが求めるものは『聖剣』のような力であってああいう類ではありません。他の地区の代表者を動かす事ができた今……レガリアはもういらないかもしれません。」
ガタッ
二人しかいないはずの広い聖堂に天井からの物音が響き、フラールは愉快そうに上を向いた。
「これはこれは、今の今まで気づきませんでしたよ? お見事です、降りてきて顔を見せてくれませんか?」
聖騎士が戦闘の構えを取るのを制し、フラールは素直に音もなく降りてきた人物――上下から手先足先まで黒ずくめな上に黒い布で口元をかくして黒い大きなゴーグルをしている為に肌が一切見えないその者に拍手を送った。
「なかなかの実力者とお見受けします。どこの地区の方か存じませんが、信じる神を変えてみませんか?」
「……先の言葉は真実なのか……? レガリアは不要と……」
「? ああ、それに驚いてうっかり音を立ててしまったのですか? ええ、事実ですよ。こちらに利があるのでしたらどこかの誰かにお渡しする事も視野に入れています。現状、相手先の候補が決まりつつありますが、わたくしと交渉してみますか?」
「……いや……その程度の執着しかないというなら必要ない。これで充分……!」
そう言いながら、黒ずくめの男はゴーグルを外して両目をカッと見開いて二人を捉えた。
「これは珍しいモノをお持ちで。魔眼ですか?」
露わになった両目に興味を抱くフラールだったが、黒ずくめの男はジッと二人を凝視する。
「……? ああ、もしや今何かしているのですか? これといった変化はないようですが……そちらは?」
「いえ、自分も特には……」
「――!? バカな、どういう事だ!?」
何をされているのかを理解していない様子の二人を前に、黒ずくめの男は驚いて一歩後ずさる。
「もしや防御魔法――い、いや、それならそうと分かるはず……防がれたのではなく根本的に効いていない……くそ、こんな事が……!」
一人でぶつぶつとしゃべった後、黒ずくめの男は小さな袋を地面に叩きつける。衝撃で破れた袋からはどう考えても見た目の大きさに合わない量の煙が吹き出し、聖堂の中を瞬く間に埋め尽くした。
「訪問からおいとまがあっという間でしたが、これまた随分と古風な逃げ方ですね。別にそのまま扉から帰っても止めませんでしたのに。」
見えない壁に覆われているようにその煙を寄せ付けていないフラールは、一メートル先も視認できない状況の中、しかし何事もないように同様に煙を避けている聖騎士との会話を続ける。
「見た事のない魔眼でした。何かしらの効力があったようですが、どうやらわたくしたちには効果がなかったようですね。あまりに何も無さ過ぎてその効力を突き止める事も難しそうですが。」
「あの者、いかがいたしましょう。」
「どの地区の者かを突き止めるだけにしておきましょう。ああいう者がやってくる事は予想の内ですが、何せ十一地区もありますからね。それら全てに対策を練っていますと、あれこれ考えた結果わたくしたちが『聖剣』を得る事を邪魔する――という結論に至る地区も出てくるでしょう。レガリアの出現と封印の事実であたふたしている今が、何をするにしても好機なのです。」
「では……少々予想の外となっている学生らの扱いについてはいかがでしょうか。」
「ああ……ふふふ、まさかベルナークが転がり込んでくるとは思いませんでしたからね。正直『聖剣』と同等の価値がありますが、あの子らに手を出すと『豪槍』との一戦が確定してしまいます。いつかどこかでというなら構いませんが、外部からのイレギュラーはお腹いっぱいの現状に突撃されると面倒です。《オクトウバ》の無力化にも失敗していますし、これ以上は……」
「《オクトウバ》……確かに無力化はできていませんが、外部から手出しできないという点では成功では?」
「相手は十二騎士、世界最高の位置魔法の使い手です。レガリアの事も理解していますから、外部から侵入し、かつ内部でも位置魔法が使えるように対策を講じてくる事でしょう。ですから問答無用で内部に閉じ込め、その後一切の対応をできなくする為にも魔法を封じる必要があったのですよ。」
「という事は……スピエルドルフの件は何とかなったとして、外に出てしまった《オクトウバ》が戻ってくる前に『聖剣』の封印を解除しなければならないわけですか。確かに、ここに『豪槍』も加わるとなると……」
「どちらにせよ、学生の皆さんはこの国の住人ではありませんからね。そろそろ自身の思考に違和感を覚える頃合いです。ベルナークは惜しいですが、怪しまれて余計な行動をされる前に……」
と、そこまで言って口を止めたフラールは、あごに手を当てて考えを整理するようにぶつぶつと呟く。
「……レガリアは彼女との交渉材料ですが、その存在自体が圧倒的に目を引く……偶然とは言え、先の者にこちらの思惑を伝えられた事は幸運だったかもしれません……レガリアを運んできた時のあれ……そう、あれならば他の地区も……更にはそれらが真実味を増し、うまく行けば《オクトウバ》の誘導も……」
傍で聞いている聖騎士には意味の分からない呟きをもらす事数分、フラールは椅子から立ち上がって聖騎士に指示を出す。
「先の者の特定を急いでください。それと彼女にコンタクトを。わたくしは学生の皆さんをお相手します。」
「はっ。」
「やれやれ、聖騎士ってのはみんなバトル好きか。」
アタエルカ第五地区にある、聖騎士たちの訓練場。フェルブランド王国の国王軍のそれと比べても引けを取らないその場所の端っこで、黒髪の青年が肩で息をしながら目の前で行われている模擬戦を眺めていた。それは聖騎士と青年――ラクスのクラスメイトであるプリムラの一戦で、これがプリムラの連戦五人目という事実にラクスはため息をつく。
「折角の機会だからって挑みまくるプリムラもそうだが、それを喜んで迎えるどころか順番の列を作り始める聖騎士も相当なもんだぞ。俺はもう限界――うわっ!」
プリムラほどではないものの模擬戦の連続に疲れ果てて座り込み、他のクラスメイトたちの戦いを遠目に眺めながらそんな事を呟いていると、ラクスの横に音もなく一人の聖騎士が立った。
聖騎士たちは全員が甲冑をフル装備しているので顔は見えないのだが、その凝ったデザインは一人一人に違いがあるのに加えて武器もバラバラである為、ラクスはその聖騎士が初日に自分と戦った短剣の聖騎士であるとすぐにわかった。
「きみの友人はまるで『絶剣』だな。」
短剣の聖騎士が甲冑の奥から性別の判断がしづらい声でそう言うと、ラクスは手にした剣を様々な形状に変えて戦っているプリムラを見た。
「……世界最強の剣士って事しか知らないんだが、『絶剣』もあんな感じなのか。」
「多種多様な剣と剣術、という点はかなり似ているが『絶剣』の戦闘スタイルがああいう風かと聞かれると、それは違う。きみの友人は剣と剣術を攻めの選択肢として使い分け、その一瞬一瞬で最適な攻防を見せている。要するに戦う為の手段としてそれらを行使し、多少の趣味的要素もあるのだろうが、騎士の力として身につけている。だが『絶剣』はそうじゃない。あれは、ただの剣術マニアだ。」
「け、剣術マニア?」
「強くなりたいなどとは考えておらず、ただこの世に存在する剣術と名の付く技術を全て極めないと気が済まないだけの人物だ。」
「そりゃまた変わった趣味だな。でも実際強いんだろう?」
「強い。手にした剣がサビだらけで、使う剣術が何の心得もない者が考えた稚拙なモノだったとしても、『絶剣』が扱えば天下無双。そのあまりに不可解な現象に一部の者は剣神と呼ぶほどだ。」
「剣の……神か……」
神という言葉に、ラクスは気になっていた事を短剣の聖騎士に尋ねる。
「なぁ、正直よくわからないんだが、あんたらは教皇さんが言ってた……武神とか神の宮殿とかを本気で信じてるのか?」
ラクスの、何かを信仰する者に対しては失礼極まりない質問に短剣の聖騎士はガチャリと顔を向け、そして「ふふふ」と小さく笑った。
「その質問を別の者にしていたら首をとばされていたかもしれない。運が良かったな。」
「あー……まぁ、だよな……悪い……」
「今後は注意してもらうとして、一戦交えたよしみだ、私個人の考えだが話すとしよう。」
「あんたの?」
「この第五地区での教えを心の底から信じ、現世を自身を鍛え上げる場として日々鍛錬に励んでいる者は確かにいるが、信じる度合いはそこそこの者もいる。前者にきみの質問をぶつける事は、どうして人を殺してはいけないのか、というような理屈抜きでそうであると誰もが考えている事を疑問に思う事に等しいから、きみが納得できる答えは返ってこないだろう。だから答えられるのは後者の思考――かく言う私もそうである部類の考え方についてだ。」
「? あんたは教皇さんの話を信じてないって事か?」
「先ほどきみが呟いたように、私はバトル好きの類だ。戦いの神や現世ではお目にかかれない強敵や戦場がどこかにあるというのは、そうであれば楽しそうだと思い、そうあれと願っている。」
さっきの独り言が聞こえていた事に気まずくなるラクス。
「あ……いや、別に悪く言ったつもりは……」
「気にするな。実際、聖騎士……いや、第五地区の教えを信仰する者の半分はその類だ。」
「……そういう類は宗教とは無縁のイメージなんだが……」
「そうでもないだろう。私が考えるに、宗教――信仰とは理由だ。何かをする為の、もしくはしない為の。」
「理由……?」
「命を懸けた真剣勝負、自分よりも強い相手とのひりつく刹那、そういう瞬間が大好きだったり、ただただ自分が強くなる事を嬉しく思ったり、誰にも負けたくないというプライドだったり、各々の趣味嗜好で強さを求める者――きみの言うそういう類の者たちの中には、その思考だけでは強くなれない者がいる。自身が求めているモノはわかっているが、どうしてそれを求めるのか。一人孤独に強くなる事に意味はあるのか。そんな事を考えてしまう者もいるのだ。」
「適当に騎士とか傭兵になっとけばいいんじゃないのか? 仕事の為ってことで……」
「それで納得できる者もいるだろうが、別に戦いたくもない相手と戦う事になるのを嫌がる者もいる。そんな者たちの不安を一掃し、強さを求める事を全肯定する上に同じような考え方をした同士を得られる、それが信仰という理由だ。」
「つまり……第五地区の教えに従うっていう理由を得る事で心置きなく鍛錬できるって事か? 仲間を得られるってのは確かにいい事だろうけど、そこまでしないとやりたい事をできないってのか?」
「そうだ。他の地区も同様に、愛が全てだと思うなら第一地区、科学技術の進歩が人間を次の段階へ導くなら第二地区、唯一絶対の神を信じる事が救いなら第三、欲望の赴くままなら第四。自身の思考を正当化する為にどこかの宗教に加わる者はそれなりにいるはずだ。共感なり天啓なりを得る者も似たようなモノだろう。」
「正当化か……なんか元も子もないな……」
「言っただろう、私の考えだと。他の意見を聞きたければ、首をはねられる覚悟をした上で訪ねてまわるといい。」
「遠慮しておく……」
「まぁ、難しく考えない事だ。これだ、と思う事が無いのなら宗教やら信仰やらには一生無縁でも問題ないのだから。」
「無縁……まぁ、一つ気になるとすれば……あんたら聖騎士はこの第五地区に入信してからそんな強さを得たのか? それとも元々そういうレベルの奴らが聖騎士になってるだけか?」
「さすが騎士の卵、自分を負かした強さがどこから来たのか、興味があるわけだ。」
「まぁな……」
「そうだな、その問いかけは正解不正解半々だ。確かに聖騎士隊に入るには教皇様に認められる必要があるから、ある一定以上の強さが全員にある。その上で、ここでの鍛錬によって私たちは更なる強さを得た。個人としても、聖騎士としてもな。」
「? どういう意味だ?」
「きみと戦った私は聖騎士に所属するだけの一人の戦士。特別な武器や能力を持つきみであれば、いつか倒せるようになる相手だろう。」
「……」
特別な武器や能力――それがあるから強いのだと、そう言われたも同然の言葉に胸の内がざわつくラクスだったが、続く言葉にそのモヤモヤは吹き飛ばされる。
「だが聖騎士としての力を解放した場合、きみは私に決して勝てない。」
「……決して……?」
自分の強さに自信があるわけではなく、自分が一番強くないと気が済まないようなタイプでもないが、ハッキリと断言された事に心なしかムッとするラクスに対し、短剣の聖騎士は淡々と告げる。
「勿論場合によりけりだが、模擬戦のような一対一の状況では不可能だ。例え『絶剣』だろうと十二騎士だろうと私――いや、聖騎士には誰も勝てない。強さの次元が違う。」
「……言い切るんだな。」
「ああ。何なら体験してみるか? 強さを渇望する学生よ。」
「――!」
不意に、自分自身では言語化できていなかった今の状態を言い当てられて目を丸くしたラクスを前に、短剣の聖騎士はガチャリと――甲冑のヘルムを外す。中から出てきたのは歴戦の猛者の雰囲気を感じさせる表情や傷跡があるが、恐らく十人中十人が振り返って足を止めるだろう美女の顔だった。
「あ、あんた女――」
男なのか女なのかよくわからないと思っていた相手が絶世の美女だった事に混乱するラクスの頭に、短剣の聖騎士は自身のヘルムをカポッとかぶせた。無いはずはない汗の匂いの代わりに、どう表現すればいいのかわからない良い匂いに包まれて更に混乱するラクスだったが、直後そんな事がどうでもよくなる現象が起きた。
「――!?」
頭の中で唐突に流れ始める無数の光景。見た事も聞いた事もないそれらが大量に、そして同時にあふれかえる。
「――っ……ああああああああ!」
キリキリと締め付けられるように痛む頭。破裂しそうな眼球。呼吸もままならず、無理矢理に流し込まれる意味不明な光景の濁流。このままでは死ぬ――そう直感したラクスは、頭を覆うヘルムを外して力いっぱい放り投げた。
「――っはぁあああ……はぁ――う、うぇえ……」
頭の中を引っ掻き回されたような感覚の余韻に気持ち悪さがこみ上げ、ラクスはその場で嘔吐する。
「これはすごい。初めてだと大体は気絶するのだが、きみは見込みがあるようだ。」
遠くへ転がったヘルムはパッと消えたかと思うと持ち主の頭部に戻り、短剣の聖騎士は何事もなかったかのように四つん這いのラクスを見下ろす。
「今の体験がなんだったのかはその内わかる。そして私が言った事を理解するだろう。きみが聖騎士に加わりたいというなら歓迎しよう。鍛錬を重ね、教皇様にその実力を示すのだ。そうすればきみは、今とは比べ物にならない力を手に入れる。」
しばらくの後、それぞれの模擬戦を終えたクラスメイトたちがラクスの青い顔に驚き、ラクスから事の経緯を聞いていると、ふらりと女教皇ことフラールがラクスたちのところへやってきた。
「おや、その様子ですと聖騎士隊の力の一片を体験したようですね。」
「……なんだったんだ……あれは……」
「じっくり説明して差し上げたいところですが、少々急ぎの案件で、皆さんにお願いしたい事があるのです。」
「わたくしたちにですか?」
「ええ。皆さんを見込んで。」
聖騎士たちの訓練場を後にし、先日レガリアを受け渡した時の応接室に再び通されたラクスたちは、机の上にそのレガリアが置かれているのを見て驚いた。
「おいおい、それって危ないモノなんだろう? 前みたいに封印しないのか?」
「そうしたかったのですが、問題が起きまして。」
ラクスたちをソファへ促し、フラールは重たい雰囲気で話し始めた。
「先日お話したように、レガリアに関しては全ての地区が協力態勢です。今回皆さんが見つけて下さった第五地区のレガリア、それを回収した事も当然、他の地区へ伝えました。盗まれたモノが一つ戻り、ほっと一安心――というところだったのですが、どうやら良くない思惑の者がいるようなのです。」
フラールからの悪い知らせに部屋の空気がピリッと張りつめる――かと思いきや、ラクスたちは「またか」という感じの顔になり、フラールは首を傾げた。
「不思議な反応ですね。まるでこうなる事を予期していたかのような……」
「いやー……なんというか、俺らって大体今みたいな話の始まりからトラブルに巻き込まれてて……正直急ぎの案件って聞いた時点でいつものじゃないかって気がしてたんだ……」
「それはまた……しかし申し訳ないと同時に、であれば頼もしいところですね。」
「やれやれ……んで、その良くない者ってのは具体的にどんな奴なんだ?」
「封印する前にレガリアの状態を詳しく検査していたところに不審な人物が現れましてね。奇妙な魔眼で何かをしようとしていたところを聖騎士が阻止しました。追跡するも逃げられてしまい、不甲斐ない限りなのですが……何せレガリアの報告をしてすぐでしたからね。封印されてしまう前にという事なのでしょうが、この行動の早さは内部の者の犯行である事を意味しています。他の地区、もしくは……最悪この第五地区に裏切り者が。」
「内部の者っていうのの可能性は高いだろうなぁ。それと、単にレガリアが欲しいのか、第五地区のレガリアが欲しいのかで相手の種類……というか目的が変わってきそうだ。レガリアの力ってのは十二個それぞれ違うんだろう?」
「え、ええ……」
「あとは……相手が身近にいるとなると封印した後も安心できなさそうだな。レガリアの封印がどういうモノなのか知らないが、仕組みを理解してる奴がこの国にはいるんだろうし。」
「確かに……いや、しかし驚きです。何といいますか、最悪の想定に慣れていますね。」
「色々あったからな……それで、そのレガリアがここにあるって事は、俺たちに守って欲しいとか、そんな感じか?」
「守りつつ運んで欲しいのです。敵が国内に潜んでいるとなると、アタエルカに安全な場所はありません。先ほどラクスさんがおっしゃったように、封印したとしても不安が残ります。なので相手の正体が明らかになるまで国外にて保管するべきだと考え……そのまま持ち帰らせる形になってしまうので申し訳ないのですが……ここまで無事に運んで下さった実績のある皆さんに再度運搬をお願いし、カペラ女学園の方で預かって欲しいのです。」
「まぁ確かに、国の中よりは安全かもしれないな。実際ここに運ぶまではこっちで保管してたわけだし……仮にレガリアがカペラにあるって知られても、姉ちゃんみたいな凄腕の騎士が先生としてウヨウヨしてる学園に乗り込んでくる奴もいないだろう。」
「え?」
「ん? どうしたプリムラ。」
ラクスの言葉に疑問を覚えたような声を出したプリムラ。だがすぐに、今自分は何を疑問に思ったのだろうかとそれが疑問になり、自身の行動に首を傾げる。
「いえ……その、何でもありません……」
「? なんかあれば言ってくれよ。俺より頭いいんだから。」
「おや、そうなのですか? 何となく皆さんのリーダーはラクスさんなのかと。」
「頭いい奴がリーダーってわけじゃないと思うが、俺らの中にまとめ役がいるとしたらプリムラだな。なにせ生徒会長……ああいや、もう違うのか。」
「それはますます頼もしいですね。ですがどこに敵の目があるかわからない以上、皆さんの実力を探られる前にここを出た方が良いでしょう。急ぎと言ったのはこの為で、できれば今すぐにでも出発を願いたいのです。」
「それはそうだな……アタエルカを出た後で追手が来る可能性もありそうだし……」
「皆さんはわたくしが招いた客人ですから、そうそう無茶な事はしないと思いたいのですが……敵の目的によっては。」
「やれやれ、大変な帰り道になりそうだな……」
「準備ができましたらわたくしの所へ。真正面から出ては目立ちますから、位置魔法で密かに国の外へ移動させます。バレないようにする為、あまり遠くまではとばせませんが……」
「了解だ。よし、支度するぞ。アリア、レガリアをまた頼む。」
「はい。」
持ってきた時と同じように、アリアがシャツをまくって腹部を出すと、そこがカシャンと開いてモノをしまえるスペースができた。
「あ……そういえばいくつかの機能を試運転させたりしましたので、害のない程度ですが多少の力の漏れがあります。その……お腹の中で大丈夫でしょうか。」
「問題ありません。ワタシは頑丈デス。」
再度レガリアを布でくるみ、お腹の中に収納したアリアと共にラクスたちが応接室を後にする。シンとした部屋の中で、フラールは頬に手を添えて興味深そうにほほ笑む。
「模擬戦では実力を発揮していなかったようですが、あのロボットには色々な可能性を感じますね。さて、下準備はこれにて。あとは情報です。」
第五地区を中心に騒動の波紋が広がっていくアタエルカ。他の地区同様に統率者が右往左往している第二地区にて、しかし特に慌てた様子もなく椅子に座り、ボルトやナットがギッシリと入ったポップコーンが入っていそうな容器を抱えている男は、色とりどりに光る無数の画面が目をチカチカさせるかなり広い部屋の一番奥で、たった今ガチャリとドアを開けて入ってきた客人二人をじーっと見つめていた。
「アポなしですまないな。唐突だが、お前が『フランケン』だな?」
「わー、おじいちゃん、あの人なんかすごく変だよ。」
部屋に入ってきた人物――一人はクリーニングしたてかと思うほどにパリッとした白衣を着ている老人。しわの目立つ顔や寂しい頭頂部は歳相応というところなのだが、しかし腰は曲がっておらず、とても綺麗な姿勢で立っている。
そしてもう一人は中等学生くらいの少女。身体のラインが出るボディスーツのようなモノを着ているところからして普通ではないが、発言や仕草は見た目よりも幼い。
一見しておじいちゃんと孫な二人を『フランケン』と呼ばれた男はたっぷりと見つめた後、手にした容器の中からボルトやナットを一掴みして――そのまま口に放り込んだ。
「んぐ、んぐ……」
ガリゴリと、氷を砕くような音に金属のきしみが混じった咀嚼音を響かせながら、男はそれをゴクリと飲み込んでゆらりと立ち上がった。
年齢は二十代後半と言ったところ。胸の辺りまで伸びる真っ白な髪に整った顔。着ている服は部屋着――いわゆるジャージなのだが細く引き締まった身体とすらりと伸びる四肢は美しく、もしもこの場に田舎者の青年がいたのなら、自分の学校の元生徒会長に似ていると思っただろう。そんな、食べている物を除けば誰もが振り返る美青年は、スタスタとモデルのようなフォームで美しく歩き、老人の前までやってきた。
「ははぁ、お前だな? レストランの客を炭化させたのは。そっちのお嬢ちゃんもそうだが、人間にしては体内の電力値が異常だ。そんでこの部屋まであっさり来てしまうという事はかなり頭がいい。噂に聞いた容姿とも合うし、つまりあんたが『ディザスター』か。初めまして、いかにも自分が『フランケン』だ。当然本名はあるが騎士にしてはいいセンスな二つ名が気に入っているんでな、そっちで名乗らせてもらう。」
「そうか、思っていたのとだいぶ違うが、情報は間違っていなかったようだな。」
そう言いながら老人はポケットから飴玉サイズのガラス玉を取り出した。
「こっちはそっちについての噂を一つも聞いていなかったのでな、これを調べてここを割り出した。同じ研究者として、これの出来栄えには素直に感心したぞ。」
『ひひ、ひひひ……よう、『フランケン』……』
「なるほど、チェレーザの頭を覗いたわけか。」
アフューカスがS級犯罪者を狩り始めた事を受け、次は自分たちではないかと考えて動き出したA級犯罪者たち。裏の世界の大物たちにアフューカスの弱点かもしれないとして情報を提供したのが『ケダモノ』ことチェレーザとロンブロの姉弟。『奴隷公』ことテリオンの計略によって田舎者の青年の仲間や先生らと戦った結果、途中から割り込んできた『イェドの双子』の男の方、プリオルによってロンブロが殺されたが、チェレーザは女だからという理由でそうはならず、『紅い蛇』の隠れ家に連れて行かれた。
その後、ある事を懸念した老人によってガラス玉の身体を解析され、チェレーザをそういう状態にした人物――即ち『フランケン』のもとへと、こうして役者がそろったのだ。
「その姿という事は身体を失ったな? 実験道具を持ってくる以上に、貴重な成功例としてお前自身も研究対象だと何度も言ったはずだぞ。ロンブロは……まぁ、その様子だと壊れたか。誰に喧嘩を売ったのか知らないが大きな損失だ。」
『お、お前の技術で……ロンブロを復活させたりはできねぇのか……?』
「突然いい姉を演じても無理だぞ。ロンブロの場合、身体に生体を残したせいでバックアップがない。くそ、お前たちが前に来たのはいつだ……そこから何日分の蓄積が失われた……」
ゴリゴリとボルトやナットを食べながらブツブツ言い始めた『フランケン』に対し、老人はパンパンと手を叩く。
「悪いがそっちの話は後にしてくれるか。まぁ「後」というのがあるのかわからないが、このガラス玉を届ける為に来たのではない。」
「……まぁ、そうだろうな。」
不機嫌な顔をジロリと老人に向けた後、『フランケン』は大きなため息をついてぼりぼりと頭をかく。
「んで、ご用件は?」
「お前を殺しにきた。」
「へぇ?」
突然の言葉にも特に驚かず、『フランケン』は老人を上から下までジロジロと見る。
「お前は『紅い蛇』の一人なんだったな。アフューカスが最近他のS級を始末してるって話は聞いてたが、それでお前がやってきたと?」
「ん? それは関係ない。研究者としての立場の問題だ。」
「それは興味深い話だな……」
ボルトやナットが入った容器を床に置き、再度モデルのようなフォームですぅっと老人の方へ一歩近づいた『フランケン』は、身長的に老人よりも高いところから視線をおろす。
キュイン!
そして響く空気を裂く音。二人の距離は言うなれば格闘技の間合いであり、いつの間にか突き出された『フランケン』の拳が老人の頭を貫く位置に放たれていたが、老人は少し首を傾けてそれを避けていた。
そして始まったのは一方的な攻撃と徹底した回避。特に知識のない少女には『フランケン』が何の格闘技を使っているのかわからなかったが、その長い手足から繰り出される徒手空拳の鋭さからして相当な実力者である事が理解できた。
そして老人の方はその猛攻をヒョイヒョイとかわしていく。言葉で説明するとそうなってしまうが、実際は残像が生じて老人の身体が複数に見えるほどの速さ。一般人が見ればその老体のどこにそんな運動能力があるのかと、驚くだろう。
ほとんどその場から動かず、変わらない距離感で繰り広げられる攻防。だがそれを眺めていた少女は違和感に気づく。老人の動きが人間の域を超えた速度と反応になっている点については、少女は良く知っている事なので思うところはない。問題は『フランケン』の方である。
何らかの武術と思われるほどにキレのある動きの中に時折、そして段々と頻度が増していくある動き――肘や肩、腰や首までが一回転しているのだ。
当然、人間がそんな事をすれば四肢が壊れるし、最悪死ぬ。だが『フランケン』の身体は、まるで腕の悪い人形師が操る人形のように気持ちの悪い関節の動きを織り交ぜた気色の悪い徒手空拳を放っている。
そう、人形。まるでその身体が、機械か何かでできているのかのように。
「――あ。」
武術の技が段々と奇怪な踊りへと変わっていったその時、少女は思わず声をもらす。
まるでタイミングを合わせたかのように、両者の右手が魔法の力――老人は雷を、『フランケン』は炎をまとい、それを互いの顔面に向けて放つ。どういう魔法かはわからないが、次の瞬間に炸裂するだろう衝撃に何となく身構えた少女だったが、二人の攻撃はそれぞれの顔の手前で寸止めされた。
「はぁ、やめだやめだ。このまま終わりにできるのならそれがいいが、どうもお前とやり合うにはこの研究室が滅茶苦茶になるくらいの戦闘をしなきゃならんらしい。それは困るから、自分を殺すというお前の目的、少し猶予をもらえないか?」
老人に背を向け、手近のモニターの方へ移動して操作を始めた『フランケン』に、老人はあきれ顔を向ける。
「研究室がどうなろうと知った事ではないのだが、そんなワレが手を止めるほどの価値がその猶予の中にあると?」
「ああ。実は今、アタエルカで待ち望んだ自分の目的が達成されようとしていてな。長い間第二地区所属のトップエンジニアの一人としてニコニコしていた理由はこれの為なのだ。専門とするジャンルは異なれど、お前も研究者なら興味をそそられるはずだ。自分を殺すのを少し待ち、それを見てみようと思うくらいには。」
「ほう?」
少し興味を持ったのか、老人は『フランケン』が操作しているモニターを見る。『フランケン』はニヤリと笑い、自信たっぷりにこう言った。
「一の入力で百や千の出力、そんなモノがあるとしたら?」
一人の研究者に会いに行ったら国の大事に巻き込まれて、だけどミラちゃんの交渉であっさり帰ってきた昨日。唐突に出てきた故郷の名前に複雑な気持ちになるも、みんなが妹のパムに両親や昔のオレの事を聞きまくるせいで色々と恥ずかしい思いをし、モヤモヤしたモノは吹き飛ばされた。
そして……そ、その夜はな、なぜかミラちゃんが……オ、オレにオシオキ――をされたいとかなんとか言いだし、オレはミラちゃんのおでこにデコピンをしたりほっぺを引っ張ったりする夜を過ごして……それでもやっぱり前日、前々日の通りに理性を試されて迎えた今日。朝ごはんの後、オレたちは……どうも普段ユーリとストカが護衛官としての勉強をする時に使っているらしい、学校の教室のように机とテーブルと黒板が置いてある部屋に集められた。
「ロイド様との時間を失うわけにはいきませんので、昨日生じた諸々は本日の内に解決してしまおうと思います。」
そして先生のように黒板の前に立ったミラちゃんが黒板……だと思ったのだけど実は画面のようなモノだったらしく、それをコンコンと叩くとピコンピコンと色々な情報が表示された。テレビとはまた違う映り方というか……魔法で文字や図を映している感じだろうか……
「昨日の内にレギオンの皆さんに神の国を調べてもらいました。どうやら現在、あの国はなかなかに騒がしい状況のようです。」
「調べてもらったって……昨日の今日よ? あんたまさかあの国にもスパイを送ってるわけ?」
エリルが「げっ」って顔になる。ミラちゃん……というかスピエルドルフは基本的に人間に興味が無くて、できるだけ関わり合いにはならないようにしている。魔人族は人間よりも遥かに強いから他の国と仲良くしておこうとか、そういうのも必要ない。
ただ、魔法生物や魔人族みたいに魔法の適正がない人間だからこそ、魔法の研究は結構進んでいる部分があるらしく、場合によってはスピエルドルフに害をなし得る技術が生まれるかもしれないという事で、スピエルドルフはあっちこっちの国の色々な場所にレギオン――フェルブランドで言うところの国王軍にあたる人たちを潜入させて情報を集めている。
んまぁ、フィリウスみたいに魔人族の中でもトップクラスの人と互角に戦えてしまう人間を把握しておくっていう理由もあるらしいのだけど……とにかく、アタエルカの宗教のほとんどが魔人族を悪魔としているみたいだし、神の国は一番敵対する可能性の高い国。レギオンの人が監視していても不思議は……
「いえ、あの国はコストが悪いので誰も送り込んでいませんよ。」
……あれ?
「なによ、コストって……」
「あそこは十二の国がくっついているようなモノですからね。人を送るとなると最低でも十二人必要でどこかの地区だけ、というのはあまり意味がありません。しかしフェルブランドのように凄腕の騎士を輩出し続けているわけではありませんからそれだけの人数を送るほどの価値はありません。何より潜入を続けるには条件が悪すぎてレギオンのメンバーが可哀相です。」
「条件? もしかしてあそこの神の光があんたらにとっては太陽の光……みたいな?」
アタエルカがそこにある理由、神の光。どういうモノでどうしてそこにあるのかも解明されていないけれど、魔法生物を寄せ付けなかったり魔法の威力が増したりと色々な恩恵があるから十二もの宗教がそこに集まった。
今回は直接サーベラスさんの部屋に移動したから帰りにチラッと見ただけだけど、確かに魔人族には……なんとなく良くないモノのような気がするな。
「陽の光ほどの害はありませんが、あの光を一日中浴びたりすれば気分が悪くなってくる事でしょう。帽子屋のおばあさんは研究者ですから長時間部屋に引きこもっていても慣れたモノでしょうが、そうでない者が一息つこうと外の空気を吸いに出たら気持ちの悪い光が当たる上、夜でもあの光のせいで真っ暗にはなりません。このスピエルドルフとは真逆の環境なのですよ。」
「ん? おお、もしかしてあの首三つのばあさんが帽子かぶってたのは光のせいか?」
唐突に話に加わったアレク……首三つのばあさんっていうのはすごい表現だけど、確かにおしゃれな帽子をかぶっていた。
「あれはおばあさんの趣味と言いますか、同じ頭が三つあるのだから三種類のオシャレを楽しめると言って帽子をかぶるようになりまして、以来お店が開けるほどの帽子コレクターになったのです。なので通称帽子屋。人によっては頭に「狂った」をつけますが。」
「えぇ?」
突然出てきたすごい言葉に思わず声が出ると、ミラちゃんがニッコリとほほ笑む。
「あのおばあさんはのめり込むタイプの研究者でして、熱が入ってくるととんでもない事をさらりとやっていくのですよ。昨日も、あの赤い糸の観測の後も実験が続いていたら……そうですねぇ、自分の目の前でロイド様とあんなことやこんなことをしてみて欲しいとか言い出しかねませんでしたよ。」
「エェッ!?!?」
「流石のワタクシも、やはりそういう時間は二人っきりで過ごしたいですからね。今回の騒動で少しホッとしていたりもするのですよ。さてさて話を戻しましょうか。」
実はとてつもない修羅場の一歩手前だったという事実に戦慄する。フィリウスとの旅の中でも色んな研究者さんに会ったけど、確かにそういう……スゴイ人はいた……あ、危なかったな……
「エリルさんの疑問である、昨日の今日で調べたのかという点ですか、その通りです。ここに戻ってからすぐ、偵察の得意なレギオンの方に動いてもらいました。かなり大がかりな事が起きているようで、深くまで潜入せずとも外からの観察だけでかなり状況をつかめました。」
「えぇ? で、でも位置魔法が封じられたりしていたし……夜の魔法みたいに国が特殊な力で覆われていたりしたんじゃ……」
「確かにその通りなのですが、ワタクシたちが思っていたモノとは違ったようです。その点も含めて説明いたしますね。」
ミラちゃんがそう言うと、黒板のような画面に金色の卵みたいなモノが映し出された。
「これはレガリア。神の国アタエルカで生まれたマジックアイテムです。」
「レガリア……ふむ、確か王が王である事を示す道具だったか。アタエルカの王にあたる人物は各地区の代表の中から選出されるらしいが、その者に与えられる品という事か。」
さすがの優等生なローゼルさんがれがりあ……というモノについて説明する。王が王である事をってことは王冠みたいなモノか……
「そうです。十二の宗教がそれぞれに自分たちの教えこそが真実であると主張し、対立しながら発展した結果国として扱った方がよい規模にまで至り、世界連合から代表者を決めるよう要請され、とりあえずの王様として選出された者がその任期中に証として所有する事となったのがこのレガリアです。ただ、作られた当初はマジックアイテムではなく、ただの置物でした。」
「む? それはどういう意味だ?」
「自然発生とでも言いましょうか。世のマジックアイテムの大半はどこかの誰かがそういう風に魔法をかけて作ったモノですが、普通とは異なる環境下に長く置かれた何の変哲もない代物がある日突然特殊な力を得る、というのもそれなりにある事です。ハッキリとした原因はわかっていないようですが、恐らくは神の光によってそうなったのでしょうね。」
「それで「生まれた」なのか。そしてこれを最初に紹介するという事は、あの騒動の根っこにはこれがあるという事か?」
「根っこにいる人物が利用した、というところですね。このレガリアが得た……得てしまった能力を行使した結果、かつてアタエルカではかなり大きな惨事が生じたようで、レガリアは長いこと封印されていました。それがある時『大泥棒』というS級犯罪者に盗まれ、つい最近までその行方はわかっていなかったようです。」
「ほう! 『大泥棒』か!」
お手本のように綺麗な姿勢で椅子に座っていたカラードがググッと身を乗り出す。
「戦闘能力がどの程度なのかは不明だが、「盗む」という一点に関しては間違いなく世界最高と言われている泥棒だな。人には一切危害を加えず、いかにバレずに盗むかという過程を楽しんでいるとされ、盗んだ品物は適当なところに捨ててしまうという。」
「詳しいんだな、カラード……」
正義の騎士として犯罪者には厳しい顔をするカラードが少し楽しそうに語った事に驚くと、カラードは困ったように笑う。
「悪人である事に変わりはないのだが、結果として義賊のような盗みもするらしくてな。そういう悪と対峙した時、おれはおれの正義を貫けるのかと考えた事があるのだ。」
「真面目だなぁ……」
「今回の騒動の始まりを作ったという意味ではなかなかに悪い事をしていますよ。封印されたままであったら個人が私用で使う事態には至らなかったでしょうから。」
ふふふと笑いながらミラちゃんが画面をトンと叩くと、レガリアの横に女の人の写真が映し出された。ウェディングドレス……にしてはあちこちに金色の刺繍が入っていて少し派手な服を着てヴェールの下からピンク色の長い髪を広げている。完全に写真だけの印象だけど……デルフさんみたいに色々と企んでニンマリ笑いそうだ……
「ロイド様? まさかこの女にご興味が?」
「えぇ!? い、いやいや!」
ボーッと眺めていたらいつの間にかミラちゃんやエリルたちからジトッとした視線が飛んできていた……!
「あまりオススメはしませんよ。この女が今回の騒動の首謀者ですから。」
「首謀者……つまりあの大きな騎士の人のバックにいたっていうのがこの人?」
「恐らくは。この女はフラール・ヴァンフヴィート。アタエルカ第五地区の頂点に立つ人間で教皇と呼ばれています。そして第五地区には聖騎士隊という騎士団があり、あの騎士はその内の一人というわけです。」
「そういえば聖母様がそんな事を言っていたような……えぇっと、第五地区は強さを信仰しているところだっけ。」
「現世とは多くの人間をふるいにかける場であり、強き者は死後神のもとに招かれ、来る大きな戦に参戦する――そんなような教義ですね。故に第五地区は単純な戦闘力で言えば他の地区を圧倒します。」
「圧倒……ちなみにどれくらいの強さなの?」
「強さは……さて、あまり気にしませんでした。妹さんが詳しいのでは?」
これから会いに行く……しかも何かの企みを実行中のところに行くのに相手の強さを気にしないというのは、ミラちゃんたちからしたら相手にならないから――という事だろうか……
「そうですね……アタエルカの聖騎士と言えば、自分たちで言うところのセラームクラスだと言われていますよ……」
セラーム、つまり一番上の位。それが気にならないレベルとはさすが……ん?
「どうしたの、パム。難しい顔して。」
「……確かに地区単位で言えば聖騎士隊が一番でしょうが、アタエルカには国全体の守護者である白の騎士団がいます。第五地区が騒動を起こしたというのなら他の地区から要請が出て彼らが動いているはず……」
「本来であればそうなのでしょうね。しかしそれがそうなっていないのがこの騒動のポイントなのです。経緯は不明ですがこのフラールという女は行方知らずだったレガリアを手に入れ、その力を使って目的をはたそうとしているのです。レガリアが持つ思考を操る力を利用して。」
「!? 思考を……操る……?」
ミラちゃんの言葉にパムが顔を青くする。
「ああ、いえ、操るというのは少し言い過ぎかもしれませんね。相手の頭の中に特定の言葉を植え付ける、という表現の方が近いでしょう。」
頭の中に植え付ける……心とか精神とか、そういうモノに干渉する力なのか。火の国の一件でクロドラドさんが使った怒らせる魔法のような……感情系の魔法? みたいな感じだろうか。でも言葉を植え付けるっていうのはどういう……?
「兄さんがマヌケな顔になってますけど、つまり位置魔法が使えなくなったあれを起こしたのがレガリアというわけです。しかも封じるとかそういうレベルの話じゃない。」
「そ、そうなの……?」
「恐らく、自分たちは位置魔法……いえ、魔法を使って場所を移動する、という行為に対し、「そんなことはできない」という思考を頭に植え付けられたのです。」
「えぇ? で、でも実際位置魔法を使えば移動はできるはずじゃ……」
「能力や技術が封じられたわけではないですけど、実際に魔法は形を成さなかった。頭に植え付けられた「できるわけない」という思考が魔法のイメージに影響を与えたんです。」
「! イメージ……」
魔法にはイメージが大切だ。どんなに技術を磨いたとしても本人が「できない」と思っていたら魔法は発動しない。オレの曲芸剣術がまさにそういう類で、「回転」というモノに対する強いイメージがないと風をああいう感じに回すのは難しいらしい。少しでも風の魔法を学んだ人なら、延々と空気を綺麗に回転させ続けるという事がどれだけ困難な事か理解できる――いや、理解してしまうらしく、一度そうなってしまったらそのイメージのせいで風を使って剣を回すという事ができなくなるという。
そもそも、「こういう手順を踏めば手から魔法が出る」というのもそれを当たり前と思っているからできるわけで、今でこそ魔法が一般的に知られるモノになったけど、発明された当初は「できるわけない」という考えが邪魔をして小さな火の玉を出すのも一苦労だった――と、魔法の歴史の授業で習った。
位置魔法が使えなくなったわけじゃなく、「移動できない」っていう思考が頭の中にあるせいで魔法が発動しなかった……確かにこれは魔法を封じられるよりも厄介かもしれない。
「魔法はイメージ一つで良くも悪くも簡単に変化します。何か大きな成功を経て今の自分なら何でもできると思っていれば数分前にはできなかった強力な魔法が使えてしまったり、たった一度の失敗経験のイメージのせいでその魔法が二度と使えなくなる事もあります。イメージ――心の影響を強く受けるからこそ、騎士は日々の修行で「自分はできる」というイメージを確固たるモノにしていくのです。だというのに頭に直接イメージを崩す言葉を叩きこまれてはどうしようもありません。」
「まぁ、当然思考の植え付けは無理矢理なモノなので相手の状態によっては効き目が変わるようですが、一度効いてしまうと誰かに「こういう思考を植え付けられた」という事を言ってもらわない限りは解除できないでしょう。」
「うわぁ、思考の植え付けなんて宗教関係者に持たせちゃいけないアイテムナンバーワンだね。」
魔法を使う者にとっては最悪のマジックアイテムだなぁ……とか思っているとリリーちゃんがそれとは別方向にレガリアの映像を嫌そうに見ていた。
「どうしてダメなの、リリーちゃん。」
「宗教で一番大事なのは思想だもん。こんな道具があったら信者増やし放題だよ。」
増やし放題……そうか、頭の中に「人生は欲望に従うべし!」みたいな思考を植え付けられたらみんな第四地区に集まっちゃうもんな……
「リリーさんの言う通り、この力が先ほど言った惨事につながりました。当時レガリアを所有していた地区のトップがこの力に気づいた時、信者を増やす為にこの力を使ったのです。」
「えぇ!? ま、まさか世界中の人を信者に……」
「いえ、さすがにそこまでの影響範囲はありませんし、それほど大規模にする必要もありません。十二の宗教の世界的規模はどんぐりの背比べで拮抗しているわけですが、それらの総本山として位置づけられているアタエルカ内で最大勢力となれば実質世界で一番ですからね。その時は国を覆う規模で力を使ったようです。」
「それでもかない広範囲だと思うけど……えぇっと、それじゃあ十二の地区が一つの地区にまとまったの?」
「いいえ。相手によって効き目が変わるという点が厄介な事態を引き起こしたのです。例えば自身が信じる教えに百パーセント従っているような者に対して「その教えよりもこっちの方が正しい」というような思考を植え付けたとしても、大半は効果がありません。ですが自分の思考の矛盾に精神的なダメージを負い、心を狂わせたり自殺したりする者が出たそうです。」
「じ、自殺……そんなに深刻な状態になるんだ……」
「信心深い者ほどそういった傾向が強かったようです。そして効果が無かったとしても、周囲の者が急に信仰心を揺らし始めたのを見てその者達を異端として処罰する者も出てきたりと、各地区それぞれの内外で大混乱が起きました。」
「そ、それ……どうやって解決したの……?」
「あまりの異常事態に、本来いずれかの地区の命を受けてから動くはずの白の騎士団が自発的に行動し、原因であるレガリアの事を突き止めてそれを使用した者を捕縛、他の地区の代表者たちに事情を伝えて封印を提案したのです。代表者たちはそれを了承、それからレガリアは盗み出されるまで秘密の部屋に封じられていたというわけです。」
「む? ちょっと待ってくれ、さっき外から観察したと言っていなかったか? 今の話からするにどう考えてもレガリアは神の国の重要機密……その歴史までわかったというのは……」
「何も景色を眺めただけではありませんからね。今話した内容が記録されている書物を外から読んだのですよ。」
ニッコリとほほ笑むミラちゃんにローゼルさんが何とも言えない顔になる。これは相当厳重に保管していないと国の機密なんて全てスピエルドルフに知られてしまうぞ……
「そんなレガリアを使い、恐らく国の外に出る事と入る事を封じたこの女は邪魔されない状況を作ると同時に他の地区の代表者らに自身の手元にレガリアがある事を示し、一つの要求をしました。」
「要求? このロイドくんがやらしい目で見ていた女性は第五地区のトップ、その目的は自身の教義を一番にする事だろう? 確かに昔は失敗したかもしれないが、別の使い方をすればレガリア一つで実現できるだろうに、何を望むのだ?」
「ヤラシク見てませんよ!?」
「どうやらあの国には封印されているモノがもう一つがあるようで、それを手に入れることが最終目的のようです。詳細はわかりませんでしたが、それの呼称は『聖剣』でしたね。」
「『聖剣』!?」
ガタリと立ち上がったのは……さっきの『大泥棒』の時とは比べ物にならないレベルで眼をキラキラさせたカラード。
「もしやエクスカリバーか! それかアロンダイト!? いや、神の国にある事を考えれば――」
「いいえ、カラードさん。期待大なところ申し訳ありませんが、恐らく世に言う聖剣ではありません。そう呼ばれているだけの別のモノでしょう。」
「……ロイド、聖剣っていうのは――」
「待つんだエリル、聖剣ならオレも知っているぞ……」
聖剣と呼ばれている剣というのはきっと色んな国や文化の中にたくさんあるだろう。ただ騎士の間で聖剣と言ったら、それはとある五本の剣の事だ。いわゆるマジックアイテムに分類される、特殊な力を持った剣の中でも最高の力を持つとされている剣で、ベルナークシリーズ同様に騎士ならみんなが憧れる剣……らしい。フィリウスとの旅の途中でよった町の子供が教えてくれたのだが、最近それを教科書に見つけてごっこ遊びの設定じゃなかったのだと知ったばかりなのだ……
「……あんたってホントに知識が偏ってるわよね……」
「主にフィリウスのせいだと思うけど……と、とにかく、あの聖剣じゃないにしてもレガリアみたいに封印されていたって事は危険なモノなんじゃないのかな……この第五地区の……フラールさんは何をするつもりなんだろう。」
「それも不明です。武器ではあるのでしょうし、第五地区の性質を考えれば単純に強い武器が欲しいというだけかもしれませんが……正直、この女の目的はどうでもいい事です。」
そう言ってバンッとミラちゃんが画面を叩くとレガリアやフラールさんの映像が消え、サーベラスさんのところに現れた大きな聖騎士の顔――は見えていないから甲冑姿が映し出された。
「今現在のアタエルカの状況を説明しましたのは、ハッキリ言って宗教間の、そしてあの国の中で起きているだけの小競り合いであって凶悪な犯罪者が暴れているわけでも魔人族に害をなそうとしているわけでもないという点を再認識する為です! 確かにレガリアという道具は危険ですし『聖剣』がどういった代物かもわかっていませんが優先順位は遥か下! ワタクシたちが行動する理由はただ一つ、この聖騎士、もしくはそのボスであるフラールという女にロイド様の故郷であるパタタ村の事を聞く為です!」
これまで淡々とアタエルカについて説明してくれていたミラちゃんの声に突然熱が入る。
「ある日突然なくなってしまったパタタ村。賊の仕業という事になっていますが未だに謎の多い場所です。恋愛マスターのせいと思われていたロイド様と妹さんの記憶の齟齬も、何が起きたのかを明確にすれば理由がわかるかもしれません。何よりワタクシたちが全力を注いでも真相が見えてこないという事実、ロイド様の故郷について知らないことがあるという現状がいけません! 大問題です!」
「……要するに、アタエルカにもう一回行くのはロイドの故郷について聞く為で、レガリアとか『聖剣』をどうこうする為じゃないって言いたいわけね……」
「その通りです! ロイド様に害をなさない限り、人間同士の喧嘩に興味はありません。真っすぐにこの聖騎士を目指し、話を聞いて帰って来る。そしてロイド様との素敵な休暇を過ごすのです!」
「ステキな……う、うん……ありがとう……」
とにかくオレの事を最優先に行動する――してくれるミラちゃんやスピエルドルフのみんなからすれば確かに今回の騒動はどうでもいい事……になるのだろう。とはいえ尋ねに行く相手が騒動の首謀者に近い人なわけだから、結局は関わるというか巻き込まれるというか、そんな気はしている。
現状、フラールさんという人は悪い事をしているわけじゃ……たぶんない。ミラちゃんが言ったように、国の中でのいざこざだ。レガリアという危険なモノが今後どう扱われるのか、『聖剣』がどういうモノなのか、その辺がハッキリして安心できるならそれで良し。今回はそんな感じだ。
……火の国の時の『罪人』みたいな連中が暗躍とかしない限りは……
「ということでパパッと言ってソソッと帰って来ましょう。思考に干渉するような能力に対抗できる者を呼びましたので、早速出発です。」
ミラちゃんがそう言うと、ガチャリと部屋のドアが開いた。
「よりにもよって神の国とは、一生行かないと思ってた国だぞ。」
そう言って登場したのは面白いデザインの服と身体のあちこちにある縫い目が目を引く、ゴロゴロと引いてきた台車の上に脳みそのようなモノが浮いている水槽を乗せた死人のような顔色のオレの友達、ユーリ・フランケンシュタインだった。
「……?」
神の国、アタエルカをぐるりと囲む壁から少し離れた所を、アタエルカから離れる方向にずんずんと歩いていた集団の一人――ラクスが不意に立ち止まった。
「あれ……えっと……ん?」
「どうしたの、ラクスくん?」
ぴょこりと身体を曲げてラクスを下から覗き込んだ人物――大きな髪飾りと長いポニーテールを揺らしながら一部の人間――例えばセイリオス学院の元生徒会長などをその眼差しだけで気絶させられるだろう威力を持った上目づかいを飛ばした水色の髪の女子――ヒメユリは、ラクスの深刻そうな顔を見て目を丸くする。
「え、本当にどうしたの? お腹痛いの?」
「いや……俺たちなんでこんなところにいるんだっけかと思って……」
「レガリアの運搬中デスよ、マスター。」
ラクスの斜め後ろを歩いていた、触角のように見える髪飾りを頭に乗せた銀髪の女子――アリアが人形のような顔で淡々と答える。
「そう……いや、そうなんだけどなんか変というか……」
「折角持ってきたモノをそのまま持ち帰るんだもの、そりゃ変よ。」
ラクスよりも前を歩いていた、翼のように見える左右に結んだ赤い髪の女子――リテリアが不機嫌そうな顔で振り返る。
「いやそうじゃなくて……あれ、今日って冬休みに入って何日……なんで俺たち、聖騎士と元気に模擬戦やってたんだ……? 届けるモン届けたらそのまま休みに入っていいって姉ちゃんに言われたから、とっとと済まそうって……」
「何言ってんのよ。やられっぱなしじゃ校長に怒られるって言ってプリムラと二人でやる気満々に残ったんじゃないの。」
「あ、ああ……確かにそんな事を言ったが……姉ちゃんにドヤされるなんていつもの事だし、いつもの俺ならあんな修行大好きっこみたいな選択は……くそ、なんだこの違和感……」
「マスター、頭大丈夫デスか?」
「若干煽りに聞こえるから言い方を変えて欲しいが……みんなは何ともないのか? プリムラはどうだ?」
一番前を歩いていた、螺旋を描く金色の髪が特徴的な女子――プリムラに問いかけたラクスは、ゆっくりと振り返ったプリムラが、おそらく今の自分と同じような顔になっているのを見て表情を険しくした。
「……ラクスさんの疑問を聞いた瞬間、わたくしの中にも違和感が生じました……模擬戦の件はまだ理解できますが、現状が明らかに変です。」
「何が変なのよ。第五地区の偉い人に頼まれて学園にレガリアを運んでるだけじゃない。」
「ええ……それが変なのです……国内で良くない動きが出てきたからレガリアを別の場所にというのはまだいいですが、それの運搬をわたくしたちに頼むのがおかしいのです。確かにここまで運びはしましたが、レガリアがアタエルカの……いわば国宝に近い代物だと知っていたらもっと適した人にするべきだと学園長に進言したでしょう。ましてレガリアを狙う者が出てきた今、聖騎士の皆さんに手も足も出ていなかった騎士の卵であるわたくしたちに護衛を任せるなんて……そうです、護衛なら聖騎士の方に頼むのが普通です……」
「怪しい人がいるって事だし、聖騎士隊の戦力を使いたくなかったとか……?」
ヒメユリが、そう言いながらも同様の違和感を覚えているのか、困惑の表情を浮かべる。
「あれ? というか今って冬休みなんだし、学園には誰もいないよね……先生もほとんど……レガリアを守ってくれそうな人っていないんじゃ……」
「ああ、そうだ、そうだよな……なんで俺それを忘れてあんなこと言ったんだ……?」
「極めつけは今のわたくしたち……規模の大きな魔法を使うとバレるからと壁の外まで位置魔法で飛ばしてもらいましたが、なぜわたくしたちは呑気に歩いているのでしょう……すぐさま位置魔法で近くの街などに飛ぶべき――いえ、普段のわたくしであれば間違いなくそうしました。それをどうしてこんなのんびりと……」
青い顔で頭を抱えるプリムラは、ラクスたちの様子に一人首を傾げるアリアを見てハッとする。
「アリアさん、レガリアを見せてもらえませんか!? もしかすると――」
「お前たち、第五地区の者か?」
不意に聞こえた声に、しかしさすがの騎士の卵たちは一瞬で臨戦態勢になって自分たちの後方に現れたその人物を見たが、白いベレー帽のようなモノをかぶり、そこから伸びる白い布で顔を隠し、白いローブに身を包んでいる、何から何まで真っ白なその者の姿にラクスたちはギョッとする。
「全く、やはり理解できんな、女教皇。自分が見つけたからと調子に乗り、挙句再度国外へだと? レガリアを私物のように……!」
「……あー……俺たちは第五地区――っていうかアタエルカの人間じゃないが、あんたは誰なんだ? 俺たちに何か用か?」
「何か用か、だと? レガリアの力で他の地区を脅し、古の封印の解除を要求。あの女の立場からしたらレガリアを一度外へ出すのは道理が……道理が……通っている、のか……?」
顔は見えないが敵意むき出しで喋っていた白い人物が、まるで突然自分の行動に自信が無くなったかのようにその態度に困惑をにじませる。
「い、いや、だがこうして確かにあの女の手先がレガリアを持ち出そうとしている……レガリアが目の前にある……! この事実だけで私の正義は執行される! レガリアが外に持ち出される事は悪だ!」
「悪……? なぁちょっと待ってくれ。本人に聞くのもマヌケとは思うんだが、あんたは第五地区のレガリアを狙う……その、良くない連中――ってのとは別口か? 俺らがレガリアを運んでるのはちゃんとした理由が――」
「第五地区の、レガリア……?」
ラクスの言葉に、白い人物の困惑混じりだった気配がピリッと張りつめる。
「……理解した。あの女は今後もレガリアを利用するつもりなのだな? 自身の所有物として手元に置き、私欲で行使すると……!」
「?? お、おい待てって。これがヤバイ物だってのはそうなんだろうし、教皇さんがこれをどうするつもりなのかは聞いてないけど、でも第五地区のレガリアなんだから所有者は誰かって言ったらあの教皇さんになるんじゃないのか?」
「何を言っている? まるで他の地区にもレガリアがあるような事を……!」
「え?」
白い人物の発言にラクスたち全員が疑問を抱くと同時に、バッと両腕を広げた白い人物の背後に強烈な光が生じた。
「レガリアは神が与えて下さった唯一無二の神器。だが今の人間はそれを扱うに足らず、いたずらに災禍を招くだけ。その時が来るまで、レガリアは封印しておかなければならんのだ。だというのに所有者を名乗って利用するだと? もはや悪魔の所業と変わりない! 今ここで、確実に回収する!」
徐々におさまっていく光に薄く目を開いたラクスたちは、光の中から現れたそれに息を飲んだ。
人型ではあるが人間ではなく、鎧のようではあるが金属というわけではない、生体的な装甲をまとった体長十メートルほどの巨人。真っ白な杖を手にし、背中に真っ白な翼を広げている。
「神の裁き、と言いたいところだがその御使いが罰を下す。正義の前に懺悔するのだ!」
「御使い――ってことはこれ天使か!? プリムラが呼ぶのとはだいぶ違うぞ!」
「天使の姿には術者のイメージが強く影響しますからね……ただわたくしが召喚する天使はわたくし自身との連携、手数と一個体の強さのバランス考えてのあの姿。対してこれはこの天使単体で敵を倒すコンセプトですね。」
「……つまりどういう事だ?」
「下手をすればSランクの魔法生物と戦うようなモノ、という事ですよ……」
「魔法生物だと? 御使いをそんなモノと一緒にす――」
ドカァンッ!
光の中から現れた巨人――天使が白い人物の手の動きに合わせて手にした杖を振ろうとした瞬間、その肩の辺りで何かが爆発し、天使の上半身を黒い煙が覆った。
『いるかどうかもわからないモノの姿を勝手に想像して作った趣味の悪いハリボテ、誰の目にも化け物だろう。』
スピーカーから響くような声が上から響き、見上げたラクスたちは再度ギョッとする。
『神だの天使だの、空想の存在を称えて正義だの悪だの立場で変わるモノを信仰、相変わらずナンセンスだな、第六地区は。』
ヒュルルルと、あまり聞き覚えの無い音をさせながら空から降りてきたそれは、簡単に表現するならモーニングスターの鉄球のように、尖ってはいないが無数のでっぱりがついた黒い球体。その内のいくつかから蛇腹に伸びる腕をうねうねとさせているそれは白い人物が召喚した天使と同等の大きさがあり、化け物と呼ぶならこっちの方だろうとラクスは思った。
「第二地区の不信心者めが! 何をしに来た!」
腕を振るって煙をはらった天使には傷一つ無く、白い人物は黒い球体を……顔は見えていないが体勢からしてギロリと睨みつける。
『わかりきった事を聞くな、執行人。レガリアは世界の謎に迫り得る貴重なサンプル、神器だとか呼ぶような連中に渡しちゃ世界の損失だろう。』
自分たちを蚊帳の外にしてにらみ合いを始めた白い人物と黒い球体を前に、ラクスは半分あきれ顔でプリムラの方を見た。
「……結局こいつらはなんなんだ?」
「会話から察するに天使を召喚したあの白い方は「正義」を重んじる第六地区に所属する執行人――第五地区の聖騎士のような立場の方です。そして黒い球体……の中に乗っているのでしょうが、こちらは「科学技術」の発展が人間を正しい未来に導くとする第二地区の方のようです。」
「加えて「美しさ」を信仰する第八地区の方もいるわよ。」
一体どのタイミングからそこにいたのか、人がいたら間違いなく気づくだろうそれほど離れていない場所でひらひらと手を振っている人物に、ラクスたちは三度ギョッとする。
「それにしてもわかってないわね。正義も科学も必要なモノだけど求め極めるモノではないわ。人間はね、美しさを求めればあらゆる行動が洗練化され、至るべき高みに到着するのよ。」
この場に田舎者の青年がいたなら恋愛マスターの事を思い浮かべただろう露出の多い踊り子のような服を着たその女は、明らかに高い戦闘能力を持つ天使や黒い球体と違ってこれといった脅威は感じられず、ただただ残念そうにそこに立っていた。
「まぁ、こんなところで議論しても意味ないわよね。お二人さんも別に喧嘩が目的じゃないでしょう? どうする? とりあえずそこの運び屋さんたちからレガリアを取り返すまでは共闘って事にする?」
『おいおい笑わせるなよ。痴女一人、敵でも味方でも何も変わらん。状況は至ってシンプル、自分以外の全員を倒した者がレガリアを手に入れる、それだけだ。』
「乱暴ね、美しくないわ。」
『ふん、泥だらけになりたくなければ帰るんだな。』
言い終わると同時に、黒い球体のいくつかのでっぱりがガシャガシャと開き、中から無数の物体が発射された。フェルブランド王国のように魔法主体の国では馴染みがないが、それは世界で一般的にミサイルと呼ばれる兵器であり、撃ちあがったそれらはそれぞれの弾頭を天使やラクスらに向けて加速する。
「どわ、いきなりかよ!」
「マスター、ご心配なく。」
迫るミサイルを前に回避行動を取ろうとしたラクスたちだったが、一歩前に出たアリアが両腕を挙げるとラクスたちを覆うようにバリアのようなモノが展開され、直前まで飛来したミサイルは突然向きを変えて明後日の方向へと飛んで行った。
「おお、さすがはアリ――」
ドドドォンッ!
ラクスたちから離れた所に着弾したそれらは爆発する事もなくただただ地面にドスドスと突き刺さっていったが、天使を狙ったミサイルはことごとく命中、爆風をまき散らして周囲を煙で覆った。
「ゲホゲホ、あのロボット、間違いなくレガリアのこと考えてないわね! でもこれってチャンスじゃない? 今なら煙に紛れて逃げられそうよ。」
「それはできないと思いますよ、リテリアさん。どんな魔法を使ってもあの人から逃げられる気がしませんから……」
「? どいつの事――」
「なめるなガラクタぁっ!」
立ち込めた煙が天使の翼によって吹き飛び、杖の先から放たれた極太の光線が黒い球体を飲み込んだ。
『ふん、その程度の熱量でどうにかできるとでも?』
光線の中を突き進んだ黒い球体は無数の腕を天使へと伸ばす。だがその巨体からは想像もできない達人めいた動きで振るわれた杖によって全てが弾かれ、天使は腕の一本を掴んで一本背負いのようにして黒い球体を地面へ叩きつけた。
『ぐっ――!!』
「所詮は木偶人形だな。」
『木偶――この英知の結晶を……!』
「ふん、貴様は神のお力の一端を御使いから学ぶといい。」
再度ヒュルルルという音をさせてゆらゆらと浮かび上がった黒い球体の前に立ちはだかる天使。それを背に、白い人物は再度ラクスたちを正面に捉える。
「御使いの手で直々に裁きを加えて頂きたかったが、あちらの不信心者の更生に注力する事となった……残念な事だが、私が罰を与えよう。」
そう言った白い人物がパンッと両手を叩くとその手が光に包まれ、背後に拳サイズの白い球体が出現して衛星のようにくるくると回転を始めた。
「悔い改めよ!」
次の瞬間、背中の球体からジェットのように光線が放たれ、一瞬で間合いをつめた白い人物の光り輝く拳を、ラクスは慌てて剣で受け止めた。
「なるほど、あの女の手の者なだけはあるか!」
そして始まる拳の猛攻。超速で繰り出される光の連撃を強化魔法と時間魔法の合わせ技でこれまた超速の剣技で迎え撃つラクス。だが均衡はすぐに崩れ、すり抜けた拳がラクスに迫った瞬間、白い人物を真横から爆炎が襲い、拳がラクスに届く前に白い人物は後ろに跳んで距離をとった。
「ちょっと、あんた大丈夫!?」
「悪い、助かった! ったく、あんな天使を召喚しておいて自分自身もこんなに戦えるってのか……手合わせしてきた聖騎士たちと変わらないレベルだぞ……!」
「聖騎士などと一緒にするな。これは神より賜りし聖なる力、己の欲望の為に身につけた暴力と同じにされては困る。」
「こっちにとっちゃどっちでも同じだ……おいプリムラ、結構ヤバイからお前も協力を――」
「すみませんが、わたくしは彼女を。」
ラクスの斜め後ろにいたプリムラは、たった今凄まじい実力を見せつけた白い人物の方は向いておらず、先ほどと変わりなく立っているだけの踊り子のような姿の女を見ていた。状況が理解できないラクスが困惑していると、女はふぅとため息をつく。
「あなたすごいわね。さっきのミサイルで煙たくなったからそのスキにと思ったのに、あなたがわたしへの警戒を緩めなかったから動けなかったわ。」
「当然です。破壊力という点で言えばあちらの天使やロボットの方が上でしょうが、戦闘能力という点で言えば……この場ではあなたがダントツですから。」
プリムラの言葉にラクスたちは目を丸くする。
「あの距離に近づかれるまで気づかなかったのは魔法で突然現れたからではなく、単純にそこまで気配を消していたからです。そして初めから、あなたの視線はアリアさんに向いている。」
「美しさというのは常に出すモノじゃないのよ。それにその子に視線が行くのは当然よ。だってレガリアを運んでいるのはその子でしょう?」
「……一目でそれに気づいたと……」
「わざわざあなたたちみたいな運び屋さんがいるという事は、レガリアは位置魔法でどこかに移動させることができないということ。特殊なマジックアイテムですもの、そういう縛りがあってもおかしくないわ。でもあなたたちはレガリアが入りそうなカバンやリュックを持っていない。どうやって持ち歩いているのか――それを考えたら嫌でもその子に目が行くわ。美しいけど美し過ぎる容姿に加えて挙動の一つ一つが人間じゃない。その子がロボットだってことはすぐにわかるでしょう? そうしたらその子のお腹の中にでもしまっているんじゃないかって、推測が出てくるわよね。」
ニコリとほほ笑みながら当然の事のようにそう言った女に、プリムラは少し嬉しそうに息を飲んだ。
「やはり相当な実力の持ち主ですね……という事でラクスさん、わたくしは彼女の相手をしますからそちらは皆さんでどうにかお願いしますね。」
「……わかったよ。リテリア、ヒメユリ、それとアリアも……ちょっと手を貸してくれ。帰り際、ここに来て結構な格上と模擬戦じゃない実戦になっちまった。」
「仕方ないわね……とりあえず、あの天使がこっちに戻って来る前に倒した方がよさそうね。」
「ワタシも同意見デス。あれを相手にするのは難しいと判断します。」
「それに天使と戦うって、なんだかバチが当たりそうだもんね。」
四人の騎士の卵がそれぞれに構えたのに対し、白い人物は少々あきれたように腰に手をあてる。
「あの女の手の者にしては相手との力量差も測れない素人なのだな。まぁいいだろう、何であれ、罰を与えるのみだ。」
「力量差ね……果たしてあんたは、こっちの力量をちゃんと測れてるのか?」
「ふん、何を――」
白い人物が言い終わる前に、ラクスから大きな圧力が放たれ、その背後に六本の刀を持った六本腕の青い巨人が出現した。
「――!?」
「一人一人で見たら未熟かもだが、このメンバーで一緒にくぐり抜けたモンがたくさんある。あんまりなめない方がいいぜ?」
「始まりましたね。」
アタエルカの壁の外で行われている為、位置的にその戦いが見えるはずはないのだが、窓際で双眼鏡を覗きながらフラールは呟いた。
「第二、第六に第八……情報を得たのはあの侵入者一人のはずが、現れた勢力は三つ。これはあの人物がどこかの地区の者というわけではなく……そう、例えば全ての地区に根を張る全く別の勢力に属している可能性がありますね。」
「全ての地区にスパイとなると、かなり大きなバックがいるな。」
窓の外を見るフラールの背後、特徴のないどこにでも売ってそうなシャツとジーパン、オールバックにした短い髪に眼鏡、服装だけ見ると男性だがシャツを大きく押し上げる胸の膨らみから女性とわかる人物が、机の上に広げられた資料を順番に眺めながらフラールの呟きに答える。
「人数の規模にもよるが、この面倒な国の十二の地区で情報をやりとりできるとすればかなり特殊な魔法か技術を使っている事になる。厄介ごとは尽きないようだな、教皇。」
「ある程度の不測は予測の範疇ですよ。しかし驚きです、連絡を取った三十分後にはわたくしの部屋で資料を読んでいたのですから。」
「今している事が少々行き詰まってな。別の刺激が欲しかったところ……この複雑な術式、頭の柔軟には丁度いい。」
「それが柔軟で済むのですからさすがですね。レガリアの操作方法に関してもあなたの推測通りでしたし。」
「ふ、おかしな話だな。この国で生まれたマジックアイテムだというのに誰も使い方を知らないとは。」
「惨事の原因であると判明した後、すぐに封印されてしまいましたからね。当時の所有者が適切に使えていたのかも怪しいモノですし、正しく利用するには今一度、正しい使い方を調べる必要があった……現物もないのに無茶な話だと思っていましたが、こうしてそれを可能にする人物と出会えた。レガリアが見つかった事も含め、神のお導きというモノでしょうかね。」
「自分からすればただ偶然だし、別に難しい事をした覚えはない。レガリアなるマジックアイテムを生み出したのはどう考えても神の光だ。であればその能力はあの光に由来するモノであるのは当然の事。全く、昔あれを調べた学者連中は能無しだったようだな。あれの性質を欠片も理解できていない。」
「ふふふ、『バーサーカー』の二つ名がついているとは思えない天才ぶりですね。騎士もどうしてそんな名前をつけたのか。」
「残念ながらきちんと理由のある事だ。不本意だがな。よし、これでいい。」
さらさらと資料の裏側に図と文章を書いた女――『バーサーカー』はその紙をひらりとフラールに飛ばす。
「! もう解読できたのですか?」
「言っただろう、柔軟だと。新聞の隅っこにあるパズルを解くようなモノだ。」
「素晴らしい……わたくしたちでは何日かかった事か。これで次の段階へ進むことができます……なるほど、これがこうなって……やれやれ、第二地区の鍵は面倒ですね。さすがは機械信奉者……そういえば『フランケン』は今回の一件には動かないのでしょうかね……」
「『フランケン』?」
「はい、あなたと同じS級犯罪者です。第二地区はその者の技術力を目当てに居住を許可しています。勿論これは第二地区の機密事項ですが。」
「それをさらりと知っている点がおかしいわけだが……科学者か。何かヒントを得られるかもしれないな。」
「行き詰っていると言っていた件ですか? しかし素直に話を聞きますかね。」
「さてな、とりあえず会ってみるとしよう。『聖剣』とやらが手に入ったら、それも軽く見させてもらえるとまた良い刺激になるんだが。」
「構いませんよ。あれもあれで正しい使い方があるかもしれませんしね。ではまたその内に。」
ひらひらとフラールが手を振り、椅子に座っていた『バーサーカー』がコクリと頷くと、その姿がパッと消え、一人になったフラールは少し困った顔で笑った。
「不思議なビジネスパートナーですが……騒動の裏でS級犯罪者が顔を合わせるというのはこちらに面倒事を生みそうですね。早々に封印を解くとしましょう。」
もらったメモを片手に足早に部屋を出たフラールだが、彼女はまだ知らなかった。
顔を合わせるS級犯罪者が、二人ではなく三人であることに。
騎士物語 第十一話 ~神の国~ 第四章 王権のまどわしごと
今回の事件、役者がわんさかですがまだ全員ではありません。このまま行くと今回はじゃっかん蚊帳の外にいるロイドくんたちも教皇様に会う事になりそうですが、S級犯罪者もぞろぞろですし、どうなっていくのでしょうかね。
十二の宗教それぞれが何を信仰しているかという事は決まっていますが、全てを紹介する事は果たしてあるのかどうか……ラクスくんらの戦況次第のような気がしています。
次回からバトルが始まっていきます。色んな人が色んな技を振り回す予定です。