出逢い-Life is roundabout-

出逢い-Life is roundabout-

「もう知らないっ!」
 クラスの隅々にまで届く大音声で少女はそう怒号をあげると、ドタドタと足早に教室を出て、ドタンと強く扉を後ろ手に閉めた。
「ほんと、信じらんない……もうみんな大嫌い!」
 今は昼休み。廊下には立ち話をしている生徒や歩いている生徒が三々五々いて、少女の存在が浮く。 少女は泣いていた。誰にも泣いているのを見られたくなかった少女は下を向いて、人間関係のしがらみから逃れるように人の波を縫ってドタドタぷんすかと廊下を歩いていく。
「――さん、どうしたの?」
 一人の男子生徒が声をかけた。だが少女は無視して進む。
 少女はこの学校では有名だった。整った顔立ち、切れ長な瞳。スタイルはよく、雪のように真っ白な肌がサラサラな黒髪ストレートに映え、俗に言う美少女だった。ダンス部に所属していて、成績もそれほど悪くはなく、運動も平均以上には出来た。贔屓目に見ても自分が学園のアイドルのような存在であることは少女も理解していた。それ故にプライドも高かった。
 廊下を歩いていると先の男子生徒以外にも少女の友達や先生やらが心配そうに声をかけたが、今はそっとしておいて欲しかった少女はまたしても無視して通り過ぎる。


 少女は屋上へと続く階段の前に着いた。この学校では危険性の観点より、屋上は先生の許可がないと入れないようになっている。少女は「この先立ち入り禁止」と書かれている紙の貼られたロープを潜り、屋上へと上がる階段に歩みを進める。
「きゃっ!」
 そこには先客がいた。少女は予想外のことに驚き、小動物のような声を上げる。そこに居たのは少女と同じクラスの生徒だった。刹那その少年と瞳が合ったあと、少女は慌てて視線を外す。
 咄嗟のことに動揺した少女だったが、横目で様子を伺う。少年は階段に腰かけ、膝に弁当箱を置いて一人で昼飯を食べていた。
「なんでここにいるのよ」
「逆にここに居たらいけないの?」
「いけないわよ!ちょっと、どこか行ってよ」
「嫌だね。だってここ、俺の特等席だから」
 少女は少年と今までほとんど話したことは無かった。というのも、その少年はクラスではいつも一人でいて、授業のペアワークやグループワークの時以外で誰かと喋ることはほとんどないような存在だった。俗に言うぼっち。少女とは真反対の人間だった。 
 こういう訳があって、少年が意外と会話ができることに少女はまたしても驚いた。
「特等席?」
「うん。ていうか秘密基地的な……」
 少年は自嘲気味に笑うと先を続けた。
「俺、変態だからさ。こういう誰も来ないところにいるのが好きなんだよ」
 少女はその言葉を聞いて、少年に対して興味が湧いた。この少年が何を考えているのか、どのような矜恃を持って生きているのか、少女はとても知りたくなった。
 少女は背筋を伸ばしながら言う。
「へぇー奇遇ね。私もよ」
 瞬間、少年は眉根を寄せる。
「でも、――さんっていつも人の輪の中心にいないっけ?この前の文化祭だって幹部やってたし……」
 文化祭。その言葉が少女の心に深く突き刺さった。
「あれは……。あれは本当の私じゃないの!ほんとうはやりたくなかったけど、他にやる人がいなかったから仕方なく立候補した。ただ、それだけだから!」
 少女はこの時嘘をついた。本当はやりたかったのだ。自分の居場所が欲しかったから幹部に立候補をした。それは紛れもない事実だった。少年は少女の話を聞き終えると、彼女の言葉を分析するかのように、吟味するかのように、数秒「んー」と唸った後、「ごめん、なんか誤解してたのかも」と、少年はどこか腑に落ちない様な、疑問の口調で応える。 
 少年の何もかも見透かしたかのような物言いに、少女は思わずドギマギしてしまった。
 そのまま二人の間に沈黙がやってきた。
 沈黙。それは少女が嫌いなものだった。
 何か話題を見つけなければ……。そういった焦燥と。なんで私がコイツのために苦心しなきゃ行けないのよ、という辟易。でも、やっぱりコイツの考えていることを知りたい、という好奇心に、どの道今更教室には戻れない、という諦念。
 少女が葛藤している間、少年は特に気にする様子もなく昼飯を続けた。
 一秒、二秒……。
 手持ち無沙汰になった少女は少年が昼飯を食べる姿をじっと見ることにした。
 一分、二分……。
 その時間は少女にとって、先までの冷静でなかった己の行いと向き合うための時間でもあった。
「なんで俺の事観察するの?」
 少年が顔をあげて、心底不快そうに言い放つ。
「別にいいでしょ!」
「いや、さっきからずっと気になってるんだけど……。もしかして暇なの?」
 少女は敢えて応えなかった。
「あのさ……ゼリーふたつあるんだけど、ひとついる?」
そう言って少年は弁当箱を示した。中にはオレンジ味のゼリーとグレープ味のゼリーがひとつずつあった。
「え、ありがとう。オレンジがいいな」
 少年はお望みの品を少女に投げる。少女は持ち前の運動能力を活かしてしっかりと少年が投げたゼリーを捕らえた。
「ナイスキャッチ」
 そう言うと、少年は最後に残していたのだろうグレープ味のゼリーの蓋を開け、ジュルルと一気に飲み込んだ。そして少年の弁当箱が空になる。
「ごちそうさまでした」
 少年は両手を丁寧に合わせて、感謝の言葉を紡ぐ。その動作が少女には意外だった。だが、心のどこかできっとそうだ、と納得した。少女の中での少年の評価が上がる。
「ゼリー食べないの?」
「うん。今はいっかなー。後で食べるよ」
「そう」
少年は腕時計を見て時間を確認した。休み時間が終わるまでそこそこの時間があった。
「ねぇ。時間あるならいい場所連れてってあげよっか?」
「えっと……いいよ。連れてって」
 少年の提案に少女は少し躊躇ったが、結局首肯した。
 


 構内の隅にあるプールの更に裏。そこが少年が少女を連れていった場所だった。夏草の生い茂る木陰を進むと、ぱっと景色が開けた。
「すごいね。街が一望できる!」
 少女が明るい声で言った。少年は少女が見張る景色と同じ景色を見ながら「でしょー」と応答する。
「あそこ、海も見えるんだね!」
「そうそう。綺麗でしょ」
 少女は歓喜し、少年は少女のはしゃぐ様子を見てほくそ笑んでいた。
「うん。綺麗!」
「でも、いちばん綺麗なのは」
「私?」
 少年はこの人は一体何を言っているのかと一瞬フリーズした。少女の渾身のギャグは不発に終わった。
「いや、まぁ……違うけど。どしたの急に」
「ちょっとふざけただけでしょ!」
 その後再び沈黙が訪れたが、今度の沈黙は少女には不快なものではなく、むしろ心地の良いものであった。
「で、何が綺麗なの?」
「それは、夜来ればわかるよ」
「もしかして夜もここにいるの?」
「時々ね」
 少女は思わず驚きで目を見張ってしまう。
「まじか……。××くんも暇だね」
「どの口が言うか。まぁ、放課後は友達も来るし」
「友達、いたんだ」
「心外だな。居るに決まってる。僕の場合、孤独は『Loneliness』じゃなくて『Solitude』だから」
「何それ?どゆこと?」
 数秒何かを考えるような仕草をした後、少年は説明を始めた。
「なんて言えばいいのかな。『Loneliness』は心も体も苦しくて、ただひたすら辛いネガティブな孤独で、『Solitude』は反対に、名誉ある孤独っていうか、孤高っていうか」
「孤高……」
「まぁそんな大したもんでもないとは思うけど、『Solitude』の方は、自分の意思で独りでいる、って感じかな」
 少女は心の中で少年の言葉を何度も深く、深く反芻した。
「ねぇ、それって寂しかったりしないの?」
 そう少女が尋ねると、少年はなにかに気づいたかのように目を見開き、そのまま笑って返した。
「だから言ったでしょ。友達がいるって」
 すると少女の後ろから可愛らしい鳴き声が聞えて、その声の主が姿を現した。
「ほら、こいつ」
 そう言ってその小動物の頭を少年は優しく撫でた。にゃーにゃーとか細くも可愛い声を奏でるのは、白色の毛並みを基調として、所々に灰色が混ざるぶち猫だった。
「ねこちゃん!え、かわいい……」
「いいよ、――さんも撫でて」
「じゃぁ、しつれいしまぁーす」
 少女は猫を怯えさせないよう、慎重に手を伸ばす。その感触はフサフサで、撫でる手から猫の温もりが伝わった。 
「えぇー、なにこれ。かわゆい……。何この生き物!ふさふさしてるー。ねぇ、名前あったりしないの?」
 少女は先程まで抱いていた黒い感情がまるで嘘だったかのように、満面の笑みを浮かべていた。
「にゅー、だよ。まぁ俺が勝手に付けた名前だけど」
「どうしてにゅー?」
「んっとね。こいつと出会ったばっかの時、鳴き声がにゅーにゅーって聞こえたからかな」
「へぇー。ってことはにゅーちゃんが××くんの唯一の友達なの?」
「いや、他にも友達はちゃんといるからね。ただうちの高校の中にはいないってだけで」
少年は慌てて弁明する。
「小中の友達とは高校入ってから一度も会ったり話したりしてないなぁ。でも家族とは仲良いよ……。あ、でも一人だけつい最近知り合った友達候補がいるな」
 イタズラな笑みを浮かべて少年は猫から少女の方へと視線を移す。ちょうど同じように視線を少年の方に向けた少女の視線と少年の視線が重なる。
「それって、今度こそ私?」
「うん、そうだよ。たぶん……」
少年は頼りなげに言って、猫に視線を戻す。
「たぶんってなによ?」
「俺もよくわかんない。こういうこと初めてだったからさ」
「こういうことって、誰か他の人にガツガツ来られるの?」
「そうそう。まぁ意外にもそんなに嫌な気はしてないけど」
「そっかそっか。なら良かったです」
 少女は面映ゆさを紛らわせるように、優しくもガシガシと猫の頭を撫でた。相も変わらず気持ちよさそうに猫は目を瞑ってにゃーにゃーと言っている。
「このこのー!なんか、にゅーちゃんのこと可愛がってたら、色々と洗われるね!」
「まぁ確かに。癒し属性っていうか、白魔法っていうか……」
「何の話?」
「あ、いいや。忘れて」
三度目の沈黙が訪れた。
木々が風に揺れる音。どこからか聞こえる鳥のさえずり。二人は自然の中にいて、揃って猫を撫で回し、その静けささえも楽しんだ。
少女は気になっていたことを少年に尋ねた。
どうして一人でいられるの。
「俺は本音で話すのが好きなの。だから嘘とか気遣いとかばっかの教室は嫌なんだよね。それに休み時間は普通にうるさいし」
 それに、と付け加えて少年は続ける。
「別にクラスのみんなが嫌いってわけじゃないけど、わざわざ気を揉んでまで話したりとか関係保ったりとかしなくていいかなって」
「すごいね……」
「凄かないよ。まぁこいつがいてくれるからかな」
 少年はもう一度猫の頭を撫でる。猫はやはり、にゃーにゃーと可愛らしい甘えん坊さんな鳴き声を発した。
「いいこと言うじゃん」
「そうか?」
「そうそう」
「要は、プライド捨てちゃえばいいんだよ。俺なんか、クラスでどうとも思われてないだろうけど、はっきりいって自分の好きじゃない相手に好かれても嬉しくないでしょ?」
「確かに……」
「無理していい子を演じるくらいなら、気楽にいきなよ」
「うん……」
 四度目の沈黙。
猫は少年の脚に体を寄せ、擦り付けた後、小さな体をめいっぱいに伸ばした。そしてトコトコとどこかへ行ってしまった。
「ばいばーい、にゅーちゃん。またね!」
少女は大きく手を振る。少年は一匹と一人のフェアウェルを見守った。
「私あなたのこと気に入った」
 少女は徐に言った。
「奇遇だな。俺も」
 少年はそっけなく返す。
「友達になろっか。て言っても、友達って定義よく分からないけど」
「まぁ、適当でいいんじゃない?」
「それもそうね。この後どうする、教室戻る?」
「いや、いっそのこと二人で抜け出すか」
 はにかんで少女は「いいよ」と応えた。

             ◆

 次の日の放課後、少女と少年は一緒にプールの裏へと向かった。
「にゅー様いるかな?」
「いると思うけど」
「にゃーにゃー」
「え、ちょっと引くよ?」
「ごめんて」
 二人はくだらない会話をしながら猫を探し、そして来るのを待った。
「来ないね」
「そうだな。学校閉まるまで待つか?」
「いいよ。夜景見たいし」
 結局その日、二人は猫に会うことはなかった。次の日も、そのまた次の日も猫は来なかった。瞬く間に季節は流れ、二人が猫のことをすっかり忘れてしまった頃、二人は付き合い始めた。

             ◆

 卒業式が終わると、少女と少年はクラスの輪から抜け出してプールの裏へ足を運んだ。二人は最後にまたあの猫に会えることを望んでいたが、そこにいたのは小さな子猫たちだった。
「子猫!かわいい」
「そうだな」
にゅーにゅーと鳴いている子猫たちを二人が見守っていると、茂みの奥から別の猫の鳴き声が聞こえた。
「もしかして」
 現れたのは灰色と白のぶち猫ときれいな毛並みをした白猫だった。

出逢い-Life is roundabout-

出逢い-Life is roundabout-

学年のアイドルである美少女と、いつも一人でいる陰気な少年。対極な二人は出逢い、そして……。

  • 小説
  • 短編
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  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-06-05

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