TOKIの世界譚④サヨ編

TOKIの世界譚④サヨ編

うつつとも夢とも知らず

 常ににやついている狂気に染まる男、望月凍夜(とうや)が幼い少年を殴り付ける。
 「お父様っ! 待って……」
 少年は最後まで言う前に腹を蹴られうずくまり、何かを吐いた。
 「こうすると吐くのか。では、こうすると?」
 「ぎゃあっ!」
 少年は悲鳴を上げた。
 凍夜は少年の腕を捻り上げ、泣き叫ぶ少年の反応を楽しんでいる。
 「水を飲ませて腹を蹴ってみよう。どうやれば人は死ぬか? 拷問は殺さないようにするのが難しいんだな。ふむ」
 少年はわずか五歳だった。
 涙を流しながらわけのわからない痛みに耐える。
 なぜ、自分はこんなひどい目にあっているのか、理解もできない。
 少年は悲鳴を上げ続ける。
 誰も助けに来ない。
 これが当たり前だと思っていた。
 自分の身は自分で守らなければ。
 やがて少年は損傷を最小限に抑える受け身を覚え、致命傷を避ける技を身につける。
 少年は生き残った。
 体には治らない傷が多く、何回か死にかけた。
 父のおかしさに気づき、復讐のため、何度も殺そうとした。
 何度も失敗し、逆らえない忍術「恐車の術」をかけられた。
 恐怖で人を従わせる術。
 そして少年は操り人形になった。
 「……」
 少年は十年なんとか生き延びた。この時代、長く生きるのは難しい。常にお面をつけているような表情のなさ。
 凍夜のためになんでもやった。
 人を何人も殺した。
 そのうち、静かに騒がれるようになった。

 ……蒼い瞳の恐ろしい子供がいると。

 そして名がついた。
 「蒼眼の鷹」と。
 
 そんな彼は十四の年、望月家の下女に恋をする。
 名前はハルだそうだ。
 十二歳の少女。
 少女は戦で両親を失くし、凍夜に買われてきた奴隷だ。
 凍夜はハルを刀の試し斬りのため連れてきた。
 人間でも動物でもなく……
 「モノ」として扱う非道さ。
 少年はハルに暴行する凍夜を許せなかった。
 ハルを守るため、遠方の危険な仕事を引き受けた。
 ハルとこの屋敷を出て、この男の支配から抜けようと思ったのだ。
 だが……。
 凍夜に任務放棄が見つかってしまった。成長した彼には娘ができており、ハルに震えながらその事を報告することになった。
 「ハル……」
 「……逃げ切れるわけはないですよね……」
 「……娘に……静夜に俺ではなく、お父様を『父』と呼ばせる訓練をさせなければ」
 青年は膝で寝ている娘、静夜を優しく撫でた。
 「ハル」
 「はい」
 「お父様は俺達全員を屋敷に呼んでいる。行かなければならない。……俺は怖い。大切な家族を失うかもしれない」
 彼は震えていた。
 「……」
 ハルは何も言わず、彼の傷だらけの手を優しく撫でた。
 三人は凍夜の屋敷に帰ってきた。
 彼は息を吐くと父に家族を下女から望月にしてほしいと頼む。
 頭を下げて、必死で頼んだ。
 任務は必ずやり遂げる。
 だから、家族を……。
 しかし凍夜は笑った。
 「お前、下女と子を作ったのか? やるな。自分付きの下女がそんなに欲しかったのか? なるほど」
 わけのわからない返答が返ってきた。
 「ち……ちがっ……」
 青年の口が急に動かなくなった。
 「なんだ? 聞こえないぞ」
 凍夜は笑う。
 催眠術。
 彼に逆らおうとすると口が動かなくなる。
 その時、娘静夜が父親の異常さに気づき、口を開いてしまった。
 「お父様? どうしたんですか?」
 青年は血の気が引き、ハルは目を伏せた。
 「なるほど。おもしろい」
 凍夜は心底楽しそうに笑うと、静夜の首を掴み、壁に叩きつけた。
 「静っ……夜! お願いします! 静夜はまだ幼い娘です! 理解ができていないんです!」
 青年は、頭を打ち泣いている静夜を震えながら抱きしめ、目に涙を浮かべる。
 「大丈夫か……静夜……痛かったよな……。静夜……よしよし……静夜……」
 「ん? 愛玩のために飼っているのか? 理解ができないな。そのガキは良くわかっていないようだから、殺して新しいガキを見つけた方が良さそうだぞ?」
 凍夜は無感情のままそう言う。
 青年は彼の異常さがわかっているため、爆発しそうな感情を必死で抑えた。
 「んー、愛玩でも俺以外を父と呼んだ罰を与えなきゃなんないな。望月の祖、望月の父は俺だけだ。指の爪、全部剥がしてみようか。痛いらしいぞ? 俺は別に何にも感じないが。しつけはいるよな?」
 凍夜の言葉に青年は焦り、動揺した。娘が泣く姿、苦しむ姿を彼は見たくなかったのだ。
 命をわけた、大切な存在。
 それを凍夜は「モノ」のように扱う。
 許せなかったが彼は逆らえなかった。
 どうするか迷っていた時、ハルが静かに立ち上がる。
 「……っ」
 青年は目を見開き、ハルを止める言葉をかけようとした。
 静夜が泣いている。
 「私が代わりに罰を受けますから、娘を許してやってくださいませ」
 青年は首を横に振った。
 凍夜は狂気的に笑うとハルを彼らの目の前で暴行し始める。
 血にまみれるハルに青年は震え、頭が真っ白になった。静夜の顔を胸に押し付け、見せないように無意識に動いた。
 「もっ、もう……止めてください! 私の大切な妻なんです! お願いします! お父様っ!」
 青年は泣きながら叫んでいた。
 しかし、金縛りにあったかのように動けない。
 ハルは逆さに吊られ、凍夜が刀を抜いた。
 「お願いですっ! もう逆らいませんから! もうやめっ……やめてくださいっ!」
 「さあ、どこから斬ろうかな」
 青年は叫び、凍夜は笑う。
 「もうっ……やめてくれぇ!!」
 血が青年の頬に飛んだ。
 何度も何度も飛んだ。
 死ぬ間際……最期にハルは力を振り絞って弱々しく手を伸ばし、涙ながらに青年にこう言った。
 「更夜様、娘と共に生きてください……。私は先に……ごめんなさい……生きて……」

二話

 「ハルっ!」
 銀髪の青年、更夜は飛び起きた。汗で身体中が濡れている。
 「はあ……はあ……」
 目に涙を浮かべ、周りを見た。
 更夜の両脇に幼い少女がふたり、幸せそうに眠っていた。
 銀髪の少女と黒髪の少女。
 「ルナと……スズ」
 そこでようやく夢を見ていたことに気がついた。
 「夢か……」
 更夜は眉間を指でほぐし、ふたりを起こさないように立ち上がった。
 「なぜ……今頃、こんな夢を」
 更夜は頭を抱えつつ、井戸へ向かう。この家には洗面台があるが、井戸も外にある。
 外の空気を感じつつ、頭から水を被りたい気分だった。
 夜風が心地よく、外は白い花畑が広がっていて、月の光が照らしていた。
 「……」
 更夜は着物を脱ぎ、井戸で水をくんで、暗い顔のまま頭から水を被る。
 涙を隠すためでもあった。
 何度、水を被っても目から溢れる涙を流せない。
 「……嫌な夢を見ちまった。いや、過去を忠実に再現した夢。最悪な気分だ」
 ひとりつぶやいた時、スズの気配を感じた。
 「更夜、すごくうなされてたみたいだけど……大丈夫?」
 更夜が振り返ると、心配そうにスズが外に出てきていた。
 「……スズ。起こしてしまったか? ごめんな」
 「いや、いいよ。更夜……裸で水をかぶって風邪引いちゃうよ……」
 スズは更夜の裸を見て、頬を赤く染めながら、タオルを差し出す。
 「スズ……ありがとう」
 「ねぇ、どうしたの?」
 「お前には……言えない……」
 「……そっか」
 スズは明らかに落ち込んだ顔をしていた。
 「……」
 更夜はスズの好意に気がついていたため、愛した女の夢を見ていたことを言えなかった。
 「お前が……傷つくかもしれない」
 「……お嫁さんの夢?」
 スズはこういうところが鋭い。
 「……ああ。彼女が父に暴行されて死んだ夢だ」
 更夜は体を拭いた後、持ってきていた新しい着流しに着替える。
 「酷いね」
 「ああ……最悪な気分だ。本当に……最悪な……」
 更夜は涙を堪えていた。
 「……。更夜、あたし、邪魔だよね……。ごめんね」
 スズは自分がいるせいで更夜が泣けないのだとわかり、離れようとした。
 「……スズ。横に……横にいてくれないか」
 「わかった」
 更夜とスズは白い花畑の真ん中まで歩いていき、寄り添って座る。
 「……ごめんな」
 「……いいよ。あたし、更夜のお嫁さんみたいに立派じゃないかもだけど、それでもいいなら」
 スズは優しい顔で更夜の傷だらけな手を撫でる。幼い時につけられた傷は魂だけになってもなぜか、消えないままだ。
 手を優しく撫でられた更夜は我慢できなくなり、涙をこぼし始めた。
 更夜は優しい人間だった。
 妻を愛し、娘を守る優しい父だった。
 同時に一番感情が豊かな男でもあった。
 あの男から産まれたとは思えないくらい、人間だった。
 「……更夜」
 スズは更夜を優しく抱きしめてやった。普段とはかけ離れた更夜を見て、スズは更夜の心がどれだけ傷ついているのかを知る。
 ……そっか。
 更夜には底が見えない後悔がある。だから、死んだ後に新しく生まれ変われなかったんだ。
 あたしと同じだ。
 「……いままでよく頑張ったね」
 スズは優しく更夜の頭を撫で静かにそう言った。
 長い時間、更夜とスズは花畑にいた。更夜はいつの間にか眠ってしまったスズを柔らかく抱き上げ、歩き出す。
 気分が落ち着いていた。
 「……スズ、ありがとう。お前は大切な存在だ。俺にとって大事な存在……。ああ……懐かしく、優しい匂いがする。お前は優しい匂いがするんだな……」
 空が明るくなってくる。
 朝日に照らされた白い花はさらに白く輝き、涙で濡れていた更夜の瞳も蒼く輝いていた。

三話

 サヨが寝ぼけながら朝の歯磨きをし、自室で学生服に着替えている時だった。
 「サヨっ!」
 サヨの母、ユリが蒼白のまま泣きそうな声で部屋に入ってきた。
 「え? ママ? どうしたのー?」
 サヨは母の雰囲気に驚きつつ、なんとか尋ねる。
 「今、パパが……パパが調べてるんだけど……俊也が……」
 「……?」
 母が泣き出したので、サヨは眉を寄せながら、母の肩を優しく叩く。
 「サヨ……」
 「ママ、よくわかんないけど、ここにいて。あたしはとりあえずパパに話を聞いてくるわー」
 サヨは母を落ち着かせ、よくわからないまま、父深夜を探す。
 「パパ?」
 サヨの隣の部屋、サヨの兄俊也の部屋で深夜はベッドで寝ている俊也を黙って見据えていた。
 「なにしてんの? パパ、おにいの寝顔なんか眺めて」
 サヨの兄、俊也はサヨより一歳年上の高校生。もう寝顔を眺めるような年齢ではない。
 俊也は母親に似て黒髪で、優しい少年である。
 「サヨ……。俊也が目覚めない。魂が……こちらに戻っていない」
 「……え?」
 「サヨ……『弐の世界』から俊也が帰って来ない。眠っている時、休息のために魂が弐の世界に行くと言われているじゃないか、でも朝には壱(げんせ)の世界の肉体に帰るはずだよな」
 深夜は冷や汗を拭いながら困惑した顔で、振り返った。
 「う、うん。そうだけど……」
 サヨは深夜の横から俊也を観察した。手を試しに触ったら恐ろしく冷たかった。
 体も石のように固く、寝ているというより死んでいるようだった。
 「……っ! な、なんで……」
 「ママが驚いて失神してしまいそうだったんだ。死んではないと説得し、なんとか今を保っている……。彼女はまだ、もうひとりのルナが亡くなった事が心の傷になっているんだ」
 深夜は眉間にシワを寄せ、更夜にそっくりな顔でサヨを見る。
 「向こうのルナは元気だよって何回も言ってるのに……」
 「ああ、でも、こういうのは、なかなか消せないんだ。だから、俊也の状態に取り乱している」
 「パパ……」
 「……どうすればいい? サヨ。俊也は望月家を現世に存在させるために人間として生きている。だが、その前に大切な息子なんだ。もちろん、サヨ、お前も大事だ。パパがなんとかしたい。でも……」
 深夜の言葉にサヨは目を伏せた。
 「パパも望月をこちらに残す役目を持っている人間だから、弐の世界を動けない。大丈夫だよ、パパ。あたしが様子を見てくる」
 「サヨ、パパは心配だ。何か大きな事が起こる始まりかもしれない。先祖の更夜様に話をしてから、危険がないように動いてほしい」
 「ちょっと状態を見てから、相談するね! あ、大丈夫。無理しないから!」
 深夜が不安そうな顔をするので、サヨは明るくそう言った。
 「サヨ……俺は弐の世界のことはわからない……。だから深く言えないが、とりあえず勝手に動かず、更夜様に相談するんだ」
 「うん。わかった」
 サヨは深夜に微笑むと俊也の部屋を出て、私服に着替えた。
 「ママ、今日は学校行かない。パパには学校行ったって言っといて」
 部屋で泣いている母親にそう言うと、サヨは脱いだ制服を掴んでバッグに詰め、外へ出ていった。
 学校に行っている風に見せ、調査をするつもりである。
 サヨが向かう場所は隣の家。
 時神が住んでる日本家屋だ。
 てきとうにチャイムを鳴らし、誰かが出てくるのを待つ。
 扉を開けて出てきたのはリカだった。
 「あれ? サヨ? こんな朝早くからどうしたの? 学校は?」
 リカが最後まで言い終わる前にサヨはバッグをリカに押し付けた。
 「あ~、これ持ってて! ああ、うちに届けちゃダメね! 後で取りに来るから!」
 「え? ちょっ……」
 サヨはリカが戸惑う中、弐の世界を出すとさっさと去っていった。
 「サヨォ!」
 リカの戸惑う声が静かな朝の玄関先に響き、近くで何かをついばんでいた小鳥が驚いて飛んでいった。

四話

 サヨは弐の世界に入り、想像する生き物分の個人世界が絡まるネガフィルムの螺旋を避けて、宇宙空間を飛んでいく。
 ……昨日……。
 サヨは昨夜の事を思い出す。
 ……おじいちゃんがすごく悲しい気持ちになってた。
 詳細はわからないけど、苦しい気持ちだけは伝わってきた。
 心が繋がっているから、辛い感情を共有してしまう。
 おじいちゃんは疲れてる。
 だから……原因はあたしが調べる。
 「おにいは弐から帰ってきてないんだよね……? どうやって探そう」
 どうするか迷っていると、視界に銀髪の青年が映った。
 「え? お、おじい……」
 更夜だと思ったサヨは言いかけて固まった。
 顔がとても似ているが、雰囲気が全く違う。
 ……誰だ……?
 サヨは黙り込み、更夜にとても似ている青年を見上げる。
 とりあえず、雰囲気が「異常」だ。周りに禍々しい黒い霧を纏い、おかしいくらいに目が見開き、口もとに不気味な笑みを浮かべている。
 更夜と似ているが、こちらは人間とは思えないなにかを見ているような恐ろしさがある。
 ……気持ち悪い。
 サヨが眉を寄せた時、青年がサヨの横を通りすぎていった。
 「……霊? ちょ、ちょっと!」
 声をかけたサヨに青年は立ち止まった。
 「なんだ? 望月家か。お前には興味はない。望月の当主は男。女は男を産むことだけを考えろ。それ以外の使い道はない。望月のため、男を産め。産めなければシネ。女などそれしか使い道がないんだ。だからな、出てくる度に殺すんだよなあ。殺しかた考えるのも楽しいからまあ、いいのだが」
 「……え……」
 突然に非道な言葉をかけられたサヨは固まった。
 「その年で男を産めないのか? なんで生かされてる? 理解できんなあ~」
 「な、なにを……?」
 「まあ、望月の跡取りは迎えた。お前などどうでも良い。お前はそうだな、あと一年待ってやる。一年たってガキを産めないようだったら、『処理』だ」
 青年は不気味に笑いながら去っていった。
 サヨは何も言えず、呆然とその場に立ち尽くしていた。
 しばらくし、彼に言われた事の意味がわかってきたサヨは震えた。悲しい気持ちがまず押し寄せる。
 ……なんでこんなことを言われた?
 昔は女の子ばかり産む夫婦は女性に問題があると言われた。
 差別用語もあった。
 女は男の子を産むため、望まぬ妊娠を繰り返し、養えなくなった女の子を売りに出していた時代があった。
 その時代を……サヨは知らない。
 知らないからこそ、悲しくなった。サヨは悔しさよりも悲しくなった。見知らぬ男にそう言われただけで、気にしなければ良かったのだが、サヨの瞳には涙が溢れていた。
 動揺しながらサヨはおとなしく、更夜がいる自分の世界へと戻っていった。

五話

 更夜はスズをそのまま寝かせ、ルナの朝ごはんを作り始めた。
 「おじいちゃあん! フレンチフライズ~!」
 ルナはいつもと変わらず、朝から騒がしい。
 「揚げ物はおやつにしなさい! 朝から食ったら気持ち悪くなるぞ!」
 更夜もルナといると騒がしい。
 「じゃがいも!」
 「今、粉ふきいもを作っている! 味噌汁もちゃんと飲め!」
 「はあ~い」
 更夜は机に粉ふきいも、味噌汁、ごはんなどを置き、ルナに朝ごはんを食べさせる。
 「ちゃんといただきますを……ん?」
 更夜は眉を寄せ、玄関先の気配を感じ始めた。
 「サヨだな……なぜこんなに……」
 更夜は朝食を食べているルナを置いて、廊下に出る。
 サヨは休憩室に使っている、一番玄関から近い部屋に入って行った。更夜は追いかける。
 「サヨ、どうした」
 更夜が声をかけたが、サヨは振り向かない。
 サヨは泣いていた。
 「……なにがあった?」
 更夜はなるべく優しく声をかける。
 「……わかんない」
 サヨは動揺しながら下を向いた。
 「まずは深呼吸だ。それから、何があったか、話してくれるか?」
 更夜に言われ、サヨは深呼吸をし、口を開いた。
 「平和を愛する『K』が皆……悲しんでる」
 「……?」
 「おじいちゃん……助けて」
 サヨは激しく泣き出した。
 「どうした? 泣かずにまずは落ち着いて教えなさい」
 更夜に頭を撫でられ、少し落ち着いたサヨは戸惑いながら話し始めた。
 「おにいがね、目覚めなくなって、弐の……世界にさらわれたの……。おにいを探そうと弐に入っておっかけたんだけど……」
 サヨはそこで言葉を切り、再び涙をこぼし始めた。
 更夜は優しくサヨを抱き寄せる。それにより少し安心したサヨは続きを話し始めた。
 「銀髪のすごい怖い男が、お前は女だからいらない。男に指図するな、男を産めないなら死ねって言った。どういうことかわかんなくて何もできなかった。おじいちゃん、ごめんなさい」
 それだけ言ってサヨは黙り込んだ。
 更夜は歯を食い縛った。
 この言い方、身に覚えがありすぎる。
 ……お姉様……。
 泣き叫ぶ姉の姿が浮かぶ。
 「私はいつまで男にならなければならないのですか?」
 苦しみながら
 許しを乞う母の姿が浮かぶ。
「お願いします! 次は男児を産みますから!」
 殺してやりたかった。
 泣き叫ぶ姉や母の前にはいつも、あの男がいた。
 投げ捨てられた赤子。
 踏みつけられた赤子。
 首を落とされた赤子。
 「ではさっさと次だ」
 産まれたばかりの赤子を殺し、泣き叫ぶ母に暴行する銀髪の男。
 いつも笑みを浮かべている人間とは思えない男。
 更夜は怒り、恨みの感情を溢れさせた。
 ……凍夜か……。
 サヨを傷つけ、俊也をさらうとは、まだ望月を苦しめるつもりか。

 次は殺してやる。
 
 憎しみの感情がオオマガツヒを呼ぶことに、更夜は気がついていない。

夜の子孫達

 非道な言葉により傷ついたサヨの背を、更夜は優しくさする。
 ……いままで、何も動かなかった父がなぜ、突然に動き出した?
 更夜は気持ちを落ち着かせ、疑問を浮かばせた。
 「調べる必要があるか……」
 「おじいちゃん、あたし……」
 「アイツの言った事は気にするな。それっぽく言って信じ込ませる忍術を使ってくる。サヨは、俺にとっても、まわりにとっても大切で、代わりなどいない、頼りになる存在だ」
 更夜の言葉を聞いたサヨは少し落ち着き、上がっていた肩をおろす。
 「……その件に関してなんだが……」
 いつの間にか、更夜に似ている銀髪の男が部屋にいた。
 「お兄様でしたか。玄関のチャイムを鳴らし、お入りくださいませ」
 更夜の態度に男は軽く笑った。
 「あー、ワリィ。急用だったもんで。望月サヨ、お初だな。俺は逢夜(おうや)、更夜の兄だよ」
 「……こんにちは」
 サヨは逢夜にそっけなく言う。
 「元気出せよ。ああいう男はそうそういねぇって。俺は愛妻家だぞ?」
 「……うん。ありがと」
 サヨの頭を乱暴に撫でた逢夜は優しげに微笑む。サヨは不思議に思った。あの男の側にいたはずなのに、逢夜は穏やかだ。
 考え方もあの男にかすりもしない。
 「なんで、そんなに平気でいられるの? えーと、逢夜サン」
 サヨは更夜からいったん離れ、逢夜を仰ぐ。
 「まあ、平気なわけねーけど、望月家の危機だからな。俺は戦うさ。妻を守るためでもあるが。ああ、俺の妻は厄除けの神なんだ。俺も厄除けの神だが、相手がデカイ。妻を置いて来たわけさ」
 逢夜の発言に更夜は眉を寄せた。
 「厄ですか?」
 「ああ……」
 逢夜が言いかけた時、騒がしいルナが小柄な少女を連れ、部屋に入ってきた。
 「おじーちゃあん! ばあばに遊んでもらったあ!」
 「ば、ばあば?」
 サヨが不思議そうに更夜を見る。更夜も眉を寄せた。
 「ルナ、これは内緒だと言っただろう?」
 後ろから入ってきた小柄な少女に更夜は驚いた。
 「おっ、お姉様っ!」
 更夜が珍しく叫び、サヨは目を見開く。
 「おねえさま? おじいちゃん、お姉ちゃんがいたの?」
 サヨが驚きの声を上げ、更夜は頷いた。
 「ああ、更夜、重要な部分なため、望月家の主、千夜お姉様に来ていただいたんだ」
 逢夜が付け加えて答え、ルナが千夜に抱きつく。まるで昔から知っているみたいに親しい。
 「ルナ、千夜サンを知ってるわけ? ずいぶん親しいじゃん」
 サヨに言われ、ルナは怯えながら千夜と更夜を仰いだ。
 「えっと……」
 目を泳がせているルナの頭を千夜は優しく撫でた。
 「もうよい。いままでよく秘密を守れたな。偉いぞ、ルナ」
 「でも……」
 更夜は二人の会話を訝しげに見ていた。
 「どういう事だ、ルナ」
 「えっと……おじいちゃんに隠し事してました……」
 怒られると思ったのか、ルナは不安そうにうつ向いた。
 「更夜、お前が不在だった時期があっただろう? あの時期にルナを一人にさせておくのはかわいそうだと思い、勝手ながら私が遊びに連れ出したのだ」
 千夜に言われ、更夜は栄次の心の世界に囚われたあの時を思い出す。サヨの世界に帰れなくなり、帰る事ばかり考えていた。
 よく思い出すと、ルナの事を忘れていた。
 これは少し前に栄次が起こした事件である。
 その他、ルナはたまにいない。
 弐の世界か壱の世界で遊んでいるものだと思っていたが、実はたまに千夜に会いに行っていたのかもしれない。
 「まあ、そのあたりで、更夜が寂しがるから、私の話はしてはいけないと約束したんだ。それをいままで守っていたが、私が来たことで隠さなくてもいいと思ったらしい。それだけだ」
 千夜は固まっている更夜に柔らかくそう言った。
 「おじいちゃん……寂しくなった? えーと、ごめんなさい」
 ルナは更夜が寂しがっているか確認していただけのようだ。
 「ルナ、大丈夫だ。好きなことをしていいんだぞ。過激なイタズラの場合はお仕置きだがな」
 「ひ~!」
 ルナはあわてて千夜の後ろに隠れる。
 「お姉様、いままでありがとうございます。気がつければ良かったのですが、お姉様は忍。私でもわかりませんでした」
 更夜は丁寧に頭を下げた。
 「良い。私は気づかれないよう、動いていた故。お前の子育てに水を差したくなかったのだよ」
 千夜の言葉に更夜はもう一度、頭を下げた。
 ルナとサヨが戸惑う中、逢夜は目を細めて更夜を黙って見据えていた。

二話

 「更夜」
 逢夜が更夜を威圧的に呼ぶ。
 「はい」
 更夜は素直に返事をした。
 「厄について説明してもいいか?」
 「……はい」
 更夜の態度にサヨは自分達姉妹とは違うことを感じとる。
 序列がある。
 明確な上下がある。
 「……ねぇ、あたし、敬語の方がいい?」
 サヨの言葉に逢夜は笑った。
 「今さらだなァ。そのまんまでいいぞ。俺達は父のルールのせいで服従精神が兄弟感、夫婦感で強いだけだ。だが、俺は妻と友のように話している。様付けなんてさせてねぇし、意見も出してもらってる。だから、普通でいい」
 「わかった」
 サヨは少し怯えながら頷き、逢夜は続きを話し始める。
 「じゃあ、厄についてだ。父、望月 凍夜(とうや)は残虐非道だった。あの男には『喜』以外の感情がない。お姉様の夫である、別の望月家の夢夜が反抗し、凍夜を殺した際も凍夜は人の死に方について模索しながら、興味津々に死んだらしい。彼は望月全体から恨まれていたため、魂がきれいにならず、この弐の世界(死後の世界)に残り続けた」
 逢夜は深呼吸をし、続きを話す。
 「その後、ヤツに対する恨みなどが厄となり、最大級の厄神、オオマガツヒが凍夜に気づいた。オオマガツヒは凍夜に入り込んだが、ヤツには『喜』以外の感情がない。つまり、厄神が入っても力を手にしただけで、人間としては狂わない。負の感情を感じられないからだ」
 逢夜は目を伏せてから、また更夜を視界に入れ、さらに続ける。
 「それで……、完全に融合したオオマガツヒ、凍夜が力を増やし、再び望月家を支配した上、世界征服を考えている。俺が前回高天原西にいた理由は歴史神からコイツを聞き出すためだ。早めに動いて俺達が凍夜に復讐しないと、高天原が動くぞ」
 「そういうことでしたか」
 更夜が頷き、サヨは焦った。
 「ま、待って! 復讐ってそんなこと……」
 サヨの言葉に逢夜の眉が上がり、更夜がサヨの説明をする。
 「お兄様、彼女は『K』です。彼女の『正』の力がないと、私達はヤツに飲まれます」
 「ああ、そうか。サヨ、お前さんはこの件、関わらねぇ方がいいな」
 「で、でも……皆、傷ついたり、怪我じゃすまないってことない? あたしは心配なんだけど」
 サヨの不安そうな声を聞き、更夜は眉を寄せた。
 「……。この子達を置いては……」
 「とりあえず、ヤツを早く倒しに行こう。高天原が動く前に、俺達がアイツをヤる」
 逢夜が更夜を睨み、更夜は深呼吸をし、答える。
 「私は行きません。様子を見、高天原に任せます」
 「なんだと、更夜! アイツを殺りにいかねぇのか」
 逢夜は、父に恨みを持つ更夜が必ず動くと思っていた。更夜が動かないことに逢夜は驚く。
 「はい。守るべき者がおります故……」
 更夜はサヨとルナを見つつ、逢夜にそう伝えた。
 「守るべき者?」
 逢夜はサヨとルナを横目で見て、眉を寄せた。
 「それはお前の子孫じゃねぇだろ。罪滅ぼしでガキ育ててんじゃねーよ」
 逢夜の言葉にサヨとルナは顔を見合わせた後、不安そうに更夜を見た。
 更夜はうつむき、なにも言わなかった。
 ……静夜。
 更夜は幸せにできなかった幼い娘を思い出す。
 父の命令通りに城主暗殺をした後、追手から娘を守ろうと、親子の縁を切ろうとした。
 父と呼ぶことを禁止し、娘を別の家に無理やり嫁がせようとする。
 しかし、娘は更夜を父と呼んではいけない理由が理解できなかった。だから、何回も更夜を父と呼んだ。更夜はいらつき、理解しない娘に暴力を振るい始めた。
 「俺を父と呼ぶな! 何度言えばわかるんだ! 殴られてぇのか、クソガキ!」
 更夜は怒りに任せ、娘、静夜(せいや)をひっぱたき、静夜は泣きながら謝罪を繰り返す。
 しかし、意味がわかっていない。
 静夜は
 「ごめんなさい、お父様、もう叩かないで」
と泣き、更夜は「父と呼ぶな!」と再び彼女を叩く。
 今思えば、追手から娘を守る事に必死で、思い通りにならなかった娘にいらついていただけだ。
 静夜はおそらく自分を恨んでいるだろう……と同じ事を何度も考えた。
 考えても、今、娘に優しくできるわけではない。
 暗い顔で下を向く更夜に逢夜は鋭く言った。
 「お前の娘への罪滅ぼしはやめろ。あれは『お姉様』の子孫。お姉様が望月の守護霊だ。お前じゃねぇんだよ」
 逢夜の一言に、サヨは戸惑いの表情を浮かべた。
 「お、おじいちゃん……」
 「わかってんだろ? 更夜。お姉様はお前がいるから、守護霊になりきれてないんだよ」
 逢夜の言葉にサヨは動揺しつつ、更夜をただ黙って見据える。
 更夜は目を伏せたまま、悲しそうにうつむいていた。

三話

 「そうだ……俺は本当の先祖じゃない……。俺は望月静夜……いや、木暮静夜の父だ。つまり、直系望月家の祖先ではない。望月家を騙していた事、申し訳なかった」
 更夜はサヨとルナに体を向け、頭を下げた。いつもと違う更夜に二人は困惑する。
 「そ、そんなこと急に言われても……。おじいちゃんはあたし達のおじいちゃんで……更夜様じゃん……。急におじいちゃんやめないよね? ルナはおじいちゃんが大好きなんだよ?」
 サヨの言葉にルナは今にも泣きそうな顔を向ける。
 「おじいちゃん……。ルナのおじいちゃんやめるの? ルナがばあばのこと、話したから?」
 ルナの純粋な発言が更夜に静夜を思い出させる。
 「この……なんだかわかってないのに、発言してる感じ……静夜に……静夜にそっくりなんだよ……」
 更夜は涙ぐみながら言う。
 「おじいちゃん……あたしもおじいちゃんがいないと寂しいよ……」
 サヨは珍しく悲しい顔をし、更夜を見ていた。
 「サヨ……お前も本当に手がかかる子だった……。ルナより厳しく叱ったこともあるな。大きくなっていくお前が、静夜の年齢を抜かした時……静夜が大きくなったらこんな感じなのかと……心のどこかで思っていた。結局は……」
 更夜は二人の前で、静夜と比較していたことを告白する。
 そう、結局は静夜と重ねていたのだ。
 更夜は情けなく泣きながら、望月家の主、望月千夜に頭を下げる。
 「お姉様、申し訳ありませんでした……。お姉様……私は静夜の罪滅ぼしでっ……お姉様が……お姉様が黙っているのをいいことに、守護霊のふりをし、彼女達を育てました。申し訳ありませんでした。まるで……静夜を育てているように感じて……かわいくて……」
 切れ切れに言葉を発する更夜に、千夜は優しい顔で口を開いた。
 「更夜……。お前は優しい弟さ」
 千夜は項垂れている更夜に近づき、片膝をついた。
 「わかっていた。……私は息子が産まれた時に死んだ。息子と夫と過ごしたかった。ああ、それで……息子をアイツに持っていかれた時、私は逆らえずに泣きながら任務へ行ったんだ。そこで、追われていた敵国の名もなき親子を助けてしまった。息子を産んだばかりだったから、悲しくなったんだ。それでな、命令違反をした私は後ろにいた妹に殺された……」
 千夜は目を伏せ、頭を下げ続ける更夜に語る。
 「私も……子を育てられなかった。故に……気持ちが良くわかっていた。ああ、逢夜……、よく覚えておけ。苦労して産んだ大切な子を、幸せにできなかった親の苦しみは……簡単には消えないんだ」
 千夜は横目で逢夜を視界に入れ、静かに言った。
 「わからなくても良い。だが……更夜を責めるな」
 「……申し訳ありません。軽率でした。お許しくださいませ」
 逢夜は素直に謝罪した。
 「逢夜、ありがとう」
 「……」
 逢夜は静かに頭を下げた。
 「更夜」
 千夜は再び更夜に目を向ける。
 「はい」
 「お前の気持ちが痛いほどわかった。……だから私は知らないふりをしたのだ。お前は本当に優しい子だ。ふたりを育ててくれてありがとう。ああ、木暮静夜に会った。お前の娘、木暮静夜はな、木暮の守護霊になっていた。彼女はな、不思議と消えられないらしい。どこか人間のくくりから外れてしまったのかもしれない。その彼女が言っていた。彼女は……木暮静夜はな、お前を心から尊敬していると」
 千夜の言葉を聞いた更夜は項垂れながら泣いていた。
 「ありがとう……ございます……」
 「更夜、だから……このまま二人を育ててやってくれ。私は偉そうにはできぬ。息子を育てていないからな」
 千夜は更夜の頭を優しく撫で、離れた。
 「お姉様……お姉様はもっと辛かったはず……」
 更夜のつぶやきに逢夜が答える。
 「……そうだ。更夜が産まれる前の方が……凍夜のしつけが酷かったな。しつけというか、なんだったんだろうな、あれは……。だだの拷問か」
 「逢夜、もう良い。思い出したくない。私を度々かばってくれたこと、本当に感謝している」
 千夜は話を切り、障子扉の方に目を向ける。
 「……お姉様?」
 「どうやらお嬢さんが話を聞いていたようだ」
 「スズですね」
 更夜が言い、千夜が頷いた。
 「お前も守るものが多くて、大変だな……」
 「お姉様……」
 逢夜が小さい声で千夜を呼んだ。
 「……?」
 「厄を感じます……」
 「厄……」
 千夜と更夜は同時に眉を寄せた。

四話

 スズは布団の中で目を覚まし、首を傾げた。昨夜に更夜と花畑にいたことは思い出せたが、そこから先が思い出せない。
 「更夜をなぐさめようとしてたのに……更夜より先に寝ちゃったの? あたし……」
 スズはため息をつきつつ、起き上がる。
 ……更夜はすごく悲しそうだった。あんなに泣いている更夜、初めて見た。
 きっとあたしのことよりも、奥さんと娘さんの方が後悔が深いんだ。
 スズはなんだか、心の中が気持ち悪かった。
 「……嫉妬してるみたい。なんか嫌だな」
 スズは水を飲もうと台所へ向かい、廊下へと出た。
 「……ん?」
 廊下、他の部屋には人がおらず、気配が一ヶ所に集中している。
 声がする部屋の近くの壁に背中をつけ、中の様子をうかがった。
 ……なんか、盗み聞きしてるみたい……。こういうの、更夜怒るんだよね……。
 そう思いながら聞き耳を立てると、どうやらスズだけが仲間外れで、サヨとルナの他に二人、知らない男女がいるようだとわかった。
 男が威圧的に「娘への罪滅ぼしで子を育てるな」と発言し、更夜が泣きながら謝罪をしている。
 「……こうや……」
 スズは更夜の謝罪を悲しそうに聞いていた。
 娘、静夜と重ね、子孫ではないサヨとルナを育てていたと。
 スズは更夜の悲しみを知り、そばにいてやりたいと思った。
 しかし同時に自分がどれだけ部外者か思い知る。
 「……あたし、関係ないじゃん」
 スズは自分が殺された理由も思い出す。
 静夜とスズを天秤にかけ、更夜はスズではなく、娘をとった。
 「あたしより、娘とお嫁さんが好きだよね。そりゃあそうだよね。そりゃあそうだよ……」
 スズは口では納得していたが、心では悔しさが現れていた。
 「あたし、関係ないもんね」
 なぜか、スズの顔を涙が落ちていく。
 「……あたし、なんで泣いてんだろ……」
 なぜ、こんなに心が締め付けられるのか。
 なぜ、こんなに悔しいのか。
 「あたし、醜いなあ……。更夜が自分を一番に思ってくれないから……嫉妬してるだけじゃん」
 スズは泣きながら自嘲気味に笑う。
 「あたし、初めから関係ないんだ。血が繋がってるわけじゃない。夫婦になってるわけじゃない。あたしはなんなんだろ……」
 スズは目を伏せる。
 ……あたしはなんなんだろ。
 スズは黙り込んだ。
 スズの影がゆっくりと伸びて、やがて黒い霧となりスズを纏い始めた。
 「……ああ……すごく気分が悪い」
 スズがつぶやいた刹那、銀髪の男が目の前に現れた。
 「更夜を従わせるのに使えそうな魂だ」
 常に笑っている。
 「ひっ!」
 スズは怯えた。
 いきなり首を掴まれ、締め上げられた。
 「くっ……くるしっ……」
 「もっとその感情を『ヤツ』が欲しがっている」
 男は小刀を取り出すと、スズの頬を切った。
 「やっ……やめ……」
 不気味に笑いながら男は、次に怯えているスズの肩を斬った。
 「いやっ……」
 「良い感情らしいな。『ヤツ』が喜んでる」
 男が血を流すスズを愉快に眺めていると、更夜達が慌てて入ってきた。
 銀髪の男を視界にいれた三人は同時に叫ぶ。
 「……凍夜っ!」
 千夜、逢夜、そして更夜は怒りを滲ませ、獣のように呼吸を荒げ始めた。
 「スズを……返せっ!」
 更夜は叫び、凍夜に飛びかかった。
 「待て、言葉遣いが悪いな? 飼い主に……そんな態度をとって良いと思うか?」
 凍夜は一言、愉快に笑いながら言った。その一言で、なぜか望月兄弟は皆、動きを止め、頭を下げた。
 「もうしわけありません。お父様……お許しくださいませ」
 千夜、逢夜だけでなく、更夜も膝をつき、手をつき、頭を床につけた。
 「ちょっ……どうなって……」
 サヨは廊下からルナを抱きしめ、異様な光景に動揺していた。
 三人は怒りに震えているのに、言葉があっていない。
 「スズを……返してください……お願い……します」
 更夜から弱々しい声が発せられる。
 「そんなにコイツが大事なのか? 理解できないなあ。役に立たないガキじゃないか。まあ、俺にとっては役に立つか」
 凍夜はスズを畳に叩きつけると、先程斬りつけた肩を踏みつけた。
 「ぎゃああっ!」
 スズの悲鳴が響き、更夜が震える。
 「さあて、お前達、俺はもう行く。ついでにこれは持ってこう。何かの役に立つかもだしなあ」
 凍夜は震えながら泣いているスズの首を再び乱暴に掴むと、黒い霧を撒き散らし、消えていった。
 「スズっ!」
 更夜は必死に手を伸ばす。
 スズは恐怖に泣きながら、更夜にか細い声で最後につぶやいた。
 「ごめんなさい……助けて……こうや」
 血にまみれたスズが更夜を呼び、涙を流しながら、消えた。
 更夜は唇をかみしめる。
 「なぜだっ! なぜアイツにはいつもっ!」
 更夜は畳を思い切り蹴りつけ、鋭く叫んだ。
 「俺からスズまでも奪うのか! あの野郎! スズを傷つけやがった! アイツは……許さねぇ……。殺してやる! 絶対に許さねぇ! 殺してやる……! 俺が殺すっ!」
 更夜の体から赤色の神力が溢れ、瞳も赤く染まる。
 そして更夜は怒りを抑えられないまま、凍夜を追い、外へと飛び出していった。
 「更夜っ! 待てっ!」
 千夜が更夜を呼び止めようとしたが、更夜が立ち止まる事はなかった。
 望月の子孫達は……望月凍夜に逆らえない。
 心の傷と共に巻かれた鎖は「恐車の術」として子供達に深くきつく巻き付かれている。
 それは今でも、何百年経っても消えることはない『人間の感情』だった。

戦いは始まる

 スズが凍夜に連れ去られ、更夜は我を忘れ凍夜を追いかけた。
 「……我々は凍夜に逆らえない。霊になっても奴の術に縛られている」
 千夜は目を伏せ、逢夜はため息をついた。
 「それが問題なんです。更夜はあの小娘を人質にとられ、怒り、逆らえないことに気づいてない。更夜は危険です」
 「だが、これは望月の問題。高天原に動かれたくはない。凍夜の術にかかってない望月はサヨ、ルナ……」
 千夜に指名され、肩を上げて驚くサヨとルナ。
 「……ルナはまだ小さい。戦いに行くには危ない。……サヨ……」
 千夜がサヨを申し訳なさそうに見た。
 「な、なに? あたしが凍夜と戦うの? あたし、武器持てないんだよ?」
 「わかっている。だから、私達の呪縛を解く手伝いをしてもらいたい」
 千夜はサヨの背中を撫でながら言う。
 「呪縛を……解く……」
 「恐車は逢夜にも私にも深くかかっている。この術を解かないと、我々は解放されない。更夜は間違いなくこのままではオオマガツヒに落ちる」
 千夜はサヨを落ち着かせようと、穏やかな声で説明をした。
 「呪縛を解くには……私達の中にいる記憶内の望月凍夜を倒すことだ。私達自身でな。サヨは『K』。ならば、私達の記憶の中に入り、望月凍夜を見つけられるはずだ。見つけるだけだ。戦うのは私と……逢夜だ。自分達で凍夜の記憶を打ち負かすことで、術を切るんだ」
 「えっと……」
 「もう少し説明をすると、術がかかる寸前の私達の記憶で、記憶内部の望月凍夜を殺す」
 千夜はどこか迷いながら目を伏せた。
 「ねぇ、ちょっといい?」
 サヨが眉を寄せながら疑問を口にする。
 「ああ」
 「その記憶って子供時代の話なんじゃないの?」
 サヨの発言に千夜も逢夜もため息をついた。
 「その通りだ」
 「凍夜は若い男でしょ? 時代的に。幼い子供が凍夜に勝てなかったから、術にかかったわけ。記憶のふたりが子供なら、凍夜に一人で勝つのは難しいんじゃね?」
 鋭いサヨに千夜は苦笑いを向けた。
 「その通りだ。だから、最後のとどめで子供時代の我々が凍夜を殺す。その隙をサヨが作る……。……いや、お前が怪我をしてしまうか……」
 千夜はサヨに怪我をさせたくはないようだ。千夜の術を解くのに、手伝いを逢夜にすると、逢夜は術により凍夜に攻撃どころか動けない。
 「……わかった。高天原が介入する前に、自分達の術を解いて、自分達で凍夜を倒したいってことか。でも、あたしは戦えない。防御ならできるけどね。……もう、スズが連れ去られて、おじいちゃんが消えた段階で、時神の問題でもあるから、プラズマに話を持っていくから」
 サヨの言葉に逢夜は千夜を心配そうに横目で見た。
 「お姉様、時神に話が伝わります。よろしいですか?」
 「……本当は私達でなんとかしたかったが、更夜がああなった以上、仕方ないのかもしれない。高天原が介入してこないのなら、かまわない。……いや、助けてもらおうか」
 千夜がそう発言し、逢夜は頭を下げた。
 サヨはため息をつくと、ルナを千夜に渡し、壱の世界への扉を開く。
 「俺も行く」
 なぜか逢夜がついてきて、サヨはさらにため息をついた。

二話

 サヨは逢夜を連れ、時神達の家のインターフォンを鳴らしていた。
 「あのー! サヨだよーん」
 てきとうにあいさつをしていたら、うんざりした顔で赤髪の兄ちゃん、プラズマが出てきた。彼は時神未来神である。もう、未来を見たようだ。
 「やっぱり来たか……。なんでかはわからないが、ヤバそうな内容なのはわかる。入ってくれ。皆いるから……。ん? あんたは……」
 プラズマは横にいた逢夜に目を向ける。
 「ああ、更夜の兄だよ」
 「名前、なんだっけか?」
 「逢夜(おうや)だ」
 逢夜は軽く笑い、プラズマは頷いた。
 「ああ、そうか。よろしく。とりあえず、中に入れ」
 中に入り、畳の部屋の一室に時神が皆揃っていた。今朝会った三つ編みの少女リカはサヨが渡したバッグを膝に抱え、渡すかどうか迷っている。
 その他、鋭い瞳をしたサムライの青年とミルクチョコ色のショートヘアーの小柄な少女がいた。
 時神過去神、栄次と現代神のアヤである。
 「サヨ、ルナはどうしたんだ?」
 「混乱してたっぽいから、置いてきたわぁ」
 プラズマに問われ、サヨはあきれつつ答えた。
 「ああ、まあ、だな。だが、一応、時神の上だ。ここでの会話を伝えてやれよ。で、なんだ? なんかあったんだろ?」
 プラズマは優しくサヨを席につかせる。机にはこたつ布団はかかっておらず、春の心地よい暖かさが部屋を包んでいた。
 窓を開けていたからか、栄次の肩にモンキチョウが止まっている。
 サヨはモンキチョウを摘まんで外に出してやると、窓を閉めてから口を開いた。
 「まあ、どこから話せばいいかわかんないけどォ……」
 とりあえず、サヨの兄俊也が弐の世界に入り、更夜の父、望月凍夜に拐われたらしいことを伝え、その後、突然自分達の家に現れた凍夜にスズが拐われ、更夜が怒って追いかけて消えたことを話す。
 それから、逢夜を横目で見て、言う。
 「逢夜サンはこの件についてかなり詳しそうなんで、後の説明、オネガイシマース」
 サヨは事実のみを話し、話して良いのかわからないことを逢夜に説明させた。逢夜はそれがわかり、苦笑いをしつつ、続きを話す。
 「ああ、俺は更夜の兄、逢夜だ。望月凍夜、俺達の父は死後、望月達に恨まれ、父への負の感情があちらこちらで爆発的に増えた。その負の感情のせいで望月達は魂がきれいにならず、今も弐の世界に居続けている。負の感情が溢れきった今、最大級の厄神、オオマガツヒが望月凍夜の存在に気づいた。凍夜には『喜』以外の感情がない。つまり、オオマガツヒが近づいても狂わない。凍夜はオオマガツヒを纏い、弐の世界の『国盗り』を始めた」
 逢夜はそこで言葉を切り、時神一同を見る。
 「それは……高天原案件……なのでは?」
 栄次が困惑しつつ、逢夜に尋ねた。逢夜は頷くと再び口を開く。
 「ああ、その通り。だが、俺達は望月家の無念を晴らすため、高天原に頼らずに奴を倒すことにしたんだ。高天原が動く前に片付けたい。お前らに話を持って行ったのは、望月更夜の感情が凍夜への恨みだったため、オオマガツヒ側に堕ちたのではと考えたためだ」
 「時神が、厄神に堕ちたってことかよ……。状況が重いな……」
 逢夜の説明にプラズマは頭を抱え、大人しく聞いていたアヤが口を挟む。
 「えーと……更夜は大丈夫なわけ? その望月凍夜って人、なんだかすごく怖いのだけれど」
 アヤはなぜか突然に酷く怯え始めた。
 「あれ……何かしら……。私……なんで震えて……」
 「大丈夫か、アヤ……」
 プラズマがアヤの背を優しく撫で、栄次がさりげなく横に座る。
 「……アヤ、ただ怖いだけではなさそうだな……。……なんだ、この記憶は……今まで見たことないものが……」
 栄次のつぶやきに時神達は固まった。
 「……誰だ……この女は」
 青い瞳の銀髪の少女が赤子をあやしている。
 隣にはアヤと同じような髪色の男が何かを悩んでいた。

 ……名前、どうする?
 ……そうですね、私が決めても?
 ……ああ、そうしてくれ。
   かわいいなあ~もう。
 ……では、私の尊敬する父の名をとりまして、『あや』と。
 ……いい名だなあ。

 「あや……」
 「……え?」
 栄次に名を呼ばれ、アヤは驚き、聞き返した。
 「ああ、いや……この娘……どこかで……」
 栄次が動揺していると、さらに記憶が流れてきた。
 
 ……ごめんなさい! 凍夜様っ!
 許してくださいっ!
 
 幼い銀髪の女の子を棒で叩く男。口には笑みを浮かべている。
 
 ……うええん……
 お父様、助けてぇ……

 泣き叫ぶ幼女をさらに殴りつける男。血まみれになる女の子。
 ひたすら父を……
 ひたすら「更夜」を呼ぶ少女。

 栄次は震え、机に頭をぶつけ始めた。
 「またコイツだっ! またコイツがっ! 俺はコイツが嫌いなんだっ!」
 「ちょっ……栄次!」
 プラズマが栄次を止め、栄次は我に返った。冷や汗が机にたまっている。
 「……すまん……。初めて見えた過去があったのだ。望月静夜……更夜の娘だな……」
 栄次の発言に逢夜の眉が上がった。
 「静夜……。なんで、今、静夜の過去を見た?」
 「……確信はないが……アヤは……静夜の娘……?」
 栄次の発言に時神達は目を見開いて驚いた。
 「ちょ、ちょっと待って、どういうことよ?」
 一番慌てていたのはアヤだ。
 「更夜の娘、静夜が夫だと思われる男と共に赤子の名付けをしていた……。その時に……『あや』と名付けていた」
 「え……」
 アヤがサヨ見る。
 サヨは苦笑いを浮かべた。
 「あー、実はね、あたしもルナも……おじいちゃんの子孫じゃないんだって。あたしらはおじいちゃんのお姉ちゃんの子孫みたい。だから……」
 サヨはアヤにひきつった顔を向ける。
 「名前で気づけば良かったんだけどぉ……、アヤは望月家なんだね? 信じらんなくてビビってるよ、今、あたし」
 「嘘……、私は……え? どういうこと? 私はまだ二十七年目の神なんだけれど」
 アヤの戸惑いが酷くなり、栄次、プラズマ達に救いを求める。
 「あー……あんたはけっこう謎があるんだ。今まで現代神がずっといなかったっていうのがおかしいと思わないか?」
 「……それはそうかもね」
 プラズマに言われ、アヤは初めて疑問に思った。
 「ただな、どういうことかはまだ、全くわからないんだ。なんかしっぽを掴んだ感じはあるんだが」
 「……」
 「この件に関しては調べる。安心しろ。自分がなんなのかわからなくなるのは不安だよな。だが、時神は皆仲間だ」
 「ありがとう」
 プラズマの言葉にアヤは軽く微笑んだ。
 「アヤ、お前は大切に育てられていたようだな。穏やかな父と……優しい母……幸せそうだぞ」
 栄次がアヤの頭を撫で、アヤは目に涙を浮かべた。
 「更夜は、静夜を嫁に出している。木暮家に嫁がせたようだ。故に……アヤは木暮アヤだ」
 「……そうだったのね」
 「アヤ、わかって良かったね。なんで突然にわかったんだろう?」
 リカにも背中を撫でられ、アヤは少し落ち着いた。
 「なんでかしら……」
 「それは」
 アヤが落ち着いてきたところで逢夜が口を開いた。
 「あんたが更夜の子孫だからだ。更夜が凍夜に出会い、オオマガツヒに会ったから、心で恐ろしさを共有したんだ。無意識にあんたと更夜は繋がってる。サヨまでいくと、子孫ではなくても影響を受けるようだな。『K』だからか?」
 「わかんないけど、共有に関してはわかるよ」
 逢夜の言葉にサヨは頷いた。
 「……私が更夜の孫……? 頭が働かないわ。それでこれからどうするのかしら?」
 アヤが尋ね、逢夜は迷いながら話し出した。

三話

 「なるほどな。K を使ってあんたらの記憶……心の世界を見つけて、幼少期から望月凍夜を排除すると」
 プラズマが頷き、逢夜は「そうだ」と簡潔に答える。
 「望月凍夜について、何にもわからないんだ。栄次は別だが。その男について調べないと俺達はうまく動けなそうだ」
 「確かにどこの記憶で排除すればいいか確実にした方がいいな」
 逢夜は頭を抱えると、しばらく考えてから口を再び開いた。
 「じゃあ、望月凍夜についての記憶を『観てもらおう』」
 「どういうこと?」
 「歴史神に連絡する」
 アヤが尋ね、逢夜は簡単に答えた。
 「……人間の歴史管理をしている神を呼ぶってことかしら?」
 「そうだ。……ああ、ヒメちゃん? ちょっと来てくれ。西の剣王軍に見つかんなよ。時神の家にいる。場所はわかるよな?」
 逢夜はアヤに答えつつ、テレパシー電話でヒメと呼ばれた謎の歴史神を呼ぶ。
 「すまんが……」
 栄次が小さく声を上げ、逢夜は振り向いた。
 「なんだ?」
 「俺は席を外しても良いか? もう一度は観たくない……。それだけに悲惨だ。残酷だ。アヤ、リカ……サヨ、プラズマ……お前達は優しい……故……観ることができなくなったら中断してもらうのだ」
 栄次が暗い顔でそうつぶやくので時神達は動揺した。
 「いや、栄次、できればいてくれ。恐車がかかる寸前の記憶から、サヨに弐の世界の俺達の記憶に繋いでもらい、入る予定だ。それが一番早い」
 逢夜にそう言われ、栄次は青い顔のまま頷いた。
 「……わかった」
 栄次が頷いた後すぐに幼い少女の声が響く。
 「もしもーし! ここでいいのかの? ヒメちゃんじゃ! お待たせしたのぅ! ヒメちゃんじゃ!」
 「来たな。さすが早い」
 逢夜は玄関先で叫んでいる少女を迎え、部屋に入れた。
 黒い長い髪のわきを円形に結び、赤い古代風の着物を着たかわいらしい少女が障子扉から顔を出した。
 「ヒメちゃんじゃ!」
 「ああ、彼女は流史記姫神(りゅうしきひめのかみ)っていう名前の『人間の歴史を管理している』神だ」
 逢夜が説明し、時神達は頷いた。
 「神々の歴史管理をしている神がナオさんとムスビさんなら、人間の歴史管理をする神もいるということか」
 リカが小さくつぶやき、ヒメちゃんは笑顔で話し始めた。
 「そうじゃ! ナオとムスビは神の歴史管理。ワシは人間の歴史管理をしておる。それで? なんのようじゃ?」
 明るい雰囲気でヒメちゃんは逢夜を見る。
 「ああ……実はな、俺達の父、望月凍夜の歴史を見せてほしいんだ。ヒメちゃんは歴史を具現化して見せられるだろ?」
 「あー……あの男の記憶か……みたくないのぅ……。まあ、よい」
 ヒメちゃんは人間用の巻物を取り出すとかざした。
 「これじゃよ」
 表情がとても嫌そうだ。
 見るには覚悟がいるのかもしれない。

四話

 ヒメちゃんが渋々巻物を投げると、世界が歪んだ。
 周りの世界が溶けていき、時神達は知らない内に古風な屋敷の中に立っていた。
 物があまりない部屋の一室。
 過去に戻るというより、映像を観ていると表現する方が正しいかもしれない。やがて赤子をあやす男女が現れ、無邪気に笑う赤子が映る。
 「あれが凍夜じゃ。とりあえず関係なさそうな部分は早送りするぞい」
 ヒメちゃんがどうやっているのかは不明だが映像が突然二倍速になった。
 凍夜は「よく笑う子」として育つが親はその違和感に気づき始める。
 いつでも笑っている。
 笑みを浮かべている。
 他の感情を「顔に出さない」。
 凍夜が三歳の時、虫の足をすべてちぎり、動きを楽しんでいた。
 六歳になった時、興味本位で猫を殺した。
 戦国時代が彼を止めなかった。
 もうこの段階で時神達は気分が悪くなっていた。観たくなくなってきたが、頑張って観る。
 凍夜は望月家の主として若い時期に望月の上に立つが、問題行動が多かった。しかし、忍の仕事は「容赦なく」できた。
 まるで人間を物のように扱う。
 敵国の忍を惨く殺し、戦では躊躇いがないため、負けなしだった。
 凍夜が十五の時、なんとなく親を「殺した」。理由は親が死んだらどうなるか試したかったからだ。
 結局、気分は変わらなかった。
 興味は望月に行った。
 望月を作ったらどうなるか。
 この辺でアヤが青い顔で口元を押さえた。
 リカは目をそらした。
 プラズマは汗をにじませた。
 サヨは嫌悪感を露にした。
 栄次は寡黙に記憶を見続けた。
 「ああ、俺達の親父って感じだなあ」
 逢夜だけは平然と眺めている。
 話は進み、凍夜は戦で両親を亡くした若い少女達三人を言葉巧みに誘い、屋敷に住まわせた。
 この三人の少女の内のひとりが更夜達兄弟の母である。
 「お姉様にかかる歴史は後で見せてくれ。まずは俺だ」
 逢夜がそう言い、ヒメちゃんは気分悪そうに頷いた。
 ヒメちゃんは器用に千夜部分だけ切り取り、逢夜が産まれる部分からスタートさせる。
 逢夜が産まれ、いままで息子として存在していた千夜は急に女に戻され、幼いながら、わけわからないまま、男を産めと凍夜から言われる。
 千夜は苦しみながら逢夜を父から守っていたが、気づくと父の言いなりになっていた。謎の教育、拷問に耐える訓練を千夜は逢夜に無表情で行っていた。
 逢夜は心優しく、弱い性格で、いつも厳格な姉にたいして恐怖を持っていた。今では信じられない光景だ。
 そんなある意味反抗的だった逢夜を父、凍夜が支配する時が来る。
 「……お前ら、大丈夫か……? ここだ。止めてくれ」
 逢夜は歴史を止めた。
 ヒメちゃんは頭を抱えながら止め、時神達は気分悪そうにえずきながら止まったことに安心する。
 「これは……酷いを通り越してる」
 プラズマがつぶやき、アヤ、リカ、サヨが頷く。
 「栄次はこれを見続けたわけよね?」
 「ああ」
 アヤに尋ねられ、栄次は顔色悪くため息をついた。
 「映像で観るにはキツイ記憶ですね……。こんな環境にいた逢夜さん達はつらかったはずです」
 リカは半分涙目でうつむき、サヨは顔をしかめたまま、何も言わなかった。
 「サヨ、俺の術から解いてもらう。いけるか?」
 逢夜が心配そうに聞き、サヨが悩みながら顔をあげる。
 「プラズマに話を持っていくだけだったのに、術を解く話になったわけ?」
 「時神が協力してくれるんだ、早い内にカタをつけたい」
 逢夜がそう言い、サヨは時神達を仰いだ。
 「逢夜サンの記憶に入れる元気があるひとー。あー、逢夜サンの心がある弐の世界の門を開きまーす。逢夜サンはここにいる全員を知っているため、逢夜さんの心に全員入れまーす」
 サヨは抑揚なく話しながら弐の世界を出現させる。
 「ちなみにあたしは逢夜サンの心の時間を固定するのでたぶん精一杯だからいけませーん」
 サヨがさらに言い、栄次が立ち上がった。
 「俺がいく」
 「わ、私も行きます!」
 栄次の他、リカも立ち上がった。
 「アヤ、プラズマは?」
 サヨに問われ、プラズマが先に答えた。
 「俺は行かない。時神が全員逢夜の世界に入ったら凍夜の動きを把握できないだろからな。栄次、リカ、気を付けろ。アヤ、どうする?」
 プラズマはアヤに目を向ける。
 アヤは震えていた。
 目を伏せ、情けなさに下を向く。怖くていけない……その言葉を発したいが情けなさすぎて言えなかった。
 「あの……その……」
 「アヤは行かない。現代神は壱にいた方がいいさ」
 プラズマはアヤが震えている事に気づき、サヨにそう言った。
 「オッケー!」
 「ワシは記憶を固定するぞい」
 ヒメちゃんはサヨが目的の場所で記憶を止めておけるように手助けするようだ。
 「じゃあもう弾丸だけど、やるわ。扉から中へどーぞ」
 「じゃあ、よろしく頼む」
 逢夜はリカ、栄次、サヨ、ヒメに向かい軽く頭を下げると扉を開けた。

五話

 リカと栄次は弐の世界内の逢夜の心内部に入った。逢夜の心を過去に固定するため、ヒメちゃんとサヨが外から何かしているようだが、わからない。
 ただ、時代はきれいに戻り、先程記憶を見た続きから始まっていた。
 「栄次さん、辛かったはずなのにどうして逢夜さんを助ける方向にいったんですか?」
 草むらに出現した二人は目の前の屋敷を見つつ、会話をする。
 「……望月家の記憶ばかり見えるのが辛かった故に。いっそのこと、すっきりさせたくてな」
 栄次は眉間を指で揉みながら小さく答えた。
 「そうでしたか」
 「リカは何故?」
 「私はなんとなく……栄次さんが心配で」
 「そうか。すまぬ」
 栄次はリカに小さく声をかけると、屋敷に意識を向けた。
 「……これから幼少の逢夜が凍夜を倒し、術を解けるように助けにいく」
 「はい」
 栄次とリカは屋敷に近づき、中の様子をうかがう。
 女性の呻き声が聞こえ、幼い子供の泣き声が響いていた。
 「……行くぞ」
 「……はい」
 栄次とリカは屋敷に入り込んだ。雰囲気はとにかく暗い。
 廊下を抜け、声が聞こえる部屋付近で状況を見る。
 「お前の大好きなカアサマが死ぬぞ? いい加減、頼まれ事をしっかりできるようになれ」
 望月凍夜が楽しそうな声をあげていた。
 「お母様は関係ありません!」
 逢夜だと思われる少年が泣きながら叫んでいる。
 「関係ないかなあ? お前、この女から産まれたんじゃないのか?」
 蹴られたのか壁に激突する音が響き、女の呻き声がした。
 「お母様をもうそんな風にしないでください! 悪いのは私です」
 「では、修行も逃げないよな?」
 凍夜に問い詰められ、口を閉ざす逢夜。
 「逃げたケジメをつけてもらおう。お前、『どれがいい』? カアサマが死ぬぞ?」
 凍夜が何やら拷問器具を並べている音がする。栄次とリカは震えた。
 「……こ、こんなの……でき……」
 逢夜がつぶやいた刹那、凍夜は女を逆さに吊り始めた。
 「さあ、これで時間が決まるな」
 凍夜が楽観的に笑い、逢夜は歯を鳴らして震えている。
 「いいか? 逆さにつるとな、人間は短時間で死ぬんだ」
 「……誰か……助けて」
 「助け? 何を言っているんだ。お前がケジメを選んで、逃げずに俺に従えばカアサマを助けてやるってわけだよ」
 凍夜は退路を絶ち、幼い逢夜を追い詰めている。
 「……逢夜……逃げなさい」
 女はか細い声でそう言った。
 栄次とリカは確信した。
 逢夜はこの後、逃げなかった。
 母を助け、術にかかった。
 「リカ、ここだ。逢夜を助けよう」
 「……は、はい」
 栄次とリカは障子扉を開け、部屋に入り込んだ。
 「……なんだ?」
 凍夜がにこやかに栄次とリカを見る。
 「逢夜を助けに来た」
 栄次は凍夜を睨み付けながら逆さに吊られた女の紐をとき、優しく床におろした。
  目の前には涙を流しながら動揺している幼い逢夜がいた。
 「え……? 誰?」
 「逢夜さんですよね?」
 リカは逢夜に寄り、尋ねる。
 「……うん。そうだけど」
 逢夜は気弱そうな子供だった。
 「今から、望月凍夜に勝ってもらいます」
 「ど、どういう……」
 「あなたはここで術にかかります。術にかからないようにここで望月凍夜を倒してもらいます」
 リカはやや強引に話を進めた。
 「お父様を……そっ、そんなことできない……」
 逢夜は怖がっていた。度重なる恐怖心の上にとどめとしてこの術が来ることをリカは理解した。
 「でも戦わないと……」
 リカが逢夜に言葉をかけようとした刹那、栄次が刀を抜き、何者かの攻撃を受け止めた。
 重たい音が響く。
 「え……」
 リカは何が起きたかわからなかったが、よく見ると更夜によく似た少女が小刀を構え、立っていた。表情はない。
 「今、この子がリカを殺そうとした故、刀を抜いた。この娘は……更夜の姉、望月千夜だな」
 「お姉さん……」
 栄次が説明し、リカは呆然と言葉を口にする。攻撃が全く見えなかったのだ。
 「千夜、曲者だ。女から殺せ。そっちのが楽だ」
 「……はい」
 凍夜は素早く状況を読むと、栄次とリカを排除しようと動き出した。
 千夜は突然背後から現れ、リカを小刀で突き刺そうと動く。
 栄次は千夜の攻撃をリカを突き飛ばして守った。
 「腕が立つようだな」
 凍夜は不気味に笑いながら刀を抜いた。
 「え、栄次さん!」
 リカが叫び、凍夜が刀を振りかぶる。栄次は凍夜の斬撃をかわし、刀を振るが凍夜は幻のように消えた。
 「下か」
 栄次は凍夜を押さえつけようとしたが、凍夜は背後に現れた。
 感情が見えない。
 武器を振るう時のわずかな殺気すら感じない。
 予想が難しかった。
 栄次は音の感覚だけで避けていき、狭い部屋を飛び回る。
 目的はまだ戦う術を持たない幼い逢夜に凍夜を倒してもらうこと。簡単ではないことはわかっていた。
 しかも、現在、戦う力を持つ望月千夜がリカを襲っている。
 「リカ! 右だ!」
 栄次がリカに指示を出し、リカは慌てて千夜の攻撃を避けた。
 「お仲間の心配より自分の心配よな?」
 凍夜の声があちらこちらから聞こえた。
 「……くっ。術か……」
 音を頼りにしていたことに気づいた凍夜は栄次の音の感覚を何かしらで奪ってきた。
 栄次は感覚で凍夜の攻撃をかわしたが、腕をわずかに斬られてしまった。
 「き、斬られたか……。更夜とは……違う強さだな」
 似てはいたが、感情が乗らないことがとても不気味だった。
 一方リカは千夜の攻撃を神力の槍で危なげに防御していた。
 「早い……。子供のっ……力じゃない……」
 リカはかすり傷を負いながら必死に千夜を抑える。逢夜のことを考える余裕はない。
 「どうしよ……。えーと、千夜さん……攻撃をやめて」
 リカは子供らしくない目をしている千夜を怖く思いながら、壁に背をつけ、背後を狙われないようにした。前からの攻撃を傷を作りながら、かろうじて防ぐ。
 「千夜さん! あの男に従うのは良くないです! あの男に皆不幸にされます!」
 リカの叫び声に千夜はどこか戸惑っていた。顔も知らない敵が自分の名前を呼びながら、その世界しか知らない千夜に自由を叫んでいる。
 その様子を逢夜も戸惑いながら見ており、子供ながらに自由を掴めるのではないかと思い始める。
 「千夜さん! 栄次さんは……あそこで戦っている彼は強いです。もうお父さんから離れて自由を掴みませんか?」
 リカは必死に千夜に呼び掛ける。千夜は攻撃の手を止めた。
 「……ねぇ」
 千夜がふと口を開いた。
 「あたしは……お父様に従い、男になって、女になって、弟に酷いことしてる。お母様を殺そうとしたこともある」
 「……え」
 リカは無表情の千夜が苦しそうに言葉を口にしたことに驚いた。
 リカは千夜の今を知らない。
 千夜がどういう少女かよくわからなかった。
 「どうしたらいいと思う? このままではいけないと思う? 逢夜に拷問して強くすることを……できないといけないと思う?」
 千夜はリカに答えを求めてきた。
 「えっと……お母さんを大事にして、弟くんを優しく守ってあげるのが正解だと思うよ」
 「千夜、その通りよ。あの男に従うのは間違い。逃げられるなら全力で逃げて!」
 リカの発言にかぶせるように母である少女もそう言った。
 「千夜」
 ふと凍夜の不気味な声が聞こえる。千夜は体を固くした。
 凍夜は妻をまるで物のように蹴り飛ばし、踏みつけてから言う。
 「さあ、これは命令違反かな? 女から殺せと命じたが、手を抜いたな」
 凍夜が妻をいつ盾にするかわからなかった栄次は動きを止めた。
 「もっ、もうしわけありません……次はっ」
 「次はない。そうだな、次があるとすれば、お前が血まみれで泣く番か? 今、曲者を殺せばお仕置きは『許してやる』。ああ、今から男の方を全力でやれ。そっちのが『良さそう』だ」
 凍夜からの恐ろしい命令に千夜は涙を流し、震えながら栄次に斬りかかって行った。
 「千夜……」
 母は呻きながら千夜に手を伸ばす。しかし、千夜は止まらなかった。
 「では、俺はさっさと女の方を……」
 「リカっ! 神力を使え!」
 栄次がリカにそう叫び、必死で殺しに来る千夜の刃を受ける。
 千夜の体にはよく見るとひどい暴行の痕があちらこちらに残っていた。
 「……こんな幼い少女の時から……こんな酷い仕打ちを受けていたとは……望月千夜……お前は後で救いに来る。だが、その前に……お前が愛している弟を救わせてくれないか」
 また『救う』という言葉を聞いた千夜は一瞬止まるが、栄次に手裏剣を投げ、距離をとり、また刃を向けた。
 一方リカは神力で結界を張り、凍夜の刀を弾く。
 「ほう、おもしろいな」
 凍夜は冷や汗をかくリカに満面の笑みを向けた。

六話

 リカは危なげに凍夜の攻撃を結界で防ぎながら逢夜に声をかけていく。
 「逢夜さん! 隙をみて彼を倒してください!」
 リカは叫ぶが幼い逢夜は動かない。状況に対応できず、怯えている。
 「逢夜さん! 術を解くんですよ!」
 「どっ……どうすれば……。お父様に逆らうなんて……」
 逢夜の他、後ろにいた母親も困惑していた。
 「私達が助けにきたんです! 今しか彼に逆らえない!」
 リカが必死で呼びかけている間に凍夜は結界を破り、リカを殴り付けた。
 「がはっ……」
 リカが怯んだ隙に凍夜は強烈な蹴りをリカに入れ、リカは壁に激突し、血を流した。
 「うぐっ……」
 口から血が漏れる。
 望月凍夜は強い。
 一方で栄次は焦っていた。
 リカを助けに行きたいが、望月千夜が許さない。凍夜の策が上だった。栄次が千夜に攻撃ができないことに彼はいち早く気がついたのだ。
 「千夜……辛かっただろう。お前の辛さは想像を越える。俺は全部見えるのだ。救いにくる。故、今は手を止めてくれ。……ここで凍夜を倒せれば、お前は身体に傷をつけられなくて済む」
 栄次が説得するも、千夜は攻撃をしてくる。ここで栄次に勝てなければ酷い目にあわされるという恐怖のが強いようだ。
幼い少女の身体で、栄養状態も悪い軽い身体で、栄次の刀を必死に受け止める千夜。
 千夜はこの幼少期のせいで身体が今と変わらない。女性としての機能も婿養子夢夜と結婚し、愛され、食生活も安定した頃にようやく現れた。
 「俺は全部知っている」
 栄次は千夜を傷つけないよう、うまく合わせている。千夜は殺せないことに焦りを見せ、涙を浮かべた。
 「勝てない……」
 小さな声で千夜がつぶやく。
 「どうしよう……」
 震えながら栄次に小刀を向ける。
 「強い……。勝たなければ……勝たなければ……熱い鉄、当てられる……」
 「……」
 栄次は刀を握りしめた。
 更夜や逢夜の過去から千夜が虐待されているのを何度も見ている。千夜をこれ以上傷つけたくなかった。
 しかし、千夜に手荒なことをし、気を失わせるしかリカを助けにいけない。
 迷っていると、サヨの声がどこからか聞こえてきた。
 「おサムライさん! 何してんの!! 逢夜サンの記憶内の千夜サンなんだから幻! さくっと抑えてよ! 逢夜サンに話しかけてるリカが限界に近い!」
 「わかっている……」
 栄次が苦しそうに答える。
 「わかってないじゃん! リカがやられる方はリアルなんだからね!」
 「……ああ」
 叫ぶサヨに栄次は小さく返事をした。この間にも千夜が振り回す小刀を余裕を持って回避していく。
 リカは腹を抑え呻き、結界を絶えず張っていた。刃物を避けた時、額を斬られた。怯んでいたら顎に拳が入った。
 頭がぐらつき、意識が飛びそうになる。凍夜は本当に容赦がなかった。
 人をためらいもなくこんなに殴れるものか。しかも表情がにやけたまま変わらない。
 だが、不思議と殺しに来ない。
 「うぎぎ……」
 リカは気合いで立ち上がり、神力の槍を構えた。
 「……それ、なんだ? おもしろいな。もっと見せろ」
 凍夜はリカの能力に興味を持ち、殺してこなかったようだ。
 人の感情をまるで感じない。
 更夜と血が繋がっているとは思えない。
 「……お、おとうさま……」
 逢夜が怯えながら声を上げる。
 「ん?」
 「そんなに……殴らなくても……」
 「敵だぞ? 何を言っている? お前が望月の男なら家のために力を尽くせばいい。それだけだ。教育はまだまだかな」
 凍夜が言い、逢夜は震えた。
 「逢夜……さん……術にかかるまえに……自由を……」
 凍夜が刀を振りかぶり、リカは神力の槍で受け止めた。
 「くっ……うう……」
 「なんで……なんでそんなに俺を救うんだ?」
 逢夜は目に涙を浮かべ、リカをじっと見ていた。
 「……一生苦しむ術にかかるからよ」
 横で母親である少女がどこか遠い目でそう答える。
 「私は……あなた達が心配で……あなた達の心の世界に住んでいる。逢夜、なぜだかわからないが、あなたの心がこの時代に固定された。私は霊として当時の記憶を歴史として演じただけ……。あなたは立ち上がらないといけない。あなたの中の歴史を変えることはできないけれど、心は……想像は変えられる。あなたは凍夜に勝てる。当時だって『勝てたはず』よ」
 「おかあさま?」
 逢夜は母の言っていることがまるでわからなかった。
 「あの時はいなかった仲間がいる。だから、凍夜に勝てるという自信を持つのよ。母はあなたを見守ります」
 「……どういう……」
 戸惑う逢夜に少女はさらに言う。
 「私は戦う術を持たない。あなた達が術を解いてくれたら、私にかかっている術も解ける」
 「……」
 逢夜は黙り込んだままリカを見た。リカは今にも力負けしそうだ。
 栄次は千夜の扱いに困り、リカを助けに行けない。栄次は泣きながら襲ってくる幼い少女をどうしても攻撃できなかった。
 逢夜は考える。
 今、戦えば「間に合う」。
 立ち上がれば皆を救える。
 逢夜は近くにあった小刀を掴み、叫んだ。
 「そこの男! 俺は戦う! だから、お姉様を倒してくれ。お姉様も救う」
 栄次は戸惑ったが、リカがまずい状態なので千夜を気絶させることにした。
 「……すまぬ」
 栄次は千夜より早く後ろに回ると、辛そうに刀の柄で千夜のみぞおちを突いた。
 「うっ……」
 千夜は呻き、何かを吐いたが飛びそうな意識を戻し、耐えてしまった。
 「わたっ……私は」
 「……落ちなかった。凄まじい精神力……。もう立ち上がらないでくれ……。やりたくない」
 栄次は戸惑ったがもう一度、みぞおちを突いた。
 しかし、千夜は倒れなかった。
 「倒れたら負けっ……倒れたら負け……」
 千夜のせつない顔を見た栄次はもう千夜を攻撃できなかった。
 倒れそうな身体で再び向かってきた千夜を栄次は悲しそうな表情で見つめていただけだった。
 刹那、母親である少女が栄次の前を塞ぎ、千夜を抱きしめた。
 血が辺りに散らばる。
 千夜は目を見開いた。
 「おかあさま……」
 「あなたもきっと救ってくださるから、今は見ていて!」
 「おかあさま……血が……」
 「大丈夫だから」
 千夜は栄次を殺すつもりで刃を振るった。その間に入り込んだ少女が無事なわけはない。
 「千夜はおさえます! だから早くっ! 千夜を傷つけないでいてくれてありがとう」
 少女の一言に過去の見える栄次は涙を浮かべ、軽く頭を下げるとリカを助けに向かった。
 「……!」
 凍夜は後ろから斬りかかってきた栄次をかわし、リカから離れた。
 「リカ、大丈夫か……すまない。酷い怪我だ……。俺が……」
 「え、栄次さん! 今は凍夜を!」
 栄次はすぐにリカを心配したが、リカは凍夜を見ていた。
 「ああ、そうだな」
 栄次は後ろから飛んできた手裏剣をすべて刀で払い落とした。
 「……あの男……強い」
 逢夜の呆然とした声がする。
 「望月逢夜!」
 栄次が叫び、逢夜の肩が跳ねた。
 「クサイ台詞を吐くが、男ならいつまでも迷うな! 俺が援護する! 故……安心して行け」
 栄次に圧された逢夜は呼吸を整えると冷静に刀を構えた。
 そのまま凍夜に向かい走り出す。凍夜の刀が逢夜をとらえるが、栄次が凍夜の刀を受け流した。逢夜は涙を浮かべながら走り続ける。凍夜の背後に回った逢夜に鋭い蹴りが襲う。栄次は間に入り、凍夜の足を受け止めた。
 「逢夜!」
 凍夜に隙ができた。
 逢夜はさらに後ろに回り込むと、凍夜を力一杯斬りつけた。
 「おとうさま!」
 千夜の叫びが響く。
 母である少女は何も言わなかった。
 リカは息を飲んだ。
 ゆっくりと凍夜の身体が揺れ、血の代わりに黒いもやが溢れだし、望月凍夜は消えた。
 「かっ……勝った!」
 逢夜が震えながら喜びの表情を千夜と少女に向ける。
 千夜は呆然としたまま消え、少女は微笑みながら消えていった。
 辺りが何もない白い空間に変わる。子供だった逢夜が元の逢夜になり、喜びを噛み締めると共に目を伏せた。
 「お母様……ずっと俺達の側にいてくださったのか……。あの時は……守れず申し訳ありません」
 逢夜の頬を涙がつたい、リカと栄次は逢夜の優しさを知った。

七話

 おかあさま、守れたかな……。
 拷問器具が散らばり、傷だらけの少年は倒れる。
 「逢夜っ……! 私はあなたが傷つくところを見たくないの!」
 泣き叫ぶ少女。
 「だからもう……私のために生きないで……自分のために生きて」
 これから、本当に母を救える。
 姉も救える。
 「……」
 逢夜は栄次とリカの元へ歩きだす。栄次は逢夜を見、優しく口を開いた。
 「お前は母親も姉も好きだったのだな。お前が犠牲になったおかげであの時、二人を助けられたのだ」
 「どーも。過去神はこえーな。それより、リカだ……」
 元の逢夜に戻り、傷ついたリカを心配する。
 「リカ……大丈夫か……」
 栄次は座り込んでいるリカの背中を優しく撫でた。
 「ちょっとクラクラして……」
 「動くな。男の拳が顎に入っているのだぞ。腹も……見事に急所を狙われたか……。相手は女だぞ……むごい」
 栄次はリカの状態を見る。
 「ああ、栄次さん、私はこうなることをある程度覚悟して行きましたから、栄次さんが悪いわけではないので……。役に立てたのならそれで」
 リカは痛みに顔をしかめながら、栄次にそう言った。
 「良いわけないだろう……。リカを守れず、一方的に怪我をさせたようなものだ。俺はまだ、心が未熟だ」
 「……そんなことないですよ、栄次さんは優しくて立派だと思いますよ」
 リカにそう言われ、栄次は目を伏せた。
 「そんなことはない」
 「そんなことより、俺の記憶から出ないか? 戻って手当てしよう」
 逢夜に問われ、頷いた栄次はリカを抱きかかえた。
 「すみません……」
 「あやまる必要はない。顎の一撃でまだ立てないのだろう? 無意識に結界を張ったのか、骨は折れてなさそうだ。リカはしばらく休むのだ。わかったな?」
 「はい、わかりました」
 リカの返答にまた頷き、栄次はどこかにいるサヨ達に声をかける。
 「終わったぞ。記憶から出してくれ」
 「ハイハーイ」
 すぐにサヨの抜けた声が聞こえ、真っ白な空間が突然に和風民家の一室になった。
 時神達が住んでいる家の中だ。
 「戻ってきたか」
 「ちょっとリカは!」
 目の前にプラズマとアヤがおり、サヨとヒメちゃんと逢夜もいた。
 「リカが怪我をしている。すまない。俺が……」
 「手当てが先だ」
 逢夜がリカを寝かせ、乱暴に服を脱がせ始めた。
 「ちょっ……逢夜さん!」
 「あー、アヤとあたしとヒメちゃん以外退出で!」
 栄次と状況がわからないプラズマはサヨに背中を押され、戸惑いながら廊下に出された。
 アヤは震えながらリカを見ていた。なんだかわからない恐怖がアヤを包む。
 「アヤ、大丈夫? まさか望月家の術が……」
 「え? ああ、わからないけれど……震えが」
 サヨに背中を撫でられ、アヤはその場に座り込んだ。
 逢夜は恥ずかしがっているリカに構わず、腹を触り、血を拭い、消毒し、骨折の有無を手際よく確認していく。
 今までずっとやってきた……そんな風に見えた。
 「動くな。顎が心配だな……。後、腹か。内蔵は問題ないか? ……いてぇんだよな、よくわかるさ」
 逢夜の言葉にリカは大人しくなった。
 「……こんな痛い思いをあの人の気まぐれでされるなんて、酷いし、子供にやることじゃないです」
 リカは怒り、同時に悲しくもなる。
 「姉や母、弟がやられているのを見るのも……辛いんだぜ。次は自分かもと怖くもなる。助けなければと思うのに、体が動かねぇ。血まみれになった相手に、助けられなくて悪かったと泣いてあやまるしか……できないんだ」
 「……ええ。そうだと思います」 
 逢夜の発言はリカの心にも刺さった。
 「まあ、望月凍夜周辺の歴史が最悪に荒れていたのは間違いないぞい」
 ヒメちゃんは先程から顔色が悪い。
 「ヒメ、悪かったな。わざやざ検索させちまって」
 「……仕方ないのじゃが、ワシもかなり気分が悪い」
 ヒメちゃんはうずくまっているアヤの側に座ると、ぼんやり逢夜を見ていた。
 「……次は千夜かの? 更夜はどうするのじゃ」
 「ああ……更夜は……出会えないから後だ。あいつが一番ヤバいとこにいる。憎しみが、負の感情が、オオマガツヒに入り込まれる」
 逢夜がリカの顎を優しく触りながら、ヒメにそう言った。
 「……じゃが、時神に損傷が起きるのでは?」
 ヒメの言葉に逢夜は頷く。
 「ああ、そうなってしまう。だが、高天原に動かれ、凍夜を持っていかれるのは困る。望月が救われないじゃないか」
 逢夜はリカの顎に消毒をし、ガーゼを貼る。
 「……逢夜さん、私は動けませんけど、早く次に行った方がいいです。向こう(弐)に戻って千夜さんを」
 リカは凍夜に会い、千夜に会い、救う気持ちが強くなったようだった。
 「お前、強いな。妻にも見習ってほしいとこだ。妻は内気であまりハッキリ言ってくれねーんだよ」
 「逢夜さんの奥さんは……」
 「厄除けの神だ。東のワイズ軍。そのうち紹介できるかもな。ルルって名前の十六歳だ。ああ、戦国時代に俺と偽装結婚したセツって女が昔話になって神になったのがルルなんだ。俺がセツの父を殺す任務についていたんで、あの子を騙して結婚したんだ」
 逢夜の顔が切なくなっていったので、リカは慌てて会話を切った。
 「ご、ごめんなさい。なんか、言いにくいこと、言わせてしまいまして……」
 「いや、別にもう過ぎたことだからな。やはり俺は凍夜の息子だった。偽装結婚したが、演技での相手の愛し方がわかんなかったんだよ。だから、支配しようと殴っていた。わかんなかったんだ。本当に」
 逢夜は自身の手を見つめ、静かに言った。
 「こんな暴力的な男、好きになれないだろ、普通。セツの父を殺した後にな、セツを殺さなくちゃいけなくなった。でも、俺は殺せなかったんだ。セツがな、売れ残りの私に一瞬でも幸せを見させてくれてありがとうって言ったんだ。どうしたらいいかわからなくなった。涙が勝手に出てきてよ、頭を地面に擦り付けてあやまった。で、俺はあいつを守って死んだんだよ。俺が死んでからセツは俺の幸せを願い続けて後を追い、それが昔話となりルルになった。俺はあいつの幸せを願い、あいつを守って死んだのに、あいつは死後の俺の幸せを願い後を追った。なんだったんだよってキレたさ。でもなあ、夫婦愛ってのがわかった気がしたんだ。ルルには一度も手は上げてない。対話をすることにしたんだ。ルルの気持ちを組むのは正直苦手だが、小さな言葉も聞き漏らさないようにしてんだ、今はな」
 逢夜はリカからゆっくり離れると、立ち上がった。
 「逢夜さん、今度、ルルさんに会ってみたいです。あ、治療ありがとうございました」
 リカは慌てて言い、逢夜が「ゆっくり休んでくれ。救ってくれてありがとう」と言い、頭を下げた。
 「はあ、やれやれ、では、千夜を救いに向かうかの? 西の剣王軍のワシや東のワイズ軍のルルがいるんじゃ、高天原はすぐ動くはずじゃよ」
 ヒメちゃんがサヨに目配せをし、サヨも立ち上がった。
 「んでー、今回は誰が行くわけ?」
 サヨはアヤを心配そうに見つつ、プラズマと栄次を呼びに向かった。

夜の一族に光は

 サヨは廊下に出た所で栄次とプラズマが話しているのに気づいた。
 「栄次、リカが怪我をしていた。凍夜はそこまで大変なのか」
 「……凍夜は容赦がない上、術を使い惑わせ、おまけに強い。だが、記憶内の凍夜を見ると、更夜の方が強いと思った。故に、そこまで苦戦するほどではない。ただ、恐怖に縛られた子供を奮い立たせ、凍夜を討たせるという部分が難しい」
 栄次の言葉にプラズマは何かを考え始め、やがて口を開いた。
 「栄次、千夜はお前だけで行け。リカが怪我をしたなら、時神は更夜を探す。凍夜に関わるのはリスクだとわかった。消えた更夜……時神の安否のが大事だろ」
 プラズマの発言で栄次は複雑な表情を浮かべつつも頷く。
 「やはりそれが一番か」
 「今回の、望月家を救うという部分は俺達には関係ない。時神を危険にさらしてまで行うことではない。栄次はかすり傷だけだった。つまり、栄次は凍夜より強い。だから、栄次だけでこちらは問題ないだろう。他は更夜捜索と待機にわける。時神の仕事ができなくなると世界が回らない」
 プラズマは冷たい雰囲気で淡々と指示をする。
 「時神が関わるのは時神の部分だけにする。アヤが厄に入り込まれる可能性があり、アヤを守ることも忘れずにな。栄次は千夜の術を解いたら、手をひいて、更夜捜索に動け。凍夜と共にいるのは最大級の厄神だ。時神を優先に救い、様子を見た方がいい。高天原はおそらく気がついているが、弐の世界には、なかなか干渉できないため、慎重に動いているはず。弐の世界と壱(現世)の狭間にいる書庫の神、天記神(あめのしるしのかみ)が情報をワイズに流していると思っていい。あの神はワイズ軍だ。だからな、望月家は早く凍夜を処理したいワイズ軍に邪魔されることになるはずだ」
 「……確かにそうなりそうだ。わかった。先を見て俺も動く」
 栄次の返答にプラズマは頷いた。その様子を見つつ、サヨは思う。
 ……そう、プラズマくん。
 それが正しいよ。
 望月のフォローも抜かりない。
 プラズマくんは判断を誤らない。
 「ほんと、すごいよ……」
 サヨはつぶやいてから歩き出す。
 ……こういう時、あたしはすぐに決断できるのか?
 サヨは不安を心にしまい、栄次とプラズマの元へと進んだ。
 「リカの処置、終わったよ。だけど、アヤは力の制御が今は難しいみたいで巻き戻しが使えない。リカとアヤを休ませるなら、千夜サンを救うのはおサムライさんだね。逢夜サンも連れて行ったら?」
 サヨはプラズマと栄次に軽く話しかける。栄次は黙ったままサヨを見据え、プラズマは少し驚いていた。
 「サヨ、いたのか……。そうだな。逢夜の術は解いたんだ。逢夜が動ける。だが、とりあえず今回は栄次もつける。千夜は幼いはずだし、女の子だ。難しいと思われる。で、サヨとヒメは記憶の固定だろ? 俺は……待機する。オオマガツヒに入り込まれる危険がある更夜の親族であったアヤを守る、凍夜に一度会っているリカも守る。それから、ルナも守らないとな。弐の世界の更夜の家で待機する。リカをあまり動かしたくはないが、ひとりでいさせられないから一緒に連れていく」
 プラズマの言葉にサヨは頷く。
 「それが今は一番かもね? じゃあ、さっそく行く?」
 「ああ、そうしよう」
 プラズマはサヨの問いに答え、歩きだした。
 

二話

 「戻ったぞ。方針を決めた」
 プラズマが部屋に入るなり言った。
 「戻ってきたな」
 救急箱を片付けている逢夜にプラズマはこれからの進み方を話す。
 「まあ、そうなるわな。じゃあ、さっそく戻ろう。サヨ」
 逢夜はプラズマの言葉にさっさと同意し、サヨを呼んだ。
 「逢夜サン、決断はやっ! ハイハーイ、弐の世界の門、開きまぁす」
 サヨはすぐに門を出し、入るように促した。
 「じゃあ、ワシは先にいくぞい」
 ヒメちゃんが一番に門をくぐる。
 「リカ、弐でとりあえず、休め」
 栄次はリカを優しくゆっくり抱きかかえ、負担なく歩きだす。
 「痛くないか?」
 「……はい、大丈夫です。ありがとうございます。千夜さんを助けたかったですが、仕方ないです」
 リカは落ち込み、栄次は息を吐いて続けた。
 「俺がなんとかする」
 「……過去が見えるって辛いですね。初めてこんな気持ちになりました」
 リカの言葉を聞きながら、栄次は弐の門をくぐる。
 「人に同情的になってしまう。どうにかして助けたいと思ってしまう……。俺は昔からそうだ」
 「わかりますよ。栄次さん。私はちゃんと栄次さんの相談は聞きますので、私で良ければ辛い気持ちを吐き出しても……」
 リカは心配そうに栄次を見た。
 栄次の「過去見」がどういうものかわかり、リカは栄次の気持ちを少し理解していた。
 「大丈夫だ。ありがとうな」
 栄次はいつも多くを語らない。
 人に話しても意味がないことを良く知っている。
 「辛かったら……」
 「お前に相談することにする。リカ」
 栄次がリカに話を合わせたことで、リカは自分の子供っぽさを感じた。栄次は八百年生きている。
 十八の青年のはずなのに、精神が自分とはかけ離れている。
 自分より重たいものを彼は背負っている。
 「俺はお前の方が心配だ。過去見に近い力を見たことで不安定になっている」
 「……はい」
 「今は休みなさい」
 「……わかりました」
 栄次とリカの会話を聞きつつ、アヤは複雑な表情を浮かべていた。皆が不安定になっている。
 それはアヤ自身もだ。
 自分は恐怖が抜けない。
 なんだか嫌な予感がする。
 「アヤ、門に入りな」
 プラズマに声をかけられ、アヤは肩を上げ、怯えた。
 「……大丈夫か?」
 「……大丈夫なのかしら……私」
 「大丈夫じゃねぇな。……逢夜!」
 プラズマは門に入りかけた逢夜を呼んだ。
 「ん? なんだ?」
 「厄除けの神、ルルを呼んでくれ」
 プラズマの言葉に逢夜は止まり、振り返った。
 「妻は巻き込まない」
 「……アヤが一番オオマガツヒに入り込まれる。あんたの妻の力で厄除けをしてくれないか」
 「結界を妻に張らせるのか? 妻はそこまでの力はないぞ」
 「……そうか」
 プラズマが落胆の声を上げた時、すぐ近くから少女の声が響いた。
 ヒメちゃんでもサヨでもなさそうだ。
 「け、結界なら張れます! アヤを守ることくらい、できるよ!」
 「おう? だ、誰だ」
 プラズマが慌て、逢夜が頭を抱えて声のした方を見る。
 「ルル、こっそりついてきて、盗み聞きとは悪い子だなあ……」
 「ルル!? この子が……」
 門をくぐっていないのはプラズマとアヤ、門を開いているサヨだけだ。三人は突然の登場に驚いた。
 ルルは短い紫の髪をした活発そうに見える少女だった。
 「逢夜! なんでウソつくの? 私、結界張れるよ!」
 ルルは逢夜の前まで来ると、半分怒りながら言うが、逢夜がルルに目を向けた途端にルルは口を閉ざした。
 「ルル、言いたかった事があるんだろ? 続きは?」
 「……」
 ルルは黙り込んだ。
 「黙んなよ。文句あんなら言え」
 「文句は……ないです」
 ルルが萎縮し、逢夜は慌てて雰囲気を変える。
 「あ、ああ、わ、わりぃ……すまねぇ。俺がお前を巻き込みたくなくて言った嘘なんだ。お前が怪我すんのもやだし、ワイズ軍が動くのも嫌なんだ」
 「……私、ワイズ軍だけど、私は逢夜のために来たんだよ。だから、疑わないで」
 ルルは少しせつなそうに目を伏せた。
 「う、疑うよりも怪我が心配でしょうがねぇ……。凍夜に狙われたらと思うと……。い、今もな、ひとり怪我したんだよ。俺にとってお前は一番大事な存在だ……だから……」
 ルルに対し、珍しく表情が情けなくなった逢夜にルルはさらに声を上げる。
 「逢夜! そんなこと言ってる場合じゃないんだって!」
 「どういう……」
 逢夜が困惑していると、サヨが横から口を開いた。
 「どうやらそうみたいだわ。弐の世界の個人の心がオオマガツヒと凍夜に乗っ取られて、想像力をなくしてる……」
 「なんだと!」
 逢夜が叫び、プラズマはアヤに寄り添う。
 「あたしの世界はまだ大丈夫。拠点にするなら、ルルが結界を張って少しでも厄が入らないようにするしかないね」
 「まずいな……そんなことをやり始めたか。弐の世界にある心を乗っ取り、壱を支配するつもりか」
 プラズマが頭を抱えた時、アヤの震えが酷くなった。
 「……アヤ、お前まさか……」
 「わからないっ! やめてっ!」
 アヤは突然泣き始めた。
 「弐の世界にある心をオオマガツヒに……」
 「嫌っ! 助けて……」
 プラズマはとりあえず、アヤを優しく抱きしめる。
 「大丈夫。俺達がいる。ルル、なんとかできないか?」
 「……アヤの心を弐の世界で見つけて、元凶のオオマガツヒを追い出すしかないよ」
 ルルは心配そうにアヤを見ていた。プラズマはすぐに答えを出す。
 「……更夜を探す前にこっちが先だ。アヤは……『壊れちゃいけない』神なんだよ。サヨ、俺はアヤを優先で助ける。とりあえず、アヤの心に連れていけ」
 「……わかった。千夜サンはどうする?」
 「俺をアヤの心に連れていくのが先だ。千夜は後回しにしろ」
 プラズマはいつもの雰囲気を消し、やや高圧的にサヨに言った。
 「……わかった。とりあえず、あたしの世界に」
 プラズマはアヤを抱き上げ、背中を優しく撫でながら門をくぐって行った。
 「……ルル、ついてきてくれ。さっきはごめんな」
 逢夜はルルに手を伸ばし、一回抱きしめると手を引いて門に向かい歩き出す。
 「……ひゅ~! ナイスカップゥ~」
 サヨはにやつきながら最後に門を閉めた。

三話

 全員がサヨの世界に入った。
 サヨが戻った時には、千夜がルナの人形遊びに付き合っていたところだった。ルナもスズと更夜が消えて、不安で無理に遊んでいるように見える。
 「ああ、帰ってきたか。ずいぶんかかったな」
 千夜がおだやかに言い、逢夜が説明をする。
 「はい、私の術を解いてもらっておりました。そのままお姉様の術も解きたいところなんですが、それどころではない状況になりまして……」
 逢夜は代表して先程のことを話した。
 「なるほど」
 「では、どうするのだ?」
 千夜は頷き、栄次はプラズマに視線を向ける。
 「ああ、アヤを先になんとかしないといけなくなった……が、まずはサヨの世界を守るため、ルルに結界を張ってもらう」
 プラズマがルルにお願いをし、ルルはサヨの世界に厄除け結界を張る。
 「ん~、しかし、西の剣王軍のワシと東のワイズ軍の留女厄神(るうめやくのかみ)ルルがいるとなると……ちと怖いのう」
 ヒメちゃんは困惑した顔を向けた。
 「うーん、思ったんだけどー、今から千夜サンの術解けるよ。あたしは世界を探して広げる、ヒメちゃんは記憶を固定する、おサムライさんと逢夜サンが千夜サンの世界に入るわけでしょ? あたし、千夜サンの世界には入れないけどー、さっきで慣れたから門開いたまま動けるよ」
 サヨがそんなことを言い、プラズマは即座にやることを決める。
 「わかった。それができるなら、俺をアヤの世界に連れていってくれ。千夜はここでルナを守っていてほしい」
 「わかった。それが最適ならば従う」
 千夜はルナと遊びながら答えた。
 「プラズマ、アヤの世界にいるのはオオマガツヒの一部だろう? なんとかなるのか?」
 栄次が尋ね、プラズマは珍しく真剣な顔で口を開いた。 
 「未来を見た。アヤに入りこもうとしているのはヒトの魂……負の感情に支配された望月家の子供のうちの誰かだ。そして……」
 プラズマは一度言葉を切り、続ける。
 「動揺すんなよ、取り乱すなよ。スズは望月凍夜から酷い暴行をうけたようだが、俺は今、それは切り捨てるつもりだ。時神が狂う方がマズイ」
 時神達はプラズマの冷たさに驚いたが、最初にプラズマが言った忠告により、押しとどまった。
 栄次はひとり、悲しそうに口を開く。
 「弐に入ってから過去も見えた。凍夜は負の感情集めにスズのトラウマを再現したようだ……。生前、更夜にやられたことをそのままやっている。スズは怪我をし、泣き叫んでいるのだ……。すぐに助けに行くべきでは……。見ていられない。かわいそうだ」
 栄次はスズの状態を把握し、プラズマを見る。しかし、プラズマは首を横に振った。
 「感情に流されるな、栄次。まずは千夜を解放し、戦力を増やす。サヨは千夜の心の世界を見つけてから、俺を連れてアヤの世界へ入る。今すぐ動いてくれ。時間がない」
 プラズマがそう言ったので、ヒメちゃんは歴史の検索を始め、サヨは千夜の心の世界を開く。
 「私はどうすれば良い?」
 千夜は冷静にサヨに目を向けた。
 「なんもしなくていいよ。そのままで」
 「わかった。よろしく頼む」
 千夜はサヨに確認をとると、逢夜と栄次に頭を下げた。 
 「プラズマ……」
 いつの間にかルナがプラズマの元に来ており、怪我をし寝かされているリカや、プラズマの側で震えているアヤを見つつ、不安そうにプラズマを仰いでいた。
 「ルナ、大丈夫だ。過去見と未来見を使って俺達が何をするのか、見ていってくれ。ルナは能力を使おうとしなければ過去も未来も見えないんだろ? 怖くなったら力を遮断するんだ」
 プラズマはルナの頭を優しく撫で、軽く抱きしめて落ち着かせた。
 「記憶を繋いだぞい」
 ヒメちゃんがそう言い、栄次が千夜の心の世界に向かい歩きだす。後ろから逢夜もついてくる。
 「逢夜、気をつけて」
 ルルが慌てて声をかけ、逢夜は「ああ」と短く答えた。
 「栄次さんもお気をつけて」
 逢夜により、いつの間にか布団に寝かされたリカは栄次に小さく言葉を発した。
 「すぐ戻る」
 栄次はリカを安心させるように言葉を選んで言った。
 「じゃ、開いたからあたしはプラズマくんと行くわ。で、アヤは平気なわけ?」
 サヨは栄次、逢夜が千夜の世界に入るのを見届け、アヤに目を向ける。
 「……わからないわ。ただ、震えが止まらないの。大きな不安に押し潰されそう」
 「ヤバそうだね」
 「大丈夫だよ。私がここでアヤの肉体を厄から守るから」
 ルルがアヤの背中を撫で、プラズマはサヨに目配せをした。
 「サヨ、行こう。本当に大丈夫なのか?」
 「大丈夫だよ。歴史を繋いでるのはヒメちゃんだし。ヒメちゃん、共有お願い」
 サヨはヒメちゃんに手を合わせる。
 「わかったのじゃ。映像共有するぞい。必要あったら指示を出すからの。遠くても大丈夫なはずじゃ」
 ヒメちゃんは当たり前に言ったが、共有が何かよくわからない。
 「共有ってなんかの能力か?」
 「いやあ、サヨに神力があるようでの、それを使った画面共有のことじゃ」
 「ネット回線みてぇだな……」
 プラズマが眉を寄せたが、サヨが急かしたため、口を閉ざした。
 「アヤ、今からあんたの心にサヨと入るから、俺達を拒否しないでくれよ」
 「ええ……受け入れるわ。ありがとう……」
 アヤを残し、サヨとプラズマは屋敷から出ていった。

四話

 プラズマとサヨはアヤの世界へと向かった。サヨがいなければプラズマは弐を自由に動けない。
 アヤの世界を見つけられるのも「K」であるサヨだけだ。
 「アヤの世界は?」
 宇宙空間を飛び回るサヨに勝手に引っ張られるプラズマは、どれがどの世界かわからず、とりあえずサヨに尋ねる。弐の世界は生き物分の心の世界がネガフィルムとなり螺旋のように連なっている世界。しかも、変動し、同じところに同じ世界がない。
 故に「K」以外は迷い、肉体に魂が戻れず、壱に帰れなくなる。
 プラズマはどの世界がどうなっているのかさっぱりわからない。
 サヨが頼りだ。
 「アヤの世界はここだね」
 しばらく宇宙空間を飛び回ったサヨは螺旋状に絡まるネガフィルムの一つで止まった。
 「なんか、禍々しいな……」
 アヤの世界は黒い砂漠に赤い空の不気味な世界だった。おそらく、元々はこうではなかったはずだ。オオマガツヒの影響か。
 「弐の世界の管理者権限システムにアクセス……『排除』」
 世界に入ろうとした刹那、横から声が聞こえた。サヨは咄嗟にプラズマをアヤの世界に叩き落とし、カエルのぬいぐるみ『ごぼう』を出現させると『排除』を向けさせた。
 「あっぶなっ! 誰? 『K』?」
 『排除』が当たったごほうは弐の世界から排除され、サヨは冷や汗をかきながら目の前に立つ少女を見据える。
 「私はメグ。ワダツミのメグ。
弐の世界が緊急事態だ。オオマガツヒを『黄泉』に帰さないといけない。あなた達は我々の邪魔だ」
 青い髪のツインテールの少女、ワダツミのメグはサヨを表情なく見つめながら言った。
 「ああ、なるほど……望月家の問題は関係ないと」
 「関係はない。我々に任せれば被害は最小限」
 メグの言葉にサヨは軽く笑った。
 「あっそ。じゃあ敵だわ。弐の世界管理者権限システムにアクセス『排除』!」
 サヨはメグを逆に弐の世界から排除しようとした。
 しかし……
 「『拒否』」
 メグはサヨの雷のような光を水流のような結界で受け流した。
 『排除』のプログラムを『拒否』に書き換えたのだ。
 「『排除』!」
 「『拒否』」
 「『排除』!」
 「『拒否』」
 何度やっても、『排除』が『拒否』に書き変わる。
 「ウソ……『排除』できない」
 サヨは困惑しながら、メグを追い出す方法を考える。
 メグは多数水流を発生させ、神力と「K」の力でサヨを弐から追放しようとしていた。オオマガツヒと戦う中で、平和のシステム「K」であるサヨを守るために、メグはサヨを『排除』しようとしているようだ。
 ただ、今は余計なお世話である。
 「あたしらが望月の無念を晴らす! だから、邪魔しないでよ」
 「関係ない。気絶してもらって、『排除』しよう。痛くないから素直に当たってほしい」
 睨み付けているサヨを見つつ、メグは水流のような神力をうねらせ、サヨに攻撃してきた。
 本神に攻撃の気持ちがないため、『K』として消滅はしない。
 「神はいいよね……。神力が武器になるんだから!」
 サヨはカエルぬいぐるみ『ごぼう二号』を出現させ、神力を弾きながら避ける。
 「……あなたにも神力があるようだが? 私の水を弾いてる……」
 「……っ。やっぱ、あたしもなんかあんのか」
 サヨは『排除』を使うため、隙を探す。メグは感情が表に出ない神で、冷静で落ち着いている。
 メグに『排除』を使うのはなかなか難しそうだ。
 サヨは攻撃的になったり、武器を使うと平和システム「K」に矛盾ができ、消滅してしまう。更夜はそれを心配し、刀を無断で使用したサヨを厳しく叱った。
 ……そうか。あたしも戦う気持ちじゃない方がいいんだ!
 つまり、「メグが危険になる」から『排除』で守る。この気持ちである。
 「ただ、並みの精神力だと怒りの感情が出ちゃう」 
 水流を避けながらサヨはメグをどうするか考えた。
 メグを『拒否』が使えないような状態にするのが大事だと気がつく。
 ……あの子に近づいて、口を塞ぐ!
 至近距離になるため、サヨが負ける可能性もあるが、迷っていられない。
 「ごぼうちゃん! 弾け!」
 サヨは目の前に迫る水流をごぼう二号で弾く。強行突破である。
 徐々に近づき、背後をとるのが目標だ。
 ……おじいちゃんが言ってた……。
 視界から外れるのがいいと。
 そこにいると思わせて、実はいない。
 「……ここだ!」
 水流が鞭のように目の前に迫る。メグ側からサヨが見えなくなった。
 サヨはごぼう二号で弾かず、身体を低くしながら脇にそれて、脇から来た龍のようにうねる水流の間をギリギリで避け、メグに近づく。
 「……あっぶねっ……」
 メグは一発目の水流で当たったと思っているらしい。
 一瞬の隙にサヨは横からメグに近づき、腕を取り、口を塞いで叫んだ。
 「『排除』!!」
 「……っ!?」
 メグは目を見開いたが、何もできずに弐の世界から消えていった。
 「ごめんね……」
 サヨは消え去ったメグに一言あやまっておいた。
 「あの子、本気じゃなかったよね」
 サヨは静かになった宇宙空間でぼんやりつぶやきながら、変動で消えたアヤの世界を探しに向かった。

五話

 三番目に連れてこられた少女は一番先に長女である千夜を産んだ。
 「女はいらない。だがまあ、誰も子をなしていないから、コイツを男にしておくか」
 少女は震えながら産まれたばかりの千夜を抱きしめ、静かに頭を下げた。
 「……お姉様の歴史に入るぞ、あんたは全部知ってんだよな」
 逢夜は目を伏せた。今までもだいぶんおかしい。人の形をした何かを見ているようだ。
 幼い千夜は凍夜に無理やり男にされる。四歳辺りから凍夜に虐待され始め、意味のわからない規則を押し付けられた。
 女言葉を使わない、女らしい振る舞いをしない、男の鍛練をさせる。
 約束が守れず、何度も血にまみれ、泣き叫ぶ千夜に母も震え、涙する。ただ、誰も助けには来ない。
 凍夜は千夜に人の急所を教え、躊躇いなく人を攻撃できる方法を教え、息子として、恐ろしい子供に育てていく。
 たどり着いた場所は逢夜を助けた時と同じ屋敷の外だ。
 女の子の……泣き声が聞こえる。
 「……あー、やだなあ……。お姉様は悲惨だったんだよ。こりゃあ、ムチ打ちだ」
 逢夜が吐き捨てるように言い、栄次は呼吸を整えた。
 「……行くぞ」
 栄次はすぐに屋敷に入り込んだ。
 「栄次、気を落とせ。気づかれる」
 逢夜に言われ、栄次は怒りの感情を身体から出していたことに気付き、気持ちを落ち着かせる。
 「姉のために、来てくれてありがとうな、栄次」
 「……お前はできた弟のようだな。俺にも姉がいたのだ。守れなかったが」
 「そうかい。やっぱ守りたい気持ちはあるのか。男だなあ」
 「それは関係ない」
 「……かな」
 静かに会話をしながら二人は廊下を歩き、問題の部屋に近づく。
 扉は開け放たれており、中が見えた。悲しい表情の幼い千夜は四つん這いにされ、よくわからないまま泣いている。
 「お前は息子だろ。なんでそんな女みたいな言葉をしゃべる? 理解ができんな」
 「うっ……! ううっ……」
 凍夜は恐ろしく陽気に話し、木の枝を千夜に振り下ろす。
 千夜の背中はむき出しにされており、鞭痕が痛々しく残っていた。
 望月凍夜は千夜を産んだ少女も同時に責め、髪を引っ張り、壁に打ち付け、蹴り飛ばす。
 「お前が女を産んだのも悪いぞ?」
 「もうしわけありません……」
 少女はよくわからないまま、泣いて謝罪する。少女は千夜を気にかけていた。守りたいのに守れない悔しさと悲しさを感じた。
 「……おかあさまっ! 痛いぃ……」
 「お父様にあやまりなさい! 頭をつけてあやまりなさい!」
 少女は必死に千夜に叫ぶ。
 閉塞な空間で、少女はおかしくなっていた。まだ十代の少女。
 主である凍夜に逆らうことなど、考えなかった。
 「ごめんなさい! お父様! 許してください!」
 千夜は震えながら凍夜に謝罪を繰り返す。異様な光景だった。
 「お前は男になるんだ。女言葉など使うな。お前が女だから跡取りがいないのだ。お前が悪い」
 「誰か、助けて……」
 千夜が小さく言葉を発し、栄次と逢夜は部屋に入った。
 「お前が……」
 凍夜が再び千夜を叩こうとしたので、栄次は怒りに震え、千夜に向けられた木の枝を間に入って受け止めた。
 「……お前、誰だ?」
 凍夜は興味深そうに口角を上げたまま、突然割り込んできた栄次を見据える。
 「誰でも良い。女が上に立てない時期は終わる。彼女は将来の望月家の主だ」
 怒りで武神の神力が渦巻き、栄次の瞳が赤く輝く。木の枝は栄次が握りしめ、折れた。
 「ずいぶん、力が強いようだな」
 凍夜は笑いながら折れた枝を捨てた。
 「お姉様、大丈夫ですか?」
 逢夜は千夜を抱えて凍夜から離れ、母である少女の近くに連れていった。千夜は姉と呼ばれ、ただ、震えていた。
 「お母様……」
 逢夜は若い母を心配そうに見つつ、声をかけた。
 「……逢夜、やっと来たのね。千夜の記憶が昔に戻ったの。あなたの時と同じで。また、術を解くのね、協力するわ」
 この少女は逢夜や千夜の心に住んでいる霊魂である。
 霊は持ち主の心に従い、染まる性質がある。栄次がスズを操っていた事件がこれにあたるが、ここでは省く。
 よくわかっていないのは幼少記憶の千夜だけだ。
 「……お姉さまって私、お姉さまじゃないです」
 「あなたは将来の尊敬するお姉様なのです。望月の主となり、あなたの優しい息子明夜が望月を存続させるのです。千夜お姉様、あなたは強い女性なのですよ」
 「……あの……女は主になれません故……男にならなければなりません。私が『女だからいけない』のです」
 千夜は幼いながら凍夜の思想を受け継いでしまっているようだ。
 「そんなことはないです。あなたは望月凍夜に勝てます」
 「そっ、そんなことはっ……」
 逢夜の言葉に千夜は怯える。
 凍夜が千夜に目を合わせていた。
 「ごっ、ごめんなさい! そんなこと、思っていません! この人が勝手に……」
 「そうだよなあ。なんか狂った思考の奴らが入り込んできたなあ。なんなんだ? お前らは」
 凍夜は怒りに震える栄次、千夜をかばう逢夜を見て、満面の笑みを向けた。笑うところではない。
 「お前を倒すため、千夜の手助けに来た者だ」
 栄次が凍夜を睨み付けながら言う。
 「ほう、俺を倒すか。おもしろいな」
 「全く笑えん」
 笑っている凍夜に栄次は冷たく言い放った。
 「さあ、どうする? 俺をどう倒す?」
 まだ年齢が若いこの時の凍夜はかなり攻撃性が高く、興味が尽きない。
 望月家を作る……そういう強い興味を感じた。
 千夜は凍夜に酷く怯えていた。
 まだ術にはかかっていない。
 栄次は千夜の傷に心を痛め、同時に凍夜に勝てるのかを考える。
 今の千夜が凍夜に勝つのは不可能に近い。千夜自体が怪我をしており、恐怖心で身体が動いていない。
 「あの……なぜ、私に関わってくるのですか?」
 千夜は逢夜と栄次にそう言った。
 「関わる理由は今は考えなくて良い。それから……女であることを謝罪する必要もない、後悔する必要もない。お前は今後、守るもの、守ってくれるものができる」
 「わかりません、ごめんなさい」
 千夜は困惑しながらあやまり、栄次は雰囲気を柔らかくし、答えた。
 「それはそうか。お前はまだ、四歳。わからなくても良い。ただ、今戦えば、父の攻撃から逃れられる」
 「戦ったら皆が怪我をしてしまいます。戦いはよくありません」
 千夜は元々、穏やかで優しい少女だったようだ。
 栄次は凍夜から目をそらさず、睨み付けながら、どう言えば良いか考える。
 千夜は優しすぎた。
 未来を切り開こうとする強さもない。千夜は社会的地位と男尊女卑により産まれた時から男に逆らおうとはしない。
 ……これだから当時の女の子は難しいのだ。
 服従の時代があったのは栄次も痛いほど知っている。ただ、望月凍夜はおかしい。
 女であることすらも否定している。
 「お姉様、考えを変えることは難しいでしょうが、今は我々を信じてください。辛かったでしょう、悲しかったでしょう……。あいつの息子ですが、私はあなたの気持ちがわかります」
 逢夜は千夜を優しく抱きしめ、涙を流した。
 「……わたしの……おとうと? ほんとうに?」
 「そうですよ。未来から来た、あなたの弟です」
 逢夜は千夜を優しく離し、小さな姉の頭を優しく撫でた。
 「千夜、私も戦います。私はね、以前、仲間と一緒に凍夜に勝っているのよ。だから、あなたも勝つの」
 横にいた千夜の母は背中を押すようにそう言った。
 「で、ですが、お母様……」
 千夜の震えが酷くなる。
 彼女は単純に、危害を加えたくはないようだ。
 「あー、もうめんどうだ。俺を倒したいなら、俺を殺せ」
 凍夜が刀を抜き、栄次を殺しにかかった。栄次は凍夜の刀を軽く避けていき、部屋を飛び回る。
 「ほう、かなりの腕だな。おもしろいっ!」
 凍夜の動きは逢夜の時より荒い。避けやすいが速い。
 栄次はどうするか迷った。
 とにかく千夜は戦わない。
 今も、栄次や凍夜が戦っているのを見て、震えている。
 少女が大人の男に立ち向かうのは怖いに違いない。
 その前に、彼女は女性らしい母性を持つ、争いを好まない性格。
 どうやって勝たせれば良いかわからない。
 「逢夜! どうする?」
 栄次は逢夜に声をかけた。
 「お姉様は戦えない。人を攻撃したくないのにさせるわけにはいかない。でも俺は、お姉様に立ち上がってほしい。時代が変わったことに……気づいてほしい」
 逢夜は千夜を離すと立ち上がった。
 「お姉様、父親に言いたいことが沢山あるはずだ。言葉は時に強い。力強く、言いたいことを父に向かって叫ぶのです」
 「そうしなさい。私はあなたを見守ります。あの人には伝わらないと思う。でも、ここはあなたの心。強い決意で叫べば術を解けるかもしれない」
 「怖いよ……。私、女の子だから……ダメなんだよ……」
 千夜は涙を浮かべ、必死に逢夜と母を見る。
 「女はダメじゃない! あなたはダメじゃない! あなたはこんな小さな世界にいてはいけないわ!」
 母である少女は涙を溢れさせ、叫んだ。
 「守りたかった。子供を守りたかった……。私の子は皆、あいつの血なんかひいてない! 優しくて、感情豊かで、強いっ! 私は守りたかった……。なんであの時……もっと早くに……子供を連れて逃げなかったのか……あいつを殺さなかったのか……私はずっと後悔してる。だけど、あなたは……そんな私を恨まず、望月家を立て直し、あなたに似た優しい息子の血筋が今も、強く生き残ってる!」
 「……わからないよ……」
 「大丈夫。皆あなたを守る。だから……あなたが思っていることを叫ぶのよ」
 「……」
 母の言葉に千夜は目を伏せ、悩んだ後、立ち上がった。
 目に涙を浮かべ、震える足を踏みしめ、目の前の凍夜を見据える。
 「おとうさまは……おかしい。私は、女の子がいい。女の子でいたい。女の子でいちゃいけない理由はない。……女の子であることをあやまる必要なんかない! 私はずっと嫌だった! おとうさまがおかしいんだ!」
 千夜は泣き叫んだ。
 千夜が叫んだ刹那、鎖がちぎれたかのような音が響いた。
 栄次と戦っていた凍夜が突然に消え、逢夜同様、白い世界に包まれる。
 「……なんと情けない勝ち方か」
 大人になった千夜が自嘲気味に笑った。
 「そんなことはないですよ。優しい……平和的解決です。あなたはもしかすると、元々『K』だったのかもしれません。サヨが……そうみたいなので」
 隣にいた逢夜は千夜に微笑んだ。
 「……だが、私は……人を殺している。恨まれてもいる。もう、きれいじゃない」
 「……だから我々望月家は消えられないんですよ。死んでも」
 千夜と逢夜の悲しい会話に栄次も目を伏せる。
 「千夜、逢夜。気持ちを下げてはいけません。私達は、心優しい望月家の子孫を助けなければならないのです。望月俊也の行方は凍夜の行方と共に探しています。だから、先に進みなさい。あとは更夜……そして末の妹、憐夜(れんや)はどこに……」
 母である少女はさ迷う魂のように子を探し、また静かに消えていった。
 「憐夜……」
 「……憐夜か」
 千夜と逢夜は小さくつぶやいた。二人の背中はどこか深い後悔を背負っているようだった。

六話

 幼い千夜は紐で吊り下げられ、木の枝で打たれ、凍夜に焼いた鉄を当てられ、悲鳴を上げる。泣き叫ぶ。
 誰も助けに来ない。
 誰も女であることを許してくれない。
 失神できず、ぼやける視界の先で凍夜が笑っていた。
 ……もう、嫌だ。
 必死で男にならなくては。
 ……体に消えない傷が残ってしまう。傷が残ったらどうしよう……。
 ……どうしよう。

 「千夜はあの後、術にかかった。悲しい選択をせざる得なかったのだ。傷は……まだ痛むか? 古傷は疼くものだ」
 栄次はほぼ初対面であるのだが、昔から知っているかのような会話を千夜にしていた。
 「私はあなたを深くは知らないのだが、過去神は怖いな。ご心配、感謝する。傷は残ったものもあるが、夫は気にせず、私を受け入れてくれた。私は……幸せだったよ。あの人は私を守ってくれる。今もそばに」
 「そうだな。俺は千夜の幼少から知っているからか、悲しくなっていた。俺はな、体に傷のあるなしではないと思う。ヒトは気持ちが第一だ。だが……ない方がもちろん、良いよな」
 栄次がせつなげに千夜を見た。
 「……まあ、その通りだな。あなたが落ち込む必要はない。ありがとう。あなたがそう言ってくれると、私の心も軽くなる」
 千夜はさりげなく、栄次の気持ちを持ち上げた。
 「すまない。初対面で言うことではなかった。偉そうに語り、申し訳ない」
 「そんなことはない。心は軽くなったのだ。だからありがたい。あなたは私の旦那様に似ている。そのお優しい気質を大事にこれからも我が子孫達を頼む」
 千夜は柔らかく微笑んだ。
 「わかり申した。あなたはできたお方だ。俺はあなたを尊敬している」
 「ありがとうございます。栄次殿」
 二人はなぜか堅苦しく挨拶を交わした。逢夜は静かに見守った後、口を挟んだ。
 「ここから、出られますか?」
 「ああ、今、サヨに連絡をとっているようだ。少々待て」
 「わかりました」
 千夜に言われ、逢夜はまた口を閉ざした。

 一方、プラズマは黒い砂漠に赤い空の世界に落とされていた。
 「サヨ! どうした!?」
 サヨに向かい叫ぶがサヨの姿は見えない。プラズマは勢いよく砂の山に落ちた。
 「げほ……砂が口に……。真っ黒な砂漠……なんて不気味な……」
 プラズマは何もない砂漠をとりあえず歩き始める。
 「サヨに何かあったのか」
 疑問を抱えながら歩くと突然、銀髪の少女が襲いかかってきた。
 「ぐっ! あっぶねっ!」
 銀髪の少女の小刀がプラズマの鼻寸前を通りすぎていった。
 「なんだ!? じゃない、誰だ?」
 「……」
 着物を着た銀髪の少女は何も話さない。
 少女は黒い砂を巻き上げ、それを神力としてまとめてプラズマに攻撃を始めた。
 「オイ! 戦う気はない!」
 プラズマが声をかけるが、少女は反応をしない。少女は戸惑うプラズマに針のような神力を飛ばす。プラズマは結界を張って防いだが、始めの方で何回かかすり、傷をつけられた。
 「……いてぇ……」
 プラズマが仕方なく霊的武器銃を取り出し構える。
 「悲しい霊だ。すごく悲しい気持ちを感じる」
 プラズマは銃を取り出したが、撃てずにいた。少女は無反応、無表情で操り人形のようにプラズマを襲う。針のような神力は次々とプラズマの体を突き刺していく。
 「……いっ、つぅ……」
 プラズマはそれほど結界が上手くないため、攻撃がすり抜けてくる。おそらく、オオマガツヒの遥か高い神力の一部だ。プラズマでもしっかりは防げない。
 「やっ、やるしかないのか。あの子は女の子なんだぞ……。だが、このままだと俺がやられる!」
 プラズマは攻撃的な神力に自分の神力をぶつけ、とりあえず相殺させていく。
 「……あんたが……誰か知らないが……」
 プラズマは息を吐くと光線銃を構えた。少女を射貫き、位置を予測する。
 「ごめんな」
 プラズマは目をそらしてから、目を瞑った。
 目を頼りにしなくても、どこに少女が来るかわかる。
 「俺は……暴力が嫌いなんだ」
 小さくつぶやき、プラズマは引き金を引いた。プラズマの神力が矢のように少女を貫通する。
 少女はプラズマを見て、初めて言葉を発した。
 「わた……し、華夜(はなや)……。助け……千夜お姉様に……あやまり……」
 切れ切れに言葉を発した少女は黒い霧に包まれて消えた。
 「……後悔の強い……魂。千夜にあやまりたかったのか。わかったよ。名前覚えたし、次、連れてくる。痛かっただろ、ごめんな……」
 プラズマはアヤの世界から消えた霊に向かい、どこにともなく返答をした。
 余韻が残る中、黒い砂漠が消えていき、赤い空もなくなっていった。彼女がアヤの世界に入り込んだ魂だったようだ。
 オオマガツヒは勢力を拡大していく……。

鬼神の更夜

 更夜は怒りの感情のまま、導かれるようにオオマガツヒを追う。
 負の感情を抱いている更夜はオオマガツヒの神力に呼ばれているだけだが、本神は気づいていない。
 赤い空に黒い砂漠の世界が増えた。更夜の感情も染まっていく。
 怒りだけではなく、悲しみ、後悔、むなしさなど怒りから分岐する感情も現れ始める。
 感情がよくわからなくなった頃、更夜は宇宙空間の中で異様な空間を見つけた。赤い空がより赤く、黒い砂漠がさらに黒い、恐ろしい世界。
 「……スズ……ここにいるのか?」
 更夜は導かれるように入り込み、オオマガツヒに飲み込まれた。黒い闇が更夜を覆う。
 オオマガツヒはただ、笑っていた。
 ……魄(はく)だ。魄だ……。
 地におちた霊だ。
 鬼神だ。鬼神だ。
 負に支配された厄神だ。

 声はしない。
 だが、そう言っているような気がした。
 更夜は赤い空に映える禍々しい天守閣を見上げた。黒い砂漠の上に傾いて建つ天守閣。
 「スズは……スズは……」
 更夜はスズを探していた。
 ここは時空が歪んでいる……更夜がそう思った刹那、魂年齢が急に若くなった。戦国時代、妻おはると一緒に暮らしていた時代あたりの年齢に突然に巻き戻る。
 「どうして……こんな気持ちに……」
 更夜は怒りと悲しみが混ざりあったような気持ちになった。
 「おはる……ハル! 死なないでくれ……いかないで……」
 更夜は無造作に投げ捨てられた血まみれのハルを抱え、唇を噛み締めていた。当時は必死で堪えた。しかし、今は涙が止まらない。年月が過ぎて、気持ちは薄れるどころか濃くなっていく。
 「おはる……娘を……静夜を育てられない……。どうしたらいい? 俺はどうしたらいい?」
 幻想の中、更夜はハルの墓に向かい叫んだ。
 「とられた……アイツにとられた! 娘が殺されてしまう……。どうしよう……どうしよう!」
 更夜はひとり、狂ったように泣き叫ぶ。当時の更夜の奥底にあった叫びなのか、更夜はひとりで戦う内、精神が知らない内に壊れていた。オオマガツヒはその「叫び」を吸い出す。
 「俺がスズを殺す? なぜだ。なぜ、殺さねばならない? 大切な娘と同じくらいの女の子だぞ。こんな酷なことがあるか! 嫌だ……っ! 殺したくない……。だがっ……娘が苦しんでいる……。殺したくないっ!」
 更夜は頭を抱え、耳を塞ぎ、震えた。たまらなく怖かった。
 隠していた今までの心が、鬼神におちてしまった自分の心が現れ、更夜自身の負の感情を増やしていく。
 「じゃあ俺はどうしたら良かったんだ! 静夜……泣かないでくれ……。俺が悪かった。静夜……俺を恨んでくれ……」
 更夜はその場に崩れ落ち、激しく泣き出した。
 「どうしたら良かったんだよ……。俺はヒトを沢山殺した……報いを受けろということなのか。償うにはまだ足らないということなのか……。俺だって殺してぇわけじゃなかった! ああ……ダメだ。怒りがおさまらない……。本当は一番……感情をコントロールできねぇんだ、俺は……」
 目の前に現れた、笑っている望月凍夜に青筋をたてる更夜。
 怒りは父親にいった。
 「子供は道具じゃない! 親が支配するのは間違いだ! 親は子を守るためにいる! 子は殺されるために産まれるんじゃない! お前みたいにっ! お前がやったみたいに! 殺されるために産まれるんじゃねぇんだよ!」
 更夜は怒りに満ちた後、表情の変わらない凍夜を見て、たまらなく悲しくなった。
 「本当にわからないのですか? 私の妻は子を守って、あなたに殺されたんですよ? ……子は奇跡と幸せを願い産まれる。親はそれに答え、全力で守るのです」
 泣きながら言う更夜だったが、凍夜の表情はにこやかな雰囲気だ。更夜はそれに対し、今度は怒りを感じた。
 「父には……なぜわからない? 俺の人生を返せ! 俺が大切にしていたものを返せ!」
 更夜は目の前に立つ凍夜に手をのばす。瞳が赤く輝き、鬼神の神力が現れたり、消えたりを繰り返した。
 「もう少しか」
 ふと、今まで話さなかった凍夜が口をひらいた。
 幻の凍夜と今の凍夜が重なる。
 「やあ、息子。お前は……更夜だったな」
 「……お父様……」
 更夜は凍夜に頭を下げた。
 本当は下げたくなかった。
 逆らってはいけないという縛りが、幼少からある更夜は素直に凍夜に敬意を払う。
 心は真逆なのだが。
 更夜は泣きながら頭を下げ続けた。
 「……お父様……スズを……スズを返していただけますか……」
 「ああ、いいぞ」
 更夜の、か細い声での要求に凍夜はあっけなく許した。
 「ほら」
 凍夜は黒いモヤからスズを乱暴に引き抜き、更夜の前に放った。
 スズは意識なく、黒い砂漠に落ちていく。更夜は慌ててスズを抱きとめた。黒い砂が生き物のように舞い上がり飛んでいく。
 「……っ」
 更夜はスズを見て震えた。
 スズは血を流し、片腕に力がなかった。
 「……スズ……骨が……ここまでする必要があったのですか?」
 更夜は意味のない質問を凍夜に投げてしまった。
 「いい感じの感情が集まった。腕を折ってみたんだ。お前も折ったんだろ? こいつの腕を。同じとこをやってみたぞ」
 凍夜は不気味に笑いながら更夜を見ていた。相変わらず、言葉が通じない。
 「俺はやりたかったわけじゃない……。七歳の女の子にやることじゃねぇだろ……」
 更夜はスズを抱きしめ泣き、スズの目にたまった涙を拭いた。
 「なぜ、こんなことができる? ああ……俺もやったんだ……この子に……。腕を折った。怒りに隠れて心では怯えていたスズに、泣き叫ぶスズに……わかっていながら、暴行をした。男を怖がっていた……毎日俺に会うたびに震えていた……知っていた……。全部……知っていたのに」
 スズは当時を思い出させる行為をされ、気を失うほどに心を傷つけられた。七歳だった少女には更夜にされたことがトラウマとして残っている。一緒に過ごして心を開いた今でもスズはどこか更夜に怯えている時があった。
 故に更夜はルナやサヨのような扱いはせず、一歩距離をおいて優しく接していた。
 しかし、今回はそれが原因だったようだ。スズは部外者であると感じてしまった。自分がなんなのかわからなくなってしまった。
 それで悲しくて泣いてしまった。
 「……ごめんな……」
 更夜はスズの頭を撫でながらあやまる。
 「泣き叫んで……痛くて震えていたんだな……。あの時、俺にあやまった理由はわかっている。お前の気持ち、俺はわかっている。止血して……」
 「どうだ? なかなか良い感情が現れたな。オオマガツヒが喜んでいる。そいつをお前の前で殺したら、もっと良い感情がとれそうだとマガツヒは言うが、持続して感情をとるためには殺したらいけないな。見ろ、鬼神神格が現れている」
 凍夜は楽しそうに、苦しむ更夜を眺めていた。
 「俺の心を逆撫でしてんのか? 感情を理解しようとしないのか? それとも、何にもわかってねぇのか?」
 更夜は体から沸き上がる怒り、悲しみに身を任せ、すべてを恨む鬼神へと姿を変えた。
 すぐ近くにいたスズも影響を受け、鬼神に従う負の魂へ落ちてしまった。

二話

 サヨは再び、アヤの世界を見つけた。
 「あれ? なんか思っていたのと違う? オオマガツヒが入り込んだんじゃないの?」
 サヨはテレビ画面のように二次元に映るアヤの世界を眺めながら首を傾げた。アヤの世界は小川が流れる花畑の世界に時計が沢山置いてある独特な世界だった。
 サヨはよくわからないまま、世界に入り込む。
 色鮮やかな花が咲く中を進むと、大の字で倒れているプラズマを見つけた。
 「えー……生きてる? 投げ捨てた時に変なとこ打った?」
 「サヨ! どこ行ってたんだ!? なんかあったのか?」
 プラズマが慌てて起き上がり、サヨの怪我の有無を確認する。
 「プラズマくん、あたし、大丈夫! プラズマくんこそなんかあった?」
 サヨはやや後退りをしながらプラズマを見上げ、プラズマは顔を元に戻して頭をかいた。
 「あー、アヤの世界に悲しい魂がいたんだよ。望月 華夜(はなや)さんっていう女の子。その女の子の魂を追い出したら、アヤの世界が元に戻ってさ、怪我してたはずの俺もなんか回復したんだよ」
 「オオマガツヒに取り込まれた魂……。望月華夜……おじいちゃんの異母兄弟かもしれない。きっと彼女も凍夜に酷いことをされて、すごく傷ついているはず。あたしだってさ、酷いことを言われてすごく傷ついたんだ。恨んじゃダメだってわかってんだけど……」
 サヨは拳を握りしめた。
 「……ああ、恨んだらダメだ。個人の復讐心じゃない。苦しい望月家を救う目的であんたは動かないといけない。サヨ、あんた、辛いだろ」
 プラズマに問われ、サヨは目を伏せる。
 「……まあね。生きた人間の魂……お兄ちゃんがさらわれた事と、オオマガツヒの精神破壊行動で、たぶん高天原も動いてくる。だから、あたしは望月を救う気持ち以外は持たないようにしてる。その他のことは、あんたがやってくれんでしょ? プラズマくん」
 サヨの鋭く美しい青い瞳を見ながらプラズマはため息をついた。
 「俺と交渉する気か。俺は時神を守る事を優先する。更夜とアヤとルナが巻き込まれているとなると、俺も動くことになりそうだ。あと、栄次……あの男が俺は一番心配なんだ」
 「……じゃあ、あたしが死んでも別にいいわけだ?」
 サヨの発言にプラズマは眉を上げた後、冷静に口を開く。
 「論点をずらすな」
 「……ずらしてないよ? 時神しか守らないんでしょ? ねぇ? あたし、時神じゃないし、千夜サンも逢夜サンも時神じゃないもんね!!」
 笑っていたサヨが余裕のない顔を突然浮かべ、プラズマを仰いだ。
 「……不安なんだな。怖いよな。オオマガツヒはそういう神だ」
 「……あんたには頼れない……そういうことなんだね」
 サヨは目に涙を浮かべ、拳をさらに握りしめた。
 「……泣くなよ。俺もできることをするから。俺はあんたが傷ついてほしくないし、泣いてほしくないし、苦しんでもほしくない。笑っていてほしいんだよ。皆……笑っていてほしい」
 「……プラズマくん、困らせてごめんね」
 サヨは涙を拭いてあやまった。
 「……サヨ、敵がでかすぎるんだ。オオマガツヒは……俺なんか足元にも及ばない。望月家だけでなんとかするのは不可能なんだよ。はっきり守ると言えないのは、俺も自信がないからだ」
 「……うん。だよね」
 サヨの涙を見て、プラズマはハンカチを差し出す。
 「やれることはやるさ。千年級の神になっちまったんだからな、俺。元はまだ十七。あんたと同じなんだよ。さっき、なんかあったんだろ? 隠さずに言えよ」
 プラズマに問われ、サヨは素直に言った。
 「海神のメグに襲われた。……レベルの高い神が動いていることを知ったから、怖くなっただけ」
 「なんだと! 怪我は!? 怪我したんじゃねぇか?」
 プラズマが慌てて尋ね、サヨは少し笑ってしまった。
 「してないよ。うまくまいた。……あたし、なに言ってたんだろうね? あんたがあたし達を助けないわけがない。あんたは、簡単に切り捨てられるヤツじゃない」
 「……あんまり男をからかうなよ。男は繊細なんだ」
 「プラズマくん、ありがとう。行こうか。アヤの世界は大丈夫そうだから」
 「……無理すんな。引き際も大事なんだ。サヨ……。あんただけが背負う必要もない。俺はな、あんたらを完全に守ってやるなんてデカい事は言えない。……あえて言わなかったが、俺はアレには勝てないんだ、間違いなくな」
 「……うん。そうだね」
 サヨは小さく言葉を漏らすと、プラズマを連れてアヤの世界から去っていった。
 
※※

 一方、高天原東、城の最上部でサングラスをかけた幼女、オモイカネ、ワイズが赤色に輝く月を見上げていた。
 「オイオイ、ずいぶん月がおかしいじゃねぇかYO。赤い月……血のような月だNA 」
 「オオマガツヒだ」
 円形の障子窓から月を眺めるワイズの後ろから、赤い鬼のお面をした橙の髪の青年が答えた。
 「オオマガツヒが出てきた。なぜだか知らねーが」
 鬼のお面の青年が冷静に答え、それを聞いたワイズはゆっくりと三角形のサングラスを外す。
 月のデータを読み取りながらワイズはつぶやいた。
 「ああ、そうかYO。またアイツか。アマノミナカヌシ、マナ……。あのクソ女郎が。また私に喧嘩を売るか、上等だYO」
 ワイズは座ったまま、鬼の面の青年にオオマガツヒの排除を命じた。

三話

 サヨとプラズマは気を取り直して、サヨの世界へと帰った。
 屋敷の中に入ると、アヤがリカの怪我を巻き戻していた。
 「アヤ……平気なのか?」
 部屋に入るなり、プラズマが心配の声をあげ、アヤは表情を曇らせる。
 「プラズマ、心配ありがとう。なんだか不思議な気分なの。怖い気持ちはなくなったのに、心が気持ち悪い」
 アヤは自分の感情がわからないまま、リカの怪我を巻き戻す。
 「……そうか。とりあえず、回復できるくらいまでは元に戻ったと?」
 「……わからない。深い悲しみは残るわ」
 「深い悲しみか」
 プラズマが先程の華夜を思い出した。
 「ヒメちゃん、おまたせ! 終わったんでしょ? 千夜サンの世界からふたりを出すね~」
 サヨがヒメちゃんに手を軽く合わせてから門を開く。
 「ああ、千夜に関しては術を切れたようじゃな。……のぅ、色々と、成功してるのかの? ワシは不安じゃよ」
 横で門を開くサヨにヒメちゃんは不安げな表情を浮かべた。
 「成功してるかはわからない。でも、失敗してはいないみたい」
 「高天原が動いておるぞ」
 ヒメちゃんの言葉にサヨは頷いた。
 「わかってる」
 サヨが小さくつぶやいた時、お茶を運んできた逢夜の妻、ルルが会話に入ってきた。
 「あのね、ルナちゃんがね、未来を予知したみたいなんだけど、高天原東のワイズ軍、天御柱神(あめのみはしらのかみ)が弐に入り込んでくるみたい。ね、ルナちゃん」
 ルルは後ろでお菓子をつまみながら入ってきたルナに確認するように尋ねた。
 「わかんない。鬼のお面の橙の髪の男!」
 ルナがそう言い、プラズマがため息をつく。
 「そうだな、天御柱だ。最悪だな。超ド級の厄神じゃねぇか……。イザナギ、イザナミ系の神だよ。神話の神だ。レベルが違う」
 「……たぶん、オオマガツヒを処理しにきたんだよ」
 ルルが慌てたように言葉を発し、サヨは目を泳がせた。
 「そんなヤバイのが来たら、勝てないじゃん!」
 焦るサヨが出した扉から栄次と逢夜が出てきた。
 「なんだ? どうした?」
 栄次がサヨの声に驚き、話を聞いていた千夜が軽く説明をした。
 「まず、私の術を解いてくれて改めてありがとう。それで、あなた達が私の世界にいる間にルナが未来見をし、神話級の厄神がワイズとやらの命令でこちらに来ているようだとの話だ」
 「プラズマ、プラズマの未来見はないのか?」
 栄次がつぶやき、プラズマが口を開いた。
 「弐の世界は未来見がうまくできないんだ」
 困惑しているプラズマの背中をサヨが軽く叩き、口を開いた。
 「弐の世界は不特定要素が強い世界だからねー。時間の感覚もバラバラだし~。あっちの世界とは元々の感覚が違う」
 「なるほどな。こちらの世界を生きるルナの方がこちら関係は強いわけか」
 プラズマが言い、サヨが頷く。
 「プラズマ、ルナはどうしたらいいの?」
 ルナが心配そうにクッキーを口に放りながら聞いてくる。プラズマは眉を寄せたまま、複雑な心境でルナの頭を撫でた。
 「ルナはルル達と一緒にいな。今回はリカもアヤも待機していろ。相手がでかすぎる」
 「プラズマ、無茶するんじゃないわよ」
 アヤに言われ、プラズマははにかんだ。
 「わかってるよ」
 「じゃ、ワシはもう帰るぞい。もう必要ないじゃろ?」
 一通りを見つつ、ヒメちゃんが言う。サヨがやることがないかどうかを確認した。
 「なさそうだね。ありがと! ヒメちゃん! めっちゃ助かった!」
 「ワシは西の様子を見てくるぞい。タケミカヅチから叱られるかもしれず、怖いのじゃが……」
 ヒメちゃんが困った顔で笑い、プラズマが言葉をかぶせる。
 「あんたは大丈夫さ。あんたの父親が守ってくれるはずだ。龍神でありながら、なぜか東のワイズにいるアイツがな。よく知らないが」
 「ま、そうじゃな。ヤマタノオロチの係累故、龍神……かどうかもまあ怪しいのじゃが、パァパが……ああ父上が守ってくれるわな」
 ヒメちゃんが軽く笑い、サヨが現世への扉を開く。
 「ありがと! ヒメちゃん。送ってあげられないけど、帰れるよね?」
 サヨに問われ、ヒメちゃんはにこやかに笑った。
 「うむ」
 「後で『Godin(SNS)』交換しよ!!」
 「おっけーじゃ! かわいいものを教えてくだされ! パァパ……あ、父上からまだ制限されておる身じゃが、夜九時前なら大丈夫じゃぞい!」
 「超かわいいんですけど! パァパ、厳しいんだ!」
 サヨとヒメちゃんが盛り上がる橫でプラズマがため息をついた。
 「とりあえず、また助けてもらうかもだから、待機はしていてくれよ」
 「おっけーじゃ!」
 ウィンクをしたヒメちゃんは扉を開いた。
 「協力感謝する」
 「助かったぜ。ありがとう」
 千夜と逢夜が同時にお礼を言い、ヒメちゃんはにこやかに去っていった。
 
※※

 同時刻……
 先程、更夜がいた凍夜の世界に傾いた天守閣があった。
 その天守閣内でひとりの少年が畳の一部屋を歩き回っていた。
 落ち着かない様子だ。
 「なんなんだろ、ここは……。なんで僕はここをうろうろしてるんだ?」
 黒い髪の少年はひたすらに同じ場所を動き回る。
 「外に出る方法もわからないし、サヨとかルナとか、お母さんもお父さんも心配するよね。どれくらいここをうろついてるかわからない」
 独り言を言いながら落ち着きなく、置いてある机の回りを回る。
 「なーに、やってんでぇ」
 ふと、荒々しい男の声が聞こえた。
 「ひっ! だ、誰?」
 「誰か? おめぇ、俊也だろ?」
 「は、はい!」
 突然障子扉が開き、銀髪の若い男が入ってきたので、黒髪の少年は驚いて返事をした。
 銀髪の青年は「ふぅん」と唸ると、普通に座布団を敷き、その上に座った。
 「ほれ、座れ」
 「ええっ?」
 少年は驚きつつも、向かいの座布団に座る。
 「あの……」
 「申し遅れました。あっしは望月家の望月明夜(めいや)でごぜぇます。そちらさんは?」
 先程、思い切り名前を言っていたが、銀髪の男、明夜は名を尋ねてきた。礼儀みたいなものだろうか?
 「ぼ、僕は望月 俊也(しゅんや)です。同じ苗字なんですね?」
 黒髪の少年、俊也は動揺しながら明夜を見る。
 「同じ苗字ってか、おまいさんの先祖だよ」
 「ん! せ、ご先祖様!? た、大変失礼いたしました!」
 俊也はとりあえず、頭を畳につけて謝罪した。頭をあげる時に机に頭をぶつけてしまい、悶える。
 「……あんたはドジっ子かい?」
 「よ、よく言われます……」
 頭を押さえつつ、はにかむ俊也。
 「なんで先祖が目の前にいるのかとかは疑問に思わんのな、おまいさん」
 明夜はどこか嬉しそうに俊也を見ていた。
 「そ、そういえばっ! なんでご先祖様が!」
 俊也が慌てて明夜に叫ぶ。
 「まあ、いい、いい。サヨちゃん、ルナちゃんの兄ならもっとしっかりしろぃ。で、これ、やんぞ、ほれ」
 明夜は机に将棋盤のような線がついている紙を敷き、将棋のコマのようなものを広げ始めた。
 「い、いつの間に? て、これは……」
 「軍人将棋だよ。ルールは今から教えてやらァ。とにかく、『不安』をなくし、『楽しんで』やれ」
 「は、はあ……」
 明夜が「楽しむ」ことになぜ、こだわるのか理解ができないまま、俊也は抜けた返事をした。
 俊也は生きた人間の魂。
 霊ですら壊される凍夜の世界に負の感情を持ち込んだら大変なことになると俊也は知らない。
 「余計なことを考えるなよ、俊也」
 『千夜の息子』、望月家を立て直した男、明夜は望月を守るため、守護霊として凍夜に染まらずに俊也の前に現れた。
 ……俊也を守り、隙を見て逃げる。だから、サヨちゃん。無理はしちゃあいけねぇよ……。

四話

 サヨはヒメちゃんが消えるのを見届けた後、千夜、逢夜に視線を移した。
 「ねぇ、これからどうする? 術が解けたんだよね?」
 「ああ、術を解いてもらった故、更夜を探し、凍夜と決着を付ける」
 千夜が立ち上がり、逢夜も立ち上がった。
 「……お姉様、行きましょう。高天原が動いています」
 「……そうだな。プラズマ殿、栄次殿、リカさん、アヤさん……ありがとう。望月家は戦いに向かう」
 千夜の強い瞳を見たプラズマは目を伏せた。千夜は望月家を守り、犠牲になるつもりだと直感で感じ取ったのだ。
 ……あの目を知ってる。
 傷ついても進む、覚悟の目だ。
 プラズマは特攻で死んだ仲間を沢山見てきている。だから、すぐにわかった。
 「あたしも千夜サン、逢夜さんと行くわ! じゃ~ね~」
 サヨが声とは逆に顔を引き締めて千夜の元へ歩きだす。
 「……サヨ、お前は希望だ。K……望月家に平和を」
 「うん」
 「ま、待て!」
 千夜、逢夜、サヨが廊下に出る寸前、プラズマが声を上げた。
 「どうした、プラズマ殿」
 「しっ……死に急ぐな。望月家長の魂よ、どうか……気持ちを穏やかに……死に急ぎませんよう……」
 プラズマは人間霊に語りかけるように言った。人間の霊魂は様々なモノを持っていることが多く、守護霊であったり、更夜のように鬼神になっていたりなど神格化している事もある。かの有名な菅原道真などもこれにあたる。
 人間の魂は怖いのである。
 「死に急ぎはしない。望月家の問題は家が解決する。私はそのためにも死ぬことはできない」
 「……わかった。俺も……行く。力になれるかはわからないが……」
 プラズマは望月家を後回しにすることがやはりできず、望月家を守るために動くことにした。
 「俺も、行く。プラズマの判断に従う」
 栄次も立ち上がり、アヤ達は動揺した。
 「わ、私も……」
 アヤやリカまで手を上げ始めたので、プラズマが深呼吸をして口を開く。
 「アヤ、リカ、ルナはルルと待機だ。リカは特に今回の件関係なく、高天原から狙われている。ルナは未来見をしながらどうなるのかをアヤやリカへ伝え、場合によっては逃げるんだ。ルル、すまない。ハッキリ言うと、高天原東のあんたはやや疑っている。だが、今までマガツヒが入り込まないように抑えてくれていたことは知っている。俺らがあんたを信用できるよう、これからも頼む」
 「えっ……う、うん」
 ルルはプラズマの言葉に動揺しつつ、頷いた。
 「本当は行きたくないんだ。だがな、神力が一番高いのは俺。更夜がマガツヒに影響を受けたとして、抑えられるのはたぶん、栄次しかいない。逢夜、悪いがあんたじゃ負ける。更夜はタケミカヅチを追い詰めた男だ」
 プラズマは霊的武器の確認をしつつ、逢夜に言う。
 「ああ、わかってるさ。お前、ルルのことを考えてくれたんだろ? 俺は隠してない」
 逢夜はルルを優しげな瞳で見つつ、プラズマに答えた。
 「……戦は……残されたひとが辛いんだ。血気盛んな望月家、覚えておけ。オオマガツヒはヒトを変える。望月凍夜はそんなのを取り込んでも変わらない。普通のヒトではないことを自覚してくれ。そして身体を大事にするんだ。霊は死ぬことはないはずだが、魂が負に染まるから余計に幸せになれない」
 「忠告感謝します。肝に命じる。では、向かう」
 千夜はその場から静かに消えていった。
 「お姉様は霊だから、弐を自由に動けるんだな……。俺は神だからなあ……。サヨ、連れてってくれ」
 逢夜が言い、サヨが頷く。
 「はいはーい。おサムライさんと、プラズマくんと、逢夜サンを連れて望月凍夜を探せばオッケーってことね?」
 「ああ、そういうことだ」
 逢夜がプラズマと栄次を仰ぐ。
 「……向かおうか」
 「気をつけて……」
 アヤが小さく言葉を発し、リカとルナは不安げにサヨ達の背を見つめていた。

五話

 サヨは栄次、プラズマ、逢夜を連れて望月凍夜を探す。
 宇宙空間を進んでいると、栄次が鋭い声を上げた。
 「止まれ!」
 「うわっ? な、何?」
 サヨが止まり、慌てて栄次を振り返るとプラズマがサヨを引っ張り、後ろに回した。
 「だ、だから……なに……」
 サヨは一番後ろに回され、前にいた栄次と逢夜の背中を見据える。二人とも刀を抜いていた。
 「更夜だ」
 「え……おじ……」
 サヨが言いかけた刹那、風圧がサヨを横切り、逢夜の腿あたりを切り裂いた。全く見えなかった。
 更夜の影すらわからない。
 「逢夜サン!」
 「騒ぐな! サヨ、更夜はやはり……おちた。この下にある世界に入った。俺と栄次を下に落とせ! 今すぐに!」
 逢夜が怒鳴り、サヨはなんだかわからないまま、データを遮断させ、ふたりを下に落とした。
 「K」のデータを相手に流すことにより、サヨの一部になり、サヨが動く方向に一緒に動く仕組みである。データを遮断すれば、壱の神は浮いてはいられない。
 真下にはネガフィルムが絡まる沢山の世界があった。
 「咄嗟に切っちゃったけど、壱のひとが、個人の世界に入るには知り合いか、誰でも入っていいって心が言ってる人じゃないと入れない!」
 「大丈夫だ。この下は更夜の世界だ」
 「先に行っていろ。更夜を助けてくる」
 落ちながら栄次と逢夜はそれぞれサヨに答えた。ふたりはやがて見えなくなり、静かな宇宙空間がネガフィルムの位置を動かし、変えた。
 「弐は変動する。しばらくここには戻ってこない……。おじいちゃん……」
 サヨが心配し、残っていたプラズマが口を開いた。
 「更夜はやはり、マガツヒにおちていた。栄次と逢夜が負けたら、あの男を抑えられるヤツはいない。俺達は無理だ。サヨ、更夜はな、恨みの度合いが強いから、いつも鬼神を隠している」
 「……おじいちゃんはずっと辛かったんだよ。あたしは知ってる。……おサムライさんと逢夜サンに任せて、進まなくちゃ……」
 サヨは更夜の変わりように驚き、悲しそうに目を伏せた。
 「サヨ、更夜は栄次がなんとかする。負の感情を持ち込むな」
 「わかってる! だから、進まなくちゃって言ったの!」
 サヨはまだ若い。突然に色々な事が重なり、落ち着いているように見えても、少しのことで動揺する。
 「サヨ、マガツヒの禍々しい気配を呼んでしまったようだ。そういえば、千夜はどこに?」
 「千夜サンは直に凍夜を探しに行ったんだろうなって思うけど……。ん? 今、この下にまわって来た世界、望月家のなんかを感じる」
 サヨはプラズマを連れ、世界が移動する前に気になる世界へ入り込んだ。サヨはどこか焦っている。戦いの渦中にいたことがないサヨは情報を早く集めたがっているのかもしれない。
 「お、オイ! 待てっ! そんないきなり入るな!」
 「……プラズマくんが入れてる」
 サヨは少し覗くだけのつもりだったが、プラズマが世界に入れていることに驚き、先へ進む。
 関連のある者しか個人の世界には入れない。誰が入っても良いとしている世界なのかもしれないが、望月家の気配がするため、サヨは放っておけなかった。
 「おじいちゃんがいる世界じゃない。誰の世界だ?」
 サヨは赤い空に黒い砂漠の世界に足をつけた。
 「……華夜さんの世界かもしれない」
 プラズマがつぶやき、サヨは首を傾げる。
 「わかるの?」
 「世界の空気が似てる気がする」
 「ふーん……」
 サヨとプラズマは黒い砂を慎重に踏みながら砂漠の山を登る。
 砂の山を降り、平坦な砂地へ来た時、華夜ではない声がし、ふたりは身体を固まらせた。
 「こっから先は俺の仕事なんだが」
 軽やかな男の声だ。
 「だ、誰っ!」
 サヨが辺りを見回すが姿が見えない。しかし、プラズマにはもう、誰なのかわかっていた。
 「でやがったな……。天御柱……」
 「バケモンみてぇに言うなよ、紅雷王。久しいなあ。……いや、親族……になるのか?」
 「なに言ってるのかわからないが、邪魔をしないでくれ」
 プラズマが冷や汗を流しながら答えた時、目の前で黒い竜巻が突然に巻き上がり、鬼の面をつけた青年が現れた。
 橙の長い髪、鋭い水色の瞳、青い着物に袴の青年。
 「……イザナギ、イザナミに関係する神。サヨ、東のワイズ軍になんとなくいる神だ。凍夜ごとマガツヒを消すつもりだよ」
 プラズマの説明でサヨは誰が正義なのかわからなくなってきた。
天御柱神はワイズの命令により、「壱の世界を守るために」マガツヒを黄泉へ返そうとしている。
 望月家とはぶつかる神だ。
 「そうか。敵になるのか。プラズマくん達は本来なら高天原に任せる予定だったわけで、彼とはぶつかる事はなかったんだね」
 サヨがつぶやき、複雑な表情をプラズマに向ける。
 「そういうことだ。元々歯向かうつもりはない神だ」
 「オイ、逆らうとか言ってるが、なんだ? 世界の危機だぜ、なあ。ヤツは弐にある個々の世界から関係する世界を渡り、壱にいる『個体』を中から支配、破壊して、負の感情を吸っている。世界が破壊される前にヤツを抑えないと大変なことになる」
 天御柱は諭すように言った。
 「それは俺達がやる。だから、手を出さずに見ていてくれないか?」
 プラズマは交渉に入るが、天御柱が許すわけはない。
 「お前らが抑える? 死ぬぞ。大人しくしてろよ」
 「……できない」
 「あー、そう。じゃあこっから先には行けないぜー」
 天御柱はプラズマとサヨの前に立ちはだかった。
 「ここから先に……華夜さんがいる……。先に進んで千夜を連れてこないと……」
 プラズマがつぶやき、サヨは天御柱の横をすり抜けようとした。
 しかし、サヨは天御柱に捕まってしまった。
 「はっ、離してよ!」
 「お嬢さん、『K』だろ? 触らぬ神に祟りなしだぞ」
 「離せってばっ!」
 強引に抜けようとするサヨの腕をとり、天御柱は砂の上で押さえつけた。
 「顔を横にしてろ。砂が口に入る。痛かったら言え」
 「うっ、動けないっ! 紳士的にどうも!」
 サヨはもがきながら、なんだか優しい天御柱に叫ぶ。
 「……女には優しくしねぇと、殺しちまうからな……。厄神や厄災の神は混乱や破壊を産む荒々しい男よりも、産み出し、平和を望む女を先に殺す習性がある」
 「さ、さすが厄災……」
 サヨがつぶやいた刹那、プラズマが霊的武器『銃』を使い、神力を込めた光線を発射させた。
天御柱が一瞬手を離したので、サヨはその間に脱出した。
 「……なんだよ、紅雷王? 俺とやる気なの?」 
 「どいてくれ。それだけだ」
 プラズマは天御柱に鋭く言った。
 「あー、そう。お前は俺の神力を防げねぇだろ!」
 天御柱が神力を刃にし、プラズマに飛ばした。プラズマは苦手な結界で防ごうとしたが、体を薄く切り刻まれてしまった。
 血が黒い砂に吸い込まれていく。
 「通してくれ」
 「じゃあ、俺を倒してみろ。てか、こんなことしてる場合じゃねーんだよ」
 天御柱はプラズマが放つ光線銃を弾きながら笑う。
 プラズマは未来を見、天御柱がどこに避けるか予想して撃っているため、天御柱は避けずにすべて弾いた。避ける必要すらないということだ。
 「サヨ……先に行け!」
 プラズマが叫び、サヨが走り出す。天御柱はサヨの手をとり、一周回すとプラズマの元へ押し、プラズマの神力の槍をすべて弾き飛ばした。
 「お前、すごいな。俺の動きとサヨの動きの未来を見ながら瞬時に俺を狙ったわけか」
 「どうでもいい! 通してくれ!」
 「だから、俺を倒せって言ってんだよ!」
 天御柱はプラズマに鋭い神力をぶつけ、プラズマを切り刻む。
 「がはっ……」
 プラズマは結界を張ったが、多数がすり抜けて体を切り刻まれた。
 「プラズマくん! くっ! 通せ! このやろう!」
 サヨが再び走り出し、天御柱にぶつかる勢いで通り抜けようとする。しかし、天御柱はサヨを受け止め、柔らかく押し返した。
 「口が悪い子だなァ。おしとやかじゃないぞ」
 「ちくしょう!」
 サヨは天御柱を睨み付けた後、あることを思い付く。
 ……この男は私を攻撃してこない。
 プラズマに再び神力を向ける天御柱の前に咄嗟に立った。
 「サヨっ!」
 プラズマが叫び、天御柱がサヨを横から引っ張った。神力の刃はサヨの体をすれすれで飛んでいき、プラズマを切り刻む。
 「いってぇ……」
 プラズマが呻き、天御柱が軽く笑う。
 「危なかったな、お嬢さん」
 「……それはあたしに利用されるよ?」
 「威勢がいいな。そりゃそうだ。だが、俺を利用するには力が足らねぇんじゃねーの? 紅雷王、仲間も守れねーのか? もうやめろよ。女の子、殺しちまう」
 「……サヨ……」
 プラズマは切り刻まれながら必死で結界を張る。
 攻撃をしかける隙すらない。
 攻撃特化な厄災の神に勝てるわけはなかった。
 天御柱はサヨをわざと攻撃しない。サヨがすぐに死んでしまうことがわかっているからだ。
 サヨは天御柱の反対の存在であり、平和システム「K」。
 天御柱はサヨを殺したくない。
 以前、リカがこちらに来た事件でプラズマが「女神を蹂躙する気質の男神はほとんどいない、世界が滅ぶからな」と言っていたのは本当である。
 ただ、厄災や戦神系の荒々しい神は「破壊」方面の力を持っているため、以前は産み出す力の強い女性を狙い殺していた。
 天御柱はそれを自制している。
 「……プラズマくん。なんとかして抜けるね……」
 サヨは眉を寄せ、天御柱の横をすり抜ける方法を考え始めた。
 
 
 

六話

 栄次と逢夜は赤い空に黒い砂漠の不気味な世界へ足をつけた。
 「更夜どこだ」
 栄次が声をかけるが、反応はない。栄次と逢夜は武器を構えながら殺気に満ちた世界を移動する。
 後ろで突然に黒い渦が巻き上がり、振り返ると、今度は前から黒い渦が巻き上がる。
 「更夜……」
 気がつくと視界に手裏剣が映った。栄次は慌てて避ける。
 「栄次、更夜が近くにいる。どこにいるかわかるか?」
 逢夜に問われ、栄次は軽く首を横に振った。
 「位置はわからない。あの男は忍だ。気配がない。逢夜、自分で自分の身を守れ。俺はまもってやれん」
 「あー、あんたに守られなくてもなんとかするぜ」
 栄次と逢夜が話しているすぐ下で刃が光った。
 栄次は鼻を切り落とそうとしてきた刃をわずかに下がりかわす。
 下に更夜がいたらしいが、今はもういない。
 「逢夜、少し離れていろ。俺がやる」
 栄次は集中力を高め、更夜の位置を的確に把握し始めた。
 「……頼んだ」
 逢夜は更夜と栄次が死闘した事を知っていた。再びぶつかることで、更夜と栄次の気持ちが安定するのではとも考える。
 栄次は逢夜をその場で待機させ、刀を構え、神力を増幅させた。武神の神力が溢れ、栄次の瞳が赤く光る。
 「……更夜」
 栄次は更夜を目でとらえた。
 更夜の瞳は憎悪で赤く光り、口元は自嘲気味に笑っている。
 「当時と同じだな、更夜……。自分の人生の……ぶつけるところがほしいのか。憎悪のはけ口がほしいのか」
 栄次は更夜の手裏剣をすべて弾き、忍術を容易に解いた。
 糸縛り、影縫い……栄次はかからない。
 更夜は神力を槍にして栄次に飛ばしてきた。急所ばかり狙ってくるのは更夜らしい。更夜はどんな武器も使いこなせる器用さがある。
 栄次の前にようやく姿を見せた更夜は神力を薙刀に変え、栄次を凪払ってきた。
 栄次は薙刀の間合いから外れ、遠くに着地する。
 「……いつの間に神力を使うのがこんなにうまくなったのだ……」
 栄次がつぶやきながら、後ろから斬りかかってきた更夜をかわす。
 「斬られたか……」
 栄次は更夜の刀の風圧で腕を薄く斬られた。
 更夜は栄次の頭上から鉄砲のように速い神力を多数放出させ、栄次を休ませない。
 「上か」
 栄次は危なげに飛んでくる神力を避け、更夜を探す。
 更夜はすぐ後ろから刀を突いてきた。栄次は体を捻り、かわす。
 「強い」
 栄次は飛び上がって更夜の手裏剣をすべて避けた。
 しかし、後から飛んできた神力の槍が額をかすり、血を流してしまった。少しだけ怯んだ栄次に更夜の手裏剣と、かまいたちのような斬撃が襲いかかる。
 血が流れる音がやたらと大きく聞こえた。
 「……っ!」
 気がつくとマキビシが辺りに落ちていた。栄次が一瞬怯んだ刹那、更夜が首を狙って刀を振るってきた。
 栄次はマキビシを踏まないように危なげに避ける。体勢が崩れた栄次に容赦なく更夜の刃が襲い、栄次は切り傷を負いながらわずかに下がり、致命傷をさけた。
 「……うぅ……」
 栄次はマキビシを軽く踏んでしまい、足を怪我してしまった。
 更夜は栄次に容赦はなく、さらに遠くから手裏剣を放ってきた。
「足を置く位置まで計算して手裏剣を……」
 栄次はその場で逆立ちをし、腕にかする寸前で手裏剣を流した。
 素早く戻り、飛んできた神力の槍を足を動かさずに避ける。
 「……俺との戦い方がよくわかっている……」
 再び頭上に飛んできた更夜を視界に入れ、上から雨のように降り注ぐ槍を、栄次は霊的武器『刀』ですべて叩き落とした。
 それから栄次は更夜方面へ飛び上がり、マキビシを飛び越え、黒い砂漠に足をつける。
 「更夜、反撃するぞ。いいな?」
 栄次は一言そう言うと飛んできた更夜に刀を振るった。
 栄次は高速で刀を動かし、更夜を的確にとらえるが、更夜は不気味に笑いながら当たる寸前で避けていく。しばらく風を切る音と銀色の光りのみが動き、ときおり血が舞った。
 「やはり、あたらない。かすったか?」
 栄次がつぶやいた刹那、栄次の頬すれすれに神力の槍が通りすぎる。頬を斬られ、血を拭いながら栄次は更夜をとらえ、刀を振るった。栄次の鋭い攻撃を簡単にはかわせない。更夜は最小限に済ませるように当たりながら避け始めた。更夜は痛みを遮断できるため、普通に当たりながら向かってくる。
 「……本当にためらいがないな」
 栄次は困惑しながら、ぶつかり合わない刃を振り続ける。
 「……」
 更夜は何も話さない。
 憎しみに支配され、ただ栄次に牙を向く。
 「更夜……戻ってこい」
 栄次が呼びかけても反応がない。急に地面が爆発した。
 「炮烙玉(ほうろくだま)か」
 栄次は慌てて下がった。爆風で黒い砂が巻き上がる。
 「お前は強すぎる」
 栄次は視界にまぎれて突き刺してきた更夜の刀をかわし、足払いをかわし、背中からの袈裟斬りを振り返って刀で受けとめた。
 甲高い金属音が響き、初めて刃が交わった。
 「お前は強い。俺はあの時、お前に負けていたかもしれない。俺が死んでお前が残っていたらどうなっていたのだろうか?」
 「自害だ……」
 栄次の問いに更夜は静かに答えた。
 「自害してたさ。ヒトの人生なんて『運命』だ。幸せな『運命』が良かった。この世に産まれた事……後悔以外ないんだ」
 更夜は狂ったように笑いながら涙を流す。
 「最低な人生だ! 最低な人生だ! アハハハ! 愉快だ、愉快だ!」
 更夜の力が強くなっていき、栄次は刀を離さないよう必死に競り合う。
 「俺なんて、何にも持っちゃいけなかったんだ! 殺人鬼。初めから鬼だったんじゃねぇか! あんだけ人を殺したんだ、まともな生活なんて、平凡な幸せなんて願うべきじゃなかった! なんて馬鹿者よ、俺は! アハハハ!」
 更夜は狂ったように笑いながら、さらに栄次に力をかける。
 助けてくれ……そう言っているようにも聞こえた。
 「それがお前の本心か」
 栄次はわざと力を抜くと刀が振り下ろされる前に前進、更夜に体ごとぶつかる。栄次は肩を斬られ、更夜には隙ができた。
 栄次は更夜を乱暴に倒し、砂漠に押さえつけた。
 更夜はそこから軽く抜ける忍術を使おうとしたが、栄次が涙を流していたのに気がつき、止まった。
 仰向けに押さえられている更夜の頬に栄次の涙がひとつ、ふたつと当たる。
 「もう抵抗するな……。お前の悲しみは……十分すぎるほどに知っている。共有している。実際に見ている。すべて……会話まですべて……知っているのだ。……お前と戦いたくない。俺も辛い。おはるや静夜のこと……スズ……守れなくて本当に申し訳なかった」
 「……お前があやまる必要はない。……離せ」
 栄次は更夜をそっと離した。
 更夜が刀を構えたため、栄次も構える。
 「……なあ、栄次」
 更夜が鬼神神格を纏わせながら栄次に口を開いた。
 「……なんだ」
 「本気でいってもいいか」
 「……ああ、来い」
 栄次の返答にどこか安堵した更夜は軽く微笑むとさらに神力を解放させ、栄次に向かい刃を振るった。
 栄次は間近まで動かず、集中を高め、息を吐き、正眼の構えから更夜を袈裟に斬った。
 更夜が血を吐きながら呻き倒れ、栄次も膝をついた。
 袈裟に斬られ、口から血をもらす。
 たが、お互いわずかにかわし、致命傷からは外れていた。
 「……更夜……」
 栄次は自身から漏れ出る血を眺めながら更夜を呼んだ。
 「もう過去にとらわれるな。俺とは違うのだ。お前は未来を歩けるはずだ。今いる皆を大切にしろ……。俺がお前の過去を大切に、忘れずに持っていてやる」
 更夜は泣いていた。
 どうしようもない気持ち。
 怒り、悲しみ、苦しみ、後悔、悔しさ、比較、憎悪……沢山の感情が更夜を「あの時」にとどめたままだった。
 そう、栄次と同じだった。
 「更夜……あの時、俺を救ってくれてありがとう」
 栄次はそのまま仰向けに倒れ、続ける。
 「お前の娘、静夜は……お前を尊敬していた。木暮になった静夜は娘を産み……お前の一文字をとり、『あや』と名付けたようだ。わかるか?」
 栄次の言葉に更夜は涙を拭い起き上がる。
 「……まさか」
 「お前の孫は時神現代神として、お前のすぐそばにいつもいたのだ、更夜」
 「アヤが……!?」
 更夜は驚き、目を見開いた後、目を伏せて涙を溢れさせる。
 この涙は先程の涙とは違う涙だった。
 「ああ……会いてぇな……。娘に……妻に……会いてぇな……。もう弐にもいねぇのかな……。幸せに生きたのかな……」
 「おはるはわからんが……静夜はあれから幸せに平和に過ごしたようだぞ。アヤの他、木暮の血筋は今もしっかり続いている」
 栄次にそう言われ、更夜は静かに嗚咽を漏らし始める。
 「……ありがとう、栄次。気持ちがあたたかくなるのを感じるが、苦しみはまだ、続くかもしれない」
 「そう簡単には捨てられない故、お前はこの世界に縛り付けられることになったのだ」
 二人は寄り添うわけでもなく、離れたまま、それぞれ泣いた。
 更夜と栄次を寂しそうに見つめていた影はゆっくり揺れてから、黒い砂と共に舞い上がっていった。 

七話

 黒い影が寂しげに揺れた。
 「……あの小娘」
 逢夜がそうつぶやき、逃げ行く影を掴まえる。
 「スズだな?」
 「……」
 スズは何も話さずに逢夜に襲いかかってきた。逢夜は忍び装束を着たスズの腕をとり、拘束する。
 スズは関節を外すと逢夜の手をすり抜けた。
 「関節外しか。忍なのは間違いないようだな」
 逢夜は更夜の前まで来るとスズがいることを伝えた。
 「お前に巻き込まれたスズも負の感情に支配され、自暴自棄だ」
 「スズ……」
 更夜が立とうとしたので、栄次が止めた。
 「俺がいく」
 「栄次……っ! 彼女は……」
 更夜が言いかけ、栄次が止まった。
 「わかっている。攻撃はしない」
 栄次がそう答えたがスズは止まらない。オオマガツヒを纏ったスズは折られた片腕を無理に動かされ、操り人形のように栄次に襲いかかる。不気味な笑い声をもらしたスズは黒い竜巻をいくつも出現させ、栄次を闇へと引きずり込もうとしていた。
 「フフフ……。アハハ! 嫉妬は醜い~、嫉妬は醜い~、バカみたい~、何も苦労も、こんな気持ちにもなったことないくせに、幸せなんて許せない~」
 スズは笑いながら鋭い刃の竜巻を栄次にぶつける。スズが憎しみを増やすことで、竜巻の切れ味は増していく。
 栄次は竜巻をかわしたが、この竜巻はどこまでも追ってくるようだ。
 栄次が迷っていると、逢夜が急に間に入ってきた。
 「厄除けの俺が相殺してみる」
 逢夜が竜巻を睨みながら神力を高める。すると、竜巻は逢夜を避けてから消滅した。
 「消滅。度合いが俺の神力より下で良かったぜ」
 逢夜が軽く笑い、スズは再び笑いだした。
 「アハハ! こんな気持ちになったことない『アイツ』が、幸せに生きたのが許せない! 不幸になれ! なんてあたしは醜いのか、アハハ!」
 スズは先程よりも鋭い斬撃の竜巻を多数出現させ、栄次と逢夜を襲い始める。
 言葉は凶器だ。
 スズの思いがこもってしまった竜巻は容赦なく人を切り刻む。
 「お前が言う『アイツ』とは、おはるか?」
 逢夜が尋ねるが、スズは答えない。
 「恨みたくないのに、恨んでしまう。人間にはある感情だ。お前もわかってるじゃねぇか。嫉妬は醜いって言っているしな」
 逢夜はさらに神力を上げ、竜巻を消滅させる。その時に、動揺している栄次も引っ張り、自分の側にいさせた。
 「『アイツ』はあたしの気持ちなんかわかるはずない! 『アイツ』は愛されて、幸せで、いつも気にかけてもらえてる! あたしは気を使われて、比較されて! 『アイツ』みたいな魅力が欲しかった。『アイツ』みたいになりたかった」
 「お前は『おはる』にはなれねぇよ? まあ、だから恥ずかしい嫉妬、してるんだろうがな」
 逢夜が鼻で笑い、スズの怒りが増えていく。栄次は慌てて逢夜を止めた。
 「逢夜……スズの気持ちを考えてやれ……」
 「事実だろうが」
 逢夜は栄次を見ずに吐き捨てた。
 「ううう……」
 スズは自嘲気味な笑いから一変、苦しそうに涙を流し始める。
 「何泣いてんだよ。泣いたところで事実しか残らねぇぞ」
 「わがっでる!!」
 スズは怒鳴りながら逢夜に殴りかかった。
 「いちいち言うな! 殺してやる……」
 「はあ~、てめぇみたいなガキが俺を殺せるわきゃあ、ねぇだろ? なめやがって」
 逢夜がスズを逆撫でする言葉しか発していないため、栄次はヒヤヒヤしていた。
 「お、おい……逢夜……」
 栄次が困惑しながら見ていると、逢夜がスズに合わせて動いているのがわかった。逢夜はスズの拳をかわしているが、反撃をしていない。
 「……そうだった。あの男は根が優しいのだ」
 栄次は二人の戦いを見守ることにした。
 「あたしの人生は、なにもかもうまくいかない人生だった……。お父様にも愛してもらえなくて、更夜はあたしと娘を天秤にかけて娘をとって、おはるさんには勝てないまま、距離をおかれて……。あたし、存在価値なかったんだ。邪魔者だよね。産まれた時から邪魔者だったんだ」
 スズは涙を流しながら、逢夜を殴りつけた。憎しみ、悲しみの感情が漂い、さらにスズを下に落とし続ける。
 「そうか?」
 逢夜はスズの拳を手で弾きながらスズにそう言った。
 「だって……っ!」
 「よく考えろ。凍夜がお前を利用したのは更夜の心を揺さぶるためだ。お前がどれだけ更夜にとっての大事な人かアイツはいち早く気がついたんだよ。だから、お前はひどい目にあった。お前はもう、望月家に入り込みすぎてる。大事な存在なんだよ」
 「……そんなわけ……」
 「そんなわけないか? お前な、更夜の気持ちを考えているか? お前をどんだけ大切にしていたかわからないのか? 望月ルナもそうだ。望月ルナの唯一の友達はお前だ」
 スズの攻撃が弱くなった。
 「ルナ……」
 スズは拳を握りしめ、下を向いた。
 ……スズー! あそぼ~!
 いつも、そばで一緒に遊んだルナ。
 当たり前の幸せをくれた友達だ。
 「お前は本当に『不幸』か? 本当に『邪魔者』か? お前は『仕方なく受け入れられた』わけじゃない。望月家はお前がいないとダメなんだよ」
 逢夜の言葉はスズに鋭く刺さっていく。
 「戻ってこい、スズ。『霧隠』を捨て、『望月』になれ。お前の人生は死んでからようやく始まったんだよ。更夜はお前を大事な存在だとすでに認めている。更夜は確かにおはるや静夜を愛しているが、お前も同等に愛してるんだ」
 「そんなわけ……。だって、あたしが同等なわけないよ」
 スズは唇を噛みしめ、大粒の涙をこぼし、言葉をしぼりだすように言った。
 「バカやろうが。お前、当時の更夜を人間がよくすがる神かなんかだと思ってんのか? 当時の更夜は二十歳あたりの人間だ。サヨと同じくらいの年なんだよ。どうしたらいいかわからなかったんだろうな、妻が殺された後、幼い娘が凍夜に虐待され、父である更夜を泣きながら呼んでたわけだよ。そんな時にお前に襲われたわけだ。お前を助けられなかった後悔で更夜は苦しんでいる。最適な道がわからなかったんだ。更夜は完全じゃない。道を間違うことの方が多い。敵であるお前を家族に迎え入れようとしていたんだぜ。妻が死んで動揺して、子供ひとりすら育てられないって泣き叫んでいたやつがよ、お前を家族にしようとしてたんだ。そんな不完全な弟をこれ以上いじめないでくれ」
 逢夜はスズに長々と語った。
 スズは何も言えなかった。
 当時の更夜は今のサヨと同じくらい若かったのだ。
 サヨは今、迷い、悩み、生きている。サヨは助けてくれる者が沢山いるが、当時の更夜はかなり追い詰められていた。
 手を差しのべてくれる者がいなかったのだ。
 そんな状態であるのに、若い人間の更夜は皆が助かる道を選べたのか。
 選べなかった。
 だから、スズを殺し、娘を嫁に出し、自暴自棄になり、死地を探したのだ。
 スズはここにきて更夜を初めて見た。
 更夜は戸惑いの顔でスズを見つめていた。
 「スズ……すまない! 俺がお前を厄に染めてしまった……。戻って来てくれ……頼む。お兄様、スズは私のせいで男が怖いのです。あまり攻撃的にならないでください」
 「攻撃的? どこが?」
 逢夜はおどけて見せた後、スズに向き直った。
 「……あたしのこの気持ち、どうしたらいいの? おはるさんを不幸にする考え方……最悪だってわかってる……。更夜を追い詰めてるってわかってる。醜い嫉妬だとわかってる」
 スズは目に涙を浮かべ、顔を赤くしてうつむく。
 「どうしようもできねぇよ。お前の心はお前のモンだ。感情に打ち勝つのは他人じゃない。他人が力になれることもあるが、基本は自分自身だ」
 「……うん。それもわかってる」
 スズは拳を握りしめた。
 わかっているけど、納得できない。この気持ちから救いだしてほしい。こんな考えを持っていた自分が怖い。
 自分の醜さに泣く。
 「やだっ! もうこんな気持ち! おはるさんを悪く言ってごめんなさい! 自分のことばっか。自分のことしか考えてない……。でも……もうあたし……」
 心が締め付けられそうだ。
 「逢夜……さん。あたしを下げずんで。罵倒して……殴って……」
 「ああ、いいぜ」
 スズの発言をあっけなく受け入れた逢夜に更夜と栄次が慌てた。
 「お兄様! お待ちください!」
 「うるせぇよ、更夜」
 「……なに考えてやがるんだ」
 更夜の怒りを流した逢夜はスズの胸ぐらを乱暴に掴んだ。
 「やめろっ!」
 更夜が殺気をまとわせ叫んだが、栄次は眉を寄せていた。
 逢夜はやる気がない。
 「スズ、殴れって言ったな? 罵倒しろって言ったな? やってやってもいいが、それだと気持ちは晴れない。お前、俺に胸ぐらを掴まれて、怯えてんじゃねぇか。なにビビってんだよ」
 「うう……ううう」
 スズの涙が鼻水が逢夜の手を濡らす。
 「あーあ。かわいい顔が台無しだ。他人は他人、自分は自分。それでいいじゃねぇか。幸運、不幸のバランスは皆一緒さ。おはるは最大の幸せを掴んだ刹那、最大の不幸を被った。あのひとは子供と旦那の前で辱しめられ、痛く辛い思いをした後、死んだ。他に子供がいないかの確認で腹を裂かれたそうだ。お前も確かに不幸だったな。だが、今、ゆっくりと幸せになってる。お前の幸不幸のバランスはそうだってことさ」
 「……ねぇ」
 逢夜の話にスズは震えながら尋ねる。
 「なんだ?」
 「なんでそんなに『知ってるの』?」
 「上司の『天御柱』が教えてくれたんだよ。あの男は厄のバランスを見ている神だからな。スズは……」
 逢夜は言葉を一旦切った後、再び口を開いた。
 「見ていたよ」
 「え……?」
 「……ふぅ。もう嘘を重ねるのをやめる。俺はな、あの時に更夜を監視してたんだ。凍夜にチクってたのは俺。俺はその後、死んだが……更夜が……」
 逢夜の瞳が暗くなる。
 「幸せになるのが嫌だったんだ」
 「……!」
 スズは逢夜の瞳を見て、逢夜がしてしまった事に気がついた。
 「今まで苦しんできた俺達が、忍である俺達が、一般的な幸せなんて得られない。更夜にわかってほしかった。いや……違うんだ。お前にはわかんだろ?」
 逢夜は掴んでいた手を離した。
 「……うん」
 「ただの嫉妬。俺はあの後死んだが、更夜のその後が気になってしょうがなかった。不幸になったのかを気にしている自分と、自分が壊しただろう幸せに胸が痛んだ」
 「もしかして、おはるさんに心を痛め、娘さんの不幸を悲しんだけど、更夜に思い知らせてやった……って気持ちだったの?」
 スズに問われ、逢夜はまっすぐ答えた。
 「そうだ」
 「ひどい! 最低! 更夜はあんたみたいな兄貴がいてかわいそう! あんたこそ、酷いめにあえばっ! 人として最低だよ!」
 スズは怒り、逢夜を睨み付ける。
 「これが罵倒だ」
 「あ……」
 スズは動揺した。
 「で? 次は? 俺を殴ってくれんの? 気持ち、変わるか?」
 「……変わらない」
 「そう、殴られてもイテェだけ。むなしいだけ。殴っても同じ。俺は更夜への申し訳なさ、自分も幸せになっちゃいけなかった人生に後悔を抱き、この世界に囚われていたんだ。こういう気持ちはな、簡単には消えないんだ。だから、弐も『消化』に困ってる」
 逢夜は悲しそうに笑いながら、続けた。
 「俺さ、お前を殴りたくないよ。きっと、歯止めがきかなくなっちまう。痛がって、もうやめてと泣くお前に、もっと泣けと拳を振り上げる俺が見える。お前を俺だと錯覚しちまう。苦しめって、殺すまで殴りそうだ」
 「……人の心が壊れると……被虐に加虐……か」
 「わかっただろ? こうやって負の感情は増えていく。だから、やめるんだ」
 逢夜はスズの肩に手を置いた。
 「自分の人生を楽しめ。更夜はお前を拒否していない。おはると同等かなんて関係ない。もっと近づけばいい。大切な人と、今過ごせていること、大切な仲間がいること、大事にしろよ」
 逢夜に言われ、スズは涙を溢れさせた。
 「ありがとう……」
 絞り出すようにスズはお礼を言った。
 「望月凍夜は怖ええか?」
 「え? ……うん。怖い」
 逢夜はスズの様子を見て、スズが『恐車の術』にかかっているのではと疑う。
 「……お前、ここから動くなよ。ここにいろ。いいな?」
 「え? 何?」
 スズが不安げに逢夜を見上げた刹那、黒い竜巻が再び舞い上がった。
 「マガツヒだ」
 「更夜!」
 栄次の叫びが聞こえる。
 黒い竜巻は呆然としていた更夜を回り、世界から連れ去って行った。
 「更夜!」
 栄次が追いかけようとするが、世界からの脱出はサヨしかできないため、動けなかった。
 「更夜は望月凍夜の術が解けておらず、スズは先程かかったようだ。更夜は凍夜から逃れられない。俺達みたいに助けないと」
 「そうか……」
 栄次はうなだれた。
 「スズは免れた。凍夜は更夜がほしいんだ。スズは更夜を従わせるコマにすぎなかった。だから、捨て置かれたんだ。つまり、助かったわけだ」
 「更夜……っ」
 スズが世界から出ようとしたので、逢夜はスズの手を引いた。
 「動くなと言っただろうが! お前が行ってもまた、マガツヒの餌食だ」
 「……更夜」
 スズは逢夜の腕をすり抜け、飛び上がり、更夜を追って行った。
 霊魂のスズは弐を自由に動ける。
 「あー! くそっ!」
 逢夜が頭を抱えた。
 「大元を叩かねばならぬのか」
 「その通りだ! あの小娘、次は死ぬぞ!」
 栄次に答えた逢夜は黒い砂を蹴り飛ばした。
 逢夜がいらつきをぶつけているすぐ後ろで、銀色の髪がふわりと揺れた。
 銀髪の少女がせつなげに、更夜がいなくなった赤い空を見上げ、逢夜と栄次に近づいた。

闇の中に光を

 「もし……」
 か細い女の声で栄次と逢夜は振り返る。殺気はないので、危険な人物ではなさそうだ。
 「ん? あなたは……」
 栄次が少女の姿を見て、表情を柔らかくした。
 「木暮静夜です」
 銀髪の少女は栄次と逢夜に丁寧にお辞儀をした。
 「やはり! お会いできるとは驚いた。……ああ、いや、馴れ馴れしく申し訳ない」
 栄次は初対面であることに気がつき、慌てて謝罪した。
 静夜は長い銀髪を揺らし、アヤに似た切れ長の目を緩ませて微笑む。
 「お顔を上げてくださいませ。過去神、栄次様」
 「……俺を知っているのか」
 「ええ。それと、厄除け神、逢夜様」
 「俺も知ってんのか、静夜」
 「もちろんですとも」
 静夜は戸惑う逢夜にも笑みを向け、優しい雰囲気のまま、栄次と逢夜より一歩下がって頭を下げる。
 「……静夜、そんな笑ってられる状況じゃねぇだろ、お前」
 「……申し訳ありません。逢夜様。不快な思いをさせてしまいましたか」
 「ああ、いや、ちげぇよ。お前が笑ってられない心境だろって話だ! 俺は言葉足らずですまねぇ」
 逢夜があやまり、静夜は逢夜をかばおうとした。
 「私の頭が悪い故、勘違いをさせてしまいました。お許しくださいませ」
 静夜は手をつき、謝罪を始めたため、逢夜は動揺した。
 「ま、待て! そんなこと、しなくていいっ!」
 「……俺達は人間あがりだ。対等に話してほしい」
 栄次が静夜の顔をあげさせ、困惑しながらつぶやいた。
 「……対等になど、難しいことを……」
 「そもそもなんで、俺らを知ってんだよ……」
 逢夜が気を取り直して尋ねる。
 「ええ……。今の『雇い主様』から聞いております。ああ、驚かないでくださいませ。私は『K』でございます故、弐に連れていってほしいと依頼をうけまして……」
 静夜の言葉に逢夜と栄次が目を見開いた。
 「『K』!?」
 「ええ……」
 「お、落ち着こう。だ、誰に雇われた?」
 逢夜はすぐに頭をきりかえて質問を投げる。
 「太陽神サキ様です。天御柱神様も共に」
 「なんだと!」
 逢夜が叫び、静夜は肩を震わせた。
 「あー……わりぃ。こんな反応してたらお姉様に怒られちまう……」
 「逢夜は荒々しく見えるが、根は優しい。安心すると良い」
 栄次が付け加え、静夜は安堵の表情を浮かべた。
 「私は平和を守る方面なため、マガツヒをなんとかしてくださるならと弐を渡る手助けをしています。逢夜様、栄次様もマガツヒを追っているのですか?」
 「ああ。お前、わかってんのか? オオマガツヒは望月凍夜だぞ」
 逢夜に凍夜の名前を出された静夜は表情を暗くし怯えるが、顔を元に戻して、答える。
 「はい。そのようですね」
 「復讐心はないのか」
 逢夜は静夜に凍夜への恨みがあるかを尋ねていた。
 「ないです。怖いだけです。あのひとは怖かった。笑いながら傷をつけてきて、他はなにも感じない。罰の終わりも見えず、何のために仕置かれているのかもわからず、謝罪を繰り返すも許してはもらえない。自分の失敗はまわりにも飛び、母が殺された理由も未だにわかりません。いえ、わかっておりますよ。私のせいであることはわかっております。しかしながら、納得はしてません。もう、良いのです。私は、凍夜様を恨んではおりませんから」
 「……そうかよ。『K』だもんな、復讐心なんて持っちゃいけねーわな」
 静夜の言葉に逢夜はため息混じりに頷いた。
 「……はい」
 静夜は逢夜の言葉に沈んだ声で答えた。
 「逢夜、彼女はお前達と同じ気持ちではあるが、ただ悲しみの方が強いのだ。微妙な感情だ。わかってやれ」
 栄次に言われ、逢夜は頭をかいた。
 「あー、だからあれか。高天原に早くマガツヒをどうにかしてもらおうとしたのか?」
 「その通りです。凍夜様を救うことにも繋がるかと」
 「あの男に散々ぶん殴られたくせに、救う? ……はあ、で? 俺達に協力はしてくれねぇのか? お前、『K』なんだろ?」
 逢夜の荒々しい雰囲気に静夜は怯えつつ答える。
 「あの、この世界から別の世界に行くなどのことならば、協力いたします」
 「そうか。ああ、怯えんな。俺はお前に何もしねぇから……」
 「……ええ。わかってはいるのです。体の勝手な反応です。ごめんなさい」
 静夜があやまり、逢夜は困惑した。
 「……お前は俺を怖がってるみてぇだが、俺はお前が怖いぜ。更夜がおはるの夫になり、お前の父になり……。それを凍夜に告げ口してたのは俺だ。俺はお前に恨まれんのが怖ええ」
 「ええ。最低だと思いますが、恨んではおりません。あなたもお辛かったでしょう」
 静夜は美しい青色の瞳をしっかりと逢夜に向けた。吸い込まれてしまいそうな深く澄んだ海のような色だった。きれいな魂、守護霊の風格を持つ魂。
 「……これが守護霊か」
 「私は木暮の守護霊です」
 逢夜に答えた静夜は頭を下げると、さらに言葉を発した。
 「それで……お困りですか?」
 「あ、ああ……」
 「静夜、あなたの父、望月更夜が凍夜にとらわれている。助けに向かいたい故、世界を渡ってくれぬか?」
 逢夜が言葉を詰まらせたので、栄次が代わりに発言する。
 「おとうさま……静夜は立派に成長しましたよ……」
 静夜は優しげに目を伏せ、小さく言葉を漏らした後、再びこちらを向いた。
 「凍夜様の場所に行きたいのですか? わかりました。案内いたします」
 静夜は逢夜と栄次をふわりと浮かせ、少しせつなげに赤い空を仰いだ。

二話

 「通してっ!」
 サヨは先に行かせてくれない天御柱神(あめのみはしらのかみ)をすり抜けようとするが失敗し、代わりにプラズマが切り刻まれる。
 「……刃物みたいだ……」
 プラズマがなんとか耐え、小さく呟いた。
 「で? 騒いでんけど、マガツヒがなんだって?」
 天御柱神は小さな竜巻を発生させ、プラズマを襲う。
 プラズマは神力で弾くが、やはり切り刻まれた。
 「俺の神力を防げもしねぇのに、アイツに勝つつもりなの? 節度をわきまえろよ、紅雷王。お前がこんなにバカだとは思わなかったぜ?」
 天御柱神は困惑気味に笑い、プラズマに威圧をかけた。
 プラズマは威圧を受け流し、神力を高める。
 「バカな事はわかってんだ。時間がない。通してくれ」
 「通せねぇよ。お前らが死ぬだろうが」
 「通してくれ!」
 プラズマが叫んだ刹那、アマテラスの神力が一瞬表に出た。
 「お前、本当はこんな程度の神力じゃねぇだろ。『引っ張られるのを抑えてる』のか?」
 天御柱神に意味深な事を言われたプラズマはわずかに目を見開いた。
 「……俺は知らない」
 「ああー、俺も同じだぜ? 昔の凶悪な神力を抑えてる。お前は……たぶん、俺を負けさせる力を持っている。すべての母の力はな、強いんだ」
 「……?」
 天御柱神の発言にプラズマは眉を上げる。
 「その力使うと、『お前がどうなるかわからない』んだろ? まあ、いいや。で? どうすんの? このままやんの?」
 「……」
 血が滴る音がやたらと大きく聞こえる。
 「プラズマくん……」
 体を震わせているプラズマにサヨが気がつき、慌てて駆け寄った。
 「サヨ……」
 「もう……いいよ。酷い怪我になっちゃう」
 サヨは争いが嫌いだ。
 彼女は誰も恨んではいけない『K』であるからだ。
 「プラズマくん! もういいよ……ねぇ!」
 サヨは咄嗟にプラズマの安全を確保しようと動いた。
 この戦いを諦めようとした。
 プラズマはなんとか体を起こし、叫ぶ。
 「いいわけないだろう。何のためにここまで来た!」
 「だってこのままじゃ、あたしが通り抜けを失敗するたびにプラズマくんが傷つくじゃん!」
 「俺の心配なんて今、してる場合じゃない!」
 サヨにプラズマは鋭く言ったが、すぐにサヨが持つ気質に気がつき、うなだれた。
 「あんたは平和を守る『K』だ。こんなこと、言うべきではなかった。ごめんな」
 「プラズマ……くん」
 サヨがどうすればいいか迷っていると、プラズマが小さく言葉を漏らし始めた。
 「……頭を下げるんだ、サヨ。頭を下げるんだ。俺は勝てない。頭を下げてお願いするんだ」
 プラズマの言葉に天御柱神の眉が上がる。
 プラズマは目に涙を浮かべ、情けなく泣きながら砂漠に頭をつけた。
 「お願いします。約束をしてしまったのです。どうか、死に急ぐ魂をお救いくださいませ。お願い申し上げます。どうか、先へ進む許可を……」
 プラズマは悔しかったのではない。千夜を待っている儚い魂、華夜を救ってあげられないことを悲しんでいるのだ。
 「時神の頂点に立つ男が泣きながら土下座か。お前のその慈悲深い心、アマテラスにそっくりだな。残念だが、今回は世界の危機だ。早く動かないと手遅れになる」
 「……そうか。なら、やはり力ずくで行くしかないんだな。お前は俺の力を削ぎたいんだろ? リカを殺そうと動くんだろうが」
 「ワイズについては俺は言わないぜ。東を罪に落とすような発言、よろしくないな」
 天御柱神は特に何の感情もなく答えた。
 「そうかよ。わかったよ。……サヨ、走って天御柱を抜けろ」
 プラズマはサヨにそう命じたが、サヨは戸惑った。
 「だってっ! 抜けられなかったじゃん! ……!」
 サヨが叫んだ刹那、プラズマの神力がはね上がる。髪が伸び、霊的着物に変わった。
 「……行け」 
 プラズマに言われ、サヨは唾を飲み込むと走り出した。
 「おい、待てっ……」
 サヨを無傷で追い返そうとした天御柱神の頬に神力の矢がかすった。燃えるように熱い神力の矢。
 「アマテラスの……」
 天御柱神はつぶやきつつ、さらにサヨを追う。しかし、サヨと天御柱神の間に神力の炎が燃え上がり、怯んだ天御柱神の後ろから神力の槍が多数襲った。
 「ちっ!」
 天御柱神が初めて苛立ちを見せ、プラズマを睨んだ。
 プラズマは静かな表情で的確に天御柱神を襲う。いままでにない集中力、命中率で、なぜか燃えるような炎の神力。
 サヨはなんだかわからないまま、天御柱神を抜け、とにかく走った。
 「アマテラスの神力、混ざってんぞ。なんだ、一度、神力を低下させたことがあるのか?」
 天御柱神はプラズマの頭に太陽の冠がノイズ混じりに現れたり消えたりするのを眺め、言う。
 「……」
 プラズマは何も答えず、片腕を持ち上げ、天御柱神の後ろに神力の槍を出現させた。アマテラスの力は安定しないのか、槍は元の神力に、消えかかりながらアマテラスの神力が乗っかっているみたいだった。
 天御柱神は未来見をしてくるプラズマの攻撃をうまく避けられず、苦手なアマテラスの神力に体を焼かれる。
 「あー、あっちぃ。真逆の神力。やっぱアマテラスの力は苦手だぜ。サキと同系統か」
 プラズマはさらに神力の鏡を出現させ、槍を鏡で弾き、天御柱神を動けなくさせた。
 「鏡か。さらにアマテラスだな。アマテラスの力にしちゃあ、好戦的だ。鏡で弾く槍の動きまで予想できるのか」
 天御柱神はさらに体を焼かれなから槍を避ける。プラズマは本気を出すと、ほとんど避けられない攻撃を出す。未来を予想した上で計算し、優れた命中率で敵を逃がさない。
 ただ、この神力は安定しない。
 「……」
 プラズマの頬に冷や汗が流れた。自分とは違う何かが中を這っているような感覚があった。
 ……やっぱり俺には別の神格がある。太陽神なのか?
 「いやあ、痛いねー。体が焼けてるぜ」
 「まだやんのか?」
 「……何言ってやがる。お前、もうギリギリだろ?」
 天御柱神がプラズマを眺め、鼻で笑う。
 「まだいける」
 「死ぬ気か?」
 「死ぬ気だったらどうする?」
 プラズマの言葉に天御柱神は苦笑いを向けた。
 「死ぬわけにはいかないんだろ? お前。俺を脅すつもりなのか? お前に死んでもらっちゃ困るんだ。俺が殺したとなったら大問題だよ」
 「だろうな。だから言ったんだよ」
 プラズマの日に燃える橙の瞳を見た天御柱神は頭をかいた。
 「お前、マジでやりそうだよな。そんな優しい脅し、怖いぜ」
 「……手を退けよ。天御柱神。この神力の出し方、覚えたぞ」
 「……さっきまで敬語で土下座してたヤツとは思えないな。なんだ、お前、演技か?」
 「演技じゃない。悲しい気持ちになっただけだ」
 プラズマが真偽不明のまま、そう言い、天御柱神はため息をついた。
 「まあ、じゃあ、『K』もいなくなっちまったし、時神は見逃してやる。ただ、時間が来たらマガツヒを黄泉に返すから、それまでに動くなら動け。お前の『正』の力を信じる。『正』の力を持った者は他にも動いているから、対立はやめろよ」
 天御柱神は軽く笑うと黒い砂漠に堂々とあぐらをかいて座った。
 「さっさと行け」
 「……ありがとうございます」
 プラズマは丁寧にお辞儀をすると天御柱神の横を走り、サヨを追った。
 「……ワイズ、紅雷王は消した記憶を思い出しそうだ。よろしくないぜ。戦うのは危険と判断し、手を退いた。伍の世界の統合時代を思い出すのはまずいだろ?」
 天御柱神はワイズに神力を飛ばすと、アマテラスの力が漂うプラズマの背を黙って見据えていた。

三話

 サヨは走った。
 砂漠に足をとられながら悲しき魂がいる方へ。
 プラズマが助けようとしていた華夜という少女の元へ。
 彼女もマガツヒにとらわれて苦しんでいるはずだ。
 しばらく赤い空、黒い砂漠を眺めながら進む。
 目の前に青白い炎が揺れ、黒い靄(もや)に包まれた銀髪の少女が現れた。華夜はプラズマの神力に貫かれたはずだが、無傷だった。
 サヨは感じた。
 この少女はもうほとんど何かしらのエネルギーに『分解』されていて、弐の世界から消える寸前だと。
 「少しの後悔が、ここに縛り付けているんだね。魂はきれいじゃないと分解されない。新しいものに作り替えられない」
 「……あな……あなたは」
 「望月サヨ。望月千夜の子孫だよ」
 千夜の名前を聞いた華夜は震え、涙を流し始めた。
 「しそん……」
 「そう。千夜サンが心残りなんだね」
 サヨがそうつぶやいた刹那、後ろで声がかかった。
 「……私を呼んだか?」
 足音すらしなかったが、サヨの後ろに千夜が立っていた。
 「えっ! いつの間に!」
 「呼ばれたから来たのだ。……お前は……死ぬ間際に見た顔だな」
 千夜は華夜とは一度しか会っていないようだ。
 「おねえ……さま」
 揺らいでいた華夜の言葉が突然にはっきりと聞こえた。
 黒い砂が巻き上がる。
 「お姉様、ごめんなさい!」
 「……?」
 「お姉様が敵国の家族を助けたから違反で毒矢を放ったわけじゃないんです!」
 華夜は当時にとらわれている。
 彼女には『分解』できていない部分しか残っていない。
 「お姉様が死んでしまう! 夢夜様! ごめんなさい!」
 「ど、どういう……」
 サヨには状況がわからなかった。千夜はサヨに軽く説明する。
 「華夜は異母兄弟で、私よりも後に産まれたようだ。会ったのは私が死ぬ間際の一度だけ。間違いなく凍夜にしつけられている。夢夜様は婿養子で私の旦那様だ。私は明夜を産んですぐに戦場へ。明夜を人質にとられ、戦に行くしかなくなった。夢夜様は凍夜を殺そうとした。だが、実力差で夢夜様が殺されてしまうと考えた私は、凍夜の要件を飲み、明夜を人質に渡し、戦場へ向かったのだ。私が死んでから夢夜様が凍夜と相討ちしたと知る」
 「千夜サンは……戦場で死んだんだ」
 サヨが悲しげに言い、千夜は目を伏せ、頷く。
 「そうだ」
 「あたいが毒矢を放ちました! あたいが……殺したァ!」
 華夜が叫びだし、千夜がなだめる。
 「華夜、もういい」
 「あたいはお姉様を殺しました……」
 「華夜、もういい」
 「あたいはお姉様を殺した……」
 「華夜……」
 「敵国の家族を助けたからじゃない……。あたいは耐えられなかっただけだ」
 華夜は涙ながらに千夜に頭を下げる。
 「あいつの暴力に十年耐えた。もう耐えられない……」
 『あいつ』とは凍夜のことだろう。
 「お姉様を殺せば旦那様の夢夜様がアイツを殺してくれると思ったの……。復讐心で殺してくれると思ったの!」
 華夜は千夜の前で泣きじゃくる。千夜は黙って見つめていた。
 「お姉様の家庭を壊したのはあたいだ! お母様がいなくなって明夜様はいつも泣いていた。あたいは最低だよ……」
 「……華夜……お前、まさか」
 千夜は華夜を優しく抱きしめた。
 「……自害する必要など、なかったのだ……」
 華夜は目から涙を溢れさせ、唇を震わせる。
 「……耐えられなかったんです。大人の男の人が声を上げて泣いている。幼い男の子が泣き止まない。お姉様の名前を呼んで叫んでいるんです。初めて震えました。暗い闇にとらわれた気分でした。二人から大切なものを奪ったのはあたい……あたいなんだ」
 「華夜。もう、いいんだ」
 「死にたいよ……」
 これは華夜が死ぬ直前の感情だろう。彼女にはもう、ほとんど中身がない。消化できない『思い』だけが『分解』できずに漂っている。彼女は十歳足らずの少女のまま。
 「……華夜……」
 千夜が声をかけようとした刹那、多数の望月達の魂が黒い霧に包まれ、現れた。
 「キャハハハ! お父様、愛して罰を与えて! いつものように痛め付けて!」
 「な、なに?」
 サヨが驚き、千夜が答える。
 「望月 猫夜(びょうや)。異母兄弟だ。弟である狼夜(ろうや)が猫夜をかばい、凍夜の仕置きを受けて四歳で死に、それから七歳の猫夜は罰を与えられることで狼夜に謝罪をしている」
 「……ひっ」
 サヨは思わず悲鳴を上げた。
 異常な精神の壊れ方だ。
 「お姉様を助けたい……。力がほしい……。お姉様……」
 舌ったらずな幼い男の子の声。
 「狼夜だ」
 「……」
 サヨは震えていた。
 マガツヒはどれだけ望月家の悲しみ、後悔、憎悪を吸ったのか。
 「男を産めない妻に罰を与えろ? なぜ……どうやればいい? 妻をほめたんだぞ、俺は! よく頑張ったなと……一緒に泣いたんだぞ……」
 迷い苦しむ男の声が聞こえる。
 「望月 雷夜(らいや)だ。女の子を産んだ妻に主らしく罰を与えてわからせてやれと凍夜に言われたんだ。この男は凍夜の言いなりにされていて、言い付け通りに泣きながら妻を暴行した。そして加減がわからず、妻を殺してしまったんだ。彼は娘を守りながら苦しんで死んだ一生だった」
 「……ひどい」
 「俺の兄弟は壊れちまった。妻と息子には……何もしないでくれ……お願いだ! 『更夜』!」
 先程とは違う男の声がする。
 「望月 竜夜(りゅうや)だ。雷夜、華夜の兄。望月の異常性に気づき、息子と妻を抜け忍にしたが、抜け忍は凍夜が許さない。……彼の息子と妻は……『更夜』に殺された。竜夜は自殺している」
 「おじいちゃんが……」
 「サヨ、すまない……。望月家は死んでからもこうだ。父のせいでな。更夜がまともに子育てをしていたことを私は誇りに思っている」
 千夜の言葉にサヨは何も言えなかった。ひとりの男が作り上げた望月は誰ひとり幸せになっていない壊れた家系になっていた。
 「殺したり、自殺した人がたくさんいる……。千夜サン……あたし、怖いよ……」
 「……ああ、怖いよな。この他の望月は皆、おそらく私の息子、明夜が変えたのだろう。あの子は望月を変えた。明夜の行く道を見届けられなかった者達がこうやってとらわれているのだな。……しかし、憐夜(れんや)がいない……。あの子には負の感情がなかったというのか……」
 「憐夜……?」
 サヨは眉を寄せたが、千夜はそれ以上は語らず、華夜に目を向ける。
 「お前の後悔はここで終わる。私はお前を恨んでないぞ。夢夜様も息子も、お前を悪くは言わない。……サヨが……私の子孫が今もちゃんと生き続け、私達の人生を怖いと言ったよ。怖いと思うなら、平和に生きているんだと思わないか? 華夜」
 「お姉様……ごめんなさい……」
 「大丈夫だ。華夜……。また、新しい魂になり、望月に戻ってこい。私は守護霊だ。お前を歓迎し、そして祝福されて産まれるだろう」
 「お姉様……ありがとう……」
 華夜は優しい顔で涙を流し、静かに目を閉じた。電子数字が華夜を分解していく。
 「さようなら。一度だけ会った異母姉妹(きょうだい)……。次は優しい生を歩め」
 千夜がつぶやき、華夜は安らかな顔で消えていった。
 「……華夜サン……」
 「彼女の負の感情のみが、凍夜に使われていた。彼らもそうだ」
 いまだ、苦しんでいる望月達の魂達。彼らも兄弟や家族に会って負の感情から気持ちが離れたはずだ。マガツヒが彼らをこの世界にとどめているのだろう。
 「……助けなきゃ」
 サヨは無意識に手からイツノオハバリを出現させていた。
 「サヨ、お前は武器を持ってはいけないだろう。それはどこで?」
 「ずいぶん前にそこらで拾った! 大丈夫だよ。これはワールドシステムや黄泉を開くために使う。ワダツミが『オオマガツヒを黄泉に返す』って言っていた。この剣はイザナミ、イザナギに関係あるんだ。黄泉にマガツヒを返せばいいなら、これで黄泉を開く! さっきね、天御柱神がいたんだよ。あの神もイザナミ、イザナギに関係してるじゃん。つまり、高天原も黄泉を開けるヤツを弐に入れてきてるわけだ」
 サヨは顔を引きしめ、辺りを見回した。苦しんでいる魂の声が絶えず聞こえる。
 「なるほど、サヨは賢いな」
 「大元にぶつかりにいこう。時間がないんだから」
 「ああ」
 千夜が頷いた時、遠くで黒い竜巻が発生し始めた。
 「なに!?」
 「……まさかの本人の登場だ」
 千夜の言葉にサヨは竜巻を睨み付けた。
 「望月凍夜……」

四話

 少し前、傾いた天守閣の一部屋。男二人が軍人将棋をやっていた。
 「あっしの勝ちだァね、また。望月 俊也(しゅんや)、しっかりしろや」
 「……」
 「なんだ? その顔は情けねーツラしやがって。色んなことを見て覚えやがれ」
 千夜の息子、明夜は目の前でうなだれている俊也に将棋ゴマを渡した。
 「もう一度だ。望月の男はナヨナヨ紙っぺらはいけねーヨォ」
 「……サヨ……ルナ……」
 俊也がコマを並べながらつぶやく。明夜は俊也の状態を見つつ、笑顔で答えた。
 「ま、心配しなさんな。俊也にサヨにルナ、かわいい子孫はしっかり守るさ」
 ヒコーキのコマをかざしつつ、俊也の頭を撫でる。
 それから二戦、三戦としたが、俊也が勝つことはなかった。
 まず、コマが覚えられなかった。戦略も向こうのが上で、ヒコーキで大事なコマをどんどん倒されてしまう。
 「楽しいけど、難しいなあ……」
 「楽しいだろ? 相手がどこにコマを配置するのか考えて組み合わせるんだ」
 明夜は楽しそうにコマを並べていた。なぜだかわからないが、明夜といると気分が明るくなる。
 「明夜さんはなんでここに?」
 俊也は余裕が少しでてきたので、明夜に質問をした。
 「お前さんを助けにきたよ。あっしも凍夜にとっちゃあ、跡取りだ。『国盗り』後の望月の主が欲しかったのさ。あっしは望月凍夜に従ったフリをして、ここに幽閉されてお前さんを助けにきたってわけよ」
 「望月……凍夜って……?」
 俊也はさらに質問を重ねた。
 「お前さんは知らなくていい」
 明夜がそう答えた時、障子扉が突然開いた。
 銀髪の不気味な笑みを浮かべている男が明夜の前に立つ。
 「明夜、俊也と何をしている? 俊也はお前よりも大事な跡取りだ。遊べとは言っていない。しつけろと言ったはずだ」
 「戦略の勉強をさせておりましたが……よろしくなかったでしょうか?」
 明夜の返答に凍夜は狂ったように笑うと明夜の腹を突然蹴り飛ばした。
 「お前の言葉は聞いてないんだ。何をしても良い。服従させろと言っている。できなかったら罰を与える仕組みだぞ? 明夜……お仕置きは何がいい?」
 凍夜の言葉に明夜は腹を押さえて立ち上がる。
 「申し訳ありません。凍夜様。お仕置きはそちらでお決めくださいませ」
 「……め、明夜さん……」
 俊也の気持ちが不安定になった。恐れが出ている。
 明夜は俊也を見、手をかざして何も話さないように伝えた。
 明夜の瞳には光が入り、強い決意を感じた。
 「では『水』にしよう」
 「ほんと、あれ食べようみたいに……。しかし、良かった。俊也の前で、ではなさそうだねぇ」
 明夜は凍夜に連れ去られてしまった。俊也はひとり残され、軍人将棋を眺める。
 「……水ってなんだ……? お仕置きは体罰のことだ。水って……まさか、拷問か!?」
 俊也に恐怖心が宿る。
 「……水責めだ……。水飲ませてお腹蹴るやつだ! なんで……」
 俊也は涙を浮かべる。
 「なんで、そんなことをされるんだ……?」
 俊也にはわからなかった。
 望月凍夜が誰なのかもわからず、凍夜に従ったフリをしていた明夜は拷問される。
 何が正しいのかわからなかった。
 軍人将棋を見る。何回も明夜に負けた。明夜は頭が良い。そして、落ち着かせる言葉を選ぶのがうまい。
 「あの人はやっぱり、すごい人だ……。助けにいくべきなんじゃ……」
 俊也がそうつぶやいた時、明夜が上半身裸のまま、弱々しく俊也がいる部屋に帰ってきた。
 ずぶ濡れで腹を押さえている。
 「大丈夫? 明夜さん……」
 「大丈夫だよ。しっかし、ほんと、容赦ねーなァ。イテテテ。えーと、着物と手拭い……ゲホゲホッ」
 「ひどいよ……。僕が悪かったの?」
 俊也は明夜の背中を撫でながら怯えた目をしていた。
 「……そうやって下のモンをそういう風に思わせて支配するやり方だろ。気にすんじゃねぇよ」
 明夜はタンスに入っていた手拭いで体を拭き、橙の着物に着替え直した。
 「あの人、怖かった……」
 「怖いだろ? しかたねーのよ、ああいう人なんでね。さ、行くか」
 「え?」
 戸惑う俊也に明夜はにこやかに笑って言う。
 「逃げるぜ。凍夜があっしの拷問を途中できりあげたのよ。だからまあ、こんくらいで済んだわけだ。で、凍夜は今はこの世界にいない。周りが動き出したんだ。今なら逃げられる」
 「逃げるって……もし、見つかったら……」
 「見つかんねーように逃げるのに、見つかることを考えてんじゃねぇ! 希望を持って生きろや」
 明夜は俊也の手を掴むと、堂々と部屋から出ていった。
 ……この人は怖くないのだろうか。
 気持ちが強いんだ……。
 僕なんかよりずっと……。
 僕は弱かったんだ。
 眠りから覚めなきゃいいのにって一瞬でも思ってしまった。
 僕はね、辛かったんだよ。
 取り残されていく自分が。
 勝てない自分が。
 志望大学は絶望的だと言われた時……あきらめちゃったんだ。
 それの後悔で……僕は。
 明日が来なければいいのに。
 って思った。
 「……」
 俊也は明夜に手を引かれ、せつなげにうつ向く。
 「顔をあげろや。進めや。後悔すんなら全部終わったあとにしろぃ。まだ終わってねぇよ? まあ、こういうのはな、終わらねぇのよ。人間は先を求め続ける生きモンだ。経験全部は無駄にならねぇさ。ぶつかりながらでも先には進めるんだ。ほれ、もっと早く走れ」
 明夜は廊下を駆ける。
 俊也も頑張って追い付く。
 「そうそう。走ってりゃあ、そのうち、追い付くもんだ」
 「……明夜さん……」
 「全部知ってんよ。悩んだんだろ? 辛かったな」
 「明夜さん、僕」
 「もう一度、ちゃんと目覚めな。親御さん、妹達が泣いてるぞ。お前さんは、まだ、こちらに来るには早すぎる。帰るんだ」
 階段を降り、天守閣の外に出た。俊也は知らずのうちに泣いていた。
 「僕が明日なんて来なければいいのにって……言ったから……」
 「ああ、マガツヒと凍夜にその感情を使われたんだよ。もう気にすんな。行こうか」
 明夜は俊也を連れて黒い砂漠を歩き出す。赤い不気味な空に、人が三人落ちて来るのが見えた。

五話

 静夜は栄次と逢夜を凍夜がいる世界へと運んだ。傾いた天守閣がある。赤い空、黒い砂漠の世界。禍々しさはあるものの、凍夜の気配を感じない。
 「……いねぇようだな」
 逢夜がつぶやき、栄次が頷く。
 「しかし、人の気配はする。危険性はなさそうだが」
 栄次が警戒していると、銀髪の青年と黒髪の少年が黒い砂漠から顔を出した。
 「あ~、お神さんだ。ありがたや~。厄除けさんと時神さん。変な組み合わせでございやすね~。ああ、失礼いたしやした」
 「め、明夜さん! こ、このひと達は?」
 軽く頭を下げた銀髪の男、明夜に俊也は顔色悪く、慌てて尋ねた。
 「いやあ、俊也。相手はヒトじゃねぇ。神だ」
 「……神……。あ、ちょっと待って……その横のお侍様、うちの隣に住んでませんか?」
 戸惑う俊也に栄次は「ああ」と軽く答えた。
 「お隣さんだな。サヨの兄か」
 「ええっ……えー、そうです!」
 「……早く目覚めた方が良い。向こうに帰れなくなる」
 「そうは言ってもどうすれば良いか、わからないんです」
 俊也は動揺しつつ、栄次に答えた。
 「……」
 栄次は急に黙り込んだ。
 「あ、あの……」
 「俊也、栄次は過去神だ。過去を見ている。状況は説明しなくていいぜ。この男が全部わかるからな」
 逢夜が横から俊也の不安を取り除き、栄次は瞬きをする。
 「ああ、なるほどな。千夜殿の息子……明夜殿。はじめまして。白金栄次と申します。凍夜から拷問を受けておりましたが、お体の方は……」
 栄次の発言に横にいた静夜が震える。
 「お嬢さん、怯えなくとも大丈夫ですよ。……あんたも大変だったんでしょう。……栄次様、心配ありがとうございます。何かがあったようでして、水飲み、腹蹴りが二回で終わりましたため、ちっと腹が痛いだけです」
 「……おかわいそうに」
 「それよりもお母様を知っているようでしたが……」
 明夜は栄次を優しげに見た。
 「ええ、千夜殿と先程まで共におりました。お優しい母君様でございますね。しかし、危ういです。彼女は自ら戦場へと向かわれました」
 栄次の言葉に明夜が目を伏せる。
 「そうでございますか。自分は戦う術を持ちません。戦う時代を生きていないのです。ですが、お母様は……。お母様をお助けくださいませ……」
 「……なるべく、援助いたします。お母様にお会いしたくはありませぬか?」
 栄次の問いに明夜は軽くはにかんだ。
 「あー、もう孫がいる年齢でこちら(弐)に来ましたからね。今さら母ちゃん母ちゃんもお恥ずかしい」
 「……お母様の愛情は変わりませぬ」
 「そうでございますねぇ。お母様が亡くなってからあっしはずっと泣いていたようでございますから。母の優しいお声を物心ついた時に聞いてみたかったのは確かです。母に褒められたかった、叱られたかった、泣きついてみたかった……。お父様が亡くなり、十歳のあっしはひとりで望月を立て直さなくちゃならなくなりました。どこかで孤独を感じていたんでしょうねぇ。ずいぶん時間が経ってから孫ができて死ぬ間際、お母様に抱っこしてもらいたくなったのを覚えています。会いてぇなあって。顔も覚えてないのに」
 明夜は優しい顔でそう言った。
 「千夜殿のところに行きましょう。明夜殿」
 栄次も優しい顔で答える。
 「……お恥ずかしいですが……お母様に会ってみたい……」
 「では、ここから早く出ましょう」
 栄次が促し、逢夜が荒々しく息を吐く。
 「ここに凍夜がいねぇんじゃ、意味ねぇしな。凍夜から探すぜ。お姉様も更夜もおそらく、凍夜と同じ場所にいる。俊也は自分の世界に帰れ。静夜がこちらにあるお前の世界に返してくれるはずだ」
 「……あ、はい。えーと、あなたは?」
 俊也は戦国時代の望月を知らない。
 「ああ、俺はあんたの先祖、明夜の母、千夜お姉様の弟、逢夜だ。そこの女子は俺の弟、更夜の娘の静夜だ」
 「は、はあ……。って、え? 全員親族!?」
 逢夜の言葉を聞き、俊也は突然驚きだした。
 「そうだよ、うるっせぇな! 耳元で叫ぶな! 忍は耳がいいんだよ!」
 怒る逢夜に俊也は少し目を輝かせる。
 「うわあ! ほんとに忍者なんですか!? 僕の先祖様は忍者だってお父さんが言ってて、学校で自慢してましたぁ! 皆からいいなー、カッコいいって褒められて嬉しかった」
 俊也が楽しそうに語るので、逢夜は眉を寄せたが、その後、軽く笑った。
 「そっか……。忍の価値観が変わったんだな。忍を、時代を、知らない世代か……。平和になったな。知らなくていいんだ。あの時代なんて」
 逢夜は乱暴に俊也の頭を撫でると、静夜と明夜を見た。
 「子孫は幸せに生きているようだ。無邪気な顔で笑ってる。この子に凍夜を教えちゃいけねぇ。静夜、まずは俊也を彼の心の世界に帰そう」
 「……はい」
 静夜は頭を下げて返事をし、明夜以外を浮かせた。
 「うわっ、うわわっ! 浮いてる!」
 「うるせぇ! 理由はめんどくさくて言わねぇ! なれろ!」
 戸惑う俊也に逢夜が鋭く言い、栄次が落ち着かせる。
 「逢夜、気が立っているのはわかるが、落ち着くのだ」
 「……すまねぇ……」
 逢夜があわててあやまり、静夜は進み始める。
 「あれ、明夜さんは……」
 「彼は霊だ。世界を渡れる。ええ……後からついてくる」
 「そうですか」
 栄次が悩みながら答え、俊也はとりあえず頷いた。

六話

 プラズマはサヨに追い付くために黒い砂漠の世界を走った。
 「……華夜さんはどうなった……? 気配が消えてるんだ」
 つぶやきつつ走っていると視界が突然に黒に染まった。
 「なんだっ!」
 黒い砂嵐が吹き荒れ、辺りに闇のように暗い竜巻が舞う。
 砂嵐と竜巻が去り、プラズマは警戒しながら前方をうかがった。
 目の前に不気味に笑っている銀髪の男がいた。
 「……まさか」
 プラズマが目を細めると、男は笑いながら興味深そうにプラズマを見る。
 「アマテラスの神力を纏わせたやつはお前か。マガツヒが嫌っているようだ。非常に興味がある。お前はこちらに染まるのか?」
 銀髪の男、凍夜はいきなりプラズマに襲いかかってきた。
 「くっ!」
 プラズマは苦手な結界を張るが、マガツヒの神力は丸々貫通してきた。プラズマの体を切り裂き、通りすぎていく。
 ……防いだはずだっ!
 マガツヒは俺とは真逆神力だ。
 俺の『アマテラスの力』がこいつより弱いから、俺はこいつの力を相殺できずに、負けてるんだ。
 プラズマはそこまで考えて眉を寄せた。
 「どういうことだ。俺は今、何を考えた? 『アマテラスの力』? 俺は皇族だったが、そんなもの……。前回もそうだ……。前の神力が出そうだと無意識に……」
 プラズマは冷や汗をかいて膝をつく。
 ……どうなってんだ……。
 オオマガツヒの神力が再び、プラズマを中から破壊する。
 「ぐぅ……なんだ……この力っ! 神力が逆流するっ!」
 凍夜がゆっくりこちらに歩いてきた。
 「せっかくだ。従わせよう。マガツヒ、問題ない。こいつは使える」
 真っ黒な神力がプラズマを突き刺していく。
 「がはっ……う、動けないっ! いてぇ! 身を切られる……」
 プラズマは内部に入り込むマガツヒを神力を高め追い出そうとするが、相手の方が力が強かった。
 「いっ……」
 プラズマは体を切り刻まれ、血を流す。マガツヒは呼吸すらも支配を始め、プラズマは涙を浮かべながら必死で息をする。
 ……や、やべぇっ!
 「……俺に従うか?」
 凍夜の言葉でプラズマは迷った。凍夜はおそらく容赦なくプラズマを殺す。従いたくはないが、自分が殺されるのはまずいと、プラズマは考えていた。
 一度従おうと口を開きかけた時、凛々しい女の声が響いた。
 「大丈夫かい?」
 太陽の王冠に赤い着物が見える。
 「あ、あんた……どっちだっけ?」
 プラズマはとりあえず、女に声をかけた。黒いウェーブの髪に、猫のような愛嬌のある瞳。
 「サキだよ」
 サキはプラズマの前に立ち、結界を張っている。先程の苦しさが嘘のようになくなり、傷もある程度塞がった。
 「……サキ」
 「あんた、もしや……」
 サキはプラズマを見て眉を寄せる。
 「アマテラスの神力があるのかい?」
 「……!」
 サキに言われ、プラズマは目を見開く。
 「まあ、いいよ。今はマガツヒを黄泉に帰さないとねぇ。あれ? みーくんはいないのかい?」
 「みーくん?」
 「天御柱神(あめのみはしらのかみ)だよ。鬼のお面みたいのかぶってる……」
 サキの言葉にプラズマは頭を抱えた。
 「ああー……あいつがいないと黄泉は開かないのか?」
 「んー、今回はねぇ、あたしの力とみーくんの力で黄泉を開く予定だったんだけどさ、まあ、他にもやり方はあるかもだねぇ。もう弐の世界の四分の一が砂漠の世界に変わってて、人間が悪夢を見始めてる。そのうち、精神が壊れていくさ」
 「……申し訳ない……」
 プラズマはサキの言葉を聞き、頭を下げてあやまった。
 「ん? なんであんたがあやまるんだい?」
 「……理由は言えないが……あやまる」
 プラズマは自分が状態をおかしくしたと知った上であやまったが、罪に問われるのを意識し、理由はあえて言わなかった。
 マガツヒは動きを止め、サキに侵入できないでいる。サキの太陽の力がマガツヒよりも上なのだろう。
 「さあ……どうしようかな……」
 サキがつぶやいた刹那、黒い靄から更夜が現れた。
 更夜は瞳孔が開き、目に涙を浮かべながらサキに襲いかかった。
 「なんだいっ!」
 「更夜!」
 更夜の刀を危なげに受け止めたサキは冷や汗をかきながら後ろに下がり始めた。
 「助けてくれ……」
 更夜がサキに泣きながらつぶやく。力が強い更夜はサキを斬ろうと力を込めていた。
 「助けてくれ……」
 「ち、力をゆるめておくれ……」
 サキは力負けをしていた。
 「更夜! やめろ! 相手は女神だ!」
 「助けてくれ!」
 更夜は叫び、さらに力をかけた。サキが刀を受け止めきれないと判断したプラズマは霊的武器『銃』を出し、更夜に向かって撃った。
 更夜はサキから離れたが、再びサキを攻撃する。
 「……更夜……その叫びは『今』の叫びか? それとも『昔』の記憶か? 意識はあるか? 更夜!」
 更夜はプラズマの言葉には反応せず、ただ泣きながら助けを求めている。
 「……サキを傷つけたらそれこそしゃれにならない……」
 プラズマは更夜を霊的武器『銃』で撃つ。足を狙うが、更夜が速すぎて当たらない。
 神力服従はオオマガツヒの力でかき消され、更夜を拘束できないでいた。
 「……更夜……気を確かに持て!」
 プラズマが声をかけ続けるが、更夜は止まらない。
 サキが神力を解放し、更夜を弾き始めた。更夜の体がサキの神力で焼かれる。更夜は本来、サキの眩しい力で傷つくことはない。
 これはマガツヒの暗い神力のせいなのだろうか。
 「でも、このままだと、あたしがヤバいっ! この男、強すぎるじゃないかい……! みーくん! なにやってんだいっ!」
 サキが焦った声を上げた刹那、男の腕がサキを優しく包んだ。
 「……!」
 「あー、ワリィ……。おまたせ。ああ、お前を守る契約はワイズとの約束だ。怪我はさせないさ」
 サキは天御柱神、みーくんに抱き止められていた。
 「み、みーくん! このシチュエーション、最高だよ! 最高に萌えるじゃないかい! 乙女ゲームみたいっ!」
 「お前、そんなこと言ってる場合か?」
 みーくんはあきれ、サキは興奮する。
 「みーくん! みーくん!」
 「うるせぇな……。神力を解放すんな! 俺が焼ける」
 みーくんは元々、厄神だ。
 太陽系の力には弱いが、今はサキに神力をあわせているため、相殺し、無事である。
 「みーくん、あの男、強いんだよ!」
 「ああ、望月更夜だろ?」
 みーくんが話している間に更夜がみーくんを斬りつけたが、みーくんは何事もなかったかのように剣を体から抜く。
 「俺は風だ。物理攻撃は通らない。って……」
 みーくんがそう言った時には更夜が神力を槍のように飛ばしてきていた。
 「神力は当たる!」
 みーくんは慌てて結界を張り、神力を防ぐ。
 「あっぶね! さすが剣王をヤッた男。神力が鋭いな」
 「みーくん、剣王は生きてるじゃないかい……」
 「サキ、そんなことはいい! あいつの剣を受け止めたんだろ? お前は女だ。平気か?」
 「あー、腕は痛いね。骨いってるのかな……。後でアヤに治してもらうから大丈夫さ」
 「ほんと、よく受け止めたな。戦おうとすんな! 神力で乗り切れ!」
 みーくんに叱られ、サキは口を尖らせる。
 「か弱い乙女に怒鳴らないでおくれよ。あ、そうだ、プラズマくん、マガツヒはあれかい?」
 サキはプラズマに目を向けつつ、目の前に立つ望月凍夜を指差した。
 「あ、ああ、そうだ。あんた、大丈夫か?」
 プラズマはサキの怪我を心配したが、サキは豪快に笑った。
 「アハハ! あんたのがヤバいよ、みた感じ。あー、あの男、望月更夜だっけ? すごく辛そうだねぇ。あっちの凍夜は笑ってるけどさ」
 「ああ……本当の意味で更夜を救ってやりたい」
 「……そんなこと、してる暇はもうないぜ。早く黄泉に帰さねぇとな。しかし、アイツが許してくんないのよ」
 みーくんは更夜の、攻撃の手数の多さに頭を抱えていた。
 「ほら、後ろにきた。って、ちっ! 神力が下からっ! うわっ! 爆弾だ!」
 みーくんは慌てて結界を張り、爆弾を回避する。視界が悪くなり、みーくんはさらに集中力を高めることになった。
 「みーくんは動けない。なら、あたしが先に準備を……」
 「待って!」
 サキがつぶやいた刹那、サヨの声が響いた。
 「サヨ!」
 プラズマがサヨを呼び、サキは首を傾げる。
 「……?」
 「あたしは凍夜と決着をつけにきた。望月家のすべてを背負って千夜サン、戦おう」
 サヨは隣に現れた千夜にそう言い、『イツノオハバリ』を手から出現させた。
 「サヨ、無理はするな。相手は強い。更夜もおかしくなっているようだ」
 「……おじいちゃん……。おじいちゃんも救うから」
 サヨの決意にプラズマが必死で声を上げる。
 「サヨ! あんたは戦っちゃダメだ!」
 「わかってるよ、プラズマくん。あたしの力でマガツヒを剥がしていくだけ」
 サヨは冷や汗を拭うと凍夜に向かい刃を向けた。
 「覚悟しろよ、望月凍夜。援護、お願い、千夜サン」
 「ああ」
 サヨと千夜は凍夜と戦闘に入った。
 一方、みーくんは更夜を大人しくさせる方法を考えていた。
 マガツヒの高い神力が更夜を包んでいるため、みーくんはうまく更夜を攻撃できない。
 みーくんが更夜に神力を向けようとした刹那、黒い少女が涙を流しながらみーくんを止めた。
 「更夜を傷つけないで……」
 「……っ!? 霊?」
 抱きつくようにみーくんを止めたのはスズだった。
 「ガキの霊……」
 「更夜を……傷つけないで……」
 苦しそうに泣く子供の霊にみーくんは困惑したまま、動きを止めた。
 「傷つけないようにするのは不可能だ」
 みーくんはスズを持ち上げ、更夜からの攻撃を避けた。
 「アイツはマガツヒに心を食われてる。助けが来なかった苦しみ部分だけ残った、地縛霊みたいなもんだ」
 「……お願い。あたしが彼を傷つけてしまった……。追い詰めてしまった……。優しいひとなの……」
 スズは切れ切れに言葉を発する。みーくんはスズを抱いたまま、更夜の攻撃を危なげに避けた。
 「ダメだ。お前から殺られるぞ。ああいう系統の神は未来を作る子供、子供を産み出す女から殺す。ふつうの男は理性があり、守護本能が高いが、破壊に動くと理性を失い、攻撃的になる。あの男は理性を失い、ひとの区別すらついていない」
 みーくんはスズを後ろにまわし、更夜の神力の槍を避けた。
 更夜はなぜか、スズを狙い始める。
 「ほら、お前、狙われてるぞ。人間の男がな、破壊方面に走ると世界が滅ぶんだ。世界征服を企む目の前のアイツ……凍夜のようにな」
 「更夜は……違う。すごく悲しそうに泣いてる……」
 「自暴自棄、なんだな」
 みーくんはスズを抱きしめ、更夜の鋭い神力に刺さり、スズを守った。
 「血が……」
 「人間の少女霊を傷つけられる方が事件だ。女は平和システム『K』になることもあるからな。まあ、男でもまれにいるのだが」
 「更夜……もうやめて……」
 スズは更夜に願う。
 しかし、更夜は戻ってこない。
 スズが泣き始める。
 「みーくん!」
 サキの悲鳴に似た叫びが響いた。更夜が刀を振りかぶっている。狙いはスズだ。
 みーくんは物理攻撃をすり抜けられるが、スズがいるため肉体をヒトに近づけ、わざと斬られた。
 「みーくん!」
 サキが手を伸ばしたが、何かに気がつき、手を戻した。
 黒い砂ぼこりが晴れると、茶色の総髪をなびかせた侍がみーくんの前に立ち、更夜の剣を刀で受け止めているのが見えた。
 「あんたは! 栄次!」
 「ここは引き受ける。スズを頼む」
 「いやあ、危なかった。あいつ、強いんだよ。物理的に」
 「知っている」
 栄次は更夜の刀をわざと力を抜いて下に振らせ、横向きに避けて競り合いを回避した。普通ならば腕を斬られているが、栄次は無傷で抜けた。
 「あの男も化け物か」
 みーくんはスズを抱えてサキと結界を張り、隠れた。
 「サキ、どうする?」
 「準備だけ、しとくかい?」
 「そうするか……」
 みーくんとサキはマガツヒを黄泉に帰すための準備を始めた。

黄泉へ返す1

 「あのお侍さん、どこに行ったの? 忍者さんも、明夜さんも……」
 サヨの兄、俊也は不思議そうに宇宙空間を飛んでいく。俊也の前にいた更夜の娘、静夜は俊也をちらりと見ると答えた。
 「お侍様と逢夜様は今、私が特定の世界へ送り届けました。明夜様は横にいらっしゃいますが、霊なため、この宇宙空間では見えません」
 静夜は宇宙空間を飛びながら小さくつぶやく。
 ……お父様……戻って来られますように。
 「今はあなたを壱へ」
 静夜は俊也を連れ、宇宙空間を飛ぶ。しばらく飛び、ネガフィルムが絡まる世界のひとつにたどり着いた。不思議そうな顔をしている俊也を連れ、静夜は世界に入る。
 「さあ、あなたの世界につきました」
 「……」
 静夜にそう言われ、俊也は首を傾げたまま辺りを見回した。
 俊也の世界は家族がいる世界だった。現実世界に近いが、家族以外いない、不思議な世界。サヨや双子のかたわれのルナ、父深夜や、母のユリが俊也を迎えていた。
 「家族がいる世界なんですね」
 「……うん」
 俊也がうなずいて笑い、静夜は微笑んで俊也を見送った。
 「俊也!」
 ふと横から今まで見えなかった千夜の息子明夜が現れ、俊也を呼んだ。
 「明夜さん! ほんとに見えるようになった……」
 「家族は大切に。頼って生きろ。な?」
 「……ありがとうございます……。明夜さん……いえ、ご先祖様」
 「ああ、頑張れよ。あっしはお前さんの中にいる。お前さんを形作る中にあっしの子孫達がいる。だから、大丈夫だァ。皆いる。実はひとりじゃねぇんだ。目覚める頃には忘れてるだろうが、二度と弐をさ迷うな。肉体を置いてこっちに来るには早すぎるさ」
 「……はい」
 俊也は頭を下げると自分が作り上げた世界で家族と楽しそうに話し始めた。
 「ほら、もうあっしのこと、忘れてらァ。こんなもんだ。夢として処理されんだろうな」
 「明夜様、あの……栄次様、逢夜(おうや)様の元へ行く前にこことは違う場所で『厄を抑えている太陽神』を迎えに行ってもよろしいですか?」
 静夜に恐る恐る尋ねられ、明夜は軽く笑った。
 「いちいちあっしに怯えなくていいんだ。お前さん、相当刷り込まれてるな? 旦那にもそうだったのかィ? 優しくしてもらえなかったかい?」
 「え……いえ……私の旦那様はお優しい方でございました」
 「そうかい。望月に関わったから思い出しただけだね? あっしはお前さんについていくから、安心しなせぇ」
 明夜が軽く笑い、静夜は安心した顔で明夜を見る。
 「ありがとうございます。では、向かいますね」
 「ついていくよ」
 楽しそうな俊也を横目に見つつ、静夜と明夜は俊也の世界から離れた。 
 静夜は黒い砂漠に赤い空の、厄に犯された世界に再び足をつけた。凍夜の支配がだいぶん進んでおり、こういった世界が多くなっていた。こうなった世界の持ち主は精神を病んでしまっている。
 早く元の世界に戻さないと人間は自死を選ぶかもしれない。
 「ここはまた……酷い世界で」
 明夜は辺りを見回し、ため息をついた。
 「はい、ここは私のお父様の世界です」
 「なんと!」
 「こちらには……」
 静夜が言いかけた時、女性の声が聞こえた。
 「静(せい)ちゃん……来てくれてありがとう」
 「お母様、お父様の世界が……」
 静夜が言い、明夜は驚いた。
 「お母様? お前さんの母ちゃんかい?」
 「はい」
 「なんと……!」
 驚く明夜に、静夜の母は少女姿のまま、軽く微笑んだ。
 「ええ、私は望月更夜の妻、ハルです」
 紅色の着物を着た、「太陽の王冠」をかぶった女性は明夜に挨拶をした。
 「あ、ああ、おはるさんでしたか。お初ですかね?」
 「ええ……あなたは?」
 ハルが尋ね、明夜は軽く頭を下げ、名乗る。
 「はい、あっしは望月千夜、夢夜の息子、明夜です」
 「望月家……。……今、見てわかるとおり更夜様の世界は厄に犯されました。私の太陽神の力では、やはり守れませんでした」
 「……おはるさん、太陽神様になられたのですか?」
 明夜が驚き、ハルは頷いた。
 「ええ、サキ様付きの太陽神でございます。……太陽の元を歩いてほしいと私のお墓の前で更夜様が願ったため、私は太陽神になりました。優しい光に包まれ、今は幸せです」
 「そうでございましたか! ……大変でしたねぇ……」
 「ええ、しばらくは更夜様の世界……ここにいたのですが、太陽神になってからは弐の世界にいられなくなり、霊的太陽にいましたので、亡くなってからはわりと平和でした」
 ハルの柔らかい表情に明夜も自然と微笑む。
 「これから、旦那さん、助けに行きますかい? 娘さんの静夜さんは壱(現世)の世界にいる神様も運べるようで」
 「ええ、存じ上げております。私をここに連れてきたのは静ちゃんなんです。太陽の主、サキ様とご友神、天御柱様(みーくん)と共に」
 「……そうでございましたか」
 明夜の返答に静夜は頷く。
 「はい。お父様を助けたくて……」
 静夜とハルは赤い空と黒い砂漠の世界に変わってしまった更夜の心の世界を悲しげに見つめた。
 「……更夜様は罪な男だ。嫁様と娘様にこんな顔、させるとは。行きますかい?」
 明夜が尋ね、静夜、ハルは顔を引き締め、赤い不気味な空を見上げた。

※※

 一方、先に更夜がいる世界へ送ってもらった栄次、逢夜(おうや)は更夜を抑えるため、戦いに入っていた。栄次はスズをせつなげに見て更夜を傷つけてしまうことに心を痛める。
 しかし、更夜を止めるためにはそうするしかない。
 「……スズ、すまない」
 鋭い攻撃をしてくる更夜をなんとか避けつつ、栄次は刀を振るう。
 更夜は武士ではなく、忍。
 刀同士の戦いになるかどうかはわからない。更夜は両利きであり、剣術、槍、薙刀、弓、鉄砲、飛び道具などなんでも一通りできる男である。
 飛んできた手裏剣を刀で弾き飛ばした栄次は踏み込んできた更夜の刀を危なげに避け、三秒前の過去見で爆弾が仕掛けられた事に気づき、飛び上がる。飛び上がったさらに上から神力の槍が降り注ぎ、結界を張れない栄次は空中で神力の槍を霊的武器『刀』で弾いていく。着地した場所は糸が張り巡らされており、忍術『糸縛り』だと素早く気づいた。糸に切られながら手裏剣を避け、爆弾を避け、更夜の猛攻に耐える。
 「……更夜……」
 「あいつを……殺したい。俺は……」
 更夜は憎しみと悲しみの感情にとらわれ、戦っている相手が栄次であることすらわかっていない。
 「殺したい」
 「……更夜、俺だ。栄次だ。わかるか?」
 「殺したい……」
 更夜は神力を纏わせながら憎しみの涙を流し、栄次を睨み付ける。
 「殺してやる……。ハルを返せ……。静夜にあやまれ……。家族を返せ……。死ね……。……はあ……はあ……死じまえ!」
 「更夜、戻ってこい……。マガツヒに負けるな……更夜! それは『今』のお前の感情ではない! お前は戦国を抜け、かわいらしい忍の嫁がいて、やんちゃな娘を育てている、心優しい男だ!」
 「……俺は嫁を守れねぇし、子供なんか育てられねぇんだよ!!」
 「更夜! お前は立派に家庭を持つ男だ!」
 必死に叫ぶ栄次の言葉は更夜には届かない。
 「せっかく……戻ってきたというのに……。……前に進んだというのに」
 栄次は息を深く吐くと更夜を見据えた。
 「過去を見れるからと俺まで憎しみ、悲しみにとらわれてはいけない。更夜を……」
 栄次は刀を構え直す。
 「倒さねば」
 更夜の手裏剣を刀で弾き、黒い砂を巻き上げ、更夜の背後を狙う。更夜は忍。基本背後はとれない。栄次が刀を振るったのは『変わり身』の枝だった。
 黒い砂が上がり、視界を塞ぎ、更夜は栄次に攻撃を仕掛けていく。栄次は更夜と戦う高揚感を抑えつつ、更夜の隙を狙う。
 見事に隙がない更夜に栄次は冷や汗をかく。栄次は戦いの高揚感の他、更夜の強さに怯えていた。
 更夜は痛みを遮断できる。
 つまり、死ぬまで動きが変わらない。
 ……恐ろしい男なのだ。
 この男は。
 栄次は自分が負けるかもしれないという気持ちも同時に持ちつつ、更夜の攻撃を避けていく。
 栄次は武神神力を纏わせながら鬼神神力を纏わせる更夜と戦う。
 ……一瞬のみ隙をつくり、居合いでっ!
 栄次は刀を鞘にしまった。
 「ふぅ……」
 息を吐き、自然体になる。
 斬られる自分が頭に浮かぶが、精神力で抑えた。
 攻撃を仕掛けていた更夜はわずかに止まり、栄次の不自然さに一瞬警戒した。
 更夜の小刀が栄次の首に向かう寸前、栄次は目を開き、刀を抜く。
 二人の時間はやたらとゆっくりに感じた。
 「……えいじ、たすけてくれ」
 一瞬だけ更夜が柔らかい笑みを浮かべ、栄次にそう言った。
 「ああ」
 栄次は刀を抜きながら足を踏み込み、更夜の小刀ごと更夜を斬った。
 更夜が赤い空に舞う。
 スズが叫んでいた。
 栄次に叫んでいた。
 「嫌だ! なんでこんなことするの! 栄次っ!」
 栄次は目を閉じ、息を吐くと刀についた血液を着物で拭い、ゆっくりと鞘に戻した。
 更夜は逢夜の前に落ち、大の字で倒れる。折れた刀を見て我に返った。
 「栄次……俺は……」
 「戻ったか。動くな。手加減はできなかった。俺が死ぬところだった故」
 「……すまない……俺は」
 「……」
 栄次は何も言わず更夜に背中を向けた。
 「負の感情を利用された」
 「その通りだ」
 更夜は口から血を漏らしながら唇を噛みしめ、泣く。
 「アイツは俺から色んなもんを奪う。笑いながら……奪うんだ。だから、アイツは俺が殺すつもりだったんだ……。栄次……」
 「お前は厄に入り込まれる。その感情で良いか、よく考えろ」
 栄次は振り返らずにそう言うと、凍夜と戦うサヨと千夜の加勢に向かう。しかし、栄次は更夜と二回戦った痛みの蓄積があり、膝をついた。刀を杖代わりに立つが戦える状態ではなかった。
 プラズマが栄次に肩を貸し、ふらつきながらサキとみーくんが張ってる結界に入る。更夜は逢夜が担ぎ結界に入ってきた。
 「もう動けん……サヨと千夜殿が……」
 「俺も動けない……。まだ黄泉は開かないのか?」
 プラズマがみーくんとサキに尋ね、二人は困った顔をした。
 「まだだよ。イザナミにハッキングできないんだよ。ブロックされてるみたいなんだ」
 サキがそう言い、みーくんが頭をかく。
 「んー、俺の母なんだがなんでブロックされてんだか?」
 みーくんはずっと何かに集中している。
 「……更夜……」
 スズが気を失った更夜に寄り添い、手を握ってた。
 「スズ、すまない。こうしなければ止まらなかったのだ」
 「……」
 スズは静かに泣き始め、栄次は黙ってスズの頭を撫でた。

二話

 千夜とサヨは望月の祖、凍夜と戦っていた。マガツヒの神力は平和システム『K』であるサヨが『正』の力で相殺した。
 千夜は凍夜に刃を向け、憎しみのない静かな気持ちで凍夜を止めようと動く。
 しかし、凍夜は向かってくる千夜をバカにするように笑った。
 「千夜、なんだ? 下克上か? 愉快だなァ」
 凍夜は千夜に容赦なく蹴りを入れる。千夜は素手で凍夜の足を弾き、着地した。
 「千夜サン!」
 「……大丈夫だ。腹に入るのが一番困る。容赦はしてくれないのが父だ」
 千夜は苦笑いを浮かべつつ、手裏剣を放つ。手や足、動きを止める部分に向かって投げる千夜。
 凍夜は殺す気で、千夜は救う気で父娘はぶつかる。
 殺す気である凍夜の方がためらいがなく、千夜は徐々に押され始めた。
 小刀で凍夜の足を狙うが凍夜は千夜の顎に容赦のない膝蹴りを入れた。千夜は素手で凍夜の膝の軌道を変え、致命傷をさける。
 「……手首が折れた」
 千夜がそう言い、サヨが戸惑う。
 「せ、千夜サン! 大丈夫じゃないよね?」
 「……向こうは私を殺す気のようだな。やはり私はこの人の娘にはなれなかったようだ」
 千夜は少し悲しげに目を伏せた後、手裏剣を再び投げる。
 手裏剣は凍夜に当たらず、すべて避けられた。
 かからない忍術『糸縛り』をかけ、なんとか体の自由を奪おうとする。
 「私は恨みでは動かない。望月の問題を解決しにきたのだ」
 千夜は厄に染まらないよう、自分で再確認するため、言葉を小さく口にする。
 「そう。私は恨みや憎しみでここに立ってはいない」
 千夜は折れた手首で凍夜の拳を受け流すが、拳はそのまま腹へ貫通してきた。
 「がはっ……」
 千夜は呻き、凍夜がさらに口角を上げた。
 「一発入りゃあこっちのもんだ。おかしいな? 逆らうなら殺しに来いと言ったはずだが?」
 凍夜の雰囲気は変わらず、千夜の顔面めがけて刀の柄を突き上げた。千夜はわずかに下がり、回避する。しかし、鼻をかすり、千夜の鼻から血が噴き出した。
 「避けた、避けた。愉快だ」
 「……愉快か」
 凍夜はそのまま蹴りを千夜の腹へ入れる。千夜は両手で凍夜の足を抑え、バネのように飛び上がると、凍夜の顔めがけて鋭い回し蹴りをした。しかし、千夜は体重が軽く、小さいため、凍夜に手で払いのけられてしまった。
 千夜は近接戦闘が不利であることがわかっているため、飛び道具と忍術を主に使う。
 しかし、千夜は凍夜を殺す気はない。逆に拳を顔面に入れられ、腕で致命傷を回避したものの、腕は折れてしまった。
 「千夜サン! 千夜サン、本気で攻撃しないとっ!」
 サヨがイツノオハバリを構え、千夜の前に立った。
 「サヨ、私は父を殺す気にはなれない……。私は甘いのだろうか。私達の苦しみをわかってくれるという期待をするのは……。父が過ちに気がついてくれると思うことは間違いなのだろうか」
 「……千夜サン……」
 千夜はせつなげに微笑み、手裏剣を投げる。
 「そんなわけ、ないわな。父には感情がないのだ。わかっている……」
 千夜は小刀を構え、手裏剣を避けた凍夜に飛びかかった。
 凍夜は刀を抜き、娘を笑いながら斬り殺そうと動く。
 「……こんな父娘(おやこ)……悲しすぎる……」
 サヨが苦しそうにつぶやき、千夜を助けるため、動き出した。
 千夜は凍夜の刀を危なげに避け、足や手を狙い小刀を振るう。
 「……お父様、もうやめてください。これは皆が幸せになれない行為です」
 「アハハハ! ずいぶん強くなったじゃないか! ただ、下克上したいなら俺を殺せと言ったはずだ」
 「……そんなことは望んでいない」
 千夜が凍夜の腕を小刀で薄く斬った。しかし、凍夜は痛みを感じない。腕を斬られたことに気づいていない。
 普通に怯むことなく、千夜を袈裟に斬りつけた。千夜はわずかに後ろに下がり剣先から外れる。
 かわしたはずだが、千夜の着物が破れ、肩から腹へかけて血が滲んだ。
 「……かまいたち……か」
 「くっ!」
 さらに千夜を攻撃する凍夜にサヨが間に入り、イツノオハバリで刀を受け止める。
 「お前は最初に会ったアイツか」
 凍夜は愉快に笑いながらサヨを見た。
 「ちっ……」
 サヨは力負けしていたが、イツノオハバリがサヨに力を貸していた。マガツヒの力がサヨを傷つける。サヨは『K』の力を増幅させ、なんとか保っていた。
 望月凍夜は強い。
 記憶内の凍夜より、遥かに強い。
 「くそっ……強すぎる」
 サヨが切り傷を作りながら千夜を守る。
 「サヨ……下がれ! お前は攻撃をしてはいけないんだ!」
 「……千夜サンを守るだけ! 千夜サンを守るだけ!」
 サヨは念じ、凍夜と戦う。
 剣術をやったことのないサヨは凍夜に押され始めた。
 「望月は守らなければ……おじいちゃんを救う……。あたしのおじいちゃんは子供の時にこいつに……」
 イツノオハバリの形状が変わった。光輝く硬い翼が剣から現れ、太陽と月の模様が輝く。
 「おじいちゃんを守る……。皆を守る……。こいつがいなければ皆幸せだったかもしれない……」
 サヨは剣を構え直す。
 「いや、考えるな。望月の害悪に『憎しみ』は通じない。あたしが堕ちたら終わりだ。ただ、救うことだけを考えろ!」
 サヨは凍夜の刀をイツノオハバリで弾くが、攻撃はしない。
 周りを漂うマガツヒのみを斬っていく。
 「マガツヒを……剥がしてやる」
 サヨがさらにマガツヒを狙うと、凍夜が刀で反撃をしてきた。
 サヨは危なげに回避するが、腕や足を斬られた。
 「いたっ……」
 サヨは更夜や千夜、逢夜、他の親族達、おはるがどれだけ痛かったかを身にしみて感じた。
 「……痛い……体を軽くかすっただけなのに……すごく痛い」
 凍夜の回し蹴りが顔面に入る。
 「がっ……!」
 サヨは吹っ飛ばされ、黒い砂漠に落ちた。
 「サヨ!」
 さらにサヨを斬りつける凍夜の間に入り、千夜はサヨを守る。
 サヨを抱きしめた千夜は背中から凍夜に斬られた。
 「……っ! せん……」
 「サヨ、すまん……。私は弱いようだ……」
 千夜の血がサヨの腕をつたう。
 「千夜サン……」
 サヨは千夜がやられたことで頭が真っ白になった。自分は凍夜に殺される……そんな気持ちにもなる。
 サヨに恐怖心が宿ってしまった。
 「やっ……やめて! こんな……こんな酷いこと……」
 「敵にそう言うか? お前ら、何しに来たんだ?」
 「あ、あんたを止めに来たんだ!」
 サヨは恐怖に耐え、叫ぶ。
 千夜は動かない。
 気を失ってしまったようだ。
 「お前の頼りはその弱い女か。使いもんにならなかったんだよな、ずっと」
 「……なんだ、その言い方……。あんたの娘だろうが……」
 凍夜の言葉にサヨの感情が溢れ始める。
 「自分の娘にっ……なんでそんなこと……言えるんだ!」
 サヨは涙を滲ませ、凍夜に叫ぶ。
 「そこまでだ」
 ふと、逢夜の声がし、サヨと千夜は凍夜から離された。
 「お、逢夜サン!」
 「憎しみに支配されるな。お前は『K』だ。お前に矛盾が出て消えたら更夜が悲しむ」
 「……あいつ、千夜サンをっ!」
 「……サヨ、お姉様はあいつに負けたんだ。それだけだ……」
 逢夜はサヨに背中を向け、凍夜に向かって行った。
 「逢夜サン!」
 「お前はそこにいろ。あいつを殺してくる」
 「待って!」
 サヨは手を伸ばすが、危うい逢夜に手は届かなかった。
 「行かなきゃ……行かなきゃ……」
 サヨは震えていた。
 『K』のデータが『殺す』というワードを常に弾いている。
 「殺しちゃ……だめ……」
 サヨは目に涙を浮かべ、うなだれた。
 「殺しちゃダメぇ!!」
 叫んだ刹那、またも違う銀の髪が揺れる。
 「……っ!?」
 「千夜……遅くなってしまった……。すまない」
 落ち着いた男の声。
 栄次に似た切れ長の青い瞳、総髪。
 「……誰?」
 「お前がサヨか。大丈夫か? 落ち着くんだ」
 動揺するサヨに男は羽織をなびかせ、目線を合わせる。
 「俺は……望月夢夜(ゆめや)。千夜の夫で別の望月家。そして婿養子だ」
 「……千夜サンの……旦那さん……」
 「俺は武神になり、今は剣王軍にいる。以前、凍夜を倒し、望月家を終わらせた者だ」
 夢夜は千夜を抱き上げ、せつなげに目を伏せる。
 「西の剣王軍……。そっちに東のワイズ軍……プラズマくんはあたしのせいで軍の邪魔をしてしまった……。あたし……どうしよう」
 「……サヨ、凍夜とは戦うな。俺はこれから千夜をそこにいるワイズ軍に一度渡す。そして、逢夜と共に凍夜を再び殺す」
 夢夜の言葉にサヨが震える。
 「……殺す……。本当にそれでいいの?」
 「俺は武神だ。西はそういう判断をした」
 「せ、千夜サンは凍夜を殺そうとなんてしていない! 和解しようとしていたんだ!」
 サヨは夢夜に叫ぶ。
 夢夜は傷だらけの千夜を抱きしめ、サヨに静かに言った。
 「和解なんて無理だ。あの男は興味でしか動けない。俺の妻は何度もアイツに苦しめられた。今もそうだ……。優しい千夜のことだ、凍夜を動けなくしようとしたんだろう。話し合いをするために」
 「……そうだよ」
 サヨの鋭い返答に夢夜は弱々しく気を失っている千夜を悲しそうに見つめた。
 「千夜は俺の女だ。生前からもそうだが、こんな酷いことができるアイツを俺は許せない。俺は一度アイツを殺してるんだ。今回も相討ちしてでも殺す」
 「……千夜サンがそれを望んでないって言ってんだよ! あんたが武神なら、破壊方面に感情が動いても狂わないはずだ。元々、そういう神だ」
 サヨの声がどんどん鋭くなっていく。
 「お前も怪我が酷い。熱くなるな。千夜を太陽神と天御柱の結界へ連れていく。お前も一緒に」
 夢夜の態度は変わらない。
 「嫌だ。あたしは凍夜のマガツヒを剥がしていくつもり」
 「……子孫が必死にならずとも良い」
 夢夜はサヨを落ち着かせようと、千夜を先に結界へ連れていった。
 「……お前誰だ?」
 結界へ入った時、みーくんが首を傾げたまま声をかけた。
 夢夜はとりあえず、名乗る。
 「……望月夢夜。千夜の夫だ。凍夜と相討ちして望月を壊し、一族から戦神、武神だと信仰され、西の剣王軍へ入った」
 「剣王軍……修羅場だねぇ……」
 夢夜の話を聞いたみーくんは横目でプラズマを見る。
 「……それより、千夜さんが」
 プラズマは冷や汗をかきつつ、夢夜が抱いている千夜を心配した。
 「凍夜と対話をしようとしていたようだ。千夜らしい優しさで涙が出る。俺の大切な妻だ……。俺はこれから凍夜を抑えに行く。千夜の処置を頼めないか……。昔から無茶をするおなごなんだ」
 「千夜殿……酷い怪我だ……。だが、うまく急所をはずしている。俺が応急処置をしよう。ここには時間を巻き戻せるアヤがいない。あるものでの処置となるが……」
 栄次がふらつきながら千夜を受け取り、傷の様子を見始める。
 「頼んだ……」
 「サヨもさがらせてほしい……」
 「サヨは動かないと思われる」
 栄次の言葉に夢夜はため息混じりに答えた。
 「……そのことなんだけど」
 太陽神サキが言いにくそうに続ける。
 「黄泉が開かないんだよ。誰かがブロックしてる。イザナミじゃないはずなんだ。それで……サヨの『正』の力とイツノオハバリでマガツヒを浄化させて力を削いでいく方法が今は一番いいんだよ」
 「そうか……彼女に戦わせるのか」
 栄次は気を失っている更夜を見る。更夜はまだ救われていない。
 『恐車の術』が解けていないのだ。
 「それでは、俺は戦いに向かう。逢夜が先に戦っているはずだ。サヨを守り、マガツヒを削ぐ手伝いをしよう」
 夢夜は多くを語らず、サヨの元へ走り去った。
 
※※

 一方、サヨの世界にいるルナは『過去見』をしつつ、わからないながらリカ、アヤ、逢夜の妻ルルに内容を話す。
 「と、いうことですっ! わかんないけど!」
 「……黄泉……」
 アヤの巻き戻しにより傷が治ったリカは小さくつぶやいた。
 「ワールドシステムとはちがうのかしら……」
 アヤはルルにお茶を配りながら考える。
 「何かやれることはないかしら? 栄次もプラズマもサヨも更夜も千夜さんも怪我をしているみたいだし」
 「『K』がいないから、私達を運べるひとがいないから、アヤを戦場へ入れることができない」
 ルルは心配そうに眉を寄せながらお茶を飲む。
 「……黄泉をブロックしてるってひと、私、心当たりがある」
 リカはアマノミナカヌシの神力を放出しながら立ち上がった。
 「リカ……」
 「アヤ、私、マナさんのところに行きたい。あの子を呼んで」
 「あの子?」
 「海神のメグ。あの神、私をワールドシステムから何回も外に出してる」
 リカが言い、ルルが答える。
 「あのね、メグは東のワイズ軍なんだ。ワイズに頼んだ方が……」
 「ワイズ……メグは動いてくれないの?」
 リカが尋ね、ルルは言いにくそうに続ける。
 「連絡できないでしょ?」
 「いや、私が友達だからできるわよ」
 アヤの発言にルルは驚いた。
 「なんで知ってるの!」
 「……メグと出会った経緯は忘れてしまったけれど、気がついたらお友達だったわ」
 「そんなこと……私だって連絡先知らないのに。同じワイズ軍なのに」
 ルルが驚いている中、リカは続ける。
 「メグは『K』だった。だから、呼べればアヤを戦地へ送れる。千夜さんや更夜さん、サヨを治せる」
 「……確かに」
 「ねー! ルナは? ルナは? 何したらいいの?」
 痺れを切らしたルナが役にたとうと叫び出した。
 「ルナはこのまま報告を」 
 アヤに言われ、ルナは元気よく頷く。
 「わかったー!!」
 アヤはルナの返事を聞きつつ、メグに連絡を入れた。

三話

 「行かなきゃ……」
 サヨはイツノオハバリを杖代わりに立ち上がる。更夜の兄、逢夜が凍夜を殺してしまう前に、マガツヒを削いで黄泉へ返し、凍夜のみをこの世界に残す。
 これが一番平和な解決法なのだ。
 「立て……あたしは平和システム『K』だ。殺すなんて言葉を出すあの男達を止めなくちゃダメ。あたしは『K』なんだ。最適で平和な道しか選べない」
 サヨは歩き出す。
 「逢夜サン……」
 逢夜は凍夜を殺そうと動いていた。
 「ダメだ……。マガツヒを削がないと!」
 サヨがイツノオハバリをかざすと、剣が淡い緑色に光り始めた。
 「マガツヒを削げ!」
 殺そうと刀を振り抜いた逢夜の横を妨害するように、緑の光が突き抜け、凍夜のマガツヒの一部を剥がした。
 「サヨ! お前は休んで……」
 逢夜は間に入ってきたサヨに気がつき、口を開いたが、サヨは被せるように静かに言った。
 「あんた……私情で凍夜を殺す気だろ。そりゃあそうだ。あんたは一番凍夜への恨みの感情が強い。おじいちゃんに話を持っていった時も積極的におじいちゃんを連れていこうとした。おじいちゃんは行かないって言ったのに。おじいちゃんのが強いから……おじいちゃんに凍夜を殺してもらおうとしたんだろ……」
 「……その通りだよ。こいつは殺さなきゃ望月は救われない」
 逢夜は凍夜をさらに殺そうと刀を振り、凍夜は笑いながら避けると逢夜にかまいたちを浴びせる。
 逢夜の頬と髪紐が切られ、長い髪が腰に落ちる。
 「……俺には恨みの感情はない。ないんだ。そう、恨んでいないさ。厄除け神なんだからな」
 逢夜は言い聞かせるようにつぶやき、凍夜の首を狙う。
 「……イツノオハバリ……削げ!」
 サヨは逢夜を邪魔するように凍夜のマガツヒを削いでいく。
 「……てめぇ……」
 逢夜がサヨを睨み付けた。
 「……イツノオハバリ、削げ」
 サヨは淡々と凍夜のマガツヒを離していく。それに気がついた凍夜はサヨを再び狙ってきた。
 「こいつに関わった望月家じゃダメだ……。こんな狂った人間がお父さんだったんだ……怖かったに決まってるよ……。歪んだ気持ちが『恨み』に変わる。あたしは……この年齢でもこの人、怖いよ」
 「バカっ! さがれっ!」
 逢夜は凍夜と戦おうとするサヨを引っ張り、後ろにさがった。
 サヨの首すれすれに刀が通り過ぎる。
 「戦を知らねぇヤツが間に入ってくんな! お前が平和を掴めたのはお姉様の夫の夢夜がアイツを殺したからだ! 思想を終わらせたからだ!」
 「……それも恨みの感情だったはずだよ。当時はそうするしかなかったかもしれない。でも、今は違うんだよ。千夜サンも逢夜サンもあの時代にとらわれすぎてんじゃね?」
 サヨは痛みを堪えながら凍夜に向かっていく。戦うのではない。
 マガツヒを削ぐために走る。
 「いくなっ! サヨ!」
 逢夜が声を上げ、凍夜がサヨの背後に回った。
 サヨは極限状態の中、『神力』を放出する。時計の針が回り、サヨ近辺の時間が少し歪んだ。
 「後ろに回ったか」
 サヨは振り返り、少し距離をとる。首を狙った攻撃がサヨをかするがサヨは避けられた。
 「イツノオハバリ、削げ!」
 サヨが叫び、凍夜のマガツヒを少しだけ削り取った。
 「サヨ! お前は戦うな……! 更夜が悲しむ……」
 逢夜がサヨを引っ張り、怯まない凍夜の攻撃を避ける。
 逢夜は腕を斬られたが、かすり傷で抜けた。
 「死んでからも『人を殺さなくていい』! 救う気持ちで人を殺すなんて、それはもう『負の感情』だよ! 正義を振りかざしているだけの『私怨』だ! あたしはあんたが嫌いだ! 逢夜っ! それから……」
 サヨは呆然とする逢夜の後ろから凍夜を殺そうとこちらに向かってくる夢夜を睨む。
 「あんたもだ」
 「サヨ、凍夜とこんな近くにいたのか……。すみやかにさがれ」
 千夜の夫、夢夜は刀を持ち、好戦的に凍夜を見ていた。
 「うるさい。落ち着いていた感情をまた『負の感情』に変えないで! おじいちゃんは落ち着いていたんだ。負の感情と戦ったんだ! あんた達はまた『負の感情』を持ち出す! あんた達は落ち着いてないよ。その『正義』は『私怨』なんだ。気づけ! 相手は人間だ。人間をマガツヒが纏っているだけ。マガツヒを剥がして黄泉へ返す。ただ、それだけだ」
 サヨは逢夜、夢夜を千夜に似ている鋭い目で射貫くとイツノオハバリを構えた。
 「……あたしは負けない。お前らがさがってろ……」
 サヨは凍夜のマガツヒを少しずつ、削いでいった。
 しかし、凍夜は強い。
 サヨの体に傷が増える。
 逢夜と夢夜はどうすれば良いか考えた。サヨはさがらない。
 守っていこうとしたが、二人は自分達の感情が『私怨』なのかを考え、立ち止まった。
 「……私怨かもな」
 逢夜がつぶやき、夢夜は目を細める。
 「……わからん。俺は望月を救って死んだんだ……。俺がやったことは『私怨』なのか」
 「……私怨だな。お姉様が死んだから凍夜を殺したんだろうが。あんたは。それを望月を救うって『正義』の気持ちに変えただけだ」
 「……当時はそうするしかヤツを引きずり下ろせなかったんだ」
 夢夜がつぶやき、逢夜は目を伏せる。
 「知ってるよ。わかるさ。アイツは……サヨはその時代を知らねぇんだ。だが、アイツは『死んでからも人を殺す必要はない』って言ったんだ。アイツは頭がいいな……。俺達の時代を理解した」
 「そうか。あの娘は息子である明夜の子孫。守らねば……」
 夢夜はサヨの危なっかしさを心配していた。
 「ああ、そっちの考えのがいいのかもな……」
 「……わかった。俺は武神。守護の方も強い神だ」
 夢夜は傷を作るサヨをかばい始めた。
 神力を放出し、守護の結界を張る。
 「……夢夜サン」
 「……俺が悪かった。今回はお前の指示に従う。私怨は向けない」
 夢夜の言葉にサヨは安堵していた。『K』の力が『殺す』という言葉を常に弾いている。
 サヨは自分が本当に『K』であるのを自覚すると共に、他の力が入り込んでくるのを感じた。

四話

 アヤは海神のメグを呼び出す。
 壱に住む神々を連れて弐の世界を渡れる『K』のメグを呼び、アヤを戦地へ連れていき、時間を巻き戻して怪我の治療をするのがひとつ。
 二つ目はワールドシステムの鍵であるメグにワールドシステムを開いてもらい、リカがマナに会って黄泉を開くよう交渉する。
 「……私はひとりでマナさんに会うよ」
 リカはそう言った。
 「……危険じゃないかしら……」
 アヤが心配し、リカは頷く。
 「でも、私しか行けないから。ルルさんは逢夜さんがいるし、ルナは連れていけないし」
 「……私は……たぶん、そのワールドシステムには入れないよ」
 ルルは目を伏せた。
 「ルルさんは元々入れないんだ……」
 「私は壱の世界のための神だもの。ワールドシステムに対応してない。たぶんね」
 ルルが答えた時、ツインテール、青い髪のメグが現れた。
 「アヤ、呼んだかな? あなた達が弐の世界に居続けるのはあまりよくない。壱がおかしくなる」
 「わかってるわよ。『K』のあなたに頼み事があるの」
 アヤがメグを見据える。
 「ん? なにかな? 私はワイズ軍だから、余計な事をしないように言いつけられている。今は天御柱が太陽神サキとマガツヒを抑えているはず」
 「そう、それで話があるのよ。マガツヒを黄泉へ入れられないトラブルが発生中なの。黄泉を開きたいから、リカをワールドシステムに入れてくれないかしら?」
 アヤが交渉に入った。
 「あのね、私はあなた達のお仲間の望月サヨに『排除』されてて、ワイズが私を再びこちらに入れてくれたの。つまり、ワイズは私の事も監視している。この会話も筒抜けだよ」
 メグは一度、サヨに『K』の力で『排除』されている。弐の世界に入ってこれたのはワイズがメグの『排除』をハッキングで解いたからだった。
 つまり、ワイズに隠れて動くことはもうすでに不可能である。
 「はじめまして。私は東のワイズ軍の厄除け神、ルルです。メグ、私が思うに、ワイズは黄泉を開くことを否定しないと思うよ。だって、ワイズ軍のみーくん(天御柱神)はマガツヒを黄泉へ返すためにいる。返したいのにブロックされてるの。だから、ブロックを解除しないと」
 ルルがメグに自己紹介をし、状況を説明する。
 ルルは普段、弐の世界には行けないので、弐から出ないメグには会えない。
 壱の神は弐の世界にはなかなか入れない。時神はサヨの世界のみ、自由に入れるようにリカが現れてからデータ改変されたが、なぜ、アヤがメグと初めから友達なのか、謎はありそうだ。
 「……そう、ワイズの予想はリカがマナに会いに行くという予想か」
 メグのつぶやきにリカの眉が上がる。
 「そうか。やっぱり、ここまで予想済みか。私とマナさんを戦わせて、私を消すつもりか。マナさんの目的はなにかわからないけど、マナさんが破壊システムであることは間違いない。ワイズはマナさんを邪魔者扱いをしているから、相討ちを狙ってるのかな?」
 「……相討ち……よくないね」
 リカの言葉にメグが眉を寄せた。メグは『K』でもある。あまり、心配させるようなことを言うと、動いてくれなくなる可能性も出てくる。
 「相討ちじゃなくて、交渉してくるから、ワールドシステムを開けてくれないかな? 前回の時にアヤの血とワダツミの『矛』が必要だと言われたから」
 「……これかな?」
 メグは幾何学模様の矛を出し、リカに見せる。
 「それ!」
 リカが深く頷き、アヤが横で顔をしかめながら指の先を切った。
 血は畳に落ち、メグが出した矛でワールドシステムが起動する。
 初めての状況にルナとルルは身を寄せあって怯え、動揺の声を上げた。
 「な、なにこれ!」
 「ルナちゃん、ちょっと離れとこ! これがワールドシステム?」
 ルルがルナを落ち着かせつつ、リカを見る。
 「うん。そうだよ。大丈夫。マナさんを説得しにいくだけだから」
 リカは顔を引き締め、現れた五芒星の陣に入り、消えていった。
 「……それで、他はない?」
 心配そうな顔をしているアヤにメグはあまり感情なく尋ねた。
 「後は私をサキ達がいるところまで連れていって。皆の傷を巻き戻しに行くわ。大怪我をしている人もいるの」
 「それは大変だね。今すぐ連れて行こう。ルルやルナは?」
 メグの問いにアヤは悩みながら答える。
 「行かない方がいいわよね?」
 「アヤ、役に立つかもだから、私もみーくんのお手伝いしたい。一緒に行きたい。でも、ルナが」
 「ルナも行く! おじいちゃんを助けにいく!」
 ルナが頬を膨らませて、なぜか怒っている。おそらく、蚊帳の外に置かれたとどこか考えていたのだろう。彼女は危険な状況を何も知らない。いつも更夜に、サヨに、時神達に守られていた。 
 ルルは迷っていた。
 連れていって危険にならないだろうかと。
 彼女も逢夜や更夜のように気づいたら突っ走っている性格のようだ。
 「……ルナちゃん。ここで待っていようって言いたいところだけど……もしかすると、あなたの力もかなり強力かもしれない」
 「さあ! 行こう!」
 ルナはもう行く気満々でルルの言葉を聞いていない。
 「時間の巻き戻しができる力を持っているのよね、ルナは。だけれど、私みたいな力じゃない。ルナは周りの時間を巻き戻してしまうわ。過去に戻ってしまう。戻るのは『K』と特殊な時神だけ」
 アヤは悩みながら答え、ルルは頷く。
 「黄泉を開く手助けが何かできるかもしれなくて……」
 「私は迷っているわ。ルナは更夜が大切にしている娘。あのひとが必死で守っている娘。望月凍夜に触れさせていいのか……」
 アヤが唸り、ルナは跳び跳ねる。
 「ねー! 大丈夫だよ! いく!」
 ルナは子供特有の一度決めたらさがらない気持ちが出ており、もう言うことを聞かない。
 「……連れていきましょう。彼女の生はここからずっと続く。知らなくていいことなんてほとんどなくなる。彼女は過去、未来、全てが見えるわ」
 アヤがそう言い、ルルは複雑な表情のまま、アヤに従った。
 「わかったよ。と、いうことで、海神のメグ。私とアヤとルナをマガツヒがいる世界まで連れていって」
 ルルに言われてメグは少し考えた後、「わかった」と答えてから、外へと促した。
 メグについて行き、屋敷の外へ出たアヤ達はメグの『K』の力により浮かせられると、サヨの世界から消えていった。

五話

 リカが立っていたのは毎回たどり着く海の世界。夕陽に照らされた海の世界だ。ただ、太陽はない。なぜ、橙に空が見えるのか、よくわからない。
 「えーと……あそこの社に……」
 「あら、はじめまして」
 リカが海に浮かぶ小さな社に向かい、泳ぎに行こうとした刹那、聞いたことのない女性の声がした。
 「誰!」
 リカは辺りを見回し、警戒する。
 「ここよ」
 声が聞こえたと思ったら肩をつつかれていた。リカは振り返り、声をかけてきた女の顔を初めて見た。
 「……えーと、どなたです?」
 「ああ、わたくしはアマテラスですわ。スサノオとツクヨミには会ったようですわね?」
 「あっ、アマテラスさん!?」
 紫の長い髪に太陽の冠をかぶる優しそうな女性、アマテラスは軽く微笑んだ。
 「……ええと、私以外の時神を消そうとしている男と、傍観している男ですね」
 リカは油断せずに答える。
 「スサノオは英雄なのか破壊なのか難しいですけれど、ツクヨミは海神同様、見守る役目でございますから」
 アマテラスは優しそうな顔でリカを見ていた。彼女からは負のものをまるで感じない。
 「今回はわたくしがこちらに現れましたけども、わたくしは普段、こちらにはいませんので、長くは存在できないのですが、マガツヒが出てきたということで、頑張って出てきてみました。もう存在が危ういので、黄泉を開く力をあなたにあげましょうか。そんなに渡せないんですけども」
 アマテラスはリカが何かを言う前に電子数字の波をリカに入れた。
 「えっ?」
 「黄泉を開くキッカケにはなるでしょう……」
 アマテラスはそれだけ言うと、煙のように消えてしまった。
 「……な、何だったの……?」
 リカは動揺しつつ、夕焼けの海を眺める。小さな社が不気味な雰囲気で海に浮いていた。
 「……三回目かな……、四回目かな……。……行くか」
 リカは覚悟を決め、海へ飛び込み、社まで泳いだ。社は人が入れる大きさではなく、小さな鳥居を掴んでリカは流されないようにしてから、オモチャのような大きさの扉を開く。
 電子数字が飛び出し、リカは社に吸い込まれた。
 リカはひとり、ワールドシステムに入った。電子数字があたりをまわっているだけの黒い世界。
 電子数字は黄緑色に光って常に動いており、電子世界にいるみたいだ。
 「……またここだ。マナさん! いるんでしょ! 出てきて!」
 リカは叫び、マナを呼び出す。
 マナはアマノミナカヌシ。
 世界を創った神だ。
 このワールドシステムにも簡単に入れるはずである。
 「あ、リカちゃん。こんにちは」
 リカが叫んだ時、マナの声がし、ホログラムのようにマナが現れた。
 「黄泉を塞いでるんだよね?」
 「まあ、そうかしらね」
 「今回は何をしようとしたの?」
 リカは油断しないようにマナを見据える。
 「壱の世界の他、伍の世界にも神の認識を入れられるか、繋がっている弐の世界で実験しただけ。私は世界の破壊ではなく、世界の統合が目標だ」
 「よくわからないけど、いますぐ黄泉を開いてほしい」
 リカが言うが、マナは笑った。
 「ああ、そう。オモイカネ……。彼女だけは私に気づいている……か。よくやるね。天御柱を連れてくるなんて。イザナミ、イザナギの真ん中に位置する柱……。イザナミを呼び出し、黄泉を開こうとしてる」
 マナはリカに近づいてきた。
 「戦うの? また」
 リカが警戒し、神力を放出するが、マナは目を細め、立ち止まった。
 「今回は……あなたのその邪魔な神力をいただくメリットがない」
 マナはリカを真っ直ぐ見つめ、そう答えた。リカは壱と伍を離すというデータを持つ。だがリカはそれに逆らっており、壱と伍を両方守ろうとしていた。マナは逆に壱と伍を統合するというデータを持つが、世界を壊そうとしている。マナはリカとは反対であり、リカの力が邪魔だ。
 だから前回、そのデータを奪おうとしたのだが、今回は奪いに来ない。
 「……?」
 「わからないかな?」
 「マナさんは私より頭がいい。何か私にとってマイナスなことがあるんだよね?」
 「あはは! そのままオオマガツヒを黄泉へ帰しなさい。アマテラスからデータをもらったんでしょう? 時神未来神によろしく」
 「……プラズマさん?」
 「時神のデータが狂っていく……。今回、また記憶を思い出した……かな。そのまま、データをあの時代に戻してやる」
 マナはワールドシステムに挑むようにつぶやくと、そのまま消えていった。
 「……?」
 リカは拍子抜けしたまま、呆然とその場に立ち尽くした。

心が行く先

 凍夜はずっと笑っている。
 状況が優勢だろうが、劣勢だろうが、笑っている。
 本当に人間の感情が欠損しているらしい。
 サヨ、千夜の旦那の夢夜、そして逢夜は連携して凍夜のマガツヒを削いでいく。
 「はあはあ……削いでもマガツヒをどうすればいいかわからない」
 サヨがイツノオハバリを構えながら息を吐く。
 「サヨ、無理はするなよ。突っ込むな」
 逢夜が注意し、夢夜が凍夜の攻撃を受け止める。
 凍夜は楽しそうに刀を振り、異様な雰囲気のまま、夢夜を斬り殺そうとしていた。
 「……あの人、本当になんか、怖い」
 サヨがつぶやき、イツノオハバリが光り出す。
 一度人間時代に凍夜を倒している夢夜も凍夜が纏うオオマガツヒの神力になかなか勝てず、苦しんでいた。
 先程とは違い、復讐衝動、破壊衝動を抑えての戦闘。夢夜には我慢と怒りの感情がのしかかる。
 笑っている凍夜へのイラつきを抑えながらマガツヒを削ぐサヨを守っていく。
 「ふぅ……」
 息を吐き、凍夜が飛ばす手裏剣を刀で弾き、背後にまわり、振り抜いてきた凍夜の刀を前にわずかに足を踏み出しかわす。
 夢夜は攻撃をやめていた。
 逢夜は夢夜の間合いに入らないよう、計算して凍夜を追い詰め、サヨに凍夜の隙を教える。
 逢夜が手裏剣を投げ、凍夜の位置をずらし、夢夜は刀で凍夜を突く。わずかに隙ができ、逢夜がサヨに声をかけた。
 「サヨ」
 「……イツノオハバリ、削げ!」
 サヨが叫び、イツノオハバリの光りが一直線に飛び、凍夜のまわりを舞うマガツヒを引き剥がす。
 「まだか……」
 逢夜と夢夜は衝動が負に落ちないよう必死だ。いまだにマガツヒを帰すための黄泉が開かない。
 「なぜ、まだ黄泉が開かない? マガツヒが凍夜に戻ってしまう」
 削がれたマガツヒは集まり、凍夜に入り込もうとしている。
 「……凍夜は本当にずっと笑っている」
 サヨはイツノオハバリを構えつぶやく。
 「他の感情は本当にないのか?」
 サヨはまっすぐ凍夜を見据えた。会話にはならないか。
 「ああ、マガツヒが出ていくなあ。お前を先に殺す方が良さそうだな?」
 凍夜は笑いながら刀をサヨに向けた。精神状態はやはり異常。
 「本当に感情がないのか?」
 サヨはマガツヒが少なくなった凍夜を睨み付ける。
 凍夜は変わらない。
 「そういえば……」
 凍夜は相変わらずにやけたまま、口を開いた。
 何かを思い出したようだ。
 ……千夜が帰ってこない。
 一緒に息子を育てる予定だったんだ。
 千夜はお前の娘だろう?
 
 お前は異常だぞ、愛を知らないのか?

 婿養子、夢夜に言われた言葉。
 とりあえず、凍夜はそれを口にする。
 「千夜が死んだ後、婿養子にも言われた。『愛』とはなんだ? お前を殺そうとした時、興味が出た」
 凍夜が初めてサヨに問いかけた。その抜けた質問にサヨは奥歯を噛み締めた。
 「今さらかよ……」
 サヨは気持ちを抑える。
 「望月家を壊して自分勝手に生きて、今さらかよ! 誰もお前を許さない。許してない!」
 サヨは凍夜を睨み付けた後、息を吸って気持ちを落ち着かせる。
 サヨは恨みを抱いてはいけない。
 「あんたは、かわいそうなヤツだ。感情がないなら、辛い気持ちもないし、焦る気持ちもないし、慈悲もない。周りと乖離していることもわからない。自分がかわいそうだとも思えない。あたしがあんたをかわいそうって思う理由も気持ちもわからない」
 「そうか」
 凍夜は楽しそうに微笑んだ。
 「笑うところじゃないんだよ……。でも、愛に興味が出たんだね。……興味か……。それは興味じゃなくて本当は感情なんだよ。愛情は感情……。そこに優しさとか嬉しさとか、辛さとか悲しさとか……そういうのが……」
 「そうなのか」
 凍夜はわかっていない。
 「悲しいな……」
 サヨの目から涙がこぼれた。
 凍夜が理解をしていないことがたまらなく悲しかった。
 「なんでこんな……あたしが悲しいのかな。なんで……あたしが悲しくなるんだろ」
 凍夜はなんとも思っていない。
 サヨは人間の複雑な感情を感じていた。これはなんだろうか。
 むなしさか?
 この何と言えばよいかわからない感情は元を辿れば喜怒哀楽のどれかだ。こういうわからない、説明できない感情も人間は頭の中や体で感じる。
 だが、この男にはそれがない。
 単純な「喜」、それからくる「興味」の二つしかないのだ。
 サヨが何かを言おうとした刹那、凍夜の背後に不思議な空間が現れた。小さな島が空に浮いているだけの世界。
 その奥に苔むした神社と、どこか懐かしくなるような日本の山。
 「……これは?」
 サヨが目を見開き、夢夜、逢夜は警戒した。
 凍夜は笑いながら振り返り、吸い込まれていくマガツヒをただ眺めている。
 「黄泉か?」
 サヨが反応するイツノオハバリを眺めた。
 「黄泉が開いた!」
 「ああ、ようやく開いたか」
 夢夜が声を上げ、逢夜が呆然と立ち尽くす。
 「……っ!」
 サヨは一瞬だけ、不思議な生物を見た。牙が生えている四つ足の生き物。体は真っ白で顔はいかつい。
 「あれは、こまいぬ」
 なんだかわからないまま、サヨは言葉を口にする。知ることのなかったデータが電子数字となってサヨの瞳に流れた。
 「……こまいぬ……。どうして『今』の神の使いは鶴なの?」
 サヨはその言葉をつぶやき、我に返った。
 「黄泉が開いた! マガツヒがいなくなる!」
 手前にある世界、小さな島が空に浮いてる世界から、長い髪をした若い女が現れ、こちらを見てきた。
 「……誰?」
 着物を着ていた女は遠くの空に浮かびながら、何もせずに立っている。
 「……桃、葡萄(ぶどう)、筍(たけのこ)。イザナギじゃない。不老不死、かぐや姫、桃太郎……鬼。鬼神はだあれ?」
 女はそれだけ言うと、消えていった。
 「何?」
 眉を寄せていた時、マガツヒが黄泉に吸い込まれていた。
 サヨの後ろからみーくん(天御柱神)とサキが慌てて走ってくる。
 「黄泉が開いたか! ……イザナミ。久々だな……。……なんで久々なのか、よくわかんねぇが。知らねぇはずなんだよ……だが」
 みーくんは不思議そうに思いながら、消えた女にそう言った。
 「まあ、黄泉が開いたんだから、凍夜を生身にできるじゃないかい!」
 サキに言われ、みーくんは頭をかいてから、サヨに目を向ける。
 「望月サヨだったか? イツノオハバリで黄泉を閉じる準備をしろ」
 みーくんは神力を上げ、マガツヒを黄泉へ押し込み、サキも神力を上げて陽の力を放出した。
 「えー、わかった」
 サヨはやり方がわからないまま、イツノオハバリを構え、みーくんとサキをうかがう。
 マガツヒが全部吸い込まれた段階でみーくんが叫んだ。
 「『K』の力で黄泉を閉めろ!」
 「えっと、弐の世界、管理者権限システムにアクセス! 『閉じる』!」
 サヨはとりあえずそう叫んだ。
 すると、イツノオハバリがさらに光り出し、境界線が不明瞭な黄泉の世界を強制的に閉じた。
 凍夜は力が消えた後、黄泉が閉じるのを楽しそうに眺めている。
 気がつくと凍夜の体が徐々に透けていた。
 「……あんたは消えるんだね。弐の世界は後悔とか負の感情を持った者が、魂がきれいになってエネルギーに分解されるまで存在する世界だ。だけど、あんたは負の感情がない。もう、すぐに消えるはずだったのに、望月家の恨みのせいで消えられず、残っていた。望月家の恨みがマガツヒを呼び、あんたは一時期、神になってたんだ」
 「なるほど」
 凍夜は楽しそうに笑いながら、一言だけ続けた。
 「興味深い」
 それだけ言った凍夜はサヨに笑みを向けたまま、電子数字に分解され、消えていった。
 「ちくしょう! なんでわかんねぇんだよ!」
 悔しさか、悲しみか、怒りか、よくわからなくなったサヨの叫びが、世界にこだました。 

二話

 更夜の娘、静夜は母のハルと千夜の息子明夜を連れ、更夜がいる世界へ進む。
 俊也はとりあえず大丈夫そうだ。壱の世界の住人は壱の人間が助けてくれるはずだ。霊は夢としての助言しかできない。
 まずはサヨに兄を取り戻したことを伝えるのが先か。
 三人は更夜がいる世界の上空で立ち止まった。宇宙空間にネガフィルムが絡まっている世界の一つだ。
 「……凍夜の力を感じない気がするねぇ……どうなってやがるんだか」
 明夜がつぶやき、ハルが答える。
 「太陽神の連絡でわかったのですが、望月凍夜は消えたようですね。しかし……」
 ハルは不思議な力を感じていた。望月凍夜がいなくなったのに、世界の雰囲気が変わらない。
 「……更夜様の神力がかなり不安定です」
 「お父様が心配ですね。お母様、行きましょう」
 ハルと静夜が話していた時、青い髪のツインテールの少女が三人の少女を連れ、こちらに飛んで来るのが見えた。
 「……!」
 静夜は青い髪の少女の後ろにいた茶色の髪の少女を見て、息を飲んだ。その少女はハルに似ていた。
 「あや!」
 静夜が叫び、茶色の髪の少女が怯えながら振り向く。
 「あや……よね?」
 メグに連れられたアヤは突然に名前を呼ばれ、固まった。
 「……え?」
 「会えて良かった! こちらの世界にいたのね! もう消えてしまったかと……」
 静夜がアヤに近づき、アヤはさらに困惑した。
 「わた……私は元々、壱の世界の時神で……」
 「……え?」
 静夜は不思議そうにアヤを見た。アヤは静夜を困った顔で見つめる。
 「この声の響き……もしかして……お母様……」
 アヤは何か遠い記憶を思い出そうとしていた。しかし、何も思い出せない。
 代わりに赤子を抱いている知らない自分が頭に浮かぶ。
 そしてその横には年老いた静夜が微笑んでいた。
 「……えど、じだい……海碧丸(かいへきまる)。前の私の……息子」
 「……前の? 海ちゃんはあなたの息子で私の孫よ。彼ももう、この弐の世界にはいないでしょうけど、もう一度、会いたいわね」
 静夜が言う孫の話はアヤにはわからなかった。そもそもアヤはなぜ、こんな言葉が出たのかの理解もできていない。
 ……海碧丸って誰よ……。
 前の私ってなによ……。
 前に立つ銀髪のこの人をなんで母だと思ったのだろうか。
 アヤには何にもわからない。
 「ねぇねぇ!」
 横にいたルナがなんだか騒がしくなってきたので、アヤは世界に入る準備をし、静夜達を見る。
 「あなた達、更夜と関係がありそうね? できれば一緒に……」
 アヤの発言に静夜は頷く。
 「あなたはお祖父(おじい)様を知らないのね。そうよ。更夜様は私のお父様。私の隣にいらっしゃるのはお母様。あなたのお祖母(おばあ)様。そして、更夜様のお姉様の息子様、明夜様よ」
 「……そ、そうなの」
 アヤが戸惑っていたため、静夜の隣にいたハルが優しく静夜の肩を叩く。
 「静ちゃん。あやちゃんは確かにあなたの娘だけど、この子はあやちゃんではないわ。時神現代神アヤ。時神現代神になるまでに何回も同じ外見で生まれ変わってるようね。アマテラス様の力がそう言ってる。不思議だわ」
 「……そうですか。あやじゃないんだ……。そうですか」
 ハルの言葉に落ち込んでいた静夜を見、アヤはなんと声をかけるか考えた。
 「あ、あの……ごめんなさい。で、ですが……昔に優しく呼んでもらった記憶は残ってまして、私はそこから自分の名前を『アヤ』と変えたんです……。今も不思議とお母様とわかりましたし……」
 「そう。不思議ね……」
 静夜はアヤに優しく微笑んだ。
 アヤは懐かしさをなぜか抱き、少しだけ涙ぐんだ。知らないのに、あたたかい感じだけは感じる。
 「やっぱり、お母様なのね。私の……。ずっと実は探していたの」
 「そうなの……」
 静夜は柔らかい笑顔でアヤの背中をそっと撫でた。
 「私はずっとあなたの味方よ。あなたの心の中にもいるからね。さ、今は更夜様を助けに行きましょう」
 静夜はアヤの胸の真ん中を指で軽くつつくと、仲間を見回した。
 「お嬢さん、それでいいんですかい?」
 明夜が尋ね、静夜は口もとを緩めた。
 「はい。あやちゃんは息子もできて、幸せに亡くなったのでしょう。こうして転生していたのには驚きましたが、今のアヤちゃんも幸せそうなので。お友達が多くて」
 「そうですかい」
 明夜は柔らかく答えると、静夜を更夜がいる世界へ促した。
 それを見たメグは話がいまいち理解できていないまま、アヤとルナとルルを送り出し、「中にサヨがいる。私はもう必要ない」とさっさと去っていった。

※※

 サヨはいままで抑えていた感情を爆発させていた。
 「なんで……あいつは……」
 いまだに元の世界に戻らない、この世界。黒い砂漠の世界。
 サヨは砂を握りしめ、唇をかみしめる。
 和解も何もできなかった。
 こちらの気持ちも全くわかってもらえなかった。
 虚無感がサヨを苦しめる。
 「……なんで、残った方が苦しむんだろ……。なんでまともに生きているあたし達がこんな……」
 「サヨ……。たぶんな、俺達のこの気持ちが凍夜をこの世界に留めていた」
 更夜の兄、逢夜はサヨの背中を優しく撫でる。
 「ありがとう」
 逢夜はサヨに一言、お礼を言った。この言葉以外思い付かなかった。
 それを見た千夜の夫、夢夜は、少し考えてからサヨに言葉をかける。
 「おそらく、凍夜は新しい魂としてまた、女の腹に宿る。今度は感情あふれる生活をしていくはずだ。凍夜はもういないが……新しくなった魂はどこかにいるかもしれない。だから、もう終わったんだ。望月家は解放され、この世界にとらわれていた凍夜を解放し、救った。皆を救ったんだ」
 「……そうとらえるしかないか」
 サヨは涙を拭き、立ち上がる。
 「あたしは望月を救った」
 「そうだ。……だが、この世界だけ砂漠のままだな。厄を溜め込んでいるヤツがまだいるのか」
 夢夜のつぶやきにサヨは息を吐き、真っ直ぐ更夜がいる場所を見る。
 「おじいちゃんだ」
 逢夜、夢夜はせつなげに目を伏せた。
 「おじいちゃんを、まだ、救っていない……」
 サヨは逢夜、夢夜を置き、歩きだした。
 「おじいちゃんを助けなきゃ」
 

三話

 アヤは更夜の妻ハル、娘の静夜、千夜の息子明夜、逢夜の妻ルル、ルナと共に更夜達がいるであろう世界へと入った。
 「来たか。俊也は元の世界に帰ったか?」
 明夜と静夜を見つけた逢夜はまず、そう尋ねてきた。
 「ああ、そうですねぇ。無事に帰りやしたよ」
 明夜が答え、静夜は心配そうに逢夜を仰いだ。
 「あの……」
 「望月凍夜は消滅した。オオマガツヒは黄泉へ帰ったぜ。だが……」
 「……お父様は……」
 静夜は悲しげな顔でうつ向いた。
 「更夜はまだ、凍夜が中にいる。術がとけていない」
 「……それならば、皆でときましょう。私や静夜にもまだ、あの人がいるはず」
 ハルが答え、静夜が同意する。
 「そうしましょう。お母様」
 お母様と呼ばれた少女を視界に入れた逢夜は、彼女が更夜の妻であることを思い出した。
 「……あんたは……おはるか」
 「はい、そうですよ」
 「まず、謝罪しなければならねぇことが……」
 「……あなたは本当にお顔が更夜様にそっくりですね。逢夜様、謝罪はいりません。あの時(戦国)、あなたが私達の事を凍夜様に話していようがいまいが、結末は同じです」
 ハルは微笑んで逢夜にそう言った。
 「そうか……なんて言ったらいいのか……」
 「何も言わないでくださいませ」
 ハルの言葉に逢夜ははにかむと口を閉ざした。
 逢夜は次にルルに目を向ける。
 「ルル、大丈夫か? お前まで来るこたぁ、なかったんだ」
 「逢夜……ケガしてるよ! 私、心配で……」
 ルルは逢夜に抱きつき、声を震わせた。
 「ワリィ……心配かけた。……ああ、えー……うん、やっぱり戦は良くないな……。平和に暮らしたいもんだ」
 「逢夜……やっぱり送り出したくなかった……」
 ルルを優しく抱きしめた逢夜は声のかけ方に悩み、とりあえず横にいた夢夜を横目に見る。
 夢夜は目の前にいる息子に驚いていた。
 「お前は明夜か!」 
 逢夜の横で夢夜が声をあげた。
 「ああ、お久しぶりですねぇ。お父様。変わっていらっしゃらない」
 「……お前の血筋は今でもしっかり生き残っているようだ。望月サヨと……」
 夢夜はアヤにくっつくように立っていたルナを見る。
 「望月ルナ」
 名前を呼ばれたルナは肩をびくつかせ、驚いた。
 ルナは誰が誰だがもうわかっていない。
 「小さな神様か。よしよし」
 夢夜はルナの頭を優しく撫でた。撫で方が千夜に似ており、ルナは不思議そうに夢夜を仰ぐ。
 「ばあばに似てる……」
 「ん? ああ、千夜か。……お前のばあばはな、頭を撫でられたり、抱きしめてもらえた事が子供の時になかったんだ。だから、俺が教えてあげたんだよ。千夜は……優しい顔をしていたなあ……。ルナちゃんにも優しくしてくれているんだな」
 夢夜はルナの頭を撫でながら、千夜との思い出を少し思い出した。
 「そういやあ、あっしは母様を知りやせん。母様に会いたい……。こんな年になりやしたが、頭を撫でてもらいたい……」
 「明夜……、今、千夜は」
 夢夜は言いにくそうにうつ向いた。それを見たルナが元気よく答える。
 「あのね! ばあばがケガしちゃってるけど、アヤが元に戻せる! だから大丈夫だよ!」
 「ええ。時間を巻き戻しましょう」
 アヤが頷き、太陽神サキがアヤに気がついた。
 「あ! アヤが来た! え? どうやってきたんだい? あ、ハルちゃんも一緒なのかい? 大丈夫だったかい?」
 サキは次から次へと表情を変える。表情はすべて心配している顔だ。
 「今、あっちで皆動けなくなってるんだよ。アヤ、ちょっと来ておくれ」
 「サキ! あなたも腕動いてないじゃない! 折れてるの?」
 「ま、まあ……」
 サキは言葉を濁しつつ、アヤを連れて、みーくんが立つ場所まで案内した。アヤにルナ達もついていく。
 「今、こんな状態なんだよ。親族さん達」
 サキは意識を戻さない更夜と千夜、動けない栄次、プラズマを見せる。
 「アヤ? なんでアヤが……」
 プラズマは弐の世界でうまく未来見ができないようだ。アヤが来ることが予想できなかった。
 「そんなことはいいわ。プラズマ。ケガを治しましょう。千夜さんと更夜、栄次が特に酷いわね。サヨ、スズ、大丈夫だから」
 アヤは更夜の手を握り、座り込んでいたスズとサヨに優しく言った。
 アヤが時間の鎖を出し、全員の体の時間を凍夜と戦う前に戻す。
 千夜が目覚め、栄次、プラズマの傷、サキの傷、サヨの傷、スズ、夢夜、逢夜までも傷が塞がり、全員元に戻った。この的確な時間操作はアヤ以外にはできない。
 「……っ! 夢夜様ッ!」
 千夜は夢夜を視界に入れ、涙ぐんだ。
 「ルナも……危ない故、ここには……」
 「ばあば、それよりね、ばあばのこどもがいるよ?」
 ルナがよくわかっていない顔で明夜を紹介した。
 「……もしかして……明っ……」
 「実際に会うと恥ずかしいもんですねぇ……。はい。明夜ですよ。母様」
 明夜は照れながら、想像よりも数倍小さかった母に目線を合わせた。
 「こんなに大きくなって……。私はお前を育てられていない……。息子と呼んでいいのか、わからぬ……」
 「呼んでくださいませ。母様。会ったことはございませんでしたが、尊敬しておりました」
 明夜が優しく微笑む。
 「お前はよく、望月を立て直してくれた……。私は……誇りに思っている」
 千夜の言葉にルナが反応した。
 「ねぇ! このひとはばあばにイイコ、イイコしてもらいたいんだって! 誇りに思ってるって褒めてるよね?」
 ルナの純粋な言葉に明夜は苦笑いを浮かべた。
 「ルナちゃん、この年齢でそれはな、ちょいとな……」
 「イイコイイコしてもらいに来たんじゃないの?」
 ルナは過去が見える。明夜の会話も筒抜けであった。
 「……ルナちゃん、あんまりあっしをいじめないで……」
 「明夜、こちらにおいで」
 千夜は優しい笑顔で、少し離れ始めていた明夜を呼ぶ。
 「……母さま」
 「おいで」
 千夜の柔らかい声で明夜の目に涙が浮かんだ。
 「母さま……」
 明夜は自分よりも体が小さな母にすがるように抱きついた。
 千夜も目に涙を浮かべ、明夜を抱きしめる。
 「いままで……ひとりで……頑張ったんだよ……母様……」
 明夜の魂年齢が若くなる。
 外見が少年に変わった。
 凍夜と夢夜が相討ちし、ひとりになった幼い明夜。
 寂しさは女々しく泣くなと自分を叱り、むなしさは望月を立て直すことでまぎらわしていた。
 「知っていたよ、明夜。死んじゃってごめんな……。本当にごめんな……」
 千夜は優しく息子を抱きしめる。それを見た夢夜が包み込むように妻と息子を抱き寄せた。
 「……やっと家族が揃ったな」
 すべての過去が見える栄次は少しだけ涙ぐみ、家族三人だけ残し、少し離れようと皆に伝えた。
 なぜか更夜だけは目覚めない。
 傷は治っている。
 しかし、意識が戻らない。
 「……サヨ、スズ、少し更夜を動かす」
 更夜に寄り添っていたサヨとスズは栄次の言葉で離れた。栄次は更夜を抱え、少し離れた場所におろした。
 皆が集まり、更夜を覗き込む。
 「おかしいわね……。傷は巻き戻せたはず」
 アヤが困惑しながらサヨを仰ぐ。
 「……凍夜がまだ、おじいちゃんの中にいるんだよ。術をといてない。凍夜が消えて、きっとおじいちゃんは何もかも嫌になっちゃったんだ。だから、戻ってこない。おサムライさんがおじいちゃんに最初に会った時、おサムライさんとおじいちゃんは黄泉に入る寸前だった。おじいちゃんはたぶん、自分の世界に閉じ籠ってる」
 サヨはハルと静夜に目を向けた。
 「……なるほど。では、助けに行かなければ……」
 ハルは弱々しく倒れている更夜をせつなげに見つめながらそう言った。
 「おじいちゃんの呪縛を解くには歴史神を連れて来なければならないよね?」
 千夜や逢夜の術を解いた時に、歴史神が歴史を繋いで過去に入った。サヨは歴史神ヒメちゃんを呼ぼうと思ったが、それに対し、ハルが口を開く。
 「問題ないわ。更夜様のトラウマは私が殺されたところ。静夜を人質にとられたところ……。子供の時のむなしさ……。全部、わかる。だから、このまま、更夜様の心を私達の力で開き、中に入り込んだマガツヒごと、凍夜を消滅させましょう」
 ハルがそう言い、スズは目を伏せる。
 「……ハルさんはすごいな……。あたし……」
 「スズちゃん、あなたも一緒に来て。たぶん、更夜様の辛い過去を追体験してしまうけれど、あなたはもう一度、更夜様をわかった上で、殺される記憶部分で更夜様を救うの」
 「え……?」
 ハルの言葉にスズは顔を上げた。
 「今回はそれぞれ対象の記憶に入っておじいちゃんを救うってことか。おじいちゃんは苦しかった時代が長すぎた。苦しいまま死んだ。だから、凍夜への苦しみも悲しみも恨みも一番消えていない」
 サヨの言葉にハルは頷いた。
 「ルナが使えそうだね」
 ルルが戸惑っているルナに目を向けた。
 「え? ルナ? ルナ、なんかできるかな?」
 「更夜さんの時間をうまく巻き戻して、静夜さん、サヨの『K』の力で更夜さんの心の世界を固定する」
 ルルが答え、みーくんが唸る。
 「あんま、ワイズが不利になるように動きたくはねぇんだが、まあ、あんたらがコイツの厄を外に出してくれたら、厄除けのルルと俺が厄を黄泉へ返そう。さっき、黄泉が開いたんだ。次も開くだろ、たぶん。太陽神サキ、黄泉を開く準備すんぞ。俺達も時神も、弐の世界に長くいちゃあいけねぇしな」
 「みーくん、さっきいたイザナミって神、襲ってきたりはしないよねぇ……」
 「……。イザナミねぇ……。まあ、考えてもしょうがない。黄泉のパスワードが変わってる。また、時間がかかりそうだぜ」
 みーくんはサキを連れて再び黄泉を開く準備を始めた。
 「ルナ、頑張ろ」
 突然に決まり、動揺しているルナの背を撫で、サヨは小さなルナを落ち着かせる。
 「ルナは……力をうまく使えない。おじいちゃんを怒らせちゃったんだ。ルナは……できないよ」
 今にも泣きそうなルナにプラズマは目線を合わせてから、肩に手置いた。
 「ルナ、いるのは霊と、太陽神と、『K 』だ。栄次も更夜の記憶に入る。ルナの役目は重い。だが、それを予想した上で来たはずだ。俺は未来神だからわかる。未来が見えたからついてきたんだろう? しっかりしろ。あんたならできるさ」
 「……プラズマ……」
 ルナはさらに不安そうにプラズマを仰いだ。
 「ルナ、いけ。大丈夫だ」
 プラズマに強制的に背中を押されたルナは突発的に神力を解放させた。
 「まだ、ちょっとわかんないけど、始まった! えーと……」
 サヨは横に立つ静夜に目を向けた。
 「私は望月静夜。望月更夜の娘です。サヨさん」
 静夜はサヨに笑いかけた。
 「……おじいちゃんのっ……娘」
 辺りが白い光に包まれる。
 「アヤ! ルナの補助だ! 時計を安定させろ!」
 「わかったわ」
 プラズマの鋭い声が聞こえ、アヤの冷静な声が響く。
 「スズ、入るぞ。今度こそ、更夜を救う」
 「……栄次」
 栄次はスズの手を握り、優しげに微笑むと、白い光に飲み込まれていった。
 「静ちゃん、行ってきます」
 「……お母様、わたくしも後程……」
 ハルも白い光に包まれ消えた。
 サヨは白い光の中、うずくまって泣いている更夜を見つけた。
 入るか迷っていたサヨだったが、顔を引き締め、更夜の元へ歩きだした。
 光が消える。
 横たわったままの更夜。
 先程と何も変わっていないように見えるが、砂漠の世界にはプラズマとルナ、アヤしか残っていなかった。
 「ルナ、神力を安定させろ! アヤが時間を保つ! だから大丈夫だ。ルナがやらないと、皆、更夜の世界から帰れなくなる」
 プラズマはルナの状態を保たせるよう、声掛けを始めた。
 「プラズマ、時間は固定できているわ。ルナ、神力を落として」
 アヤが冷静にプラズマに答え、ルナに言う。
 「……っ」
 ルナは目に涙を浮かべながら、神力を落とした。
 「ちょっと落としすぎね。少し上げて」
 「わ、わかんない! わかんないよぅ!」
 ルナが焦りを見せたので、プラズマがルナの肩に手を置き、神力を流す。
 「俺の神力に合わせろ。力を出しすぎると戻りすぎる。俺は未来神だから過去のことはわからない。だが、ルナの神力の度合いはわかる。今のは出しすぎだ」
 「……アヤ、プラズマ……」
 ルナが泣きそうな顔をしているので、アヤとプラズマはルナを落ち着かせる。
 「大丈夫よ。ひとりでやれと言ってるわけじゃないのだからね」
 「いまんとこ、安定してる。大丈夫だ。このまま行くぞ」
 アヤとプラズマにそう言われたルナは更夜の下に展開していた時計の魔方陣を心配そうに見つめた。 

四話

 ハルと静夜は更夜の少年時代を早送りで見ていた。
 「……凍夜はいつもの凍夜ですね。お母様……」
 静夜が頭を抱え、ハルがため息をつく。
 「更夜様はこんなひどい目にあっていても、一度術を自力で解いているのよ」
 「……怖くなかったんでしょうか……。いや、怖かったはず。それが十四歳で反抗心に変わった」
 「そうだと思うわ。ほら、私が出てきた。更夜様が十歳の時に八歳の私が農村から拐われたみたい。お父様、お母様が戦で亡くなったの。ぬくもりがほしかったのよ。だから、凍夜についていった」
 ハルは目に涙を浮かべ、悲しげに笑う。
 「お母様……かわいそうに。見ているのが辛くなってきました」
 静夜はハルに寄り添った。
 「……怖かったわ。大きな男が笑いながら私に暴力を振るの。いつも震えていたわ。でもね、更夜様が守ってくれたのよ」
 「……私も怖かったです。でも、お父様が来てくれるはずと頑張って耐えてました」
 「あなたも大変だったのよね……。ほら、そろそろ……」
 ハルが静夜の背を撫でた時、更夜がハルと幼い静夜を連れ、凍夜の屋敷に入ったところだった。
 更夜の顔は暗い。
 時間がゆっくりになった。
 更夜の声が聞こえる……。
 ……俺が守らなくては……。
 俺がやらなくては……。
 もう、アイツを殺せる力はあるんだ。
 家族を守らねば。
 「静ちゃん、行こう」
 「はい」
 ハルは静夜の手を引き、屋敷へ入る。
 障子扉の部屋から更夜のか細い声が聞こえた。
 「静ちゃん。更夜様は必死だったのよ。あなたはまだ小さかったけれど」
 「はい。私はずっと、お父様がなんとかしてくださると思っていました。私がお父様の年齢、二十歳前後になった時、お父様がどれだけ若かったのか、選択肢がなかったのかを思い知りました」
 静夜の言葉が重くハルにのしかかる。
 「……ええ。私も若かった。だから突発的に更夜様とあなたを守ろうと自分を犠牲にしてしまった」
 ハルがつぶやいた刹那、更夜の泣き声が聞こえた。
 「ハルがっ!」
 「静ちゃん。行くわよ」
 「はい」
 ハルと静夜は障子扉を開けた。
 刹那、記憶内のハル、静夜が今のハル、静夜と同化し、ハルは凍夜の前に投げ出され、静夜は子供に戻り、更夜の後ろに回された。
 更夜が子供に戻った静夜を抱きしめ、ハルへの暴行を見せないよう胸に押し付ける。
 静夜は更夜の心臓が壊れそうなほど早く動き、ひどく体が震えていることに気がついた。
 当時はわからなかった。
 自分は幼すぎた。
 父がどれだけの恐怖を味わっていたのか。
 静夜は顔をわずかに上げた。
 更夜は恐怖に満ちた顔をしており、唇が震え、何かを小さくつぶやいている。
 静夜は唇の動きを読んだ。
 ……こ、わ、い……
 ……こ、わ、い……
 ……こ、わ、い……
 更夜はずっと同じ言葉を声を出さずにつぶやいていた。
 静夜は目を伏せると、静かに口を開いた。
 「お父様、私達は大丈夫です」
 「……っ!」
 突然に落ち着いた静夜の声がし、更夜は驚いた。
 「……大丈夫だ。守ってやる。安心……しろ」
 更夜は静夜に優しく声をかける。恐怖を悟られないよう、静夜にそう言ったように感じた。
 「ありがとうございます。お父様。もう、怖がらなくて大丈夫です。静夜は無事に大きくなりましたよ」
 更夜の力が緩む。静夜は更夜から離れ、母、ハルを呼んだ。
 「お母様」
 「静ちゃん、うっ……やるわよ」 
 ハルは凍夜に暴行され、逆さに吊られる寸前だった。
 ハルは太陽神の神力を放出し、凍夜を一瞬怯ませる。
 「なんだ?」
 凍夜が笑いながらハルを見た。
 ハルは傷だらけのまま、立ち上がり、更夜の前に立つ。
 「は、はる……」
 「更夜様、ハルは強くなりましたよ。私は『あなたをおいて死ねません』から」
 「……っ」
 更夜はハルを引っ張り、自分の後ろに回す。
 「更夜、何をしている?」
 笑っている凍夜を必死に睨み付ける更夜。
 「……ハルを……静夜を守れなかったんだ、俺は……。怖かったんだ。コイツが……。俺ひとりで妻と娘を守らねばと追い詰められていた。だが、よく考えろ……。ハルはハルで俺と娘を守ろうとし、静夜は静夜で俺とハルを守ろうとしていた。俺達は……コイツに屈していない、ちゃんとした家族だったんだ……」
 更夜が忍ばせていた刀に手をかける。
 「お父様。刀は必要ありません」
 静夜は『K』の力を放出させる。
 「……?」
 「私達、家族は強い。お父様の生きた人生ではお母様が死んでしまった。ですが、心の記憶ではお母様は死んでいません。私はあなたが誇りのままです」
 「その通りです。更夜様。私に力をお貸しください」
 静夜の『K』の力、ハルの『太陽神』の力で更夜の心はあたたかくなっていく。
 もう、凍夜の影が見えない。
 更夜は立ち上がり、ハルの元へ歩く。
 「はる……おはる……」
 更夜はハルに手を伸ばした。
 ハルは優しく微笑み、更夜の手をとった。
 「私達の時代はとうに終わり、凍夜も消えました。もう、あの男にとらわれなくていい……。あなたを待っているひとは沢山いる。あなたを大切に思っているひとも沢山いる。私も静ちゃんも、あなたにいつでも会える……」
 「……う、うう……」
 更夜は涙を堪え、ハルから離れようとした。
 「泣いて、いいんですよ。あなたは強くない」
 「……俺は男だ。妻と娘の前で……泣けるわけないだろう……」
 「あなたらしいですね。ですが、あなたは強くないのですよ。強い人間は……凍夜のような感情がない人間です。強さの方向性が違います。あなたはそちらの方面の強さではなく、感情があり、前を向いて歩ける、優しさの強さの方です」
 「私も、お父様の辛さを感じました。私がお父様の年齢の時に、適切な生き方の選択ができていたのか、今もわかりません。でも、私は幸せでしたよ。お父様が選んだ道のおかげです」
 ハルと静夜は更夜の手を握り、優しげに微笑んだ。
 「ハル……静夜……。会いたかった……」
 更夜は心に従い、ふたりにすがって泣いた。
 「会いたかった! 会いたかった! ずっと……会いたかったんだ。俺は怖かった。家族の形が壊れていくのが、怖かった……。情けねぇ……手が震えてんだ。アイツを憎む気持ちはもうない。ただ、家族が……家族がいなくなっちまうのが……さみしかった」
 「ええ……。私もさみしかったです。あのまま、三人で平和に過ごすはずだった。もしかしたら、静ちゃんに兄弟ができていたかもしれない。そんな未来があったのかもしれない」
 「……私もさみしかったです。ひとりになって、凍夜に尽くして、泣き叫んでも父も母も来ない。ですが、幸せになれました。お父様、ありがとうございます」
 ハルと静夜の声を聞きながら、更夜は強さを捨て、ただ、子供のように泣きじゃくっていた。
 ハルの太陽神の力、静夜の『K』の力、更夜の優しい神力が空間に満ちる。
 凍夜の影は完全に消え、白い光が黒い闇を外へと追い出した。

五話

 栄次とスズはある屋敷に来ていた。そう、ここは栄次と更夜が戦国時代に一緒に住んでいた屋敷である。
 ここに同国のスズが敵国の忍だと思われる更夜と、恐ろしく強い栄次を暗殺しにやってくる。
 「スズ、大丈夫か?」
 栄次はスズを心配した。
 スズはもう一度、トラウマである記憶を繰り返さねばならない。
 「大丈夫だよ。栄次……。あたしはさ、なんか変な気持ちなの」
 「……スズ。更夜の家族に会ったな」
 栄次は更夜の記憶を見つつ、答える。
 「あたし、ハルさんに嫉妬してたんだ。……あたし、最悪だよね」
 「いや……そんなことは」
 栄次の言葉にスズは軽く笑う。
 「栄次は優しい」
 目の前で流れていく記憶。
 更夜は淡々と敵を倒し、感情なく、人を殺している。
 娘の静夜を早く取り戻すため、凍夜に逆らわずに動く。
 「そろそろ、あたしが出てくるね。あたしさ……更夜を好きになっちゃいけなかったかも」
 「スズ、好きになることは悪いことではない。更夜はお前が大好きだぞ。俺は過去が見えるのだ。お前のために好きなものを作る計画を立てたり、お前がいない時に寂しがっていたり、お前はもう、更夜の一部なのかもしれんな。故、更夜を好きだという気持ちはなくさない方が良い。お前はもうすでに、人間のくくりではなく、霊だ。人間の常識はもうない。好きでいてやれ。お前の恋はしっかり実っている」
 栄次が珍しく恋について語った。
 「……うん」
 「更夜とおはるは恋愛し夫婦となったが、おはるも更夜もスズを受け入れている。共にこの時代を生き抜いた俺達は皆、仲間だ」
 栄次が語り、スズは更夜の過去を見続ける。
 ……俺は死ねない。
 死んだら誰が娘を守る?
 ハルは死んでしまった……。
 ハルが守った命を俺が守らねば。
 更夜は悩んでいた。
 更夜を暗殺しにきたという幼い少女が現れたからだ。
 ……俺はコイツも殺さねばならないのか?
 更夜は目線を横に動かす。
 更夜のその行動を不思議に思ったスズは更夜が見ている方に視線を移した。
 よく見ると庭の木の上に更夜の兄、逢夜がいるのが見えた。
 「更夜のお兄さん……だ」
 スズはいままで全く気づいていなかった。監視されているとスズが死ぬ間際に明かしてはいたが。
 「栄次は気づいてた?」
 「……いや。当時は過去を見ないよう、気にしないようにすることで精一杯だった故、気づいていない。この時期はまだな」
 「そう……」
 スズは再び更夜の記憶を見ていく。更夜の感情が筒抜けだ。
 ……気づかないふりをして、先に城主を暗殺しよう。そうすればこの子を殺さなくてもいいか。
 更夜は栄次とスズが鬼ごっこをしているのを遠くで眺め、目を細める。
 ……むなしいな。
 この気持ちはなんだろう?
 わからねぇ。
 ……くそっ。
 「バカ丸出しだな」
 栄次とスズが追いかけっこをしているのを見つつ、更夜は口角をあげ、笑った。
 やがてスズは更夜と栄次を相討ちさせようと動き始める。
 「……更夜、ごめんね……」
 記憶を見続けているスズは、自分の行動を更夜に小さくあやまった。
 声は届かないが、スズは自然とあやまっていた。
 「人間は相手の気持ちの中まではわからない。スズ、仕方のないことだ。この時代は皆必死だ」
 「うん」
 栄次に言われ、スズは再び口を閉ざした。
 「そろそろ、行こうか。スズ、また痛い思いを……」
 「大丈夫だよ。栄次。あたし、ちゃんと更夜に言うことがあるから」
 スズは歩き出した。
 武器を持ち斬りかかり、頬を更夜から叩かれた後、逆上したスズは更夜に飛び道具を投げる。
 必死のスズと今のスズが重なった。
 「俺も行くか」
 栄次も当時の困惑している自分と重なる。せつない瞳で、押さえ付けられているスズを見た。
 「いっ……ぎゃああ!」
 スズが更夜に腕を折られ、痛みに耐える。更夜の顔には感情がない。
 ただ、ここは記憶内部。更夜の感情は相変わらず筒抜けだ。
 ……片腕だけでいいか。
 子供だぞ……。
 細い腕だ……。
 子供の力なんて大したことないじゃないか。それを大人の男が押さえ付け、骨を折っちまう。
 最低な暴力だな。
 こんな簡単に折れちまうのか。
 いや、骨は簡単には折れない。
 俺がコイツの腕を折ろうとして折ったんだ。何言ってやがる。
 拘束させるだけにしてやろうとなんて、初めからしてないじゃねぇか。
 痛いか?
 苦しいか?
 同情は……せんぞ。
 死ぬわけにはいかないんだ。
 「……っ。こ、更夜……」
 スズは痛みに耐えながら小さく声を上げる。
 「……」
 更夜は何も言わず、スズを引っ張り、歩きだした。
 「こ、更夜……聞いて……」
 「……」
 更夜は何も言わない。
 ……何も考えるな。
 ……何も考えるな。
 とりあえず、コイツを殺すか生かすか……。
 ……連れて帰って……静夜の姉に……。
 夢を見てるのか、俺は。
 俺は嫌われているだろうな。
 彼女にも監視がいるはず。
 ……殺そう。
 嫌だなあ……。一生抱えそうだ。
 スズの着物を淡々と剥ぎ取り、白い着物一枚にさせ、忍道具を黙って並べる更夜。
 スズに生きるか死ぬかの問いかけをし、監視がついているとスズが言う。スズは覚悟を決めて死ぬ……。更夜を恨んで死ぬ。
 「更夜」
 しかし、スズは更夜が考えた予想通りには動かなかった。
 「……命乞いか? もう手遅れだ」
 「娘さん、お嫁さんを悪く言ってごめんなさい。あたしが入れる場所じゃなかったよ。更夜が沢山悩んだこと、更夜が優しいこと、あたしは知ってる。やっぱり、この時代の記憶を柔らかくするのは無理。更夜の記憶をこうだったかもって幸せにするのは無理。更夜はあたしを殺さなきゃいけない。もうそれしかなかった。だから、もう、それ以外を考えるのはやめよう。更夜はあたしを『殺すしかなかった』の。娘さんと一緒に生活する未来なんてそもそも選択肢になかったし、私を生かす未来なんて元々なかったの。だから、これでいいんだよ、更夜」
 スズの言葉に更夜は目を見開き、栄次は目を伏せた。
 更夜は刀をゆっくり下におろした。
 周りにいる男達の声が聞こえる。
 「なにやってんだ! お前が殺るって言ったんだろうが」
 「幼女だろ? じゃあ、俺が拷問してもいいか?」
 「首を落とす前にな、女のくせに男にたてつくガキにわからせてやれ!」
 「おい、アマッコだぞ。相手にするな」
 「幽閉したらどうだ? お前ら、そんな敵意を向けるなよ」
 「かわいそうに」
 バカにした笑い、残虐な言葉、同情の声……様々な言葉がスズと更夜、栄次に刺さる。
 「スズ……よく頑張った」
 栄次が近づき、悔しそうに唇を噛むスズを解放した。
 酷い言葉をかけられたスズは悲しい気持ちになりながら、近くの木の上にいた逢夜を見据える。
 「ああ、更夜の心に入り込んじまったようだ。俺も自分に向き合わねぇといけないよな。更夜に悪いことをしちまった」
 「色々なところで色々な人の感情が混じっちゃって、退路がなくなって、ひとつの運命だけになってしまった。あたしはどうやっても助からなくて、あそこで死んでたんだよ。でもさ、更夜があそこであたしの人生を終わらせなかったら、こういう続きになるんだ。悲しくなる言葉をかけられて、辱しめられて、苦しくなる。死にたくなる。更夜はわかってくれてたんだね」
 スズは逢夜を見てから、栄次、更夜と目線を動かす。
 「あそこで死んでいたから、その後、更夜を好きになって、抱きしめてほしくなったんだろうね」
 鋭い針が飛んできた。
 スズのこめかみ、首を狙う。
 スズの監視役がスズを殺そうと針を投げたのだ。
 更夜は持っている刀で針をすべて叩き落とした。
 「……そうだ。選択肢がなかった。夢は夢のままだ。だが、こんな形で生が続く以上、夢は叶うのかもな」
 「更夜、静夜さんとは一緒になれなかったけど、あたしはルナと姉妹になれた。夢、叶ったことにならないかな……。あたしは部外者じゃないんだよね……。家族にしてくれたんだよね……?」
 スズが悲しげに微笑んで更夜を見上げる。
 栄次と逢夜は二人の会話を黙って聞いていた。いつの間にか白い光が辺りを覆い、スズに酷い言葉をかけていた男達が消える。
 「……家族だよ。スズ。お前が凍夜に拐われた時、俺はお前をすごく大事にしていたことに気がついた。お前を他人だと思ったことはないんだ。一度、こうやってお前に酷いことをしてしまったから……どうやって関われば良いのかわからなかったんだ……。ごめんな」
 更夜はとても優しい顔でスズを見ると、折ってしまった腕を触る。
 「ありがとう。更夜。それと、追い詰めちゃってごめんね」
 目線を合わせ、しゃがんだ更夜にスズは手を回した。
 更夜はスズの小さな体に戸惑っていたが、なるべくやわらかく引き寄せ、子供ではなく、女性として抱きしめた。
 栄次は更夜の優しい顔に涙ぐむと、口を開く。
 「……更夜、皆が待っている。帰ろう」
 「……ああ」
 更夜は栄次に一言、幸せそうにそう言った。

六話

 サヨは白い空間の真ん中で、うずくまって泣いている銀髪の子供を見つける。
 青い着物を着た幼い少年。
 目の前に腹を裂かれた猫が物のように捨ててあった。
 残虐でせつなくて、苦しい気持ちになった。
 少年は血にまみれた猫を抱き、ただひたすらに泣いている。
 「クナイちゃん……クナイちゃん……」
 少年は猫の名前を呼びながら、叫ぶように泣き始めた。
 「おれがいけなかった! お父様の言うことを聞かなかったから、いけなかったんだ。痛かったはずだね、ごめんね……」
 少年は泣きながら猫を地面に埋める。彼がかわいがっていた猫だったのだろうか。
 「……おれは、わるいこだから、お父様のおしおき、受けてくるね」
 少年はいつの間にか現れた望月凍夜に泣きながらあやまり、凍夜は笑いながら少年の頭に手を置いた。
 「動物を使った忍術もあるんだ、更夜。敵の忍が猫の尻に紙をぶっ刺してこの辺にいる仲間へ連絡していた可能性もある。まあ、一応腹を裂いたが何にもなかったな。お前が猫を使って何かをしようとしていたのか? それだったらすばらしい才能だ」
 「……ち、違います……。クナイはおれの、ともだちです」
 幼少の更夜に凍夜は笑いながら首を傾げた。
 「よくわからんが、仕事をサボって猫を飼っていた。と、いうことでいいのかな? 間者かどうかもわからん猫を何の意味もなく世話していたと?」
 「……そうです。たぶん。……意味はないと思います……」
 凍夜の不気味な笑みに更夜の体が激しく震える。
 「この場合……悪いのはお前だな。うちは連帯でケジメをつける決まりだ。兄姉もお前の母もお仕置きだな。さあ、何をしようかなあ。新しいなんかを考えるか。顔を歪めるのが痛いってことなんだよな? じゃあ……」
 更夜は恐怖に歯を鳴らしながら、兄、姉になんとか罰がいかないよう、必死に二人を庇う。
 「こ、これはっ、おれがいけない……んです。お兄様、お姉様、お母様のぶんもっ……おれにやってくだっ……ください」
 「まあ、それでもいいか」
 「ひっ……ひぃぃん……」
 更夜の鼻をすする音と嗚咽がサヨの耳に届く。
 ……おじいちゃん……。
 幼い更夜は踞り、凍夜にあやまり続ける。
 「ごめんなさい、ごめんなさい……」
 更夜がケジメにこだわるのは、幼い頃からの凍夜の教育からだった。
 逃げたらいけない。
 逃げることは、悪だ。
 自分じゃない誰かが傷つく。
 自分が悪いならちゃんと、『罰を受けなくては』。
 痛みに耐えることで、罪を償える。許してもらえる。
 この時期の更夜にはしっかりと痛覚があった。
 ……痛い……痛いっ……
 これは……おれのもんだい。
 おれのおしおき……。
 助けを求めたら許してもらえない。
 「かわいそう……。酷すぎる」
 サヨは涙を浮かべ、拷問される更夜を見つめる。
 痛いと叫ぶ更夜に凍夜は笑いながら「そうか」と声をかけ、全くその手を止めない。
 痛いなら効いている、罰として成立している……凍夜はそう思っているに違いない。
 「……おじいちゃんはいつもケジメとして罰を与えていた。それは別に良かった。あたしは反省できたから。でも、ルナには暴力になってしまっていた。娘さんの静夜サンにも言うことを聞かないと叩いていたって言っていた。そうか。痛みを与えれば償ったことにできると思っていたんだ。きっと、それは違うってわかっていたんだろうな。だから、あたし達に酷い罰を与えず、お尻を叩いて叱っていたんだ。あの時、あたしのお尻を叩いた後、手が震えてた。罪を償う方法がこれでいいのか、考えてた」
 サヨは血にまみれながら謝罪を繰り返す更夜を悲しげに見つめた。
 「おじいちゃんは感情がうまくコントロールできないし、細かい選択が上手にできない男。迷うものの、結局は自分のルールから抜け出せない。きっと、ずっと苦しんでいたに違いない」
 やがて凍夜が去り、更夜は立ち上がる力もなく横たわり、口元を緩めた。
 「……許してくださった。おれは許してもらえた……。罪をつぐなったんだ」
 更夜はひとり、笑っている。
 「いきるのって……むずかしいな」
 更夜は立ち上がる。
 傷が治り、少しだけ大きくなった。記憶がわずかに流れたのか。
 「お父様に従うのは本当にいいことなのだろうか。周りの人達を見ていてもあのひとは異常だ」
 更夜がつぶやき、記憶は激流のように流れていく。
 もがき苦しむ更夜。
 戦国を生きるのは彼にとってすごく辛いことだった。
 幼少の時にかわいがっていた猫同様に、子がいないか確かめるために腹を裂かれ殺された妻、娘は奴隷になり辱しめられ、娘を助けるためスズを殺す。
 更夜は自分の人生がわからなくなっていた。
 なぜ、自分は生きているのか?
 存在価値はあったのか?
 存在理由はなんなのか?
 幸せはどこにあるのか……。
 「もう嫌だ……」
 更夜は踞り、つぶやく。
 「こんな苦しい思いをするなら死にてぇよ……。もう消えてぇよ……」
 更夜は子供の姿に再び戻り、泣き叫んだ。
 「なんのために俺は生まれたんだよォォ! アァァ!! アァァァ!!」
 叫び、頭をかきむしり、拳を何度も地に打ち付ける。
 更夜は気が動転していた。
 先がない。
 道がない。
 どうすればいいのかわからない。自分が正しいのかわからない。
 生きている意味がわからない。
 悲しい。
 悲しい。
 むなしい。
 ……さみしい。
 「おじいちゃん、助けに来たよ」
 サヨは苦しんでいる幼い更夜に優しく手を差し伸べた。
 更夜は泣きながらサヨの顔を仰ぐ。幼い更夜は純粋で、かわいい顔をしていた。
 優しい子だった事がよくわかった。元々、人を殺せるような性格ではなかったこと、冷酷な殺人鬼ではなかったこともよくわかる。
 望月凍夜が彼を変えた。
 「今までありがとう。育ててくれて、ありがとう。苦しかったよね」
 突然に現れたサヨを更夜は怯えながら見上げていた。
 「……おじいちゃん……あたしがわかる?」
 更夜はサヨの顔を戸惑いの表情で見つめた後、記憶を呼び起こした。
 「さよ……?」
 「そう、サヨ。おじいちゃんが育てた娘のひとりだよ」
 サヨは更夜の前にしゃがむと、更夜を優しく抱きしめた。
 サヨが子供の時、何度も大きな更夜に抱きしめてもらっていた。
 がっしりしてて、安心して、更夜がいれば自分達は守ってもらえているという気持ちになれた。
 でも今は小さくて、華奢で、弱々しい。
 「この時はただのチビッ子だね。かわいいよ、おじいちゃん」
 「……あったかいなあ」
 「……おじいちゃん、あのね。おじいちゃんはひとりじゃないんだよ、もう。だから、別に強くなくてもいいんだよ?」
 「……うん」
 更夜から更夜らしくない言葉が出て、サヨは涙ぐみながら微笑む。
 「おじいちゃんの後悔があたしらにもかかっていたとは思わなかったよ。あたしの小さい時はただ、怖いけど優しいおじいちゃんだった。でも、今はまた違う感覚」
 「さよ……大好きだ。さよは、やさしい」
 更夜がサヨに甘えてきた。
 「……うん。優しいよ。あたしは優しいんだ。あたし達はおじいちゃんに育てられた。幸せだったよ。ルナは、おじいちゃんが大好きで、おじいちゃんばかり追いかけてる。おじいちゃんはルナを幸せにしてる。今を見て。あたしもルナも、スズも……おじいちゃんがいないと生きていけない。あの時、おじいちゃんは『凍夜に接触しない』と逢夜サンに答えてくれてて、嬉しかったんだよ。あたしらに凍夜は関係ない。今を生きることに一生懸命になろうとしていたんでしょ? 今を生きていることに幸せを感じていたんでしょ? 戻ろう? おじいちゃん。今に」
 「……さよ、大好き」
 安心した更夜は優しげに微笑み、サヨは更夜を抱きしめた。
 「おじいちゃん、あたしも大好きだよ」
 あたたかい感情が流れ、さらに優しい声が響く。
 サヨ達の前にひとりの少女が現れた。
 「更夜、やっと見つけた……。千夜、逢夜の時と違って私は凍夜に完全に従っていたから、あなたを捨ててしまっていたこと、本当に申し訳ないと思っています……」
 少女はサヨに微笑み、更夜を撫でる。
 更夜は明るい笑顔を彼女に向け、「おかあさま!」と抱きついた。
 「優しい、優しい、わたしの息子。クナイちゃんはね、こちらの世界で幸せに消えたわよ。最後にクナイちゃんが私に会いに来て、クナイちゃんの心の声を聞いたの。『優しきあの時の少年へ繋いでくれ。今ある役目を全うし、幸せに生きるが良い』って言い残して消えていったわ」
 「そうでしたか」
 母に甘えていた更夜は今の更夜へと戻り、母から離れた。
 「ありがとうございます。お母様。会えて嬉しかったです。私はおそらく、他にも恨まれているでしょうが、それは私が受け止めます。では……私は戻ります。あたたかい我が家へ、俺の家族と共に」
 「……更夜、あなたは私の自慢の息子。仲間や家族が沢山いる。幸せに生きなさい。……私は最後の娘、憐夜(れんや)を探しに……」
 母は微笑んで更夜に手を振ると、世界から消えていった。
 「憐夜……」
 「おじいちゃん?」
 「あ、ああ、いや、ありがとう。サヨ。もう大丈夫だ。行こう。俺は、帰りたい」
 更夜の言葉を聞き、サヨは満面の笑顔で更夜と手を繋いだ。

七話

 「更夜が戻ってくる!」
 みーくんが叫び、サキが太陽神の力を放出した。
 「みーくん! 黄泉は?」
 「さっきのがなんだったんだってくらいに簡単に開いた……」
 みーくんがつぶやいた刹那、黒い煙が横たわった更夜から出ていき、わずかに開いた黄泉の中へと入っていった。
 「しかし、こんだけしか開かなかったな……」
 みーくんが指で大きさを伝えた時、黄泉の中から女の声が聞こえてきた。
 「天御柱と鬼神、竜巻に桃太郎。桃のデータを持つ彼女が桃太郎か。あの鬼神は鬼退治。めでたし、めでたし。鬼神神格は消えない。残るけれど、鬼はいない」
 「イザナミか」
 「うふふ……あははは!」
 黄泉の開きが小さかったからか、女の謎の声を残し、黄泉は消えた。
 「戦闘にならなかった……?」
 サキが冷や汗をかきながら、太陽神の霊的武器、『剣』をしまう。
 「黄泉へ連れ込まれなくて良かったぜ……。あの空間は異常だ。おそらく、俺達の古いデータ、古い世界もあそこにある……。黄泉はパソコンでいうところのトラッシュボックスだろ、たぶん」
 「うう、怖いねぇ」
 みーくんの発言にサキは震えた。
 「ま、とりあえず、終わった」
 「時神は大丈夫かねぇ?」
 サキは少し離れて更夜の時間操作をしているルナ達を見つめる。
 ルナはアヤやプラズマを交互に仰ぎ、自分があってるのか確認していた。
 「ぷ、ぷらずま、あや……」
 「いいぞ。それぞれ、入った時間列操作ができている……。そうだろ? アヤ」
 「ええ、大丈夫よ。更夜が帰ってくる。時間を……サヨと歩いてる……」
 プラズマ、アヤがルナに笑いかけ、ルナはようやく安心した。
 
※※

 更夜とサヨは白い空間をただ歩いていた。真っ白い空間なのだが、帰る道がわかる。
 そして、サヨとの思い出の記憶が優しく流れていく。
 「ああ、小さくてかわいいお前が映るなあ。これは、叩いてかぶってじゃんけんぽんをした記憶だ」
 「……おじいちゃん、楽しそう」
 「楽しかったぞ。力加減がわからなすぎて強めにいっちまって、お前が大泣きした時はかなり焦った」
 「あははは! そんなに痛くなかったけど、おじいちゃんを困らせてみたかったんだ。おじいちゃんが動揺しすぎてて、イタズラだったのに、悲しくなっちゃった」
 サヨが小さく言い、更夜が苦笑した。
 「そうだったのか……。かわいいな。それであんなにあやまってきたんだな。怯えさせちまったかと思ったよ」
 「過去を見ると、笑って流せない言葉だね……。おじいちゃん」
 サヨのせつない顔を見た更夜はサヨの頭を撫でる。
 「……でかくなったな」
 「うん」
 「お前の時は色々、手加減ができなくて、傷つけてしまうんじゃないかと心配して、実家に返そうとわざと離して冷たく対応しようと思っていたんだが、お前に会った瞬間になんか……何にもできなくなっちまった。笑顔を見たら優しくなってしまってな」
 更夜は優しく微笑んだ。
 「そうだったんだ」
 サヨは更夜の本心を知り、小さくつぶやいた。
 流れていた記憶にルナが現れ、やがてサヨが今の年齢と重なり、スズが現れる。
 「ああ……幸せだったんだよなあ、俺」
 更夜は幸せそうな、おだやかな顔で目を閉じ、サヨと共に白い世界から消えていった。

※※

 「おじいちゃん! お姉ちゃん!」
 ルナの声がし、更夜とサヨは目を覚ます。
 「ん……」
 更夜は暖かい春の空を眺め、サヨは更夜の上に覆い被さっていたことに気付き起き上がる。
 「……春の空? 春の野原?」
 更夜の鼻先を蝶が飛んでいく。
 「おじいちゃん! お姉ちゃん!」
 ルナが呆然としていた二人に抱きつき、泣いていた。
 「ルナ……」
 なぜ、ルナがここにいるかわからない更夜は状況を知らないまま、ルナを抱きしめる。
 「ルナ……会いたかった……」
 「うええん……」
 「ルナは頑張ったんだぜ」
 更夜の前にプラズマが立っていた。
 「プラ……ズマ?」
 「ああ。詳細は後で話すよ。この世界も戻った。春の世界だったんだ、ここは」
 「更夜、大丈夫か?」
 プラズマの横から栄次が顔を出す。
 「栄次……」
 「俺だけではない。皆いる」
 栄次が静かに後ろにさがり、更夜の見知っている人物達を前に出させる。
 「……!」
 更夜は目を見開いた後、顔を歪ませ、情けなく泣いた。
 「スズ……静夜……ハル……」
 更夜は笑顔でこちらを見ている三人に優しく抱きしめられ、赤子のように声を上げて泣いた。
 彼は感情のコントロールができない……。だが、人一倍、優しい感情を持っている。
 皆、彼を大切に思い、守ってくれた彼に感謝をしていた。
 更夜が抱いた負の感情は黒い霧となり、逢夜の横にいたルルに吸い込まれる。
 「きた。彼の厄だ……」
 「ずいぶん削ったとはいえ、やっぱデカイな。消化しよう。一緒にな」
 「いつものお仕事だね」
 ルルと逢夜は手を繋ぎ、更夜の厄を分解した。
 家族同士でそれぞれ、再開を喜んでいるところを眺めつつ、プラズマは汗を拭い、アヤと栄次に向き直る。
 「ああ、皆、家族に出会えて良かった。……だが、問題がな。アヤ、リカは何してるんだ? 置いてきたのか?」
 プラズマの言葉にアヤは体をわずかに震わせた。
 「えっと……その……」
 「……? アヤ?」
 「わ、私が指示を出したの……。ルナの過去見で状況を知って、メグを使って……私達をこの世界に入れたり……リカをひとりでワールドシステムにいれてしまった。おそらく、黄泉のブロックが解除されたのはリカがワールドシステムに入ったからだと思うわ」
 アヤの言葉にプラズマはため息をついた後、アヤを真っ直ぐ見据えた。
 「アヤ、メグはワイズ軍だ。それにリカをひとりで行かせたのか?」
 プラズマがアヤに厳しく言い、アヤは目を伏せて答えた。
 「それしか方法が……」
 「リカは狙われているんだぞ。マナやワイズに」
 「わ、わかっているわよ……」
 「メグを使うことをちゃんとワイズに言ったのか?」
 「言っていません……」
 「今回はワイズと太陽神が処理する内容だった。だから冷林軍がメグを動かすのは話がこじれる。先にワイズに助けを求めたらよかったんだ。ワイズからメグを借りるならアイツは何も言わなかったはず……。ルルもいたんだろ? ルルに頼んでワイズの許可をとらないといけないだろうが。過去を見たならわかるはずだが、黄泉を開く段階で、もう望月家は自分達だけでなんとかしようとはしていない。あんたは軍についてはよくわかっているはずだと思っていた」
 プラズマにそう言われ、アヤは目に涙を浮かべうつむいた。
 「ごめんなさい。時神が皆傷ついていて、更夜が……」
 「……それは言い訳だ」
 プラズマは静かに言い、アヤが泣き出した。
 「プラズマ、アヤは今回、動揺していたのだろう。あまり強く言うな。アヤはわかっている」
 栄次がアヤを庇い、プラズマは息を一つついて口を開く。
 「わかっているのは知ってる。謝罪して泣いているんだからな。言い訳は聞きたくない。今回はもう、時神側が悪いことになる。そうされる。ワイズはリカのデータが邪魔なんだ。壱を存在させるために、ちらくつ伍の存在を消したいんだ。前回はマナとリカを相討ちさせようとしていただろうが。アヤは危険だとわかってリカをワールドシステムに入れたはずだ。黄泉はワイズも開けるはず。アイツにやらせれば良かったんだ」
 「アヤだけを責めるな。彼女は周りの意見を聞いてから決断をした。プラズマ、今回はお前の誤りから始まったことだ。お前が慈悲深いのは知っているが、ワイズ軍の天御柱の仕事を遮り、攻撃を仕掛けたのだぞ」
 栄次の言葉にプラズマは拳を握りしめた。
 「わかっている! だが、これ以上、ワイズが有利になれば、俺はリカを守れない! 今回は傍観していれば良かった事で更夜を救うことに集中すりゃあ良かったんだよ!」
 プラズマが怒り、アヤの肩が跳ね、栄次はプラズマを落ち着かせる。
 「プラズマ、アヤにはあたるな。アヤはお前のイラつきに怯えている。彼女は荒々しい雰囲気が苦手だ」
 「……アヤ、ごめんな。今回は……負け戦なんだよ……。気が立っていた。俺は、なるべく弱みを握られないよう、ワイズと交渉してくる。栄次は……リカを見つけ、報告、他のメンバーは休ませる」
 プラズマは再び冷静に戻り、栄次に指示を出した。
 「……お前、ひとりで大丈夫か?」
 「……大丈夫だ」
 プラズマは荒々しい雰囲気を纏わせたまま、ワイズに会わせるようみーくんに交渉をした。
 「ああ、紅雷王、ワイズに喧嘩を売るのか? 俺は正しい証言をするぜ? ルルと逢夜も会議に出させる。健闘を祈るぜ」
 ワイズの側近、天御柱神、みーくんは軽く笑い、サキに目を向けた。
 「お前、会議に出るつもりな顔してるが、呼ばれてないからな。だいたい今回は会議じゃねぇ。時神と東の交渉だ」
 「あー、そうかい……」
 サキは頭を抱えて答えた。
 「まあ、もろもろで戦ってやるよ。俺は守護の約束をかわしたサキを傷つけちまったし、それを治したのはアヤだ」
 「みーくんなら安心かな」
 サキはそうつぶやき、ハルを呼ぼうとしてやめた。ハルの娘の静夜が『K 』なため、皆を運べるから呼ぼうとしていたが、いつの間にか切ない顔でサヨが立っていたからだ。
 「あ、あのさ、今、おじいちゃんはさ、家族に会えたことを喜んでる。だから、あたしが送るよ。壱の世界の扉を出すね」
 サヨはさっさと扉を開き、「どうぞ」と促した。
 「ありがと! サヨ」
 サキだけが明るく言い、みーくんがルルと逢夜を小さく呼び出し、ついてくるよう指示を出す。
 二人はなんの話かわかり、眉を寄せつつ、壱へ入った。
 最後に扉をくぐろうとしたプラズマがサヨに声をかける。
 「サヨ、今回は俺の決断だから、気にするなよ」
 「プラズマくん……」
 プラズマが去り、サヨは目を泳がせ、どうするか考え、息を吐いた。
 ……あたしもこっそりついていく。

花は咲き、月は沈む

 壱の世界、時神達の住む家から神の使いツルが引く駕籠に乗り、プラズマ、みーくん、逢夜、ルルは会話なく、ワイズの城へと向かう。
 サキは太陽神の使い、サルを呼び出し霊的太陽に帰って行った。
 サヨは皆が乗り込んだ瞬間に走り、人型になったツルの手を掴んだ。
 「よよい?」
 「しぃー……あたしも一緒に連れてって」
 「はあ? お嬢さん、神なのかいね? よよい?」
 「わかんない。『K』だよ。でもさ、神力があるみたい」
 サヨの言葉にツルは苦笑いを浮かべる。
 「まあ、確かに、神力はあるようだよい、よよい! 中の神には極秘ってことかいね?」
 「そうそう。極秘! さあ、行って!」
 サヨがてきとうに命令し、ツルはため息をついてサヨを抱えて飛び立った。
 「仕切るな。迷惑だよい……」
 ツルはうんざりしながらも、サヨを落とさないようしっかりと抱えた。
 「あんた、意外に優しいよね?」
 「さあ? どーかねぇぃ?」
 複数羽の鶴に指示を出し、ツルは春の大空へと舞い上がっていった。
 「うわ、すげ……マジで飛んでんじゃん」
 サヨが遠くなる町並みを眺め、つぶやく。気づいたら違う空間に入っていた。
 高いビルが立ち並ぶ最先端な町並みのど真ん中に金閣寺を悪く進化させたような謎の天守閣があった。
 「場所はあそこだよい」
 「なんじゃありゃ……ま、まあいいや。ていうか、あたし、高天原に入れてんじゃん。じゃあ、神なのかな、あたし」
 「知るかよい……」
 ツルは城前で降り、先にサヨをワイズの城横にある庭へ移動させた。
 「じゃ、よよい!」
 簡単に手を上げてツルは去っていった。
 「さあ、行くか……」
 サヨはワイズの城を睨み付け、ルルやプラズマ、みーくんの後をつける。
 「で?」
 「っひ!?」
 すぐ後ろから声をかけられたサヨは驚いて体を固まらせた。
 「何してんだ、お前は」
 慌てて後ろを振り返ると、逢夜が立っていた。
 「逢夜サン……」
 「余計なことしてると、俺が更夜の代わりにお前をお仕置きすんぞ? ケツバットか?」
 逢夜はサヨの首根っこを掴み、凄む。サヨは子猫のように首を縮めた。
 「待って、か弱い乙女に酷いことしないでってば! お尻の骨、折れちゃうから! わかるよね?」
 「どこがか弱いんだ、お前。冗談だよ」
 逢夜はあきれ、サヨは苦笑いを浮かべる。
 「プラズマに悪いことしたと思ったのか?」
 「う、うん……まあ」
 「……。じゃあ、一緒に来い。お前、高天原にいる時点で神だ」
 「ケツバットはないよね?」
 「ばか野郎、怪我すんだろうが」
 逢夜が更夜と全く同じ怒り方をしてきたので、サヨは少しだけ笑ってしまった。
 一方、プラズマはワイズの部屋の扉を叩いていた。
 「時神未来神、湯瀬紅雷王でございます。お忙しいところ、お時間を作っていただき、ありがとうございます」
 「どーぞ。紅雷王、何の用かNA? 天御柱の邪魔をして、壱を守る邪魔をして、我々の対応を遅らせた。どのツラさげてきやがったか? 私の軍の彼らは下がらせたぜ」
 ワイズは相変わらずのまま、プラズマを中へ入れた。
「まず、謝罪をいたします。このたびは申し訳ありませんでした」
 プラズマはすぐに謝罪した。
 頭を下げたプラズマを椅子に座ったままワイズは見下ろす。
 「何を謝罪しにきたか?」
 「はい、私が天御柱を遮ったこと、現代神アヤが海神を勝手に動かしたことについての謝罪でございます」
 「簡単に言ってるが、お前、天御柱に関しては、危ういお前らを止めようとしていたにもかかわらず、攻撃を仕掛けただろうがYO。で、お前、あれだろ? 謝罪にきただけじゃねぇだろがYO? 紅雷王」
 ワイズは軽く笑い、プラズマは話を先へ進める。
 「はい。交渉に来ました。高天原会議にて、私の罰を最小限にさせていただきたいと思います」
 「最小限だと? 時神の主が情けねぇNA。罰くらいまともに受けやがれ」
 ワイズは口角を上げたまま、プラズマに言い放つ。プラズマは息を吐くと先へ続ける。
 「高天原会議の罰の決定権はお前にある。今回は時神と東の問題だ」
 「だからなんだYO」
 「わかるだろうが。今回は俺が悪かった。お前の仕事の邪魔をし、迷惑をかけた。罰は受ける。本当に……」
 「ああ、謝罪はいいぜ。そのかわり……」
 「リカを殺すつもりか?」
 プラズマの発言にワイズは眉を上げた。
 「はぁ? リカを殺す?」
 「俺をもう一度、封印罰にしてリカを殺すか、免除の代わりにリカを差し出せと言うか、どちらかだと思ったんだがね。違うのか? まあ、俺はおそらく、冷林から罰を受けることになるが、お前は冷林を罰しないだろう? 俺に罰を与えたいはずだ。……今回は私が大変な失礼と、罪をおかしました。罰は受けます。申し訳ございませんでした。許容の範囲での罰ならば、今、与えてくださいませ。しっかり反省させていただきます」
 「あっははは! バカかYO? お前のやらかしの罰と与える時間を偉そうにお前が決めんな。これは私が決めることだろうがYO」
 ワイズが嘲笑し、プラズマはとにかく頭を下げる。
 「冷林は呼ばないのか? お前だけで俺を罰するのか?」
 「罰を回避する言い訳には苦しいな、紅雷王。お前は冷林を呼びたくないんだろうYO。冷林に罰が行くことを恐れて、私に直接交渉しにきたんじゃねぇのか?」
 「その通りだ」
 プラズマは素直にそう言った。
 「じゃあ、そのバカ丸出しな発言は脅す相手を間違えてんだろうYO。私からの罰は封印刑だ。後先考えないバカな行動を反省するがいい」
 「封印刑……私を封印刑にする前に、今回の件について、私がそこまでの重罪なのか、もう一度、お考えくださいませ」
 プラズマは冷静に話を進める。
 「はっ! 考えるわけがない。そこまで突き詰めるわきゃあ、ねぇだろうがYO? 罪神が有利になろうとしてんじゃねぇYO。まあ、交渉として、許してやるならば、リカを差し出せ」
 ワイズは追い詰めてから、新たな要求を出した。
 「なぜ、リカなんだ?」
 プラズマが睨み、ワイズは飄々と答える。
 「なぜか? お前が罰を受けられないというなら、一番『この世界』に影響のない部下に責任を取らせようとしただけだYO」
 「伍への影響は考えねぇわけか」
 「伍なんて私には関係がない。私は壱を守る神だ」
 「もう一度、俺の罪について考え直そうか。お前の部下からの発言も気になるんだよ。部下を呼べ」
 プラズマの言葉にワイズは再び笑うと、足を組み換えて座る。
 「リカを差し出せば、許してやるって言ってるんだYO。単純な話だ。ああ、ちなみに、リカを殺すなど一回も言ってねぇYO? そりゃ、中傷だろうがYO」
 「ああ、なるほどな。わかったよ」
 プラズマはワイズの小馬鹿にした言い方、発言に怒りを露にした。冷静な気持ちがなくなり、いらつきが勝ち、口角が勝手に上がる。いらだちを通りすぎてのあきれた笑みだった。
 「てめぇら……」
 プラズマは顔を上げ、ワイズを恫喝した。
 「てめぇら、時神ナメんのもいい加減にしろよ」
 怒りを通り越すと、自暴自棄になり、笑ってしまう。
 プラズマは息を荒げ、ワイズを攻撃的に見据えた。
 「ああ? おめぇらをなめたことはねぇYO。なめたら壱が滅ぶんだYO。てめぇは時間の管理をしてるんだ。自覚が足らねぇんじゃねぇのか? 紅雷王」
 ワイズはサングラスを外し、珍しく真面目な顔で、プラズマを揶揄しつつ、プラズマの「てめぇ」発言に対して同じく「てめぇ」を使い、言葉を返す。
 手前とは本来、自分のことを指し、お前とは自分の前にいる相手に対し、使う。しかも、お前は元々とても丁寧な言葉である。
 「お前はいつも、俺達を自分のために追い詰める。頭としては感情的すぎるんじゃねぇか? ワイズ」
 「私がいつお前らを追い詰めた? 言ってみろYO。私は壱を守る神だ。『お前ら』に危害を加えたことはない」
 ワイズは冷静に言う。
 大して危害を加えていないのは確かだ。ワイズは他の神に汚れ仕事をやらせているが、指示を出した形跡がないのである。
 そしてこの『お前ら』という言葉に『リカはいない』。
 ワイズは壱を守る正義として、世界を保つデータを持つ者として、正常な動きを見せている。
 彼女にとって、リカは警戒対象であり、ワールドシステムにより認められたのだとしても、時神にエラーが出ていることに疑問を持っている。
 つまり、リカを守護するつもりがない。表だってリカを消したいとは実はリカが壱に入って混乱を産んだ事件から、一言も言っていないのである。
 プラズマは息を吐くとワイズを睨んだまま、追加で言葉を発っした。
 「まことにその通りでございます。しかしながらお前は……」
 口もとを緩め、青筋をたてながらプラズマは続ける。
 「甚だ、癇に障る女だ」
 「あっははは! 絶妙に中傷ではないNA」
 ワイズが笑い、プラズマは気持ちを落ち着け、続きを話す。
 「こんなくだらないことを話しにきたのではないのです。思兼神、関わった軍の神々を呼んでくださいませ。高天原会議にて、太陽神サキより、この話がおそらく出ます。お話が出れば、恥をかかれるかもしれません」
 「うちのモンはお人好しが多いからNA。だが、まあ、ここで真実を言ってもらうか。重罪なことは重罪だが。ルル、逢夜、天御柱……いますぐ来い」
 ワイズは脳内回線でルル達を呼んだ。

二話

 最初に来たのは天御柱神(あめのみはしらのかみ)、みーくん。
 「やっと呼ばれたか。証言をしろって話か?」
 「ああ。そういうことだYO」
 「じゃあ、話すぜ。紅雷王は確かに俺の邪魔をした。だがまあ、それから色々あって、時神に協力したわけだ、俺はな。とりあえず、望月更夜がヤバかったんで、白金栄次に止めてもらった。望月凍夜は俺の独断で『K』のサヨ率いる霊達に任せた。追加でお前との約束で太陽の姫を守護する約束をしていたが、サキは負傷してしまったんだ。だから、現代神、アヤが治した。時神がいなけりゃあ、ワイズ、咎められてたんじゃないか? 太陽に」
 みーくんがそう語り、ワイズは軽く笑った。
 「太陽の姫は無理やり連れ出したわけでもなし、完全守護は約束できないと言ってある。協力要請は出したがNA。黄泉を開いてマガツヒを返すため、それに伴う太陽神の疲弊をなくすため、神力の高いお前をサキにつけたんだYO。それだけだ。サキは納得して来たわけだからアヤが治したところで、こちらに恩を着せることはできないYO? どうせサキは怪我をしたらアヤに助けを求める。それは我々東が介入する話じゃあない」
 ワイズがサキとの契約内容を話し、みーくんはため息をついてプラズマを仰いだ。
 「だとよ、紅雷王。こっち方面で罪を軽くすんのは難しそうだ。俺としては、問題があるのは……」
 みーくんがそこまで言いかけた時、ルルと逢夜が入ってきた。
 後ろに少女を連れている。
 「サヨ!?」
 プラズマは驚いて二人の後ろに立つ少女を見つめた。
 ルルと逢夜の後ろにいたのはサヨだった。
 サヨは居づらそうにはにかみながら部屋の中へ入ってきた。
 「なんだ? お前は呼んでないがNA」
 「あ、あたしはプラズマくんを巻き込んだ者として、この交渉に参加する!」
 サヨはまっすぐワイズを見据え、はっきりと言った。
 「お、おい……」
 プラズマが慌て、逢夜が口を開く。
 「俺の親族だ。いるくらいいいだろ? まあ、今回は俺もルルも勝手な行動をしたよな。今回は俺が復讐心に負けて弟の更夜をおかしくしちまったから、サヨが追い詰められて、戦に加わり、プラズマが追い詰められたサヨを助けるために動いたわけだ。おまけに人間の魂……望月俊也がさらわれたので、俺が極秘に動こうと言ったんだよ。望月だけで解決する問題だと。更夜は最初、否定していた。俺が無理やり動かしたんだ。俺が動いたからルルも動いた。つまり、俺が悪いんだ」
 逢夜の言葉にワイズはため息をついた。
 「あー、お前は罪神だNA。勝手に動いていたんだからNA。偉そうにモノを言うんじゃねーYO」
 「だが……あんたは俺が動いていることに気づいていたよな? 俺を野放しにした理由はなんだ?」
 逢夜はまっすぐにワイズを睨む。
 「別にお前はどうでも良かったからNA。ただ、望月更夜を追い詰めた件に関しては許せないNA。お前らは兄弟だが、北と東だ。東が勝手に北と同盟を組んだかのようになった。責任は取らせる。ただ、紅雷王、今回は更夜だけ器用には救えなかったんだろうがYO」
 「そうだよ。あんたのとこの望月が巻き込んだから抜け出せなくなった。逢夜を放置したお前もどうかと思うけどな。更夜は逢夜に凍夜討伐を命じられ、困惑しながら一度、断っているんだ」
 プラズマは攻撃を始める。
 「はっ! それを持ち出すのかYO。それで罪の相殺をすると?」
 「そうだ。むしろ、これのせいでサヨと俺も動いた。さらわれたサヨの兄も結局、お前らは助けられてないし、剣王軍の望月も入り込んで望月のくくりじゃなくなった」
 「あー、夢夜のことかYO。剣王がマガツヒ討伐のために送り込んだらしいNA。太陽神も『K』も全部望月。嫌になるぜ。まあ、それを含めて罪の度合いは封印刑か? 何があろうと、天御柱とぶつかった事実、アヤが勝手にメグを動かした罪はこれとは別だ。強制ではなく、時神の判断だろうが。サヨは関係ないんだ。時神が動く理由はないNA」
 ワイズの言葉にプラズマは唇を噛み、下を向いた。
 明らかに封印罰は重すぎる。
 封印罰は他神の神力を巻かれ、暴走した神を消すためにあったという謎の空間に閉じ込めておくという重い罰。
 他の神の神力が逆流し、痛みと苦しみに弱る。気絶すれば千年は寝てしまうかもという、酷い罰である。
 プラズマが一度、これで酷い目に合っていた。
 「俺が封印刑になったら、リカの守護を考えないといけない。リカを差し出すわけにはいかないからな」
 「まあ、リカを差し出せば罪はなくなるがNA」
 「一つ言っておく。俺には太陽神の力があるようだ。この太陽神の特性が守護本能に働いた可能性がある。お前、隠してんだろ? 俺の特性、知ってるんだろ?」
 プラズマが試すように言い、ワイズの表情が消える。
 「……今、知ったねぇ……。お前が気にすることじゃねぇYO」
 「それも込みで今回の罰を考えろよ。神はデータに従う。俺は従ったはずだ。データに従った場合、自己判断ではないよな? つまり、重罪にはならない。剣王がそうだったよなぁ?」
 「……アマテラスめ……アマノミナカヌシめ……。紅雷王、お前には太陽神の力はない。時神のはずだろ? 狂ったのか?」
 ワイズはわずかに怒りを滲ませたが、変わらずにプラズマを挑発する。
 「……プラズマくんは狂ってないよ。太陽の力があるんだと思う……。でさ、今、あたしの力に気づいたんだけど……」
 サヨが小さくつぶやきながらワイズをまっすぐ見据えた。
 「あたしね、時神の力、持ってるみたいなんだ」
 サヨの発言にプラズマとワイズが同時に驚き、立ち上がった。
 「お前は『K』だろうがYO! てきとうなこと、言うんじゃねぇ!」
 「……てきとうかどうかは、ちゃんと見てね」
 サヨは神力を放出した。
 時神特有の神力が空間に充満する。まだまだ未成熟な力。
 不安定。
 だが、確実に時神の力だった。
 「はあはあ……すごい疲れるな。あたしはね、時神再生神……。時神の神力を安定させる神! 破壊神から皆を守る力を持つ……らしいよ」
 「……なんだと……」
 ワイズは拳を握りしめた。
 プラズマが言う先の言葉も予想し、舌打ちをする。
 「……ワイズ。と、いうことは、俺は……『データに従い、時神を助けるために動いた』わけだな。悪いことじゃあない。サヨと更夜を助けるために動いたんだ。その過程で天御柱と戦うことになった。あの時、俺はいきなり攻撃を仕掛けたわけじゃない。通してほしいと頭を下げたんだ」
 「あー、だな。確かに頭、下げていた」
 みーくんが答え、ワイズはため息をついた。
 「そうかYO……。重罪ではなくなったNA 。冷林と私が話す内容になったか。冷林が時神を管理しきれていなかったことを確認することになった。おしかったNA。今回はただの喧嘩じゃなかった。マガツヒが外に出た事件だ。世界滅亡に繋がる。剣王も慌てて抑え込みに動き、霊的太陽もマガツヒの反対勢力として動いた。壱の守護が仕事である私も当然、動かなければいけなかった。お前を責め立てたこと、申し訳なかった」
 ワイズが謝罪し、プラズマはわずかに眉を上げた。
 「あんたも、大変だな。本当に後で不利になるような状況を作らない」
 「はっ! どうだか。今回は冷林と私とお前でお前の罰を決める。交渉は終わりだYO」
 ワイズはどこか悔しそうに解散宣言をした。

三話

 リカはワールドシステムから出られず、ただ浮遊していた。
 「そういえば、入れるけど、出られたことない……」
 「やあ。また迎えにきた」
 メグの声がし、リカは振り向く。
 「ああ、メグ……一つ聞いていい?」
 リカは振り返りながら、メグに尋ねた。
 「……ん?」
 メグは首をかしげつつ、リカをふわりと浮かせ、当たり前のようにワールドシステムから外へと連れ出した。
 「それ! ねぇ、それはどうやってやってるのかな? ワールドシステムから出る方法がわからないの」
 「……? たぶん、『K』の力……。あなたにはない」
 メグが疑問を顔に浮かべながらそう言い、リカは眉を寄せた。
 「マナさんにはあるよね?」
 「それは知らない。それより、ちゃんと黄泉を出せたんだね」
 「あ、そう? 出せたの? あれ、マナさんがやったんだよ」
 「……? まあ、いい。そろそろ、サヨの世界に着く」
 メグはいつの間にか宇宙空間を浮遊しており、ネガフィルムが絡まる場所にたどり着いていた。
 「……ほんと、いつも不思議」
 リカがつぶやいた時には、もうサヨの世界へ入れられていた。
 メグは仕事が終わるとすぐにいなくなってしまった。
 リカはサヨの世界へ入り、白い花畑を越えて大きな屋敷へと入った。部屋はかなり賑やかだった。
 沢山の人がいる雰囲気。
 「あ、あの……」
 リカが部屋に入ると栄次やアヤ、更夜だけでなく、沢山の望月家が笑顔で話していた。
 「これは……?」
 「あ、リカ!」
 アヤと栄次と更夜がリカに気づき、近づく。
 「無事か? リカ……。これから探しに行くところだった。お前が黄泉を開いたから、マガツヒは消えた」
 栄次が安堵の表情を浮かべ、怪我をしていないか確認してきた。
 「怪我はしてません。今回は……あの、プラズマさんとサヨは……」
 「……」
 三人が同時に困惑した顔となり、楽しそうに遊ぶルナとスズに目を向ける。
 「ああ、プラズマは今回の件でワイズ軍を乱した。罰が発生する。アヤが今回の騒動で海神を呼んでしまったこともワイズが許可しておらず、罪になるが、おそらく、プラズマが代わりに……」
 栄次が答え、リカは真っ青になった。
 「サヨはそのワイズとの交渉についていったらしい。サヨを今から連れ戻すことはできず、困っている。だが、交渉にはお兄様がいる。なんとかしてくださるはずだ」
 更夜が冷や汗を拭い、珍しく慌てていた。
 「そ、そういえば更夜さん、元に戻ったんですね!」
 「ああ、お前達のおかげだ。ありがとう……。娘や妻に会えたんだ。ほら……あそこで、明夜と話している……」
 「……良かったですね」
 リカは楽しそうに話す三人を見て、優しい笑みを向けた。
 しかし、プラズマとサヨが気になる。
 「皆で壱に一度戻ってプラズマとサヨを待ちましょう。ルナに扉を出してもらう。ルナはこないだから扉が出せるんでしょう? 霊は連れていけないから更夜とルナだけね」
 アヤがそう言い、更夜が頷いた。
 「ああ、ルナは扉を出すだけにしてもらう。今、楽しそうに笑っているからな」
 更夜はルナを愛おしそうに見てからアヤに目を戻す。
 「では、俺達はあちらに戻ろう。リカ、無事で良かった……」
 「はい」
 リカはとりあえず返事をし、ルナを呼ぶ更夜を眺めた。

※※

 一方、高天原東。ワイズの城では、冷林とワイズが電話をしていた。
 プラズマとサヨには電話が聞こえない。ただ、罰の軽重を待った。冷林は話せないため、電話というよりも、頭に直接文字を送るメールのような感じである。
 「ふむ」
 ワイズは通話を切り、プラズマを見た。
 「私としては公開罰にしたいところだったが、冷林が公開はいけないと言ってきた。おもしろい罰を提案してきたので採用するYO。公開の方が惨めさが出てより罰らしくなるが……そこは残念だYO。ああ、冷林は自分で罰を与える事はできないようなので、東に罰を与える許可をしてきたZE」
 「なんだと!」
 プラズマが焦り、ワイズが口角を上げながら先を話す。
 「アイツは私に怯えてんだYO。封印罰だけはやめてくださいと泣いていた。東側が罰を与えることで、今回の怒りを沈めてくださいと情けなく言ってきた。で、まさかのそこそこ重い罰を提案してきて笑っちまったZE」
 ワイズは笑いを堪えており、プラズマとサヨは眉を寄せた。
 「プラズマくん……」
 サヨは心配そうにプラズマを仰ぎ、プラズマは冷や汗を流す。
 「……あんたに罰はいかないから、大丈夫だ」
 「冷林は何考えてんの! せっかく罰が軽くなったのに!」
 「サヨ、冷林を悪く言うな……。あの子は……まだ六歳なんだ」
 プラズマがつぶやき、サヨが怒る。
 「なんで、数え年八の子供が北のトップなんかになってんだって言いたいの!」
 「……あの子は……天皇からこちら側へ神格化した神だ。弐の世界に行くことなく、壱にとどまり続けている。高天原北は元々、アマテラス様の世界だった。冷林……安徳帝はアマテラス様の元にいた神だ……今は、アマテラス様がいない。だから彼が……」
 「……?」
 プラズマの発言が突発的だったため、サヨは眉を寄せた。
 「プラズマくん、もう一回言って」
 「え? 俺、なんか言ったか? ああ、冷林が上に立っている理由はわからない。彼はアマテラスと関係があるらしい。概念となったアマテラスと関係してるのは、まあ、お話では知っている」
 「プラズマくん……今……」
 サヨが先程の事を持ち出そうとした刹那、頭に警告音が鳴った。
 ……エラーが発生しました。
 ……エラーが発生しました。
 サヨの瞳が黄色く輝き、プラズマの瞳も黄色に輝く。
 ……エラーが発生しました。
 ……エラーが発生しました。
 「さてと、刑の執行だ。望月サヨ、お前は外にいろ。紅雷王の悲鳴を聞き、震えているが良い」
 ワイズが手を叩き、呆然としているサヨを部屋の外へと出した。
 「で、罰は?」
 プラズマが元に戻り、ワイズは神力を解放する。
 「今回は重罪ではないZE。私の神力に百回斬られろ。それだけだ。安心しろ。冷林が決めた。さっさと神力を解けYO」
 ワイズの髪が伸び、荒々しい神力がプラズマを突き刺す。
 プラズマは素直に神力を最低に落とした。
 「ああ……。冷林……俺が前回封印されたのがよほど怖かったんだな……。だが、これは非人道的な罰だぞ……冷林!」
 プラズマはあきらかに重い罰に唇を噛みしめた。
 ワイズは笑いながら続ける。
 「一見、重そうに見えるが、アヤがいるからNA。巻き戻せるし、ぬるいだろ? 良い機会だ。私の神力を受けてみると良い」
 「何がいい機会だ。お前も冷林の判断がおかしいと思ったなら、対応しやがれ!」
 「はあ? お前、私に何を求めてるんだYO。アイツの判断だ。私は神力を使い、お前を罰する手間がある。私に得は何もないが、冷林との関係を悪くはしたくはないからNA」
 ワイズは飄々とそんなことを言い、プラズマは再び、怒りを露にする。
 「よく言うぜ……」
 「さて、罪神が偉そうにはできないZE?」
 ワイズは神力でプラズマの腕を縛り、上に吊るす。
 「痛てぇから覚悟しろよ? 紅雷王……」
 ワイズは神力をさらに放出し、黄色に輝く鋭い神力をプラズマにぶつける。鞭のようにしなる神力はプラズマの服を裂き、皮膚を裂き、プラズマは悶えながら耐えた。
 「まず、一回。あー、強すぎたかNA? かなり裂けちまったなあ~」
 「……はあ、はあ……」
 「神力で防御を少しでもしたら、最初からだZE? めんどうだから、自分で数えろ。屈辱的な気持ちにしてやる」
 「……手加減しろよ、グラサン女っ……。死んじまう……」
 プラズマは腹の皮膚を裂かれ、血を滴らせ、苦しそうに言った。
 「次は、縦にいくか」
 ワイズは笑みを浮かべつつ、プラズマを頭から斬り下ろした。
 「あぐっ……」
 プラズマは頭から血を滴らせ、顔の一部まで斬られ、耐える。
 「お前が死んだら困るなぁ。もう少し、抑えるか」
 「なめやがって……」
 「数は?」
 「二回だ。後、九十八回だ」
 「お前のその邪魔な記憶……ムチ打ちでなくしてやる……」
 ワイズはプラズマを睨み、黄色に輝く神力を振り抜いた。
 サヨは扉の外で耳を塞いでいた。『K』である彼女はこう言った虐待行為が嫌いである。
 嫌いというより、データで弾かれる。
 プラズマの悲鳴を聞き、震え、うずくまっていた。
 「百回っ……終わったぞ……。がふっ……もういいだろ……」
 プラズマは涙を浮かべ、痛みに呻く。服は破れ、体にはミミズ腫れが目立ち、血が滴っている。
 残虐な行為だ。
 「無意識に神力で自分を覆ったな? 追加で二、三十回は受けてもらおうか?」
 「非人道的じゃねぇか? こんなの……」
 「非人道的だNA! だが、決めたのは冷林だ。このまま、私の力を受け続けろ。……もう少しだ……。もう少しでデータ修復ができる……」
 後半はワイズのつぶやきだった。
 プラズマは疑問に思う。
 ……神々のデータとはなんだ?
 「さあ、追加懲罰といこうか?」
 ワイズは再び手を振り抜き、神力を飛ばす。
 プラズマは痛みに耐えながら、ワイズを睨み付ける。
 ……俺のデータとはなんだ?
 ……俺達の仕組みとはなんだ?
 「まだ、そんな顔ができるか。 では、情けなく泣き叫ばせてやろう。ちなみに、冷林には動画を送っているぞ? 満足してるかNA?」
 「なんてことするんだ……。あの子は優しい子だ……。血まみれにされる俺なんて見たら……」
 「はあ? アイツが決めた罰なんだZE?」
 「怖がって決めたんだろうが! 俺だってあの子のことがわかる! お前がわからないわけがねぇだろ!」
 「わからねぇNA~。封印刑を避けたかっただけの短絡的な判断なんて。封印刑の話はもうしていなかったんだがNE~。軽すぎると私の気持ちが収まらないと考えたかNA?」
 ワイズの言葉にプラズマは息を吐き、怒りを抑えてつぶやいた。
 「そこまでわかってて、お前、自分の気持ちは話さなかったのか……」
 「話す必要はないだろ? あちらさんが一方的に混乱していたんだ。私には関係ねぇYO」
 「……てめぇ、覚えてろよ……」
 プラズマは最後までワイズを睨み付けていた。

四話

 サヨが我慢できなくなった頃、プラズマが部屋から出てきた。
 髪はボサボサ、服はボロボロ、血まみれで足元がおぼつかない。
 サヨは息を飲み、震えた。
 「ひどい……」
 「……サヨ、終わったぞ……。帰ろう。アヤに治してもらう」
 「こんなの、おかしいじゃん……。あたしが……プラズマくんにあんなこと言ったのが最初なんだし……プラズマくんだけが……」
 「サヨ、違うよ」
 プラズマはサヨの肩を優しく叩き、傷だらけな顔で微笑んだ。
 「話の方向性が違うんだ、サヨ。冷林が判断を誤った。ワイズは、俺のエラーを修正する目的で非道な罰を、非道だとわかっていながらおこなったようだ。アイツは何かを握っている。世界の秘密をな。どちらにしろ、冷林が決めた罰。俺は従う。封印刑じゃなかったんだ。良かったじゃないか」
 プラズマはツルを呼び、サヨを連れてワイズの城から出た。
 外にはみーくん、逢夜、ルルがおり、プラズマの怪我に目を疑った。
 「なにされたんだ……ワイズに……」
 逢夜が尋ね、ルルが怯える。
 逢夜はルルを抱き寄せ、落ち着かせながら、プラズマを見た。
 「軽い罰を北と東で決めるんじゃなかったのか?」
 みーくんも眉を寄せて聞いてきた。
 「冷林が決めた罰に従った。あんたらワイズ軍は……悪くない。冷林がワイズに指定した罰をやらせたんだ」
 「……お前の軍、どうなってんだよ……。重刑じゃねーのか? これ」
 みーくんがあきれた声をあげ、プラズマはふらつきながら、目の前にいるツルの駕籠へ入っていった。
 「……冷林様は勝手に動いてワイズ軍を邪魔したことを許してはくださらなかったということだよ。北は……強くなる必要がある……。俺はもう行く。サヨ、乗れ」
 「う、うん……」
 サヨも乗り込み、ツルは飛び立つ。
 「よよい! では進むよい!」
 「紅雷王! ……ゆっくり休め……」
 みーくんが最後にそうプラズマに言い、プラズマは軽く手を上げて答えた。
 「……ワイズ……アイツのデータ……いじったのか? アマノミナカヌシに反抗した……そう言いたげだな」
 みーくんは頭についている自身の仮面を撫でながら逢夜とルルに挨拶をすると、去っていった。
 
※※

 時神の家にプラズマとサヨが帰ってきた。
 廊下を走る音がし、プラズマとサヨをまず、栄次とアヤが迎えた。
 「プラズマっ!」
 「ああ、あんたら、こっちにいたのか……。てっきり、サヨの世界の方にいるかと……」
 「なんで、こんなにひどい怪我を……」
 アヤが泣きだし、更夜が眉を寄せた。プラズマはアヤの頭を優しく撫でた後、更夜に目を向ける。
 「ああ、更夜、サヨは無事だ。俺は無事じゃなかったけどな……。後で説明するよ」
 「プラズマ……」
 更夜が戸惑いながら、暗い顔をしているサヨを抱きしめ、プラズマの傷だらけの背中に目を向けた。
 「こんな非道な罰をお前は受けたのか……。これは高天原会議にかけるべきだ!」
 「更夜、大丈夫だ。……すべて終わったよ。罰は軽くて済んだ。軽くて済んだんだ。交渉は軽かった」
 「理不尽すぎる罰だわ……」
 アヤがプラズマの傷口を優しく触り、涙を流す。
 「アヤ、あんたは罪に問われてなかった。あんたのせいで罰をくらったわけじゃないからな」
 「そんな……」
 「もういいんだよ。アヤ。俺を治してくれ……」
 プラズマの怪我の酷さに時神達は言葉を失った。
 「これはあんまりだ……。高天原会議でもう一度……」
 栄次がそう言ったが、プラズマは栄次がすべてを見ていると仮定し、首を振った。
 「栄次、交渉は終わった。もういい。俺をアヤが治して今回は終わりだ」
 「……冷林を叱責しろ。冷林に抗議だろう……これは」
 栄次が小さくプラズマに言い、プラズマは栄次の肩を二回軽く叩いた。
 「ああ、冷林とはちゃんと話すよ……。それからアヤ。俺の精神も身体と一緒に戻せるか? 『痛い記憶をなくしたい』んだ」
 「……? わからないけれど、やってみるわ」
 アヤは泣きながら巻き戻す。
 アヤの正確な巻き戻しならば、ワイズにデータを修正される前に戻せるはずだとプラズマは思ったのである。
 アヤはきれいにプラズマを戻した。プラズマの中に再び、太陽神の力が戻る。太陽神の力は先程まで感じなかった。消されていたのか。
 「……ああ、そうか。アマテラス様関係を知ることをアイツは恐れているのか」
 プラズマがつぶやき、ようやくしっぽを掴んだと、プラズマは笑った。
 「プラズマ?」
 アヤがプラズマを不思議そうに眺めていたので、プラズマはアヤを再び優しく撫でた。
 「なんでもねぇ。さあ、元気になったし、サヨの世界で皆でワイワイ望月の復興でも祝うか?」
 「プラズマくん……」
 サヨはいまだ、不安げな顔をプラズマに向けていた。
 「サヨ、ちゃんと冷林と話すから、気に病まなくていいんだ。せっかく、皆が幸せになったんだ。祝わないとな。先に行っててくれ。俺は……冷林を呼ぶ」
 「う、うん……。でも、あたし、お兄も心配だし、一回となりの自分の家に戻るよ。皆は先に行ってて!」
 サヨは扉を開き、アヤ達を自分の世界へと促した。
 「プラズマ……」
 アヤと栄次が心配そうに見ているため、プラズマは笑顔で送り出した。
 「大丈夫さ、もう終わったからな。栄次から軽く内容を聞いていてくれ。今回はもう、俺と冷林の問題になった」
 「わかったわ」
 アヤと栄次はとりあえず頷き、サヨの世界へと入っていった。
 最後に残った更夜はプラズマに頭を下げ、お礼を言った。
 「ありがとうございました。今回は我が望月家のために動いていただいたこと、わたくしまでも助けていただいたこと、感謝いたします」
 「……ああ。俺はほとんど何もしていない。頑張ったのは、サヨだ。サヨに関しても話すことがある。先に行っててくれ。後で飲もう」
 プラズマは更夜に笑顔を向け、更夜は再び頭を下げて世界へと帰っていった。
 「さてと、冷林を呼ぶ。サヨは兄貴の様子と家族の様子を見てきたら、また戻ってきて俺とあちらに行こう」
 「うん。わかった。ありがとう。プラズマくん」
 サヨはプラズマに軽く手を振り、玄関からとなりの家へと走っていった。
 「さてと……冷林。お前、いつから俺達の家にいたんだ?」
 プラズマが畳の部屋の障子を開けた。青い人型のぬいぐるみが机の下で震えていた。
 「冷林」
 プラズマは冷林を優しく呼ぶ。
 冷林はプラズマに呼ばれ、さらに身体を震わせた。
 「ほら、出てこい」
 プラズマが冷林の首元を掴み、机の下から出し、顔を覗き込む。
 冷林は小さな両手で、顔らしき渦巻き部分を覆い、小さく震えていた。
 「怖くないよ。俺は怒っていない。本当は怒りたいとこなんだがなあ……。今回はパニックになったんだろ? 前回みたいに何にも言わなければ、俺が封印されると、そう思ったんだろ?」
 冷林はプラズマの言葉に小さく頷いた。
 「やっぱりな。今回はワイズの事を考えて発言したんだな? 偉かったぞ」
 冷林はプラズマの言葉に首を横に振った。
 「冷林、罰は受けたよ。お前が言った罰、痛かったぞ」
 冷林は深く何度も頷き、ずっと震えていた。プラズマが痛め付けられている動画をリアルタイムで観たのだろう。
 「あんなに酷いとは思わなかったの? そうかそうか」
 冷林は渦巻きを手で覆い、顔を上げない。怖がっている。
 「ああ……泣いてるんだろ?」
 冷林は首を横に振った。
 「大丈夫だよ」
 プラズマはとても優しい顔で冷林に笑いかけた。
 冷林は初めて手をどけて、プラズマを仰いだ。渦巻きの下の方から涙がこぼれていた。
 「……あんたの泣き顔が浮かぶよ。冷林」
 冷林はプラズマを黙って見ていた。冷林の後ろにぼんやりと泣いている幼い男の子が映る。
 水干袴に烏帽子をかぶった、幼い少年。
 少年は怯えた顔でプラズマを見上げていた。
 「大丈夫だよ」
 プラズマはもう一度、冷林にそう言い、優しく抱きしめる。
 「また……『おたあさま』に会いたくなったか? 冷林……いや、安徳帝……」
 冷林は震えながらプラズマにすがった。映像がよほど怖かったらしい。
 「謝罪はいいよ。もう、終わった話だから。俺はあんたの『おもうさま』のようなものだもんなあ。消えないよ。大丈夫だよ。ああ、栄次、抗議しろって言っていたが、冷林はこんな感じなんだ。わかってくれ」
 プラズマは栄次が過去を見ているという仮定で一言言葉を追加した。
 「ああ、そうだ。お前も一緒に来るか? ルナやスズがいる。お前と同じくらいの子だ」
 冷林は首を横に振った。
 「大丈夫だよ。お前、人恋しいんだろう? 今回の失敗はたぶん、栄次がうまく説明している。お前が責められることはないさ」
 冷林は渦巻きの下方から沢山の涙を流している。
 「うわあ……鼻水なのか涙なのかもう、よくわかんないなあ。泣くな、泣くな。北のトップだろ」
 冷林は小さく頷くと、涙を手で拭った。
 「ほら、鼻水? もかめ」
 プラズマはティッシュで冷林の鼻水らしきものを拭ってやる。
 「サヨが来たら、皆のところに行くからね」
 プラズマは冷林を優しく撫でると、しばらく抱きしめてやっていた。
 その会話は庭に回ってこっそり聞いていたサヨの耳にも届いていた。庭が見えるように障子扉で隔てられただけの部屋だ。外から丸聞こえである。
 ……プラズマくんがいつもと違う優しさを見せている……。
 やっぱりちょっと盗み聞きは良くないよなあって思うよね……。
 冷林ってちょっとよくわかんないし……って気持ちで聞いてたけど、スズよりも年下の男の子なのか、本当に……。
 もう、聞かないで自分の家に帰ろ……先に。
 サヨは納得しない気持ちを感じつつ、庭からそっと離れた。

最終話

 サヨは時神の家のとなり、自分の家に帰った。
 「ただいま!」
 「サヨ!」
 すぐに父、深夜が怖い顔で立っていた。深夜は更夜に似て、怒っていると顔が怖くなる。
 「え?」
 「学校に行かずにパパに嘘をついたな!」
 「あ……」
 サヨは深夜を騙し、弐の世界へと調査に向かった。
 「制服は着ていないし、バックもないじゃないか! 弐の世界に入って無茶をしてきたんだろ!」
 「ひっ! う、嘘ついてごめんなさい!」
 珍しく怒っている深夜にサヨは涙目であやまる。
 「俊也が戻ってきてくれた」
 「お兄が帰ってきた! あ、あのね、今回、先祖さん達皆でお兄を助けたんだよ!」
 深夜はサヨの言葉に目を丸くし、少し涙ぐんだ。
 「守護霊さん達が……俊也を……」
 「ママは大丈夫?」
 「ママは俊也に抱きついて嫌がられているとこだ」
 深夜は苦笑し、サヨは笑った。
 「お姉ちゃん、お帰りなさい」
 「ん? あ、ルナも帰ってたんだ!」
 深夜の横から顔を出したのはあちらにいるルナとそっくりな少女だった。
 性格は真逆に見える。
 内気な雰囲気の少女。
 彼女の名前もルナと言う。
 サヨの妹だ。
 「ちょっとお兄ー!」
 サヨは兄、俊也をとりあえず呼んだ。
 「あ、サヨ、おかえり。え? 何? 母さんからは抱きつかれるし、皆で僕を心配して……」
 俊也は何事もなかったかのように顔を出し、首を傾げていた。
 「うん、いつも通り。お兄、なんか夢とか見た?」
 「な、なんだよ……。夢……? 家族が出てきて、皆でなんか喜んでた夢を見たなあ。それから、なんかよく覚えてないけど、先祖だっていう男の人が出てきて、なんかすごい励まされた。目覚めてからなんか、やる気があるんだよ」
 「そう、良かったじゃん」
 俊也はなぜ、サヨがそれを聞いてきたのかわからず、戸惑っていたが、サヨはそれだけで話を終わらせた。
 奥からサヨの母、ユリも出てきて、サヨに抱きついてきた。
 「うわっ、ちょ、ママ?」
 「学校に行かないで何していたの! ママ、心配したのよ!」
 「あ~……」
 サヨはユリに「パパには学校に行ってるって言っておいて」と言って出ていった事を思い出した。
 「サヨが俊也を助けたのは事実だが……勝手に動いたことに、パパはプンプンだ」
 「プンプンって」
 サヨは吹き出してしまった。
 「向こうで更夜様にお仕置きしてもらってきなさい!」
 「はあ? 嫌に決まってんじゃん! おじいちゃん、怖いんだから!」
 「怖いからこそ、いいんじゃないか!」
 「パパが怒れないからって、なんでもおじいちゃんに持っていくのは良くないって!」
 サヨは必死に言い、深夜は笑った。
 「変わらないなあ、サヨは」
 「ママ、今日はお兄元気になったよ記念でなんかごちそう作ってよ!」
 サヨは深夜を無視し、笑顔でユリを見る。
 「ああ、そうね~。何がいいかしら……」
 「あの、僕は一体、何があったんです?」
 俊也は全くわかっていない。
 「いいの! 今日はごちそう食べて元気に行こ! あ、あたし、夜までには帰るけど、ちょっとお隣さんと遊びに行ってくるから」
 「サヨは宿題とか、勉強はいつも完璧だから、何にも言うことがないのよね。いってらっしゃい。ルナちゃん、一緒に買い物にいきましょうか」
 「はい。ママ。お菓子、買ってもいい?」
 ルナはかわいらしい笑顔でユリの手を握る。
 「一個ね」
 「一個かあ……」
 「エコバッグ持ってくる」
 「ママ、ルナも手伝う……」
 ユリとルナは微笑みながら部屋の奥へと消えた。
 「じゃあ、あたし、行くね~」
 「サヨ!」
 サヨが出ていこうとドアを開けた刹那、俊也がサヨを呼んだ。
 「ん?」
 「ありがとう……」
 「え?」
 サヨは固まった。
 「あ、ごめん。よくわかんないだ。でも、ありがとうってなんか言わなきゃいけないって思って……」
 俊也に弐の記憶はない。
 だが、心のどこかで望月家当主として、望月を救ってくれた事へ感謝していたのかもしれない。
 「……ありがとう……サヨ」
 「うん。お兄、受験、頑張ってね……」
 サヨは俊也と謎のハイタッチをかわし、深夜を見る。
 「パパ、あたしね……」
 「……ああ、サヨ、お前はもう……」
 「うん……あたしはあっち側だけど、パパの娘だよ」
 「……俺達が死んでも……強く生きるんだ……サヨ」
 深夜はサヨを優しく撫で、背中をそっと押した。
 「うん、行ってくるね!」
 サヨの年齢が止まった。
 神としての存在が始まる。
 サヨはこちらの家族とはずっと生活できないことを感じていた。いずれ成長するこちらのルナよりも外見が年下になるのだ。
 これからは向こうにいる更夜、ルナ、スズと共にいることの方が多くなるかもしれない。
 「あたしは時神になった……。あの男の子の軍に入るのかな……? ……プラズマくんの下につきたいな……あたし。ワイズとか剣王に引き抜かれたり、しないよね……」
 サヨは少しの不安を抱え、プラズマと冷林がいる時神の家へと向かった。

二話

 「プラズマくん!」
 サヨは扉を開け、時神の家に入り込んだ。
 「サヨ、帰ったか。冷林もいる」
 「……」
 サヨは冷林を見て、何を言うか迷った。
 「サヨ、あんたは時神だ。ワイズや剣王に引き抜かれる前に冷林の軍に入れ」
 プラズマにそう言われ、サヨは少し考える。
 「ねぇ、そういえばリカはいつ冷林軍に入ったの?」
 「……リカは……実は冷林軍に入れていない。入れているようには見せているが」
 プラズマが驚きの発言をし、サヨは目を丸くした。
 「え! 軍に加入してないわけ? あんな弱小神、信仰心集まらなくて消えちゃうんじゃない? だって、高天原南の竜宮城以外の地域みたいな、一柱で信仰心が回せる神なら軍未加入でも力をつけられるけど……リカはさ」
 「それが、リカは消えてないんだ。そもそも俺達、時神は信仰が消えない強力な神だ。時間は人間が信仰する大事な縛りだ。リカを加入させるかは迷っている……」
 「なんで、迷っているの?」
 「彼女は俺達の存在から世界を変えてしまった。元々別世界にいた俺達を彼女が同じ世界にまとめたんだ。彼女がまとめる前は俺達は毎日、天記神(あめのしるしのかみ)の図書館で会っていた。あそこは、参からでも肆からでも壱からでも図書館で繋がるから。ただ、他の世界にはいけなかった。自分の世界に帰っていたんだ。そこまでやっていたのに簡単に世界を統合してしまったリカの力が不気味だったんだ。北に何か被害が出るかもしれない。そう思った。ワイズも剣王もリカを加入しには来ない。消しには来ているが。太陽や月、竜宮はリカがどういう存在かすら知らない」
 「プラズマくん、リカがかわいそうじゃん。仲間のふりをしてるけど、警戒してるみたいな」
 サヨの言葉にプラズマは目を細め、真面目な顔でサヨを見据えた。
 「そうだ。俺は警戒している。彼女が来て、俺達の修正のために時神が増えた。サヨ、あんたもその一柱、ルナもその一柱だ。ワイズの気持ちもわからなくはないんだ。アイツは壱を守る神だ。壱が変わることを恐れている。だが、リカは優しい女性だ。俺は仲間として迎えたい。時神として」
 「……プラズマくん、リカを冷林軍に入れよ?」
 サヨが言い、プラズマは浮いている冷林を仰ぐ。
 「冷林、リカをどうする」
 プラズマに話を振られた冷林はプラズマとサヨを交互に見て困っていた。
 「冷林」
 プラズマが少し強めに冷林の名前を呼ぶ。冷林は慌ててプラズマを見つめた。目はどこにあるかわからない。
 「俺は何て言った?」
 プラズマの鋭い言葉に冷林は下を向く。
 「さっきの失敗は気にするな。よく考えて決めろ」
 冷林は震え始めた。
 先程の失敗を思い出したようだ。決断ができない。
 「プラズマくん、決めて」
 サヨがプラズマに言ったが、プラズマはまっすぐ冷林を見ていた。
 「決めるのは俺じゃない。冷林だ。リカを加入させるなら、リカの力を理解する必要がある。そして、おそらく、冷林は先程、ワイズから時神になったサヨの管理のことも責められ、ワイズの怒りを沈めさせるために俺に重い罰を与えた。冷林は管理ができない。こないだ、ルナを理解したばかりだ。リカは特殊だ。軍加入は神力を理解し、共有し、初めて繋がる。リカを入れることで冷林のデータが変わる可能性もある。彼はそれで迷っている」
 「……単純な話じゃないんだね」
 「そうだよ」
 サヨとプラズマは冷林の選択を待った。
 「冷林、どうするんだ?」
 プラズマが尋ね、冷林は再び動揺する。
 「冷林」
 プラズマに再度名前を尋ねられ、冷林はプラズマを震えながら見上げた。 
 プラズマは肯定も否定もせず、意見も言わない。
 やがて冷林は小さく頷いた。
 「それは、加入ということで良いのか? 冷林」
 プラズマの問いに冷林は何度も頷く。
 「では、リカを加入させよう。続いてサヨだ。サヨは冷林軍に入った方がいい。あんたは『K』でもある。ワイズに使われるかもしれない。メグは『K』の力を持つ海神、彼女はワイズ軍だ。サヨは俺達と同系の力だから、冷林は迷わなくていいはずだ」
 「そうだね。入るなら冷林軍かな」
 サヨがそう言い、冷林が頷く。
 「では、繋がりの儀を始めようか」
 「繋がりの儀?」
 サヨが尋ね、プラズマはさらに答える。
 「大したことはないさ。神力を交換するだけだ。軍とはいえ、神に上下はない。身分の違いもない。神力が高い神を敬うことはあるが。サヨ、冷林に平伏。上下はない。これは挨拶だ」
 プラズマに言われ、サヨは素直に平伏した。
 「これでいいの?」
 「ああ。俺が言った言葉を復唱してくれ。『我は時神再生神、望月サヨである。軍に加盟を希望する』」
 「えっと、『我は時神再生神、望月サヨである。軍に加盟を希望する』」
 サヨが復唱した刹那、サヨの頭にワープロのような文字が打ち込まれ始めた。
 『我は縁の神、冷林。高天原北の主である。そちの加盟を許可する』
 文字が冷林のものであることは間違いなかった。
 その後、冷林が神力を解放し、プラズマがサヨに次の指示を出す。
 「サヨ、神力の交換だ。冷林の神力を受け取り、自分のも冷林にあげろ。軍に加盟する、許可するの言葉が神力交換ができる鍵となっている。プログラムみたいなもんだな。だから今、神力を解放したらあんたの神力が冷林に入るんだ」
 「わかった」
 プラズマの指示通りに神力を解放する。サヨの神力は冷林に吸い込まれ、逆に冷林の力がサヨに入ってきた。
 「……あたたかい力なんだね、冷林……。『K』に似ているなあ」
 「それが冷林の力なんだ。縁を繋ぐ神」
 「ありがとう、冷林。それからよろしく」
 サヨの言葉に冷林は大きく頷いた。
 「さ、軍に加盟できたし、おじいちゃんのとこ、行くかあ」
 「そうしようか」
 サヨが笑い、プラズマは微笑む。冷林は一緒に行きたそうにサヨを見ていた。
 「冷林、プラズマくんが一緒に行こうって言ってたじゃん」
 サヨの発言にプラズマは眉を寄せた。
 「オイ、サヨ。まさか、聞いてたのか? 俺と冷林の会話」
 プラズマに言われ、サヨははにかんだ。
 「ごめん、ちょっと聞いてた」
 「まあ、いいけど、人に言いふらすなよ」
 「わかってるよ。二人だけの時だけ優しくしてやってるんでしょ? 今回のワイズみたいに、プラズマくんが使われて冷林の決断をおかしくさせるような策が使われる可能性があるから」
 サヨが真面目にそうプラズマに答え、プラズマは頭をかいた。
 「あんたは賢いな。本当に」
 「しかし、冷林ってかわゆ~い! 抱きしめるとふわっふわなぬいぐるみじゃん」
 サヨは冷林を抱きしめ、頬ずりを始めた。冷林はおとなしくしている。
 「サヨ、しばらくそうやって抱っこしてやっててくれ」
 「わかった。じゃあ、あたしの世界を開くね……」
 サヨは扉を出し、プラズマを自分の世界へと促した。 
 
※※

 金色の天守閣の最上階。
 ワイズは窓から外を眺めていた。
 ワイズの側近、天御柱神(あめのみはしらのかみ)、みーくんはワイズの側にいた。
 「茶だ」
 みーくんはワイズの前に緑茶を出した。ワイズは一口飲むと机に置く。
 「紅雷王に何してんだ、お前。今回は許せねぇぞ?」
 「冷林が提案した罰をやっただけだYO」
 ワイズはやや怒りを滲ませるみーくんに軽く言う。
 「あんなの、アマテラスが許すと思うか? お前、また……」
 みーくんが慌てた声をあげた時、ワイズはひとりつぶやいた。
 「そろそろ、来るか……」
 つぶやいた刹那、ワイズの肩先が突然に斬れ、血が溢れた。
 次に足、腹、背中、顔と斬れていく。
 「こんなもんか、アマテラス」
 ワイズは血を流しながら笑う。
 「もうやめろ! お前はアマテラスと協力関係だったはずだ!」
 「私が世界を守るデータを持っていただけだ。アイツが消える旧世界時、アイツの神力を私に勝手にいれやがったからこんなことが起きる」
 ワイズは斬られていく身体に反応せず、呑気にお茶を飲んでいた。
 「お前はアマテラスの規約を破ってんだ。だから、お前の中にあるアマテラスの神力が逆流してお前を傷つけている。何回言ったらわかんだよ!」
 「何を今さら。なにかをするには、なにかを犠牲にするのが常。この世界は駆け引きだ。天御柱よ。お~、いてぇ、いてぇ。今回もいてぇなァ、オイ」
 ワイズは笑っている。
 「イカれてやがる。毎回、女がズバズバ斬られていくのを見させられる俺の気持ちにもなれ、バカやろう」
 「さてと、データを修復して、怪我を治すとするかYO」
 「聞けよ……。くそっ、しばらく休んでもらうぞ、ワイズ」
 みーくんが神力を解放し、ワイズを止まらせる。
 「こんな神力で私を押さえつけられるとでも?」
 ワイズが笑い、みーくんが眉を寄せた。
 「タカミムスビの神力があんだよな……。アマノミナカヌシに並ぶ、宇宙……世界を造った三柱の一柱……タカミムスビの子……か。ワイズは……オモイカネはアマテラスよりも遥か上にいるんだ……」
 「まあ、いいYO。私は少々寝る。お父様は遠い記憶だ」
 ワイズはデータをいじり、自己を修復すると、きれいに整えられているベッドへと入り込んで寝てしまった。
 「……ゆっくりお休みくださいませ、ヤゴコロ オモイカネ」

エピローグ

 サヨとプラズマ、冷林がサヨの心の世界に戻ると時神達が集まってきた。
 「話は栄次からされてると思うが、とりあえず俺は無事だ」
 「プラズマ……サヨは」
 更夜が心配そうにサヨを見る。
 「……ああ。サヨは時神になった。後で歴史神ナオに確認してもらう。それで……」
 プラズマが言葉を切り、サヨに目を向けた。
 「あたし、冷林軍に入ったから。よろしくね」
 サヨは冷林を抱いたまま、軽く挨拶をした。
 「そう。サヨも冷林軍に……」
 アヤが微笑み、リカは首を傾げる。
 「あの、私、なんもしてないんですが、冷林さんの軍なんでしょうか?」
 リカが尋ね、プラズマは顔を曇らせ、言いにくそうに口を開いた。
 「実はリカは軍に未加入だ。だから、今回、入ってもらう」
 「え、私……」
 リカが困惑した顔をしたので、プラズマは息を吐いてから続けた。
 「ああ。リカは冷林軍じゃなかった。いれなかったんだ。でも、今回、冷林が入れる決断をした」
 「そうでしたか」
 リカは少しだけ安堵した表情を浮かべた。
 「時神は後で集合だ。今までの内容を整理する。冷林についても、説明をしよう。今はとりあえず……」
 プラズマは畳の部屋で楽しそうに話す望月家に目を向ける。
 更夜が用意したのか食事まであった。ルナとスズはお話をしたり、踊ったりなどで忙しそうだ。
 「あれに混ざりたい。お腹もすいたしな……」
 プラズマが情けなく座り込む。
 「プラズマくんがどんだけ大変か良くわかったよ」
 サヨが何気なく横に座り、更夜が廊下に折り畳み式の小さい机を持ってくる。
 「ルナとスズが遊びに使っているやつだが……よろしければ。座布団もお使いくださいませ」
 更夜がハートが沢山付いた謎のピンク色なクッションをプラズマに渡す。
 「なんだ、この……ゆめかわな……」
 「ルナのだ。今、これしかなくてな」
 「ルナってこういうの、好きなのか? そういやあ」
 「わからん。だが、かわいいだろ?」
 更夜の発言にプラズマは笑ってしまった。
 「あんたが買い与えてるのか、もしや、髪についてるリボンも?」
 「……か、かわいいだろ……」
 更夜は顔を赤くすると逃げるように台所へ消えた。
 「俺、あの男が一番わからねぇ」
 ルナはピンクのハートがついたステッキを振りながら、望月家にダンスを披露している。
 スズは最近子供に人気の「おててねこ、ゆめかわソング」を歌い、それに望月家が合いの手まで入れていた。
 子供の発表会のようだ。
 静夜、はる、千夜は完璧にお母さん目線で涙ぐんでおり、夢夜、明夜の男性陣はお父さん目線で涙を流している。
 ルナ、スズは皆にかわいがられているようだ。
 そこへ更夜がやってきて、ルナとスズに子供用のピンクと青のフリフリドレスを着させている。
 「なにやってんだ」
 プラズマが思わず吹き出し、アヤが控えめにプラズマにお茶を出す。
 「どうぞ。お疲れ様。色々、ありがとう」
 「アヤ、なんとかなってよかったよ。最近はなんか重たい事件が多いよなあ……」
 「そうね」
 アヤはプラズマの横に腰かける。プラズマは左にサヨ、右にアヤという、女の子に挟まれ、何とも言えない気持ちになりつつ、立っているリカを仰いだ。
 「リカ、後で冷林と繋がろう。あんたはかなり特殊だから、今まで警戒していたんだよ。軍に加入していると見せかけてはいたんだが」
 「はい。不安ですよね。私は伍から来たんですから」
 リカはプラズマの前に座った。
 「あ、あのさ、俺、女の子に囲まれちゃって、なんか恥ずかしいんだけど……。あ、ああ、だからといってあっち行けって言ってるわけじゃなくて~。ああ~……かわいい女子の匂いが」
 「プラズマくん、ちょっとキモい」
 サヨが苦笑し、手前にいたリカが、目の前で動揺しながら立っている栄次を促した。
 「栄次さん、横にどうぞ。テーブルが小さいですけど」
 「だ、だが、俺もおなごに囲まれることにならぬか……」
 「プラズマくんも、おサムライさんも、あたし達を女の子って意識しちゃってるのかあ。中身は無垢でかわいい男の子なんだねぇ?」
 サヨに言われ、栄次は少し顔を赤くすると、リカとサヨの狭い間に座る。
 「……なんだが……妙な気持ちに」
 栄次が恥ずかしがりながら、正座をし、サヨが「なんでそんな肩身狭そうなの?」と笑う。
 「サヨ、言っておくが、俺は十七、栄次は十八だ。あんたと変わらない年齢で人の時間が止まってるんだ。現代で言うと、高校生だな」
 プラズマが言い、サヨはおかしそうに笑った。
 「中身が千年の高校生で、あたしと同い年とか、マジで信じらんないよね」
 「お前もそうなるぞ」
 プラズマは愉快そうに笑い、アヤが続ける。
 「私は二十七歳みたいだけれど、十六歳のままよ。精神とかそういうのの感覚を抜けて、歳をとったとか、歳相応とかの感覚がないの。生きている感じはないわね。人間の自分はもう、死んでいるみたいな。現実を生きているって感覚がないというか、平行線のまま、動きがないというか」
 サヨはアヤを見つめてから、口を開く。
 「へ~、そういう感じになるんだ」
 「私はわかんないけどね」
 リカが横から小さくつぶやいた。
 「ああ、リカはいきなり十六歳だものね。人間の感覚自体がわからないかしらね?」
 「うん。わかんないね」
 リカが不思議そうな顔のまま答えた時、更夜がオシャレな料理を運んできた。
 「前菜のサラダだ。クルミやナッツを足して、自家製ドレッシングをかけてみたぞ」
 「うわあ! おいしそう!」
 プラズマが叫び、時神達の腹が鳴る。
 「リカはこれだ」
 更夜がリカにトマトを増したサラダを出す。
 「トマトがっ! トマトがいっぱい! 幸せです……」
 リカは泣きながらサラダを拝んでおり、アヤは一口食べて目を輝かせている。
 「おじいちゃん、これ、すっごいうまい!」
 サヨにそう言われ、更夜は自然に微笑んだ。
 「よかった」
 「更夜、洋風な味つけが美味だな。うむ。美味だ」
 栄次が箸でサラダを丁寧に口に運びつつ、時代の外れた発言をする。
 「良かったな。栄次。では、俺は他の料理を持ってくる」
 更夜は真面目に去っていった。
 「栄次、サラダを洋風な味付けって言ったぞ……。オシャレなサラダ、見たことねぇのかな……」
 「見たこと、ないんじゃないかしら……」
 プラズマとアヤが小さく会話をし、黙々と食べる栄次を眺める。
 「菜の花の吸い物と天ぷらだ」
 更夜が再び戻ってきて、小さいテーブルにお吸い物と天ぷらを並べる。
 「うおお! 春だなあ! 風流だな!」
 「風流を全部忘れちゃったくせに」
 プラズマが喜び、アヤがつぶやく。
 「あと、酒を」
 「酒か。良いな」
 更夜の言葉に栄次が答えた刹那、冷林軍の稲荷達がやってきた。
 「ウケモチ便で~す! お! 何々? 宴会? イナ、皆、入るぜ~!」
 「お~!」
 前回、食材を届けに来たミノさん、イナの他、別の稲荷達も図々しく乱入し、幼少のイナがルナのステージに上がり、三人でダンスを始めた。
 「あーあ、冷林の指示でこちらの世界への扉開いたら、すごいことになったね~」
 サヨは抱いている冷林に天ぷらを食べさせながら、騒がしくなった宴会を眺める。冷林の口がどこにあるのかわからないが天ぷらは咀嚼音と共に消えていった。
 「ん? 冷林、何? どうしたの? ああ、おいしい? 良かったね」
 大きく頷く冷林にサヨは母性が出てきてしまった。
 「なに、このいきもの……、もうめっちゃかわゆいんですけど……。ぬいぐるみかよ。てか、どっから食べてんだろ……」
 「!? 冷林さま! いらっしゃったんですかあ!」
 リカだけが冷林がいることに気づいておらず、驚いていた。
 冷林はサヨにお吸い物を飲ませてもらいながら頷く。
 「とりあえず今は……楽しもうか!」
 プラズマがサヨとリカと冷林以外の猪口に酒をつぎ、猪口を持つ。
 更夜がサヨにジュースをリカにトマトジュースを渡し、冷林には迷いながら子供用のパックジュースを出して、自身も猪口を持つ。
 「では、望月家の平和を願いまして、乾杯」
 「乾杯!」
 プラズマの掛け声に時神達が一斉に杯を上げた。

TOKIの世界譚④サヨ編

TOKIの世界譚④サヨ編

SF和風ファンタジー日本神話!

  • 小説
  • 長編
  • ファンタジー
  • 時代・歴史
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-05-27

CC BY
原著作者の表示の条件で、作品の改変や二次創作などの自由な利用を許可します。

CC BY
  1. うつつとも夢とも知らず
  2. 二話
  3. 三話
  4. 四話
  5. 五話
  6. 夜の子孫達
  7. 二話
  8. 三話
  9. 四話
  10. 戦いは始まる
  11. 二話
  12. 三話
  13. 四話
  14. 五話
  15. 六話
  16. 七話
  17. 夜の一族に光は
  18. 二話
  19. 三話
  20. 四話
  21. 五話
  22. 六話
  23. 鬼神の更夜
  24. 二話
  25. 三話
  26. 四話
  27. 五話
  28. 六話
  29. 七話
  30. 闇の中に光を
  31. 二話
  32. 三話
  33. 四話
  34. 五話
  35. 六話
  36. 黄泉へ返す1
  37. 二話
  38. 三話
  39. 四話
  40. 五話
  41. 心が行く先
  42. 二話
  43. 三話
  44. 四話
  45. 五話
  46. 六話
  47. 七話
  48. 花は咲き、月は沈む
  49. 二話
  50. 三話
  51. 四話
  52. 最終話
  53. 二話
  54. エピローグ